ホウ素・ゲルマニウム吸着剤とその製造方法
【課題】 ホウ素、ゲルマニウムの吸着能力の高い吸着剤の開発が望まれている。キトサンは、化学薬品を使って化学架橋によって吸着剤を製造するという方法がある。しかし化学架橋に用いる試薬は毒性が強く、環境汚染、使用後の吸着剤中への残留などの問題がある。ホウ素、ゲルマニウムなど半金属の吸着能力に優れ、安定した架橋構造を有し、環境に優しい生分解性吸着剤を提供すること。
【解決手段】ポリオール類(複数の水酸基)官能基を持つ側鎖を有するキトサン誘導体に乳酸、尿素などの水溶液を加え撹拌混練し、電離性放射線を照射することにより、架橋構造を有するキトサン誘導体を製造する。
【解決手段】ポリオール類(複数の水酸基)官能基を持つ側鎖を有するキトサン誘導体に乳酸、尿素などの水溶液を加え撹拌混練し、電離性放射線を照射することにより、架橋構造を有するキトサン誘導体を製造する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温泉、沼地、海水、工場廃水、鉱山廃水などに含まれる有害な半金属を吸着除去するための吸着剤とその製造方法に関する。より詳しく言えば、本発明はホウ素(B)、ゲルマニウム(Ge)のような半金属に対して高い吸着能を有するキチン、キトサンを原料とする吸着剤とその製造方法に関する。
【0002】
キチン(chitin)は節足動物の皮膚、軟体動物の殻、菌類の細胞膜などに含まれる含窒素多糖類である。とくに蟹の甲羅などに含まれる。食用に供された蟹の甲羅は特に用途を持たず単に捨てられるだけである。単に廃棄物である蟹の甲羅から、キチンを原料とする何らかの有益な物質が得られるとすればそれは極めて有用なことである。
【0003】
図1にキチンの基本形であるβ−ポリ−N−アセチル−D−グルコミサンの分子構造の2単位分の一部を示す。高分子であるから、前後に多数の同一の単位が繰り返される。そこで繰り返し単位の2つ分だけを示す。以下の図でも同じである。基本となる単位は、水酸基や水素を含む5個の炭素原子と1つの酸素原子が形成する(5C+1O)六角形である。
【0004】
六角形といってもベンゼン核ではなく、炭素間の不飽和結合はない。これをピラノース環(pyranose)という。キチンは、基本の単位が酸素原子を介して長鎖状に繋がっている高分子である。六角形の5つの角が5つの炭素原子に当たる。図1もこれ以後の図も六角環の隅部にある5つの炭素原子は図示を略している。隅部炭素を貫く縦線は結合を示す。水素Hが付いているだけの場合は簡単のため表記を省略する。
【0005】
説明の便宜のため炭素原子に番号を付ける。右側の酸素との結合から数えて時計回りに炭素原子に、1、2、3、4、5、6の番号を振る。図1〜図4では環隅部に数字が振ってあるが、それは炭素の番号である。他のものと混同してはならない。1番と4番の炭素が酸素を介して連続していく。酸素原子の付く端から数えて5番目の炭素原子に−CH2OHが付いている。この炭素Cは6番目である。1番、5番の間の原子は酸素原子Oになっている。
【0006】
隣接単位を繋ぐ酸素Oの接続は方向性があり、中間の酸素原子から見て左右の単位は表裏になっている。ここでは簡単のため同じ面を示す。だから酸素の結合をZ型に表記している。これは表裏面がここ酸素原子で180度捻れていることを表している。以後も結合の酸素原子Oを含むZ型は表裏反転を意味する。2番目の炭素は−NHCOCH3が付いている。アミン基の水素の1つがアセチル基になっている。アセチル基をAcと書いてここをNHAcと略記することもある。アセチル基があるのでキチン(chitin)なのである。3番目の炭素には−OHが付く。
【0007】
キチンは通常、粉末状で存在する。また水素結合が強くて水に溶けない。さらに放射線照射によって架橋しない。
【0008】
キトサン(chitosan)は、キチンを濃アルカリ溶液と加熱し或いはアルカリ融解をして脱アセチル化(CH3CO−を除去)をした生成物である。2番目の炭素に結合するものは−NHCOCH3でなくてアミン基−NH2である。キトサンの基本形はβ−ポリ−D−グルコサミンである。キトサンも通常は非結晶粉末で水に不溶である。ヨウ素と硫酸で処理すると紫色を呈するので、それによってキチンが含まれるということがわかる。
【0009】
図2にキトサンの基本形であるβ−ポリ−D−グルコサミンの構造を示す。5番目の炭素に−CH2OHがつき、1、5番目に挟まれるのが酸素O、3番目の炭素に−OHが付いていると言う点でキチンと同じである。これも酸素原子Oを介して長鎖状に繋がっている。5炭素1酸素よりなる6角環上の2番目の炭素にアミン基−NH2が付いている。誘導体も含め単にキチン、キトサンと呼ぶことが多い。誘導体の場合も含めて、2番目の炭素に、キトサンは−NH2、キチンは−NHCOCH3が付いているので区別できる。
【0010】
生体の一部を成すものであるから、キチン、キトサンには生分解性がある。廃棄されると、自然に分解して消滅する。キチン、キトサンはその他に多数の誘導体を持つ。5番目の炭素原子(−CH2OHが付いていた)に結合する分枝の違いによって、多種類に誘導体が生じる。上記の1つの高分子を指す他に誘導体も含めてキチン、キトサンという。
【0011】
後に述べるように、本発明の実施例ではジヒドロキシプロピルキトサン(dihydroxypropylchitosan)を原料に用いる。図3にジヒドロキシプロピルキチンの2つ分の構造を示す。この単位が長く連続した高分子である。
【0012】
図4にジヒドロキシプロピルキトサン2単位分の構造を示す。6角環の5番目の炭素に−CH2OHが付いていたがその代わりに−CH2OCH2CHOHCH2OHが付いている。−CH2Oに続く部分の変化でキチン、キトサンは様々の誘導体を持つ。この部分の違いに応じて名前が付く。
【0013】
ここではCH2CHOHCH2OHが付いており、2つ(di)の水酸基(hydroxy)を持つプロピレン基(propyl;CH3CH2CH2−)なのでこの名前がある。2番目の炭素原子に付くのが−NH2だとキトサン、−NHCOCH3だとキチンである。混合している場合もある。その場合は−NH2が50%以上だとキトサン、50%以下ならキチンである。区別しにくい場合も多いのでキチン、キトサンと併称するのである。
【0014】
キチン、キトサンは5番目の炭素に付く分枝の水酸基OH(hydroxyl)、2番目の炭素のアミノ基(amino)のNH2の間に水素結合ができる。それによって、高分子内部で多数の水素結合ができる。キチン、キトサンは水素結合が極めて強力なので、水酸基は不活性となり水に不溶である。化学的な活性も低い。そのままでは半金属吸着性能はない。また、放射線照射で架橋しない。
【0015】
キチン、キトサンの様々の誘導体は、図1のキチン、図2のキトサン基本形のうちCH2OHの付いた5番目の炭素原子にCH2OH以外の様々の炭化水素が付くことによって生ずる。それに応じ名前が様々に変わる。
【0016】
後で明らかになるが、本発明ではこの5番目の炭素原子に付く分枝の水酸基(−OH)の数が2つ以上のキチン、キトサンを問題にする。ホウ素、ゲルマニウムなど半金属に対して、水酸基が1つのものはどのようにしても吸着性がないので、吸着剤とすることできない。だからキチン、キトサン(図1、図2)基本形そのものは、5番目の炭素に水酸基を1つ持つ分枝(−CH2OH)があるだけなので本発明では使えない。
【0017】
5番目の炭素に2つの水酸基が付く最小の分枝を持つものが先述のジヒドロキシプロピルキトサン(図4)である。実施例ではジヒドロキシプロピルキトサンを用いているが、その他の2つ以上の水酸基を持つキチン、キトサン誘導体でもよい。
【背景技術】
【0018】
ホウ素(B)、ゲルマニウム(Ge)などの半金属は、幅広い分野で用いられる。ホウ素、ゲルマニウムなど半金属はそれ自身で半導体の性質を有するので、ハイテク産業の新素材開発における不可欠の元素群として注目されている。それだけにホウ素、ゲルマニウムなど半金属は工場廃水に含まれることが多い。いずれも人体、動物などに有害な作用を及ぼす。工場廃水から可能な限りホウ素、ゲルマニウムを除去しなければならない。
【0019】
廃棄物の処理場や工場跡地の土壌中にもホウ素、ゲルマニウムが高濃度で含まれることがある。そのような場合も土壌からホウ素(B)、ゲルマニウム(Ge)などを除去することが望ましい。
【0020】
自然の沼地にもホウ素やゲルマニウムが含まれることもある。沼地を利用しようとする場合は、これら有害な半金属を予め除去する必要がある。
【0021】
温泉や冷泉の源水にも、ホウ素やゲルマニウムが含まれることがある。浴用に温泉や冷泉を利用する場合はホウ素、ゲルマニウムなどを除去する必要がある。2007年中に、日本の温泉中に含まれるホウ素の上限を規制する法律ができると言われている。基準量を上回るホウ素を含む鉱泉は数多い。そうなるとホウ素を除去する実効ある手法が不可欠である。しかし、未だ実際に有効なホウ素除去方法は存在しない。
【0022】
海水或いは海水成分を利用しようとする場合も同様である。場所によっては海水中にも高濃度のホウ素(B)、ゲルマニウム(Ge)が含まれることがある。海水成分を利用するためには、海水からホウ素(B)、ゲルマニウム(Ge)を除く必要がある。
【0023】
ホウ素、ゲルマニウムなどの半金属を含む廃水処理法として、いくつかの吸着処理法が知られている。しかし未だ満足できる方法はない。
【0024】
例えば凝集沈澱法、イオン交換吸着法、キレート吸着法などが提案されている。
これらの吸着法の中でキレート吸着法は、ホウ素、ゲルマニウムが、糖類やアルコール類などの複数の水酸基含有化合物(ポリヒドロキシ化合物:polyhydroxy)と錯体を形成するという性質を利用したものである。
【0025】
キレート吸着法においては、例えば非特許文献1は、水酸基(−OH)を含む官能基を不溶性の高分子に導入した樹脂として、メチルグルカミン基を導入したポリスチレン系(polystyrene)吸着樹脂を用いた吸着剤を提案している。
【0026】
しかしながら、このポリスチレン系母材のキレート樹脂は、ホウ素、ゲルマニウムの吸着容量が不十分であるという欠点がある。また石油を原材料としたスチレン(ベンゼン環−CH=CH2:C6H5CH=CH2)はベンゼン核を主体とする。植物の茎や動物の骨格などからできたものでない。だから元々生分解性がない。
【0027】
吸着剤はいずれ廃棄されるのであるから、生分解性があることが望まれる。キチン、キトサンはその点でも有望な材料である。
【0028】
特許文献1は、化学架橋したジヒドロキシプロピルキトサン誘導体を、ゲルマニウムの吸着剤として使えるということを主張している。具体的にはアルカリの存在下で、3−クロロ−1,2プロパンジオールをキトサンに反応させ、2,3−ジヒドロキシプロピル基を導入し、クロロメチルオキシラン又はエチレングリコールジグリシジルエーテルで架橋するというものである。そのような強力な化学薬品を使うことによって架橋させることができる。しかしクロロメチルオキシラン又はエチレングリコールジグリシジルエーテルなどの化学架橋材は、毒性が強く極めて有害である。化学架橋剤の残留、作業現場の環境汚染というような深刻な問題がある。
【0029】
それだけでなく、化学架橋は不十分な手法である。化学架橋剤の使用によって、ジヒドロキシプロピル基などの吸着用官能基と架橋剤との反応が起こる。そのために、有効な水酸基のキレート吸着サイト数が減る。だからゲルマニウムを吸着する作用は不十分である。
【0030】
架橋しなければ化学的に安定性を持せず、吸着剤として使えない。高分子を架橋させるには、化学的な手法と放射線照射による方法が知られている。上記のように化学薬品による架橋には有毒薬剤残留、環境汚染などの重大な問題があり、放射線によって架橋できるということが切に望まれる。
【0031】
キチン、キトサンは、水素結合が強くて水に溶けない。そのままで放射線を照射しても架橋反応は起こらない。水素結合が強いために、キチン、キトサンは水を添加して放射線を当てても、架橋反応は起こらない。
【0032】
しかし、一部のキチン、キトサン誘導体は分子間の水素結合がやや弱いため、高濃度の水溶液を放射線照射によって架橋することができるらしい。そのような特別なキチン、キトサンが存在するようである。
【0033】
特許文献2はCMキトサン(カルボキシメチルキトサン;5番目の炭素の分枝CH2O−に付くものがCH2COOH)は固体(粉末)や希薄水溶液の状態で放射線照射しても、分解が先に起こり架橋は起こらないと述べている。CMキトサンに精製水を加えてよく練り、粘りあるペースト状にする。CMキトサン濃度が30〜50%である高粘稠度のペーストである。高粘稠度ペーストのCMキトサンに5〜3000kGyの電子線照射をすると架橋させることができたと主張している。架橋したCMキトサンはゴム状の弾力性のあるゲル状になるという。
【0034】
ゲル状のCMキトサンは水を大量に吸収できるらしい。大量の水を吸収させてハイドロゲルにすると、定型がないので任意に賦形できる。ハイドロゲルにしたCMキトサンは抗菌性を有するので、医療分野で広く使用できる可能性があると主張している。抗菌性があるから、包帯やシーツにしみ込ませると傷の殺菌、床ズレ防止などに役立つ筈だと述べている。しかし抗菌性の有無に関し実証はない。
【0035】
【非特許文献1】「新規健康項目に追加されたホウ素の対策」恵藤良弘 用水と廃水 Vol.41 No.10
【特許文献1】特許第2934839号(特開平10−195555、特願平9ー14616)
