説明

ポリアクリロニトリル系繊維およびそれからなる炭素繊維

【課題】 高温での力学特性に優れたポリアクリロニトリル系繊維およびそれを前駆体に用いた炭素繊維を提供すること。
【解決手段】 重量平均分子量200万以上かつアクリロニトリル成分が85モル%以上、99.9モル%以下であるアクリロニトリル系共重合体で構成され、220℃での強度が1.1cN/dtex以上であることを特徴とするポリアクリロニトリル系繊維。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子量ポリアクリルニトリル系共重合体からなり、高温での強度が高いポリアクリロニトリル系繊維及び、それをさらに焼成して得られる炭素繊維に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリアクリロニトリル系繊維は、衣料用として大量に生産されているが、高強度のポリアクリロニトリル系繊維は産業資材への応用も大きく期待される。高温での力学特性が高いポリアクリロニトリル系繊維は、産業資材分野においても有用である。
【0003】
また、ポリアクリロニトリル系繊維は、炭素繊維前駆体として用いられている。炭素繊維は、その優れた力学的、化学的諸特性および軽量性などによりさまざまな用途に利用されている。近年では、従来のゴルフクラブや釣竿などのスポーツ用途、航空機用途に加え、自動車部材、CNGタンク、建造物の耐震補強、船舶部材などいわゆる一般産業用途への展開が進んでいる。このように適用範囲が広がる反面、炭素繊維についてはさらなる高性能化が求められている。高温での力学特性の高いポリアクリロニトリル系繊維は、続く耐炎化工程において高い張力をかけられるため高性能炭素繊維の前駆体としても有用である。
【0004】
室温において強度の高い、高強度ポリアクリロニトリル系繊維を得る方法として、重量平均分子量50万以上のポリアクリロニトリルを使用した例が開示されているが、実施例等で用いられている重合体は72万程度である(特許文献1)。また、延伸倍率が10倍以上では耐炎化、炭化工程での伸長操作を施すことが不可能になるとの記載があり、延伸倍率は5から10倍と低い。
高分子量ポリアクリロニトリル系共重合体を使用した別の例として、極限粘度1.5〜5(重量平均分子量では約25万〜135万)の重合体を使用した例がある(特許文献2)。実施例に記載された延伸温度は最も高い温度でも190℃であり、延伸倍率は18倍と低い。
【0005】
別の例として、上記より分子量が高い、重量平均分子量100万以上のポリアクリロニトリル系共重合体を使用して、−40℃以下に保った凝固浴を用いた乾湿式紡糸を行い、続いて20倍以上で延伸する方法が開示されている(特許文献3)。なお、特許文献3の実施例で用いられている重合体の分子量は最大でも134万であり、延伸倍率の最大が29.7倍である。
【0006】
上記の高分子量ポリアクリロニトリル系共重合体より、さらに高い分子量の重合体を乾湿式紡糸により繊維化し、溶媒等を熱媒に用いない乾熱延伸2段で高倍率延伸を行った例が開示されている(非特許文献1)。
【0007】
以上のことから、既存技術では高分子量ポリアクリロニトリル系共重合体を用いて、凝固及び延伸条件を制御することで、高倍率延伸を行うことができ、室温において強度が向上することが知られている。しかしながら、上述の方法では高温での力学特性が改善せず、高温での力学特性が高いポリアクリロニトリル系繊維の例は知られていないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭63−275713号公報
【特許文献2】特開2007−182645号公報
【特許文献3】特開平1−104820号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】「Polymer」,2006年,第47巻,p.4445
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、かかる現状に鑑み、高温特性に優れたポリアクリロニトリル系繊維およびそれを前駆体として用いた高性能炭素繊維を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記課題を解決するために、次の構成を有するものである。
(1)重量平均分子量200万以上かつアクリロニトリル成分が85モル%以上、99.9モル%以下であるアクリロニトリル系共重合体で構成され、220℃での引張強度が1.1cN/dtex以上であることを特徴とするポリアクリロニトリル系繊維。
(2)ラマン測定で得られる配向パラメーターが3.0以上であることを特徴とする(1)記載のポリアクリロニトリル系繊維。
A.配向パラメーター=R(平行)/R(垂直)
B.R=I1450/I2240
C.I1450:平行あるいは垂直偏光スペクトルにおける1450cm−1付近のCH変角振動モードのラマンバンド強度のラマンバンド強度
D.I2240:平行あるいは垂直偏光スペクトルにおける2240cm−1付近のCN伸縮振動モードのラマンバンド強度
(3)空気中で昇温速度10℃/分で昇温した示差熱熱分析(DTA)のピーク温度が300〜340℃であることを特徴とする(1)または(2)記載のポリアクリロニトリル系繊維。
(4)(1)から(3)のいずれか一項記載のポリアクリロニトリル系繊維を酸化性雰囲気下180〜300℃で耐炎化処理し、引き続き不活性雰囲気中300〜2000℃で炭化処理することを特徴とする炭素繊維。
【発明の効果】
【0012】
本発明のポリアクリロニトリル系繊維は高温特性に優れたポリアクリロニトリル系繊維である。また、これを炭素繊維前駆体とし、耐炎化、炭化処理において高張力延伸処理を行うことで性能の高い炭素繊維を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明のポリアクリロニトリル系共重合体及びポリアクリロニトリル系繊維について詳細に説明する。
本発明におけるポリアクリロニトリル系共重合体の重量平均分子量は、200万以上とする必要がある。重量平均分子量を200万以上にすることで、ポリアクリロニトリル系繊維の高温での力学特性が向上する。該繊維を炭素繊維プリカーサーとして用い、ポリアクリロニトリル系繊維を焼成して炭素繊維とする場合には、耐炎化工程において高張力処理を行っても糸切れなどがなく、得られた炭素繊維の品位が向上する。
