説明

ドライブプレート及びその製造方法

【課題】歯形部の高硬度化と製造コストの低減を両立させることができるドライブプレート及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】円盤状のプレート部10と、プレート部10の外周端に形成された歯形部2とを有する。プレート部10と歯形部2とは、一枚の鋼板素材から一体的に成形されている。プレート部10及び歯形部2は、その表層全面に、厚み方向中央部よりも炭素濃度が高い浸炭層15、25を有している。プレート部10における浸炭層15は、厚み方向中央部17よりも硬度が高く、かつ、歯形部2における浸炭層25は焼き入れ処理がなされており、プレート部10の浸炭層15よりもさらに硬度が高い。プレート部10及び歯形部2の厚み方向中央部17、27の炭素濃度は0.2質量%以下であり、浸炭層15、25の炭素濃度は0.2質量%超えである構成にすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ドライブプレート及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、車両等のエンジンにスタータモータの回転力を伝達する部材として、ドライブプレートが用いられている。ドライブプレートは、エンジンの回転軸に固定されるプレート部と、その外周端に設けられ、スタータモータの歯車に係合する歯形部とを有してなる。また、自動変速機を備えた車両においては、エンジンの回転軸と自動変速機の回転軸との連結にもドライブプレートが用いられている。
【0003】
ドライブプレートの製造法としては、上記プレート部と歯形部とをそれぞれ別々に作製し、最終的に両者を接合する方法が知られている(特許文献1参照)。一方、製造工程の合理化を目的として、上記のプレート部と歯形部とを一枚の板材から一体的に成形する提案もなされている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−291419号公報
【特許文献2】特開2002−286117号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、従来の一枚の板材から一体的に成形してなるドライブプレートは、最終的に歯形部を焼き入れ処理する関係から、素材として炭素濃度が0.3質量%を超える鋼板を用いる必要がある。また、このような鋼板は、一般の比較的低炭素含有のプレス用鋼板よりも素材強度が高いため、プレス成形によってプレート部及び歯形部を成形する際に、高価な高荷重対応のプレス装置が必要となる。そのため、設備投資コストが上昇し、製品コストの十分な低減が困難である。
【0006】
一方、近年のドライブプレートに対する要求性能は、従来よりも厳しいものとなり、歯形部を従来以上に高硬度化する必要が出てきた。上記歯形部の高硬度化要求に対応するためには、その素材としてより炭素濃度が高いものを採用する必要がある。しかしながら、これは、プレス成形性のさらなる悪化による製造コストのアップにつながってしまう。
【0007】
本発明は、かかる背景に基づいてなされたものであり、歯形部の高硬度化と製造コストの低減を両立させることができるドライブプレート及びその製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様は、円盤状のプレート部と、該プレート部の外周端に形成された歯形部とを有し、
上記プレート部と上記歯形部とは、一枚の鋼板素材から一体的に成形されており、
上記プレート部及び上記歯形部は、その表層全面に、厚み方向中央部よりも炭素濃度が高い浸炭層を有しており、
上記プレート部における上記浸炭層は、厚み方向中央部よりも硬度が高く、
かつ、上記歯形部における上記浸炭層は焼き入れ処理がなされており、上記プレート部の上記浸炭層よりもさらに硬度が高いことを特徴とするドライブプレートにある(請求項1)。
【0009】
本発明の他の態様は、ドライブプレートを製造する方法において、
一枚の鋼板素材から打ち抜いたブランク材にプレス加工を加えることにより、円盤状のプレート部と、該プレート部の外周端に形成された歯形部とを一体的に有する成形体を得る成形工程と、
