説明

プラスチックの表面改質方法および表面改質されたプラスチック

【課題】粗面化の困難なプラスチック基材の表面に金属からなる層を形成する。
【解決手段】金属錯体をこの金属錯体への還元作用を有する有機溶媒に溶解してなる溶液と、超臨界二酸化炭素とを、前記の還元反応が進行しない温度下において、プラスチック基材を収納する容器に供給し、プラスチック基材を浸漬してプラスチック基材の表面近傍内部に金属錯体を含浸させる含浸工程と、還元反応が進行する温度に昇温することによりプラスチック基材の表面近傍内部に含浸した金属錯体を還元して、この金属錯体の中心原子である金属をプラスチック基材の表面および表面近傍内部に析出させる還元工程と、をこの順に行うことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラスチックへのめっきのための粗面化によらない前処理となる表面改質方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プラスチックやセラミック等の非導電性材料の表面に金属皮膜を形成して金属の性質(導電性、帯電防止、金属光沢)を付与する方法として、無電解めっき法がある。しかし、プラスチック等にめっきを施すと、皮膜の密着性が足りなかったり均一に形成されない等の問題があるため、プラスチックへの前処理が不可欠である。前処理には、プラスチック表面への密着性を向上するために、表面を粗面化(親水化)する、および金属皮膜が均一に形成されるようにするために、核剤(触媒)を用いる、という方法が挙げられる。例えば、CuやNiをめっきされて製品とされることの多いABS(Acrylonitrile Butadiene Styrene)樹脂は、クロム酸等によるエッチングでブタジエン粒子が溶出されて表面が容易に粗面化される。そして粗面化した表面にパラジウム(Pd)等吸着力の強い、還元性のある金属を核剤として埋め込んでから無電解めっき処理を行うことにより、密着性の高い均一な金属皮膜が形成される。
【0003】
一方、機械的強度や耐熱性に優れたエンジニアリングプラスチック等は、耐薬品性も高く、エッチングによる粗面化が非常に困難である。そこで、近年、超臨界流体(SCF;SuperCritical Fluid)を用いためっき法が注目されている。超臨界二酸化炭素に代表される超臨界流体は、気体の拡散性と液体の溶解性を併せ持つ。例えば、めっき液に超臨界二酸化炭素を混入させることで、イオンの高い拡散性により少量のめっき液で効率よく、均一な金属皮膜を無電解めっき等で形成する技術(特許第3571627号公報)が開示されている。
【0004】
さらに、超臨界二酸化炭素は、その高い浸透性によりプラスチック表面から内部に混入物ごと含浸する効果があるため、この特性を利用した無電解めっきおよび無電解めっきのための核剤の含浸処理が提案されている。その方法として、核や皮膜とする金属の錯体を混入した超臨界二酸化炭素に基体を接触させて、この金属錯体を基体表面に含浸させる技術が開示されている(特許文献1,2、非特許文献1,2)。正確には、基体表面から0.1〜0.2μmの深さまで(以下、表面近傍という)金属錯体を含浸させる。さらに、基体の成形時に金属錯体を混入した超臨界二酸化炭素を成形用の金型の内部に流入させて金属錯体を基体表面に含浸させる技術が開示されている(特許文献3)。また、核や皮膜とする金属の錯体の溶液を基体表面に塗布して、この基体を超臨界二酸化炭素に接触させて基体表面の金属錯体を内部に含浸させる技術が開示されている(特許文献4,5)。また、含浸させる物質を、それを含む液相として超臨界二酸化炭素に混入することで効率よく基体表面に含浸させる技術が開示されている(特許文献6,7)。
【特許文献1】特開2004−26986号公報
【特許文献2】特開2006−37188号公報
【特許文献3】特開2005−171222号公報
【特許文献4】特開2005−305945号公報
【特許文献5】特許第3931196号公報
【特許文献6】特開2005−272668号公報
【特許文献7】特開2006−8945号公報
【非特許文献1】堀照夫、奥林里子,「応用期待高まる「超臨界二酸化炭素」技術の開発動向」,工業材料,日刊工業新聞社,2007年2月,Vol.55 No.2,p.77−82
