説明

バイオマス作物からのエタノール製造方法およびエタノール製造用発酵原料

【課題】 バイオマス作物から、安全かつ低コストでエタノールを製造することのできる、バイオマス作物からのエタノール製造方法およびエタノール製造用発酵原料を提供すること。
【解決手段】 デンプン質を主体とする部位とセルロース質を主体とする部位に分別しないバイオマス作物全体1を用いて、デンプン分解性糸状菌による麹2A、セルロース分解性糸状菌による麹2Cを、それぞれ製麹工程P1A、P1Cにて別々に調製し、両麹2A、2Cをバイオマス作物全体1と混合して原料混合物3とし(混合工程P2)、原料混合物3を並行複発酵工程P3に供して、エタノール4を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はバイオマス作物からのエタノール製造方法およびエタノール製造用発酵原料に係り、特に、トウモロコシなどのバイオマス作物から安全かつ低コストでエタノールを製造する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、トウモロコシなどのバイオマス作物からエタノールを製造する技術としては、トウモロコシを、デンプンを主な成分とする子実部と、セルロース等の繊維を主な成分とする茎葉部とに分別し、それぞれを別個に糖化(加水分解)して、発酵に使われる糖を得る方法が用いられている。
【0003】
デンプン質の糖化には、酵素処理または酸分解による方法があり、セルロース質を分解するには酸処理等の前処理を施した後に、酵素処理または酸分解による方法が採られている(非特許文献1、2参照)。
【0004】
図3は、従来のバイオマス作物、特にトウモロコシからのエタノール製造法例を示すフロー図である。図示する従来技術は、
〈1〉収穫されたトウモロコシを子実部(図では「種子部」)と茎葉部に分別し、
〈2〉デンプン質主体の子実部は酵素による糖化処理を行って糖液を得、
〈3〉一方、セルロース質主体の茎葉部は酸処理等の前処理をした後に酵素による糖化処理を行って糖液を得、
〈4〉子実部、茎葉部それぞれから得られた糖液を合わせて、これを発酵過程に供し、最終的にエタノールを得る、
というものである。
【0005】
【非特許文献1】「図解 バイオエタノール最前線」工業調査会、大聖泰弘ほか(2004)
【非特許文献2】Acid impregnation and steam explosion of corn stover in batch processes.,ZIMBARDI F. et al.,Ind Crop Prod:Vol.26(2), Page.195−206(2007)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上述の従来のエタノール製造法は、
〈1〉トウモロコシを子実部と茎葉部に分別するコスト、
〈2〉デンプン質とセルロース質を別々に糖化するための設備コスト、
〈3〉酵素剤および前処理コスト等々、操作と設備に相当のコストがかかるものであった。
【0007】
本発明は、このような従来のエタノール製造法が有していた問題を解決しようとするものであり、操作と設備にかかるコストを削減し、安全かつ低コストのエタノール製造を実現することを目的とするものである。特に、トウモロコシなどのバイオマス作物から、安全かつ低コストでエタノールを製造することのできる、バイオマス作物からのエタノール製造方法およびエタノール製造用発酵原料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者は上記課題を解決するために鋭意検討した結果、バイオマス作物全体からセルラーゼ含有麹、アミラーゼ含有麹を別々に製麹して、両者を同時に作物全体に作用させるという方法に基づいて課題を解決し得ることを見出し、本発明に至った。すなわち、本願において特許請求もしくは少なくとも開示される発明は、以下の通りである。
【0009】
(1) デンプン質およびセルロース質を含むバイオマス作物からのエタノール製造方法であって、デンプン質を主体とする部位とセルロース質を主体とする部位に分別しないバイオマス作物全体を用いて、デンプン分解性糸状菌による麹と、セルロース分解性糸状菌による麹を別々に調製し、両麹を該バイオマス作物全体と混合し、最終的にエタノールを得る、バイオマス作物からのエタノール製造方法。
(2) デンプン質およびセルロース質を含むバイオマス作物からのエタノール製造方法であって、デンプン質を主体とする部位とセルロース質を主体とする部位に分別しないバイオマス作物全体を用いて、デンプン分解性糸状菌による麹と、セルロース分解性糸状菌による麹を別々に調製し、両麹を該バイオマス作物全体と混合して原料混合物とし、該原料混合物の並行複発酵によってエタノールを得る、バイオマス作物からのエタノール製造方法。
