説明

ペプチドまたはタンパク質のリン酸化解析装置、リン酸化判別プログラム及びそのプログラムの記録媒体

【課題】 短時間、かつ、簡単な操作で、ペプチドあるいはタンパク質にリン酸が結合しているか否かを判別するリン酸化解析装置、リン酸化判別プログラム及び当該プログラムを記録した記録媒体を提供する。
【解決手段】 ペプチドあるいはタンパク質の赤外領域のスペクトルを測定し、1,000乃至1,100[cm−1]の領域におけるスペクトルのピーク位置からリン酸化リン酸が結合したペプチドあるいはタンパク質のアミノ酸の種類を特定することを実現する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペプチドまたはタンパク質の解析装置に関し、特にペプチドあるいはタンパク質のリン酸化の有無を解析する装置、リン酸化判別プログラム及びそのプログラムの記録媒体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
遺伝子(DNA)情報に基づいて翻訳され生成するタンパク質は、翻訳終了後様々な生理的条件下で修飾(翻訳後修飾、Post transrational modification)を受けることで、その活性や機能が調節されている。現在までに最もよく知られているタンパク質の翻訳後修飾として、リン酸化(Phosphorylation)及び脱リン酸化(Dephosphorylation)が挙げられ、タンパク質の活性・不活性をコントロールする重要な反応であると考えられている。
【0003】
リン酸化は、タンパク質の主要な翻訳後修飾(メチル化、アセチル化、グリコシル化等100種類以上)の1つであり、真核細胞においては細胞内タンパク質の多くがリン酸化されている。タンパク質のリン酸化は瞬時かつ可逆的に起こり、主要な細胞内活性制御様式として、シグナル情報伝達の基本的な過程の1つとなっている。ここでいうリン酸化とはペプチドあるいはタンパク質を構成するアミノ酸において、特定のアミノ酸の残基にリン酸が結合することをいい、脱リン酸化はリン酸が結合したアミノ酸からリン酸が切断されることをいう。
【0004】
リン酸化酵素(プロテインキナーゼ、Protein kinase)または脱リン酸化酵素(プロテインホスファターゼ、Protein phosphatase)は、細胞外部からの刺激を細胞内部に伝達し、これらの刺激に対する細胞の応答に関与し、代謝、増殖、分化、伝達、運動等多彩な細胞機能の調節を担っている。すなわち、リン酸化酵素または脱リン酸化酵素が細胞内シグナル情報伝達や細胞周期での中心的調節因子である一方で、様々なストレスや疾患でリン酸化の状態が変動することも知られており、リン酸化によるタンパク質の活性の異常が多くの慢性疾患や発癌に関与していると考えられている。したがって、リン酸化・脱リン酸化機構の解明が、生理的な調節機構の解明や新規創薬、疾患病態の分析にとって重要であることは疑いない。
【0005】
これらの酵素はタンパク質にリン酸基を結合あるいは切断する働きがある。すなわち、リン酸化酵素ではタンパク質の特定の部位のアミノ酸に作用し、そのアミノ酸の残基にリン酸を結合することで、その機能を変える働きをしている。一方、脱リン酸化酵素はタンパク質の特定の部位でリン酸が結合したアミノ酸を標的にし、アミノ酸とリン酸の結合を切断し、当該アミノ酸本来の残基の状態にすることで、その機能を変える働きをしている。
【0006】
リン酸化酵素によるタンパク質のリン酸化は、特定のアミノ酸に選択的に発生する。すなわち、タンパク質の合成に関与する20のアミノ酸のなかで、スレオニン(T:Threonine)、セリン(S:Serine)及びチロシン(Y:Tyrosine)の3種類のアミノ酸の残基にリン酸が結合することで発生する。
【0007】
タンパク質がリン酸化あるいは脱リン酸化反応を受けると、タンパク質を構成するアミノ酸残基の局所的な極性が変化し、その結果としてタンパク質の高次構造、機能及び活性度に変化が生じることになる。
【0008】
