説明

トリプチセン類化合物の製造方法

【課題】
機能性材料や医薬品等の原料として広い分野で有効に利用されるトリプチセン誘導体の光学活性体を、より安価で、操作が煩雑でなく、かつ安全性にも優れた生化学的手法による方法で製造する方法を提供すること。
【解決手段】
エステル基などの加水分解され得る官能基を有するトリプチセン誘導体の光学異性体混合物に、コレステロールエステラーゼなどの不斉加水分解する能力を有する加水分解酵素を作用させ、光学活性なトリプチセン誘導体を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機能性材料として有用な光学活性トリプチセン誘導体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化学式1で示されるトリプチセン誘導体は機能性材料として有用である。例えばトリプチセン誘導体を含むポリマーは、照明及びディスプレイデバイスに用いられるエレクトロルミネッセント材料への応用が検討されている(例えば、特許文献1、2参照。)。またトリプチセン誘導体を含むポリマーは、耐熱性、透明性、低屈折率性に加えて、低複屈折性を併せ持つことが報告されており、光導波路、光フィルタ、レンズ等の光部品に応用可能であることが示唆されている(例えば、特許文献3参照。)。トリプチセン誘導体そのものも電気エネルギーを光に変換する発光素子として利用可能である(例えば、特許文献4参照。)。またトリプチセンは、三個のベンゼン環が三枚羽根の歯車のように配置した構造をとり、π電子を有することから、有機化学的にも非常にユニークな化合物である。近年、光学活性体(キラル化合物)は医薬品を中心にその重要性を増しているため、トリプチセン誘導体についても光学活性体が容易に入手可能となれば、医薬品や化粧品の合成に用いられる不斉触媒の原料や医薬品、化粧品の原料等、有機合成の分野においての応用も期待できる。
【0003】
トリプチセン誘導体の合成法としては、アントラセンとキノンの付加物から誘導する方法(例えば、非特許文献1参照。)、アントラニル酸誘導体のジアゾ化物からベンザインを生成させ、アントラセン誘導体と反応させる方法(例えば、非特許文献2〜5、特許文献5参照。)等が知られている。
【0004】
また光学活性なトリプチセン誘導体の合成法としては、上記方法にて得られたラセミ体化合物をジアステレオマー塩の分別再結晶を利用して光学分割する方法(例えば、非特許文献6〜8参照。)が知られている。しかし本方法においては、用いられる光学活性体が非常に高価であることや、再結晶等の精製工程が煩雑であること等が問題となっていた。そこで、光学活性なトリプチセン誘導体を簡便かつ安価に製造する方法の開発が強く求められていた。
【0005】
【特許文献1】特表2002−532846号公報
【特許文献2】特表2002−539286号公報
【特許文献3】特開2004−182962号公報
【特許文献4】特開2002−15871号公報
【特許文献5】特開2004−217536号公報
【非特許文献1】「The Journal of American Chemical Society」,(米国),1942年,64巻,p.2649−2653
【非特許文献2】「Angewante Chemie」,(ドイツ),1956年,68巻,p.40
【非特許文献3】「The Journal of American Chemical Society」,(米国),1963年,85巻,p.1549
【非特許文献4】「The Journal of American Chemical Society」,(米国),1965年,87巻,p.4649−4651
【非特許文献5】「Journal of Organic Chemistry」,(米国),1969年,34巻,p.3426−3430
【非特許文献6】「Bulletin of The Chemical Society of Japan」,1962年,35巻,p.853−857
【非特許文献7】「Bulletin of The Chemical Society of Japan」,1973年,46巻,p.605−610
【非特許文献8】「Bulletin of The Chemical Society of Japan」,1973年,46巻,p.611−617
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、化学式1で示されるトリプチセン誘導体の光学活性体を、より安価、簡便で、かつ安全性が高い方法で製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで本発明者らは鋭意検討した結果、特定の能力を有する加水分解酵素を用いる生化学的手法が、上記課題を解決し得ることを見出し、これらの知見に基づき本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、
1)トリプチセン誘導体の光学異性体混合物に酵素を作用させ、光学活性なトリプチセン誘導体を得ることを特徴とする、光学活性なトリプチセン誘導体の製造方法。
2)トリプチセン誘導体の光学異性体混合物が、化学式1で示され、式中、R〜Rのいずれか少なくとも一つは加水分解され得る官能基であるトリプチセン誘導体とその光学異性体の混合物であることを特徴とする、上記1)記載の光学活性なトリプチセン誘導体の製造方法。
3)トリプチセン誘導体の光学異性体混合物が、化学式1の式中、RとRの両方もしくはいずれか一つが加水分解され得る官能基であるトリプチセン誘導体とその光学異性体の混合物であることを特徴とする、上記2)記載の光学活性なトリプチセン誘導体の製造方法。
4)加水分解され得る官能基がエステル基であることを特徴とする、上記2)又は3)記載の光学活性なトリプチセン誘導体の製造方法。
5)酵素が、不斉加水分解する能力を有する加水分解酵素であることを特徴とする、上記1)乃至4)のいずれかに記載の光学活性なトリプチセン誘導体の製造方法。
6)加水分解酵素が、エステル加水分解酵素であることを特徴とする、上記5)記載の光学活性なトリプチセン誘導体の製造方法。
7)エステル加水分解酵素が、コレステロールエステラーゼであることを特徴とする、上記6)記載の光学活性なトリプチセン誘導体の製造方法。
に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、操作が煩雑でなく、安価で、安全性にも優れた生化学的手法による、光学活性なトリプチセン誘導体の製造方法が提供された。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に使用しうる化学式1で示されるトリプチセン誘導体においては、R〜Rのいずれか少なくとも一つは加水分解され得る官能基である。ここで述べる加水分解とは、結合切断の一形式であり、形の上からは一つの結合が切断するときにその結合がイオン的に開裂し、HO1分子がH,OHに分かれて付加する反応を言う。加水分解により切断される結合として、エステル結合、アミド結合、ペプチド結合、エーテル結合、グリコシド結合、チオエーテル結合、ニトリル等が挙げられる。よって、本発明で述べる「加水分解され得る官能基」とはエステル基、アミド基、エーテル基、チオエーテル基、ニトリル基等を指し、特にエステル基は本発明の酵素加水分解反応に好適である。エステル基を有するトリプチセン誘導体には、トリプチセン側の水酸基にカルボン酸が縮合した化学式2で示される化合物、もしくはトリプチセン側のカルボン酸にアルコールが縮合した化学式3で示される化合物が存在するが、特に化学式2で示される、トリプチセン側の水酸基にカルボン酸が縮合したエステル化合物が好ましく用いられる。
【0011】
【化1】

