説明

ペット又は家畜の問題行動の予防、緩和、改善するための経口製剤及びその治療を目的とする薬剤の作用を補助するための経口製剤

【課題】 薬物よりも安全性に優れ、イヌ、ネコ、ネズミなどのペットや、牛、馬などの家畜の問題行動の発症を予防、改善、または緩和するペットフード、家畜飼料およびそれら問題行動の治療を目的とする薬剤の作用を補助する経口製剤を提供することを目的とする。
【解決手段】 カツオの卵巣から抽出した油脂を含有する経口製剤により、不安感または恐怖感が抑制され、さらに脳内神経伝達物質の量が適値に安定化され、問題行動の予防、緩和、または改善が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペット又は家畜の問題行動の予防、緩和、改善するための経口製剤及びその治療を目的とする薬剤の作用を補助するための経口製剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒト社会では、自殺、暴力的犯罪の増加や老化に伴う徘徊行動など問題行動が多発するとともに、ストレスに伴う全般性不安障害、恐怖症、パニック障害、脅迫性障害、うつ病など精神的疾病も多発している。イヌやネコなどのペットや、牛や馬などの家畜でも、最近、攻撃行動などの問題行動が見られるようになってきた。例えば、米国ではペットの死因の第1位は安楽死であり、その半数近くは問題行動によるものとされている。日本国内でも、ペットの室内飼育によるストレスの増加、高齢化に伴う痴呆の多発、狭い空間での家畜の大量飼育によるストレスの増加などが今後問題化する傾向が見られる。
【0003】
これらの問題行動を抑制する典型的な方法として薬物療法が挙げられる。しかし、抗不安薬、ホルモン剤、トランキライザー等の投与は副作用や中毒の危険性が高いため、安全で、しかもペットや家畜の精神状態に関係なく有効に作用する治療法が望まれてきている。
【0004】
そのような治療薬の一例として、特許文献1では、テアニン(緑茶などに含まれるアミノ酸の一種)を含有するペットの問題行動を抑制する組成物を開示している。同文献では、テアニンと、高度不飽和脂肪酸(アラキドン酸、DHA、EPA等)及びコリンのうち一種または二種以上とを含有する組成物が開示され、この組成物が問題行動抑制に効果があるとされている。
【特許文献1】特開2001−31566号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、以上に述べたような事情に鑑みてなされたもので、その目的は、安全性に優れ、イヌ、ネコ、ネズミなどのペットや、牛、馬、豚、鶏などの家畜の問題行動の発症を有効に予防、改善、または緩和することのできる新規経口製剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、この発明の主要な観点によれば、カツオの卵巣から抽出した油脂を主たる成分とすることを特徴とするペット又は家畜の問題行動を予防、緩和、または改善するための経口製剤が提供される。
【0007】
近年、EPA、DHAなどの高度不飽和脂肪酸の持つ有利な生理的役割が明らかにされてきており、これらを含む多くリン脂質として、本発明者らは、従来から安全性が高くコストが低い魚の内臓の利用を検討してきた。今回の発明にあたっては、カツオの卵巣から抽出した油脂そのものが、ペット又は家畜の問題行動の抑制に有効ではないかとの仮説・知見に基づき、種々の実験を行ったところ、さまざまな問題行動の抑制に有効であることが実証され、本発明が完成したものである。
【0008】
ここで、この発明の一の実施形態によれば、この経口製剤は、脳内神経伝達物質の5−ヒドロキシトリプタミン(5−HT)量を低値で安定させ、5−ヒドロキシインドール酢酸(5−HIAA)/5−HT比を高値とすることにより、問題行動の予防、緩和、または改善のための効果を促すものであることが好ましい。また、この経口製剤は、ストレス状況下でも、5−HTをストレス無負荷状態と同じ程度に低値で安定させ、5−HIAAの減少を抑制し、5−HIAA/5−HT比を高値とすることにより、問題行動の予防、緩和、または改善のための効果を促すことを特徴とするものであることが望ましい。
【0009】
このような構成によれば、上記のような脳内神経伝達物質の分泌量を指標とし、それらを所定の値に維持するようにすることができるので、ペットや家畜の問題行動を有効に抑制できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施形態を説明する。
【0011】
本実施形態で用いるカツオの卵巣から抽出した油脂(OLS)は、平成12年度から平成14年度にかけて実施された静岡県のプロジェクト研究事業「健康食品プロジェクト」により、抽出方法が確立されたものである。
