説明

ドープ導電性ポリマーを含有する高耐食性皮膜の成膜方法

【課題】ドーパントの選択の自由度が高く、金属基体に強く結合されたドープ型π電子共役系導電性ポリマー含有防食皮膜を形成することができる高耐食性皮膜の成膜方法。
【解決手段】金属基体にドーパント(例、スルホン酸その他のプロトン酸またはルイス酸)を含有する塗布液を塗布して、基体表面にドーパントを化学結合により付着させる。次いで、非ドープ型のポリアニリン類のポリマーおよびオリゴマーから選ばれる1種以上を含有する塗布液を塗布した後、加熱して、ドーパントと該導電性ポリマーとを反応させ、基体に強く結合したドープ型ポリアニリン含有皮膜を形成する。バインダーとして加水分解性金属化合物またはその加水分解物(例、シリカゾル)を共存させてもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ドープされたπ電子共役系導電性ポリマーを含有する高耐食性皮膜の成膜方法に関する。本発明の方法は、自動車部品、機械部品、電子・電気部品等の金属製機能部品の防食用表面処理、特に塗装前の表面処理として有用である。
【背景技術】
【0002】
ポリアニリン、ポリフェニレンなどのπ電子共役系導電性ポリマーは、固体電解コンデンサに固体電解質として利用されているが、近年は、金属防食への応用開発が試みられるようになってきた。これに関しては、特許庁発行の標準技術集「6価クロムフリー等の環境対応技術」においても、導電性高分子皮膜として導電性ポリアニリンを皮膜形成成分とする技術が取り上げられている。
【0003】
特開平6−128769号公報には、ドーパントを含まない(すなわち、中性の)可溶性ポリアニリン系化合物を含む溶液またはそれにさらに汎用高分子化合物、すなわち、各種樹脂を含有させた溶液を金属に塗布して、ドーパントを含まないポリアニリン系化合物の皮膜またはこのポリアニリン系化合物と樹脂との複合皮膜を形成する金属の防食方法が提案されている。
【0004】
特開平8−92479号公報には、ポリアニリンおよび/または置換ポリアニリンに特定のドーパントをドープすることにより有機溶剤または水性溶剤に可溶性にした、ドープ状態のポリアニリンを含有する防食塗料が提案されており、端面耐食性がクロメート皮膜より優れていることが報告されている。この方法では、ドーパントはポリアニリン類にドープした時にポリアニリン類を可溶化できるものに限られる。
【0005】
上記標準技術集によると、N−メチルピロリドンに溶かした中性のポリアニリン溶液を鋼板表面に塗布・乾燥した後、ドーパントであるp−トルエンスルホン酸水溶液に浸漬し、水洗・乾燥後にエポキシ塗料を塗布・焼き付けすることも公知である。また、このようにポリアニリンを単独で使用するのではなく、下地金属との密着性向上の目的でポリアニリンをプライマー塗料にブレンドすることも行われている。
【特許文献1】特開平6−128769号公報
【特許文献2】特開平8−92479号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したポリアニリン系化合物で代表されるπ電子共役系導電性ポリマーまたはオリゴマーを利用した金属防食皮膜は、下地の金属との密着性が不十分であるために、必ずしもこのポリマー本来の耐食性を十分に発揮することができなかった。そのために、非導電性の汎用の有機樹脂をブレンドすることが行われているが、有機樹脂で希釈される分だけ、ポリアニリン系化合物による防食性能が低下する。
【0007】
本発明は、汎用の有機樹脂をブレンドしなくても、密着性に優れたドープπ電子共役系導電性ポリマー含有皮膜を確実に形成することができる高耐食性皮膜の成膜方法を提供することを課題とする。
【0008】
