説明

ドップラーレーダ用受信回路及びドップラーレーダ装置

【課題】VCOとミキサーを用いずに、風速を計測できるドップラーレーダ用受信回路を得る。
【解決手段】受信光及び局部発振光の差周波数のビート信号を出力する光ヘテロダイン受信機7と、光ヘテロダイン受信機7の信号を標本化するAD変換器13と、各々のカットオフ周波数がナイキスト周波数の整数倍である複数の帯域通過フィルタ12と、AD変換器13で標本化された時系列信号を時間ゲート毎にフーリエ変換して各パワースペクトルのピーク周波数を算出する周波数分析部14と、自機速度情報出力部8からの速度情報に基づき、複数の帯域通過フィルタ12の中から所定の帯域通過フィルタを選択して切り替えるとともに、前記ピーク周波数に基づき、風速によるドップラーシフト周波数を算出するフィルタ条件判定処理部9と、前記風速によるドップラーシフト周波数に基づき、風速を算出する風速算出部15とを設けた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、単一周波数の電波やレーザ光などの電磁波を空間に放出して空間内の雨粒、ハードターゲットやエアロゾル移動に伴う散乱光(大気中の微小塵による散乱波)のドップラーシフトによる風速を測定するドップラーレーダ装置に関し、特に航空機等の移動物体に搭載するドップラーレーダ用受信回路に関するものである。
【背景技術】
【0002】
風速の空間分布を遠隔から観測できるドップラーレーダ技術は、気象観測、気象予測、航空、交通安全のための乱気流検出、風力利用の適地調査など多岐の応用観点からニーズがある。特に、空中に送信する電磁波として、単一周波数のレーザ光を放出して大気中のエアロゾルからの後方散乱光を光ヘテロダイン検出して得られるドップラーシフトから風速を求めるコヒーレントドップラーライダ(CDL)は、晴天時の風速を計測できることから、航空機にCDLを搭載して、航空機前方に存在する晴天乱気流の検出や、乱気流の回避に有効である。
【0003】
CDLにおいては、十分な風速計測範囲を確保するためには、広い帯域幅の受信信号を周波数分析する必要がある。例えば、波長1.5μm帯で風速±30m/sを計測するために必要な周波数分析範囲は100MHzである。よく知られたサンプリング定理によると、信号を所望帯域まで再生するためには必要な帯域の2倍以上のサンプリング周波数でAD変換する必要があるとされ、従来のCDLでは200MS/s程度のサンプリング周波数で動作するAD変換器が用いられている。
【0004】
一方、航空機搭載CDLにおいては、風速計測値に飛行速度が加わるため、さらに高い周波数範囲の検出が必要となる。このため、AD変換をさらに高速に行う必要があり、装置が高コスト化する課題がある。
【0005】
これを解決するための従来のドップラーレーダ装置として、受信信号に含まれる移動速度の影響を、移動速度のドップラー周波数と等しい周波数の信号を電圧制御発振器(VCO:Voltage Controlled Oscillator)により発生させ、この信号を受信信号とミキシングした後、差周波数成分を検出することで相殺している(例えば、特許文献1参照)。これにより移動速度を相殺して、風速のみを検出できる。
【0006】
また、VCOの実現性と入手性を考慮し、比帯域の狭いVCOを用いた構成で移動速度を相殺する技術が提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平1−114774号公報
【特許文献2】特開2003−240852号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述したような従来のドップラーレーダ装置において、VCOの信号をミキシングして移動速度の相殺方式では、VCOの基本波及び高調波信号がミキサーの出力側に漏洩して、スペクトル上のスパイクノイズが現れるという問題点があった。
【0009】
また、VCOの高調波成分と受信信号との差周波数成分がスペクトル上に偽ピークとして現れる場合がある。
【0010】
これらのスパイクノイズや偽ピークは、光波レーダにおける風速検出時に誤検出の要因となるため、VCO出力、ミキサーのダイナミックレンジ、帯域フィルタの特性を注意して設定する必要がある。
【0011】
しかし、一般にレーダ装置の受信信号のレベルは小さいため、上記のスパイクノイズや偽ピークの影響を完全に除去することは困難である。このため、風速検出範囲を限定したり、固定雑音ピーク周波数を除外したりするなどの周波数分析処理後の信号処理が必要となり、装置が複雑化したり、コストがかかり過ぎたり、データの信頼性が低下したりするという問題点があった。
【0012】
