説明

チオエステラーゼ及びそれを用いた脂肪酸又は脂質の製造方法

【課題】新規チオエステラーゼ及びそれをコードするチオエステラーゼ遺伝子、該遺伝子を含む形質転換体、並びに該形質転換体を用いた脂肪酸又は脂質の製造方法を提供する。
【解決手段】ココヤシ(CocosnuciferaL.)から新規のチオエステラーゼをコードする遺伝子を単離した。特定のアミノ酸配列からなる酵素チオエステラーゼ及び当該タンパク質をコードするチオエステラーゼ遺伝子、該遺伝子を含む形質転換体、並びに該形質転換体を用いた脂肪酸又は脂質の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規チオエステラーゼ及びそれをコードする遺伝子に関する。また、本発明は該チオエステラーゼ遺伝子を含有する形質転換体及びそれを用いた脂肪酸又は脂質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脂肪酸は脂質の主要構成成分の1つであり、生体内においてグリセリンとエステル結合をしてトリアシルグリセロール等の脂質を構成し、多くの動植物においてエネルギー源として貯蔵され利用される物質である。動植物内に蓄えられた脂肪酸や脂質は、食用又は工業用として広く利用されており、例えば、モノアシルグリセロール、ジアシルグリセロール等の食品の中間原料や、その他各種の工業製品の添加剤、中間原料として利用されている。また、炭素数12〜18前後の高級脂肪酸を還元して得られる高級アルコールの誘導体は、界面活性剤として用いられている。例えば、アルキル硫酸エステル塩やアルキルベンゼンスルホン酸塩等は陰イオン性界面活性剤として、また、ポリオキシアルキレンアルキルエーテルやアルキルポリグリコシド等は非イオン性界面活性剤として、いずれも洗浄剤又は殺菌剤として利用されている。同じく高級アルコールの誘導体としてアルキルアミン塩やモノ又はジアルキル4級アミン塩等のカチオン性界面活性剤は、繊維処理剤や毛髪リンス剤又は殺菌剤として、ベンザルコニウム型4級アンモニウム塩は殺菌剤や防腐剤として日常的に利用されている。特に、炭素数12前後のアルキル部位を含む陰イオン性界面活性剤及び非イオン性界面活性剤は高い洗浄力を示す洗浄基材等として、また炭素数14前後のアルキル部位を含むカチオン性界面活性剤は優れた毛髪リンス剤等として有用である。さらに、炭素数18前後の高級アルコールは植物の成長促進剤としても有用である。
【0003】
このように脂肪酸類の利用は多岐にわたり、そのため動植物等において生体内での脂肪酸や脂質の生産性を向上させる試みがおこなわれている。例えば、アセチルCoAカルボキシラーゼ(ACCase)の導入により種子中の脂質量を向上させる方法(特許文献1、非特許文献1、特許文献5)、酵母sn-2アシルトランスフェラーゼ(SLC1-1)の導入により種子中の脂質量を向上させる方法(特許文献2、特許文献3及び非特許文献2)、ジアシルグリセロールアシル基転移酵素遺伝子(DGAT)の導入により種子中の脂質量を向上させる方法(特許文献4及び非特許文献3)等が提案されている。また、脂肪酸類の用途や有用性はその炭素数に大きく依存するため、脂肪酸の炭素数、即ち鎖長を制御する試みも行われている。例えば、ゲッケイジュ(Umbellularia californica(California bay))由来のアシル−ACPチオエステラーゼの導入により炭素数12の脂肪酸を蓄積させる方法(特許文献6、非特許文献4)、クフェア(Cuphea hookeriana)由来のアシル−ACPチオエステラーゼの導入により炭素数8又は10の脂肪酸を蓄積させる方法(特許文献7)、ショウノウ(Cinnamomum camphorum)由来のアシル−ACPチオエステラーゼの導入により炭素数14の脂肪酸を蓄積させる方法(非特許文献5)等が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002-335786号公報
【特許文献2】特表平11-506323号公報
【特許文献3】国際公開第2008/076377号パンフレット
【特許文献4】国際公開第2000/036114号パンフレット
【特許文献5】米国特許第5,925,805号明細書
【特許文献6】特表平7−501924号公報
【特許文献7】特表平8−502892号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Madoka Y,Tomizawa K,Mizoi J,Nishida I,Nagano Y,Sasaki Y.,“Chloroplast transformation with modified accD operon increases acetyl-CoA carboxylase and causes extension of leaf longevity and increase in seed yield in tobacco”,Plant Cell Physiol.,2002 Dec,43(12),p.1518-1525
【非特許文献2】Zou J,Katavic V,Giblin EM,Barton DL,MacKenzie SL,Keller WA,Hu X,Taylor DC.,“Modification of seed oil content and acyl composition in the brassicaceae by expression of a yeast sn-2 acyltransferase gene”,Plant Cell,1997 Jun,9(6),p.909-923
【非特許文献3】Jako C,Kumar A,Wei Y,Zou J,Barton DL,Giblin EM,Covello PS,Taylor DC.,“Seed-specific over-expression of an Arabidopsis cDNA encoding a diacylglycerol acyltransferase enhances seed oil content and seed weight”,Plant Physiol.,2001,126(2),p.861-874
【非特許文献4】Voelker TA, Worrell AC, Anderson L, Bleibaum J, Fan C, Hawkins DJ, Radke SE, Davies HM., “Fatty acid biosynthesis redirected to medium chains in transgenic oilseed plants”, Science. 1992 Jul 3;257(5066), p.72-74.
【非特許文献5】Yuan L, Voelker TA, Hawkins DJ. “Modification of the substrate specificity of an acyl-acyl carrier protein thioesterase by protein engineering” Proc Natl Acad Sci U S A. 1995 Nov 7;92(23), p.10639-10643.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、新規チオエステラーゼ及び当該酵素をコードするチオエステラーゼ遺伝子を提供することを課題とする。また、本発明は、該チオエステラーゼ遺伝子を含有し、脂肪酸又はそれら脂肪酸を含む脂質の生産能が向上した形質転換体を提供することを課題とする。さらに、本発明は、該形質転換体を用いた脂肪酸又はそれら脂肪酸を含む脂質の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、動植物等における脂肪酸又は脂質の生産性を向上させるべく鋭意検討をおこなった。そして、生体内での脂肪酸及び脂質の生合成に重要な役割を担っている酵素チオエステラーゼに着目し、従来よりも生産性の高い新たなチオエステラーゼの探索を試みた。その結果、ココヤシ(Cocos nucifera L.)から新規のチオエステラーゼをコードする遺伝子を単離し、このチオエステラーゼ遺伝子を導入した形質転換体では、他のチオエステラーゼ遺伝子を導入した形質転換体と比べて脂肪酸や脂質の生産性が有意に向上すること、及び脂質中に含まれる脂肪酸の組成が異なることを見出した。本発明はこれらの知見に基づいて完成するに至ったものである。
【0008】
本発明は、下記(a)〜(c)のいずれかのタンパク質(以下、本発明のタンパク質ともいう)に関する。
(a)配列番号1に示すアミノ酸配列からなり、チオエステラーゼ活性を有するタンパク質
(b)配列番号1に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつチオエステラーゼ活性を有するタンパク質
(c)配列番号1に示すアミノ酸配列と90%以上の同一性(相同性)を有するアミノ酸配列からなり、かつチオエステラーゼ活性を有するタンパク質
【0009】
