説明

ベータセクレターゼ蛋白質の酵素阻害物質とそれを用いた予防薬

【課題】アルツハイマー症を防ぐためにベータセクレターゼ酵素を阻害する有効な候補化合物およびそれらを基本構造とした医薬品、さらにはADの発症を予防する予防薬を提供する。
【解決手段】ベータセクレターゼ蛋白質の活性を阻害する新規な物質を見出すことによって、アルツハイマー症の予防薬を実用化して、新規な阻害物質として直鎖状のジアリールヘプタノイドに属する物質の中で式3に示される物質が阻害効果を有する。(式3)


また新たに見出したベータセクレターゼ蛋白質を阻害する物質に加えて、脂肪酸および/または酸化防止剤を含有する予防薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ベータセクレターゼ蛋白質(b-Secretase)の酵素活性を阻害する物質と、その阻害物質を主として含有する予防薬に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の長寿命化に伴う高齢化社会への移行に伴い、認知症患者、特にアルツハイマー症
(Alzheimer‘s Disease; ADと略記する)患者が増加している。このAD患者の増加は、我が国のような長寿命国家のみだけではなく世界的にも増加傾向にある。このためAD患者に有効な治療薬あるいは治療法の開発が望まれているところである。
【0003】
しかしAD発症のメカニズム解明や治療薬の開発はさかんに行われているが、発症のメカニズムについてはまだ不明の部分が多いようである。また治療薬については、従来の低分子化合物を主体とした医薬品やワクチンを用いるものなどが開発されつつあるが、有効なものは未だ実用化されていない。
【0004】
AD発症のメカニズムについては、AD患者の脳にはペプチドの一種であるベータアミロイド(Abと略記)の蓄積が非常に多く見られることから、このAbの産生がAD発症に関与していると考えられてきた。しかしこの産生されたAb自身が神経毒として作用してADの原因となるのか、あるいはAbが産生される前段階の生化学的な反応過程においてADの原因となるメカニズムが働いているのか、については明確になっていない。また最近になってAbワクチンの臨床テストにおいては、脳内におけるAbの蓄積量とAD患者の寿命および痴呆の進行抑制との間には相関がない、という報告もされている。
【0005】
これまでの研究から、Abはアミロイド前駆体蛋白質(Amyloid Precursor Protein; APPと略記)の代謝産物であることが判っている。APPは770個のアミノ酸配列のC末端側に1回の膜貫通部位を有する膜結合蛋白質である。Abはこの前駆体蛋白質であるAPP から、2段階の切断を受けて生成されると考えられている。
【0006】
すなわちAPPに存在する約43アミノ酸残基のAbドメインのN末端側がAPP切断酵素の一つであるb-Secretase(ベータセクレターゼ)により切断される過程と、さらにその後、C末端側が同じくAPP切断酵素の一つであるg-Secretase(ガンマセクレターゼ)により切断される過程を経て産生される。従ってAD発症を防ぐためには、これらのAPP切断酵素の活性を阻害する物質が有効であると考えられている。しかしこれらの酵素を阻害する有効な候補化合物およびそれらを基本構造とした医薬品、さらにはADの発症を予防する予防薬は未だ実用化されていない。
【0007】
ベータセクレターゼの活性を阻害する阻害物質を見出すためには、ベータセクレターゼを精製する必要がある。ベータセクレターゼの精製については以下の代表的な文献にその方法が記載されている。
【非特許文献1】Patel, S. et al.,(2004). J.Mol. Biol.343,407−416.
【非特許文献2】Lin,X. et al., (2000). Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 97,1456−1460.
【非特許文献3】Sardand,V. et al.,(2004). Protein Expression & Purification. 34, 190−196. またベータセクレターゼの阻害剤については以下の代表的な例がある。
【特許文献1】PCT WO 01/000665 A3
【特許文献2】PCT WO 01/00663 A2 AD発症患者に特徴的に見出されているAbの産生は不可逆反応であるため、ADの発症と病状も不可逆的に進行するものと考えられる。すなわち産生されたAbはひとたび生成されれば、出発物質であるAPPの分子に再構築されて戻ることができない。このことよりADは発症を早期に抑えて、予防することが重要であると考えられる。いったんADが発症してしまえば、進行を遅らせることができたとしても根本的な治療とはならず、長い年月をかけてADの病状が進行してしまうものと思われる。このようなADの発病を未然に予防するための予防薬あるいは医薬品についても未だ実用化されていないのが現状である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする問題点は、AD発症を防ぐためのベータセクレターゼ酵素を阻害する有効な候補化合物およびそれらを基本構造とした医薬品、さらにはADの発症を予防する予防薬が実現できていない点である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
以上のような技術とその課題を解決するために本発明はなされたものであり、以下詳細にその内容を説明する。
【0010】
APPとベータセクレターゼは共に膜貫通型蛋白質であるが、本発明者らはADの発症の初期段階では、APPあるいはベータセクレターゼが膜組織(細胞膜)から露出あるいは脱離してAPPが切断酵素であるベータセクレターゼに攻撃されやすくなっているものと考えている。すなわち、APP分子内のAbドメインは通常は細胞膜に保護されており、ベータセクレターゼには攻撃されにくい構造となっている。しかし加齢と共に細胞膜を構成する動物性脂質が減少するのに伴い、APP分子内のAbドメインが露出してしまうこと、および/または遊離したベータセクレターゼの攻撃を受けやすくなるものと考えられる。
【0011】
このことよりAD発症の予防としては、第一にAPP分子内のAbドメインを保護している細胞膜に存在する動物性脂質、あるいはベータセクレターゼのC末端側にある膜結合部位周辺に存在する動物性脂質を十分に供給すること、そして第二にたとえAbドメインが露出してしまった場合でも、Abドメインが切断されないようAPP切断酵素であるベータセクレターゼを阻害する物質を供給すること、が重要であると考えられる。よって本発明者は、始めにADの発症原因となると考えられているAPPの切断酵素であるベータセクレターゼに着目し、この酵素活性阻害物質を食用される植物の天然物の中から見出すことを試みた。
【発明の効果】
【0012】
本発明者は食用に供される各種植物から天然物成分を抽出・精製し、ベータセクレターゼの酵素阻害活性を詳細に評価した結果、式1に表される直鎖状のジアリールヘプタノイドとして分類される天然物由来の成分が阻害活性を有することを見出した。
【0013】
【化3】

