説明

パルスアーク溶接方法

【課題】
炭酸ガス単体又は炭酸ガスを主成分とする混合ガスを用いた消耗電極式アーク溶接において、溶接アークを安定化させ、溶滴の移行規則性を向上させ、スパッタ発生量及びヒューム発生量を大幅に低減できるパルスアーク溶接方法を提供する。
【解決手段】
相互にパルスピーク電流レベル及びパルス幅の異なるパルス波形を有する第1パルスと第2パルスとが交互に繰り返されるパルス電流を溶接電流としてアーク溶接する方法であって、第1パルスのピーク電流Ip1が300〜700A、ピーク期間Tp1が0.3〜5.0ms、ベース電流Ib1が30〜200A、ベース期間Tb1が0.3〜10msであり、第2パルスのピーク電流Ip2が200〜600A、ピーク期間Tp2が1.0〜15ms、ベース電流Ib2が30〜200A、ベース期間Tb2が3.0〜20msである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は炭酸ガス単体又は炭酸ガスを主成分として含む混合ガスをシールドガスとして用いるパルスアーク溶接方法に関し、特に、パルス周期に同期した溶滴移行を実現することにより、溶接アークを安定化すると共に、スパッタ発生量及びヒューム発生量を大幅に低減できるパルスアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Ar−5〜30%CO混合ガスをシールドガスとして用いるMAG溶接方法は、溶滴が細粒化することに起因して、スパッタ発生量を低減できることから、従来から広い分野で適用されている。特に、高品質な溶接を必要とする分野では、溶接電流を100〜350Hz程度のパルス電流として出力することにより、1パルス1溶滴移行としたパルスMAG溶接方法の適用が広がってきている。
【0003】
しかしながら、Arガスは炭酸ガスと比較すると価格が高価であることから、通常の溶接施工に際しては炭酸ガス単体又は炭酸ガスを主成分とした混合ガスをシールドガスとして用いることが多い。
【0004】
一方、炭酸ガス単体又は炭酸ガスを主成分とした混合ガスをシールドガスとして用いた場合、MAG溶接方法と比較して溶滴が10倍程度の大きさに粗大化し、アーク力によって不規則に振動・変形するため、母材との短絡及びアーク切れを発生させやすく、溶滴移行も不規則となり、スパッタ及びヒュームが多発するという問題点がある。
【0005】
上記問題点に対し、特許文献1及び特許文献2では、炭酸ガスシールドアーク溶接においてパルス溶接を適用し、パルスパラメータ及び溶接ワイヤ成分を規定することにより、炭酸ガスアーク溶接でも1パルス1溶滴移行を実現する方法が提案されている。これらの従来技術は、ピーク電流印加前にワイヤ先端に充分な大きさの溶滴を形成させておくことにより、ピーク電流の電磁ピンチ力が溶滴のくびれを早く生じさせ、アーク力によって溶滴がワイヤ方向に押し戻される前に溶滴をワイヤから離脱させることができるとするものである。
【0006】
また、上述の従来溶接方法に関し、特許文献3では、溶接電源の出力制御方法として外部特性切り替え制御を行うことにより、更に一層のスパッタの低減を達成できる溶接方法が提案されている。
【0007】
また、特許文献4及び特許文献5では、炭酸ガスを主体とするシールドガスを用いたアーク溶接方法に関し、1溶滴の移行時間内に7パルス以上を発振することにより、スパッタ及び溶接ヒュームが低減できるとしている。
【0008】
更に、特許文献6では、炭酸ガスを主成分とするシールドガスを用いたパルスアーク溶接機の出力制御装置に関し、電圧又は抵抗の増加により溶滴離脱を検知し、検出した期間から一定期間、電流を低下させることによりスパッタを抑制できるとしている。
【0009】
更にまた、特許文献7では、炭酸ガスを主成分とするシールドガスを使用し、ワイヤ送給量が増加するに伴い、パルス期間及びベース期間を短く設定する第1パルスと、第1パルスよりもパルス期間を短く設定した第2パルスからなる異なる2種類のパルス波形を出力するパルスアーク溶接機を使用して、スパッタを抑制できるとしている。
【0010】
【特許文献1】特開平7−290241号公報
【特許文献2】特開平7−47473号公報
【特許文献3】特開平8−267238号公報
【特許文献4】特開2003−236668で号公報
【特許文献5】特開2001−129668号公報
【特許文献6】特開平8−229680号公報
【特許文献7】特開平10−263815号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述の特許文献1乃至3に開示された従来の溶接方法は、いずれもシールドガスとして安価な炭酸ガスを使用しながらも、1パルス1溶滴移行を可能とし、溶滴移行の規則性を向上させると共に、パルス無し溶接と比較すると大粒のスパッタ発生量を低減できるものである。しかしながら、これらの従来方法は、パルスピーク期間中に溶滴を離脱させることから、溶滴離脱時のワイヤ先端のくびれ部分の飛散による小粒スパッタと、溶滴離脱後のワイヤに残留した融液の飛散による小粒スパッタが多発するという問題点がある。
【0012】
特許文献4及び5に開示された方法は、1溶滴の移行時間内に7パルス以上を発振することにより、溶滴の小粒化を達成できるとしている。しかし、この従来方法を用いても、シールドガスとして炭酸ガスを主体とするガスを用いている以上、MAGパルス溶接における溶滴と比較すれば溶滴の大きさは10倍以上と大きく、小粒化効果は小さい。溶滴の移行は、溶滴の大きさ、ピーク期間の電磁ピンチ力、アーク力による押上げ力、これらに起因する溶滴内の対流及び振動等の要因が複雑に関連する。離脱のタイミングは溶滴の離脱方向に働く力のバランスによって決まるため、この従来方法のように、単純な高周波パルスを連続印加するのみでは、離脱時期が離脱タイミング毎に異なり、溶滴移行間隔は15〜25ms程度の範囲で変動し、スパッタを大幅に低減するには至っていない。
【0013】
また、この従来方法は、溶滴移行改善のため、単純に高周波パルスを印加している関係上、チップと母材との間の距離が変動した場合のアーク長一定化制御について、ピーク電流・ベース電流・パルス幅が固定されているため、周波数を変調させることになる。即ち、ワイヤ溶融速度を調整するにあたり、パルス周波数を大きく変化させることになり、溶滴移行の規則性が乱れる。従って、チップと母材との間の距離が標準状態より±5mm程度変動するような開先内をウィービング溶接した場合、安定なアークを維持することが困難となる。
【0014】