上記成形体を浸炭雰囲気中においてオーステナイト化温度以上に加熱して、上記プレート部及び上記歯形部の表層全面に、厚み方向中央部よりも炭素濃度が高い浸炭層を形成する浸炭工程と、
該浸炭工程に引き続き、マルテンサイト変態する冷却速度よりも遅い冷却速度により、かつ、冷却による組織変態が完了する温度以下まで上記成形品を冷却する冷却工程と、
高密度エネルギーによって上記歯形部をオーステナイト領域まで加熱した後にマルテンサイト変態する冷却速度以上の冷却速度により冷却する焼き入れ工程とを有することを特徴とするドライブプレートの製造方法にある(請求項5)。
【発明の効果】
【0010】
上記ドライブプレートは、上記のごとく、プレート部及び歯形部が、その表層全面に、厚み方向中央部よりも炭素濃度が高い浸炭層を有している。このため、上記プレート部においては、浸炭層に挟まれる厚み方向中央部の炭素濃度を従来よりも低い設定にすることができる。そして、この低炭素領域によって高い靱性を維持した上で、表面の浸炭層によって高強度化した部位が全体の引張強度を向上させる構成が得られる。このため、上記ドライブプレートのプレート部は、従来の浸炭層を有していない高炭素鋼により構成したプレート部と比較して引張強度が同等以上である強度特性を実現することができる。
【0011】
また、上記歯形部は、その浸炭層に焼き入れ処理を施してあるので、プレート部の浸炭層よりも高硬度化した表面層を有するものとなっている。また、歯形部の厚み方向中央部は、低炭素状態を維持することができるので、靱性の高い状態となる。このような構成により、上記歯形部の特性は、従来のドライブプレートに比べて表面硬度を向上させることができると共に靱性を向上させることができ、高い耐衝撃性を有するものにできる。
【0012】
また、上記ドライブプレートは、プレート部と歯形部とが、一枚の鋼板素材から一体的に成形されている。ここで、上記の浸炭層を有するプレート部及び歯形部の構成を積極的に採用することによって、鋼板素材の炭素量を極力少ない状態として、プレス成形性を従来の一体成形品の場合よりも大幅に向上させることが可能となる。これにより、製造工程を合理化することができ、その合理化によるコスト低減と、鋼板素材自体のコスト低減により、得られた上記ドライブプレートを従来よりも安価なものとすることができる。
【0013】
次に、上記ドライブプレートの製造方法は、少なくとも、上記成形工程と浸炭工程と冷却工程と焼き入れ工程とを有するものである。この製造方法によって、上述した優れたドライブプレートを容易に作製することができる。そして、この製造方法において注目すべきことの一つは、上記浸炭工程に引き続き、その直後に焼き入れ処理を行うことなく上記特定の冷却工程を実施する点にある。
【0014】
この冷却工程では、マルテンサイト変態する冷却速度よりも遅い冷却速度により、かつ、冷却による組織変態が完了する温度以下まで上記成形品を冷却するというものである。これにより、浸炭処理後の上記成形品に冷却時の熱歪みが発生することを極力抑制することができる。
【0015】
さらに、その後の上記焼き入れ工程においては、高密度エネルギーを用いて上記歯形部を局部的に焼き入れ処理する。これにより、上記成形品(ドライブプレート)に生じる熱歪を抑制することができる。したがって、本製造方法によって得られるドライブプレートは、熱歪みの発生が少なく寸法精度に優れたものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施例1における、ブランク材を示す斜視図。
【図2】実施例1における、ドライブプレートを示す斜視図。
【図3】実施例1における、ドライブプレートの断面図(図2のA−A線矢視断面図。
【図4】実施例1における、ドライブプレート内部組織の状態を示す説明図。
【図5】実施例1における、ドライブプレートの使用例を示す説明図。
【図6】比較例1における、ドライブプレート内部組織の状態を示す説明図。
【図7】比較例2における、ドライブプレート内部組織の状態を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
