説明

バイオ燃料供給系部品用フェライト系ステンレス鋼およびバイオ燃料供給系部品

【課題】バイオ燃料に対する耐食性を備えた部品用フェライト系ステンレス鋼の提供。
【解決手段】質量%で、C:0.03%以下、N:0.03%以下、Si:0.1%を超え、1%以下、Mn:0.02%以上、1.2%以下、Cr:15%以上、23%以下、Al:0.002%以上、0.5%以下、Nb、Tiの何れか1種または2種を含有し、以下に示す(式1)および(式2)を満たし、残部がFe及び不可避不純物からなり、表面に、Cr、Si、Nb、Ti、Alをカチオン分率の合計で30%以上含む酸化皮膜が形成されているバイオ燃料供給系部品用フェライト系ステンレス鋼。8(C+N)+0.03≦Nb+Ti≦0.6(式1)、Si+Cr+Al+{Nb+Ti−8(C+N)}≧15.5(式2)、(式1)および(式2)において、元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を表す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオエタノールやバイオディーゼルといったバイオ燃料を供給する自動車燃料供給系部品用に好適なフェライト系ステンレス鋼、バイオ燃料供給系部品に関する。特に、燃料噴射系部品等、エンジンに近く高温になりやすいバイオ燃料供給系部品用に好適なフェライト系ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車分野においては、環境問題に対する意識の高まりから、排ガス規制がより強化されると共に、炭酸ガス排出抑制に向けた取り組みが進められている。より一層の軽量化や、EGR、DPF、尿素SCRシステムといった排ガス処理装置を設置するといった取り組みに加え、バイオエタノールやバイオディーゼル燃料といった燃料面からの取り組みも実施されている。
【0003】
バイオエタノールは、ガソリンエンジン用の燃料として、エタノールをガソリンに混合させた燃料である。バイオディーゼル燃料は、ディーゼルエンジン用の燃料として、脂肪酸メチルエステルを軽油に混合させたものである。ここで、エタノールは、とうもろこしやさとうきびを原料とし、脂肪酸メチルエステルは、菜種油、大豆油、やし油などの植物油や廃油を原料としてエステル化したものである。
【0004】
バイオエタノールやバイオディーゼル燃料などのバイオ燃料は、金属材料に対して従来よりも腐食性が高いとされている。これらを利用していくにあたって、事前に燃料系部品を構成する各種部材の使用性能に及ぼす影響が調べられてきたが、超長期寿命を保証するメーカーからは、より信頼性の高い素材を求めるニーズが寄せられ、ステンレス鋼が1つの候補とされている。
【0005】
燃料系部品のうち、燃料タンクや給油管にステンレス鋼を適用する従来技術として、以下が知られている。
特許文献1には、質量%で、C:≦0.015%、Si:≦0.5%、Cr:11.0〜25.0%、N:≦0.020%、Ti:0.05〜0.50%、Nb:0.10〜0.50%、B:≦0.0100%を含み、あるいは必要に応じてさらにMo:≦3.0%、Ni:≦2.0%、Cu:≦2.0%、Al:≦4.0%の1種以上を含み、破断伸びが30%以上、ランクフォード値が1.3以上のフェライト系ステンレス鋼板が開示されている。
【0006】
特許文献2には、質量%で、C:≦0.01%、Si:≦1.0%、Mn:≦1.5%、P:≦0.06%、S:≦0.03%、Cr:11〜23%、Ni:≦2.0%、Mo:0.5〜3.0%、Al:≦1.0%、N:≦0.04%を含み、Cr+3.3Mo≧18の関係式を満足し、Nb:≦0.8%、Ti:≦1.0%の1種または2種を、18≦Nb/(C+N)+2Ti/(C+N)≦60の関係式を満足して含有し、フェライト結晶粒の粒度番号が6.0以上であり、平均r値が2.0以上であるフェライト系ステンレス鋼板が開示されている。
【0007】
特許文献3には、質量%で、C:≦0.01%、Si:≦1.0%、Mn:≦1.5%、P:≦0.06%、S:≦0.03%、Al:≦1.0%、Cr:11〜20%、Ni:≦2.0%、Mo:0.5〜3.0%、V:0.02〜1.0%、N:≦0.04%を含み、かつNb:0.01〜0.8%、Ti:0.01〜1.0%の1種または2種を含有し、一軸引張で25%変形させたときに発生する後半表面のうねり高さが50μm以下であるフェライト系ステンレス鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2003−277992号公報
