説明

フェライト系耐熱鋼のクリープ損傷推定方法

【課題】クロム(Cr)含有量9%以上のクロム-モリブデン(Cr-Mo)フェライト系高強度耐熱鋼の硬さから精度よくクリープ損傷を推定する方法を提供すること。
【解決手段】焼戻しマルテンサイト組織のフェライト系耐熱鋼のクリープ損傷を非破壊的に推定するフェライト鋼のクリープ損傷推定方法において、部材表面の硬さを測定し、予め作成した硬さとひずみ量の関係から当該部材のひずみ量を推定し、別途求めたクリープひずみ曲線との比較からクリープ損傷を求めるフェライト鋼のクリープ損傷推定方法である。
特に測定する耐熱鋼表面の硬さは、最も早く損傷が進行する溶接熱影響部の最小硬さを測定することが望ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は金属材料のクリープ損傷を非破壊的に推定する方法に係り、特にボイラ、化学プラント等で550℃〜650℃程度の高温耐圧部に多用されるクロム(Cr)含有量公称9%以上のクロム-モリブデン(Cr-Mo)フェライト系高強度耐熱鋼の損傷推定に好適なクリープ損傷推定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
発電用ボイラや各種熱交換器等においては、高温、高圧の条件下で耐熱及び耐圧部材として伝熱管や配管類が多数使用されている。近年、特に発電用ボイラは、発電効率向上のために蒸気温度と圧力を以前より上昇した状態で運転されるようになってきており、ボイラの伝熱管材料として従来から使われてきたCr含有量1〜2.25%のCr-Mo系低合金鋼に代わり、新しい高強度フェライト系耐熱鋼が用いられる。このフェライト系耐熱鋼は公称9%Cr鋼にニオブ(Nb)、バナジウム(V)又は/及びタングステン(W)等を添加し、焼ならし−焼戻し熱処理によって焼戻しマルテンサイト組織となるように成分設計されたもの(例えばCrが9%、Moが1%、その他NbとVが微量で特徴的な性能を発揮する成分として含まれている9Cr-1Mo-Nb,V鋼や9Cr-0.5Mo-1.8W,Nb,V鋼や11Cr-0.4Mo-0.2W,Nb,V,Cu鋼など)で、従来材に比べて格段に優れた高温強度を有している。
【0003】
このような耐熱鋼の保守管理においては、長時間使用に伴い進行していくクリープ損傷の評価が重要な課題の一つである。従来の1〜2.25%Cr系低合金鋼の母材の場合は非破壊的な損傷推定手法として「結晶粒変形法」や「金属組織法」が開発され、すでに確立された技術として実プラントに適用されている(特許文献1、2)。これに対して上述の新しい高強度フェライト系耐熱鋼は微細な焼戻しマルテンサイト組織であり、長時間使用に伴う組織変化が小さいことから、これら従来の手法は適用困難であった。そこで種々の研究が行われた結果、近年ではクリープ損傷の進行に伴う硬さの低下を利用する、いわゆる「硬さ法」が有効と言われている(非特許文献1)。
【特許文献1】特開平6−200701号公報
【特許文献2】特開平6−222053号公報
【非特許文献1】機械学会通常総会講演論文集 NO.1034(1998年4月)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
硬さ法の基本的な考え方は、予め試験片で硬さとクリープ損傷率の関係(マスターカーブ)を求めておき、実機部材の表面で測定した硬さからクリープ損傷を推定するというものである。焼戻しマルテンサイト組織からなるフェライト系耐熱鋼の場合、応力が作用していない場合の熱的な硬さの変化は非常に小さく、硬さの低下はそのまま損傷による変化とみなせるため、実用的な方法となり得る。
【0005】
しかし、これまでの研究では推定精度に問題があり、硬さによる損傷推定手法は、まだ確立された技術とは言えなかった。その一例として9Cr-1Mo-Nb,V鋼について作成した硬さとクリープ損傷率の関係を図5に示す。
【0006】
図5は温度と圧力を変えてクリープ破断試験及び中断試験を行い、損傷率(Φc=中断時間/破断時間)と硬さの関係を求めたものである。個々の負荷条件では損傷率と硬さの間に明瞭な相関関係が認められるが直接関係は成立せず、また温度あるいは負荷応力が異なる場合のデータを重ねると幅の広いバンドとなり、硬さから損傷率を推定するには精度的に問題があった。例えば図5においてビッカーズ硬さ200の場合、損傷率は33〜74%と推定され、実用的な評価が難しかった。
【0007】
