説明

ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料およびそれを用いた絶縁電線、並びにコイル

【課題】従来と同等の絶縁被覆厚さを有しながら従来よりも高い部分放電開始電圧を有する絶縁電線を提供する。
【解決手段】導体1と、導体1を被覆する絶縁被覆とを有する絶縁電線10において、絶縁被覆は、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を塗布、焼き付けして形成された絶縁被膜2を有し、絶縁被膜2は、乾燥時における比誘電率、および吸湿時における比誘電率がともに3.5未満である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マグネットワイヤなどの絶縁被覆に用いられるポリエステルイミド樹脂絶縁塗料に関し、特に、耐部分放電特性が改善されたポリエステルイミド樹脂系の絶縁被膜が得られるポリエステルイミド樹脂絶縁塗料及び当該塗料で絶縁被膜を形成した絶縁電線に関する。
【背景技術】
【0002】
モータやトランスなどの電気機器のコイルに用いられる絶縁電線で、F種以上の耐熱性が要求される用途については、一般に、ジアミン成分とトリカルボン酸無水物などの酸成分とを酸が過剰な状態となるように合成して得られるイミドジカルボン酸に、架橋成分であるアルコール成分を加えて形成したポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を用いて絶縁被膜を形成した絶縁電線が用いられている。また、上述したようなポリエステルイミド樹脂絶縁塗料で形成した絶縁被膜の上に、ポリアミドイミド樹脂系の絶縁被膜、あるいは自己潤滑性を有する絶縁被膜や自己融着性を有する絶縁被膜を形成した絶縁電線なども用いられている。これらのうち、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料及び当該絶縁塗料からなる絶縁被膜を有する絶縁電線は、高い耐熱性が得られる一方でコストを比較的低く抑えられるため、広範に使用されている。
【0003】
特に、現在最も汎用的に用いられているポリエステルイミド樹脂絶縁塗料としては、イミドジカルボン酸に、トリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレート(THEIC)からなるアルコール成分を加えてなるTHEIC変性ポリエステルイミドがある。ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料は、架橋成分として三官能のアルコール成分であるグリセリンや、THEICなどが導入されることで耐熱性や耐冷媒性などを向上させることができる。
【0004】
一方、モータなどの電気機器のコイルを高効率化させるために、近年、モータなどがインバータ駆動されることが多くなっている。このようなインバータ駆動をする際、コイルに過大な電圧(インバータサージ電圧)が発生することで隣接する絶縁電線同士間などで部分放電が発生し、この部分放電によって絶縁被膜の劣化が起こり、絶縁破壊に至るケースが多くなっている。
【0005】
この部分放電による絶縁被膜の劣化を低減する方法として、例えば、特許文献1では、導体と、導体を被覆する絶縁皮膜よりなる絶縁電線であって、絶縁皮膜が、ポリエステルイミドとポリエーテルスルホンとの混合樹脂を、塗布、焼き付けして形成された絶縁層を有する絶縁電線が提案されている。特許文献1によれば、ポリエステルイミドとポリエーテルスルホンとの混合樹脂を含む樹脂組成物を、塗布、焼き付けして絶縁層を形成させることにより、コロナ放電開始電圧(部分放電開始電圧)が高い(ピーク値で940V程度、実効値で670V程度)と共に、硬さ等の機械的強度や、耐熱性に優れた絶縁電線が得られるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−277369号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
最近では、電気機器の更なる高効率化・高出力化に伴い、コイルに対して絶縁電線の占積率の向上が更に要求されるとともに、モータの駆動電圧も上昇する傾向にあるため、絶縁電線に部分放電が発生する危険性は益々高くなってきている。そのため、絶縁電線に対して絶縁被覆の厚さを従来よりも厚くすることなく、部分放電開始電圧を更に向上させて(例えば、980Vp以上の部分放電開始電圧)、絶縁電線の周囲に部分放電を発生させないようにすることが求められている。ここで、部分放電発生電圧とは、市販の部分放電試装置で測定する値である。測定温度、用いる交流電圧の周波数、測定感度等は適宜変更するものであるが、上記の値は、25℃、50Hz、10pCにて測定して、部分放電が発生した電圧のピーク値である。
【0008】
特許文献1に記載されている従来の絶縁電線では、部分放電開始電圧が十分でなく、また、絶縁層の厚さを厚くすることによって部分放電開始電圧を高くすることができると考えられるが、絶縁被覆全体の厚さも厚くなることになるため、占積率の向上を妨げる要因となる。
【0009】
