説明

ヒアルロン酸の製造方法

【課題】美容等の効果が期待できる機能性を有し、各種飲食品へも配合可能なヒアルロン酸の製造方法を提供する。
【解決手段】ストレプトコッカス・サーモフィルスに属する乳酸菌を、培地に接種して培養する、ヒアルロン酸の製造方法、及びこの製造方法により得られるヒアルロン酸。大豆ペプチド、および更に乳成分を含む培地に、ストレプトコッカス・サーモフィルスYIT2084株(FERM BP−10879)を接種、培養する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳酸菌によるヒアルロン酸の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ヒアルロン酸は、コンドロイチン硫酸やヘパリン等とともに高価なグルコサミノグルカンであり、哺乳動物の結合組織中に微量であるが広く分布し、また微生物にも存在することが知られている。そして、これらから抽出、精製された高純度のヒアルロン酸は、高い保湿性、高粘性、創傷治癒性等の性質を有することから、その機能に着目して、化粧品配合素材、眼科手術の際の保護剤、関節炎治療剤等として広く使用されている。
また、近年では、食品分野においても、保健効果や機能性等、付加価値に対する消費者の関心が高まっており、ヒアルロン酸は、それが持つ機能性により種々の効果が期待できることから、食品素材の一つとしても注目されている。
【0003】
従来、ヒアルロン酸の製造は、鶏冠、牛の関節もしくは鯨の軟骨からの抽出による工業的な製法で行われてきたが、生体内にはヒアルロン酸が微量にしか存在せず、しかも、組織中でタンパク質や他のムコ多糖類と複合体を形成しているため、当該タンパク質やムコ多糖との分離精製に複雑な工程を必要とするため大量に生産することは難しく、微生物を用いた培養法によるヒアルロン酸の製造方法が一般的に実施されている(特許文献1−4参照)。
【0004】
ヒアルロン酸を産生する微生物としては、ストレプトコッカス属細菌のうち、ランスフィールド(Lancefield)血清群のA、C及びD型菌、具体的には、ストレプトコッカス・ピオゲネス(Streptococcus pyogenes)、ストレプトコッカス・ズーエピデミカス(Streptococcus zooepidemicus)、ストレプトコッカス・エクイ(Streptococcus equi)、ストレプトコッカス・エクイシミリス(Streptococcus equisimilis)、ストレプトコッカス・ディスガラクティエ(Streptococcus dysgalactiae)、そして、パスツレラ・マルトシダ(Passteurella multocida)が古くから良く知られている(非特許文献1−8参照)。
しかしながら、これらの微生物のうちランスフィールド(Lancefield)血清群のA型菌やパスツレラは、ヒトに対する病原菌として知られており、また、これら何れの菌もストレプトリジン(可溶性溶血素)を生成し、β−溶血性を示すことから、これらの微生物を利用した工業的なヒアルロン酸の製造方法に関しては、安全性を確保するため、無毒化した菌株を利用する他、当該微生物が産生したヒアルロン酸から有害物を除去する工程により精製するなどの別途の手段を講じる必要が生じ、製造面でも作業性はあまりよいとはいえない。
更に言えば、一般に、微生物を用いた培養法によるヒアルロン酸の製造法は、生産性が低いことが指摘されていることから、これを改善するための手段も必要であり、これまでにも多くの報告がなされているが、未だに安価かつ簡便にヒアルロン酸を生産する技術を確率するまでには至っていないのが現状でもある(特許文献5−8参照)。
【特許文献1】特公平4−55675号公報
【特許文献2】特公平4−4868号公報
【特許文献3】特公平4−43637号公報
【特許文献4】特公平4−39998号公報
【特許文献5】特公平4−12960号公報
【特許文献6】特公平4−18839号公報
【特許文献7】特公平7−2117号号公報
【特許文献8】特開2000−189186号公報
【非特許文献1】F.E. Kendall et al., J.Biol.chem., 118,61,1937
【非特許文献2】W.A. Pierce et al., J.Baact, 63,301,1952
【非特許文献3】A.P. MacLennan, J.Gen.Microbiol., 14,134-142,1956