【0014】
この式1に示される天然物成分は一般にはクルクミンと称されているが、このうち酵素阻害活性を有するものは式1で表されるクルクミン-Aのみであることを初めて見出した。一方、類似の骨格構造を有する式2で表されるクルクミン-Bと、式3で表されるクルクミン-Cは置換基がわずかに異なるのみであるが、酵素阻害活性を全く示さなかった。
【0015】
【化4】

【0016】
【化5】

【0017】
従って、式1の化学式で表されるクルクミン-AのみがADの予防薬として有効であることが示唆された。
【0018】
本発明者らが見出したクルクミン-Aは植物であるウコンあるいはターメリックを原料とするが、同一の化学構造と阻害活性を有するものであれば、天然物由来だけでなく、化学合成品であっても良い。また式1で示される天然物成分の化学構造に類似したものとして式4および式5で表される天然物由来のジアリールヘプタノイドであるヤクチノンAやヤクチノンBも効果である。
【0019】
【化6】

【0020】
【化7】

【0021】
一般的にはクルクミン-Aは植物であるウコンあるいはターメリックを原料として、以下のようにして抽出・精製される。
【0022】
ウコンあるいはターメリックを切断後、粉砕器で粉砕処理し、数百ミクロン以下の粉末にする。この粉末原料10g当たり500mLのメタノールを加えて12時間浸とうし、その後6,000rpmで30分間遠心分離して上清の抽出液を回収する。回収した抽出液はデイスクフイルター(0.45ミクロン径)でろ過処理を行う。サンプルの分離には高分離シリカ系カラムを用いた高速液体クロマトグラフーにより行う。ウコンあるいはターメリックを原料としてクルクミンをHPLCで分析すると、通常3種類のクルクミン(A,B,C)がそれぞれ分離した3本のピークとして得られる。このうち、目的とするクルクミン-Aは溶出ピークのうちの中央のピーク成分として観測される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明者らはベータセクレターゼを得るために、独自の方法によって精製を行った。すなわち、第2図に示されるアミノ配列部分に相当する塩基配列を人工合成し、さらにこれを発現ベクターであるpET-30a にサブクローニングして発現系を構築した。この発現ベクターを用いてコンピテントセルである大腸菌のBL21(DE3) を形質転換することによって大腸菌の発現系を得ることができた。このような大腸菌を発現系として作製されるベータセクレターゼは不溶性画分として回収されるため、精製に際しては高濃度の尿素を含む水溶液を用いて可溶化した後、リフオールデイング(蛋白質の巻き戻し)を行った。リフオールデイング後のベータセクレターゼはプロ体(不活性型)であるため、Niアフイニテイカラムクロマトグラフィーによる粗精製後に活性化処理を行った。
【0024】
活性化処理後のベータセクレターゼは、引き続いて陰イオン交換カラムクロマログラフーとゲルろ過カラムクロマログラフーによる精製を行った。図3に本発明者が精製したベータセクレターゼの12.5%アガロースゲル電気泳動の結果を示す。
【0025】
精製されたベータセクレターゼの酵素活性の測定は以下のようにして行った。精製後のベータセクレターゼ(20mM Tris−HCl pH8.0, 150mM NaCl, 2mM DTTのバッフアに溶解)に等量の100%グリセロールを加えて希釈する。このサンプルに基質を添加し、さらに最終濃度が40mMとなるよう酢酸ナトリウム(pH4.5)を加え、37℃で反応を行う。反応後の各成分はHPLC−MALDI TOF−MSによって分離および質量分析を行う。
【0026】
図2に酵素活性の測定結果の一例を示す。ここでは100nMのベータセクレターゼと105mM の基質1を37℃で6時間反応させて、生成物2と3を産生している。ベータセクレターゼはアスパラギン酸プロテアーゼであり、基質1がアミノ酸配列中のLeu−Asp間を切断していることがわかる。また精製されたベータセクレターゼを用いた酵素阻害活性の測定では、図1に示した各精製サンプルをジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解して100mMのストック溶液を調整し、上述の酵素活性の評価用サンプルに逐次添加して酵素活性を測定する。
