説明

ハイドロキシアパタイトとゼオライトとの複合体の製造法

【課題】鉄鋼スラグから、簡易かつ安価な方法で、吸着剤として有用なハイドロキシアパタイトとゼオライトとの複合体を合成する製造方法を提供する。
【解決手段】(i)鉄鋼スラグに、リン酸またはリン酸塩を添加して、リン酸またはリン酸塩と鉄鋼スラグとの混合物を得る工程、(ii)前記混合物に、アルカリを添加して、ハイドロキシアパタイトとゼオライトとを生成させる工程、を有するハイドロキシアパタイトとゼオライトとの複合体の製造法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、産業廃棄物である鉄鋼スラグの再利用を目的とする吸着剤の合成に関する。
【背景技術】
【0002】
銑鉄の生産に伴う鉄鋼スラグ、中でも高炉スラグの生成量は膨大であり、その80%以上を水砕スラグが占めている。高炉スラグは、徐冷スラグと水砕スラグに分類され、水砕スラグの多くは、セメント原料、路盤材、コンクリート骨材などへ資源化されている。しかし、国内におけるセメント需要等が減少傾向にあることから、鉄鋼スラグの新規用途の開拓が求められている。
【0003】
鉄鋼スラグの主成分は、酸化ケイ素、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、酸化カルシウム等であり、ゼオライトに近い組成を有する。そこで、高炉スラグからゼオライトを安価で大量合成する方法の開発が期待されている(特許文献1〜4)。
【0004】
しかし、鉄鋼スラグの主成分である酸化カルシウムはゼオライト骨格の形成を阻害することから、ゼオライトを合成する際には鉄鋼スラグから酸化カルシウムを除去することが要求される。例えば、ゼオライトの合成過程でカルシウムがシリカと結合してケイ酸カルシウム水和物を生成するため、シリカ不足となる。そのため、収率よくゼオライトを合成することは困難である。そこで、鉄鋼スラグを蟻酸やクエン酸と反応させてカルシウムを溶出させ、カルシウム成分を除去する方法などが提案されている(特許文献3、4)。
【0005】
鉄鋼スラグに限らず、製紙スラッジからゼオライトを合成することや、製紙スラッジからカルシウム成分を除去することも提案されている(特許文献5)。製紙スラッジは、製紙工程で発生する廃棄物である。
【0006】
一方、カルシウム成分を含む製紙スラッジにリン酸またはリン酸塩を添加し、アルカリ処理を行い、ハイドロキシアパタイトとゼオライトとの複合体を合成することも提案されている(特許文献6)。ハイドロキシアパタイトは、骨や歯の無機質と組成が近似していることから、バイオセラミックス材料として広く用いられているが、水処理、脱臭などに用いる吸着剤としても期待されている。
【特許文献1】特開平8−259221号公報
【特許文献2】特開2001−220132号公報
【特許文献3】特開2005−239459号公報
【特許文献4】特開2007−222713号公報
【特許文献5】特開2007−137716号公報
【特許文献6】特開2007−15874号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、鉄鋼スラグから、簡易かつ安価な方法で、吸着剤として有用なハイドロキシアパタイトとゼオライトとの複合体を合成する製造方法を提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、(i)鉄鋼スラグに、リン酸またはリン酸塩を添加して、リン酸またはリン酸塩と鉄鋼スラグとの混合物を得る工程、(ii)前記混合物に、アルカリを添加して、ハイドロキシアパタイトとゼオライトとを生成させる工程、を有するハイドロキシアパタイトとゼオライトとの複合体の製造法に関する。
【0009】
鉄鋼スラグはシリカとアルミナを含む。鉄鋼スラグに含まれるSiO2/Al23の重量比は1.6以上であることが好ましく、1.8以上であることが更に好ましい。
鉄鋼スラグは鉄成分を含む。鉄鋼スラグに含まれる鉄成分の含有量は0.2重量%以上5重量%未満であることが好ましい。
鉄鋼スラグは酸化カルシウムを含む。鉄鋼スラグに含まれる酸化カルシウムの含有量は35重量%以上であることが好ましい。
【0010】
工程(i)では、前記混合物のpHが3〜6になるまでリン酸またはリン酸塩を添加することが好ましい。
工程(ii)では、前記混合物のpHが13〜14になるまでアルカリ水溶液を添加することが好ましい。
