説明

フッ素化合物中の不純物分析方法

【課題】フッ素化合物中の不純物成分を高精度で且つ低濃度まで分析可能にする。
【解決手段】まず、コップ状に形成されたアルカリ金属塩のカプセルの中空部分にフッ素化合物の試料を量り取る。そして、その中空部分の開口をアルカリ金属塩の塊状の蓋で密閉し、フッ素化合物の融点以上400℃以下に設定された熱処理温度まで昇温して試料を融解させたあと溶液化し、その溶液中の不純物を定量分析する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フッ素化合物中の不純物分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、フッ素化合物中の不純物を分析する方法が開発されている。不純物の含有量を測定するには、原子吸光分析装置、誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析装置又はICP質量分析装置などが用いられるが、これらの装置を用いて不純物を測定するには、試料を溶液にして装置に供する必要がある。分析しようとするフッ素化合物を溶液にする(「前処理」と称されている)には、(1)乾式灰化法、(2)湿式灰化法、(3)アルカリあるいは酸融解法、(4)酸素フラスコ燃焼法、(5)燃焼ガス吸収法、(6)燃焼ガス吸収法溶液などがある(例えば特許文献1参照)。
【0003】
このうち、アルカリ融解法は、フッ化物として揮発する成分も簡便な操作で高精度且つ低濃度まで分析可能である。例えば、非特許文献1には、フッ素樹脂中のフッ素を簡易に定量するにあたり、アルカリ融解法を採用している。具体的には、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を試料として使用する場合、まず、炭酸カリウム製のカプセルを作製し、そのカプセルの中空部分(穴)に試料を正確に量り取る。続いて、予め粉砕乾燥した炭酸カリウム粉末をその中空部分の上部まで詰め込む。そして、電気炉で300℃から1時間で600℃まで昇温し、600℃で1時間分解させたのち、カプセルを電気炉から取り出して放冷する。その後、カプセルを1Lのメスフラスコに入れ、水で溶解し、次いで塩酸を加えて中性とし、水で定容にする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−43246号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】日本化学会誌、1973年、No.6、1236−1237頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、フッ素化合物中の不純物成分の分析を行うにあたり、非特許文献1の手法を採用して前処理を施したあとICP発光分光分析装置で分析したところ、満足した結果が得られなかった。その原因は、炭酸カリウム製のカプセルの中空部分に試料を量り取ったあと炭酸カリウム粉末をその中空部分の上部まで詰め込み600℃でフッ素化合物を熱処理するが、600℃という高温で熱処理するため不純物成分の一部が揮発性のフッ化物となり、そのフッ化物が炭酸カリウム粉末の粉粒同士の間に存在する微小隙間を通じてカプセル外に放散したことにあると考えられる。
【0007】
本発明はこのような課題を解決するためになされたものであり、フッ素化合物中の不純物成分を高精度で且つ低濃度まで分析可能にすることを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、炭酸カリウムのカプセルの中空部分(穴)にフッ素化合物を量り取ったあとこの中空部分を炭酸カリウムの塊状の蓋で覆い、比較的低温(400℃以下)で熱処理してフッ素化合物を溶融させたあと溶液化したところ、フッ素化合物中の不純物を高精度で且つ低濃度まで定量分析を行うことができることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0009】
