ボールねじ
【課題】二点接触形式のボールねじにおいて、低速運転時の異常トルク上昇を防止または抑制するのに好適なボールねじを提供する。
【解決手段】このボールねじ1は、軌道7と負荷ボール4との接触状態が常に二点接触になっているとともに、複数の負荷ボール4同士の間に自転可能なスペーサボール8が介装されており、このスペーサボール8を、所定の外部負荷を受ける条件下で、前記軌道7との隙間ゼロ以上を維持する外径を有するものとした。
【解決手段】このボールねじ1は、軌道7と負荷ボール4との接触状態が常に二点接触になっているとともに、複数の負荷ボール4同士の間に自転可能なスペーサボール8が介装されており、このスペーサボール8を、所定の外部負荷を受ける条件下で、前記軌道7との隙間ゼロ以上を維持する外径を有するものとした。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、負荷ボールと軌道との接触状態が二点で接触するように構成されたボールねじに係り、低摩擦、低トルク変動を要求される予圧ボールねじ一般に適用することができ、特に、定格荷重はそれほど要求されず、高速性、低発熱性、低トルクが要求される用途に好適なボールねじに関する。
【背景技術】
【0002】
ボール転がり要素であるボールねじは、外周面に螺旋状のボール転動溝を有するねじ軸と、内周面に螺旋状のボール転動溝を有するナットと、ねじ軸およびナットのボール転動溝が対向して形成される軌道内に配置された複数の負荷ボールとを備えて構成されており、その負荷ボールと軌道との接触状態は、三点または四点接触であるものが一般的である。これに対し、同じくボール転がり要素である軸受は、内外輪の軌道と負荷ボールとの接触状態が、予圧状態において通常二点接触である。
【0003】
一般的なボールねじにおいて、その負荷ボールと軌道との接触状態を三点または四点接触形式とする理由は、ボール転動溝への負荷ボールの食い込みを防止するためである。つまり、一般に、ボールねじは、ボール転動溝が螺旋状にねじれていることに起因して、特に低速運転時にトルクの上昇が起こる(以下、「異常トルク上昇」ともいう)という問題がある。この異常トルク上昇は、負荷ボールがボール転動溝に食い込む、「溝−ボール間のつまり」が原因と考えられている。そのため、負荷ボールと軌道との接触状態を三点または四点接触形式とすることによって負荷ボールの支持点を増やし、これにより、食い込みを防止または抑制することを意図しているのである。食い込みによるトルク上昇が、三点目、四点目が接触することによるトルク上昇を上回るということが前提となっている。
【0004】
しかし、三点または四点接触形式のボールねじにおいては、軌道に対して負荷ボールを三点または四点で支持するので、三点目や四点目でのすべり成分が存在してしまう。そのため、予圧荷重を大きくした場合には、そのすべり成分に起因して摩擦による発熱や摩耗が問題となる。これに対し、二点接触形式のボールねじとすれば、三点目や四点目でのすべり成分が存在しないことから、予圧荷重を大きくした場合でも、摩擦による発熱や摩耗が三点または四点接触形式のものに比べて有利である。
例えば特許文献1に記載の技術では、ボール転動溝にゴシックアーク溝を採用しつつ、軌道とボールとの軸方向隙間を所定に管理する等により、二点接触形式の特性を最大限に発揮しうる条件を備えたボールねじを、安定した品質で提供することを可能としている。
【0005】
同文献記載の構成を採用すると、二点接触形式のボールねじにおいて、精度良く二点接触の状態を実現できる。これにより、二点接触形式のボールねじとすることで、三点目や四点目でのすべり成分が存在しないことから、予圧荷重を大きくした場合でも、摩擦による発熱や摩耗が三点または四点接触形式のものに比べて抑制することが可能となる。また、例えば高速運転(軸径φ30mm程度で、50rpm以上)に於いて、三点ないし四点接触状態の通常予圧のボールねじに比べて低トルクが実現できる。
【特許文献1】特開2004−257466号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、本願発明者らは、二点接触形式のボールねじにおいて種々の要素試験を行ったところ、特に低速で起こる異常トルク上昇は、ボールの転動溝への食い込みによるものではなく、三点目、四点目の接触点に拘束されることがないため、ボールが不安定となることにより、隣り合う負荷ボール同士と競り合い易くなることが主要因であることを見いだした。スペーサボールは、負荷ボールのそれとは逆方向に自転することにより、ボール間での滑りを緩和する。
【0007】
また、二点接触形式のボールねじは、ボール転動溝と負荷ボールとの間の摩擦が三点ないし四点接触状態に比べて小さい。このため、二点接触形式のボールねじでは、ボール4同士の競り合いによる摩擦変動が相対的に目立ってしまう。特に、作動特性が要求される用途のボールねじは鋼球径の小さいものが多い。そのため、回路内の負荷ボールの数が多くなるとともに、作動特性が要求されるものでは予圧荷重も比較的に小さいので、負荷ボールが予圧荷重によって圧縮されることによるトルク増加も小さくなる。
【0008】
また、負荷ボール同士の競り合いによる摩擦は、ボールねじの使用状況(例えば速度やストローク等)によって変化する。そのため、負荷ボール同士の競り合いによる摩擦変動はその予測が難しく、二点接触形式のボールねじでは、隣り合う負荷ボール同士の競り合いが、ボールねじを安定して駆動するための障害となる。
ここで、隣り合う負荷ボール同士の競り合いを防止するためには、上記特許文献1にも記載のように、隣り合う負荷ボール間にスペーサ(保持ピース)を介装することが考えられる。
【0009】
しかしながら、ボールねじの負荷ボール数は、例えばボール転がり要素である軸受でのそれと比較して非常に多い。また、通常のスペーサ(保持ピース)を介装する場合はスペーサ自身が自転するものではない。また、スペーサが脱落しないように保持するために、ある程度回路内に隙間なく負荷ボールおよびスペーサを挿入しなければならないので、特に作動特性が必要とされる、鋼球径が小さい負荷ボールを有するボールねじにおいては、負荷ボールとスペーサとの競り合いによるトルク上昇の影響が大きくなり、トルクの異常上昇などを完全に抑えることが難しかった。
そこで、本発明は、このような問題点に着目してなされたものであって、二点接触形式のボールねじにおいて、低速運転時の異常トルク上昇を防止または抑制するのに好適なボールねじを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本願発明者らは、実験を重ねて検討したところ、二点接触形式のボールねじにおいて、隣接する負荷ボール同士の間に、所定のスペーサボールを介装すると、他の三点ないし四点接触タイプのボールねじにスペーサボールを適用した場合比べ、特に優れたトルク特性を実現できることを見いだした。
すなわち、本発明は、外周面に螺旋状のボール転動溝を有するねじ軸と、内周面に螺旋状のボール転動溝を有するナットと、前記ねじ軸のボール転動溝および前記ナットのボール転動溝が対向して形成される軌道内に配置された複数の負荷ボールと、を備えたボールねじにおいて、前記軌道と前記負荷ボールとの接触状態が常に二点接触になっているとともに、前記複数の負荷ボール同士の間に負荷ボールと反対方向に自転可能なスペーサボールが介装されており、前記負荷ボールが所定の外部負荷を受ける条件下で、当該スペーサボールは、前記軌道との隙間ゼロ以上を維持する外径を有することを特徴としている。
【0011】
本発明に係るボールねじによれば、軌道と負荷ボールとの接触状態が常に二点接触になっているので、三点目や四点目でのすべり成分が存在しないことから、予圧荷重を大きくした場合でも、摩擦による発熱や摩耗が三点または四点接触形式のものに比べて有利である。
そして、複数の負荷ボール同士の間に自転可能なスペーサボールが介装されており、このスペーサボールは、無負荷または動定格荷重の1/10以下の荷重で前記軌道との隙間を維持する外径を有するものなので、後述する種々の要素試験の結果からも明らかにするように、低速運転時の異常トルク上昇を防止または抑制することができる。
【0012】
ここで、本発明に係るボールねじにおいて、前記スペーサボールと前記負荷ボールとの比率は、スペーサボールの数をS、負荷ボールの数をFとするとき、比率S/Fが、0.5≦S/F≦1の範囲であることは好ましい。このような構成であれば、低速運転時の異常トルク上昇を防止または抑制する上でより好適である。
また、本発明に係るボールねじにおいて、前記軌道と前記負荷ボールとの間に予圧を付加する予圧方式は、ダブルナット間座予圧方式、オフセットリード予圧方式、または条間オフセットリード予圧方式であることは好ましい。このような構成であれば、軌道と負荷ボールとの接触状態が常に二点接触になるように予圧を付加するための予圧方式として好適である。