【非特許文献2】須田洋幸、内丸祐子、依田智,独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構平成13年度産業技術研究助成事業「ファインポリマー技術および材料複合化技術による水素分離用耐候性無機膜の開発」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1〜5および非特許文献1,2のように金属錯体を超臨界二酸化炭素に混合する方法は、金属錯体の超臨界二酸化炭素への溶解度が低いため、含浸の効率が低い。また、基体表面に含浸した金属錯体を分解して金属を析出させる処理が必要である。この処理方法には、120〜200℃の高温処理、または還元剤に接触させることが挙げられるが、高温処理の場合、超臨界二酸化炭素を扱う従来の高圧装置の仕様を超える温度となり、新規装置の設備投資を必要とする。または、高圧装置とは別に専用の高温処理装置を必要とする。さらに、このような高温処理は、耐熱性樹脂においても変性の虞があって好ましくない。一方、還元剤への接触の場合、基体を大気圧下で還元剤溶液に浸漬させただけでは、基体の内部(表面近傍)まで含浸した金属錯体は還元されない。また、特許文献6,7は、含浸させる物質は金属ではなく、低分子ポリマーやナノカーボンであり、金属の含浸については、考察されていない。
【0006】
本発明は、前記問題点に鑑みてなされたものであり、基体とするプラスチックの表面に、比較的低温下(120℃以下)で効率的にPd等の金属成分を含浸させる、プラスチックへのめっきの前処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するために、請求項1に係るプラスチックの表面改質方法は、プラスチック基材を収納する容器に、金属を中心原子とする金属錯体を有機溶媒に溶解してなる溶液と、超臨界二酸化炭素とを供給して、前記溶液に前記プラスチック基材を浸漬して、前記プラスチック基材の表面近傍内部に前記金属錯体を含浸させることを特徴とする。
【0008】
このような方法によれば、金属錯体を溶液として、この溶液に超臨界二酸化炭素を混合することで、金属錯体を効率よくプラスチック基材の表面近傍内部に含浸させることができる。
【0009】
さらに、請求項2に係るプラスチックの表面改質方法は、請求項1に記載のプラスチックの表面改質方法において、前記プラスチック基材の表面近傍内部に含浸した金属錯体を還元して、前記金属を前記プラスチック基材の表面および表面近傍内部に析出させることを特徴とする。
【0010】
このような方法によれば、金属錯体を効率よくプラスチック基材の表面近傍内部に含浸させると同時に、金属錯体を金属に還元させてプラスチック基材の表面層とすることができる。
【0011】
また、請求項3に係るプラスチックの表面改質方法は、プラスチック基材を収納する容器に、金属を中心原子とする金属錯体を有機溶媒に溶解してなる溶液と、超臨界二酸化炭素とを供給して、前記溶液に前記プラスチック基材を浸漬して、前記プラスチック基材の表面近傍内部に前記金属錯体を含浸させる含浸工程と、前記プラスチック基材の表面近傍内部に含浸した金属錯体を還元して、前記金属を前記プラスチック基材の表面および表面近傍内部に析出させる還元工程と、をこの順に行い、前記含浸工程は、前記金属錯体が還元されない温度、または、還元される速度が非常に遅い温度で行われ、前記還元工程は、前記含浸工程における温度から前記金属錯体が還元される温度に昇温して行われることを特徴とする。
【0012】
このように、はじめに金属錯体が還元されずに溶液として超臨界二酸化炭素に混合した状態とすることで、プラスチック基材の表面近傍内部に金属錯体を十分含浸させることができる。
【0013】
さらに、請求項4に係るプラスチックの表面改質方法は、請求項2または請求項3に記載のプラスチックの表面改質方法において、前記有機溶媒が前記金属錯体を還元する物質であることを特徴とする。また、請求項5に係るプラスチックの表面改質方法は、請求項2または請求項3に記載のプラスチックの表面改質方法において、前記溶液に前記金属錯体を還元する物質が添加されていることを特徴とする。
【0014】
このような溶液とすることにより、比較的低温で金属錯体から金属を析出させることができる。
【0015】
また、請求項6に係るプラスチックの表面改質方法は、プラスチック基材を収納する容器に、金属を中心原子とする金属錯体を有機溶媒に溶解してなる溶液と、超臨界二酸化炭素とを供給して、前記溶液に前記プラスチック基材を浸漬して、前記プラスチック基材の表面近傍内部に前記金属錯体を含浸させる含浸工程と、前記プラスチック基材の表面近傍内部に含浸した金属錯体を還元して、前記金属を前記プラスチック基材の表面および表面近傍内部に析出させる還元工程と、をこの順に行い、前記有機溶媒は、前記金属錯体を還元しないまたは還元する速度が遅い物質であり、前記還元工程は、前記溶液に前記金属錯体を還元する物質を添加することを特徴とする。