【0012】
【化2】

(式中Rは例えばアルキル基、ハロゲン化アルキル基等を示すが、特に存在してもしなくてもよい。またRは例えばアルキル基、ハロゲン化アルキル基等を示す。)

【0013】
【化3】

(式中Rは例えばアルキル基、ハロゲン化アルキル基等を示すが、特に存在してもしなくてもよい。またRは例えばアルキル基、ハロゲン化アルキル基等を示す。)

【0014】
化学式2で示されるO−アシル基として、より具体的には、アセチル基、プロピオニル基、ブチリル基、ペンタノイル基、ヘキサノイル基、ヘプタノイル基、オクタノイル、ノナノイル、デカノイル基、ウンデカニル基、ドデカニル基、トリデカニル基、ピバロイル基、ベンゾイル基等が用いられるが、ペンタノイル基が特に好ましく用いられる。
【0015】
さらに化学式1で示されるトリプチセン誘導体は、光学異性体が存在しうる形で置換基R〜Rのいずれかを有していなければならない。ここで述べる光学異性体とは鏡像関係にある2種類の異なる分子を言い、例えば化学式4〜7で示される化合物の組み合わせ等が挙げられる。
【0016】
【化4】

【0017】
【化5】

【0018】
【化6】

【0019】
【化7】

【0020】
化学式4〜7の式中について、説明の便宜上、置換基は2つずつのみ記載し、その他の置換基は省略した。式中のX,Y,Zの少なくとも一つは加水分解され得る官能基である。XとYは同じであってもよいが、XとZは異なる置換基でなければならない。置換基の種類は特に限定されないが、例えば水酸基、エステル基、アミノ基、アミド基、エーテル基、チオエーテル基、ニトリル基、アルキル基、シクロアルキル基、アラルキル基、アルケニル基、シクロアルケニル基、アルキニル基、メルカプト基、アルコキシ基、アルキルチオ基、アリールエーテル基、アリールチオエーテル基、アリール基、複素環基、ハロゲン、ハロアルカン、ハロアルケン、ハロアルキン、シアノ基、アルデヒド基、カルボニル基、カルボキシル基、カルバモイル基、ニトロ基、シリル基、水素等が挙げられる。
【0021】
また、化学式1で示されるトリプチセン誘導体のR〜R14の残りの置換基については特に制限されないが、例えば上述した置換基の中から選ぶことができる。中でも化学式1で示されるトリプチセン誘導体のRとRの両方もしくはいずれか一方が加水分解され得る官能基である化合物とその光学異性体の混合物(化学式4)が酵素反応の基質として好ましく用いられる。さらに具体的には、化学式1で示されるトリプチセン誘導体のRとRの両方もしくはいずれか一方が−O−Acylである(±)−2,6−ジアシルオキシトリプチセン(化学式8)、もしくは(±)−2−ヒドロキシ−6−アシルオキシトリプチセン(化学式9)が用いられる。
【0022】
【化8】