【0013】
また、本発明に係るボールねじにおいて、前記スペーサボールを含むボール充填率が98%以下であることは好ましい。このような構成であれば、低速運転時の異常トルク上昇を防止または抑制する上で好適である。
また、本発明に係るボールねじにおいて、前記スペーサボールは樹脂製であることが好ましく、前記スペーサボールが樹脂製である場合に、前記樹脂がポリアセタール樹脂であることは好ましい。このような構成であれば、低速運転時の異常トルク上昇を好適に防止または抑制するためのスペーサボールとして好適である。
【発明の効果】
【0014】
上述のように、本発明によれば、二点接触形式のボールねじにおいて、低速運転時の異常トルク上昇を防止または抑制するのに好適なボールねじを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について説明する。
図1は、本発明の一実施形態であるボールねじの構成を、一部を断面にて示す平面図であり、同図では、ナットを、ナットの軸方向の中心を含む平面で破断して示している。また、図2は、図1に示すボールねじに予圧を付加している状態における、軌道と負荷ボールとの関係を説明する図である。
【0016】
図1に示すように、このボールねじ1は、螺旋状のボール転動溝5を外周面に有するねじ軸2と、ねじ軸2のボール転動溝5に対向する螺旋状のボール転動溝6を内周面に有し、ねじ軸2に螺合される円筒状のナット3と、ねじ軸2のボール転動溝5とナット3のボール転動溝6とで形成される軌道7に転動自在に装填された複数の負荷ボールであるボール4と、を備えている。そして、複数のボール4を介してねじ軸2に螺合されているナット3と、ねじ軸2とが、ボール4の転動を介して軸方向に相対移動するようになっている。
【0017】
ここで、前記複数のボール4同士の間には、樹脂製のスペーサボール8が自転可能に介装されており、このスペーサボール8によってボール4同士の競り合いが抑制され、これにより、作動性の悪化が防止されるとともにボール4の摩擦や損傷が低減されている。
詳しくは、このスペーサボール8として、本実施形態では、動定格荷重の1/10以下の荷重(負荷ボール4に作用する予圧以外の負荷。以下、「外部負荷」と称する。)で前記軌道7との隙間をゼロ(零)以上に維持する外径(すなわち、スペーサボール8が、このような負荷条件下で負荷を受け持つことがない大きさの外径)のものを用いている。
【0018】
ボールねじ1に作用する外部負荷は、そのボールねじの動定格荷重の1/10に比べると十分小さな値となるように設計するのが普通である。したがって、動定格荷重の1/10の外部負荷が作用したときに軌道7との隙間をゼロ(零)以上に維持できる大きさ(以下、「動定格荷重の1/10の外部負荷に対応する径」と称する。)をスペーサボール8の外径として設定すれば実用上問題ない。
【0019】
ただし、スペーサボール8の外径の大きさは、これに限定されるものではなく、ボールねじの使用条件に応じて所定の大きさを選択できる。例えば、実質的に外部負荷の大きさが無視しうる小ささである場合は、無負荷(すなわち負荷ボール4に外部負荷が作用せず、予圧のみが作用している状態)で、スペーサボール8と軌道7との隙間がゼロにほぼ等しくなるような外径であればよい。すなわち、スペーサボール8の最大径は、スペーサボール8が軌道7との間で荷重を受けることにより、負荷ボール4と反対方向の自転が不能になることがない大きさであればよい。
【0020】
さらに、動定格荷重の1/10の外部負荷が作用したときに軌道7との隙間をゼロ以上に維持できる大きさよりも小さい外径を選ぶこともできる。スペーサボール8の外径が動定格荷重の1/10の外部負荷に対応する径よりも小さい場合であっても、軌道7との隙間が大きすぎることによる不具合が生じない範囲内であればよい。例えば、スペーサボール8と軌道7との隙間が大きすぎることにより、負荷溝(螺旋溝)内または循環経路内でボールが千鳥状態となり、ボールが進行方向に進むのに障害となるようなことがなければよい。具体的には、負荷ボール4の寸法公差を考慮し、スペーサボール8の外径が、負荷ボール4の設計寸法に対し、−30μm程度の大きさでも問題ないことを確認した。
【0021】
したがって、無負荷(すなわち負荷ボール4に外部負荷が作用せず、予圧のみが作用している状態)で、スペーサボール8と軌道7との隙間がゼロにほぼ等しくなるような外径がスペーサボール8の外径として設定しうる最大径である。スペーサボール8の外径は、この最大径と、負荷ボール4の設計寸法に対し−30μmに相当する径との間の値を、外部負荷の大きさ等、実際の使用条件に即して選択できる。
【0022】
また、本発明に係るスペーサボールの樹脂としては、ポリアセタール樹脂(POM)等のエンジニアリングプラスチックを好適に用いることができるが、本実施形態では、このスペーサボール8として、デルリン(商標登録)製のスペーサボールを介装している。さらに、本発明に係るボールねじにおいて、一回路内でのスペーサボール8とボール4との比率は、スペーサボール8の数をS、ボール4の数をFとするとき、比率S/Fが、0.5≦S/F≦1の範囲が好ましく、また、ボール循環経路全長に対するボール充填率が98%以下であることが望ましい。そのため、本実施形態では、スペーサボール8とボール4との比率S/Fは、「1」としており、また、ボール循環経路全長に対するボール充填率は94%とした。
【0023】
そして、このボールねじ1は、ナット3の軸方向一端には、ナット3をテーブル等に固定するためのフランジ22が設けてある。このフランジ22とねじ軸2との間、および、ナット3の軸方向他端部とねじ軸2との間は、防塵用シール10で塞がれている。
ナット3の外周面には切欠部21が形成され、この切欠部21に略コ字状に屈曲したチューブからなる循環通路9が配置されている。この循環通路9は、循環通路押え81で切欠部21に固定されている。この循環通路9の両端は、ナット3を貫通して軌道7に至り、軌道7内を転動するボール4が循環通路9を通って循環するという「回路」が構成されている。
【0024】
つまり、このボールねじ1は、上記「回路」により、ボール4が軌道7内を移動し、ねじ軸2の回りを複数回回ってから、軌道7の一端(循環通路9の端部と軌道7との交点)において循環通路9の一方の端部(開口部)を掬い上げ部(ボール転動溝5、6から循環通路9へとボール4を掬う点、つまり、負荷圏から非負荷圏へと移行する点)として、その掬い上げ部から循環通路9内に掬い上げられ、掬い上げられたボール4は、循環通路9の中を通って、循環通路9の他方の端部(開口部)をボール戻し部(循環通路9からボール転動溝5、6へとボール4を戻す点、つまり、非負荷圏から負荷圏へと移行する点)として、そのボール戻し部から軌道7の他端に戻される。なお、循環通路9は、第1ナット31及び第2ナット32にそれぞれ1個ずつ軸方向に並べて配設されており、合計2個が設けられている。
【0025】
ここで、ナット3は、ダブルナットタイプを使用し、予圧を付加している。詳しくは、ナット3は、軸方向に並べられた第1ナット31及び第2ナット32と、両ナット21、22の間に介在された間座33と、が一体となって構成されている。そして、間座33の介在によって、軌道7内のボール4には、同図に示す矢印方向に予圧が付与され、各ボール4はナット3のボール転動溝6の1点と、これに対向する位置のねじ軸2のボール転動溝5の1点と、の2点で接触している。該2点を結ぶ線に直角な方向においては、ボール4は両ボール転動溝5、6に接触していないか、あるいは接触していても予圧は付与されていない(図2参照)。
すなわち、このボールねじ1は、予圧付加方式にダブルナット間座予圧方式を採用し、左右それぞれの回路間のリードをずらして予圧をかけることによって、ボール4と軌道7との接触を二点接触形式としている。
【0026】
なお、ボール転動溝5、6の溝形式については、ナット3とねじ軸2とが、ボール4の転動を介して軸方向に相対移動する際に、3点目の接触が生じないような溝形式を設定している。
具体的には、本実施形態の例では、ゴシックアーク溝を上記ボール転動溝5、6それぞれに採用している。すなわち、ボール転動溝5,6の横断面形状は曲率中心の異なる2つの同一円弧を組合せた略V字状である。好ましくは、ボール4と軌道7との間に予圧をかける前のそれらの軸方向隙間Δを、ボール4の直径をDwとするとき、0.5%Dw以上5%Dw以下とする。また、ゴシックアーク溝の円弧の曲率半径を、ボール4の直径をDwとするとき、52%Dw以上60%Dw以下の範囲とする。ここで、「軸方向隙間Δ」とは、予圧付加前での、ボール4とボール転動溝5、6とのねじ軸2の軸方向における隙間である。
