説明

ビスムトニウム塩を用いたアルコールの選択的酸化方法

【課題】 有機合成の属する分野および他の分野において要求されている,温和な条件下でのアルコール類のアルデヒド,ケトンへの選択的酸化法を提供すること。
【解決手段】 4つのフェニル基の1つに置換基を導入したテトラフェニルビスムトニウム塩を酸化剤として用いることにより,上記課題を解決することができた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はビスムトニウム塩を用いたアルコールの酸化法に関するものである。この酸化法は第一級アルコールをアルデヒドに,第二級アルコールをケトンに変換するものであって,有機合成の属する分野および他の分野において要求されている温和な条件下でのアルコール類の選択的酸化に供するものである。
【背景技術】
【0002】
第一級アルコールをアルデヒドに,第二級アルコールをケトンに酸化する反応は有機合成上最も重要な反応の1つであり,Jones試薬,Sarett試薬,Collins試薬などの酸化クロムを利用する酸化剤が用いられてきた。そして,アルコールのアルデヒドあるいはケトンへの酸化反応が極めて重要であるため,より有用な酸化法の開発を意図して活発な研究が行われ,数多くの優れた方法が次々と開発されている。例えば,Coreyらはジクロロメタン中,ピリジニウムクロロクロマート(以下,PCC)を用いてアルコールを酸化し,高収率でアルデヒドを得ている(非特許文献1参照)。同じくCoreyらはジクロロメタン中,ピリジニウムジクロマート(以下,PDC)を用いてデカノールを酸化し,収率98%でデカナールを得ている(非特許文献2参照)。酸化クロムのような重金属化合物に代わる酸化剤として,超原子価ヨウ素化合物である1,1,1−トリアセトキシ−1,1−ジヒドロ−1,2−ベンゾヨードキソール−3(1H)−オン(以下,Dess−Martinペルヨージナン)が開発され,アルコールの選択的な酸化剤として用いられている(非特許文献3参照)。また,ジメチルスルホキシド(以下,DMSO)を活性化してアルコールと反応させ,アルデヒドに導く方法がある。その中でもオキザリルジクロリドを活性化剤として用いるSwern酸化は広く利用されている(非特許文献4参照)。
【0003】
一方,超原子価ビスマス化合物はその酸化能力とビスマス元素の低い毒性から,酸化剤として注目されている。例えば,Challengerらはトリフェニルビスマスジヒドロキシドを用いてアルコールを対応するアルデヒド,ケトンに酸化している(非特許文献5参照)。Bartonらは(PhBiCl)Oを,DodonovはPhBi(OAc)を用いて中性もしくは塩基性条件下,対応するカルボニル化合物を得ている(非特許文献6,7参照)。また,テトラアリールビスムトニウム塩を用いたアルコールの酸化も報告されている(非特許文献8参照)。
【0004】
【非特許文献1】E.J.Corey,J.W.Suggs,Tetrahedron Lett.,1975,2647
【非特許文献2】E.J.Corey,G.Schmidt,Tetrahedron Lett.,1979,399
【非特許文献3】D.B.Dess,J.C.Martin,J,Org.Chem.,1983,48,4155
【非特許文献4】K.Omura,D.Swern,Tetrahedron,1978,34,1651
【非特許文献5】F.Challenger,O.V.Richards,J.Chem.Soc.,1934,405
【非特許文献6】D.H.R.Barton,J.P.Kitchin,D.J.Lester,W.B.Motherwell,M.T.B.Papoula,Tetrahedron,1981,37,73(Supplemint)
【非特許文献7】V.A.Dodonov,A.V.Gushchin,T.G.Brilkina,J.Gen.Chem.USSR,1985,55,63
【非特許文献8】D.H.R.Barton,J.−P.Finet,W.B.Motherwell,C.Pichon,J.Chem.Soc.,Perkin Trans.1,1987,251.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら,Jones試薬,Sarett試薬,Collins試薬,PCC,PDCは,いずれも毒性の高い重金属酸化物を酸化剤として利用している。しかも,反応終了後,重金属酸化物を目的物から完全に除去する操作が煩雑であるという問題点を有している。Dess−Martinペルヨージナンを用いる方法は,高収率で目的物を得ることができるが,Dess−MartinペルヨージナンおよびDess−Martinペルヨージナンの加水分解物に強い爆発性が報告されている。そのため,この方法の使用には細心の注意が必要であり,利用し易い方法とは言い難い。Swern酸化は,毒性の強い重金属酸化物や爆発性の酸化剤を使用しない優れた方法である。しかしながら,活性化DMSOとアルコールとが反応した中間体は極めて不安定であり,そのため,厳密な温度管理下(−78℃)で反応を行わなければならない。また,副生するジメチルスルフィドの悪臭が強いため,大量合成には不向きであるなどの問題点が残されている。トリフェニルビスマスジヒドロキシドやテトラアリールビスムトニウム塩などの超原子価ビスマス化合物を酸化剤として用いて高収率で目的物を得るためには,長い反応時間や高い反応温度が必要であり,到底満足できるものではない。温和な条件下,短時間で反応を完了することができるアルコールの酸化法が強く求められている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで,発明者らは鋭意研究を重ねた結果,本発明を完成するに至った。
【0007】
本発明は,塩基の存在下,第一級アルコールあるいは第二級アルコールと,下記構造式(2)
【化1】