上記ドライブプレートは、上記プレート部及び上記歯形部の厚み方向中央部の炭素濃度は0.2質量%以下であり、上記浸炭層の炭素濃度は0.2質量%超えである構成をとることができる(請求項2)。すなわち、鋼板素材の炭素濃度を0.2質量%以下とすることができ、これにより、製造時のプレス成形性をより確実に向上させることができる。また、浸炭層の炭素濃度は、浸炭処理の条件により調整することが可能であるが、少なくとも厚み方向中央部よりも高い炭素濃度とする。浸炭層の炭素濃度は、プレート部の強度が適度に向上し、かつ、歯形部の焼き入れ特性の向上を図るために、0.3質量%以上とすることが好ましく、さらに好ましくは0.4質量%以上とするのがよい。なお、浸炭層の炭素濃度の上限は、過剰浸炭の防止のため0.9質量%とすることが好ましい。
【0018】
また、上記プレート部の厚み方向中央部はフェライト組織よりなり、上記プレート部の上記浸炭層はパーライト組織よりなり、上記歯形部における上記浸炭層はマルテンサイト組織よりなる構成をとることができる(請求項3)。このような内部組織構成にすることにより、プレート部及び歯形部のそれぞれに適した靱性と強度を容易に得ることができる。
【0019】
また、上記歯形部の表面硬度はHV700以上である構成をとることができる(請求項4)。すなわち、上記のごとく、歯形部が浸炭層を有しているので、一体成形品でありながら成形性を低下させることなく比較的容易に歯形部の表面硬度を向上させることができる。そのため、上記ドライブプレートは、浸炭層における炭素濃度及び焼き入れ条件の調整により従来の一体成形品の平均的な硬度HV500〜650に比べて大きく表面硬度を向上させることができる。
【0020】
また、上記ドライブプレートの製造方法においては、上記鋼板素材の炭素濃度は0.2質量%以下にすることができる(請求項6)。すなわち、上述したごとく、少なくとも、上記の浸炭工程と冷却工程と焼き入れ工程とを行うことによって強度特性の向上を図ることができるので、鋼板素材の強度そのものを低く設定することができる。そして、鋼板素材の炭素濃度は0.2質量%以下にすることにより、成形工程でのプレス加工性が向上し、プレス装置の小規模化及び設備の低減、その他の工程合理化を図ることが可能となる。
【0021】
また、上記成形工程を実施するプレス装置としては、例えば、複数の金型を並べて成形体を移動させながら複数の加工工程を施すトランスファープレス装置を用いることができる。また、複動プレス装置を開発することにより1回のプレスで複数の加工工程を施すことも可能である。
【0022】
また、上記浸炭工程は、大気より酸素濃度が低い低酸素浸炭雰囲気中において行うことが好ましい(請求項7)。具体的な方法としては、例えば、大気圧よりも低く減圧した減圧下の浸炭ガス中において行う方法がある。つまり、減圧浸炭工程を採用することが有効である。減圧浸炭工程では、高温の浸炭炉の内部を減圧状態に維持しながら比較的少量の浸炭ガスによって浸炭処理を行うことができるので、従来よりも効率よく浸炭処理を行うことができる。また、従来の大型の熱処理炉を用いた長時間の加熱処理が不要となるので、処理時間の短縮および消費エネルギーの低減、さらには、浸炭焼入れ設備そのものの小型化を図ることができる。
【0023】
また減圧浸炭を採用することより、浸炭工程において、浸炭雰囲気を大気圧に対して減圧することで、雰囲気中の酸素量を低く抑えることができる。これにより浸炭層の粒界酸化を防ぐことができる。
【0024】
また、大気より酸素濃度が低い浸炭雰囲気において行う浸炭方法としては、上記の減圧浸炭方法に限られず、例えば、雰囲気を減圧することなく、窒素ガスや不活性ガスを充填することで、雰囲気中の酸素量を低く抑えることにより、浸炭層の粒界酸化を防ぐ方法も採用可能である。
【0025】
上記減圧浸炭は、真空浸炭ともいい、炉内の雰囲気を減圧して、浸炭ガスとして炭化水素系のガスを直接炉内に挿入して行う浸炭処理である。減圧浸炭処理は、一般的に、浸炭ガスが鋼の表面に接触した際に分解して発生する活性な炭素が鋼の表面において炭化物となって鋼中に蓄えられる浸炭期と、炭化物が分解し、蓄えられていた炭素がマトリックスに溶解して内部に向って拡散していく拡散期とにより構成される。なお、炭素の供給ルートは、炭化物経由のルートによるものに限らず、直接マトリックスに溶解するルートを通るものも存在すると言われている。