【0027】
次に、このボールねじ1の作用・効果について説明する。
このボールねじ1は、上述のように、軌道7とボール4との接触状態が常に二点接触になっているので、高作動(トルク変動が少ない)、低摩擦トルク(低発熱)、耐磨耗性に優れている。
すなわち、このボールねじ1は、軌道7とボール4との接触状態が常に二点接触になっているので、三点目や四点目でのすべり成分が存在しないことから、予圧荷重を大きくした場合でも、摩擦による発熱や摩耗が三点または四点接触形式のものに比べて有利である。そして、このボールねじ1は、複数のボール4同士の間に自転可能なスペーサボール8が介装されており、このスペーサボール8は、動定格荷重の1/10の荷重で軌道7との隙間を維持する外径を有するものなので、二点接触形式でのボール転動溝5,6とボール4との間の摩擦損失が少ないという優位点をより引き出すことができる。つまり、後述する実施例の結果からも明らかなように、低速運転時の異常トルク上昇を防止または抑制することができるのである。
【0028】
さらに、このボールねじ1によれば、各回路内でのスペーサボール8とボール4との比率は、スペーサボールの数をS、負荷ボールの数をFとするとき、比率S/Fを「1」としたので、低速運転時の異常トルク上昇を好適に防止または抑制することができる。
また、このボールねじ1によれば、軌道7とボール4との間に予圧を付加する予圧方式を、ダブルナット間座予圧方式としたので、軌道7とボール4との接触状態を常に二点接触になるように予圧を付加する上で好適である。
【0029】
また、このボールねじ1によれば、ボール循環経路全長に対するボール充填率を94%としているので、低速運転時の異常トルク上昇を防止または抑制する上で好適である。
また、このボールねじ1によれば、スペーサボール8は樹脂製であり、当該樹脂がポリアセタール樹脂なので、低速運転時の異常トルク上昇を好適に防止または抑制するためのスペーサボールとして好適である。
【0030】
[実施例]
以下、上述した本発明に係るボールねじの実施例について、従来の二点接触形式のボールねじと対比して、試験データを参照しつつ詳しく説明する。
まず、本発明に係るボールねじの実施例を説明する前に、従来の二点接触形式のボールねじについて試験データを参照してその特徴について説明する。なお、以下、各図に示す試験のデータは、各図での説明において差異を示した点を除き、下記の[試験条件]を共通とする試験結果である。
【0031】
[試験条件]
ボールねじの呼び:日本精工株式会社製ボールねじ、32×05×700 C3(ボール1/8インチ)
軸径:φ32mm
リード:5mm
回路数:2.5巻×2列(ボール転動溝はゴシックアーク溝形状とし、ダブルナット間座予圧による二点接触形式を実現している。)
試験機:日本精工株式会社製ボールねじトルク試験機
予圧荷重:500N〜
軸回転数:1〜500rpm
単体隙間を3%Dw(Dw=ボール4の鋼球径)
潤滑:潤滑油#68
【0032】
図3は、オーバーボールサイズ予圧によって、接触形式を変えたときの予圧量と予圧トルクとの関係を示すグラフである。
同図に示すように、二点接触形式のボールねじは、三点接触形式や四点接触形式のものと比較して、予圧荷重が大きくなってもトルクが小さいという特性を有していることがわかる。これは、二点接触形式のボールねじは、三点接触形式や四点接触形式のものと比較して摩擦損失が小さいことを示している。しかし、従来の二点接触形式のボールねじでは以下の弱点がある。
【0033】
つまり、同図において、例えば10N・cmの予圧トルクに調整する場合、三点接触形式や四点接触形式を採用するときは、0.5〜1μm程度の予圧量である。これに対し、二点接触を採用するときは、3μm程度の予圧量になっている。一般に、ボールねじの予圧量が大きいと、ボール同士の競り合いによる変動も大きくなる。そのため、予圧トルク一定の場合には、三点接触形式や四点接触形式のものと比較して、従来の二点接触形式の方が、トルク変動が大きいことになる。また、ベーストルクの小さい二点接触形式のボールねじは、負荷ボール間の競り合いなどによるトルク変動がある場合、そのトルク変動が非常に目立つようになる。
【0034】
次に、図4、図5に従来の二点接触形式のボールねじの動トルク特性を示す。なお、図4は、高速(100rpm)での動トルク特性であり、図5は低速(10rpm)での動トルク特性である。
図4と図5とを比較して明らかなように、低速ではトルクの変動が大きくなっている。この変動は、「つまり」とよばれる、長周期(〜軸数回)のトルク上昇である。図5中に示すように、約3回転周期の山も見られる。この変動(つまり)の原因は、負荷圏(ボール転動溝5,6がつくる軌道7内)での、ボール同士の競り合いによるものであると考えられる。このため、特に、図1に示す循環通路9を上向きにした場合、循環通路9内でボール4同士間の隙間が生じ、これにより、負荷圏でボール4同士間の隙間が詰まるため、特にこの変動(つまり)が大きくなる。
【0035】
次に、図6に、従来の二点接触形式のボールねじにおいて、軸回転数(ボールの公転速度)によって、トルク変動の大きさが変化する結果を示す。
同図から分かるように、従来の二点接触ボールねじは、低速では、極端にトルクの変動が大きくなる。これは、高速では、負荷ボールがある程度の速度で運動しているために、負荷圏に進入する際、負荷ボール同士の衝突による反発力で負荷ボール同士間に隙間ができるのに対し、低速では、重力の影響が大きく作用し、負荷ボールが下側(負荷圏側)に集まり、負荷圏内でボール同士が競り合い易くなるためである。このように、従来の二点接触形式のボールねじは、高速時には、ボール転動溝5,6とボール4との間で生じる損失が少ない(純粋な転がりに近い)が、低速時には、ボール4同士の競り合いによるトルクの変動が大きいという特徴がある。
【0036】
図7および図8に、従来の二点接触形式のボールねじでのトルク特性を示す。なお、図7は、従来の二点接触形式のボールねじにおいて、回路内には、スペーサボールを介装しておらず、負荷ボールのみを充填した「総ボール」とし、チューブ上(循環通路9が重力方向に対して軸心よりも上方に位置)とした姿勢でのトルク特性を示している。また、図8は、従来の二点接触形式のボールねじにおいて、「総ボール」とし、「チューブ下(循環通路9が重力方向に対して軸心よりも下方に位置)」とした姿勢でのトルク特性を示している。
【0037】
図7に示すように、スペーサボールを介装していない従来の二点接触形式のボールねじでは、10rpmの低速時に、ボール同士の競り合いが原因のトルク変動が見られる。
また、図8に示すように、「総ボール、チューブ下」でのトルク特性においては、上記「総ボール、チューブ上」の場合ほどのトルク変動はないものの、短周期のトルク変動(以下、この短周期のトルク変動を「ひげ」ともいう)が見られる。なお、「ひげ」は、その周期が軸の0.1回転程度と短く、「つまり」とは異なる特性がある。本明細書では、トルク上昇が軸の0.2回転以下で解消されるものを「ひげ」とし、それを超えるものを「つまり」と定義する。
【0038】
二点接触形式のボールねじでは、循環通路9が重力方向に対して軸心よりも下方に位置した状態で、低速の場合に、負荷圏においてはボール4同士の間に隙間ができ易くなる。そのため、負荷圏でのボール4同士の競り合いによるトルク上昇が比較的に少ない。しかし、「総ボール」でのトルク特性においては、循環通路9内にもボール4が隙間無く入るために、掬い上げ部とボール戻し部間の干渉によって、短周期のトルク上昇(上記「ひげ」)が発生するものと考えられる。
そこで、本発明の二点接触形式のボールねじは、上述したような従来の二点接触形式のボールねじでの、低速時におけるボール4同士の競り合いによるトルク特性を改善しようとするものである。
【0039】
図9は、本発明に係る二点接触形式のボールねじの実施例でのトルク特性を示す図であり、この例は、上記図7に示したトルク特性をもつ従来のボールねじに対して、回路内にボール4とスペーサボール8とを1:1の割合で介装した場合の「チューブ上」でのトルク特性を示している。同図に示すように、負荷ボール同士の間に、動定格荷重の1/10以下の荷重で軌道7との隙間ゼロ(零)以上を維持する外径を有する自転可能なスペーサボール8を介装することによって、ボール4同士の競り合いが解消され、トルク変動が小さく抑えられていることがわかる。なお、スペーサボール8の外径が、無負荷で軌道7との隙間がほぼゼロに等しい大きさから負荷ボール4の外径−30μmまでの範囲でも同様であることが確認できる。
【0040】