【0008】
(式中R,R,R,R,Rは水素,アルキル基,アルケニル基,アルキニル基,アルコキシ基のいずれかであり,置換されていても良く,Rはハロゲン,ニトロ基などの電子吸引性基であり,Xはハロゲン,アセタート,トリフルオロアセタート,トリフルオロメタンスルホナート,p−トルエンスルホナート,テトラフルオロボラート,ヘキサフルオロホスファート,ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドから選択される。ただし,R=R=R=R=R=水素は除く)で示される4つのフェニル基の1つに置換基を導入したビスムトニウム塩を反応せしめ,第一級アルコールをアルデヒドに,第二級アルコールをケトンに導くことを特徴とするアルコール類の新規酸化法である。
【0009】
本発明で使用し得るビスムトニウム塩の1つである,下記構造式(3)
【0010】
【化2】

【0011】
で示されるメシチルトリフェニルビスムトニウムテトラフルオロボラートを取り上げ,本発明の有用性を例示する。メシチルトリフェニルビスムトニウムテトラフルオロボラートは,ボロントリフルオリド−エチルエーテルコンプレックスの存在下,トリフェニルビスマスジフルオリドとメシチルボロン酸を反応させることにより,容易に得られる。
【0012】
【化3】

【0013】
本発明に係る酸化反応は下記反応式に従って進行する。
【0014】
【化4】

【0015】
この反応で使用し得る塩基は,炭酸カリウム,炭酸ナトリウム,DBU,トリエチルアミン,1,1,3,3−テトラメチルグアニジン,2−tert−ブチル−1,1,3,3−テトラメチルグアニジンなどが挙げられるが,1,1,3,3−テトラメチルグアニジンおよびDBUがより好ましい。使用しうる溶媒は,ジクロロメタン,クロロホルム,トリクロロエタン,トルエン,ベンゼン,アセトニトリル,THF,アセトンあるいはこれらの混合溶媒などが挙げられる。反応温度は−78℃から使用するビスムトニウム塩の分解温度まで適宜選択されるが,室温で十分な反応速度が得られる。反応時間はアルコール,使用するビスムトニウム塩,使用する溶媒により異なり,1分から12時間の間で選択されるが,好ましくは30分から6時間である。
【0016】
以下にメシチルトリフェニルビスムトニウムテトラフルオロボラートを用いた酸化反応の結果を示す。
【表1】

【0017】
エントリー1,2,3,5の結果が示すように,温和な条件下,短時間で第一級アルコールから高収率で対応するアルデヒドを得ることができた。また,エントリー4,6の結果が示すように,第二級アルコールから,高収率で対応するケトンを得ることができた。エントリー5,6の結果が示すように,非共役系アルコールの酸化にはトルエンを溶媒として用いることにより,高収率で目的物を得ることができた。このように本発明は,第一級アルコール,第二級アルコールのどちらも効率よく酸化することができる。
【0018】
次に,不飽和芳香族アルコール,不飽和鎖状アルコール,非共役系アルコールの共存下における酸化反応の選択性について示す。
【0019】
【化5】

【0020】
反応終了後,目的物のH NMRを測定し,その積分比から相対的な反応比を算出した。その結果を以下に示す。
【0021】
【表2】

【0022】
上表が示すように,いずれの反応も非共役系アルコールとの共存下,不飽和アルコールが選択的に酸化されている。
【0023】
さらに,第一級アルコールと第二級アルコールの共存下における酸化反応の選択性について示す。また,比較例としてDess−Martinペルヨージナンを用いた酸化反応の結果も示す。
【0024】
【化6】

