説明

バイオマス前処理

イオン性液体前処理を使用することにより、糖生成の収率及び速度の改良されたリグノセルロースの糖への変換法が開発された。この新規な前処理戦略は、実質的にリグノセルロース系バイオマスの糖化の効率を改良する(収率及び反応速度に関して)。セルロース及びヘミセルロースは、それらの糖に加水分解されると、よく確立された発酵技術によってエタノール燃料に変換することができる。これらの糖は、様々な化成品及びポリマーの製造原料にもなる。バイオマスの複雑な構造は、セルロース及びヘミセルロース成分のそれらの構成糖への効率的な糖化を可能にするために適切な前処理が必要となる。現行の前処理手法は、セルロース加水分解(酵素のセルラーゼを用いる)の反応速度の遅さ及び収率の低さに苦しんでいる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リグノセルロース系バイオマスの糖への変換に関する。さらに詳しくは、リグノセルロース系バイオマスを最初にイオン性液体で前処理することに関する。
【背景技術】
【0002】
リグノセルロース系バイオマスにおいて、結晶性セルロース小繊維(fibril)は低組織化ヘミセルロースマトリックス中に包埋され、そのヘミセルロースマトリックスは外側のリグニンシールに包囲されている。天然のセルロース材料を加水分解酵素と接触させると、一般的に、理論的に予測される結果の20%未満のセルロース加水分解収率しか得られない。そこで、バイオマス中の多糖類(セルロース及びヘミセルロース)の酵素的加水分解を試みようとするときにはその前に必ずバイオマスの何らかの“前処理”が実施される。前処理とは、リグノセルロース系バイオマスを、セルラーゼ酵素系に対して抵抗性であるその天然型から、セルロース加水分解を効果的にするための形態に変換するプロセスのことを言う。未処理のバイオマスと比較すると、効果的に前処理されたリグノセルロース系材料は、セルラーゼ酵素が接近しやすい増大された表面積(多孔性)、及びリグニンの可溶化又は再分配を特徴とする。多孔性の増大は、主にセルロース結晶化度の破壊、ヘミセルロースの破壊/可溶化、及びリグニンの再分配及び/又は可溶化の組合せによってもたらされる。これらの要因のいくつか(又は全部)を達成することにおける相対的有効性は、様々な既存の前処理法によって大きく異なる。これらの前処理法には、希酸、蒸気爆砕、ハイドロサーマル法、水性媒体中で有機溶媒を使用する“オルガノソルブ”法、アンモニア繊維爆砕(AFEX)、アンモニア、NaOH又は石灰などの塩基を用いる強アルカリ法、及び高濃度リン酸処理などが含まれる。これらの方法の多くは、迅速なセルロース消化性を達成するために不可欠な特質であるセルロース結晶化度を破壊しない。また、これらの方法の一部は、前処理に使用された化学薬品の“容易な回収”をしにくい。
【0003】
既存の前処理技術のうち、先導的技術の協調的開発に関する報告が最近なされた(C.E.Wymanら、Bioresource Technology,(2005)96,1959)。研究者の共同体(Biomass Refining Consortium for Applied Fundamental and Innovation(CAFI))が、よく特徴付けされた単一原料、すなわちコーンストーバー(トウモロコシ茎葉)の、いくつかの、続いて有望な前処理技術による前処理を、共通の分析法及び一貫したアプローチによるデータ解釈を用いて研究した(C.E.Wymanら、Bioresource Technology,(2005)96,2026)。特に下記の技術が調査された。(1)希酸加水分解(T.A.Lloyd及びC.E Wyman、Bioresource Technology,(2005)96,1967)、(2)アンモニア繊維爆砕(AFEX)技術(F.Teymouriら、Bioresource Technology,(2005)96,2014)、(3)pH制御液体熱水処理(N.Mosierら、Bioresource Technology,(2005)96,1986)、(4)アンモニア水リサイクルプロセス(ARP)(T.H.Kim及びY.Y.Lee,Bioresource Technology,(2005)96,2007)、及び(5)石灰前処理(S.Kim及びM.T.Holzapple,Bioresource Technology,96,(2005)1994)である。上記方法はいずれも二つのステップを有する。すなわち、前処理ステップ(洗浄ストリームに至る)と、前処理されたバイオマスの酵素的加水分解ステップ(加水分解物ストリームを生ずる)である(図2)。これら二つの流出ストリーム中の五及び六炭糖並びにそれらのオリゴマーの合計総量を用いて、これらの各方法における総糖収率が見積もられた。
【0004】
上記方法において、前処理ステップが実施されるpHは、希酸加水分解〜熱水前処理〜アルカリ試薬法(AFEX、ARP、及び石灰前処理)の順に次第に増大する。希酸及び熱水処理法はほとんどヘミセルロースを可溶化するが、アルカリ試薬を用いる方法は前処理ステップ中に大部分のリグニンを除去する。その結果、前者の方法の前処理ステップからの洗浄ストリームはほとんどヘミセルロースに基づく糖を含有しているが、高pH法の場合、このストリームはほとんどリグニンを有する。その後の残留バイオマスの酵素的加水分解は、アルカリ系の前処理法では混合糖(C5及びC6)をもたらすが、低及び中性pH法からの加水分解物においてはグルコースが主生成物となる。残留バイオマスの酵素的消化性は、高pH法の方が、セルラーゼ酵素のセルロースへの接近性を妨害しうるリグニンが除去されるために、いくらか良い。これらの方法はいずれも、ヘミセルロース及びリグニンの解重合/溶融に関与する物理化学的現象を促進するために、水の標準沸点より十分高い温度で水性媒体中で実施され、高圧環境(6〜20atm)を必要とする。また、これらの方法のいずれも、バイオマス中のセルロースの結晶化度を効果的に破壊できない。さらに、これらの方法の中には、ほとんどのキシロースをキシロオリゴ糖の形態で放出するものもある。キシロオリゴ糖は多くの微生物によって容易に発酵されないので、それらをモノマー種に分解するのに追加のステップを要する。最後に、これらの先導的前処理技術の比較経済分析によれば(T.Eggeman及びR.T.Elander,Bioresource Technology,(2005)96,2019)、それらはいずれも、コーン乾式粉砕と比べて資本集約的であり、商業化するためには著しいプロセス改良が必要であることが示されている。
【0005】
エタノール及びメタノールのような溶媒を(水性媒体中で)使用するオルガノソルブ法及びNaOHのような塩基を用いる方法も文献では示唆されている。これらの方法もリグニンの溶解は可能であるが、セルロースの結晶化度の破壊はできない。さらに、コストが非常に高いので、これらの方法は大量低価値商品の生産には競争力がないとみなされている。濃縮リン酸法(Zhang,Y−H Pら、Biotechnol.Bioeng.97:214−223)に関して得られる情報に基づくと、該方法はいくつかのステップを必要とする複雑な方法のようで、そのために全プロセスは高価なものになっている。しかしながら、使用される厳しい条件のために、この前処理法によって非晶質セルロースが得られる。
【0006】
イオン性液体を用いる純セルロースの溶解及び処理は以前に報告されている(Swatloski,R.P.,Rogers,R.D.,Holbrey,J.D.,米国特許第6,824,599号、2002;Holbrey,J.D.,Spear,S.K.,Turner,M.B.,Swatloski,R.P.,Rogers,R.D.,米国特許第6,808,557号、2003)。最近の仕事において我々は、イオン性液体前処理によってセルロースの酵素的加水分解に対する抵抗性を緩和する効果的な手法を報告した(Dadi,A.,Schall,C.A.,Varanasi,S.,“”,Applied Biochemistry and Biotechnology,vol.136−140,p407,2007;Varanasi,S.,Schall,C.,及びDadi,A.,米国特許出願:2007年2月)。この手法は、イオン性液体を利用してAvicelのような純結晶性セルロース材料の構造を開き、該材料をセルラーゼ酵素に接近しやすくしたものであるが、本発明の主題であるリグノセルロース系バイオマスの前処理に特別に向けたものではなかった。こうした背景の中、極めて最近、イオン性液体の使用によるバイオマスからのセルロースの単離(Fort,D.A.,Remsing,R.C.,Swatloski,R.P.,Moyna,P.,Moyna,G.,Rogers,R.D.,Green Chemistry 9:63−69,2007)及びイオン性液体へのバイオマスの完全溶解(Vesa,M.Aksela,R.,欧州特許WO2005017001,2005)が研究されていたことに注意する。前者の応用は、材料開発のためにバイオマスのセルロース部分の“無傷回収”に焦点を当てているが、後者はバイオマスの“完全溶解”をもたらすIL(イオン性液体)及び条件の特定を目的としている。しかしながら、現在、リグノセルロース系バイオマスの多糖部分を迅速及び効率的に糖化するのに使用できる高収率の前処理法は得られていない。本発明は、バイオマスの三つの主成分(すなわち、リグニン、ヘミセルロース及びセルロース)のILに対する異なる“親和性”を利用し、セルロース部分の結晶化度の破壊における一部のILの独自能力(水素結合構造を破壊することによる)も組み合わせて、バイオマスの多糖部分を効率的に糖化するためのスキームを考案する。本発明は、バイオマスからのセルロースの抽出も、バイオマスのILへの溶解も必要としない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】米国特許第6,824,599号
【特許文献2】米国特許第6,808,557号
【特許文献3】WO2005017001
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】C.E.Wymanら、Bioresource Technology,(2005)96,1959
【非特許文献2】C.E.Wymanら、Bioresource Technology,(2005)96,2026
【非特許文献3】T.A.Lloyd及びC.E.Wyman、Bioresource Technology,(2005)96,1967
【非特許文献4】F.Teymouriら、Bioresource Technology,(2005)96,2014
