説明

パンの製造方法

【解決課題】 発酵種の風味安定と製パン性を改良したパンを提供する。
【解決手段】 パン製造に使用する小麦粉の総質量の50%〜70%を小麦粉として含む仲種を作成する段階と、上記仲種を発酵させる段階と、上記発酵させた仲種に、上記仲種作成段階で残した小麦粉およびその他の生地原料を添加し混捏する本捏段階とをこの順に含むパンの製造方法であって、上記仲種を作成する段階、および/または、上記本捏段階において、大豆、豆麹および/または麹と、塩とを含む材料から製造される発酵食品を含む液種を発酵させて得られる発酵液種を添加し混捏することを特徴とするパンの製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
パンの製造手段は、その使用材料、ならびに、製法によって種々多様である。特に食パンや菓子パンと称される小麦粉パンが製パン工業の主流となっており、この種のパンの製造方法として主に、直捏法(ストレート法)、仲種法(スポンジ法)および液種製パン法(ポーリッシュ法)が知られている。
【0003】
直捏法(ストレート法)とは、原料全部(小麦粉、砂糖、油脂、塩、脱脂粉乳、イースト、水)を同時にミキシング発酵し、パン生地を造る方法のことである。但し、油脂は、ミキシングの途中に投入する。直捏法では一般に製出品の品質が一定しない欠点がある。
【0004】
仲種法(スポンジ法)とは、使用する小麦粉総量の2分の1以上、標準的には約70%と、イーストと、水とを一緒にミキシングし、仲種を作り、この仲種を数時間発酵させたのち、これを残りの全原料に加えミキシングしパン生地を作る方法である。仲種法は、直捏法に比べて、風味の点でやや劣るが、一定品質のパンを製出することができるという利点があり、商業的な製パン工業においては主流となっている。
【0005】
仲種法の一種である液種製パン法(ポーリッシュ法)は、風味、保存性を考慮してフランスのパン屋が古くから行ってきたパン作りの製法であり、通常、小麦粉100%、イースト0.2〜0.5%に対して、水100%から120%を基準として、液状の生地を作り、15時間から24時間発酵熟成させて液種とし、この液種を仲種作成時、および/または、本捏時にパン生地にミキシングして使用する方法である。
【0006】
しかしながら、通常の液種製パン法の配合条件と発酵条件とで作る各種生地(食パン、ロールパン、フランスパン、ドーナツ、ペストリー生地(デニッシュ生地、パイ生地、クロワッサン生地)スイートロール生地は、風味にイースト臭が残る等、風味、食感、口溶け等の品質面や製パン性の点で問題があった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、発酵種の風味安定と製パン性を改良したパンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものである。すなわち、本発明に係るパンの製造方法は、上記目的を達成するために、パン製造に使用する小麦粉の総質量の50%〜70%を含む仲種を作成する段階と、上記仲種を発酵させる段階と、上記発酵仲種に、上記仲種作成段階で残した小麦粉、および、その他の生地原料を添加する本捏段階とを含むパンの製造方法であって、上記仲種を作成する段階、および/または、上記本捏段階において、大豆、豆麹および/または麹と、塩とを含む材料から製造される発酵食品(以下、「特定発酵食品」という。)を含む液種を発酵させて得られる発酵液種を添加する製造方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、発酵種を均一熟成させ、風味を改善改良したパンを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、パン製造に使用する小麦粉の総質量の50%〜70%を小麦粉として含む仲種を作成する段階と、上記仲種を発酵させる段階と、上記発酵させた仲種に、上記仲種作成段階で残した小麦粉およびその他の生地原料を添加し混捏する本捏段階とを含むパンの製造方法に関するものである。
【0011】
本発明のパンの製造方法は、上述した仲種を作成する段階、本捏段階、または、仲種作成段階と本捏段階との両方の段階において、特定発酵食品を含む液種を発酵させて得られる発酵液種を添加することを特徴とする。
上記特定発酵食品は、大豆、豆麹および/または麹と、塩とを含む材料から製造される発酵食品である。
特定発酵食品としては、代表的には、醤油が挙げられる。
醤油の種類としては特に限定されないが、例えば、こいくち醤油、うすくち醤油、たまり醤油、さいしこみ醤油、しろ醤油等が挙げられる。
醤油の塩分濃度の好ましい範囲は、10質量%〜16質量%であり、好ましくは、13質量%〜15質量%、より好ましくは、14.2質量%である。
【0012】
上記液種は、上記醤油のほか、小麦粉、水およびイーストを含んでおり、砂糖、モルト、モルトシロップ(麦芽糖)等のその他の液種原料を含んでいてよい。