ポリアニリン類のような電子共役系導電性ポリマーの防食性能は、ドーパントとなるアニオンの種類に大きく依存し、ドーパントが金属基体を不働態化できる性質が大きいほど、防食性能が高まると考えられている。本発明の別の課題は、ドーパントを自由に選択することができ、ポリアニリン類にドープした時に可溶化できるかどうかに関係なく、下地の金属基体を不働態化する能力の高いドーパントを選択可能にする、高耐食性皮膜の成膜方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明によれば、金属基体をまずドーパントで処理してから、ポリアニリンなどのπ電子共役系導電性ポリマーおよびオリゴマーから選ばれる1種以上を含有する塗布液を塗布するという新規な方法によって、上記課題を解決することができる。
【0010】
本発明は、ドープされたπ電子共役系導電性ポリマーを含有する皮膜の成膜方法であって、金属基体にこれと反応性のドーパントを含有する塗布液を塗布して、基体表面にドーパントを化学的に付着させ、次いで非ドープ型のπ電子共役系導電性ポリマーおよびオリゴマーから選ばれる1種以上を含有する塗布液を塗布した後、加熱して、ドーパントと該導電性ポリマーとを反応させ、ドープされたπ電子共役系導電性ポリマー含有皮膜を形成することを特徴とする方法である。
【0011】
本発明は好適態様として下記を含む:
・π電子共役系導電性ポリマーがポリアニリンおよび置換ポリアニリンよりなる群から選ばれる;
・ドーパントが、プロトン酸およびルイス酸から選ばれる1種以上を含む;
・ドーパントが、プロトン酸基およびルイス酸基から選ばれる2以上の官能基を有する高分子化合物を含む;
・ドーパントが少なくとも1種の溶存酸素還元性ドーパントと少なくとも1種の不動態化ドーパントとを含む。
【0012】
非ドープ型のπ電子共役系導電性ポリマーおよびオリゴマーから選ばれる1種以上を含有する塗布液は、さらに、加水分解性金属化合物からなる無機系バインダー、シリカフィラー、および非導電性の樹脂からなる群から選ばれる1種以上をさらに含有していてもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、金属基体と反応性のドーパントを用いて予め金属基体を表面処理し、ドーパントを基体表面に化学的に付着させてから、非ドープ型のπ電子共役系導電性ポリマーの皮膜を形成することにより、この導電性ポリマーが、基体に化学結合しているドーパントと反応して、ドーパントを介して強力に金属基体に結合するので、基体との密着性が非常に高い高耐食性の導電性ポリマー被膜が形成される。
【0014】
ドーパントは、π電子共役系導電性ポリマーとは切り離して、事前に金属基体に塗布されるので、π電子共役系導電性ポリマーの可溶化能力とは無関係に、自由に選択することができる。従って、使用できるドーパントの範囲が非常に広く、腐食環境下で金属基体の防食性を高めるため、下地の金属基体を強く不働態化してシールドすることのできるプロトン酸やルイス酸を使用することができる。それにより、皮膜の防食能を確実に高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の方法が適用される金属基体は、特に制限されない。例としては、Zn,Fe,Sn,Cu,Alから選ばれた1種以上の金属を主成分とする金属または合金材料からなる基体や、これらの金属または合金でめっきされた金属基体が挙げられる。
【0016】
基体の形状も特に制限されない。板材、管材、棒材などの加工前の製品でも、あるいは成形その他の加工が施された半製品、製品、部品などでもよい。具体例をいくつか挙げると、亜鉛または亜鉛合金めっき鋼板、亜鉛めっきされたボルト、ナット等の小物鉄鋼部品、耐熱性が要求される自動車エンジン周りで使用される亜鉛めっき部品などである。
【0017】
本発明によれば、金属基体にまず反応性ドーパントを含有する塗布液を塗布して、基体表面にドーパントを化学結合により付着させる。それにより、金属基体はドーパントで強力に不働態化される。金属基体は一般に表面が酸化されており、表面に水酸基を有する。ドーパントと金属基体との反応はこの金属基体の水酸基との反応である。従って、ドーパントとしては水酸基と反応性の官能基を有するものを使用すればよい。
