説明

プラント運転制御装置

【課題】短い制御周期で運転操作量を算出するプラント制御装置を提供する。
【解決手段】プラントのプロセスを模擬した非線形モデルにより、流入量及び流入水質の履歴及び運転操作量の履歴から現在のプラント状態量を推定し、推定された状態量近傍で非線形モデルを線形化し、入力制約条件,出力制約条件及び最小化制約条件とを設定する制約条件設定手段と、流入水の流入量及び流入水質,制約条件に基づいて線形モデルを用いて運転機器の運転操作量を算出する運転操作量算出手段と、線形モデルにより算出された処理水質と、計測された処理水質との誤差である線形誤差が、線形許容誤差を超過した場合は、プラント状態量推定手段及び線形モデル作成手段により線形モデルを作成する線形モデル検証手段とを備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、線形モデルを用いて、特に下水処理場の処理水質や温室効果ガス排出量を制御するプラント運転制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
下水処理プロセスでは、環境保全の立場から、従来の有機物除去に加えて、窒素,リン等の複数の水質基準を満たす運転が求められてきた。このような運転を実現するため、下水処理プロセスを数理的なモデルで表し、制御に用いるといった試みがなされている。
【0003】
下水処理プロセスのモデルとして、例えば[特許文献1]に記載のように、複数の生物反応槽と最終沈殿池を対象に、非線形の水理モデルと生物反応モデルで構成したものがある。生物反応モデルとしては、微生物の増殖,自己分解,脱窒,硝化などのプロセスによる微生物,汚濁物質,窒素,リンなどの成分の濃度変動を表しており、一般的な例として、1995年に国際水環境協会(IWAQ)が発表した[非特許文献1]が挙げられる。
【0004】
この下水処理プロセスのモデルを用い、プラント流入量である流入水の流量と水質、運転操作量であるブロワや循環ポンプの流量を入力することで、プラント状態量である各槽の水質や、プラント出力量である処理水の水質が算出される。
【0005】
数理的なモデルを制御に適用する場合、非線形モデルでは計算負荷が大きくなるため、線形化した線形モデルを用いることが一般的である。線形モデルは、非線形モデルをある状態量、例えば、計算に用いる各槽での水質値の近傍でTaylor展開し、一次の偏微分係数を要素としてもつ行列で近似的に表したものである。線形化に用いた状態量近傍では、非線形モデルを良く近似する。
【0006】
線形モデルを用いる制御手法の一つに、[非特許文献2]に記載のように、モデル予測制御がある。これは、制御対象であるプロセスの線形モデルを用いてプロセスの未来を予測し、その予測結果に基づいてブロワやポンプなどの運転操作量を決定する手法である。制約条件のもとで最適制御が可能といった特徴があり、水質基準を満たしつつ、例えばコストや温室効果ガス排出量を最小化する運転操作量を決定する制御が可能である。
【0007】
[特許文献2]では、下水処理プロセスを表す非線形モデルを線形近似して線形モデルを作成し、この線形モデルをモデル予測制御に適用している。
【0008】
モデル予測制御の制御精度を向上させるためには、線形モデルの取扱いが重要となる。下水処理プラントの状態量が、線形モデルの作成時の状態量の近傍であれば、高精度の制御が可能であるが、両者が乖離するに従い、制御精度が低下する。この対策として、[特許文献2]では、制御周期(観測周期)毎に、非線形モデルの計算により実下水処理プラントの状態量を推定し、その状態量で線形モデルを再び作成し、線形モデルをモデル予測制御に適用する。これにより、制御精度の維持を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2001−137881号公報
【特許文献2】特開2002−373002号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】「活性汚泥モデルNo.2」(IWAQ:IWAQ Scientific and Technical Report No.3, Activated Sludge Model No.2,1995)