【特許文献2】特開2003−160602(特願2001ー362131)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0036】
特許文献1に従えば、化学架橋した一部のキトサン又はキトサン誘導体は、水処理の吸着剤として利用できる可能性がある。これらのキトサン誘導体の架橋体はホルマリン、グルタルアルデヒド、エピクロルヒドリンなどの試薬を用い、化学架橋によって合成される。Ge吸着に用いる化学架橋したキトサンの一例を特許文献1によって説明した。3−クロロ−1,2プロパジオール、クロロメチルオキシラン、エチレングリコールなどの有毒で危険有害な化学薬品で架橋させている。
【0037】
これらの化学架橋のための化学薬品は毒性が強い。そのため作業現場の環境汚染という問題を引き起こす。さらに化学薬品の吸着剤への残留という問題もある。そのようなものを使うのは環境向上のために好ましくない。
【0038】
化学架橋にはもう1つ問題がある。化学薬品によって架橋したものは、吸着に必要なジヒドロキシプロピル基の水酸基を架橋に一部使ってしまい吸着サイトが減少するために吸着能が低いという、より根本的な難点もある。
【0039】
環境に負荷を与えず、化学架橋材を使わず、しかも吸着性能に優れた吸着剤が求められる。
【0040】
生分解性高分子は、土壌中の微生物によって分解消化する。使用後の処理が容易であるという利点を持つ。生分解性高分子は環境低負荷型材料として注目されている。キチン、キトサンは生分解性高分子の1つである。だからキチン、キトサンによって吸着剤を作ることができれば好都合である。
【0041】
しかし、吸着剤とするには安定的な化学構造を作らなければならず、安定性を持たせるには架橋しなければならない。化学架橋は危険、有害、低効率であるから採りたくない。そうなると放射線照射による架橋しか途がない。しかし、半金属吸着剤にならない一部の水溶性キチン、キトサン誘導体(特許文献2)を除いて、水不溶性ジヒドロキシプロピルキチン、キトサンは放射線によって架橋する方法が知られていない。
【0042】
先述のように、特許文献2はCMキチン、CMキトサン(カルボキシメチルキチン、カルボキシメチルキトサン)に精製水を加え練り固め、電子線照射によって架橋できたと述べていた。これは水酸基(−OH)が0或いは1つしかないキチン、キトサン誘導体であってそういうものは水で混練しペーストとすると放射線架橋が可能なのかもしれない。特許文献2が挙げているものは、カルボキシアルキルキチン、カルボキシアルキルキトサン、ヒドロキシアルキルキチン、ヒドロキシアルキルキトサン、アルキルキチン、アルキルキトサンである。前述のようにこれらは5番目の炭素に付く分枝による分類である。
【0043】
アルキル基というのはCmH2m+1−でメチル、エチル、プロピル基等の総称である。分枝が−CmH2m+2COOHであるものがカルボキシアルキルキチン、カルボキシアルキルキトサンである。分枝が−CmH2m+2OHであるものがヒドロキシアルキルキチン、ヒドロキシアルキルキトサンである。分枝が−CmH2m+1であるものがアルキルキチン、アルキルキトサンである。これらは水酸基−OHがないか或いは1つしかない。そのようなものを特許文献2は水に混練し放射線照射し架橋することができると主張しているのである。
【0044】
本発明者の研究によれば、側鎖の中に1つしか水酸基を持たないものは吸着性がない。たとえ架橋できても吸着剤にならない。吸着剤にできる可能性があるのは、2つ又は2つを越える水酸基(−OH)を持つキチン、キトサンである。水酸基が2つ以上あるものはポリオールキチン、ポリオールキトサンということがある。水酸基が2つのものはジオールキチン、ジオールキトサンということができる。3つあればトリオールキチン、キトサンと言える。
【0045】
本発明は2つ以上の水酸基を5番目の炭素の分枝に有するものを材料とする。
しかし2つの水酸基(−OH)を持つキトサン、例えばジヒドロキシプロピルキトサン(dihydroxypropylchitosan)はより強い水素結合を持つ。水酸基が不活性であるため、水に対して難溶性である。水の添加によって均一に混練できない。放射線を照射しても分解するだけで、架橋は起こらない。それ以上の水酸基を持つものでも事情は同様である。吸着性を期待できる2つ以上の水酸基(−OH)を持つキチン、キトサン誘導体は、特許文献2の手法では放射線架橋することができない。
【0046】
水に溶けず、放射線架橋も不可能にしているキチン、キトサンの中の強い水素結合というのは一体何であるのかを考えてみたとき、先程の2つの水酸基を持つジヒドロキシプロピルキトサンの水素結合として図12〜図15の可能性が考えられる。
【0047】
図12は、5番目の炭素に付くジヒドロキシプロピル基の最外の酸素Oと、2番目の炭素に付くアミン基の水素Hが水素結合するという候補である。隅部の炭素自体は省略しているが、炭素と結合する水素も省略せずに書いてある。水素結合はここでO、Hを結ぶ破線O…Hで示す。
【0048】
図13は、5番目の炭素に付くジヒドロキシプロピル基の最外殻から2番目の酸素と、2番目の炭素に付くアミン基の水素Hが水素結合するというモデルである。これも可能な候補である。
【0049】
図14は、ジヒドロキシプロピルの5番目の炭素に付く分枝の2つの水酸基OHの酸素の何れもが、2番目の炭素の−NH2の水素と結合するというモデルを示す。
【0050】
特許文献2は、水酸基1つのキチン、キトサン誘導体に水を添加して撹拌することによって、水素結合をほどき架橋することができると主張している。もしも図12、13のような水素結合であれば、水酸基1つのキチン、キトサンの場合とあまり変わらない筈であるから、水を添加し撹拌することによって、放射架橋が可能であろうと思われる。
【0051】
ところが2つの水酸基を持つジヒドロキシプロピルキトサンは特許文献2と違い、水素結合を緩和するのに水では役に立たないことが分かった。従って、それ以外の水素結合の可能性を考える必要がある。
【0052】
図14は、5番目の炭素に繋がるジヒドロキシプロピル基の水酸基の酸素が2つ共2番目の炭素のアミン基−NH2の水素Hに結合するというものを示す。これであると、水を添加したぐらいでは堅固な水素結合が解けない、ということが了解される。
【0053】
図15は、5番目の炭素に繋がるジヒドロキシプロピル基の水酸基OHの酸素が水素Hを介して水素結合したというものである。2つとも水酸基OHが封じられており、水の添加で解けないだろうということが推測される。
【0054】
従って4つの可能性のうち、ジヒドロキシプロピルキトサンの水素結合は図14、15のようなものだろうと推量される。だから特許文献2の水添加の方法が役に立たないのであろう。
【0055】
半金属(ホウ素、ゲルマニウム)とキレート結合しやすいこれらの官能基を持つキチン、キトサンの誘導体を放射線によって架橋できれば、キレート構造を作り水中にあるホウ素(B)、ゲルマニウム(Ge)などの有害な半金属を有効に除去でき、無害で環境に負荷を与えず、廃棄にも適した吸着剤を与えることができる筈である。
【0056】
キチン、キトサンを用いた、環境を汚染することなく安全で高効率の吸着性能を有し、廃棄後は自然に分解するホウ素、ゲルマニウムの吸着剤を提供することが本発明の目的である。
【0057】
純粋のキチン、キトサン側鎖は水酸基が1つ(分枝は−CH2OH)しかない(モノオール)ので吸着性はない(特許文献2は水添加で架橋可能と主張)。水酸基が2つ以上あるキチン・キトサン誘導体は、架橋することができればキレート構造を作り、ホウ素、ゲルマニウムを吸着する可能性がある。
【0058】
2つ或いは2つ以上の水酸基(hydroxy)を持つポリヒドロキシ化合物(ポリオール)類の官能基によるアルキル、アリル化によって置換されたキチン・キトサン誘導体類(例えばジヒドロキシプロピルキトサン)は、強い水素結合を持つ。
【0059】
水素結合は水酸基、アミン基などの間で生じる。強い水素結合のため水に溶けず、水の添加による放射線架橋が起こらない。特許文献2の手法は役に立たない。特許文献1のような化学架橋は可能であるが、有毒有害で低効率である。有毒物を使わず、環境汚染の心配のない安全な放射線架橋によって、キレート構造を作りたい。
【0060】
水酸基が2つ以上のポリオールキチン、キトサンは特許文献2のように水で練ってもペースト状にならない。特許文献2の手法は水酸基が1つしかないものには有効であるが、2つ以上の水酸基を持つキチン、キトサンには役に立たない。
【課題を解決するための手段】
【0061】
本発明者は鋭意研究を重ねた。その結果、乳酸(CH3CH(OH)COOH)或いは尿素(NH2)CO(NH2)の水溶液にジヒドロキシプロピルキトサン(dihydroxypropylchitosan)加え、分子間水素結合を弱めて放射線照射を行うと架橋が起こるということが分かった。乳酸又は尿素水溶液に入れるということが新規な工夫である。水に溶けないので、乳酸、尿素水溶液にも簡単には溶けない。しかし少しずつ加え、十分に撹拌して懸濁液を作ることができる。さらに原料を追加し撹拌し、粘度の高いペースト状にすることができる。
【0062】
そこへ放射線を当てると架橋が起こる。高分子ラジカルの間で架橋反応が起こるのである。分解と架橋が同時に進行するが、架橋が優越する。架橋が進むと硬くなる。架橋体は粉末でなく硬い塊になる。乾燥した塊を叩いて適当な大きさの粒子にすることができる。
【0063】
この架橋体は、ホウ素、ゲルマニウムなど半金属に対し優れた吸着能を持つということも分かった。塊状の架橋体を網目のある袋に入れて吸着剤とすることができる。塊状のキチン・キトサン吸着剤は水に溶けない。いくら汚水を通してもその形状を損なわず減量しない。キレート構造によってホウ素、ゲルマニウムを吸着する。十分にホウ素、ゲルマニウムを吸着した後は廃棄処分するが、生分解性を持つので自然に消滅する。
【0064】
本発明は、強い水素結合のために水に難溶であるポリオール(2つ以上の水酸基を持つ)キチン・キトサン誘導体を、乳酸、尿素水溶液の添加によって水素結合の作用を弱め、放射線照射によって、高分子ラジカル同士の接触を活発化させ、架橋に成功したものである。
【0065】
乳酸、尿素水溶液の添加によって、水素結合を弱体化してから混練し粘稠体とし、その状態で放射線を当て架橋するようにしたところが本発明の要諦である。堅固な水素結合が存在したままでいくら放射線を当てても、高分子が細かく分解するだけで架橋がおこらない。本発明は、乳酸或いは尿素で水素結合を弱体化させてから放射線照射し架橋に成功している。
【0066】
乳酸、尿素によって水素結合が緩むのか明確な理由は分からない。以下は推測であるが本発明者は次のように考える。
【0067】
図14、図15のような2つの水酸基の酸素が、水素結合O−H…Oによって堅固に結びついているので、水ではこれに対し作用できない。乳酸CH3CH(OH)COOHは、−NH2と反応させ、−NH2をプロトン化できる。さらに極性なO=C−OHという部分があり、O=が水素結合のHを引きつけ、−OHのHが水素結合のOを引きつけるので、水素結合が解けるのであろうと推測される。
【0068】
尿素(NH2)CO(NH2)の場合はC=Oの酸素O=が水素結合のHを引きつけ、N−HのHが水素結合のOを引きつけるので水素結合が緩むのだろうと思われる。そのような作用は急激には起こらないから、時間を掛けて徐々に水素結合を緩めるのである。
【0069】
材料を少しずつ何度も追加して撹拌し、粘度を高めていくようにする。水素結合が緩んでから、電子線、X線、γ線などの放射線を当てると自由になった高分子ラジカルが架橋反応を起こすのである。乳酸、尿素との混合撹拌は水素結合を弱め、高分子がフレキシブルの状態になって、放射線照射によって架橋反応が起こる。
【0070】
本発明者は、放射線架橋によって製造された架橋体吸着剤が、水中のホウ素、ゲルマニウムなど半金属を効率よく吸着することを見い出した。
【0071】
ホウ素とキレート錯体を作るには、4つの水酸基が必要である。図10にジヒドロキシプロピルキトサンの場合のキレート構造の1つの例を示す。5番目の炭素に続く分枝はプロピレンの2つの炭素に水酸基OHが付いたものであったから、これからHがとれて2つの酸素原子O、Oにホウ素Bが繋がる。
【0072】
これで安定してホウ素を吸着できるとすると、ジヒドロキシプロピルキトサンの1単位(9C、6O、15H、1N)の分子量は233である、ホウ素の原子量は11であるから、全部の水酸基がホウ素を吸着したとして、11/233=47mg/gという値で飽和する筈である。後に実施例で述べるが、本発明の場合、ホウ素吸着量の最大値は17mg/g程度までいくので本発明の吸着性能の優れていることがよくわかる。
【0073】
図11は2単位を含む水酸基OHの4つが集まってホウ素を取り囲み、錯体を形成したものというイメージ図である。酸素で捻れると、隣接単位の水酸基が向き合うようになる。そこで水素が取れて、ホウ素を酸素で取り囲むことができる。4つの水酸基で1つのホウ素を保有できるとすると、全部の水酸基がホウ素を吸着したとして、飽和の限界値は11/2×233=23mg/gとなる。後に実施例で述べるが、本発明のホウ素吸着量の最大は17mg/gまでいくのであるが、それは限界値の74%になり本発明の優れていることがよく分かる。
【0074】
ゲルマニウムは4価で存在することが多いので、図16のようにジヒドロキシプロピルキトサンによってキレート錯体を形成した場合は、隣接単位から2つずつ合計4つの水酸基によってGeの1原子を保持することになる。Geの原子量は73なので、全部の水酸基がGe吸着に寄与したとして、73/2×233=156mg/gが限界飽和吸着率である。後に実施例で述べるが、本発明でGeの最大の吸着量は50mg/g程度までいくのでGeに対しても優れた効果を持つ。
