説明

プラズマミグ溶接のアークスタート制御方法

【課題】プラズマミグ溶接において、アークスタート時にミグアークからプラズマ電極に付着するスパッタを削減する。
【解決手段】溶接ワイヤを前進送給して母材と一旦接触させた後に後退送給して引き離すことによって初期ミグアークを発生させ、その後にプラズマ溶接電流Iwpが通電するプラズマアークを発生させ、これに応動して再前進送給に切り換え、ピーク電流及びベース電流を通電して定常ミグアークへと移行させる。プラズマアークの発生時点(t4)から初期期間Tsを設け、初期期間Ts中は、プラズマ溶接電流Iwpを初期値Iwpsから定常値Iwpcまで次第に減少させると共に、ピーク電流Ipを初期値Ipsから定常値Ipcまで次第に増加させる。プラズマアークからの予熱によってピーク電流値を小さくできるので、スパッタの付着を削減できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1つの溶接トーチを用いてミグアークとプラズマアークとを同時に発生させて溶接を行うプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、プラズマ溶接方法とミグ溶接方法とを組み合わせたプラズマミグ溶接方法が提案されている。このプラズマミグ溶接方法においては、溶接トーチを通して送給される溶接ワイヤと母材との間にミグ溶接電流を通電することによってミグアークを発生させる。そして、溶接ワイヤを囲むように中空形状のプラズマ電極が配置されており、アルゴンなどのガスを供給し、このガスを介してプラズマ電極と母材との間にプラズマ溶接電流を通電することによってプラズマアークを発生させる。ミグアークは、溶接トーチの軸心を送給される溶接ワイヤと母材との間に発生し、このミグアークを囲むようにプラズマアークが発生している。したがって、ミグアークは、プラズマアークに包まれた状態になる。溶接ワイヤは、ミグアークを発生させる電極として機能すると共に、その先端が溶融することにより溶滴となって母材の接合を補助する。したがって、プラズマミグ溶接方法は、厚板の高効率溶接、薄板の高速溶接等に使用されることが多い。
【0003】
上記のミグ溶接電流は、スパッタの発生を抑制し、かつ、溶滴を安定して供給するために、一般的にパルス波形が使用される。したがって、ミグ溶接方法は、一般的なミグパルス溶接方法である。ミグパルス溶接方法を含む消耗電極式アーク溶接方法では、溶接中のアーク長を適正値に維持することが重要であるために、アーク長制御が行われる。他方、上記のプラズマ溶接電流には、一定値の直流が使用されることが多い。これ以降の説明において、単にアーク長と記載したときはミグアークのアーク長を意味している。以下、上述したプラズマミグ溶接方法について説明する。
【0004】
図7は、従来技術におけるプラズマミグ溶接方法の定常状態での波形図である。同図(A)はミグ溶接電流Iwmを示し、同図(B)はミグ溶接電圧Vwmを示し、同図(C)はプラズマ溶接電流Iwpを示す。以下、同図を参照して説明する。
【0005】
同図において、時刻t1〜t3の期間が第n−1回目のパルス周期Tf(n-1)を示し、時刻t3〜t5の期間が第n回目のパルス周期Tf(n)を示す。第n−1回目のパルス周期Tf(n-1)は、時刻t1〜t2の第n−1回目のピーク期間Tp(n-1)及び時刻t2〜t3の第n−1回目のベース期間Tb(n-1)から形成されている。第n回目のパルス周期Tf(n)は、時刻t3〜t4の第n回目のピーク期間Tp(n)及び時刻t4〜t5の第n回目のベース期間Tb(n)から形成されている。
【0006】
同図(A)に示すように、第n−1回目のパルス周期Tf(n-1)においては、時刻t1〜t2のピーク期間Tp(n-1)中は予め定めたピーク電流Ipが通電し、時刻t2〜t3のベース期間Tb(n-1)中は予め定めたベース電流Ibが通電する。したがって、ミグ溶接電流Iwmはピーク電流Ip及びベース電流Ibから形成される。そして、同図(B)に示すように、第n−1回目のパルス周期Tf(n-1)において、ピーク期間Tp(n-1)中はアーク長に比例したピーク電圧Vp(n-1)が溶接ワイヤと母材との間に印加し、ベース期間Tb(n-1)中はアーク長に比例したベース電圧Vb(n-1)が印加する。したがって、ミグ溶接電圧Vwmは、ピーク電圧Vp及びベース電圧Vbから形成される。第n回目のパルス周期Tf(n)についても同様である。ここで、第n−1回目のパルス周期Tf(n-1)におけるピーク電流Ip及びベース電流Ibは、第n回目のパルス周期Tf(n)におけるピーク電流Ip及びベース電流Ibとそれぞれ同一値となる。他方、アーク発生状態が安定している状態においては、第n−1回目のパルス周期Tf(n-1)におけるピーク電圧Vp(n-1)及びベース電圧Vb(n-1)は、第n回目のパルス周期Tf(n)におけるピーク電圧Vp(n)及びベース電圧Vb(n)とそれぞれ略等しい値となる。
【0007】
ミグ溶接では、良好な溶接品質を得るためにアーク長を適正値に維持するアーク長制御が行われる。通常、このアーク長制御は、ミグ溶接電圧Vwmがアーク長と略比例関係にあることを利用して、ミグ溶接電圧Vwmの平均値が予め定めた電圧設定値と等しくなるようにパルス周期Tfが制御される。ミグ溶接電圧Vwmの平均値は、ミグ溶接電圧Vwmをローパスフィルタ(カットオフ周波数は1〜10Hz程度)に通すことによって生成される。このアーク長制御の方式は、周波数変調方式と呼ばれる。この場合、ピーク期間Tp、ピーク電流Ip及びベース電流Ibは所定値に設定され、パルスパラメータとなる。ピーク電流Ipは臨界値以上に設定され、ピーク期間Tpと組み合わせてユニットパルス条件と呼ばれる。このユニットパルス条件は、1パルス周期1溶滴移行になるように設定される。ベース電流Ibは、臨界値未満の数十A程度の小電流値に設定される。ユニットパルス条件及びベース電流Ibは、溶接ワイヤの材質、直径、送給速度等に応じて適正値に設定される。
【0008】
