説明

プロトン伝導性高分子電解質膜とそれを用いた膜−電極接合体および高分子電解質型燃料電池

【課題】プロトン伝導基を有するポリマー鎖が基体にグラフト重合されたプロトン伝導性高分子電解質膜(グラフト電解質膜)であって、従来のグラフト電解質膜に比べて耐酸化性が向上した電解質膜を提供する。
【解決手段】フッ素樹脂またはオレフィン樹脂の基体に、プロトン伝導基を有するポリマー鎖がグラフト重合された電解質膜であって、前記ポリマー鎖が、tert-ブチル基およびプロトン伝導基を芳香環の置換基とするスチレン誘導体単位を構成単位として有する電解質膜とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロトン伝導性高分子電解質膜と、それを用いた膜−電極接合体(MEA)および高分子電解質型燃料電池(PEFC)とに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、次世代のエネルギー源として燃料電池が脚光を浴びている。特に、プロトン伝導性を有する高分子膜を電解質に用いたPEFCは、エネルギー密度が高く、家庭用コージェネレーションシステム、携帯機器用電源、自動車用電源などの幅広い分野での使用が期待される。
【0003】
電解質膜に用いる高分子として、パーフルオロカーボンスルホン酸(例えば、デュポン製「ナフィオン(登録商標)」)が一般的である。パーフルオロカーボンスルホン酸からなる膜は化学的な耐久性に優れるが、原料となるフッ素樹脂は汎用品ではなく、その合成過程も複雑であることから非常に高価である。電解質膜が高価であることは、PEFCの実用化に対する大きな障害となる。また、パーフルオロカーボンスルホン酸膜はメタノールを透過しやすいため、PEFCの1種であり、メタノールを含む溶液が燃料極に供給されるダイレクトメタノール型燃料電池(DMFC)の電解質膜に用いることは難しい。
【0004】
このような状況を背景として、現在、低コストかつメタノールの透過が抑制された炭化水素系高分子電解質膜の開発が進められている。当該電解質膜の一つに、プロトン伝導基を有するポリマー鎖が樹脂の基体にグラフト重合されたグラフト膜(例えば特許文献1)がある。グラフト膜では、一般的なフッ素樹脂またはオレフィン樹脂を基体とすることで低コスト化およびメタノール透過の抑制が図られている。基体に用いる樹脂の選択により、電解質膜としての強度向上も容易である。プロトンは、基体にグラフト重合されたポリマー鎖(グラフト鎖)により伝導される。
【0005】
ところでPEFCの運転時には、カソードにおいて過酸化水素および過酸化ラジカルが生成する。電解質膜を透過した酸素の一部が、アノードでヒドロキシラジカルに変化するとの報告もある。このため耐酸化性に優れる電解質膜が望まれるが、一般的なグラフト膜の耐酸化性はパーフルオロカーボンスルホン酸膜に比べて低く、グラフト膜を高分子電解質膜として用いた場合、経時的なプロトン伝導性の低下、即ち、発電特性の低下が生じやすい。
【0006】
特許文献2には、ラジカルを捕捉し不活性化させる作用を有するキノン化合物の分散配合により、電解質膜の耐酸化性を向上させる技術が開示されている。しかし、キノン化合物をグラフト鎖に配合することはできないため、この技術をグラフト膜に適用することは困難である。仮にグラフト膜の基体にキノン化合物を分散配合したとしても、プロトン伝導を担うグラフト鎖はキノン化合物の恩恵を受けることなく、ラジカルなどの酸化作用により切断されてしまう。
【0007】
一方、特許文献3では、架橋剤であるビスビニルフェニルエタン(BVPE)によってグラフト鎖を架橋している。架橋は、過酸化水素やラジカルによるグラフト鎖の切断を防ぎ、膜の耐酸化性を向上させる。なお、特許文献3の電解質膜におけるグラフト鎖は、スチレン、α−メチルスチレン、ビニルトルエン、トリフルオロスチレンなどのスチレン誘導体からなる単位を構成単位として有する。
【0008】
特許文献4には、一官能性モノマーおよび多官能性モノマーを順にグラフト重合させたグラフト膜が開示されている。一官能性モノマーは、例えばスチレン、α−メチルスチレン、トリフルオロスチレンであり、多官能性モノマーは、例えばジビニルベンゼン(DVB)である。