【0016】
このように、はじめに金属錯体が還元されずに溶液中に溶解した状態で超臨界二酸化炭素を混合することで、プラスチック基材の表面近傍内部に金属錯体を十分含浸させることができる。また、比較的低温で金属錯体から金属を析出させることができる。
【0017】
さらに、請求項7に係るプラスチックの表面改質方法は、請求項1ないし請求項6のいずれか一項に記載のプラスチックの表面改質方法において、前記金属が、Cu,Ni,Pdからなる群から選択されることを特徴とする。
【0018】
このような金属錯体を用いることにより、プラスチック基材にめっきの核剤やめっき皮膜として優れた金属を埋め込むことができる。
【0019】
さらに、請求項8に係るプラスチックの表面改質方法は、請求項1ないし請求項6のいずれか一項に記載のプラスチックの表面改質方法において、前記金属錯体が、ヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム、パラジウムトリフルオロアセチルアセトナト、アセチルアセトナトパラジウムからなる群から選択されることを特徴とする。
【0020】
このような金属錯体を用いることにより、プラスチック基材にめっきの核剤として優れた特性のパラジウムを埋め込むことができる。
【0021】
さらに、請求項9に係るプラスチックの表面改質方法は、請求項1ないし請求項8のいずれか一項に記載のプラスチックの表面改質方法において、前記プラスチック基材が、ポリイミド樹脂または液晶ポリマーであることを特徴とする。また、請求項10に係るプラスチックは、請求項9に記載のプラスチックの表面改質方法により表面に金属層が形成されたプラスチック基材であることを特徴とする。
【0022】
このような材料を基材とすることにより、表面粗化の困難な基材に金属皮膜を均一に形成することができる。
【発明の効果】
【0023】
請求項1および請求項2に係るプラスチックの表面改質方法によれば、一度の処理で、かつ、少量の金属錯体を用いて、表面近傍内部にまで金属または金属錯体が埋め込まれたプラスチック基材を得られる。
【0024】
請求項3に係るプラスチックの表面改質方法によれば、より効率よくプラスチック基材表面近傍内部に金属を埋め込むことができる。
【0025】
請求項4、請求項5に係るプラスチックの表面改質方法によれば、処理温度を比較的低温とすることができ、プラスチック基材が変性しない。さらに、請求項6に係るプラスチックの表面改質方法によれば、より効率よく、かつ比較的低温でプラスチック基材表面近傍内部に金属を埋め込むことができる。
【0026】
請求項7に係るプラスチックの表面改質方法によれば、核剤となるPdが埋め込まれたプラスチックや、めっき材料に適したCuやNiの皮膜が形成されたプラスチックが得られる。請求項8に係るプラスチックの表面改質方法によれば、核剤となるPdが表面近傍内部にまで埋め込まれ、めっきの前処理として優れた表面改質処理とすることができる。
【0027】
請求項9、請求項10に係るプラスチックの表面改質方法によれば、従来の方法では困難であった、金属皮膜を形成されたポリイミドや液晶ポリマーが得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本発明に係るプラスチックの表面改質方法について説明する。
図1は本発明の実施の形態であるプラスチックの表面改質処理を行う高圧処理装置の模式図、図2は本発明に係るプラスチックの表面改質の処理の一例を示すフローチャートである。以下に、本発明に係るプラスチックの表面改質処理における各要素について説明する。
【0029】
〔基材〕
基材1は、一般的な工業製品に使用されるプラスチック(合成樹脂)を成形してなる。使用されるプラスチックとして、耐溶媒性を有する必要があり、具体的には、ABS樹脂等の熱可塑性樹脂や、ポリウレタン等の熱硬化性樹脂、さらには、エンジニアリングプラスチックに分類されるポリアセタール(POM)、ポリアミド(PA)、変性ポリフェニレンエーテル(m−PPE)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリスルホン(PSF)、ポリエーテルスルホン(PES)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリイミド(PI)、ポリエーテルイミド(PEI)、液晶ポリマー(LCP)等が挙げられる。特に、従来の方法での表面改質処理が困難なポリイミドを適用することが好ましい。また、基材1は公知の方法により加工、成形され、その形状は特に限定されず、例えば、フィルム状や粒状、繊維状でもよい。