更に、特許文献6に開示された出力制御装置では、溶滴離脱を検知した後、一定期間、電流を低下させることにより、スパッタを抑制することが可能であるとしているが、この文献に記載された方法では、溶滴離脱の有無に拘わらず、全てのパルスにおいて、パルスピーク電流が同一であるため、溶滴離脱が可能となるパルスピーク電流に設定すると、溶滴離脱後のワイヤに残留した溶融金属が強力なアーク力により、離脱後の次のパルスピーク印加時に飛散し、大粒スパッタを多発させる。これを抑制するため、パルスピーク電流を低く設定すると、パルスピーク期間にて溶滴が離脱できなくなるという問題点があった。
【0015】
更に、特許文献7においては、ワイヤ供給量が増加するに伴い、パルス期間及びベース期間を短く設定する第1パルスと、第1パルスよりもパルス期間を短く設定した第2パルスからなる異なる2種類のパルス波形を出力するパルスアーク溶接方法により、スパッタを低減できるとしているが、ワイヤ送給量の増大に伴い、第1パルス期間及び第1ベース期間を短く設定すると、第2パルスによる電磁ピンチ力を受ける前段階において、ワイヤ先端の溶滴形状が整えられず、電磁ピンチ力が有効に作用しない。1周期あたり1溶滴の規則的な移行が困難となり、大粒スパッタを発生させるという問題点がある。
【0016】
本発明はかかる問題に鑑みてなされたものであって、炭酸ガス主体のシールドガスを使用しても1周期あたり1溶滴移行の規則性が極めて高い溶滴移行を達成することにより、大粒スパッタの発生量及びヒューム発生量を低減できると共に、溶滴離脱時のワイヤ先端のくびれ部分の飛散による小粒スパッタ及び溶滴離脱後のワイヤに残留した融液の飛散によるスパッタを大幅に低減できるパルスアーク溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明に係るパルスアーク溶接方法は、炭酸ガス単体又は炭酸ガスを主成分とする混合ガスをシールドガスとし、第1パルスと第2パルスとが交互に繰り返されるパルス電流を溶接電流としてアーク溶接する方法であって、前記第1パルスと第2パルスとは、相互にパルスピーク電流レベル及びパルス幅の異なるパルス波形を有し、第1パルスのピーク電流Ip1が300乃至700A、ピーク期間Tp1が0.3乃至5.0ms、ベース電流Ib1が30乃至200A、ベース期間Tb1が0.3乃至10msであり、第2パルスのピーク電流Ip2が200乃至600A、ピーク期間Tp2が1.0乃至15ms、ベース電流Ib2が30乃至200A、ベース期間Tb2が3.0乃至20msであり、また、Ip1>Ip2であり、1周期あたり1溶滴を移行させると共に、コンタクトチップと母材との間の距離が変化した場合に、1周期あたり1溶滴移行を乱さない範囲で前記Ip2、Ib2、Tp2及びTb2からなる群から選択された少なくとも1種以上を調整することにより、アーク長を一定に制御することを特徴とする。
【0018】
本発明においては、1周期あたりパルスピーク電流レベル及びパルス幅の異なる2種類のパルス波形を交互に連続発振させることにより、1周期あたり1溶滴を移行させ、これにより、溶滴移行の規則性を向上させ、大粒スパッタを低減する。また、溶滴離脱タイミングに合わせてベース電流へ電流を低減させることにより、溶滴離脱時のワイヤ先端くびれ部分の飛散による小粒スパッタや溶滴離脱後のワイヤに残留した融液の飛散による小粒スパッタを大幅に低減することができる。本発明においては、第1パルスピーク電流と第2パルスピーク電流をそれぞれの役割に応じて適正なピーク電流となるように設定しているため、溶滴離脱後のワイヤに残留した溶融金属が第2パルスピーク印加時に離脱・飛散して、溶滴移行の規則性を乱すこと及び大粒スパッタを多発させるということを防止できる。
【0019】
この場合に、コンタクトチップと母材との間の距離が変化した場合に、1周期あたり1溶滴移行を乱さない範囲で前記Ip2、Ib2、Tp2及びTb2からなる群から選択された少なくとも1種以上を調整することにより、アーク長を一定に制御するので、チップと母材との間の距離が変動した場合でも、電圧変化又は電流変化をフィードバックすれば、1周期あたり1溶滴移行を乱さない範囲で、Ip2、Ib2、Tp2及びTb21種又は2種以上を調整することができるので、ワイヤ溶融速度を調整してアーク長を一定に制御することができる。
【0020】
なお、本発明においては、ワイヤ送給速度毎に適正なIp2,Tp2,Ib2を予め設定し、ワイヤ送給速度の増加に伴い、Tb2を3.0乃至20msの範囲内に確保できるように、Ip2,Tp2及びIb2からなる群から選択された少なくとも1種以上を増加させ、ワイヤ溶融速度を増加させることが好ましい。また、前記第1パルスの立ち上がり及び立ち下がりに対し変化が緩やかになるように時間軸に対して傾斜を設け、前記第2パルスの立ち上がりに対し変化が緩やかになるように時間軸に対して傾斜を設け、第1パルスの立ち上がりスロープ期間をTup1、第1パルスの立ち下がりスロープ期間をTdown、第2パルスの立ち上がりスロープ期間をTup2としたとき、Tup1及びTup2はいずれも3ms以下、Tdownは6ms以下であることが好ましい。
【0021】
更にまた、第1パルスピーク期間Tp1又はそれに続く第1パルス立下りスロープ期間Tdown中に溶滴の離脱を検知すると同時に、それが第1パルスピーク期間Tp1中又は第1パルス立下りスロープ期間Tdown中であっても、直ちに第1パルスベース電流Ib1又は検知時の電流より低い所定電流に切替えることが好ましい。
【0022】
更にまた、1周期の全て、又は「Tup1、Tp1,Tdown,Tb1」若しくは「Tup2、Tp2、Tb2」のいずれか一方又は2つ以上の期間において、パルス周波数500乃至2000Hzの高周波パルスを溶接電流に重畳することが好ましい。
【0023】
消耗電極ワイヤの化学組成は、C:0.10質量%以下、Si:0.20乃至1.0質量%、Mn:0.5乃至2.0質量%、Ti+Al+Zr:0.05乃至0.40質量%、残部:Fe及び不可避不純物からなるものとすることが好ましい。
【0024】
更にまた、この消耗電極ワイヤは、ワイヤ表面に銅めつきを施していないものが好ましい。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係るパルスアーク溶接方法によれば、炭酸ガス単体又は炭酸ガスを主成分とする混合ガスを用いた消耗電極式アーク溶接において、1周期あたり1溶滴移行の規則性が極めて高い溶滴移行を達成でき、従来方法と比較して、溶接アークの安定化を向上させ、大粒スパッタ発生量及びヒューム発生量を大幅に低減できると共に、溶滴離脱時のワイヤ先端のくびれ部分の飛散による小粒スパッタ及び溶滴離脱後のワイヤに残留した融液の飛散によるスパッタを大幅に低減することができる。更に、請求項2によれば、チップと母材間の距離が変動した場合でも1周期あたり1溶滴移行を乱さない範囲でパルスパラメータを調整することにより、アーク長を概ね一定に制御できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態について、添付の図面を参照して具体的に説明する。図1は本発明のパルスアーク溶接方法において使用するパルス電流の波形図である。このパルス電流は、第1パルスと第2パルスとが交互に繰り返される。第1パルスにおいて、第1パルスピーク電流がIp1、その期間(第1パルスピーク期間)がTp1、第1パルスベース電流がIb1、その期間(第1パルスベース期間)がTb1である。また、第2パルスにおいて、第2パルスピーク電流がIp2、その期間(第2パルスピーク期間)がTp2、第2パルスベース電流がIb2、その期間(第2パルスベース期間)がTb2である。