アーク長制御の方式として周波数変調制御以外にもパルス幅変調制御が使用される場合もある。このパルス幅変調制御では、パルス周期Tf、ピーク電流Ip及びベース電流Ibが所定値に設定されてパルスパラメータとなる。そして、ミグ溶接電圧Vwmの平均値が電圧設定値と等しくなるようにピーク期間Tp(パルス幅)が制御される。
【0009】
他方、同図(C)に示すように、プラズマ溶接電流Iwpは、定電流制御されており、予め定めた一定値の直流波形となる。したがって、プラズマアークは、一定値のプラズマ溶接電流Iwpの通電によって発生している。
【0010】
上述したプラズマミグ溶接方法は高品質溶接に使用されることが多いので、定常状態でのアーク安定性に加えて、アークスタート性能が良好であることも求められる。このために、ミグアークを後述するリトラクトスタート方式によって発生させ、このミグアークによってプラズマアークを誘発する方式を採用している(例えば、特許文献1及び2参照)。以下、この従来技術のプラズマミグ溶接のアークスタート方法について説明する。
【0011】
図8は、従来技術におけるプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。同図(A)は溶接開始信号Stを示し、同図(B)は溶接ワイヤの送給速度Fwを示し、同図(C)はミグ溶接電圧Vwmを示し、同図(D)はミグ溶接電流Iwmを示し、同図(E)はプラズマ溶接電圧Vwpを示し、同図(F)はプラズマ溶接電流Iwpを示し、同図(G1)〜(G5)は各時刻におけるアーク発生状態を示す模式図である。以下、同図を参照して説明する。
【0012】
(1)時刻t1〜t2の前進送給期間(スローダウン送給期間)
時刻t1において、同図(A)に示すように、外部からの溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)になると、同図(B)及び(G1)に示すように、送給速度Fwは正の小さな値となり、溶接ワイヤ1aは1〜2m/min程度の遅いスローダウン送給速度Fiでの前進送給が開始される。ここで、送給速度Fwが正の値であるときは、溶接ワイヤ1aは母材2に近づく方向へ前進送給され、負の値であるときは、溶接ワイヤ1aは母材2から離れる方向へ後退送給されることを示している。同図(C)に示すように、溶接ワイヤ1aと母材2との間には無負荷電圧が印加され、同図(E)に示すように、プラズマ電極1bと母材2との間にも別の無負荷電圧が印加される。
【0013】
(2)時刻t2〜t3の後退送給短絡期間
時刻t2において、同図(G2)に示すように、上記の前進送給によって溶接ワイヤ1aが母材2と接触(短絡)すると、同図(C)に示すように、ミグ溶接電圧Vwmは、無負荷電圧から数V程度の短絡電圧値に低下する。この電圧の低下によって短絡を判別すると、同図(B)に示すように、送給速度Fwは負の値の後退送給速度Fbに切り換わり、溶接ワイヤ1aが母材2から離れる方向へ後退送給される。また、同図(D)に示すように、ミグ溶接電流Iwmは溶接ワイヤをジュール熱でほとんど溶融しない程度の20〜80A程度の一定値の直流電流である初期電流Iiとなる。
【0014】
(3)時刻t3〜t4の後退送給アーク期間
時刻t3において、同図(G3)に示すように、上記の後退送給によってワイヤ先端が母材2から離れると初期ミグアーク31aが発生し、同図(D)に示すように、ミグ溶接電流Iwmは上記の初期電流Iiのまま維持される。この初期ミグアーク31aは、後退送給によって発生し、かつ、アークを通電する電流値(初期電流値Ii)も小さいので、スパッタはほとんど発生せず確実なアークスタートが実現できる。初期ミグアーク31aが発生すると、同図(C)に示すように、ミグ溶接電圧Vwmは、短絡電圧値から数十V程度のアーク電圧値に急増する。時刻t3移行も上記の後退送給は継続されるので、同図(G4)に示すように、初期ミグアーク31aのアーク長は次第に長くなる。溶接ワイヤ1aの先端と母材2との間に発生している初期ミグアーク31a内はプラズマ雰囲気となっているので、アーク長が長くなるのに伴い、プラズマ電極1bと母材2との間の空間もプラズマ雰囲気が形成されることになる。
【0015】
(4)時刻t4移行のミグアーク3a及びプラズマアーク3b発生期間
時刻t4において、同図(E)に示すように、プラズマ電極1bと母材2との間に無負荷電圧が既に印加されており、かつ、上述したようにプラズマ電極1bと母材2との間の空間がプラズマ雰囲気になっているために、同図(G5)に示すように、プラズマアーク3bが誘発されて発生する。プラズマアーク3bが発生すると、同図(E)に示すように、プラズマ溶接電圧Vwpは無負荷電圧からアーク電圧値に低下し、同図(F)に示すように、プラズマ溶接電流Iwpは予め定めた定常プラズマ溶接電流値Iwpcとなる。同時に時刻t4にプラズマアーク3bが発生すると、同図(B)に示すように、送給速度Fwは、負の値の後退送給速度Fbから正の値の定常送給速度Fwcへと切り換わり、溶接ワイヤ1aは再前進送給される。この結果、同図(D)に示すように、ミグ溶接電流Iwmは、図7で上述したようにピーク電流Ip及びベース電流Ibから形成されるパルス波形となり、同図(C)に示すように、ミグ溶接電圧Vwmは、図7で上述したようにピーク電圧Vp及びベース電圧Vbから形成されるパルス波形となる。時刻t4移行のミグ溶接電流Iwmの平均値は、定常送給速度Fwcによって略決定される。また、時刻t4移行のミグ溶接電圧Vwmの平均値は、図7で上述したように、電圧設定値と略等しくなるように制御され、アーク長が適正値になるようにフィードバック制御される。そして、時刻t4から100〜700ms後に、ミグアーク3aのアーク長は定常値に収束して、定常状態となる。これにより、プラズマアーク溶接のアークスタートは完了する。プラズマアーク3bが発生するのは、無負荷電圧が印加された状態で、プラズマ電極1bと母材2との空間が初期ミグアーク31aによってプラズマ雰囲気になってくるためであるので、その発生タイミングはある程度の範囲でランダムである。したがって、時刻t3〜t4の後退アーク期間は、ある程度のバラツキを有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2007−144509号公報