【非特許文献5】N.Mosierら、Bioresource Technology,(2005)96,1986
【非特許文献6】T.H.Kim及びY.Y.Lee,Bioresource Technology,(2005)96,2007
【非特許文献7】S.Kim及びM.T.Holzapple,Bioresource Technology,96,(2005)1994
【非特許文献8】T.Eggeman及びR.T.Elander,Bioresource Technology,(2005)96,2019
【非特許文献9】Zhang,Y−H Pら、Biotechnol.Bioeng.97:214−223
【非特許文献10】Dadi,A.,Schall,C.A.,Varanasi,S.,“”,Applied Biochemistry and Biotechnology,vol.136−140,p407,2007
【非特許文献11】Fort,D.A.,Remsing,R.C.,Swatloski,R.P.,Moyna,P.,Moyna,G.,Rogers,R.D.,Green Chemistry 9:63−69,2007
【発明の概要】
【0009】
リグノセルロース系バイオマスは、液体輸送燃料、化成品及びポリマーに変換できる豊富な国産の再生可能資源であるため、魅力的な原料である。リグノセルロースの主成分は次の通りである。(1)ヘミセルロース(20〜30%)、すなわち五及び六炭糖の非晶質ポリマー;(2)リグニン(5〜30%)、すなわちフェノール系化合物の高架橋ポリマー;及び(3)セルロース(30〜40%)、すなわちセロビオース(グルコースダイマー)の高結晶性ポリマー。セルロース及びヘミセルロースは、それらの糖に加水分解されると、よく確立された発酵技術によってエタノール燃料に変換することができる。これらの糖は、様々な化成品及びポリマーの製造用原料にもなる。バイオマスの複雑な構造のために、セルロース及びヘミセルロース成分のそれらの構成糖への効率的な糖化を可能にするには適切な前処理が必要となる。現行の前処理手法は、セルロース加水分解(酵素のセルラーゼを用いる)の反応速度の遅さ及び糖収率の低さに苦しんでいる(C.E.Wymanら、2005、Bioresource Technology;96,1959)。
【0010】
イオン性液体(IL)前処理を使用することにより、糖生成の収率及び速度の改良されたリグノセルロースの炭水化物の糖への変換法が開発された。この新規な前処理戦略は、実質的にリグノセルロース系バイオマスの糖化の効率を改良する(収率及び反応速度に関して)。このIL前処理法の、バイオマスからの糖生成の全体的経済に大きな影響を及ぼす(そして大部分の先導的方法とは全く対照的な)その他の独自の特徴は、その(i)天然セルロース構造を破壊できるILで様々なリグノセルロース系バイオマス源を処理できる能力、(ii)インキュベーション時に高いバイオマス対IL比を扱える能力、(iii)非常に低い酵素装填量で糖化を達成できる能力、(iv)大きいバイオマス粒子についてもうまく実施できる能力、(v)バイオマスの前処理に使用されたILの完全回収(容易な手段による)及び複数回再使用の可能性、(vi)構成糖のダウンストリーム処理を阻害しうる化合物を含まない加水分解物を製造する能力(エタノール及び乳酸の製造によって例示されるような)、及び(vii)糖化後バイオマス中の大部分のリグニンの回収を可能にすることである。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、本発明の前処理法の前及び後のバイオマスの概略図である。リグニン、ヘミセルロース及びセルロースは、図中でそれぞれ黒、緑、及び青の領域として示されている。未処理のバイオマスでは、高結晶性セルロース小繊維は低組織化ヘミセルロースマトリックス中に包埋され、そのヘミセルロースマトリックスはリグニン外被に包まれている(図の左側の絵)。バイオマスの理想的な前処理は下記の作業、すなわち、(i)リグニン外被の追い出し(displace)/除去、(ii)ヘミセルロースの開放/除去、及び(iii)セルロースフラクションの結晶化度の低減/排除を可能にすべきである。図はこれら三つの作業を2ステップで行っている様子を描いている。ステップ1は作業(i)及び(ii)を含み、ステップ2は作業(iii)を表している。既存のほとんどの前処理法は、作業(i)及び(ii)(すなわちステップ1)を達成するのみで、ステップ2は達成していない。しかしながら、ステップ2は、加水分解を効率的に達成するのに必要な時間及び酵素装填量の削減にとって非常に重要である。
【図2】図2は、リグノセルロース系バイオマスから燃料及び化成品を製造するための“糖プラットフォーム”のプロセス概略図である。
【図3】図3は、バイオマスのイオン性液体前処理の主な処理ステップを示す。バイオマスは、イオン性液体とのインキュベーションと、その後のアルコール又は水のような洗浄溶媒によるIL抽出によって前処理される。次に、処理されたバイオマスは、遠心分離又はろ過によってイオン性液体/洗浄溶媒の溶液から分離でき、加水分解(糖化)反応器に送られる。洗浄溶媒(すなわち、メタノール、エタノール又は水)は、不揮発性のイオン性液体からフラッシュ蒸留ステップで分離でき、イオン性液体は前処理タンクにリサイクルされ、溶媒はバイオマス洗浄ステップにリサイクルされる。酵素も糖化反応器から回収及びリサイクルできる。糖化後の残留固体部分はほとんどがリグニンで、これも更なる処理のために回収できる。
【図4】左側のバイアルは、120℃で1時間のインキュベーション後、ポプラ/ILブレンド中に33重量%のポプラを含有する。右側のバイアルは、未処理ポプラとIL(固体状態)を室温で含有する。この重量分率でのインキュベーション後、IL処理ポプラに著しい膨潤(〜100%)が観察された。
【図5】図5は、一般的なイミダゾリウムベースのイオン性液体の構造を示す。
【図6】図6は、一般的なピリジニウムベースのイオン性液体の構造を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、リグノセルロース系バイオマスの前処理のための新戦略であって、その炭水化物の効率的かつ迅速な酵素的加水分解を促進するためにイオン性液体(IL)を使用することによる方法である。
【0013】
農業廃棄物(例えばコーンストーバー)及び林業廃棄物(例えばおがくず)並びに草本作物(例えばスイッチグラス)及び木材(例えばポプラの木)作物を含むリグノセルロース系バイオマスは十分に豊富で、燃料及び化成品を製造するための主要資源を提供している。リグノセルロース系バイオマスでは、結晶性セルロース小繊維は低組織化ヘミセルロースマトリックス中に包埋され、そのヘミセルロースマトリックスは外側のリグニンシールに包囲されている。多糖類、セルロース及びヘミセルロースの、それらの単糖類への化学的/生化学的加水分解は、バイオマスから燃料及び化成品を製造するのに有用な基本的前駆体を提供する(いわゆる“糖プラットフォーム”)。しかしながら、セルロース系バイオマスは、加水分解時に糖の高収率を実現するために前処理されなければならない。図1は、前処理の前及び後のバイオマスの概略図である。
【0014】
図2は、バイオマスから糖を製造するための典型的なプロセスの概略図である。最もコストのかかるステップの一つである前処理は、糖製造における前(例えばサイズ縮小)及び後(例えば酵素的加水分解)の操作両方のコストに対して大きな影響を及ぼしている。
【0015】
イオン性液体は極めて低揮発性なので、溶媒として使用する場合、揮発性成分の放出に寄与しない。この意味において、それらは環境的に良好な溶媒である。ILはセルロース及びリグノセルロースを溶解するように設計されている。溶解後、セルロースは抗溶媒(anti-solvent)の使用によって再生できる。しかしながら、リグノセルロース材料(特に木材)のIL中への完全溶解は難しく、部分溶解でさえもバイオマスをIL中で非常に長時間高温でインキュベーションすることを必要とする。その場合でも、再生後、セルロースの高収率は一般的に達成されない(Fort,D.A.ら、2007,Green.Chem.:9,63)。
【0016】
我々の発明は、イオン性液体の使用に対する上記旧来の手法とは次の点で異なる。すなわち、我々はリグノセルロースの溶解を目指すというより、主にリグニン外被を破壊し、残りのバイオマス構造を著しく膨潤(少なくとも30%)させるのに十分な極めて短時間リグノセルロースをILと接触させることを目指している。この前処理は、その後の酵素的加水分解プロセスを比較的短時間で進行させるほか、グルコース糖の定量的収率及びペントース糖の高収率を得ることも可能にする。イミダゾリウム、ピロリジニウム、ピリジニウム、ホスホニウム、又はアンモニウム及びそれらのすべての官能化類似体を含むカチオン構造によって表される、水素結合構造を破壊してバイオマス中のセルロースの結晶化度を低減できるいずれのイオン性液体も本明細書中に概説した前処理戦略に使用できる。例えば、図5{式中、R1、R2、R3、R4、及びR5はそれぞれ、水素、1〜15個の炭素原子を有するアルキル基又は2〜10個の炭素原子を有するアルケン基であり、前記アルキル基はスルホン、スルホキシド、チオエーテル、エーテル、アミド、ヒドロキシル、又はアミンで置換されていてもよく、そして式中、Aは、ハライド、ヒドロキシド、ホルメート、アセテート、プロピオネート、ブチレート、合計10個までの炭素原子を有する任意の官能化モノ−又はジ−カルボン酸、スクシネート、ラクテート、アスパルテート、オキサレート、トリクロロアセテート、トリフルオロアセテート、ジシアナミド、又はカルボキシレートである}に示されるような構造である。ILの構造の別の例は、図6{式中、R1、R2、R3、R4、R5、及びR6はそれぞれ、水素、1〜15個の炭素原子を有するアルキル基又は2〜10個の炭素原子を有するアルケン基であり、前記アルキル基はスルホン、スルホキシド、チオエーテル、エーテル、アミド、ヒドロキシル、又はアミンで置換されていてもよく、そして式中、Aは、ハライド、ヒドロキシド、ホルメート、アセテート、プロパノエート、ブチレート、合計10個までの炭素原子を有する任意の官能化モノ−又はジ−カルボン酸、スクシネート、ラクテート、アスパルテート、オキサレート、トリクロロアセテート、トリフルオロアセテート、ジシアナミド、又はカルボキシレートである}に示されている。ハライドは、クロリド、フルオリド、ブロミド又はヨージドであり得る。
【0017】
また、式1:
【0018】
【数1】