【特許文献2】特開2002−285300号公報
【特許文献3】特開2002−363712号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、前記特許文献は、通常のガソリンに対する耐食性を扱ったものである。後述するように、バイオ燃料の腐食性はガソリンの場合とは大きく異なることから、これらの技術ではバイオ燃料に対する腐食性は不十分であった。
また、従来、バイオ燃料のステンレス鋼に対する腐食性の詳細は必ずしも明瞭にされているとは言えず、種々のステンレス鋼種のバイオ燃料に対する耐食性についても必ずしも明らかにされているとは言いがたい。
【0010】
本発明は、このような従来の事情に鑑みて提案されたものであり、特にバイオ燃料に対する耐食性を備えたバイオ燃料供給系部品用フェライト系ステンレス鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決することを目的とした本発明の要旨は、以下のとおりである。
〔1〕 質量%で、C:0.03%以下、N:0.03%以下、Si:0.1%を超え、1%以下、Mn:0.02%以上、1.2%以下、Cr:15%以上、23%以下、Al:0.002%以上、0.5%以下、Nb、Tiの何れか1種または2種を含有し、以下に示す(式1)および(式2)を満たし、残部がFe及び不可避不純物からなり、表面に、Cr、Si、Nb、Ti、Alをカチオン分率の合計で30%以上含む酸化皮膜が形成されていることを特徴とするバイオ燃料供給系部品用フェライト系ステンレス鋼。
8(C+N)+0.03≦Nb+Ti≦0.6・・・(式1)
Si+Cr+Al+{Nb+Ti−8(C+N)}≧15.5・・・(式2)
(式1)および(式2)において、元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を表す。
【0012】
〔2〕 更に、質量%で、Ni:2%以下、Cu:1.5%以下、Mo:3%以下、Sn:0.5%以下のうち何れか1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1記載のバイオ燃料供給系部品用フェライト系ステンレス鋼。
〔3〕 更に、質量%で、V:1%以下、W:1%以下、B:0.005%以下、Zr:0.5%以下、Co:0.2%以下、Mg:0.002%以下、Ca:0.002%以下、REM:0.01%以下のうち何れか1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1または2記載のバイオ燃料供給系部品用フェライト系ステンレス鋼。
【0013】
〔4〕 請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載のバイオ燃料供給系部品用フェライト系ステンレス鋼からなることを特徴とするバイオ燃料供給系部品。
【発明の効果】
【0014】
以上のように、本発明によれば、バイオ燃料に対する優れた耐食性を備えたフェライト系ステンレス鋼を提供することができる。このフェライト系ステンレス鋼は、バイオ燃料供給系部品用として好適に用いることが可能である。特に、このフェライト系ステンレス鋼は、噴射系部品等、エンジンに近く高温になりやすいバイオ燃料供給系部品用に好適である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。
本発明者らは、ガソリンに北米で一般的に使用されているバイオエタノールをそれぞれ10%、22%混合したE10およびE22と、バイオエタノール100%のE100と、欧州で一般的に使用されているバイオディーゼル燃料である菜種油をメチルエステル化したRME(RapeSeed MethylEster)とを入手し、酸化劣化挙動やステンレス鋼に対する腐食性などについて、通常のガソリンと比較しながら詳細な調査解析を行った。
【0016】
まず、ガソリンの酸化安定度の評価方法で用いられているJIS K2287に準じてE10、E22、E100、RMEの酸化安定度をガソリンの場合と比較した。オートクレーブ中にこれら燃料を封入し7気圧の酸素を導入した後100℃に昇温保定して、酸素が燃料の酸化に使用されて圧力が低下していく挙動を測定した。
その結果、E10、E100はガソリンよりも酸化劣化しにくい一方、E22、RMEはガソリンよりも酸化劣化し易く、なかでもRMEの酸化劣化の程度が最も大きいことが明らかとなった。