【0026】
また、上記浸炭工程は、1〜100hPaの減圧条件下において行うことが好ましい。減圧浸炭工程を採用する場合に、浸炭時の減圧が1hPa未満の場合には真空度維持のために高価な設備が必要となるという問題が生じる可能性がある。一方、減圧条件が100hPaを超える場合には浸炭中にススが発生し、浸炭濃度ムラが生じるという問題が生じるおそれがある。
また、上記浸炭ガスとしては、例えば、アセチレン、プロパン、ブタン、メタン、エチレン、エタン等の炭化水素系のガスを適用することができる。
【0027】
また、上記焼き入れ工程において熱源として用いる上記高密度エネルギーとしては、例えば電子ビーム、レーザビーム等の高密度エネルギービーム、また、ビームではないが高周波加熱などの高密度エネルギーがある。高密度エネルギーを利用することで、短時間加熱が可能になると共に、局部的な加熱が可能となる。
【実施例】
【0028】
(実施例1)
ドライブプレート及びその製造方法に係る実施例について、図1〜図5を用いて説明する。
本例のドライブプレート1は、図2に示すごとく、円盤状のプレート部10と、プレート部10の外周端に形成された歯形部2とを有する車両用のドライブプレートである。このドライブプレート1は、図5に示すごとく、自動車のエンジン81と自動変速機82との間にプレート部10を配置し、当該プレート部10に両者を連結して使用される。また、ドライブプレート1の外周部の歯形部2近傍にスタータモータ83が配置され、その歯車部831が上記歯形部2が適宜係合する。
【0029】
ドライブプレート1は、図1〜図3に示すごとく、プレート部10と歯形部2とは、一枚の鋼板素材(ブランク材19)から一体的に成形されている。また、図4に示すごとく、プレート部10及び歯形部2は、その表層全面に、厚み方向中央部よりも炭素濃度が高い浸炭層15、25を有している。プレート部10における浸炭層15は、焼き入れ処理がなされていないが、厚み方向中央部17よりも硬度が高い。かつ、歯形部2における浸炭層25は焼き入れ処理がなされており、プレート部10の浸炭層15よりもさらに硬度が高い。組織観察により、プレート部10の厚み方向中央部17はフェライト組織Fよりなり、プレート部10の浸炭層15はパーライト組織Pよりなり、歯形部2における浸炭層25はマルテンサイト組織Mよりなり、歯形部2の厚み方向中央部27はマルテンサイト、ベイナイト、フェライト、パーライトの混合組織(MBFP)であることがわかった。すなわち、浸炭層に着目すると、プレート部10における浸炭層15はマルテンサイト組織Mを含まず、歯型部2における浸炭層は25はマルテンサイト組織Mであることがわかった。
【0030】
このドライブプレート1を製造するに当たっては、まず、一枚の鋼板素材から打ち抜いたブランク材19にプレス加工を加えることにより、円盤状のプレート部と、該プレート部の外周端に形成された歯形部とを一体的に有する成形体を得る成形工程を実施する。鋼板素材としては、炭素濃度が0.1質量%程度のもの(材質SPH370)を用いた。ブランク材19は、中央に矩形の位置決め穴190を有する円盤形状であり、この位置決め穴190を基準として、複数回の加工を施す。本例では、新たに開発した複動プレス装置(図示略)を用い、複数の加工工程を1回のプレスにより行った。得られた成形体(ドライブプレート)1は、複数の貫通穴12を有する円盤状のプレート部10と、外方に向けて形成された多数の歯部21を有する歯形部2を一体的に有するものとなる。
【0031】
次に、この成形体1に対して、浸炭工程、冷却工程及び焼き入れ工程を含む熱処理を施す。成形体1に対して実施する熱処理は、加熱室、減圧浸炭室、および減圧徐冷室を備えた減圧浸炭徐冷装置、および高周波焼き入れ機を備えた熱処理設備(図示略)を用いて実施する。
【0032】
