説明

ヒト由来メチルステロール酸化酵素を生産する組換体及びその利用

【課題】ヒト由来メチルステロール酸化酵素(SC4MOL)を発現し、かつSC4MOL活性を発現し得る組換え微生物、この組換え微生物を用いた、SC4MOLによる代謝物の分析方法及び製造方法を提供する。
【解決手段】ヒト由来メチルステロール酸化酵素(SC4MOL)遺伝子を宿主微生物細胞に発現可能な状態で、かつSC4MOL活性を発現し得る状態で導入した組換体。この組換体と共に分析用検体をインキュベーションして、分析用検体のSC4MOLによる反応生成物を得、得られた反応生成物を分析する方法。SC4MOLの基質となり得る化合物を、上記組換体と共にインキュベーションして、前記化合物のSC4MOLによる反応生成物を得、得られた反応生成物を収集することを含む、SC4MOLによる反応生成物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト由来メチルステロール酸化酵素を生産する組換体及びその利用に関する。特に本発明は、ヒト由来メチルステロール酸化酵素を生産する組換体並びにこの組換体を利用した分析方法及び製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医薬品開発において、ヒト体内における医薬品代謝物の解析は重要である。同様に食品成分の代謝についても検討が成されつつある。これまでに種々の医薬品あるいは食品成分の代謝物の解析が行われてきた。
【0003】
ところで、ヒト由来メチルステロール酸化酵素(SC4MOL)はコレステロール生合成経路において4,4'-ジメチル-5α-コレスト-8-エン-3β-オール(4,4'-dimethyl-5α-cholest-8-en-3β-ol)の4位および4'位メチル基脱離反応を触媒する、生理的にきわめて重要な酵素である。SC4MOL遺伝子を欠損するヒトはコレステロール中間体の蓄積によるさまざまな障害が生じることが知られている(非特許文献1)。しかしながら、SC4MOLが医薬品や食品成分の代謝に関与することは全く知られていない。しかしながら、SC4MOLが医薬品や食品成分の代謝に関与する場合には、SC4MOLを阻害する医薬品・食品成分は副作用を及ぼす可能性があり、医薬品開発の初期段階において、阻害、代謝の両者を調べる必要があるのではないか、と本発明者らは考えている。
【0004】
薬物代謝において中心的役割を果たしているのはシトクロムP450を中心とするフェイズI酵素群と、高い水溶性を与えるための抱合反応を触媒するフェイズII酵素群であり、これら多くの酵素によって多種多様な生体異物を代謝、排泄することを可能にしている。本発明者らは骨粗鬆症治療薬として販売されているビタミンD誘導体、エルデカルシトールの代謝研究において、これまでに知られている薬物代謝酵素の代謝だけでは説明できない代謝が存在することを見出した。薬物代謝研究においてこのような状況に陥ることは往々にしてあるが、詳細な研究がなされないまま製品化される場合が多い。副作用問題の原因となる薬物間相互作用や薬物-食品相互作用を予測・解決するためには、代謝酵素の同定は必須である。
【0005】
上記のエルデカルシトールを代謝する酵素はNADHあるいはNADPHを必要とすることがわかった。そこで、ビタミンD誘導体であるエルデカルシトールの代謝にSC4MOLが関与しているかを検討することにした。SC4MOLの関与を検討する手段として、例えば、SC4MOL特異的阻害剤と言われている化合物が存在する。しかし、この化合物はSC4MOLに対する特異性がそれほど高くなかった。また、SC4MOL抗体が市販されているが、活性阻害の報告はなく、決め手になる実験を容易に行うことはできなかった。
【0006】
そこで、まずは、ヒト由来SC4MOLの発現系を探索することとした。これまでにSC4MOLを発現させた例としては哺乳動物由来培養細胞(特許文献1)がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】US 2010/0021892 A1
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】He M, Kratz LE, Michel JJ, Vallejo AN, Ferris L, Kelley RI, Hoover JJ, Jukic D, Gibson KM, Wolfe LA, Ramachandran D, Zwick ME, Vockley J. (2011) J Clin Invest. 121,976-984.