この発明は、上述のような課題を解決するためになされたもので、その目的は、VCOとミキサーを用いずに、AD変換器の前段に帯域通過フィルタ群を設置し、該フィルタ群を移動速度や風速計測範囲に応じて切り替え、且つAD変換器のナイキスト周波数からの折り返し周波数を用いて、到来風速を計測することができるドップラーレーダ用受信回路及びドップラーレーダ装置を得るものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
この発明に係るドップラーレーダ用受信回路は、大気中の散乱対象からの散乱波である受信波及び局部発振波を合波して両者の差周波数のビート信号を出力するヘテロダイン受信部と、前記ヘテロダイン受信部からの信号を標本化するAD変換器と、前記ヘテロダイン受信部及び前記AD変換器の間に並列に接続され、それぞれのカットオフ周波数が前記AD変換器のナイキスト周波数の整数倍である複数の帯域通過フィルタと、前記AD変換器で標本化された時系列信号を時間ゲート毎にフーリエ変換して各パワースペクトルのピーク周波数を算出する周波数分析部と、本回路が搭載された移動物体の速度情報を出力する自機速度情報出力部と、前記速度情報に基づき、前記複数の帯域通過フィルタの中から所定の帯域通過フィルタを選択して前記ヘテロダイン受信部及び前記AD変換器の間に接続するよう切り替えるとともに、前記ピーク周波数に基づき、風速によるドップラーシフト周波数を算出するフィルタ条件判定処理部と、前記風速によるドップラーシフト周波数に基づき、風速を算出する風速算出部とを設けたものである。
【発明の効果】
【0014】
この発明に係るドップラーレーダ用受信回路は、VCOとミキサーを用いずに、到来風速を計測することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】この発明の実施の形態1に係るドップラーレーダ用受信回路を含むドップラーレーダ装置の構成を示すブロック図である。
【図2】この発明の実施の形態1に係るドップラーレーダ用受信回路の受信信号の周波数範囲とAD変換器で再生可能な周波数範囲を示す図である。
【図3】この発明の実施の形態1に係るドップラーレーダ用受信回路の動作を示すフローチャートである。
【図4】この発明の実施の形態3に係るドップラーレーダ用受信回路の受信信号の周波数範囲とAD変換後に再生可能な周波数範囲を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
実施の形態1.
この発明の実施の形態1に係るドップラーレーダ用受信回路について図1から図3までを参照しながら説明する。図1は、この発明の実施の形態1に係るドップラーレーダ用受信回路を含むドップラーレーダ装置の構成を示すブロック図である。なお、以降では、各図中、同一符号は同一又は相当部分を示す。
【0017】
図1において、この発明の実施の形態1に係るドップラーレーダ装置は、単一波長で発振したレーザ光を出力する基準光源1と、光路分岐手段2と、光周波数強度変調器(周波数強度変調部)3と、光増幅器4と、光送受信分離手段5と、光アンテナ6と、ドップラーレーダ用受信回路100とが設けられている。
【0018】
また、図1において、この発明の実施の形態1に係るドップラーレーダ用受信回路100は、光ヘテロダイン受信機(ヘテロダイン受信部)7と、自機速度情報出力部8と、フィルタ条件判定処理部9と、帯域通過フィルタ切り替え用のスイッチ手段10及び11と、第1、第2、第n番目(複数)の帯域通過フィルタ12(12、12、・・・12)と、AD変換器(ADC)13と、周波数分析部14と、風速算出部15とが設けられている。
【0019】
図1中の各ブロックの接続線のうち、太実線は光の伝送路を、細実線は電気信号線をそれぞれ示す。
【0020】
つぎに、この実施の形態1に係るドップラーレーダ装置の動作について図面を参照しながら説明する。
【0021】
図2は、この発明の実施の形態1に係るドップラーレーダ用受信回路の受信信号の周波数範囲とAD変換器で再生可能な周波数範囲を示す図である。また、図3は、この発明の実施の形態1に係るドップラーレーダ用受信回路の動作を示すフローチャートである。
【0022】
図1において、基準光源1から紙面に対して平行な偏光状態で出力した光は、光路分岐手段2により平行な偏光状態を保持したまま、一方は局部発振光、他方は送信光の種光に2分岐される。
【0023】
送信種光は、光周波数強度変調器3に伝送され、光周波数強度変調器3で偏光状態を保持したまま光周波数にオフセット周波数を与え、且つパルス光の切り出しを行う。この光周波数強度変調器3の代表的な例としては、音響光学変調器(AOM:Acoustic Optic Modulator)があるが、光周波数のシフトと強度変調を実現できる手段であればなんでも良い。
【0024】
光周波数強度変調器3で変調された光は、光増幅器4により光増幅される。光増幅器4の出力光は、光送受信分離手段5を介して、光アンテナ6に伝送される。
【0025】