また、本発明は、前記本発明のタンパク質をコードする遺伝子(以下、本発明の遺伝子ともいう)、好ましくは下記(d)〜(f)のいずれかのDNAからなる遺伝子に関する。
(d)配列番号2に示す塩基配列からなり、チオエステラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA
(e)配列番号2に示す塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつチオエステラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA
(f)配列番号2に示す塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列からなり、かつチオエステラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA
【0010】
また本発明は、前記遺伝子を含有する組換えベクター、及び前記遺伝子又は前記組換えベクターを含む形質転換体に関する。
また本発明は、前記形質転換体を培地に培養し、培養物から脂肪酸、好ましくはラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸及びパルミトレイン酸、又はそれら脂肪酸を含む脂質を採取することを特徴とする脂肪酸又は脂肪酸含有脂質の製造方法に関する。
さらに本発明は、宿主に下記(a)〜(c)のいずれかのタンパク質をコードする遺伝子を導入することを特徴とする、脂肪酸又はこれを含有する脂質の生産性を向上させる方法に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、新規チオエステラーゼ及び当該酵素をコードするチオエステラーゼ遺伝子を提供することができる。また、本発明によれば、該チオエステラーゼ遺伝子を含有し、脂肪酸又は脂質の生産能が向上した形質転換体を提供することができる。さらに、本発明によれば、該形質転換体を用いた脂肪酸(好ましくはラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸及びパルミトレイン酸)又は脂質の製造方法を提供することができる。本発明の形質転換体及び脂肪酸又は脂質の製造方法は、優れた生産性を奏し、また特有の脂肪酸組成が得られるものであり、脂肪酸又は脂質の工業的生産に好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】カリフォルニア・ベイ由来チオエステラーゼ(BTE)遺伝子、又はココヤシ由来チオエステラーゼ(CTE)遺伝子を導入し形質転換した大腸菌における各脂肪酸の生産量を示す図である。
【図2】カリフォルニア・ベイ由来チオエステラーゼ(BTE)遺伝子、又はココヤシ由来チオエステラーゼ(CTE)遺伝子を導入し形質転換した大腸菌における総脂肪酸生産量を示す図である。
【図3】(a)はココヤシ胚乳における脂肪酸構成比率を、(b)はココヤシ由来チオエステラーゼ(CTE)遺伝子を導入した形質転換体における脂肪酸構成比率をそれぞれ示す図である。
【図4】シロイヌナズナ野生株、及びココヤシ由来チオエステラーゼ遺伝子を導入したシロイヌナズナ形質転換体Pnapin-CTEより得られた種子中に含まれる総脂肪酸量を示す図である。
【図5】シロイヌナズナ野生株及びココヤシ由来チオエステラーゼ遺伝子を導入したシロイヌナズナ形質転換体Pnapin-CTEより得られた種子中の脂肪酸構成比率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.酵素チオエステラーゼ
本発明のタンパク質は、以下の(a)〜(c)のいずれかのタンパク質(以下、「本発明のチオエステラーゼ」ともいう)である。
(a)配列番号1に示すアミノ酸配列からなり、チオエステラーゼ活性を有するタンパク質
(b)配列番号1に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつチオエステラーゼ活性を有するタンパク質
(c)配列番号1に示すアミノ酸配列と90%以上の同一性(相同性)を有するアミノ酸配列からなり、かつチオエステラーゼ活性を有するタンパク質
また、本発明の遺伝子は、当該タンパク質をコードする遺伝子である。
【0014】
配列番号1に示すアミノ酸配列からなるタンパク質は、ココヤシ(Cocos nucifera L.)由来の新規チオエステラーゼ(以下、CTEとも略記する)である。
チオエステラーゼは、トリグリセリドの生合成系に関与する酵素であるアシル‐アシルキャリヤープロテイン(Acyl-ACP)チオエステラーゼであって、葉緑体内や色素体内において脂肪酸生合成過程の中間体であるアシル‐アシルキャリヤープロテイン(脂肪酸残基であるアシル基とアシルキャリヤープロテインとからなる複合体)のチオエステル結合を加水分解し、遊離の脂肪酸を生成する酵素である。チオエステラーゼの作用によって、アシルキャリアープロテイン上での脂肪酸合成が終了し、遊離した脂肪酸は色素体から輸送されトリグリセリド合成に供される。チオエステラーゼは、基質であるアシル‐アシルキャリヤープロテインを構成する脂肪酸残基の種類によって異なる反応特異性を示すものがあることがわかっており、生体内での脂肪酸組成を決める重要なファクターであると考えられている。
【0015】
本発明のタンパク質には、(a)配列番号1に示すアミノ酸配列からなるチオエステラーゼ活性を有するタンパク質に加えて、当該タンパク質と機能的に均等なタンパク質が包含される。一般に、酵素タンパク質をコードしているアミノ酸配列は、必ずしも全領域の配列が保存されていなければ酵素活性を示さないというものではなく、アミノ酸配列が変化しても酵素活性に影響を与えない領域も存在することが知られている。このような領域においては、アミノ酸の欠失、置換、挿入又は付加等の変異が導入されても酵素本来の活性を維持することができる。本発明においても、このようにチオエステラーゼ活性が保持されアミノ酸配列が配列番号1に示すアミノ酸配列から一部変化した改変体を用いることができる。
配列番号1に示すアミノ酸配列からなるチオエステラーゼと機能的に均等なタンパク質としては、(b)配列番号1に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつチオエステラーゼ活性を有するタンパク質、及び(c)配列番号1に示すアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつチオエステラーゼ活性を有するタンパク質が挙げられ、これらは本発明のタンパク質に包含される。
【0016】
上記(b)のタンパク質において「1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列」は、1〜20個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列であることが好ましく、1〜10個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列であることがより好ましく、1〜5個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列であることがさらに好ましく、1〜2個程度のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列であることが特に好ましい。また、上記の付加には、両末端への1〜数個のアミノ酸の付加が含まれる。
【0017】
また、上記(c)のタンパク質において「90%以上の同一性を有するアミノ酸配列」としては、アミノ酸配列の同一性が95%以上であることが好ましく、96%以上であることがより好ましく、97%以上であることがさらに好ましく、98%以上であることが特に好ましい。後述の実施例で本発明者らが検討したところ、配列番号1のアミノ酸配列からなるチオエステラーゼを、他の公知のチオエステラーゼのアミノ酸配列と比較した場合、その同一性は50〜60%程度であった。例えば、カリフォルニア・ベイ(Umbellularia californica、カリフォルニアゲッケイジュともいう)由来のチオエステラーゼのアミノ酸配列との相同性は50%程度、シロイヌナズナ由来のチオエステラーゼのアミノ酸配列との相同性は60%程度であった。
本発明においてアミノ酸配列及び塩基配列の同一性(相同性)はLipman-Pearson法(Science,227,1435,(1985))によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx-Win(ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0018】