例えば、中枢神経系の細胞内Ca2+シグナルの主要な担い手の一つであるCa2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼ(リン酸化酵素)では、自己のスレオニン残基がリン酸化されることによりCa2+/カルモジュリン非依存性の活性化おこり、他の基質タンパク質をリン酸化することできるようになる。従って、Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼがリン酸化しているか否かを判別することは中枢神経系活性化状態をモニターする場合は重要な指標となる。
【0009】
こうしたことからリン酸化の有無を判別する方法が従来から種々開発されてきた。例えば、特許文献1では、質量分析装置を用いてペプチドのリン酸化の検出を行う技術が開示されている。また、特許文献2では、二次元電気泳動法によりリン酸化タンパク質の同定を行う技術が開示されている。さらには、非特許文献1では、リン酸化アミノ酸に特異的な抗体を用いたウェスタンブロットによりリン酸化タンパク質の検出技術が開示されている。一方、非特許文献2では、ペプチドあるいはタンパク質の分析方法として、紫外領域の波長(例えば280nm)の吸収を分光光度計で測定することにより、ペプチドあるいはタンパク質の定量を行う技術が開示されている。
【特許文献1】特開2002−267674号公報
【特許文献2】特開2002−306198号公報
【非特許文献1】山肩葉子、「神経活動とCa2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼ II」、蛋白質核酸酵素、2002年、第47巻、第1号、p51−57
【非特許文献2】生化学実験講座1タンパク質の化学II「2.タンパク質の定量」、東京化学同人 、1981年、p23−28
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上記特許文献1中にはペプチドにリン酸が含まれていることを質量分析装置で検出する際、前処理としてフルオロ酢酸のような強酸と8時間〜24時間反応させることが必要である。また、フルオロ酢酸のような強酸は人体に接触すれば生体組織が腐食するという物質であるため、取り扱いに注意を要する。加えて質量分析装置は高価な上、選任のオペレーターにより取り扱われているのが現実である。そのため、1サンプル測定に要する時間が長く、大量に処理できなく、選任のオペレーターをつけることのできない施設では実施不可能であるという問題が生じていた。
【0011】
また、特許文献2に開示された技術では、目的のサンプルがリン酸化しているかを検出するためには、脱リン酸化酵素によりサンプルを脱リン酸化する必要が有る。その後、二次元電気泳動を脱リン酸化酵素反応前後のサンプルについて実施し、脱リン酸化酵素の反応前後で目的のサンプルが異なった位置に電気泳動されるかどうか比較することが必要である。二次元電気泳動はサンプルの状態及び電気泳動の微妙な条件の変動でタンパク質の電気泳動パターンが変化するため、サンプルの濃度やpHなどの状態を合わせることのほか、電気泳動のpH、電圧・電流及び緩衝液のpHを常に同条件で実施することを要求され、操作に熟練を要すること、1回の二次元電気泳動に多数のサンプルを流すことができないという問題が生じていた。
【0012】
さらには、非特許文献1に開示されている方法は、目的のタンパク質を含むサンプルをドデシル硫酸ナトリウム(SDS)ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行いタンパク質の分子量ごとにゲル上で分離する。ついで、この分離したゲルを荷電法によりニトロセルロース等のメンブレンに転写し、その後転写したメンブレン上で抗原抗体反応を展開する手法である。この方法ではリン酸化アミノ酸に反応する抗体の特異性及び感度がポイントとなる。この点に関しては、一部のリン酸化アミノ酸に特異的な抗体はすでに市販化されているものの、複数のアミノ酸がリン酸化されているようなタンパク質の場合、目的のアミノ酸がリン酸化されているかを検出するには、当該アミノ酸がリン酸化された場合のみに特異的に反応する抗体が必要となり、生体内に存在する多数のタンパク質を検出するにはその分だけ、特異的な抗体を取り揃えなければならないという問題点が生じる。また、この方法も一度に検出できるサンプル数が限定されるため、多数のサンプルを処理できないという問題点も生じていた。
【0013】
加えて、上述の従来技術に基づく検出方法では、スレオニン、セリンあるいはチロシンというリン酸化される可能性のあるアミノ酸の中でどのアミノ酸がリン酸化されているのかについて、測定結果から判別できないという共通の問題点を生じていた。
【0014】
また、非特許文献2に開示されている方法は、ペプチドあるいはタンパク質を構成するアミノ酸であるトリプトファン、チロシン及びフェニルアラニンの最大吸収が紫外領域(280nm近傍)にある点に着目した方法である。この方法では、ペプチドあるいはタンパク質に含まれる上記アミノ酸の量により値が変動するため、正確な定量とはいえないが、簡単、かつ、迅速な定量法として普及している。しかし、分光光度計を利用したペプチドあるいはタンパク質の分析方法は、上記定量法のように紫外領域で利用されているにすぎなかった。さらには、上記定量法のように分光光度計による測定は、簡便法との位置づけであり、リン酸がペプチドあるいはタンパク質に結合しているか否かを判別するような感度と正確さを要求される分析では検討することさえ行われなかった。
【0015】
以上のことからペプチドあるいはタンパク質のリン酸化に関しては、熟練した一部の研究者が個々の研究テーマで必要が生じた場合のみ上述した種々の方法を用いて行われていたに過ぎなかった。そのため病気の診断・治療にリン酸化の検出は有用な情報であるものの、その情報の蓄積がままならず、進まなかったのが現状だった。
【0016】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、短時間、かつ、簡単な操作で、ペプチドあるいはタンパク質にリン酸が結合しているか否かを判別する解析装置、該解析装置に使用するプログラム及び該プログラムを記憶する記憶媒体を提供することを課題としている。
【0017】
また、本発明は、リン酸化しているペプチドあるいはタンパク質のアミノ酸の種類を特定する解析装置、該解析装置に使用するリン酸化判別プログラム及び該プログラムを記憶する記憶媒体を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記課題を解決するために、本発明者達は、鋭意研究を重ねた結果、ペプチドあるいはタンパク質を赤外吸収スペクトルから特定の領域の吸収を解析することにより、ペプチドあるいはタンパク質に結合するリン酸の有無の判別が可能になることを見いだした。
【0019】
また、該赤外領域の中でも1,000乃至1,100[cm−1]の領域におけるスペクトルのピーク位置における波数値がペプチドあるいはタンパク質にリン酸が結合しているか否かを判別するのにより好適であることを見いだした。
【0020】
すなわち、本発明によれば、赤外分光光度計によって得られたペプチドまたはタンパク質の赤外吸収スペクトルに関する情報を入力する入力手段と、前記入力手段で入力された赤外吸収スペクトルに関する情報を記憶する記憶手段と、少なくとも前記記憶手段に記憶された情報をもとに得られた赤外吸収スペクトルを出力する出力手段と、を備える解析装置であって、前記解析装置は、前記記憶手段に記憶された赤外吸収スペクトルに基づいて該ペプチドまたはタンパク質の赤外吸収スペクトルに含まれるピーク値を算出する算出手段と、前記ピーク値における波数値を記憶する手段を有し、予め記憶されたリン酸化したアミノ酸の赤外吸収スペクトルに含まれるピーク値における波数値と前記ピーク値の波数値とを比較して、該ペプチドまたはタンパク質のリン酸化の有無を判別する判別手段と、を備えることを特徴とするリン酸化判別解析装置が提供される。
【0021】
ここで、本発明に係わるピーク位置とは、一つの山あるいは谷からなるスペクトル形状において、最も高い位置あるいは最も低い位置をいう。スペクトルの形状とは、測定領域における吸収光の値を曲線で表したものであって、山、谷、肩等のようなピークの形状やピーク幅の広がり、他のピークとの比較による相対的なピークの高さ、複数のピークからなるものを総称したものをいう。
【0022】
また、本発明によれば、前記判別手段には、被検対象のペプチドまたはタンパク質に含まれるアミノ酸の中で、どのアミノ酸がリン酸化しているかを特定する手段をも有することを特徴とするリン酸化判別解析装置が提供される。
【0023】
ここでいう、アミノ酸の種類の特定とは、ペプチドあるいはタンパク質を構成する20種類のアミノ酸の中で、どのアミノ酸がリン酸化されたのかを特定することをいい、特にリン酸化される可能性があるアミノ酸のスレオニン、セリンあるいはチロシンのすべてがリン酸化されているのか、いずれかがリン酸化されているのかを特定することをいう。
【0024】
さらには、本発明によれば、赤外分光光度計によって得られたペプチドまたはタンパク質の赤外吸収スペクトルに関する情報を入力する入力手段と、前記入力手段で入力された赤外吸収スペクトルに関する情報を記憶する記憶手段と、少なくとも前記記憶手段に記憶された情報をもとに得られた赤外吸収スペクトルを出力する出力手段と、を備えるコンピュータにおいて、前記コンピュータを、前記記憶手段に記憶された赤外吸収スペクトルに基づいて該ペプチドまたはタンパク質の赤外吸収スペクトルに含まれるピーク値を算出する算出手段と、前記ピーク値の波数値を記憶する手段を用いて、予め記憶されたリン酸化したアミノ酸の赤外吸収スペクトルに含まれるピーク値における波数値と前記ピーク値の波数値とを比較し、該数値の相違から該ペプチドまたはタンパク質のリン酸化の有無を判別する手段と、前記リン酸化されているかどうかの情報を出力する出力手段と、を機能させることを特徴とするリン酸化判別プログラムが提供される。
【0025】
また、本発明によれば、前記コンピュータを、予め記憶されたリン酸化されたアミノ酸の赤外吸収スペクトルに含まれるピーク値における波数値と前記ピーク値の波数値とを比較して、被検対象のペプチドまたはタンパク質に含まれるアミノ酸の中で、どのアミノ酸がリン酸化しているかを特定する判別手段と、前記どのアミノ酸がリン酸化しているかの情報を出力する出力手段と、を機能させるためのプログラムを更に備えることを特徴とするリン酸化判別プログラムが提供される。
【0026】
また、本発明によれば、赤外分光光度計によって得られたペプチドまたはタンパク質の赤外吸収スペクトルに関する情報を入力する入力手段と、前記入力手段で入力された赤外吸収スペクトルに関する情報を記憶する記憶手段と、少なくとも前記記憶手段に記憶された情報をもとに得られた赤外吸収スペクトルを出力する出力手段と、コンピュータで読みとり可能な媒体から情報を読み出す読み出し手段とを備えるコンピュータとともに用いるためのプログラムを記録した読みとり可能な記録媒体であって、前記プログラムが上記の記載のリン酸化判別プログラムであることを特徴とする記録媒体が提供される。
【発明の効果】
【0027】
本発明は、ペプチドまたはタンパク質のリン酸化の有無を解析する装置、リン酸化判別プログラム及びそのプログラムの記録媒体に関するものであることから、以下の点で有利な効果を奏する。すなわち、サンプルに要する時間も短くてすむので、大量処理も可能であり、操作も簡単なため、熟練を要すことなく、ペプチドまたはタンパク質のリン酸化の有無を判別することができる。また、目的とするアミノ酸のリン酸化部分に特異的な抗体を取りそろえる必要もなく、スレオニン、セリンあるいはチロシンのリン酸化の判別もできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
次に本発明を実施するための最良の形態について説明する。なお、図面を適宜参照する。
【0029】
まず、リン酸化アミノ酸の判別の基礎となるスペクトル測定の方法について説明する。スペクトル測定では800乃至2,000[cm−1]の領域を測定できることが必要である。特に本発明では、アミノ酸にリン酸が結合することによりスペクトル形状が変動する領域である1,000乃至1,100[cm−1]のスペクトルを精度良く測定できるものが望ましい。好ましくは、フーリエ変換赤外分光光度計(FT−IR)であり、より好ましくは顕微鏡が付設された顕微フーリエ変換赤外分光光度計である。顕微フーリエ変換赤外分光光度計は赤外光用レンズを用いて赤外光を絞り込むことで微小領域(空間分解能10μmΦ)の赤外測定が行えることから、微量サンプルで測定可能である。
【0030】
また、本発明は、上記赤外領域を含んだ領域のスペクトルを測定するが、測定装置は上記赤外領域を測定できるものであれば限定されない。本発明は、リン酸が結合しているアミノ酸の種類も判別することができる。特にリン酸と結合できるスレオニン、セリン及びチロシンという3種のアミノ酸がリン酸と結合しているか否かを判別することができるスペクトルの領域は1,000乃至1,100[cm−1]である。この領域でスレオニン、セリン及びチロシンがリン酸化している場合には、それぞれのリン酸化アミノ酸特有のスペクトルピークが得られ、この値を比較分析することでリン酸化されたアミノ酸の種別まで判別可能となる。
【0031】
次に本発明のリン酸化解析装置について説明する。図3は本発明のリン酸化解析装置の構成を示すブロック図である。すなわち、リン酸化解析装置は入力装置40と、オペレーティングシステム(OS)61、スペクトル測定プログラム62、スペクトル解析プログラム63、リン酸化判別プログラム64及びファイル保存・読み出しプログラムが記憶された第二の記憶装置60と、第一の記憶装置10、出力装置30から構成され、上記プログラムを制御するCPU70とを備えており、これらはFT−IR20と接続されている。
【0032】
リン酸化の判別のためのスペクトル測定、解析等の種々の条件を入力する入力装置40は、FT−IR20によって得られ、モニタ31に表示されているスペクトルに基づいて、上記各種プログラムの実行に関する処理を行たり、FT−IR20の制御に関わるデータの入力を行う装置であり、具体的には、例えば、キーボード41,マウス42が挙げられるが、フレキシブルディスク、CD−ROM(CD−RWも含む)、DVD−ROM(DVD−RW、DVD−RAM等を含む)、磁気テープ等の記録媒体を介して入力を受けつけることができる装置であってもよく、また遠隔地のコンピュータからネットワークを介して前記処理を行うための入力を受けつける装置であってもよい。
【0033】
FT−IR20の測定結果等を表示する出力装置30は、FT−IR20によって得られたスペクトル解析情報をはじめ、FT−IR20の制御に関わるデータ等を出力するための装置であり、具体的には、例えば、モニタ31,プリンタ32が挙げられるが、フレキシブルディスク、CD−ROM(CD−RWも含む)、DVD−ROM(DVD−RW、DVD−RAM等を含む)、磁気テープ等の記録媒体を介して出力可能な装置であってもよい。
【0034】
図4に示したフローチャートに従ってリン酸化解析装置内でのデータの流れを説明する。まず、ユーザがリン酸化の判別を見極める試料を用意する。そしてFT−IR20を用いて通常のFT−IR測定操作を実施する。このときスペクトル測定プログラム62により試料のスペクトルが測定され、スペクトルデータ33がモニタ31等から構成される出力装置30に出力される。
【0035】
次にスペクトルデータ33に基づきスペクトル解析プログラム63によりピーク値の波数のデータが算出される、得られたピーク値の波数のデータ34に基づいて、リン酸化判別プログラム64によりリン酸化されたアミノ酸の判別データ35が求められる。このとき、予め第一の記憶装置10に記憶されている範囲分類表に当てはめることにより、リン酸化されたアミノ酸の判別データ35が得られることとなる。得られたアミノ酸の判別データは出力装置30に出力される。
【0036】
つぎに、リン酸化の判別手法について図5に示すフローチャートの解析手順にそって説明する。まず、オペレーションシステム(OS)61の制御下でスペクトル測定プログラム62が起動し、当該プログラムにしたがって、サンプルの赤外吸収スペクトルの測定条件を設定し、当該測定条件下でFT−IR20によって測定され、測定されたスペクトル等がモニタ30等に表示される。
【0037】
次いで、前記OSの制御下で、スペクトル解析プログラム63を起動する。当該プログラムでは、前記スペクトル測定プログラムで得たデータを解析し、スペクトルのピーク位置の算出を実行する。なお、スペクトル解析プログラムはスペクトル面積の積分値、形状の微分値等演算値からピーク位置の波数を算出さえできれば良い。
【0038】
次いで、前記OSの制御下で、リン酸化判別プログラム64を起動する。当該プログラムでは、スペクトル解析プログラムで算出したピーク位置の波数の値からリン酸化の有無を判別するプログラムである。このプログラムは算出したピーク位置の波数の値が一点でもあれば解析できるが、精度良く判別するには5回以上測定した平均値から判別するのが望ましい。より望ましくは10回以上である。図5は10回以上の測定を行うより好ましい形態におけるフローチャートである。リン酸化判別プログラムは平均値の算出が可能であり、求まったピーク値の波数の平均値を以下の3つの領域のどこに該当するかを判定する。すなわち、ピーク値の波数の値(X)が1060<X<1068ならばスレオニンと判断し、1068<X<1076ならばセリンと判断し、1076<X<1085ならばチロシンと判断し、ピーク位置が見あたらない場合はリン酸化されていないと判断する。算出されたリン酸化の判別結果はファイル保存・読み出しプログラム65によって記憶装置60に保存される。また、プリンタ32等から構成される出力装置30により出力される。
【0039】
なお、上記各ステップにおいて随時ファイル保存・読み出しプログラム65よって第二の記憶装置60にデータ形跡結果を保存することも可能であり、保存データがあれば途中のステップから実施することも可能である。
【実施例】
【0040】
以下に具体例を挙げて説明するが、本発明のリン酸化解析装置、リン酸化判別プログラム及び該プログラムを記録する媒体の利用により判別可能なペプチド及びタンパク質の種類は具体例に限定されない。
【0041】
測定するサンプルは、ペプチドであれば数個のアミノ酸からなるオリゴペプチドから数十以上のアミノ酸からなるポリペプチドであっても構わない。またアミノ酸が数百結合したタンパク質であっても構わない。例えば、8個のアミノ酸が結合したオリゴペプチドであっても、約600個のアミノ酸が結合したタンパク質でも本発明によりリン酸化されているか否かの分析が可能である。
【0042】
[実験例1]
サンプルは、Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼの自己リン酸化部位を含む配列を合成した。すなわち、9merのペプチド(C02059B、配列番号2:Met-His-Arg-Gln-Glu-Thr-Val-Asp-Cys)の6番目のスレオニン残基にリン酸基が導入されたものを用い、合成した。比較対照用としてスレオニン残基にリン酸基が導入されていない非リン酸化ペプチド(C02059A、配列番号1:Met-His-Arg-Gln-Glu-Thr-Val-Asp-Cys)を用いた。なお、ペプチドはペプチド合成機を用いて合成し、リン酸化ペプチドはペプチド合成後に質量分析計(マススペクトル)でリン酸基が導入されていることを確認した。
【0043】
逆浸透圧ろ過を施した超純水5mlとメタノール5mlと酢酸10μlとを加えて調製した酢酸緩衝液500μlに、サンプル1mgを溶解することによりサンプル調製を行った。
【0044】
調製したサンプルは、直径13mm、厚さ1mmの材質がフッ化バリウム(BaF)の赤外透過性光学結晶板(GL Sciences,Inc製)に2μlずつ3回、すなわち、1点に合計6μl分を塗布した。塗布は、一回の塗布後、そのサンプルが乾燥するまで放置し、乾燥後次の塗布を行った。
【0045】
次いで、顕微フーリエ変換赤外分光光度計(Nic−plan、Nicolet製)により塗布したサンプルの赤外吸収スペクトルを測定した。FT−IRは赤外透過面積が100μm X 100μmの正方形で、透過法により測定を行った。測定結果を図1中のスペクトル(a),(b)に示す。
【0046】
[実験例2]
スレオニン残基リン酸化ペプチドであるC02059B(配列番号2)と、スレオニンの代わりにセリンを導入し、セリンにリン酸基を導入したリン酸化ペプチドであるC02014B(配列番号4:Met-His-Arg-Gln-Glu-Ser-Val-Asp-Cys)及びスレオニンの代わりにチロシンを導入し、チロシンにリン酸基を導入したリン酸化ペプチドであるC02014D(配列番号6:Met-His-Arg-Gln-Glu-Tyr-Val-Asp-Cys)をサンプルとして、実施例1の条件にて顕微FT−IRの測定を行った。測定結果を図1中のスペクトル(d)、(f)に示す。また、比較対照にセリン導入非リン酸化ペプチド(C02014A、配列番号3:Met-His-Arg-Gln-Glu-Ser-Val-Asp-Cys)及びチロシン導入非リン酸化ペプチド(C02014C、配列番号5:Met-His-Arg-Gln-Glu-Tyr-Val-Asp-Cys)を用いた。測定結果を図1中のスペクトル(c)、(e)に示す。
【0047】
図1でリン酸化した3種のペプチド赤外吸収スペクトル(b)、(d)、(e)のピーク位置の比較を検討したところ、リン酸化ペプチドはいずれも1,000乃至1,100[cm−1]でリン酸化特有のピークを観測したが、以下のようにリン酸化したアミノ酸の種類によりピーク位置の波数が異なることを見いだした。
【0048】
すなわち、赤外吸収スペクトルのピーク位置の波数(X)が1060<X<1068ならばスレオニンがリン酸化されており、1068<X<1076ならばセリンがリン酸化されており、1076<X<1085ならばチロシンがリン酸化されていることがわかった。その結果これらの3つの範囲に分類し、ピーク位置の波数がどこに該当するかを解析するアルゴリズムを組み込んだプログラムを用いることでリン酸化しているアミノ酸の種別を容易に判定できることがわかった。
【0049】
[実験例3]
リン酸化を判別するに際し、試料のpHに依存してピーク位置がどの程度変動するかを調べた。実験例1,2の試料をpH2−4に調整し、スペクトルを測定し、ピーク位置の波数の値を算出したところ、図2に示すようにpHによりピーク位置の波数は変動するが、スレオニン、セリン及びチロシンのピーク位置の相関は保たれ、上記手法でアミノ酸の種別まで可能であることを見いだした。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の解析装置、解析プログラム及び該プログラム記憶媒体を用いることにより、目的のペプチドあるいはタンパク質がリン酸化されているか否かが、煩雑で熟練を要する操作を経ずに判別できるため、病気の診断・治療につながる知見の蓄積を大いに期待できる。また、再生医療においてもリン酸化をモニタリングすることにより組織の再生の経過を把握することも可能となる。その結果、新しい診断法、新薬開発または再生医療技術の開発へのつながりが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】ペプチドまたはリン酸化ペプチドのFT−IR図である。
【図2】リン酸化ペプチドのFT−IRスペクトルにおけるpHの影響を調べた図である。
【図3】本発明のリン酸化解析装置の一例を示すブロック図である。
【図4】本発明のリン酸化解析装置におけるデータの流れの一例を示すフローチャートである。
【図5】本発明のリン酸化判別にかかわるプログラムの処理の流れを示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0052】
10 第一の記録装置
11 リン酸化アミノ酸判別フォルダ
20 FT−IR
30 出力手段
31 モニタ
32 プリンタ
40 入力手段
41 キーボード
42 マウス
50 作業用メモリ
60 第二の記録装置
61 オペレーティングシステム
62 スペクトル測定プログラム
63 スペクトル解析プログラム
64 リン酸化判別プログラム
65 ファイル保存・読み出しプログラム
66 データ記憶フォルダ
70 CPU

【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤外分光光度計によって得られたペプチドまたはタンパク質の赤外吸収スペクトルに関する情報を入力する入力手段と、
前記入力手段で入力された赤外吸収スペクトルに関する情報を記憶する記憶手段と、
少なくとも前記記憶手段に記憶された情報をもとに得られた赤外吸収スペクトルを出力する出力手段と、
を備える解析装置であって、
前記解析装置は、前記記憶手段に記憶された赤外吸収スペクトルに基づいて該ペプチドまたはタンパク質の赤外吸収スペクトルに含まれるピーク値を算出する算出手段と、前記ピーク値における波数値を記憶する手段を有し、
予め記憶されたリン酸化したアミノ酸の赤外吸収スペクトルに含まれるピーク値における波数値と前記ピーク値の波数値とを比較して、該ペプチドまたはタンパク質のリン酸化の有無を判別する判別手段と、
を備えることを特徴とするリン酸化判別解析装置。
【請求項2】
前記判別手段は、被検対象のペプチドまたはタンパク質に含まれるアミノ酸の中で、どのアミノ酸がリン酸化しているかを特定する手段をも有することを特徴とする請求項1記載のリン酸化判別解析装置。
【請求項3】
赤外分光光度計によって得られたペプチドまたはタンパク質の赤外吸収スペクトルに関する情報を入力する入力手段と、
前記入力手段で入力された赤外吸収スペクトルに関する情報を記憶する記憶手段と、
少なくとも前記記憶手段に記憶された情報をもとに得られた赤外吸収スペクトルを出力する出力手段と、
を備えるコンピュータにおいて、
前記コンピュータを、前記記憶手段に記憶された赤外吸収スペクトルに基づいて該ペプチドまたはタンパク質の赤外吸収スペクトルに含まれるピーク値を算出する算出手段と、前記ピーク値の波数値を記憶する手段を用いて、
予め記憶されたリン酸化したアミノ酸の赤外吸収スペクトルに含まれるピーク値における波数値と前記ピーク値の波数値とを比較し、該数値の相違から該ペプチドまたはタンパク質のリン酸化の有無を判別する手段と、
前記リン酸化されているかどうかの情報を出力する出力手段と、
を機能させることを特徴とするリン酸化判別プログラム。
【請求項4】
前記コンピュータを、
予め記憶されたリン酸化されたアミノ酸の種類に対応する赤外吸収スペクトルに含まれるピーク値における波数値と前記ピーク値の波数値とを比較して、
被検対象のペプチドまたはタンパク質に含まれるアミノ酸の中で、どのアミノ酸がリン酸化しているかを特定する特定手段と、
前記どのアミノ酸がリン酸化しているかの情報を出力する出力手段と、
を機能させるためのプログラムを更に備えることを特徴とする請求項3記載のリン酸化判別プログラム。
【請求項5】
赤外分光光度計によって得られたペプチドまたはタンパク質の赤外吸収スペクトルに関する情報を入力する入力手段と、
前記入力手段で入力された赤外吸収スペクトルに関する情報を記憶する記憶手段と、
少なくとも前記記憶手段に記憶された情報をもとに得られた赤外吸収スペクトルを出力する出力手段と、
コンピュータで読みとり可能な媒体から情報を読み出す読み出し手段とを備えるコンピュータとともに用いるためのプログラムを記録した読みとり可能な記録媒体であって、
前記プログラムが請求項3または4に記載のリン酸化判別プログラムであることを特徴とする記録媒体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−38614(P2006−38614A)
【公開日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−218308(P2004−218308)
【出願日】平成16年7月27日(2004.7.27)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】