【非特許文献4】B. Holmstrom et al., Appl.Microbiol., 15,1409-1413,1967
【非特許文献5】J.B. Woolcock., J.Gen.Microbiol., 85,372-375,1974
【非特許文献6】E. kjems et al., Acta Path.Microbiol.Scand.Sect.B, 84,162-164,1976
【非特許文献7】T. Bergan et al., Acta Path.Microbiol.Scand,75,97-103,1969
【非特許文献8】J.A. Cifonelli., Carbohyd.Res., 14,272-276,1970
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、美容等の効果が期待できる機能性を有し、各種飲食品へも配合可能なヒアルロン酸を安価でかつ簡便に製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、ストレプトコッカス属に属する乳酸菌であって、ストレプトコッカス・サーモフィルスに属する乳酸菌が、意外にもヒアルロン酸を産生すること、また、同乳酸菌が産生するヒアルロン酸は、従来のヒアルロン酸とは異なる分子量分布を示すこと、そして更に、ストレプトコッカス・サーモフィルスに属する乳酸菌が産生するヒアルロン酸の生成量は、大豆ペプチドを用いることによって増加できることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、ストレプトコッカス・サーモフィルスに属する乳酸菌を培地に接種して培養することを特徴とするヒアルロン酸の製造方法、及び該方法により得られるヒアルロン酸を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法で使用するストレプトコッカス・サーモフィルスに属する乳酸菌は、ヨーグルト等の製造に利用できる細菌であり、同乳酸菌を用いることにより、各種飲食品へも配合可能なヒアルロン酸を安価かつ簡便に得ることが可能となった。そして、同乳酸菌を、大豆ペプチドを添加した培地で培養することによって、簡便にヒアルロン酸の生産性を向上させることも可能となった。また、本発明の方法で生産されるヒアルロン酸は、後述の通り、従来と同一の構成糖からなり、既知の機能性も期待することができるため、飲食品だけではなく、化粧品や医薬品にも利用可能な有用な天然素材である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の方法は、ストレプトコッカス・サーモフィルスに属する乳酸菌を接種して培養する。このため、安価且つ簡便に飲食品に配合可能なヒアルロン酸を製造することができる。
【0010】
本発明の方法で使用するストレプトコッカス・サーモフィルスに属する乳酸菌としては、ヒアルロン酸産生能を有するものであればよく、特に制限されることなく適用することが可能であり、具体的にはストレプトコッカス・サーモフィルスYIT2084株(FERM BP−10879)を挙げることができる。なお、ストレプトコッカス・サーモフィルスに属する前記乳酸菌菌株は、独立行政法人特許微生物寄託センターに寄託されている。
【0011】
本発明の方法において、ヒアルロン酸の生産はストレプトコッカス・サーモフィルスに属する乳酸菌を培地に接種して培養することにより行う。更に詳細に言えば、本発明の方法においてヒアルロン酸の生産は、ストレプトコッカス・サーモフィルスに属する乳酸菌を、好ましくは大豆ペプチドを添加した培地に接種して培養することにより行う。培地に大豆ペプチドを添加することにより、添加しない場合に比べてヒアルロン酸の産生量を簡便に増加させることが可能となる。
ここで、培地に添加して使用する大豆ペプチドとは、大豆タンパク質を加水分解或いは発酵することにより得られるアミノ酸が複数個結合した物質である。
本発明において使用できる大豆ペプチドは、特に限定されるものではないが、ストレプトコッカス・サーモフィルスに属する乳酸菌のヒアルロン酸産生能に与える作用を考慮して、遊離のアミノ酸が2%以下の大豆ペプチドを使用することが望ましい。
なお、このような大豆ペプチドとしては、例えば、ハイニュートD1やハイニュートDHなどを挙げることができ、これらは不二製油(株)社等により入手することが可能である。