本発明のフッ素化合物中の不純物の分析方法は、コップ状に形成されたアルカリ金属塩のカプセルの中空部分にフッ素化合物の試料を量り取り、その中空部分の開口をアルカリ金属塩の塊状の蓋で密閉し、前記フッ素化合物の融点以上400℃以下に設定された熱処理温度まで昇温して前記試料を融解させたあと溶液化し、その溶液中の不純物を定量分析するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の分析方法では、熱処理温度を低温(フッ素化合物の融点以上400℃以下)に設定するため、従来のように高温(600℃)まで加熱する場合と比べて、フッ素化合物中の不純物が例えばフッ化物などの揮発成分に変わるのではなく、不純物成分とアルカリ金属との不揮発性の酸化物に変わる。また、従来のようにカプセルの開口をアルカリ金属塩の粉末で覆うのではなく、アルカリ金属塩の塊状の蓋で覆うため、カプセルの中空部分がしっかりと密閉される。こうしたことから、不純物成分の一部が揮発成分となってカプセル外に放散してしまうのを有効に防止することができ、ひいては不純物を高精度で且つ低濃度まで分析することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】カプセル作製手順の説明図である。
【図2】不純物分析の熱処理工程での時間と加熱温度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の不純物分析方法において、フッ素化合物としては、例えばポリテトラフルオロエチレン(PTFE、融点327℃)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF、融点171℃)、テトラフルオロエチレン−ペルフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA、融点310℃)、テトラフルオロエチレン−エチレン共重合体(ETFE、融点270℃)などのフッ素樹脂のほか、パーフルオロアルカンスルホン酸やパーフルオロカルボン酸などが挙げられる。
【0013】
本発明の不純物分析方法において、不純物としては、特に限定するものではないが、例えば、ケイ素化合物、ホウ素化合物、硫黄化合物、ハロゲン化合物などが挙げられる。このうち、ケイ素化合物やホウ素化合物は、従来、分析中に揮発性のフッ化物となりやすく精度よく分析するのが困難とされていた化合物であるため、本発明を適用する意義が高い。
【0014】
本発明の不純物分析方法において、カプセルの原料となるアルカリ金属塩のアルカリ金属成分としては、リチウム、ナトリウム、カリウムなどが挙げられ、アルカリ金属と塩を形成する酸成分としては炭酸塩、硫酸塩、硝酸塩、塩酸塩などが挙げられる。アルカリ金属塩としては、炭酸ナトリウムや炭酸カリウムが好ましく、炭酸カリウムがより好ましい。
【0015】
本発明の不純物分析方法において、アルカリ金属塩のカプセルとその蓋を作製するには、例えば、三次元形状のアルカリ金属塩の中実体(中身が詰まっている形態)を作製し、その中実体にコルクボーラー又はその類似器具で穴を開け、くり抜いた部分を蓋として用いることができる。あるいは、アルカリ金属塩のカプセルと蓋とをそれぞれ金型を利用して精度よく作製してもよい。
【0016】
本発明の不純物分析方法において、熱処理温度は、測定対象の不純物が不揮発性の成分になるようにフッ素化合物の融点以上400℃以下で適宜設定すればよい。例えば、不純物としてホウ素化合物が含まれている場合には、熱処理により不揮発性のホウ素とアルカリ金属との酸化物(例えばアルカリ金属がカリウムの場合にはK2SiO3 など)になり、不純物としてケイ素化合物が含まれている場合には、熱処理により不揮発性のケイ素とアルカリ金属との酸化物(例えばアルカリ金属がカリウムの場合にはK247 など)になる。なお、熱処理温度としてフッ素化合物の融点を採用した場合には、400℃近辺の温度を採用した場合に比べて、フッ素化合物が融解しきるまでに時間を要したり不純物が不揮発性の成分に変わるのに時間を要したりするものの、本発明の効果すなわち不純物を高精度で且つ低濃度まで分析することができるという効果を奏する。また、不純物のほぼ全量を不揮発性の成分に変換させるためには、熱処理温度まで昇温したあと該熱処理温度で保持することが好ましい。こうすれば、分析精度がより高くなる。ここで、熱処理温度で保持する時間は、測定対象の不純物に応じて適宜設定すればよいが、例えば10〜120分の間で設定すればよい。熱処理温度まで昇温する場合には、その昇温速度を1〜2℃/minの低速とするのが好ましい。急激に昇温すると不純物が不揮発成分に変わるほかに不純物の一部がフッ素化して揮発成分に変わるおそれがあり、その場合にはカプセルが蓋で密閉されているとはいえ、揮発成分がカプセル外に放散する可能性があるからである。