【非特許文献2】J. M. Maciejowski著,足立修一,管野政明訳,モデル予測制御 制約のもとでの最適制御,東京電機大学出版局(2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述した通り、[特許文献2]に記載の方法では、(1)非線形モデルでの演算で状態量推定、(2)推定した状態量近傍で線形モデル作成、(3)作成した線形モデルをモデル予測制御に適用し、プラントの最適運転操作量を導出、(4)導出した運転操作量を下水処理プラントへ入力するという、プロセス(1)〜(4)を一周期として下水処理プラントを制御する。しかし、プロセス(1),(2)は計算負荷が大きいため、制御の一周期が長くなり、制御の精度が低下するといった課題があった。
【0012】
本発明の目的は、短い制御周期で運転操作量を算出するプラント制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するために、本発明は、プラントのプロセスを模擬した非線形モデルにより、流入水の流入量及び流入水質の履歴及び運転機器の運転操作量の履歴から現在のプラント状態量を推定するプラント状態量推定手段と、プラント状態量推定手段により推定された状態量近傍で前記非線形モデルを線形化する線形モデル作成手段と、運転機器の運転操作量の制約条件である入力制約条件、処理水質の制約条件である出力制約条件及び運転操作量を変数とする目的関数を最小化する最小化制約条件とを設定する制約条件設定手段と、流入量算出手段で算出された流入水の流入量及び流入水質、制約条件設定手段により設定された制約条件に基づいて線形モデルを用いて運転機器の運転操作量を算出する運転操作量算出手段と、線形モデルにより算出された処理水質と、流出量算出手段で算出された処理水質との誤差である線形誤差が、予め設定した線形許容誤差を超過した場合は、プラント状態量推定手段及び線形モデル作成手段により線形モデルを作成する線形モデル検証手段とを備えたものである。
【0014】
また、プラントのプロセスを模擬した非線形モデルを線形化する線形モデル作成手段と、運転機器の運転操作量の制約条件である入力制約条件、処理水質の制約条件である出力制約条件及び運転操作量を変数とする目的関数を最小化する最小化制約条件とを設定する制約条件設定手段と、流入量算出手段で算出された流入水の流入量及び流入水質、制約条件設定手段により設定された制約条件に基づいて線形モデルを用いて運転機器の運転操作量を算出する運転操作量算出手段と、線形モデルにより算出された処理水質と、制約条件設定手段で設定された出力条件の上限値との誤差である制御誤差が、予め設定した制御許容誤差を超過した場合は、出力条件の上限値をそれよりも小さい第二の出力条件に変更する第二出力条件算出手段とを備えたものである。
【0015】
また、線形モデルにより算出された処理水質と、制約条件設定手段で設定された出力条件の上限値との誤差である制御誤差が、予め設定した制御許容誤差を超過した場合は、運転機器の運転操作量を修正する第二運転条件算出手段とを備えたものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、例えば温室効果ガス排出量と複数の処理水水質を最適化するために、ブロワ,循環ポンプ,返送ポンプなどの複数の運転操作量を精度良く決定できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施例1である下水処理プラントの構成図。
【図2】本実施例のプラント運転制御装置のフローチャートを示す図。
【図3】本実施例のプラント運転制御装置の実測値と線形モデルの計算結果のグラフを表示する画面例を示す図。
【図4】本実施例のプラント運転制御装置の線形誤差と線形許容誤差のグラフを表示する画面例を示す図。
【図5】本実施例の制御頻度を説明する図。
【図6】本発明の実施例2である下水処理プラントの構成図。
【図7】本実施例のプラント運転制御装置のフローチャートを示す図。
【図8】本実施例のプラント運転制御装置の制御誤差が許容誤差を超過した場合の画面例を示す図。
【図9】本実施例のプラント運転制御装置の制御誤差と制御許容誤差のグラフを表示する画面例を示す図。
【図10】本実施例のプラント運転制御装置の処理水水質の実測値と出力制約条件の上限値のグラフを表示する画面例を示す図。
【図11】本実施例のプラント運転制御装置の出力制約条件の上限値と処理水水質と運転操作量の変動を表す図。
【図12】本発明の実施例3である下水処理プラントの構成図。
【図13】本実施例のプラント運転制御装置のフローチャートを示す図。