砂糖は、イーストの発酵を促し、発酵時間を短縮するので、加える量によって、発酵の調整を行うことができる。
前記液種に含まれる醤油の割合は、液種に含まれる小麦粉の総質量の0.2%〜0.5%であることが好ましい。
【0013】
本発明における発酵液種は、上記醤油を含む液種を、0℃〜15℃で、12〜50時間発酵熟成することにより得られたものであることが好ましい。発酵時間は、より好ましくは、15〜24時間である。
製パン法で特に重要視する点は、パン生地の発酵状態、熟成状態が適正であるか否かである。70%仲種法や長時間熟成法においても、パン生地の熟成状態が、得られるパンの風味、品質全般に影響する。
本発明で用いる発酵液種は、液種を上記のように長時間熟成し得られたものであるが、醤油を含んでいることにより、液種の熟成がコントロールされ、パン生地の過発酵を抑制することができる。
【0014】
醤油を添加し発酵させた液種は、過発酵することがなく、pH値を安定させることができる。
また、醤油を添加し発酵させた液種を用いた場合、pH値がパン生地に与える影響が少なく、パン生地発酵のブレが少ない等の利点もある。
【0015】
上述のようにして得られた発酵液種は、1つの実施形態として、パン製造に使用する小麦粉の総質量の50%〜70%を小麦粉として含む仲種を作成する段階において添加し混捏することができる。
添加量は、上記仲種を作成する段階および上記本捏段階で投入する小麦粉の合計質量の5%〜50%であることが好ましい。
発酵液種の添加量は、パン生地の種類(食パン、菓子パン、ペストリー、ドーナツ、ヨーロッパの硬焼き製品)により適した範囲が異なり、例えば、食パンの場合、5〜30%、菓子パンの場合、10〜30%、ペストリーの場合、20〜30%、ドーナツの場合、10〜30%、ハード系パンの場合、20〜50%とするのが一般的である。
発酵液種の添加量を上記範囲とすることにより、特に、パン生地の伸展性や、味、香り等の風味改良に効果を奏し、食感に優位性があるパンを製造することができる。
なお、仲種作成に要する混捏時間は、通常、4.0時間〜4.5時間である。混捏は従来公知の混捏機を用いて製造される。
【0016】
次いで上記仲種作成段階で得られた仲種を発酵させる。
発酵条件としては、温度27℃、湿度75%、発酵時間としては、3.5時間〜5時間が好ましい。発酵時間は、より好ましくは、4時間である。
【0017】
上記発酵させた仲種に対して、上記仲種作成段階で残した小麦粉およびその他の生地原料を添加し混捏する本捏を行う。
本捏の混捏は、通常、250〜300rpmで8分〜10分行う。
その他の生地原料は、小麦粉、イースト以外の原料であって、従来の製パン工業において用いられてきた原料であり、例えば、砂糖;食塩;油脂;バター;脱脂粉乳、牛乳等の乳製品;卵;グリセリン脂肪酸エステル、カゼインナトリウム等の乳化剤;ショ糖脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、大豆リン脂質、L−アスコルビン酸、αアミラーゼ、プロテアーゼ等の品質改良製剤;米粉、澱粉等が挙げられる。
発酵液種は、本捏段階で添加し混捏してもよいし、仲種作成段階および本捏段階の両方で分けて添加し混捏してもよい。
【0018】
上記本捏段階を経た生地は、分割、モルダー成型、最終発酵を経て、オーブンにて焼成することにより、パンを製出する。
モルダー成型は、従来公知のモルダー、例えば、3段モルダーを用いて行う。
本発明者は、醤油を添加し発酵させた液種を加えることにより、特に、モルダーにおいて切れや損傷なく生地が伸展し、モルダーを経ることによる生地の機械ダメージが少ない等、優れた製パン性を奏することを見いだした。
特に、製パン性における差異は、モルダーの最終クリアランス及びパン生地状態を確認すると明らかである。一方、醤油を含まない発酵液種の場合は、パン生地の機械耐性が低く、生地荒れ、伸び(伸展性)が不足しやすい。
最終発酵の条件としては、醤油を添加しない通常の液種法における最終発酵条件と同様であり、通常、温度36〜39℃、湿度80〜90%で50分〜1時間である。
焼成条件としては、醤油を添加しない通常の液種法における焼成条件と同様であり、通常、200℃〜220℃で40分〜45分である。
【0019】
本発明のパンの製造方法によれば、製出されるパンの風味や色艶についても醤油無添加のものにくらべて優れており、また旨味成分を引き出すことができる。特に、色艶に関しては、醤油由来のアミノ酸の影響と思われる赤茶色の(赤みのある)焼き色が得られるという利点もある。
【実施例】
【0020】
以下に本発明の実施例を示すが、これからの実施例は、本発明の理解を助けるものであり、本発明がこれらの実施例に限定されるものでないことは、当然理解されなければならない。
実施例1および比較例1
醤油を液種に添加して、27℃で、12時間〜30時間発酵熟成した液種、および、醤油無添加で発酵熟成した液種について、pHの比較試験を行った。結果を表1に示す。
【0021】
【表1】