【0014】
重量平均分子量は250万以上が好ましく、320万以上がより好ましい。また、重量平均分子量はポリアクリロニトリル系繊維の力学特性の向上の点から、500万以下で十分である。重量平均分子量は、重合時のモノマー濃度、開始剤や連鎖移動剤の量などにより制御することができる。
【0015】
本発明において、重量平均分子量とはジメチルホルムアミドを溶媒とし、ゲルパーミッションクロマトグラフィーを用い、ポリスチレンを基準として測定した重量平均分子量のことをいう。
本発明において用いられるポリアクリロニトリル系共重合体は、アクリロニトリル成分が85モル%以上、99.9モル%以下である。アクリロニトリル成分を85モル%以上にすることで、ポリアクリロニトリル系繊維の耐熱性が向上し高温での力学特性が向上とともに糸同士の融着等に起因する物性低下を抑制できる。アクリロニトリル成分は90モル%以上が好ましく、より好ましくは94モル%以上、さらに好ましくは98モル%以上である。また、アクリロニトリル成分を99.9モル%以下にすることで、共重合が可能となり繊維の緻密性の向上を持つポリアクリロニトリル系繊維が得られる。また、該繊維を炭素繊維前駆体として用いた場合には、耐炎化効率が向上する。アクリロニトリル成分は99.8モル%以下が好ましい。
共重合成分としては、耐炎化速度を制御する観点から、いわゆる耐炎化促進成分である、アクリル酸、メタクリル酸およびイタコン酸が好ましく挙げられる。より好ましくは、繊維の緻密性が向上することから、これらの一部または全量をアンモニアで中和したアクリル酸、メタクリル酸およびイタコン酸のアンモニウム塩からなる共重合体を用いることが好ましい。また、製糸性向上の観点からは、メタクリル酸エステル、アクリル酸エステル、アリルスルホン酸金属塩およびメタリルスルホン酸金属塩が好ましく共重合できる。
【0016】
ポリアクリロニトリル系繊維の単繊維繊度は0.5〜2.0dtexであることが好ましい。単繊維繊度が0.5dtex以上で、繊維内部に含まれる異物、ボイド等の影響が小さくなるため、引張強度が向上する。一方、単繊維繊度が2.0dtex以下で、繊維内部まで均一になり、ボイド等の欠陥が少なく繊維強度が向上するため好ましい。また、該繊維を炭素繊維前駆体として用いた場合には、単繊維内部への耐炎化処理が十分となるので好ましい。単繊維繊度は0.6〜1.5dtexがより好ましい。
【0017】
本発明におけるポリアクリロニトリル系繊維の引張強度は5〜20cN/dtexであることが好ましい。5cN/dtex以上であることで、高温での力学特性が高くなるため好ましい。また、強度は20cN/dtex以下で十分である。強度は、8cN/dtex以上であることがより好ましく、10cN/dtex以上であることがさらに好ましい。
【0018】
本発明におけるポリアクリロニトリル系繊維の220℃での引張強度は1.1cN/dtex以上である。220℃での引張強度は実施例で詳細を説明する。220℃での引張強度が1.1cN/dtex以上であるということは、高温での力学特性が高いことを示す。例えば、ポリアクリロニトリル系繊維を炭素繊維前駆体として用いた場合に、高張力で耐炎化が可能となりポリアクリロニトリル繊維の分子鎖の配向を保持することができる。また、高張力で耐炎化を行った場合にも、単糸切れ等しにくくなり、得られる炭素繊維の品位が向上する。220℃での引張強度は1.15cN/dtex以上が好ましく、1.2cN/dtex以上であることがさらに好ましい。
【0019】
本発明におけるポリアクリロニトリル系繊維はラマン測定で得られる配向パラメーターが3.0以上であることが好ましい。配向パラメーターは実施例で詳細を説明する。配向パラメーターが3.0以上であれば、ポリアクリロニトリル系繊維の室温及び高温での力学特性が向上するため好ましい。配向パラメーターは3.2以上であることがさらに好ましい。また、高温での力学特性が十分良好になるため、配向パラメーターは4.0以下でよい。
【0020】
本発明におけるポリアクリロニトリル系繊維は空気中で昇温速度10℃/分で昇温した際の示差熱熱分析(DTA)のピーク温度が300〜340℃であることが好ましい。300℃以上であることで、ポリアクリロニトリル系繊維の架橋及び劣化が少なく、高温力学特性の優れたポリアクリロニトリル系繊維になる。310℃以上が好ましい。ピーク温度が340℃以下であることで、該繊維を炭素繊維前駆体として用いた場合に、繊維内部まで均一に耐炎化を行うことができるため好ましい。
【0021】
本発明におけるポリアクリロニトリル系繊維は、紡糸原液に用いた溶媒の含有量が1重量%以下であることが好ましい。含有量が1重量%以下であることで、ポリアクリロニトリル系繊維が高温で軟化しにくくなり、220℃での強度が低下しないため好ましい。含有量は0.5重量%以下であることがより好ましく、0.1重量%以下であることがさらに好ましい。
【0022】
次に本発明のポリアクリロニトリル系共重合体およびポリアクリロニトリル系繊維の製造方法について説明する。
かかるポリアクリロニトリル系共重合体を重合する方法としては、公知の方法が採用でき、溶液重合法、懸濁重合法および乳化重合法等を適用することができる。その中でも懸濁重合法が、重合時に発生する反応熱を効果的に除熱することでポリアクリロニトリル系共重合体の劣化を抑制可能であること、未反応のモノマーの除去が容易であることから、製糸性が向上し得られたポリアクリロニトリル系繊維の力学特性が向上するため好ましい。
【0023】
ポリアクリロニトリル系共重合体を紡糸することでポリアクリロニトリル系繊維が得られる。
紡糸方法としては、湿式紡糸法、乾湿式紡糸法、乾式紡糸法がその高い生産性から好適に用いられる。湿式紡糸とは紡糸口金を凝固浴中に浸漬して糸条を吐出する方法、乾湿式紡糸とは紡糸口金から吐出した糸条を一旦空気などの気体中を経由させて凝固浴中に導入する紡糸方法、乾式紡糸とは熱で気化する溶媒を用いた紡糸原液を熱雰囲気下に紡糸口金から吐出して溶媒を蒸発させて固化させることで繊維状にする紡糸方法である。湿式紡糸、乾湿式紡糸法は凝固促進成分を含んだ凝固浴中で凝固される際に繊維の緻密性が高まるため、力学特性が優れたポリアクリロニトリル系繊維が得られるので好ましい。また、乾湿式紡糸、乾式紡糸法では口金下で糸条が引き伸ばされるため得られたポリアクリロニトリル系繊維が高配向化しやすく好ましい。乾湿式紡糸がより好ましい。