この問題は、溶接部の評価においても同様である。9Cr-1Mo-Nb,V鋼のような焼戻しマルテンサイト組織からなるフェライト系耐熱鋼の場合に、溶接部が図6に示すように溶接金属1と母材2の間の溶接熱影響部(HAZ)3に軟化域が生じ、この軟化域のクリープ損傷が最も早く進行する。従って、この部分の硬さからクリープ損傷を直接求めることもできるが、図5に示すように温度あるいは負荷応力の影響を大きく受けるため、推定精度に問題があった。
【0008】
本発明の課題は上記した従来技術の問題点を解消し、焼戻しマルテンサイト組織のフェライト鋼(特にクロム(Cr)含有量9%以上のクロム-モリブデン(Cr-Mo)フェライト系高強度耐熱鋼)の硬さから精度よくクリープ損傷を推定する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の上記課題は次の解決手段により解決される。
請求項1記載の発明は、焼戻しマルテンサイト組織のフェライト系耐熱鋼のクリープ損傷を非破壊的に推定するフェライト鋼のクリープ損傷推定方法において、耐熱鋼表面の硬さを測定し、予め作成した硬さとひずみ量の関係から当該耐熱鋼のひずみ量を推定し、別途求めたクリープひずみ曲線との比較からクリープ損傷を求めるフェライト系耐熱鋼のクリープ損傷推定方法である。
【0010】
請求項2記載の発明は、測定する耐熱鋼表面の硬さは、溶接熱影響部の最小硬さを選択して、その硬さを測定することにより求める請求項1記載のフェライト系耐熱鋼のクリープ損傷推定方法である。
【0011】
請求項3記載の発明は、予め硬さとひずみ量の関係を求める際に、引張試験のひずみ量に補正係数を乗じて推定したクリープひずみ量を用いる請求項1又は2記載のフェライト系耐熱鋼のクリープ損傷推定方法である。
【0012】
(作用)
請求項1記載の発明によれば、硬さの変化はクリープ損傷率と直接対応するものではなく、硬さはひずみ量に対応するため、予め作成した硬さとひずみ量の関係から当該部材のひずみ量を推定し、別途求めたクリープひずみ曲線との比較からクリープ損傷を求めることにより、従来の方法に比べて精度よくクリープ損傷を推定することができる。
【0013】
請求項2記載の発明によれば、請求項1記載の発明の作用に加えて、最もクリープ損傷が早く進行する溶接熱影響部の最小硬さを、部材表面の硬さとすることで、従来の方法に比べて精度よくクリープ損傷を推定することができる。
【0014】
請求項3記載の発明によれば、請求項1又は2記載の発明の作用に加えて引張試験のひずみ量とクリープひずみ量との間に比例関係があるので高温引張試験のひずみ量を測定することでクリープひずみ量を推定できる。
【発明の効果】
【0015】
請求項1記載の発明によれば、9%Cr以上の焼戻しマルテンサイト組織からなるフェライト系高強度耐熱鋼のクリープ損傷を部材表面の硬さから比較的容易な方法で精度よく推定できるので、これらの新しい高強度鋼を使用する際の保守管理を適切に行うことができ、実プラントでの機器運用上の信頼性を高めるとともにこれら高強度耐熱鋼の用途を広げることができ、工業的な効果が大きい。
【0016】
請求項2記載の発明によれば、請求項1記載の発明の効果に加えて溶接部の溶接熱影響部でクリープ損傷がもっとも早く進行するので、溶接部の溶接熱影響部の硬さから精度良くクリープ損傷率を求めることができる。
【0017】
請求項3記載の発明によれば、請求項1又は2記載の発明の効果に加えて、高温引張試験のひずみ量とクリープひずみ量との間に比例関係があるので、高温引張試験のひずみ量を測定することでクリープひずみ量を求めることができ、短時間に硬さとクリープひずみ量の関係を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に本発明の実施例を挙げ、本発明になるクリープ損傷推定方法の詳細を説明する。
【実施例1】
【0019】
図1は本発明の基本的な推定手順を示した図である。まず9Cr-1Mo-Nb,V鋼からなる実機部材の表面での硬さ(実機部材の溶接部近傍での硬さ)を測定し、次に予め求めておいた硬さとひずみの関係から当該部材のひずみを推定する(この関係を得るためには溶接の熱履歴を模擬して作成したHAZ(熱影響部)再現材でクリープ試験を行うことが望ましい。)。さらに別途求めたクリープひずみ曲線との比較から、最終的に損傷率を求めるものである。
【0020】
次に上記推定手順の技術的根拠を説明する。
