説明

フラックス入り高張力鋼用溶接ワイヤ及びその製造方法

【課題】 引張強さが950MPa級以上である高張力鋼にも一般的に使用可能なフラックス入り高張力鋼用溶接ワイヤ及びその製造方法を提供する。
【解決手段】 鋼製外皮の内部に、少なくとも金属または合金を含有するフラックスが充填されたフラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、C:0.04〜0.30%、Si:0.2〜2.0%、Mn:0.3〜2.5%、P:0.02%以下、S:0.02%以下、Al:0.002〜0.05%、Ni:1.0〜12%、Mg:0.01〜2.0%含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、炭素当量(Ceq)が0.25〜1.2%であり、さらに、フラックス入りワイヤに充填するフラックスの平均粒径が30〜300μmであり、鋼製外皮に外気侵入の危険性のあるスリット状の継ぎ目が無いことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼製外皮の内部に、少なくとも金属または合金を含有するフラックスが充填されたフラックス入り高張力鋼用溶接ワイヤ及びその製造方法に関し、特に建設機械および産業機械などの用途に適用される引張強さが950MPa級以上の高張力鋼の溶接に使用される場合に、溶接金属の酸素量と拡散性水素量の両方をソリッドワイヤ並に低減できるフラックス入り高張力鋼用溶接ワイヤ及びその製造方法に関する。
【0002】
ここでのフラックス入りワイヤは、フラックスを充填した後、鋼製外皮の継ぎ目を溶接することで継ぎ目を無くしたシームレスワイヤである。
【背景技術】
【0003】
フラックス入りワイヤは、一般的に作業性、施工性の良さから使用されているが、引張強さが950MPa級以上の高張力鋼用の溶接ワイヤでは、靭性確保、溶接低温割れの懸念からソリッドワイヤが使用されている。これは、フラックス入りワイヤを用いた溶接金属は、ソリッドワイヤを用いた溶接金属と比べ、溶接金属内の酸素量と拡散性水素量が高くなるために酸素による靭性の劣化と水素による溶接低温割れの発生が懸念されるためである。
【0004】
酸素については、590〜780MPa級の溶接金属で酸化物を起点とする粒内変態を利用した組織微細化により靭性を向上させるために一定の酸素量が必要の場合があるが、酸素は一般に靭性を劣化させるものであり、特に引張強さが950MPa級以上の高張力となる溶接金属では、粒内変態がほとんど起こらないため、酸素が増加すれば、単調に靭性は劣化する。このため、950MPa級以上の溶接金属で、高い靭性を得るためには酸素を低減することが望まれる。
【0005】
溶接金属の酸素量と拡散性水素量の両方を低減できる技術に関して、特許文献1や特許文献2が開示されている。特許文献1、特許文献2は共に強脱酸剤であるMgの利用に関してのものであるが、Mgは吸湿しやすく、酸素低減効果を十分に発揮できないだけでなく、拡散性水素量を増加させる課題があると報告している。
【0006】
特許文献1では、Mgが拡散性水素量を増加させない範囲でMgを添加することにより、溶接金属の酸素量を低減し、かつ拡散性水素量の増加を抑制することで、引張強度および靭性に優れ、耐低温割れ性を改善した溶接金属を得ることができる溶接方法を提案している。しかしながら、これはMgの吸湿性を根本的に解決したものではない。
【0007】
特許文献2では、Mgの粒子表面に有機化合物を付着させることで耐吸湿性を向上させ、溶接金属中の拡散性水素を低減できると提案している。しかしながら、Mgの表面に付着させた有機化合物は水素を含んでいるため、有機化合物自体は拡散性水素を増加させるが、吸湿することによる拡散性水素量の増加よりも少ないために相対的に拡散性水素量が低減しているだけである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−150186号公報