【0017】
燃料が酸化すると、ギ酸、酢酸、プロピオン酸といった脂肪酸が生成するが、脂肪酸の腐食性を知るために、まず酸化させたRMEとガソリンにステンレス冷延鋼板を浸漬して腐食の有無を調べた。すると、いずれの場合にも腐食は認められなかった。
これは、酸化生成物である脂肪酸が、燃料媒体中では二量体として存在するためである。脂肪酸が腐食性を発現するためには、解離して水素イオンを放出する必要があり、そのためには水の存在が不可欠であると考えた。実際の環境において、水は空気中水分が凝結して生成するので、水相の共存を考慮することは極めて重要である。
【0018】
そこで、酸化処理したRMEとガソリンに、それぞれ10vol%の水を加えてステンレス冷延鋼板を曝したところ、RME,ガソリンいずれの場合においても腐食が生じていた。
このことから、酸化劣化燃料が腐食性を発現するには水の共存が不可欠であり、燃料中の脂肪酸が水相に分配されて始めて腐食性が発現されることが確認された。水相中の腐食性物質は水素イオンであるから、その腐食性は、水素イオン濃度で表されることになる。水中の水素イオン濃度は、主に、酸化燃料中の脂肪酸種と脂肪酸濃度、脂肪酸の燃料―水相間の分配挙動に依存する。このうち、脂肪酸の分配挙動は温度が影響し、温度が高いほど脂肪酸は燃料中から水相に分配され易い。
【0019】
また、このときの水相のpHは、RMEの場合pH2.1、ガソリンの場合pH3.0と両者には0.9の違いがあるが、この差異を脂肪酸濃度に換算すると約100倍の違いに相当する。従来、酸化劣化ガソリンに対する腐食試験は、水中のギ酸+酢酸の濃度を100〜1000ppm程度として行っているが、RMEをはじめとするバイオ燃料については、ギ酸+酢酸の濃度をガソリンの約100倍の濃度に相当する1%〜10%まで高める必要があることがわかった。
【0020】
また、エンジンに近い燃料噴射系などについては90〜100℃程度まで温度が上昇し、温度そのものと共に脂肪酸が燃料中から水相に分配されやすくなって腐食環境が苛酷になる。酸化劣化ガソリンに対する腐食試験温度40〜50℃に比べて苛酷な条件である。
さらに、燃料中のバイオエタノールは水相に移動して、水相部分を拡大させるとともに、特にステンレス鋼において不働態を維持するのを阻害する要因となる。
【0021】
このように、通常のガソリンに比べ、バイオ燃料の腐食性は高いため、バイオ燃料供給系部品に使用する材料にはより優れた耐食性が要求される。
そこで、本発明者らは高温酸性脂肪酸環境中での耐食性について鋭意検討した。その結果、ステンレス鋼の表面に安定な酸化皮膜を形成することで、不働態を維持して腐食の発生を抑えることが最も重要であり、表面に、Cr、Si、Nb、Ti、Alをカチオン分率((Cr+Si+Nb+Ti+Al)/全カチオン)の合計で30%以上含む酸化皮膜を形成させた場合に、高温酸性脂肪酸環境において優れた耐食性を示すことを知見した。
【0022】
このような酸化皮膜を形成するには、まず、鋼材の化学組成として以下に示す(式2)を満たす必要がある。
Si+Cr+Al+{Nb+Ti−8(C+N)}≧15.5・・・(式2)
(式2)において、元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を表す。
【0023】
なお、ステンレス鋼に含まれるNbおよび/またはTiは、全量が固溶状態として存在するのではなく、一部がC、Nに固定された状態で存在する。そして、ステンレス鋼に含まれるNbおよび/またはTiのうち、C、Nに固定されない固溶状態のNbおよび/またはTiが、熱処理によって不働態皮膜中に濃化し、熱処理後に形成される酸化皮膜における腐食防止作用に寄与する。ステンレス鋼に含まれるNbおよび/またはTiのうち、C、Nに固定されて固溶状態とならないNbおよび/またはTi量は、Nbの原子量93と、Cの原子量12、Nの原子量14との比から、CとNの合計(C+N)量の概ね8倍と考えられる。したがって、腐食の発生を抑制する上記の酸化皮膜を形成するためには、ステンレス鋼に含まれるSiとCrとAlと{Nb+Ti−8(C+N)}の合計の含有量を15.5%以上とする必要があり、17.5%以上とすることがより好ましい。
【0024】
さらに、熱処理、酸洗等のプロセス条件を加味して上記組成の酸化皮膜を形成させる。