【0022】
表1から、醤油を添加した実施例1は、醤油無添加の比較例1に比べて過発酵が抑えられ、パン生地の生地発酵が安定していることがわかった。
【0023】
実施例2
小麦粉100質量部に対して、砂糖0.5質量部、イースト0.2質量部、醤油(商品名:丸大豆醤油、キッコーマン社製)0.2質量部、水150質量部の割合でケンミックス(品番:プロKM600、アイコー社製)を用いて300rpmで2分混捏したのち、27℃で15〜48時間発酵熟成することにより、発酵液種を調製した。
得られた発酵液種を、小麦粉、イーストおよび水とともに表2に示す割合で混合し、27℃で4時間発酵させ、発酵仲種を作成した。
次いで発酵仲種に対して、残りの小麦粉およびその他所定の原料を表2に示す割合で追加し、280rpmで9分混捏することにより、本捏生地を作成した。
得られた本捏生地は、個々の質量が460gになるように分割し、3段モルダー(品番:FM−34、フジサワ社製)によって成型を行った。3段目の2mmのクリアランスを通した後の成型生地の状態を表3に示す。
次いで、成型後の生地について、ホイロ温度38℃、湿度85%、ホイロ時間55分で最終発酵を行い、温度220℃のオーブンにて焼成時間40分で製パンした。
得られたパンについて、風味、口溶け、ソフト性、色艶等の観点で、比較を行った。結果を表4に示す。
【0024】
実施例3
液種を本捏段階において下記表2に示す割合で添加した他は、実施例2と同様の条件で製パンした。
【0025】
比較例2
仲種作成段階または本捏段階のいずれにも発酵液種を添加しなかった他は、実施例2と同様の製造条件にて、本捏生地を得、得られた本捏生地について、実施例2と同様の機械耐性実験を行った。結果を表3に示す。
また、その後の工程も実施例2と同様にして、比較用無添加食パンを得、風味等の評価を行った。結果を表4に示す。
【0026】
【表2】

【0027】
【表3】

【0028】
表3から、実施例2および3は、発酵液種を仲種作成段階または本捏段階に使用することで、比較例2に比べ、生地伸展性等の製パン性に優れ、均一なパン生地ができることがわかった。
【0029】
【表4】