【特許文献2】特開平11−147196号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記背景技術の問題点に鑑み、フラックス入りワイヤのフラックスにMgを添加したワイヤに関して、特に、フラックスの平均粒径とワイヤの製造条件について検討することで、Mgの吸湿問題を解消した。このことによって、Mgが本来持っている脱酸効果を引き出し、かつ、吸湿していないMgは拡散性水素を低減する効果があることを見出し、溶接金属の酸素量と拡散性水素量の両方をソリッドワイヤ並に低減することを可能にすることで、フラックス入りワイヤの課題であった靭性、耐低温割れ性をソリッドワイヤ並みにできる。従って、本発明は、引張強さが950MPa級以上である高張力鋼にも一般的に使用可能なフラックス入り高張力鋼用溶接ワイヤ及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記技術的課題を解決するものであり、その発明の要件は下記のとおりである。
【0011】
(1)鋼製外皮の内部に、少なくとも金属または合金を含有するフラックスが充填されたフラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、
C :0.04〜0.30%、
Si:0.2〜2.0%、
Mn:0.3〜2.5%、
P :0.02%以下、
S :0.02%以下、
Al:0.002〜0.05%、
Ni:1.0〜12%、
Mg:0.01〜2.0%
含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、下記(式1)で示される炭素当量(Ceq)が0.25〜1.2%であり、さらに、フラックス入りワイヤに充填するフラックスの平均粒径が30〜300μmであり、鋼製外皮に外気侵入の危険性のあるスリット状の継ぎ目が無いことを特徴とする、フラックス入り高張力鋼用溶接ワイヤ。
Ceq=[C]+[Mn]/6+[Si]/24+[Ni]/40+[Mo]/4
+[Cr]/5+[Cu]/40+[Ti]/30+[Nb]/3
+[V]/5+5×[B] ・・・・・・・・・・・・・・・・ (式1)
但し、[ ]付元素は、それぞれの元素の含有量(質量%)を表す。
【0012】
(2)前記フラックス入りワイヤが、さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、
Cr:0.1〜2.0%、
Mo:0.1〜2.0%、
Cu:0.01〜1.5%、
V :0.005〜1.0%、
Ti:0.005〜0.3%、
Nb:0.005〜0.1%、
B :0.001〜0.015%
のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、上記(1)に記載のフラックス入り高張力鋼用溶接ワイヤ。
【0013】
(3)前記フラックス入りワイヤが、さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、
Ca:0.0002〜0.01%、
REM:0.0002〜0.01%
のうちの1種または2種を含有することを特徴とする、上記(1)または(2)に記載のフラックス入り高張力鋼用溶接ワイヤ。
【0014】
(4)鋼帯をこれの長手方向に送りながら成形ロールによりオープン管に成形し、この成形途中でオープン管の開口部からフラックスを供給し、開口部の相対するエッジ面を突合わせ溶接し、溶接により得られた継ぎ目無しの管を縮径する前に、ワイヤを500℃以上、700℃以下の焼鈍温度で焼鈍することを特徴とする、上記(1)ないし(3)のいずれか1項に記載のフラックス入り高張力鋼用溶接ワイヤの製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明のフラックス入りワイヤによれば、引張強さ950MPa級以上の高張力鋼の溶接において、フラックス入りワイヤでの課題であった溶接部の酸素量と拡散性水素量をソリッドワイヤ並みに低減できるため、高靭性、かつ、耐低温割れ性を向上した溶接金属を得ることが可能になる。このことで、フラックス入りワイヤの作業性、施工性の良さを維持しつつ、950MPa級以上の高張力鋼の溶接に一般的にフラックス入りワイヤを使用できるようになることから、産業上の効果は極めて大きい。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に本発明の実施の形態について説明する。
【0017】