【0027】
そして、本発明の請求項1の実施形態においては、これらのパルス条件は、下記のように設定される。
(a)第1パルスピーク電流Ip1:300〜700A
(b)第1パルスピーク期間Tp1:0.3〜5.0ms
(c)第1パルスベース電流Ib1:30〜200A
(d)第1パルスベース期間Tb1:0.3〜10ms
(e)第2パルスピーク電流Ip2:200〜600A
(f)第2パルスピーク期間Tp2:1.0〜15ms
(g)第2パルスベース電流Ib2:30〜200A
(h)第2パルスベース期間Tb2:3.0〜20ms
(i)Ip1>Ip2。
【0028】
このようなパルス条件によりパルスアーク溶接を実施すると、図2に示すように、ワイヤ先端の溶滴形成及び溶滴移行が行われる。図2の(a)の溶滴は、前パルス周期にて溶滴が離脱した後の第2パルスピーク期間中に成長したものである。第2パルスベース期間に電流が急激に減少するため、押上げ力が弱まり、溶滴は(a)のようにワイヤ先端に垂下がるように整形される。第1パルスピーク期間に入ると、ワイヤ中のピーク電流による電磁ピンチ力により、溶滴は(b)のようにくびれを形成する変化をしながら、急速に離脱を行い、離脱後にワイヤ側にアークが移動する瞬間においては、(c)のように第1パルスベース期間に電流が下がっている状態にする。このことにより、ワイヤくびれ部分の飛散及び離脱後の残留融液の飛散による小粒スパッタを大幅に低減できる。(d)の第2パルスピーク期間では溶滴離脱後のワイヤに残留した残留融液が離脱・飛散しないレベルに第2パルスピーク電流を設定した上で溶滴を成長させた後、(e)の第2のパルスベース期間で溶滴の成形を行いながら、再び(a)の状態に戻るため、1周期あたり1溶滴の移行を極めて規則正しく実現できる。
【0029】
現在のアーク長を検出する手段として、直前の1周期、又は直前の所定パルス周期において、1周期全て、又は「Tup1、Tp1,Tdown,Tb1」若しくは「Tup2、Tp2、Tb2」のいずれか一方、又はTup1、Tp1,Tdown,Tb1、Tup2、Tp2、Tb2の1種以上の期間を使用して、例えば、電源の外部特性が定電圧特性であれば上記期間の電流値、定電流特性であれば上記期間の電圧値をフィードバックし、1周期あたり1溶滴移行を乱さない範囲で、Ip2、Ib2、Tp2又はTb2の1種以上を調製することにより、コンタクトチップと母材との間の距離が変化した場合でも、アーク長を一定に制御することができる。
【0030】
溶接中の電流・電圧波形の計測により、溶滴の離脱タイミングは明確に把握することができる。また、詳細には、高速度ビデオカメラにより撮影することにより、溶滴の離脱タイミングの観察が可能である。1周期あたり1溶滴移行を、再現性よく達成するためには、Tb2を所定期間確保することが最も重要であり、上述の如く、Tb2を3.0〜20msの範囲に確保することが必要である。予め、各ワイヤ送給速度について、Tb2毎に、Ip2、Ib2、Tp2を独立的に変化させた場合のワイヤ溶融速度をデータベースとして構築しておくと同時に、1周期あたり1溶滴移行を確実とするIp2、Ib2、Tp2の各許容範囲もワイヤ送給速度毎に設定しておく。そして、各ワイヤ送給速度について、チップと、母材との間の距離が変化した場合、溶接電圧又は溶接電流の変化量をフィードバックしながら、一定のアーク長となるように時々刻々溶接電圧を調整し、その電圧を維持するために必要な溶接電流波形は上記データベースを参照しながら、各パラメータについて許容範囲内で最適な選択を行っていけば、アーク長制御が実現できる。
【0031】
次に、請求項2に係る発明の実施形態について具体的に説明する。ワイヤ送給速度を増加させた場合、第1パルスによるピンチ力を受ける際に、ワイヤ先端の溶滴形状が変動していると、同一パルスを印加しても、電磁ピンチ力が有効に作用せず、溶滴の離脱時期が変動して大粒スパッタを発生させる。この溶滴形状は、Tb2を3.0乃至20msの範囲内でできるだけ長く確保して、最適なアーク長に維持すれば、その変動が減衰し、形状を一様化することができる。従って、ワイヤ送給速度毎に適正なIp2,Tp2,Ib2を予め設定し、ワイヤ送給速度の増加に伴い、Ip2,Tp2,Ib2の1種以上を増加させることにより、ワイヤ溶融速度を増加させ、Tb2を3.0乃至20msの範囲内に確保する。
【0032】
次に、本発明の請求項3の実施形態について、図3を参照して具体的に説明する。ベース電流からピーク電流に至る過程におけるTupl、Tup2の1種又は2種において、3ms以下のアップスロープ期間を設けることによって、急激なアーク力の増加を防ぎ、徐々にアークの発生点を溶滴の上方部へ移動させる。このことにより、第1パルスにおける溶滴離脱性の向上と第2パルスにおける溶滴形成の安定性の向上を図ることができる。また、本実施形態は、通常の矩形波パルスを適用する場合より磁場の影響を軽減することができ、アーク切れ発生頻度を減少させることができる。一方、ピーク電流からベース電流に至る過程におけるTdownにおいて、6ms以下のダウンスロープ期間を設けることによって急激なピンチ力の低下を防ぎ、離脱途中でベース電流へ変化して溶滴離脱を失敗する頻度を大幅に低減できる。また、本実施形態は、通常の矩形波パルスを適用する場合より磁場の影響を軽減することができ、アーク切れ発生頻度を減少させることができる。
【0033】
次に、本発明の請求項4の実施形態について、具体的に説明する。第1パルスピーク期間又はそれに続く第1パルス立ち下がりスロープ期間中に溶滴の離脱を検知すると同時に、第1パルスピーク期間中又は第1パルス立ち下がりスロープ期間中であっても、直ちに、第1パルスベース電流又は検知時の電流より低い所定電流に切り替えることにより、ワイヤくびれ部分の飛散及び離脱後の残留融液の飛散による小粒スパッタを更に低減できると同時に、第1パルスにおける溶滴の離脱ミスによる大粒スパッタも大幅に低減することができる。
【0034】