【特許文献2】特開2008−229704号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
上述した図8の時刻t4直後においては、ミグアーク3aのアーク長は長くなっているので、溶接ワイヤ1aの先端はプラズマ電極1bの近くに位置している。この状態で、パルス周期に同期して、溶接ワイヤ1aの溶滴移行が行われる。この結果、ミグアーク3aからの溶滴移行時に発生する少量のスパッタがプラズマ電極1bに付着することになる。アークスタートを複数回繰り返していると、プラズマ電極1bに付着したスパッタ量が次第に増加してくる。このようになると、プラズマ電極1bの先端が歪な形状となるために、プラズマアーク3bも変形した形状となり、溶接品質が悪くなる。さらに、プラズマ電極1bの先端が歪に変形すると、プラズマ電極1bの内側を流れるセンターガス及び外側を流れるプラズマガスの円滑な流れが阻害されることになり、溶接品質が悪くなる。
【0018】
そこで、本発明では、アークスタート時においてプラズマ電極へのミグアークからのスパッタの付着を抑制することによって、高品質の溶接を行うことができるプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上述した課題を解決するために、請求項1の発明は、溶接トーチを通して送給される溶接ワイヤと母材との間にピーク期間中のピーク電流及びベース期間中のベース電流を1パルス周期とするミグ溶接電流を通電することによってミグアークを発生させると共に、前記溶接ワイヤを囲むように配置されているプラズマ電極と前記母材との間に直流のプラズマ溶接電流を通電することによってプラズマアークを発生させるプラズマミグ溶接にあって、
溶接開始に際して、前記プラズマ電極と前記母材との間に無負荷電圧を印加すると共に、前記溶接ワイヤを前進送給して前記母材と一旦接触させた後に後退送給して引き離すことによって直流電流が通電する初期ミグアークを発生させ、前記後退送給を継続し前記初期ミグアークのアーク長を次第に長くして前記プラズマ電極と前記母材との間の空間にプラズマ雰囲気を形成することによって前記プラズマ溶接電流が通電する前記プラズマアークを発生させ、このプラズマアークが発生すると前記溶接ワイヤを再前進送給に切り換えると共に前記ピーク電流及び前記ベース電流から形成される前記ミグ溶接電流を通電して定常ミグアークへと移行させる、プラズマミグ溶接のアークスタート制御方法において、
前記プラズマアークの発生時点から予め定めた初期期間を設け、前記初期期間中は、前記プラズマ溶接電流を初期プラズマ溶接電流値から定常プラズマ溶接電流値まで次第に減少させると共に、前記ピーク電流を初期ピーク電流値から定常ピーク電流値まで次第に増加させる、
ことを特徴とするプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法である。
【0020】
請求項2の発明は、前記初期期間中は、前記ピーク期間を初期ピーク期間から定常ピーク期間まで次第に長くする、
ことを特徴とする請求項1記載のプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法である。
【0021】
請求項3の発明は、前記初期期間中は、前記再前進送給の送給速度を初期送給速度から前記定常送給速度まで次第に加速させる、
ことを特徴とする請求項1又は2記載のプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法である。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、プラズマアークが発生した時点から初期期間中は、ピーク電流又はピーク電流とピーク期間を次第に定常値まで増加させると共に、プラズマ溶接電流を次第に定常値まで減少させている。これにより、1パルス周期1溶滴移行状態を維持した上で、溶滴に作用する力を小さくすることができるので、溶滴移行に伴うスパッタの発生を減少させることができる。このために、ミグアークのアーク長が長い状態において、ミグアークからプラズマ電極に付着するスパッタ量を抑制することができるので、良好な溶接状態を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の実施の形態1に係るプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。
【図2】本発明の実施の形態1に係るプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法を実施するための溶接装置の構成図である。
【図3】図2の溶接装置を構成するミグ溶接電源PSMのブロック図である。
【図4】図2の溶接装置を構成するプラズマ溶接電源PSPのブロック図である。
【図5】本発明の実施の形態2に係るプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。
【図6】実施の形態2に係るミグ溶接電源PSMのブロック図である。
【図7】従来技術におけるプラズマミグ溶接方法の定常状態での波形図である。
【図8】従来技術におけるプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。
【0024】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0025】
[実施の形態1]
実施の形態1に係る発明は、プラズマアークの発生時点から予め定めた初期期間Tsを設け、この初期期間Ts中は、プラズマ溶接電流Iwpを初期プラズマ溶接電流値Iwpsから定常プラズマ溶接電流値Iwpcまで次第に減少させ、ミグ溶接電流Iwmを形成するピーク電流Ipを初期ピーク電流値Ipsから定常ピーク電流値Ipcまで次第に増加させ、ミグ溶接電流Iwmを形成するピーク期間Tpを初期ピーク期間Tpsから定常ピーク期間Tpcまで次第に増加させるものである。以下、この実施の形態について説明する。
【0026】