上記化学組成の鋼材の表面に、上記のカチオン分率の酸化皮膜を形成する熱処理としては、部品となる部材をろう付け接合する時の熱処理が挙げられる。例えば、デリバリーチューブやコモンレールのように燃料噴射系部品の中には部材がろう付け接合されてなる部品がある。このような部品を製造するためのろう付け接合時の熱処理条件として、Nを含む環境で、800〜1200℃、10−2〜1torrの真空雰囲気もしくはH雰囲気において、0.5〜30分間保持することで、好適に所望の組成の酸化皮膜が形成できる。ここで、単に10−2torr以下の真空中で熱処理するだけでは、形成された酸化皮膜のCr、Si、Nb、Ti、Alのカチオン分率の合計が、上記所望のカチオン分率には到達しない。たとえば、10−2torr以下の真空に引いた後、Nを導入して10−2〜1torrとして熱処理することで所望の組成の酸化皮膜を得ることができる。一方、H雰囲気においては、Nを導入してもよいが、特にNを導入する必要はなく、雰囲気内に残存しているNでも所望の組成の酸化皮膜を得ることができる。
【0025】
この理由については、定かではないが、Nを含む環境で熱処理することにより鋼材の表面には(Nb、Ti)の炭窒化物が生成しており、これによりFe酸化物の還元が促進された可能性がある。
熱処理の雰囲気中におけるNの含有量は、0.001〜0.2%が好ましく、0.005〜0.1%がより好ましい。
熱処理条件としては、カチオン分率の合計で30%以上のCr、Si、Nb、Ti、Alが濃化した酸化皮膜を形成するために、1000〜1200℃にて5〜30分間保持することが好ましい。保持温度としては1050〜1150℃、保持時間としては10〜20分間がより好ましい。
【0026】
このように、上記化学組成の鋼材からなる部材をろう付け接合する際における熱処理により、上記カチオン分率の酸化皮膜を形成できる。したがって、上記カチオン分率の酸化皮膜を形成するための熱処理工程は、上記化学組成の鋼材からなる部材をろう付け接合する工程を兼ねることができる。
なお、ろう付け接合されていない部品を製造する場合には、上記カチオン分率の酸化皮膜を形成するために、Nを含む環境で、800〜1200℃、10−2〜1torrにおいて、0.5〜30分間保持する熱処理工程を行ってもよいし、製造工程を簡略化して生産性を向上させるために、上記の熱処理工程を追加せず、鋼材や部品の製造課程において、酸化皮膜の形成される熱処理の条件と酸化皮膜の除去される酸洗の条件とを適切に調整することにより所望のカチオン分率の酸化皮膜としてもよい。
【0027】
鋼材や部品の製造課程において、上記カチオン分率の酸化皮膜を形成する場合、具体的には、例えば、鋼材の製造課程の最終仕上焼鈍において、露点−45〜−75℃のN−H混合ガス雰囲気中で、800〜1100℃にて0.5〜5分保持する方法が挙げられる。この場合、後工程の酸洗は省略される。
【0028】
なお、ここで、より一層優れた耐食性を得るためには、Cr、Si、Nb、Ti、Alをカチオン分率の合計で40%以上含むことが好ましく、Cr、Si、Nb、Ti、Alのなかで最も重要なCrについては20%以上含有することが好ましい。さらに好ましくはCr、Si、Nb、Ti、Alをカチオン分率の合計で50%以上である。
また、酸化皮膜の膜厚は15nm以下とすることが好ましく、10nm以下がより好ましい。膜厚の増加は単位体積あたりに占めるCr、Si、Nb、Ti、Alといったカチオン分率の低下につながり、耐食性の低下を招く。Nを含む環境で熱処理することにより生成した(Nb、Ti)の炭窒化物が、膜厚の増加を抑制している可能性がある。
【0029】
本発明は、上記知見に加え、バイオ燃料供給系部品の材料として必要な加工性を考慮してなされ、バイオ燃料に対して優れた耐食性を備えた燃料供給系部品用フェライト系ステンレス鋼を提供するものであり、その要旨とするところは、特許請求の範囲に記載した通りの内容である。
【0030】
以下、バイオ燃料供給系部品用フェライト系ステンレス鋼の各組成を限定した理由について説明する。なお、以下の説明では、特に断らない限り、各成分の%は、質量%を表すものとする。
【0031】
(C:0.03%以下)
Cは、耐粒界腐食性、加工性を低下させるため、その含有量を低く抑える必要がある。このため、Cの含有量を0.03%以下とした。しかしながら、過度に低めることは精練コストを上昇させるため、Cの含有量を0.002%以上とすることが好ましい。より好ましくは0.002〜0.02%である。
【0032】
(N:0.03%以下)