工程(ii)では、前記混合物にアルカリを添加した後、70℃以上、100℃未満で前記混合物を加温することが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、産業廃棄物である鉄鋼スラグから、簡易かつ安価な方法で、工業的に有用な吸着剤であるハイドロキシアパタイトとゼオライトとの複合体を合成することができる。鉄鋼スラグはAl23に対して比較的多量のSiO2を含むため、Y型ゼオライトの生成に適している。
【0012】
鉄鋼スラグは比較的多量の酸化カルシウムを含むため、ハイドロキシアパタイト含有量の高いゼオライトとハイドロキシアパタイトとの複合体が得られる。ハイドロキシアパタイトは有用な吸着剤であるため、ゼオライトの結晶性が比較的低い場合でも、複合体全体としては優れた吸着能力を発揮する。ハイドロキシアパタイトは、優れたイオン交換能を有し、アミノ酸、脂質、細菌類、アルデヒド類、アンモニア、窒素酸化物等の有害ガスに対して優れた吸着能力を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
鉄鋼スラグは、高炉スラグと製綱スラグに分類される。本発明で原料として用いる鉄鋼スラグは特に限定されないが、高炉スラグが適しており、特に、結晶性の高い徐冷スラグよりも、非晶質(アモルファス)の水砕スラグが適している。水砕スラグは非晶質であるため、リン酸またはリン酸塩により、比較的容易に溶解する。そのため、ハイドロキシアパタイトおよびゼオライトの生成効率が良くなる。
【0014】
鉄鋼スラグは、酸化カルシウム、シリカ、アルミナおよび酸化マグネシウムを主成分として含み、更に鉄成分を含む。鉄鋼スラグは、リン酸またはリン酸塩と混合する前に、予めできるだけ小さく、例えば100μm以下、更には50μm以下に粉砕することが望ましい。
【0015】
原料として用いる鉄鋼スラグは、酸化カルシウムの含有量が最も多いことが望ましい。すなわち、酸化カルシウムの含有量は、シリカの含有量よりも多く、かつアルミナの含有量よりも最も多いことが望ましい。具体的には、酸化カルシウムの含有量は、例えば35重量%以上であることが好ましく、40重量%以上であることが更に好ましい。酸化カルシウムの含有量が上記範囲であれば、ハイドロキシアパタイトの生成量が十分となり、優れた吸着性能を有する複合体が得られる。ただし、鉄鋼スラグに含まれる酸化カルシウム量は、例えば60重量%以下であることが多い。
【0016】
鉄鋼スラグに含まれるSiO2/Al23の重量比は、大きいほど望ましく、1.6以上、10未満であることが好ましく、1.8以上であることが更に好ましく、2以上であることが特に好ましい。SiO2/Al23の重量比が10以上になると、ゼオライト(特にY型ゼオライト)の生成が困難になる場合がある。
鉄鋼スラグは、粉砕せずに、または、粉砕した後、そのまま用いても良い。また、鉄鋼スラグに、シリカ原料、例えば、ケイ酸ナトリウム、ケイ砂、ケイ酸ガラス、シラス等のケイ素酸化物もしくはケイ酸塩を多量に含有する物質を添加することで、所望のSiO2/Al23の重量比を有するゼオライトを得ることができる。
【0017】
鉄鋼スラグに含まれる鉄成分の含有量は、一般に0.2重量%以上、更には1重量%以上であり、5重量%未満であることが望ましい。鉄鋼スラグに含まれる鉄成分は、Fe、Fe23、FeO等の形態で存在する。ここで、鉄成分の含有量とは、鉄鋼スラグに含まれる鉄および鉄化合物の合計量を意味する。
【0018】
鉄鋼スラグに含まれる酸化マグネシウムの含有量は、一般に0〜20重量%であり、0〜10重量%であることが望ましい。
【0019】
本発明の製造法は、鉄鋼スラグに、リン酸またはリン酸塩を添加して、リン酸またはリン酸塩と鉄鋼スラグとの混合物を得る工程(工程(i))を有する。リン酸またはリン酸塩を水溶液の状態で鉄鋼スラグに添加することにより、攪拌効率を向上させることができる。リン酸水溶液の濃度は、特に限定されないが、0.1〜5規定が好適である。攪拌のための液状媒体としては水を用いることが望ましい。
【0020】
リン酸またはリン酸塩の使用量は、鉄鋼スラグに含まれるカルシウムが全てハイドロキシアパタイトに変換される量であることが好ましい。例えば、カルシウム/リンの原子比が1〜2、好ましくは1.67となる量が好ましい。
【0021】
リン酸塩としては、リン酸アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム、リン酸水素カルシウム等を用いることができる。ただし、ハイドロキシアパタイトを効率よく生成させる観点から、リン酸を用いることが最も好ましい。
