説明

ナノ粒子改質カーボンセラミックブレーキディスク

【課題】外部に露出したカーボンセラミックブレーキディスクの気孔中に水や食塩水が浸透するの防ぎ或いは浸透量を抑える。
【解決手段】カーバイド形成元素を用いた浸透後で且つこの元素と前記ブレーキディスクの仮本体中のカーボンの少なくとも一部との反応によりカーバイドを形成した後に残るその気孔の少なくとも一部が、0.5〜20nmの範囲の平均直径を有する粒子で満たされるディスクおよびその製造プロセスであって、ディスクは、ホウ素、ジルコニウム、チタン、シリコン又はアルミニウムの有機化合物又はその混合物から成る溶液を用いて処理され、前記有機物は有機溶媒中にゾルとして存在し、このディスクをゾル槽から取り除かれた後、炉内において、空気又は保護ガスの下、30〜300K/時の加熱速度で乾燥され、その後、350〜800℃の最終温度で20〜120分間焼き戻しする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セラミック材料の気孔の少なくとも一部がナノ粒子を含むカーボンセラミックブレーキディスクと、かかるナノ粒子改質カーボンセラミックブレーキディスクを製造するプロセスとに関する。
【背景技術】
【0002】
カーボンセラミックブレーキディスクは、その母体がシリコンカーバイドを含むカーボン繊維強化セラミック材料から成る。このようなディスクは、カーボン繊維強化多孔性カーボン本体に液状又はガス状のシリコンを浸透させると共に、このシリコンと前記基質中のカーボンの少なくとも一部とを反応させてシリコンカーバイドを形成することで製造できる。浸透時に使用するシリコンの量に応じて、気孔の大部分又は僅かな部分が製造した材料中に残る。また珪化後の冷却段階で、相成分の熱膨張係数の差に起因して、プロセスに関係した微小割れが発生する可能性がある。
【0003】
残存する気孔の少なくとも一部は、カーボンセラミックブレーキディスクの表面に露出する。環境(濡れた道路上を走行する際には、空気と水)からの水分の吸収により、これら気孔が水を含む可能性がある。この水は制動時にディスクの温度上昇に伴い蒸発し、ガスとして気孔から逃げる。逃げたガスは、ブレーキディスクとブレーキライニングとの間に潤滑膜を形成する可能性があり、従って制動の応答が遅れてしまう虞がある。鋳鉄ブレーキディスクと、有機的に結合されたライニングとの従来の組み合わせでは、この現象はディスクの表面およびブレーキライニングの気孔に付着している水分及びこれらから逃げるガスの膜に限られるが、セラミックブレーキディスク材料の気孔率に起因して、逃げるガスの量、従ってブレーキとライニングとの間のガス層が破れる迄の時間が著しく増大する可能性がある。かかる反応は、実験によっても検証されてきた。この実験では、湿式制動時、制動応答およびディスクとライニングとの間の摩擦係数の増加の開始迄の時間は、ねずみ鋳鉄ブレーキディスクと従来のブレーキライニングとの組み合わせの場合よりもカーボンセラミックブレーキディスクの場合の方が長い。しかしカーボンセラミックブレーキディスクの場合、摩擦係数の増加が著しく速くて乾燥摩擦係数に急速に達するので、カーボンセラミックブレーキディスクに伴う応答動作における不利点は十分に補われる。
【0004】
しかしながら、ねずみ鋳鉄ブレーキディスクと従来のライニングとの組み合わせと比較して、この制動作用の始まりの遅れを減らすか又は改善することが望ましい。
【0005】
また、食塩水に晒される際、特に冬に使用される氷結防止塩と雪又は氷との混合物が解凍することにより生じた食塩水に晒される際には、第1にここで説明した湿式制動動作における現象が激しくなり、第2にそのような食塩水に頻繁に且つ比較的長く晒されると、カーボンセラミックブレーキディスクの摩擦面上にチッピングが生じる可能性があることが分かった。
【0006】
例えばガラス状の物質を形成すべく、硬化可能な他の液体金属又は液体無機材料を浸透させることでカーボンセラミックブレーキディスクの気孔率を減少させる試みは、その目的を達成し得なかった。
【特許文献1】独国特許出願公開第19710105号明細書