図1は、本発明の実施の形態1に係るプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。同図(A)は溶接ワイヤの送給速度Fwの時間変化を示し、同図(B)はミグ溶接電流Iwmの時間変化を示し、同図(C)はプラズマ溶接電流Iwpの時間変化を示し、同図(D)はミグアークのアーク長Laの時間変化を示す。同図は、上述した図8において、プラズマアークが発生する時刻t4以降の各信号の変化を示している。時刻t4までの動作は、図8と同一であるので、本発明の特徴となる期間の動作を詳細に説明するために、時刻t4以前の期間は省略している。以下、同図を参照して説明する。
【0027】
時刻t4において、上述したように、誘発されてプラズマアークが発生すると、この時点から時刻t5までの予め定めた初期期間Tsを設定する。時刻t4〜t5の初期期間Tsは、後述するようにミグアークのアーク長Laが長い状態から次第に短くなり定常アーク長に収束するまでの過渡期間となる。そして、時刻t5以降が定常期間となる。
【0028】
時刻t4において、同図(A)に示すように、送給速度Fwは、負の値の後退送給速度Fbから正の値の定常送給速度Fwcに切り換えられる。同時に、同図(B)に示すように、ミグ溶接電流Iwmは、第1回目のパルス周期Tf(1)から初期期間Tsの最後のパルス周期Tf(n)までの複数周期のパルス電流となる。時刻t5以降の最初のパルス周期が第n+1回目のパルス周期Tf(n+1)となり、2番目が第n+2回目のパルス周期Tf(n+2)となる。第1回目のパルス周期Tf(1)中は、初期ピーク期間Tps中の初期ピーク電流Ips及びベース期間Tb中のベース電流Ibが通電する。ここで、上述したように、初期ピーク期間Tps、初期ピーク電流Ips及びベース電流Ibは所定値に設定されるパラメータであり、パルス周期がフィードバック制御(アーク長制御)によって決まるのでベース期間Tbもフィードバック制御によって決まることになる。したがって、各パルス周期におけるベース期間Tbは、異なる値となる。同様に、第2回目のパルス周期Tf(2)中は、ピーク期間Tp(2)中のピーク電流Ip(2)及びベース期間Tb中のベース電流Ibが通電する。同様に、第n回目のパルス周期Tf(n)中は、ピーク期間Tp(n)中のピーク電流Ip(n)及びベース期間Tb中のベース電流Ibが通電する。同様に、第n+1回目のパルス周期Tf(n+1)中は、定常ピーク期間Tpc中の定常ピーク電流Ipc及びベース期間Tb中のベース電流Ibが通電する。同様に、第n+2回目のパルス周期Tf(n+2)中は、定常ピーク期間Tpc中の定常ピーク電流Ipc及びベース期間Tb中のベース電流Ibが通電する。上記のベース電流Ibは、すべてのパルス周期において同一の値となっている。上記のピーク電流Ipは、初期期間Ts中は初期ピーク電流値Ipsから定常ピーク電流値Ipcまで次第に増加し、時刻t5以降の定常期間中は定常ピーク電流値Ipcとなる。したがって、Ips<Ip(2)<…<Ip(n)<Ipcとなる。上記のピーク期間Tpは、初期期間Ts中は初期ピーク期間Tpsから定常ピーク期間Tpcまで次第に増加し、時刻t5以降の定常期間中は定常ピーク期間Tpcとなる。したがって、Tps<Tp(2)<…<Tp(n)<Tpcとなる。
【0029】
他方、同図(C)に示すように、プラズマ溶接電流Iwpは、初期期間Ts中は初期プラズマ溶接電流値Iwpsから定常プラズマ溶接電流値Iwpcまで次第に減少し、時刻t5以降の定常期間中は定常プラズマ溶接電流値Iwpcとなる。したがって、Iwps>Iwpcである。また、同図(D)に示すように、アーク長Laは、時刻t4において一番長くなり、初期期間Ts中に次第に短くなり、時刻t5の前後で定常アーク長に収束する。
【0030】
上記の定常ピーク電流値Ipc及び定常ピーク期間Tpcは、1パルス周期1溶滴移行の安定した溶滴移行状態になるように、溶接ワイヤの直径、材質、送給速度等に応じて実験によって適正値に設定される。上記の定常プラズマ溶接電流値Iwpcは、母材の板厚、継手形状、溶接速度等に応じて要求されているビード外観になるように実験によって適正値に設定される。上記の初期ピーク電流値Ips、初期ピーク期間Tps及び初期プラズマ溶接電流値Iwpsは、以下のようにして設定される。初期期間Tsの開始から、定常値よりも大きな値の初期プラズマ溶接電流Iwpsを通電することで、プラズマアークから溶接ワイヤへの放熱を大きくして溶接ワイヤの温度上昇を大きくする。溶接ワイヤの温度が上昇しているので、初期ピーク電流値Ips及び初期ピーク期間Tpsは、定常値よりも小さな値にしても、1パルス周期1溶滴移行状態を維持することができる。初期ピーク電流値Ips及び初期ピーク期間Tpsが小さくなると、溶滴に作用する電磁的ピンチ力が小さくなるので、溶滴が溶接ワイヤから離脱するときのスパッタが減少する。この結果、プラズマ電極に付着するスパッタも減少することになる。したがって、初期ピーク電流値Ips、初期ピーク期間Tps及びプラズマ溶接電流値Iwpsは、1パルス周期1溶滴移行状態になり、溶滴移行時のスパッタ発生が減少するように実験によって設定される。これらの値は、定常ピーク電流値Ipc、定常ピーク期間Tpc、定常プラズマ溶接電流値Iwpc、プラズマ電極の形状、トーチ高さ等に応じて適正値に設定される。初期期間Ts中の時間が経過するのに伴い、ミグアークのアーク長が次第に短くなり定常値に近づくので、ピーク電流Ip及びピーク期間Tpを次第に増加させ、プラズマ溶接電流Iwpを次第に減少させている。上記の初期期間Tsは、ミグアークのアーク長が時刻t4の長い状態から短い定常状態に収束する時間と略等しくなるように実験によって設定される。この初期期間Tsは、100〜700ms程度の範囲で設定される。この初期期間Tsは、プラズマ電極の形状、トーチ高さ、送給モータの応答速度、溶接ワイヤの直径、材質等に応じて適正値に設定される。送給モータの応答速度は、時刻t4において後退送給速度Fbから定常送給速度Fwcに切り換えられたときに定常値に収束するまでの時間に影響するので、アーク長の収束時間に影響することになる。初期期間Ts中には、10〜70回程度のパルス周期が含まれる。したがって、上記のnは10〜70程度となる。同図においては、ピーク電流Ip及びピーク期間Tpを共に初期期間Ts中増加させる場合を説明した。しかし、ピーク電流Ipだけを初期期間Ts中増加させるようにしても、上記の作用効果を奏することができるので、そのようにしても良い。