【0027】
図3にクルクミン-A の酵素阻害活性の評価結果を示す。この結果からベータセクレターゼに対するクルクミン-AのIC50は1.5mM であった。一方、クルクミン-Bおよびクルクミン-Cは分子構造がわずかに異なるのみであるが阻害活性を全く示さないことが判明した。
【0028】
本発明者はAD発症のメカニズムに基づき、ADを予防するための予防薬として以下の組成を有するものが有効であることを初めて見出した。すなわち、本発明者が見出したベータセクレターゼの酵素阻害剤として有効なクルクミン-Aに加えて、脂肪酸および/または酸化防止剤を含有することを特徴としている。これらの組成のうち脂肪酸は細胞膜の構成成分として機能するものである。細胞膜を構成する脂質が加齢あるいは食生活の偏り等により減少することで膜結合型蛋白質の結合部位の露出あるいは離脱が起こると考えられるため、これら脂質の構築成分となる脂肪酸を摂取することが有効である。
【0029】
この脂肪酸としては、ガンマーリノレン酸、アラキドン酸、ドコサヘキサン酸、エイコサペンタエン酸、共役リノレン酸、共役リノール酸などが挙げられる。また中鎖脂肪酸トリグリセロイド等の食用油脂類も有効である。また上記脂肪酸のほかに機能性脂質として、イソプレノイド、リン脂質、長鎖アルコール等も有効である。
【0030】
本発明の予防薬の他の成分である酸化防止剤は脂質の酸化による劣化を防止するために主に用いられ、脂溶性ビタミンであるビタミンA,D,E,Kなどが効果的である。
【0031】
本発明の予防薬の作製に際しては、上記の各物質を適量混合して調整する必要がある。本発明においては、クルクミン-A,脂肪酸および酸化防止剤の混合比は1:1〜10000:1〜10000であるのが好ましく、より好ましくは1:10〜100:1〜100である。しかし、効能や用途に応じてこの組成比を変更することも可能である。
【0032】
本発明の予防薬においては、上記の組成を有する混合されたもののほかに、図1に示される本発明の直鎖状のジアリールヘプタノイドとして分類される天然物由来の成分を、我々が通常食する種々の食物、菓子類、飲料、調味料、料理、食品添加剤などに添加して利用することも有効である。
【実施例1】
【0033】
ベータセクレターゼの精製
ベータセクレターゼのクローニング部位を組み込んだ発現ベクター(pET−30a)をBL21(DE3)にトランスフオームして、目的蛋白質の大量発現を行った。抗生物質としてカナマイシンを50mg/mLの濃度となるよう添加したLB培地1Lに、同じくカナマイシン耐性のLB培地10mLで培養した菌体を含む培養液を加え、37℃で培養を行った。その後、600nm の吸光度が約0.5となったところで、IPTGを最終濃度で1mMとなるよう添加して、さらに37℃で4時間培養を継続した。培養後に遠心分離によって菌体を集め、−80℃で保存した。
【0034】
凍結保存された菌体1.5g に破砕バッフアを15mL加えて懸濁した後、超音波破砕を行った。その後、破砕液を遠心分離し、沈殿を回収した。回収された沈殿約0.8gに可溶化バッフアを20mL加え、ホモジナイズを行った。さらに15,000rpmで60分間遠心分離を行い、可溶化した上清画分を回収した。さらにこの可溶化した上清画分を30mL まで濃縮した。
【0035】
次に上記の可溶化した上清画分のリフオールデイングを行った。リフオールに際しては、可溶化した上清画分の20倍量となるようリフオールデイングバッフアを秤量した。その後、このリフオールデイングバッフアに上述の可溶化した上清画分を0.0001mL/min の流速でゆっくりと滴下しながら撹拌を行った。その後、リフオールデイングバッフアのpH値を9.0に調整して、24時間撹拌を行った。
【0036】