従って、本発明の目的は、上記の課題を解決し、従来と同等の絶縁被覆厚さを有しながら従来よりも高い部分放電開始電圧を有する絶縁被覆を形成しうるポリエステルイミド樹脂絶縁塗料、および当該絶縁塗料を塗布、焼き付けして形成した絶縁被膜を含む絶縁被覆を備える絶縁電線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記目的を達成するため、導体と、前記導体を被覆する絶縁被覆とを有する絶縁電線において、前記絶縁被覆は、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を塗布、焼き付けして形成された絶縁被膜を有し、前記絶縁被膜は、乾燥時における比誘電率、および吸湿時における比誘電率がともに3.5未満であることを特徴とする絶縁電線を提供する。
【0011】
本発明は、上記目的を達成するため、上記の本発明に係る絶縁電線において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(1)前記絶縁被膜は、3つ以上の芳香環を有する芳香族ジアミンを含むジアミン成分、および芳香族トリカルボン酸無水物を含む酸成分を合成して得られるイミドジカルボン酸と、アルコール成分とからなるポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を塗布、焼き付けして形成されている。
(2)前記3つ以上の芳香環を有する芳香族ジアミンは、ジアミン成分中に30〜100モル%の割合で含まれている。
(3)前記3つ以上の芳香環を有する芳香族ジアミンは、2,2−ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]プロパン、ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]スルホン、ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]エーテル、フルオレンジアミン、4,4’−ビス(4−アミノフェノキシ)ビフェニル、1,4−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼンから選ばれる1種以上からなる。
(4)前記絶縁被覆は、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエステルイミド樹脂、H種ポリエステル樹脂から選ばれる1種以上の樹脂を主体とする樹脂層をさらに有する。
【0012】
また、本発明は、上記目的を達成するため、導体上に塗布し、焼き付けられて形成された絶縁被膜を有する絶縁電線に使用するポリエステルイミド樹脂絶縁塗料において、塗布、焼き付けにより形成された前記絶縁被膜の乾燥時における比誘電率、および吸湿時における比誘電率がともに3.5未満であることを特徴とするポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を提供する。
【0013】
また、本発明は、上記目的を達成するため、上記の本発明に係るポリエステルイミド樹脂絶縁塗料において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(1)3つ以上の芳香環を有する芳香族ジアミンを含むジアミン成分、および芳香族トリカルボン酸無水物を含む酸成分を合成して得られるイミドジカルボン酸と、アルコール成分とからなる。
(2)前記3つ以上の芳香環を有する芳香族ジアミンは、ジアミン成分中に30〜100モル%の割合で含まれている。
(3)前記3つ以上の芳香環を有する芳香族ジアミンは、2,2−ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]プロパン、ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]スルホン、ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]エーテル、フルオレンジアミン、4,4’−ビス(4−アミノフェノキシ)ビフェニル、1,4−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼンから選ばれる1種以上からなる。
【0014】
また、本発明は、上記目的を達成するため、上記の本発明の絶縁電線を用いて成形されてなることを特徴とするコイルを提供する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、従来と同等の絶縁被覆厚さを有しながら従来よりも高い部分放電開始電圧を有する絶縁被覆を形成しうるポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を提供することができる。また、本発明によれば、当該絶縁塗料を塗布、焼き付けして形成した絶縁被膜を含む絶縁被覆を備え、従来と同等の絶縁被覆厚さを有しながら従来よりも高い部分放電開始電圧を有する絶縁電線を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施の形態に係る絶縁電線の一例の断面図である。