【0030】
〔金属錯体〕
金属錯体は、中心原子として、Pd,Cu,Ni等、めっきの核剤やめっき皮膜となる金属のイオンを有するものが好ましい。具体的には、Pd錯体としては、ヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム、パラジウムトリフルオロアセチルアセトナト、アセチルアセトナトパラジウムが挙げられ、特に、後記の有機溶媒への溶解性が良好なヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウムが好ましい。また、Cu錯体として、トリフルオロアセチルアセトナト銅、ヘキサフルオロアセチルアセトナト銅、アセチルアセトナト銅、Ni錯体として、ヘキサフルオロアセチルアセトナトニッケルが挙げられる。これらの金属錯体から、めっきの核剤またはめっき皮膜とする金属の錯体を適用する。また、後記の有機溶媒に溶解させる際の濃度は特に限定されないが、効率およびコストの点から0.1〜1質量%(溶液中の濃度)が好ましい。
【0031】
〔有機溶媒〕
有機溶媒は、N−メチル−2−ピロリジノン(NMP)、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、アセトニトリル等が挙げられる。また、エタノール、イソプロパノール(IPA)等のアルコールは、前記金属錯体の中心金属のイオンを還元する作用を有するため、これらを有機溶媒としてもよいし、還元剤としてNMP等の還元力の低い有機溶媒に混合して用いてもよい。有機溶媒の種類は、基材1がその有機溶媒に対して耐溶媒性を有するか、また、基材1への含浸促進効果等の相性によって選択される。例えば、基材1がポリイミドからなる場合は、含浸促進効果を有するNMPが好ましい。なお、後記する還元工程において溶液2に還元剤を追加する場合は、還元剤の追加による金属錯体の濃度低下を計算して、初期の溶液2を調液する。
【0032】
〔高圧処理装置〕
図1に示すように、本発明の実施の形態であるプラスチックの表面改質処理を行う高圧処理装置は、超臨界二酸化炭素を供給するための二酸化炭素貯槽4および加圧ポンプ5、内部で表面改質処理を行うための、密封され高圧処理の可能な圧力容器6、およびこの圧力容器6を内蔵する処理温度調整手段としての恒温槽7を備える。また、圧力容器6の上流には高圧バルブ81を、下流には減圧バルブ82を備えて圧力容器6内部の圧力を調整する。さらに、圧力容器6の底部には還元反応後の溶液2を排出する図示しない回収手段を備える。なお、高圧バルブ81および減圧バルブ82を圧力調整弁とすれば、例えば処理中に還元剤を添加するような場合でも圧力の変動が生じず、好ましい。これらはいずれも公知の装置を用いることができる。
【0033】
圧力容器6は、基材1を収納できる容積で、処理温度および処理圧力に対応可能で、内壁の材質が有機溶媒に耐性を有していれば、その形状や材質等は限定されない。ただし、基材1に対して大きすぎると、多量の溶液2すなわち金属錯体を必要としてコスト高となるため、圧力容器6は、基材1に合わせた内部形状および容積であることが好ましい。例えば、基材1が板状であれば、圧力容器6は底面積の大きい扁平な容器とし、基材1がフィルム状であれば、圧力容器6は円筒形状とし、さらに基材1をロール状に巻いた内側に芯材を格納して、溶液2の量を減らす工夫をすることが好ましい。また、圧力容器6の内壁は、溶液2から析出した金属が吸着しない材質であることが好ましい。また、圧力容器6の中に図示しない撹拌手段を設けてもよい。
【0034】
〔処理方法〕
次に、本発明の実施の形態であるプラスチックの表面改質の処理手順を説明する。
(含浸工程)
まず、有機溶媒に金属錯体を溶解して溶液2を調液する(ステップS11)。圧力容器6に基材1を格納し、溶液2を基材1の表面を完全に浸すように注入する(ステップS12)。圧力容器6を密閉し、さらに恒温槽7に格納する。このとき、圧力容器6内部(溶液2)の温度(T)は二酸化炭素の臨界温度(Tc)である31.1℃を超えるように恒温槽7を設定する。ただし、金属錯体が熱により還元する場合、溶液2の有機溶媒が金属錯体への還元作用を有する場合、または還元剤が含まれている場合は、前記臨界温度を超え、かつ、還元反応が進行しないか還元反応速度が非常に遅い温度になるように調整することが好ましい。この遅い還元反応速度というのは、溶液2(金属錯体)が十分に基材1の表面近傍内部に含浸する前に還元反応が完了する(すべての金属錯体が還元される)ことがない速度とする。溶液2の成分にもよるが、還元作用のある有機溶媒の場合、具体的には40〜60℃が好ましい。なお、還元作用の有無にかかわらず、全工程を通して、溶液2は基材1を変性させない程度の温度とする。次に、高圧バルブ81を開けて加圧ポンプ5により圧力容器6に超臨界二酸化炭素(scCO)を供給し、高圧バルブ81を閉める(ステップS13)。