【0024】
紡糸に際し、該ポリアクリロニトリル系共重合体を可溶な従来公知の有機あるいは無機系溶媒に溶解し、紡糸原液とする。溶媒として具体的には、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド及びジメチルスルホキシド、塩化亜鉛水溶液、チオシアン酸ナトリウム水溶液が使用されるが、これに限定されない。乾式、乾湿式紡糸などの凝固浴を用いた紡糸の場合には凝固浴に用いる溶液との組み合わせによって、凝固速度を制御することでボイド等の欠陥を抑制することが可能となる。
紡糸原液には、本願の目的を逸脱しない範囲であれば、凝固速度の制御、溶解性、製糸性の向上、繊維の緻密性の向上等の種々の目的のため、ポリアクリロニトリル系共重合体及び該重合体が可溶な溶媒以外にも、種々有機あるいは無機化合物を加えることができる。例えば、単独ではポリアクリロニトリル系共重合体を溶解することができない溶媒を該重合体が可溶な溶媒に対して重量割合で30%以下の割合で加えることで、凝固速度を向上させながら、繊維中のボイド等の欠陥を抑制可能であり好ましい。該重合体を溶解できない溶媒としては、該重合体が可溶な溶媒と相溶するものが好ましく、水あるいは分子内に1つ以上の水酸基を有するアルコールを用いることが好ましい。具体的にはメタノール、エタノール、プロパノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、テトラメチレングリコールおよびポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリテトラメチレングリコール、グリセリン、水を単独あるいは併用して使用することが挙げられ、その中でもメタノール、エタノール、水を使用することが好ましい。
【0025】
本発明において用いられる紡糸原液の作成方法は紡糸原液を均一に作成することができれば、公知の方法を採用できる。ポリアクリロニトリル系共重合体を溶液重合で得た場合には、重合溶液を処理することなく紡糸原液として用いることができる。また、未反応のモノマー等を除去して用いても良い。該重合体を懸濁重合法あるいは乳化重合法で得た場合には、重合体を溶媒中に懸濁させ、攪拌浴を用いて分散させる方法、ロールミル、ニーダー、スクリュー押出機を単独あるいは併用して用いる方法が挙げられる。スクリュー押出機は1軸、2軸の両方を用いることができるが、混練性の観点から2軸スクリュー押出機が好ましい。回転数、温度は分子鎖の切断が少ない範囲で任意に選択することができる。ポリアクリロニトリル系共重合体、溶媒の添加順序は限定されないが、重合体の凝集を抑制するため溶媒に重合体を加えていくことが好ましい。
【0026】
紡糸原液の作成に2軸スクリュー押出機を用いる場合、押出機を通過した後、連続して口金孔から紡糸原液を押し出すことが可能なスクリュー押出機型紡糸機が好ましく用いられる。スクリュー押出機型紡糸機は、攪拌効率が高く均一な溶媒を作成できること、溶解から紡糸までの間に紡糸原液の不均一化が生じるのを抑制できることから、より力学特性の優れたポリアクリロニトリル系繊維を得ることができる。
本発明においては、紡糸原液中のポリアクリロニトリル系共重合体の濃度は0.5重量%以上、25重量%以下が好ましい。紡糸原液におけるポリアクリロニトリル系共重合体の濃度が0.5重量%以上になると、凝固あるいは固化工程において重合体の凝集が進み、繊維中に生じるボイド等の欠陥が少なくなるため好ましい。25重量%以下であると、分子量を低下することなく均一な紡糸原液が作成でき、またポリアクリロニトリル系繊維を製造する際の延伸工程において高倍率延伸が可能となるため、高配向化したポリアクリロニトリル系繊維が得られるため好ましい。紡糸原液中のポリアクリロニトリル系共重合体濃度は、1.5重量%以上であることが好ましい。原液濃度を上げることによる生産性向上の観点から、紡糸原液中のポリアクリロニトリル系共重合体濃度は2.0重量%以上であることがより好ましく、5.0重量%以上であることがさらに好ましい。また、紡糸原液中のポリアクリロニトリル系共重合体の濃度は15重量%以下であることが好ましく、10重量%以下であることがより好ましく、7重量%以下であることがさらに好ましい。
【0027】
かかる紡糸原液を紡糸する前に、紡糸原液を目開き10μm以下のフィルターに通し、ポリマー原料および各工程において混入した不純物を除去することが好ましい。目開きとは、フィルターの網の目の寸法を表す。網目の形状が長方形の場合には、両方が10μm以下であることが好ましい。目開きは1μm以下であることがより好ましい。また、目開きは紡糸原液がフィルターを通過する速度が速くなることから、0.05μm以上であることがより好ましい。
【0028】
本発明で用いられる口金吐出孔の形状は、孔径Dが0.05〜5.0mmの範囲であることが好ましい。0.05mmより大きいことで、製糸性が向上し、5.0mmより小さいことで、口金下での糸条の糸切れが減り、得られた繊維の力学特性が向上するため好ましい。より好ましくは孔径Dが0.08〜1.0mmの範囲であり、0.2〜0.8mmである。孔深度Lが0.1〜5mmの範囲であり、孔深度Lが0.16〜3mmの範囲であることがより好ましい。孔深度Lが0.1mm以上であることで製糸性が向上し、5mm以下であることで、吐出時の圧力が減少するため得られたポリアクリロニトリル系繊維の繊度斑が低減する。L/Dが1.5〜4の範囲であることが好ましい。より好ましくはL/Dが2〜3の範囲である。口金吐出孔の形状は、紡糸における可紡性および吐出時の安定性の観点から、上記範囲となる形状が好ましい。
【0029】
本発明において、湿式あるいは乾湿式紡糸を採用した場合には、凝固浴には、凝固促進成分を含ませることができる。凝固浴の温度および凝固促進成分の濃度によって、凝固速度を変化させ、ポリアクリロニトリル系繊維の特性を制御することができる。