上記(b)及び(c)のタンパク質のなかでも、より好ましいチオエステラーゼ活性を有する改変体としては、配列番号1に示すアミノ酸配列において34番目に相当するアミノ酸がアルギニン、35番目に相当するアミノ酸がセリン、37番目に相当するアミノ酸がグルタミン酸、39番目に相当するアミノ酸がグリシン、41番目に相当するアミノ酸がアスパラギン酸、51番目に相当するアミノ酸がアスパラギン、54番目に相当するアミノ酸がグルタミン、59番目に相当するアミノ酸がアスパラギン、65番目に相当するアミノ酸がグリシン、70番目に相当するアミノ酸がグリシン、72番目に相当するアミノ酸がグリシン、74目に相当するアミノ酸がスレオニン、77番目に相当するアミノ酸がメチオニン、82番目に相当するアミノ酸がロイシン、84番目に相当するアミノ酸がトリプトファン、85番目に相当するアミノ酸がバリン、96番目に相当するアミノ酸がチロシン、98番目に相当するアミノ酸がトリプトファン、99番目に相当するアミノ酸がトリプトファン、108番目に相当するアミノ酸がトリプトファン、113番目に相当するアミノ酸がグリシン、137番目に相当するアミノ酸がセリン、142番目に相当するアミノ酸がメチオニン、147番目に相当するアミノ酸がアルギニン、177番目に相当するアミノ酸がリジン、192番目に相当するアミノ酸がグリシン、193番目に相当するアミノ酸がロイシン、195番目に相当するアミノ酸がプロリン、197番目に相当するアミノ酸がトリプトファン、199番目に相当するアミノ酸がアスパラギン酸、201番目に相当するアミノ酸がアスパラギン酸、203番目に相当するアミノ酸がアスパラギン、205番目に相当するアミノ酸がヒスチジン、206番目に相当するアミノ酸がバリン、210番目に相当するアミノ酸がリジン、211番目に相当するアミノ酸がチロシン、214番目に相当するアミノ酸がトリプトファン、220番目に相当するアミノ酸がプロリン、236番目に相当するアミノ酸がチロシン、239番目に相当するアミノ酸がグルタミン酸、248番目に相当するアミノ酸がセリン、266番目に相当するアミノ酸がヒスチジン、及び283番目に相当するアミノ酸がトリプトファンとして保存され、かつ、これらの位置以外の領域においてアミノ酸配列が一部変化した、チオエステラーゼ活性を有するタンパク質であることが好ましい。
【0019】
本発明のチオエステラーゼは、下記の特徴を有する。
(1)本発明のチオエステラーゼを導入した形質転換体は、他の植物チオエステラーゼ(例えば、カリフォルニア・ベイ由来チオエステラーゼ)を導入した形質転換体と比べて、脂肪酸又は脂質の生産性が高い。
(2)本発明のチオエステラーゼを導入した形質転換体では、ココヤシ胚乳とは異なる組成の脂肪酸が生産される。具体的には、ミリスチン酸(C14:0)の生産量が増加する。また、ココヤシ胚乳にはほとんど見られない不飽和脂肪酸(特に、C16:1のパルミトレイン酸)が生産される。
(3)本発明のチオエステラーゼを導入した形質転換体では、ラウリン酸(C12:0)、ミリスチン酸(C14:0)、パルミチン酸(C16:0)及びパルミトレイン酸(C16:1)が主に生産される。
【0020】
本発明において、「チオエステラーゼ活性を有する」とは、アシル−アシルキャリアープロテインのチオエステル結合を加水分解する活性を有することをいう。タンパク質がチオエステラーゼ活性を有するか否かは、例えば、大腸菌等の宿主細胞内で機能するプロモーターの下流にチオエステラーゼ遺伝子を連結した融合遺伝子を脂肪酸分解系が欠損した宿主細胞へ導入し、導入したチオエステラーゼ遺伝子が発現する条件で培養することによる宿主細胞の脂肪酸組成の変化をガスクロマトグラフィ解析等の方法を用いて分析することにより、チオエステラーゼ活性を測定することが出来る。或いは、大腸菌等の宿主細胞内で機能するプロモーターの下流にチオエステラーゼ遺伝子を連結した融合遺伝子を宿主細胞へ導入し、導入したチオエステラーゼ遺伝子が発現する条件で培養した細胞の破砕液に対し、Yuan et al.,PNAS,1995,(92),p.10639-10643らの方法(前記非特許文献5)によって調製した各種アシル−ACPを基質とした反応を行うことにより、チオエステラーゼ活性を測定することが出来る。
【0021】
本発明のタンパク質の取得方法については特に制限はなく、通常行われる化学的或いは遺伝子工学的手法等により得ることができる。例えば、ココヤシの胚乳から単離、精製等することで天然物由来のタンパク質を取得することができる。また、配列番号1に示すアミノ酸配列情報をもとに人工的に合成等することもでき、化学合成によりタンパク質合成を行ってもよく、遺伝子組み換え技術により組換えタンパク質を作製してもよい。組換えタンパク質を作製する場合には、後述する本発明のチオエステラーゼ遺伝子を用いることができる。
【0022】
2.チオエステラーゼ遺伝子
本発明の遺伝子は、上述した本発明のタンパク質をコードする遺伝子である(以下、「本発明のチオエステラーゼ遺伝子」ともいう)。好適には、(d)配列番号2に示す塩基配列からなり、チオエステラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAからなる遺伝子、又は当該遺伝子と機能的に均等な遺伝子が挙げられる。機能的に均等な遺伝子としては、(e)配列番号2に示す塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつチオエステラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAからなる遺伝子、(f)配列番号2に示す塩基配列と90%以上の同一性(相同性)を有する塩基配列からなり、かつチオエステラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAからなる遺伝子、及び(g)配列番号2に示す塩基配列において、1若しくは数個の塩基が欠失、置換、挿入、及び/又は付加された塩基配列からなり、かつチオエステラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAからなる遺伝子が挙げられ、これらは本発明の遺伝子に包含される。
【0023】
本発明において、「ストリンジェントな条件」としては、例えばMolecular Cloning −A LABORATORY MANUAL THIRD EDITION[Joseph Sambrook,David W.Russell.,Cold Spring Harbor Laboratory Press]記載の方法が挙げられ、例えば、6×SSC(1×SSCの組成:0.15M 塩化ナトリウム、0.015M クエン酸ナトリウム、pH7.0)、0.5% SDS、5xデンハート及び100mg/mLニシン精子DNAを含む溶液にプローブとともに65℃で8〜16時間恒温し、ハイブリダイズさせる条件が挙げられる。
【0024】
上記(f)の遺伝子において「90%以上の同一性を有する塩基配列」としては、塩基配列の同一性が95%以上であることが好ましく、96%以上であることがより好ましく、97%以上であることがさらに好ましく、98%以上であることが特に好ましい。本発明において塩基配列の同一性は、前述のLipman-Pearson法(Science,227,1435,(1985))によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx-Win(ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0025】
上記(g)の遺伝子において「1若しくは数個の塩基が欠失、置換、挿入、及び/又は付加された塩基配列」は、1〜60個の塩基が欠失、置換、挿入、及び/又は付加された塩基配列であることが好ましく、1〜30個の塩基が欠失、置換、挿入、及び/又は付加された塩基配列であることがより好ましく、1〜15個の塩基が欠失、置換、挿入、及び/又は付加された塩基配列であることがさらに好ましく、1〜6個程度の塩基が欠失、置換、挿入、及び/又は付加された塩基配列であることが特に好ましい。また、上記の付加には、両末端への1〜数個の塩基の付加が含まれる。
【0026】