【0031】
図2は、図1で上述した本発明の実施の形態1に係るプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法を実施するための溶接装置の構成図である。以下、同図を参照して、各構成物について説明する。
【0032】
本溶接装置は、破線で囲まれた溶接トーチWT、ミグ溶接電源PSM及びプラズマ溶接電源PSPを備えている。溶接トーチWTは、シールドガスノズル52内に、プラズマノズル51、プラズマ電極1b及び給電チップ4が同心軸上に配置された構造となっている。シールドガスノズル52とプラズマノズル51との隙間からは、たとえばアルゴンガス、アルゴンガスと炭酸ガスとの混合ガス等のシールドガス63が供給される。プラズマノズル51とプラズマ電極1bとの間には、たとえばアルゴンガス、アルゴンガスと炭酸ガスとの混合ガス等のプラズマガス62が供給される。プラズマ電極1bと給電チップ4との間には、たとえばアルゴンガス、アルゴンガスと炭酸ガスとの混合ガス等のセンターガス61が供給される。これらの3系統のガスをまとめて単にガスと表現する場合がある。
【0033】
給電チップ4に設けられた貫通孔からは、溶接ワイヤ1aが送給される。給電チップ4は、溶接ワイヤ1aに対して導通している。溶接ワイヤ1aは、送給モータWMを駆動源とする送給ロール7の回転によって送給される。プラズマ電極1bは、たとえば銅又は銅合金からなり、図外の経路を通る冷却水によって間接的に水冷されている。プラズマノズル51は、たとえば銅又は銅合金からなり、冷却水を通す流路が形成されていることにより、直接冷却されている。溶接トーチWTは、通常ロボット(図示は省略)によって保持された状態で、母材2に対して移動させられる。溶接ワイヤ1aの先端と母材2との間には、ミグアーク3aが発生する。プラズマ電極1bと母材2との間には、プラズマガス62によって熱的に拘束されたプラズマアーク3bが発生する。したがって、ミグアーク3aは、プラズマアーク3bに包まれた状態になっている。このために、プラズマアーク3bは、ミグアーク3aの形状が広がるのを拘束する作用がある。また、溶接ワイヤ1aは、プラズマアーク3bからの放熱を受けることになる。
【0034】
ミグ溶接電源PSMは、給電チップ4を介して溶接ワイヤ1aと母材2との間に、ミグ溶接電圧Vwmを印加することにより、ミグ溶接電流Iwmを通電するための電源である。このミグ溶接電流Iwmは、図7(A)に示すように、ピーク期間中のピーク電流及びベース期間中のベース電流から形成される。ミグ溶接電源PSMからは、送給モータWMに対して送給制御信号Fcが送られ、溶接ワイヤ1aの送給方向及び送給速度Fwが制御される。ミグ溶接電源PSMからミグ溶接電圧Vwmが印加されるときは、溶接ワイヤ1aが+側とされる。ミグ溶接電源PSMは、後述するようにアークスタート時の一部期間を除いて定電圧特性の電源であり、ミグ溶接電圧Vwmが予め定めた電圧設定信号Vr(図示は省略)の値と等しくなるように制御される。また、ミグ溶接電流Iwmの平均値は、溶接ワイヤ1aの定常送給速度によってその値が定まる。さらに、ミグ溶接電源PSMには、図3で後述するように、アークスタート時においてプラズマアーク3bが発生した時点(図1の時刻t4)でHighレベルになるプラズマアーク発生判別信号Adがプラズマ溶接電源PSPから入力される。
【0035】
プラズマ溶接電源PSPは、プラズマ電極1bと母材2との間にプラズマ溶接電圧Vwpを印加することによりプラズマ溶接電流Iwpを通電するための電源である。プラズマ溶接電源PSPからプラズマ溶接電圧Vwpが印加されるときは、プラズマ電極1bが+側とされる。プラズマ溶接電源PSPは、定電流特性の電源であり、プラズマ溶接電流Iwpが所定値になるように制御される。プラズマ溶接電源PSPには、図4で後述するように、プラズマアーク3bの発生を判別するための回路が設けられており、上記のプラズマアーク発生判別信号Adをミグ溶接電源PSMに出力する。
【0036】
両電源の外部に設置された溶接開始回路STは、溶接開始信号Stをミグ溶接電源PSM及びプラズマ溶接電源PSPに出力する。この溶接開始信号Stが入力されると両溶接電源は起動される。溶接開始回路STは、ロボット溶接にあってはロボット制御装置内に設けられている。
【0037】
図3は、上述した図2の溶接装置を構成するミグ溶接電源PSMのブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0038】
電源主回路PMは、3相200V等の商用電源(図示は省略)を入力として、後述する駆動信号Dvに従ってインバータ制御等の出力制御を行い、ミグ溶接電圧Vwm及びミグ溶接電流Iwmを出力する。この電源主回路PMは、図示は省略するが、商用電源を整流する1次整流回路と、整流された直流を平滑するコンデンサと、平滑された直流を高周波交流に変換するインバータ回路と、高周波交流をアーク溶接に適した電圧値に降圧するインバータトランスと、降圧された高周波交流を整流する2次整流回路と、整流された直流を平滑するリアクトルと、から構成される。溶接ワイヤ1aは、送給モータWMに結合された送給ロール7によって給電チップ4内を通って送給され、母材2との間にミグアーク3aが発生する。溶接トーチの構造は図2のとおりであり、ここでは簡略化して図示している。
【0039】
電圧検出回路VDは、上記のミグ溶接電圧Vwmを検出して、電圧検出信号Vdを出力する。電圧平均値算出回路VAVは、この電圧検出信号Vdの平均値を算出して、電圧平均値信号Vavを出力する。平均値の算出は、上述したように、ローパスフィルタを通すことによって行う。電圧設定回路VRは、予め定めた電圧設定信号Vrを出力する。電圧誤差増幅回路EVは、この電圧設定信号Vrと上記の電圧平均値信号Vavとの誤差を増幅して、電圧誤差増幅信号Evを出力する。電圧/周波数変換回路VFは、この電圧誤差増幅信号Evの値に応じた周波数を有するパルス周期信号Tfを出力する。このパルス周期信号Tfは、パルス周期ごとに短時間だけHighレベルになるトリガ信号である。