(3) 前記並行複発酵は、半固体状態にてなされる半固体発酵であることを特徴とする、(2)に記載のバイオマス作物からのエタノール製造方法。
(4) 前記半固体発酵は、前記原料混合物中の乾物重量に対する水分量が3倍以上5倍以下であることを特徴とする、(3)に記載のバイオマス作物からのエタノール製造方法。
(5) 前記バイオマス作物はトウモロコシであり、前記デンプン質を主体とする部位は子実部、前記セルロース質を主体とする部位は茎葉部であることを特徴とする、(1)ないし(4)のいずれかに記載のバイオマス作物からのエタノール製造方法。
(6) デンプン質およびセルロース質を含むバイオマス作物からのエタノール製造に用いる発酵原料であって、デンプン質を主体とする部位とセルロース質を主体とする部位に分別しないバイオマス作物全体を用いてこれを三部に分け、その一部からデンプン分解性糸状菌により調製した麹と、他の一部からセルロース分解性糸状菌により調製した麹とを、残る一部に混合してなる、エタノール製造用発酵原料。
(7) トウモロコシからのエタノール製造に用いる発酵原料であって、トウモロコシを子実部と茎葉部に分別しない全草を用いてこれを三部に分け、その一部からデンプン分解性糸状菌により調製した麹と、他の一部からセルロース分解性糸状菌により調製した麹とを、残る一部に混合してなる、エタノール製造用発酵原料。
【0010】
なお、本発明にいう「半固体」とは、加圧・加温等の操作をしない場合、すなわち常温常圧下において、試料が、固液分離の起こらない程度に水分を含んだ状態をいうものとする。
【発明の効果】
【0011】
本発明のバイオマス作物からのエタノール製造方法およびエタノール製造用発酵原料は上述のように構成されるため、これによれば、操作と設備にかかるコストを削減し、安全かつ低コストのエタノール製造を実現することができる。特に、トウモロコシなどのバイオマス作物から、安全かつ低コストでエタノールを製造することができる。
【0012】
また、本発明で使用する糸状菌(具体的には後述)Trichoderma virideおよび Aspergillus oryzaeは、いずれも安全性が確認されている菌株であり、エタノール生産後の残渣も飼料や土壌改良材等に利用できるという効果を持っている。また、酵母Saccharomyces cerevisiaeも含めて全ての使用菌株で遺伝子組み換え体を使用する必要がないことから、環境への悪影響を懸念することなくエタノール生産を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明について詳細に説明する。
図1は、本発明の、デンプン質およびセルロース質を含むバイオマス作物からのエタノール製造方法の基本構成を示すフロー図である。図示するように本エタノール製法は、デンプン質およびセルロース質を含むバイオマス作物からのエタノール製造方法であって、デンプン質を主体とする部位とセルロース質を主体とする部位に分別しないバイオマス作物全体1を用いて、これを三部に分け、デンプン分解性糸状菌による麹2A、セルロース分解性糸状菌による麹2Cを、それぞれ製麹工程P1A、P1Cにて別々に調製し、両麹2A、2Cを、製麹工程に供さなかったバイオマス作物全体1と混合して原料混合物3(以下、「発酵原料」ともいう。)とし(混合工程P2)、原料混合物3を並行複発酵工程P3に供して、エタノール4を得る、というものである。並行複発酵工程P3は、半固体状態にてなされる。つまり、原料混合物3中の乾物重量に対する水分量が、本工程P3において加水された分も合わせて、望ましくは3〜5倍程度に調整された状態で、並行複発酵によるエタノール4生産がなされる。
【0014】
並行複発酵工程P3での半固体状態での発酵すなわち半固体発酵において、このように水分量を、望ましくは3〜5倍程度とするのは、水分量が5倍を超えると流動性が高くなって半固体にならず、一方、3倍未満の場合には、3倍以上の場合と比較して生成エタノール量が少ないからである。加水量を変えた発酵試験によれば、加水量2.0倍、2.5倍、3.0倍、4.0倍、5.0倍における生成エタノール量は、試料液全量換算で、それぞれ2.42g、2.71g、3.17g、2.91g、3.53g であった。
【0015】
上述の構成を有する本発明製法によれば、三部に分けられたバイオマス作物全体1、1、1のうちの一部が製麹工程P1Aに供されてデンプン分解性糸状菌による麹2Aが調製され、他の一部が製麹工程P1Cに供されてセルロース分解性糸状菌による麹2Cが調製され、ついで混合工程P2において両麹2A、2Cと、製麹工程に供さなかったバイオマス作物全体1とが混合されて原料混合物(発酵原料)3が得られ、発酵工程P3において原料混合物3が並行複発酵工程P3に供せられ、最終的にエタノール4が製造される。