【特許文献1】特開平9−102322号公報
【特許文献2】特開2004−247155号公報
【特許文献3】特開2006−140086号公報
【特許文献4】特開2006−290159号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、プロトン伝導基を有するポリマー鎖が基体にグラフト重合されたプロトン伝導性高分子電解質膜(グラフト電解質膜)であって、従来のグラフト電解質膜に比べて耐酸化性が向上した電解質膜の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のプロトン伝導性高分子電解質膜は、フッ素樹脂またはオレフィン樹脂の基体に、プロトン伝導基を有するポリマー鎖がグラフト重合された膜であって、前記ポリマー鎖は、tert-ブチル基およびプロトン伝導基を芳香環の置換基とするスチレン誘導体単位(単位(A))を構成単位として有する。
【0011】
本発明の膜−電極接合体は、高分子電解質膜と、前記電解質膜を狭持するように配置された一対の電極とを備え、前記電解質膜が上記本発明のプロトン伝導性高分子電解質膜である。
【0012】
本発明の高分子電解質型燃料電池は、高分子電解質膜と、前記電解質膜を挟持するように配置された一対の電極と、前記一対の電極を狭持するように配置された一対のセパレータとを備え、前記電解質膜が上記本発明のプロトン伝導性高分子電解質膜である。
【発明の効果】
【0013】
本発明の電解質膜では、グラフト鎖が、tert-ブチル基およびプロトン伝導基を芳香環の置換基とするスチレン誘導体単位(A)を構成単位として有する。これにより本発明の電解質膜は、従来のグラフト電解質膜に比べて高い耐酸化性を示す。
【0014】
グラフト電解質膜では、過酸化水素やラジカルの酸化作用によるグラフト鎖の切断が生じやすく、このことがグラフト電解質膜の耐酸化性がパーフルオロカーボンスルホン酸膜よりも低い要因の一つとなっている。ポリスチレンスルホン酸単位など、tert-ブチル基を芳香環の置換基として有さないスチレン誘導体単位では、酸化によって芳香環が分解し、この分解がグラフト鎖の切断につながる。一方、tert-ブチル基を芳香環の置換基として有する単位(A)では、酸化によって芳香環が分解するよりも先にtert-ブチル基のC−C結合が切断されると考えられ、tert-ブチル基を有さない場合に比べて芳香環の分解およびグラフト鎖の切断の進行が遅くなる。即ち、tert-ブチル基は一種のラジカル捕捉基として作用すると考えられ、この作用により、本発明の電解質膜の耐酸化性が向上すると推定される。
【0015】
従来、グラフト鎖への架橋構造の導入により、酸化によるグラフト鎖の切断の抑制が試みられてきた。本発明の電解質膜は、スチレン誘導体単位にラジカル捕捉基を導入するという新たな発想に基づくものであり、従来のグラフト電解質膜とは、その技術的思想において全く異なっている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
[プロトン伝導性高分子電解質膜]
(単位(A))
スチレン誘導体単位(A)は、tert-ブチル基およびプロトン伝導基を、芳香環の置換基として有する。単位(A)は、典型的には、当該単位の芳香環における1つの水素原子がtert-ブチル基により置換され、芳香環におけるこの水素原子とは異なる1つの水素原子がプロトン伝導基により置換された構造を有する。
【0017】
単位(A)の芳香環におけるtert-ブチル基の置換位置は特に限定されない。典型的にはビニル基に対するp(パラ)位である。このときプロトン伝導基は、tert-ブチル基とは別の置換位置をとればよく、通常、ビニル基に対するo(オルト)位に位置する。このような単位(A)は、p-tert-ブチルスチレンを含む単量体群をグラフト重合させた後、重合により生成したp-tert-ブチルスチレン単位にプロトン伝導基を導入して形成できる。
【0018】