凝固促進成分としては、ポリアクリロニトリル系共重合体を溶解せず、かつ紡糸原液に用いる溶媒と相溶性がある溶媒を使用できる。紡糸原液の溶媒として用いたジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどの溶媒、チオシアン酸ナトリウム、塩化亜鉛などの無機化合物と、凝固促進成分の併用をしても良いし、凝固促進成分を単独で用いることもできる。具体的な凝固促進成分としてメタノール、エタノール、プロパノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、テトラメチレングリコールおよびポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリテトラメチレングリコール、グリセリン、水を単独あるいは併用して用いることができる。その中でもエタノール、水を使用することが好ましい。
【0030】
凝固浴温度は−30℃以上であることが好ましい。凝固浴温度が−30℃以上であることで、凝固浴に入った糸条表面の重合体の凝集が進みやすくなり、糸同士の接着が抑制され、繊維表面の欠陥が減少し、220℃での強度が高くなるので好ましい。凝固浴温度は−15℃以上であることがより好ましい。また、急速な凝固による分離構造の発現を抑制するため、凝固浴温度は60℃以下が好ましく、20℃以下がより好ましく、0℃以下がさらに好ましい。
【0031】
乾式紡糸を採用した場合には、口金孔から吐出された糸条は、加熱されたガスにより、紡糸筒内で溶媒が除去される。ガスの種類は限定されないが、空気あるいは窒素に代表される不活性ガスを用いることができる。空気を用いることが好ましい。加熱されたガスは、紡糸筒内を巻取方向から口金方向に向けて流しても良いし、紡糸線と並行に一面から、あるいは糸条の周りの環状物から均一に内側に向けて流しても良い。加熱ガスの温度は、ポリアクリロニトリル系共重合体の化学構造を変化させずに、緻密な繊維構造を得るためには、250℃以下であることが好ましく、200℃以下であることがより好ましい。また、溶媒除去効率の観点から、50℃以上が好ましく、100℃以上がさらに好ましい。本発明において、溶媒の留去に伴い、口金から吐出された紡糸原液は固化し、繊維状となる。加熱ガスを紡糸筒内で紡糸線と並行に流す場合には、同一温度でも良いし、温度勾配を付けても良い。
【0032】
紡糸筒内で糸条より除去された溶媒は、加熱ガスの循環により、紡糸筒外に取り除くことができる。また、加熱ガスに含まれる溶媒は、加熱ガスの冷却法等の既知の方法を用いることで加熱ガスから分離することができる。口金孔から吐出され、紡糸筒内で固化した糸条は、筒底部のローラーにより速度制御される。
本発明においては、口金から吐出された糸条物を耐炎化までのいずれかの工程において、凝固あるいは固化工程、延伸工程、洗浄工程、油剤付与工程および乾燥熱処理工程を適宜組み込むことができる。各工程は、連続でも良いし、巻き取ったのち単独で行っても構わない。
【0033】
本発明におけるポリアクリロニトリル系繊維の全延伸倍率は20〜120倍であることが好ましい。全延伸倍率が20倍以上であると、ポリアクリロニトリル系繊維の配向が上がり、高温での力学特性が向上する。また、該繊維を炭素繊維前駆体として用いた場合、続く耐炎化工程において、高張力での処理でも糸切れが抑制されるため炭化糸の品位が向上する。また、全延伸倍率が120倍より小さくなると、残留伸度が高くなり毛羽等の発生が減少し、ポリアクリロニトリル系繊維の品位が向上する。全延伸倍率は30倍以上が好ましく、100倍以下が好ましい。また、全延伸倍率は50倍以上がより好ましい。
【0034】
全延伸倍率が上述の通りになれば良く、1段の延伸で20〜120倍の延伸を行っても良いが、多段で延伸することが好ましい。延伸の均一性の点から、1段あたりの延伸倍率は1.01〜50倍が好ましく、2〜40倍がより好ましい。多段で延伸する場合には、同じ延伸条件を繰り返しても良いが、繊維の配向を向上するため、異なる延伸条件を組み合わせることがより好ましい。
【0035】
延伸の1段目では、水あるいは有機溶剤などの液体浴を加熱手法として用いる浴中延伸が好ましい。浴中延伸を行うことで、メカニズムは定かではないが、高温特性に優れたポリアクリロニトリル系繊維が得られる。好ましくは20〜98℃の範囲の温度に温調された水あるいはメタノール、エタノールなど凝固剤として用いた有機化合物、紡糸原液に用いたジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシドなどに代表される有機化合物を単独あるいは混合物を入れた浴中に糸条を通過させ延伸することができる。水を主成分とする液体を用いることが好ましい。
この工程は後述する洗浄工程と組み合わせても良いし、洗浄工程の後に行っても良い。
【0036】
上述した浴中延伸以外では、延伸時において繊維の表面温度が60℃以上300℃以下となるように加熱することが好ましい。延伸時の糸の表面温度が60℃以上の場合、繊維の予熱が十分になり、延伸時の均一な変形を可能としポリアクリロニトリル繊維の配向が向上する。さらには延伸張力を下げることができ、糸切れが少ない高品位な繊維を得ることができる。繊維の軟化を良好にすることにより延伸張力を低下させ、よりスムーズに高配向なアクリロニトリル系繊維を得るためには、延伸時の糸の表面温度を100℃以上に加熱することが好ましい。また、延伸時の繊維の表面温度が300℃以下であることで、アクリロニトリル系繊維の環化等の化学構造変化を抑制でき、高倍率延伸が可能となる。240℃以下で行うことが好ましい。
【0037】
本願において、組み合わせる延伸の一つ以上で、繊維の表面温度が200℃を超えるまで加熱し延伸をすることが好ましい。200℃を超える温度で延伸を行うことで、高温での力学特性に優れたポリアクリロニトリル系繊維が得られる。205℃を超える温度であることがより好ましく、210℃を超える温度であることがさらに好ましい。
【0038】
ここで、加熱手法は、供給ローラーと延伸ローラー上、あるいはローラー間で実施されるものであって、走行糸条を直接的あるいは間接的に加熱させうる装置であれば特に限定はされない。具体的な加熱手法としては、加熱ローラー、熱ピン、熱板、空気あるいは蒸気などの気体浴、レーザーなどが挙げられる。加熱温度の制御、走行糸条への均一な加熱、装置の取り扱いの観点から加熱ローラー、空気あるいは蒸気などの気体浴を加熱手法として用いることが好ましい。
【0039】