【図2】本発明の実施の形態に係る絶縁電線の一例の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、本発明を実施するための形態について、図や実施例によって説明するが、本発明の範囲は、ここで取り上げた形態や実施例のみに限定されるものではなく、本発明の趣旨を変更しない範囲で、種々の変更や改良が可能である。
【0018】
[ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料]
本発明のポリエステルイミド樹脂絶縁塗料は、導体上に塗布し、焼き付けられて形成された絶縁被膜を有する絶縁電線に使用するポリエステルイミド樹脂絶縁塗料であり、塗布、焼き付けにより形成された絶縁被膜の乾燥時における比誘電率、および吸湿時における比誘電率がともに3.5未満である。このようなポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を塗布、焼き付けして絶縁被膜を形成した絶縁被膜を有することにより、絶縁被覆の厚さを従来よりも厚くすることなく、部分放電開始電圧を更に向上させて(例えば、980Vp以上の部分放電開始電圧)、部分放電を発生させないようにすることができる。すなわち、従来と同等の絶縁被覆厚さを有しながら従来よりも高い部分放電開始電圧を有する絶縁電線を提供することができる。なお、上述した場合に加えて、絶縁被膜の吸湿時における比誘電率(ε1)と乾燥時における比誘電率(ε2)との差の割合が2%未満((ε1−ε2)/(ε1)×100<2.0[%])であることにより、高い部分放電開始電圧をより効果的に得ることができる。
【0019】
このような絶縁被膜が得られるポリエステルイミド樹脂絶縁塗料としては、例えば、3つ以上の芳香環を有する芳香族ジアミンを含むジアミン成分、およびトリカルボン酸無水物を含む酸成分を合成して得られるイミドジカルボン酸と、アルコール成分とを反応させてエステル化してなるものが挙げられる。また、ジアミン成分、酸成分、アルコール成分などの原料を一括して投入してイミドジカルボン酸と、アルコール成分との反応を行う方法も挙げられる。なお、イミド化成分以外のポリエステル成分を予め反応させたのち、イミド酸成分を添加してイミド化する方法もあるが、この方法で得られたポリエステルイミド樹脂絶縁塗料では、耐熱性を維持したままで乾燥時および吸湿時の比誘電率がともに3.5未満である絶縁被膜を得られにくい場合がある。
【0020】
(ジアミン成分)
ジアミン成分としては、耐熱性を維持しつつ、絶縁被膜の乾燥時における比誘電率および吸湿時における比誘電率を低下させるために、3つ以上の芳香環を有する芳香族ジアミンを含むジアミン成分を用いる。3つ以上の芳香環を有する芳香族ジアミンとしては、2,2−ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]プロパン(BAPP)、ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]スルホン(BAPS)、ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]エーテル(BAPE)、フルオレンジアミン(FDA)、4,4’−ビス(4−アミノフェノキシ)ビフェニル(BAPB)、1,4−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼン等があり、これらの異性体も含まれる。これらの芳香族ジアミンを1種以上用いることができる。
【0021】
また、ジアミン成分には、3つ以上の芳香環を有する芳香族ジアミンとともに、4,4’−ジアミノジフェニルメタン(DAM)や4,4’−ジアミノジフェニルエーテル(DDE)などの芳香族ジアミンが併用できるが、特にこれらの芳香族ジアミンに限定されない。また、脂環構造を有する原料を併用すると比誘電率の低減や樹脂組成物の透明性向上に効果が期待されるため、耐熱性の低下を招くおそれのない範囲で配合量や化学構造を適宜調整し、併用しても良い。
【0022】
なお、3つ以上の芳香環を有する芳香族ジアミンは、ジアミン成分中に30〜100モル%の割合で含まれていることが好ましい。
【0023】
(酸成分)
酸成分としては、トリメリット酸無水物(TMA)、3,4,4’−ベンゾフェノントリカルボン酸無水物、3,4,4’−ビフェニルトリカルボン酸無水物などのトリカルボン酸無水物を必須に含む酸成分からなる。そのうち、トリメリット酸無水物が好ましい。
【0024】
また、酸成分には、トリカルボン酸無水物とともに、テトラカルボン酸二無水物を併用することもできる。テトラカルボン酸二無水物としては、ピロメリット酸二無水物(PMDA)、3,3’,4,4’−ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物(BTDA)、3,3’,4,4’−ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物(DSDA)、4,4’−オキシジフタル酸二無水物(ODPA)、3,3’,4,4’−ビフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物等の芳香族テトラカルボン酸二無水物が挙げられる。
【0025】