【特許文献2】独国特許出願公開第10346498号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って本発明の目的は、気孔を閉じることで、付加的な応力を生じさせることなく、外部に露出したカーボンセラミックブレーキディスクの気孔中に水又は食塩水が浸透するのを減少させ或いは停止させることである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的は、本明細書において「ナノ粒子」と呼ぶ、0.5〜20nmの範囲の平均直径を有する粒子で気孔を少なくとも部分的に満たすことで達成される。平均的な粒子の直径は、当該粒子の無作為のサンプルの直径を測定すると共に、測定した直径を合計し、この合計を測定した粒子の数で割ることで、数平均として知られる方法で決定する。
【0009】
従って本発明は、カーバイド形成元素を用いた浸透後で、且つこの元素と前記カーボンセラミックブレーキディスクの仮本体中のカーボンの少なくとも一部との反応によりカーバイドを形成した後に残る気孔の少なくとも一部が、0.5〜20nmの範囲の平均直径を有する粒子で満たされたカーボンセラミックブレーキディスクを提供する。
【0010】
カーボンセラミックブレーキディスクは、カーボン繊維強化カーボンから形成した多孔性仮本体に液状シリコンを浸透させることで、特許文献1に記載された処理により製造するのが好ましい。仮本体は、カーボン化によって、即ち酸化ガスを排除した状態でフェノール樹脂から成るカーボン繊維強化本体を加熱することで製造するのが好ましい。
【0011】
また本発明は、カーボンセラミックブレーキディスクの気孔率を減少させるためのプロセスを提供する。即ちカーボンセラミックブレーキディスクを、周期表のIIIb族、IVb族、IIIa族、IVa族からの元素の有機物又はそのような有機物の混合物から成る溶液を用いて処理し、前記有機物は有機溶媒中にゾルとして存在させ、このようにして処理したブレーキディスクを、ゾル槽から取り除いた後、炉内で空気又は保護ガス下に、30〜300K/時の加熱速度で乾燥し、その後350〜800℃の最終温度で20〜120分間焼き戻す。冷却後、ブレーキディスクを炉から取り出す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
粒子の平均直径は、1.0〜10nm、特に2〜5nmであるとよい。粒子は、周期表のIIIb族、IVb族、IIIa族、IVa族の元素の酸化物、特に三酸化ホウ素、二酸化ジルコニウム、二酸化チタン又はムライト(化学量論比が3Al23・2SiO2の三酸化アルミニウムと二酸化ケイ素の混合酸化物)又はこれら酸化物の組み合わせを含むと好ましい。これら粒子は、カーバイド形成元素を用いた浸透後に残る気孔の容積の少なくとも50%を満たすとよい。この場合少なくとも70%、特に少なくとも80%の充填度が好ましい。充填度は、処理の前後にカーボンセラミックブレーキディスクの気孔率を測定することで決定する。粒子は、前述の有機化合物の熱分解によって形成する。
【0013】
好ましいプロセスステップは以下の通りである。
a)ホウ素、ジルコニウム、チタン、シリコン、アルミニウムから成る群から選択した少なくとも1つの有機化合物を含み、固体の質量分率が1〜10%、好ましくは2〜6%のゾルの前処理。この際、特にケトン、エステル、エーテルを溶媒として用い、これらをアセトンと、ブタノン−2と、メチルイソブチルケトンと、2〜8個のカーボン原子を有する脂肪族直鎖又は分岐アルコールのアセテートと、グリコール、ジグリコールおよびプロパンジオール−1,2のジメチルおよびジエチルエーテルとから成る群から選択するとよい。また有機化合物は、前述の元素のアルコキシド、特に2〜12個のカーボン原子を有する直鎖又は分岐脂肪族アルコールを用いてこれら元素から誘導したオルト酸のエステル、例えばオルトホウ酸H3BO3を含む二価アルコールのエステルであるとよい。