【0018】
ドーパントとしては、強酸性からアルカリ性までの腐食性環境下で金属を強く不働態化するものを使用することが好ましい。そのようなドーパントは一般にプロトン酸類またはルイス酸類であり、そのアニオンがドーパントとなる。ここで、プロトン酸類とは、プロトン(H)を供与し、自らは共役塩基となることができる物質であり、水中でプロトンを解離する場合のみならず、プロトン受容体である塩基によりプロトンが引き抜かれて他の物質と結合するSiO表面の≡Si−OHなども含む。また、ルイス酸類とは、少なくとも一つの電子対を受け取ることのできる空の軌道をもった物質、すなわち電子対受容体をいう。
【0019】
本発明でドーパントとして使用できる好ましい酸を例示すると、有機カルボン酸、有機スルホン酸、有機ホスホン酸、リン酸類およびそれらの酸性エステル、ならびにポリ酸およびそれらの単核酸である。
【0020】
有機カルボン酸は、脂肪族、芳香族、脂環式のいずれでもよく、また飽和化合物と不飽和化合物のいずれでもよい。具体例としては、シュウ酸、フタル酸、安息香酸、マレイン酸、フマル酸、マロン酸、クエン酸、乳酸、コハク酸、イミノ二酢酸、N−メチルイミノ二酢酸、N−フェニルイミノ二酢酸、N−シクロヘキシルイミノ二酢酸、ベンジアルアミン−N,N−二酢酸、N−(2−フリルメチル)イミノ二酢酸、2−アミノメチルピリジン−N,N−二酢酸、N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸、N−(O−ヒドロキシフェニル)イミノ二酢酸、N−2−メルカプトエチルイミノ二酢酸、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸、N−(2−アミノエチル)イミノ二酢酸、2−グリシルチオフェン−N,N−二酢酸、N−ニトリロ三酢酸、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、ジメチロールプロピオン酸、没食子酸、ジメルカプトコハク酸、ジチオジグリコール酸、2,4−ジメチルグルタル酸、2,4−ジエチルグルタル酸、2,4−ジプロピルグルタル酸、2−ホスホノブタントリカルボン酸、フェルラ酸、ポリエチレングリコールカルボン酸、ポリエチレングリコールジカルボン酸、ビスフェノールカルボン酸ポリマー、ポリアリルカルボン酸が挙げられる。
【0021】
有機スルホン酸としては、ナフタレンスルホン酸、ポリスチレンスルホン酸、ポリビニルスルホン酸、ナフタレンスルホン酸ホルマリン縮合物、ビスフェノールスルホン酸ポリマー、ポリアリルスルホン酸、アルキルジフェニルエーテルジスルホン酸、ドデシルベンゼンスルホン酸が挙げられる。
【0022】
有機ホスホン酸としては、ジアルキルジチオリン酸、プロピレンジホスホン酸、ポリビニルホスホン酸、フェニルホスホン酸、フェニルホスホン酸エステル、ジエチルベンジルホスホン酸、アミノトリメチレンホスホン酸、1‐ヒドロキシエタン‐1,1‐ジイルビスホスホン酸、ニトリロ二酢酸−メチレンホスホン酸、ニトリロ酢酸−ジ(メチレンホスホン酸)、エチレンジアミン−N,N'−ジ(メチレンホスホン酸)、エチレンジアミン−N,N,N',N'−テトラ(メチレンホスホン酸)、シクロヘキサン−1,2−ジアミン−N,N,N',N'−テトラ(メチレンホスホン酸)、ビスフェノールホスホン酸ポリマーが挙げられる。
【0023】
リン酸類およびそれらの酸性エステルとしては、リン酸、ポリリン酸、チオリン酸、酸性リン酸金属塩、酸性メチルリン酸、酸性エチルリン酸、酸性プロピルリン酸、酸性イソプロピルリン酸、酸性ブチルリン酸、酸性イソブチルリン酸、酸性2−エチルヘキシルリン酸、酸性ラウリルリン酸、酸性ドデシルリン酸、酸性ステアリルリン酸、酸性テトラデシルリン酸、酸性ヘキサデシルリン酸、酸性オクタデシルリン酸、酸性エイコシルリン酸、酸性オレイルリン酸、酸性エチレングリコールリン酸、エチルジエチルホスホノアセテート、酸性ホスホキシポリオキシエチレングリコールモノメタクリレート、酸性ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸が挙げられる。