【0016】
バイオマス作物として飼料用トウモロコシを用いる例について、以下説明する。原料とする飼料用トウモロコシは収穫時に粉砕するのがよい。また、前処理として粉砕したトウモロコシの全草を適宜条件で加熱処理することによって、殺菌およびデンプンのα化を行う。
【0017】
このように原料トウモロコシを収穫時に一括して粉砕処理することにより、原料を子実部と茎葉部に分別する手間をなくすことができ、またこれらを個別に前処理するコストを削減できる。また、常温常圧下で必要最低限の前処理にとどめることにより、簡略で安価な設備での処理が可能となる。
【0018】
加熱処理済みの原料の一部に対して、Trichoderma viride胞子を加えて適宜条件下保温する。これにより、胞子が発芽して菌体が増殖するとともにセルラーゼ生産が行われ、原料のセルロース分解活性を保持するセルラーゼ含有麹が得られる。
【0019】
また、加熱処理済みの原料の他の一部に対して、Aspergillus oryzae胞子を加えて適宜条件下保温する。これにより、胞子が発芽して菌体が増殖するとともにアミラーゼ生産が行われ、原料のデンプン分解活性を保持するアミラーゼ含有麹が得られる。
【0020】
このように本製法では、原料自体を酵素生産源として利用することにより、酵素剤の購入コストを削減することが可能となる。また、糸状菌からの酵素生産には特殊な薬品や培養条件を必要としないことから、作業にかかるコストも軽減することが可能となる。
【0021】
上述の方法で調整したセルラーゼ含有麹ならびアミラーゼ含有麹に、製麹工程に供さなかった加熱処理済みの原料の残部と、酵母Saccharomyces cerevisiae、および水を混合し、適宜条件下培養することによって、原料中のセルロースおよびデンプンは、それぞれセルラーゼ含有麹の生産するセルラーゼ、アミラーゼ含有麹の生産するアミラーゼによってグルコースに転換される。生成されたグルコースはSaccharomyces cerevisiaeによる嫌気代謝系によってエタノールに転換される。この工程は原料の糖化と発酵工程によるエタノール生産が同時に進行する並行複発酵である。かかる並行複発酵により、エタノール生産設備の簡略化・小型化が可能となる。
【実施例】
【0022】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明がかかる実施例に限定されるものではない。
図2は、本発明のトウモロコシを原料とするエタノール製造法の実施例を示すフロー図である。図中には、原料の飼料用トウモロコシ全草を1000絶対乾燥重量(絶乾重量)とした場合の質量ベースを、[ ]内数値として示している。また、図中の略号は以下の通りである。
T.viride:Trichoderma viride
A.oryzae:Aspergillus oryzae
S.cerevisiae:Saccharomyces cerevisiae
【0023】
トウモロコシ全草は、4mmの切断刃を装備したハーベスターにより収穫と同時に、一辺4mm以下の細片に粉砕される。
【0024】
細片化された原料(粉砕原料)は、蒸気吹き込み等の方法により、20分程度100℃に加熱処理され、ここで殺菌およびデンプン質のα化が行われる。以下加熱処理原料は、三部に分けられて処理される。
【0025】
加熱処理原料の1000分の375を、水分含量が75%となるよう調整し、糸状菌Trichoderma virideの胞子を加えて2日間30℃に保温することにより、セルラーゼ含有麹が調製される。
【0026】
一方、加熱処理原料の1000分の125を、水分含量が75%となるよう調整し、糸状菌Aspergillus oryzaeの胞子を加えて3日間30℃に保温することにより、アミラーゼ含有麹が調製される。
【0027】
残りの加熱処理原料に、セルラーゼ含有麹およびアミラーゼ含有麹を混合し、水分含量が75%となるよう調整し、酵母Saccharomyces cerevisiaeを加えて、30℃で嫌気的に発酵を行う。
【0028】
酵工程では、原料混合物は水分量が乾物の3倍程度の半固形状態(半固体)であり、非通気条件により30℃16日培養することで、原料のセルロースおよびデンプンはそれぞれセルラーゼ含有麹の生産するセルラーゼ、アミラーゼ含有麹の生産するアミラーゼによってグルコースに転換される。
【0029】
生成されたグルコースはSaccharomyces cerevisiaeによる嫌気代謝系によってエタノールに転換される。この工程は原料の糖化とエタノールが同時に進行する並行複発酵であるが、16日間の発酵により、最終的には、エタノール160kgおよび残渣600kgを得ることができた。