Nは、耐孔食性に有用な元素であるが、耐粒界腐食性、加工性を低下させるため、その含有量を低く抑える必要がある。このため、Nの含有量を0.03%以下とした。しかしながら、過度に低めることは精練コストを上昇させるため、Nの含有量を0.002%以上とすることが好ましい。より好ましくは0.002〜0.02%である。
また、炭窒化物により熱処理時の結晶粒粗大化を抑制して、強度低下を抑制するという観点から、CとNの合計含有量を0.015%以上とすることが好ましい。
【0033】
(Si:0.1%超、1%以下)
Siは、熱処理後に表面皮膜に濃化してステンレス鋼の耐食性向上に寄与するためには、少なくとも0.1%超必要である。また、Siは、脱酸元素として有用である。しかしながら、過剰な添加は加工性を低下させるため、Siの含有量を1%以下とする。好ましくは0.1%超〜0.5%である。
【0034】
(Mn:0.02%以上、1.2%以下)
Mnは、脱酸元素として有用な元素であり、少なくとも0.02%以上含有させることが必要である。しかしながら、過剰に含有させると耐食性を劣化させるので、Mnの含有量を1.2%以下とする。好ましくは、0.05〜1%である。
【0035】
(Cr:15%以上、23%以下)
Crは、バイオ燃料中での耐食性を確保する上で基本となる元素であり、少なくとも15%以上含有させることが必要である。Crの含有量を増加させるほど耐食性を向上させることができるが、過剰な添加は加工性、製造性を低下させるため、Crの含有量を23%以下とした。好ましくは17〜20.5%である。
【0036】
8(C+N)+0.03≦Nb+Ti≦0.6・・・(式1)
なお(式1)において、元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を表す。
Nb、Tiは、C、Nを固定し、溶接部の耐粒界腐食性を向上させる上で有用な元素であるため、NbとTiとの合計(Nb+Ti)で、(C+N)量の8倍以上含有させる必要がある。また、熱処理後にステンレス鋼の表面皮膜に濃化して耐食性向上に寄与するためには、C、Nに固定されない固溶状態のNbおよび/またはTiとして少なくとも0.03%以上含有させる必要がある。したがって、Nb+Tiの下限を8(C+N)+0.03%とした。しかしながら、Nbおよび/またはTiの過剰の添加は、加工性、製造性を低下させるため、Nb+Tiの含有量の上限を0.6%とした。Nb+Tiの含有量は、好ましくは10(C+N)+0.03〜0.6%である。
【0037】
ここで、Nb、Tiのうち、Tiにはステンレス鋼の表面皮膜に濃化して耐食性向上に寄与する反面、ろう付け性を阻害する作用がある。ろう付け構造のバイオ燃料供給系部品を製造する場合に良好なろう付け性を得るためには、Ti−3Nの値が0.03%以下になるようにTi量を制限するのが好ましい。
【0038】
(Al:0.002%以上、0.5%以下)
Alは、熱処理後にステンレス鋼の表面皮膜に濃化して耐食性向上に寄与するためには、0.002%以上含有させることが必要である。また、Alは、脱酸効果等を有するので精練上有用な元素であり、成形性を向上させる効果もある。しかしながら、過剰の添加は靭性を劣化させるため、Alの含有量を0.002〜0.5%とした。好ましくは0.005〜0.1%である。
【0039】
(Ni:2%以下)
Niは、耐食性を向上させるために、必要に応じて2%以下含有させることができる。安定した効果が得られるNiの含有量は0.2%以上である。Niは、その含有量を増加させるほど耐食性を向上させることができるが、多量の添加は、硬質化させ加工性を低下させると共に、高価であるためコストアップにつながる。したがって、Niは0.2〜2%含有させることが好ましい。より好ましくは0.2〜1.2%である。
【0040】
(Cu:1.5%以下)
Cuは、耐食性を向上させるために、必要に応じて1.5%以下含有させることができる。安定した効果が得られるCuの含有量は0.2%以上である。Cuは、その含有量を増加させるほど耐食性を向上させることができるが、多量の添加は、硬質化させ加工性を低下させる。したがって、Cuは0.2〜1.5%含有させることが好ましい。より好ましくは0.2〜0.8%である。
【0041】
(Mo:3%以下)
Moは、耐食性を向上させるために、必要に応じて3%以下含有させることができる。安定した効果が得られるMoの含有量は0.3%以上である。Moは、その含有量を増加させるほど耐食性を向上させることができるが、多量の添加は、硬質化させ加工性を低下させると共に、高価であるためコストアップにつながる。したがって、Moは0.3〜3%含有させることが好ましい。より好ましく1は0.5〜2.0%である。