【非特許文献2】Yasuda K, Ikushiro S, Kamakura M, Ohta M and Sakaki T (2010). Drug Metab Dispos.38(12):2117-2123
【非特許文献3】Nishihara K, Kanemori M, Kitagawa M, Yanagi H, Yura T. (1998). Appl Environ Microbiol. 64,1694-1699
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
SC4MOLは、もともとヒト由来の酵素であることから、特許文献1に記載のように、哺乳動物由来培養細胞での発現は容易である。しかも、哺乳動物由来培養細胞においては、NADH-cyt.b5 還元酵素、NADPH-P450 還元酵素及びcyt.b5が存在するため、SC4MOL活性が発現するであろうことは容易に推察できる。NADHからNADH-cyt.b5 還元酵素、cyt.b5を介して最後にSC4MOLへと電子が渡る電子伝達系、あるいはNADPHからNADPH-P450 還元酵素、cyt.b5を介して最後にSC4MOLへと電子が渡る電子伝達系によってSC4MOLの鉄原子が還元されることにより活性が発揮されるからである。しかし、哺乳動物由来培養細胞は増殖が遅く、大量の代謝物を短時間で生産するには適していない。一方、酵母や大腸菌などの微生物は、哺乳動物由来培養細胞に比べて、増殖が速く、大量の代謝物を短時間で生産するには適している。
【0010】
しかし、ヒト由来SC4MOLが、微生物において活性を発現し得るかは極めて疑問であった。何故なら、SC4MOLは本来、小胞体膜に結合している膜結合型の酵素であるため、タンパク質としての発現が困難であることが予想された。さらに、微生物は、SC4MOLの活性発現に必要な電子伝達系NADH-cyt.b5 還元酵素、NADPH-P450 還元酵素及びcyt.b5を有さないか、あるいは、有する場合であっても、ヒトのNADH-cyt.b5 還元酵素、NADPH-P450 還元酵素及びcyt.b5とは構造が異なるためである。微生物において、SC4MOLのタンパク質が発現しても、電子伝達系NADH-cyt.b5 還元酵素とcyt.b5あるいはNADPH-P450 還元酵素とcyt.b5との連携が上手く機能しなければ、SC4MOLの活性発現は得られないからである。
【0011】
そこで本発明の目的は、ヒト由来メチルステロール酸化酵素(SC4MOL)を発現し、かつSC4MOL活性を発現し得る組換え微生物を提供することにある。さらに本発明は、SC4MOL活性を発現し得る組換え微生物を用いた、SC4MOLによる代謝物の分析方法及び製造方法を提供することにある。
【0012】
本発明者らは、ヒト由来SC4MOLをコードするcDNAを微生物内で発現させることを試みた。まず、内在性のNADH-cyt.b5 還元酵素、NADPH-P450 還元酵素及びcyt.b5を有する出芽酵母を用いてSC4MOLタンパク質を発現させること、さらには、SC4MOL活性の発現を試みた。出芽酵母が有するNADH-cyt.b5 還元酵素、NADPH-P450 還元酵素及びcyt.b5は、哺乳動物由来のNADH-cyt.b5 還元酵素、NADPH-P450 還元酵素及びcyt.b5とは相同性がそれぞれ34、32及び28%しかなく、非常に低い。そのため、出芽酵母の菌体内において、発現したSC4MOLに対してうまく電子を供与できるかどうか非常に疑わしかった。また、大腸菌においてもSC4MOLの発現とSC4MOL活性の発現を試みた。大腸菌にはNADH-cyt.b5 還元酵素、NADPH-P450 還元酵素及びcyt.b5に相当する酵素は存在しない。従って、SC4MOLはタンパク質としては発現しても、SC4MOL活性は発現し得ないと予想された。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、ヒト由来SC4MOLをコードするcDNAをクローニングし、出芽酵母及び大腸菌内で発現させることを試みた。その結果、予想外にも、ヒト由来SC4MOLをコードするcDNAを導入した組換え出芽酵母及び大腸菌のいずれにおいても、SC4MOLが発現し、かつSC4MOL活性が得られることを見出して本発明を完成させた。
【0014】
さらに本発明者らは、SC4MOL活性を発現する微生物を用いてエルデカルシトールに対する反応性について検討した。その結果、SC4MOLはエルデカルシトールに対して酵素活性を示し、従って、SC4MOLはエルデカルシトールの代謝に関与し得ることが判明した。この結果に基づいて、ヒト由来SC4MOL活性を発現し得る本発明の組換え出芽酵母または大腸菌を用いることで、SC4MOLによる種々の代謝物の製造と分析が可能になることも見出して本発明を完成させた。
【0015】
本発明は、以下のとおりである。
[1]