【図14】本実施例のプラント運転制御装置の処理水水質と運転操作量の変動を表す図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の各実施例を図面により説明する。
【実施例1】
【0019】
本発明の実施例1を図1から図5を用いて説明する。図1は、実施例1のプラント運転制御装置を具備した下水処理プラントの構成図である。
【0020】
下水処理プラント1に流入する流入水2は、下水処理プラント1で処理され、処理水3となり流出する。下水処理プラント1は、少なくとも生物反応槽と最終沈殿池とで構成され、生物反応槽で曝気するためのブロワや、最終沈殿池で沈降した汚泥を生物反応槽へ返送する返送ポンプなどを備え、設定された運転操作量で運転される。
【0021】
本実施例のプラント運転制御装置は、この運転操作量を最適制御するために、プラント流入量算出手段10と、プラント流出量算出手段11と、運転操作量計測手段12と、プラント状態量推定手段21と、線形モデル作成手段22と、最適運転操作量算出手段23と、制約条件設定手段24と、線形モデル検証手段30と、出力手段40で構成される。
【0022】
このように構成されたプラント運転制御装置は、図2に示すフローチャートに従って、次のように動作する。図2は、制御開始からある時間が経過した後の一制御周期における処理を示す。
【0023】
ステップS1で、流入水2の流入水水量と、全窒素濃度,全リン濃度などの流入水水質を、プラント流入量算出手段10により算出する。処理水3の処理水水質をプラント流出量算出手段11により算出する。
【0024】
流入水水質,流出水水質のいずれも制御に用いるため、リアルタイムで算出することが望まれる。算出方法として、制御に必要な水質をオンライン計測装置で直接的に計測しても良く、オンライン計測装置で計測した水質から、制御に必要な水質を間接的に推定しても良い。
【0025】
ステップS2で、制約条件設定手段24で設定した制約条件である入力制約条件と出力制約条件を読み込む。
【0026】
入力制約条件は、運転操作量の制約条件で、ブロワ送風量の上限値と下限値などである。出力制約条件は、例えば、生物化学的酸素要求量(BOD)20mg/L,全窒素30mg/L,全リン3mg/Lなどの処理水水質の上限値や、下水処理場全体の温室効果ガス排出量の最小化などである。
【0027】
ステップS3で、下水処理場におけるブロワ送風量や返送ポンプ流量などの運転機器の運転操作量を計測する。
【0028】
ステップS4で、一制御周期前の制御に用いた線形モデルを読み込む。
【0029】
ステップS5で、線形モデル検証手段30により、ステップS4で読み込んだ線形モデルとステップS1で算出した流入水流量,流入水水質の実測値に基づいて、線形モデルによる処理水水質の値を算出する。次に、算出された処理水質の値と、処理水水質の実測値を比較する。
【0030】
その際、線形モデル作成時の両者の処理水水質の値を一致させ、その後の誤差を線形誤差として測定する。また、線形モデルには入力に対する出力の時間遅れが存在することから、線形モデルへの入力データには比較時点より過去のデータもあわせて用いる。その期間は、例えば、下水処理場の水理学的滞留時間よりも長く取る。
【0031】
時刻Tの線形誤差Δylは、例えば、数1で定義される。
【0032】
【数1】

【0033】
ここで、時刻tにおける処理水水質の実測値をyp、線形モデルによる処理水水質をyl、τは積分時間、K1,K2,K3は0または正の定数である。Δyl,yp,ylは水質の項目数の次数を持つベクトル量である。数1はPID制御における操作量の変化と同じ形式である。なお、線形誤差Δylに、数1の右辺の時間平均値を用いても良い。
【0034】
比較した結果、線形誤差Δylが予め設定した線形許容誤差Elを超過した場合、線形モデルが実現象を正しく再現していないと判断して、ステップS5−1に進む。線形誤差Δylが線形許容誤差El以下の場合は、ステップS6に進む。
【0035】
線形許容誤差Elは水質の項目数の次数を持つベクトル量でも良い。この場合、例えば、線形誤差Δylと線形許容誤差Elを水質項目の成分毎に比較して、一つまたは複数の成分で線形誤差Δylが線形許容誤差Elより大きくなると、線形誤差Δylが線形許容誤差Elを超過したと判断する。
【0036】
線形許容誤差Elはスカラー量でも良い。この場合、線形誤差Δylの各水質項目の成分量とそれに対応する重み係数から作成したスカラー量と、線形許容誤差Elを比較する。作成したスカラー量が線形許容誤差Elより大きくなる場合、線形誤差Δylが線形許容誤差Elを超過したと判断する。