気体浴を加熱手法として用いる場合は、空気を加熱手法としたホットチューブを用いた延伸、蒸気を加熱手法とた加圧スチームを用いた延伸を採用できる。
加熱ローラーを用いる場合には、加熱ローラーが供給ローラーを兼ねることが最も効果的である。
【0040】
本発明における延伸の組み合わせに関して最も好適な例は、1段目に水を主成分とする浴中延伸を行い、延伸の最終段にホットチューブあるいは加熱ローラーを用いて200℃を超える温度で延伸することである。
本発明における洗浄工程は、糸条中に残存している紡糸原液に用いた溶媒を糸条から取り除く工程である。水あるいはメタノール、エタノールなどの低沸点有機化合物を含むポリアクリロニトリル系共重合体が溶解しない溶液中に糸条を通過させることで洗浄することができる。水を用いることが好ましい。洗浄は、前述する浴延伸と同時に行っても良い。また、短時間で洗浄を行うためには、洗浄工程を延伸の最終工程前に行うことが好ましい。
【0041】
本発明における油剤付与工程は、工程通過性およびハンドリング性を向上させる上で好適である。耐炎化処理および炭化処理の初期において単糸同士が接着することがあり、その接着を防止する目的から、シリコーン等からなる油剤を付与することが好ましい。かかるシリコーンとしては、変性されたシリコーンを用いることが好ましく、耐熱性の高いアミノ変性シリコーンを用いることが好ましい。油剤付与工程は、油剤の脱落を防ぐため、溶液中に糸条を通過させる洗浄工程、浴延伸工程の後に行うことが好ましい。また、油剤を熱により硬化させ、糸条内部まで均一に油剤を付着させる観点から乾燥熱処理工程の前に行うことが好ましい。
【0042】
乾燥熱処理工程は、洗浄工程または浴中延伸工程における水、有機化合物等を乾燥し、併せて繊維の緻密化を行う工程であり、短時間で効率よく乾燥できれば接触方式と非接触方式のどちらの方式でも良く、単糸同士が接着しない、かつ乾燥効率の観点から120〜190℃の温度範囲で行うことが好ましい。また、乾燥熱処理はホットチューブあるいは加熱ローラー延伸を採用する場合には延伸と同時に行ってもよい。
【0043】
本発明における、ポリアクリロニトリル系繊維を酸化性雰囲気中、0.3cN/dtex以上の張力下180〜300℃で耐炎化処理し、引き続き不活性雰囲気中400〜2000℃で炭化処理することで得られる炭素繊維及びその製造方法について詳細を記載する。いずれの温度も糸近傍の雰囲気温度を測定することにより求められる。
【0044】
本発明において、耐炎化処理を行うポリアクリロニトリル系繊維の全フィラメント数は100〜100000の範囲であることが好ましい。また、全フィラメント数は1000〜40000の範囲であることがより好ましい。フィラメント数が100以上であることで一度に大量のポリマーを繊維化できるため生産性が向上し、100000以下であることで耐炎化や炭化処理において均一な処理ができるため単糸間の均一性が向上する。
【0045】
耐炎化温度は180〜300℃が好ましく、220℃以上であることがより好ましく、240〜270℃がさらに好ましい。300℃以下で耐炎化することで前駆体繊維に付与された油剤の分解消失を抑制でき、耐炎化処理時に単糸同士の融着が抑制されると共に、糸束内で耐炎化の斑が少なくなるため好ましい。180℃以上では耐炎化終了まで要する時間を短くすることができ、生産性の観点から好ましい。
【0046】
得られる耐炎化繊維の比重が好ましくは1.3〜1.5の範囲となるように設定することが、続く炭化処理での工程通過性を向上する目的から好ましい態様である。比重が1.3より低いと単繊維内部の耐炎化処理が不十分であるために予備炭化処理での糸切れが発生しやすい問題がある。1.5より高いと単繊維表面の酸化が進みすぎるため、予備炭化糸強度が低下しやすい問題がある。比重のより好ましい範囲は1.37〜1.40である。
【0047】
耐炎糸の比重はJIS R7601(1986)記載の方法に従って求めることができる。測定方法として液置換法を用い、浸せき液としてエタノールを精製せずに用いた。1.0〜1.5gの繊維を採取し、120℃で2時間絶乾する。絶乾質量A(g)を測定した後、比重既知(比重ρ)のエタノールに含浸し、エタノール中の繊維質量B(g)を測定し、繊維比重=(A×ρ)/(A−B)により繊維比重を求めることができる。
【0048】
耐炎化の時間は、処理温度に応じて適宜選択することができるが、耐炎化処理時間は1〜500分が望ましい。生産性の面からは耐炎化処理時間は短い方がよいが50分を下回ると、各単繊維についての前記した二重構造が全体的に顕著となり、本発明の効果が得られにくくなることがある。また耐炎化処理時間が500分を超えると単繊維の表層の酸化が進行しすぎるため、炭素繊維の引張強度が著しく低下する問題がある。さらに好ましくは50〜250分、より好ましくは70〜180分である。この耐炎化処理時間とは、糸条が耐炎化炉内に滞留している全時間をいう。
【0049】
耐炎化工程における張力は0.3cN/dtex以上であることが好ましい。本発明におけるポリアクリロニトリル系繊維は高温での力学特性が高く、耐炎化の際の糸切れが抑制できるため、0.3cN/dtex以上であることで、耐炎糸の物性が向上し、続く工程で得られる炭化糸物性が向上する。1.2cN/dtex以下であることで、耐炎化での毛羽の発生が抑制されるため得られる炭化糸の品位が向上する。より好ましくは0.35〜0.6cN/dtex、さらに好ましくは0.4〜0.5cN/dtexである。ここで耐炎化工程における張力とは耐炎化炉出側のロールで測定した張力(cN)をポリアクリロニトリル系繊維の繊維束の絶乾時の繊度(dtex)で割った値を示す。
【0050】
耐炎化工程における糸条の延伸比は0.85〜1.20が良く、0.85〜1.10がより好ましく、0.88〜1.06がさらに好ましく、0.92〜1.02が一層好ましい。
【0051】
耐炎化処理に引き続き、不活性雰囲気中で予備炭化処理、炭化処理することにより炭素繊維が得られる。不活性雰囲気としては、例えば、窒素、アルゴンおよびキセノンなどが好ましく例示でき、経済的な観点からは窒素が好ましく用いられる。
炭化処理は、300〜800℃の範囲の温度と800〜2000℃の範囲の温度領域で異なる反応が起こっているために、予備炭化処理、炭化処理と分けて行うことができる。
【0052】