【0075】
本発明の試料のホウ素の吸着能力は現在市販されているキレート吸着剤(9mg/g)の約1.6倍にも達する。ゲルマニウムの吸着能力は現在市販されているキレート吸着剤の役1.5倍にもなる。極めて優れた吸着剤となる。
【発明の効果】
【0076】
本発明は蟹の甲羅の成分であるキチン、キトサンを原料とするので、原料は豊富且つ安価である。使用後は廃棄されても生分解性があり、自然に分解し環境に負荷を掛けない。2つ以上の水酸基を有するキチン、キトサン誘導体はそのままでは水に溶けないが乳酸、尿素水溶液に入れて撹拌を繰り返すことによって粘度の高いペースト状にできそれを放射線照射すると架橋させることができる。有毒な薬剤を使わず安全で衛生的である。放射線照射によって架橋反応して製造されたものは、ホウ素やゲルマニウムに対して優れた吸着能を有する。粉末状でなく有限の大きさの塊にできるので、金網や布網、有孔筒体、布フィルタなどに入れて汚水を通してこれを浄化するのに好適である。
【0077】
ホウ素やゲルマニウムなどの半金属で汚染された工場廃水、温泉水、鉱山廃水、河川水、海水、沼沢水などからゲルマニウムやホウ素を除去することができる。
【0078】
本発明は毒性のある化学架橋剤を一切使わない。尿素又は乳酸と放射線で架橋を起こさせ吸着剤としている。尿素又は乳酸水溶液で撹拌し、材料を足しながら粘度の高い試料を作る。尿素、乳酸には毒性は殆ど無く、取扱いに注意すれば危険性は少なく安全である。化学薬品が吸着剤の中に残留しないので、吸着剤に化学薬品が残留することによる環境汚染といった欠点を克服することができる。又、生活用水製造の分野にも応用することができる。
【0079】
電離性放射線特に電子線加速器を用い、電子線照射によって架橋するので、時間もかからず、工業的に量産化しやすい。実用的な価値の高い発明である。薬物毒性や汚染の心配がないので、生活用水製造の分野にも応用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0080】
本発明で出発原料となるのは、水酸基が2つ以上ある分枝を持つキチン、キトサン誘導体である。だから水酸基がないか1つしかない分枝(例えば−CH2OH)を持つ特許文献2のキチン、キトサンなどは入らない。水酸基が複数ある分枝をポリオールと言う。ポリオール官能基を持つ側鎖(分枝)を持つキチン、キトサンが原料となる。図5に2つの水酸基を持つ炭素数3のジヒドロキシプロピル基(dihidroxypropyl)側鎖を示す。これはジヒドロキシプロピルキトサンの場合、キチン、キトサンの−CH2OHの分枝のHを置換した形で入る。アミン基NH2のHを置換した形で含まれてもよい。
【0081】
より一般的に、図6のようなアルキル基CmH2m+1のHの一部が、水酸基OHに置換された側鎖を有するものであってもよい。図6は3つの水酸基を持つ側鎖を示す。CmH2m−2(OH)3nというようなものである。水酸基は2つでも3つでも4つ以上でもよい。図6のような水酸基付きアルキル基の側鎖は、5番目の炭素の−CH2OHのHの代わりに付いてもよいし、アミン基のNH2のHの代わりに付いたものでもよい。
【0082】
図7のように(炭素二重結合を含む)、アリル基CmH2m−1の水素が一部水酸基に置換されたものであってもよい。図7は3つの水酸基を持つCmH2m−4(OH)3n の側鎖を示す。水酸基付きアリル基の側鎖は、5番目の炭素の−CH2OHのHの代わりに付いてもよいし、アミン基のNH2のHの代わりに付いたものでもよい。
【0083】
図3、図4は5番目の炭素の−CH2OHのHの代わりにジヒドロキシプロピル基の付いたキチン、キトサンを示す。だからより一般に、複数水酸基を持つアルキル基、アリル基の側鎖を5番目の炭素の−CH2OHのHの代わりに付いたものは図3、4から類推できる。
【0084】
5番目の炭素のアミン基のNH2の水素の代わりにジヒドロキシプロピル基の付いたキトサン誘導体の一例を図8に示す。そのようにアミン基の方に水酸基が付いているキチン・キトサン誘導体でも原料とすることができる。
【0085】
本発明のキチン・キトサン誘導体架橋体は次のように製造される。原料となるキチン・キトサン誘導体を低濃度の乳酸水溶液(0.5%〜5%、特に2%程度)或いは尿素水溶液(1mol/l〜7mol/l特に6mol/l)に投入して、キチン、キトサン誘導体の濃度を10%前後の濃度に調整する。乳酸は、CH3CH(OH)COOHの分子式を持ちαヒドロキシプロピオン酸ともいう。分子量は90である。
【0086】
尿素はCO(NH2)2という分子式を持ち、分子量は60である。キチン・キトサン誘導体は、水溶性がないので簡単に溶けない。尿素や乳酸が水素結合を緩めるといっても、それはゆっくりとした作用である。そこでこれを24時間撹拌する。キチン・キトサン誘導体が全部溶けた高粘度の液体となる。
【0087】
この10%前後の濃度の液体に、さらにキチン・キトサン誘導体の原料を少しずつ追加投入し撹拌する。乳酸、尿素の水素結合緩和作用が徐々に広がっていく。やがて全部のキチン、キトサン原料が溶ける。元々水溶性がないので簡単に溶けない。乳酸、尿素の作用も遅いので時間がかかる。溶けると、さらに原料を少し加え撹拌して全部が溶けるようにする。これを何度も繰り返す。乳酸、尿素・水の混合系において少しずつキチン、キトサンの濃度を高めていく。低濃度で放射線照射すると、分解の方が優勢になり架橋できないから、できるだけ高濃度にするのがよい。原料添加を続けると、いくら撹拌しても溶けないと言う限界がある。それは40%〜60%の程度である。
【0088】
限界まで原料濃度を高めたものはもはや流動性はなく、高粘度の粘土状となっている。任意の形状に造形できるし、任意の形状を維持できる。高濃度高粘度の試料をペースト状にし、薄く延ばして電離性放射線を当てる。電離性放射線というのは、高エネルギーのγ線、X線、電子線などを対象物に当てて、分子を電離させる作用があるものである。試料を薄く延ばすのは、放射線が内部まで均等に入るためである。
【0089】
キチン、キトサンと乳酸、尿素との配合比は、キチンおよびキトサン誘導体100重量部に対して、乳酸の水溶液或いは尿素とその誘導体の水溶液を3〜1000重量部混合するようにする。特にキチン、キトサン誘導体100重量部に対し、乳酸、尿素水溶液を66〜150重量部混合するのがよい。これは上の原料濃度40%〜60%に対応する。
【0090】
放射線照射によって、隣接する高分子ラジカル同士が結合する架橋反応が起こる。高分子が互いに繋がって、試料がゲル化して硬くなる。飽和ゲル化率は、キチン・キトサン誘導体の違いや放射線の違いによって異なるが、30%〜60%の程度である。ゲル化しなかったもの(ゾルのまま)は放射線によって分解したものである。放射線はキチン、キトサンを分解させる作用があり、水素結合が強固であるとか、水素結合が緩んでも低濃度だと分解が優越する。分解と架橋のせめぎ合いになる。架橋を優越させるには尿素、乳酸で水素結合を緩めしかも高濃度の高粘稠粘土状にする必要がある。
【0091】
放射線によって架橋しゲル化したものは、酸やアルカリ、有機溶媒に強く化学的に安定な架橋体である。水に溶けない固体である。塊状にして水中に入れると、隣接する4つの水酸基が4つの結合を出して、半金属原子であるホウ素やゲルマニウムを捉える。錯体構造を形成するがこの構造は安定しており、ホウ素、ゲルマニウムは容易に離脱できない。だからホウ素、ゲルマニウムの吸着剤として機能する。
【0092】
照射すべき放射線は、工業生産のためコバルト60からのγ線や、加速器による電子線、或いはX線が適する。
【0093】
試料が厚い場合、電子加速器は厚物を照射できる加速電圧1MeV以上の中エネルギーから高エネルギー電子加速器(電子線照射装置)が望ましい。
【0094】
試料をプレスしてフィルム状に薄く加工しておけば、1MeV以下の中低エネルギー電子加速器(電子線照射装置)でも全体に電子線を当てることができ、試料全体について電子線架橋することができる。
【0095】
放射線照射において、水分の蒸発を防止し架橋密度の低下を抑制するために、ポリエステルなどのプラスチックフィルムで試料表面を覆ってから、照射するのがよい。
【0096】
照射線量は0.1kGy(グレイ)〜1000kGy(グレイ)とする。それ以下では架橋反応が起こらない。それ以上では基剤が分解する。図9に示したジヒドロキシプロピルキトサンのゲル化の測定結果からみると、ゲル分率を10%以上とするためには、20kGy以上であることが必要である。大体40%で飽和するが、飽和のためには100kGy〜200kGy程度でよい。
【0097】
放射線照射によって架橋した後のものは、硬くて水に溶けない固体である。水、メタノールで順次洗浄し乾燥する。塊状の半金属の吸着剤が得られる。これは、砕けば塊状、細片状、或いは粒子状にして利用することができる。
【0098】
放射線の吸収線量の単位1Gy(グレイ)は、1kgの試料が1Jのエネルギーを吸収したということである。1Gy=1J/kg。1gの試料が100ergの放射線を吸収したときは1radという。1Gy=100radである。
【0099】
放射線照射量が大きくなると、ゲルの比率が上がる。試料がゲル化し、放射線線量の増加ともにゲル化率が上がる。これは、放射線照射でキチン・キトサン試料が実際に架橋反応しているという明白な証拠となる。
【0100】
キチン・キトサン架橋体のゲル分率は次のようにして求めた。放射線照射後、得られた架橋体を50℃で真空乾燥する。架橋体といっても全部が全部架橋したのではない。放射線の作用で架橋せず、却って分解してしまったものもある。そのようなものは加水によってゾルとなるので分離できる。
【0101】
乾燥した試料の重量を測定する。これを初期乾燥重量Wと呼ぶ。乾燥試料を大量の乳酸水溶液(2%前後)に48時間浸漬させる。未架橋のゾル成分は乳酸水溶液に移動する。固体には架橋ゲル成分だけが残る。固体成分を乳酸水溶液から取り出す。取り出した架橋ゲル成分だけの固体試料をメタノールで洗浄する。50℃で24時間乾燥する。乾燥したゲル分の重量Uを測定する。ゲル分率は次の式によって計算する。
【0102】
ゲル分率(%)=(溶解したゾル成分を除いたゲル重量U)/(初期乾燥重量W)
【0103】
実施例で述べるように放射線照射によってゲル分率(U/W)が40%にも達するので本発明が優れたものであることが分かる。
【0104】
さらに架橋したグリセリルキトサン(別名 ジヒドロキシプロピルキトサン)について、強酸(塩酸、硫酸、硝酸)、強塩基(KOH、NaOH)水溶液、汎用有機溶媒(アルコール、アセトン)中での化学安定性を検討した。これらの酸、アルカリ、有機溶媒の中へ架橋キトサンを浸漬し室温で5日間放置した。その前後の重量を測定して減少量を調べた。
【0105】
グリセリルキトサン(別名 ジヒドロキシプロピルキトサン)架橋体は、この試験で重量減少がなかった。架橋体は強酸、強塩基、有機溶媒に溶けず不変である。強酸、強塩基、有機溶媒に対して極めて安定していることがわかった。酸やアルカリにも犯されず有機溶剤にも溶けない化学的に安定した堅牢な物質である。
【0106】
これら本発明の吸着剤を用いて、ホウ素、ゲルマニウムなどの半金属を吸着するには、これら半金属を含む水溶液中に、本発明の吸着剤を投入して撹拌する。或いは、本発明の吸着剤を充填した吸着カラムに、上記の水溶液を通過させることによって、水溶液中の半金属と、吸着剤を接触させる。そのような処理によって、ホウ素、ゲルマニウムなど半金属は、本発明の吸着剤に吸着される。
【0107】
本発明の吸着剤のホウ素、ゲルマニウムの吸着は、pH2〜11の広いpH範囲で起こることを確認した。特にpH5〜10において吸着能が大きくなることがわかった。だから対象となる廃水などを、このpHの範囲にして吸着剤と接触させるとより有利である。中性から弱アルカリ液に対して、より適した作用を持っている。しかし、強い酸性であるpH2でも、吸着は可能である。
【実施例1】
【0108】
市販されているジヒドロキシプロピルキトサン粉末試料(dihydroxypropylchitosan)を、吸着剤合成の出発原料として使用する。ジヒドロキシプロピルキトサン粉末を、2%の乳酸水溶液(CH3CH(OH)COOH)に投入混合して、約10%の濃度になるよう調整した。この状態では、粉末は一部しか溶けていない。この混合液を24時間撹拌して、ジヒドロキシプロピルキトサンを全部溶かした。それによって高粘度の液体を得た。
【0109】
この高粘度の液体に、さらにジヒドロキシプロピルキトサン粉末を追加投入して撹拌した。粉末が全部溶け、さらに高粘度の液体を得る。キトサン粉末の追加投入と撹拌を繰り返して、ジヒドロキシプロピルキトサン濃度が40%近くになる高粘稠度で高濃度の試料を作った。これはジヒドロキシプロピルキトサン40%と、2%乳酸水溶液60%の割合で混合した粘稠状の試料である。ジヒドロキシプロピルキトサンは、水に溶解しないので水溶液にはならない。
【0110】
この粘稠状試料を厚み1mm以下のシート状に加工した。これに株式会社NHVコーポレーションの中低エネルギー(750kV)の工業用電子線照射装置で線量0〜200kGyを照射して架橋を行った。シート状にするのは、試料の全体に電子線が照射されるようにするためである。塊状のままだと、内部まで電子線が入らない。架橋後の形状は任意である。塊としてもよいし、粒状としてもよい。
【0111】
電子線照射線量を変えて、試料のゲル分率の変化を測定した。