【0019】
によって記載される組成を有するイオン性液体混合物を使用することもできる。
【0020】
式1において、CはILのカチオンを示し、AはILのアニオン成分を示す。混合物に添加される追加の各ILは、前の成分と同じカチオン又は前の成分と同じアニオンのいずれかを有し、カチオンとアニオンの独自の組合せにおいてのみ最初と異なる。例えば、共通のカチオン及びアニオンが使用されているが各個別のIL成分は異なる下記の5成分のIL混合物:
[BMIM][Cl]+[BMIM][PF]+[EMIM][Cl]+[EMIM][PF]+[EMIM][BF
が考えられる。イオン性液体の最終混合物は、様々な官能化カチオン及びアニオンのモルパーセントによって定義できるとおり、絶対組成が変動することになる。従って、該混合物は、式1によって定義されるとおり、様々な重量百分率の各利用成分で構成されることになろう。
【0021】
我々は、本発明でバイオマスを前処理するための“新規IL”、すなわち我々によって合成された1−エチル−3−メチルイミダゾリウムプロピオネート(EMIM−Pr)を含むいくつかのそのような代表的溶媒の使用を例示する(実施例IV参照)。
【0022】
IL前処理プロセスの目標は、リグノセルロースの何らかの溶解を達成することではなく、リグノセルロースをILと十分な時間接触させて、リグニンを再分配し、そして残りのバイオマス構造を膨潤させ(図4に描かれている)、加水分解速度及びセルロースとヘミセルロースのそれらの構成糖への変換を増強することである。前処理されたバイオマス中のすべての炭水化物を糖に変換できる適切な酵素ミックスを用いた糖化の後、糖化反応器に残された大部分の固体はバイオマスのリグニン部分を表す。このことは、バイオマスからのリグニンの回収法を提供する。また、加水分解物の液体部分の限外ろ過は、再使用のための加水分解酵素を、いくつかの燃料及び化成品の製造用前駆体となる糖溶液から回収する手段も提供する(図3)。
【0023】
概説された前処理実施例における代表的リグノセルロース系材料として、コーンストーバー(農業廃棄物)及びポプラ(硬質木材)を使用した。全実験に使用されたコーンストーバー及びポプラ原料の組成分析を表1a及び表1bに示す。グルコースはセルロースから生成される唯一の糖であるが、ヘミセルロースからはすべてのその他のヘキソース及びペントース糖が誘導される。
【0024】
表1a. LAPS分析によるUSDAコーンストーバーの組成分析
【0025】
【表1a】