プロトン伝導基は特に限定されず、例えばスルホン酸基またはリン酸基であり、プロトン伝導性およびハンドリング性に優れる電解質膜となることから、スルホン酸基が好ましい。
【0019】
(グラフト鎖)
本発明の電解質膜におけるグラフト鎖は、単位(A)を構成単位として有する。このようなグラフト鎖は、重合およびプロトン伝導基の導入により単位(A)となる単量体(単量体(B))を含む単量体群を基体にグラフト重合させて形成できる。
【0020】
単量体(B)は、例えば、p-tert-ブチルスチレンである。
【0021】
グラフト鎖は、電解質膜としての機能を維持できる限り、単位(A)以外の構成単位を含んでいてもよく、例えば、多官能性モノマーに由来する構成単位を有してもよい。この場合、多官能性モノマーの種類によっては、近接するグラフト鎖間に架橋構造が形成され、電解質膜の耐酸化性がより向上する。また、架橋構造により膜の膨潤が抑制されるため、電解質膜のメタノール透過率がより低下するとともに、その熱安定性が向上する。
【0022】
多官能性モノマーは特に限定されず、例えばジビニルスルホン、エチレングリコールジビニルエーテル、ジエチレングリコールジビニルエーテル、トリエチレングリコールジビニルエーテル、ジビニルベンゼン(DVB)、1,2-ビス(p-ビニルフェニル)エタン、シクロヘキサンジメタノールジビニルエーテル、フェニルアセチレン、ジフェニルアセチレン、1,4-ジフェニル-1,3-ブタジエン、ジアリルエーテル、2,4,6-トリアリルオキシ-1,3,5-トリアジン、トリアリル-1,2,4-ベンゼントリカルボキシレート、トリアリル-1,3,5-トリアジン-2,4,6-トリオン、ブタジエン、イソブテンである。
【0023】
グラフト鎖が多官能性モノマーに由来する構成単位(単位(C))を有する場合、グラフト鎖を構成する全構成単位に占める単位(C)の割合は、例えば0.5〜20モル%であり、1.0〜10モル%が好ましい。
【0024】
(基体)
本発明の電解質膜における基体は、フッ素樹脂またはオレフィン樹脂からなる。フッ素樹脂およびオレフィン樹脂は化学的な耐久性に優れ、これらの樹脂を基体とするグラフト電解質膜は、燃料電池用高分子電解質膜としての用途に好適である。
【0025】
フッ素樹脂は、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)およびエチレン−クロロトリフルオロエチレン(ECTFE)から選ばれる少なくとも1種である。
【0026】
オレフィン樹脂は、例えば、ポリエチレン(PE)およびポリプロピレン(PP)から選ばれる少なくとも1種である。
【0027】
基体はこれらの樹脂の架橋構造を有してもよく、この場合、電解質膜の耐酸化性がより向上する。また、架橋構造により膜の膨潤が抑制されるため、電解質膜のメタノール透過率がより低下するとともに、その熱安定性が向上する。
【0028】
この架橋構造は、公知の手法により形成できる。例えば、PTFEの架橋方法は特開平6−116432号公報に、FEPおよびPFAの架橋方法は特開平11−49867号公報に開示がある。
【0029】
基体の形状は膜であるが、その厚さならびに主面に垂直な方向から見たサイズは、電解質膜として望む厚さおよびサイズに基づいて適宜決定できる。
【0030】
なお、電解質膜の重要な特性の一つに膜抵抗(プロトン伝導に対する抵抗)がある。膜抵抗を低くするためには電解質膜を薄くするとよい。しかし過度に薄くすると、膜の強度が低下して、破損あるいはピンホールが生じやすくなる。このため、電解質膜の厚さは10〜200μm程度が好ましく、20〜150μm程度がより好ましい。基体にポリマー鎖がグラフト重合され、かつ当該ポリマー鎖にプロトン伝導基が導入されることで、最終的に得られる電解質膜は基体よりも厚くなる。これを考慮すると、基体の厚さは8〜180μm程度が好ましく、18〜135μm程度がより好ましい。
【0031】
本発明の電解質膜におけるグラフト率は、例えば5〜70重量%であり、8〜40重量%が好ましい。グラフト率は、後述の製造方法において、基体への放射線の照射線量、単量体群の重合温度および/または重合時間、単量体群の溶媒(重合溶媒)の種類を変化させて調整できる。