【0042】
(Sn:0.5%以下)
Snは、耐食性を向上させるために、必要に応じて0.5%以下含有させることができる。安定した効果が得られるSnの含有量は0.01%以上である。Snは、その含有量を増加させるほど耐食性を向上させることができるが、多量の添加は、硬質化させ加工性を低下させる。したがって、Snは0.01〜0.5%含有させることが好ましい。より好ましくは0.05〜0.4%である。
【0043】
(V:1%以下)
Vは、耐食性を向上させるために、必要に応じて1%以下含有させることができる。安定した効果が得られるVの含有量は0.05%以上である。しかしながら、Vの過剰の添加は、加工性を劣化させると共に、高価であるためコストアップにつながる。したがって、Vは0.05〜1%含有させることが好ましい。
【0044】
(W:1%以下)
Wは、耐食性を向上させるために、必要に応じて1%以下含有させることができる。安定した効果が得られるWの含有量は0.3%以上である。しかしながら、Wの過剰の添加は、加工性を劣化させると共に、高価であるためコストアップにつながる。したがって、Wは0.3〜1%含有させることが好ましい。
【0045】
(B:0.005%以下)
Bは、加工性、特に二次加工性を向上させるために、必要に応じて0.005%以下含有させることができる。安定した効果を得るには、Bを0.0001%以上含有させることが望ましい。より好ましくは0.0002〜0.001%である。
【0046】
(Zr:0.5%以下)
Zrは、耐食性を向上させる上で、必要に応じて0.5%以下含有させることができる。安定した効果が得られるには、Zrを0.05%以上含有させることが好ましい。
【0047】
(Co:0.2%以下)
Coは、二次加工性と靭性を向上させる上で、必要に応じて0.2%以下含有させることができる。安定した効果が得られるには、Coを0.02%以上含有させることが好ましい。
【0048】
(Mg:0.002%以下)
Mgは、脱酸効果等を有するので精練上有用な元素であり、組織を微細化し加工性や靭性の向上にも効果があることから、必要に応じて0.002%以下含有させることができる。安定した効果が得られるには、Mgを0.0002%以上含有させることが好ましい。
【0049】
(Ca:0.002%以下)
Caは、脱酸効果等を有するので精練上有用な元素であり、必要に応じて0.002%以下含有させることができる。安定した効果が得られるには、Caを0.0002%以上含有させることが好ましい。
【0050】
(REM:0.01%以下)
REMは、脱酸効果等を有するので精練上有用な元素であり、必要に応じて0.01%以下含有させることができる。安定した効果が得られるには、REMを0.001%以上含有させることが好ましい。
【0051】
なお、不可避不純物のうち、Pについては、溶接性の観点から0.04%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.035%以下である。また、Sについては、耐食性の観点から0.02%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.01%以下である。
【0052】
本発明のステンレス鋼は、例えば、転炉又は電気炉で上記の化学組成を有する溶鋼とし、AOD炉やVOD炉などで精練して、連続鋳造法又は造塊法で鋼片とした後、熱間圧延−焼鈍−酸洗−冷間圧延−仕上焼鈍−酸洗の工程を行い、その後に、Nを含む10−2〜1torrの真空雰囲気もしくはNを含むH雰囲気中、800℃〜1200℃の温度で0.5〜30分保持する熱処理工程を行うことにより上記カチオン分率の酸化皮膜を形成する方法によって製造される。必要に応じて、熱延板の焼鈍を省略してもよいし、冷間圧延−仕上焼鈍−酸洗を繰り返し行ってもよい。製品の形態としては、板、管、棒、線が挙げられる。
なお、本発明のステンレス鋼は、上述したように、冷間圧延−仕上焼鈍−酸洗の工程を経た後に上記の熱処理工程を行うことによって製造してもよいが、熱処理工程を製造工程の他の段階で行う方法によって製造してもよい。
【0053】
次に、本発明のバイオ燃料供給系部品について説明する。本発明のバイオ燃料供給系部品は、本発明のステンレス鋼からなるものである。