また、必要に応じて、ブタンテトラカルボン酸二無水物や5−(2,5−ジオキソテトラヒドロ−3−フラニル)−3−メチル−3−シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸無水物等の脂環式テトラカルボン酸二無水物、或いは上記例示した芳香族テトラカルボン酸二無水物を水添した脂環式テトラカルボン酸二無水物等を、トリカルボン酸無水物と併用しても良い。但し、この場合、末端がジカルボン酸となるように、モル比の調整が必要である。
【0026】
また、トリカルボン酸無水物とともに、ジカルボン酸を併用してもよい。このジカルボン酸としては、例えば、テレフタル酸(TPA)、イソフタル酸、ナフタレンジカルボン酸等の芳香族ジカルボン酸、またはそれらのアルキルエステルであるジメチルテレフタレート(DMT)、ジメチルイソフタレート等を用いることができる。そのうち、ジメチルテレフタレートが好ましい。なお、場合によってはシック酸などのイソシアヌレート環を有するトリカルボン酸やトリメシン酸などの芳香族トリカルボン酸などを使用しても良い。
【0027】
(アルコール成分)
アルコール成分としては、多価アルコールが好ましく、例えば、エチレングリコール(EG)、ネオペンチルグリコール、1,4−ブタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、1,6−シクロヘキサンジメタノール等の2価アルコール、グリセリン(G)、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール等の3価以上のアルコール、イソシアヌレート環を有するアルコール等が挙げられる。イソシアヌレート環を有するアルコールとしては、トリス(ヒドロキシメチル)イソシアヌレート、トリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレート(THEIC)、トリス(3−ヒドロキシプロピル)イソシアヌレート等が挙げられる。
【0028】
[ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料の合成方法]
ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料は、分子中にエステル結合とイミド結合を有する樹脂であり、アルコールとイミドジカルボン酸との反応から形成される。その酸成分とジアミン成分から形成されるイミドジカルボン酸を、一部または適した量のアルコール成分を用いてエステル化したものがポリエステルイミド樹脂である。
【0029】
ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料の合成方法は、例えば、2,2−ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]プロパン(BAPP)などからなる3つ以上の芳香環を有する芳香族ジアミンを含むジアミン成分と、トリメリット酸無水物(TMA)などからなるトリカルボン酸無水物を含む酸成分とを反応させることにより、イミドジカルボン酸を得る。この得られたイミドジカルボン酸に、トリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレート(THEIC)やエチレングリコール(EG)などからなるアルコール成分を反応させてエステル化することで、本発明のポリエステルイミド樹脂絶縁塗料が得られる。
【0030】
なお、イミドジカルボン酸とアルコール成分との合成反応は、ジアミン成分と酸成分とを一旦、反応させる第1反応工程の後、第2反応工程として第1反応工程で得られたイミドジカルボン酸にアルコール成分を加えて反応させる方法、或いは、攪拌機、還流冷却管、窒素流入管、温度計を備えたフラスコに、ジアミン成分、酸成分、およびアルコール成分の各成分を一度に投入してジアミン成分および酸成分からなるイミドジカルボン酸とアルコール成分とを反応させる方法がある。
【0031】
また、イミドジカルボン酸とアルコール成分とを反応させる際には、絶縁被覆の諸特性のバランスを考慮して、アルコール成分と酸成分のモル比率(OH/COOH)が、1.2〜2.5にすることが望ましく、1.5〜2.3にすることがなお望ましい。
【0032】
また、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料の合成反応時において、合成系内の制御が容易という点からクレゾールなどのフェノール類からなる有機溶剤や、プロピレンカーボネートとフェノール類との混合溶剤などの有機溶剤の存在下で合成することが好ましい。また必要に応じ、芳香族アルキルベンゼン類で希釈しても良い。このような合成で得られるポリエステルイミド樹脂絶縁塗料は、合成系内の制御が容易であるため、ポリエステルイミド樹脂の溶解性が良く、安定した特性を有する。そして、このようなポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を用いて形成された絶縁皮膜は、上述したような規定範囲内の比誘電率を安定して有することができるため、所望の部分放電開始電圧を再現性よく得られる。
【0033】