【0035】
なお、本発明において、圧力容器6内の溶液2と超臨界二酸化炭素とを完全に混合させる必要はなく、二相(液相と気相)に分離した状態であっても、液相すなわち溶液2に、基材1の表面近傍内部まで金属錯体を含浸させるために十分な量の超臨界二酸化炭素が混合している。具体的には、圧力容器6内部の圧力が二酸化炭素の臨界圧力である72.9atmの状態で、十分な量の超臨界二酸化炭素が溶液2に混合している。また、先に超臨界二酸化炭素を圧力容器6に供給してから、溶液2を注入してもよい。
【0036】
(還元工程)
圧力容器6に超臨界二酸化炭素を供給したら、溶液2中の金属錯体が還元される温度(TRed)以上に昇温する(ステップS14)。または、溶液2に還元剤を添加する(還元剤の供給路は不図示)。ステップS14は、ステップS13と並行して実行してもよく、好ましくはステップS13の完了(超臨界二酸化炭素の供給完了)後に実行することであり、より好ましくはさらに所定時間を置いて実行することである。所定時間を置くことにより、溶液2中の金属錯体が基材1の表面近傍内部まで十分含浸することができる。この還元工程(ステップS14)前の所定時間は特に限定されず、基材1の材料や形状、溶液2の組成等により適宜設定すればよい。また、ステップS13と同時およびステップS13完了直後にステップS14を実行する場合は、昇温後の温度や昇温速度、還元剤等の濃度の調整により、還元反応速度が速くなりすぎないように調節することが好ましい。特に、ステップS13完了前にステップS14を実行する場合、溶液2に超臨界二酸化炭素が混合する前に金属が析出しないようにする。このように還元反応速度を調整することで、溶液2が基材1の表面近傍内部に含浸する前に金属錯体が還元されないようにする。また、還元反応時間も特に限定されず、溶液2の組成(濃度)や温度等により適宜設定すればよく、さらに昇温と還元剤の添加の両方を行ってもよい。
【0037】
また、溶液2に基材1を浸漬させた(ステップS12)時点で、溶液2の有機溶媒または還元剤の金属錯体への還元作用の程度ならびに溶液2の温度が、還元反応速度が比較的緩やかとなる条件であれば、速やかに圧力容器6に超臨界二酸化炭素を供給し(ステップS13)、そのまま圧力容器6の温度および圧力を所定時間保持すれば、基材1への金属錯体の含浸とその金属錯体の還元とが同時に進行する。すなわち、作業を追加することなく自動的に還元工程(ステップS14)が行われる。また、この場合、温度調節した溶液2を圧力容器6に注入するようにすれば、恒温槽7は温度調整機能を備えず断熱材で形成して保温機能のみとすることもできる。
【0038】
還元反応が完了したら、減圧バルブ82を開けて圧力容器6内部の圧力を開放する(ステップS15)。圧力容器6内部が臨界温度を超える温度を維持して臨界圧力未満に減圧されると、二酸化炭素は超臨界状態から気体となって、また、溶液2に混合していた超臨界二酸化炭素も還元反応後の液体(有機溶媒と基材1に含浸せずに析出した金属の粒子との混合物)と分離されて、減圧バルブ82を介して外部へ排気される。そして、図示しない回収手段により、液体を圧力容器6から排出して、基材1を取り出す。また、液体を圧力容器6から排出した後、再び超臨界二酸化炭素を供給して、基材1に含浸した液体(有機溶媒)を置換することにより除去することもできる。以上の方法により、基材1の表面および表面近傍内部に金属を析出させることができる。なお、還元工程(ステップS14)を行わず、金属錯体の状態のままで減圧して処理を完了してもよい。また、この金属または金属錯体を核剤として基材1に無電解めっきを行い、さらに皮膜を形成してもよい。
【実施例】
【0039】
以上、本発明を実施するための最良の形態について述べてきたが、以下に、本発明の効果を確認した実施例を、本発明の要件を満たさない比較例と対比して具体的に説明する。なお、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0040】
(供試材作製)