【0032】
本発明の電解質膜のプロトン伝導度(25℃)は、通常0.03S/cm以上であり、膜の構成によっては0.90S/cm以上となる。なお、電解質膜のプロトン伝導度は当該膜におけるグラフト鎖の導入量に影響されるため、望むプロトン伝導度に応じて、膜のグラフト率を適切に制御する必要がある。
【0033】
本発明の電解質膜は、パーフルオロカーボンスルホン酸膜よりもメタノール透過率が低く、DMFCにも好適に使用できる。
【0034】
(製造方法)
本発明の電解質膜の製造方法は特に限定されず、グラフト電解質膜を製造する公知の方法を応用できる。
【0035】
具体的な例を以下に示す。
【0036】
最初に、フッ素樹脂またはオレフィン樹脂からなる基体に放射線を照射する。放射線は、電子線またはγ線が一般的である。照射温度は−10〜80℃程度であり、室温が好ましい。照射線量は、例えば1〜500kGyである。放射線は空気中で照射してもよいが、不活性ガスの雰囲気下で照射することが好ましい。
【0037】
次に、単量体(B)を含む単量体群を基体にグラフト重合させる。グラフト重合の方法は特に限定されず、例えば、凍結、煮沸あるいは不活性ガスのバブリングにより酸素を除去した単量体群に、放射線照射後の基体を浸漬すればよい。グラフト重合させる単量体群は、単量体(B)以外に、上述した多官能性モノマーを含むことが好ましい。この場合、架橋構造を有するグラフト鎖を形成できる。
【0038】
放射線照射後すぐにグラフト重合を実施しない場合は、照射後の基体を、当該基体を構成する樹脂のガラス転移温度以下の温度で一時的に保管してもよい。
【0039】
グラフト重合に際して単量体群の溶媒(重合溶媒)は、単量体がラジカル重合する際の連鎖移動定数、基体に対する溶解および膨潤性ならびに当該溶媒の沸点などを考慮して、適切に選択する必要がある。本発明の電解質膜では、グラフト重合時の溶媒が、炭素数4以下のアルコール(溶媒1)と芳香族炭化水素および/または塩素化炭化水素(溶媒2)との混合溶媒であることが好ましい。溶媒1は、例えばメタノール、エタノールおよびイソプロピルアルコールから選ばれる少なくとも1種である。溶媒2は、キシレン、トルエン、エチルベンゼン、クロロホルムおよびo-ジクロロベンゼンから選ばれる少なくとも1種である。溶媒2は、単量体群における単量体の総量の10〜200重量%が好ましく、混合溶媒における溶媒1および溶媒2の総量の5〜90重量%が好ましい。混合溶媒における溶媒2の含有量が過度に小さくなると、基体にグラフト重合しないポリマー(ホモポリマー)の生成量が増大して、安定したグラフト重合の進行が困難となる。一方、混合溶媒における溶媒2の含有量が過度に大きくなると、グラフト重合が阻害される。
【0040】
なお、上述の例では、放射線の照射とグラフト重合とを別個に実施している(前照射法)。前照射法ではホモポリマーの生成量を低減できる。また、前照射法には、主に2通りの方法(ポリマーラジカル法およびパーオキサイド法)があるが、いずれの方法を用いてもよい。ポリマーラジカル法は、放射線照射により基体に生成したアルキルラジカルを、そのままグラフト重合の活性点として用いる手法である。パーオキサイド法は、放射線照射により生成したアルキルラジカルを、一時的に基体を酸素含有雰囲気に晒すことでパーオキサイドに変化させ、それをグラフト重合の活性点として用いる手法である。
【0041】
次に、グラフト重合後の基体をトルエンなどの溶剤により洗浄し、当該基体に残留する未反応の単量体群を除去する。
【0042】
次に、グラフト鎖に、より具体的には単量体(B)に由来する構成単位に、プロトン伝導基を導入する。プロトン伝導基の導入は、公知の手法に従えばよい。プロトン伝導基としてスルホン酸基を導入する方法は、特開2001−348439号公報に開示がある。具体的には、1,2-ジクロロエタンを溶媒とする濃度0.2〜0.5モル/Lのクロロスルホン酸溶液に、グラフト重合後の基体を浸漬し、10〜80℃の反応温度で1〜48時間反応させる。反応後は、水により基体を十分に洗浄し、未反応のクロロスルホン酸を除去する。スルホン化剤はクロロスルホン酸のジクロロエタン溶液に限定されず、濃硫酸、発煙硫酸、三酸化硫黄、チオ硫酸ナトリウム、メシチレンスルホン酸など、プロトン伝導基としてスルホン酸基を導入できる物質であればよい。