図9は電子線照射線量(kGy)と、それによって得られたジヒドロキシプロピルキトサン架橋体のゲル分率(%)を示すグラフである。ゲル化したということは架橋したということであり、照射線量と共にゲル化比率が上がっている。ゲル化した架橋体は、飽和の後に照射線量が増えるとゲル化率が却って下がる。それは架橋がもはや進まず、分解反応が起こるからである。
【0112】
ゲルは水に溶けない固体部分を言うが、この試料は元々水に溶けないから、前述のように乳酸水溶液に溶かして、ゾル成分(未架橋)を除去している。だから、下流成分は乳酸水溶液に溶けない部分とここでは解釈すべきである。
【0113】
電子線線量0kGy〜100kGyの範囲で、ゲル分率は電子線線量に比例して増大する。10kGyでゲル分率は3%程度で、25kGyでゲル分率は10%程度である。50kGyで18%程度、75kGyで30%の程度である。100kGyで40%になる。150kGy〜200kGyでも40%程度である。従って、大体100kGyで飽和して、40%のゲル分率のものが得られるということである。未架橋部が60%あったということになるが、有害有毒の化学薬品を使わずに、これほどの比率で架橋できたということは大層優れた利点である。
【0114】
この試料の化学的な安定性を試験し、さらに吸着剤としての性能を調べる試験を行った。100kGyの電子線照射で得られた架橋体を、水、メタノールで洗浄し乾燥した。試薬は1M塩酸、1M水酸化ナトリウム、純水、エタノール、アセトン、クロロホルムである。
【0115】
【表1】
【0116】
表1に架橋体の各種溶媒に対する化学試薬安定性(溶解性)を一覧にして示している。○は溶解しないということを意味する。表1から分かるように、この架橋体は、1M塩酸、1M水酸化ナトリウム、純水、エタノール、アセトン、クロロホルムに不溶である。つまり、このキトサン架橋体は強酸、強塩基、代表的な有機溶媒に不溶である。従って、化学的な安定性は十分である。吸着剤として、応用範囲は広いものと考えられる。
【0117】
吸着剤とするには、塊状にしたものを網に入れて、廃水の中へ入れるという形態が可能である。粒子状のものを袋に入れて、廃水流路に詰めるようにすることもできる。或いはシート状に造形して、廃水に接触させるようにすることもできる。フィルム状にして、隙間をおいて何層も重ねたフィルタ槽として、隙間に廃水を通すようにもできる。
【0118】
適用できるpHの範囲が広いから、水の処理だけでなく、強酸、強アルカリや有機溶媒を含む複合液体を処理することもできる。河川水、温泉水、鉱泉水などだけでなく、塩基、酸、有機溶媒を含む工場廃水の浄化にも使うことができる。
【0119】
これを吸着剤として次の実験を行った。
市販されている1000ppmホウ素標準液を、100ppmホウ素水溶液に希釈した。塩酸と水酸化ナトリウムとで、pHを2〜11の様々の値に調整した。吸着剤の作用のpH依存性を調べるためである。
【0120】
100ppmホウ素水溶液100mlに、上記の架橋済み試料0.1gを入れて、室温で24時間撹拌した。
【0121】
撹拌後の水溶液の上澄み液から、ホウ素量をICP発光分析装置によって測定した。水溶液中のホウ素の初期濃度から処理後のホウ素残留濃度を差し引いて、架橋済み試料の重量で割って、単位重量あたりの吸着量を計算した。その結果を表2に示す。
【0122】
【表2】
【0123】
ホウ素吸着量の単位はmg/gである。分母のgは吸着剤の重量で、分子のmgは吸着されたホウ素の重量である。上の値は、1gの吸着剤が吸着したホウ素の重量(mg)ということである。
【0124】
100ppmホウ素水溶液100ml中のホウ素量は10mgである。吸着剤は0.1gであって、ホウ素減少量を0.1gで割ったものが上の値である。だからホウ素減少量は上の値を10で割った値になる。それは0.3〜1.6mgの範囲にあり、全ホウ素量10mgの10%程度であるから飽和しておらず、非線形の効果もないと考えられる。吸着剤を0.1gでなく、もっと増やせば吸着量も比例して増大するものと考えられる。
【0125】
pH依存性を調べたところ、pH=4.0で吸着量は最も少なくて3.62mg/gである。pH=4が最小の吸着量を与え、pHが4.0より上でも下でも吸着量が増える。pH2.2の強い酸性で、15.61mg/gという優れた吸着能を示す。pH5.2の弱酸で、15.32mg/gという強い吸着力を持っている。pHが6.86のほぼ中性の場合で、16.08mg/gという吸着力を持つ。中性でもこれだけの吸着性能を持つというのは好都合なことである。pHが10.01のアルカリ性でも12.77mg/gというかなり高い吸着能を持っている。
【実施例2】
【0126】
実施例2は実施例1と同じ吸着剤で、そのゲルマニウムに対する吸着性を調べた。つまりジヒドロキシプロピルキトサン40%と2%乳酸水溶液60%の混合物であるゲル状試料に、100kGyの電子線を照射し、架橋反応を起こさせた吸着剤である。
【0127】
市販されている1000ppmゲルマニウム標準液を希釈し、100ppmゲルマニウム水溶液とした。塩酸と水酸化ナトリウムとで、pHを2〜11の様々の値に調整した。吸着剤の作用のpH依存性を調べるためである。
【0128】
100ppmゲルマニウム水溶液100mlに、上記の架橋済み試料0.1gを入れて、室温で24時間撹拌した。
撹拌後の水溶液の上澄み液から、ゲルマニウム量をICP発光分析装置によって測定した。水溶液中のゲルマニウムの初期濃度から処理後のゲルマニウム残留濃度を差し引いて、単位重量あたりの吸着量を計算した。その結果を表3に示す。
【0129】
【表3】
【0130】
ゲルマニウム吸着量の単位はmg/gである。分母のgは吸着剤の重量で、分子のmgは吸着されたゲルマニウムの重量である。上の値は、1gの吸着剤が吸着したゲルマニウムの重量(mg)ということである。
【0131】
100ppmゲルマニウム水溶液100ml中のゲルマニウム量は10mgである。吸着剤は0.1gであって、ゲルマニウム減少量を0.1gで割ったものが上の値である。だから、実際のゲルマニウムの減少量は上の値を10で割った値になる。それは0.4〜5mgの範囲にあり、ゲルマニウム量10mgの40〜50%程度である。50%の場合は、或いは飽和の効果も表れているのかもしれない。50mg/gという吸着能はすばらしいものである。もしも0.2gの吸着剤を入れれば、殆ど全部ゲルマニウムを吸着除去できるということである。
【0132】
pH依存性は、pH=4.0で、吸着量は最も少なくて4.05mg/gである。pHが4.0より上でも下でも吸着量が増える。pH2.2の強い酸性で、17.64mg/gという大きい吸着能を示す。pH5.2の弱酸で、さらにその2倍以上の41.53mg/gという優れた強い吸着力を示す。pHが6.86のほぼ中性の場合で、50.78mg/gという吸着力を持つ。これは全ゲルマニウムの約半分を吸着したということである。中性でこれだけの吸着性能を持つというのは、極めて好都合なことである。pHが10.01のアルカリ性でも39.39mg/gというかなり高い吸着能を持っている。この吸着剤は、ホウ素よりもゲルマニウムの方が吸着能が大きく、約2〜3倍程度にもなる。
【0133】
以上の実験の結果から、ジヒドロキシプロピルキトサンは乳酸・尿素撹拌でペースト状にし、放射線によって架橋することができ、架橋したジヒドロキシプロピルキトサンはキレート吸着構造を有し、親水性ポリマーとなっており水に馴染み易く、水に溶解しているゲルマニウムやホウ素などを効率よく吸着することができたのである。
【0134】
本発明は、市販されているホウ素キレート吸着剤(最大9g/mg)の約1.6倍、ゲルマニウムは市販品のキレート吸着剤(最大30g/mg)の1.5倍の吸着能力を有し、優れた発明と言える。
【図面の簡単な説明】
【0135】
【図1】キチンの基本形であるβ−ポリ−N−アセチル−D−グルコサミンの2単位分の構造図。
【0136】
【図2】キトサンの基本形であるβ−ポリ−D−グルコサミンの2単位分の構造図。
【0137】
【図3】ジヒドロキシプロピルキチン(dihydroxypropylchitin)の2単位分の構造図。
【0138】
【図4】ジヒドロキシプロピルキトサン(dihydroxypropylchitosan)の2単位分の構造図。
【0139】
【図5】水酸基を2つ持ち、炭素を3つ有するジヒドロキシプロピル基の構造式。
【0140】
【図6】複数の水酸基OHを有するアルキル基の側鎖の例を示す構造式。
【0141】
【図7】複数の水酸基OHを有するアリル基の側鎖の例を示す構造式。
【0142】
【図8】5炭素1酸素よりなる6角枠構造の5番目の炭素に繋がるアミノ基の水素Hの代わりに、ジヒドロキシプロピル基が付いているような本発明の原料の例を示す構造図。
【0143】
【図9】ジヒドロキシプロピルキトサンを乳酸水溶液に入れ撹拌混練し、シート状にして0〜200kGyの電子線を照射した場合の、ゲル化率の測定値のグラフ。横軸は電子線照射量(kGy)で、縦軸は試料のゲル分率(%)である。
【0144】
【図10】ジヒドロキシプロピルキトサンを乳酸と撹拌混練し放射線を照射した後、水素結合が解けて、側鎖2つの水酸基の酸素がホウ素(オキソ酸)と錯体を形成したと想定した場合の構造図。
【0145】
【図11】ジヒドロキシプロピルキトサンを乳酸と撹拌混練し放射線を照射した後、水素結合が解けて、近隣側鎖の4つの水酸基の酸素がホウ素と錯体を形成したと想定した場合の構造図。
【0146】
【図12】ジヒドロキシプロピルキトサンで第5番目の炭素に付く分枝の部分の水酸基は、水素結合のために拘束され活性を失っているが、分枝の最外の水酸基が5番目の炭素のアミン基のHと水素結合しているという想定での水素結合のイメージ図。
【0147】
【図13】ジヒドロキシプロピルキトサンで第5番目の炭素に付く分枝の部分の水酸基は、水素結合のために拘束され活性を失っているが、分枝の外から2番目の水酸基が2番目の炭素のアミン基のHと水素結合しているという想定での水素結合のイメージ図。
【0148】
【図14】ジヒドロキシプロピルキトサンで第5番目の炭素に付く分枝の部分の水酸基は、水素結合のために拘束され活性を失っているが、分枝の最外の水酸基と外から2番目の水酸基が、2番目の炭素のアミン基の2つHとそれぞれ水素結合しているという想定での水素結合のイメージ図。
【0149】
【図15】ジヒドロキシプロピルキトサンで第5番目の炭素に付く分枝の部分の水酸基は、水素結合のために拘束され活性を失っているが、分枝の最外の水酸基と外から2番目の水酸基が水素結合しているという想定での水素結合のイメージ図。
【0150】
【図16】ジヒドロキシプロピルキトサンを乳酸と撹拌混練し放射線を照射した後、水素結合が解けて、近隣の4つの水酸基の酸素がゲルマニウム原子と錯体を形成したと想定した場合の構造図。
【技術分野】
【0001】
本発明は、温泉、沼地、海水、工場廃水、鉱山廃水などに含まれる有害な半金属を吸着除去するための吸着剤とその製造方法に関する。より詳しく言えば、本発明はホウ素(B)、ゲルマニウム(Ge)のような半金属に対して高い吸着能を有するキチン、キトサンを原料とする吸着剤とその製造方法に関する。
【0002】
キチン(chitin)は節足動物の皮膚、軟体動物の殻、菌類の細胞膜などに含まれる含窒素多糖類である。とくに蟹の甲羅などに含まれる。食用に供された蟹の甲羅は特に用途を持たず単に捨てられるだけである。単に廃棄物である蟹の甲羅から、キチンを原料とする何らかの有益な物質が得られるとすればそれは極めて有用なことである。
【0003】
図1にキチンの基本形であるβ−ポリ−N−アセチル−D−グルコミサンの分子構造の2単位分の一部を示す。高分子であるから、前後に多数の同一の単位が繰り返される。そこで繰り返し単位の2つ分だけを示す。以下の図でも同じである。基本となる単位は、水酸基や水素を含む5個の炭素原子と1つの酸素原子が形成する(5C+1O)六角形である。
【0004】
六角形といってもベンゼン核ではなく、炭素間の不飽和結合はない。これをピラノース環(pyranose)という。キチンは、基本の単位が酸素原子を介して長鎖状に繋がっている高分子である。六角形の5つの角が5つの炭素原子に当たる。図1もこれ以後の図も六角環の隅部にある5つの炭素原子は図示を略している。隅部炭素を貫く縦線は結合を示す。水素Hが付いているだけの場合は簡単のため表記を省略する。
【0005】
説明の便宜のため炭素原子に番号を付ける。右側の酸素との結合から数えて時計回りに炭素原子に、1、2、3、4、5、6の番号を振る。図1〜図4では環隅部に数字が振ってあるが、それは炭素の番号である。他のものと混同してはならない。1番と4番の炭素が酸素を介して連続していく。酸素原子の付く端から数えて5番目の炭素原子に−CH2OHが付いている。この炭素Cは6番目である。1番、5番の間の原子は酸素原子Oになっている。
【0006】
隣接単位を繋ぐ酸素Oの接続は方向性があり、中間の酸素原子から見て左右の単位は表裏になっている。ここでは簡単のため同じ面を示す。だから酸素の結合をZ型に表記している。これは表裏面がここ酸素原子で180度捻れていることを表している。以後も結合の酸素原子Oを含むZ型は表裏反転を意味する。2番目の炭素は−NHCOCH3が付いている。アミン基の水素の1つがアセチル基になっている。アセチル基をAcと書いてここをNHAcと略記することもある。アセチル基があるのでキチン(chitin)なのである。3番目の炭素には−OHが付く。
【0007】
キチンは通常、粉末状で存在する。また水素結合が強くて水に溶けない。さらに放射線照射によって架橋しない。
【0008】