ポリイミドからなる0.3mm厚のフィルムを10mm角に切り出して基材とした。また、金属錯体としてヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウムを、表1に示す溶媒に表1に示す質量比で溶解して溶液を作成した。容積5mlの圧力容器に上記の基材と2〜5mlの溶液を入れて、圧力容器を密閉した。そして、圧力容器内部の温度(溶液の温度)を表1の処理条件1に示す温度に調整した。次に、外部から圧力容器内に二酸化炭素を注入して圧力が15MPaになるようにした。圧力が15MPaに到達してから、表1の処理条件1に示す時間、前記圧力および温度を維持した。
【0041】
実施例1〜7は、前記処理条件1に示す時間を経過後、圧力容器を常圧に減圧して基材を取り出して供試材とした。一方、実施例8〜10は、前記時間経過後、圧力は維持したまま、表1の処理条件2に示す温度になるように調整した。また、実施例11,12は、還元剤としてエタノールを、元の溶液とほぼ同量添加した。さらに、実施例13は、還元剤としてのエタノールの添加と表1の処理条件2に示す温度への昇温との両方を実施した。なお、これら処理条件2への移行の際も、圧力容器内の圧力は圧力調整弁により15MPaを維持した。そして、表1の処理条件2に示す時間を経過後、実施例1〜7と同様に基材を取り出した。
【0042】
比較例として、実施例と同じ基材を、表1に示す組成の溶液と共に容器に入れて、表1の処理条件1に示す温度になるように調整した。ただし二酸化炭素は注入せず、常圧で表1の処理条件1に示す時間、前記温度を維持した。比較例15については、前記処理条件1に示す時間を経過後、表1の処理条件2に示す温度になるように調整した。
【0043】
得られた供試材にNi−P無電解めっきを行った。処理容器から取り出した供試材を、硫酸ニッケル、ピロリン酸ナトリウム、グリコール酸からなる無電解Ni−Pめっき溶液に浸漬し、90℃で20分間無電解めっき処理した。
【0044】
(評価方法)
評価は、Ni−P無電解めっき後の供試材の表面のめっきの有無、およびこの供試材を折り曲げて、めっきの剥がれの有無を目視することで判定した。供試材の表面に均一にNiめっき膜が形成され、かつNiめっき膜が剥がれなければ良好として「○」で評価した。また、Niめっき膜が、一部剥がれ落ちるが均一に残る供試材は「△」とした。一方、Niめっき膜が均一に形成されていない、あるいは、Niめっき膜が簡単に剥がれ落ちる供試材は不良として「×」とした。
【0045】
【表1】

【0046】
40℃で処理された実施例1,2は、一部が剥がれてしまうものの、均一なNiめっき膜を形成することができた。これは、ポリイミドに埋め込まれたPdが錯体の状態で処理を完了したため、核剤としての作用が小さかったからである。一方、80℃で処理された実施例3〜5は、錯体の状態で埋め込まれたPdが還元されたため、Ni−P無電解めっきにおける核剤として十分に作用して、均一かつ剥がれないNiめっき膜を形成することができ、基材であるポリイミドの表面近傍内部までPdが埋め込まれたことが確認された。ただし、Pd錯体濃度が5質量%の実施例6は、処理完了時(Ni−P無電解めっき前)で実施例3〜5にはない金属光沢が認められるほどポリイミドの表面にPd皮膜が形成されたが、ポリイミドの内部に埋め込まれていないPdが存在したため、Niめっき膜に一部剥がれを生じた。また、1時間経過してから40℃から80℃に昇温した実施例8は、Pd錯体が十分にポリイミドに含浸してから還元されたため、特に良好なNiめっき膜を形成することができた。
【0047】
還元剤としてエタノールを溶液に添加された実施例7,9は、均一かつ剥がれないNiめっき膜を形成することができた。特に、一貫して40℃で処理された実施例7により、処理温度40℃においても、ポリイミドの表面近傍内部までPdが埋め込まれたことが確認された。ただし、Pd錯体濃度が5質量%の実施例10は、実施例6と同様に、処理完了時でPdによる金属光沢が認められたが、Niめっき膜に一部剥がれを生じた。
【0048】
1時間経過してからエタノールを溶液に添加された実施例11は、Pd錯体が十分にポリイミドに含浸してから還元されたため、特に良好なNiめっき膜を形成することができた。ただし、Pd錯体濃度が5質量%の実施例12,13は、実施例6,10と同様に、処理完了時でPdによる金属光沢が認められたが、Niめっき膜に一部剥がれを生じた。
【0049】
これらの実施例に対して、超臨界二酸化炭素を供給しなかった比較例14,15は、前記実施例と同じNi−P無電解めっきで、Niめっき膜がまったく形成されず、ポリイミドの内部にPdを埋め込むことはできなかった。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明の実施の形態に係る高圧処理装置の模式図である。