【表3】

【0025】
上表が示すように,ビスムトニウム塩を用いた酸化反応では,不飽和アルコール,非共役系アルコールのいずれの場合も第一級アルコールが選択的に酸化され,対応するアルデヒドが優先的に得られた。また,Dess−Martinペルヨージナンよりも格段に優れた選択性を有していることが示された。
【発明の効果】
【0026】
上記のごとく,本発明はビスムトニウム塩を用いた第一級アルコールをアルデヒドに,第二級アルコールをケトンに変換するアルコールの酸化法に関するものである。本発明は,有機合成の属する分野および他の分野において要求されている温和な条件下でのアルコール類の選択的酸化に供するものである。本発明の酸化法を用いることにより,温和な条件下,短時間でアルコール類を選択的に酸化することができる。
【実施例】
【0027】
以下,本発明を実施例により更に詳細に説明する。なお,本発明の範囲は,かかる実施例に限定されないことは言うまでもない。本発明の範囲内では変形が可能なことは当業者には明らかであろう。
【0028】
実施例1 メシチルトリフェニルビスムトニウムテトラフルオロボラートを用いたp−ニトロベンジルアルコールの酸化
メシチルトリフェニルビスムトニウムテトラフルオロボラート(213mg,0.33mmol),p−ニトロベンジルアルコール(45.5mg,0.30mmol),およびCHCl(10ml)の混合物に1,1,3,3−テトラメチルグアニジン(38mg,0.33mmol)を加えて室温で1時間攪拌した。アルコールが消費されたことをTLCで確認した後,反応混合物を減圧下で濃縮し,残渣を短いシリカゲルカラム(流出溶媒:ヘキサン−ヘキサン/酢酸エチル)にかけると,p−ニトロベンズアルデヒド(45mg,0.33mmol)が得られた。収率99%。
【0029】
以下に得られたp−ニトロベンズアルデヒドの物性値を示す。
H NMR(CDCl)δ8.08(d,J=8.8Hz,2H),8.40(d,J=8.8Hz,2H),10.17(s,1H)
【0030】
実施例2
メシチルトリフェニルビスムトニウムテトラフルオロボラートを用いたゲラニオールの酸化
メシチルトリフェニルビスムトニウムテトラフルオロボラート(213mg,0.33mmol),ゲラニオール(46.3mg,0.30mmol),およびCHCl(10ml)の混合物に1,1,3,3−テトラメチルグアニジン(38mg,0.33mmol)を加えて室温で30分間攪拌した。アルコールが消費されたことをTLCで確認した後,反応混合物を減圧下で濃縮し,残渣を短いシリカゲルカラム(流出溶媒:ヘキサン−ヘキサン/酢酸エチル)にかけると,ゲラニアール(45mg,0.33mmol)が得られた。収率98%。
【0031】
以下に得られたゲラニアールの物性値を示す。
H NMR(CDCl)δ1.61(s,3H),1.69(s,3H),2.17(s,3H),2.19−2.23(m,4H),5.07(t,J=5.6Hz,1H),5.88(d,J=8.2Hz,1H),9.99(d,J=8.2Hz,1H)
【0032】
実施例3
メシチルトリフェニルビスムトニウムテトラフルオロボラートを用いた3−ペンタノールの酸化
メシチルトリフェニルビスムトニウムテトラフルオロボラート(35.5mg,0.055mmol),3−ペンタノール(4.4mg,0.050mmol),および重トルエン(1ml)の混合物に1,1,3,3−テトラメチルグアニジン(6.3mg,0.055mmol)を加えて室温で3時間攪拌した。アルコールが消費されたことをNMRで確認した後,内部標準試料(DMF)を用いて3−ペンタノンの収率を決定した。収率99%。
【0033】
以下に得られた3−ペンタノンの物性値を示す。
H NMR(CDCl)δ1.07(t,J=7.8Hz,6H),2.43(q,J=7.8Hz,4H)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩基の存在下,第一級アルコールあるいは第二級アルコールと,下記構造式(1)
【化1】

(式中R,R,R,R,Rは水素,アルキル基,アルケニル基,アルキニル基,アルコキシ基のいずれかであり,置換されていても良く,Rはハロゲン,ニトロ基などの電子吸引性基であり,Xはハロゲン,アセタート,トリフルオロアセタート,トリフルオロメタンスルホナート,p−トルエンスルホナート,テトラフルオロボラート,ヘキサフルオロホスファート,ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドから選択される。ただし,R=R=R=R=R=水素は除く)で示されるビスムトニウム塩を反応せしめ,第一級アルコールをアルデヒドに,第二級アルコールをケトンに導くことを特徴とするアルコール類の新規酸化法。

【公開番号】特開2008−214330(P2008−214330A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−96826(P2007−96826)
【出願日】平成19年3月6日(2007.3.6)
【出願人】(591105993)東京化成工業株式会社 (24)
【Fターム(参考)】