説明

プレキャストパネルを使用した建造物の構造

【課題】建設現場におけるコンクリート打設作業を不要とし、建造物の建築や補修のための作業を容易にできるPCパネルを使用した建造物の構造を提供する。
【解決手段】PCパネル1を使用した建造物の構造では、接合されるPCパネル1の各々の接合面1aからCr含有量が5質量%以上の鉄筋2を突出させ、鉄筋2どうしを機械式継手4により結合する。PCパネルの接合面1aから突出させる鉄筋2は、PCパネル1本体に埋設される鉄筋2の端部であり、そのCr含有量は5質量%以上とする必要があり、好ましくは10.5質量%以上である。機械式継手4は、カプラーに鉄筋を挿入して接合し接合剤を充填して固定する型式のものが好適である。なお、カプラーを有する型式のものを使用する場合、カプラーは、ステンレス鋼製または塗装防食鋼製であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレキャストパネルを使用した建造物の構造に関する。
【背景技術】
【0002】
建造物を構築する際、建設現場でのコンクリート打設作業に要する時間を短縮するなどの目的で、プレキャストコンクリート版(或いは、プレキャストパネル、以下、PCパネルとする)が広く使用されている。PCパネルは、工場などで形成されたコンクリート構造体であり、これを並べることによりコンクリートの建造物を構築することができ、PCパネルそのものやその施工方法に関する多くの提案がなされている。特に、複数のPCパネルを並べる場合、その接合部がPCパネル本体と同様の耐久性を持つことが必要となるため、その接合方法に関する提案も多くなされており、例えば、橋梁の床版として使用する場合の接続に関する方法として、実開昭58−33604号公報に開示されたコンクリート構造物の接続構造、実用新案登録第3090060号公報に開示されたプレキャスト床版の継目部の構造、特開2004−27506号公報に開示されたプレキャストコンクリート床版の継手構造がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】実開昭58−33604号公報
【特許文献2】実用新案登録第3090060号公報
【特許文献3】特開2004−27506号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一方、PCパネルを使用して建造物を構築する場合、建造物全体を建設現場におけるコンクリート打設で構築する場合と比較し、工期を短縮できるという利点があることから、その様々な応用が考えられる。そして、その典型として、橋脚構造があげられる。道路構造物の建設工事では、用地買収等の遅れにより橋脚施工の着手が遅れた場合、道路開通の全体工程に大きく影響することがある。そのような場合、全体工程の短縮のために橋脚の急速施工が求められる。従来、橋脚の急速施工では、鋼製橋脚が採用されていたが、この場合、道路橋の完成後に、塗替え塗装や溶接部亀裂の点検、補修といった維持管理に要する費用が嵩むという問題があった。
【0005】
また、PCパネルを使用して建造物を構築する場合の他の利点として、既設の建造物に手を加えることなく簡単に追加施工できることから、その応用として、既設建造物をPCパネルで囲う耐震補強構造が考えられる。更に、複数のPCパネルにより構築した建造物では、その一部が破損した場合、その破損の生じたPCパネルのみを交換することによる補修も可能であることから、その応用として、橋梁の壁高欄をPCパネルで構築することが考えられる。
【0006】
しかしながら、PCパネルを使用した従来の建造物では、PCパネルの接続部分における腐食を防止し、接続部にPCパネル本体と同等の耐久性を持たせるため、接続部にコンクリートを打設する必要があった。そのため、建造物全体を建設現場におけるコンクリート打設で構築する場合と比較して作業を削減し工期を短縮できるものの、依然としてコンクリート打設のための作業や時間が必要となる問題があった。
【0007】
また、複数のPCパネルにより構築した建造物であっても、PCパネルの接合部にコンクリートが打設されていることから、その一部が破損した場合であっても、その補修には大がかりな掘削作業が必要となっていた。
【0008】
そこで、本発明は、建設現場におけるコンクリート打設作業を不要とし、建造物の建築や補修のための作業を容易にできるPCパネルを使用した建造物の構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るPCパネルを使用した建造物の構造では、そのいずれにおいても、接合されるPCパネルの各々の接合面からCr含有量が5質量%以上の鉄筋を突出させ、前記鉄筋どうしを機械式継手により結合する。