【0017】
本発明の不純物分析方法において、熱処理したあと溶液化するには、熱処理温度からそのまま放冷したあと純水に溶解して溶液化してもよいが、その場合には、熱処理温度が400℃以下のため、試料中に未燃成分(煤など)が残っていることがある。こうした未燃成分が溶液中に混入すると、分析装置に悪影響を及ぼすことがある。例えば、ICP発光分光分析装置などのように分析時にノズルから溶液を噴霧する装置の場合には、ノズルが未燃成分によって詰まるおそれがある。こうしたことから、試料を熱処理温度で処理したあと、アルカリ金属塩の融点以上(例えば900℃以上)に加熱してカプセル及び蓋を融解させ、その後放冷して純水に溶解して溶液化することが好ましい。こうすれば、試料中のフッ素化合物は完全に燃焼するため、未燃成分による分析装置への悪影響を防止することができる。このようにアルカリ金属塩の融点以上になるように昇温する場合には、昇温速度を10℃/min以上、例えば15〜20℃/minの高速としてもよい。こうすれば、分析時間を短くすることができる。
【0018】
本発明の不純物分析方法において、溶液化したあとの分析は、従来と同様、原子吸光分析装置、ICP発光分析装置、ICP質量分析装置などを利用して行うことができる。
【実施例】
【0019】
[実施例]
まず、炭酸カリウム製のカプセルとその蓋を作製した。カプセル作製手順を図1に示す。白金ルツボに炭酸カリウム粉末を入れ、加熱溶融した。溶融した炭酸カリウムを有底筒型の黒鉛ルツボに入れて放冷し、外径10mm、高さ18mmで中実の炭酸カリウム円柱体を取り出した。この炭酸カリウム円柱体をコルクボーラーで加工して直径6mm、深さ15mmの穴を開け、カプセルが完成した。このとき、コルクボーラーの中空筒状の差込部には、抜き取った炭酸カリウムの塊が残っているため、この塊を加工してカプセルの穴の蓋とした。なお、蓋は、穴の直径よりもやや大きめのコルクボーラーを用いて別の炭酸カリウム円柱体から塊を抜き取り、その塊を加工して作製してもよい。
【0020】
次に、試料中のケイ素及びホウ素の定量分析を行った。試料として、市販されているフッ素樹脂(試料Aという)を用意した。また、試料Aに所定量のケイ素とホウ素を加えたものを用意し、これを試料A+とした。具体的には、試料A+は、ケイ素標準溶液(例えばSPEX社製PLSI9−2Y Si1000mg/L)とホウ素標準溶液(例えばSPEX社製PLB9−2Y B1000mg/L)を、試料Aに対してケイ素及びホウ素がそれぞれ100μg/gとなるように添加して調製した。そして試料A及び試料A+について、以下の手順にしたがってケイ素及びホウ素の定量分析を行った。なお、以下には試料Aについて説明するが、試料A+についても同様である。
【0021】
まず、0.2gの試料Aをカプセルの穴に量り取り、その穴の開口を蓋で密閉した。次いで、そのカプセルごと白金ルツボに入れて電気炉で熱処理温度400℃まで徐々に昇温し、400℃で30分保持した。これにより、試料Aは融解した。このときの昇温速度は1時間あたり100℃(約1.7℃/min)とした。その後、900℃まで急激に昇温し、900℃で30分保持した。これにより、白金ルツボ内で炭酸カリウム製のカプセル及び蓋が融解した。このときの昇温速度は30分で500℃(約17℃/min)とした。なお、熱処理工程での時間と加熱温度との関係を図2に示す。放冷後、白金ルツボごとテフロンビーカーに入れて純水を加え、白金ルツボの内容物を純水に溶かして溶液とした。白金ルツボを純水で洗いながら取り出し、その洗浄液も先の溶液に合わせ、そこに塩酸7mLを加えた。塩酸を加えた溶液を80〜90℃に加熱して炭酸ガスを抜いた後、PMP(ポリメチルペンテン)製メスフラスコ(100mL)に移し、純水で定容にした。得られた溶液を用いてICP発光分光分析法により、ケイ素およびホウ素を定量した。試料A及び試料A+の定量分析の結果を表1に示す。
【0022】
【表1】

【0023】