図10は、本発明に係る二点接触形式のボールねじの実施例でのトルク特性を示す図であり、上記樹脂製のスペーサボール8をボール4同士の間に1:1の割合で介装した場合の、「チューブ下」でのトルク特性を示す。
同図から明らかなように、ボール4同士の間に、動定格荷重の1/10以下の荷重で軌道7との隙間を維持する外径を有する自転可能なスペーサボール8を介装した場合、「ひげ」の発生が抑えられている。これは、スペーサボール8によって、上述の掬い上げ部およびボール戻し部間でのボール同士の干渉が緩和されているためであると考えられる。なお、スペーサボール8の外径が、無負荷で軌道7との隙間がほぼゼロに等しい大きさから負荷ボール4の外径−30μmまでの範囲でも同様であることが確認できる。
【0041】
図11は、本発明に係る二点接触形式のボールねじの実施例でのトルク特性を示す図であり、動定格荷重の1/10以下の荷重で軌道7との隙間ゼロ(零)以上を維持する外径を有する自転可能なスペーサボール8をボール4同士の間に1:1の割合で介装している。
そして、そのスペーサボール8中に占める樹脂製のスペーサボール8(他のスペーサボールは鋼球としている)の割合を変えた場合の「ひげ」の発生比率を示している。なお、「ひげ」の発生比率は、図8に示した総ボールの場合に、1往復で発生した「ひげ」の発生回数を基準としており、図11において、符号Kでは、介装した全てのスペーサボールが鋼球(樹脂スペーサ比:0%)であり、符号Pでは、介装した全てのスペーサボールが樹脂(樹脂スペーサ比:100%)である。
【0042】
同図から分かるように、介装しているスペーサボール8中に占める樹脂製のスペーサボールの割合が多くなるほど、「ひげ」の発生回数が少なくなっている。つまり、循環通路9内に存在する樹脂製のスペーサボールの割合を多くするほど、樹脂などのように軟らかい部分によって「ひげ」の発生の抑制に効果がある。このように、「ひげ」の発生の抑制効果は、スペーサボール8を、樹脂などのように軟らかい素材とした場合に特に効果的である。
【0043】
図12は、本発明の二点接触形式のボールねじにおいて、ボール4とボール4同士の間に介装するスペーサボール8の充填率を変えたときのトルク変動を示している。つまり、同図に示すグラフは、一回路(ボール転動溝5,6のつくる軌道7と循環通路9とを合わせた経路長)に詰めるボール数を変化させた場合のトルク特性を示したものである。なお、一回路の循環経路内に隙間無くボールが挿入された場合をボール充填率100%とする。
【0044】
ここで、自転しないスペーサ(保持ピース)を介装した、従来の二点接触形式のボールねじにおいては、ボール4同士の間からスペーサが抜け落ちないように、回路内に抜け落ちの生じない程度の隙間となるように充填する必要がある。そのため、ボール充填率を(スペーサ(保持ピース)がボール同士の間から抜け落ちないように)、95%以上としなければならないので、特に低速運転時には、良好な作動特性を得ることが難しいという問題がある。
【0045】
これに対し、本発明に係る二点接触形式のボールねじ1のように、自転可能なスペーサボール8を介装したときは、ボール4同士の間からスペーサボール8が抜け落ちるという問題をなくすことができる。そして、この自転可能なスペーサボール8を介装したときは、負荷ボールであるボール4とは自転の方向が逆方向に回転できるという効果と、循環経路内に隙間をつくることができるという効果とを併せ持たせることができる。そのため、二点接触形式のボールねじでの低速作動特性を改善することができる。
【0046】
ここで、本発明の二点接触形式のボールねじにおいて、ボール循環経路全長に対するボール充填率は98%以下であることが好ましく、特に、同図からも分かるように、ボール充填率が90%以下であれば一層好ましい。つまり、同図から分かるように、スペーサボール8を介装した場合であっても、自転しないスペーサ(保持ピース)を介装したとき同様に、充填率が90%よりも大きくなるとトルク特性が悪くなる(トルク変動が大きくなる)からである。
以上説明したように、このボールねじ1によれば、二点接触形式のボールねじにおいて、低速運転時の異常トルク上昇を防止または抑制することができる。
【0047】
なお、本発明に係るボールねじは、上記実施形態ないし実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しなければ種々の変形が可能である。
例えば、上記実施形態では、軌道7とボール4との接触状態を常に二点接触形式にするための予圧方式として、予圧付加構造にダブルナット間座予圧方式を採用し、左右それぞれの回路間のリードをずらして予圧をかけた例で説明したが、これに限定されず、軌道と負荷ボールとの間に予圧を付加する予圧方式は、間座に代えてばねを用いたダブルナット予圧方式やオフセットリード予圧方式等を用いてもよく、また、ボールねじとして多条のものを用いる場合では、条間オフセットリード予圧方式等を採用することができる。
【0048】
また、ボール4同士の間に介装するスペーサボール8は、ボール4と1:1の割合で交互に挿入されることが望ましいが、交互の挿入に限定されず、また、挿入割合も1:1に限らず、例えば組み立て時間を短縮する上では、ランダムに介装した場合でも、介装された割合に応じて低速作動特性を改善することができる。また、循環通路としてチューブを使用したボールねじを例に説明したが、エンドキャップ式やコマ式等のボールねじにも適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の一実施形態における二点接触形式のボールねじの平断面図である。
【図2】本発明の一実施形態における二点接触形式とした予圧付加部分の説明図である。
【図3】接触形式を変えたときの予圧量と予圧トルクとの関係を示すグラフである。
【図4】従来の二点接触形式のボールねじの動トルク特性を示す図である。
【図5】従来の二点接触形式のボールねじの動トルク特性を示す図である。
【図6】従来の二点接触形式のボールねじにおいて、軸回転数(ボールの公転速度)によって、トルク変動の大きさが変化する結果を示す図である。
【図7】従来の二点接触形式のボールねじでのトルク特性を示す図である。
【図8】従来の二点接触形式のボールねじでのトルク特性を示す図である。
【図9】本発明の二点接触形式のボールねじの実施例でのトルク特性を説明する図である。
【図10】本発明の二点接触形式のボールねじの実施例でのトルク特性を説明する図である。
【図11】本発明の二点接触形式のボールねじの実施例でのトルク特性を説明する図である。
【図12】本発明の二点接触形式のボールねじの実施例でのトルク特性を説明する図である。
【符号の説明】
【0050】
1・・・ボールねじ
2・・・ねじ軸
3・・・ナット
4・・・ボール(負荷ボール)
5・・・(ねじ軸の)ボール転動溝
6・・・(ナットの)ボール転動溝
7・・・軌道
8・・・スペーサボール
9・・・循環通路
10・・・防塵用シール
21・・・切欠部
22・・・フランジ
31・・・第1ナット
32・・・第2ナット
33・・・間座
81・・・循環通路押え
【技術分野】
【0001】
本発明は、負荷ボールと軌道との接触状態が二点で接触するように構成されたボールねじに係り、低摩擦、低トルク変動を要求される予圧ボールねじ一般に適用することができ、特に、定格荷重はそれほど要求されず、高速性、低発熱性、低トルクが要求される用途に好適なボールねじに関する。
【背景技術】
【0002】
ボール転がり要素であるボールねじは、外周面に螺旋状のボール転動溝を有するねじ軸と、内周面に螺旋状のボール転動溝を有するナットと、ねじ軸およびナットのボール転動溝が対向して形成される軌道内に配置された複数の負荷ボールとを備えて構成されており、その負荷ボールと軌道との接触状態は、三点または四点接触であるものが一般的である。これに対し、同じくボール転がり要素である軸受は、内外輪の軌道と負荷ボールとの接触状態が、予圧状態において通常二点接触である。
【0003】
一般的なボールねじにおいて、その負荷ボールと軌道との接触状態を三点または四点接触形式とする理由は、ボール転動溝への負荷ボールの食い込みを防止するためである。つまり、一般に、ボールねじは、ボール転動溝が螺旋状にねじれていることに起因して、特に低速運転時にトルクの上昇が起こる(以下、「異常トルク上昇」ともいう)という問題がある。この異常トルク上昇は、負荷ボールがボール転動溝に食い込む、「溝−ボール間のつまり」が原因と考えられている。そのため、負荷ボールと軌道との接触状態を三点または四点接触形式とすることによって負荷ボールの支持点を増やし、これにより、食い込みを防止または抑制することを意図しているのである。食い込みによるトルク上昇が、三点目、四点目が接触することによるトルク上昇を上回るということが前提となっている。