予備炭化処理の温度は300〜800℃であることが好ましい。300℃以上とすることで、炭素結晶成長が十分となり、引き続いて行われる炭化処理後に十分な強力を有する炭素繊維を得られるため好ましい。また、最高温度が800℃以下では炭素構造変化に伴う炭素繊維からの窒素ガスの排出が開始されないため、炉の排気系統が複雑とならないため好ましい。予備炭化処理の最高温度は、より好ましくは600〜750℃である。また300〜400℃領域の滞留時間は1〜3分であることが好ましく、400〜500℃の昇温速度は10〜500℃/分、より好ましくは20〜150℃/分である。予備炭化処理の工程において、処理時間は2分以上30分以内が好ましく、15分以内がより好ましい。
【0053】
予備炭化処理後の繊維の比重を好ましくは1.5〜1.7とするように温度と時間を設定することが、続く炭化工程通過性から好ましい態様である。予備炭化処理後の繊維の比重は、浸せき液としてo−ジクロロベンゼンを用いる他は、耐炎糸の比重と同様に求めることができる。
炭化処理は800〜2000℃の温度範囲で行われることが好ましい。800℃以上であることで、炭化処理が繊維内部まで進み、2000℃以下であることで引張強度が高く、工程通過性が高い炭素繊維が得られることで好ましい。炭化処理の最高温度は1200〜1600℃が好ましく、所望する炭素繊維の力学物性に応じて適宜設定するのがよい。一般に炭化処理の最高温度が高いほど、得られる炭素繊維の引張弾性率が高くなるものの、引張強度は1500℃付近で極大となる。炭化処理の工程において、処理時間は1分以上30分以内が好ましく、2分以上15分以内がより好ましい。
【0054】
また、本発明において、炭化工程における張力は0.5〜3.0cN/dtexであることが好ましい。0.5cN/dtex以上であることで引張弾性率の向上があり、炭化時の糸切れが少なく炭化糸物性が良好になる。逆に張力が3.0cN/dtex以下であることで毛羽や糸切れが発生しにくくなり、毛羽の少ない炭化糸が得られる。かかる張力は、下限として、より好ましくは0.6cN/dtex以上であるのが良く、上限として、より好ましくは1.6cN/dtex以下、さらに好ましくは1.5cN/dtex以下、最も好ましくは1.1cN/dtex以下であるのが良い。ここで炭化工程における張力とは炭化炉出側のロールで測定した張力(cN)を予備炭化繊維束の絶乾時の繊度(dtex)で割った値を示す。
【0055】
高温領域での炭化処理の処理時間は、処理温度に応じて適宜選択することができるが、得られる炭素繊維の比重が好ましくは1.76〜1.87の範囲となるように、より好ましくは1.77〜1.86となるように設定する。かかる比重が小さすぎる場合には、炭化処理が不十分なために、得られる炭素繊維において発現する物性が低くなることがあり、逆に比重が大きすぎる場合には、脆性が顕著となるために擦過に弱くなり、品位および工程通過性が低下することがある。炭素繊維の比重は、浸せき液としてo−ジクロロベンゼンを用いる他は、耐炎糸の比重と同様に求めることができる。
【0056】
得られた炭素繊維は、その表面改質のため、電解処理することができる。電解処理に用いられる電解液には、例えば、硫酸、硝酸および塩酸等の酸性溶液や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、炭酸アンモニウムおよび重炭酸アンモニウムのようなアルカリまたはそれらの塩を水溶液として使用することができる。ここで、電解処理に要する電気量は、適用する炭素繊維の炭化度に応じて適宜選択することができる。かかる電解処理により、炭素繊維を用いて得られる複合材料において、炭素繊維とマトリックスとの接着性を適正化することができ、接着が強すぎることによる複合材料のブリトルな破壊や、繊維方向の引張強度が低下する問題や、繊維方向における引張強度は高いものの、樹脂との接着性に劣り、非繊維方向における強度特性が発現しないという問題が解消され、得られる複合材料において、繊維方向と非繊維方向の両方向にバランスのとれた強度特性が発現されるようになる。
【0057】
また、本発明の炭素繊維は、かかる電解処理の後、集束性を付与するため、サイジング処理を施されていても良い。サイジング剤には、使用する樹脂の種類に応じて、樹脂との相溶性の良いサイジング剤を適宜選択することができる。
【0058】
本発明により得られる炭素繊維は、プリプレグとしてオートクレーブ成形したり、織物などのプリフォームとしてレジントランスファーモールディングで成形したり、フィラメントワインディングで成形したりして、航空機部材、圧力容器部材、自動車部材、釣り竿、ゴルフシャフトなどのスポーツ部材として、好適に用いることができる。
【実施例】
【0059】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明する。実施例中の各特性値は、次の方法で求めたものである。
【0060】
A.重量平均分子量
ポリアクリロニトリル系共重合体の濃度が0.01重量%となるようにジメチルホルムアミド(0.05N−臭化リチウム添加)を完全に溶解させ、GPC測定用試料とした。このGPC測定用試料を用い、下記の条件のもと、Waters2690でGPC測定を行い、ポリスチレン換算により重量平均分子量(Mw)を求めた。なお測定回数は3回であり、その平均値をMwとした
・カラム :東ソー製TSK−GEL−α―Mを2本連結
・検出器 :Waters2410 示差屈折計RI
・移動層溶媒:ジメチルホルムアミド(0.05N−臭化リチウム添加)
・流速 :0.8mL/分
・注入量 :500μL。
【0061】
B.繊度
JIS L1017(2002)8.3の方法で繊度を測定した。
【0062】
C.220℃での引張強度
温度220℃の環境下において、ORIENTEC社製RTC1210A形を用い、単糸10本を試料長25mm、引張速度20mm/分の条件で引張試験を行って、最大荷重を示す点の応力(cN)を合計の繊度(dtex)で除した値を強度(cN/dtex)とした。なお、サンプルを固定したテンシロンのサンプル保持部をあらかじめ220℃に加温した炉に入れた後、30秒経過した後測定を開始した。測定回数は2回であり、その平均値を220℃での引張強度とした。
【0063】
D.配向パラメーター
以下の条件でポリアクリロニトリル系繊維の偏光ラマンスペクトル(近赤外励起・1064nm)について、全領域の測定を行った。