【0010】
前記接合されるPCパネルの各々の接合面から突出した鉄筋どうしの、少なくとも一方が曲がり鉄筋であってもよい。
【0011】
本発明において、PCパネルの接合面から突出させる鉄筋は、PCパネル本体に埋設される鉄筋の端部である。従って、鉄筋の組成は、PCパネルの使用される状況に応じて適宜決めればよい。ただし、Cr含有量については5質量%以上とする必要がある。その理由について説明する。ステンレス鋼便覧−第3版−(1995年1月24日 日刊工業新聞社発行)p.564図4.20(R.J.Schmitt and C.X. Mullen:ASTM STP 454(1969)p.124から引用)のFe−Cr合金の8年間大気暴露結果に及ぼすCr量の影響と題した図(図8)に示されるように、Cr量が増加するに従い、大気中での腐食量(平均浸食深さ)は抑制される。これは、Cr量が多いほどステンレス鋼表面の不動態皮膜が安定で強固なものになり、母地が腐食から保護されるからである。Cr量が5質量%以上含有される鋼材は、Crを0〜1質量%程度しか含有されない鋼材に比べ、海塩粒子付着の少ない半田園地帯や工業地帯において、平均浸食深さが1/4以下となり腐食が抑制されるためCr含有量については5質量%以上とする。さらに殆ど腐食を発生させないためにはCr量を10.5%以上とする。この場合、中程度海岸のような海塩粒子付着の多い地帯においてもCrを0〜1質量%程度しか含有されない鋼材に比べ、平均浸食深さは1/6以下となる。但し海洋など腐食環境がさらに厳しくなる場合は、腐食を抑制するためにCr量を増やしたりあるいはNiやMo等の有効元素を加えたステンレス鋼を使用することが望ましい。
【0012】
本発明において、機械式継手は、鉄筋どうしを、溶接などによらず機械的につなぎ合わせる継手であり、例えば、グラウトなどの接合剤を充填する孔を備えた筒材(カプラー)に鉄筋を挿入して接合し、カプラーに接合剤を充填して固定する型式のものが好適である。なお、カプラーを有する型式のものを使用する場合、カプラーは、ステンレス鋼製または塗装防食鋼製であることが好ましい。
【0013】
前記接合されるPCパネルの各々の接合面に、相互に適合する嵌合部を設けてもよい。相互に適合する嵌合部とは、例えば、一方の面の突出部が、他方の面に形成された凹部に嵌まり込むことで密着する部位である。ただし、双方の面が強固に密着するものであればその構造に制限はなく、どちらか一方の面に突出部のみを、他方の面に凹部のみを設けた構造や、双方の面に突出部と凹部を交互に設けた櫛歯構造など、使用状況に好適な構造とすればよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係るPCパネルを使用した建造物の構造では、PCパネルから突出させた鉄筋どうしを機械式継手により結合することで、PCパネルの接合部における耐久性を確保することが可能となる。従って、接合部にコンクリートを打設する必要が無く、パネルを組立てる要領で、容易かつ急速な建築施工が可能となる。また、機械式継手による結合状態を解除するのみで所望のPCパネルを容易に取り外すことが可能となるため、特に壁高欄構造では、損傷した部位の補修はPCパネルの交換により行うことができ、その作業が容易なものとなる。
【0015】
また、接合されるPCパネルの接合面のそれぞれから突出した前記鉄筋どうしの、少なくとも一方を曲がり鉄筋にすることによって、直交して並ぶPCパネルどうしを接合するために、それらの鉄筋どうしをカプラーで容易に結合することができる。
【0016】
鉄筋の発錆に対する耐久性は、海水由来の飛来塩分や凍結防止剤による塩分の付着が起こらない環境において、Cr含有量を5質量%以上とすることで充分なものとなる。ただし、これら塩分の付着が想定される環境においては、Cr含有量を10.5質量%以上のステンレス鉄筋とすることで、必要な耐久性を得ることができる。
【0017】
また、機械式継手として、カプラーに接合剤を充填して固定する型式のものを使用する場合、カプラーをステンレス鋼製または塗装防食鋼製とすることで接合部の耐久性を更に向上させることができる。
【0018】