(Rはアルキル基、ハロゲン化アルキル基等を示す。)

【0023】
【化9】


(Rはアルキル基、ハロゲン化アルキル基等を示す。)

【0024】
本発明において使用しうる化学式1で示されるトリプチセン誘導体とその光学異性体の混合物の混合比は任意であり、1:1のラセミ体でもよく、一方の比率を高めたものを用いてもよい。
【0025】
本発明において使用しうる化学式1で示されるトリプチセン誘導体とその光学異性体の混合物は、例えば置換アントラセンとベンザインを反応させる方法に準じて合成し、これをエステル、アミド、エーテル等に誘導することにより製造することができる。
【0026】
このようなトリプチセン誘導体の具体的な例としては、例えば、(±)−2,6−ジペンタノイルオキシトリプチセン、(±)−2−ヒドロキシ−6−ペンタノイルオキシトリプチセン、(±)−1,5−ジペンタノイルオキシトリプチセン、(±)−1−ヒドロキシ−5−ペンタノイルオキシトリプチセン、(±)−1,3−ジペンタノイルオキシトリプチセン、(±)−1−ヒドロキシ−3−ペンタノイルオキシトリプチセン、(±)−1,2−ジペンタノイルオキシトリプチセン、(±)−1−ヒドロキシ−2−ペンタノイルオキシトリプチセン等が挙げられるが、これらに限られるものではない。
【0027】
本発明に使用しうる酵素は、化学式1で示されるトリプチセン誘導体の加水分解され得る官能基を認識し、鏡像体の一方を優先的に加水分解する能力を有する酵素であればよい。このような能力を有する加水分解酵素は、狭義のリパーゼを含むエステラーゼや狭義のアシラーゼ、アシルアミダーゼを含むアミダーゼ、さらにプロテアーゼ、エーテルヒドロラーゼ、グリコシダーゼ、チオエーテルヒドロラーゼ、ニトリルヒドロラーゼ等であり、ウシ、ブタ、ヒト等の動物由来でも、ヒマ等の植物由来でも、キサントモナス属、シュードモナス属、アスペルギルス属、キャンディダ属、フザリウム属、ジオトリカム属、ムコール属、ノカルディア属、ペニシリウム属、リゾプス属、サッカロマイセス属、アクロモバクター属、アシネトバクター属、アルカリジェネス属、クロモバクテリウム属、エシェリヒア属、スフィンゴモナス属、バチルス属、バークホルデリア属、モレキセラ属、ラクトバチルス属、スタフィロコッカス属、セラチア属、ヤロウイア属等に属する微生物由来でもかまわない。また、これらの加水分解酵素の遺伝子を組換えDNA技術により単離し、同じ属に属する宿主細胞又は異なる属に属する宿主細胞に導入することにより得られた形質転換体が産生する加水分解酵素でもよい。加水分解酵素の中でも、特にエステル加水分解酵素が好ましく用いられ、その一種であるコレステロールエステラーゼが好適である。
【0028】
本発明に使用しうるコレステロールエステラーゼは特に限定されないが、キサントモナス、トリコデルマ、シュードモナス等の微生物由来の酵素や、ウシ、ブタ等の動物由来の酵素等を用いることができる。特に、特開2001−161375号公報に記載されているキサントモナス由来のコレステロールエステラーゼが、優れた鏡像体選択性と反応性の点からより好適である。
【0029】
本発明に使用しうる加水分解酵素は、それ自体を含有する微生物又は細胞の培養物の形で反応に利用しても良いが、該培養物または当該加水分解酵素を含有する組織から分離して粗酵素や精製酵素等の形で反応に利用しても良い。このような粗酵素や精製酵素等は、例えば、1)超音波処理、2)ガラスビーズ又はアルミナを用いる摩砕処理、3)フレンチプレス処理、4)リゾチーム等の酵素処理、5)ワーリングブレンダー処理等により菌体、細胞、または組織等を破砕し、得られた破砕物から6)硫安などを用いる塩析、7)有機溶媒、ポリエチレングリコール等の有機ポリマーによる沈澱、8)イオン交換クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等の各種のクロマトグラフィー、9)電気泳動等の通常の方法により調製することができる。さらにまた、加水分解酵素を、共有結合、イオン結合、吸着などにより担体に結合させる担体結合法、高分子の網目構造の中に閉じ込める包括法等の固定化の方法によって不溶化し、反応液から容易に分離可能な状態に加工した固定物の形で利用することもできる。
