説明

テンショナ

【課題】低コストで、耐焼付き性に優れた耐久性のあるテンショナを提供する。
【解決手段】テンショナハウジング7のプランジャ収容穴12に、先端部が外部に突出するように付勢されて摺動自在に嵌装されたプランジャ8を有するテンショナ1において、テンショナハウジングを鋳造品またはアルミニウム系金属材料で形成し、プランジャ収容穴は表面処理を施さず、プランジャに結晶性のリン酸マンガン皮膜を生成させる表面処理を施すことによって、上記の目的を達成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両用エンジンのタイミングチェーンに適正な張力を付加するために用いられるテンショナに関し、特に、プランジャとテンショナハウジングとの間の耐焼付き性を改善したテンショナに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車エンジンのクランクシャフトとカムシャフトとの間で回転を伝達する伝動装置には、クランクシャフトとカムシャフトのそれぞれに固着したスプロケット間にタイミングチェーンを掛け渡したチェーン伝動装置が汎用されている。そして、このチェーン伝動装置には、一般に、チェーンの緩み側に適当な押し付け力を与えて適正な張力を付加して、チェーン走行時の振動を防止するとともに、チェーンの伸びに追従し適当な押し付け力を保持するために、テンショナが使用されている。テンショナは、テンショナハウジングの前面からプランジャがばねにより付勢されて突出しており、このプランジャの先端が、エンジン本体側に揺動自在に支持されているテンショナレバーの揺動端近傍の背面を押圧することにより、テンショナレバーのシュー面をチェーンの緩み側に摺動接触して張力を付加している。
【0003】
このようなテンショナの主要構成部材であるテンショナハウジングの素材には、通常、耐摩耗性が優れている、振動を吸収しやすい、削りやすい、といった特徴を有している“ねずみ鋳鉄”と呼ばれる片状黒鉛鋳鉄が使用されている。また、ねずみ鋳鉄よりも軽量化を図ると共に、耐焼付き性も向上させるために、テンショナハウジングをアルミニウムやアルミニウム合金などのアルミニウム系金属材料で形成し、その表面に硬質陽極化処理を施して硬質アルマイト層の被膜を生成させ、テトラチオモリブデン酸アンモニウム溶液中で二次電解して被膜中の微細孔中に二硫化モリブデンを析出させる、いわゆる“カシマコート”(登録商標)と呼ばれる表面処理を施すことも提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
【特許文献1】特許第3226030号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、従来のテンショナのテンショナハウジングの素材として汎用されている“ねずみ鋳鉄”は、重量が重いという欠点があった。また、ねずみ鋳鉄に含有されている黒鉛の結晶は細長く、この結晶の先端に力を加えると亀裂が入りやすくなる為、強度が低下するという欠点があった。
【0006】
また、カシマコート(登録商標)処理を行った場合、製造工程が複雑になり、コストが高くなるだけでなく、加工公差に加えカシマコート(登録商標)処理による膜厚公差が加わるため寸法公差が厳しいテンショナに対しては適用できないという欠点があった。さらに、カシマコート(登録商標)処理は、テンショナハウジングが複雑な形状をしている場合や、小さな孔を有する場合には、均一な表面処理を施すことができないという問題があった。
【0007】
更に、プランジャが、プランジャばねにより常時付勢されており、且つ、テンショナハウジングに設けられたラチェット軸にラチェット爪を有するラチェット爪体を揺動自在に軸支すると共に、ラチェット爪をプランジャ側面に刻設されたラチェット歯に噛み合わせてプランジャの後退変位を阻止するラチェット式テンショナの場合には、特に、次のような課題が指摘されていた。
【0008】