【0022】
工程(i)では、混合物のpHが3〜6、好ましくはpHが3〜5になるまでリン酸またはリン酸塩を添加することが好ましい。また、混合物を十分に攪拌し、できるだけ固形分を溶解させることが望ましい。固形分を溶解させる際の混合物の温度は限定されないが、固形分の溶解を促進する観点から、0〜100℃に維持することが好ましい。通常は室温で2時間程度、攪拌すれば、固形分はほぼ完全に溶解する。
【0023】
次に、固形分を溶解させた状態の混合物(以下、原料液ともいう)に、アルカリを添加する(工程(ii))。結晶を均一に成長させる観点から、アルカリの添加は原料液を攪拌しながら徐々に行うことが望ましい。工程(ii)では、原料液のpHが13〜14になるまでアルカリを添加することが好ましい。pHが上記範囲であれば、ハイドロキシアパタイトとゼオライトの生成が効率的に進行する。
【0024】
アルカリは、固体の状態で用いることもできるが、水溶液の状態で用いることが望ましい。例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物、水酸化カルシウム等のアルカリ土類金属水酸化物、炭酸水素ナトリウム等のアルカリ金属炭酸水素化合物などの水溶液を用いることが好ましい。これらの中でも、アルカリ金属水酸化物が好ましく、特に水酸化ナトリウムが好ましい。
アルカリ水溶液の濃度は、特に限定されないが、0.1〜5規定が望ましく、特に3規定が好適である。アルカリの添加量は、鉄鋼スラグの量に応じて適宜選択すればよい。
【0025】
アルカリを添加した後の原料液は、70℃以上、100℃未満、好ましくは80〜95℃で加温を続けることが好ましい。加温時間は限定されず、ハイドロキシアパタイトとゼオライトとの複合体が十分に生成した時点で終了すればよい。加温時間は、例えば1〜72時間、好ましくは24〜48時間である。この間は攪拌を行わなくても良いが、攪拌した方が反応が促進される。加温中の原料液は、密閉可能な耐圧容器内に保存することが望ましい。高温および高圧下で加温処理を行うことにより、反応が更に促進される。その後、生成したハイドロキシアパタイト−ゼオライト複合体をろ過し、水洗し、乾燥させる。
【実施例】
【0026】
次に、本発明を実施例に基づいて、より詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
《実施例1》
表1に示す組成を有する鉄鋼スラグ(水砕スラグ、重量比SiO2/Al23=2.34)を原料に用いた。表1中の数値は重量%である。
【0027】
【表1】

【0028】
まず、上記の鉄鋼スラグを回転数650rpmのボールミルで1時間粉砕処理し、粒径45μm以下に分級した。粉砕された鉄鋼スラグ5gに、濃度1mol/L(3N)のリン酸水溶液(H3PO4水溶液)を22mL添加し、室温で2時間攪拌した。その結果、鉄鋼スラグはほぼ完全に溶解した。生成した原料液のpHは5であった。
【0029】
得られた原料液に、室温で、濃度3mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液50mLを滴下し、攪拌を続けた。水酸化ナトリウム水溶液を添加後の原料液のpHは13.5であった。この原料液を引き続き80℃で3時間攪拌し、その後、密閉容器に移して90℃のオーブンで48時間エージングした。この間、攪拌は行わなかった。その後、生成したハイドロキシアパタイトとゼオライトとの複合体をろ過し、水洗し、乾燥させた。得られた複合体の一部は700℃で、空気中で焼成した。
【0030】
焼成の前後の複合体のX線回折測定を行ったところ、図1に示すようなXRD像が得られた。図1中、一番上のXRD像はハイドロキシアパタイト(HAp)の参照試料であり、上から2番目のXRD像は700℃で焼成後の複合体(HAp-Y)であり、上から3番目のXRD像は焼成前の複合体(HAp-Y)であり、一番下のY型ゼオライト(Faujasite)の参照試料である。これらの図から、実施例1の複合体が、Y型ゼオライトとハイドロキシアパタイトの双方に帰属されるピークを有することが確認できる。また、焼成後により、ハイドロキシアパタイトの結晶性が向上することや、生成したハイドロキシアパタイト−ゼオライト複合体は、少なくとも700℃程度までの耐熱性を有することが確認された。
【0031】