本発明は、鋼製外皮またはフラックス入りワイヤに所定範囲内の成分を含み、さらに充填するフラックスの平均粒径を調整したフラックス入りワイヤであり、実験研究を重ねた結果、フラックス入りワイヤの製造条件、特に焼鈍条件を所定範囲内にすることで、Mgの吸湿性を解消し、Mgの本来の脱酸効果を引き出した。さらに、吸湿の無いMgは拡散性水素を低減できることを見出したことで、高靭性、かつ、耐低温割れ性を向上した溶接金属を得ることができる。
【0018】
まず、本発明のフラックス入りワイヤ成分の規定理由を説明する。各成分についての%は質量%を意味し、ワイヤ成分は鋼製外皮とフラックスを合わせた全体の成分値である。
【0019】
[C:0.04〜0.30%]
Cは溶接金属の引張強さを高めるのに必須の元素であり、添加量が少ないと十分な溶接金属の引張強さが得られないため、0.04%以上は必要である。しかし、0.30%を超えて過剰に添加すると、溶接金属の靭性を劣化させるため、Cの添加量は、0.04〜0.30%とする。
【0020】
[Si:0.2〜2.0%]
Siは、脱酸元素であり、溶接金属中のO量を低減して清浄度を高めるためには溶接ワイヤ中のSi含有量を0.2%以上とする必要がある。一方、溶接ワイヤ中のSi含有量が2.0%を超えて過剰になると、粗大な酸化物を生成し溶接金属の靭性を著しく劣化させる。このため、本発明において溶接ワイヤ中のSi含有量は0.2〜2.0%とする。
【0021】
[Mn:0.3〜2.5%]
Mnは、溶接金属の焼入性を確保して強度を高める。また、組織を微細化して靭性向上にも有効な元素であり、これらの効果を得るためには0.3%以上溶接ワイヤに含有する必要がある。一方、溶接ワイヤ中のMn含有量が2.5%を超えると、溶接金属中に残留オーステナイトが過剰に生成するため粒界脆化感受性が増加して溶接金属の靭性劣化、耐溶接割れ性劣化の可能性が高くなる。
このため、本発明においては、溶接ワイヤ中のMn含有量は0.3〜2.5%とする。
【0022】
[P:0.02%以下]
Pは不純物元素であり、靭性を阻害するため極力低減する必要があるが、溶接ワイヤ中の含有量が0.02%以下では靭性への悪影響が許容できるため、本発明では溶接ワイヤ中のP含有量は0.02%以下とする。
【0023】
[S:0.02%以下]
Sも不純物元素であり、溶接金属中に過大に存在すると靭性と延性をともに劣化させるため、極力低減することが好ましい。
【0024】
溶接ワイヤ中の含有量0.02%以下では靭性、延性への悪影響が許容できるため、本発明では溶接ワイヤ中のS含有量は0.02%以下とする。
【0025】
[Al:0.002〜0.05%]
Alは脱酸元素であり、Siと同様、溶接金属中の酸素量を低減し、清浄度向上に効果がある。効果を発揮するためには溶接ワイヤ中に0.002%以上含有させる必要がある。一方、溶接ワイヤ中に0.05%を超えて過剰に含有させると、溶接金属中に粗大な酸化物を形成して、この粗大酸化物が靭性を著しく劣化させるため、好ましくない。従って、本発明においては、溶接ワイヤ中のAl含有量を0.002〜0.05%以下とする。
【0026】
[Ni:1.0〜12%]
Niは、固溶靭化により溶接金属の他の成分、組織によらず安定して靭性を向上できる唯一の元素であり、特に、高強度の溶接金属で靭性を確保するには必要な元素であり、1.0%以上含有させる必要がある。
【0027】
Ni含有量が多いほど靭性を向上する上で有利ではあるが、溶接ワイヤ中の含有量が12%を超えると、靭性向上効果が飽和する。
【0028】
従って、本発明においては、溶接ワイヤ中のNi含有量を1.0〜12%に限定する。
なお、Niの効果が確実に靭性向上に寄与するためには2.5〜10.0%がより好ましい。さらに、低温での靭性を確実に確保するには、5.1〜10.0%がより好ましい。
【0029】
[Mg:0.01〜2.0%]
Mgは強脱酸元素であり、溶接金属中の酸素量を低減させることで靭性を改善する効果を持つ。脱酸効果を発現するためには、酸化物やフッ化物の状態ではなく、金属または合金状態でフラックスに添加される必要がある。また、Mgはアーク雰囲気中で蒸発ガス化した際に蒸気圧が高いため、アーク雰囲気中のH2分圧が低減し、溶接金属中の拡散性水素を低減させることができる。これら効果を発現するためには、最低限0.01%必要である。一方、2.0%を越えて溶接ワイヤ中に含有させると、アークが不安定になり、溶接作業性に支障をきたす。なお、より確実に脱酸効果を発現するためには、0.20〜2.0%が好ましく。さらに、より確実に拡散性水素量を低減するためには、0.51〜2.0%が好ましい。