【0030】
本発明の反応温度は、10〜70℃が可能であるが、酵素の至適温度と安定性の点から、25〜50℃の範囲がより好ましい。
【0031】
本発明の反応は緩衝液中で行うが、必要に応じ、トリプチセン誘導体を溶解するためにエタノール等の有機溶媒や界面活性剤、酵素の安定化剤を添加してもよい。緩衝液としては、pH5〜9の通常の緩衝液、例えばリン酸緩衝液、酢酸緩衝液、トリス−塩酸緩衝液、各種グッドバッファー等を挙げることができる。酵素の至適pHと安定性の点から、pH6〜8で反応を行うことがさらに好ましい。
【0032】
本発明の反応時間は、1時間から1週間であるが、さらに具体的には6時間から3日間程度で反応を停止させるのが好ましい。
【0033】
本発明の反応液からの反応生成物の回収は、例えば、ジエチルエーテルや酢酸エチル等の有機溶媒を用いる抽出、分別蒸留、シリカゲルやイオン交換樹脂等を用いるカラムクラマトグラフィーの方法を適宜用いることができる。特に、ジエチルエーテルを用いて抽出後、有機溶媒を減圧濃縮し、シリカゲルカラムクラマトグラフィーで精製する方法が簡便な方法と言える。
【0034】
このようにして回収した光学活性トリプチセン誘導体に化学的処理を施し、他の光学活性トリプチセン誘導体に変換することができる。化学的処理の方法については特に限定されないが、一例として、回収された加水分解され得る官能基を有するトリプチセン誘導体を通常のアルカリや酸等を用いて化学的に加水分解することが挙げられる。
【0035】
以下、実施例を示し本発明を説明するが、本発明の技術的範囲はこれによって何ら限定されることはない。
【実施例1】
【0036】
(±)−2,6−ジアシルオキシトリプチセン(化学式8)の合成
水酸化カリウム(18.0g)をエタノール(1L)に溶かし、2,6−ジヒドロキシアントラキノン(アルドリッチ社製、20.0g)と臭化ブチル(150ml)を加え、7日間加熱還流した。水(1L)を加えた後、塩酸でpH7.0に調整し、生じた結晶をろ過、水洗し、2,6−ジブトキシアントラキノンを褐色結晶として24.1g(収率82%)得た。H NMR(CDCl)δ(ppm):1.00(6H,t,J=7.4Hz),1.53(4H,sex,J=7.5Hz),1.83(4H,m),4.15(4H,t,J=6.5 Hz),7.22(2H,dd,J=8.6,2.7Hz),7.70(2H,d,J=2.6Hz),8.22(2H,d,J=8.6Hz)
【0037】
上記にて得られた2,6−ジブトキシアントラキノン(6.0g)をメタノール(500ml)に溶解し、氷冷後、水素化ホウ素ナトリウム(4.4g)を1時間かけて添加した。本反応液を0℃にて1時間撹拌後、水(400ml)を添加して結晶を析出させた。ろ過して得た結晶に10%塩酸(300ml)を添加し、5時間還流した。冷却後、ろ過、水洗して得られた残渣を2−プロパノール(300ml)に溶解し、還流した。これに水素化ホウ素ナトリウム(4.0g)を1時間かけて添加し、36時間還流した。20%塩酸(700ml)を添加して生じた暗褐色の物質をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン)で精製し、2,6−ジブトキシアントラセンの黄色結晶を2.1g(収率36%)得た。融点198.5−202.4℃、H NMR(CDCl)δ(ppm):1.018(6H,t,J=7.4Hz),1.56(4H,m),1.86(4H,m),4.11(4H,t,J=6.5Hz),7.11−7.26(4H,m),7.83(2H,d,J=9.2Hz) ,8.17(2H,s)
【0038】