【0004】
しかし、三点または四点接触形式のボールねじにおいては、軌道に対して負荷ボールを三点または四点で支持するので、三点目や四点目でのすべり成分が存在してしまう。そのため、予圧荷重を大きくした場合には、そのすべり成分に起因して摩擦による発熱や摩耗が問題となる。これに対し、二点接触形式のボールねじとすれば、三点目や四点目でのすべり成分が存在しないことから、予圧荷重を大きくした場合でも、摩擦による発熱や摩耗が三点または四点接触形式のものに比べて有利である。
例えば特許文献1に記載の技術では、ボール転動溝にゴシックアーク溝を採用しつつ、軌道とボールとの軸方向隙間を所定に管理する等により、二点接触形式の特性を最大限に発揮しうる条件を備えたボールねじを、安定した品質で提供することを可能としている。
【0005】
同文献記載の構成を採用すると、二点接触形式のボールねじにおいて、精度良く二点接触の状態を実現できる。これにより、二点接触形式のボールねじとすることで、三点目や四点目でのすべり成分が存在しないことから、予圧荷重を大きくした場合でも、摩擦による発熱や摩耗が三点または四点接触形式のものに比べて抑制することが可能となる。また、例えば高速運転(軸径φ30mm程度で、50rpm以上)に於いて、三点ないし四点接触状態の通常予圧のボールねじに比べて低トルクが実現できる。
【特許文献1】特開2004−257466号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、本願発明者らは、二点接触形式のボールねじにおいて種々の要素試験を行ったところ、特に低速で起こる異常トルク上昇は、ボールの転動溝への食い込みによるものではなく、三点目、四点目の接触点に拘束されることがないため、ボールが不安定となることにより、隣り合う負荷ボール同士と競り合い易くなることが主要因であることを見いだした。スペーサボールは、負荷ボールのそれとは逆方向に自転することにより、ボール間での滑りを緩和する。
【0007】
また、二点接触形式のボールねじは、ボール転動溝と負荷ボールとの間の摩擦が三点ないし四点接触状態に比べて小さい。このため、二点接触形式のボールねじでは、ボール4同士の競り合いによる摩擦変動が相対的に目立ってしまう。特に、作動特性が要求される用途のボールねじは鋼球径の小さいものが多い。そのため、回路内の負荷ボールの数が多くなるとともに、作動特性が要求されるものでは予圧荷重も比較的に小さいので、負荷ボールが予圧荷重によって圧縮されることによるトルク増加も小さくなる。
【0008】
また、負荷ボール同士の競り合いによる摩擦は、ボールねじの使用状況(例えば速度やストローク等)によって変化する。そのため、負荷ボール同士の競り合いによる摩擦変動はその予測が難しく、二点接触形式のボールねじでは、隣り合う負荷ボール同士の競り合いが、ボールねじを安定して駆動するための障害となる。
ここで、隣り合う負荷ボール同士の競り合いを防止するためには、上記特許文献1にも記載のように、隣り合う負荷ボール間にスペーサ(保持ピース)を介装することが考えられる。
【0009】
しかしながら、ボールねじの負荷ボール数は、例えばボール転がり要素である軸受でのそれと比較して非常に多い。また、通常のスペーサ(保持ピース)を介装する場合はスペーサ自身が自転するものではない。また、スペーサが脱落しないように保持するために、ある程度回路内に隙間なく負荷ボールおよびスペーサを挿入しなければならないので、特に作動特性が必要とされる、鋼球径が小さい負荷ボールを有するボールねじにおいては、負荷ボールとスペーサとの競り合いによるトルク上昇の影響が大きくなり、トルクの異常上昇などを完全に抑えることが難しかった。
そこで、本発明は、このような問題点に着目してなされたものであって、二点接触形式のボールねじにおいて、低速運転時の異常トルク上昇を防止または抑制するのに好適なボールねじを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本願発明者らは、実験を重ねて検討したところ、二点接触形式のボールねじにおいて、隣接する負荷ボール同士の間に、所定のスペーサボールを介装すると、他の三点ないし四点接触タイプのボールねじにスペーサボールを適用した場合比べ、特に優れたトルク特性を実現できることを見いだした。
すなわち、本発明は、外周面に螺旋状のボール転動溝を有するねじ軸と、内周面に螺旋状のボール転動溝を有するナットと、前記ねじ軸のボール転動溝および前記ナットのボール転動溝が対向して形成される軌道内に配置された複数の負荷ボールと、を備えたボールねじにおいて、前記軌道と前記負荷ボールとの接触状態が常に二点接触になっているとともに、前記複数の負荷ボール同士の間に負荷ボールと反対方向に自転可能なスペーサボールが介装されており、前記負荷ボールが所定の外部負荷を受ける条件下で、当該スペーサボールは、前記軌道との隙間ゼロ以上を維持する外径を有することを特徴としている。
【0011】
本発明に係るボールねじによれば、軌道と負荷ボールとの接触状態が常に二点接触になっているので、三点目や四点目でのすべり成分が存在しないことから、予圧荷重を大きくした場合でも、摩擦による発熱や摩耗が三点または四点接触形式のものに比べて有利である。
そして、複数の負荷ボール同士の間に自転可能なスペーサボールが介装されており、このスペーサボールは、無負荷または動定格荷重の1/10以下の荷重で前記軌道との隙間を維持する外径を有するものなので、後述する種々の要素試験の結果からも明らかにするように、低速運転時の異常トルク上昇を防止または抑制することができる。
【0012】
ここで、本発明に係るボールねじにおいて、前記スペーサボールと前記負荷ボールとの比率は、スペーサボールの数をS、負荷ボールの数をFとするとき、比率S/Fが、0.5≦S/F≦1の範囲であることは好ましい。このような構成であれば、低速運転時の異常トルク上昇を防止または抑制する上でより好適である。
また、本発明に係るボールねじにおいて、前記軌道と前記負荷ボールとの間に予圧を付加する予圧方式は、ダブルナット間座予圧方式、オフセットリード予圧方式、または条間オフセットリード予圧方式であることは好ましい。このような構成であれば、軌道と負荷ボールとの接触状態が常に二点接触になるように予圧を付加するための予圧方式として好適である。
【0013】
また、本発明に係るボールねじにおいて、前記スペーサボールを含むボール充填率が98%以下であることは好ましい。このような構成であれば、低速運転時の異常トルク上昇を防止または抑制する上で好適である。
また、本発明に係るボールねじにおいて、前記スペーサボールは樹脂製であることが好ましく、前記スペーサボールが樹脂製である場合に、前記樹脂がポリアセタール樹脂であることは好ましい。このような構成であれば、低速運転時の異常トルク上昇を好適に防止または抑制するためのスペーサボールとして好適である。
【発明の効果】
【0014】
上述のように、本発明によれば、二点接触形式のボールねじにおいて、低速運転時の異常トルク上昇を防止または抑制するのに好適なボールねじを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について説明する。
図1は、本発明の一実施形態であるボールねじの構成を、一部を断面にて示す平面図であり、同図では、ナットを、ナットの軸方向の中心を含む平面で破断して示している。また、図2は、図1に示すボールねじに予圧を付加している状態における、軌道と負荷ボールとの関係を説明する図である。
【0016】
図1に示すように、このボールねじ1は、螺旋状のボール転動溝5を外周面に有するねじ軸2と、ねじ軸2のボール転動溝5に対向する螺旋状のボール転動溝6を内周面に有し、ねじ軸2に螺合される円筒状のナット3と、ねじ軸2のボール転動溝5とナット3のボール転動溝6とで形成される軌道7に転動自在に装填された複数の負荷ボールであるボール4と、を備えている。そして、複数のボール4を介してねじ軸2に螺合されているナット3と、ねじ軸2とが、ボール4の転動を介して軸方向に相対移動するようになっている。
【0017】
ここで、前記複数のボール4同士の間には、樹脂製のスペーサボール8が自転可能に介装されており、このスペーサボール8によってボール4同士の競り合いが抑制され、これにより、作動性の悪化が防止されるとともにボール4の摩擦や損傷が低減されている。
詳しくは、このスペーサボール8として、本実施形態では、動定格荷重の1/10以下の荷重(負荷ボール4に作用する予圧以外の負荷。以下、「外部負荷」と称する。)で前記軌道7との隙間をゼロ(零)以上に維持する外径(すなわち、スペーサボール8が、このような負荷条件下で負荷を受け持つことがない大きさの外径)のものを用いている。