溶滴の離脱を検知する手段としては、例えば、第1パルスピーク期間中、第1パルス立ち下がりスロープ期間中の電源外部特性が定電圧特性であれば、溶滴離脱によってアーク長が長くなる際の電流低下を捉えればよい。一方、第1パルスピーク期間中、第1パルス立ち下がりスロープ期間中の電源外部特性が定電流特性であれば、溶滴離脱によるアーク電圧の急増を捉えればよい。また、第1パルスピーク期間中、第1パルス立ち下がりスロープ期間中の電流、電圧又はアークインピーダンス等について、1階又は2階の時間微分信号を離脱検知として使用しても良い。
【0035】
次に、本発明の請求項5の実施形態について具体的に説明する。請求項1、2及び3は低周波パルスに同期させた1周期あたり1溶滴移行形態であるが、請求項5では上記低周波パルスの1周期の全て、又は「Tup1、Tp1,Tdown,Tb1」若しくは「Tup2、Tp2、Tb2」のいずれか一方又は2つ以上の期間に、500〜2000Hzの高周波パルスを重畳させる。これにより、第2パルスピーク期間の溶滴を上方に押上げるアーク力が断続的となり、高周波パルス無しの場合と比較すると押し上げ力が緩和される。更に、アークの硬直性が高くなるため、溶滴・アークともに軸対称となりやすい。溶滴・アークが軸対象に近いため電流経路も軸対象になり、溶滴を離脱させるのに作用する電磁ピンチ力も軸対象となりやすいため、溶滴の離脱方向もワイヤ方向から大きく反れることが少なくなる。また、電磁ピンチ力は電流の2乗に比例するため、高周波パルス無しの場合と比較すると、ピーク期間のより早い段階で溶滴離脱を行うことが可能であるため、極めて再現性の高い1周期あたり1溶滴移行を達成でき、スパッタ発生量、ヒューム発生量を大幅に低減できる。なお、ここで印加する高周波パルスは矩形波、三角波のいずれでも効果があり、仮にリアクタンスの影響で矩形パルスがなまった場合でも効果を失わない。
【0036】
次に、各パルスパラメータの規定理由について説明する。
【0037】
「Ip1:300〜700A」
第1パルスピーク電流Ip1は、溶滴を離脱させる過程において充分な電磁ピンチ力を確保するのに大きく寄与する。Ip1が300A未満であると、電磁ピンチ力が弱く、溶滴が大塊となるまで離脱できず、1周期あたり1溶滴の移行から外れる。そして、大塊となった溶滴が母材と接触してスパッタ及びヒュームの多量発生の原因となる。Ip1が700Aを超えると、溶滴を押し上げるアーク力が強くなりすぎ、規則的な溶滴離脱が困難となるだけでなく、装置重量及びコストが上昇するという問題点もある。より、好ましいIp1の範囲は400〜600Aである。
【0038】
「Tp1:0.3〜5.0ms」
第1パルスピーク期間Tp1もIp1と同様に、溶滴を離脱させる過程において充分な電磁ピンチ力を確保することに大きく寄与する。パルス幅が0.3ms未満であると、電磁ピンチ力により溶滴を離脱させることができず、n周期1溶滴移行となり、溶滴移行の規則性を乱す。一方、Tp1が5.0msを超えると、パルスピーク期間中に溶滴離脱が起こる確率が増大し、Ib1へ電流を低下させても小粒スパッタを抑制する効果がなくなると同時に、溶滴移行の規則性を乱し、スパッタ及びヒユームが多量に発生する。
【0039】
「Ib1:30〜200A」
第1パルスベース電流Ib1は、溶滴離脱後にワイヤ側にアークが移動する過程において、アーク切れを起こさず、小粒スパッタ発生を抑制することに大きく寄与する。Ib1が30A未満であると、アーク切れ及び短絡が発生しやすくなる。また、Ib1が200Aを超えると、溶滴からワイヤへアークが移動する瞬間において、ワイヤ側に残留する融液に寄与するアーク力が大きくなり、小粒スパッタを抑制することができなくなる。
【0040】
「Tb1:0.3〜10ms」
第1パルスベース期間Tb1も、Ib1と同様に、溶滴離脱後にワイヤ側にアークが移動する過程において、アーク切れを起こさず,小粒スパッタ発生を抑制することに大きく寄与する。Tb1が0.3ms未満であると、ワイヤに残留した融液を整形するのに不十分であり、小粒スパッタを抑制することができない。一方、Tb1が10msを超えると、溶滴と溶融池との間で短絡が生じやすくなり、溶滴移行の規則性を乱す。また、溶接電流の上限が抑制され、高ワイヤ送給速度条件における溶接が困難となる。
【0041】
「Ip2:200〜600A」
第2パルスピーク電流Ip2は、溶滴を形成する過程において適当な大きさの溶滴を安定に形成することに大きく寄与する。Ip2が200A未満であると、次の第1パルスでワイヤから離脱させるのに足る溶滴を充分に形成できず、溶滴移行の規則性を乱す。また、溶接電流の上限が抑制され、高ワイヤ送給速度条件における溶接が困難となる。Ip2が600Aを超えると、溶滴形成時のアーク力が強くなりすぎ、溶滴が不規則に振動し、安定な溶滴離脱を阻害すると共に、溶滴離脱後のワイヤに残留した溶融金属が第2パルスピーク印加時に離脱及び飛散して、溶滴移行の規則性を乱す。また、ワイヤ溶融量が大きいため、第2パルスピーク期間中に再度溶滴移行を行う可能性が高くなる。更に、装置重量及びコストが上昇するという問題点もある。より好ましいIp2の範囲は300〜500Aである。
【0042】
「Tp2:1.0〜15ms」
第2パルスピーク期間Tp2も、Ip2と同様に、溶滴を形成する過程において適当な大きさの溶滴を安定に形成することに大きく寄与する。Tp2が1.0ms未満であると、次の第1パルスでワイヤから離脱させるのに足る溶滴を充分に形成できず、溶滴移行の規則性を乱す。Tp2が15msを超えると、第2パルス期間中に再度溶滴移行を行なう可能性が高くなり、1周期1溶滴移行から外れてしまう。
【0043】
「Ib2:30〜200A」
第2パルスベース電流Ib2は、溶滴を整形する過程において、アーク切れを起こさず、安定に溶滴を整形することに大きく寄与する。Ib2が30A未満であると、アーク切れ及び短絡が発生しやすくなる。また、Ib2が200Aを超えると、溶滴に寄与するアーク力が大きくなると共に、ベース期間での溶融が過大となり、溶滴がふらつき、安定に整形できなくなる。
【0044】
「Tb2:3.0〜20ms」
第2パルスベース期間Tb2も、Ib2と同様に、溶満を整形する過程において、アーク切れを起こさず、安定に溶滴を整形することに大きく寄与する。Tb2が3.0ms未満であると、溶滴を充分に整形することができず、溶滴の離脱方向にばらつきが生じる。一方、Tb2が20msを超えると、ベース期間での溶融量が過大となり、溶滴と溶融池との間で短縮が生じやすくなり、溶滴移行の規則性を乱す。
【0045】
「Tup1:3ms以下,Tup2:3ms以下」