ラチェット式テンショナの場合、プランジャが、チェーンの張力によって押し込まれた時にラチェット爪とラチェット歯の噛み合いに対向する側のプランジャとテンショナハウジングのプランジャ収容穴の摺動面において、サイドフォース(プランジャ前進方向に対して直角に働く力)が働くため、この摺動面における摩擦抵抗が大きくなり、エンジン回転中に発生するプランジャの振動により、テンショナハウジングとプランジャとの間の摩擦により、両者の温度が上昇し変形を起こし、最悪の場合には、両者が焼付きを起こし、テンショナの機能が失われる。特に、高荷重、微小ストローク、高周波数の下で使用される場合には、焼付きの発生が懸念されていた。
【0009】
そこで、本発明の目的は、低コストで、耐焼付き性に優れた耐久性のあるテンショナを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記目的を達成するために、請求項1に係るテンショナは、テンショナハウジングのプランジャ収容穴に、先端部が外部に突出するように付勢されて摺動自在に嵌装されたプランジャを有するテンショナにおいて、テンショナハウジングを鋳造品またはアルミニウム系金属材料で形成し、前記プランジャ収容穴は表面処理を施さず、前記プランジャに結晶性のリン酸マンガン皮膜を生成させる表面処理を施すことを特徴としている。
【0011】
ここで、結晶性のリン酸マンガン皮膜を生成させる表面処理とは、一般にリューブライト処理と呼ばれている処理を意味しており、浸漬法によって、プランジャを構成する鉄鋼表面に単斜晶系の結晶構造を有する厚さ0.5〜15ミクロン程度の薄いリン酸マンガン系の不動態皮膜を生成するものである。
【発明の効果】
【0012】
請求項1に係るテンショナは、テンショナハウジングのプランジャ収容穴に、先端部が外部に突出するように付勢されて摺動自在に嵌装されたプランジャを有するテンショナにおいて、テンショナハウジングを鋳造品またはアルミニウム系金属材料で形成し、前記プランジャ収容穴は表面処理を施さず、前記プランジャに結晶性のリン酸マンガン皮膜を生成させる表面処理を施しているため、結晶性のリン酸マンガン皮膜が有する自己潤滑性により、プランジャとテンショナハウジングの焼付きを抑制することが可能になる。また、テンショナハウジング側ではなく、比較的形状が単純で小型であるプランジャ側に結晶性のリン酸マンガン被膜を生成する表面処理を施すことにより、処理時間を短縮することが可能になる。さらに、結晶性のリン酸マンガン皮膜によって、摺動表面の欠陥や不均一性を覆うことができ、摺動表面のなじみ過程が速やかに行われ、摺動部分からのノイズ低減が図られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
発明の実施の形態を実施例に基づき、図面を用いて説明する。図1は、本発明のテンショナの一例を示す断面図であり、図2は、図1に示したテンショナのプランジャ先端部近傍の一部を拡大した断面図である。
【0014】
テンショナ(1)は、エンジンのクランクシャフト(2)で回転される駆動側スプロケット(3)と、カムシャフト(4)に固定されている従動側スプロケット(5)の間に掛け渡されているチェーン(6)、すなわち、タイミングチェーンの緩み側でエンジン本体に取り付けられている。
【0015】
このテンショナ(1)は、テンショナハウジング(7)の前面からプランジャ(8)が出没自在に突出しており、このプランジャ(8)の先端面(8A)が、支軸(9)でエンジン本体側に揺動自在に支持されたテンショナレバー(10)の揺動端近傍の背面を押圧している。その結果、テンショナレバー(10)のシュー面(11)が、チェーン(6)の緩み側に摺動接触して、チェーン(6)に対して適度な張力を付加している。
【0016】
テンショナハウジング(7)には、プランジャ(8)が出没自在に嵌挿されるプランジャ収容穴(12)が形成されている。プランジャ(8)には、プランジャ収容穴(12)の底部と対峙する端面に開口した中空部(13)が形成されており、この中空部(13)の底面と、これに対峙するプランジャ収容穴(12)の底部との間にプランジャばね(14)が弾装されている。そして、このプランジャばね(14)は、プランジャ(8)の先端がテンショナハウジング(7)から突出するように、プランジャ(8)を常時付勢している。このテンショナハウジング(7)は、鋳造品またはアルミニウム系金属材料により形成されている。一方、プランジャ(8)は、鉄鋼製であり、その表面に前述したリューブライト処理により、単斜晶系の結晶構造を有する厚さ0.5〜15ミクロン程度の薄いリン酸マンガン系の不動態皮膜を生成している。