【0037】
ステップS5−1で、制御対象である下水処理プロセスを模擬した非線形モデルを読み込む。
【0038】
ステップS5−2で、一制御周期以前の流入水水量と流入水水質の履歴を読み込み、ステップS5−3で、一制御周期以前の運転操作量の履歴を読み込む。
【0039】
ステップS5−4では、プラント状態量推定手段21により、ステップS5−1で読み込んだ非線形モデルに、ステップS1とステップS5−2で取得した流入水流量,流入水水質の履歴と、ステップS3,ステップS5−3で取得した運転操作量の履歴を入力し、下水処理プラント1の現在の状態量を推定する。
【0040】
ステップS5−5で、線形モデル作成手段22で、ステップS5−1で読み込んだ非線形モデルを、ステップS5−4で算出した状態量近傍で線形化し、線形モデルを作成する。
【0041】
ステップS6で、最適運転操作量算出手段23により、ステップS1で算出した流入水流量と流入水水質,処理水水質に基づいて、ステップS2で読み込んだ制約条件を満足するために最適な運転操作量である運転操作量、例えばブロワ送風量や返送ポンプ流量などを、線形モデルを用いたモデル予測制御により算出する。算出される運転操作量を表すベクトルをuとし、数2で表す。
【0042】
【数2】

【0043】
ここで、流入流量と流入水水質を表すベクトルをx、実測した処理水水質を表すベクトルをypとし、線形モデルを用いた予測制御を関数Fで表している。この関数Fの制約条件は数3,数4,数5で示す通りとなる。
【0044】
【数3】

【0045】
【数4】

【0046】
【数5】

【0047】
ここで、各変数の添字のminとmaxは、下限値と上限値を表す。
【0048】
数3は、入力制約条件、数4は、出力制約条件、数5は、最小制約条件である。数5は、温室効果ガス排出量を最小化する制約条件であり、関数Vは、運転操作量のベクトルuと、下水処理プロセスで排出される複数の温室効果ガスを表すベクトルであるygを変数とした評価関数である。なお、数5の最小化対象は、処理場全体のコストでもよい。
【0049】
ステップS5で、線形誤差Δylが線形許容誤差Elより大きいと判断された場合、算出に用いる線形モデルはステップS5−5で作成されたものである。線形誤差Δylが線形許容誤差El以下と判断された場合は、ステップS4で読み込んだ線形モデルを用いる。
【0050】
ステップS7では、ステップS6で算出した運転操作量を、ブロワや返送ポンプなどの運転機器に入力し、下水処理場の運転を制御する。
【0051】
ステップS8で、ステップS1で算出した処理水水質の実測値と、ステップS5で算出した線形モデルによる処理水水質の時間履歴を、出力手段40で同じグラフ上に表示する。図3は、この表示例を示す図である。この他に、ステップS5で算出した線形誤差Δylと線形許容誤差Elの時間履歴を同じグラフ上に表示しても良い。図4は、この表示例を示す図である。表示する出力手段40はモニタなどでも良い。
【0052】
以上のように、ステップS5での線形モデルの検証結果に基づいて、計算負荷が大きいステップS5−4での状態量推定とステップS5−5の線形モデル作成の演算頻度を減らすことができるので、制御周期毎に演算する従来方式場合と比較して、一定期間内の制御頻度を増加でき、制御精度を向上できる。
【0053】
図5を用いて制御頻度の増加したことによる効果を説明する。図5に示すプロセス(1)〜(5)は、図2に示すフローチャートのステップと対応しているが、S1〜S4およびS8は短時間で処理されるので、省略している。
【0054】
(a)従来方法では、(1)非線形モデルで状態量を推定し、(2)線形モデルを作成し、(3)最適運転操作量を導出し、(4)プラントへ運転操作量を入力するという、プロセス(1)〜(4)を繰り返す。すなわち、図2でのステップS4から、毎回ステップS5−1に移行する処理となる。(1)及び(2)は、他のプロセスと比較して演算時間が長い。図5に示す例では、制御周期毎に(1)〜(4)を繰り返して、ラントの制御を2回実施している場合を示している。
【0055】
これに対して、(b)本実施例の方法では、プロセス(5)で線形モデルを検証し、線形誤差が線形許容誤差より小さい場合は、新しく線形モデルを作成しないで、プロセス(3)の最適運転操作量を導出し、プロセス(4)のプラントへ運転操作量を入力する。