キトサン(chitosan)は、キチンを濃アルカリ溶液と加熱し或いはアルカリ融解をして脱アセチル化(CH3CO−を除去)をした生成物である。2番目の炭素に結合するものは−NHCOCH3でなくてアミン基−NH2である。キトサンの基本形はβ−ポリ−D−グルコサミンである。キトサンも通常は非結晶粉末で水に不溶である。ヨウ素と硫酸で処理すると紫色を呈するので、それによってキチンが含まれるということがわかる。
【0009】
図2にキトサンの基本形であるβ−ポリ−D−グルコサミンの構造を示す。5番目の炭素に−CH2OHがつき、1、5番目に挟まれるのが酸素O、3番目の炭素に−OHが付いていると言う点でキチンと同じである。これも酸素原子Oを介して長鎖状に繋がっている。5炭素1酸素よりなる6角環上の2番目の炭素にアミン基−NH2が付いている。誘導体も含め単にキチン、キトサンと呼ぶことが多い。誘導体の場合も含めて、2番目の炭素に、キトサンは−NH2、キチンは−NHCOCH3が付いているので区別できる。
【0010】
生体の一部を成すものであるから、キチン、キトサンには生分解性がある。廃棄されると、自然に分解して消滅する。キチン、キトサンはその他に多数の誘導体を持つ。5番目の炭素原子(−CH2OHが付いていた)に結合する分枝の違いによって、多種類に誘導体が生じる。上記の1つの高分子を指す他に誘導体も含めてキチン、キトサンという。
【0011】
後に述べるように、本発明の実施例ではジヒドロキシプロピルキトサン(dihydroxypropylchitosan)を原料に用いる。図3にジヒドロキシプロピルキチンの2つ分の構造を示す。この単位が長く連続した高分子である。
【0012】
図4にジヒドロキシプロピルキトサン2単位分の構造を示す。6角環の5番目の炭素に−CH2OHが付いていたがその代わりに−CH2OCH2CHOHCH2OHが付いている。−CH2Oに続く部分の変化でキチン、キトサンは様々の誘導体を持つ。この部分の違いに応じて名前が付く。
【0013】
ここではCH2CHOHCH2OHが付いており、2つ(di)の水酸基(hydroxy)を持つプロピレン基(propyl;CH3CH2CH2−)なのでこの名前がある。2番目の炭素原子に付くのが−NH2だとキトサン、−NHCOCH3だとキチンである。混合している場合もある。その場合は−NH2が50%以上だとキトサン、50%以下ならキチンである。区別しにくい場合も多いのでキチン、キトサンと併称するのである。
【0014】
キチン、キトサンは5番目の炭素に付く分枝の水酸基OH(hydroxyl)、2番目の炭素のアミノ基(amino)のNH2の間に水素結合ができる。それによって、高分子内部で多数の水素結合ができる。キチン、キトサンは水素結合が極めて強力なので、水酸基は不活性となり水に不溶である。化学的な活性も低い。そのままでは半金属吸着性能はない。また、放射線照射で架橋しない。
【0015】
キチン、キトサンの様々の誘導体は、図1のキチン、図2のキトサン基本形のうちCH2OHの付いた5番目の炭素原子にCH2OH以外の様々の炭化水素が付くことによって生ずる。それに応じ名前が様々に変わる。
【0016】
後で明らかになるが、本発明ではこの5番目の炭素原子に付く分枝の水酸基(−OH)の数が2つ以上のキチン、キトサンを問題にする。ホウ素、ゲルマニウムなど半金属に対して、水酸基が1つのものはどのようにしても吸着性がないので、吸着剤とすることできない。だからキチン、キトサン(図1、図2)基本形そのものは、5番目の炭素に水酸基を1つ持つ分枝(−CH2OH)があるだけなので本発明では使えない。
【0017】
5番目の炭素に2つの水酸基が付く最小の分枝を持つものが先述のジヒドロキシプロピルキトサン(図4)である。実施例ではジヒドロキシプロピルキトサンを用いているが、その他の2つ以上の水酸基を持つキチン、キトサン誘導体でもよい。
【背景技術】
【0018】
ホウ素(B)、ゲルマニウム(Ge)などの半金属は、幅広い分野で用いられる。ホウ素、ゲルマニウムなど半金属はそれ自身で半導体の性質を有するので、ハイテク産業の新素材開発における不可欠の元素群として注目されている。それだけにホウ素、ゲルマニウムなど半金属は工場廃水に含まれることが多い。いずれも人体、動物などに有害な作用を及ぼす。工場廃水から可能な限りホウ素、ゲルマニウムを除去しなければならない。
【0019】
廃棄物の処理場や工場跡地の土壌中にもホウ素、ゲルマニウムが高濃度で含まれることがある。そのような場合も土壌からホウ素(B)、ゲルマニウム(Ge)などを除去することが望ましい。
【0020】
自然の沼地にもホウ素やゲルマニウムが含まれることもある。沼地を利用しようとする場合は、これら有害な半金属を予め除去する必要がある。
【0021】
温泉や冷泉の源水にも、ホウ素やゲルマニウムが含まれることがある。浴用に温泉や冷泉を利用する場合はホウ素、ゲルマニウムなどを除去する必要がある。2007年中に、日本の温泉中に含まれるホウ素の上限を規制する法律ができると言われている。基準量を上回るホウ素を含む鉱泉は数多い。そうなるとホウ素を除去する実効ある手法が不可欠である。しかし、未だ実際に有効なホウ素除去方法は存在しない。
【0022】
海水或いは海水成分を利用しようとする場合も同様である。場所によっては海水中にも高濃度のホウ素(B)、ゲルマニウム(Ge)が含まれることがある。海水成分を利用するためには、海水からホウ素(B)、ゲルマニウム(Ge)を除く必要がある。
【0023】
ホウ素、ゲルマニウムなどの半金属を含む廃水処理法として、いくつかの吸着処理法が知られている。しかし未だ満足できる方法はない。
【0024】
例えば凝集沈澱法、イオン交換吸着法、キレート吸着法などが提案されている。
これらの吸着法の中でキレート吸着法は、ホウ素、ゲルマニウムが、糖類やアルコール類などの複数の水酸基含有化合物(ポリヒドロキシ化合物:polyhydroxy)と錯体を形成するという性質を利用したものである。
【0025】
キレート吸着法においては、例えば非特許文献1は、水酸基(−OH)を含む官能基を不溶性の高分子に導入した樹脂として、メチルグルカミン基を導入したポリスチレン系(polystyrene)吸着樹脂を用いた吸着剤を提案している。
【0026】
しかしながら、このポリスチレン系母材のキレート樹脂は、ホウ素、ゲルマニウムの吸着容量が不十分であるという欠点がある。また石油を原材料としたスチレン(ベンゼン環−CH=CH2:C6H5CH=CH2)はベンゼン核を主体とする。植物の茎や動物の骨格などからできたものでない。だから元々生分解性がない。
【0027】
吸着剤はいずれ廃棄されるのであるから、生分解性があることが望まれる。キチン、キトサンはその点でも有望な材料である。
【0028】
特許文献1は、化学架橋したジヒドロキシプロピルキトサン誘導体を、ゲルマニウムの吸着剤として使えるということを主張している。具体的にはアルカリの存在下で、3−クロロ−1,2プロパンジオールをキトサンに反応させ、2,3−ジヒドロキシプロピル基を導入し、クロロメチルオキシラン又はエチレングリコールジグリシジルエーテルで架橋するというものである。そのような強力な化学薬品を使うことによって架橋させることができる。しかしクロロメチルオキシラン又はエチレングリコールジグリシジルエーテルなどの化学架橋材は、毒性が強く極めて有害である。化学架橋剤の残留、作業現場の環境汚染というような深刻な問題がある。
【0029】
それだけでなく、化学架橋は不十分な手法である。化学架橋剤の使用によって、ジヒドロキシプロピル基などの吸着用官能基と架橋剤との反応が起こる。そのために、有効な水酸基のキレート吸着サイト数が減る。だからゲルマニウムを吸着する作用は不十分である。
【0030】
架橋しなければ化学的に安定性を持せず、吸着剤として使えない。高分子を架橋させるには、化学的な手法と放射線照射による方法が知られている。上記のように化学薬品による架橋には有毒薬剤残留、環境汚染などの重大な問題があり、放射線によって架橋できるということが切に望まれる。
【0031】
キチン、キトサンは、水素結合が強くて水に溶けない。そのままで放射線を照射しても架橋反応は起こらない。水素結合が強いために、キチン、キトサンは水を添加して放射線を当てても、架橋反応は起こらない。
【0032】
しかし、一部のキチン、キトサン誘導体は分子間の水素結合がやや弱いため、高濃度の水溶液を放射線照射によって架橋することができるらしい。そのような特別なキチン、キトサンが存在するようである。
【0033】
特許文献2はCMキトサン(カルボキシメチルキトサン;5番目の炭素の分枝CH2O−に付くものがCH2COOH)は固体(粉末)や希薄水溶液の状態で放射線照射しても、分解が先に起こり架橋は起こらないと述べている。CMキトサンに精製水を加えてよく練り、粘りあるペースト状にする。CMキトサン濃度が30〜50%である高粘稠度のペーストである。高粘稠度ペーストのCMキトサンに5〜3000kGyの電子線照射をすると架橋させることができたと主張している。架橋したCMキトサンはゴム状の弾力性のあるゲル状になるという。
【0034】
ゲル状のCMキトサンは水を大量に吸収できるらしい。大量の水を吸収させてハイドロゲルにすると、定型がないので任意に賦形できる。ハイドロゲルにしたCMキトサンは抗菌性を有するので、医療分野で広く使用できる可能性があると主張している。抗菌性があるから、包帯やシーツにしみ込ませると傷の殺菌、床ズレ防止などに役立つ筈だと述べている。しかし抗菌性の有無に関し実証はない。
【0035】
【非特許文献1】「新規健康項目に追加されたホウ素の対策」恵藤良弘 用水と廃水 Vol.41 No.10
【特許文献1】特許第2934839号(特開平10−195555、特願平9ー14616)
【特許文献2】特開2003−160602(特願2001ー362131)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0036】
特許文献1に従えば、化学架橋した一部のキトサン又はキトサン誘導体は、水処理の吸着剤として利用できる可能性がある。これらのキトサン誘導体の架橋体はホルマリン、グルタルアルデヒド、エピクロルヒドリンなどの試薬を用い、化学架橋によって合成される。Ge吸着に用いる化学架橋したキトサンの一例を特許文献1によって説明した。3−クロロ−1,2プロパジオール、クロロメチルオキシラン、エチレングリコールなどの有毒で危険有害な化学薬品で架橋させている。
【0037】
これらの化学架橋のための化学薬品は毒性が強い。そのため作業現場の環境汚染という問題を引き起こす。さらに化学薬品の吸着剤への残留という問題もある。そのようなものを使うのは環境向上のために好ましくない。
【0038】
化学架橋にはもう1つ問題がある。化学薬品によって架橋したものは、吸着に必要なジヒドロキシプロピル基の水酸基を架橋に一部使ってしまい吸着サイトが減少するために吸着能が低いという、より根本的な難点もある。
【0039】
環境に負荷を与えず、化学架橋材を使わず、しかも吸着性能に優れた吸着剤が求められる。
【0040】
生分解性高分子は、土壌中の微生物によって分解消化する。使用後の処理が容易であるという利点を持つ。生分解性高分子は環境低負荷型材料として注目されている。キチン、キトサンは生分解性高分子の1つである。だからキチン、キトサンによって吸着剤を作ることができれば好都合である。
【0041】
しかし、吸着剤とするには安定的な化学構造を作らなければならず、安定性を持たせるには架橋しなければならない。化学架橋は危険、有害、低効率であるから採りたくない。そうなると放射線照射による架橋しか途がない。しかし、半金属吸着剤にならない一部の水溶性キチン、キトサン誘導体(特許文献2)を除いて、水不溶性ジヒドロキシプロピルキチン、キトサンは放射線によって架橋する方法が知られていない。
【0042】
先述のように、特許文献2はCMキチン、CMキトサン(カルボキシメチルキチン、カルボキシメチルキトサン)に精製水を加え練り固め、電子線照射によって架橋できたと述べていた。これは水酸基(−OH)が0或いは1つしかないキチン、キトサン誘導体であってそういうものは水で混練しペーストとすると放射線架橋が可能なのかもしれない。特許文献2が挙げているものは、カルボキシアルキルキチン、カルボキシアルキルキトサン、ヒドロキシアルキルキチン、ヒドロキシアルキルキトサン、アルキルキチン、アルキルキトサンである。前述のようにこれらは5番目の炭素に付く分枝による分類である。
【0043】
アルキル基というのはCmH2m+1−でメチル、エチル、プロピル基等の総称である。分枝が−CmH2m+2COOHであるものがカルボキシアルキルキチン、カルボキシアルキルキトサンである。分枝が−CmH2m+2OHであるものがヒドロキシアルキルキチン、ヒドロキシアルキルキトサンである。分枝が−CmH2m+1であるものがアルキルキチン、アルキルキトサンである。これらは水酸基−OHがないか或いは1つしかない。そのようなものを特許文献2は水に混練し放射線照射し架橋することができると主張しているのである。
【0044】
本発明者の研究によれば、側鎖の中に1つしか水酸基を持たないものは吸着性がない。たとえ架橋できても吸着剤にならない。吸着剤にできる可能性があるのは、2つ又は2つを越える水酸基(−OH)を持つキチン、キトサンである。水酸基が2つ以上あるものはポリオールキチン、ポリオールキトサンということがある。水酸基が2つのものはジオールキチン、ジオールキトサンということができる。3つあればトリオールキチン、キトサンと言える。
【0045】
本発明は2つ以上の水酸基を5番目の炭素の分枝に有するものを材料とする。