装置:PDP320
測定モード:顕微ラマン
対物レンズ:×100
ビーム径:1μm
クロススリット:1000μm
光源;Nd−YAG/1064nm
レーザーパワー:1W
回折格子:Spetrograph 300gr/mm
検出器;InGaAs/Roper Sientific 512
得られたスペクトルから、以下のラマンバンド強度を得て、配向パラメーターを算出した。
A.配向パラメーター=R(平行)/R(垂直)
B.R=I1450/I2240
C.I1450:平行あるいは垂直偏光スペクトルにおける1450cm−1付近のCH変角振動モードのラマンバンド強度のラマンバンド強度
D.I2240:平行あるいは垂直偏光スペクトルにおける2240cm−1付近のCN伸縮振動モードのラマンバンド強度
なお、平行偏光スペクトルとは、繊維軸方向に対して、平行な偏光のレーザー光を入射し、ラマン散乱光の平行な偏光成分を計測したスペクトルである。また垂直偏光スペクトルとは、繊維軸方向に対して、垂直な偏光のレーザー光を入射し、ラマン散乱光の垂直な偏光成分を計測したスペクトルである。本発明での偏光ラマンスペクトルは近赤外励起の1064nmのものを使用して全領域の測定を行い、I1450とは1450cm−1付近(1400〜1500cm−1付近にピークトップを有する)のCH変角振動モードに対応するピークをベースライン補正した際のラマンバンド強度を示す。I2240とは2240cm−1付近(2150〜2300cm−1付近にピークトップを有する)のCN伸縮振動モードに対応するピークをベースライン補正した際のラマンバンド強度を示す。
【0064】
E.示差熱熱分析(DTA)のピーク温度
(株)セイコーインスツルメント社製TG−DTAを用い、窒素下において室温から400℃まで10℃/分の昇温度速度で試料を加熱した際に200℃以上に生じる示差熱熱分析(DTA)のピーク温度を示差熱熱分析(DTA)のピーク温度とした。
【0065】
F.紡糸原液中の重合体溶液の重合体濃度
紡糸原液10gを200mlの水中に細く垂らすことにより、直径1mm以下の線状組織を得る。その後、90℃の温度の熱水中で2時間脱溶媒して、120℃の温度で2時間乾燥させた後、線状組織を計量した。次式を用いて、紡糸溶液の重合体濃度(重量%)を求めた。
重合体濃度={(乾燥後の線状組織重量)/(脱溶媒前の重合体溶液重量)}×100。
【0066】
[実施例1]
アクリロニトリル99.8モル%、イタコン酸0.2モル%を水中でアゾビスイソブチロニトリルを重合開始剤、ポリビニルアルコールを安定剤として加え重合し、ポリアクリロニトリル系共重合体を得た。得られたポリアクリロニトリル系共重合体の分子量は表1に示す通りであった。
紡糸溶媒として用いるジメチルアセトアミドを攪拌しながら、得られたポリアクリロニトリル系共重合体を添加混合し、目開き10μmのフィルターを通過ざせることで、表1の濃度、重量平均分子量の紡糸原液を得た。スクリュー押出機型溶液紡糸機を用い、作成した紡糸原液を30℃の温度で口金吐出孔径D0.6mm、孔深度L1.2mm、孔数3個の口金から、空気中に押出し、−10℃に温度コントロールしたエタノール溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により、凝固糸条とした。なお、巻き取り速度は5.7m/分である。この凝固糸条をエタノールで洗浄を行い、表1に示す条件で延伸を行った。得られたポリアクリロニトリル系繊維の物性を表に示すとおり、高温での力学特性に優れたものだった。また、ポリアクリロニトリル系繊維の分子量は表1に示す通りだった。
続いて、得られたポリアクリロニトリル系繊維を30本合糸し、空気中、延伸比0.92で、270℃で40分耐炎化処理を行った。耐炎化の際の張力は0.30cN/dtexであった。続いて、得られた耐炎糸を窒素雰囲気中で300℃から400℃に2分で昇温し、400〜500℃を40秒で昇温し、最高温度700℃で2分、延伸比1.10で延伸しながら予備炭化処理して予備炭化糸を得た。さらに、この予備炭化糸を最高温度1500℃で5分間、延伸比0.95で延伸しながら炭化処理し、炭化糸を得た。糸切れ等なく、良好な品位の炭化糸が得られた。
【0067】
[実施例2]
凝固浴温度を変更した以外は、実施例1と同様に表の条件で紡糸、延伸を行った。得られたアクリロニトリル系繊維の物性は、220℃引張強度が若干低下するものの問題のないレベルだった。
【0068】
[実施例3]
実施例1と同様に重合した表1の分子量のポリアクリロニトリル系共重合体を用いた以外は、実施例1と同様に紡糸を行った。曳糸性は問題のないレベルだった。
続いて、得られた延伸糸を表の条件で延伸を行った。得られたアクリロニトリル系繊維の物性を表1に示す。実施例1より220℃強度及びDTAピーク温度が下がるものの、問題のないレベルであった。
【0069】
[実施例4]
紡糸原液の濃度を変更した以外は、実施例1と同様に紡糸を行った。続いて表の条件で延伸を行った。延伸性は若干低下したものの、得られたアクリロニトリル系繊維の物性は高温での力学特性に優れたものであった。
【0070】
[実施例5]
延伸条件を表の通りに変更した以外は実施例1と同様に紡糸、延伸を行った。アクリロニトリル系繊維は高温での力学特性が実施例1と比べて若干低下するものの、問題ないレベルであった。
【0071】
[実施例6]
延伸倍率を変更した以外は実施例1と同様に紡糸、延伸を行った。アクリロニトリル系繊維は、配向パラメーターが若干低下するものの、高温での力学特性は良好であった。
【0072】
[実施例7]
凝固浴温度を−25℃に変更した以外は実施例1と同様に紡糸、延伸を行った。得られたアクリロニトリル系繊維は若干繊維間に癒着が見られたが、問題のないレベルであった。また、高温での力学特性、繊維物性は問題ないレベルであった。
【0073】
[実施例8]
アクリロニトリル99.5モル%、イタコン酸0.5モル%を水中でアゾビスイソブチロニトリルを重合開始剤、ポリビニルアルコールを安定剤として加え重合し、ポリアクリロニトリル系共重合体を得た。紡糸溶媒にジメチルホルムアミド、凝固浴にプロパノールを用いた以外は実施例1と同様に紡糸原液を作成し、紡糸、延伸を行った。得られたアクリロニトリル系繊維の物性は表1に示すとおりであり、高温での力学特性は問題ないレベルであった。