【0056】
プロセス(5)での線形誤差が線形許容誤差より大きい場合として、例えば、下水処理プラントに流入する下水の水質が大きく変動する大雨時に各処理槽の状態量(水質)が変動する場合が挙げられる。非定常時の現象であり、頻度は少ない。したがって、定常時は、本実施例の方法ではプロセス(5)→(3)→(4)で一周期となり、従来方法のプロセス(1)→(2)→(3)→(4)と比較して、制御頻度を増加でき、制御精度を向上できる。
【実施例2】
【0057】
本発明の実施例2を図6から図11を用いて説明する。図6は、実施例2のプラント運転制御装置を具備した下水処理プラントの構成図である。実施例1の線形モデル検証手段30の代わりに、最適運転操作量算出手段23に第二出力制約条件算出手段25を設けている。
【0058】
このように構成されたプラント運転制御装置は、図7に示すフローチャートに従って、次のように動作する。図7も、制御開始からある時間が経過した後の一制御周期における処理を示す。
【0059】
ステップS1〜ステップS4の処理は、実施例1と同様である。ステップS5で、最適運転操作量算出手段23により、ステップS1で算出した処理水水質とステップS2で読み込んだ出力制約条件の上限値に基づいて制御モデルの妥当性を検証する。
【0060】
処理水水質と出力制約条件の誤差である制御誤差Δycは、処理水質をyp、出力制約条件の上限値をypmaxとして、例えば、数6で表す。
【0061】
【数6】

【0062】
ここでK1,K2,K3は0または正の定数である。数6は、PID制御における操作量の変化と同じ形式である。なお、制御誤差Δycに、数6の右辺の時間平均値を用いても良い。
【0063】
比較した結果、制御誤差Δycが予め設定した制御許容誤差Ecを超過した場合は、制御モデルが妥当でないと判断して、ステップS5−1に進む。制御許容誤差Ec以下の場合は、ステップS6に進む。
【0064】
制御許容誤差Ecは、水質の項目数の次数を持つベクトル量でも良い。この場合、例えば、制御誤差Δycと制御許容誤差Ecを水質項目の成分毎に比較して、一つまたは複数の成分で制御誤差Δycが制御許容誤差Ecより大きくなると、制御誤差Δycが制御許容誤差Ecを超過したと判断する。
【0065】
制御許容誤差Ecは、スカラー量でも良い。この場合、制御誤差Δycの各水質項目の成分量とそれに対応する重み係数から作成したスカラー量と、制御許容誤差Ecを比較する。作成したスカラー量が制御許容誤差Ecより大きくなる場合、制御誤差Δycが制御許容誤差Ecを超過したと判断する。
【0066】
ステップS5−1で、出力手段40であるモニタの画面上などに制御誤差が制御許容誤差を超過した旨を表示する。図8にこの例を示す。この例では超過した場合の処理をサブモードと呼称している。サブモードは制御精度が低下している状態である。図8に示す例では、画面の右上にサブモードと表示することで、下水処理プラントの運転員に注意を促す。なお、音声で超過した旨を伝達しても良い。
【0067】
ステップS5−2で、第二出力制約条件算出手段25により、第二出力制約条件yp*を算出する。第二出力制約条件は出力制約条件と同様に処理水水質の上限値y*pmaxを持つ。ステップS5で誤差があると判断した場合、y*pmaxは、出力制約条件の上限値ypmaxよりも小さくなる。出力制約条件と第二出力制約条件の上限値の差分ypmax−y*pmaxは、例えば、ステップS5での制御誤差Δycの定数倍としても良い。
【0068】
ステップS6では、最適運転操作量算出手段23により、ステップS1で算出した流入水流量と流入水水質,処理水水質と、ステップS4で読み込んだ線形モデルに基づいて、制約条件を満足する最適な運転操作量、すなわちブロワ送風量や返送ポンプ流量などを、モデル予測制御により算出する。
【0069】
出力制約条件の上限値に、ステップS5−2の処理を実施した場合は、第二出力制約条件の上限値y*pmaxを用いる。すなわち、算出に用いる式は、実施例1で示した数2,数3,数5と、数4の出力制約条件の上限値ypmaxを第二出力制約条件y*pmaxと置き換えた数7となる。
【0070】
【数7】

【0071】
ステップS5−2の処理を実施しなかった場合は、実施例1と同様に数2〜数5を用いる。
【0072】
ステップS7では、ステップS6で算出した運転操作量を、プラントに設置したブロワや返送ポンプなどの運転機器に入力し、下水処理場の運転を制御する。
【0073】