光アンテナ6により大気中に照射された光は、観測空間における散乱対象(例えば、風速と同じ速度で移動するエアロゾル)により後方散乱され、散乱対象の移動速度に応じたドップラー周波数シフトを受ける。大気中の散乱対象からの後方散乱光を光アンテナ6により収集する。
【0026】
光アンテナ6に入射した後方散乱光は、光送受信分離手段5により受信光路に伝送され、光ヘテロダイン受信機7に伝送される。一方、光ヘテロダイン受信機7には、基準光路を通じて局部発振光も伝送される。
【0027】
光ヘテロダイン受信機7では、受信光路を伝送した後方散乱光と、基準光路を伝送した局部発振光とが光学的に合波された後、光電変換されて、後方散乱光と局部発振光の差周波数のビート信号が出力される。
【0028】
一方、光波レーダを、移動する物体上に搭載する場合、移動速度のドップラーシフトが風速のドップラーシフトに加算される。
【0029】
光ヘテロダイン受信機7で得られるビート信号の周波数fは、次の式(1)で表わされる。
【0030】
f=fAOM+f+fDOP (1)
【0031】
ここで、fAOMは光周波数強度変調器3のシフト周波数、fは移動物体の移動速度によるドップラーシフト周波数、fDOPは風速によるドップラーシフト周波数をそれぞれ示す。
【0032】
ドップラーレーダ用受信回路100のフィルタ条件判定処理部9は、自機速度情報出力部8により取得した速度情報(移動速度)により、帯域通過フィルタ群12(i=1〜n)の中から適切な帯域通過フィルタを選択し、スイッチ手段10、11により切り替えて、所定の帯域のみを通過させる。
【0033】
すなわち、フィルタ条件判定処理部9は、予め既知の光周波数強度変調器3のシフト周波数(固定値)fAOMと、予め既知のAD変換器13のナイキスト周波数(固定値)fNyqと、自機速度情報出力部8から取得した移動速度によるドップラーシフト周波数fとから折り返し次数Fを求め、帯域通過フィルタ群12(i=1〜n)の中から、折り返し次数Fに対応する帯域通過フィルタを選択し、スイッチ手段10、11により切り替える。
【0034】
帯域通過フィルタ群12の各カットオフ周波数fは、後段のAD変換器13の標本化の際のナイキスト周波数fNyqと、折り返し次数Fとにより、次の式(2)のようにナイキスト周波数の整数倍となるように設定する。
【0035】
F・fNyq≦f≦(F+1)・fNyq (2)
【0036】
折り返し次数Fは、次の式(3)により定義する。
【0037】
F={f−Mod[f,fNyq]}/fNyq (3)
【0038】
ここで、fは次の式(4)で表わす風速ゼロの場合の光ヘテロダイン受信機7のビート信号を示し、Modは剰余演算を表す。
【0039】
=fAOM+f (4)
【0040】
この実施の形態1では、折り返し次数F=1に対応する帯域通過フィルタを12とする。また、F=2に対応する帯域通過フィルタを12、F=3に対応する帯域通過フィルタを12、F=4に対応する帯域通過フィルタを12、F=5に対応する帯域通過フィルタを12、F=6に対応するフィルタを12とする。
【0041】
AD変換器13では、帯域通過フィルタ群12で帯域通過された受信信号をサンプリング周波数2*fNyqで標本化する。
【0042】
周波数分析部14では、AD変換器13で標本化された時系列信号を時間ゲート毎にフーリエ変換してパワースペクトルを算出し、フィルタ条件判定処理部9より得られた折り返し次数Fに基づき、各パワースペクトルのピーク周波数fmeasを算出する。
【0043】
よく知られているサンプリング定理によると、AD変換においてはサンプリング周波数の1/2の周波数(ナイキスト周波数)までの信号が再生され、ナイキスト周波数を超えた信号成分は、ナイキスト周波数を境として低周波数側に折り返してくる。
【0044】
またさらに、信号帯域がサンプリング周波数(ナイキスト周波数の2倍)からナイキスト周波数の3倍の範囲に存在する場合には、DC周波数で再度、高周波側に折り返しが発生する。
【0045】
さらに、信号帯域がサンプリング周波数以上に増加した場合には、ナイキスト周波数、DC周波数との間で周波数成分の折り返しが続き、折り返し次数Fの奇数、偶数によって周波数の変化方向が異なる。
【0046】
すなわち、折り返し次数Fが奇数の場合、AD変換後に再生されるピーク周波数fmeasは、次の式(5)となる。
【0047】
meas=(F+1)・fNyq−f (5)
【0048】
一方、折り返し次数Fが偶数の場合、AD変換後に再生されるピーク周波数fmeasは、次の式(6)となる。
【0049】
meas=f−F・fNyq (6)
【0050】
また、フィルタ条件判定処理部9は、周波数分析部14より得られたパワースペクトルのピーク周波数fmeasと、折り返し次数Fとにより、風速によるドップラーシフト周波数fDOPを算出する。
【0051】