【0030】
以上が本発明のフラックス入り高張力鋼用溶接ワイヤの基本成分である。なお、残部は鉄及び不可避不純物である。
【0031】
本発明は、さらに、溶接金属の特定の機械的性質の調整のために、必要に応じて、ワイヤ中にさらに、Cr、Mo、Cu、V、Ti、Nb、および、Bのうちに1種または2種以上を以下の含有量の範囲で溶接ワイヤ中に含有させた場合、引張強さ、または、靭性に影響を与える。以下に述べる成分を必要に応じて添加する事ができる。
【0032】
[Cr:0.1〜2.0%]
Crは、焼入れ性を高めることにより高強度化に有効な元素である。そのために溶接ワイヤ中に含有させる場合は、0.1%以上必要である。一方、2.0%を越えて過剰に含有させると、ベイナイトやマルテンサイトを不均一に硬化させ、靭性を著しく劣化させるため、本発明においては、溶接ワイヤ中の含有量の上限を2.0%とする。
【0033】
[Mo:0.1〜2.0%]
Moは、溶接金属の引張強さTSを高めるための焼入性向上元素である。また、焼もどし抵抗性を増すことにより強度と靭性を確保することができる。これらの効果を発揮するためには、ワイヤ中にMoを0.1%以上含有させる必要がある。
【0034】
一方、Moを溶接ワイヤ中に2.0%を超えて含有させると、溶接金属中に粗大な析出物が生じて溶接金属の靭性を劣化させる。このため、本発明において、溶接ワイヤ中のMo含有量は0.1〜2.0%とする。
【0035】
[Cu:0.01〜1.5%]
Cuは強度向上には有効な元素であり、溶接金属の強度向上効果を十分に得るためには、ワイヤ中に含有するCuの含有量、さらに表面にCuがメッキされる場合にはワイヤ中に含有するCuとメッキされるCuの合計含有量を0.01%以上とする必要がある。
【0036】
一方、ワイヤ中のCu含有量が1.5%を超えると、ワイヤ表面にメッキされる場合、あるいは、ワイヤ中に含有する場合のいずれも、溶接金属の靭性が劣化するため好ましくない。したがって、本発明では、ワイヤ中のCu含有量を0.01〜1.5%とするのが好ましい。
【0037】
[V:0.005〜1.0%]
Vは微細炭化物を形成して、析出強化により強度確保に有効である。また、Vは溶接金属中に析出物を形成することで、拡散性水素をトラップする効果を持つ。本発明のような拡散性水素量が少ない溶接金属においては、少量の拡散性水素をトラップするだけでも耐低温割れ性を向上させる効果が大きい。これら効果を発現するためには、最低限0.005%必要である。一方、1.0%を越えて溶接ワイヤ中に含有させると、溶接金属中に過剰に含有され、粗大な析出物を形成して靭性を劣化させるため好ましくない。
【0038】
そのため、本発明においては、溶接ワイヤ中にVを含有させる場合の含有量は0.005〜1.0%とする。
【0039】
なお、析出強化により確実に強度を向上させるためには、0.21〜1.0%がより好ましい。さらに、拡散性水素のトラップ効果を確実に発揮させるためには、0.51〜1.0%がより好ましい。
【0040】
[Ti:0.005〜0.3%]
Tiは溶接金属において脱酸元素として有効であり、かつ溶接金属中の固溶Nを窒化物として固定して固溶Nの靭性への悪影響を緩和でき、さらにはTiNを形成して多層盛溶接の場合に溶接金属の再加熱領域における加熱オーステナイト粒を微細化する作用もある。これらのTiの作用により溶接金属の靭性向上効果を発揮するためには溶接ワイヤ中にTiを0.005%以上含有させる必要がある。一方、溶接ワイヤ中のTi含有量が0.3%を超えて過剰になると、溶接金属中の粗大な酸化物の形成、および、TiNの過度な析出による靭性劣化が顕著に生じる可能性が大となる。このため、本発明においては、溶接ワイヤ中のTi含有量を0.005〜0.3%とする。
【0041】
[Nb:0.005〜0.1%]