【0017】
また、テンショナハウジング(7)には、ラチェット軸(15)によってラチェット爪体(16)が揺動自在に軸支されていて、このラチェット爪体(16)には、プランジャ(8)の側面に刻設されているラチェット歯(T)に噛み合うラチェット爪(17),(18)が形成されている。
【0018】
ラチェット爪体(16)は、テンショナハウジング(7)との間に設けられたラチェットばね(19)によって、常時、ラチェット爪(17),(18)がプランジャ(8)のラチェット歯(T)と噛み合う方向にラチェット軸(15)回りの回動付勢力を与えられている。そして、これらのラチェット爪(17),(18)とラチェット歯(T)との噛み合いによって、プランジャ(8)の後退方向の変位が阻止されるよう構造になっている。
【0019】
次に、本発明によるラチェット式テンショナに対して実施した焼付き試験の結果について説明する。焼付き試験は、図2に示したラチェット式テンショナと同じものを用いて実施した。試験条件は、以下のとおりである。
【0020】
1)プランジャに形成した中空部(13)とテンショナハウジングに形成したプランジャ収容穴(12)とで囲まれる空間に油を供給する。この時の供給油の条件は油温80℃、油圧0.30MPaとする。
2)プランジャの先端面(8A)を振動試験機を用いて、±0.1mmの変位を毎秒200回(200Hz)で1.0×107 回、すなわち50,000秒間(約14時間)加える。
3)その後、プランジャ側面、特にサイドフォース(図2においてSFで示したプランジャ前進方向に対して直角に働く力)が加わる部位の性状を観察し、焼付きの有無を調査する。
【0021】
上記1)〜3)の試験を、リューブライト処理を施した本発明品と、表面処理を施していない従来品の双方に対して実施したところ、従来品では、焼付きが観察されたが、本発明品では焼付きは観察されなかった。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】ラチェット式テンショナの一例を示す断面図。
【図2】図1のプランジャ先端部近傍の一部拡大断面図。
【符号の説明】
【0023】
1 ・・・ ラチェット式テンショナ
2 ・・・ クランクシャフト
3 ・・・ 駆動側スプロケット
4 ・・・ カムシャフト
5 ・・・ 従動側スプロケット
6 ・・・ チェーン
7 ・・・ テンショナハウジング
8 ・・・ プランジャ
8A ・・・ (プランジャの)先端面
9 ・・・ (テンショナレバーの)支軸
10 ・・・ テンショナレバー
11 ・・・ (テンショナレバーの)シュー面
12 ・・・ プランジャ収容穴
13 ・・・ 中空部
14 ・・・ プランジャばね
15 ・・・ ラチェット軸
16 ・・・ ラチェット爪体
17,18 ・・・ ラチェット爪
19 ・・・ ラチェットばね
T ・・・ ラチェット歯
SF ・・・ サイドフォース


【特許請求の範囲】
【請求項1】
テンショナハウジングのプランジャ収容穴に、先端部が外部に突出するように付勢されて摺動自在に嵌装されたプランジャを有するテンショナにおいて、
前記テンショナハウジングを鋳造品またはアルミニウム系金属材料で形成し、前記プランジャ収容穴は表面処理を施さず、前記プランジャに結晶性のリン酸マンガン皮膜を生成させる表面処理を施すことを特徴とするテンショナ。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−77840(P2006−77840A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−261095(P2004−261095)
【出願日】平成16年9月8日(2004.9.8)
【出願人】(000003355)株式会社椿本チエイン (861)
【Fターム(参考)】