ステップS8では、ステップS5で算出した制御誤差と制御許容誤差の時間履歴を、出力手段40で同じグラフ上に表示する。図9はこの例を示している。
【0074】
この他に、ステップS1で算出した処理水水質の実測値と、ステップS6の最適運転操作量の算出に用いた出力制約条件の上限値を同じグラフ上に表示する。図10はこの例を示している。この例では、制御途中で、全窒素濃度に関する制御誤差が制御許容誤差を超過したため、出力制約条件の上限値として、それよりも小さい第二出力制約条件の上限値を用いている。表示する出力手段40はモニタなどでも良い。
【0075】
出力制約条件に基づいて算出した運転操作量で、出力制約条件を満たせない場合は、非線形モデルが実現象を精度良く再現していないことが一因と考えられる。実施例2の方法では、この場合においても、出力制約条件を満たす最適な運転操作量で下水処理場の運転を制御できる。
【0076】
図11に、ステップS5−2の処理を実施した場合の出力制約条件の上限値と処理水水質と、運転操作量の変動の例を示す。ここでは、処理水水質を全窒素濃度とし、運転操作量をブロワ送風量とした。
【0077】
誤差があると判断される以前は、全窒素濃度を出力制約条件の上限値以下とするため、最適運転操作量算出手段23で算出された運転操作量で運転を実施した。しかし、全窒素濃度は制約条件の上限値を下回らず、ステップS5で両者には誤差があると判定された。その結果、最適運転操作量算出手段23では、ステップS5−2で算出された第二出力制約条件の上限値に基づいた計算が実施され、ブロワ送風量は向上し、全窒素濃度は減少した。結果として、本来の出力制約条件の上限値を下回った。
【0078】
以上のように、本実施例2では、線形誤差が線形許容誤差より大きくなる場合においても、計算時間を要する線形モデル作成の処理を行わなくてもよく、適切な制御を実現できる。したがって、制御毎に線形モデルを作成する従来方法と比較して、制御頻度を増加でき、制御精度を向上できる。
【0079】
なお、本実施例に、実施例1で示した線形モデル検証手段30を追加して、実施例1と同様に線形モデルを適時更新しても良い。
【実施例3】
【0080】
本発明の実施例3を図12から図14を用いて説明する。図12は、実施例3のプラント運転制御装置を具備した下水処理プラントの構成図である。本実施例では、実施例2の第二出力制約条件算出手段25の代わりに、第二運転操作条件算出手段26を設け、出力手段40を取り除いている。
【0081】
このように構成されたプラント運転制御装置は、図13に示すフローチャートに従って、次のように動作する。図13も、制御開始からある時間が経過した後の一制御周期における処理を示す。
【0082】
ステップS1〜ステップS5までは、実施例2の処理と同様である。
【0083】
ステップS5−1で、第二運転操作条件算出手段26で、第二運転操作条件を算出する。第二運転操作条件の算出には、まず、ステップS5で誤差が生じた処理水水質をその入力制約条件まで改善するために必要な運転機器の組み合わせを選定する。次に、誤差の量に応じて、運転機器の運転操作量を修正するための修正関数fを求める。運転機器jの運転操作量ujに関する修正関数fjは、例えば数8で表される。
【0084】
【数8】

【0085】
ここで、aj,bjは誤差の量に応じて決定される変数である。
【0086】
ステップS6で、最適運転操作量算出手段23で、ステップS1で算出した流入水流量と流入水水質,処理水水質と、ステップS4で読み込んだ線形モデルに基づいて、制約条件を満足する最適な運転操作量、すなわちブロワ送風量や返送ポンプ流量などを、モデル予測制御により算出する。ステップS5−1を実施した場合は実施例1で示した数2〜数4に加えて、数9の最小制約条件を用いる。
【0087】
【数9】

【0088】
数9は、一例として、運転機器jの運転操作量を修正関数により修正する場合を表している。最小制約条件における運転操作量には修正関数fjを用いるが、数2により算出される運転操作量は、ujとなる。ステップS5−1を実施しない場合は、実施例1と同様に数2〜数5を用いる。
【0089】
ステップS7で、ステップS6で算出した運転操作量を、プラントに設置したブロワや返送ポンプなどの運転機器に入力し、下水処理場の運転を制御する。
【0090】
ステップS5−1を実施した場合、入力する運転操作量を、ステップS6で算出した運転操作量ujに第二運転操作条件の修正関数fjを適用した、修正された運転操作量とする。