上記(e)〜(g)の遺伝子としてより好ましくは、当該遺伝子がコードするアミノ酸配列が、前述した配列番号1に示すアミノ酸配列において、34番目に相当するアミノ酸がアルギニン、35番目に相当するアミノ酸がセリン、37番目に相当するアミノ酸がグルタミン酸、39番目に相当するアミノ酸がグリシン、41番目に相当するアミノ酸がアスパラギン酸、51番目に相当するアミノ酸がアスパラギン、54番目に相当するアミノ酸がグルタミン、59番目に相当するアミノ酸がアスパラギン、65番目に相当するアミノ酸がグリシン、70番目に相当するアミノ酸がグリシン、72番目に相当するアミノ酸がグリシン、74目に相当するアミノ酸がスレオニン、77番目に相当するアミノ酸がメチオニン、82番目に相当するアミノ酸がロイシン、84番目に相当するアミノ酸がトリプトファン、85番目に相当するアミノ酸がバリン、96番目に相当するアミノ酸がチロシン、98番目に相当するアミノ酸がトリプトファン、99番目に相当するアミノ酸がトリプトファン、108番目に相当するアミノ酸がトリプトファン、113番目に相当するアミノ酸がグリシン、137番目に相当するアミノ酸がセリン、142番目に相当するアミノ酸がメチオニン、147番目に相当するアミノ酸がアルギニン、177番目に相当するアミノ酸がリジン、192番目に相当するアミノ酸がグリシン、193番目に相当するアミノ酸がロイシン、195番目に相当するアミノ酸がプロリン、197番目に相当するアミノ酸がトリプトファン、199番目に相当するアミノ酸がアスパラギン酸、201番目に相当するアミノ酸がアスパラギン酸、203番目に相当するアミノ酸がアスパラギン、205番目に相当するアミノ酸がヒスチジン、206番目に相当するアミノ酸がバリン、210番目に相当するアミノ酸がリジン、211番目に相当するアミノ酸がチロシン、214番目に相当するアミノ酸がトリプトファン、220番目に相当するアミノ酸がプロリン、236番目に相当するアミノ酸がチロシン、239番目に相当するアミノ酸がグルタミン酸、248番目に相当するアミノ酸がセリン、266番目に相当するアミノ酸がヒスチジン、及び283番目に相当するアミノ酸がトリプトファンのすべてが保存されたものとなるように対応する塩基配列を有するものであり、これらのアミノ酸保存位置以外の領域において塩基配列が一部変化し、かつチオエステラーゼ活性を有するタンパク質をコードする塩基配列からなる遺伝子である。
【0027】
本発明のチオエステラーゼ遺伝子の取得方法としては、特に制限されず、通常の遺伝子工学的手法により得ることができる。例えば、配列番号1に示すアミノ酸配列又は配列番号2に示す塩基配列に基づいて、本発明のチオエステラーゼ遺伝子を人工合成により取得することができる。遺伝子の人工合成は、例えば、インビトロジェン社等のサービスを利用することができる。また、ココヤシからクローニングによって取得することもでき、例えば、Molecular Cloning−A LABORATORY MANUAL THIRD EDITION[Joseph Sambrook,David W. Russell,Cold Spring Harbor Laboratory Press(2001)]記載の方法等により行うことができる。
配列番号1に示すアミノ酸配列又は2に示す塩基配列に変異を導入する場合、例えば、部位特異的な変異導入法が挙げられる。具体的な部位特異的変異の導入方法としては、Splicing overlap extension(SOE)PCR反応(Horton et al.,Gene 77,61−68,1989)を利用した方法、ODA法(Hashimoto-Gotoh et al.,Gene,152,271-276,1995))、Kunkel法(Kunkel,T. A.,Proc. Natl. Acad. Sci. USA,1985,82,488)等が挙げられる。また、Site-Directed Mutagenesis System Mutan-SuperExpress Kmキット(タカラバイオ社)、Transformer TM Site-Directed Mutagenesisキット(Clonetech社)、KOD-Plus-Mutagenesis Kit(東洋紡社)等の市販のキットを利用することもできる。また、ランダムな遺伝子変異を与えた後、適当な方法により酵素活性の評価及び遺伝子解析を行うことにより目的遺伝子を取得することもできる。具体的には、ランダムにクローニングしたDNA断片を用いて相同組換えを起こさせる方法や、γ線等を照射することによりランダムな遺伝子の変異が可能である。
【0028】
3.形質転換体
本発明の形質転換体は、前記本発明のチオエステラーゼ遺伝子又は当該遺伝子を含有する組換えベクターを含んでなるものである。後述の実施例で示すように、本発明の形質転換体は脂肪酸、好ましくは炭素数12以上の長鎖脂肪酸、より好ましくはラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸及びパルミトレイン酸、又はそれら脂肪酸を含む脂質の生産能が大幅に向上している。なお、形質転換体の脂肪酸生産能については、後述する実施例に記載の方法によって測定することができる。
本発明の形質転換体は、前記チオエステラーゼ遺伝子を、通常の遺伝子工学的方法によって宿主に導入することで得られる。好適には、前記チオエステラーゼ遺伝子を宿主細胞中で発現させることのできるベクターに当該遺伝子を導入して組換えベクターを調製し、この組換えベクターを宿主細胞に導入して宿主細胞を形質転換させることにより作製することができる。得られた形質転換体は脂肪酸又はこれを含有する脂質の生産性が向上している。
【0029】
まず、本発明のチオエステラーゼ遺伝子を含有する組換えベクターについて説明する。
用いるベクターとしては、本発明のチオエステラーゼ遺伝子を宿主に導入することができ、宿主細胞内で当該遺伝子を発現可能なベクターであればよい。例えば、導入する宿主の種類に応じたプロモーターやターミネーター等の発現調節領域を有する発現ベクターであって、複製開始点や選択マーカー等を有するベクターを用いることができる。また、プラスミド等の染色体外で自立増殖・複製するベクターであってもよいし、染色体内に組み込まれるベクターであってもよい。
具体的なベクターとしては、微生物を宿主とする場合には、例えば、pBluescript II SK(-)(Stratagene社製)、pUC119(宝酒造社製)、pET系ベクター(タカラバイオ社製)、pGEX系ベクター(GEヘルスケア社製)、pCold系ベクター(タカラバイオ社製)、pHY300PLK(タカラバイオ社製)、pUB110(Mckenzie,T. et al.,(1986),Plasmid 15(2);p.93-103)、pBR322(タカラバイオ社製)、pRS403(ストラタジーン社製)、pMW218/219(ニッポンジーン社製)等を挙げることができる。植物細胞を宿主とする場合には、例えば、pRI系ベクター(タカラバイオ社製)、pBI系ベクター(クロンテック社製)、IN3系ベクター(インプランタイノベーションズ社製)等をあげることができる。特に、大腸菌を宿主とする場合には、pBluescript II SK(-)(Stratagene社製)、pMW218/219(ニッポンジーン社製)が好ましく用いられ、シロイヌナズナを宿主とする場合には、pRI系ベクター(タカラバイオ社製)、pBI系ベクター(クロンテック社製)が好ましく用いられる。
【0030】
プロモーターやターミネーター等の発現調節領域や選択マーカーの種類も特に限定されず、通常使用されるプロモーターやマーカー等を導入する宿主の種類に応じて適宜選択して用いることができる。具体的には、プロモーターとしてlacプロモーター、trpプロモーター、tacプロモーター、trcプロモーター、T7プロモーター、SpoVGプロモーター、カリフラワーモザイルウイルス35SRNAプロモーター、アクチンやユビキチン等ハウスキーピング遺伝子のプロモーター、ナタネ由来Napin遺伝子プロモーター、植物由来Rubiscoプロモーター等が挙げられる。また、選択マーカーとしては、抗生物質耐性遺伝子(アンピシリン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、エリスロマイシン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、スペクチノマイシン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子、ブラストサイジンS耐性遺伝子、ビアラホス耐性遺伝子、及びハイグロマイシン耐性遺伝子)等の薬剤耐性遺伝子が挙げられる。さらに、栄養要求性に関連する遺伝子の欠損等を選択マーカー遺伝子として使用することも可能である。
このようなベクターに本発明のチオエステラーゼ遺伝子を、制限酵素処理やライゲーション等の通常の手法によって組み込むことにより形質転換用のベクターを構築することができる。なお、本発明のチオエステラーゼ遺伝子は、上述した手法により取得できる。
【0031】
このようにして調製した組換えベクターにより、前記チオエステラーゼ遺伝子を宿主に導入して形質転換体を作製する。
形質転換体の宿主としては特に限定されず、微生物、植物体、動物体を用いることができる。本発明のチオエステラーゼは、後述のように特に炭素数12以上の長鎖脂肪酸の製造に好適に用いられるものであるが、例えば、炭素数12の脂肪酸残基を基質として認識するチオエステラーゼを本来有していない生物であっても宿主として用いることが可能である。本発明においては、脂肪酸や脂質の製造効率及び得られた脂肪酸の利用性の点から、宿主として微生物及び植物体を用いることが好ましい。微生物としては、エシェリキア(Escherichia)属に属する微生物やバシラス(Bacillus)属に属する微生物等の原核生物、或いは酵母や糸状菌等の真核微生物を用いることができ、なかでも、大腸菌(Escherichia coli)、枯草菌(Bacillus subtilis)、赤色酵母(Rhodosporidium toruloides)、モルチエレラ エスピー(Mortierella sp.)が好ましく、大腸菌が特に好ましい。植物体としては、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、ナタネ、ココヤシ、パーム、クフェア、ヤトロファが好ましく、シロイヌナズナが特に好ましい。