b)処理すべきカーボンセラミックブレーキディスクのa)に係るゾル中への浸漬と、好ましくは5〜100hPaのゾルよりも上のガス空間での減圧の適用。この際気孔容積からガスを抜くと共に、浸漬装置に通気して減圧を断ち切ることにより、最後のガス発生の後、好ましくは少なくとも15分間にわたって気孔中の空気を逃がす。
c)ステップb)から取り去られたカーボンセラミックブレーキディスクを乾燥炉に移動させると共に、30〜300K/時、好ましくは50〜200K/時、特に80〜150K/時の加熱速度で、350〜800℃、好ましくは450〜700℃、特に500〜650℃の温度に至る迄、カーボンセラミックブレーキディスクを加熱する。最終的な温度に達した後、この温度でディスクを少なくとも更に15分間保ち、好ましくは少なくとも30分間、最大で1時間冷却し、冷却後に炉から取り出す。焼き戻しプロセス中における炉内の雰囲気を加熱中におけるそれと異ならせることができる。加熱中に保護ガスを使用する場合には、焼き戻しプロセスの少なくとも一部で空気又は酸化ガスを使用するのが有益である。また、例えば未反応カーボンの酸化による焼き戻しされたブレーキディスクの酸化的変化を防止するべく温度を下げることもできる。このステップで、元素−有機化合物の熱分解により粒子が形成される。
【0014】
気孔容積は、DIN 51 918に従い、周知の方法で決定する。従来気孔容積は、その外部寸法から決定されるカーボンセラミックブレーキディスクの(幾何学的な)体積の10%未満、好ましくは最大で7.5%、特に好ましくは最大で5%である。従って、本発明に従った処理後に残る気孔率(幾何学的な体積に基づく気孔容積)は、5%、好ましくは最大で3.75%、特に好ましくは最大で2.5%である。
【0015】
本発明に従って改質されたカーボンセラミックブレーキディスクに関する実験においては、気孔内に堆積されたナノ粒子が主に気孔壁上に堆積物を形成し、この堆積物が適当な量のナノ粒子と共にコンパクトコーティングを形成することが分かった。
【0016】
以下、実施例により本発明について説明する。
【実施例1】
【0017】
含浸
カーボン、シリコン、シリコンカーバイドを含む母体を有し且つカーボン強化繊維を有する特許文献1の実施形態に従って形成したカーボンセラミックブレーキディスクを、ホウ素ペンタンジオレートゾル中に浸した(固体の質量分率が4%)。前述したガス空間内の圧力がちょうど17hPaになる迄含浸容器を真空引きした。このプロセス中にガスの発生が観察された。このガスの発生は、数分後におさまった。これらの状態で、15分間サンプルを室温で放置し、その後、含浸容器に通気し、ブレーキディスクを取り出した。セルロースフリースを用いてブレーキディスクを乾燥させた後、容積が約100リットルの乾燥炉内にブレーキディスクを配置し、これを5リットル/時の空気流を用いて600℃の温度迄加熱した。目標温度に達した後、これらの状態で更に30分間、目標温度を保持した。その後炉を冷却し、サンプルを取り出した。カーボンセラミックブレーキディスクの気孔率は、処理前は4%、処理後は1.9%であった。これらの値はいずれもDIN 51 918に従って測定した。
【実施例2】
【0018】
湿式制動検査
実施例1に従い処理したカーボンセラミックブレーキディスクと、対応する未処理のカーボンセラミックブレーキディスクを、各々制動検査台上で、湿式制動性能に関して検査した。この目的のため、カーボンセラミックブレーキディスクを、150km/時の速度に対応する回転速度迄加速すると共に、脱イオン水を吹き付けることで湿らせた。制動動作の開始後、4m/秒2の減速度に対する摩擦係数の増加を推定し且つこのラインと時間軸との交点を求めることで、制動作用が始まる迄の時間遅れtDを測定した。未処理のディスクを用いた場合には、50回の検査で、980m秒の平均時間遅れtDが測定されたが、本発明に従って処理したディスクを用いた際には、平均時間遅れは、僅か210m秒であった。比較として、ねずみ鋳鉄ブレーキディスクと従来の有機的に結合されたライニングとの従来の組み合わせを用いると、180m秒の時間遅れtDが観察された。
【実施例3】
【0019】
塩検査