本発明者らは種々の温度或いは負荷応力条件下での硬さを調査した結果、部材表面の硬さとひずみの間には負荷条件に大きく左右されることのない良好な相関関係があることを見出した。その一例を図2に示す。この関係は母材でも溶接熱影響部でもよく再現される。ひずみ量が3%付近までは両者の間にはほぼ直線関係が成立する。ひずみが約5%を越えるとそれ以上ひずみが進行しても硬さの低下はほとんど生じることがない。この図から明らかなように、ひずみ量が3〜5%程度以下であれば、硬さからクリープひずみを求めることができる。図2の例においては、ひずみ量5%以下の範囲で、両者の関係は2次多項式として近似すれば次式(1)で表わせる。
硬さ=216.7−12.75×(ひずみ量)+1.276×(ひずみ量)2 (1)
【0021】
また、図3にクリープひずみ曲線の一例を示すが、ひずみ量が5%になると、ほとんど寿命末期であり、実用上は5%以下のひずみを精度よく推定できればよい。クリープひずみ曲線は、実験室的に求めた定常クリープ速度等の材料データと温度、応力条件から計算できる。近年では加速クリープ域の途中までクリープひずみ曲線を計算できる式が提案されており(例えば式(2)の改良θ法;高温強度の材料科学(内田老鶴圃))、種々の条件でのひずみ曲線を比較的容易に計算することができる。
ε=ε0+A{1−exp(−αt)}+B{exp(αt)−1} (2)
【0022】
溶接熱影響部の軟化域を対象とする場合には計算に必要な材料データを得るにはHAZ再現材を用いてクリープ試験と引張試験を行えば良い。
本実施例によれば、比較的簡単な手順で硬さからクリープ損傷を精度良く推定できる。
【実施例2】
【0023】
実施例1では予め硬さとクリープひずみの関係を求めておく例を示したが、そのためには多数のクリープ試験を実施しなければならず、多大な時間を要する。一方、硬さの低下はクリープひずみだけでなく、高温引張試験でのひずみにも対応する。
【0024】
図4は9Cr-1Mo-Nb,V鋼の高温引張ひずみとクリープひずみを比較して示したものであるが、両者にはほぼ比較関係があり、ひずみ量5%までの高温引張ひずみデータを0.5倍すれば、ほぼクリープひずみデータに相当することが分かった。従って、短時間の高温引張試験で多数のデータを求め、実験的に求めた補正係数(図4の場合は0.5)を乗じることによっても硬さとクリープひずみ量の関係を求めることができる。この場合、精度を落とすことなく短時間で両者の関係を求めることができる。
【産業上の利用可能性】
【0025】
高温耐圧部に多用されるクロム(Cr)含有量9%以上のクロム-モリブデン(Cr-Mo)フェライト系高強度耐熱鋼の損傷推定に好適なクリープ損傷推定方法が確立でき、特にボイラ、化学プラント等の安全対策に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明によるクリープ損傷推定方法の説明図である。
【図2】本発明による実施例で示した硬さとクリープひずみの関係を表す図である。
【図3】本発明による実施例で示したクリープひずみとクリープ損傷率の関係を表す図である。
【図4】本発明による他の実施例で示した硬さと高温引張ひずみの関係を表す図である。
【図5】従来技術として示した硬さとクリープ損傷率の関係を表す図である。
【図6】溶接部近傍の硬さ分布の例を表す図である。
【符号の説明】
【0027】
1 溶接金属 2 母材
3 溶接熱影響部(HAZ)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
焼戻しマルテンサイト組織のフェライト系耐熱鋼のクリープ損傷を非破壊的に推定するフェライト鋼のクリープ損傷推定方法において、
耐熱鋼表面の硬さを測定し、予め作成した硬さとひずみ量の関係から当該耐熱鋼のひずみ量を推定し、別途求めたクリープひずみ曲線との比較からクリープ損傷を求めることを特徴とするフェライト系耐熱鋼のクリープ損傷推定方法。
【請求項2】
測定する耐熱鋼表面の硬さは、溶接熱影響部の最小硬さを選択して、その硬さを測定することにより求めることを特徴とする請求項1記載のフェライト系耐熱鋼のクリープ損傷推定方法。
【請求項3】
予め硬さとひずみ量の関係を求める際に、引張試験のひずみ量に補正係数を乗じて推定したクリープひずみ量を用いることを特徴とする請求項1又は2記載のフェライト系耐熱鋼のクリープ損傷推定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−258621(P2006−258621A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−76772(P2005−76772)
【出願日】平成17年3月17日(2005.3.17)
【出願人】(000005441)バブコック日立株式会社 (683)
【Fターム(参考)】