上記にて得られた2,6−ジブトキシアントラセン(1.0g)の1,2−ジクロロエタン溶液(90ml)を加熱沸騰させ、これに2.13gのアントラニル酸から予め調製されたBenzenediazonium−2−Caroxylateの1,2−ジクロロエタン溶液(40mL)を2時間かけて滴下し、さらに2時間加熱還流した。シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:ジクロロメタン=1:1)で精製し、(±)−2,6−ジブトキシトリプチセンを黄色油状物質として0.9g(収率73%)得た。H NMR(CDCl)δ(ppm):0.92(6H,t,J=7.5Hz),1.41(4H,m),1.68(4H,m), 3.86(4H,t,J=6.4Hz),5.26(2H,s),6.45(2H,dd,J=8.0,2.4Hz),6.95(2H,m),6.96(2H,d,J=2.4 Hz),7.22(2H,d,J=8.0Hz),7.32(2H,m)
【0039】
上記にて得られた(±)−2,6−ジブトキシトリプチセン(400mg)の1,2−ジクロロメタン溶液(50ml)を−80℃に冷却し、1Mの三臭化ホウ素 ジクロロメタン溶液(1.6ml)を滴下した。これを−80℃にて5時間、さらに室温で8時間反応させた。反応液を水で洗浄し、有機層を硫酸マグネシウムで乾燥させた。シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ジクロロメタン:酢酸エチル=5:1)で精製し、(±)−2,6−ジヒドロキシトリプチセンを白色結晶として180mg(収率63%)得た。融点 199.0−200.9℃、H NMR(DMSO−d)δ(ppm): 5.31(2H,s),6.29(2H,dd,J=7.9,2.4Hz),6.81(2H,d,J=2.3Hz),6.94 (2H,m),7.13(2H,d,J=7.9Hz),7.33(2H,m),9.16(2H,s,OH)
【0040】
上記にて得られた(±)−2,6−ジヒドロキシトリプチセン(200mg)を無水ジエチルエーテル(10ml)に溶かし、トリエチルアミン(0.19ml)と各種酸クロリドを入れ、窒素気流下で2時間反応させた。ジエチルエーテルにて抽出し、水にて洗浄後、有機層を硫酸マグネシウムを用いて乾燥し、濃縮した。これを減圧蒸留し(3.7〜2.3Torr,87.0〜130.0℃)、残留物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=4:1)にかけ、各種(±)−2,6−ジアシルオキシトリプチセンを収率70−80%で得た。
(±)−2,6−ジペンタノイルオキシトリプチセン H NMR(CDCl)δ(ppm):0.89(6H,t),1.34(4H,m),1.57(4H,m),2.52(4H,t),5.69(2H,s),6.73(2H,m),7.02(2H,m),7.23(2H,d),7.44(4H,m)
【実施例2】
【0041】
トリプチセン誘導体の不斉加水分解の最適基質と最適酵素の探索
0.1M リン酸緩衝液(pH7.0)10mlにキサントモナス由来コレステロールエステラーゼCHE−XE(キッコーマン社製)、ウシ膵臓由来コレステロールエステラーゼCHE−B(シグマ社製)、リパーゼPS(アマノエンザイム社製)の各種加水分解酵素を20mgずつそれぞれ溶解させ、ここに化12、13に示される各種トリプチセン誘導体のラセミ体化合物20mgを1.5mlのエタノールに溶解してそれぞれ加え、40℃で反応を行った。24時間反応後、反応液をジエチルエーテルで抽出した。回収した有機溶媒層を硫酸マグネシウムで乾燥後、減圧濃縮を行うことにより反応生成物を得、反応の進行状況をジエステル体、モノエステル体、ジオール体の比をガスクロマトグラフィー[DB−1(J&W SCIENTIFIC社),ヘリウム,250℃]で分析することにより確認した。これをシリカゲルカラムクロマトグラフィー[ヘキサン:酢酸エチル(4:1)]により分離し、得られた各種生成物の光学純度をHPLC[CHIRALPAK IA(ダイセル社),ヘキサン:2−プロパノール=7:1、流速 0.5ml/min]で分析した。
【0042】
表1に示したとおり、基質として化学式8のR=ブチル基である(±)−2,6−ジペンタノイルオキシトリプチセン、加水分解酵素としてCHE−XEを用いたとき、最も光学純度が高いモノエステル体である(−)−2−ヒドロキシ−6−ペンタノイルオキシトリプチセンを得ることができた。
【0043】
【表1】