【0032】
形質転換方法としては、宿主に目的遺伝子を導入しうる方法であれば特に限定されるものではない。例えば、カルシウムイオンを用いる方法、一般的なコンピテントセル形質転換方法(J.Bacterial.93,1925(1967))、プロトプラスト形質転換法(Mol.Gen.Genet.168,111(1979))、エレクトロポレーション法(FEMS Microbiol.Lett.55,135(1990))又はLP形質転換方法(T.Akamatsu及びJ.Sekiguchi,Archives of Microbiology,1987,146,p.353-357;T.Akamatsu及びH.Taguchi,Bioscience,Biotechnology,and Biochemistry,2001,65,4,p.823-829)等を用いることができる。
また、目的遺伝子断片が導入された形質転換体の選択は、選択マーカー等を利用することで行うことができる。例えば、ベクター由来の薬剤耐性遺伝子が、形質転換時に目的DNA断片とともに宿主細胞中に導入された結果、形質転換体が獲得する薬剤耐性を指標に行うことができる。また、ゲノムを鋳型としたPCR法等によって、目的DNA断片の導入を確認することもできる。
【0033】
4.脂肪酸又は脂質の製造方法
本発明の脂肪酸又はこれを含有する脂質の製造方法は、上述した本発明のチオエステラーゼを用いる。具体的な製造方法としては、本発明のチオエステラーゼをコードする遺伝子を含有する形質転換体(組換え体)を用いる方法、精製したAcyl-ACPと本発明のチオエステラーゼを用いてin vitroでAcyl-ACPからの脂肪酸の切り出しを行う方法(Yuan et al.,PNAS,1995,(92),p.10639-10643)等が挙げられる。特に、本発明のチオエステラーゼをコードする遺伝子が導入された形質転換体を上記の手法等により得た後、当該形質転換体を適切な培地を用いて、適切な条件下にて培養して脂肪酸又はこれを含有する脂質を産生させ、培養物から脂肪酸や脂質を採取することが好ましい。なお、本発明において形質転換体を培地で培養するとは、微生物や動植物あるいはその細胞・組織の培養はもちろん、植物体を土壌等で栽培することも含まれる。また、培養物には、培養・栽培等した形質転換体そのものも含まれる。
形質転換体の培養条件は、チオエステラーゼ遺伝子が導入された宿主の種類に応じて選択することができ、適宜好ましい培養条件を採用することができる。一例として、大腸菌を宿主として用いた形質転換体の場合、LB培地で30〜37℃、0.5〜1日間培養を行うことが挙げられる。また、シロイヌナズナを宿主として用いた形質転換体の場合、土壌で温度条件20〜25℃、白色光を連続照射又は明期16時間・暗期8時間等の光条件下で1〜2か月間栽培を行うことが挙げられる。
また、脂肪酸及び脂質の生産効率の点から、培地中に、例えばチオエステラーゼの基質或いは脂肪酸生合成系に関与する前駆物質としてグリセロール、酢酸、マロン酸等を添加してもよい。
【0034】
形質転換体を培養し脂肪酸や脂質を産生させた後、培養物(培養体や培養液等)から脂肪酸又はこれを含む脂質を単離、精製等して採取する。
形質転換体内において産生された脂肪酸又はこれを含む脂質を単離、回収する方法としては特に限定されず、通常生体内の脂質成分等を単離する際に用いられる方法により行うことができる。例えば形質転換体や培養物から、ろ過、遠心分離、細胞の破砕、ゲルろ過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、クロロホルム/メタノール抽出法、ヘキサン抽出法、エタノール抽出法等により脂肪酸或いは脂肪酸を含有する脂質成分を単離、回収することができる。またより大規模な場合は、形質転換体や培養物より油分を圧搾又は抽出により回収後、脱ガム、脱酸、脱色、脱蝋、脱臭等の一般的な精製を行い、脂質を得ることができる。このように脂肪酸を含む脂質成分を単離した後、単離した脂質を加水分解することで脂肪酸を得ることができる。脂質成分から脂肪酸を単離する方法として具体的には、アルカリ溶液中で70℃程度の高温で処理をする方法、リパーゼ処理をする方法、高圧熱水を用いて分解する方法等が挙げられる。
このようにして、本発明のチオエステラーゼ遺伝子を用いて脂肪酸又は脂質を製造することができる。
【0035】
本発明の脂肪酸又は脂質の製造方法は、特に炭素数12以上の長鎖脂肪酸の製造に好適に用いることができる。なかでも、本発明の製造方法は炭素数12〜18の脂肪酸の製造に用いることが好ましく、炭素数12〜16の脂肪酸の製造に用いることがより好ましく、ラウリン酸(C12:0)、ミリスチン酸(C14:0)、パルミチン酸(C16:0)、パルミトレイン酸(C16:1)の製造に用いることが特に好ましい。
【0036】
本発明の製造方法又は形質転換体により製造された脂肪酸は、食用として用いる他、乳化剤として化粧品等に配合したり、石鹸や洗剤等の洗浄剤、繊維処理剤、毛髪リンス剤、又は殺菌剤や防腐剤として利用することができる。特に、パルミトレイン酸は皮膚機能改善剤(皮膚軟化作用、保護効果、抗炎症作用、かゆみ刺激の軽減、軽い火傷の鎮静等)として利用することが出来る。
【実施例】
【0037】
以下、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0038】
実施例1 ココヤシ(Cocos nucifera L.)由来Acyl-ACPチオエステラーゼ遺伝子の取得
1.ココヤシ胚乳からのcDNAの調製
ココヤシ胚乳からRNAを抽出した。RNAの抽出操作には、RNeasy Plant Mini Kit(Qiagen, Valencia, California)を用いた。ココヤシ胚乳を液体窒素で凍結した後、乳鉢と乳棒を用いて粉砕した。粉砕したものを適当量1.5mLチューブに移し、そこに1Mジチオスレイトールを1/100容量添加したRLT Bufferを450μL加え、ボルテックスしたもの全量をQIA shredder spin columnにアプライした。以降はキット添付のマニュアルに従って操作を行い、ココヤシ由来total RNAを得た。得られたtotal RNA(3.2μg)とSuperScript III First-Strand Synthesis System(Invitrogen Carlsbad, California)を用い、キット添付のマニュアルに従って逆転写反応を行うことにより、ココヤシ胚乳由来cDNAを得た。
【0039】
2.ココヤシ由来チオエステラーゼ遺伝子(CTE遺伝子)のクローニング
ココヤシに関するゲノム情報及びココヤシ由来Acyl-ACPチオエステラーゼに関する遺伝子情報は公知ではなく、既知の植物チオエステラーゼのアミノ酸配列をもとに、各チオエステラーゼ間においてアミノ酸保存性が高い領域を選抜し、その領域に対して表1に示した縮重プライマー(プライマーNo.1〜No.5(配列番号5〜9))を設計した。具体的にはシロイヌナズナチオエステラーゼ(Genbank ID(GI):804947)における105〜110位(AAEKQW)、250〜255位(WVMMN)、310〜318位(DLDVNQHV)、315〜324位(NQHVNNVKY)のアミノ酸に相当する植物チオエステラーゼ配列に対して縮重プライマーを設計した。ココヤシ胚乳由来cDNAを鋳型として、縮重プライマーを組み合わせたPCR反応を行い、取得した各CTE遺伝子断片の配列をシーケンス解析により決定した。特にプライマーNo.2とNo.4の組み合わせより得られた配列をアライメントすることによりCTE遺伝子の部分配列情報を取得した。取得した部分配列情報を参考に設計したオリゴDNAプライマー(表1、プライマーNo.6(配列番号10))及びオリゴdTプライマー(表1、プライマーNo.7(配列番号11))を用いたPCR反応により増幅したDNA断片のシーケンス解析を行い、ココヤシ由来チオエステラーゼの機能性部分をコードする遺伝子の塩基配列(配列番号2)を取得、確認した。
【0040】
【表1】

【0041】
3.ココヤシ由来チオエステラーゼのアミノ配列の解析
得られたCTE遺伝子の塩基配列をもとに、ココヤシ由来チオエステラーゼのアミノ酸配列(配列番号1)を解析した。アミノ酸配列の同一性(相同性)は遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx-Win(ソフトウェア開発)のLipman-Pearson法(Science, 227, 1435,(1985))に基づいたホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いてUnit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出した。またアミノ酸配列間のアライメントは、Clustal W マルチプルアライメントプログラム(Nucleic acids Res. 22, 4673,(1994))をデフォルト設定で用いることにより作製した。