実施例2を繰り返し、水を調理食塩の水溶液(溶液中のNaClの質量分率:1.5%)と置き換えた。湿らされたディスクの場合、制動作用の開始時に測定された平均遅れは290m秒であった(実施例1に従って改質されていないカーボンセラミックブレーキディスクとの比較:1350m秒、各々50回の検査による平均)。
【実施例4】
【0020】
熱負荷を伴う塩検査
独国特許出願特許文献2に記載された検査台上で、実施例1に従って処理したカーボンセラミックブレーキディスクおよび同じタイプの未処理のカーボンセラミックブレーキディスクを各々後述する50回のサイクルに晒した。サイクルは、以下のステップa)およびb)から成る。
a)カーボンセラミックブレーキディスクの両方の摩擦面に、実施例3に記載した250mリットルの食塩水を吹き付ける。
b)加熱検査台上で、30分間、800℃迄加熱した後、冷却する。
【0021】
未処理のカーボンセラミックブレーキディスクの場合、12サイクル後に摩擦面の領域に孤立したチップが生じた。また20サイクル後、摩擦面上に明らかな損傷を認めた。これに対し実施例1に従い処理したディスクでは、50サイクル後も損傷を認めなかった。
【0022】
前述したように、ナノメートル範囲の平均粒径を有する粒子をカーボンセラミックブレーキディスクの気孔に充填すると、湿式制動性能(水、食塩水)が明らかに向上すると共に、食塩水による腐食攻撃に対する耐性が向上する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カーボンセラミックブレーキディスクであって、カーバイド形成元素を用いた浸透後で且つこの元素と前記カーボンセラミックブレーキディスクの仮本体中のカーボンの少なくとも一部との反応によりカーバイドを形成した後に残る気孔の少なくとも一部が、0.5〜20nmの範囲の平均直径を有する粒子で満たされたブレーキディスク。
【請求項2】
前記粒子が、周期表のIIIb族、IVb族、IIIa族、IVa族からの元素の酸化物を含むことを特徴とする請求項1に記載のブレーキディスク。
【請求項3】
前記粒子が、三酸化ホウ素、二酸化ジルコニウム、二酸化チタンおよびムライトから成る群から選択された物質を含むことを特徴とする請求項1記載のブレーキディスク。
【請求項4】
前記粒子が、カーバイド形成元素を用いた浸透後に残る気孔の容積の少なくとも50%を満たすことを特徴とする請求項1記載のブレーキディスク。
【請求項5】
カーボンセラミックブレーキディスクの気孔率を減少させるプロセスであって、該ブレーキディスクを、周期表のIIIb族、IVb族、IIIa族、IVa族からの元素の有機物又は該有機物の混合物から成る溶液を用いて処理し、前記有機物は有機溶媒中にゾルとして存在させ、このようにして処理したブレーキディスクを、ゾル槽から取り除いた後、炉内で、空気又は保護ガスの下、30〜300K/時の加熱速度で乾燥させ、その後350〜800℃の最終温度で20〜120分間焼き戻しするプロセス。
【請求項6】
ホウ素、ジルコニウム、チタン、シリコン又はアルミニウムの有機化合物として、2〜12個のカーボン原子を持つ直鎖又は分岐アルコールを有するこれら元素のオルト酸のエステルを使用することを特徴とする請求項5記載のプロセス。
【請求項7】
アセトンと、ブタノン−2と、メチルイソブチルケトンと、2〜8個のカーボン原子を有する脂肪族直鎖又は分岐アルコールのアセテートと、グリコール、ジグリコールおよびプロパンジオール−1,2のジメチルおよびジエチルエーテルとから成る群から選択した溶媒中に1〜10%の重量比で固体を含有させたゾルを、前記有機化合物の溶液として使用することを特徴とする請求項5記載のプロセス。

【公開番号】特開2006−76878(P2006−76878A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−255924(P2005−255924)
【出願日】平成17年9月5日(2005.9.5)
【出願人】(501090803)エスゲーエル カーボン アクチエンゲゼルシャフト (47)
【Fターム(参考)】