ヒト由来メチルステロール酸化酵素(SC4MOL)遺伝子を宿主微生物細胞に発現可能な状態で、かつSC4MOL活性を発現し得る状態で導入した組換体。
[2]
宿主微生物が出芽酵母である[1]に記載の組換体。
[3]
SC4MOL遺伝子を載せたプラスミドベクターpGYRを導入して形質転換した出芽酵母である[2]に記載の組換体。
[4]
宿主微生物が大腸菌である[1]に記載の組換体。
[5]
SC4MOL遺伝子を載せたプラスミドベクターpET17bを導入して形質転換した大腸菌である[4]に記載の組換体。
[6]
分析用検体を[1]〜[5]のいずれかに記載の組換体と共にインキュベーションして、分析用検体のSC4MOLによる反応生成物を得、得られた反応生成物を分析することを含む分析用検体のSC4MOLによる反応生成物の分析方法。
[7]
分析用検体が、医薬品若しくは医薬品の候補品、または食品成分若しくは食品成分の候補品である[6]に記載の方法。
[8]
SC4MOLの基質となり得る化合物を、[1〜5いずれかに記載の組換体と共にインキュベーションして、前記化合物のSC4MOLによる反応生成物を得、得られた反応生成物を収集することを含む、SC4MOLの基質となり得る化合物のSC4MOLによる反応生成物の製造方法。
[9]
SC4MOLの基質となり得る化合物、医薬品若しくは医薬品の候補品、または食品成分若しくは食品成分の候補品である[7]に記載の方法。
[10]
分析用検体またはSC4MOLの基質となり得る化合物が、ジメチル-5α-コレスト-8-エン-3β-オール、テストステロン、エルデカルシトール、セサミン、またはエピセサミンである[6]〜[9]のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、ヒト由来メチルステロール酸化酵素(SC4MOL)の活性を発現した、大腸菌及び酵母等の組換え微生物を提供することができる。さらに、これら組換え微生物の菌体を含む培養液あるいはグルコースを含む緩衝液等に種々の医薬品あるいは食品成分を添加し、インキュベートすることにより、種々の代謝物を製造することが可能になった。そのため、以下のような利点がある。
(1)本発明のヒト由来SC4MOL発現微生物は、医薬品・食品成分・環境物質などがヒト体内で、どのような代謝を受けるのか予測するために利用することができる。
(2)代謝物を大量に製造し、その安全性や生理機能を調べることが可能である。
(3)これらの代謝物の中には元の化合物にはない有用な性質を示すことがあるため、新たな医薬品開発のためのツールになると考えられる。
【0017】
生理的に重要な機能を持つ酵素SC4MOLが、種々の医薬品・食品成分等を代謝することを見出した我々の結果は予想されなかった事実であり、今後、本酵素が重要な薬物代謝酵素の一つとして位置づけられる可能性が高い。現在、医薬品の開発において代謝酵素の同定は必須であり、代謝酵素が判明しなければ開発が中止される可能性がある。したがって、我々が確立した技術は今後の医薬品開発に必須のものになると思われる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】酵母発現用ベクターpGYR-HindIIIへのSC4MOL遺伝子挿入を示す模式図である。
【図2】SC4MOL発現酵母培養24時間後のエルデカルシトール(a)、エピセサミン(b)、パクリタキセル(c)、テストステロン(d)の代謝物のHPLC結果を示した図である。
【図3】SC4MOL発現酵母培養によるエルデカルシトール代謝物の質量分析結果および推測される代謝を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<組換体>
本発明の組換体は、ヒト由来メチルステロール酸化酵素(SC4MOL)遺伝子を宿主微生物細胞に発現可能な状態で、かつSC4MOL活性を発現し得る状態で導入した組換体である。ヒト由来SC4MOL遺伝子の塩基配列およびアミノ酸配列は以下のサイトから入手可能であり、また、配列表に配列番号1及び2として記載した。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/5803157
NCBI Reference Sequence: NP_006736.1
【0020】
SC4MOLは、EC番号が1.14.13.72であり、前述のように、コレステロール生合成経路において4,4'-ジメチル-5α-コレスト-8-エン-3β-オールの4位および4'位メチル基脱離反応を触媒して、4β-ヒドロキシメチル-4α-メチル-5α-コレスト-7-エン-3β-オールを生成する酵素である。
【0021】