【0012】
大豆ペプチドの培地への添加量(使用量)は、適宜設定すればよく、特に制限されるわけではないが、0.1重量%〜5.0重量%とすればよく、好ましくは0.5重量%〜2.0重量%とすればよい。大豆ペプチドの添加量(使用量)が0.1重量%よりも少ない場合は、ヒアルロン酸の産生量の増加が見られない場合がある。一方、大豆ペプチドの使用量の上限値は、ヒアルロン酸の産生量に与える影響やコスト面等を考慮して設定したものであって、この上限値に何ら制限されるものではない。
【0013】
本発明の方法において、ストレプトコッカス・サーモフィルスに属する乳酸菌の培養に用いる培地は、特に制限されることなく、通常の培地を用いることができ、前記した大豆ペプチドを添加することができるものが好ましい。例えば、グルコース、フラクトース、ガラクトース、シュークロース等の炭素源、リン酸一カリウム、リン酸二カリウム、硫酸マグネシウム、亜硫酸ソーダ、チオ硫酸ソーダ、リン酸アンモニウム等の無機塩類、ポリペプトン、酵母エキス、コーンスティープリカー等の有機栄養源の他、必要に応じて各種アミノ酸、ビタミン類が添加されてなる乳酸菌の増殖用として通常用いられる栄養培地の他、乳を含む乳培地を用いることができる。
【0014】
特に、生成したヒアルロン酸を飲食可能な乳成分としてそのまま利用することができる点で、乳成分を含有する培地を用いて発酵乳を製造することが好ましい。なお、本明細書中において、乳とは、牛乳・山羊乳などの獣乳の生乳、脱脂粉乳、全脂粉乳、生クリーム、或いは豆乳、アーモンド乳、ココナッツミルク等の植物乳の各種乳蛋白含有物を意味する。
【0015】
本発明の方法において、ストレプトコッカス・サーモフィルスに属する乳酸菌の培養は、通気攪拌培養等、公知の方法で行えばよく、培養温度は、30〜42℃が好ましい。また、培養液のpHは、当該乳酸菌の発育と共に低下し、ヒアルロン酸の産生量に影響を与える場合があるため、苛性ソーダ、苛性カリ、アンモニア等の各種pH調整剤を用いておよそ6〜8程度にpHをコントロールしておくことが好ましい。
【0016】
さらにまた、本発明の方法においては、培養液中の溶存酸素量を調整することによっても、ストレプトコッカス・サーモフィルスに属する乳酸菌が産生するヒアルロン酸の生成量を増加させることができる。溶存酸素量の調整は、必要以上に高くしても、却って乳酸菌の活性が低下して、ヒアルロン酸も産生されなくなるため、培養液中の溶存酸素量を具体的には、30%〜40%となるように調整することが望ましい。なお、溶存酸素量の調整は、常法により行えばよく、特に制限されない。
【0017】
ストレプトコッカス・サーモフィルスに属する乳酸菌が産生したヒアルロン酸は、通常の多糖類の分離・採取方法に従って、培養液から分離・採取すればよい。例えば、培養液中の菌体などの不溶物をろ過または遠心分離により分別後、この溶液から、例えばエタノール等の溶媒沈殿剤を用いて精製ヒアルロン酸を分取することができる。なお、乳培地を用いた場合には、ストレプトコッカス・サーモフィルスに属する乳酸菌が産生したヒアルロン酸を含有する乳成分としてそのまま使用すればよいが、常法に従って、ヒアルロン酸を分取して使用することも可能である。
【0018】
このようにして得られる本発明のヒアルロン酸は、図5に示すとおり、従来の一般的なヒアルロン酸とは異なる分子量分布を示す。具体的には、本発明で得られるヒアルロン酸の平均分子量は、30万〜150万、さらに50万〜100万程度である。また、その分子量分布は、10万〜300万程度の範囲であり、その最大ピークは100万あたりにある。
【0019】
本発明の方法で得られるヒアルロン酸は、従来と同様に、医薬品や化粧品等の形態で使用することができる他、ヨーグルト等の製造に利用できるストレプトコッカス・サーモフィルスに属する乳酸菌が産生するものであるため、食品の形態として投与することも可能である。例えば、美容や老化防止などの効果を訴求する医薬品や栄養補助食品等の形態で用いる場合であれば、カプセル剤、顆粒剤、錠剤、散剤等の固形製剤、或いはシロップ剤等の液状製剤として経口投与することができる。
【0020】