すなわち、折り返し次数Fが奇数の場合、風速によるドップラーシフト周波数fDOPは、式(1)と式(5)とにより、次の式(7)のように算出される。
【0052】
DOP=(F+1)・fNyq−fAOM−f−fmeas (7)
【0053】
一方、折り返し次数Fが偶数の場合、風速によるドップラーシフト周波数fDOPは、式(1)と式(6)とにより、次の式(8)のように算出される。
【0054】
DOP=F・fNyq−fAOM−f+fmeas (8)
【0055】
そして、風速算出部15では、フィルタ条件判定処理部9より得られた風速によるドップラーシフト周波数fDOPに基づき、風速Vを次の式(9)により算出する。ただし、λは既知の光源波長である。
【0056】
=(λ・fDOP)/2 (9)
【0057】
図2は、本実施の形態1における受信信号の周波数範囲とAD変換後に再生可能な周波数範囲とを横軸に周波数をとって模式的に示したものである。図2において、
(a)は受信信号の風速計測範囲(周波数範囲)と帯域通過フィルタの通過帯域を、
(b)は折り返し次数F=5の帯域通過フィルタ12を選択した場合にAD変換器13で再生可能な周波数範囲を、そして
(c)はF=4の帯域通過フィルタ12を選択した場合にAD変換器13で再生可能な周波数範囲をそれぞれ示す。
【0058】
この図2(a)において、201はナイキスト周波数fNyq、202はAD変換器13のサンプリング周波数2*fNyq、203は帯域通過フィルタ12の通過帯域、204は帯域通過フィルタ12の通過帯域、205は帯域通過フィルタ12の通過帯域、206は帯域通過フィルタ12の通過帯域、207は帯域通過フィルタ12の通過帯域、208は帯域通過フィルタ12の通過帯域を示す。また、209は光周波数強度変調器3のシフト周波数fAOM、210は移動物体の移動速度によるドップラーシフト周波数f、211は風速によるドップラーシフト周波数fAOMの計測範囲を示す。
【0059】
本実施の形態1では、代表的な光波レーダの例として、ナイキスト周波数fNyq=108MHz、光周波数強度変調器3のシフト周波数fAOM=160MHz、移動速度によるドップラーシフト周波数fとして、航空機の飛行速度300m/sに相当した390MHz、風速によるドップラーシフト範囲を風速変化幅±38.5m/sを想定し±50MHzとして示しているが、使用する機器や運用条件に応じて変更してもよい。
【0060】
上記の場合、式(4)で示す、風速ゼロの場合の光ヘテロダイン受信機7のビート信号は、f=550(=160+390)MHzとなるため、光ヘテロダイン受信機7のピーク周波数fの計測範囲211はf=550MHz±50MHzとなる。
【0061】
この場合の折り返し次数Fは、式(3)により、F=(550−10)/108=5となる。F=5の場合に選択される帯域通過フィルタ12の通過範囲207は、式(2)により、540(=5*108)MHzから648(=6*108)MHzとなる。
【0062】
したがって、計測範囲211のうち、540MHzから600MHzの周波数帯域のピーク周波数成分が帯域通過フィルタ12内に入るため、AD変換器13に伝送されて標本化される。
【0063】
折り返し次数Fが奇数であるため、AD変換後に再生されるピーク周波数fmeasは、式(5)により算出される。図2(b)にF=5の帯域通過フィルタ12を通過させた場合に得られる周波数範囲212を示す。fmeas=(5+1)*108MHz−600MHz=48MHzから、fmeas=(5+1)*108MHz−540MHz=108MHzまでの周波数範囲212で計測されることがわかる。
【0064】
一方、光ヘテロダイン受信機7の信号の計測範囲211のうち、500MHzから540MHzは、帯域通過フィルタ12を選択した場合には、この帯域通過フィルタ12でブロックされるためそのままでは計測できない。この部分を計測するため、フィルタを折り返し次数Fが1だけ少ない帯域通過フィルタ12(F=4)に切り替える。
【0065】
F=4の場合に選択される帯域通過フィルタ12の通過範囲206は、式(2)により、432MHzから540MHzとなる。したがって、計測範囲211のうち、500MHzから540MHzの周波数帯域のピーク周波数成分が帯域通過フィルタ12を通過してAD変換器13に伝送されて標本化される。
【0066】
この場合、折り返し次数Fが偶数であるため、AD変換後に再生される周波数fmeasは、式(6)により算出される。図2(c)にF=4の帯域通過フィルタ12を通過させた場合に得られる周波数範囲213を示す。fmeas=500MHz−4*108MHz=68MHzから、fmeas=540MHz−4*108MHz=108MHzまでの周波数範囲213で計測されることがわかる。
【0067】