【0018】
ボールねじ1に作用する外部負荷は、そのボールねじの動定格荷重の1/10に比べると十分小さな値となるように設計するのが普通である。したがって、動定格荷重の1/10の外部負荷が作用したときに軌道7との隙間をゼロ(零)以上に維持できる大きさ(以下、「動定格荷重の1/10の外部負荷に対応する径」と称する。)をスペーサボール8の外径として設定すれば実用上問題ない。
【0019】
ただし、スペーサボール8の外径の大きさは、これに限定されるものではなく、ボールねじの使用条件に応じて所定の大きさを選択できる。例えば、実質的に外部負荷の大きさが無視しうる小ささである場合は、無負荷(すなわち負荷ボール4に外部負荷が作用せず、予圧のみが作用している状態)で、スペーサボール8と軌道7との隙間がゼロにほぼ等しくなるような外径であればよい。すなわち、スペーサボール8の最大径は、スペーサボール8が軌道7との間で荷重を受けることにより、負荷ボール4と反対方向の自転が不能になることがない大きさであればよい。
【0020】
さらに、動定格荷重の1/10の外部負荷が作用したときに軌道7との隙間をゼロ以上に維持できる大きさよりも小さい外径を選ぶこともできる。スペーサボール8の外径が動定格荷重の1/10の外部負荷に対応する径よりも小さい場合であっても、軌道7との隙間が大きすぎることによる不具合が生じない範囲内であればよい。例えば、スペーサボール8と軌道7との隙間が大きすぎることにより、負荷溝(螺旋溝)内または循環経路内でボールが千鳥状態となり、ボールが進行方向に進むのに障害となるようなことがなければよい。具体的には、負荷ボール4の寸法公差を考慮し、スペーサボール8の外径が、負荷ボール4の設計寸法に対し、−30μm程度の大きさでも問題ないことを確認した。
【0021】
したがって、無負荷(すなわち負荷ボール4に外部負荷が作用せず、予圧のみが作用している状態)で、スペーサボール8と軌道7との隙間がゼロにほぼ等しくなるような外径がスペーサボール8の外径として設定しうる最大径である。スペーサボール8の外径は、この最大径と、負荷ボール4の設計寸法に対し−30μmに相当する径との間の値を、外部負荷の大きさ等、実際の使用条件に即して選択できる。
【0022】
また、本発明に係るスペーサボールの樹脂としては、ポリアセタール樹脂(POM)等のエンジニアリングプラスチックを好適に用いることができるが、本実施形態では、このスペーサボール8として、デルリン(商標登録)製のスペーサボールを介装している。さらに、本発明に係るボールねじにおいて、一回路内でのスペーサボール8とボール4との比率は、スペーサボール8の数をS、ボール4の数をFとするとき、比率S/Fが、0.5≦S/F≦1の範囲が好ましく、また、ボール循環経路全長に対するボール充填率が98%以下であることが望ましい。そのため、本実施形態では、スペーサボール8とボール4との比率S/Fは、「1」としており、また、ボール循環経路全長に対するボール充填率は94%とした。
【0023】
そして、このボールねじ1は、ナット3の軸方向一端には、ナット3をテーブル等に固定するためのフランジ22が設けてある。このフランジ22とねじ軸2との間、および、ナット3の軸方向他端部とねじ軸2との間は、防塵用シール10で塞がれている。
ナット3の外周面には切欠部21が形成され、この切欠部21に略コ字状に屈曲したチューブからなる循環通路9が配置されている。この循環通路9は、循環通路押え81で切欠部21に固定されている。この循環通路9の両端は、ナット3を貫通して軌道7に至り、軌道7内を転動するボール4が循環通路9を通って循環するという「回路」が構成されている。
【0024】
つまり、このボールねじ1は、上記「回路」により、ボール4が軌道7内を移動し、ねじ軸2の回りを複数回回ってから、軌道7の一端(循環通路9の端部と軌道7との交点)において循環通路9の一方の端部(開口部)を掬い上げ部(ボール転動溝5、6から循環通路9へとボール4を掬う点、つまり、負荷圏から非負荷圏へと移行する点)として、その掬い上げ部から循環通路9内に掬い上げられ、掬い上げられたボール4は、循環通路9の中を通って、循環通路9の他方の端部(開口部)をボール戻し部(循環通路9からボール転動溝5、6へとボール4を戻す点、つまり、非負荷圏から負荷圏へと移行する点)として、そのボール戻し部から軌道7の他端に戻される。なお、循環通路9は、第1ナット31及び第2ナット32にそれぞれ1個ずつ軸方向に並べて配設されており、合計2個が設けられている。
【0025】
ここで、ナット3は、ダブルナットタイプを使用し、予圧を付加している。詳しくは、ナット3は、軸方向に並べられた第1ナット31及び第2ナット32と、両ナット21、22の間に介在された間座33と、が一体となって構成されている。そして、間座33の介在によって、軌道7内のボール4には、同図に示す矢印方向に予圧が付与され、各ボール4はナット3のボール転動溝6の1点と、これに対向する位置のねじ軸2のボール転動溝5の1点と、の2点で接触している。該2点を結ぶ線に直角な方向においては、ボール4は両ボール転動溝5、6に接触していないか、あるいは接触していても予圧は付与されていない(図2参照)。
すなわち、このボールねじ1は、予圧付加方式にダブルナット間座予圧方式を採用し、左右それぞれの回路間のリードをずらして予圧をかけることによって、ボール4と軌道7との接触を二点接触形式としている。
【0026】
なお、ボール転動溝5、6の溝形式については、ナット3とねじ軸2とが、ボール4の転動を介して軸方向に相対移動する際に、3点目の接触が生じないような溝形式を設定している。
具体的には、本実施形態の例では、ゴシックアーク溝を上記ボール転動溝5、6それぞれに採用している。すなわち、ボール転動溝5,6の横断面形状は曲率中心の異なる2つの同一円弧を組合せた略V字状である。好ましくは、ボール4と軌道7との間に予圧をかける前のそれらの軸方向隙間Δを、ボール4の直径をDwとするとき、0.5%Dw以上5%Dw以下とする。また、ゴシックアーク溝の円弧の曲率半径を、ボール4の直径をDwとするとき、52%Dw以上60%Dw以下の範囲とする。ここで、「軸方向隙間Δ」とは、予圧付加前での、ボール4とボール転動溝5、6とのねじ軸2の軸方向における隙間である。
【0027】
次に、このボールねじ1の作用・効果について説明する。
このボールねじ1は、上述のように、軌道7とボール4との接触状態が常に二点接触になっているので、高作動(トルク変動が少ない)、低摩擦トルク(低発熱)、耐磨耗性に優れている。
すなわち、このボールねじ1は、軌道7とボール4との接触状態が常に二点接触になっているので、三点目や四点目でのすべり成分が存在しないことから、予圧荷重を大きくした場合でも、摩擦による発熱や摩耗が三点または四点接触形式のものに比べて有利である。そして、このボールねじ1は、複数のボール4同士の間に自転可能なスペーサボール8が介装されており、このスペーサボール8は、動定格荷重の1/10の荷重で軌道7との隙間を維持する外径を有するものなので、二点接触形式でのボール転動溝5,6とボール4との間の摩擦損失が少ないという優位点をより引き出すことができる。つまり、後述する実施例の結果からも明らかなように、低速運転時の異常トルク上昇を防止または抑制することができるのである。
【0028】
さらに、このボールねじ1によれば、各回路内でのスペーサボール8とボール4との比率は、スペーサボールの数をS、負荷ボールの数をFとするとき、比率S/Fを「1」としたので、低速運転時の異常トルク上昇を好適に防止または抑制することができる。
また、このボールねじ1によれば、軌道7とボール4との間に予圧を付加する予圧方式を、ダブルナット間座予圧方式としたので、軌道7とボール4との接触状態を常に二点接触になるように予圧を付加する上で好適である。
【0029】
また、このボールねじ1によれば、ボール循環経路全長に対するボール充填率を94%としているので、低速運転時の異常トルク上昇を防止または抑制する上で好適である。
また、このボールねじ1によれば、スペーサボール8は樹脂製であり、当該樹脂がポリアセタール樹脂なので、低速運転時の異常トルク上昇を好適に防止または抑制するためのスペーサボールとして好適である。
【0030】
[実施例]
以下、上述した本発明に係るボールねじの実施例について、従来の二点接触形式のボールねじと対比して、試験データを参照しつつ詳しく説明する。
まず、本発明に係るボールねじの実施例を説明する前に、従来の二点接触形式のボールねじについて試験データを参照してその特徴について説明する。なお、以下、各図に示す試験のデータは、各図での説明において差異を示した点を除き、下記の[試験条件]を共通とする試験結果である。