しかし2つの水酸基(−OH)を持つキトサン、例えばジヒドロキシプロピルキトサン(dihydroxypropylchitosan)はより強い水素結合を持つ。水酸基が不活性であるため、水に対して難溶性である。水の添加によって均一に混練できない。放射線を照射しても分解するだけで、架橋は起こらない。それ以上の水酸基を持つものでも事情は同様である。吸着性を期待できる2つ以上の水酸基(−OH)を持つキチン、キトサン誘導体は、特許文献2の手法では放射線架橋することができない。
【0046】
水に溶けず、放射線架橋も不可能にしているキチン、キトサンの中の強い水素結合というのは一体何であるのかを考えてみたとき、先程の2つの水酸基を持つジヒドロキシプロピルキトサンの水素結合として図12〜図15の可能性が考えられる。
【0047】
図12は、5番目の炭素に付くジヒドロキシプロピル基の最外の酸素Oと、2番目の炭素に付くアミン基の水素Hが水素結合するという候補である。隅部の炭素自体は省略しているが、炭素と結合する水素も省略せずに書いてある。水素結合はここでO、Hを結ぶ破線O…Hで示す。
【0048】
図13は、5番目の炭素に付くジヒドロキシプロピル基の最外殻から2番目の酸素と、2番目の炭素に付くアミン基の水素Hが水素結合するというモデルである。これも可能な候補である。
【0049】
図14は、ジヒドロキシプロピルの5番目の炭素に付く分枝の2つの水酸基OHの酸素の何れもが、2番目の炭素の−NH2の水素と結合するというモデルを示す。
【0050】
特許文献2は、水酸基1つのキチン、キトサン誘導体に水を添加して撹拌することによって、水素結合をほどき架橋することができると主張している。もしも図12、13のような水素結合であれば、水酸基1つのキチン、キトサンの場合とあまり変わらない筈であるから、水を添加し撹拌することによって、放射架橋が可能であろうと思われる。
【0051】
ところが2つの水酸基を持つジヒドロキシプロピルキトサンは特許文献2と違い、水素結合を緩和するのに水では役に立たないことが分かった。従って、それ以外の水素結合の可能性を考える必要がある。
【0052】
図14は、5番目の炭素に繋がるジヒドロキシプロピル基の水酸基の酸素が2つ共2番目の炭素のアミン基−NH2の水素Hに結合するというものを示す。これであると、水を添加したぐらいでは堅固な水素結合が解けない、ということが了解される。
【0053】
図15は、5番目の炭素に繋がるジヒドロキシプロピル基の水酸基OHの酸素が水素Hを介して水素結合したというものである。2つとも水酸基OHが封じられており、水の添加で解けないだろうということが推測される。
【0054】
従って4つの可能性のうち、ジヒドロキシプロピルキトサンの水素結合は図14、15のようなものだろうと推量される。だから特許文献2の水添加の方法が役に立たないのであろう。
【0055】
半金属(ホウ素、ゲルマニウム)とキレート結合しやすいこれらの官能基を持つキチン、キトサンの誘導体を放射線によって架橋できれば、キレート構造を作り水中にあるホウ素(B)、ゲルマニウム(Ge)などの有害な半金属を有効に除去でき、無害で環境に負荷を与えず、廃棄にも適した吸着剤を与えることができる筈である。
【0056】
キチン、キトサンを用いた、環境を汚染することなく安全で高効率の吸着性能を有し、廃棄後は自然に分解するホウ素、ゲルマニウムの吸着剤を提供することが本発明の目的である。
【0057】
純粋のキチン、キトサン側鎖は水酸基が1つ(分枝は−CH2OH)しかない(モノオール)ので吸着性はない(特許文献2は水添加で架橋可能と主張)。水酸基が2つ以上あるキチン・キトサン誘導体は、架橋することができればキレート構造を作り、ホウ素、ゲルマニウムを吸着する可能性がある。
【0058】
2つ或いは2つ以上の水酸基(hydroxy)を持つポリヒドロキシ化合物(ポリオール)類の官能基によるアルキル、アリル化によって置換されたキチン・キトサン誘導体類(例えばジヒドロキシプロピルキトサン)は、強い水素結合を持つ。
【0059】
水素結合は水酸基、アミン基などの間で生じる。強い水素結合のため水に溶けず、水の添加による放射線架橋が起こらない。特許文献2の手法は役に立たない。特許文献1のような化学架橋は可能であるが、有毒有害で低効率である。有毒物を使わず、環境汚染の心配のない安全な放射線架橋によって、キレート構造を作りたい。
【0060】
水酸基が2つ以上のポリオールキチン、キトサンは特許文献2のように水で練ってもペースト状にならない。特許文献2の手法は水酸基が1つしかないものには有効であるが、2つ以上の水酸基を持つキチン、キトサンには役に立たない。
【課題を解決するための手段】
【0061】
本発明者は鋭意研究を重ねた。その結果、乳酸(CH3CH(OH)COOH)或いは尿素(NH2)CO(NH2)の水溶液にジヒドロキシプロピルキトサン(dihydroxypropylchitosan)加え、分子間水素結合を弱めて放射線照射を行うと架橋が起こるということが分かった。乳酸又は尿素水溶液に入れるということが新規な工夫である。水に溶けないので、乳酸、尿素水溶液にも簡単には溶けない。しかし少しずつ加え、十分に撹拌して懸濁液を作ることができる。さらに原料を追加し撹拌し、粘度の高いペースト状にすることができる。
【0062】
そこへ放射線を当てると架橋が起こる。高分子ラジカルの間で架橋反応が起こるのである。分解と架橋が同時に進行するが、架橋が優越する。架橋が進むと硬くなる。架橋体は粉末でなく硬い塊になる。乾燥した塊を叩いて適当な大きさの粒子にすることができる。
【0063】
この架橋体は、ホウ素、ゲルマニウムなど半金属に対し優れた吸着能を持つということも分かった。塊状の架橋体を網目のある袋に入れて吸着剤とすることができる。塊状のキチン・キトサン吸着剤は水に溶けない。いくら汚水を通してもその形状を損なわず減量しない。キレート構造によってホウ素、ゲルマニウムを吸着する。十分にホウ素、ゲルマニウムを吸着した後は廃棄処分するが、生分解性を持つので自然に消滅する。
【0064】
本発明は、強い水素結合のために水に難溶であるポリオール(2つ以上の水酸基を持つ)キチン・キトサン誘導体を、乳酸、尿素水溶液の添加によって水素結合の作用を弱め、放射線照射によって、高分子ラジカル同士の接触を活発化させ、架橋に成功したものである。
【0065】
乳酸、尿素水溶液の添加によって、水素結合を弱体化してから混練し粘稠体とし、その状態で放射線を当て架橋するようにしたところが本発明の要諦である。堅固な水素結合が存在したままでいくら放射線を当てても、高分子が細かく分解するだけで架橋がおこらない。本発明は、乳酸或いは尿素で水素結合を弱体化させてから放射線照射し架橋に成功している。
【0066】
乳酸、尿素によって水素結合が緩むのか明確な理由は分からない。以下は推測であるが本発明者は次のように考える。
【0067】
図14、図15のような2つの水酸基の酸素が、水素結合O−H…Oによって堅固に結びついているので、水ではこれに対し作用できない。乳酸CH3CH(OH)COOHは、−NH2と反応させ、−NH2をプロトン化できる。さらに極性なO=C−OHという部分があり、O=が水素結合のHを引きつけ、−OHのHが水素結合のOを引きつけるので、水素結合が解けるのであろうと推測される。
【0068】
尿素(NH2)CO(NH2)の場合はC=Oの酸素O=が水素結合のHを引きつけ、N−HのHが水素結合のOを引きつけるので水素結合が緩むのだろうと思われる。そのような作用は急激には起こらないから、時間を掛けて徐々に水素結合を緩めるのである。
【0069】
材料を少しずつ何度も追加して撹拌し、粘度を高めていくようにする。水素結合が緩んでから、電子線、X線、γ線などの放射線を当てると自由になった高分子ラジカルが架橋反応を起こすのである。乳酸、尿素との混合撹拌は水素結合を弱め、高分子がフレキシブルの状態になって、放射線照射によって架橋反応が起こる。
【0070】
本発明者は、放射線架橋によって製造された架橋体吸着剤が、水中のホウ素、ゲルマニウムなど半金属を効率よく吸着することを見い出した。
【0071】
ホウ素とキレート錯体を作るには、4つの水酸基が必要である。図10にジヒドロキシプロピルキトサンの場合のキレート構造の1つの例を示す。5番目の炭素に続く分枝はプロピレンの2つの炭素に水酸基OHが付いたものであったから、これからHがとれて2つの酸素原子O、Oにホウ素Bが繋がる。
【0072】
これで安定してホウ素を吸着できるとすると、ジヒドロキシプロピルキトサンの1単位(9C、6O、15H、1N)の分子量は233である、ホウ素の原子量は11であるから、全部の水酸基がホウ素を吸着したとして、11/233=47mg/gという値で飽和する筈である。後に実施例で述べるが、本発明の場合、ホウ素吸着量の最大値は17mg/g程度までいくので本発明の吸着性能の優れていることがよくわかる。
【0073】
図11は2単位を含む水酸基OHの4つが集まってホウ素を取り囲み、錯体を形成したものというイメージ図である。酸素で捻れると、隣接単位の水酸基が向き合うようになる。そこで水素が取れて、ホウ素を酸素で取り囲むことができる。4つの水酸基で1つのホウ素を保有できるとすると、全部の水酸基がホウ素を吸着したとして、飽和の限界値は11/2×233=23mg/gとなる。後に実施例で述べるが、本発明のホウ素吸着量の最大は17mg/gまでいくのであるが、それは限界値の74%になり本発明の優れていることがよく分かる。
【0074】
ゲルマニウムは4価で存在することが多いので、図16のようにジヒドロキシプロピルキトサンによってキレート錯体を形成した場合は、隣接単位から2つずつ合計4つの水酸基によってGeの1原子を保持することになる。Geの原子量は73なので、全部の水酸基がGe吸着に寄与したとして、73/2×233=156mg/gが限界飽和吸着率である。後に実施例で述べるが、本発明でGeの最大の吸着量は50mg/g程度までいくのでGeに対しても優れた効果を持つ。
【0075】
本発明の試料のホウ素の吸着能力は現在市販されているキレート吸着剤(9mg/g)の約1.6倍にも達する。ゲルマニウムの吸着能力は現在市販されているキレート吸着剤の役1.5倍にもなる。極めて優れた吸着剤となる。
【発明の効果】
【0076】
本発明は蟹の甲羅の成分であるキチン、キトサンを原料とするので、原料は豊富且つ安価である。使用後は廃棄されても生分解性があり、自然に分解し環境に負荷を掛けない。2つ以上の水酸基を有するキチン、キトサン誘導体はそのままでは水に溶けないが乳酸、尿素水溶液に入れて撹拌を繰り返すことによって粘度の高いペースト状にできそれを放射線照射すると架橋させることができる。有毒な薬剤を使わず安全で衛生的である。放射線照射によって架橋反応して製造されたものは、ホウ素やゲルマニウムに対して優れた吸着能を有する。粉末状でなく有限の大きさの塊にできるので、金網や布網、有孔筒体、布フィルタなどに入れて汚水を通してこれを浄化するのに好適である。
【0077】
ホウ素やゲルマニウムなどの半金属で汚染された工場廃水、温泉水、鉱山廃水、河川水、海水、沼沢水などからゲルマニウムやホウ素を除去することができる。
【0078】
本発明は毒性のある化学架橋剤を一切使わない。尿素又は乳酸と放射線で架橋を起こさせ吸着剤としている。尿素又は乳酸水溶液で撹拌し、材料を足しながら粘度の高い試料を作る。尿素、乳酸には毒性は殆ど無く、取扱いに注意すれば危険性は少なく安全である。化学薬品が吸着剤の中に残留しないので、吸着剤に化学薬品が残留することによる環境汚染といった欠点を克服することができる。又、生活用水製造の分野にも応用することができる。
【0079】
電離性放射線特に電子線加速器を用い、電子線照射によって架橋するので、時間もかからず、工業的に量産化しやすい。実用的な価値の高い発明である。薬物毒性や汚染の心配がないので、生活用水製造の分野にも応用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0080】
本発明で出発原料となるのは、水酸基が2つ以上ある分枝を持つキチン、キトサン誘導体である。だから水酸基がないか1つしかない分枝(例えば−CH2OH)を持つ特許文献2のキチン、キトサンなどは入らない。水酸基が複数ある分枝をポリオールと言う。ポリオール官能基を持つ側鎖(分枝)を持つキチン、キトサンが原料となる。図5に2つの水酸基を持つ炭素数3のジヒドロキシプロピル基(dihidroxypropyl)側鎖を示す。これはジヒドロキシプロピルキトサンの場合、キチン、キトサンの−CH2OHの分枝のHを置換した形で入る。アミン基NH2のHを置換した形で含まれてもよい。
【0081】
より一般的に、図6のようなアルキル基CmH2m+1のHの一部が、水酸基OHに置換された側鎖を有するものであってもよい。図6は3つの水酸基を持つ側鎖を示す。CmH2m−2(OH)3nというようなものである。水酸基は2つでも3つでも4つ以上でもよい。図6のような水酸基付きアルキル基の側鎖は、5番目の炭素の−CH2OHのHの代わりに付いてもよいし、アミン基のNH2のHの代わりに付いたものでもよい。
【0082】
図7のように(炭素二重結合を含む)、アリル基CmH2m−1の水素が一部水酸基に置換されたものであってもよい。図7は3つの水酸基を持つCmH2m−4(OH)3n の側鎖を示す。水酸基付きアリル基の側鎖は、5番目の炭素の−CH2OHのHの代わりに付いてもよいし、アミン基のNH2のHの代わりに付いたものでもよい。
【0083】
図3、図4は5番目の炭素の−CH2OHのHの代わりにジヒドロキシプロピル基の付いたキチン、キトサンを示す。だからより一般に、複数水酸基を持つアルキル基、アリル基の側鎖を5番目の炭素の−CH2OHのHの代わりに付いたものは図3、4から類推できる。