帯域通過フィルタ群12の切り替えについては、フィルタ条件判定処理部9において、風速ゼロの場合の光ヘテロダイン受信機7のビート信号の周波数f(式(4))が帯域通過フィルタの通過帯域の中心周波数に対して正符号側(周波数が大きい側)にずれているか、負符号側(周波数が小さい側)にずれているかを示す周波数偏移値であるパラメータDを計算し、このパラメータDの値を用いて、(折り返し次数F+1)のフィルタを選択するか、(折り返し次数F−1)のフィルタを選択するかを決定する。
【0068】
すなわち、パラメータDは、次の式(10)で表わされる。
【0069】
D=fAOM+f−F・fNyq (10)
【0070】
パラメータDの値が、次の式(11)の条件の場合には、風速ゼロの場合の光ヘテロダイン受信機7のビート信号の周波数fが帯域通過フィルタの通過帯域の中心周波数に対して正符号側にずれていると判断できるため、(折り返し次数F+1)の帯域通過フィルタを選択する。
【0071】
Nyq/2<D<fNyq (11)
【0072】
一方、パラメータDの値が、次の式(12)の条件の場合には、風速ゼロの場合の光ヘテロダイン受信機7のビート信号の周波数fが帯域通過フィルタの通過帯域の中心周波数に対して負符号側にずれていると判断できるため、(折り返し次数F−1)の帯域通過フィルタを選択する。
【0073】
0<D<fNyq/2 (12)
【0074】
図3は、本実施の形態1におけるドップラーレーダ用受信回路内でのフィルタ選択から風速算出までのフローチャートを示す。
【0075】
まず、ステップ301において、フィルタ条件判定処理部9は、自機速度情報出力部8から移動速度によるドップラーシフト周波数fを取得する。
【0076】
次に、ステップ302において、フィルタ条件判定処理部9は、ステップ301より得られた移動速度によるドップラーシフト周波数fと、既知の光周波数強度変調器3のシフト周波数fAOMと、既知のAD変換器13のナイキスト周波数fNyqとに基づき、式(3)を用いて折り返し次数Fを算出する。
【0077】
次に、ステップ303において、フィルタ条件判定処理部9は、折り返し次数Fに基づき、スイッチ手段10及び11により、式(2)を用いて計算された通過帯域をもつ帯域通過フィルタに切り替える。
【0078】
次に、ステップ304において、AD変換器13は、ステップ303で切り替えられた帯域通過フィルタを用いて通過させられた光ヘテロダイン受信機7の信号を標本化する。また、周波数分析部14は、AD変換後の時系列信号からスペクトル信号を求める。フィルタ条件判定処理部9は、周波数分析部14からスペクトル信号を取得する。
【0079】
次に、ステップ305において、フィルタ条件判定処理部9は、ステップ304で取得したスペクトルにピーク値が存在するかを判定する。もし、ピーク値が存在する場合には、次のステップ306に進む。ピーク値が存在しない場合には、ステップ310に進む。
【0080】
次に、ステップ306において、フィルタ条件判定処理部9は、折り返し次数Fの奇数、偶数を判別する。折り返し次数Fが奇数値をとる場合には、ステップ307に進み、折り返し次数Fが偶数値をとる場合には、ステップ308に進む。
【0081】
次に、ステップ307において、フィルタ条件判定処理部9は、式(7)に基づき、風速によるドップラーシフト周波数fDOPを算出する。この後、ステップ309に進む。
【0082】
ステップ308において、フィルタ条件判定処理部9は、式(8)に基づき、風速によるドップラーシフト周波数fDOPを算出する。
【0083】
次に、ステップ309において、ドップラーレーダ用受信回路100は、処理を継続するか、中止するかを判断する。継続する場合には、ステップ301に戻り、処理を繰り返す。中止する場合には、処理を終了する。
【0084】
一方、ステップ310において、フィルタ条件判定処理部9は、式(10)に基づき、風速ゼロの場合の光ヘテロダイン受信機7のビート信号の周波数fが帯域通過フィルタの通過帯域の中心周波数に対して正符号側にずれているか、負符号側にずれているかを示す周波数偏移値であるパラメータDを計算する。
【0085】
次に、ステップ311において、フィルタ条件判定処理部9は、パラメータDとナイキスト周波数fNyqとの比較を行い、式(11)の条件を満足する場合には、ステップ312に進み、式(12)の条件を満足する場合には、ステップ313に進む。
【0086】
次に、ステップ312において、フィルタ条件判定処理部9は、(折り返し次数F+1)の帯域通過フィルタを選択するためFの値に1を加え、ステップ303に戻る。
【0087】
一方、ステップ313において、フィルタ条件判定処理部9は、(折り返し次数F−1)の帯域通過フィルタを選択するためFの値から1を減じ、ステップ303に戻る。
【0088】
以上の構成、処理手順によりダウンコンバータ部(VCO、ミキサー)を用いないで移動物体の移動速度にともなって発生するドップラーシフト周波数fの影響を、演算により補正して計測することができる。