【0043】
[膜−電極接合体]
本発明の膜−電極接合体(MEA)の一例を、図1に示す。
【0044】
図1に示すMEA1は、電解質膜2と、電解質膜2を狭持するように配置された一対の電極(アノード電極3、カソード電極4)とを備え、電解質膜2と電極3,4とは互いに接合されている。ここで電解質膜2は上述した本発明の電解質膜であり、MEA1は高い耐酸化性を有する。よってMEA1をPEFCに組み込むことにより、PEFCの長寿命化および発電特性の向上を実現できる。また、そのメタノール透過率の低さから、MEA1はDMFCに好適である。
【0045】
アノード電極(燃料極)3およびカソード電極(酸化極)4の構成は、それぞれ、一般的なMEAのアノード電極、カソード電極と同様であればよい。
【0046】
MEA1は、電解質膜2と電極3,4とを熱プレスするなど、公知の手法により形成できる。
【0047】
[高分子電解質型燃料電池]
本発明の高分子電解質型燃料電池(PEFC)の一例を、図2に示す。
【0048】
図2に示す燃料電池11は、電解質膜2と、電解質膜2を狭持するように配置された一対の電極(アノード電極3、カソード電極4)と、上記一対の電極を狭持するように配置された一対のセパレータ(アノードセパレータ5、カソードセパレータ6)とを備え、各部材は、当該部材の主面に垂直な方向に圧力が印加された状態で接合されている。電解質膜2および電極3,4は、MEA1を構成している。ここで電解質膜2は上述した本発明の電解質膜であり、これにより、長寿命かつ発電特性が向上した燃料電池11となる。
【0049】
アノード電極(燃料極)3、カソード電極(酸化極)4、アノードセパレータ5およびカソードセパレータ6の構成は、それぞれ、一般的なPEFCにおける各部材と同様であればよい。
【0050】
本発明の燃料電池は、必要に応じて、図2に示す部材以外の部材を備えてもよい。
【0051】
図2に示すPEFC11はいわゆる単セルであるが、本発明の燃料電池は、このような単セルを複数積層したスタックであってもよい。
【0052】
本発明の燃料電池は、公知の手法により形成できる。
【実施例】
【0053】
実施例により、本発明をより詳細に説明する。本発明は、以下に示す実施例に限定されない。
【0054】
最初に、本実施例において作製した電解質膜の評価方法を示す。
【0055】
(グラフト率)
以下の式(1)により、電解質膜のグラフト率を求めた。
グラフト率(重量%)=(W2−W1)/W1×100 (1)
【0056】
式(1)におけるW1はグラフト重合前の基体の乾燥重量(g)、W2はグラフト重合後かつプロトン伝導基導入前の基体の乾燥重量(g)である。
【0057】
(プロトン伝導度:σ)
作製した電解質膜を隔壁として、同一形状(円筒状)の一対のガラスセルを、その開口部において互いに連結した。それぞれのセルの内部には、測定電極を配置した。次に、双方のセルを濃度1モル/Lの硫酸水溶液で満たし、電解質膜が硫酸水溶液になじむまで数分間放置した後、ポテンショスタット(北斗電工製HABF−5001)により測定電極間に電流を印加して、その際に生じる測定電極間の電位差を電圧計(HE−104)を用いて測定した。印加した電流の値および測定した電位差の値から、測定電極間の抵抗値R1を得た。次に、電解質膜を配置しない状態で一対のガラスセルを連結し、上記と同じ方法により、測定電極間の抵抗値R2を得た。得られた抵抗値R1からR2を引いた値を、電解質膜の膜抵抗値Rmとした。なお、抵抗値R1、R2の測定は、室温(25℃)にて行った。
【0058】
電解質膜のプロトン伝導度(S/cm2)は、以下の式(2)から求めた。式(2)におけるXは、電解質膜における隔壁部分の面積(測定面積:cm2)である。
プロトン伝導度(S/cm2)=1/Rm/X (2)
【0059】
(メタノール透過率)