本発明の組換体において、宿主微生物細胞として用いられる微生物は、SC4MOL遺伝子を発現可能な状態で導入したときに、SC4MOL活性を発現し得る微生物に限られる。そのような微生物としては、出芽酵母及び大腸菌を挙げることができる。SC4MOL活性の発現には、SC4MOLのタンパク質としての発現に加えて、電子伝達系NADH-cyt.b5 還元酵素及びcyt.b5が細胞内またはその近傍に存在し、かつSC4MOLに電子を供与できる必要がある。そのような機能を有する微生物は、本発明者らが確認したところ、出芽酵母及び大腸菌であった。出芽酵母の菌株には特に制限はないが、例えば、AH22株、SHY3株、NA87-11A株等を挙げることができる。また、大腸菌の菌株には特に制限はないが、例えば、大腸菌K12株由来のJM109, DH5α, TOP10、あるいは大腸菌B株由来のBL21株等を挙げることができる。
【0022】
SC4MOL遺伝子を宿主微生物細胞に発現可能な状態で導入される。具体的には、遺伝子発現用プラスミドのプロモーター配列の下流に、SC4MOL遺伝子を導入したプラスミドを宿主微生物細胞に導入することができる。遺伝子発現用プラスミドベクターとしては、例えば、出芽酵母においてはpGYR、YEp352、Yep51、pSH19、大腸菌においてはpkk223-3、pKSNdl、pCW、pET17b等を挙げることができる。プラスミドの宿主微生物細胞への導入方法には特に制限はなく、宿主微生物の種類に応じて、常法を用いることができる。尚、実施例において出芽酵母を形質転換する際に用いたpGYRにはNADPH-P450還元酵素遺伝子が含まれている。しかし、宿主である出芽酵母のゲノム上にも同じ遺伝子がある。酵母菌体の中でベクターは菌体あたり20コピー程度あると考えられており、酵母AH22株は一倍体の酵母であることから、pGYRを導入した菌体ではNADPH-P450還元酵素の発現量が野生型の20倍程度になっていると推察される。一方、実施例において大腸菌を形質転換する際に発現ベクターとして用いたpET17bには還元酵素や補酵素の遺伝子は含まれていない。
【0023】
SC4MOL遺伝子を発現可能な状態で導入した宿主微生物細胞は、適宜、培養して増殖させ、その後収集することで、本発明の組換体を得ることができる。収集した本発明の組換体は、湿潤菌体、乾燥菌体のいずれの状態でも利用できる。
【0024】
<分析方法>
本発明は、分析用検体のSC4MOLによる反応生成物の分析方法を包含する。この分析方法は、分析用検体を本発明の組換体と共にインキュベーションして、分析用検体のSC4MOLによる反応生成物を得、得られた反応生成物を分析することを含む方法である。
【0025】
分析用検体は、例えば、医薬品若しくは医薬品の候補品、または食品成分若しくは食品成分の候補品であることができる。但し、これらの限定される意図ではない。分析用検体は、特に、SC4MOLによる代謝を受けることが予想されるメチルステロール化合物であることができる。
【0026】
分析用検体と本発明の組換体とのインキュベーションは、組換体に用いた宿主微生物の種類に応じて、さらには、分析用検体の種類に応じて適宜実施できる。インキュベーションの条件は、特に制限はされないが、例えば、以下のとおりである。
増殖中の菌体培養液に分析用検体を添加する場合、組換え酵母(AH22株)においては、SD液体培地(2% グルコース、0.67% N-base w/o アミノ酸、20μg/ml L-ヒスチジン)で30℃、24時間インキュベートする。組換え大腸菌においては、アンピシリン50μg/mlおよびカナマイシン25μg/mlを含むTB 培地(トリプトン12 g、イーストエキストラクト 24 g、グリセロール 5 gを蒸留水900mLに溶解後、1Mリン酸バッファー(pH 7.0)を100mL添加し、1Lの培地とする)37℃、24時間インキュベートする。また、遠心分離等の方法により集めた組換え酵母あるいは組換え大腸菌の菌体を8% グルコースを含む0.1M リン酸カリウム緩衝液(pH 7.4)に懸濁し、分析用検体を添加し、数時間〜24時間インキュベートすることにより反応生成物を得ることができる。
【0027】
発明の組換体とのインキュベーションにより生成したSC4MOLによる反応生成物は、粗のまま、または適宜精製した後に、所定の分析に供される。所定の分析は、特に制限はないが、例えば、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、薄層クロマトグラフィー(TLC)、質量分析計、NMRなどを用いることができる。
【0028】
本発明の分析方法によれば、分析用検体のSC4MOLによる反応生成物の同定や定量などを行うことができる。
【0029】
<製造方法>
本発明は、SC4MOLの基質となり得る化合物がSC4MOLによって変換されることにより得られる反応生成物の製造方法を包含する。この製造方法は、SC4MOLの基質となり得る化合物を、本発明の組換体と共にインキュベーションして、SC4MOLの基質となり得る化合物のSC4MOLによる反応生成物を得、得られた反応生成物を収集することを含む。
【0030】