【0026】
表1b. LAPS分析によるポプラの組成分析
【0027】
【表1b】

【0028】
以下の代表的イオン性液体、1−n−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロリド(BMIMCl)/1−n−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート(EMIMAc)/1−エチル−3−メチルイミダゾリウムプロピオネート(EMIMPr)/1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロリド/3−メチル−N−ブチルピリジニウムクロリドの一つを乾燥コーンストーバー又はポプラの小粒子(−20+80メッシュサイズの粒子)と、〜50℃から200℃で様々な時間(〜5分から8時間)接触させた。バイオマスとのインキュベーションは、イオン性液体がインキュベーション中溶融状態である限り、従来の加熱又はマイクロ波照射を用いて実施できる。ILとインキュベートされたバイオマスは、次に代表的洗浄溶媒、すなわちメタノール/エタノール/水/アセトニトリル/ブタノール/プロパノールの一つと接触させた。洗浄溶媒はILと混合するので(あらゆる割合で)、インキュベートされたバイオマスからそれを抽出することができる。処理されたバイオマスは、次に遠心分離によってイオン性液体/洗浄溶媒の溶液から分離できる。ILが除去されたバイオマスは、次に市販のセルラーゼ系を用いて加水分解された。ILは、洗浄溶媒及び洗浄ステップに由来する何らかの溶解バイオマス成分から、適切な分離法によって回収できる。適切な分離法とは、以下の一つ又は複数を含む。すなわち、活性炭処理、蒸留、膜分離、電気化学的分離技術、固相抽出、及び液−液抽出である。次に、イオン性液体は前処理タンクにリサイクルできる。洗浄溶媒も、ILとインキュベートされたバイオマスの洗浄に再使用するためにリサイクルできる。多糖類からそれらの単糖類への変換率が高いため、酵素も糖化反応器から回収され、リサイクルできる可能性がある。ILがリサイクルされる前に洗浄溶媒(水)が完全に除去される必要はない(実施例VIII参照)。他の多くの前処理法は、プロセスで使用された化学薬品の容易な回収をしにくい。図3は、この前処理プロセスのプロセス概略図である。
【0029】
以下の実施例I〜IV及び関連の表2〜8に我々のIL前処理法の代表的結果を示す。ILによるバイオマス(コーンストーバー及びポプラ)の前処理において、グルカン(セルロース)からグルコースへの〜90%変換が約16時間で達成されたほか、キシラン(ヘミセルロース由来)からキシロースへの高変換(〜50%から70%)も達成された。両多糖類の糖化にはセロビアーゼを補給したセルラーゼのみが用いられた。グルカン(セルロース)のグルコースへの変換は、温度の増加に従って単調に増加する。キシラン(ヘミセルロース)のキシロースへの変換は、一般的にIL温度の増加とともに増加するが、極めて高温では減少しうる。前処理条件の最適化は、糖化ステップでグルカン及びキシラン両方のそれらの単糖類への高変換をもたらすことを示している。
【0030】
未処理のコーンストーバーバイオマスは36時間で27%のグルカン変換しかもたらさず、大部分の確立された前処理法は加水分解を完了するのに72〜170時間かかる。BMIMCl/EMIMAc/EMIMPrを用いるコーンストーバー及びポプラの前処理の詳細に関しては実施例にさらに詳しく提供されている。
【0031】
CAFIの研究[Wyman,C.E.ら、Bioresource Tech.2005.96:p.2026−2032]に含まれているその他の前処理法の場合、グルカン(セルロース)のグルコースへの、及びキシラン(ヘミセルロース)のキシロースへの変換は、酵素装填量15FPU/gグルカン(我々の糖化データで使用されたのと同じ装填量)で72時間加水分解(図2、ステップ2)した後に報告された収率から計算できる。グルカンからグルコースへの変換は85〜96%の間で変動した。キシランからキシロースへの変換は5〜91%の間で変動した。このキシロースへの変換は、AFEXの場合を除いてほぼ例外なく前処理ステップ中に起きた(図2、洗浄ストリーム)。AFEXでは、キシラン変換は加水分解ステップで起き、キシロースへは78%の変換、キシロース+可溶性キシロースオリゴマーへは91%の変換であった。グルカンからグルコースへの高変換は我々のIL前処理では24時間未満で達成され、CAFIによって報告された代替前処理技術より優る。IL前処理を用いたキシロース変換もCAFIによって報告された結果を凌ぐ。多くの代替前処理(AFEX以外)は、酵素添加の前にキシランの加水分解をもたらす。我々の結果からは、IL前処理中にはキシランの加水分解もヘミセルロースの誘導体化もほとんど起こらないようである。キシランは次に、我々の予備研究で使用されたセルラーゼ混合物による酵素触媒加水分解に使用可能である。我々の酵素混合物に追加のキシラナーゼ及びアラビナーゼを用いると、キシロース収率がさらに改良される可能性がある。
【0032】
さらに、ほとんどの水ベースの前処理法と異なり、IL前処理はインキュベーションステップ中に糖又はそれらの分解産物を生成しない。なぜならば、これらは一般的に水の存在を必要とする加水分解物だからである。糖は酵素添加時にのみ生成する。糖のその後の処理(例えばアルコール及び乳酸への発酵)に対して阻害的であることが分かっている糖分解産物が存在しなければ、加水分解物の“コンディショニング”(これらの阻害産物を除去するための)の追加ステップの必要性が排除される。(実施例XI及びXII参照)。
【0033】
24時間の加水分解は、コーンストーバーのAFEX前処理法で報告されたものを用いて、さらに直接的に比較することができる。15FPU/gグルカンのセルラーゼ酵素装填量で、AFEX法ではグルカン変換は約62%及びキシラン変換は約45%であった[Teymouri,F.ら、Bioresource Tech.,2005.96(18):p.2014−2018]。同じセルラーゼ装填量でIL前処理を用いると、コーンストーバーのグルカンの24時間変換は80%を超え、キシラン変換は〜45%であった。ポプラのグルカン変換は90%を超え、キシランの単糖類への変換はIL前処理を用いると65%を超えた。
【0034】
文献で提案されている大部分の前処理法は、リン酸処理[Zhang,Y.−H.Pら、Biomacromolecules,2006.7(2):p.644−648]を除いて、迅速なセルロース消化性(加水分解)を達成するために不可欠な特質であるセルロース結晶化度の破壊をしない。バイオマスの結晶化度の測定はX線粉末回折(XRD)データの解釈を通じて得ることができる。IL前処理後のポプラの結晶化度はXRDを用いて測定され、結晶化指数CrIはセルロース用に開発された標準技術を用いて計算された[Segal,L.ら、Text.Res.J.,1959.29:p.786−94]。天然ポプラは40〜50の測定CrIを有する。約10というCrIは、セルロース部分のほぼ完全な脱結晶化を示す。表18に示されているように、糖化速度論とCrIとの間には強い相関関係がある。このデータは、IL前処理が他のほとんどの前処理法と比べて著しく速い速度で糖化を達成できる理由を説明している。
【0035】
IL前処理によるこれらの観察された迅速な加水分解速度は、他のほとんどの前処理法で従来使用されているのと比較してずっと“少ない酵素装填量”を用いて糖化を達成する可能性も広げている。実際、実施例Vに示されているように、我々は酵素装填量を大部分のCAFI研究で使用されていた量(すなわち、グルカン1gあたり15FPUのセルラーゼ及び60CBUのβ−グルコシダーゼ)の2/3又は1/3に削減したのに、同等のグルコース及びキシロース収率を達成することができた(表9参照)。これは非常に重要な結果である。なぜならば、酵素の費用はバイオマスから糖を製造する総費用に著しく寄与するからである。
【0036】
IL前処理はバイオマス構造を膨潤させるのにちょうど足る程度のILしか必要としないので、インキュベーションステップ中、最小量のIL使用で非常に大量のバイオマスを処理することができる。このことは実施例IIIに示されており、1:2という高さのポプラ対ILの重量比がインキュベーションステップで使用された。このように高いポプラ装填量で、インキュベートされた混合物は基本的に図4に示されているように湿膨潤粉末となる。この湿潤粉末は、ILの洗浄除去後、酵素加水分解されると、表6から分かるように非常に高いグルコース及びキシロース変換をもたらす。
【0037】
我々は、実施例VIII(表13〜17)に示されているように、前処理溶媒(すなわちIL)の使用を著しく低減できただけでなく、インキュベートされたバイオマスを洗浄溶媒で数回洗浄することによってそれを完全に(〜100%)回収することもできた。この実施例は、バイオマスの有効表面積が非常に大きい高バイオマス/IL比の場合でも、ILはいかなるバイオマス成分にも非可逆的に吸着しないことを証明している。
【0038】
我々は、ILを、IL/洗浄溶媒の混合物から、洗浄溶媒(エタノール及び/又は水)を極めて低揮発性のILから蒸発させることによって回収した。次に、回収されたILは、追加のクリーニングステップなしに次のバイオマス前処理サイクルで一定の前処理条件で使用された。我々はリサイクルされたILを繰り返し使用したが、バイオマスの前処理におけるその有効性の喪失は、実施例IXに示されているように15サイクル後でも、何ら認められなかった(表19、20、及び21参照)。ILを最小限のクリーニングで繰り返し再使用できるこの能力は、IL前処理の経済に計り知れない影響をもたらすであろう。
【0039】
リサイクルされたIL中の残留水は、セルロースに結晶性を付与している鎖間及び鎖内水素結合を切断するILの能力を低下させうる。バイオマスの膨潤に影響を行使するために、セルロース水素結合のいくつかは破壊されなければならない。そこで、我々は、溶解水がバイオマス前処理溶媒としてのILの性能に影響を及ぼしていると予想する。IL中の許容含水量は二つの側面で前処理法の経済に影響を及ぼしうる。第一に、それ(IL中の許容含水量)はILが再使用されうる前にILはどのくらい乾燥していなければならないかを決める。第二に、それはILとのインキュベーション時にバイオマスはどのくらい乾燥していなければならないかを決める。実施例VIIで、我々はILの含水量がその有効性に及ぼす影響を調べ、ILの有効性は、溶解水の含有量が約15重量%を超えるまでは何ら感知できるほどに損なわれないことを観察した(表12参照)。
【0040】
大きいバイオマス粒子でも効率的に働く前処理法は、原料の予備加工(サイズ縮小)に伴うエネルギー要件(ひいては費用)は前処理のための許容可能な“平均粒径”が増大するに従って指数関数的に減少するので、特に有用である。そこで、実施例VIで我々は、我々の前処理技術においてバイオマスの粒径が糖化速度及び糖の収率に及ぼす影響を調べた。我々の前処理技術は、850μm〜180μmのサイズ範囲の粒子で等しく良く働くことが示された(表10参照)。
【0041】
我々のIL前処理−糖化技術は、バイオマス中のリグニンを糖化後固体残渣の形態で回収することも可能にする(実施例X)。
【0042】
最後に、ポプラのIL前処理後に得られた加水分解物中の糖は、更なるコンディショニングも加水分解物中の何らかの残留微量ILからの悪影響もなしに、燃料エタノール(実施例XI)又は乳酸(実施例XII)のようなその他のバイオ製品に変換することができる。この残渣の更なる化学的/生化学的処理によって、燃料、化成品、ポリマー及びその他の材料の製造に使用できる化合物がもたらされる。
【実施例】
【0043】
実施例I:様々な温度/時間でBMIMClにより前処理されたコーンストーバー
グルカン及びキシランのそれらの単糖類への最適な変換を達成するために、インキュベーションの時間と温度を体系的に変動させた。コーンストーバーをBMIMCl中で10分間、1又は3時間、及び130℃又は150℃でインキュベートした。
【0044】
前処理:コーンストーバーをILと混合して、混合物中5重量パーセントのバイオマス(5%w/w)を形成させた。該混合物をミキシングしながら130又は150℃で10分間、1時間及び3時間インキュベートした。水の添加によってイオン性液体をバイオマスから抽出し、遠心分離し、そして上清を除去した。固体残渣をILが完全に抽出されるまで洗浄した。
【0045】
酵素加水分解:洗浄した固体を反応緩衝液(0.05Mクエン酸Na緩衝液、pH4.8)に加え、緩衝液中1重量パーセントのバイオマス固体混合物を形成させた。市販のセルラーゼ、Spezyme CPを20FPU/gコーンストーバー(60FPU/gグルカン)の濃度で使用した。ここで、FPUとはろ紙単位 (filter paper unit、ろ紙分解活性)を表す。40CBU/gコーンストーバー(120CBU/gグルカン)のNovozyme 188の添加によってβ−グルコシダーゼを補給した。ここで、CBUとはセロビアーゼ単位を表す。グルコース及びキシロースへの変換率は、前処理ステップで添加されたコーンストーバーの質量及びコーンストーバーのグルカン及びキシラン含有量に基づく(表1a)。糖濃度は、屈折率検出を備えた高速液体クロマトグラフィーを用いて分析した。
【0046】
結果:コーンストーバーのグルカン及びキシランの、それぞれグルコース及びキシロースへの変換を、酵素加水分解中の時間の関数として表2及び3に示す。ILによる前処理は、未処理のコーンストーバーサンプルと比べて、グルカンのグルコースへの加水分解速度の著しい増加をもたらした(表2)。キシランのキシロースへの変換も、未処理のコーンストーバーと比べた場合、IL前処理によって増加した(表3)。150℃で1時間前処理されたバイオマスは、糖化(酵素加水分解)すると、36時間以内の加水分解でセルロースのグルコースへの100%変換及びキシランのキシロースへの61%変換を達成した。この結果は、ほとんどの既存の前処理法が90%を超えるセルロース変換を実現するのに72〜170時間の加水分解を必要とするので、意義深い。
【0047】
IL中でバイオマスを150℃で1時間より長くインキュベートしてもキシロース収率は改良しないようである。ただし、それでも100%のグルコース収率は実現される。実際、150℃で3時間インキュベートすると、150℃での1時間のインキュベーションと比べてキシロース収率が低下するようである(表3)。
【0048】
表2.様々なインキュベーション時間及び温度でのコーンストーバーのグルカンのグルコースへの変換率(加水分解(Hyd)時間の関数として)
【0049】
【表2】