本発明のバイオ燃料供給系部品は、上記の化学組成を有する部材を形成する工程と、上記の熱処理工程とを行うことによって製造することが好ましい。本発明のバイオ燃料供給系部品の製造方法における熱処理工程は、部品としての形状に加工する前に行っても良いし、部品としての形状に加工した後に行っても良い。部品としての形状に加工した後に熱処理工程を行う場合、形状を加工することによって、表面の酸化皮膜が除去されて耐食性が低下する恐れがなく、好ましい。
また、熱処理工程は、部材をろう付け接合する工程を兼ねることが好ましい。この場合、熱処理工程とろう付け接合する工程とを別々に行う場合と比較して、効率よくバイオ燃料供給系部品を製造できる。
なお、本発明のバイオ燃料供給系部品は、本発明のステンレス鋼からなるものであればよく、ろう付け接合されたものに限定されない。
【実施例】
【0054】
以下、実施例により本発明の効果をより明らかなものとする。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
【0055】
表1および表2に示す組成の溶鋼を150kg真空溶解炉で溶製し、50kg鋼塊に鋳造し、鋼片とした後、加熱温度1200℃にて板厚4mmまで熱延した。その後850〜950℃にて熱延板焼鈍を行い、ショットと硝ふっ酸溶液中での酸洗によりスケールを除去して、まず板厚2mmまで冷延した。再度同一温度範囲で中間焼鈍を行った後、同一酸洗方法でスケールを除去して板厚0.8mmまで冷延した。これを880〜1000℃にて仕上焼鈍を行い、素材No.A〜Nの冷延鋼板とした。
【0056】
【表1】

【0057】
【表2】

【0058】
(腐食試験1)
素材No.A〜Nの冷延鋼板より、それぞれ25W×100Lの試験片を切り出し、エメリー紙にて全面を#320まで湿式研磨した。
続いて、素材No.A〜Nの試験片に対して、次に示す条件1にて熱処理を行ない、表3のNo.1〜10、101〜103、106、201〜203の試験片とした。10−3torrで真空引き後、Nを導入して10−1〜10−2torrに調製した。その後昇温し、1100℃にて10分保持後、炉内で常温まで冷却した。なお、昇温中ならびに1100℃保持中も10−1〜10−2torrに保持した。また、素材No.D、FおよびJの試験片に対して、露点−65℃の100%H中、1100℃にて10分保持の熱処理を行った。この熱処理条件を条件2とし、表3のNo.11〜13の試験片とした。
【0059】
【表3】

【0060】
さらに、比較のため、素材No.DとFの試験片については、別の条件での熱処理も行った。素材No.Dの試験片については、10−3torrで真空引き後昇温し、1100℃にて10分保持後、炉内で常温まで冷却(条件3)し、表3のNo.104の試験片とした。素材No.Fの試験片については、大気中で700℃、30分保持後、常温まで空冷(条件4)し、表3のNo.105の試験片とした。
【0061】
表3のNo.1〜13、101〜106、201〜203の試験片に対して、表3に示す条件で腐食試験を行った。
No.1〜13、101〜106では、試験液として、ギ酸と酢酸の合計濃度が1%〜10%でClイオン濃度が100ppmになるようにNaClを溶解させた水溶液を用いた。試験温度は95℃とし、試験時間は168hrとした。なお、No.201〜203では、参考のため、ギ酸+酢酸の合計濃度が1%未満で、温度45℃とした、従来ガソリンに相当する条件についても試験を行った。これら以外の試験条件については、JASO−M611−92−Aに準じた。
【0062】
腐食試験後の試験片は、硝酸を用いて脱錆処理を施した後、腐食減量測定、局部腐食有無の観察に供した。腐食減量は、試験前後の試験片の質量を0.0001gまで測定可能な直示天秤を用いて測定し、その変化量から算出される質量減少を試験前の試験片表面積で除して算出した。局部腐食の観察は、気相、液相、気相/液相境界を問わず試験片全面を対象に倍率200倍の光学顕微鏡を用いて行った。
【0063】
腐食減量が検出限界相当の0.5g・m−2以上、もしくは焦点深度法による腐食深さ測定値の検出限界10μm超える腐食痕が検出された場合を「局部腐食あり」と定義して不合格(×)とし、腐食減量が0.5g・m−2未満で局部腐食が認められなかった場合を合格(○)とした。その結果を表3に示す。
【0064】
(腐食試験2)