【0024】
ポリ酸およびそれらの単核酸としては、モリブデン、タングステン、バナジウム、タンタルおよびニオブのイソポリ酸およびヘテロポリ酸、ならびにモリブデン酸、タングステン酸、リンモリブデン酸、リンタングステン酸、バナジン酸、マンガン酸、ケイモリブデン酸、ケイタングステン酸、タンタル酸、ニオブ酸が挙げられる。
【0025】
以上はプロトン酸の例である。ルイス酸としては、FeCl,FeOCl,TiCl,ZrCl,SnCl,MoCl,WCl,BF,BCl,PF等の金属ハロゲン化物を例示することができる。
【0026】
本発明で使用するのに特に好ましいドーパントは、プロトン酸基およびルイス酸基から選ばれる2以上の官能基を有する高分子化合物である。上記化合物の中では、ポリエチレングリコールカルボン酸、ポリエチレングリコールジカルボン酸、ビスフェノールカルボン酸ポリマー、ポリビニルスルホン酸、ナフタレンスルホン酸ホルマリン縮合物、ビスフェノールスルホン酸ポリマー、ポリアリルスルホン酸、ビスフェノールホスホン酸ポリマー、酸性ホスホキシポリオキシエチレングリコールモノメタクリレート、酸性ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸などがその例である。このような高分子化合物は、それ自体に皮膜形成性があるので、ドーパントを皮膜状で金属基体の表面に付着させることができ、基体のシールド効果が高い。
【0027】
ただし、ドーパントが非高分子化合物であっても、ドーパントが持つプロトン酸基およびルイス酸基から選ばれる1種以上が金属基体の表面に一般に存在している水酸基と反応することによって、ドーパントは金属基体の表面に化学結合により付着され、その上に、皮膜形成性を有するπ電子共役系導電性ポリマーの皮膜が形成される。従って、ドーパント自体が皮膜を形成しなくても、本発明の方法ではドーパントが十分に金属基体表面に固定され、不働態化シールドとしての役目を果たすことができる。
【0028】
本発明者は、水溶液中での各種ドーパントの作用を予測するために、それらの自然電位やカソード分極曲線を測定して、次の結論を得た。ドーパントには、pH4〜12の腐食液中に存在すると、亜鉛基材のアノード腐食溶解を促進する溶存酸素を優先的に還元除去して溶存酸素による亜鉛溶解促進を抑制する働きがあり、腐食過程の電荷移動反応に対して可逆的な触媒作用を持つか(例、ポリ酸など)もしくは不可逆的な還元反応で役割を果たす(例、亜リン酸、次亜リン酸、酸性アルキルリン酸など)ものと、pH4〜12の腐食液中に存在すると、亜鉛金属表面で亜鉛イオンと優先的に化合して不動態皮膜を形成するというインヒビター的作用を示し、この作用により溶存酸素による亜鉛溶解を抑制するイオンを生ずるもの(例、アミノカルボン酸、有機ホスホン酸などを含む)とがある。本発明では、前者のドーパントを溶存酸素還元性ドーパント、後者のドーパントを不動態化ドーパントと称することにする。
【0029】
上述したドーパントをこの2種について分類すると、次のようになる。
溶存酸素還元性ドーパント:ポリ酸類(pH4〜12)、酸性アルキルリン酸エステル類(pH4〜12)、ホスホン酸類、亜リン酸、次亜リン酸およびアミノカルボン酸類(pH6以下);
不動態化ドーパント:ポリ酸類(pH4〜12)、ホスホン酸類(pH4〜12)、リン酸類(pH4〜12)、アミノカルボン酸類(pH4〜12)。
【0030】
つまり、ポリ酸類は両方の作用も示し、ホスホン酸類やアミノカルボン酸類もpH6以下では両方の作用を示す。