【0050】
表3.様々なインキュベーション時間及び温度でのコーンストーバーのキシランのキシロースへの変換率(加水分解時間の関数として)
【0051】
【表3】

【0052】
実施例II:EMIMアセテートによるコーンストーバー及びポプラ
1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート(EMIMアセテート)は、結晶性セルロースの水素結合構造を破壊する高い能力を有しているほか、室温で液体であり、BMIMClより低い融点を有している。こうした特質は、BMIMClと比べた場合、EMIMアセテートをプロセスの観点からより好都合な代表的ILにしている。本実施例では、EMIMアセテートを用いた前処理実験を記載する。
【0053】
コーンストーバーとポプラを粉砕し、篩分けして同じサイズに分離した(sieve cut)。該サンプルをEMIMAcと混合して5重量%バイオマスのバイオマス/IL混合物を形成させ、ミキシングしながら様々な温度及び時間でインキュベートした後、水で洗浄した。
【0054】
酵素加水分解:酵素加水分解の手順は実施例Iで概説したのと同じであるが(糖化緩衝液中1重量%のバイオマス)、ただし酵素装填量は下記のように変更した。報告されたグルコース及びキシロースへの変換率は、前処理ステップで添加されたバイオマス(コーンストーバー/ポプラ)の量及びこの量の糖含有量に基づいていた。サンプルを、固定された酵素装填量、15FPU/gグルカンのセルラーゼ(Spezyme CP)及び60CBU/gグルカンのβ−グルコシダーゼ(Novozyme 188)で加水分解した。
【0055】
結果:表4及び5から分かるように、グルカン(セルロース)のグルコースへの変換は、温度の増加に従って単調に増加する。キシラン(ヘミセルロース)のキシロースへの変換は、一般的にIL温度の増加とともに増加するが、高い前処理温度では減少することもある。
【0056】
表4.EMIMAc中、様々な前処理温度及び時間(第一のカラム)でインキュベートされたポプラについて、10及び24時間の酵素加水分解後のグルカン及びキシランのグルコース及びキシロースへの変換を示す。IL−バイオマス混合物中のバイオマスの重量分率は5%であった。
【0057】
【表4】

【0058】
表5.EMIMAc中、様々な前処理温度及び時間でインキュベートされたコーンストーバーについて、10及び24時間の酵素加水分解後のグルカン及びキシランのグルコース及びキシロースへの変換を示す。IL−バイオマス混合物中のバイオマスの重量分率は5%であった。
【0059】
【表5】

【0060】
実施例III:高いバイオマス比率でのポプラとEMIMアセテート
ポプラを粉砕し、篩分けして同じサイズに分離し、EMIMアセテートとインキュベートした後、水で洗浄した。サンプルをILと混合して様々な重量%バイオマスのバイオマス/IL混合物を形成させ、ミキシングせずに120℃で1時間インキュベートした。図4から分かるように、高い重量分率のバイオマス対ILで、IL取込み後にバイオマスの著しい膨潤が見られる。
【0061】
酵素加水分解:酵素加水分解の手順は実施例IIで概説したのと同じである。
【0062】
結果:表6から分かるように、24時間の酵素的糖化後のグルカン(セルロース)からグルコースへの変換は前処理で使用されたすべてのバイオマス分率で高い。
【0063】
表6.EMIMAc中、様々なバイオマス重量パーセントでインキュベートされたポプラについて、グルカン及びキシランのそれぞれグルコース及びキシロースへの変換を示す。IL−バイオマス混合物中のバイオマスの重量分率は様々に変動させた。33重量%のバイオマスの場合、48時間時点におけるグルカンのグルコースへの変換は89%であった。その他の重量分率の場合、24及び48時間時点におけるグルカンの変換はほとんど変化しなかった。
【0064】
【表6】

【0065】
実施例IV:前処理及び糖化ステップにおけるバイオマスの重量分率が高いポプラとEMIMプロピオネート又はアセテート
高い重量分率のバイオマスを処理できる室温IL(RTIL)は、本発明で提案しているIL前処理技術の商業的実施にとって特に有用である。RTILは室温又は室温付近で液体なので、前処理技術の異なるステップ(フロー、ミキシングなど)の容易及び経済的な実施を可能にする物理的性質を有する。さらに、RTILがセルロースの結晶化度を破壊する高い能力も有していれば、理想的な前処理溶媒であろう。“新規IL”であるEMIM−プロピオネート(我々によって合成された)及びEMIMアセテートはこれらの要件を満たす代表的ILである。本実施例では、これら二つのILの、高いバイオマス装填量での前処理(33%)及び糖化ステップ(10%)における性能を報告する。
【0066】
ポプラを1−エチル−3−メチルイミダゾリウムプロピオネート(EMIMPr)又はEMIMAc中でインキュベートした後、水で洗浄した。該サンプルをILと混合して33%重量のバイオマスのバイオマス/IL混合物を形成させ、ミキシングせずに120℃で1時間インキュベートした。
【0067】
酵素加水分解:酵素加水分解の手順は実施例IIで概説したのと同じであるが、ただし、酵素装填量は、糖化緩衝液中10重量%のバイオマスに対して10FPU/gグルカンのセルラーゼ及び60CBU/gグルカンのβ−グルコシダーゼであった。
【0068】
結果:表7及び8から分かるように、グルカン(セルロース)のグルコースへの変換は、前処理及び糖化ステップで使用された高いバイオマス分率で両ILとも高い。
【0069】
表7:EMIMアセテート中、33重量%のバイオマスでインキュベートされたポプラについて、グルカン及びキシランのグルコース及びキシロースへの変換を示す。
【0070】
【表7】

【0071】
表8:EMIMプロピオネート中、33重量%のバイオマスでインキュベートされたポプラについて、グルカン及びキシランのグルコース及びキシロースへの変換を示す。
【0072】
【表8】

【0073】
実施例V:前処理されたポプラの、低い酵素装填量による糖化
ポプラをEMIMAc中でインキュベートした後、水で洗浄した。サンプルをILと混合してIL中5重量%バイオマスのバイオマス/IL混合物を形成させ、ミキシングしながら120℃で30分間インキュベートした。
【0074】
酵素加水分解:酵素加水分解の手順は実施例IIで概説したのと同じであるが、ただし、グルカン1gあたりのセルロース及びβ−グルコシダーゼの装填量は変動させた。ポプラの質量並びにグルコース及びキシロースへの変換率は、前処理ステップで添加された量及びこの量の糖含有量に基づいていた。
【0075】
結果:表9から分かるように、低い酵素装填量で24時間の酵素的糖化後、グルカン(セルロース)のグルコースへの及びキシラン(ヘミセルロース由来)のキシロースへの高い変換が見られる。
【0076】
表9.EMIMアセテート中5重量パーセントでインキュベートされたポプラについて、グルカン及びキシランのグルコース及びキシロースへの変換を示す。酵素装填量は様々で、セルラーゼ及びβ−グルコシダーゼについてそれぞれグルカン1グラムあたりのFPU又はCBUで掲載されている。
【0077】
【表9】

【0078】
実施例VI:前処理された大きい粒径のバイオマス
ポプラ又はコーンストーバーバイオマスを粉砕し、異なるシーブカット(篩分け)画分に分離した。すなわち、
・シーブカット+20(850μm)の大きいサイズの粒子;
・シーブカット−20+80(粒径850μm未満及び180μmより大)の幅広いサイズの粒子;及び
・シーブカット−40+60(粒径425μm未満及び250μmより大)の粒子。
【0079】
バイオマスサンプルをEMIMアセテートと混合して5重量%バイオマスのバイオマス/IL混合物を形成させ、ミキシングしながら120℃で30分間インキュベートした。インキュベートされたサンプルは酵素加水分解の前に水洗された。
【0080】
酵素加水分解:酵素加水分解の手順は実施例IIで概説したのと同じである。
【0081】
結果:表10から分かるように、IL前処理は広範囲の粒径に対して有効であった。大粒子を使用しても、加水分解速度は微粉砕粒子と同様であった。
【0082】
表10:様々な粒径のポプラ及びコーンストーバーサンプルの酵素加水分解について、9及び24時間の糖化後のグルカンのグルコースへの及びキシランのキシロースへの変換。
【0083】
【表10】