SC4MOLの基質となり得る化合物は、特に制限はなく、例えば、本来の基質である4,4'-ジメチル-5α-コレスト-8-エン-3β-オールおよびその類縁体(例えば、4β-ヒドロキシメチル-4α-メチル-5α-コレスト-7-エン-3β-オール、3β-ヒドロキシ-4β-メチル-5α-コレスト-7-エン-4α-カルバルデヒド)、テストステロンおよびその類縁体、エルデカルシトール(ED71)等のビタミンD誘導体、セサミン、エピセサミン等のリグナン類を挙げることができる。
【0031】
SC4MOLの基質となり得る化合物と本発明の組換体とのインキュベーションは、組換体に用いた宿主微生物の種類に応じて、さらには、SC4MOLの基質となり得る化合物の種類に応じて適宜実施できる。インキュベーションの条件等は、上記分析方法における記載を参照できる。
【0032】
インキュベーションによって得られたSC4MOLの基質となり得る化合物のSC4MOLによる反応生成物は、常法により収集される。常法としては、例えば、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、薄層クロマトグラフィー(TLC)を挙げることができる。
【0033】
さらに、収集された化合物は常法により精製することもできる。
【0034】
本発明の分析方法及び製造方法に使用される分析用検体及びSC4MOLの基質となり得る化合物は、例えば、医薬品若しくは医薬品の候補品、または食品成分若しくは食品成分の候補品であることができる。分析用検体または化合物としては、例えば、医薬品のエルデカルシトール、食品成分のセサミン等であることができる。但し、これらは単なる例示である。
【実施例】
【0035】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
【0036】
1.ヒトSC4MOL遺伝子のクローニング
SC4MOLをコードする遺伝子を、ヒト肝cDNAライブラリーを鋳型とし、プライマー1および2 (配列番号3および4)を用いPCRにより増幅した。PCRは、反応1(94℃ 2分後、94℃ 15秒、52℃ 30秒、68℃ 1分、30サイクル;鋳型DNA 10 ng、反応液、dNTP 0.2 mM、KOD-plus-DNA polymerase (TOYOBO) 1 U、10x PCR Buffer for KOD -Plus- 5μl、プライマー各0.2μM、最終液量50μl)の条件で行った。PCR産物を1%アガロースゲルにより電気泳動した結果、目的サイズ(約0.9kb)に特異的な増幅がみられた(以下、1%アガロースゲルでの電気泳動は、単に電気泳動と略称する)。TArget CloneTM -Plus-(TOYOBO)の取扱説明書に従い、PCR産物をpTA2ベクターに連結した。塩化カルシウム法 〔Journal of Molecular Biology, 53, 159 (1970)〕によりエシェリヒア コリJM109を形質転換し、アンピシリン50μg/mlを含むLB寒天培地(ポリペプトン10 g、イーストエキストラクト 5 g、NaCl 5 gおよび寒天15 gを蒸留水1Lに溶解)に塗布した。得られた大腸菌コロニーのうち数個を選択し、それらを鋳型としてコロニーPCRを行った。PCRは、EmeraldAmp(登録商標) PCR Master Mix (Takara) の取扱説明書に従い、反応2(98℃ 10秒、55℃ 30秒、72℃ 1分、30サイクル;反応液、EmeraldAmp PCR Master Mix(2×Premix) (Takara) 5μl、M13-M3プライマーおよびM13-Rvプライマー各0.2μM、最終液量10μl)の条件で行った。得られたPCR産物の電気泳動を行い、予想サイズ(約1.0 kb)に特異的な増幅が見られるクローンを数個得た。得られたクローンのインサート配列にPCRによる変異が入っていないことを確認するためにシーケンスを行った。まず、得られた大腸菌コロニーを5mlのLB 培地(アンピシリン50μg/ml含有)に植菌し、37℃、200rpmで16時間振盪培養を行った。その後、Wizard(登録商標) Plus SV Minipreps DNA Purification System (Promega)を用いてプラスミドを抽出し、プラスミド濃度を260nmの吸光度を用いて測定し、テンプレートDNAとした。サイクルシークエンス反応は、BigDye(登録商標) Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit (Applied Biosystems)を用いて行った。配列決定を行った結果、SC4MOLをコードする遺伝子特有の正確な配列であることが確認できた。このプラスミドをpTA2-SC4MOLと命名した。
【0037】
配列番号3:5'-ATATAAGCTTAAAAAAATGGCAACAAATGAAAGTGT-3'
配列番号4:5'-ATATAAGCTTTTATTCAGTCTTTTTCTC-3'