【0040】
ピーク期間設定回路TPRは、プラズマ溶接電源PSPからのプラズマアーク発生判別信号Adを入力として、プラズマ発生判別信号AdがHighレベル(アーク発生)に変化すると、予め定めた初期期間Ts中に予め定めた初期ピーク期間Tpsから予め定めた定常ピーク期間Tpcまで増加し、その後は定常ピーク期間Tpcを維持するピーク期間設定信号Tprを出力する。ピーク期間タイマ回路TPは、上記のパルス周期信号TfがHighレベルになると上記のピーク期間設定信号Tprの値によって定まる期間だけHighレベルになるピーク期間信号Tpを出力する。このピーク期間信号TpがHighレベルのときがピーク期間となり、Lowレベルのときがベース期間となる。
【0041】
ベース電流設定回路IBRは、予め定めたベース電流設定信号Ibrを出力する。ピーク電流設定回路IPRは、プラズマ溶接電源PSPからのプラズマアーク発生判別信号Adを入力として、プラズマ発生判別信号AdがHighレベル(アーク発生)に変化すると、上記の初期期間Ts中に予め定めた初期ピーク電流値Ipsから予め定めた定常ピーク電流値Ipcまで増加し、その後は定常ピーク電流値Ipcを維持するピーク電流設定信号Iprを出力する。パルス電流設定切換回路SWPは、上記のピーク期間信号TpがLowレベルのときは上記のベース電流設定信号Ibrをパルス電流設定信号Ircとして出力し、Highレベルのときは上記のピーク電流設定信号Iprをパルス電流設定信号Ircとして出力する。
【0042】
初期電流設定回路IIRは、予め定めた初期電流設定信号Iirを出力する。電流設定切換回路SWIは、外部の溶接開始回路STからの溶接開始信号St、プラズマ溶接電源PSPからのプラズマアーク発生判別信号Ad、上記のパルス電流設定信号Irc及び上記の初期電流設定信号Iirを入力として、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)に変化すると初期電流設定信号Iirを電流設定信号Irとして出力し、プラズマアーク発生判別信号AdがHighレベル(アーク発生)に変化するとパルス電流設定信号Ircを電流設定信号Irとして出力する。したがって、電流設定信号Irは、図8の時刻t1〜t4の期間中は初期電流設定信号Iirになり、図1の時刻t4以降はパルス電流設定信号Irc(ピーク電流設定信号Ipr又はベース電流設定信号Ibr)となる。
【0043】
電流検出回路IDは、ミグ溶接電流Iwmを検出して、電流検出信号Idを出力する。電流誤差増幅回路EIは、上記の電流設定信号Irと上記の電流検出信号Idとの誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。駆動回路DVは、外部の溶接開始回路STからの溶接開始信号St及び上記の電流誤差増幅信号Eiを入力として、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)のときは電流誤差増幅信号Eiに従ってPWM変調制御を行い駆動信号Dvを出力し、Lowレベル(溶接停止)のときは駆動信号Dvを出力しない。
【0044】
短絡判別回路SDは、上記の電圧検出信号Vdを入力として、その値によって溶接ワイヤ1aと母材2との短絡を判別してHighレベルになる短絡判別信号Sdを出力する。送給速度設定回路FRは、上記の外部の溶接開始回路STからの溶接開始信号St、上記の短絡判別信号Sd及びプラズマ溶接電源PSPからのプラズマアーク発生判別信号Adを入力として、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)に変化すると予め定めたスローダウン送給速度設定値となり、短絡判別信号SdがHighレベル(短絡)に変化すると予め定めた後退送給速度設定値となり、プラズマアーク発生判別信号AdがHighレベル(アーク発生)に変化すると予め定めた定常送給速度設定値となる送給速度設定信号Frを出力する。したがって、送給速度設定信号Frは、図8の時刻t1〜t2の期間中はスローダウン送給速度設定値となり、時刻t2〜t4の期間中は後退送給速度設定値となり、図1の時刻t4以降の期間中は定常送給速度設定値となる。送給制御回路FCは、上記の溶接開始信号St及び上記の送給速度設定信号Frを入力として、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)になると送給速度設定信号Frの値に相当する送給速度で溶接ワイヤ1aを送給するための送給制御信号Fcを送給モータWMに出力する。
【0045】
上記の回路構成によって、図8及び図1に示すようなミグ溶接電流Iwm、ミグ溶接電圧Vwm及び送給速度Fwが制御される。
【0046】
図4は、上述した図2の溶接装置を構成するプラズマ溶接電源PSPのブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0047】
電源主回路PMは、3相200V等の商用電源(図示は省略)を入力として、後述する駆動信号Dvに従ってインバータ制御等の出力制御を行いプラズマ溶接電流Iwp及びプラズマ溶接電圧Vwpを出力する。このプラズマ溶接電流Iwpは、プラズマ電極1b、プラズマアーク3b、母材2を通って通電する。溶接トーチの構造は上述した図2のとおりであるが、ここでは簡略化して図示している。
【0048】