【0084】
5番目の炭素のアミン基のNH2の水素の代わりにジヒドロキシプロピル基の付いたキトサン誘導体の一例を図8に示す。そのようにアミン基の方に水酸基が付いているキチン・キトサン誘導体でも原料とすることができる。
【0085】
本発明のキチン・キトサン誘導体架橋体は次のように製造される。原料となるキチン・キトサン誘導体を低濃度の乳酸水溶液(0.5%〜5%、特に2%程度)或いは尿素水溶液(1mol/l〜7mol/l特に6mol/l)に投入して、キチン、キトサン誘導体の濃度を10%前後の濃度に調整する。乳酸は、CH3CH(OH)COOHの分子式を持ちαヒドロキシプロピオン酸ともいう。分子量は90である。
【0086】
尿素はCO(NH2)2という分子式を持ち、分子量は60である。キチン・キトサン誘導体は、水溶性がないので簡単に溶けない。尿素や乳酸が水素結合を緩めるといっても、それはゆっくりとした作用である。そこでこれを24時間撹拌する。キチン・キトサン誘導体が全部溶けた高粘度の液体となる。
【0087】
この10%前後の濃度の液体に、さらにキチン・キトサン誘導体の原料を少しずつ追加投入し撹拌する。乳酸、尿素の水素結合緩和作用が徐々に広がっていく。やがて全部のキチン、キトサン原料が溶ける。元々水溶性がないので簡単に溶けない。乳酸、尿素の作用も遅いので時間がかかる。溶けると、さらに原料を少し加え撹拌して全部が溶けるようにする。これを何度も繰り返す。乳酸、尿素・水の混合系において少しずつキチン、キトサンの濃度を高めていく。低濃度で放射線照射すると、分解の方が優勢になり架橋できないから、できるだけ高濃度にするのがよい。原料添加を続けると、いくら撹拌しても溶けないと言う限界がある。それは40%〜60%の程度である。
【0088】
限界まで原料濃度を高めたものはもはや流動性はなく、高粘度の粘土状となっている。任意の形状に造形できるし、任意の形状を維持できる。高濃度高粘度の試料をペースト状にし、薄く延ばして電離性放射線を当てる。電離性放射線というのは、高エネルギーのγ線、X線、電子線などを対象物に当てて、分子を電離させる作用があるものである。試料を薄く延ばすのは、放射線が内部まで均等に入るためである。
【0089】
キチン、キトサンと乳酸、尿素との配合比は、キチンおよびキトサン誘導体100重量部に対して、乳酸の水溶液或いは尿素とその誘導体の水溶液を3〜1000重量部混合するようにする。特にキチン、キトサン誘導体100重量部に対し、乳酸、尿素水溶液を66〜150重量部混合するのがよい。これは上の原料濃度40%〜60%に対応する。
【0090】
放射線照射によって、隣接する高分子ラジカル同士が結合する架橋反応が起こる。高分子が互いに繋がって、試料がゲル化して硬くなる。飽和ゲル化率は、キチン・キトサン誘導体の違いや放射線の違いによって異なるが、30%〜60%の程度である。ゲル化しなかったもの(ゾルのまま)は放射線によって分解したものである。放射線はキチン、キトサンを分解させる作用があり、水素結合が強固であるとか、水素結合が緩んでも低濃度だと分解が優越する。分解と架橋のせめぎ合いになる。架橋を優越させるには尿素、乳酸で水素結合を緩めしかも高濃度の高粘稠粘土状にする必要がある。
【0091】
放射線によって架橋しゲル化したものは、酸やアルカリ、有機溶媒に強く化学的に安定な架橋体である。水に溶けない固体である。塊状にして水中に入れると、隣接する4つの水酸基が4つの結合を出して、半金属原子であるホウ素やゲルマニウムを捉える。錯体構造を形成するがこの構造は安定しており、ホウ素、ゲルマニウムは容易に離脱できない。だからホウ素、ゲルマニウムの吸着剤として機能する。
【0092】
照射すべき放射線は、工業生産のためコバルト60からのγ線や、加速器による電子線、或いはX線が適する。
【0093】
試料が厚い場合、電子加速器は厚物を照射できる加速電圧1MeV以上の中エネルギーから高エネルギー電子加速器(電子線照射装置)が望ましい。
【0094】
試料をプレスしてフィルム状に薄く加工しておけば、1MeV以下の中低エネルギー電子加速器(電子線照射装置)でも全体に電子線を当てることができ、試料全体について電子線架橋することができる。
【0095】
放射線照射において、水分の蒸発を防止し架橋密度の低下を抑制するために、ポリエステルなどのプラスチックフィルムで試料表面を覆ってから、照射するのがよい。
【0096】
照射線量は0.1kGy(グレイ)〜1000kGy(グレイ)とする。それ以下では架橋反応が起こらない。それ以上では基剤が分解する。図9に示したジヒドロキシプロピルキトサンのゲル化の測定結果からみると、ゲル分率を10%以上とするためには、20kGy以上であることが必要である。大体40%で飽和するが、飽和のためには100kGy〜200kGy程度でよい。
【0097】
放射線照射によって架橋した後のものは、硬くて水に溶けない固体である。水、メタノールで順次洗浄し乾燥する。塊状の半金属の吸着剤が得られる。これは、砕けば塊状、細片状、或いは粒子状にして利用することができる。
【0098】
放射線の吸収線量の単位1Gy(グレイ)は、1kgの試料が1Jのエネルギーを吸収したということである。1Gy=1J/kg。1gの試料が100ergの放射線を吸収したときは1radという。1Gy=100radである。
【0099】
放射線照射量が大きくなると、ゲルの比率が上がる。試料がゲル化し、放射線線量の増加ともにゲル化率が上がる。これは、放射線照射でキチン・キトサン試料が実際に架橋反応しているという明白な証拠となる。
【0100】
キチン・キトサン架橋体のゲル分率は次のようにして求めた。放射線照射後、得られた架橋体を50℃で真空乾燥する。架橋体といっても全部が全部架橋したのではない。放射線の作用で架橋せず、却って分解してしまったものもある。そのようなものは加水によってゾルとなるので分離できる。
【0101】
乾燥した試料の重量を測定する。これを初期乾燥重量Wと呼ぶ。乾燥試料を大量の乳酸水溶液(2%前後)に48時間浸漬させる。未架橋のゾル成分は乳酸水溶液に移動する。固体には架橋ゲル成分だけが残る。固体成分を乳酸水溶液から取り出す。取り出した架橋ゲル成分だけの固体試料をメタノールで洗浄する。50℃で24時間乾燥する。乾燥したゲル分の重量Uを測定する。ゲル分率は次の式によって計算する。
【0102】
ゲル分率(%)=(溶解したゾル成分を除いたゲル重量U)/(初期乾燥重量W)
【0103】
実施例で述べるように放射線照射によってゲル分率(U/W)が40%にも達するので本発明が優れたものであることが分かる。
【0104】
さらに架橋したグリセリルキトサン(別名 ジヒドロキシプロピルキトサン)について、強酸(塩酸、硫酸、硝酸)、強塩基(KOH、NaOH)水溶液、汎用有機溶媒(アルコール、アセトン)中での化学安定性を検討した。これらの酸、アルカリ、有機溶媒の中へ架橋キトサンを浸漬し室温で5日間放置した。その前後の重量を測定して減少量を調べた。
【0105】
グリセリルキトサン(別名 ジヒドロキシプロピルキトサン)架橋体は、この試験で重量減少がなかった。架橋体は強酸、強塩基、有機溶媒に溶けず不変である。強酸、強塩基、有機溶媒に対して極めて安定していることがわかった。酸やアルカリにも犯されず有機溶剤にも溶けない化学的に安定した堅牢な物質である。
【0106】
これら本発明の吸着剤を用いて、ホウ素、ゲルマニウムなどの半金属を吸着するには、これら半金属を含む水溶液中に、本発明の吸着剤を投入して撹拌する。或いは、本発明の吸着剤を充填した吸着カラムに、上記の水溶液を通過させることによって、水溶液中の半金属と、吸着剤を接触させる。そのような処理によって、ホウ素、ゲルマニウムなど半金属は、本発明の吸着剤に吸着される。
【0107】
本発明の吸着剤のホウ素、ゲルマニウムの吸着は、pH2〜11の広いpH範囲で起こることを確認した。特にpH5〜10において吸着能が大きくなることがわかった。だから対象となる廃水などを、このpHの範囲にして吸着剤と接触させるとより有利である。中性から弱アルカリ液に対して、より適した作用を持っている。しかし、強い酸性であるpH2でも、吸着は可能である。
【実施例1】
【0108】
市販されているジヒドロキシプロピルキトサン粉末試料(dihydroxypropylchitosan)を、吸着剤合成の出発原料として使用する。ジヒドロキシプロピルキトサン粉末を、2%の乳酸水溶液(CH3CH(OH)COOH)に投入混合して、約10%の濃度になるよう調整した。この状態では、粉末は一部しか溶けていない。この混合液を24時間撹拌して、ジヒドロキシプロピルキトサンを全部溶かした。それによって高粘度の液体を得た。
【0109】
この高粘度の液体に、さらにジヒドロキシプロピルキトサン粉末を追加投入して撹拌した。粉末が全部溶け、さらに高粘度の液体を得る。キトサン粉末の追加投入と撹拌を繰り返して、ジヒドロキシプロピルキトサン濃度が40%近くになる高粘稠度で高濃度の試料を作った。これはジヒドロキシプロピルキトサン40%と、2%乳酸水溶液60%の割合で混合した粘稠状の試料である。ジヒドロキシプロピルキトサンは、水に溶解しないので水溶液にはならない。
【0110】
この粘稠状試料を厚み1mm以下のシート状に加工した。これに株式会社NHVコーポレーションの中低エネルギー(750kV)の工業用電子線照射装置で線量0〜200kGyを照射して架橋を行った。シート状にするのは、試料の全体に電子線が照射されるようにするためである。塊状のままだと、内部まで電子線が入らない。架橋後の形状は任意である。塊としてもよいし、粒状としてもよい。
【0111】
電子線照射線量を変えて、試料のゲル分率の変化を測定した。
図9は電子線照射線量(kGy)と、それによって得られたジヒドロキシプロピルキトサン架橋体のゲル分率(%)を示すグラフである。ゲル化したということは架橋したということであり、照射線量と共にゲル化比率が上がっている。ゲル化した架橋体は、飽和の後に照射線量が増えるとゲル化率が却って下がる。それは架橋がもはや進まず、分解反応が起こるからである。
【0112】
ゲルは水に溶けない固体部分を言うが、この試料は元々水に溶けないから、前述のように乳酸水溶液に溶かして、ゾル成分(未架橋)を除去している。だから、下流成分は乳酸水溶液に溶けない部分とここでは解釈すべきである。
【0113】
電子線線量0kGy〜100kGyの範囲で、ゲル分率は電子線線量に比例して増大する。10kGyでゲル分率は3%程度で、25kGyでゲル分率は10%程度である。50kGyで18%程度、75kGyで30%の程度である。100kGyで40%になる。150kGy〜200kGyでも40%程度である。従って、大体100kGyで飽和して、40%のゲル分率のものが得られるということである。未架橋部が60%あったということになるが、有害有毒の化学薬品を使わずに、これほどの比率で架橋できたということは大層優れた利点である。
【0114】
この試料の化学的な安定性を試験し、さらに吸着剤としての性能を調べる試験を行った。100kGyの電子線照射で得られた架橋体を、水、メタノールで洗浄し乾燥した。試薬は1M塩酸、1M水酸化ナトリウム、純水、エタノール、アセトン、クロロホルムである。
【0115】
【表1】
【0116】
表1に架橋体の各種溶媒に対する化学試薬安定性(溶解性)を一覧にして示している。○は溶解しないということを意味する。表1から分かるように、この架橋体は、1M塩酸、1M水酸化ナトリウム、純水、エタノール、アセトン、クロロホルムに不溶である。つまり、このキトサン架橋体は強酸、強塩基、代表的な有機溶媒に不溶である。従って、化学的な安定性は十分である。吸着剤として、応用範囲は広いものと考えられる。
【0117】
吸着剤とするには、塊状にしたものを網に入れて、廃水の中へ入れるという形態が可能である。粒子状のものを袋に入れて、廃水流路に詰めるようにすることもできる。或いはシート状に造形して、廃水に接触させるようにすることもできる。フィルム状にして、隙間をおいて何層も重ねたフィルタ槽として、隙間に廃水を通すようにもできる。
【0118】
適用できるpHの範囲が広いから、水の処理だけでなく、強酸、強アルカリや有機溶媒を含む複合液体を処理することもできる。河川水、温泉水、鉱泉水などだけでなく、塩基、酸、有機溶媒を含む工場廃水の浄化にも使うことができる。
【0119】
これを吸着剤として次の実験を行った。
市販されている1000ppmホウ素標準液を、100ppmホウ素水溶液に希釈した。塩酸と水酸化ナトリウムとで、pHを2〜11の様々の値に調整した。吸着剤の作用のpH依存性を調べるためである。
【0120】
100ppmホウ素水溶液100mlに、上記の架橋済み試料0.1gを入れて、室温で24時間撹拌した。
【0121】
撹拌後の水溶液の上澄み液から、ホウ素量をICP発光分析装置によって測定した。水溶液中のホウ素の初期濃度から処理後のホウ素残留濃度を差し引いて、架橋済み試料の重量で割って、単位重量あたりの吸着量を計算した。その結果を表2に示す。
【0122】
【表2】
【0123】
ホウ素吸着量の単位はmg/gである。分母のgは吸着剤の重量で、分子のmgは吸着されたホウ素の重量である。上の値は、1gの吸着剤が吸着したホウ素の重量(mg)ということである。
【0124】
100ppmホウ素水溶液100ml中のホウ素量は10mgである。吸着剤は0.1gであって、ホウ素減少量を0.1gで割ったものが上の値である。だからホウ素減少量は上の値を10で割った値になる。それは0.3〜1.6mgの範囲にあり、全ホウ素量10mgの10%程度であるから飽和しておらず、非線形の効果もないと考えられる。吸着剤を0.1gでなく、もっと増やせば吸着量も比例して増大するものと考えられる。