従来の一般的なドーパントは、不動態化ドーパントとしての作用を期待するものであった。しかし、溶存酸素による亜鉛溶解の抑制という観点からは、不動態皮膜形成による抑制より、溶存酸素そのものを除去できる溶存酸素還元性ドーパントの方が、効果がより高い。従って、本発明では、上記2種類のドーパント、すなわち、溶存酸素還元性ドーパントと不動態化ドーパントの両方を各1種類以上併用することが好ましい。より具体的には、ポリ酸、酸性アルキルリンエステル酸、および亜リン酸から選ばれた少なくとも1種のドーパントと、アミノカルボン酸および有機ホスホン酸から選ばれた少なくとも1種のドーパントとを併用することが好ましい。
【0031】
ドーパントは、それを水(または水と水混和性有機溶剤との混合溶媒、あるいは場合によっては有機溶剤のみ)に溶解させて塗布液を調製し、その塗布液を金属基体の表面に塗布すればよい。
【0032】
このように、本発明で使用されるドーパントは、ポリアニリンなどのπ電子共役系導電性ポリマーに対する可溶性を考慮する必要がない。このため、金属を不動態化する能力は高いものの可溶性が乏しいために従来は使用できなった物質をドーパントとして採用することが可能となる。この観点では、表面水酸基が強い酸性を示すSiOやSiOの二元酸化物、具体例としてはSiO−Al、SiO−ZrO、SiO−ZnOなど、そのほか、TiOの二元酸化物、具体例としてはTiO−Al、TiO−ZrO、TiO−SnOなどや、それらを含む多元複合酸化物のゾル、ゲル水溶液が本発明に好適なドーパントとして挙げられる。
【0033】
ドーパントの付着量は、その上に成膜されるπ電子共役系導電性ポリマーを構成するモノマー10モル単位に対してドーパントの酸基が0.01〜5モルとなるような量とすることが好ましい。ドーパントの付着量が少なすぎると、π電子共役系導電性ポリマーの皮膜の密着性が低下するのみならず、その耐食性(防錆能)も低下する。ドーパントの付着量が多すぎても、π電子共役系導電性ポリマーの皮膜の耐食性は低下する。ドーパントはその官能基(酸基)が全て金属基体またはπ電子共役系導電性ポリマーと反応する必要性はない。π電子共役系導電性ポリマーの皮膜を形成した後に未反応の酸基が残存していてもよい。しかし、皮膜が多量の未反応酸基を含有していると耐食性が低下するので、皮膜中のドーパントの未反応酸基の割合は、ドーパントの全酸基の50%以下とすることが好ましい。
【0034】
塗布は、浸漬、スプレー、刷毛塗り、ロール塗布などを含む任意の方法で実施することができ、金属基体の形状に応じて選択すればよい。塗布液の濃度は、所望の付着量が得られるように適宜調整することができる。塗布液はドーパント以外の成分を含有することができる。そのような添加成分としては、シランカップリング剤、ポリマーカップリング剤、重合型カップリング剤などのカップリング剤、有機樹脂、金属イオンなどの架橋剤、反応性界面活性剤が挙げられる。
【0035】
ドーパントを含有する塗布液を金属基体に塗布した後、乾燥すると、ドーパントの酸基が基体表面と反応してドーパントは化学的に基体表面に付着し、ドーパント層が形成される。このドーパント層は実質的にドーパントのみから構成されるものであることが好ましいが、上記のように他成分を含有しうる。乾燥は、常温乾燥でもよく、あるいは加熱乾燥して乾燥時間を短縮してもよい。加熱は、熱風加熱と乾燥器などの加熱器による加熱のいずれも可能である。
【0036】
次いで、形成されたドーパント層の上に、π電子共役系導電性ポリマーおよびオリゴマーから選ばれる1種以上を含有する塗布液を塗布して、加熱する。この塗布と加熱中にドーパントとπ電子共役系導電性ポリマーとの間で反応が起こって、ドーパントがπ電子共役系導電性ポリマーにドープされ、ドープされたπ電子共役系導電性ポリマーを含有する皮膜が形成される。
【0037】