これらの製剤の製造時には、乳糖、澱粉、結晶セルロース、乳酸カルシウム、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム、無水ケイ酸等の賦形剤; 白糖、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン等の結合剤; カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム等の崩壊剤; ステアリン酸マグネシウム、タルク、モノグリセリド、蔗糖脂肪酸エステル等の滑沢剤や、その他、医薬・食品等として許容され得る成分を適宜配合することができる。
【0021】
また、同様の生理効果を期待して一般食品形態とする場合には、本発明の方法により得られたヒアルロン酸をそのまま或いは適宜精製処理したものを油脂、錠菓、発酵乳、飴、調味料、ふりかけ等の飲食品に添加し、常法により製造すればよい。
【0022】
発酵食品、特に発酵乳とする場合には、発酵原料又は大豆ペプチドを含む発酵原料中で、前記したストレプトコッカス・サーモフィルスに属する乳酸菌により発酵(培養)させることにより製造することができる。なお、発酵乳とは、乳等省令により定められている発酵乳、乳製品乳酸菌飲料等の生菌含有タイプの飲料や殺菌処理の施された発酵乳を含有する乳性飲料、更には、ケフィア等をいう。発酵に際しては、前記のストレプトコッカス・サーモフィルスに属する乳酸菌のヒアルロン酸産生能を損わない範囲で、その他の菌、例えば、ラクトバチルス・カゼイ、ラクトバチルス・アシドフィルス、ラクトバチルス・ガッセリ、ラクトバチルス・ゼアエ、ラクトバチルス・ジョンソニー、ラクトバチルス・デルブルッキィ サブスピーシーズ・ブルガリカス、ラクトバチルス・デルブルッキィ サブスピーシーズ・デルブルッキィ等のラクトバチルス属細菌やラクトコッカス・ラクチス サブスピーシーズ・ラクチス、ラクトコッカス・ラクチス サブスピーシーズ・クレモリス、ラクトコッカス・プランタラム、ラクトコッカス・ラフィノラクチス等のラクトコッカス属細菌、ロイコノストック・メセンテロイテス、ロイコノストック・ラクチス等のロイコノストック属細菌、エンテロコッカス・フェカーリス、エンテロコッカス・フェシウム等のエンテロコッカス属細菌等を使用することができる。
【0023】
また、ビフィドバクテリウム・ブレーベ、ビフィドバクテリウム・ビフィダム、ビフィドバクテリウム・ロンガム、ビフィドバクテリウム・アニマリス等のビフィドバクテリウム属細菌や酵母その他の微生物を使用しても良い。これらは、1種または2種以上を組み合わせて使用することもできる。
【0024】
また、これらの食品には、その他の食品素材、すなわち、各種糖質や乳化剤、増粘剤、甘味料、酸味料、果汁等を適宜配合してもよい。具体的には、蔗糖、異性化糖、グルコース、フラクトース、パラチノース、トレハロース、ラクトース、キシロース等の糖類、ソルビトール、キシリトール、エリスリトール、ラクチトール、パラチニット、還元水飴、還元麦芽糖水飴等の糖アルコール、ショ糖脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、レシチン等の乳化剤、カラギーナン、グァーガム、キサンタンガム、ペクチン、ローカストビーンガム等の増粘(安定)剤、が挙げられる。この他にも、ビタミンA、ビタミンB類等の各種ビタミン類やカルシウム、鉄、マンガン、亜鉛等のミネラル類を配合することができる。
【0025】
また、本発明の方法で得られるヒアルロン酸は、乳液、化粧液、ファンデーション、フェイスクリーム、ハンドクリーム、ローション、エッセンス、シャンプー、リンスなど、化粧品等の外用剤の形態とすることもできる。これらの外用剤は、常法に従って製造すればよく、本発明の方法で得られるヒアルロン酸も、培地から単離・精製したものとして、或いはヒアルロン酸を含む乳成分として前記製造の任意の段階で適宜配合すればよい。なお、これらの外用剤には、必要に応じて、化粧品製造に通常使用される成分、例えば、界面活性剤、油分、アルコール類、増粘剤、防腐剤、酸化防止剤、キレート剤、pH調整剤、香料、色素、ビタミン類、アミノ酸などを配合することができる。
【0026】
上記医薬品や化粧品又は、食品中の本発明の方法で得られるヒアルロン酸の配合量は、その効果が得られ、かつ過剰摂取等の問題が生じない程度の量を適宜決定すればよい。
【実施例】
【0027】
以下、本発明を実施例、試験例を挙げて更に詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例等に何ら制約されるものではない。
【0028】