他の植物由来のチオエステラーゼの配列と得られたココヤシ由来チオエステラーゼの配列とをGenetyx-Winを用いて比較解析した結果、ココヤシ由来チオエステラーゼはカリフォルニア・ベイ由来チオエステラーゼ(配列番号3)と50%、シロイヌナズナ由来チオエステラーゼ(GI:804947)と59%、クフェア由来チオエステラーゼ(GI:1292906)と55%、トウモロコシ由来チオエステラーゼ(GI:226529781)と49%、パーム由来チオエステラーゼE(GI:90018255)と62%、イネ由来チオエステラーゼ(GI:125554012)と59%、ダイズ由来チオエステラーゼ(GI:90192131)と57%のアミノ酸相同性を示し、CTEはいずれの植物チオエステラーゼとも極めて高い相同性を示さないことが確認された(一例として、シロイヌナズナ由来チオエステラーゼとダイズ由来チオエステラーゼとは82%のアミノ酸相同性を示す)。
【0042】
また、Clustal W マルチプルアライメントプログラムを用いてココヤシ由来チオエステラーゼと他の植物チオエステラーゼのアミノ酸配列のマルチプルアライメントを行った。その結果、Yuanらの報告(Proc. Natl. Acad. Sci. USA,Vol.92,pp.10639-10643,1995)にて示されているカリフォルニア・ベイ由来チオエステラーゼのC12:0認識に重要とされる197位のメチオニン(配列番号3の114位のメチオニンに対応)、199位のアルギニン(配列番号3の116位のアルギニンに対応)および231位のスレオニン(配列番号3の148位のスレオニンに対応)に相当する部分のうち、ココヤシ由来チオエステラーゼでは197位のメチオニン(配列番号1の117位のメチオニンに対応)、199位のアルギニン(配列番号1の119位のアルギニンに対応)は保存されているが、231位のアミノ酸がカリフォルニア・ベイ由来チオエステラーゼ以外の植物チオエステラーゼによく見受けられるリジン(配列番号1の151位のリジンに対応)であった。197位のメチオニン、199位のアルギニンおよび231位のリジンの組合わせは、シロイヌナズナやトウモロコシなどC16:0を主に認識するチオエステラーゼでも保存されている。そのため、ココヤシ由来チオエステラーゼではC12:0の認識を、カリフォルニア・ベイ由来チオエステラーゼとは異なる様式で行っている可能性も考えられる。
このように、本発明のココヤシ由来チオエステラーゼは、既知の植物チオエステラーゼとアミノ酸配列の相同性が比較的低く、かつ基質認識においても差異が見られるものであった。
【0043】
実施例2 チオエステラーゼ遺伝子を大腸菌に導入した形質転換体の作製
実施例1で取得したココヤシ由来チオエステラーゼ(CTE)遺伝子を、下記の手法により大腸菌(Escherichia coli)に導入し形質転換体を得た。比較のため、同様の手法によりカリフォルニア・ベイ由来Acyl-ACPチオエステラーゼ(BTE)遺伝子を大腸菌に導入した形質転換体を得た。
【0044】
1.CTE遺伝子発現プラスミドの構築
実施例1で取得したココヤシ由来チオエステラーゼの機能性部分をコードする遺伝子(配列番号2)を鋳型として、表1に示したオリゴDNAプライマー(プライマーNo.8及びNo.9(配列番号12及び13))を用いたPCR反応によりCTE遺伝子断片の両末端にプラスミドベクターpMW219(ニッポンジーン製)の部分配列を付与したDNA断片を取得した。またpMW219をテンプレートとし、表1に示したオリゴDNAプライマー(プライマーNo.10及びNo.11(配列番号14及び15))を用いたPCR反応により、直鎖状にpMW219断片を増幅した。CTE遺伝子断片とpMW219断片とをIn-Fusion Advantage PCR Cloning Kit(Clontech, Mountain View, California)を用いて連結することで、ベクター由来のLacZタンパク質のN末端側の27アミノ酸と融合する形でCTE遺伝子が発現するプラスミドを構築した。
【0045】
2.BTE遺伝子発現プラスミドの構築
配列番号4に示す塩基配列からなるカリフォルニア・ベイ由来チオエステラーゼBTE)をコードする人工合成遺伝子を含むプラスミドを鋳型として、オリゴDNAプライマー(表1、プライマーNo.12及びNo.13(配列番号16及び17))を用いたPCR反応によりBTE遺伝子断片の両末端にpMW219の部分配列を付与したDNA断片を取得した。なお、配列番号4の塩基配列を有する遺伝子はインビトロジェン(株)の提供する受託合成サービスを利用して取得した。BTE遺伝子断片と前述のpMW219断片とをIn-Fusion Advantage PCR Cloning Kitを用いて連結することで、ベクター由来のLacZタンパク質のN末端側の27アミノ酸と融合する形でBTE遺伝子が発現するプラスミドを構築した。
【0046】
3.形質転換大腸菌でのCTE遺伝子、BTE遺伝子の発現
上記で構築したCTE遺伝子発現プラスミド又はBTE遺伝子発現プラスミドを用いて大腸菌突然変異株であるK27株(fadD88)(Overath et al, Eur J Biochem. 7(4):559-74 1969, CSCG#:5478,)を形質転換した。なお、K27株は脂肪酸分解系を欠損した変異株である。形質転換処理をしたK27株を30℃で一晩静置して得られたコロニーをLBKm液体培地(Bacto Tripton 1%, Yeast Extract 0.5%, NaCl 1%,カナマイシン50μg/mL)1mLに接種し、30℃で12時間振とう培養した(前培養液)。前培養液20μLをカナマイシン50μg/mLを含むOvernight ExpressTM Instant TB Medium 培地(タカラバイオ)2mLに接種し、30℃で24時間振とう培養(180rpm)した。培養終了時の培養液の濁度(OD600)を計測した。得られた培養液を用いて、実施例3にて培養液中に含まれている脂質成分を解析した。
【0047】
実施例3 大腸菌形質転換体による脂肪酸の生産
1.形質転換大腸菌からの脂質の採取及び脂肪酸組成の分析
実施例2で培養開始後24時間経過した培養液900μL、に、酢酸40μL、及び内部標準としてメタノールに溶解した7−ペンタデカノン(0.5mg/mL)を40μL添加した。さらに、クロロホルム0.5mLとメタノール1mLを添加し、十分に攪拌した後に15分間静置した。さらに、1.5%塩化カリウム水溶液0.5mLとクロロホルム0.5mLを添加し、十分に攪拌した後に15分間静置した。室温、1500rpmで5分間遠心分離を行った後、下層部分を採取し、窒素ガスで乾燥した。乾燥したサンプルに3−フッ化ホウ素メタノール錯体溶液を1mL添加し、80℃で10分間恒温することにより脂肪酸のメチルエステル化処理を行った。その後、飽和食塩水1mLとヘキサン1mLを添加し、十分に攪拌した後に30分間静置した。上層部分を採取し、ガスクロマトグラフィ(Hewlett packard 6890)解析に供した。使用したガスクロマトグラフィは[キャピラリーカラム:DB-1 MS 30m x 200μm x 0.25μm(J&W Scentific)、移動層:高純度ヘリウム、カラム内流量:1.0mL/min、昇温プログラム:100℃(1分間)→10℃/min→300℃(5分間)、平衡化時間:1分間、注入口:スプリット注入(スプリット比:100:1)・圧力14.49psi・104mL/min・注入量1μL、洗浄バイアル:メタノール・クロロホルム、検出器温度:300℃]の条件で行った。
【0048】
2.脂肪酸量の解析
ガスクロマトグラフィ解析により得られた波形データのピーク面積より、各脂肪酸のメチルエステル量を定量した。各ピーク面積を内部標準である7−ペンタデカノンのピーク面積と比較することで試料間の補正を行い、培養液1リットルあたりの各脂肪酸量を算出した。算出した脂肪酸量を、事前に計測した培養終了時の培養液の吸光度(OD600)の値で標準化した。結果を図1に示す。
また、上記で算出された各脂肪酸生産量を合計して得られた総脂肪酸生産量を図2に示す。
【0049】
図1から明らかなように、ココヤシ由来チオエステラーゼを導入した形質転換体では、脂肪酸としてラウリン酸(C12:0)、ミリスチン酸(C14:0)及びパルミトレイン酸(C16:1)を主に蓄積した。ラウリン酸(C12:0)の蓄積量は、カリフォルニア・ベイ由来チオエステラーゼ(BTE)を導入した形質転換体と同程度もしくはそれ以上のものであった。
また、図2から明らかなように、ココヤシ由来チオエステラーゼを導入した形質転換体は、カリフォルニア・ベイ由来チオエステラーゼ(BTE)を導入した形質転換体よりも約3倍の総脂肪酸生産量を示し、脂肪酸及び脂質生産性が大幅に向上していることが確認された。
【0050】
3.ココヤシ胚乳中の脂質の採取及び脂肪酸組成の分析
ココヤシ胚乳約100mg対してクロロホルム0.5mL、メタノール0.5mL、及び1.5%塩化カリウム水溶液を0.25mLを添加しボルテックスしたものに、さらに酢酸40μL、及びメタノールに溶解した7−ペンタデカノン(0.5mg/mL)を40μL添加した。そこにクロロホルム0.5mLとメタノール1mLとを添加し、以降は上記1.と同様に操作し脂質の採取と脂肪酸の解析を行った。
ガスクロマトグラフィ解析により得られた波形データのピーク面積より、各脂肪酸のメチルエステル量を定量した。そのピーク面積をもとにして脂肪酸構成比を算出した。結果を図3に示す。
【0051】
図3から明らかなように、ココヤシ胚乳ではラウリン酸(C12:0)が最も多く蓄積し、次いでミリスチン酸(C14:0)、パルミチン酸(C16:0)、ステアリン酸(C18:0)の順に脂肪酸が蓄積されていることが確認された。
これに対し、ココヤシ由来チオエステラーゼを導入した形質転換体では、ミリスチン酸(C14:0)が最も多く、次いでラウリン酸(C12:0)が多く蓄積されていた。さらには、胚乳にはほとんど蓄積が見られないパルミトレイン酸(C16:1)が、ラウリン酸(C12:0)と同程度に蓄積していた。このことから、本発明のココヤシ由来チオエステラーゼを用いることで、形質転換体内でココヤシ胚乳とは異なる組成の脂肪酸を生産できることがわかった。
【0052】
実施例4 チオエステラーゼ遺伝子をシロイヌナズナに導入した形質転換体の作製
実施例1で取得したココヤシ由来チオエステラーゼ(CTE)遺伝子を、下記の手法によりシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)に導入し形質転換体を作製した。
【0053】
1.シロイヌナズナにおけるCTE遺伝子発現用プラスミドの構築
(1)Napin遺伝子のプロモーター領域及びターミネーター領域のクローニング
茨城県潮来市にて採取した野生のアブラナ様植物からBrassica rapa由来のNapin遺伝子のプロモーター領域を、また、栃木県益子町にて採取した野生のアブラナ様植物からNapin遺伝子のターミネーター領域をそれぞれ下記の手法によって取得した。
上記植物からPowerPlant DNA Isolation Kit(MO BIO Laboratories,USA)を用いてゲノムDNAを抽出し、得られたゲノムDNAをテンプレートとし、DNAポリメラーゼPrimeSTARを用いたPCR反応により各プロモーターとターミネーター領域の増幅を試みた。具体的には表2に示すプライマーNo.1とNo.2(配列番号21及び配列番号22)のプライマー対を用いてBrassica rapa由来のNapin遺伝子プロモーター領域を、プライマーNo.3とNo.4(配列番号23及び配列番号24)のプライマー対を用いてBrassica rapa由来のNapin遺伝子ターミネーター領域をそれぞれ増幅した。増幅が見られたBrassica rapaNapin遺伝子由来のプロモーター及びターミネーターについて、PCR産物をテンプレートとし、再度PCR反応を行った。この時、Napin遺伝子プロモーターは表2に示すプライマーNo.5とNo.6(配列番号25及び配列番号26)のプライマー対、Napin遺伝子ターミネーターはプライマーNo.3とNo.7(配列番号23及び配列番号27)のプライマー対を用いた。PCRにより増幅したDNA断片はMighty TA-cloning Kit(タカラバイオ社製)を用いて両末端にデオキシアデニン(dA)を付加した後、pMD20-T vector(タカラバイオ社製)にライゲーション反応により挿入して、Napin遺伝子プロモーターを含むプラスミドpPNapin1、及びNapin遺伝子ターミネーターを含むプラスミドpTNapin1をそれぞれ構築した。これらのプラスミドをシーケンス解析に供し、プロモーター領域の塩基配列(配列番号18)及びターミネーター領域の塩基配列(配列番号19)を決定した。
【0054】
(2)植物導入用ベクターの構築
植物導入用ベクターとしてpRI909(タカラバイオ社製)を用いた。
pRI909にBrassica rapa由来のNapin遺伝子のプロモーターとNapin遺伝子のターミネーターを導入した。まず、前記(1)で作製したプラスミドpPNapin1をテンプレートとし、PrimeSTAR、表2に示すプライマーNo.8及びNo.9(配列番号28及び配列番号29)のプライマー対を用いて、PCR反応により両末端に制限酵素認識配列を付加したプロモーター領域のDNA断片を増幅した。また、プラスミドpTNapin1をテンプレートとし、PrimeSTAR、表2に示すプライマーNo.10及びNo.11(配列番号30及び配列番号31)のプライマー対を用いて、PCR反応によりターミネーター領域のDNA断片を増幅した。増幅断片は、Mighty TA-cloning Kit(タカラバイオ社製)を用いて両末端にデオキシアデニン(dA)を付加した後、pMD20-T vector(タカラバイオ社製)にライゲーション反応により挿入し、プラスミドpPNapin2およびpTNapin2をそれぞれ構築した。プラスミドpPNapin2をSalIとNotIで、プラスミドpTNapin2をSmaIとNotIでそれぞれ処理し、SalIとSmaIで処理したpRI909にライゲーション反応により挿入し、プラスミドp909PTnapinを構築した。
【0055】
カリフォルニア・ベイ由来Acyl-ACPチオエステラーゼ(BTE)遺伝子の葉緑体移行シグナルペプチドをコードする遺伝子(配列番号20)を、Invitrogen社(Carlsbad,California)の提供する受託合成サービスを利用して取得した。
上記配列を含むプラスミドをテンプレートとし、PrimeSTAR、表2に示すプライマーNo.12及びNo.13(配列番号32及び配列番号33)のプライマー対を用いて、PCR反応により葉緑体移行シグナルペプチドをコードする遺伝子断片を増幅した。増幅した遺伝子断片はMighty TA-cloning Kit(タカラバイオ社製)を用いて両末端にデオキシアデニン(dA)を付加した後、pMD20-T vector(タカラバイオ社製)にライゲーション反応により挿入し、プラスミドpSignalを構築した。pSignalをNotIで処理し、p909PTnapinのNotIサイトにライゲーション反応で連結することで、プラスミドp909PTnapin-Sを得た。
【0056】
実施例1で取得したココヤシ由来チオエステラーゼ(CTE)の機能性部分をコードする遺伝子(配列番号2)を鋳型として、PrimeSTAR MAX、及び表2に示すプライマーNo.14とNo.15(配列番号34及び配列番号35)のプライマー対を用いて、PCR反応によりCTE遺伝子をコードするDNA断片を増幅した。また、p909PTnapin-Sをテンプレートとし、プライマーNo.16及びNo.17(配列番号36及び配列番号37)のプライマー対を用いて、p909PTnapin-Sを直鎖状断片として増幅した。CTE遺伝子断片とp909PTnapin-S断片とを、In-Fusion Advantage PCR Cloning Kit(クロンテック製)を用いて連結した。
このようにして、Brassica rapa(アブラナ)由来Napin遺伝子プロモーターによりその発現が制御され、カリフォルニア・ベイのチオエステラーゼ遺伝子(BTE)由来の葉緑体移行シグナルペプチドによって葉緑体へと移行する、ココヤシ由来チオエステラーゼ(CTE)遺伝子配列を含む植物導入用プラスミドp909CTEを構築した。
【0057】
【表2】

【0058】
2.シロイヌナズナの形質転換と栽培方法
構築した植物導入用ベクターp909CTEを、インプランタイノベーションズ(株)によるシロイヌナズナ形質転換受託サービスに供し、CTE遺伝子が導入されたシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana(Colombia株))の形質転換体Pnapin-CTEを得た。
シロイヌナズナの野生株及び形質転換体Pnapin-CTEを土壌で、ともに室温22℃で、蛍光灯照明を用いて明期16時間(約4000ルクス)、暗期8時間の条件で栽培した。約2か月の栽培の後、種子を収穫した。
【0059】
実施例5 シロイヌナズナ形質転換体による脂肪酸及び脂質の生産
実施例4で構築したシロイヌナズナ形質転換体(Pnapin-CTE)及びシロイヌナズナ野生株について、種子中の脂質量及び脂肪酸組成の解析を下記の手法により行った。
【0060】
1.種子からの脂質抽出と脂肪酸のメチルエステル化