プラズマ溶接電流設定回路IWPRは、後述するプラズマアーク発生判別信号Adを入力として、プラズマ発生判別信号AdがHighレベル(アーク発生)に変化すると、予め定めた初期期間Ts中に予め定めた初期プラズマ溶接電流値Iwpsから予め定めた定常プラズマ溶接電流値Iwpcまで減少し、その後は定常プラズマ溶接電流値Iwpcを維持するプラズマ溶接電流設定信号Iwprを出力する。プラズマ溶接電流検出回路IDPは、上記のプラズマ溶接電流Iwpを検出して、プラズマ溶接電流検出信号Idpを出力する。電流誤差増幅回路EIは、上記のプラズマ溶接電流設定信号Iwprと上記のプラズマ溶接電流検出信号Idpとの誤差を増幅して電流誤差増幅信号Eiを出力する。駆動回路DVは、外部の溶接開始回路STからの溶接開始信号St及び上記の電流誤差増幅信号Eiを入力として、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)のときは電流誤差増幅信号Eiに従ってPWM変調制御を行い駆動信号Dvを出力し、Lowレベル(溶接停止)のときは駆動信号Dvを出力しない。この駆動信号Dvに従って溶接電源の出力制御が行われることによって、図1で上述したようなプラズマ溶接電流Iwpが通電する。したがって、プラズマ溶接電源PSPは、プラズマ溶接電流Iwpがプラズマ溶接電流設定信号Iwprの値と等しくなるように出力制御されるので、定電流特性の電源となる。
【0049】
プラズマアーク発生判別回路ADは、上記のプラズマ溶接電流検出信号Idpを入力として、その値がしきい値以上になったときはプラズマアークが発生したと判別してHighレベルとなるプラズマアーク発生判別信号Adを上記のプラズマ溶接電流設定回路IWPR及びミグ溶接電源PSMに出力する。しきい値としては、例えば5A程度に設定する。
【0050】
上述した実施の形態1によれば、プラズマアークが発生した時点から初期期間中は、ピーク電流又はピーク電流とピーク期間を次第に定常値まで増加させると共に、プラズマ溶接電流を次第に定常値まで減少させている。これにより、1パルス周期1溶滴移行状態を維持した上で、溶滴に作用する力を小さくすることができるので、溶滴移行に伴うスパッタの発生を減少させることができる。このために、ミグアークのアーク長が長い状態において、ミグアークからプラズマ電極に付着するスパッタ量を抑制することができるので、良好な溶接状態を維持することができる。
【0051】
[実施の形態2]
実施の形態2に係る発明は、実施の形態1に加えて、初期期間Ts中は、再前進送給の送給速度を初期送給速度Fsから上記の定常送給速度Fwcまで次第に加速させるものである。すなわち、実施の形態2では、プラズマアークが発生した時点から初期期間Tsが経過するまでは、ピーク電流Ip、ピーク期間Tp、プラズマ溶接電流Iwp及び送給速度Fwが次第に定常置まで変化するようにしたものである。以下、この実施の形態について説明する。
【0052】
図5は、本発明の実施の形態2に係るプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。同図(A)は溶接ワイヤの送給速度Fwの時間変化を示し、同図(B)はミグ溶接電流Iwmの時間変化を示し、同図(C)はプラズマ溶接電流Iwpの時間変化を示し、同図(D)はミグアークのアーク長Laの時間変化を示す。同図は上述した図1と対応しており、同図(A)に示す送給速度Fw以外の信号の動作は同一である。同図は、図1と同様に、上述した図8において、プラズマアークが発生する時刻t4以降の各信号の変化を示している。時刻t4までの動作は、図8と同一であるので、本発明の特徴となる期間の動作を詳細に説明するために、時刻t4以前の期間は省略している。以下、同図を参照して説明する。
【0053】
図1と同様に、時刻t4において、誘発されてプラズマアークが発生すると、この時点から時刻t5までの予め定めた初期期間Tsを設定する。時刻t4〜t5の初期期間Ts中は、上述したようにミグアークのアーク長Laが次第に短くなる過渡期間となる。そして、時刻t5以降が定常期間となる。
【0054】
時刻t4において、同図(A)に示すように、送給速度Fwは、負の値の後退送給速度Fbから正の値の初期送給速度Fsに切り換えられる。したがって、溶接ワイヤは後退送給から再前進送給に切り換えられる。そして、初期期間Ts中は予め定めた初期送給速度Fsから予め定めた定常送給速度Fwcまで次第に加速し、時刻t5以降の定常期間中は定常送給速度Fwcとなる。したがって、Fs<Fwcである。同図(B)に示すミグ溶接電流Iwm、同図(C)に示すプラズマ溶接電流Iwp及び同図(D)に示すアーク長Laについては、図1と同一であるので、説明は省略する。
【0055】
初期送給速度Fsは、0〜2m/min程度に設定される。初期期間Ts及び定常送給速度Fwcの設定については、上述したとおりである。再前進送給の送給速度Fwを次第に加速させることによって、時刻t4時点での初期ミグアークから時刻t5時点での定常ミグアークへの移行期間におけるアーク安定性が向上する。これは、移行期間に相当する初期期間Ts中は、ミグ溶接電流Iwmを形成するピーク電流及びピーク期間が次第に増加するので、送給速度Fwもこれに同期するように加速させた方が溶融速度と送給速度とのバランスが良くなり、アーク安定性が向上するためである。
【0056】
上述した実施の形態2に係るプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法を実施するための溶接装置は、上述した図2と同様である。但し、図2の溶接装置を構成するミグ溶接電源PSMのブロック図が異なっているので、図6で後述する。プラズマ溶接電源PSPのブロック図については、上述した図4と同一である。
【0057】
図6は、実施の形態2に係るミグ溶接電源PSMのブロック図である。同図において、上述した図3と同一のブロックについては同一符号を付して、それらの説明は省略する。同図は、図3の送給速度設定回路FRを破線で示す第2送給速度設定回路FR2に置換したものである。以下、同図を参照して、このブロックについて説明する。
【0058】
第2送給速度設定回路FR2は、上記の外部の溶接開始回路STからの溶接開始信号St、上記の短絡判別信号Sd及びプラズマ溶接電源PSPからのプラズマアーク発生判別信号Adを入力として、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)に変化すると予め定めたスローダウン送給速度設定値となり、短絡判別信号SdがHighレベル(短絡)に変化すると予め定めた後退送給速度設定値となり、プラズマアーク発生判別信号AdがHighレベル(アーク発生)に変化すると上記の初期期間Ts中に予め定めた初期送給速度設定値から予め定めた定常送給速度設定値まで増加し、その後は定常送給速度設定値を維持する送給速度設定信号Frを出力する。したがって、送給速度設定信号Frは、図8の時刻t1〜t2の期間中はスローダウン送給速度設定値となり、時刻t2〜t4の期間中は後退送給速度設定値となり、図1の時刻t4〜t5の初期期間Ts中は初期送給速度設定値から定常送給速度設定値まで大きくなり、時刻t5移行の定常期間中は定常送給速度設定値となる。