表1に示す添加回収率は、試料A+を調製する際に試料Aに添加した所定量のケイ素とホウ素の回収率を表し、表1の欄外に示す式により算出したものである。この添加回収率が100%に近いほど精度が高いことになるが、ここではケイ素及びホウ素の添加回収率はともに96%であったため、高精度な分析結果が得られたと判断した。また、別途、定量下限を求めた。定量下限は、ブランク試験を4回繰り返し行い、その標準偏差の10倍とした。なお、ブランク試験とは、空試験値を得るために試料を用いないで、試料を用いたときと同様の操作を行う試験をいう。その結果、ケイ素は9.7μg/g、ホウ素は2.3μg/gであった。つまり、定量下限は、0.0003〜0.001重量%であり、低濃度の不純物の定量分析が可能なことがわかった。これらの結果から、試料Aのホウ素及びケイ素の定量結果も、高精度で低濃度まで分析された結果であるといえる。なお、試料Aとは異なる市販のフッ素樹脂からなる試料Bについても定量分析を行った。その結果を表2に示す。
【0024】
【表2】

【0025】
[比較例]
試料A及び試料A+について、非特許文献1の手順にしたがってケイ素及びホウ素の定量分析を行った。なお、以下には試料Aについて説明するが、試料A+についても同様である。まず、炭酸カリウム製のカプセルの穴に試料Aを入れ、予め粉砕乾燥した炭酸カリウム粉末を穴の上部まで詰め込んだ。そして、電気炉で300℃から1時間で600℃まで昇温し、600℃で1時間保持したのち、カプセルを電気炉から取り出して放冷した。その後、カプセルをメスフラスコに入れ、純水で溶解し、次いで塩酸を加えて中性とし、純水で定容にした。この溶液を用いてICP発行分光分析法により、ケイ素及びホウ素を定量分析した。そして、試料Aと試料A+の分析結果から実施例と同様にして添加回収率を求めたところ、90%未満であった。これは、熱処理温度が600℃という高温のため、ケイ素化合物は熱処理時にケイ酸カリウムのほかに揮発性のフッ化ケイ素(SiF4)となり、ホウ素化合物は熱処理時にホウ酸カリウムのほかに揮発性のフッ化ホウ素(BF3)となって、試料を覆っている炭酸カリウム粉末の微小な隙間からカプセル外へ放散したことが原因と考えられる。また、実施例と同様にして定量下限を求めたところ、0.01重量%以下となった。このことから、実施例は、比較例に比べて、高精度で且つ低濃度まで定量分析が可能なことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明は、フッ素樹脂などのフッ素化合物中の不純物を分析するために用いられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素化合物中の不純物を分析する方法であって、
コップ状に形成されたアルカリ金属塩のカプセルの中空部分にフッ素化合物の試料を量り取り、その中空部分の開口をアルカリ金属塩の塊状の蓋で密閉し、前記フッ素化合物の融点以上400℃以下に設定された熱処理温度まで昇温して前記試料を融解させたあと溶液化し、その溶液中の不純物を定量分析する、
フッ素化合物中の不純物分析方法。
【請求項2】
前記試料を融解させたあと、アルカリ金属塩の融点以上に加熱して前記カプセル及び前記蓋を融解させ、その後放冷して純水に溶解して溶液化する、
請求項1に記載の不純物分析方法。
【請求項3】
前記熱処理温度まで昇温したあと該熱処理温度で10〜120分保持する、
請求項1又は2記載の不純物分析方法。
【請求項4】
前記フッ素化合物は、不純物としてケイ素化合物又はホウ素化合物を含む、
請求項1〜3のいずれか1項に記載の不純物分析方法。
【請求項5】
前記アルカリ金属塩は、炭酸カリウムである、
請求項1〜4のいずれか1項に記載の不純物分析方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−223721(P2010−223721A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−70722(P2009−70722)
【出願日】平成21年3月23日(2009.3.23)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(000004064)日本碍子株式会社 (2,325)
【Fターム(参考)】