【0089】
ダウンコンバータ部に使用されるVCO、ミキサーなどの部品が不要になり受信回路が簡素化するだけではなく、VCOから空間に漏洩伝搬する不要雑音の問題が発生しないため、従来装置で不要波抑圧のために設置していたフィルタ素子数を大幅に低減でき、装置小型化、簡素化、低コスト化、高信頼性化に寄与する。
【0090】
また、実施の形態1によれば、VCOを用いないため、VCOの出力信号(基本波及び高調波)からの漏洩信号が発生しないため、従来装置で課題であったスペクトル上の偽ピークの誤検出を発生させず計測データの品質を改善できる効果がある。
【0091】
さらに、従来装置では、ダウンコンバート後の中間周波数帯域の低域側は、DC近傍まで存在し、これをAD変換器直前の帯域通過フィルタでカットしていたが、通常DC近傍の雑音レベルは高く、風速計測範囲を犠牲にしないために上記の帯域通過フィルタのカットオフ付近の減衰傾度を大きくとる必要があった。
【0092】
帯域通過フィルタのカットオフ付近の減衰傾度を大きくとる場合、カットオフ付近での信号の位相特性が悪化し信号遅延が発生していたが、本実施の形態1では、帯域通過フィルタのカットオフ周波数をDCから十分に離した値に設定できるため位相特性が改善し、信号遅延の問題は発生しない効果がある。
【0093】
同時に、帯域通過フィルタのカットオフ付近の減衰傾度を大きくとる必要がないことから、高次までのフィルタ次数は不要で高価なアクティブフィルタの代わりに、フィルタ定数を固定値とするパッシブフィルタを複数用意すればよく低価格化の効果がある。
【0094】
本実施の形態1では、レーザ光を送信するコヒーレントドップラーライダを例として説明したが、電波を送信するドップラーレーダにおいても、適用が可能である。このレーダの場合には、送信波の広がりが大きいため、地面や地上構造物などの固定ハードターゲットからのクラッタ成分の影響が大きく、クラッタ成分の抑圧が課題とされる。
【0095】
クラッタ抑圧の観点からも、帯域通過フィルタの低域側カットオフをDCから隔離して設計できるため、減衰傾度の小さなパッシブ型のフィルタにおいても十分な雑音抑圧が可能となる利点がある。
【0096】
実施の形態2.
この発明の実施の形態2に係るドップラーレーダ用受信回路について説明する。
【0097】
上記の実施の形態1では、移動物体搭載を前提として説明をした。この実施の形態2では、同じ構成のドップラーレーダ用受信回路を地上固定局で用いる形態について説明する。構成や、動作を示すフローチャートついては、上記の実施の形態1と同様であるため説明を省略する。
【0098】
固定局での運用においては、上記の実施の形態1で用いた移動物体の移動速度によるドップラーシフト周波数fをゼロに設定する。
【0099】
すなわち、風速によるドップラーシフト周波数の変化幅をfDOP=±50MHzとすると、光ヘテロダイン受信機7からのビート信号の周波数fは、式(1)により、f=160MHz±50MHzとなる。
【0100】
この場合、折り返し次数Fは、式(3)、式(4)にf=0を代入することで1となり、帯域通過フィルタとして12が選択される。
【0101】
したがって、通過帯域は図2の203に相当し、108MHzから216MHzまでが通過可能となる。このため、光ヘテロダイン受信機7からのビート信号の周波数f=160MHz±50MHzの範囲はすべて通過可能となり、風速によるドップラーシフト周波数fDOPは、式(7)にF=1、f=0を代入した次の式(13)により求めることができる。風速によるドップラーシフト周波数fDOPの計算は、周波数分析部14や、風速算出部15で実施される。
【0102】
DOP=2・fNyq−fAOM−fmeas (13)
【0103】
以上に述べた実施の形態2における固定局の運用においても、VCO、ミキサー等の部品からなるダウンコンバータ部を用いずに風速信号の再生が可能となる。このため、実施の形態1と同様に、機器の簡素化、小型化、低消費電力化に寄与する。
【0104】
また、実施の形態1と同様に、帯域通過フィルタの低域側のカットオフ周波数をDCから離して設定可能であるため、減衰傾度を大きくすることなくDC近傍の不要な雑音を抑圧可能である。このため位相特性が改善し、カットオフ周波数付近での信号遅延の問題は発生しない効果がある。
【0105】
さらに、固定局で用いる場合には、帯域通過フィルタとして折り返し次数F=1の帯域通過フィルタ12のみを設置すればよい。したがって、実施の形態1で必要とされた、自機速度情報出力部8、フィルタ条件判定処理部9、スイッチ手段10、11、折り返し次数F>1に対応する複数の帯域通過フィルタ12(i=2〜n)が不要となり、実施の形態1と比較してさらに簡素な構成となり、小型化、低消費電力化、低価格化に寄与する。
【0106】
実施の形態3.