作製した電解質膜を隔壁として、同一形状の一対のガラスセルを、その開口部において互いに連結した。電解質膜における隔壁部分の面積Yは、9.61cm2とした。次に、一方のセルPに140gの水を、他方のセルQに200gの水を注ぎ入れ、電解質膜の表面を水になじませるとともに、恒温槽により全体を60℃に安定させた。次に、60℃のメタノール60gをセルPに素早く投入し、投入時を0時として、電解質膜を介してセルQ側に透過したメタノールの量を一定時間ごとに定量した。メタノールの定量はガスクロマトグラフィ(GC)により行い、定量には、所定の濃度のメタノール水溶液に対するGC測定から作製した検量線を用いた。定量したメタノール量を経過時間に対してプロットし、当該プロットの傾きから、以下の式(3)により電解質膜のメタノール透過率(mmol/cm2/Hr)を求めた。
メタノール透過率=プロットの傾き(mmol/hr)/面積Y (3)
【0060】
(耐酸化性)
電解質膜の耐酸化性は、その重量半減時間(Hr)により評価した。重量半減時間は、以下のように求めた。
【0061】
最初に、作製した電解質膜をおよそ3cm×4cmのサイズに裁断し、その乾燥重量W3を求めた。
【0062】
次に、秤量後の電解質膜を、16.3gの過酸化水素水溶液(濃度3重量%、濃度30重量ppmの硫酸鉄(I)を含む)に浸漬し、全体を恒温槽により60℃に保持して、浸漬後、一定時間ごとに電解質膜の乾燥重量W4を測定した。乾燥重量W4は、電解質膜をRO水(逆浸透膜処理水)でよく洗浄した後、乾燥させて測定した。
【0063】
次に、それぞれの乾燥重量W4の測定タイミングにおける電解質膜の重量維持率(=(W3−W4)/W3)を求めて、各々の値を以下の式(4)に近似したときの係数Zを、電解質膜の重量半減時間とした。式(4)におけるtは、浸漬開始からの経過時間である。
(時間t経過時の重量減少率)=1−1/(1+EXP(−(t−Z))) (4)
【0064】
(実施例1)
基体としてPVdFフィルム(厚さ50μm)をサイズ10cm角に裁断し、当該フィルムに、室温、大気中において線量30kGyの電子線(加速電圧250kV)を照射した。照射後のフィルムは、ドライアイス温度(−79℃)に冷却し、当該温度においてグラフト重合開始まで保存した。
【0065】
これとは別に、基体にグラフト重合させる単量体群として、p-tert-ブチルスチレン160g、ジビニルベンゼン(DVB)5.55g、メタノール48gおよびエチルベンゼン112gを混合した重合溶液を調製した。
【0066】
次に、調製した重合溶液を、環流管を取り付けたセパラブルフラスコに投入し、大気圧下で加熱環流させ、ここに放射線照射後のフィルムを270分浸漬して、p-tert-ブチルスチレンおよびDVBをグラフト重合させた。
【0067】
重合完了後、フィルムをフラスコから取り出し、トルエンで1時間およびメタノールで10分洗浄した後、60℃に保持した乾燥機で乾燥させて、PVdFの基体に、p-tert-ブチルスチレン単位およびDVB単位を構成単位として有するポリマー鎖がグラフト重合したグラフト膜を得た。この膜のグラフト率は29重量%であった。
【0068】
次に、得られたグラフト膜を、1,3,5-トリメチルベンゼン-2-スルホン酸のo-ジクロロベンゼン溶液(濃度0.2モル/L)に135℃で30分浸漬して、ポリマー鎖へスルホン酸基を導入した。その後、スルホン酸基を導入したフィルムを、イソプロピルアルコールで2回(1回あたり30分)および60℃の温水で30分洗浄した後、60℃に保持した乾燥機で乾燥させて、プロトン伝導基としてスルホン酸基が導入されたグラフト膜を得た。
【0069】
次に、得られたグラフト膜をHCl水溶液(濃度1N)に室温で3時間浸漬することで、グラフト電解質膜(実施例1)を得た。
【0070】
(比較例1)
p-tert-ブチルスチレンの代わりにp-メチルスチレンを用い、グラフト重合の時間を45分とした以外は実施例1と同様にして、電解質膜(比較例1)を得た。
【0071】
(比較例2)
p-tert-ブチルスチレンの代わりにスチレンを用い、グラフト重合の時間を20分とした以外は実施例1と同様にして、電解質膜(比較例2)を得た。
【0072】
(比較例3)