【0038】
2.SC4MOL遺伝子発現酵母の作製
1で作成したpTA2-SC4MOLプラスミド約1μgを37℃で1時間、HindIII処理し、電気泳動を行った。約0.9kbのDNA断片を電気泳動により分離し、QIAquick Gel Extraction Kit(QIAGEN)を用いてゲルから回収し、インサート断片とした。酵母発現ベクターとしては小胞体膜酵素であるシトクロムP450の発現で実績のあるpGYRを用いた(非特許文献2*)。pGYRベクターを37℃で1時間HindIII処理し、約11kbのDNA断片を電気泳動により分離し、ゲルから回収した。HindIII処理されたpGYRベクターをCalf Intestinal Alkaline Phosphatase(Takara) により脱リン酸化処理し、QIAquick PCR Purification Kit(Takara)を用いてベクター断片を調製した。インサート断片とpGYRベクター断片の濃度を電気泳動で確認後、それらのモル比が3:1〜10:1程度になるように混合し、等量のDNA Ligation Kit Ver. 2 (TaKaRa)のsolution Iを加え、16℃、30分反応を行った。その後、塩化カルシウム法により大腸菌JM109株を形質転換し、アンピシリン50μg/mlを含むLB寒天培地に塗布した。得られた大腸菌コロニーのうち数個を選択し、それらを鋳型としてコロニーPCRを行った。PCRは、EmeraldAmp(登録商標) PCR Master Mix (Takara) の取扱説明書に従い、反応2の条件で行った。プライマー1及び3(配列番号3と配列番号5)を用いた。得られたPCR産物の電気泳動を行い、予想サイズ(約1.8 kb)に特異的な増幅が見られるクローンを数個得た。得られた大腸菌コロニーを5mlのLB 培地(アンピシリン50μg/ml含有)に植菌し、37℃、200rpmで16時間振盪培養を行った。その後、Wizard(登録商標)Plus SV Minipreps DNA Purification System (Promega)を用いてプラスミドを抽出しその一部を37℃で1時間、HindIII処理し、電気泳動をしてインサートの導入を確認した。このプラスミドをpGYR-SC4MOLと命名した。塩化リチウム法によりサッカロマイセス・セレビシエAH22株を形質転換し、SD寒天培地(2%グルコース、0.67% N-base w/o アミノ酸、1.5%寒天、20μg/ml L-ヒスチジン)に塗布した。得られたコロニーをSC4MOL遺伝子発現酵母として、以下の生産試験に用いた。
配列番号5:5'- GACGTTGTAAAACGACGGCAGTG -3'
【0039】
3.SC4MOL遺伝子発現大腸菌の作製
1で作成したpTA2-SC4MOLプラスミドを鋳型とし、プライマー2および4(配列番号4および6)を用いPCRにより反応1の条件で増幅した。得られたPCR産物を電気泳動した結果、目的サイズ(約0.9kb)に特異的な増幅がみられた。TArget CloneTM -Plus-(TOYOBO)の取扱説明書に従い、PCR産物をpTA2ベクターに連結した。塩化カルシウム法によりエシェリヒア コリJM109を形質転換し、アンピシリン50μg/mlを含むLB寒天培地に塗布した。得られた大腸菌コロニーのうち数個を選択し、それらを鋳型としてコロニーPCRを行った。PCRは、EmeraldAmp(登録商標)PCR Master Mix (Takara)の取扱説明書に従い、反応2の条件で行った。得られたPCR産物の電気泳動を行い、予想サイズ(約1.0 kb)に特異的な増幅が見られるクローンを数個得た。得られたクローンのインサート配列にPCRによる変異が入っていないことを確認するためにシーケンスを行った。まず、得られた大腸菌コロニーを5mlのLB 培地(アンピシリン50μg/ml含有)に植菌し、37℃、200rpmで16時間振盪培養を行った。その後、Wizard(登録商標) Plus SV Minipreps DNA Purification System (Promega)を用いてプラスミドを抽出し、プラスミド濃度を260nmの吸光度を用いて測定し、テンプレートDNAとした。サイクルシークエンス反応は、BigDye(登録商標) Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit (Applied Biosystems)を用いて行った。配列決定を行った結果、SC4MOLをコードする遺伝子特有の正確な配列であることが確認できた。得られたプラスミド約1μgを37℃で1時間、NdeIおよびHindIIIで処理し、電気泳動を行った。約0.9kbのDNA断片を電気泳動により分離し、QIAquick Gel Extraction Kit (QIAGEN)を用いてゲルから回収し、インサート断片とした。