その様子を、π電子共役系導電性ポリマーがポリアニリン類である場合について、図1に模式的に示す。予めドーパントが化学結合により付着している金属基体(図の左側)の表面にπ電子共役系導電性ポリマー(図中にはEBと表示)であるポリアニリンを塗布し(図の中央)、次いで加熱すると、ドーパントとポリアニリンとの間でドープ化反応(塩形成反応)が起こり、ポリアニリンはドーパントのアニオン基を介して金属基体の表面に化学的に結合される。従って、形成されたポリアニリン皮膜は金属基体に強く結合しており、密着性に優れ剥離が起こりにくい上、基体表面のドーパントによる不働態化状態を保持することができるので、高い防食性能を示すことができる。
【0038】
ポリアニリン類の皮膜の防食性能は、前述したようにドーパントアニオンの種類に依存する。また、ポリアニリン類には、半酸化状態におけるドープ型エメラルジン塩と非ドープ型エメラルジン塩基、完全還元体のロイコエメラルジン塩基、完全酸化体のベルニグロアニリン塩基という4種類の構造が知られており、ドーパントとの反応過程や防食作用の過程でこれらがそれぞれの役目を果たすものと考えられている。
【0039】
π電子共役系導電性ポリマーとしては、ポリアニリンおよび置換ポリアニリンを含むポリアニリン類を使用することが好ましい。ポリアニリンは、図1の中央の図に示した一般式において、全てのR基がHであるポリマーである。置換ポリアニリンは、ポリ(N−置換アニリン)、ポリ(2−置換アニリン)、ポリ(3−置換アニリン)、ポリ(2,3−ジ置換アニリン)などが挙げられ、置換基としては、−(Cn2n+1)(アルキル基)、−O(Cn2n+1)(アルコキシ基)、−S(Cn2n+1)(アルキルチオ基)、−(Cm2m)N(R')2(アミノアルキル基)、−O(Cm2m)N(R')2(アミノアルコキシ基)、−(Cm2m)N(R')COR”(アルキルカルボニルアミノアルキル基)などが挙げられる。式中、n=1〜22、m≧1、R’=水素または炭素数22以下のアルキル基、R”=炭素数22以下のアルキル基である。置換基は、アルキル部分に不飽和結合(C=C,C≡C)を含んでいてもよい。
【0040】
また、ポリマーの主鎖(図中のNH部分)もしくは側鎖(図中のR部分)に撥水性のある置換基、例えば、炭素数4以上のパーフルオロアルキル基、を導入すると、皮膜の防食性能をさらに向上させることができる。
【0041】
ポリフェニレン類などの他のπ電子共役系導電性ポリマーも使用可能であるが、防食性能の面ではポリアニリン類が最も効果が高い。ポリアニリン類などのπ電子共役系導電性ポリマーは、オリゴマー(低分子量重合体)の形で使用することもでき、またポリマーとオリゴマーの混合物を使用することもできる。
【0042】
本発明では、予めドーパントが基体表面に結合させてあるので、π電子共役系導電性ポリマーは非ドープ(中性)状態で塗布に使用する。従って、前述した特許文献1に記載された方法に従って、π電子共役系導電性ポリマーを塗布することができる。
【0043】
塗布液は、π電子共役系導電性ポリマーだけを溶媒に溶解したものであってもよく、あるいは非導電性の他の有機または無機系バインダーを共存させることもできる。
バインダーを共存させる場合、ポリアニリン類などのπ電子共役系導電性ポリマーの無機系バインダーとして特に好ましいのは、シリケート(ケイ酸エステル)、アルコキシシラン、チタンアルコキシド、ジルコニウムアルコキシドいった加水分解性金属化合物である。これらは加水分解と加水分解物の縮合を経て、実質的に金属酸化物からなる皮膜を形成することができる。
【0044】
この無機系バインダーは、シリカゾル等の加水分解物として使用することもできる。無機系バインダーを共存させると、π電子共役系導電性ポリマー含有皮膜を容易に厚膜化することができ、非晶質とプライマーを兼ねた皮膜とすることができる。この場合には、その上に直接上塗り塗料を塗布して上塗り塗膜を形成することにより、塗装が完了するので、塗装工程が簡略化される。
【0045】