実施例1
(1)菌株及び培養
ストレプトコッカス・サーモフィルスYIT2084株(FERM BP−10879)を下記方法に従って培養した。
10%スキムミルク溶液に1%大豆ペプチド(ハイニュートDH、不二製油(株)社製)を添加した培地(1L)をオートクレーブで121℃、15分間滅菌し、これにストレプトコッカス・サーモフィルスYIT2084株(FERM BP−10879)のスターターを0.1%接種し、35℃で24時間培養した。このときの培養は、培地のpHを8Nの水酸化ナトリウム水溶液を用いて6.8付近に調節しながら、回転数100rpmの条件で攪拌して行った。
【0029】
(2)菌体産生多糖(以下、IPSという)の抽出、調製
前記により得た培養液(1L)を氷中で冷却し、終濃度が10%w/vになるようにトリクロロ酢酸(以下「TCA」という)を加え、4℃で2時間静置した。これを18,700Gの条件で30分遠心分離し、生じた沈殿を除去した後、上清にさらに99%冷エタノールを等量加えて、4℃で一晩静置した。静置後、18,700Gの条件で30分遠心分離して生じた沈殿を分離し、これに純水を加えて溶解し、Spectra/Por Membrane(MWCO3500)を用いて透析を行い、凍結乾燥してIPSを得た。
【0030】
(3)NMR測定
前記して得たIPSをSephacryl S−400HR(φ16mm×900mm)GPCカラムクロマトグラフィーにて、流速0.25mL/minのNH4HCO3で溶出させて精製した。この精製IPS5mgに重水0.6mLを加えて溶解し、アセトンを内部標準としてJOEL ECA-500FT-NMR装置(TH5FG2型オートチューン磁場勾配型検出器)により、30℃で1H-NMRおよび13C-NMRスペクトルを測定した。なお、1H-NMRスペクトルは、ダンテパルスによるプリサチュレーション(presaturation)法により水信号を消去しながら測定し、13C-NMRスペクトルは完全デカップル法で測定した。
また、比較対照として、ヒアルロン酸標準品(ヒアルロン酸ナトリウム;和光純薬工業(株)社製)についても同様に1H-および13C-NMRスペクトルを測定した。測定した各NMRスペクトルはそれぞれ図1〜4に示した。また、13C-NMRスペクトルについては、化学シフト(δppm)値を比較したので、その結果を表1に示した。なお、ヒアルロン酸は下記式(1)構造を有する化合物である。
【0031】
【化1】

【0032】
【表1】

【0033】
図1に示した通り、IPSの1H-NMRスペクトルには、4.2〜4.5ppm付近にN−アセチルグルコサミン(GlcNAc)およびグルクロン酸(GlcA)に由来する2つのアノマーシグナルが検出され、また3.0〜4.0ppm付近には糖の2〜5位に由来するアノマーシグナル、更に2.0ppm付近にはN−アセチルグルコサミン(GlcNAc)のアセチルメチル基に由来するアノマーシグナルがそれぞれ検出された。そして、このIPSの1H-NMRスペクトルは、図2に示すヒアルロン酸標準品の1H-NMRスペクトルと良く似ていた。
一方、図3に示した通り、IPSの13C-NMRスペクトルには、14の明確なシグナルが検出され、これも図4に示すヒアルロン酸標準品の13C-NMRスペクトルと良く似ていた。更に、表1からも明らかなとおり、13C-NMRスペクトルについては、化学シフト(δppm)値の比較においてもほぼ同様の値を示しており、このことから、IPSとヒアルロン酸標準品とがほぼ同一の構造を有することが示唆された。
【0034】
(5)IPS構成糖の分析
(2)で得られたIPS10mgをネジ口試験管に秤量し、5%塩酸メタノール1mLを加えて密栓し、100℃で2時間加熱した。冷却後、2500rpmで5分遠心分離し、上清を分取した。なお、生じた沈殿はメタノールを加えて洗浄し、上澄み液を前記上清に加えた。
前記して得たメタノール溶液をエバポレーターで濃縮し、残さに4Mのトリフルオロ酢酸(TFA)を1mL加えて100℃で1時間加熱し、さらにエバポレーターで濃縮した。濃縮残さにMilliQ水1mLを加えて酸加水分解試料溶液とした。この酸加水分解試料溶液200μlに0.5M 1−フェニル−3−メチル−5−ピラゾロン(PMP)メタノール200μlと0.6M水酸化ナトリウム溶液100μlを加えて攪拌し、70℃で30分間加熱した。冷却後、0.1M塩酸600μlを加え、更にクロロホルム1mLを加えて、未反応のPMPを分液により抽出し、水相を以下の通りHPLCに供した。