また、可とう性や耐摩耗性等の諸特性の改善のために、フェノール樹脂やキシレン樹脂、ブロックイソシアネート、また場合によっては、密着性向上などの目的で、銅導体との錯体を形成するSやNが含まれるチオール化合物やメラミン、テトラゾールなどを必要に応じて添加しても良い。
【0034】
また、イミドジカルボン酸とアルコール成分とを反応させる際に、必要に応じて硬化触媒や有機酸金属塩を用いても良い。硬化触媒としては、テトラブチルチタネート(TBT)、テトラプロピルチタネート(TPT)及びその重合体等のチタン系アルコキシドが好ましく用いられる。チタン以外の金属アルコキシドでもよい。有機酸金属塩としては、マンガン系、亜鉛系などを諸特性改善のため用いても良い。
【0035】
さらに、本発明の目的が阻害されない範囲で、顔料、染料、無機又は有機のフィラー、潤滑剤、酸化防止剤、レべリング剤等の各種添加剤が含有されていてもよい。
【0036】
[絶縁電線]
本発明の絶縁電線は、図1、図2に示すように導体1上に、又は導体上に形成された他の樹脂層上に、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を塗布、焼き付けしてなる絶縁被膜2が形成された絶縁被覆を有する絶縁電線10であり、この絶縁被膜2が、乾燥時における比誘電率、および吸湿時における比誘電率がともに3.5未満である。好ましくは、絶縁被膜2の吸湿時における比誘電率(ε1)と乾燥時における比誘電率(ε2)との差の割合が2%未満((ε1−ε2)/(ε1)×100<2.0[%])であるとよい。
【0037】
ここで、比誘電率とは、絶縁電線の表面に金属電極を蒸着し、導体と金属電極との間の静電容量を、市販のインピーダンスアナライザを用いて測定(周波数:1kHz)し、測定して得られた静電容量(C)、金属電極の長さ(L)、絶縁電線の外径(D)、導体の外径(d)、および真空の誘電率(ε0)から下記式(1)により算出して得られるものである。
εs=(C/2πε0)×ln(D/d)×(1/L) ・・・ (式1)
また、乾燥時における比誘電率とは、絶縁電線を温度100℃の恒温槽中に50時間放置した後、その恒温槽内で上述した測定方法により測定した静電容量に基づいて算出して得られる比誘電率であり、吸湿時における比誘電率は、温度25℃、湿度50%RHの恒温恒湿槽中に50時間放置した後、その恒温恒湿槽内で上述した測定方法により測定した静電容量に基づいて算出して得られる比誘電率である。
【0038】
本発明の絶縁電線において、導体1としては、低酸素銅や無酸素銅等からなる銅線、銅合金線の他、銀等の他の金属線等も用いられる。また、導体1の断面形状は、特に限定されないが、例えば図1、図2に示されるような円形状、四角形状(4隅が湾曲したものも含む)からなる断面形状を有するものが用いられる。
【0039】
絶縁被覆としては、絶縁被膜2の下層、又は上層に、他の樹脂層を有してもよい。例えば、導体1と絶縁被膜2との密着性の改善や、絶縁被覆の表面の潤滑性の改善等を目的として、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエステルイミド樹脂、H種ポリエステル樹脂から選ばれる1種以上の樹脂を主体とする樹脂層を絶縁被膜2の下層、又は上層に設けてもよい。
【実施例】
【0040】
[ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料の調製]
実施例、及び比較例に係る絶縁電線を作製するにあたり、以下に示す方法によって、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を調製した。
【0041】
攪拌機、還流冷却管、窒素流入管、温度計を備えたフラスコに実施例1〜6、及び比較例1、2に示す原料及び溶剤を一度に投入し、窒素雰囲気中で攪拌しながら約1時間で170℃昇温し3時間反応させ、その後220℃に更に昇温し8時間反応させた。この樹脂溶液を適宜希釈し、硬化剤(TBT)及びフェノール樹脂を添加し、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を作製した。
【0042】
[絶縁電線の作製]
実施例1〜実施例6、および比較例1、2に係る絶縁電線は、上述の調製で得られたポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を、0.8mmの銅導体上に塗布、焼付けして絶縁被膜を形成することにより得た。
【0043】
(実施例1)
ジアミン成分として136.2gの4,4’−ビス(4−アミノフェノキシ)ビフェニル(BAPB)と、酸成分として95.1gのジメチルテレフタレート(DMT)、および142.1gのトリメリット酸無水物(TMA)と、アルコール成分として156.6gのトリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレート(THEIC)、および49.6gのエチレングリコール(EG)を投入し、合成を行い、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を得た。このポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を0.8mmの銅導体上に塗布、焼付けして厚さ45μmの絶縁被膜を形成することにより絶縁電線を得た。