【0012】
このOLSはDHA(ドコサヘキサエン酸)を35%含む。この油中には、リン脂質が多く含まれ、そのイメージ的構造は図1に示されるようなものである。前記リン脂質は、ホスファチジルコリン50%、ホスファチジルエタノールアミン20%、リゾホスファチジルコリン20%、その他10%より構成される。
【0013】
この発明では、上記OLSは、ペットフードや家畜飼料若しくはそれらへの添加物として提供できる経口製剤の外、ペット又は家畜の問題行動の治療を目的とする薬剤の作用を補助するために利用されるサプリメント等として提供することもできる。
【0014】
また、攻撃行動等の問題行動を調整する脳内神経伝達物質に関しては、特にセロトニンの役割を示唆する研究結果が数多く存在する。
【0015】
1)攻撃行動を示す動物では、脳脊髄液中の5−HIAAが低下,減少している。(非特許文献1内に含まれている非特許文献2および3より抜粋)
2)セロトニン活性の減弱と種々の攻撃の増強とが、いくつかの診断カテゴリーにおいて相関している傾向が見られる。(非特許文献1内に含まれている非特許文献4および5より抜粋)
3)うつ病患者の自殺企画と脳脊髄液中の5-HIAAの低値とは関連があるようで、特に過激な自殺手段によるものではその傾向は大である。(非特許文献6より抜粋)
したがって、問題行動等の予防、緩和、改善、又はその治療を目的とする薬剤の作用を補助する組成物投与の効果は、これら脳内神経伝達物質の分泌量を測定することによって明確化されることになる。
【0016】
この実施形態の前記経口摂取素材は、後述するように、脳内神経伝達物質の5−ヒドロキシトリプタミン(5−HT;セロトニン)量を低値で安定させ、5−ヒドロキシインドール酢酸(5−HIAA)/5−HT比を高値とすることにより、問題行動の予防、緩和、または改善のための効果を促すことを特徴とするものである。また、前記経口摂取素材は、ストレス状況下でも、5−HTをストレス無負荷状態と同じ程度に低値で安定させ、5−HIAAの減少を抑制し、5−HIAA/5−HT比を高値とすることにより、問題行動の予防、緩和、または改善のための効果を促す。
【0017】
したがって、本発明の経口製剤によれば、ペットや家畜の問題行動を有効に抑制できるものである。
【0018】
以下、本実施形態の実施例について説明する。
【実施例1】
【0019】
[実施例1―― 恐怖/不安の軽減]
Wistar系雄ラット(6週齢)30匹をコントロール群15匹とサンプル群15匹に分け、表1の油脂試料をAIN93に順じた高カゼイン食に5wt%混合し、42日間自由摂取させた。
【表1】

【0020】
なお、ラットは、1ケージ3匹とし、高さへの慣れを防ぐため低所で飼育し、飼育期間中は30cm以上の視点を与えなかった。
【0021】
ラットは、図2に示すように、高さ70cm、幅9cm、長さ50cmのオープンアーム2,3と、高さ40cmの透明な壁4を有する幅9cm、長さ50cmのエンクローズドアーム5とからなる高架式T字迷路1を使用した抗不安試験に供した。なお、アーム上の照度はおよそ0.6luxとした。
【0022】
ラットは、ケージに入れ、高架式T字迷路の有る部屋に移して、1分間訓化した後、エンクローズドアーム5の位置Aに置き、図中αで示す線よりオープンアーム2,3側(D)に四肢が出るまでの時間(Avoidance Lantecy)を測った。なお、測定時間は最長で10分間とした。この測定の後ラットは、ケージに戻し、1分間のインターバルを置いて、同じ試験をさらに2回繰り返した。Avoidance Lantecy の測定を追えたラットは、ケージに戻し1分間のインターバルの後、図中Bの位置に置き、前記α線よりオープンアーム側(D)に四肢が入るまでの時間(Escape Lantecy)を測った。なお、測定時間は、最長で3分間とした。Escape Lantecy は、Avoidance Lantecy と同様3回測定した。
【0023】
なお、試験条件の設定にコントロール群、サンプル群の各3匹のラットを使用した。また、コントロール群の1匹には、恐怖/不安が強度に現れ、オープンアーム設置時に動くことができなくなってしまったため、除外した。さらに、サンプル群の1匹は、試験中に大きな物音が発生したため、除外した。
【0024】
Avoidance Lantecy 及び Escape Lantecy の結果を、図3、図4に示す。
【0025】
高架式T字迷路は、ラットなどを用いて、一般的に抗不安性を測る手法として知られている。不安/恐怖に抗して、自らオープンアーム2,3に進んでいくまでの時間を測るAvoidance Lantecy について、OLSを摂取したラットはコントロールに比べ、短い時間で進行していた。2回目、3回目の試験でも同様の傾向を示した。
【0026】