上記浸炭工程は、成形体1を浸炭雰囲気中においてオーステナイト化温度以上に加熱して、プレート部10及び歯形部2の表層全面に、厚み方向中央部よりも炭素濃度が高い浸炭層を形成する工程である。具体的には、成形体1をオーステナイト化温度以上の保持温度まで加熱した後、減圧浸炭雰囲気中に保持して浸炭期及び拡散期の処理を行う。このときの減圧浸炭雰囲気は、減圧度を1〜3.5hPaとすると共に、浸炭ガスとしてアセチレンを用いた。また、本例の浸炭工程における条件は、得られる成形体1の表層の浸炭層の表層から深さ500μmの部分の炭素濃度が0.2質量%超えである0.3質量%となることを目標として設定した。
【0033】
減圧浸炭処理の拡散期を終えた後、これに引き続いて、マルテンサイト変態する冷却速度よりも遅い冷却速度により、かつ、冷却による組織変態が完了する温度以下まで成形品1を冷却する冷却工程を実施する。本例では、冷却工程として減圧徐冷工程を採用し、その減圧条件は600hPaとした。また、冷却雰囲気ガスは窒素(N2)とした。また、減圧徐冷工程の冷却速度は、浸炭処理直後のオーステナイト化温度以上の温度からA1変態点よりも低い150℃の温度となるまで、冷却速度は0.1〜3.0℃/秒の範囲内となる条件とした。なお、ここで示す浸炭工程および冷却工程のヒートパターン及び条件は一つの例であって、適宜予備試験等によって、成形体1の材質にとって最適な条件に変更可能である。
【0034】
冷却工程後に、高密度エネルギーによって歯形部2をオーステナイト領域まで加熱した後にマルテンサイト変態する冷却速度以上の冷却速度により冷却する焼き入れ工程を実施する。本例では、上記焼き入れ工程の加熱手段として高周波加熱を採用し、急冷手段として冷却水を加熱部分に噴射する水冷を採用した。水冷用の冷却水は、通常の水でも良いが、焼割れ防止剤を含んだ冷却水を用いることもできる。なお、この焼き入れ工程のヒートパターン及び条件も、適宜予備試験等によって、成形体1の材質に最適な条件に変更可能である。
【0035】
上記焼き入れ工程後、仕上げの機械加工、防錆油塗布、各種試験その他の工程を経て、製品としてのドライブプレート1が得られる。得られたドライブプレート1は、上記のごとく、プレート部10及び歯形部2が、その表層全面に、厚み方向中央部よりも炭素濃度が高い浸炭層15、25を有している。このため、プレート部10においては、浸炭層15に挟まれる厚み方向中央部17の炭素濃度を従来よりも低い設定にすることができる。そして、この低炭素領域によって高い靱性を維持した上で、表面の浸炭層15によって高強度化した部位が全体の引張強度を向上させる構成が得られる。このため、ドライブプレート1のプレート部10は、後述する比較例1に示す従来の浸炭層を有していない高炭素鋼により構成したドライブプレート91のプレート部910よりも耐衝撃性が高く、かつ引張強度が従来と同等以上である強度特性を実現することができる。
【0036】
また、ドライブプレート1の歯形部2は、その浸炭層25に焼き入れ処理を施してあるので、プレート部10の浸炭層15よりも高硬度化した表面層を有するものとなっている。また、歯形部2の厚み方向中央部27は、低炭素状態を維持することができるので、靱性の高い状態となる。このような構成により、歯形部2の特性は、従来のドライブプレート91に比べて表面硬度を向上させることができると共に靱性を向上させることができ、高い耐久性を有するものにできる。
【0037】
また、ドライブプレート1は、プレート部10と歯形部2とを、一枚の鋼板素材から一体的に成形されている。ここで、浸炭層15、25を有するプレート部10及び歯形部2の構成を積極的に採用することによって、鋼板素材の炭素量を極力少ない状態として、プレス成形性を従来の一体成形品の場合よりも大幅に向上させることが可能となる。これにより、製造工程を合理化することができ、その合理化によるコスト低減と、鋼板素材自体のコスト低減により、得られた上記ドライブプレートのコストも従来よりも低減されたものとなる。
【0038】
また、本例のドライブプレート1の製造方法は、少なくとも、上記成形工程と浸炭工程と冷却工程と焼き入れ工程とを有するものである。この製造方法によって、作製することにより、上述した優れた機械的な特性が得られるだけでなく、熱歪み発生が少ない寸法精度に優れたドライブプレート1が得られる。
【0039】