pET17bベクターを37℃で1時間NdeIおよびHindIII処理し、約3kbのDNA断片を電気泳動により分離した後に、ゲルから回収しQIAquick PCR Purification Kit(Takara)を用いてベクター断片を調製した。インサート断片とpET17bベクター断片の濃度を電気泳動で確認後、それらのモル比が3:1〜10:1程度になるように混合し、等量のDNA Ligation Kit Ver. 2 (TaKaRa)のsolution Iを加え、16℃、30分反応を行った。その後、塩化カルシウム法によりエシェリヒア コリJM109を形質転換し、アンピシリン50μg/mlを含むLB寒天培地に塗布した。得られた大腸菌コロニーのうち数個を選択し、それらを鋳型としてコロニーPCRを行った。PCRは、EmeraldAmp(登録商標)PCR Master Mix (Takara)の取扱説明書に従い、プライマーの配列のみを変えた反応2の条件で行った。プライマーはT7-プロモータープライマーとT7-ターミネータープライマーを用いた。得られたPCR産物の電気泳動を行い、予想サイズ(約1.1 kb)に特異的な増幅が見られるクローンを数個得た。得られた大腸菌コロニーを5mlのLB 培地(アンピシリン50μg/ml含有)に植菌し、37℃、200rpmで16時間振盪培養を行った。その後、Wizard(登録商標) Plus SV Minipreps DNA Purification System (Promega)を用いてプラスミドを抽出しその一部を37℃で1時間、NdeIおよびHindIII処理し、電気泳動をしてインサートの導入を確認した。このプラスミドをpET17b-SC4MOLと命名した。GroEL/ES発現ベクターであるpGro12(非特許文献3)が導入された大腸菌BL21株を塩化カルシウム法により形質転換し、pET17b-SC4MOLプラスミドを導入した。アンピシリン50μg/mlおよびカナマイシン25μg/mlを含むLB寒天培地に塗布して、得られたコロニーをSC4MOL遺伝子発現大腸菌として、以下の生産試験に用いた。
配列番号6:5'-ATATCATATGGCAACAAATGAAAGTGTCAGCATCTTTA-3'
【0040】
4.SC4MOL遺伝子発現酵母を用いたさまざまな基質の代謝
SC4MOL遺伝子発現酵母を5mLのSD液体培地(2% グルコース、0.67% N-base w/o アミノ酸、20μg/ml L-ヒスチジン)に植菌し、30℃、200rpmで振盪培養を行った。OD610値が0.25〜0.3に到達した時点で、基質を終濃度10μMで添加した。今回用いた基質はエルデカルシトール(中外製薬(株))、テストステロン、パクリタキセル、セサミン、エピセサミンの5種類であるが、これらに限定されるものではない。基質添加後、さらに培養を続け、24時間後の培養液500μLに2mLのクロロホルム:メタノール=3:1を添加し、激しく攪拌した後、クロロホルム層を回収、減圧乾固した。これをアセトニトリルに溶解した後に14500rpm、15分遠心し、その上清をHPLCにより分析した。(条件:カラム:YMC社製 YMC−Pack ODS−AM (内径4.6mm×長さ300mm);流速:1.0ml/min;カラム温度:40℃、検出波長および溶離条件は以下のとおり基質により異なる。)
【0041】
HPLC条件1:エルデカルシトール
水/アセトニトリル系;25−95% アセトニトリル直線濃度勾配(25分間)検出波長:265nm
HPLC条件2:テストステロン
水/アセトニトリル系;20−100 %アセトニトリル直線濃度勾配(25分間)検出波長:290nm
HPLC条件3:パクリタキセル
水/メタノール系;10−95% 0.01%トリフルオロ酢酸を含むメタノール直線濃度勾配(16分間)後、0.01%トリフルオロ酢酸を含むメタノール95%(8分間)検出波長:227nm
HPLC条件4:セサミン、エピセサミン
水/メタノール系;10−90% メタノール直線濃度勾配(30分間)検出波長:280nm
【0042】
図2に代謝物のHPLCチャートの例を示す。セサミンとエピセサミンの代謝物は、それぞれのP450による代謝物(非特許文献2)とHPLCの検出時間が一致することを確認しており、メチレンジオキシフェニル基が開裂したモノカテコール体であると推測できる。また、テストステロンの代謝物はCYP3A4による代謝物とHPLCの検出時間が一致し、代謝物は6β-水酸化体であると考えられる。
【0043】