Nbもフェライト安定化元素であり、残留オーステナイト低減に有効であり、また、微細炭化物を形成して、析出強化により強度確保に有効である。これらの効果を発揮するために、他の同様の効果を有する元素との複合効果を考慮し、ワイヤ中のNb含有量を0.005%以上とする必要がある。一方、ワイヤ中のNb含有量が0.1%を越えると、溶接金属中に過剰に含有され、粗大な析出物を形成して靭性を劣化させるため好ましくない。
【0042】
そのため、本発明においては、溶接ワイヤ中にNbを含有させる場合の含有量は0.005〜0.1%とする。
【0043】
[B:0.001〜0.015%]
Bは、焼入れ性を高めて溶接金属の強度向上に寄与する元素であり、また、溶接金属中の固溶Nと結びついてBNを形成して、溶接金属の靭性を向上する作用も有する。これらの効果を確実に発揮するためには、溶接ワイヤ中のB含有量は0.001%以上必要である。一方、溶接ワイヤ中のB含有量が0.015%超となると、溶接金属中のBが過剰となり、粗大なBNやFe23(C、B)6等のB化合物を形成して靭性を逆に劣化させるため、好ましくない。そこで、本発明においては、溶接ワイヤ中にBを含有させる場合は、B含有量を0.001〜0.015%に限定するのがこのましい。
【0044】
[CaおよびREMのうちの1種または2種以上:0.0002〜0.01%]
本発明では、上記成分に加えて、さらに、溶接金属の延性、靭性を調整する目的で、必要に応じて、Ca、および、REMのうちの1種または2種以上を以下の範囲内でワイヤ中に含有させることができる。
【0045】
Ca、および、REMはいずれも硫化物の構造を変化させ、また溶接金属中での硫化物、酸化物のサイズを微細化して延性及び靭性向上に有効である。これらの効果を十分に発揮するためには、Ca、および、REMの含有量はいずれも0.0002%以上とするのが好ましい。一方、ワイヤ中にCa、および、REMを0.01%を超えて過剰に含有すると、硫化物や酸化物の粗大化を生じ、延性、靭性の劣化を招き、また、溶接ビード形状の劣化、溶接性の劣化の可能性も生じる。このため、ワイヤ中のCa、および、REMの含有量の上限はいずれも0.01%とするのが好ましい。
【0046】
次に、本発明で、目標とする引張強さTSと靭性を確保するには、以上の成分をそれぞれの含有量の規定範囲内で添加する際に、さらに、下記(式1)で示される溶接金属の焼入れ硬さを示す炭素当量(Ceq)が所定範囲内にワイヤ中の各成分の含有量となる場合である。
Ceq=[C]+[Mn]/6+[Si]/24+[Ni]/40+[Mo]/4
+[Cr]/5+[Cu]/40+[Ti]/30+[Nb]/3
+[V]/5+5×[B] ・・・・・・・・・・・・・・・・ (式1)
但し、[ ]付元素は、それぞれの元素の含有量(質量%)を表す。
【0047】
目標の引張強さを確保するためには、溶接ワイヤ中に含有するC、Mn、Si、Ni、Mo、Cr、Cu、Ti、Nb、V、及び、Bの含有量を基に上記(式1)で求められる焼入れ硬さの指標である炭素当量Ceqを0.25%以上に限定する必要がある。炭素当量Ceqが0.25%未満では、焼入れ硬さが不足するため目標の引張強さTSが950MPaを満足できない。炭素当量が大きい程焼入れ硬さが高くなるが、1.0%超えて過剰となると、溶接金属の靭性が劣化するため好ましくない。以上の理由により、本発明においては、溶接ワイヤの炭素当量(Ceq)を0.25〜1.0%に限定する。
【0048】
また、本発明において、フラックス入りワイヤに充填するフラックスの平均粒径を30〜300μmに限定することを特徴としている。限定の理由は新たに知見した具体的な内容のところに記載する。
【0049】
次に本発明のフラックス入り高張力鋼用溶接ワイヤの製造方法について説明する。本発明のフラックス入り高張力鋼用溶接ワイヤの製造方法では、鋼帯をこれの長手方向に送りながら成形ロールによりオープン管に成形し、この成形途中でオープン管の開口部からフラックスを供給し、開口部の相対するエッジ面を突合わせ溶接し、溶接により得られた継ぎ目無しの管を、500℃以上、700℃以下の焼鈍温度で焼鈍することを特徴としている。
【0050】
本発明者らが今回新たに知見した具体的な内容を以下に説明する。
【0051】