【0059】
上述した実施の形態2によれば、初期期間中における再前進送給の送給速度を初期送給速度から定常送給速度まで次第に加速させる。これにより、実施の形態1の効果に加えて、所期期間中のミグアークの安定性を向上させることができる。
【0060】
上述した実施の形態1及び2において、ピーク電流及びピーク期間を増加させる初期期間と、プラズマ溶接電流を減少させる初期期間と、送給速度を加速する初期期間とはすべて同一期間である。しかし、これら3つの初期期間をミグアークの安定性及びスパッタの発生を考慮して異なる値に微調整しても良い。さらに、初期期間中に、ベース電流を次第に変化させても良い。
【符号の説明】
【0061】
1a 溶接ワイヤ
1b プラズマ電極
2 母材
3a ミグアーク
31a 初期ミグアーク
3b プラズマアーク
4 給電チップ
51 プラズマノズル
52 シールドガスノズル
61 センターガス
62 プラズマガス
63 シールドガス
7 送給ロール
AD プラズマアーク発生判別回路
Ad プラズマアーク発生判別信号
DV 駆動回路
Dv 駆動信号
EI 電流誤差増幅回路
Ei 電流誤差増幅信号
EV 電圧誤差増幅回路
Ev 電圧誤差増幅信号
Fb 後退送給速度
FC 送給制御回路
Fc 送給制御信号
Fi スローダウン送給速度
FR 送給速度設定回路
Fr 送給速度設定信号
FR2 第2送給速度設定回路
Fs 初期送給速度
Fw 送給速度
Fwc 定常送給速度
Ib ベース電流
IBR ベース電流設定回路
Ibr ベース電流設定信号
ID 電流検出回路
Id 電流検出信号
IDP プラズマ溶接電流検出回路
Idp プラズマ溶接電流検出信号
Ii 初期電流
IIR 初期電流設定回路
Iir 初期電流設定信号
Ip ピーク電流
Ipc 定常ピーク電流
IPR ピーク電流設定回路
Ipr ピーク電流設定信号
Ips 初期ピーク電流
Ir 電流設定信号
Irc パルス電流設定信号
Iwm ミグ溶接電流
Iwp プラズマ溶接電流
Iwpc 定常プラズマ溶接電流
IWPR プラズマ溶接電流設定回路
Iwpr プラズマ溶接電流設定信号
Iwps 初期プラズマ溶接電流
La ミグアークのアーク長
PM 電源主回路
PSM ミグ溶接電源
PSP プラズマ溶接電源
SD 短絡判別回路
Sd 短絡判別信号
ST 溶接開始回路
St 溶接開始信号
SWI 電流設定切換回路
SWP パルス電流設定切換回路
Tb ベース期間
Tf パルス周期(信号)
TP ピーク期間タイマ回路
Tp ピーク期間(信号)
Tpc 定常ピーク期間
TPR ピーク期間設定回路
Tpr ピーク期間設定信号
Tps 初期ピーク期間
Ts 初期期間
VAV 電圧平均値算出回路
Vav 電圧平均値信号
Vb ベース電圧
VD 電圧検出回路
Vd 電圧検出信号
VF 電圧/周波数変換回路
Vp ピーク電圧
VR 電圧設定回路
Vr 電圧設定信号
Vwm ミグ溶接電圧
Vwp プラズマ溶接電圧
WM 送給モータ
WT 溶接トーチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接トーチを通して送給される溶接ワイヤと母材との間にピーク期間中のピーク電流及びベース期間中のベース電流を1パルス周期とするミグ溶接電流を通電することによってミグアークを発生させると共に、前記溶接ワイヤを囲むように配置されているプラズマ電極と前記母材との間に直流のプラズマ溶接電流を通電することによってプラズマアークを発生させるプラズマミグ溶接にあって、
溶接開始に際して、前記プラズマ電極と前記母材との間に無負荷電圧を印加すると共に、前記溶接ワイヤを前進送給して前記母材と一旦接触させた後に後退送給して引き離すことによって直流電流が通電する初期ミグアークを発生させ、前記後退送給を継続し前記初期ミグアークのアーク長を次第に長くして前記プラズマ電極と前記母材との間の空間にプラズマ雰囲気を形成することによって前記プラズマ溶接電流が通電する前記プラズマアークを発生させ、このプラズマアークが発生すると前記溶接ワイヤを再前進送給に切り換えると共に前記ピーク電流及び前記ベース電流から形成される前記ミグ溶接電流を通電して定常ミグアークへと移行させる、プラズマミグ溶接のアークスタート制御方法において、
前記プラズマアークの発生時点から予め定めた初期期間を設け、前記初期期間中は、前記プラズマ溶接電流を初期プラズマ溶接電流値から定常プラズマ溶接電流値まで次第に減少させると共に、前記ピーク電流を初期ピーク電流値から定常ピーク電流値まで次第に増加させる、
ことを特徴とするプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法。
【請求項2】
前記初期期間中は、前記ピーク期間を初期ピーク期間から定常ピーク期間まで次第に長くする、
ことを特徴とする請求項1記載のプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法。
【請求項3】
前記初期期間中は、前記再前進送給の送給速度を初期送給速度から前記定常送給速度まで次第に加速させる、
ことを特徴とする請求項1又は2記載のプラズマミグ溶接のアークスタート制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−61477(P2012−61477A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−205283(P2010−205283)
【出願日】平成22年9月14日(2010.9.14)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【Fターム(参考)】