エルデカルシトールについては、代謝物の構造を推測するためにLC-MSによる解析を行った。LC-MSはFinnigan LCQ ADVANTAGE MIX(ThermoFisher SCIENTIFIC,Waltham,MA,USA)を用い、APCI法、positive modeで行った。LC条件は以下のとおりである。カラム;ODS(2mm×150mm Develosil ODS-HG-3,Nomura Chemical Co.Ltd.,Aichi,Japan);移動相,アセトニトリル:メタノール:水=3:4:3;流速,0.2mL・min;UV検出波長,265nm.LC/MSの結果を図2に示す。分子イオンピーク(M+H)はm/z=433であり、代謝物分子量は432であることがわかった。エルデカルシトールの分子量490と比較すると、58マス小さいことがわかり、代謝物は2位のヒドロキシプロポキシ基が脱ヒドロキシプロピル化した構造であることが示唆された(図3)。
【0044】
5.SC4MOL遺伝子発現大腸菌を用いたエルデカルシトールの代謝
SC4MOL遺伝子発現大腸菌をアンピシリン50μg/mlおよびカナマイシン25μg/mlを含む5mLのTB 培地(トリプトン12 g、イーストエキストラクト 24 g、グリセロール 5 gを蒸留水900mLに溶解後、1Mリン酸バッファー(pH 7.0)を100mL添加し、1Lの培地とした)に植菌し、37℃、200rpmで振盪培養を行った。OD610が0.5〜1.0に到達した時点で、IPTG(終濃度1mM)、アラビノースを終濃度(4mg/mL)、基質としてエルデカルシトール(終濃度10μM)を添加した。さらに培養を続け、24時間後の培養液500μLに2mLのクロロホルム:メタノール=3:1を添加し、激しく攪拌した後、クロロホルム層を回収、減圧乾固した。これをアセトニトリルに溶解した後に14500rpm、15分遠心し、その上清をHPLCにより分析した。
【0045】
その結果、SC4MOL遺伝子発現酵母の場合と同じ位置に代謝物のピークが検出され、SC4MOL遺伝子発現大腸菌を用いた場合においても、SC4MOL遺伝子発現酵母と同じ代謝がみられることを確認した。
【0046】
参考例1
SC4MOL cDNAを含まないベクターpGYRを導入したコントロール株では、いずれの活性も認められなかった。この結果から、上記実施例におけるエルデカルシトールの代謝物は、酵母内で発現したSC4MOLに由来する活性と考えられる。
【0047】
参考例2
SC4MOL cDNAを含まないベクター pET17bを導入したコントロール株では、活性が認められなかった。この結果から、上記実施例におけるエルデカルシトールの代謝物は、大腸菌内で発現したSC4MOLに由来する活性と考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明は、生理的に重要な機能を持つ酵素SC4MOLの発現系を提供するものであることから、医薬品や食品の分野において有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト由来メチルステロール酸化酵素(SC4MOL)遺伝子を宿主微生物細胞に発現可能な状態で、かつSC4MOL活性を発現し得る状態で導入した組換体。
【請求項2】
宿主微生物が出芽酵母である請求項1に記載の組換体。
【請求項3】
SC4MOL遺伝子を載せたプラスミドベクターpGYRを導入して形質転換した出芽酵母である請求項2に記載の組換体。
【請求項4】
宿主微生物が大腸菌である請求項1に記載の組換体。
【請求項5】
SC4MOL遺伝子を載せたプラスミドベクターpET17bを導入して形質転換した大腸菌である請求項4に記載の組換体。
【請求項6】
分析用検体を請求項1〜5のいずれかに記載の組換体と共にインキュベーションして、分析用検体のSC4MOLによる反応生成物を得、得られた反応生成物を分析することを含む分析用検体のSC4MOLによる反応生成物の分析方法。
【請求項7】
分析用検体が、医薬品若しくは医薬品の候補品、または食品成分若しくは食品成分の候補品である請求項6に記載の方法。
【請求項8】
SC4MOLの基質となり得る化合物を、請求項1〜5いずれかに記載の組換体と共にインキュベーションして、前記化合物のSC4MOLによる反応生成物を得、得られた反応生成物を収集することを含む、SC4MOLの基質となり得る化合物のSC4MOLによる反応生成物の製造方法。
【請求項9】
SC4MOLの基質となり得る化合物、医薬品若しくは医薬品の候補品、または食品成分若しくは食品成分の候補品である請求項7に記載の方法。
【請求項10】
分析用検体またはSC4MOLの基質となり得る化合物が、ジメチル-5α-コレスト-8-エン-3β-オール、テストステロン、エルデカルシトール、セサミン、またはエピセサミンである請求項6〜9のいずれかに記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−70686(P2013−70686A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−214372(P2011−214372)
【出願日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【出願人】(000236920)富山県 (197)
【Fターム(参考)】