収穫したシロイヌナズナ種子をシードスプーン(200粒用、バイオメディカルサイエンス製)で2杯程度すくい、Lysing Matrix D(MP Biomedicals,USA)に入れた。Lysing Matrix DをFastPrep(MP Biomedicals)にセットし、速さ6.0で20秒間振動させて種子を粉砕し、そこに20μLの7−ペンタデカノン(0.5mg/mL メタノール)(内部標準)と20μLの酢酸を添加したクロロホルム0.25mL、メタノール0.5mLを加え、十分に攪拌した後に15分間静置した。さらに、1.5%塩化カリウム水溶液0.25mLとクロロホルム0.25mLとを添加し、十分に攪拌した後に15分間静置した。室温にて1500rpmで5分間遠心分離を行った後、下層部分を採取し、窒素ガスで乾燥した。乾燥したサンプルにメタノールに溶解した0.5N水酸化カリウム-メタノール溶液を100μL加え、70℃で30分間恒温することによりトリアシルグリセロールを加水分解した。3−フッ化ホウ素メタノール錯体溶液を0.3mL添加して乾燥物を溶解し、80℃で10分間恒温することにより脂肪酸のメチルエステル化処理を行った。その後、飽和食塩水0.2mLとヘキサン0.3mLを添加し、十分に攪拌した後に30分間静置した。脂肪酸のメチルエステルが含まれるヘキサン層(上層部分)を採取し、ガスクロマトグラフィ(GC)分析に供した。
【0061】
2.ガスクロマトグラフィ(GC)分析
上記でメチルエステル化した試料を、GCにて分析した。使用したGCはカラム:DB1-MS(J&W Scientific,Folsom,California)、分析装置:6890(Agilent technology,Santa Clara,California)を用いて、[カラムオーブン温度:100℃保持1分→100〜300℃(10℃/分昇温)→300℃保持5分(ポストラン2分)、注入口検出器温度:300℃、注入法:スプリットモード(スプリット比=193:1)、サンプル注入量1−2μL、カラム流速:0.5mL/minコンスタント、検出器:FID、キャリアガス:水素、メイクアップガス:ヘリウム]の条件で行った。GC解析により得られた波形データのピーク面積より、各脂肪酸のメチルエステル量を定量した。なお、各ピーク面積を内部標準である7−ペンタデカノンのピーク面積と比較することで試料間の補正を行い、解析に供した全種子中に含まれる脂肪酸量を算出した。また、算出した脂肪酸量を事前に計測した種子数で除することにより、種子100粒あたりの脂肪酸量を算出した。なお、種子中の各脂質に対応するGCのピークは、各脂肪酸の標準品のメチルエステルの保持時間(Retention Time,RT)、及び下記のGC/MSによる解析により同定した。
【0062】
3.GC/MS分析
GC分析に供した試料について、必要に応じてGC/マススペクトル(MS)分析を、キャピラリーカラム:DB1-MS、GC分析装置:7890A(Agilent technology)、MS分析装置:5975C(Agilent technology)を用いて以下の条件にて行った。[カラムオーブン温度:100℃保持2分→100〜300℃(10℃/分昇温)→300℃保持5分(平衡時間2分、ポストラン320℃で5分)もしくは100℃保持2分→100〜200℃(10℃/分昇温)→200〜320℃(50℃/分昇温)→320℃保持5分(平衡時間2分、ポストラン320℃で5分)、注入口検出器温度:250℃、注入法:スプリットレスモード、サンプル注入量1μL、カラム流速:1mL/minコンスタント、検出器:FID、キャリアガス:水素、メイクアップガス:ヘリウム、溶媒待ち時間:7分もしくは3.5分、イオン化法:EI法、イオン源温度:250℃、インターフェース温度:300℃、測定モード:スキャンモード(m/z:20〜550若しくは10〜550)]
【0063】
上記GC解析により得られたピーク面積より、シロイヌナズナ形質転換体Pnapin-CTE及び野生株の種子中に含まれる各脂肪酸の量をそれぞれ算出し、総脂肪酸量(脂質量)を図4に、総脂肪酸量に占める各脂肪酸の割合を図5にそれぞれ示した。なお、図4及び5において、野生株種子の脂質含量は2つの独立した種子の集団より得られた結果の平均値を、形質転換体Pnapin-CTEにおいては独立した5ラインの平均値をそれぞれ示す。
【0064】
図4から明らかなように、CTE遺伝子を導入した形質転換体Pnapin-CTEの種子は、野生型の種子と比べて、総脂肪酸量(脂質含有量)が多いことがわかった。
また、図5から明らかなように、形質転換体Pnapin-CTEには、野生型のシロイヌナズナには含まれないラウリン酸(C12:0)及びミリスチン酸(C14:0)が含まれ、さらにパルミチン酸(C16:0)量も増加していた。さらに、形質転換体Pnapin-CTEでは、ラウリン酸(C12:0)よりもミリスチン酸(C14:0)及びパルミチン酸(C16:0)が多く含まれ、形質転換体の脂肪酸組成はココヤシ胚乳と異なることがわかった。
したがって、本発明のココヤシ由来チオエステラーゼによって、形質転換体の脂肪酸及び脂質生産性を向上させ、かつココヤシ胚乳の脂肪酸組成とは異なる割合で脂肪酸を生産できることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a)〜(c)のいずれかのタンパク質。
(a)配列番号1に示すアミノ酸配列からなり、チオエステラーゼ活性を有するタンパク質
(b)配列番号1に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつチオエステラーゼ活性を有するタンパク質
(c)配列番号1に示すアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつチオエステラーゼ活性を有するタンパク質
【請求項2】
請求項1に記載のタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項3】
下記(d)〜(f)のいずれかのDNAからなる遺伝子。
(d)配列番号2に示す塩基配列からなり、チオエステラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA
(e)配列番号2に示す塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつチオエステラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA
(f)配列番号2に示す塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列からなり、かつチオエステラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA
【請求項4】
請求項2又は3に記載の遺伝子を含有する組換えベクター。
【請求項5】
請求項2若しくは3に記載の遺伝子又は請求項4に記載の組換えベクターを含む形質転換体。
【請求項6】
宿主が微生物又は植物である請求項5に記載の形質転換体。
【請求項7】
宿主が大腸菌である請求項5に記載の形質転換体。
【請求項8】
宿主がシロイヌナズナである請求項5に記載の形質転換体。
【請求項9】
請求項5〜8のいずれか1項に記載の形質転換体を培地に培養し、培養物から脂肪酸を採取することを特徴とする脂肪酸の製造方法。
【請求項10】
請求項5〜8のいずれか1項に記載の形質転換体を培地に培養し、培養物から脂肪酸を含有する脂質を採取することを特徴とする脂肪酸含有脂質の製造方法。
【請求項11】
前記脂肪酸が炭素数12以上の長鎖脂肪酸であることを特徴とする請求項9又は10に記載の製造方法。
【請求項12】
前記脂肪酸がラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸及びパルミトレイン酸から選ばれるいずれか1種以上であることを特徴とする請求項9〜11のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項13】
宿主に下記(a)〜(c)のいずれかのタンパク質をコードする遺伝子を導入することを特徴とする、脂肪酸又はこれを含有する脂質の生産性を向上させる方法。
(a)配列番号1に示すアミノ酸配列からなり、チオエステラーゼ活性を有するタンパク質
(b)配列番号1に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつチオエステラーゼ活性を有するタンパク質
(c)配列番号1に示すアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつチオエステラーゼ活性を有するタンパク質

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−250781(P2011−250781A)
【公開日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−20737(P2011−20737)
【出願日】平成23年2月2日(2011.2.2)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】