【0091】
出力制約条件に基づいて算出した運転操作量で、出力制約条件を満たせない場合は、非線形モデルが実現象を精度良く再現していないことが原因の一つとして考えられる。実施例3の方法では、この場合においても、出力制約条件を満たす最適な運転操作量で下水処理場の運転を制御できる。
【0092】
図14に、ステップS5−1の処理を実施した場合の処理水水質と、運転操作量の変動の例を示す。この例では、処理水水質をBOD濃度とし、運転操作量をブロワ送風量とした。誤差があると判断される以前は、BOD濃度を出力制約条件の上限値以下とするため、最適運転操作量算出手段23で算出された運転操作量で運転を実施した。しかし、BOD濃度は制約条件の上限値を下回らず、ステップS5で両者には誤差があると判定された。
【0093】
ステップS5−1では、BOD濃度を低減するため、ブロワ送風量の増加する運転方法を選定し、誤差の大きさに基づいた一定値をブロワ送風量に加える修正関数を作成した。その結果、ブロワ送風量は一定量増加し、処理水のBOD濃度は改善された。再び誤差はないと判断され、ブロワ送風量の修正は解除された。
【0094】
本実施例の方法では、最適運転操作量算出手段23で算出した運転操作量を修正するだけでなく、最小化に関する目的関数も同時に修正する。これにより、モデル予測制御による最適演算結果を反映した運転操作量をプラントに設置された運転機器に入力することができる。
【0095】
なお、本実施例に、実施例2で追加した出力手段40を加え、実施例2と同様に制御誤差が制御許容誤差を超過した旨を画面に表示,音声で伝達しても良い。
【0096】
なお、本実施例に、実施例2で追加した第二出力制約条件算出手段25を加え、実施例2と同様に、制御誤差Δycに基づき第二出力制約条件を算出し、出力制約条件を可変としても良い。
【0097】
以上のように、本実施例の方法では、線形誤差が線形許容誤差より大きくなる場合においても、計算時間を要する線形モデル作成の処理を行わなくてもよく、適切な制御を実現できる。したがって、制御毎に線形モデルを作成する従来方法と比較して、制御頻度を増加でき、制御精度を向上できる。
【0098】
なお、本実施例に、実施例1で示した線形モデル検証手段30を追加して、実施例1と同様に線形モデルを適時更新しても良い。
【符号の説明】
【0099】
1 下水処理プラント
2 流入水
3 処理水
10 プラント流入量算出手段
11 プラント流出量算出手段
12 運転操作量計測手段
21 プラント状態量推定手段
22 線形モデル作成手段
23 最適運転操作量算出手段
24 制約条件設定手段
25 第二出力制約条件算出手段
30 線形モデル検証手段
40 出力手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
計測値からプラントの流入水の流入量及び流入水質を算出する流入量算出手段と、計測値から前記プラントの処理水の処理水質を算出する流出量算出手段と、前記プラントのプロセスを模擬した非線形モデルにより、前記流入水の流入量及び流入水質の履歴及び運転機器の運転操作量の履歴から現在のプラント状態量を推定するプラント状態量推定手段と、該プラント状態量推定手段により推定された状態量近傍で前記非線形モデルを線形化する線形モデル作成手段と、前記運転機器の運転操作量の制約条件である入力制約条件、前記処理水質の制約条件である出力制約条件及び前記運転操作量を変数とする目的関数を最小化する最小化制約条件とを設定する制約条件設定手段と、前記流入量算出手段で算出された流入水の流入量及び流入水質、前記制約条件設定手段により設定された制約条件に基づいて前記線形モデル作成手段により作成された線形モデルを用いて前記運転機器の運転操作量を算出する運転操作量算出手段と、前記線形モデルにより算出された処理水質と、前記流出量算出手段で算出された処理水質との誤差である線形誤差が、予め設定した線形許容誤差を超過した場合は、前記プラント状態量推定手段及び線形モデル作成手段により線形モデルを作成する線形モデル検証手段とを備えたプラント運転制御装置。
【請求項2】