この発明の実施の形態3に係るドップラーレーダ用受信回路について図4を参照しながら説明する。図4は、この発明の実施の形態3に係るドップラーレーダ用受信回路の受信信号の周波数範囲とAD変換後に再生可能な周波数範囲を示す図である。
【0107】
上記の実施の形態1では、移動物体搭載を前提として説明をした。この実施の形態3では、航空機のように移動物体の移動方向が単一方向(前方方向)のみである場合に、前方方向の視線に対する風速を計測する際の形態について説明する。
【0108】
上記の機器設置で飛行状態にある場合、背景風速に対して飛行速度が十分に大きいため、式(1)における飛行速度ドップラーシフトfaと風速ドップラーシフトfDOPとの合成f+fDOPは必ず正符号を取る。
【0109】
この実施の形態3では、光周波数強度変調器3のシフト周波数fAOMを負符号に設定する。これにより式(1)であらわされるビート信号の周波数fの絶対値を小さくすることができる。
【0110】
図4は、本実施の形態2における受信信号の周波数範囲とAD変換後に再生可能な周波数範囲とを横軸に周波数をとって模式的に示したものである。図4において、
(a)は受信信号の風速計測範囲(周波数範囲)と帯域通過フィルタの通過帯域を、
(b)は折り返し次数F=2の帯域通過フィルタ12を選択した場合のAD変換器13で再生可能な周波数範囲を、
(c)はF−1=1の帯域通過フィルタ12を選択した場合にAD変換器13で再生可能な周波数範囲を、そして
(d)は地上での風速測定時の周波数範囲(F=1のフィルタを選択)をそれぞれ示す。
【0111】
例えば、シフト周波数fAOMを実施の形態1の場合に設定した値160MHzと絶対値が等しく、負符号に設定した場合、飛行速度fa=390MHz(飛行速度300m/sに相当)時に風速ゼロの光ヘテロダイン受信機7のビート信号はf=230(=390−160)MHzとなるため光ヘテロダイン受信機7のピーク周波数fの計測範囲はf=230±50MHzとなる。
【0112】
この場合の折り返し次数Fは式(3)によりF=(230−14)/108=2となる。F=2の場合に選択される帯域通過フィルタ12の通過範囲404は式(2)により216(=108*2)MHzから324(=3*108)MHzとなる。
【0113】
従って、計測範囲411のうち216MHzから280MHzまでの周波数帯域のピーク周波数成分が帯域通過フィルタ12に入るため、AD変換器13に伝送されて標本化される。
【0114】
折り返し次数Fが偶数であるため、AD変換後に再生されるピーク周波数fmeasは式(6)により算出される。
【0115】
一方、光ヘテロダイン受信機7の信号の計測範囲411のうち180MHzから216MHzまでは、帯域通過フィルタ12を選択した場合には帯域通過フィルタによりブロックされるため検出されない。この部分を計測するため、フィルタを折り返し次数Fが1だけ少ない帯域通過フィルタ12(F=1)に切り替える。
【0116】
F=1の帯域通過フィルタ12の通過帯域は式(2)により108MHzから216MHzまでであるので、計測信号の180MHzから216MHzの成分を通過させることができ、後段のAD変換器13に伝送されて標本化される。
【0117】
この場合、折り返し次数Fが奇数であるためAD変換後に再生される周波数fmeasは式(5)により算出される。
【0118】
フィルタの選択アルゴリズムは実施の形態1と全く同様にフィルタ条件判定処理部9により決定される。
【0119】
以上に述べた実施の形態3における受信信号の周波数は、230±50MHzとなり、実施の形態1の場合の受信信号の周波数範囲550±50MHzに比べて低周波数域にシフトすることが分かる。
【0120】
これにより、光ヘテロダイン受信機7の周波数応答範囲を低くすることができ、光ヘテロダイン受信機7を低コスト化することができる。
【0121】
また、地上での試験時においては帯域通過フィルタの折り返し次数Fを次の式(14)を用いて算出する。
【0122】
F={|f|−Mod[|f|,fNyq]}/fNyq (14)
【0123】
ここで、fは式(4)で表わす風速ゼロの場合の光ヘテロダイン受信機7のビート信号を示し、Modは剰余演算を表す。
【0124】
フィルタの選択方法以降は、実施の形態2と同様な方法で風速を算出することができる。
【0125】