第1パルスのアップスロープ期間Tup1は、第2パルスベース電流Ib2から第1パルスピーク電流Ip1に至る過程における急激なアーク力の増加を防ぎ、徐々にアークの発生点を溶滴の上方部へ移動させることにより、スパッタの抑制及びアーク切れの抑制に大きく寄与する。また、第2パルスのアップスロープ期間Tup2も、第1パルスベース電流Ib1から第2パルスピーク電流Ip2に至る過程における急激なアーク力の増加を防ぎ、徐々にアークの発生点を溶滴の上方部へ移動させることにより、スパッタの抑制及びアーク切れの抑制に大きく寄与する。一方、Tup1及びTup2が3.0msを超えても、その効果はなく、逆に、溶滴離脱及び形成に時間がかかり、溶滴の粗大化を招く。また、溶接電流の上限が抑制され、高ワイヤ送給速度条件における溶接が困難となる。
【0046】
「Tdown:6ms以下」
第1パルスのダウンスロープ期間Tdownは、第1パルスピーク電流Ip1から第1パルスベース電流Ib1に至る過程における急激なピンチ力の低下を防ぎ、溶滴の離脱途中でベース電流へ変化して溶滴離脱が失敗する頻度を大幅に低減することにより、スパッタの抑制及びアーク切れの抑制に大きく寄与する。一方、Tdownが6msを超えてもその効果はなく、離脱時に電流レベルの高い状態にあると、小粒スパッタが増加する。また、溶接電流の上限が抑制され、高ワイヤ送給速度条件における溶按が困難となる。
【0047】
「高周波パルスのパルス周波数:500〜2000Hz」
高周波パルスのパルス周波数は、パルスピーク期間及びベース期間における溶滴を上方に押上げるアーク力の緩和及びアークの硬直性向上に大きく寄与する。なお、アークの硬直性とは、ワイヤに流れる電流が形成する磁場により、アークをワイヤ延長方向に固定する性質をいい、溶湯中のアークのふらつきを抑制するものである。高周波パルスのパルス周波数が500Hz未満であると、アーク力緩和効果は無く、溶滴の振動が大きくなり、安定な溶滴の成長・整形が行えなくなる。また、高周波パルスのパルス周波数が2000Hzを超えると、高周波パルス付与効果が弱くなり、アークによる押し上げ力が増大し、溶滴・アークが軸対象となりにくくなる。
【0048】
次に、消耗電極ワイヤの組成について説明する。本発明溶接方法においては、消耗電極ワイヤの組成は特に限定するものではないが、好ましい一例として、その化学成分組成は、C:0.10質量%以下、Si:0.20乃至1.0質量%、Mn:0.50乃至2.0質量%、Ti+Al+Zr:0.05乃至0.40質量%、残部がFe及び不可避不純物からなるものとする。以下に、その組成限定理由について説明する。
【0049】
「C:0.10質量%以下」
Cは溶接金属の強度を確保する上で重要な元素であるが、0.10質量%を超えると溶滴及び溶融池の変形・振動が激しくなり、スパッタ及びヒュームが増大するようになる。従って、C量は0.10質量%以下とする。
【0050】
「Si:0.20乃至1.0質量%」
Siは脱酸剤として少なくとも0.20質量%を必要とする。また、Siが0.20質量%未満であると、溶滴の粘性が低くなりすぎ、溶滴がアーク力によって不規則に変形するためスパッタ及びヒュームが増大する。一方、Siが1.0質量%を超えると、スラグ量が多くなると共に、溶滴の粘性が大きくなりすぎ、1パルス群1溶滴移行から外れる場合が出てくる。従って、Si量は0.20乃至1.0質量%とする。
【0051】
「Mn:0.50乃至2.0質量%」
MnはSiと同様に脱酸剤として重要な元素であり、このためにはMnは少なくとも0.50質量%を必要とする。また、Mnが0.50質量%未満であると、溶滴の粘性が低くなりすぎ、溶滴がアーク力によって不規則に変形するためスパッタ及びヒュームが増大する。一方、Mnが2.0質量%を超えると、溶接ワイヤ製造時の伸線性が劣化すると同時に溶滴の粘性が大きくなりすぎ、1パルス群1溶滴移行から外れる場合が出てくる。従って、Mn量は0.52乃至2.0質量%とする。
【0052】
「Ti+Al+Zr=0.05乃至0.40質量%」
Ti+Al+Zrは脱酸剤及び溶接金属の強度確保等にも重要な元素であるが、本発明においては、溶滴の粘性を適正化し、不安定な挙動を抑制する効果がある。Ti+Al+Zrが0.05質量%以下の場合、上記効果に乏しく小粒スパッタが増大する。一方、0.40質量%を超えるとスラグ剥離性及び溶接金属の靭性を劣化させる。また、溶滴の粘性が高くなりすぎ、1パルス群1溶滴移行から外れ、スパッタ及びヒュームを増大させる。従って、Ti+Al+Zrは0.05乃至0.40質量%とする。
【0053】
また、本プロセスに好ましい消耗電極ワイヤとして、ワイヤ表面に銅めっきを施さないものが良い。ワイヤ表面に銅めつきを施さないことにより、溶滴のくびれ部の表面張力を低下させることができ、電磁ピンチ力により溶滴がワイヤから離脱しやすくなるため、極めて再現性の高い溶滴移行が可能となる。
【実施例】
【0054】
以下、本発明の請求項1に関する実施例について説明する。下記溶接条件及び下記表1及び表2に示すパルスパラメータを使用して、炭酸ガスをシールドガスとして用いたパルスアーク溶接を行い、スパッタ発生量を測定した。このとき、図4(a)、(b)に示す銅製の捕集箱内にて溶接を行ない、スパッタを捕集した。図4(a)はその斜視図、(b)は模式的断面図である。銅製の捕集箱1,2間に、被溶接材3を置き、トーチ4を被溶接材3上に配置して溶接を実施した。そのとき発生するスパッタ5を、捕集箱1,2の上半部に設けた開口1a、2aを介して、捕集箱1,2内に補修した。
【0055】
「溶接条件」
ワイヤ:JIS Z3312 YGW11 直径1.2mm
シールドガス:CO単体
試験板:SM490A
チップ母材間距離:25mm
トーチ前進角:30°
溶接速度:40cm/分
ワイヤ送給速度:6.0〜23.0m/分。
溶接電圧:アーク長2〜3mmにおいて短絡回数が5回/秒となるような溶接電圧。
【0056】
また、表1及び表2に示すパルスパラメータの溶接電流を使用して、炭酸ガスをシールドガスとしてパルスアーク溶接を行い、JIS Z 3930に準じた方法を用いてヒユーム発生量を測定した。なお、溶接条件は、上述のスパッタ発生量の測定の場合と同一である。また、従来方法として、溶接電流が320A、溶接電圧が36V、ワイヤ送給速度が15.5m/分で一定の場合のスパッタ発生量及びヒューム発生量も求めた。
【0057】
下記表1及び表2の評価欄では、スパッタ発生量が4.0g/分以下、ヒューム発生量が400mg/分以下のものを良好(○)、スパッタ発生量が4.0g/分を超えたもの、又はヒューム発生量が400mg/分を超えたものを不良(×)とした。
【0058】
【表1】

【0059】
【表2】

【0060】
表1に示す実施例1〜18は本発明の範囲に入るものであり、スパッタ発生量及びヒューム発生量がいずれも低いものであり、評価は○であった。
【0061】