【0084】
実施例VII:バイオマスのIL前処理に及ぼす水分の影響
セルロース鎖をその隣接鎖に結合させているすべての水素結合の完全切断が、セルロースを(半結晶性)固体セルロースマトリックスから溶解するのに必要な最初のステップである。IL中における相当量の溶解水の存在は、セルロースを溶解させるILの能力を妨害することがよく知られている。水は、セルロースに結晶性を付与している鎖間及び鎖内水素結合を切断するILの能力を低下させる。我々の前処理法は、バイオマスのセルロース部分をIL中に溶解させることを必要としないが、その膨潤に影響を行使するために、セルロース水素結合のいくつかは破壊されねばならない。そこで、我々は、溶解水がバイオマス前処理溶媒としてのILの性能に影響を及ぼしていると予想する。
【0085】
IL中の許容含水量は二つの側面で前処理法の経済に影響を及ぼしうる。第一に、それ(IL中の許容含水量)はILが再使用されうる前にILはどのくらい乾燥していなければならないかを決める。第二に、それはILとのインキュベーション時にバイオマスはどのくらい乾燥していなければならないかを決める。従って、我々の前処理技術の有効性に及ぼすILの含水量の影響を評価するために、本実施例で我々はバイオマスのインキュベーション前に様々な割合の水をILに意図的に加え(表11)、加水分解速度と得られた前処理バイオマスからの糖収率を測定した。
【0086】
前処理:ポプラをIL及び水と混合し、20重量%のバイオマス及び異なる重量%の水のバイオマス/IL/水の混合物を形成させた(表11)。該混合物をミキシングせずに120℃で1時間、閉容器中でインキュベートした後、水で洗浄した。
【0087】
表11:ポプラと、異なるwt%の水を含有するEMIMアセテートとのインキュベーション。IL及び水の重量は、これらの実験では20wt%のポプラ及び0〜20%の水を達成するように調整された。
【0088】
【表11】

【0089】
酵素加水分解:バイオマスの酵素加水分解の手順は実施例IIで概説したのと同じであるが、ただし、酵素装填量は、糖化緩衝液中5重量%のバイオマスに対して15FPU/gグルカンのセルラーゼ及び60CBU/gグルカンのβ−グルコシダーゼであった。
【0090】
結果:表12から分かるように、24時間の加水分解の終了時点でグルカン(セルロース)からグルコースへの変換及びキシランからキシロースへの変換は、水分がインキュベーションミックス中10%をはるかに超過するまで本質的に影響されないままである。しかしながら、20%以上のレベルの水分を含有するインキュベーション混合物では加水分解速度は遅くなり、糖収率も低くなるようである。
【0091】
表12:水を含んだIL中でインキュベートされたポプラの酵素的加水分解
【0092】
【表12】

【0093】
実施例VIII:ILの回収
イオン性液体はバイオマス上に非可逆的に吸着しないので、インキュベーションステップで使用されるあらゆる(低〜高)バイオマス装填量(バイオマス対イオン性液体の重量分率)で洗浄溶媒中に完全回収できる。本実施例では、バイオマスの前処理後に洗浄溶媒中に回収されるILの量を確立するために行われた実験について記載する。
【0094】
表13:洗浄溶媒中へのILの回収可能性を確立するために使用された前処理実験の詳細(様々なバイオマス装填量で)
【0095】
【表13】

【0096】
表13に示されたすべてのケースで、バイオマスは、インキュベーション後、ミキシングしながら洗浄溶媒(水又はエタノール)と室温で30分間接触させた(温度を40℃に維持した30%バイオマスの場合以外)。次にサンプルを遠心分離し、上清を取り出して、イオン性液体(IL)の濃度を、フォトダイオードアレイ検出器を備えた高速液体クロマトグラフィーを用いて分析した。上清は洗浄溶液と呼ばれ、洗浄体積が測定された。バイオマスは洗浄溶媒で数回洗浄された。クロマトグラフィーによる濃度測定の精度はおよそ2%である。
【0097】
前処理ステップで5%及び10%のポプラについて、エタノールによる洗浄の結果をそれぞれ表14及び15に示す。これらの表から分かる通り、洗浄溶液中に非常に高いILの回収(100%に近い)が前処理ステップにおけるバイオマス装填量5%(低)及び10%(中)の両方で達成されている。
【0098】
表14.前処理ステップで5%のポプラについて、エタノールを追い出し溶媒として用いて回収されたイオン性液体の洗浄体積、組成、及び総重量を以下に示す。
【0099】
【表14】

【0100】
洗浄溶液中に回収された総IL量、4706.7mgは99%の回収を表す。
【0101】
表15.前処理ステップで10%のポプラについて、エタノールを追い出し溶媒として用いて回収されたイオン性液体の洗浄体積、組成、及び総重量を以下に示す。
【0102】
【表15】

【0103】
洗浄溶液中に回収された総IL量、1797.2mgは99.8%の回収を表す。
【0104】
前処理ステップで30%のポプラについて、二つの溶媒、水及びエタノールによる洗浄結果をそれぞれ表16及び17に示す。これらの洗浄溶媒のいずれかに関するこれらの表から分かる通り、インキュベーションステップで使用された全700mgのILは完全に回収された。
【0105】
表16.前処理ステップで30%のポプラについて、水を追い出し溶媒として用いて回収されたイオン性液体の洗浄体積、組成、及び総重量を以下に示す。
【0106】
【表16】

【0107】
洗浄溶液中に回収された総IL量、709.2mgは、濃度測定の精度内で100%の回収を表す。
【0108】
表17.前処理ステップで30%のポプラについて、エタノールを追い出し溶媒として用いて回収されたイオン性液体の洗浄体積、組成、及び総重量を以下に示す。
【0109】
【表17】

【0110】
洗浄溶液中に回収された総IL量、700.2mgは、濃度測定の精度内で100%の回収を表す。
【0111】
実施例IX:ILのリサイクル
ポプラをEMIMAcと混合して、IL中5重量%バイオマスのバイオマス/IL混合物を形成させた。これをミキシングしながら120℃で30分間インキュベートし、次いでエタノールで3回洗浄した後、水で2回洗浄した。エタノール及び水の洗液からのILは、極めて低揮発性のILからエタノール及び水を蒸発させることによって回収された。次に、回収されたILを次のバイオマス前処理サイクルにおいて一定の前処理条件で使用した。ILの含水量は、回収されたILから取り出したサンプルのカールフィッシャー滴定によってモニターし、含水量が許容レベル未満であることを確認した(実施例VIII参照)。各サイクル後に補給ILを追加して(総ILの5〜10%)、水分析用のサンプル採取による損失分を補った(サンプル採取に伴うこのIL損失は、我々の実験で使用された総ILが少量であることのために発生したもので、大規模リサイクリングでは問題にならないであろう)。バイオマスの前処理におけるリサイクルILの性能を新鮮ILのそれと比較して、ILがその有効性を保持し、追加のクリーニングステップなしに再使用できる最小のサイクル数を確立する。ILの性能は以下の二つの手順の一つによって定量化できる。すなわち、(1)前処理されたバイオマスの酵素的加水分解(前の実施例で行われたような)又は(2)前処理されたバイオマスのX線粉末回折(XRD)。より簡単で迅速に実施できる後者の手順では、バイオマスの結晶化指数CrIの見積りが可能になる(Segal,L.ら、Text.Res.J.,1959.29:p.786−94)。我々は、前処理後のバイオマスの結晶化度の喪失は、前処理されたバイオマスの酵素的消化性(糖化速度論)と相関していることを観察した。
【0112】
酵素加水分解:酵素加水分解の手順は実施例IIで概説したのと同じである。
【0113】
XRD:前処理されたバイオマスを用いてスムースフィルムを室温でアルミニウム製サンプルパン上に流延した。これらのフィルムのX線粉末回折(XRD)データは、ニッケルフィルターを通したCuKα線を用い、Xcelerator’検出器を備えたXPERT’PRO粉末回折計PANalyticalを用いて25℃で取った。サンプルは、6.0〜45.0°(2θ)の角度範囲にわたってスキャンした。これらのスキャンからCrIを見積もった。
【0114】
天然ポプラは約40〜50の測定CrIを有する。表18から分かるように、バイオマス炭水化物の酵素的消化性とそのCrIとの間には強い相関関係がある。
【0115】
表18.高〜低温で新鮮なILにより前処理されたポプラについて、酵素的糖化による24時間後のCrI並びにグルカン及びキシランの単糖類への変換率。結晶化度の喪失は明らかにグルカン及びキシロース変換の増加と相関している。
【0116】
【表18】

【0117】
結果:リサイクルされたILも新鮮なILと同様の結晶化度低減をもたらした(表18及び19)。リサイクルされたILとのインキュベーション後のグルカン(セルロース)のグルコースへの変換を、36時間の酵素的糖化後(表20)、様々なILリサイクル回数について報告する。100%を超える変換は、高速液体クロマトグラフィー技術の屈折率検出器法に伴う糖分析(5〜10%の)の不確実性を反映している。
【0118】
表19:未処理(天然)ポプラ及びリサイクルIL(リサイクル回数)で前処理されたサンプルのCrIから、リサイクルされたILは反復リサイクルの後でもバイオマスサンプルの結晶化度の低減に有効であることがわかる。未処理の天然ポプラは43のCrIを有している。
【0119】
【表19】

【0120】
表20:新鮮又はリサイクルIL(リサイクル回数)によるポプラのIL前処理から、リサイクルILは反復リサイクルステップ後もバイオマスサンプルの糖化の増強に有効であることがわかる。
【0121】
【表20】

【0122】
高いバイオマス対IL比(20%)についても同様の結果が表21に示されている。ここでは15回のリサイクル後でも、前処理されたポプラの24時間の酵素加水分解終了時点での高グルコース収率(〜90%)によって示されているように、ILの有効性は失われていないことが分かる。表21の最後のカラムに示されている加水分解物の発酵に関する結果は次の実施例で検討する。
【0123】
表21:前処理ステップで20%のバイオマスについて、リサイクルILで前処理されたポプラの酵素加水分解における4、12及び24時間後のグルコース変換。エタノール収率は4時間の発酵について示す。リサイクルILでも高い変換が維持された。
【0124】
【表21】