すなわち、上記製造方法では、浸炭工程に引き続き、その直後に焼き入れ処理を行うことなく上記特定の冷却工程を実施する。この冷却工程は、上述しごとく、マルテンサイト変態する冷却速度よりも遅い冷却速度により、かつ、冷却による組織変態が完了する温度以下まで成形品(ドライブプレート)1を冷却するというものである。これにより、浸炭処理後の成形品1に冷却時の熱歪みが発生することを極力抑制することができる。
【0040】
さらに、その後の上記焼き入れ工程においては、高密度エネルギーを用いて歯形部2を局部的に焼き入れ処理する。これにより、成形品(ドライブプレート)1に生じる熱歪みと組織変態歪みを抑制することができる。したがって、得られるドライブプレート1は、熱処理による変形が少なく寸法精度に優れたものとなる。
【0041】
次に、実施例1のドライブプレート1の優れた特性を定量的に評価するために、以下の2種類の比較例(比較例1、2)としてのドライブプレート91、92を準備し、各種試験を行った。
【0042】
(比較例1)
比較例1のドライブプレート91は、炭素濃度0.32〜0.38質量%の鋼板素材(材質S35C)を用いて、プレス成形によりプレート部910とその外周端に形成された歯形部912とを一体的に成形したものである。歯形部912には、実施例1と同様の高周波焼き入れが施されている。なお、いずれの部位にも炭素濃度を他よりも高めた浸炭層は形成されていない。図6に示すごとく、比較例1のドライブプレート91の断面組織を観察した結果、プレート部910は、全体がフェライト・パーライト組織FPであり、歯形部912は、ほぼその全体がマルテンサイト組織Mであった。
【0043】
(比較例2)
比較例2のドライブプレート92は、プレート部920と歯形部922とを別々の素材によって別々に成形し、最終的に両者を溶接部929において溶接接合して得られたものである。ドライブプレート92のプレート部920は、炭素濃度0.09質量%程度の鋼板素材(材質SPH440)を用いて、プレス成形により成形したものである。歯形部922は、炭素濃度0.45〜0.51質量%の鋼素材(材質S48C)を用いて、リング状に成形したのち、外周部のギヤ形状を切削加工して作製したものである。この歯形部922は、その内周側を溶接によりプレート部920の外周端に溶接接合されていると共に、実施例1と同様の高周波焼き入れが程されている。なお、いずれの部位にも炭素濃度を他よりも高めた浸炭層は形成されていない。図7に示すごとく、比較例2のドライブプレート92の断面組織を観察した結果、プレート部920は、全体がフェライト組織Fであり、歯形部922は、ほぼその全体がマルテンサイト組織Mであった。但し、円周上の溶接部929近傍は溶接時の熱影響により、焼戻しマルテンサイトとなり硬度低下が発生していた。
【0044】
(試験例)
試験としては、まず、実施例1及び比較例1、2の各ドライブプレート1、91、92における歯形部25、912、922の表面硬度を測定する試験を行った。測定の結果、比較例1の歯形部912がHV500〜650の範囲にあり、比較例2の歯形部922がHV700であったのに対し、実施例1の歯形部2がHV750であって、非常に優れた硬度特性を示すことが分かった。
【0045】
次に、実施例1及び比較例1、2の各ドライブプレート1、91、92におけるプレート部10、910、920の断面硬度を測定する試験を行った。測定の結果、比較例1のプレート部910がHV150であり、比較例2のプレート部920がHV160であったのに対し、実施例1のプレート部10の厚み方向中央部17がHV130、浸炭層15の表層から200μmの深さの部位がHV150〜200の範囲にあった。
【0046】
次に、実施例1及び比較例1、2の各ドライブプレート1、91、92におけるプレート部10、910、920の部位に対し、引張強度を求める試験を行った。測定の結果、比較例2のドライブプレート92におけるプレート部920の部位の引張強度を基準値とした場合、比較例1のドライブプレート91におけるプレート部910の部位の引張強度が基準値の1.1倍、実施例1のドライブプレート1におけるプレート部10の部位の引張強度が基準値の1.2倍であった。
【0047】
以上の各試験の結果から、実施例1のドライブプレート1の特性が比較例1、2のものと比べて総合的に優れていることが分かる。
【0048】