不安/恐怖状態にあるところから逃げ出そうとしてエンクローズドアーム5に入るまでの時間を測るEscape Lantecy について、OLSを摂取したラットは、1回目でコントロールと同じ程度であったが、2回目、3回目と長くなる傾向を示した。
【0027】
これらのことから、OLSの経口摂取は不安/恐怖を抑制する機能を有していることが確認された。問題行動のひとつである攻撃行動は、恐怖やストレスなどによって誘発される。不安/恐怖の抑制は、攻撃行動の抑制になる。
【実施例2】
【0028】
[実施例2――脳内神経伝達物質濃度の違い]
4週齢のWistar系雄ラットにOLSを0.9wt%含む飼料を毎日食べさせた。対照の飼料として、脂肪において栄養学的に重要とされるn−3系、n−6系脂肪酸のエネルギー%及びこの比をヒトにとって理想とされる量に揃えた飼料を用いた。ラットは、ストレス負荷しないで28日間飼育するグループ、およびストレスを28日間毎日負荷するグループに分けた。具体的にこの慢性ストレス群には、水浸拘束ストレスを2時間、27度Cとして与えた。コントロール群も同様に分けた。ラットは、飼育終了後にと殺し、脳内の前頭前野、海馬、視床下部、青斑核を摘出し、前述したストレスとの関連性が指摘されている神経伝達物質濃度を測定した。
【0029】
脳内各部の5−ヒドロキシトリプタミン(5−HT;セロトニン)濃度を図5に、5−ヒドロキシインドール酢酸(5−HIAA)/5―HTの比を図6に示す。
【0030】
脳内の5−HTはOLSを摂取したグループで低く、慢性ストレス状況下でも同様であった。5-HIAA/5−HT比はOLSを摂取したグループで高く、慢性ストレス状況下でも同様であった。OLSの摂取は、通常の状態及び慢性ストレスの状態下でも、5−HTを低値で安定させ、5−HIAA/5−HTを高値にすることで、攻撃行動などの問題行動を抑制すると考えられる。
【0031】
本発明によれば、カツオの卵巣から抽出した油脂を主成分として含有するペットや家畜の問題行動抑制用の経口製剤が提供される。この製剤の機能は、脳内神経伝達物質の量が適値に安定化することによって特定され、これにより、ペットや家畜の不安感または恐怖感が抑制され、問題行動の予防、緩和、または改善が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明が対象とするカツオ卵巣から抽出した油(OLS)が豊富に含むリン脂質のイメージ的構成を示す図である。
【図2】実施例1での抗不安試験に用いられたセットアップを示す概略図である。
【図3】実施例1に係る Avoidance Lantecy の結果を示したグラフである。
【図4】実施例1に係る Escape Lantecy の結果を示したグラフである。
【図5】実施例2に係る5−HT量を脳内各部ごとに示したグラフである。
【図6】実施例2に係る5−HIAA/5−HT比を脳内各部ごとに示したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カツオの卵巣から抽出した油脂を主成分として有し、ペット又は家畜の問題行動を予防、緩和、または改善することを特徴とする経口製剤。
【請求項2】
ペットフード又は家畜の飼料の素材として利用されることを特徴とする請求項1記載の経口製剤。
【請求項3】
前記経口製剤は、ペット又は家畜の問題行動の治療を目的とする薬剤の作用を補助するために利用されることを特徴とする請求項1記載の経口製剤。
【請求項4】
前記経口製剤は、不安感または恐怖感を抑制することにより、問題行動の予防、緩和、または改善のための効果を促すことを特徴とする請求項1記載の経口製剤。
【請求項5】
前記経口製剤は、脳内神経伝達物質の5−ヒドロキシトリプタミン(5−HT)量を低値で安定させ、5−ヒドロキシインドール酢酸(5−HIAA)/5−HT比を高値とすることにより、問題行動の予防、緩和、または改善のための効果を促すことを特徴とする請求項1記載の経口製剤。
【請求項6】
前記経口摂取素材は、ストレス状況下でも、5−HTをストレス無負荷状態と同じ程度に低値で安定させ、5−HIAAの減少を抑制し、5−HIAA/5−HT比を高値とすることにより、問題行動の予防、緩和、または改善のための効果を促すことを特徴とする請求項5記載の経口製剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−246430(P2007−246430A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−71295(P2006−71295)
【出願日】平成18年3月15日(2006.3.15)
【出願人】(590002389)静岡県 (173)
【出願人】(591040513)株式会社マルハチ村松 (6)
【Fターム(参考)】