【0125】
実施例X:リグニンの回収
我々は、バイオマス(ポプラ)の固体部分のNREL推奨LAPS分析を実施し、そのセルロース、ヘミセルロース及びリグニンの割合を我々の前処理プロセス中の三つの段階で確認した。すなわち、(1)インキュベーション前の新鮮バイオマス、(2)洗浄溶媒でILを抽出した後の前処理バイオマス、及び(3)前処理バイオマスの糖化(酵素加水分解)後に残された固体残渣の三段階である。これらの各段階で固体のリグニン含有量を比較することにより、我々は、ポプラのIL前処理においてリグニンは主にバイオマス表面に再分配され、IL中には何ら感知できるほど溶解されないと結論付けた。この再分配のおかげでILはバイオマスのヘミセルロース及びセルロース部分に接近でき、それらを膨潤させることができる。糖化後、残留固体は主にリグニンであるので、加水分解物のろ過によってリグニンの容易な回収手段が提供され、リグニンは様々なバイオ製品の前駆体となる(図3参照)。
【0126】
実施例XI:サッカロミセス・セレヴィシエ(Saccharomyces cerevisiae)を用いる前処理ポプラのエタノールへの発酵
本実施例で、IL前処理ポプラの酵素的加水分解後に得られた加水分解物の発酵について調べた。我々は、発酵前に加水分解物を潜在的発酵阻害化合物を除去するための何らかの“コンディショニング”に付すことはしなかった。ほとんど水を含まない環境中でバイオマスをILとインキュベーションすることを含む我々のバイオマスのIL前処理は、水をベースとした他の前処理法でよく見られる、その後の糖からアルコールへの発酵を阻害するヒドロキシメチルフルフラール(HMF)及びフルフラールのような化合物を生じないと考える。また、これらの発酵運転で、加水分解物中に存在する何らかの微量のILは発酵プロセスに全く悪影響を及ぼさないことが確認された。我々は、新鮮なILのほか、リサイクルされたILも用いて製造された加水分解物に対して発酵を試みた。原則的に、各リサイクルステップの間で水分除去以外の追加のクリーニングステップを使用しない場合、バイオマスからの一部の不揮発性抽出物が数回リサイクルされたILに蓄積することもある。目標はこれらの蓄積化合物が何らかの様式で発酵を妨害するかどうかを検証することである。
【0127】
新鮮ILによる前処理後に得られた加水分解物の“コンディショニング”なしの発酵:ポプラをEMIMアセテート中でインキュベートした。サンプルをILと混合して、IL中10wt%バイオマスのバイオマス/IL混合物を形成させ、ミキシングしながら120℃で1時間インキュベートした。前処理されたバイオマスを水で洗浄してすべてのILを除去した。
【0128】
酵素的加水分解:前処理されたバイオマスを酵素加水分解によって糖化した。酵素加水分解の手順は実施例IIで概説したのと同じであるが、ただし加水分解は緩衝溶液中2、5及び10%の様々なバイオマス重量パーセントで実施した。
【0129】
発酵:サッカロミセス・セレヴィシエ(Type II,Sigma Aldrich)の形態の乾燥パン酵母(10g/l)を使用した。酵母はポプラの24時間の酵素的加水分解後に加えた。エタノールの最終収率はバイオマス中の初期の糖に基づいて計算した。発酵は、34℃の温度及びインキュベーターシェーカー中130rpmで実施した。発酵後に得られたエタノール収率を表22に示す。エタノールの収率は、2及び5%のポプラ装填量の場合9時間後、10%のポプラ装填量の場合24時間後に一定のままとなった。酵素的加水分解からの収率は理論値に近い(表22のカラム2参照)。
【0130】
表22:グルコース変換を24時間の酵素糖化とその後の発酵の後に測定する。EMIMAc前処理ポプラの順次的な加水分解及び発酵から得られた、9時間の発酵(2及び5%ポプラ)又は24時間の発酵(10%ポプラ)後のエタノール収率。
【0131】
【表22】

【0132】
リサイクルILによる前処理後に得られた加水分解物の“コンディショニング”なしの発酵:加水分解物の発酵を、加水分解物に10mg/mlのパン酵母を加え、30℃で4時間の発酵後にサンプリングすることによって評価した。エタノール収率は、ポプラサンプル中のグルカンから得られるグルコースを基にして計算した。得られた収率を表21(前の実施例)の最後のカラムに示す。表21から分かるように、ILの13回の再使用後でもエタノール収率は新鮮ILを使用した運転で見られる収率とほとんど同じである(表22)。表21及び22のデータは、IL中に残された何らかの微量のILは発酵に全く悪影響を及ぼさないことも裏付けている。
【0133】
実施例XII:ラクトバチルス・カセイ(Lactobacillus Casei)を用いるIL前処理ポプラ加水分解物の乳酸への発酵
ポプラをEMIMアセテート中でインキュベートした。サンプルをILと混合して、IL中30wt%バイオマスのバイオマス/IL混合物を形成させ、ミキシングせずに120℃で1時間インキュベートした。前処理されたバイオマスを水で洗浄し、すべてのILを除去した。
【0134】
酵素的加水分解:前処理されたバイオマスを酵素加水分解によって糖化した。酵素加水分解の手順は実施例IIで概説したのと同じであるが、ただし加水分解は緩衝溶液中10%で実施した。糖化溶液中のグルコース含有量(HPLCで測定)は20mg/mlであった。
【0135】
細菌株及び培地:ラクトバチルス・カセイはATCCから購入し、添付のプロトコルに従って成長させた。細胞をMRSブロス中(Becton Dickinson)並びにMRS寒天プレート上で元気に成長させた。株は寒天プレート上に4℃で維持された。
【0136】
培地調製:対照培地溶液も50mMのクエン酸塩緩衝液(pH4.8)中に用意した。培地中の成分は、ペプトン10g/l、牛肉エキス10g/l、酵母エキス5g/l、グルコース20g/l、ポリソルベート80 1g/l、酢酸ナトリウム5g/l、硫酸マグネシウム0.1g/l、硫酸マンガン0.05g/l及びリン酸水素二カリウム2g/lであった。pHは水酸化アンモニウムで6.5に調整した。該溶液をろ過滅菌又は121℃で30分間オートクレーブ滅菌した。バイオマス培地溶液を全く同じ方法で調製した。ただし、溶液にグルコースは添加しなかった。
【0137】
発酵条件:すべての実験は振盪フラスコ中、37℃及び振盪インキュベーター上150rpmで実施した。接種材料は、細菌株を寒天プレートから振盪フラスコに移すことによって用意し、それを20時間インキュベートした。発酵フラスコには20%の接種菌量を入れた。
【0138】
分析法:乳酸濃度及びグルコース濃度は、RI検出器及び210nmにおけるUV検出器を備えたHPLCによって測定した。有機酸カラム(Biorad HPX−87H)と、5mmolのH2SO4を移動相として流速0.4ml/分で用い、カラムを65℃に維持した。細胞密度はUV−Vis分光光度計を用い、600nmでの吸光度を測定することによって決定した。
【0139】
結果:
【0140】
【表23】