【0030】
表4から、実施例2および3は、比較例2に比べ、得られたパンの風味、焼き色、ソフト性、口溶け等に優位性があることがわかった。
【0031】
実施例4
まず、牛乳入り試作食パンと試作食パン(P1)とを作製した。
試作食パン(P1)の作製は、実施例2と同様の配合条件、製造条件にて行った。
牛乳入り試作食パンの作製は、本捏段階で、小麦粉を100質量部に対して、牛乳を24質量部練り込んだほかは、試作食パン(P1)と同様の製造条件にて行った。
上記牛乳入り試作食パンと試作食パン(P1)とに加え、比較対象として市販のP社食パンおよびY社食パンをサンプルとして用い、かたさ、歯切れ、味、香気の観点でそれぞれ品質評価を行った。
【0032】
<かたさ、歯切れの評価>
ともに、レオメーター(商品名:テクスチャーアナライザーTA―XT2i、Stable Micro Systems社製)を用いて評価した。
かたさは、各サンプルのクラム部を20mm幅に切り出し、直径15mmの円柱状の冶具をサンプル表面から10mm押し込むのに要する力を測定した。結果を図1に示す。
歯切れ試験は、各サンプルのクラム部を30×80×20mmに切り出し、ナイフ状の冶具を使用して、サンプルの厚みに対して95%押し切るのに要する力を算出した。結果を図2に示す。
【0033】
図1および図2からわかるように、牛乳入り試作食パンは、かたさ、歯切れ共にY社食パンと近い値を示し、試作食パン(P1)については、かたさが、P社食パンに近く、歯切れが、P社食パンとY社食パンの中間の値を示した。牛乳入り試作食パンは、試作食パン(P1)に比べ、ソフトで歯切れの良い食感を示した。
【0034】
パンの味は、食パンサンプル全体を蒸留水と共にフードカッターで粉砕したものの上澄み液を味覚センサー(商品名:味認識装置SA402B、株式会社インテリジェントセンサーテクノロジー社製)を用いて苦味、塩味、旨味、苦味雑味の4つの観点で評価した。
その結果、牛乳入り試作食パンでは、塩味、旨味のセンサー強度が他のサンブルに比べ強いことが分かった。
【0035】
また、パンの香気成分は、食パンサンプル全体をフードカッターで粉砕したものをバイアル瓶に2gとり、80℃に加熱することにより発生する揮発成分を、ヘッドスペースサンプラー付ガスクロマトグラフ質量分析計[GC−MS](品番:6890N、アジレントテクノロジーズ社製)により分析した。
各成分の名称と香りの特徴は下記表5の通りである。
【0036】
【表5】

【0037】
試作食パン(P1)は、酢酸成分が少なく、また、酢酸に比して2−メチル−1−プロパノールの割合が多いことがわかった。また、試作食パン(P1)および牛乳入り試作食パンは、P社食パン、Y社食パンに比べて、1−フェニルエタノールの成分割合が多い一方、バター的な風味を示すジアセチルやアセトインが少ない傾向が見られた。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】図1は、本発明の製造方法により得られた試作食パンと、醤油を含まない市販の食パンとでクラムのかたさを比較した棒グラフである。
【図2】図2は、本発明の製造方法により得られた試作食パンと、醤油を含まない市販の食パンとでクラムの歯切れを比較した棒グラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パン製造に使用する小麦粉の総質量の50%〜70%を小麦粉として含む仲種を作成する段階と、
前記仲種を発酵させる段階と、
前記発酵させた仲種に、前記仲種作成段階で残した小麦粉およびその他の生地原料を添加し混捏する本捏段階と
をこの順に含むパンの製造方法であって、
前記仲種を作成する段階、および/または、前記本捏段階において、大豆、豆麹および/または麹と、塩とを含む材料から製造される発酵食品を含む液種を発酵させて得られる発酵液種を添加するパンの製造方法。
【請求項2】
大豆、豆麹および/または麹と、塩とを含む材料から製造される発酵食品が、醤油である請求項1に記載のパンの製造方法。
【請求項3】
前記発酵液種の添加量は、前記仲種を作成する段階および前記本捏段階で添加する小麦粉の合計質量の5%〜50%である請求項1または2に記載のパンの製造方法。
【請求項4】
前記発酵液種は、醤油を含む所定の液種原料を混合し、0℃〜15℃で、12〜50時間発酵熟成することにより得られたものである請求項1ないし3のいずれかに記載のパンの製造方法。
【請求項5】
前記液種に含まれる醤油の割合は、液種に含まれる小麦粉の総質量の0.1%〜1.0%である請求項1ないし4のいずれかに記載のパンの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate