説明

ペロブスカイト型酸化物、酸化物組成物、酸化物体、圧電素子、及び液体吐出装置

【課題】キュリー温度が低く、強誘電性能に優れた非鉛系ペロブスカイト型酸化物を提供する。
【解決手段】本発明のペロブスカイト型酸化物は、下記一般式(P)で表されるものである。
(Bix1,Bax2,Xx3)(Fey1,Tiy2,Mny3)O・・・(P)
(式中、Bi及びBaはAサイト元素であり、XはPb,Baを除く平均イオン価数2価の1種又は複数種のAサイト元素である。Fe,Ti,MnはBサイト元素である。Oは酸素。0<x1+x2<1.0,0<x3<1.0,0<y1+y2≦1.0,0≦y3<1.0,0<x1,0<x2,0<y1,0<y2。Aサイト元素とBサイト元素と酸素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ビスマスフェライト系ペロブスカイト型酸化物、及びこれを用いた酸化物組成物/酸化物体/圧電素子/液体吐出装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
強誘電性を有するペロブスカイト型酸化物は、圧電素子やスイッチング素子等の用途に利用されている。例えば、良好な圧電特性を示すペロブスカイト型酸化物としてチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)が知られている。PZTは電界無印加時において自発分極性を有する強誘電体であり、モルフォトロピック相境界(MPB)及びその近傍で高い圧電性能を示すと言われている。環境負荷を考慮すれば、Pb含有量は少ないことが好ましく、Pbを含まない非鉛系がより好ましい。非鉛系のペロブスカイト型酸化物において、より高圧電性能を有する新規材料開発が進められている。
【0003】
理論上圧電特性(強誘電特性)の高い非鉛系ペロブスカイト型酸化物として、Bi系ペロブスカイト型酸化物が検討されている。しかしながら、Bi系ペロブスカイト型酸化物は、その殆どが常圧での高温焼成ではペロブスカイト型構造を取りにくく、取り得ないものもある。
【0004】
その中で、BiFeOは、現在、バルクセラミックスにおいて唯一常圧にて製造可能なBi系ペロブスカイト型酸化物であり、従って、薄膜においても製造が容易である。また、BiFeO3は高いキュリー温度と大きな自発分極量を有することから、高性能な強誘電体メモリや圧電アクチュエータ材料としてとして検討されている。しかしながら、BiFeOの誘電率が小さく、抗電界Ecが大きく、リークも発生し、単体では高い圧電定数は期待できない。
【0005】
そこで非鉛系のペロブスカイト型酸化物として知られているチタン酸バリウム(BaTiO)に、BiFeO3を固溶させたペロブスカイト型酸化物膜が開示されている(特許文献1)。しかしながら、BiFeO−BaTiO系(BF−BT系)のペロブスカイト型酸化物は、BiFeO3のFeの価数変動により、リーク電流を発生しやすいという問題がある。
【0006】
リーク特性の改善のために、BF−BT系ペロブスカイト型酸化物のBサイトにMnを添加する技術が報告されている(例えば特許文献2)。特許文献2では、BF−BT系ペロブスカイト型酸化物において、BiFeOの低絶縁性によるリーク特性の改善を目とし、BiFeOのBサイトにMnを添加し、BaTiOのBサイトにZrを添加して固溶させたペロブスカイト型酸化物膜を開示している。
【0007】
一方、BiFeO−BaTiO系(BF−BT系)のペロブスカイト型酸化物は、非鉛系では比較的圧電特性が高いが、例えば薄膜では、鉛系に比べ30V/1μmt以下の低電界での圧電特性が低いという問題を有している。その要因の一つとして、BF−BT系のキュリー温度が高いことが挙げられる。図10に示されるように、キュリー温度と圧電d定数とには相関があることが知られているBF−BT系のキュリー温度は500℃程度またはそれ以上であり、キュリー温度を下げることにより圧電特性を向上させることが試みられている。
【0008】
特許文献2では、Zrの添加によるピンチング効果が得られることが記載されている。ピンチング効果とは、BaTiO等のように、広い温度域において多くの相転移点を有する化合物において、例えばBaSnO3等の化合物を固溶させることにより、都合のよい温度付近に相転移点を集め、比誘電率の温度変化を少なくし、更に大きな比誘電率を得る効果である。
【0009】
非特許文献1には、BiFeOのAサイトにGd元素を添加した、GdドープBiFeO−BaTiO系ペロブスカイト型酸化物が開示されており、キュリー温度が150℃―170℃となることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2007-287745号公報
【特許文献2】特開2009-252790号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Rai et al, Material Chemistry and Physics, 119 (2010), 539-545
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、BF−BTペロブスカイト型酸化物のキュリー温度は液体窒素温度から500℃までの範囲に相転移温度が観測されないため、特許文献2において。幅広い範囲に相転移温度を有する結晶を都合のよい相転移温度に集めるというピンチング効果が適用可能とは考えにくい上、Zr添加により圧電特性はむしろ低下している。
【0013】
また、非特許文献1のペロブスカイト型酸化物では、Gdのドープによりキュリー温度が150−170℃まで低下している。非特許文献1では、キュリー温度の低下には成功しているが、一方、かかるキュリー温度では、ペロブスカイト型酸化物を強誘電体素子や圧電素子、発電素子等のデバイスに用いる場合、駆動に伴ってデバイスの動作環境温度が上昇することを考慮すると、安定性及び信頼性の点で問題があると考えられる。上記デバイスへの応用では、例えば200℃以上、500℃未満のキュリー温度が好ましい。
【0014】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、安定性が高く、低電界において強誘電性能(圧電性能)に優れた新規非鉛系ペロブスカイト型酸化物を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明のペロブスカイト型酸化物は、下記一般式(P)で表されることを特徴とするものである。一般式(P)において、下記式(1)〜(4)を満足するものであることが好ましい。
(Bix1,Bax2,Xx3)(Fey1,Tiy2,Mny3)O・・・(P)
(式中、Bi及びBaはAサイト元素であり、XはPb,Baを除く平均イオン価数2価の1種又は複数種のAサイト元素である。Fe,Ti,MnはBサイト元素である。Oは酸素。0<x1+x2<1.0,0<x3<1.0,0<y1+y2≦1.0,0≦y3<1.0,0<x1,0<x2,0<y1,0<y2。Aサイト元素とBサイト元素と酸素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)
0.6≦x1+x2<1.0 ・・・(1)
0<x3≦0.4 ・・・(2)
0.6≦y1+y2<1.0 ・・・(3)
0<y3≦0.4 ・・・(4)
【0016】
本発明のペロブスカイト型酸化物において、下記一般式(P1)及び(P2)に示される第1成分及び第2成分を含むことが好ましい。このとき、本発明のペロブスカイト型酸化物は、第1成分と第2成分とにより主成分を構成することが好ましい。
第1成分:Bi(Fe,Mn)O・・・(P1)
第2成分:(Ba,X)TiO・・・(P2)
(上記第1成分及び第2成分において。Aサイト元素とBサイト元素と酸素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)
ここで、主成分とは、含量80モル%以上の成分を意味するものとする。
【0017】
前記Xは、Caであることが好ましく、前記Xが2種のAサイト元素を含む場合は、該2種のAサイト元素がBiとNa、又は、BiとKであることが好ましい。
【0018】
本発明によれば、モルフォトロピック相境界(MPB)又はその近傍の組成を有するペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
「MPBの近傍」とは、電界をかけた時に相転移する領域のことである。
【0019】
本発明の酸化物組成物は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とするものである。
本発明の酸化物体は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とするものである。本発明の酸化物体の形態としては、膜又はバルクセラミックス体が挙げられる。
【0020】
本発明によれば、圧電性能を有する本発明の酸化物体を提供することができる。
圧電性能を有する本発明の酸化物体は、結晶配向性を有する強誘電体相を含むことが好ましい。
本明細書において、「結晶配向性を有する」とは、Lotgerling法により測定される配向率Fが、80%以上であることと定義する。
配向率Fは、下記式(i)で表される。
F(%)=(P−P0)/(1−P0)×100・・・(i)
式(i)中、Pは、配向面からの反射強度の合計と全反射強度の合計の比である。(001)配向の場合、Pは、(00l)面からの反射強度I(00l)の合計ΣI(00l)と、各結晶面(hkl)からの反射強度I(hkl)の合計ΣI(hkl)との比({ΣI(00l)/ΣI(hkl)})である。例えば、ペロブスカイト結晶において(001)配向の場合、P=I(001)/[I(001)+I(100)+I(101)+I(110)+I(111)]である。
P0は、完全にランダムな配向をしている試料のPである。
完全にランダムな配向をしている場合(P=P0)にはF=0%であり、完全に配向をしている場合(P=1)にはF=100%である。
【0021】
圧電性能を有する本発明の酸化物体は、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相を含むことが好ましい。
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する前記強誘電体相は、略<100>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<111>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<100>方向に結晶配向性を有する斜方晶相、及び略<111>方向に結晶配向性を有する斜方晶相からなる群より選択された少なくとも1つの強誘電体相であることが好ましい。
本明細書において、「略<abc>方向に結晶配向性を有する」とは、その方向の結晶配向率Fが80%以上であると定義する。
【0022】
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する前記強誘電体相は、該強誘電体相の自発分極軸方向とは異なる方向の電界印加により、該強誘電体相の少なくとも一部が相転移する性質を有するものであることが好ましい。
【0023】
本発明の圧電素子は、圧電性能を有する上記の本発明の酸化物体と、該酸化物体に対して電界を印加する電極とを備えたことを特徴とするものである。
本発明の液体吐出装置は、上記本発明の圧電素子と、
該圧電素子に隣接して設けられた液体吐出部材とを備え、
該液体吐出部材は、液体が貯留される液体貯留室と、前記酸化物体に対する前記電界の印加に応じて該液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口とを有することを特徴とするものである。
【0024】
本発明の発電装置は、上記本発明の酸化物体と、
該酸化物体の一方の面に設けられ、外部からの力を前記酸化物体に伝えて該酸化物体に変位を生じさせる振動板と、
前記酸化物体を挟持するように配置された一対の電極と、
前記変位により前記酸化物体に生じる電荷を前記電極から取り出す取り出し電極とを備えたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0025】
本発明者は、BiFeO―BaTiO系ペロブスカイト型酸化物において、安定性を低下させることなく低電界における強誘電性能(圧電性能)を向上させることのできるドーパントを見出した。従って本発明によれば、安定性及び低電界における強誘電性能(圧電性能)に優れた新規非鉛系ペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】元素のイオン半径と価数を示した図
【図2】パルスレーザデポジション装置の装置構成を示す概略図
【図3】本発明に係る一実施形態の圧電素子及びこれを備えたインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造を示す要部断面図
【図4】図2のインクジェット式記録ヘッドを備えたインクジェット式記録装置の構成例を示す図
【図5】図3のインクジェット式記録装置の部分上面図
【図6】(a)は本発明に係る実施形態の発電装置の要部上面図、(b)は(a)の発電装置のA−A’断面図。
【図7】実施例1及び比較例1の圧電体膜のXRDスペクトル
【図8】実施例1の圧電素子のヒステリシス特性を示す図
【図9】比較例1の圧電素子のヒステリシス特性を示す図
【図10】キュリー温度と圧電d定数との関係を示す図
【発明を実施するための形態】
【0027】
「ペロブスカイト型酸化物」
本発明のペロブスカイト型酸化物は、BiFeO―BaTiO系ペロブスカイト型酸化物において、Aサイトにキュリー温度を低下させるドーパントを含むものである。
【0028】
本発明者は、Bi含有ペロブスカイト型酸化物においては、理論的に、Biの大きな質量とBiの電子軌道に起因して、Aサイトの動きがその圧電特性に大きく影響を及ぼし、Aサイトを動きやすくすることにより、高い圧電特性が得られることを見出した。かかる見解に基づき、本発明では、ペロブスカイト型酸化物のAサイトにキュリー温度を低下させうるドーパントをドープすることにより、Aサイトを動き安くしつつキュリー温度を低下させて、低電界において圧電特性の良好なペロブスカイト型酸化物を得る。
【0029】
すなわち、本発明のペロブスカイト型酸化物は、下記一般式(P)で表されることを特徴とするものである。一般式(P)において、下記式(1)〜(4)を満足するものであることが好ましい。
(Bix1,Bax2,Xx3)(Fey1,Tiy2,Mny3)O・・・(P)
(式中、Bi及びBaはAサイト元素であり、XはPb,Baを除く平均イオン価数2価の1種又は複数種のAサイト元素である。Fe,Ti,MnはBサイト元素である。Oは酸素。0<x1+x2<1.0,0<x3<1.0,0<y1+y2<1.0,0≦y3<1.0,0<x1,0<x2,0<y1,0<y2。Aサイト元素とBサイト元素と酸素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)
0.6≦x1+x2<1.0 ・・・(1)
0<x3≦0.4 ・・・(2)
0.6≦y1+y2<1.0 ・・・(3)
0<y3≦0.4 ・・・(4)
【0030】
本発明のペロブスカイト型酸化物において、下記一般式(P1)及び(P2)に示される第1成分及び第2成分を含むことが好ましい。このとき、本発明のペロブスカイト型酸化物は、第1成分と第2成分とにより主成分を構成することが好ましい。
第1成分:Bi(Fe,Mn)O・・・(P1)
第2成分:(Ba,X)TiO・・・(P2)
(上記第1成分及び第2成分において。Aサイト元素とBサイト元素と酸素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)
【0031】
ドーパント元素Xは、Pb,Baを除く平均イオン価数2価のAサイト元素であり、ドープによりキュリー温度を低下させることができるものであれば特に制限されない。ドーパント元素Xとしては、Caが好ましく、Sr、BiとNaとの組み合わせ、BiとKとの組み合わせ等でもよい。
【0032】
ドーパントXのモル比x3は、上記したように、0<x3≦0.4であることが好ましく、デバイスに応じたキュリー温度を好適な範囲内に制御する。また製造も容易であり好ましい。
【0033】
本発明では、BiFeO―BaTiO系(BF−BT系)ペロブスカイト型酸化物において、AサイトにドーパントXをドープすることにより、安定性及び低電界における強誘電性能(圧電性能)に優れた新規組成のペロブスカイト型酸化物を提供する。
【0034】
本発明のペロブスカイト型酸化物の相構造は特に制限されない。従って、複数のペロブスカイト型酸化物の成分が共存した2相〜4相の混晶構造になる場合もあるし、複数のペロブスカイト型酸化物の成分が完全固溶して1つの相になる場合もあるし、その他の構造もあり得る。
【0035】
BiあるいはPb等のAサイト元素は比較的揮発性が高く、かかる元素を含む系では、Aサイト欠陥が生じやすい傾向にある。また、かかるAサイト元素が揮発する際には酸化物の形で揮発することが多く、酸素欠損も同時に生じやすい傾向にある。本発明の系においては、ドーパントXがAサイト欠陥とそれに起因した酸素欠損による価数変動を補償することができ、更に、ドーパントXは、ドープされることにより母体酸化物のキュリー温度を低下させうる元素であることから、特性劣化を抑制しつつキュリー温度を低下させて低電圧において高い強誘電性(圧電性)を有するものとすることができる。
【0036】
また、「背景技術」の項目においても述べたように、BF−BT系は、化学式上は3価である遷移金属のFeの価数が変動しやすく、Feの一部が2価で存在することが知られている。BiFeOでは、Feの上記価数変動が生じるので、電気的中性条件を満たすために、2価のFe分に対応した酸素欠陥を生じ、これによってリーク電流が発生しやすくなるという問題がある。
【0037】
本明細書において、「リーク電流が発生しやすい」とは、(1)バイポーラ分極−電界ヒステリシス測定で、測定温度=室温、測定周波数=1KHz、印加電界E=200kV/cmの条件において、誘電性が確認できない、若しくは、(2)リーク電流測定(I−V測定)において、印加電界E=200kV/cmの条件において、1×10−2Aのリーク電流が発生することにより定義されるものとする。
【0038】
上記リーク特性を充分に改善するためには、Bサイト元素にMnをドープすること、すなわち上記一般式(P)において、0<y3とすることが好ましい。Mnのドープにより、Feの価数変動を良好に補償してリーク電流の発生を好適に抑制することができる。
【0039】
本発明者はまた、BiFeOあるいはBiAlO等の従来公知のBi系ペロブスカイト型酸化物においては、抗電界Ecが高いという課題を見出している。本発明者は、BF−BT系において、ドーパントXをドープすることにより、抗電界Ecが低下する効果が得られることを見出した。抗電界Ecが低下すれば、より低電界から圧電性能が発現するので、キュリー温度の低下による効果との相乗効果により、より効果的に圧電特性を向上させることができる。従って、本発明によれば、低電界にて高い圧電性能を得ることができる。
【0040】
上記したように、本発明では、BF−BT系のペロブスカイト型酸化物を、安定性が高く、低電界において強誘電性能(圧電性能)に優れたものとすることを可能にするものであるが、Aサイトにおいて、BiとBaのモル比がXに比して充分に小さくなる場合においても、ペロブスカイト型構造を取り得る範囲であれば、同様の効果を得られると本発明者は考えている。Aサイト元素Xは、そのBF−BT系ペロブスカイト型酸化物へのドープによりペロブスカイト型酸化物のキュリー温度を低下させうる元素である。従って、Aサイト元素Xの割合が増えれば、そのキュリー温度を良好に低くすることができると考えられる。Xの成分が多くなる場合は、より高い圧電特性を得る為には、Biの割合は比較的大きい方がよいと考えられる。
【0041】
非鉛系ペロブスカイト更に、PZT等の公知のペロブスカイト型酸化物において、モルフォトロピック相境界(MPB)及びその近傍で高い圧電性能を示すと言われている。以降、単に「MPB組成」と記載する箇所があるが、MPB及びその近傍の組成を意味するものとする。
【0042】
本発明はMPB組成に限定されるものではないが、MPB組成とすることで、より高圧電性能が期待でき、好ましい。
本発明のペロブスカイト型酸化物の相構造は特に制限されない。本発明において、圧電用途では、複数のペロブスカイト型酸化物の成分が共存した複数相の混晶構造であることが好ましく、少なくとも2種の結晶系を有することが好ましい。BiFeOの最も安定な結晶系が菱面体晶であるので、これと固溶させる他のペロブスカイト型酸化物としては、最も安定な結晶系が菱面体晶以外の結晶系(例えば正方晶)のものが好ましい。かかる混晶構造とすることにより、MPB又はその近傍の組成を有するペロブスカイト型酸化物とすることができ、高圧電性能が期待できる。
【0043】
MPB組成は、Aサイト及びBサイトの構成金属元素のイオン半径の関係から設計することができる。本発明者は先に、AサイトがBiを主成分とする非鉛系ペロブスカイト型酸化物のMPB組成設計に関する特許を出願している(特開2008-195613号)。MPB組成設計についてはこの文献を参照されたい。本発明では、ドーパントXのドープにより上記イオン半径の関係を調整することができるので、組成設計の自由度が高く、新規なMPB組成を設計することが可能である。このことは圧電性能等の性能に優れた新規材料の創出に繋がる。
【0044】
図1は、本発明のペロブスカイト型酸化物のAサイト及びBサイト元素として好適と考えられる元素のイオン価数とイオン半径との例を示した図である。本明細書において、「イオン半径」は、いわゆるShannonのイオン半径を意味している(R. D. Shannon, Acta Crystallogr A32,751 (1976)を参照)。「平均イオン半径」は、格子サイト中のイオンのモル分率をC、イオン半径をRとしたときに、ΣCiRiで表される量である。
【0045】
Aサイト及びBサイトへの入りやすさは、母体酸化物のAサイト及びBサイトの価数及びイオン半径によってほぼ決まるとされており、ドーパントをドープする際に、複数成分系である場合は、イオン半径が近く、また、より価数の近いサイトに入りやすいと考えられる。
【0046】
図1には、一般式(P)、(P2)におけるドーパント元素Xとしては、平均イオン価数2価のAサイト元素、例えば、Ca、(Bi,Na),(Bi,K)が好ましいことが示されている。
【0047】
従って、通常、平均イオン価数が2価のドーパント元素をAサイトへドープする場合は、Baが置換される形でXがドープされやすいと考えられる。一方、(Bi,Na)、(Bi,K)は平均イオン価数が2価ではあるが、Biは、母体酸化物において揮発したBiサイトがある場合はそれを補完する形でドープされることがある。
【0048】
既に述べたように、ペロブスカイト型酸化物はMPB組成とすることにより、高圧電性能が期待でき、好ましい。上記したように、本発明では、ドーパントXのドープにより組成設計自由度が高く、新規のMPB組成を設計することが可能である。このことは圧電性能等の性能に優れた新規材料の創出に繋がる。
以下、本発明のペロブスカイト型酸化物における具体的なMPB設計例について説明する。
【0049】
例えば、BaTiOは最も安定な結晶系が正方晶と推測され、BiFeOとBaTiO3とを固溶させることで、MPB組成又はその近傍の組成とすることが可能である。本発明者は、ドーパントXをドープしないBiFeO−BaTiO固溶系におけるMPB組成はBiFeO:BaTiO(モル比)=0.8:0.2〜0.6:0.4(バルク焼結体、薄膜など、ペロブスカイト型酸化物の形状により異なる)あるいはその近傍にあると推測している。
【0050】
BaTiOはペロブスカイト型構造を取りやすい第2成分であるが、BiAlOあるいはBiCoOのように、理論上高い圧電特性を有すると考えられるが、本来ペロブスカイト型構造を取りにくい酸化物を第2成分とする場合でも、本発明では、ドーパントX及び/又はYのドープにより、本来Biとペロブスカイト型構造を取りにくい酸化物であるBiAlOあるいはBiCoOの量を減らしたMPB組成設計が可能である。本来Biとペロブスカイト型構造を取りにくい酸化物であるBiAlOあるいはBiCoOの量を減らせるということは、よりペロブスカイト型構造が得られやすいことを意味する。
【0051】
以上説明したように、本発明はBiFeOーBaTiOペロブスカイト型酸化物に対して、Aサイト元素の揮発、且つ、キュリー温度を低下させうるドーパントXをAサイトにドープしたものである。
また、本発明において、Mnをドープする構成では、Feの価数変動によるリーク電流の抑制効果が充分に得られ、強誘電性能(圧電性能)が効果的に発現する。
本発明では、ドーパントXにより、安定性を損なわない範囲でキュリー温度を低下させることができる。
【0052】
更に、本発明では、ドーパントXにより、抗電界Ecを低下させることができる。抗電界Ecが低下すれば、キュリー温度の低下との相乗効果により、低電界から圧電性能が発現するので、高圧電特性化に繋がる。
本発明では、ドーパントXのドープによりAサイトが動きやすくなるため、Biの圧電特性への寄与を効果的に得ることができ、圧電特性を向上させることができる。
本発明では、新規なMPB組成設計が可能である。
本発明によれば、Pbを含まない、環境に優しいペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
【0053】
「酸化物組成物」
本発明の酸化物組成物は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とするものである。
本発明の酸化物組成物は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物以外のペロブスカイト型酸化物、他の酸化物、各種添加元素、及び焼結助剤など、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物以外の任意成分を含むことができる。
【0054】
「酸化物体(圧電体、強誘電体)」
本発明の酸化物体は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とするものである。酸化物体の形態は適宜設計され、膜、バルクセラミックス体、又は単結晶が挙げられる。
【0055】
本発明によれば、圧電性能を有する酸化物体(=圧電体(圧電体膜又はバルクセラミックス圧電体等))を提供することができる。本発明の圧電体は、インクジェット式記録ヘッド,磁気記録再生ヘッド,MEMS(Micro Electro-Mechanical Systems)デバイス,マイクロポンプ,及び超音波探触子等に搭載される圧電アクチュエータ等の用途に好ましく利用できる。
【0056】
本発明によれば、強誘電性能を有する酸化物体(=強誘電体(強誘電体膜又はバルクセラミックス強誘電体等))を提供することができる。本発明の強誘電体は、強誘電体メモリ(FeRAM)等の強誘電体素子に好ましく利用できる。
【0057】
以下、本発明の圧電体について説明する。
本発明の圧電体は、結晶配向性を有する強誘電体相を含むことが好ましい。
圧電歪には、
(1)自発分極軸のベクトル成分と電界印加方向とが一致したときに、電界印加強度の増減によって電界印加方向に伸縮する通常の圧電歪(電界誘起歪)、
(2)電界印加強度の増減によって分極軸が可逆的に非180°回転することで生じる圧電歪、
(3)電界印加強度の増減によって結晶を相転移させ、相転移による体積変化を利用する圧電歪、
(4)電界印加により相転移する特性を有する材料を用い、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相を含む結晶配向構造とすることで、より大きな歪が得られるエンジニアードドメイン効果を利用する圧電歪(エンジニアードドメイン効果を利用する場合には、相転移が起こる条件で駆動してもよいし、相転移が起こらない範囲で駆動してもよい)などが挙げられる。
【0058】
(2)可逆的非180°ドメイン回転を利用した圧電歪については、特開2004-363557号公報等に記載されている。(3)相転移を利用する圧電歪については特許第3568107号公報等に記載されている。(4)電界誘起相転移及びエンジニアードドメイン効果を利用した圧電歪については、“Ultrahigh strain and piezoelectric behavior in relaxor based ferroelectric single crystals”, S.E.Park et.al., JAP, 82, 1804(1997)、本発明者が先に出願した特開2007-116091号公報に記載されている。
【0059】
上記の圧電歪(1)〜(4)を単独で又は組み合わせて利用することで、所望の圧電歪が得られる。上記の圧電歪(1)〜(4)はいずれも、それぞれの歪発生の原理に応じた結晶配向構造とすることで、より大きな圧電歪が得られる。本発明の圧電体は例えば、(100)配向の強誘電体相及び/又は(111)配向の強誘電体相を含むことができる。
【0060】
上記の圧電歪(2)〜(4)を単独で又は組み合わせて利用する場合、本発明の圧電体は、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相を含むことが好ましい。
例えば、圧電歪(4)の系では、相転移が起こる強誘電体相が、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有していることが好ましく、相転移後の自発分極軸方向と略一致した方向に結晶配向性を有していることが特に好ましい。通常、結晶配向方向が電界印加方向である。
【0061】
強誘電体の自発分極軸は以下の通りである。
正方晶系:<001>、斜方晶系:<110>、菱面体晶系:<111>
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相は、略<100>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<111>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<100>方向に結晶配向性を有する斜方晶相、及び略<111>方向に結晶配向性を有する斜方晶相からなる群より選択された少なくとも1つの強誘電体相であることが好ましい。
【0062】
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相は、強誘電体相の自発分極軸方向とは異なる方向の電界印加により、強誘電体相の少なくとも一部が相転移する性質を有するものであることが好ましい。
【0063】
上記電界誘起相転移の系においては、相転移に伴う結晶構造の変化による体積変化が起こり、大きい歪変位量が得られる。
また、電界印加方向を相転移後の自発分極軸方向と略一致させる場合には、相転移前において、エンジニアードドメイン効果により、電界印加方向を相転移前の自発分極軸方向に合わせるよりも大きな変位量が得られ、好ましい。
【0064】
電界印加方向を相転移後の自発分極軸方向と略一致させることで、相転移が起こりやすくなる。これは、自発分極軸方向と電界印加方向とが合う方が結晶的に安定であり、より安定な結晶系へ相転移しやすくなるためと推察される。相転移が終了する電界強度以上の電界を印加しても、相転移せずに強誘電体相の一部が残る場合があるが、相転移が効率よく進行することで、相転移が終了する電界強度以上の電界を印加した際に、相転移せずに残る強誘電体相の割合を少なくすることができる。この結果として、電界印加方向を相転移前の自発分極軸方向に合わせるよりも、大きな歪変位量が安定的に得られる。
さらに、相転移後は、電界印加方向と自発分極軸方向とが略一致することになるので、相転移後の強誘電体相の圧電効果が効果的に発現し、大きな歪変位量が安定的に得られる。
【0065】
以上のように、電界印加方向を相転移後の自発分極軸方向と略一致させる場合には、相転移前、相転移中、相転移後のすべてにおいて、高い歪変位量が得られる。この効果は、少なくとも相転移前の強誘電体相の自発分極軸方向が電界印加方向と異なる方向であれば得られ、電界印加方向が相転移後の強誘電体相の自発分極軸方向に近い程、顕著に発現する。
【0066】
結晶配向性を有する強誘電体相を含む圧電体としては、配向膜(1軸配向性を有する膜)、エピタキシャル膜(3軸配向性を有する膜)、あるいは粒子配向セラミックス焼結体が挙げられる。
【0067】
配向膜は、スパッタ法、MOCVD法、プラズマCVD法、PLD(パルスレーザデポジッション)法、及び放電プラズマ焼結法等の気相法;ゾルゲル法及び有機金属分解法等の液相法などの公知の薄膜形成方法を用い、一軸配向性結晶が生成される条件で成膜することで形成できる。
エピタキシャル膜は、基板及び下部電極に圧電体膜と格子整合性の良い材料を用いることにより形成できる。エピタキシャル膜を形成可能な基板/下部電極の好適な組合せとしては、SrTiO/SrRuO、及びMgO/Pt等が挙げられる。
粒子配向セラミックス焼結体は、ホットプレス法、シート法、及びシート法で得られる複数のシートを積層プレスする積層プレス法等により、形成できる。
【0068】
「成膜装置及び成膜方法の例」
図2を参照して、本発明のペロブスカイト型酸化物膜の成膜装置及び成膜方法の例について説明する。本発明のペロブスカイト型酸化物膜の成膜方法としては特に制限されない。本実施形態では、PLD法によるエピタキシャル膜の成膜を例として説明する。
【0069】
PLD法では、パルスレーザ51から、回転可能なターゲットホルダ52上に設置されたターゲットTにレーザ光Lが照射されると、ターゲットTの表面とほぼ垂直方向にプラズマを生じ(プルームP)、ターゲットTの構成成分がプラズマや原子・分子状態になって基板11に到達する。次いで基板11上でマイグレーションしながら結晶核生成と結晶成長をレーザパルス毎に生じ、このプロセスを繰り返すことによって結晶成長する。成膜される膜13が酸化物膜である場合は、真空チャンバ53内は、酸素導入部54と減圧部55とにより低酸素分圧雰囲気とする必要がある。従って、プラズマ状態及び酸素分圧により得られる膜特性や結晶構造が変化する。
【0070】
本発明のペロブスカイト型酸化物膜が成膜される基板は特に制限されず、成膜される膜と格子整合性のよい材料を選択することが好ましい。エピタキシャル成長可能な格子整合性を有する基板を用いることにより、基板と同様の結晶配向性を有するペロブスカイト型酸化物エピタキシャル膜を成膜することができる。
【0071】
例えば、基板の(001)面にペロブスカイト型酸化物(P)の(001)面が格子整合する形で成膜する場合、基板の格子定数をCs、ペロブスカイト型酸化物(P)の格子定数をCとした際にnCs /mCが、0.95〜1.05(n,m=1〜5)の範囲内となるように材料を選択することが好ましい。
【0072】
Bi系酸化物と格子整合性が良好で、エピタキシャル膜を形成可能な基板としては、ペロブスカイト型単結晶基板が好ましい。ペロブスカイト型単結晶基板としては、SrTiO,NdGaO,及びLaAlO等の基板が挙げられる。基板上には、格子整合のとれたバッファ層や下部電極などを備えていてもよい。
【0073】
ペロブスカイト型単結晶基板以外の基板である場合には、Si基板やMgO基板などが挙げられ、エピタキシャル成長が可能なバッファ層等を備えていることが好ましい。かかる基板とバッファ層等の組合せとしては、Pt/Ti/SiO/Si,SrRuO/MgO/Si,SrRuO/YSZ/CeO/Si,SrRuO/MgO等が挙げられる。
【0074】
本発明者は、Bi系化合物は蒸気圧が高く揮発しやすい傾向にあるため、酸化ビスマスの揮発が結晶成長に影響を及ぼして、ペロブスカイト構造を取ることが難しくなると考えている。特に、Si基板上にPt/Ti電極のように、ガスバリア性の低い電極材料を介してBi系ペロブスカイト型酸化物膜を成膜する場合、揮発した酸化ビスマスがSi基板に到達してSiと反応して結晶成長に影響を与えやすいと考えられる。
【0075】
また、上記したように、基板に到達した原子や分子は基板11上でマイグレーションをしながら結晶核生成と結晶成長をレーザパルス毎に繰り返す。従って、レーザパルス周波数が高すぎると、マイグレーションした原子がペロブスカイト構造をとる前に次の原子が到達して堆積して異相を形成する可能性があり、レーザパルス周波数が低すぎると成膜速度が遅く、膜厚を確保できない可能性がある。特に、Biとペロブスカイト構造を取りやすいFeの量が少なくなると、より異相を作りやすい傾向にあると考えられる。
【0076】
また、PLD法において、例えば、酸素分圧の最適化によりBi系化合物の揮発を抑制し、更に、レーザパルス周波数や基板とターゲット間距離をコントロールして基板に対するプラズマ状態の最適化を行うことにより、異相の割合を低減し、本発明のペロブスカイト型酸化物(P)を含むペロブスカイト型酸化物膜を成膜することができる。
【0077】
「圧電素子(強誘電体素子)、インクジェット式記録ヘッド」
図面を参照して、本発明に係る実施形態の圧電素子、及びこれを備えたインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造について説明する。図3はインクジェット式記録ヘッドの要部断面図(圧電素子の厚み方向の断面図)である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0078】
図3に示す圧電素子1は、基板11の表面に、下部電極12と圧電体膜(強誘電体膜)13と上部電極14とが順次積層された素子である。圧電体膜13は本発明のペロブスカイト型酸化物(P)を含むペロブスカイト型酸化物膜であり、下部電極12と上部電極14とにより厚み方向に電界が印加されるようになっている。
【0079】
基板11は特に制限なく、ペロブスカイト型酸化物膜に対して格子整合性が良好なものであることが好ましい。
下部電極12としては特に制限されず、基板11上にエピタキシャル成長して得られたエピタキシャル膜であり、その上に成膜される圧電体膜13がエピタキシャル成長可能なものであることが好ましい。
上部電極14の主成分としては特に制限なく、Au,Pt,Ir,IrO,RuO,LaNiO,及びSrRuO等の金属又は金属酸化物及びこれらの組合せが挙げられる。また、Al,Ta,Cr,及びCu等の一般的に半導体プロセスで用いられている電極材料も用いることができる。
【0080】
下部電極12及び上部電極14の厚みは特に制限なく、50〜500nmであることが好ましい。圧電体膜13の膜厚は特に制限されず、500nm〜数十μm程度が好ましい。
【0081】
圧電アクチュエータ2は、圧電素子1の基板11の裏面に、圧電体膜13の伸縮により振動する振動板16が取り付けられたものである。圧電アクチュエータ2には、圧電素子1の駆動を制御する駆動回路等の制御手段15も備えられている。インクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)3は、概略、圧電アクチュエータ2の裏面に、インクが貯留されるインク室(液体貯留室)21及びインク室21から外部にインクが吐出されるインク吐出口(液体吐出口)22を有するインクノズル(液体貯留吐出部材)20が取り付けられたものである。
インクジェット式記録ヘッド3では、圧電素子1に印加する電界強度を増減させて圧電素子1を伸縮させ、これによってインク室21からのインクの吐出や吐出量の制御が行われる。
【0082】
基板11とは独立した部材の振動板16及びインクノズル20を取り付ける代わりに、基板11の一部を振動板16及びインクノズル20に加工してもよい。例えば、基板11がSOI基板等の積層基板からなる場合には、基板11を裏面側からエッチングしてインク室21を形成し、基板自体の加工により振動板16とインクノズル20とを形成することができる。
【0083】
圧電素子1は上記本発明のペロブスカイト型酸化物(P)を含む圧電体膜13を備えたものであり、本実施形態によれば、圧電性能に優れた圧電素子1を提供することができる。
【0084】
「インクジェット式記録装置」
図4及び図5を参照して、上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド3を備えたインクジェット式記録装置の構成例について説明する。図4は装置全体図であり、図5は部分上面図である。
【0085】
図示するインクジェット式記録装置100は、インクの色ごとに設けられた複数のインクジェット式記録ヘッド(以下、単に「ヘッド」という)3K,3C,3M,3Yを有する印字部102と、各ヘッド3K,3C,3M,3Yに供給するインクを貯蔵しておくインク貯蔵/装填部114と、記録紙116を供給する給紙部118と、記録紙116のカールを除去するデカール処理部120と、印字部102のノズル面(インク吐出面)に対向して配置され、記録紙116の平面性を保持しながら記録紙116を搬送する吸着ベルト搬送部122と、印字部102による印字結果を読み取る印字検出部124と、印画済みの記録紙(プリント物)を外部に排紙する排紙部126とから概略構成されている。
印字部102をなすヘッド3K,3C,3M,3Yが、各々上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド3である。
【0086】
デカール処理部120では、巻き癖方向と逆方向に加熱ドラム130により記録紙116に熱が与えられて、デカール処理が実施される。
ロール紙を使用する装置では、図4のように、デカール処理部120の後段に裁断用のカッター128が設けられ、このカッターによってロール紙は所望のサイズにカットされる。カッター128は、記録紙116の搬送路幅以上の長さを有する固定刃128Aと、該固定刃128Aに沿って移動する丸刃128Bとから構成されており、印字裏面側に固定刃128Aが設けられ、搬送路を挟んで印字面側に丸刃128Bが配置される。カット紙を使用する装置では、カッター128は不要である。
【0087】
デカール処理され、カットされた記録紙116は、吸着ベルト搬送部122へと送られる。吸着ベルト搬送部122は、ローラ131、132間に無端状のベルト133が巻き掛けられた構造を有し、少なくとも印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する部分が水平面(フラット面)となるよう構成されている。
【0088】
ベルト133は、記録紙116の幅よりも広い幅寸法を有しており、ベルト面には多数の吸引孔(図示略)が形成されている。ローラ131、132間に掛け渡されたベルト133の内側において印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する位置には吸着チャンバ134が設けられており、この吸着チャンバ134をファン135で吸引して負圧にすることによってベルト133上の記録紙116が吸着保持される。
【0089】
ベルト133が巻かれているローラ131、132の少なくとも一方にモータ(図示略)の動力が伝達されることにより、ベルト133は図4上の時計回り方向に駆動され、ベルト133上に保持された記録紙116は図4の左から右へと搬送される。
【0090】
縁無しプリント等を印字するとベルト133上にもインクが付着するので、ベルト133の外側の所定位置(印字領域以外の適当な位置)にベルト清掃部136が設けられている。
【0091】
吸着ベルト搬送部122により形成される用紙搬送路上において印字部102の上流側に、加熱ファン140が設けられている。加熱ファン140は、印字前の記録紙116に加熱空気を吹き付け、記録紙116を加熱する。印字直前に記録紙116を加熱しておくことにより、インクが着弾後に乾きやすくなる。
【0092】
印字部102は、最大紙幅に対応する長さを有するライン型ヘッドを紙送り方向と直交方向(主走査方向)に配置した、いわゆるフルライン型のヘッドとなっている(図5を参照)。各印字ヘッド3K,3C,3M,3Yは、インクジェット式記録装置100が対象とする最大サイズの記録紙116の少なくとも一辺を超える長さにわたってインク吐出口(ノズル)が複数配列されたライン型ヘッドで構成されている。
【0093】
記録紙116の送り方向に沿って上流側から、黒(K)、シアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)の順に各色インクに対応したヘッド3K,3C,3M,3Yが配置されている。記録紙116を搬送しつつ各ヘッド3K,3C,3M,3Yからそれぞれ色インクを吐出することにより、記録紙116上にカラー画像が記録される。
【0094】
印字検出部124は、印字部102の打滴結果を撮像するラインセンサ等からなり、ラインセンサによって読み取った打滴画像からノズルの目詰まり等の吐出不良を検出する。
印字検出部124の後段には、印字された画像面を乾燥させる加熱ファン等からなる後乾燥部142が設けられている。印字後のインクが乾燥するまでは印字面と接触することは避けた方が好ましいので、熱風を吹き付ける方式が好ましい。
【0095】
後乾燥部142の後段には、画像表面の光沢度を制御するために、加熱・加圧部144が設けられている。加熱・加圧部144では、画像面を加熱しながら、所定の表面凹凸形状を有する加圧ローラ145で画像面を加圧し、画像面に凹凸形状を転写する。
【0096】
こうして得られたプリント物は、排紙部126から排出される。本来プリントすべき本画像(目的の画像を印刷したもの)とテスト印字とは分けて排出することが好ましい。このインクジェット式記録装置100では、本画像のプリント物と、テスト印字のプリント物とを選別してそれぞれの排出部126A、126Bへと送るために排紙経路を切り替える選別手段(図示略)が設けられている。
大きめの用紙に本画像とテスト印字とを同時に並列にプリントする場合には、カッター148を設けて、テスト印字の部分を切り離す構成とすればよい。
インクジェット記記録装置100は、以上のように構成されている。
【0097】
「発電装置」
図面を参照して、本発明に係る実施形態の圧電素子、及びこれを備えた発電装置の構造について説明する。図6(a)は発電装置の上面図、図6(b)は要部断面図(圧電素子の厚み方向の断面図)である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0098】
図6(b)に示す発電装置4は、圧電素子1の裏面に外部からの力を圧電体13に伝えて該圧電体を変位させる振動板16を備え、変位により圧電体13に生じる電荷を電極(下部電極12、上部電極14)から外部に取り出す取り出し電極40(41,42)を備えた構成としている。本実施形態において圧電素子1は片持ち梁態様に支持された構成としており(図6(a))、支持されている端部は外部からの力を発生させる発生源(図示略)に接続されている。発電装置4の表面(上面)は、取り出し電極40の表面を除きSiO等の絶縁性の保護膜43で覆われている。片持ち梁態様は、外力が加わった際に圧電体13が大きく変位しやすいため好ましい。
【0099】
外力が加わって圧電体13が変位すると、圧電素子1には引っ張り応力と圧縮応力が発生する。圧電体13は振動板16に固着されていることから、固着面が伸び縮みできずに圧電体13には上記応力が加わることになり、その結果下部電極12及び上部電極14には電荷が生じる。
【0100】
振動板16としては、良好な弾性を有しているものであれば特に制限されず、樹脂、金属、セラミックス等様々な材料を用いることができ、ステンレス鋼やリン青銅などの耐腐食性が良く弾性の大きいものが特に好ましい。
【0101】
取り出し電極40としては特に制限されないが、導電性の良好なAu等の金属電極であることが好ましい。
【0102】
発電装置4は、例えば、基板11としてSOI基板を用いる場合、基板11上に下部電極12,圧電体13、上部電極を順次形成した後、上記インクジェット式記録ヘッド3と同様に、基板11の裏面側から、基板の一部をエッチングにより加工して振動板16を備えた片持ち梁態様を形成し、次いで、保護膜43、取り出し電極40を形成し、最後にドライエッチングにより加工して製造することができる。
【0103】
(設計変更)
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内において、適宜設計変更可能である。
【実施例】
【0104】
本発明に係る実施例及び比較例について説明する。
【0105】
(実施例1、比較例1)
各例において、(100)SrTiO単結晶基板表面に、PLD法にて0.2μm厚の(100)SrRuO下部電極を形成した。次いで、PLD法にて、以下の成膜条件にて、ペロブスカイト型酸化物膜の成膜を実施した。各例においてはターゲット組成を変える以外は同一条件で成膜を行った。
【0106】
ターゲット組成及び膜組成:
実施例1のターゲット組成:
Bi1.1FeO:Bi1.1MnO:BaTiO:CaTiO
=0.68:0.04:0.18:0.10
実施例1の膜組成:
(Bi0.72,Ba0.18,Ca0.10)(Fe0.68,Ti0.28,Mn0.04)O
比較例1のターゲット組成:
Bi1.1FeO:Bi1.1MnO:BaTiO
=0.76:0.04:0.20
比較例1の膜組成:
(Bi0.80,Ba0.20)(Fe0.76,Ti0.20,Mn0.04)O
【0107】
実施例1及び比較例1の共通の成膜条件:
SRO/STO基板、
レーザ強度200mJ、
レーザパルス周波数5Hz、
酸素分圧6.66Pa(50mmTorr)、
基板―ターゲット間距離50mm、
ターゲット回転数9.7rpm、
基板温度580℃、
成膜時間:240分間、
膜厚:1100nm厚。
【0108】
実施例1及び比較例1で得られた膜についてX線回折(XRD)測定を行った結果を図7に示す。図示されるように、いずれも(100)優先配向のペロブスカイト単相膜であった。
最後に、上記それぞれのペロブスカイト型酸化物膜上に、150nm厚のPt上部電極をスパッタ蒸着して、実施例1及び比較例1の圧電素子を得た。
【0109】
各例において得られた圧電素子について、片持ち梁(15mm×25mm,膜厚0.5mm)を用い、30V及び100Vの電圧を印加した時の先端の変位量を測定した。また、各例において、比誘電率の測定を実施した。アジレント社製「インピーダンスアナライザー4294A」を用い、Cp−Dモードで周波数を1kHz〜1MHzの範囲で変化させてキャパシタンスを測定し、膜厚及び電極面積から比誘電率を算出した。
【0110】
表1に、圧電特性(変位量)及び比誘電率の測定結果を示す。比誘電率については代表として1kHzの測定結果を示してある。表1に示されるように、低電界(30V)における変位量は、Caをドープした実施例1の方が、ドープしていない比較例1に比して1.5倍程度大きくなっていることが確認された。
【表1】

【0111】
次に、各例において、室温(25℃程度)にて、ペロブスカイト型酸化物膜に対して電界を印加して、バイポーラ分極−電界特性(PEヒステリシス特性)を測定した。測定周波数は1kHzとした。実施例1の結果を図8に,比較例1の結果を9に示す。図8には、図9に比して抗電界2Ec=|Ec(+)|+|Ec(―)|が低下していることが示されている。このことは、より低電界で強誘電性(圧電性)が発現することを意味している。
【産業上の利用可能性】
【0112】
本発明のペロブスカイト型酸化物は、インクジェット式記録ヘッド,磁気記録再生ヘッド,MEMS(Micro Electro-Mechanical Systems)デバイス,強誘電体メモリ、マイクロポンプ,超音波探触子等に搭載される圧電アクチュエータ、床や靴、タイヤ等に適用して用いる振動発電装置または振動モニタリング素子として好ましく利用できる。
【符号の説明】
【0113】
1 圧電素子
3,3K,3C,3M,3Y インクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)
12、14 電極
13 ペロブスカイト型酸化物膜(強誘電体膜,圧電体膜)
20 インクノズル(液体貯留吐出部材)
21 インク室(液体貯留室)
22 インク吐出口(液体吐出口)
100 インクジェット式記録装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(P)で表されることを特徴とするペロブスカイト型酸化物。
(Bix1,Bax2,Xx3)(Fey1,Tiy2,Mny3)O・・・(P)
(式中、Bi及びBaはAサイト元素であり、XはPb,Baを除く平均イオン価数2価の1種又は複数種のAサイト元素である。Fe,Ti,MnはBサイト元素である。Oは酸素。0<x1+x2<1.0,0<x3<1.0,0<y1+y2≦1.0,0≦y3<1.0,0<x1,0<x2,0<y1,0<y2。Aサイト元素とBサイト元素と酸素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)
【請求項2】
前記一般式(P)において、下記式(1)〜(4)を満足することを特徴とする請求項1に記載のペロブスカイト型酸化物。
0.6≦x1+x2<1.0 ・・・(1)
0<x3≦0.4 ・・・(2)
0.6≦y1+y2<1.0 ・・・(3)
0<y3≦0.4 ・・・(4)
【請求項3】
下記一般式(P1)及び(P2)に示される第1成分及び第2成分を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載のペロブスカイト型酸化物。
第1成分:Bi(Fe,Mn)O・・・(P1)
第2成分:(Ba,X)TiO・・・(P2)
(上記第1成分及び第2成分において。Aサイト元素とBサイト元素と酸素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)
【請求項4】
前記XがCaであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項5】
前記Xが2種のAサイト元素を含み、該2種のAサイト元素がBiとNa、又は、BiとKであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項6】
モルフォトロピック相境界又はその近傍の組成を有することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とする酸化物組成物。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とする酸化物体。
【請求項9】
膜であることを特徴とする請求項8に記載の酸化物体。
【請求項10】
圧電性能を有することを特徴とする請求項8又は9に記載の酸化物体。
【請求項11】
結晶配向性を有する強誘電体相を含むことを特徴とする請求項10に記載の酸化物体。
【請求項12】
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相を含むことを特徴とする請求項11に記載の酸化物体。
【請求項13】
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する前記強誘電体相が、
略<100>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<111>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<100>方向に結晶配向性を有する斜方晶相、及び略<111>方向に結晶配向性を有する斜方晶相からなる群より選択された少なくとも1つの強誘電体相であることを特徴とする請求項12に記載の酸化物体。
【請求項14】
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する前記強誘電体相は、該強誘電体相の自発分極軸方向とは異なる方向の電界印加により、該強誘電体相の少なくとも一部が結晶系の異なる他の強誘電体相に相転移する性質を有するものであることを特徴とする請求項12又は13に記載の酸化物体。
【請求項15】
請求項10〜14のいずれかに記載の酸化物体と、該酸化物体に対して電界を印加する電極とを備えたことを特徴とする圧電素子。
【請求項16】
請求項15に記載の圧電素子と、
該圧電素子に隣接して設けられた液体吐出部材とを備え、
該液体吐出部材は、液体が貯留される液体貯留室と、前記酸化物体に対する前記電界の印加に応じて該液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口とを有することを特徴とする液体吐出装置。
【請求項17】
請求項10〜14のいずれかに記載の酸化物体と、
該酸化物体の一方の面に設けられ、外部からの力を前記酸化物体に伝えて該酸化物体に変位を生じさせる振動板と、
前記酸化物体を挟持するように配置された一対の電極と、
前記変位により前記酸化物体に生じる電荷を前記電極から取り出す取り出し電極とを備えたことを特徴とする発電装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−249588(P2011−249588A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−121644(P2010−121644)
【出願日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】