p-tert-ブチルスチレンの代わりに4-アセトキシスチレンを用い、グラフト重合の時間を20分とした以外は実施例1と同様にして、電解質膜(比較例3)を得た。
【0073】
実施例1、比較例1〜3の電解質膜に対し、そのプロトン伝導度、メタノール透過率および耐酸化性の指標となる重量半減時間を評価した結果を、以下の表1に示す。また、表1には、パーフルオロカーボンスルホン酸であるナフィオン112(デュポン製)からなる電解質膜に対してプロトン伝導度およびメタノール透過率を評価した結果を、参照例として併せて示す。
【0074】
【表1】

【0075】
表1に示すように、比較例1〜3に比べて実施例1の重量半減時間は大きくなり、耐酸化性に優れる電解質膜が実現できた。また、実施例1のメタノール透過率は、比較例1〜3および参照例に比べて小さくなった。メタノール透過率に対するプロトン伝導度の比(=プロトン伝導度/メタノール透過率)で示されるプロトン/メタノール選択透過性を見てみると、実施例1の値は、比較例1〜3および参照例の値に比べてかなり大きく、実施例1の電解質膜はDMFCに好適であることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明のプロトン伝導性高分子電解質膜は、PEFC(特にメタノールを含む溶液を燃料とするDMFC)に好適に使用できる。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】本発明の膜−電極接合体の一例を示す模式図である。
【図2】本発明の燃料電池の一例を示す模式図である。
【符号の説明】
【0078】
1 膜−電極接合体(MEA)
2 高分子電解質膜(PEM)
3 アノード電極
4 カソード電極
5 アノードセパレータ
6 カソードセパレータ
11 高分子電解質型燃料電池(PEFC)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素樹脂またはオレフィン樹脂の基体に、プロトン伝導基を有するポリマー鎖がグラフト重合されたプロトン伝導性高分子電解質膜であって、
前記ポリマー鎖は、tert-ブチル基およびプロトン伝導基を芳香環の置換基とするスチレン誘導体単位を構成単位として有するプロトン伝導性高分子電解質膜。
【請求項2】
前記フッ素樹脂が、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)およびエチレン−クロロトリフルオロエチレン(ECTFE)から選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載のプロトン伝導性高分子電解質膜。
【請求項3】
前記オレフィン樹脂が、ポリエチレン(PE)およびポリプロピレン(PP)から選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載のプロトン伝導性高分子電解質膜。
【請求項4】
前記プロトン伝導基が、スルホン酸基またはリン酸基である請求項1に記載のプロトン伝導性高分子電解質膜。
【請求項5】
高分子電解質膜と、前記電解質膜を挟持するように配置された一対の電極とを備え、
前記電解質膜が、請求項1〜4のいずれかに記載のプロトン伝導性高分子電解質膜である膜−電極接合体。
【請求項6】
高分子電解質膜と、
前記電解質膜を狭持するように配置された一対の電極と、
前記一対の電極を狭持するように配置された一対のセパレータと、を備え、
前記電解質膜が、請求項1〜4のいずれかに記載のプロトン伝導性高分子電解質膜である高分子電解質型燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−153186(P2010−153186A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−329664(P2008−329664)
【出願日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【出願人】(000003964)日東電工株式会社 (5,557)
【Fターム(参考)】