計測値からプラントの流入水の流入量及び流入水質を算出する流入量算出手段と、計測値から前記プラントの処理水の処理水質を算出する流出量算出手段と、前記プラントのプロセスを模擬した非線形モデルを線形化する線形モデル作成手段と、前記運転機器の運転操作量の制約条件である入力制約条件、前記処理水質の制約条件である出力制約条件及び前記運転操作量を変数とする目的関数を最小化する最小化制約条件とを設定する制約条件設定手段と、前記流入量算出手段で算出された流入水の流入量及び流入水質、前記制約条件設定手段により設定された制約条件に基づいて前記線形モデル作成手段により作成された線形モデルを用いて前記運転機器の運転操作量を算出する運転操作量算出手段と、前記線形モデルにより算出された処理水質と、前記制約条件設定手段で設定された出力条件の上限値との誤差である制御誤差が、予め設定した制御許容誤差を超過した場合は、前記出力条件の上限値をそれよりも小さい第二の出力条件に変更する第二出力条件算出手段とを備えたプラント運転制御装置。
【請求項3】
計測値からプラントの流入水の流入量及び流入水質を算出する流入量算出手段と、計測値から前記プラントの処理水の処理水質を算出する流出量算出手段と、前記プラントのプロセスを模擬した非線形モデルを線形化する線形モデル作成手段と、前記運転機器の運転操作量の制約条件である入力制約条件、前記処理水質の制約条件である出力制約条件及び前記運転操作量を変数とする目的関数を最小化する最小化制約条件とを設定する制約条件設定手段と、前記流入量算出手段で算出された流入水の流入量及び流入水質、前記制約条件設定手段により設定された制約条件に基づいて前記線形モデル作成手段により作成された線形モデルを用いて前記運転機器の運転操作量を算出する運転操作量算出手段と、前記線形モデルにより算出された処理水質と、前記制約条件設定手段で設定された出力条件の上限値との誤差である制御誤差が、予め設定した制御許容誤差を超過した場合は、前記運転機器の運転操作量を修正する第二運転条件算出手段とを備えたプラント運転制御装置。
【請求項4】
前記線形モデルにより算出された処理水質と、前記制約条件設定手段で設定された出力条件の上限値との誤差である制御誤差が、予め設定した制御許容誤差を超過した場合は、前記出力条件の上限値をそれよりも小さい第二の出力条件に変更する第二出力条件算出手段とを備えた請求項1又は3に記載のプラント運転制御装置。
【請求項5】
前記線形モデル作成手段は、前記プラントのプロセスを模擬した非線形モデルにより、前記流入水の流入量及び流入水質の履歴及び運転機器の運転操作量の履歴から現在のプラント状態量を推定するプラント状態量推定手段と、該プラント状態量推定手段により推定された状態量近傍で前記非線形モデルを線形化するものである請求項2又は3に記載のプラント運転制御装置。
【請求項6】
前記出力制約条件と前記処理水との誤差である制御誤差が、予め設定した制御許容誤差を超過した場合、前記運転操作量を変数とする修正関数を算出する第二運転操作量条件算出手段を具備し、前記最適運転操作量算出手段は、前記目的関数の変数である前記運転操作量の代替えとして前記修正関数を用いる請求項1又は2に記載のプラント運転制御装置。
【請求項7】
前記線形モデルで算出された処理水質と前記流出量算出手段で算出された処理水質の時間履歴を画面にグラフとして表示する出力手段を備えた請求項1から3のいずれかに記載のプラント運転制御装置。
【請求項8】
前記線形誤差と前記線形許容誤差の時間履歴を画面にグラフとして表示する出力手段を備えた請求項1から3のいずれかに記載のプラント運転制御装置。
【請求項9】
前記制御誤差が前記制御許容誤差を超過した旨を表示する出力手段を備えた請求項1から3のいずれかに記載のプラント運転制御装置。
【請求項10】
前記制御誤差が前記制御許容誤差を超過した旨を音声で伝達する出力手段を備えた請求項1から3のいずれかに記載のプラント運転制御装置。
【請求項11】
前記出力制限条件と前記流出量算出手段で算出された処理水質の時間履歴を画面にグラフとして表示する出力手段を備えた請求項1から3のいずれかに記載のプラント運転制御装置。
【請求項12】
前記最小制約条件として、少なくとも温室効果ガス排出量の最小化を備えた請求項1から11のいずれかに記載のプラント運転制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2010−194445(P2010−194445A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−41636(P2009−41636)
【出願日】平成21年2月25日(2009.2.25)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】