これに対し、比較例19乃至34は、従来方法と同様に、スパッタ発生量及びヒューム発生量が多いものであった。先ず、比較例19はIp1が下限値未満であるため、溶滴が大塊となるまで離脱ができず、1周期あたり1溶滴の移行から外れ、不規則な短絡によるスパッタ及びヒュームが増大した。比較例21はIp1が上限値を超えるため、ピーク期間に溶滴を押上げるアーク力が強くなりすぎ、規則的な溶滴移行が困難となり、スパッタ及びヒュームが増大した。比較例21はTp1が下限値未満であるため、溶滴が大塊となるまで離脱ができず、1周期あたり1溶滴の移行から外れ、不規則な短絡によるスパッタ・ヒュームが増大した。比較例22はTp1が上限値を超えるため、ピーク期間中に溶滴離脱が頻発し、小粒スパッタ及びヒュームが増大した。比較例23はIb1が下限値未満であるため、アーク切れ及び短絡が頻発し、スパッタ・ヒュームが増大した。比較例24はIb1が上限値を超えるため、溶滴からワイヤへアークが移動する瞬間において、ワイヤ側に残留する融液を吹き飛ばし、小粒スパッタ及びヒュームが増大した。比較例25はTb1が下限値未満であるため、溶滴からワイヤへアークが移動する瞬間において、ワイヤ側に残留する融液を整形することができず、小粒スパッタ及びヒュームが増大した。比較例26はTb1が上限値を超えるため、溶滴と溶融池の間で短絡が生じやすくなり、小粒スパッタ及びヒユームが増大した。
【0062】
比較例27はIp2が下限値未満であるため、次の第1パルスでワイヤから離脱させるのに必要な溶滴を充分に形成できず、溶滴移行の規則性を乱し、スパッタ及びヒュームが増大した。比較例28はIp2が上限値を超えるため、溶滴形成時のアーク力が強くなり過ぎ、溶滴が不規則に振動するため、溶滴移行の規則性が乱れた。また、第2パルス期間に再度、溶滴移行を実施することもあり、スパッタ及びヒュームが増大した。比較例29はTp2が下限値未満であるため、溶滴を形成する過程において、充分な大きさの溶滴を安定に形成することができず、溶滴移行の規則性が乱れ、スパッタ及びヒュームが増大した。比較例30はTp2が上限値を超えるため、第2パルス期間中に再度、溶滴移行を実施することもあり、スパッタ及びヒュームが増大した。比較例31はIb2が下限値未満であるため、アーク切れ及び短絡が頻発し、スパッタ・ヒュームが増大した。比較例32はIb2が上限値を超えるため、溶滴に寄与するアーク力が過大となり、溶滴の安定整形が困難となるため、溶滴移行の規則性が乱れ、スパッタ・ヒュームが増大した。比較例33はTb2が下限値未満であるため、充分な大きさの溶滴を安定に形成することができず、溶滴移行の規則性が乱れ、スパッタ及びヒュームが増大した。比較例34はTb2が上限値を超えるため、溶滴と溶融池の間で短絡が生じやすくなり、小粒スパッタ及びヒュームが増大した。
【0063】
以下、本発明の請求項2の実施例について説明する。下記表3及び表4に示す溶接条件により炭酸ガスをシールドガスとして使用してパルスアーク溶接を行い、スパッタ発生量及びヒューム発生量を測定した。スパッタの捕集方法は前述の図4に示すとおりである。また、ヒューム測定方法は請求項1の実施例と同様に、JIS Z 3930に準じた方法を使用した。評価基準も同様に、スパッタ発生量が4.0g/分以下、ヒューム発生量が400mg/分以下のものを良好(○)、スパッタ発生量が4.0g/分を超えたもの、又はヒューム発生量が400mg/分を超えたものを不良(×)とした。
【0064】
【表3】

【0065】
【表4】

【0066】
表3に示す実施例No,35乃至45は本発明例であり、ワイヤ送給速度の増加に伴い、Tb2を3.0乃至20msの範囲内に確保できるように、Ip2,Tp2,Ib2の1種以上を増加させ、ワイヤ溶融速度を増加させており、スパッタ及びヒュームの発生量が少ない。
【0067】
これに対し、表4の比較例No.46乃至57は、Ip1とIp2を同じレベルに設定し、ワイヤ送給量が増加するに伴い、パルス期間及びベース期間を短く設定する第2パルスと第2パルスよりもパルス期間を短く設定した第1パルスを使用した場合であり、第1パルスによる電磁ピンチ力を受ける前段階において、ワイヤ先端の溶滴形状が整えられず、電磁ピンチ力が有効に作用しない。1周期あたり1溶滴の規則的な移行が困難となり、大粒スパッタを発生させると共に、ヒューム発生量も多い。図5及び図6は、本実施例35乃至45及び比較例46乃至57について、ワイヤ送給速度とスパッタ発生量及びヒューム発生量との関係を示す。
【0068】
次に、本発明の請求項3,4及び5の実施例について説明する。下記溶接条件及び下記表5及び6に示す溶接条件を使用して炭酸ガスをシールドガスとするパルスアーク溶接を行い、スパッタ発生量及びヒューム発生量を測定した。スバッタ捕集方法は前述と同様に図4に示すものである。ヒューム発生量は、前述と同様に、JIS Z 3930に準じた方法により測定した。そして、スパッタ発生量が2.0g/分以下、ヒューム発生量が300mg/分以下、アーク切れ発生無しのものを良好(○)、スパッタ発生量が2.0g/分を超えたもの、ヒューム発生量が300mg/分を超えたもの、又はアーク切れ発生有りのものを不良(×)とした。なお、この評価は、表1及び表2に示す評価基準よりも厳しいものである。また、請求項4の高周波パルスの重畳については、1周期全て、又は「Tup1,Tp1,Tdown,Tb1」及び「Tup2,Tp2,Tb2」のいずれか一方又は2つ以上の期間に高周波パルスを重畳しており、表5及び表6にはパルス周波数のみ記載している。
【0069】
「溶接条件」
ワイヤ怪:1.2mm
シールドガス:CO
試験板:SM490A
チップ母材間距離:25mm
トーチ前進角:30°
ワイヤ送給速度:13〜15m/分
溶接速度:40cm/分
Ip1:560A
Tp1:2.0ms
Ib1:150A
Tb1:1.5ms
Ip2:450A
Tp2:5.0ms
Ib2:150A
Tb2:8.0ms。
【0070】
【表5】

【0071】
【表6】

【0072】
表5の実施例35〜40は本願請求項2の範囲を満たすものであり、第1及び第2パルス立上り期間Tup1及びTup2並びに第1パルス立下り期間Tdownにスロープ期間を設けたものである。
【0073】
実施例41〜42は請求項3の実施例であり、実施例41は溶滴離脱検知を実施したもの、実施例42は第1及び第2パルス立上り期間並びに第1パルス立下り期間にスロープ期間を設けた上、溶滴離脱検知を実施したものである。
【0074】
実施例43〜47は請求項3の実施例であり、実施例43〜44は高周波パルスを重畳したもの、実施例45は第1及び第2パルス立上り期間並びに第1パルス立下り期間にスロープ期間を設けた上、高周波パルスを重畳したもの、実施例46は溶滴離脱検知を実施した上、高周波パルスを重畳したもの、実施例47は第1及び第2パルス立上り期間並びに第1パルス立下り期間にスロープ期間を設けた上、溶滴離脱検知を実施し、高周波パルスを重畳したものである。