【0074】
[実施例9]
延伸条件を表の通りに変更した以外は実施例1と同様に紡糸、延伸を行った。得られたアクリロニトリル系繊維は高温での力学特性に優れたものであった。
【0075】
[実施例10]
アクリロニトリル99.8モル%、イタコン酸0.2モル%を水中でアゾビスイソブチロニトリルを重合開始剤、ポリビニルアルコールを安定剤として加え重合し、表1の重量平均分子量のポリアクリロニトリル系共重合体を得た。若干収率が低いものの問題なく重合体を得ることができた。続いて実施例1と同様に紡糸溶媒に該重合体を溶解し、紡糸原液を作成し、紡糸、延伸を行った。得られたアクリロニトリル系繊維の物性は表に示すとおりであり、高温での力学特性に優れたものであった。
【0076】
[実施例11]
実施例1と同様に作成した紡糸原液にアンモニアガスをpHが8.5になるまで吹き込むことにより、イタコン酸を中和しつつ、アンモニウム基を重合体に導入し紡糸原液を得た以外は、実施例1と同様に紡糸、延伸を行った。
得られたアクリロニトリル系繊維の物性は表に示すとおりであり、高温での力学特性に優れたものであった。
【0077】
[実施例12]
アクリロニトリル95.0モル%、アクリル酸メチル4.0モル%、メタクリル酸メチル1.0モル%を水中でアゾビスイソブチロニトリルを重合開始剤、ポリビニルアルコールを安定剤として加え重合し、ポリアクリロニトリル系共重合体を得た。紡糸溶媒にジメチルホルムアミド、凝固浴にプロパノールを用いた以外は実施例1と同様に紡糸原液を作成し、紡糸を行ったところ、製糸性は非常に良好だった。続いて、延伸を行い、得られたアクリロニトリル系繊維の物性は表1に示すとおりであり、高温での力学特性は問題ないレベルであった。
【0078】
[比較例1]
共重合成分を用いず、アクリロニトリルを水中でアゾビスイソブチロニトリルを重合開始剤、ポリビニルアルコールを安定剤として加え重合し、ポリアクリロニトリル系共重合体を得た。
実施例1と同様に紡糸溶媒に溶解したが、溶解性に若干問題があった。得られた紡糸原液を用いて紡糸、延伸を行った。得られた延伸糸は高温での力学特性には優れていたが、DTAピークが高いものとなった。
続いて、得られたアクリロニトリル系繊維を実施例1と同様に耐炎化処理を行った後に炭化処理を行った。耐炎化の進行が遅く、得られた炭化糸の品位が落ちる結果となった。
【0079】
[比較例2]
表に示す条件で、ホットチューブで2段延伸した以外は実施例1と同様に紡糸、延伸を行った。得られたポリアクリロニトリル系繊維は高温での力学特性が低いものとなった。
【0080】
[比較例3]
表に示す通り、延伸倍率を変更した以外は実施例1と同様に紡糸、延伸を行った。得られたポリアクリロニトリル系繊維は高温での力学特性が低いものとなった。
【0081】
[比較例4]
表に示すとおり凝固浴温度を変えた以外には実施例1と同様に紡糸を行った。糸の凝集が遅く、単糸間に接着が見られた。表の条件で延伸を行ったが、得られた延伸糸の物性は表に示すとおりであり、高温での力学特性が低い値となった。
【0082】
[比較例5]
2段目の延伸温度、倍率を変更した以外は実施例1と同様に紡糸、延伸を行った。得られたポリアクリロニトリル系繊維は高温での力学特性が低いものとなった。
【0083】
[比較例6]
重量平均分子量150万のポリアクリロニトリル系共重合体を用い、紡糸原液濃度を7%にした以外は、実施例1と同様に紡糸を行った。曳糸性は問題のないレベルだった。続いて、表の条件で延伸を行った。延伸性は実施例1に比べて低いものであり、得られたポリアクリロニトリル系繊維は高温での力学特性が低いものとなった。
【0084】
[実施例13]
実施例1で得られたポリアクリロニトリル系繊維を10本束ねてかせを作成した。それに荷重をつけて、240℃に加熱したオーブン中で240分熱処理を行い、耐炎化処理を実施した。荷重を0.03cN/dtex刻みに上げていったところ、0.42cN/dtexの荷重まで糸切れせずに耐炎化処理を行うことができた。得られた耐炎糸の弾性率は110cN/dtexであり弾性率は高いものとなった。
【0085】
[比較例7]
比較例2で得られたポリアクリロニトリル系繊維を10本束ねてかせを作成し、実施例10と同様に耐炎化を実施した。荷重を0.03cN/dtex刻みに上げていったところ、0.27cN/dtexの荷重まで糸切れせずに耐炎化処理を行うことができた。得られた耐炎糸の弾性率は99cN/dtexであり、実施例11より低いものとなった。
【0086】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量平均分子量200万以上かつアクリロニトリル成分が85モル%以上、99.9モル%以下であるアクリロニトリル系共重合体で構成され、220℃での強度が1.1cN/dtex以上であることを特徴とするポリアクリロニトリル系繊維。
【請求項2】
ラマン測定で得られる配向パラメーターが3.0以上であることを特徴とする請求項1記載のポリアクリロニトリル系繊維。
A.配向パラメーター=R(平行)/R(垂直)
B.R=I1450/I2240
C.I1450:平行あるいは垂直偏光スペクトルにおける1450cm−1付近のCH変角振動モードのラマンバンド強度のラマンバンド強度
D.I2240:平行あるいは垂直偏光スペクトルにおける2240cm−1付近のCN伸縮振動モードのラマンバンド強度
【請求項3】
空気中で昇温速度10℃/分で昇温した示差熱熱分析(DTA)のピーク温度が300〜340℃であることを特徴とする請求項1または2記載のポリアクリロニトリル系繊維。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項記載のポリアクリロニトリル系繊維を酸化性雰囲気下180〜300℃で耐炎化処理し、引き続き不活性雰囲気中300〜2000℃で炭化処理することを特徴とする炭素繊維。

【公開番号】特開2011−231412(P2011−231412A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−99630(P2010−99630)
【出願日】平成22年4月23日(2010.4.23)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】