【0030】
なお、加熱処理原料に対し、セルラーゼ含有麹およびアミラーゼ含有麹を単独で使用した場合、エタノール収量は、それぞれ本実施例の50%および77%にとどまった。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明のバイオマス作物からのエタノール生産技術は、特殊な設備を必要とせず、コストと作業の簡便化を実現することができる。したがって、小規模の企業体でも充分に実施可能であり、産業上利用性が高い発明である。
【0032】
また本発明製法の適用対象は、上述実施例の飼料用トウモロコシに限らず、広くバイオマス作物に、さらには主としてデンプン質とセルロース質から構成される植物体に、広く適用できるものである。
【0033】
さらに本発明製法はその全工程において有害な化学処理工程を含まず、遺伝子組み換え生物を使用しないことから、発酵残渣は配合飼料として回収するなどして利用することができ、産業上利用性が高い発明である。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の、バイオマス作物からのエタノール製造方法の基本構成を示すフロー図である。
【図2】本発明のトウモロコシを原料とするエタノール製造法の実施例を示すフロー図である。
【図3】従来のバイオマス作物からのエタノール製造法を示すフロー図である。
【符号の説明】
【0035】
1…バイオマス作物(全体)
2A…デンプン分解性糸状菌による麹
2C…セルロース分解性糸状菌による麹
3…原料混合物(発酵原料)
4…エタノール
P1A、P1C…製麹工程
P2…混合工程
P3…並行複発酵工程


【特許請求の範囲】
【請求項1】
デンプン質およびセルロース質を含むバイオマス作物からのエタノール製造方法であって、デンプン質を主体とする部位とセルロース質を主体とする部位に分別しないバイオマス作物全体を用いて、デンプン分解性糸状菌による麹と、セルロース分解性糸状菌による麹を別々に調製し、両麹を該バイオマス作物全体と混合し、最終的にエタノールを得る、バイオマス作物からのエタノール製造方法。
【請求項2】
デンプン質およびセルロース質を含むバイオマス作物からのエタノール製造方法であって、デンプン質を主体とする部位とセルロース質を主体とする部位に分別しないバイオマス作物全体を用いて、デンプン分解性糸状菌による麹と、セルロース分解性糸状菌による麹を別々に調製し、両麹を該バイオマス作物全体と混合して原料混合物とし、該原料混合物の並行複発酵によってエタノールを得る、バイオマス作物からのエタノール製造方法。
【請求項3】
前記並行複発酵は、半固体状態にてなされる半固体発酵であることを特徴とする、請求項2に記載のバイオマス作物からのエタノール製造方法。
【請求項4】
前記半固体発酵は、前記原料混合物中の乾物重量に対する水分量が3倍以上5倍以下であることを特徴とする、請求項3に記載のバイオマス作物からのエタノール製造方法。
【請求項5】
前記バイオマス作物はトウモロコシであり、前記デンプン質を主体とする部位は子実部、前記セルロース質を主体とする部位は茎葉部であることを特徴とする、請求項1ないし4のいずれかに記載のバイオマス作物からのエタノール製造方法。
【請求項6】
デンプン質およびセルロース質を含むバイオマス作物からのエタノール製造に用いる発酵原料であって、デンプン質を主体とする部位とセルロース質を主体とする部位に分別しないバイオマス作物全体を用いてこれを三部に分け、その一部からデンプン分解性糸状菌により調製した麹と、他の一部からセルロース分解性糸状菌により調製した麹とを、残る一部に混合してなる、エタノール製造用発酵原料。
【請求項7】
トウモロコシからのエタノール製造に用いる発酵原料であって、トウモロコシを子実部と茎葉部に分別しない全草を用いてこれを三部に分け、その一部からデンプン分解性糸状菌により調製した麹と、他の一部からセルロース分解性糸状菌により調製した麹とを、残る一部に混合してなる、エタノール製造用発酵原料。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−219424(P2009−219424A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−66906(P2008−66906)
【出願日】平成20年3月16日(2008.3.16)
【出願人】(309015019)地方独立行政法人青森県産業技術センター (52)
【出願人】(504229284)国立大学法人弘前大学 (162)
【出願人】(000129851)株式会社ケイセブン (39)
【上記2名の代理人】
【識別番号】100119264
【弁理士】
【氏名又は名称】富沢 知成
【Fターム(参考)】