【0035】
【表2】

【0036】
分析の結果、IPSの構成糖は、N−アセチルグルコサミンとグルクロン酸からなり、その構成比がおよそ1:1であることが確認された。これは、既に報告されているヒアルロン酸の構成糖と一致するものであった。
【0037】
(6)IPSの分子量分析
(2)で得られたIPSを10mg/mLとなるように50mM塩化ナトリウム溶液で溶解し、以下の通りHPLCに供した。また、同条件でヒアルロン酸標準品(ヒアルロン酸ナトリウム;和光純薬工業(株)社製)についてもHPLCを測定した。その結果を図5に示した。
【0038】
【表3】

【0039】
図5に示した通り、IPSは、ヒアルロン酸標準品に比べ、幅広い分子量を有しており、その範囲は、10万〜300万に分布していることが明らかとなった。
【0040】
試験例1(大豆ペプチドによる効果)
(1)菌株及び培養
ストレプトコッカス・サーモフィルスYIT2084株(FERM BP−10879)を下記方法に従って培養した。
10%スキムミルク溶液に0.1%大豆ペプチドを添加した培地(1L)をオートクレーブで121℃、15分間滅菌し、これにストレプトコッカス・サーモフィルスYIT2084株(FERM BP−10879)のスターターを0.1%接種し、35℃で24時間培養した。このときの培養は、培地のpHを8Nの水酸化ナトリウム水溶液を用いて6.8付近に調節しながら、回転数100rpmの条件で攪拌して行った。また、比較対照として大豆ペプチドを添加しない培地を調製し、ストレプトコッカス・サーモフィルスYIT2084株(FERM BP−10879)のスターターを0.1%接種し、同様の条件で培養した。
なお、大豆ペプチドとしては、ハイニュートD1またはハイニュートDH(いずれも不二製油(株)社製)を使用した。
【0041】
(2)IPSの抽出、調製
前記により得た各培養液(1L)を氷中で冷却し、終濃度が10%w/vになるようにTCAを加え、4℃で2時間静置した。これを18,700Gの条件で30分遠心分離し、生じた沈殿を除去した後、上清にさらに99%冷エタノールを適量加えて、4℃で一晩静置した。静置後、18,700Gの条件で30分遠心分離して生じた沈殿を分離し、これに純水を加えて溶解し、Spectra/Por Membrane(MWCO3500)を用いて透析を行い、凍結乾燥してIPSを得た。得られたIPSの収量を表4に示した。
【0042】
【表4】

【0043】
表4に示したとおり、大豆ペプチドを添加することによって、IPSの生成量は増加した。また、大豆ペプチドとしてハイニュートDHを使用したとき、大豆ペプチドを添加しない場合に比べ2倍量のIPSが生成された。
【0044】
試験例2(大豆ペプチドの添加量による効果)
(1)菌株及び培養
ストレプトコッカス・サーモフィルスYIT2084株(FERM BP−10879)を下記方法に従って培養した。
10%スキムミルク溶液に0.1%および1.0%の大豆ペプチド(ハイニュートDH、不二製油(株)社製)を添加した培地(1L)をオートクレーブで121℃、15分間滅菌し、これにストレプトコッカス・サーモフィルスYIT2084株(FERM BP−10879)のスターターを0.1%接種し、35℃で24時間培養した。このときの培養は、培地のpHを8Nの水酸化ナトリウム水溶液を用いて6.8付近に調節しながら、回転数100rpmの条件で攪拌して行った。
【0045】
(2)IPSの抽出、調製
前記により得た各培養液(1L)を氷中で冷却し、終濃度が10%w/vになるようにTCAを加え、4℃で2時間静置した。これを18,700Gの条件で30分遠心分離し、生じた沈殿を除去した後、上清にさらに99%冷エタノールを適量加えて、4℃で一晩静置した。静置後、18,700Gの条件で30分遠心分離して生じた沈殿を分離し、これに純水を加えて溶解し、Spectra/Por Membrane(MWCO3500)を用いて透析を行い、凍結乾燥してIPSを得た。得られたIPSの収量を表5に示した。
【0046】
【表5】

【0047】
表5に示したとおり、大豆ペプチドを添加量に依存して、IPSの生成量は増加した。
【0048】
試験例3(pH調整による効果)
(1)菌株及び培養
ストレプトコッカス・サーモフィルスYIT2084株(BP−10879)を下記方法に従って培養した。