【実施例3】
【0044】
光学活性な(−)−2−ヒドロキシ−6−ペンタノイルオキシトリプチセンおよび(−)−2,6−ジヒドロキシトリプチセンの合成
0.1M リン酸緩衝液(pH7.0)60mlにコレステロールエステラーゼCHE−XE(キッコーマン社製)120mgを溶解させ、(±)−2,6−ジペンタノイルオキシトリプチセン120mgを9.0mlのエタノールに溶解して加え、40℃で反応を行った。24時間反応後、反応液をジエチルエーテルで抽出した。回収した有機溶媒層を硫酸マグネシウムで乾燥後、減圧濃縮を行うことにより反応生成物を得た。これをガスクロマトグラフィーで分析したところ、原料であるジエステル体が35%、加水分解産物であるモノエステル体、ジオール体がそれぞれ32%、33%ずつ含まれる混合物であることがわかった。これをシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=4:1)により分離し、モノエステル体である(−)−2−ヒドロキシ−6−ペンタノイルオキシトリプチセンを37.7mg得た。これをHPLCで分析した結果、光学純度が69%であることが分かった。旋光度[α]=−15.5(c=0.51,メタノール)
【0045】
0.1M リン酸緩衝液(pH7.0)19mlにCHE−XE 37.7mgを溶解させ、先の酵素反応で得られた、69%光学純度のモノエステル体(−)−2−ヒドロキシ−6−ペンタノイルオキシトリプチセン 37.7mgを2mlのエタノールに溶解して加え、40℃で反応を行った。24時間反応後、反応液をジエチルエーテルで抽出した。回収した有機溶媒層を硫酸マグネシウムで乾燥後、減圧濃縮を行うことにより反応生成物を得た。これをガスクロマトグラフィーで分析したところ、原料であるモノエステル体が30%、加水分解産物であるジオール体が70%の混合物であることがわかった。これをシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=4:1)により分離し、モノエステル体である(−)−2−ヒドロキシ−6−ペンタノイルオキシトリプチセンを光学純度99%で13.5mg得た。
【0046】
得られたモノエステル体を水酸化ナトリウムで処理し、光学純度が99%のジオール体(−)−2,6−ジヒドロキシトリプチセンを9.5mg得た。旋光度[α]=−21.9(c=0.50,メタノール)
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明は、トリプチセン誘導体の光学活性体をより安価、簡便、かつ安全に提供し、機能性材料や医薬品等の原料として広い分野で有効に利用される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トリプチセン誘導体の光学異性体混合物に酵素を作用させ、光学活性なトリプチセン誘導体を得ることを特徴とする、光学活性なトリプチセン誘導体の製造方法。
【請求項2】
トリプチセン誘導体の光学異性体混合物が、下記の化学式1で示され、式中、R〜Rのいずれか少なくとも一つは加水分解され得る官能基であるトリプチセン誘導体とその光学異性体の混合物であることを特徴とする、請求項1記載の光学活性なトリプチセン誘導体の製造方法。
【化1】

【請求項3】
トリプチセン誘導体の光学異性体混合物が、化学式1の式中、RとRの両方もしくはいずれか一つが加水分解され得る官能基であるトリプチセン誘導体とその光学異性体の混合物であることを特徴とする、請求項2記載の光学活性なトリプチセン誘導体の製造方法。
【請求項4】
加水分解され得る官能基がエステル基であることを特徴とする、請求項2又は3記載の光学活性なトリプチセン誘導体の製造方法。
【請求項5】
酵素が、不斉加水分解する能力を有する加水分解酵素であることを特徴とする、請求項1乃至4のいずれかの項に記載の光学活性なトリプチセン誘導体の製造方法。
【請求項6】
加水分解酵素が、エステル加水分解酵素であることを特徴とする、請求項5記載の光学活性なトリプチセン誘導体の製造方法。
【請求項7】
エステル加水分解酵素が、コレステロールエステラーゼであることを特徴とする、請求項6記載の光学活性なトリプチセン誘導体の製造方法。

【公開番号】特開2006−187225(P2006−187225A)
【公開日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−566(P2005−566)
【出願日】平成17年1月5日(2005.1.5)
【出願人】(000004477)キッコーマン株式会社 (212)
【Fターム(参考)】