その後リフオールデイングバッフアのpH値を8.5に調整して、24時間撹拌を行った。そして最後にリフオールデイングバッフアのpH値を8.0に調整して、24時間撹拌を行った。
【0037】
以上のようにしてリフオールデイングを行ったサンプルを濃縮キットにより、約2mL まで濃縮し、さらに0.2ミクロンのフイルターでろ過したのち、ゲルろ過カラムクロマトグラフイーを行った。ゲルろ過カラムクロマトグラフイーで得られた画分から所望の画分を選択してまとめ、さらに濃縮キットにより約5mL まで濃縮した。以上の方法により得られた総蛋白量は約50mg であった。
【0038】
ゲルろ過後の濃縮されたサンプルに対して、クロストリペインを加えることによって活性化処理を行った。活性化処理の条件は、リフオールデイング後のサンプル1mg に対してクロストリペインを1ユニット(4mL)加えることとし、37℃で100分間反応を行った。
【0039】
次に活性化処理後のベータセクレターゼ(活性化型)を陰イオン交換カラムクロマトグラフイーによりさらに精製を行った。活性化型ベータセクレターゼを陰イオン交換カラムに通液し、洗浄後、100−500mMのNaCl濃度のバッフアをリニアーグラージェントで溶出させ、100−300mMのNaCl濃度範囲の溶出画分を回収した。これらの溶出画分約30mLをまとめて、さらに濃縮キットで約2mL まで濃縮した。
【0040】
濃縮された陰イオン交換カラムクロマトグラフイーの溶出画分は、さらにゲルろ過カラムクロマトグラフイーによって精製を行った。ゲルろ過カラムクロマトグラフイー後のピーク部の画分をまとめて回収し、最終のバッフア組成である50mM Tris−HClpH8.0,150mM NaCl,2mM DTTのバッフアで透析し、さらにその後、約5mg/mLまで濃縮キットで濃縮することで活性化型ベータセクレターゼ蛋白質を得た。
【実施例2】
【0041】
ベータセクレターゼの酵素活性阻害物質を含有する予防薬の作製
ADの予防薬として以下の組成から成るカプセルを作製した。カプセル1個あたり、クルクミン-Aを10mg、エイコサペンタエン酸を50mg,ドコサヘキサン酸を50mg,ビタミンEを100mg の比率で配合させた。
【産業上の利用可能性】
【0042】
以上説明したとおり本発明の物資は、Abの産生を引き起こす原因となる酵素であるベータセクレターゼの活性を効果的に阻害するものであり、予防薬として有効な成分であることが明かとなった。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明で用いられた酵素阻害活性測定用ベータセクレターゼ の精製結果を示した12.5%アガロースゲル電気泳動の写真。
【図2】本発明で用いられるベータセクレターゼの酵素活性の測定結果を示す図 。
【図3】ベータセクレターゼに対するクルクミン-AAの酵素阻害活性の評価結果を示す図 。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ベータセクレターゼ蛋白質の酵素活性を阻害する物質であり、その物質が直鎖状のジアリールヘプタノイドに属する物質であることを特徴とするベータセクレターゼ蛋白質の阻害物質。
【請求項2】
前記直鎖状のジアリールヘプタノイドに属する物質の構造が、次の式1で表されることを特徴とする特許請求範囲第1項記載のベータセクレターゼ蛋白質の阻害物質。
【化1】



【請求項3】
ベータセクレターゼ蛋白質を阻害する物質を含有する予防薬であり、当該予防薬には次の式2で表される物質に加えて、脂肪酸および/または酸化防止剤を含有することを特徴とする予防薬。
【化2】






【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−116322(P2010−116322A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−288386(P2008−288386)
【出願日】平成20年11月11日(2008.11.11)
【出願人】(500422023)プロテインウエーブ株式会社 (4)
【Fターム(参考)】