【0075】
次に、表6に示す比較例について説明する。但し、これらの比較例48〜61は、本発明の請求項1を満足するものである。比較例48は第1及び第2パルス立上り期間並びに第1パルス立下り期間にスロープ期間を設けていないため、離脱失敗時に大粒スパッタ及びヒュームが発生し、また、アーク切れも発生した。この比較例48を実施例41と比較すると、比較例48は離脱検知無しであるため、若干の離脱タイミングのずれに起因する小粒スパッタも生じた。比較例48を、実施例43及び44と比較すると、高周波パルス付与無しであるため、溶滴の押し上げがやや大きく、溶滴の離脱方向がワイヤ方向から大きく反れる場合もあった。
【0076】
比較例49は第1パルス立上り期間Tup1を設けていないため、第2ベース電流から第1パルスピーク電流に至る過程における急激なアーク力の増加による離脱失敗時に大粒スパッタ及びヒュームが発生し、また、アーク切れも発生した。比較例50は第1パルス立上り期間Tup1が上限値を超えるため、離脱に時間がかかり、溶滴の粗大化による離脱ミスを招く。比較例51は第1パルス立下り期間Tdownを設けていないため、第1パルスピーク電流から第1ベース電流に至る過程における急激なピンチ力の低下により、離脱途中でベース電流へ変化して溶滴離脱を失敗した場合、大粒スパッタ及びヒュームが発生した。比較例52は第1パルス立下り期間Tdownが上限値を超えるため、離脱時に電流レベルの高い状態にある場合が多く、小粒スパッタが増加した。比較例53は第2パルス立上り期間TUp2を設けていないため、第1ベース電流から第2パルスピーク電流に至る過程における急激なアーク力の増加による残留融液の飛散スパッタ及びヒュームが発生し、また、アーク切れも発生した。比較例54は第2パルス立上り期間Tup2が上限値を超えるため、溶滴の形成に時間がかかり、評価溶滴の粗大化による離脱ミスが生じた。比較例55は高周波パルスの周波数が下限値未満であるため、実施例43と比較すると、アーク力緩和効果は少なく、溶滴の振動が大きくなり、安定な溶滴の成長・整形が行えなくなり、スパッタが増大した。また、第1及び第2パルス立上り期間及び第1パルス立下り期間にスロープ期間を設けていないため、離脱失敗時に大粒スパッタ及びヒュームが発生し、また、アーク切れも発生した。比較例56は高周波パルスの周波数が上限値を超えるため、実施例43と比較すると、高周波パルス付与効果が弱くなり、アークによる押し上げ力が増大し、溶滴・アークが軸対象となりにくくなり、スパッタが増大した。また、第1及び第2パルス立上り期間並びに第1パルス立下り期間にスロープ期間を設けていないため、離脱失敗時に大粒スパッタ及びヒュームが発生し、また、アーク切れも発生した。比較例57は高周波パルスの周波数が下限値未満であるため、第1及び第2パルス立上り期間並びに第1パルス立下り期間にスロープ期間を設けているのにもかかわらず、実施例45と比較すると、アーク力緩和効果が少なく、溶滴の振動が大きくなり、安定な溶滴の成長・整形が行えなくなり、スパッタが増大した。比較例58は高周波パルスの周波数が上限値を超えるため、第1及び第2パルス立上り期間並びに第1パルス立下り期間にスロープ期間を設けているのにもかかわらず、実施例45と比較すると、高周波パルス付与効果が弱くなり、アークによる押し上げ力が増大し、溶滴・アークが軸対象となりにくくなり、スパッタを増大させた。比較例59は高周波パルスの周波数が下限値未満であるため、溶滴離脱検知を実施しているのにもかかわらず、実施例46と比較すると、アークカ緩和効果が少なく、溶滴の振動が大きくなり、安定な溶滴の成長・整形が行えなくなり、スパッタが増大した。比較例60は高周波パルスの周波数が下限値未満であるため、第1及び第2パルス立上り期間並びに第1パルス立下り期間にスロープ期間を設け、溶滴離脱検知を実施しているのにもかかわらず、実施例47と比較すると、アーク力緩和効果が少なく、溶滴の振動が大きくなり、安定な溶滴の成長・整形が行えなくなり、スパッタが増大した。比較例61は高周波パルスの周波数が上限値を超えるため、第1及び第2パルス立上り期間並びに第1パルス立下り期間にスロープ期間を設け、溶滴離脱検知を実施しているのにもかかわらず、実施例47と比較すると、高周波パルス付与効果が弱くなり、アークによる押し上げ力が増大し、溶滴・アークが軸対象となりにくくなり、スパッタが増大した。
【0077】
以下、本発明の請求項5及び6に関する実施例について説明する。下記溶接条件及びパラメータ並びに下記表5及び6に示す溶接ワイヤを用いて炭酸ガスをシールドガスとして用いたパルスアーク溶接を行い、スパッタ発生量及びヒューム発生量を測定した。スバッタ捕集方法及びヒューム量測定方法は前述と同様である。スパッタ発生量が2.0g/分以下、ヒューム発生量が300mg/分以下のものを良好(○)、スパッタ発生量が2.0g/分を超えるもの、又はヒューム発生量が300mg/分を超えるものを、不良(×)とした。
【0078】
「溶接条件」
ワイヤ径:1.2mm
シールドガス:CO
試験板:SM490A
チップ母材間距離:25mm
トーチ前進角:30°
溶接速度:40cm/min
ワイヤ送給速度15.5m/min
Ip1:560A
Tp1:2.0ms
Ib1:150A
Tb1:1.5ms
Ip2:450A
Tp2:5.0ms
Ib2:150A
Tb2:8.0ms。
【0079】
【表7】

【0080】
【表8】

【0081】
表5の実施例65〜75は本願請求項5を満たすものであり、スパッタ及びヒュームが少ない良好な溶接を行なえたものである。特に、実施例65と比較して実施例6、実施例68と比較して実施例69、実施例72と比較して実施例73では、ほぼ同様の組成をもつワイヤにおいて、銅めつきを施さないことにより、溶滴くびれ部の表面張力を低下させることができ、電磁ピンチ力により溶滴がワイヤから離脱しやすくなることがわかる。
【0082】
従って、銅めっきを施さないことにより、極めて再現性の高い溶滴移行が可能となる上、スパッタを更に低減することができる。
【0083】
これに対し、比較例76はワイヤ中のCが上限値を超えるため、溶滴及び溶融池の変形・振動が激しくなり、スパッタが増大した。比較例77はワイヤ中のSiが下限値以下であるため、溶滴の粘性が低くなりすぎ、溶滴がアーク力によって不規則に変形するため、スパッタが増大した。比較例78,79は、ワイヤ中のSiが上限値を超えるため、溶滴の粘性が高くなりすぎ、1パルス群1溶滴移行から外れ、スパッタを増大させる。比較例80はワイヤ中のMnが下限値未満であるため、溶滴の粘性が低くなりすぎ、溶滴がアーク力によって不規則に変形するため、スパッタが増大した。比較例81,82はワイヤ中のMnが上限値を超えるため、溶滴の粘性が高くなりすぎ、1周期あたり1溶滴移行から外れ、スパッタが増大した。比較例83,84はワイヤ中のTi+Al+Zrが下限値未満であるため、溶滴の粘性が低くなりすぎ、溶滴がアーク力によって不規則に変形するため、スパッタが増大した。比較例85はワイヤ中のTi+Al+Zrが上限値を超えるため、溶滴の粘性が高くなりすぎ、1周期あたり1溶滴移行から外れ、スパッタが増大した。なお、比較例76〜85は本願請求項1の要件を満たすものである。