更に、接合されるPCパネルの各々の接合面に、相互に適合する嵌合部を設けた場合、嵌合部を介して密着固定されたPCパネルは、その設置後における相対位置が固定されるため、鉄筋の端部の結合作業を円滑に行うことができる。また、接合されるPCパネルどうしが密着固定されることから、その接合状態をより強固なものにすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に係るPCパネルを使用した耐震補強構造を概念的に示し、(a)は接合される前の状態を示す斜視図、(b)は接合された状態の斜視図である。
【図2】同耐震補強構造の機械的継手による接合部を拡大して示す正面図である。
【図3】同耐震補強構造を採用した巻き立て工法により補強された橋脚の概観を示す斜視図である。
【図4】図3の巻き立て工法においてフーチングに対する固定構造を示し、(a)はPCパネルから突出するステンレス鉄筋とあと施工アンカーとの接合状態を示すフーチング近傍の側面図、(b)はあと施工アンカーが施工された状態にあるフーチングを示す斜視図である。
【図5】従来の巻き立て工法におけるフーチングに対する固定構造を示すフーチング近傍の側面図である。
【図6】曲がり鉄筋を使用した接合構造を示し、(a)は斜視図、(b)は平面図である。
【図7】二つの曲がり鉄筋を使用した構造を示す平面図である。
【図8】Fe−Cr合金の8年間大気暴露結果に及ぼすCr量の影響を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
図1〜4を参照しながら、本発明に係るPCパネルを使用した耐震補強構造の実施例を説明する。なお、図1〜4において、構造の理解を容易にするための便宜上、一部の部位が強調して示されており、各部位の大きさの相対関係は正確ではない。
【0021】
この耐震補強構造は、図3に示すように、橋脚10の周囲に巻き立て工法によって配置されるPCパネル1により構築したものとなっている。PCパネル1は、内部に、Cr含有量が5質量%以上のステンレス鉄筋2が配置されたもので、それらステンレス鉄筋2の端部2aは、図1に示すように、接合面1aからを突出したものとなっている。また、接合面1aには、ステンレス鉄筋2の端部2aと同方向に突出する嵌合片3が櫛歯状に複数設けられている。そして、ステンレス鉄筋2の端部2aは、隣接する別のPCパネル1の接合面1aから突出しているステンレス鉄筋2の端部2aと機械式継手4により結合されるとともに、嵌合片3(本発明の嵌合部に相当)が、隣接する別のPCパネル1の接合面1aから突出している嵌合片3の間隙にはめ込まれ結合されている。なお、図3においては、説明の便宜上、機械的継手4の図示は省略する。
【0022】
機械的継手4には、図2に示すように、カプラー5にステンレス鉄筋2の端部2aを挿入して接合したうえ、モルタルを充填して固定する型式のものが採用されている。そして、カプラー5は、ステンレス鋼製となっている。ただし、機械的継手3は、ステンレス鉄筋2を機械的に強固に結合できるものであれば制限はなく、その他の型式のものを適宜使用してもよい。
【0023】
従来の接合方法を採用した巻き立て工法では、PCパネル1の一体化を図るためその内部にグラウトを注入する必要があったところ、この構造を採用した場合、接合部6における耐久性を確保することが可能となるため、パネルを組立てる要領で、容易かつ急速な建築施工が可能となる。
【0024】
また、従来の接合方法を採用した巻き立て工法では、曲げ耐力向上を図るためフーチング11に対し、図4(b)に示すようにあと施工アンカー12を施工し、橋脚基部にコンクリートを打設して、図5に示すような、あと施工アンカーを含めた鉄筋コンクリート巻き立て部13を構築する必要があった。これに対し、この構造を採用した場合、最下段に配置されるPCパネル1の接合面1aから突出するステンレス鉄筋2の端部2aをあと施工アンカー12と機械的継手4で接合することにより、巻き立て部(橋脚10周囲におけるPCパネル1の積層部)が基礎に対して充分な強度で固定されることになる。従って、基部に対する固定の点においても、容易かつ急速な建築施工が可能となる。
【0025】
嵌合片3は必要に応じて設ければよいが、これを設けることにより、PCパネル1どうしを密着固定し、その設置後における相対位置を固定することで、ステンレス鉄筋2の端部2aの結合作業を円滑に行うことができる。なお、嵌合片3はエポキシパテ等で後埋めを行うことが好ましいものの、その作業にはそれほどの手間を必要としないため、施工工程に深刻な影響を与えるおそれはない。
【0026】