【0125】
pH依存性を調べたところ、pH=4.0で吸着量は最も少なくて3.62mg/gである。pH=4が最小の吸着量を与え、pHが4.0より上でも下でも吸着量が増える。pH2.2の強い酸性で、15.61mg/gという優れた吸着能を示す。pH5.2の弱酸で、15.32mg/gという強い吸着力を持っている。pHが6.86のほぼ中性の場合で、16.08mg/gという吸着力を持つ。中性でもこれだけの吸着性能を持つというのは好都合なことである。pHが10.01のアルカリ性でも12.77mg/gというかなり高い吸着能を持っている。
【実施例2】
【0126】
実施例2は実施例1と同じ吸着剤で、そのゲルマニウムに対する吸着性を調べた。つまりジヒドロキシプロピルキトサン40%と2%乳酸水溶液60%の混合物であるゲル状試料に、100kGyの電子線を照射し、架橋反応を起こさせた吸着剤である。
【0127】
市販されている1000ppmゲルマニウム標準液を希釈し、100ppmゲルマニウム水溶液とした。塩酸と水酸化ナトリウムとで、pHを2〜11の様々の値に調整した。吸着剤の作用のpH依存性を調べるためである。
【0128】
100ppmゲルマニウム水溶液100mlに、上記の架橋済み試料0.1gを入れて、室温で24時間撹拌した。
撹拌後の水溶液の上澄み液から、ゲルマニウム量をICP発光分析装置によって測定した。水溶液中のゲルマニウムの初期濃度から処理後のゲルマニウム残留濃度を差し引いて、単位重量あたりの吸着量を計算した。その結果を表3に示す。
【0129】
【表3】
【0130】
ゲルマニウム吸着量の単位はmg/gである。分母のgは吸着剤の重量で、分子のmgは吸着されたゲルマニウムの重量である。上の値は、1gの吸着剤が吸着したゲルマニウムの重量(mg)ということである。
【0131】
100ppmゲルマニウム水溶液100ml中のゲルマニウム量は10mgである。吸着剤は0.1gであって、ゲルマニウム減少量を0.1gで割ったものが上の値である。だから、実際のゲルマニウムの減少量は上の値を10で割った値になる。それは0.4〜5mgの範囲にあり、ゲルマニウム量10mgの40〜50%程度である。50%の場合は、或いは飽和の効果も表れているのかもしれない。50mg/gという吸着能はすばらしいものである。もしも0.2gの吸着剤を入れれば、殆ど全部ゲルマニウムを吸着除去できるということである。
【0132】
pH依存性は、pH=4.0で、吸着量は最も少なくて4.05mg/gである。pHが4.0より上でも下でも吸着量が増える。pH2.2の強い酸性で、17.64mg/gという大きい吸着能を示す。pH5.2の弱酸で、さらにその2倍以上の41.53mg/gという優れた強い吸着力を示す。pHが6.86のほぼ中性の場合で、50.78mg/gという吸着力を持つ。これは全ゲルマニウムの約半分を吸着したということである。中性でこれだけの吸着性能を持つというのは、極めて好都合なことである。pHが10.01のアルカリ性でも39.39mg/gというかなり高い吸着能を持っている。この吸着剤は、ホウ素よりもゲルマニウムの方が吸着能が大きく、約2〜3倍程度にもなる。
【0133】
以上の実験の結果から、ジヒドロキシプロピルキトサンは乳酸・尿素撹拌でペースト状にし、放射線によって架橋することができ、架橋したジヒドロキシプロピルキトサンはキレート吸着構造を有し、親水性ポリマーとなっており水に馴染み易く、水に溶解しているゲルマニウムやホウ素などを効率よく吸着することができたのである。
【0134】
本発明は、市販されているホウ素キレート吸着剤(最大9g/mg)の約1.6倍、ゲルマニウムは市販品のキレート吸着剤(最大30g/mg)の1.5倍の吸着能力を有し、優れた発明と言える。
【図面の簡単な説明】
【0135】
【図1】キチンの基本形であるβ−ポリ−N−アセチル−D−グルコサミンの2単位分の構造図。
【0136】
【図2】キトサンの基本形であるβ−ポリ−D−グルコサミンの2単位分の構造図。
【0137】
【図3】ジヒドロキシプロピルキチン(dihydroxypropylchitin)の2単位分の構造図。
【0138】
【図4】ジヒドロキシプロピルキトサン(dihydroxypropylchitosan)の2単位分の構造図。
【0139】
【図5】水酸基を2つ持ち、炭素を3つ有するジヒドロキシプロピル基の構造式。
【0140】
【図6】複数の水酸基OHを有するアルキル基の側鎖の例を示す構造式。
【0141】
【図7】複数の水酸基OHを有するアリル基の側鎖の例を示す構造式。
【0142】
【図8】5炭素1酸素よりなる6角枠構造の5番目の炭素に繋がるアミノ基の水素Hの代わりに、ジヒドロキシプロピル基が付いているような本発明の原料の例を示す構造図。
【0143】
【図9】ジヒドロキシプロピルキトサンを乳酸水溶液に入れ撹拌混練し、シート状にして0〜200kGyの電子線を照射した場合の、ゲル化率の測定値のグラフ。横軸は電子線照射量(kGy)で、縦軸は試料のゲル分率(%)である。
【0144】
【図10】ジヒドロキシプロピルキトサンを乳酸と撹拌混練し放射線を照射した後、水素結合が解けて、側鎖2つの水酸基の酸素がホウ素(オキソ酸)と錯体を形成したと想定した場合の構造図。
【0145】
【図11】ジヒドロキシプロピルキトサンを乳酸と撹拌混練し放射線を照射した後、水素結合が解けて、近隣側鎖の4つの水酸基の酸素がホウ素と錯体を形成したと想定した場合の構造図。
【0146】
【図12】ジヒドロキシプロピルキトサンで第5番目の炭素に付く分枝の部分の水酸基は、水素結合のために拘束され活性を失っているが、分枝の最外の水酸基が5番目の炭素のアミン基のHと水素結合しているという想定での水素結合のイメージ図。
【0147】
【図13】ジヒドロキシプロピルキトサンで第5番目の炭素に付く分枝の部分の水酸基は、水素結合のために拘束され活性を失っているが、分枝の外から2番目の水酸基が2番目の炭素のアミン基のHと水素結合しているという想定での水素結合のイメージ図。
【0148】
【図14】ジヒドロキシプロピルキトサンで第5番目の炭素に付く分枝の部分の水酸基は、水素結合のために拘束され活性を失っているが、分枝の最外の水酸基と外から2番目の水酸基が、2番目の炭素のアミン基の2つHとそれぞれ水素結合しているという想定での水素結合のイメージ図。
【0149】
【図15】ジヒドロキシプロピルキトサンで第5番目の炭素に付く分枝の部分の水酸基は、水素結合のために拘束され活性を失っているが、分枝の最外の水酸基と外から2番目の水酸基が水素結合しているという想定での水素結合のイメージ図。
【0150】
【図16】ジヒドロキシプロピルキトサンを乳酸と撹拌混練し放射線を照射した後、水素結合が解けて、近隣の4つの水酸基の酸素がゲルマニウム原子と錯体を形成したと想定した場合の構造図。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
2つ以上の水酸基を持つ側鎖を有するキチン誘導体或いはキトサン誘導体を原料とし、これに乳酸の水溶液或いは尿素とその誘導体の水溶液を加え撹拌し高濃度のペースト状にし、電離性放射線を照射し架橋反応を起こさせることを特徴とするホウ素・ゲルマニウム吸着剤の製造方法。
【請求項2】
2つ以上の水酸基を持つ側鎖を有するキチン誘導体或いはキトサン誘導体に、乳酸又は尿素又は尿素の誘導体の水溶液を加え撹拌し高濃度のペーストにし、電離性放射線を照射し架橋反応を起こさせて製造したことを特徴とするホウ素・ゲルマニウム吸着剤。
【請求項3】
2つ以上の水酸基を持つ側鎖を有するキチン誘導体或いはキトサン誘導体が、
(a)水酸基の一部をジヒドロキシプロピル基、もしくは少なくとも2つ以上の水酸基を持つポリヒドロキシ化合物(ポリオール)類官能基によるアルキル、アリル化によって置換された誘導体、
(b)アミノ基の一部をジヒドロキシプロピル基、もしくは少なくとも2つ以上の水酸基を持つポリヒドロキシ化合物(ポリオール)類官能基によるアルキル、アリル化によって置換された誘導体、
(c)或いは水酸基とアミノ基の両方の一部が、上記の官能基によって置換された誘導体であることを特徴とする請求項2に記載のホウ素・ゲルマニウム吸着剤。
【請求項4】
架橋に用いる電離性放射線が、γ線、電子線またはX線であり、その線量は0.1kGy〜1000kGyである請求項1に記載のホウ素・ゲルマニウム吸着剤の製造方法。
【請求項5】
放射線架橋条件が、キチンおよびキトサン誘導体100重量部に対して、乳酸、酢酸など弱酸類の水溶液或いは尿素とその誘導体の水溶液を3〜1000重量部混合したものに、電離性放射線で照射して得られる架橋体からなる請求項1又は請求項4に記載のホウ素・ゲルマニウム吸着剤の製造方法。
【請求項6】
キチン誘導体とキトサン誘導体の比率はいずれの割合で混合したものでもよいことを特徴とする請求項2又は3に記載のホウ素・ゲルマニウム吸着剤。
【請求項7】
吸着するべきホウ素、ゲルマニウムが水中或いは有機溶剤に溶解されているものであることを特徴とする請求項2、請求項3又は請求項6の何れかに記載のホウ素・ゲルマニウム吸着剤。
【請求項8】
ホウ素・ゲルマニウム吸着は土壌中、水中、海水中、工場廃水、温泉水、鉱山廃水などホウ素・ゲルマニウムが溶解している土壌および液体であることを特徴とする請求項7に記載のホウ素・ゲルマニウム吸着剤。
【請求項9】
ホウ素、ゲルマニウムはキチン誘導体、キトサン誘導体又はその混合物の架橋体をシート状、フィルム状、粒子状に造形したものに接触させることにより、除去されることを特徴とする請求項2、請求項3、請求項6、請求項7又は請求項8の何れかに記載のホウ素・ゲルマニウム吸着剤。
【請求項1】
2つ以上の水酸基を持つ側鎖を有するキチン誘導体或いはキトサン誘導体を原料とし、これに乳酸の水溶液或いは尿素とその誘導体の水溶液を加え撹拌し高濃度のペースト状にし、電離性放射線を照射し架橋反応を起こさせることを特徴とするホウ素・ゲルマニウム吸着剤の製造方法。
【請求項2】
2つ以上の水酸基を持つ側鎖を有するキチン誘導体或いはキトサン誘導体に、乳酸又は尿素又は尿素の誘導体の水溶液を加え撹拌し高濃度のペーストにし、電離性放射線を照射し架橋反応を起こさせて製造したことを特徴とするホウ素・ゲルマニウム吸着剤。
【請求項3】
2つ以上の水酸基を持つ側鎖を有するキチン誘導体或いはキトサン誘導体が、
(a)水酸基の一部をジヒドロキシプロピル基、もしくは少なくとも2つ以上の水酸基を持つポリヒドロキシ化合物(ポリオール)類官能基によるアルキル、アリル化によって置換された誘導体、
(b)アミノ基の一部をジヒドロキシプロピル基、もしくは少なくとも2つ以上の水酸基を持つポリヒドロキシ化合物(ポリオール)類官能基によるアルキル、アリル化によって置換された誘導体、
(c)或いは水酸基とアミノ基の両方の一部が、上記の官能基によって置換された誘導体であることを特徴とする請求項2に記載のホウ素・ゲルマニウム吸着剤。
【請求項4】
架橋に用いる電離性放射線が、γ線、電子線またはX線であり、その線量は0.1kGy〜1000kGyである請求項1に記載のホウ素・ゲルマニウム吸着剤の製造方法。
【請求項5】
放射線架橋条件が、キチンおよびキトサン誘導体100重量部に対して、乳酸、酢酸など弱酸類の水溶液或いは尿素とその誘導体の水溶液を3〜1000重量部混合したものに、電離性放射線で照射して得られる架橋体からなる請求項1又は請求項4に記載のホウ素・ゲルマニウム吸着剤の製造方法。
【請求項6】
キチン誘導体とキトサン誘導体の比率はいずれの割合で混合したものでもよいことを特徴とする請求項2又は3に記載のホウ素・ゲルマニウム吸着剤。
【請求項7】
吸着するべきホウ素、ゲルマニウムが水中或いは有機溶剤に溶解されているものであることを特徴とする請求項2、請求項3又は請求項6の何れかに記載のホウ素・ゲルマニウム吸着剤。
【請求項8】
ホウ素・ゲルマニウム吸着は土壌中、水中、海水中、工場廃水、温泉水、鉱山廃水などホウ素・ゲルマニウムが溶解している土壌および液体であることを特徴とする請求項7に記載のホウ素・ゲルマニウム吸着剤。
【請求項9】
ホウ素、ゲルマニウムはキチン誘導体、キトサン誘導体又はその混合物の架橋体をシート状、フィルム状、粒子状に造形したものに接触させることにより、除去されることを特徴とする請求項2、請求項3、請求項6、請求項7又は請求項8の何れかに記載のホウ素・ゲルマニウム吸着剤。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
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【図15】
【図16】
【公開番号】特開2008−104956(P2008−104956A)
【公開日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−290621(P2006−290621)
【出願日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【出願人】(503237806)株式会社NHVコーポレーション (37)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【出願人】(503237806)株式会社NHVコーポレーション (37)
【Fターム(参考)】
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