【0084】
次に、チップと母材との間の距離が変化した場合について、アーク長を一定に維持するための各パラメータの調整に関する実施例について説明する。下記表9は直径が1.2mmのワイヤ(JIS Z3312YGW11)を使用して、ワイヤ送給速度を10.5m/分として溶接した場合において、基準条件(チップ母材間距離25mm)からチップ母材間距離を変化させた場合の収束条件を示す。また、下記表10は直径が1.2mmのワイヤ(JIS Z3312YGW11)を使用して、ワイヤ送給速度を16.0m/分として溶接した場合において、基準条件(チップ母材間距離25mm)からチップ母材間距離を変化させた場合の収束条件を示す。いずれの場合も、シールドガスはCO単体であり、試験板(被溶接板)はSM490A、溶接速度は40cm/分であった。
【0085】
【表9】

【0086】
【表10】

【0087】
実施例91乃至98及び102乃至107は、チップ母材間の距離が変化しても、1周期あたり1溶滴移行を乱さない範囲で、Ip2,Ib2,Tp2及びTb2の1種以上を調整することにより、溶融バランスを維持し、アーク長を一定に制御している。一方、比較例99乃至101及び108乃至111は、チップ母材間の距離が変化することに応じてIp2、Ib2、Tp2及びTb2を調整することにより、溶融バランスを維持したが、各パラメータが本発明の範囲から外れるため、1周期あたり1溶滴移行が達成されず、スパッタ及びヒュームが増加した。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】本発明の溶接電流パルスの波形図である。
【図2】パルス電流と溶接移行機構との関係を示す模式図である。
【図3】立ち上がりスロープ及び立ち下がりスロープを持つパルス波形を示す波形図である。
【図4】スパッタ捕集方法を示す斜視図である。
【図5】ワイヤ送給速度とスパッタ発生量との関係を示すグラフ図である。
【図6】ワイヤ送給速度とヒューム発生量との関係を示すグラフ図である。
【符号の説明】
【0089】
1,2:銅箱
1a、2a:開口
3:被溶接材
4:トーチ
5:スパッタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭酸ガス単体又は炭酸ガスを主成分とする混合ガスをシールドガスとし、第1パルスと第2パルスとが交互に繰り返されるパルス電流を溶接電流としてアーク溶接する方法であって、前記第1パルスと第2パルスとは、相互にパルスピーク電流レベル及びパルス幅の異なるパルス波形を有し、第1パルスのピーク電流Ip1が300乃至700A、ピーク期間Tp1が0.3乃至5.0ms、ベース電流Ib1が30乃至200A、ベース期間Tb1が0.3乃至10msであり、第2パルスのピーク電流Ip2が200乃至600A、ピーク期間Tp2が1.0乃至15ms、ベース電流Ib2が30乃至200A、ベース期間Tb2が3.0乃至20msであり、また、Ip1>Ip2であり、1周期あたり1溶滴を移行させると共に、コンタクトチップと母材との間の距離が変化した場合に、1周期あたり1溶滴移行を乱さない範囲で前記Ip2、Ib2、Tp2及びTb2からなる群から選択された少なくとも1種以上を調整することにより、アーク長を一定に制御することを特徴とするパルスアーク溶接方法。
【請求項2】
ワイヤ送給速度毎に適正なIp2,Tp2,Ib2を予め設定し、ワイヤ送給速度の増加に伴い、Tb2を3.0乃至20msの範囲内に確保できるように、Ip2,Tp2及びIb2からなる群から選択された少なくとも1種以上を増加させ、ワイヤ溶融速度を増加させることを特徴とする請求項1に記載のパルスアーク溶接方法。
【請求項3】
前記第1パルスの立ち上がり及び立ち下がりに対し変化が緩やかになるように時間軸に対して傾斜を設け、前記第2パルスの立ち上がりに対し変化が緩やかになるように時間軸に対して傾斜を設け、第1パルスの立ち上がりスロープ期間をTup1、第1パルスの立ち下がりスロープ期間をTdown、第2パルスの立ち上がりスロープ期間をTup2としたとき、Tup1及びTup2はいずれも3ms以下、Tdownは6ms以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載のパルスアーク溶接方法。
【請求項4】
第1パルスピーク期間Tp1又はそれに続く第1パルス立下りスロープ期間Tdown中に溶滴の離脱を検知すると同時に、それが第1パルスピーク期間Tp1中又は第1パルス立下りスロープ期間Tdown中であっても、直ちに第1パルスベース電流Ib1又は検知時の電流より低い所定電流に切替えることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載のパルスアーク溶接方法。
【請求項5】
1周期の全て、又は「Tup1、Tp1,Tdown,Tb1」若しくは「Tup2、Tp2、Tb2」のいずれか一方又は2つ以上の期間において、パルス周波数500乃至2000Hzの高周波パルスを溶接電流に重畳することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載のパルスアーク溶接方法。
【請求項6】
C:0.10質量%以下、Si:0.20乃至1.0質量%、Mn:0.5乃至2.0質量%、Ti+Al+Zr:0.05乃至0.40質量%、残部:Fe及び不可避不純物からなる組成を有する消耗電極ワイヤを使用することを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載のパルスアーク溶接方法。
【請求項7】
ワイヤ表面に銅めつきを施していない消耗電極ワイヤを使用することを特徴とする請求項6に記載のパルスアーク溶接方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−237270(P2007−237270A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−65650(P2006−65650)
【出願日】平成18年3月10日(2006.3.10)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】