次に、各ドライブプレートを製造する場合のコストについての考察を行った。素材コストを含む製造コストを比較したところ、比較例2のドライブプレート92の製造コストを基準とすると、比較例1のドライブプレート91の製造コストは削減が可能であり、実施例1のドライブプレート1の製造コストは比較例1よりもさらに削減が可能であることがわかった。
【0049】
次に、実施例1のドライブプレート1及び比較例1のドライブプレート91を成形する際のプレス成形荷重について比較した。その結果、比較例1のドライブプレート91を成形する際のプレス荷重を基準とすると、実施例1のドライブプレート1のプレス荷重は20%の低減が可能であることが分かった。
【符号の説明】
【0050】
1 ドライブプレート
10 プレート部
15 (プレート部の)浸炭層
17 (プレート部の)厚み方向中央部
19 ブランク材
2 歯形部
25 (歯形部の)浸炭層
27 (歯形部の)厚み方向中央部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
円盤状のプレート部と、該プレート部の外周端に形成された歯形部とを有し、
上記プレート部と上記歯形部とは、一枚の鋼板素材から一体的に成形されており、
上記プレート部及び上記歯形部は、その表層全面に、厚み方向中央部よりも炭素濃度が高い浸炭層を有しており、
上記プレート部における上記浸炭層は、厚み方向中央部よりも硬度が高く、
かつ、上記歯形部における上記浸炭層は焼き入れ処理がなされており、上記プレート部の上記浸炭層よりもさらに硬度が高いことを特徴とするドライブプレート。
【請求項2】
請求項1に記載のドライブプレートにおいて、上記プレート部及び上記歯形部の厚み方向中央部の炭素濃度は0.2質量%以下であり、上記浸炭層の炭素濃度は0.2質量%超えであることを特徴とするドライブプレート。
【請求項3】
請求項2に記載のドライブプレートにおいて、上記プレート部の厚み方向中央部はフェライト組織よりなり、上記プレート部の上記浸炭層はパーライト組織よりなり、上記歯形部における上記浸炭層はマルテンサイト組織よりなることを特徴とするドライブプレート。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のドライブプレートにおいて、上記歯形部の表面硬度はHV700以上であることを特徴とするドライブプレート。
【請求項5】
ドライブプレートを製造する方法において、
一枚の鋼板素材から打ち抜いたブランク材にプレス加工を加えることにより、円盤状のプレート部と、該プレート部の外周端に形成された歯形部とを一体的に有する成形体を得る成形工程と、
上記成形体を浸炭雰囲気中においてオーステナイト化温度以上に加熱して、上記プレート部及び上記歯形部の表層全面に、厚み方向中央部よりも炭素濃度が高い浸炭層を形成する浸炭工程と、
該浸炭工程に引き続き、マルテンサイト変態する冷却速度よりも遅い冷却速度により、かつ、冷却による組織変態が完了する温度以下まで上記成形品を冷却する冷却工程と、
高密度エネルギーによって上記歯形部をオーステナイト領域まで加熱した後にマルテンサイト変態する冷却速度以上の冷却速度により冷却する焼き入れ工程とを有することを特徴とするドライブプレートの製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載のドライブプレートの製造方法において、上記鋼板素材の炭素濃度は0.2質量%以下であることを特徴とするドライブプレートの製造方法。
【請求項7】
請求項5又は6に記載のドライブプレートの製造方法において、上記浸炭工程は、大気より酸素濃度が低い低酸素浸炭雰囲気中において行うことを特徴とするドライブプレートの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−241887(P2012−241887A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−116086(P2011−116086)
【出願日】平成23年5月24日(2011.5.24)
【出願人】(000100768)アイシン・エィ・ダブリュ株式会社 (3,717)
【Fターム(参考)】