10%スキムミルク溶液(1L)をオートクレーブで121℃、15分間滅菌して培地とし、これにストレプトコッカス・サーモフィルスYIT2084株(FERM BP−10879)のスターターを0.1%接種し、35℃で24時間培養した。このときの培養は、培地のpHを8Nの水酸化ナトリウム水溶液を用いて所定の範囲に調節しながら、回転数100rpmの条件で攪拌して行った。
【0049】
(2)IPSの抽出、調製
前記により得た各培養液(1L)を氷中で冷却し、終濃度が10%w/vになるようにTCAを加え、4℃で2時間静置した。これを18,700Gの条件で30分遠心分離し、生じた沈殿を除去した後、上清にさらに99%冷エタノールを適宜加えて、4℃で一晩静置した。静置後、18,700Gの条件で30分遠心分離して生じた沈殿を分離し、これに純水を加えて溶解し、Spectra/Por Membrane(MWCO3500)を用いて透析を行い、凍結乾燥してIPSを得た。得られたIPSの収量を表6に示した。
【0050】
【表6】

【0051】
表6に示したとおり、IPSの生成量は、培地のpHを調整することによっても増加させることができた。また、その増加傾向は、pHの範囲を酸性やアルカリ性の条件よりも中性条件に調整することが好ましいことが示唆された。
【0052】
試験例4(溶存酸素量の調整による効果)
(1)菌株及び培養
試験例1と同様の方法により、培地の溶存酸素量を調整しながらストレプトコッカス・サーモフィルスYIT2084株(FERM BP−10879)を培養した。なお、溶存酸素の調整は、酸素の通気量と攪拌回転数を制御して行った。
【0053】
(2)IPSの抽出、調製
前記により得た各培養液(1L)を氷中で冷却し、終濃度が10%w/vになるようにTCAを加え、4℃で2時間静置した。これを18,700Gの条件で30分遠心分離し、生じた沈殿を除去した後、上清にさらに99%冷エタノールを適宜加えて、4℃で一晩静置した。静置後、18,700Gの条件で30分遠心分離して生じた沈殿を分離し、これに純水を加えて溶解し、Spectra/Por Membrane(MWCO3500)を用いて透析を行い、凍結乾燥してIPSを得た。得られたIPSの収量を表7に示した。
【0054】
【表7】

【0055】
表7に示したとおり、培地中の溶存酸素量を調整することによってもIPSの収量を増加させることができ、その効果は、溶存酸素量がおよそ40%程度のとき顕著であった。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明のヒアルロン酸(IPS)の1H−NMRスペクトルを示す図である。
【図2】ヒアルロン酸標準品の1H−NMRスペクトルを示す図である。
【図3】本発明のヒアルロン酸(IPS)の13C−NMRスペクトルを示す図である。
【図4】ヒアルロン酸標準品の13C−NMRスペクトルを示す図である。
【図5】本発明のヒアルロン酸(IPS)とヒアルロン酸標準品との分子量分布の差を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ストレプトコッカス・サーモフィルスに属する乳酸菌を培地に接種して培養することを特徴とするヒアルロン酸の製造方法。
【請求項2】
ストレプトコッカス・サーモフィルスに属する乳酸菌がストレプトコッカス・サーモフィルスYIT2084株(FERM BP−10879)である請求項1記載のヒアルロン酸の製造方法。
【請求項3】
大豆ペプチドを添加した培地を用いることを特徴とする請求項1又は2記載のヒアルロン酸の製造方法。
【請求項4】
培地が更に乳成分を含む培地であることを特徴とする請求項1、2又は3記載のヒアルロン酸の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4の何れか1項記載の製造方法により得られるヒアルロン酸。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−112260(P2009−112260A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−289551(P2007−289551)
【出願日】平成19年11月7日(2007.11.7)
【出願人】(000006884)株式会社ヤクルト本社 (132)
【Fターム(参考)】