【0031】
[試験条件]
ボールねじの呼び:日本精工株式会社製ボールねじ、32×05×700 C3(ボール1/8インチ)
軸径:φ32mm
リード:5mm
回路数:2.5巻×2列(ボール転動溝はゴシックアーク溝形状とし、ダブルナット間座予圧による二点接触形式を実現している。)
試験機:日本精工株式会社製ボールねじトルク試験機
予圧荷重:500N〜
軸回転数:1〜500rpm
単体隙間を3%Dw(Dw=ボール4の鋼球径)
潤滑:潤滑油#68
【0032】
図3は、オーバーボールサイズ予圧によって、接触形式を変えたときの予圧量と予圧トルクとの関係を示すグラフである。
同図に示すように、二点接触形式のボールねじは、三点接触形式や四点接触形式のものと比較して、予圧荷重が大きくなってもトルクが小さいという特性を有していることがわかる。これは、二点接触形式のボールねじは、三点接触形式や四点接触形式のものと比較して摩擦損失が小さいことを示している。しかし、従来の二点接触形式のボールねじでは以下の弱点がある。
【0033】
つまり、同図において、例えば10N・cmの予圧トルクに調整する場合、三点接触形式や四点接触形式を採用するときは、0.5〜1μm程度の予圧量である。これに対し、二点接触を採用するときは、3μm程度の予圧量になっている。一般に、ボールねじの予圧量が大きいと、ボール同士の競り合いによる変動も大きくなる。そのため、予圧トルク一定の場合には、三点接触形式や四点接触形式のものと比較して、従来の二点接触形式の方が、トルク変動が大きいことになる。また、ベーストルクの小さい二点接触形式のボールねじは、負荷ボール間の競り合いなどによるトルク変動がある場合、そのトルク変動が非常に目立つようになる。
【0034】
次に、図4、図5に従来の二点接触形式のボールねじの動トルク特性を示す。なお、図4は、高速(100rpm)での動トルク特性であり、図5は低速(10rpm)での動トルク特性である。
図4と図5とを比較して明らかなように、低速ではトルクの変動が大きくなっている。この変動は、「つまり」とよばれる、長周期(〜軸数回)のトルク上昇である。図5中に示すように、約3回転周期の山も見られる。この変動(つまり)の原因は、負荷圏(ボール転動溝5,6がつくる軌道7内)での、ボール同士の競り合いによるものであると考えられる。このため、特に、図1に示す循環通路9を上向きにした場合、循環通路9内でボール4同士間の隙間が生じ、これにより、負荷圏でボール4同士間の隙間が詰まるため、特にこの変動(つまり)が大きくなる。
【0035】
次に、図6に、従来の二点接触形式のボールねじにおいて、軸回転数(ボールの公転速度)によって、トルク変動の大きさが変化する結果を示す。
同図から分かるように、従来の二点接触ボールねじは、低速では、極端にトルクの変動が大きくなる。これは、高速では、負荷ボールがある程度の速度で運動しているために、負荷圏に進入する際、負荷ボール同士の衝突による反発力で負荷ボール同士間に隙間ができるのに対し、低速では、重力の影響が大きく作用し、負荷ボールが下側(負荷圏側)に集まり、負荷圏内でボール同士が競り合い易くなるためである。このように、従来の二点接触形式のボールねじは、高速時には、ボール転動溝5,6とボール4との間で生じる損失が少ない(純粋な転がりに近い)が、低速時には、ボール4同士の競り合いによるトルクの変動が大きいという特徴がある。
【0036】
図7および図8に、従来の二点接触形式のボールねじでのトルク特性を示す。なお、図7は、従来の二点接触形式のボールねじにおいて、回路内には、スペーサボールを介装しておらず、負荷ボールのみを充填した「総ボール」とし、チューブ上(循環通路9が重力方向に対して軸心よりも上方に位置)とした姿勢でのトルク特性を示している。また、図8は、従来の二点接触形式のボールねじにおいて、「総ボール」とし、「チューブ下(循環通路9が重力方向に対して軸心よりも下方に位置)」とした姿勢でのトルク特性を示している。
【0037】
図7に示すように、スペーサボールを介装していない従来の二点接触形式のボールねじでは、10rpmの低速時に、ボール同士の競り合いが原因のトルク変動が見られる。
また、図8に示すように、「総ボール、チューブ下」でのトルク特性においては、上記「総ボール、チューブ上」の場合ほどのトルク変動はないものの、短周期のトルク変動(以下、この短周期のトルク変動を「ひげ」ともいう)が見られる。なお、「ひげ」は、その周期が軸の0.1回転程度と短く、「つまり」とは異なる特性がある。本明細書では、トルク上昇が軸の0.2回転以下で解消されるものを「ひげ」とし、それを超えるものを「つまり」と定義する。
【0038】
二点接触形式のボールねじでは、循環通路9が重力方向に対して軸心よりも下方に位置した状態で、低速の場合に、負荷圏においてはボール4同士の間に隙間ができ易くなる。そのため、負荷圏でのボール4同士の競り合いによるトルク上昇が比較的に少ない。しかし、「総ボール」でのトルク特性においては、循環通路9内にもボール4が隙間無く入るために、掬い上げ部とボール戻し部間の干渉によって、短周期のトルク上昇(上記「ひげ」)が発生するものと考えられる。
そこで、本発明の二点接触形式のボールねじは、上述したような従来の二点接触形式のボールねじでの、低速時におけるボール4同士の競り合いによるトルク特性を改善しようとするものである。
【0039】
図9は、本発明に係る二点接触形式のボールねじの実施例でのトルク特性を示す図であり、この例は、上記図7に示したトルク特性をもつ従来のボールねじに対して、回路内にボール4とスペーサボール8とを1:1の割合で介装した場合の「チューブ上」でのトルク特性を示している。同図に示すように、負荷ボール同士の間に、動定格荷重の1/10以下の荷重で軌道7との隙間ゼロ(零)以上を維持する外径を有する自転可能なスペーサボール8を介装することによって、ボール4同士の競り合いが解消され、トルク変動が小さく抑えられていることがわかる。なお、スペーサボール8の外径が、無負荷で軌道7との隙間がほぼゼロに等しい大きさから負荷ボール4の外径−30μmまでの範囲でも同様であることが確認できる。
【0040】
図10は、本発明に係る二点接触形式のボールねじの実施例でのトルク特性を示す図であり、上記樹脂製のスペーサボール8をボール4同士の間に1:1の割合で介装した場合の、「チューブ下」でのトルク特性を示す。
同図から明らかなように、ボール4同士の間に、動定格荷重の1/10以下の荷重で軌道7との隙間を維持する外径を有する自転可能なスペーサボール8を介装した場合、「ひげ」の発生が抑えられている。これは、スペーサボール8によって、上述の掬い上げ部およびボール戻し部間でのボール同士の干渉が緩和されているためであると考えられる。なお、スペーサボール8の外径が、無負荷で軌道7との隙間がほぼゼロに等しい大きさから負荷ボール4の外径−30μmまでの範囲でも同様であることが確認できる。
【0041】
図11は、本発明に係る二点接触形式のボールねじの実施例でのトルク特性を示す図であり、動定格荷重の1/10以下の荷重で軌道7との隙間ゼロ(零)以上を維持する外径を有する自転可能なスペーサボール8をボール4同士の間に1:1の割合で介装している。
そして、そのスペーサボール8中に占める樹脂製のスペーサボール8(他のスペーサボールは鋼球としている)の割合を変えた場合の「ひげ」の発生比率を示している。なお、「ひげ」の発生比率は、図8に示した総ボールの場合に、1往復で発生した「ひげ」の発生回数を基準としており、図11において、符号Kでは、介装した全てのスペーサボールが鋼球(樹脂スペーサ比:0%)であり、符号Pでは、介装した全てのスペーサボールが樹脂(樹脂スペーサ比:100%)である。
【0042】
同図から分かるように、介装しているスペーサボール8中に占める樹脂製のスペーサボールの割合が多くなるほど、「ひげ」の発生回数が少なくなっている。つまり、循環通路9内に存在する樹脂製のスペーサボールの割合を多くするほど、樹脂などのように軟らかい部分によって「ひげ」の発生の抑制に効果がある。このように、「ひげ」の発生の抑制効果は、スペーサボール8を、樹脂などのように軟らかい素材とした場合に特に効果的である。
【0043】
図12は、本発明の二点接触形式のボールねじにおいて、ボール4とボール4同士の間に介装するスペーサボール8の充填率を変えたときのトルク変動を示している。つまり、同図に示すグラフは、一回路(ボール転動溝5,6のつくる軌道7と循環通路9とを合わせた経路長)に詰めるボール数を変化させた場合のトルク特性を示したものである。なお、一回路の循環経路内に隙間無くボールが挿入された場合をボール充填率100%とする。
【0044】