このほか、好ましい無機系添加材としてシリカフィラーが挙げられる。シリカフィラーとは微小なシリコンの酸化物を含む無機系材料であって、具体的には、コロイダルシリカ粒子、およびシリカゲル粒子、ならびにこれらにアルミナ(Al2O3)、チタニア(TiO2)、ジルコニア(ZrO2)などの無機酸化物の微粒子が混合されたものが例示される。各粒子の形状は球形でもよいし、針状であってもよく、その大きさは球に換算した直径として、8nm〜500nmの範囲が好適である。また、これら無機物の表面が有機物で修飾されていてもよい。
【0046】
上記の無機系バインダーおよび/または無機添加材の代わりに、またはそれに加えて、有機系バインダー、すなわち、塗料に一般に使用されている有機樹脂を共存させてもよい。有機樹脂は熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂のいずれでもよい。有機樹脂の例として、エポキシ樹脂、ポリエチレンなどのポリオレフィン、ポリエステル、ポリウレタン、ポリ塩化ビニル、ポリイミド、ボリ酢酸ビニル、フェノール樹脂、シリコーン樹脂、アクリル樹脂、ポリアミド樹脂、フッ素樹脂などを挙げることができるが、これらに限られない。
【0047】
これらの無機系材料および/または有機系バインダーを共存させる場合、塗布液の全固形分に基づいて、ポリアニリン類などのπ電子共役系導電性ポリマーの割合は0.1質量%以上とすることが好ましい。導電性ポリマーの割合が少なすぎると、皮膜の防食性能が低下する。
【0048】
π電子共役系導電性ポリマー含有皮膜は、上記成分以外に、Fe,Ni,Cu,Co,Zn,Al,Ba,Ca,Mgなどの1種以上の金属イオンを含有することができる。また、適当な顔料および/または染料を含有させて皮膜を着色してもよい。
【0049】
π電子共役系導電性ポリマーを含有する塗布液の溶媒は、水系と有機溶剤系のいずれも可能である。塗布液の塗布方法は、ドーパント含有塗布液と同様の方法が採用できる。その後の加熱は、他のバインダーを共存させる場合にはそのバインダーによっても変化するが、一般には40〜200℃程度である。
【0050】
こうして形成されたドープ型π電子共役系導電性ポリマー含有皮膜の膜厚は0.1μm以上であればよい。従って、1μm以下の薄膜で均一かつ高い防食性能を示す皮膜となる。膜厚の上限は特に制限されないが、通常は5μm以下、好ましくは3μm以下である。π電子共役系導電性ポリマー含有皮膜は導電性を示し、それにより、皮膜の自己修復性や下地金属の電位差防食能が発揮される。
【実施例】
【0051】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。
(1)第一層目の処理
次のドーパントを5wt%含有する水溶液を処理液として用意した。
(i)1‐ヒドロキシエタン‐1,1‐ジイルビスホスホン酸:ソルーシア・ジャパン株式会社製 ディクエスト(登録商標)2010
(ii)酸性リン酸メチル:大八化学工業株式会社製 AP−1
(iii)リンモリブデン酸:和光純薬株式会社製
(iv)バナジン酸:和光純薬株式会社製
(v)リチウムシリケート:日産化学工業株式会社製 リチウムシリケート35
また、(vi)ケイ酸メチル加水分解液については、メタノール中でケイ酸メチル(信越化学社製、KBM−04)と純水とをモル比として1:4で反応させたものを処理液とした。
【0052】
酸性亜鉛めっき皮膜が8μm形成された亜鉛めっき試験片(50mm×100mm×1.5mm)を、第一層目の処理として、上記の各処理液に10秒浸漬した。浸漬させた試験片を引き上げた後、80℃で120秒乾燥させて溶媒を蒸発させたところ、0.2〜0.5μmの厚さのドーパント層が形成された。
【0053】
(2)第二層目の処理
続いて、第二層目の処理のために、次の2種類の処理液を用意した。まず、ポリアニリン(Aldrich社製emeraldine、重量平均分子量約10,000)を10%塩酸中で1時間攪拌した後、ろ過乾燥した粉末を、N−メチルピロリドンとTHFとの容量比8:2の混合溶媒に超音波分散させて、ポリアニリン塩酸塩の5wt%溶液とした。また、スルホネート化ポリアニリンはポリアニリンスルホン酸の5wt%水溶液(三菱レイヨン株式会社製、重量平均分子量約10,000)をそのまま用いた。