従来から、Mgは吸湿しやすいことが知られており、吸湿した水分子は、溶接金属内の酸素、及び、水素を増加させる要因となっている。ただし、Mgは強脱酸剤であるため、吸湿した水分子が増加させる酸素よりも、脱酸による酸素低減効果の方が勝っているため、溶接金属の酸素量は低減されていた。当然ながら、吸湿したMgでは、十分にMgの脱酸効果を発現できていない。また、吸湿したMgは、拡散性水素量も増加させる問題があった。これら問題を解消するために、高温焼鈍によって吸湿した水分子を取り除く方法が開示されているが、高温ではMgは非常に酸化されやすいため、Mg周辺の空気によってMgが酸化してしまい、結局は酸素を十分に低減することはできなかった。
【0052】
本発明では、フラックス入りワイヤのフラックスにMgを添加し、鋼製外皮の継ぎ目を溶接して、継ぎ目無しの管にすることで、高温焼鈍で吸湿した水分子を取り除き、かつ、Mgの酸化を防ぐことが可能になり、Mgが本来持っている脱酸効果を発現させることができた。さらにMgは、アーク雰囲気中で蒸発ガス化した際に蒸気圧が高いため、アーク雰囲気中のH2分圧が低減し、溶接金属中の拡散性水素を低減させることができる。
【0053】
ワイヤの焼鈍温度を500℃以上にすることで、Mgに吸湿した水分子を十分に除去できる。焼鈍温度が700℃を超えると、それ以上に水分子を除去する効果はない上に、製造コストが高くなるため好ましくない。また、フラックスの平均粒径を30〜300umにすることで、ワイヤ内のフラックス間の空隙が十分に埋められ、Mgの周辺にはほとんど空気がない状態ができ、高温焼鈍によるMgの酸化を防ぐことが可能になる。尚、フラックスの平均粒径が30um未満となるほど細か過ぎれば、フラックス充填時に偏析を起し、ワイヤ成分の均一性が損なわれる。一方、フラックスの平均粒径が300umよりも大きければ、フラックス間の空隙が大きくなりMgの酸化を防ぐことができない。
【実施例】
【0054】
以下本発明の効果を実施例により具体的に説明する。
【0055】
表1−1に示す成分の鋼帯をこれの長手方向に送りながら成形ロールによりオープン管に成形し、この成形途中でオープン管の開口部から、金属、合金、脱酸剤またはアーク安定剤からなる粉体を造粒したフラックスを供給し、開口部の相対するエッジ面を突合わせ溶接することで継ぎ目無しとし、内部のフラックスが次工程に移る運搬作業などで動かなくなるまでワイヤを一次縮径した後に、焼鈍と二次縮径を実施して、ワイヤ径がφ1.2mmのフラックス入りワイヤを試作した。本発明では表1−1に示す成分(残部はFe及び不可避不純物)の鋼製外皮を使用したが、鋼製外皮の成分は特に限定せず、一般的な汎用鋼の成分であれば鋼製外皮に使用することができる。試作したフラックス入りワイヤの組成及び製造条件を表1−2〜表1−5に示す。表1−2〜表1−5のワイヤ成分(残部はFe及び不可避不純物)の内、表1−1に示す鋼製外皮成分を除く合金成分はフラックスから添加した。
【0056】
【表1−1】

【0057】
【表1−2】

【0058】
【表1−3】

【0059】
【表1−4】

【0060】
【表1−5】

【0061】
このワイヤを使用して、機械特性試験、酸素量測定、拡散性水素量測定、y形溶接割れ試験を実施した。結果を表2−1〜表2−4に示す。
【0062】
【表2−1】

【0063】
【表2−2】

【0064】
【表2−3】

【0065】
【表2−4】

【0066】
機械特性試験は、板厚が19mmの鋼板で、溶接条件が、溶接電流280A、電圧28〜30V、溶接速度30cm/minとし、予熱、パス間温度を100℃に管理し、Ar+20%CO2ガスを用いたシールドガス溶接で行い、JIS Z3111(溶着金属の引張及び衝撃試験方法)に準拠した方法で溶接試験体を作製した。溶接の際に溶接作業性を評価し問題が無かったものを合格とした。溶接金属からは、JIS Z3111に準拠したA1号引張り試験片と4号シャルピー試験片を採取し、溶接金属の強度と靭性を評価した。なお、その評価は、引張強さ950MPa以上、且つ0℃でのシャルピー衝撃試験で、吸収エネルギーが47J以上であるものを合格とした。
【0067】
溶接金属の酸素量測定は、不活性ガス溶解赤外線吸収法により測定した。酸素量の評価は、Ar+20%CO2ガスを使用したシールドガス溶接をソリッドワイヤで行った際に得られる溶接金属の酸素量並みとなる350ppm以下のものを合格とした。