焼成前の複合体(HAp-Y)のSEM写真を図2Aおよび図2Bに示す。図2AではY型ゼオライトの結晶を矢印で示す。図2Bではハイドロキシアパタイト(HAp)の結晶を矢印で示す。
また、Y型ゼオライトの参照試料のSEM写真を図3Aに示し、ハイドロキシアパタイト(HAp)の参照試料のSEM写真を図3Bに示す。図2、3より、目視においても、Y型ゼオライトとハイドロキシアパタイトの存在を確認できた。
【0032】
《実施例2》
表2に示す組成を有する鉄鋼スラグ(水砕スラグ、重量比SiO2/Al23=2.01)を原料に用いた。表2中の数値は重量%である。
【0033】
【表2】

【0034】
上記の鉄鋼スラグを用いたこと以外、実施例1と同様の操作を行ったところ、ハイドロキシアパタイト−ゼオライト複合体を得ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明によれば、産業廃棄物である鉄鋼スラグから、簡易かつ安価な方法で、工業的に有用な吸着剤であるハイドロキシアパタイトとゼオライトとの複合体を合成することができる。得られた複合体は、ゼオライトに特有の吸着能力や陽イオン交換機能と、ゼオライトが有さないハイドロキシアパタイトに特有の吸着能力や陰イオン交換機能とを併せ持つ優れた機能性材料であり、特に環境浄化材料の分野での期待が大きい。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】実施例1で得られたハイドロキシアパタイトとゼオライトとの複合体のXRD像を参照資料と対比した図である。
【図2A】実施例1で得られたハイドロキシアパタイトとゼオライトとの複合体のSEM写真である。
【図2B】実施例1で得られたハイドロキシアパタイトとゼオライトとの複合体の別のSEM写真である。
【図3A】ゼオライトの参照試料のSEM写真である。
【図3B】ハイドロキシアパタイトの参照試料のSEM写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i)鉄鋼スラグに、リン酸またはリン酸塩を添加して、リン酸またはリン酸塩と鉄鋼スラグとの混合物を得る工程、
(ii)前記混合物に、アルカリを添加して、ハイドロキシアパタイトとゼオライトとを生成させる工程、を有するハイドロキシアパタイトとゼオライトとの複合体の製造法。
【請求項2】
前記鉄鋼スラグが、シリカとアルミナを含み、SiO2/Al23の重量比が1.6以上である、請求項1記載のハイドロキシアパタイトとゼオライトとの複合体の製造法。
【請求項3】
SiO2/Al23の重量比が1.8以上である、請求項2記載のハイドロキシアパタイトとゼオライトとの複合体の製造法。
【請求項4】
前記鉄鋼スラグが、鉄成分を含み、前記鉄成分の含有量が0.2重量%以上、5重量%未満である、請求項1〜3のいずれかに記載のハイドロキシアパタイトとゼオライトとの複合体の製造法。
【請求項5】
前記鉄鋼スラグが、酸化カルシウムを含み、前記酸化カルシウムの含有量が35重量%以上である、請求項1〜4のいずれかに記載のハイドロキシアパタイトとゼオライトとの複合体の製造法。
【請求項6】
工程(i)において、前記混合物のpHが3〜6になるまでリン酸またはリン酸塩を添加する、請求項1〜5のいずれかに記載のハイドロキシアパタイトとゼオライトとの複合体の製造法。
【請求項7】
工程(ii)において、前記混合物のpHが13〜14になるまでアルカリ水溶液を添加する、請求項1〜6のいずれかに記載のハイドロキシアパタイトとゼオライトとの複合体の製造法。
【請求項8】
工程(ii)において、前記混合物にアルカリを添加した後、70℃以上、100℃未満で前記混合物を加温する、請求項1〜7のいずれかに記載のハイドロキシアパタイトとゼオライトとの複合体の製造法。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3A】
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【図3B】
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【公開番号】特開2010−189241(P2010−189241A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−37784(P2009−37784)
【出願日】平成21年2月20日(2009.2.20)
【出願人】(509051129)
【Fターム(参考)】