このため、実施の形態2と同様に固定局の運用においてもVCO、ミキサ等の部品からなるダウンコンバータ部を用いずに風速信号の再生が可能となる。
【0126】
実施の形態2に比べ、地上固定時と飛行時の両方を運用する場合において、光ヘテロダイン受信機7の周波数応答範囲を低くすることができ、また帯域通過フィルタの個数を低減することができ小型化、低消費電力化、低コスト化できる利点がある。
【符号の説明】
【0127】
1 基準光源、2 光路分岐手段、3 光周波数強度変調器、4 光増幅器、5 光送受信分離手段、6 光アンテナ、7 光ヘテロダイン受信機、8 自機速度情報出力部、9 フィルタ条件判定処理部、10 スイッチ手段、11 スイッチ手段、12 帯域通過フィルタ、13 AD変換器、14 周波数分析部、15 風速算出部、100 ドップラーレーダ用受信回路。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
大気中の散乱対象からの散乱波である受信波及び局部発振波を合波して両者の差周波数のビート信号を出力するヘテロダイン受信部と、
前記ヘテロダイン受信部からの信号を標本化するAD変換器と、
前記ヘテロダイン受信部及び前記AD変換器の間に並列に接続され、それぞれのカットオフ周波数が前記AD変換器のナイキスト周波数の整数倍である複数の帯域通過フィルタと、
前記AD変換器で標本化された時系列信号を時間ゲート毎にフーリエ変換して各パワースペクトルのピーク周波数を算出する周波数分析部と、
本回路が搭載された移動物体の速度情報を出力する自機速度情報出力部と、
前記速度情報に基づき、前記複数の帯域通過フィルタの中から所定の帯域通過フィルタを選択して前記ヘテロダイン受信部及び前記AD変換器の間に接続するよう切り替えるとともに、前記ピーク周波数に基づき、風速によるドップラーシフト周波数を算出するフィルタ条件判定処理部と、
前記風速によるドップラーシフト周波数に基づき、風速を算出する風速算出部と
を備えたことを特徴とするドップラーレーダ用受信回路。
【請求項2】
前記フィルタ条件判定処理部は、前記AD変換器の既知のナイキスト周波数と、前記自機速度情報出力部から得られる移動速度によるドップラーシフト周波数と、前記大気中に放出する送信波を変調する周波数強度変調部の既知のシフト周波数とから折り返し次数を求め、前記複数の帯域通過フィルタの中から前記折り返し次数に対応する第1の帯域通過フィルタを選択する
ことを特徴とする請求項1記載のドップラーレーダ用受信回路。
【請求項3】
前記フィルタ条件判定処理部は、前記周波数分析部から得られるスペクトルにピーク値が存在しない場合には、前記AD変換器の既知のナイキスト周波数と、前記自機速度情報出力部から得られる移動速度によるドップラーシフト周波数と、前記大気中に放出する送信波を変調する周波数強度変調部の既知のシフト周波数とに基づき、周波数偏移値を計算し、前記周波数偏移値と前記ナイキスト周波数の比較に基づき、前記第1の帯域通過フィルタの通過帯域に隣接する通過帯域をもつ第2の帯域通過フィルタに切り替える
ことを特徴とする請求項2記載のドップラーレーダ用受信回路。
【請求項4】
大気中の散乱対象からの散乱波である受信波及び局部発振波を合波して両者の差周波数のビート信号を出力するヘテロダイン受信部と、
前記ヘテロダイン受信部からの信号を標本化するAD変換器と、
前記ヘテロダイン受信部及び前記AD変換器の間に接続される帯域通過フィルタと、
前記AD変換器で標本化された時系列信号を時間ゲート毎にフーリエ変換して各パワースペクトルのピーク周波数を算出するとともに、前記ピーク周波数に基づき、風速によるドップラーシフト周波数を算出する周波数分析部と、
前記風速によるドップラーシフト周波数に基づき、風速を算出する風速算出部と
を備えたことを特徴とするドップラーレーダ用受信回路。
【請求項5】
請求項1から請求項4までのいずれかに記載のドップラーレーダ用受信回路
を含むことを特徴とするドップラーレーダ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−151806(P2010−151806A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−262941(P2009−262941)
【出願日】平成21年11月18日(2009.11.18)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】