【0054】
これらの処理液に、ドーパント層が形成された試験片を10秒浸漬させ、その試験片を引き上げた後、120℃で120秒乾燥させて、溶媒を蒸発させた。その結果、約2μmの厚さのポリアニリン層が形成された。
【0055】
(3)密着性の評価
得られた皮膜の密着性の評価は、JIS H8504 に記載されるテープによる引きはがし試験に準拠して行い、剥離発生の有無を判定基準とした。
【0056】
(4)耐食性の評価
耐食性の評価は、塩水噴霧試験機(スガ試験機株式会社製、形式CASSER-ISO-3H)を用いて、JIS Z2371 に記載される塩水噴霧試験に準拠して行い、処理面の有効領域における白錆5%の発生時間を耐食性(時間)として計測した。また、この白錆5%発生時の腐食の状態(具体的には、端部に集中的に腐食が発生しているか否か)についても観察した。
【0057】
評価の結果を各処理の処理液の溶質とともに表1に示す。
【0058】
【表1】

【0059】
表1に示されるように、本発明によれば、密着性に優れ、かつ高い耐食性を有し、しかも端部の応力集中が発生しにくい皮膜を容易に得ることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】本発明の成膜方法における成膜機構の概要を示す説明図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ドープされたπ電子共役系導電性ポリマーを含有する皮膜の成膜方法であって、金属基体にこれと反応性のドーパントを含有する塗布液を塗布して、基体表面にドーパントを化学的に付着させ、次いで非ドープ型のπ電子共役系導電性ポリマーおよびオリゴマーから選ばれる1種以上を含有する塗布液を塗布した後、加熱して、ドーパントと該導電性ポリマーとを反応させ、ドープされたπ電子共役系導電性ポリマー含有皮膜を形成することを特徴とする方法。
【請求項2】
π電子共役系導電性ポリマーがポリアニリンおよび置換ポリアニリンから選ばれる1種以上を含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記ドーパントが、プロトン酸およびルイス酸から選ばれる1種以上を含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記ドーパントが、プロトン酸基およびルイス酸基から選ばれる2以上の官能基を有する高分子化合物を含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
前記ドーパントが少なくとも1種の溶存酸素還元性ドーパントと少なくとも1種の不動態化ドーパントとを含む、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
非ドープ型のπ電子共役系導電性ポリマーおよびオリゴマーから選ばれる1種以上を含有する前記塗布液が、加水分解性金属化合物からなる無機系バインダーおよびシリカフィラーから選ばれる1種以上をさらに含有する、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
非ドープ型のπ電子共役系導電性ポリマーおよびオリゴマーから選ばれる1種以上を含有する前記塗布液が、非導電性の樹脂をさらに含有する、請求項1〜6のいずれかに記載の方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−326097(P2007−326097A)
【公開日】平成19年12月20日(2007.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−126924(P2007−126924)
【出願日】平成19年5月11日(2007.5.11)
【出願人】(000115072)ユケン工業株式会社 (33)
【Fターム(参考)】