【0141】
乳酸収率は、対照溶液の場合、35%であった。振盪フラスコには元気な成長は見られない。しかしながら、種フラスコでは元気な成長が常に観察され、最大OD4.0及び乳酸収率50%であった。
【0142】
バイオマス溶液の乳酸収率は100%である。振盪フラスコには種フラスコ同様、元気な成長が見られた。種フラスコでは9.5というODが観察され、乳酸収率は100%であった。このように高い変換は、細菌株がバイオマスから加水分解されたその他の糖(グルコース以外)を使用することも可能であることを示している。キシロースをモニターしたが、発酵中消費されなかった。
【0143】
変形
検討された特定の組成物、方法、又は態様は、本明細書によって開示された発明を説明することだけを意図したものである。これらの組成物、方法、又は態様に関する変形は、本明細書の教示を基にすれば当業者には容易に明らかであり、従ってそれらも本明細書中に開示された発明の一部として包含されるものとする。
【0144】
別の態様において、バイオマスをイオン性液体(IL)中、十分な時間、適温でインキュベートして、相当部分のリグニンを除去又は再分配し、その結果ILがヘミセルロースのほかヘミセルロース中に包埋された結晶性セルロースにも浸透でき、これらの構造を著しく膨潤させるステップ。著しい膨潤は広くは少なくとも20%、好ましくは少なくとも30%の膨潤である。しかしながら、この膨潤は広く変動しうる。この膨潤は20〜300%の膨潤;30〜200%の膨潤又は30〜100%の膨潤であり得る。典型的には、該膨潤は30〜50%の範囲である。
【0145】
本発明の上記詳細な記述は説明の目的のために提供される。当業者には、本発明の範囲から離れることなく多数の変更及び変形が可能であることは明らかであろう。そこで、前述の記述はすべて、説明的意味として解釈されるべきで、制限的意味として解釈されるべきでない。本発明の範囲は添付の特許請求の範囲によってのみ定義される。
【0146】
本発明の上記詳細な記述は説明の目的のために提供される。当業者には、本発明の範囲から離れることなく多数の変更及び変形が可能であることは明らかであろう。そこで、前述の記述はすべて、説明的意味として解釈されるべきで、制限的意味として解釈されるべきでない。本発明の範囲は添付の特許請求の範囲によってのみ定義される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグノセルロース系バイオマスを糖に変換する方法であって、
主成分としてリグニン、セルロース、及びヘミセルロースを含むリグノセルロース系バイオマスを用意するステップと;
当該バイオマスをイオン性液体(IL)中で、ILがヘミセルロースのほかヘミセルロース中に包埋された結晶性セルロースにも浸透し、これらの構造を著しく膨潤できるように、リグニンの相当部分を除去又は再分配するのに十分な時間、適温でインキュベートするステップと;
ILとインキュベートされたバイオマスを、当該IL及び水と混和性がありセルロースの非溶剤(non-solvent)である液体で洗浄することによって、すべて又は大部分のILをバイオマスから置換するステップと;
上記洗浄されたバイオマスを、セルロース及びヘミセルロースの両方を加水分解でき、これらの多糖類の相当部分をヘキソース及びペントース糖に変換できる酵素を含有する水性緩衝化環境に接触させるステップと
を含む方法。
【請求項2】
リグノセルロース系バイオマスの構造を破壊し、セルロース及びヘミセルロース部分を膨潤させるための方法であって、
バイオマスをイオン性液体(IL)中で、ILがヘミセルロースのほかヘミセルロース中に包埋された結晶性セルロースにも浸透し、これらの構造を著しく膨潤できるように、リグニンの相当部分を除去又は再分配するのに十分な時間、適温でインキュベートするステップと;
ILとインキュベートされたバイオマスを、当該IL及び水と混和性がありセルロースの非溶剤である液体で洗浄することによって、すべて又は大部分のILをバイオマスから置換するステップと;
上記洗浄されたバイオマスを適切な化学及び生化学試薬で処理して、膨潤バイオマスの有用な化成品への変換に効率的に影響を及ぼすステップと
を含む方法。
【請求項3】
糖化後の固体残渣が主にリグニンであり、従ってその分離法を提供する、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
加水分解から得られた糖が、燃料、化成品、ポリマー及びその他の材料に変換できる、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
リグニンが、燃料、化成品、ポリマー及びその他の材料に変換できる、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
バイオマスのILインキュベーションステップ中の時間及び温度が、バイオマスのヘミセルロース及びセルロース部分のIL中への溶解を最小限化するように最適化される一方、これらのマトリックスを加水分解ステップ中に加水分解酵素及び水の浸透を増進するのに十分に膨潤させる、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前処理されたバイオマスを、バイオマスの糖への変換ステップ前に、当該ILと混和性があるセルロースの非溶剤で洗浄するステップをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
セルロース及びヘミセルロースを糖に加水分解するために、洗浄されたバイオマスにセルラーゼを加えるステップをさらに含む、請求項3に記載の方法。
【請求項9】
前処理のステップが、バイオマスを5分〜8時間の範囲の時間、50℃〜200℃の範囲の温度でインキュベートする、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
イオン性液体がインキュベーション中溶融している、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
ILが、イミダゾリウム、ピロリジニウム、ピリジニウム、ホスホニウム、又はアンモニウム及びそれらのすべての官能化類似体を含むカチオン構造によって表される、セルロース又はヘミセルロースの水素結合構造を破壊できるイオン性液体である、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
ILが、構造:
【化1】

[式中、R1、R2、R3、R4、及びR5はそれぞれ、水素、1〜15個の炭素原子を有するアルキル基又は2〜10個の炭素原子を有するアルケン基であり、前記アルキル基はスルホン、スルホキシド、チオエーテル、エーテル、アミド、ヒドロキシル、又はアミンで置換されていてもよく、そして式中、Aは、ハライド、ヒドロキシド、ホルメート、アセテート、プロパノエート、ブチレート、合計10個までの炭素原子を有する官能化モノ−又はジ−カルボン酸、スクシネート、ラクテート、アスパルテート、オキサレート、トリクロロアセテート、トリフルオロアセテート、ジシアナミド、又はカルボキシレートである]によって表される、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
ILが、構造:
【化2】

[式中、R1、R2、R3、R4、R5、及びR6はそれぞれ、水素、1〜15個の炭素原子を有するアルキル基又は2〜10個の炭素原子を有するアルケン基であり、前記アルキル基はスルホン、スルホキシド、チオエーテル、エーテル、アミド、ヒドロキシル、又はアミンで置換されていてもよく、そして式中、Aは、ハライド、ヒドロキシド、ホルメート、アセテート、プロパノエート、ブチレート、合計10個までの炭素原子を有する任意の官能化モノ−又はジ−カルボン酸、スクシネート、ラクテート、アスパルテート、オキサレート、トリクロロアセテート、トリフルオロアセテート、ジシアナミド、又はカルボキシレートである]によって表される、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
ハライドが、クロリド、フルオリド、ブロミド又はヨージドである、請求項12及び13に記載の方法。
【請求項15】
ILが、1−n−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロリド、1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロリド、3−メチル−N−ブチルピリジニウムクロリド、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート、又は1−エチル−3−メチルイミダゾリウムプロピオネートである、請求項1に記載の方法。
【請求項16】
洗浄溶媒が、水、アルコール又はアセトニトリルであるか、又は前記ILを溶解し、それによってバイオマスから当該ILを抽出する任意の溶媒である、請求項3に記載の方法。
【請求項17】
アルコールがエタノール又はメタノール又はブタノール又はプロパノールであり、
ILが、洗浄ステップ由来の洗浄溶媒及び溶解されたバイオマス成分から、下記の、すなわち、活性炭処理、蒸留、膜分離、電気化学的分離技術、固相抽出、及び液−液抽出の内の一つ又は複数を含む適切な分離法を通じて回収できる、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
回収されたILが更なるバイオマスの前処理に再使用される、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
セルラーゼが、エンド−グルコナーゼ、エキソ−グルカナーゼ、及びβ−グルコシダーゼのミックスであり、
該酵素混合物が、IL処理バイオマスの加水分解を達成するために、キシラナーゼ、アラビナーゼのようなその他の酵素を含むように変更できる、又は従来のセルラーゼ系から単純化できる、請求項4に記載の方法。
【請求項20】
セルラーゼがβ−グルコシダーゼを追加された、請求項4に記載の方法。
【請求項21】
改良された加水分解速度が低い酵素装填量での糖化を可能にする、請求項4に記載の方法。
【請求項22】
酵素がバイオマス加水分解物から回収できる、請求項4に記載の方法。
【請求項23】
セルロースが六炭糖に変換される、請求項1に記載の方法。
【請求項24】
ヘミセルロースが五及び六炭糖に変換される、請求項1に記載の方法。
【請求項25】
ILインキュベーションステップ中の最適な接触時間及び温度が、インキュベーション中の加熱手段に依存しうる、請求項1に記載の方法。
【請求項26】
ILインキュベーションステップ中の最適な接触時間及び温度が、使用されるバイオマス粒子のサイズ及び性質に応じて変化し、
広いサイズ分布の大粒子がイオン性液体で効果的に前処理できる、請求項1に記載の方法。
【請求項27】
完全な酵素的加水分解に要する時間が、二つの代表的バイオマスサンプルであるコーンストーバー、ポプラについて、16〜36時間以内である、請求項1に記載の方法。
【請求項28】
バイオマスのイオン性液体とのインキュベーションが、少なくとも10%の溶解水を耐容できる、請求項1に記載の方法。
【請求項29】
膨潤が少なくとも30%である、請求項1に記載の方法。
【請求項30】
膨潤が少なくとも30%である、請求項2に記載の方法。
【請求項31】
最適条件が、混合物を、撹拌を伴う従来式加熱に付したか、それとも断続的撹拌を伴うマイクロ波照射に付したかに応じて変動しうる、請求項25に記載の方法。
【請求項32】
式1:
【数1】

[式1において、CはILのカチオンを示し、AはILのアニオン成分を示す。]によって記載される組成を有するイオン性液体混合物が使用でき;当該混合物に添加される追加の各ILが、前の成分と同じカチオン又は前の成分と同じアニオンのいずれかを有し、カチオンとアニオンの独自の組合せにおいてのみ最初と異なり、例えば、共通のカチオン及びアニオンが使用されているが各個別のIL成分は異なる下記の5成分のIL混合物:
[BMIM][Cl]+[BMIM][PF]+[EMIM][Cl]+[EMIM][PF]+[EMIM][BF]が考えられる、請求項1に記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公表番号】特表2010−521155(P2010−521155A)
【公表日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−553631(P2009−553631)
【出願日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【国際出願番号】PCT/US2008/003357
【国際公開番号】WO2008/112291
【国際公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【出願人】(502409721)ザ・ユニバーシティ・オブ・トレド (13)
【出願人】(509256997)スガニット・システムズ・インコーポレーテッド (1)
【Fターム(参考)】