PCパネル1を形成するコンクリートの組成等は、使用状況に応じて適宜決めればよいが、PCパネル1の運搬・架設時・完成時などの必要に応じて高強度コンクリートとすることがこのましい。また、必要に応じてPCパネル内に配筋したステンレス鉄筋2にプレストレスを導入することが好まし。プレストレスを導入する場合は、プレストレス導入用のステンレス製PC鋼材を用いてもよく、その場合、PCパネル内の鋼材はアンボンドとすることが好ましい。
【0027】
図3に示すPCパネル1の垂直に立ち上がった端面については、一方のPCパネル1の端面を他方のPCパネル1の裏面に付き合わせて接合するものとされているが、これを、水平の接合面1aと同様の構造とすることができる。ただし、その場合は、接合されるPCパネル1、1の各々の接合面から突出した鉄筋どうしの、少なくとも一方を曲がり鉄筋とすることが好ましい。図6に、曲がり鉄筋を使用した構造の実施例を示す。なお、図6において、図1〜図4に示す構造と実質的に同一の部分には同符号を付し、その説明を省略又は簡略化する。
【0028】
図6に示す構造において、接合されるPCパネル1、1の直交する接合面1b、1bの各々から突出したステンレス鉄筋2の一方の端部2bは、曲がり鉄筋とされている。そして、曲がり鉄筋とされている端部2bと、直状の端部2aは、カプラー5を介して結合されている。
【0029】
接合されるPCパネル1、1の直交する接合面1b、1bの各々から突出したステンレス鉄筋2は、その双方の端部を曲がり鉄筋としてもよい。図7に、二つの曲がり鉄筋を使用した構造の実施例を示す。図7において、図1〜図6の構造と実質的に同一の部分には同符号を付し、その説明を省略又は簡略化する。
【0030】
図7に示す構造において、接合されるPCパネル1、1の直交する接合面1b、1bの各々から突出したステンレス鉄筋2の双方の端部2bは、曲がり鉄筋とされている。そして、これら両端部2b、2bは、カプラー5を介して結合されている。
【0031】
なお、上記耐震補強構造の接合手法は、上記巻き立て工法に限定されず、その他の施工においても適用することが可能である。例えば、橋脚そのものの構築にも好適である。上記接合手法を使用してPCパネルにより建設した橋脚構造であれば、パネルを組立てる要領で、容易かつ急速な施工を可能としながら、鋼製橋脚と比べて維持管理が容易となり費用の低減も可能となる。
【0032】
更に、壁高欄構造に適用した場合であっても、充分な耐久性を得ることが可能となり、しかも、事故等により破損した際は、破損した部位の取替え作業を容易に行うことが可能となる。
【符号の説明】
【0033】
1 PCパネル
1a、1b 接合面
2 ステンレス鉄筋
2a、2b 端部
3 嵌合片
4 機械的継手
5 カプラー
6 接合部
10 橋脚
11 フーチング
12 あと施工アンカー
13 鉄筋コンクリート巻き立て部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
接合されるプレキャストパネルの各々の接合面からCr含有量が5質量%以上の鉄筋を突出させ、前記鉄筋どうしを機械式継手により結合することを特徴とするプレキャストパネルを使用した建造物の構造。
【請求項2】
前記接合されるプレキャストパネルの接合面のそれぞれから突出した前記鉄筋どうしの、少なくとも一方が曲がり鉄筋である請求項1に記載のプレキャストパネルを使用した建造物の構造。
【請求項3】
前記接合されるプレキャストパネルの各々の接合面から突出させた前記鉄筋は、Cr含有量が10.5質量%以上のステンレス鉄筋である請求項1又は2に記載のプレキャストパネルを使用した建造物の構造。
【請求項4】
前記機械式継手のカプラーがステンレス鋼製または塗装防食鋼製である請求項1、2又は3のいずれかに記載のプレキャストパネルを使用した建造物の構造。
【請求項5】
前記接合されるプレキャストパネルの各々の接合面に、相互に適合する嵌合部を設けた請求項1〜4のいずれかに記載のプレキャストパネルを使用した建造物の構造。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−169001(P2011−169001A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−32624(P2010−32624)
【出願日】平成22年2月17日(2010.2.17)
【出願人】(505398952)中日本高速道路株式会社 (94)
【出願人】(503378420)新日鐵住金ステンレス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】