表1および表2の素材No.A〜Nの冷延鋼板を切り出しエメリー紙にて全面を#320まで湿式研磨後、内径50mm、深さ35mmのカップに成形した。次に、これを上記条件1〜条件4で腐食試験1と同様にして熱処理を行った。熱処理後のカップの一つにRMEを45mL、もう一つにE22を45mL入れ、予めギ酸+酢酸および塩素イオンを表3の濃度で溶解させた水5mLを2つのカップに加えて封入し、95℃の恒温槽内に168時間放置した(表3のNo.1〜13、101〜106)。尚、一部の試験はガソリン条件に相当する45℃の恒温槽内にて実施した(表3のNo.201〜203)。試験終了後、腐食液を排出しカップ内部をアセトン洗浄した後、腐食痕の有無を目視観察した。その結果を表3に示す。
【0065】
(表面分析)
表3のNo.1〜13、101〜106、201〜203の腐食試験片の熱処理時に、表面分析用の試料も並行して熱処理を行い、X線光電子分光法(XPS)により、表面の酸化皮膜を分析し、酸化皮膜中のカチオン分率(A値)を算出した。XPSはアルバック・ファイ社製で、X線源にmono−AlKα線を用い、X線ビーム径約100μm、取り出し角45度の条件で測定した。その結果を表3に示す。
【0066】
表3に示す試験結果から、No.1〜13は、本発明範囲内にあるため、優れた耐食性を示した。
一方、比較例No.101〜103は、Cr含有量ならびにSi+Cr+Al+{Nb+Ti−8(C+N)}の値が本発明範囲外にあるため、満足すべき耐食性が得られていない。また、比較例No.106は、Si+Cr+Al+{Nb+Ti−8(C+N)}の値が本発明範囲外にあるため、満足すべき耐食性が得られていない。
【0067】
また、参考例No.201〜203は、Cr含有量が本発明の条件を満たしていないにもかかわらず、ギ酸+酢酸の合計濃度が1%未満で、温度が45℃とマイルドな条件であったため、良好な耐食性を示した。
【0068】
また、Nを導入せずに真空中でのみ熱処理されたNo.104のA値は0.22、大気中で熱処理されたNo.105のA値は0.17となり、組成が本発明範囲であるのにA値が本発明範囲を満足せず耐食性に劣る。
【産業上の利用可能性】
【0069】
バイオ燃料に対して優れた耐食性を備えた本発明のフェライト系ステンレス鋼は、燃料供給系部品、なかでも燃料噴射系のようにエンジンに近く高温になりやすい部位の部品に好適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.03%以下、
N:0.03%以下、
Si:0.1%を超え、1%以下、
Mn:0.02%以上、1.2%以下、
Cr:15%以上、23%以下、
Al:0.002%以上、0.5%以下、
Nb、Tiの何れか1種または2種を含有し、
以下に示す(式1)および(式2)を満たし、残部がFe及び不可避不純物からなり、表面に、Cr、Si、Nb、Ti、Alをカチオン分率の合計で30%以上含む酸化皮膜が形成されていることを特徴とするバイオ燃料供給系部品用フェライト系ステンレス鋼。
8(C+N)+0.03≦Nb+Ti≦0.6・・・(式1)
Si+Cr+Al+{Nb+Ti−8(C+N)}≧15.5・・・(式2)
(式1)および(式2)において、元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を表す。
【請求項2】
更に、質量%で、
Ni:2%以下、Cu:1.5%以下、Mo:3%以下、Sn:0.5%以下のうち何れか1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1記載のバイオ燃料供給系部品用フェライト系ステンレス鋼。
【請求項3】
更に、質量%で、
V:1%以下、W:1%以下、B:0.005%以下、Zr:0.5%以下、Co:0.2%以下、Mg:0.002%以下、Ca:0.002%以下、REM:0.01%以下のうち何れか1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1または2記載のバイオ燃料供給系部品用フェライト系ステンレス鋼。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載のバイオ燃料供給系部品用フェライト系ステンレス鋼からなることを特徴とするバイオ燃料供給系部品。

【公開番号】特開2012−214881(P2012−214881A)
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−57363(P2012−57363)
【出願日】平成24年3月14日(2012.3.14)
【出願人】(503378420)新日鐵住金ステンレス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】