ここで、自転しないスペーサ(保持ピース)を介装した、従来の二点接触形式のボールねじにおいては、ボール4同士の間からスペーサが抜け落ちないように、回路内に抜け落ちの生じない程度の隙間となるように充填する必要がある。そのため、ボール充填率を(スペーサ(保持ピース)がボール同士の間から抜け落ちないように)、95%以上としなければならないので、特に低速運転時には、良好な作動特性を得ることが難しいという問題がある。
【0045】
これに対し、本発明に係る二点接触形式のボールねじ1のように、自転可能なスペーサボール8を介装したときは、ボール4同士の間からスペーサボール8が抜け落ちるという問題をなくすことができる。そして、この自転可能なスペーサボール8を介装したときは、負荷ボールであるボール4とは自転の方向が逆方向に回転できるという効果と、循環経路内に隙間をつくることができるという効果とを併せ持たせることができる。そのため、二点接触形式のボールねじでの低速作動特性を改善することができる。
【0046】
ここで、本発明の二点接触形式のボールねじにおいて、ボール循環経路全長に対するボール充填率は98%以下であることが好ましく、特に、同図からも分かるように、ボール充填率が90%以下であれば一層好ましい。つまり、同図から分かるように、スペーサボール8を介装した場合であっても、自転しないスペーサ(保持ピース)を介装したとき同様に、充填率が90%よりも大きくなるとトルク特性が悪くなる(トルク変動が大きくなる)からである。
以上説明したように、このボールねじ1によれば、二点接触形式のボールねじにおいて、低速運転時の異常トルク上昇を防止または抑制することができる。
【0047】
なお、本発明に係るボールねじは、上記実施形態ないし実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しなければ種々の変形が可能である。
例えば、上記実施形態では、軌道7とボール4との接触状態を常に二点接触形式にするための予圧方式として、予圧付加構造にダブルナット間座予圧方式を採用し、左右それぞれの回路間のリードをずらして予圧をかけた例で説明したが、これに限定されず、軌道と負荷ボールとの間に予圧を付加する予圧方式は、間座に代えてばねを用いたダブルナット予圧方式やオフセットリード予圧方式等を用いてもよく、また、ボールねじとして多条のものを用いる場合では、条間オフセットリード予圧方式等を採用することができる。
【0048】
また、ボール4同士の間に介装するスペーサボール8は、ボール4と1:1の割合で交互に挿入されることが望ましいが、交互の挿入に限定されず、また、挿入割合も1:1に限らず、例えば組み立て時間を短縮する上では、ランダムに介装した場合でも、介装された割合に応じて低速作動特性を改善することができる。また、循環通路としてチューブを使用したボールねじを例に説明したが、エンドキャップ式やコマ式等のボールねじにも適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の一実施形態における二点接触形式のボールねじの平断面図である。
【図2】本発明の一実施形態における二点接触形式とした予圧付加部分の説明図である。
【図3】接触形式を変えたときの予圧量と予圧トルクとの関係を示すグラフである。
【図4】従来の二点接触形式のボールねじの動トルク特性を示す図である。
【図5】従来の二点接触形式のボールねじの動トルク特性を示す図である。
【図6】従来の二点接触形式のボールねじにおいて、軸回転数(ボールの公転速度)によって、トルク変動の大きさが変化する結果を示す図である。
【図7】従来の二点接触形式のボールねじでのトルク特性を示す図である。
【図8】従来の二点接触形式のボールねじでのトルク特性を示す図である。
【図9】本発明の二点接触形式のボールねじの実施例でのトルク特性を説明する図である。
【図10】本発明の二点接触形式のボールねじの実施例でのトルク特性を説明する図である。
【図11】本発明の二点接触形式のボールねじの実施例でのトルク特性を説明する図である。
【図12】本発明の二点接触形式のボールねじの実施例でのトルク特性を説明する図である。
【符号の説明】
【0050】
1・・・ボールねじ
2・・・ねじ軸
3・・・ナット
4・・・ボール(負荷ボール)
5・・・(ねじ軸の)ボール転動溝
6・・・(ナットの)ボール転動溝
7・・・軌道
8・・・スペーサボール
9・・・循環通路
10・・・防塵用シール
21・・・切欠部
22・・・フランジ
31・・・第1ナット
32・・・第2ナット
33・・・間座
81・・・循環通路押え
【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周面に螺旋状のボール転動溝を有するねじ軸と、内周面に螺旋状のボール転動溝を有するナットと、前記ねじ軸のボール転動溝および前記ナットのボール転動溝が対向して形成される軌道内に配置された複数の負荷ボールと、を備えたボールねじにおいて、
前記軌道と前記負荷ボールとの接触状態が常に二点接触になっているとともに、前記複数の負荷ボール同士の間に負荷ボールと反対方向に自転可能なスペーサボールが介装されており、前記負荷ボールが所定の外部負荷を受ける条件下で、当該スペーサボールは、前記軌道との隙間ゼロ以上を維持する外径を有することを特徴とするボールねじ。
【請求項2】
前記スペーサボールと前記負荷ボールとの比率は、スペーサボールの数をS、負荷ボールの数をFとするとき、比率S/Fが、0.5≦S/F≦1の範囲であることを特徴とする請求項1に記載のボールねじ。
【請求項3】
前記軌道と前記負荷ボールとの間に予圧を付加する予圧方式は、ダブルナット間座予圧方式、オフセットリード予圧方式、または条間オフセットリード予圧方式であることを特徴とする請求項1または2に記載のボールねじ。
【請求項4】
前記スペーサボールを含むボール充填率が98%以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のボールねじ。
【請求項5】
前記スペーサボールは、樹脂製であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のボールねじ。
【請求項6】
前記樹脂は、ポリアセタール樹脂であることを特徴とする請求項5に記載のボールねじ。
【請求項1】
外周面に螺旋状のボール転動溝を有するねじ軸と、内周面に螺旋状のボール転動溝を有するナットと、前記ねじ軸のボール転動溝および前記ナットのボール転動溝が対向して形成される軌道内に配置された複数の負荷ボールと、を備えたボールねじにおいて、
前記軌道と前記負荷ボールとの接触状態が常に二点接触になっているとともに、前記複数の負荷ボール同士の間に負荷ボールと反対方向に自転可能なスペーサボールが介装されており、前記負荷ボールが所定の外部負荷を受ける条件下で、当該スペーサボールは、前記軌道との隙間ゼロ以上を維持する外径を有することを特徴とするボールねじ。
【請求項2】
前記スペーサボールと前記負荷ボールとの比率は、スペーサボールの数をS、負荷ボールの数をFとするとき、比率S/Fが、0.5≦S/F≦1の範囲であることを特徴とする請求項1に記載のボールねじ。
【請求項3】
前記軌道と前記負荷ボールとの間に予圧を付加する予圧方式は、ダブルナット間座予圧方式、オフセットリード予圧方式、または条間オフセットリード予圧方式であることを特徴とする請求項1または2に記載のボールねじ。
【請求項4】
前記スペーサボールを含むボール充填率が98%以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のボールねじ。
【請求項5】
前記スペーサボールは、樹脂製であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のボールねじ。
【請求項6】
前記樹脂は、ポリアセタール樹脂であることを特徴とする請求項5に記載のボールねじ。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2009−204141(P2009−204141A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−49547(P2008−49547)
【出願日】平成20年2月29日(2008.2.29)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年2月29日(2008.2.29)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】
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