【図2】本発明に係るプラスチックの表面改質の処理の一例を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0051】
1 基材(プラスチック基材)
2 溶液
6 圧力容器(容器)
scCO 超臨界二酸化炭素

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラスチック基材の表面に金属からなる層を形成するためのプラスチックの表面改質方法であって、
前記プラスチック基材を収納する容器に、前記金属を中心原子とする金属錯体を有機溶媒に溶解してなる溶液と、超臨界二酸化炭素とを供給して、前記溶液に前記プラスチック基材を浸漬して、前記プラスチック基材の表面近傍内部に前記金属錯体を含浸させることを特徴とするプラスチックの表面改質方法。
【請求項2】
前記プラスチック基材の表面近傍内部に含浸した金属錯体を還元して、前記金属を前記プラスチック基材の表面および表面近傍内部に析出させることを特徴とする請求項1に記載のプラスチックの表面改質方法。
【請求項3】
プラスチック基材の表面に金属からなる層を形成するためのプラスチックの表面改質方法であって、
前記プラスチック基材を収納する容器に、前記金属を中心原子とする金属錯体を有機溶媒に溶解してなる溶液と、超臨界二酸化炭素とを供給して、前記溶液に前記プラスチック基材を浸漬して、前記プラスチック基材の表面近傍内部に前記金属錯体を含浸させる含浸工程と、
前記プラスチック基材の表面近傍内部に含浸した金属錯体を還元して、前記金属を前記プラスチック基材の表面および表面近傍内部に析出させる還元工程と、をこの順に行い、
前記含浸工程は、前記金属錯体が還元されない温度、または、還元される速度が非常に遅い温度で行われ、
前記還元工程は、前記含浸工程における温度から前記金属錯体が還元される温度に昇温して行われることを特徴とするプラスチックの表面改質方法。
【請求項4】
前記有機溶媒が前記金属錯体を還元する物質であることを特徴とする請求項2または請求項3に記載のプラスチックの表面改質方法。
【請求項5】
前記溶液に前記金属錯体を還元する物質が添加されていることを特徴とする請求項2または請求項3に記載のプラスチックの表面改質方法。
【請求項6】
プラスチック基材の表面に金属からなる層を形成するためのプラスチックの表面改質方法であって、
前記プラスチック基材を収納する容器に、前記金属を中心原子とする金属錯体を有機溶媒に溶解してなる溶液と、超臨界二酸化炭素とを供給して、前記溶液に前記プラスチック基材を浸漬して、前記プラスチック基材の表面近傍内部に前記金属錯体を含浸させる含浸工程と、
前記プラスチック基材の表面近傍内部に含浸した金属錯体を還元して、前記金属を前記プラスチック基材の表面および表面近傍内部に析出させる還元工程と、をこの順に行い、
前記有機溶媒は、前記金属錯体を還元しないまたは還元する速度が遅い物質であり、
前記還元工程は、前記溶液に前記金属錯体を還元する物質を添加することを特徴とするプラスチックの表面改質方法。
【請求項7】
前記金属が、Cu,Ni,Pdからなる群から選択されることを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか一項に記載のプラスチックの表面改質方法。
【請求項8】
前記金属錯体が、ヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム、パラジウムトリフルオロアセチルアセトナト、アセチルアセトナトパラジウムからなる群から選択されることを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか一項に記載のプラスチックの表面改質方法。
【請求項9】
前記プラスチック基材が、ポリイミド樹脂または液晶ポリマーであることを特徴とする請求項1ないし請求項8のいずれか一項に記載のプラスチックの表面改質方法。
【請求項10】
請求項9に記載のプラスチックの表面改質方法により表面に金属層が形成されたことを特徴とするプラスチック基材。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−275279(P2009−275279A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−130059(P2008−130059)
【出願日】平成20年5月16日(2008.5.16)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】