【0068】
拡散性水素量の測定は、JIS Z3118(鋼溶接部の水素量測定方法)に準拠したガスクロマトグラフ法にて実施した。測定した拡散性水素量がソリッドワイヤ並の2.0ml/100g以下を合格とした。そのワイヤの耐低温割れ性は、予熱温度75℃、溶接電流280A、電圧28〜30V、溶接速度30cm/min、下向き姿勢で、板厚25mmの鋼板を使用して、JIS Z3158(y形溶接割れ試験)に準拠した方法で実施し、ルート割れ率が20%未満のものを合格、20%以上のものを不合格として評価した。
【0069】
以上の試験結果から、本発明のフラックス入り高強度鋼用溶接ワイヤ及びその製造方法により、フラックス入りワイヤで溶接した溶接金属の酸素量と拡散性水素量の両方をソリッドワイヤ並に低減することを可能にし、フラックス入りワイヤの課題であった靭性、耐低温割れ性をソリッドワイヤ並みにできることで、引張強さが950MPa級以上である高張力鋼にもフラックス入りワイヤを一般的に使用可能となるので、本発明の産業的な意義は非常に多大である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮の内部に、少なくとも金属または合金を含有するフラックスが充填されたフラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、
C :0.04〜0.30%、
Si:0.2〜2.0%、
Mn:0.3〜2.5%、
P :0.02%以下、
S :0.02%以下、
Al:0.002〜0.05%、
Ni:1.0〜12%、
Mg:0.01〜2.0%
含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、下記(式1)で示される炭素当量(Ceq)が0.25〜1.2%であり、さらに、フラックス入りワイヤに充填するフラックスの平均粒径が30〜300μmであり、鋼製外皮に外気侵入の危険性のあるスリット状の継ぎ目が無いことを特徴とする、フラックス入り高張力鋼用溶接ワイヤ。
Ceq=[C]+[Mn]/6+[Si]/24+[Ni]/40+[Mo]/4
+[Cr]/5+[Cu]/40+[Ti]/30+[Nb]/3
+[V]/5+5×[B] ・・・・・・・・・・・・・・・・ (式1)
但し、[ ]付元素は、それぞれの元素の含有量(質量%)を表す。
【請求項2】
前記フラックス入りワイヤが、さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、
Cr:0.1〜2.0%、
Mo:0.1〜2.0%、
Cu:0.01〜1.5%、
V :0.005〜1.0%、
Ti:0.005〜0.3%、
Nb:0.005〜0.1%、
B :0.001〜0.015%
のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1に記載のフラックス入り高張力鋼用溶接ワイヤ。
【請求項3】
前記フラックス入りワイヤが、さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、
Ca:0.0002〜0.01%、
REM:0.0002〜0.01%
のうちの1種または2種を含有することを特徴とする、請求項1または2に記載のフラックス入り高張力鋼用溶接ワイヤ。
【請求項4】
鋼帯をこれの長手方向に送りながら成形ロールによりオープン管に成形し、この成形途中でオープン管の開口部からフラックスを供給し、開口部の相対するエッジ面を突合わせ溶接し、溶接により得られた継ぎ目無しの管を縮径する前に、ワイヤを500℃以上、700℃以下の焼鈍温度で焼鈍することを特徴とする、請求項1ないし3のいずれか1項に記載のフラックス入り高張力鋼用溶接ワイヤの製造方法。

【公開番号】特開2011−5531(P2011−5531A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−152956(P2009−152956)
【出願日】平成21年6月26日(2009.6.26)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】