【0044】
(実施例2)
ジアミン成分として142.1gのビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]エーテル(BAPE)と酸成分として95.1gのDMT、および142.1gのTMAと、アルコール成分として156.6gのTHEIC、および49.6gのEGを投入し、合成を行い、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を得た。このポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を0.8mmの銅導体上に塗布、焼付けして厚さ45μmの絶縁被膜を形成することにより絶縁電線を得た。
【0045】
(実施例3)
ジアミン成分として99.8gのBAPEと、酸成分として133.9gのDMT、および99.8gのTMAと、アルコール成分として156.6gのTHEIC、および57.7gのEGを投入し、合成を行い、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を得た。このポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を0.8mmの銅導体上に塗布、焼付けして厚さ46μmの絶縁被膜を形成することにより絶縁電線を得た。
【0046】
(実施例4)
ジアミン成分として176.6gのBAPEと、酸成分として58.2gのDMT、および176.6gのTMAと、アルコール成分として112.2gのTHEIC、および55.2gのEGを投入し、合成を行い、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を得た。このポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を0.8mmの銅導体上に塗布、焼付けして厚さ45μmの絶縁被膜を形成することにより絶縁電線を得た。
【0047】
(実施例5)
ジアミン成分として151.7gの2,2−ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]プロパン(BAPP)と、酸成分として95.1gのDMT、および142.1gのTMAと、アルコール成分として156.6gのTHEIC、および49.6gのEGを投入し、合成を行い、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を得た。このポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を0.8mmの銅導体上に塗布、焼付けして厚さ46μmの絶縁被膜を形成することにより絶縁電線を得た。
【0048】
(実施例6)
ジアミン成分として241.9gのBAPPと、酸成分として75.7gのDMT、113.3gのTMA、および91.5gの4,4’−オキシジフタル酸二無水物(ODPA)と、アルコール成分として52.2gのTHEIC、26.7gのグリセリン(G)、および39.7gのEGを投入し、合成を行い、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を得た。このポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を0.8mmの銅導体上に塗布、焼付けして厚さ45μmの絶縁被膜を形成することにより絶縁電線を得た。
【0049】
(比較例1)
ジアミン成分として73.3gの4,4’−ジアミノジフェニルメタン(DAM)と、酸成分として108.6gのDMT、および142.1gのTMAと、アルコール成分として174.9gのTHEIC、および41.5gのEGを投入し、合成を行い、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を得た。このポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を0.8mmの銅導体上に塗布、焼付けして厚さ46μmの絶縁被膜を形成することにより絶縁電線を得た。
【0050】
(比較例2)
ジアミン成分として51.5gのDAMと、酸成分として133.9gのDMT、および99.8gのTMAと、アルコール成分として156.6gのTHEIC、および58.3gのEGを投入し、合成を行い、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を得た。このポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を0.8mmの銅導体上に塗布、焼付けして厚さ45μmの絶縁被膜を形成することにより絶縁電線を得た。
【0051】
実施例1〜6、および比較例1、2におけるポリエステルイミド樹脂絶縁塗料の原料組成、並びに絶縁電線の特性について、表1に示す。
【0052】
なお、絶縁電線の一般特性(寸法、可とう性、耐摩耗性、耐熱性、耐軟化温度)については、JIS C 3003に準拠した方法で測定した。
【0053】
(部分放電開始電圧の測定方法)
また、部分放電開始電圧は、得られた絶縁電線を温度25℃、湿度50%RHの恒温恒湿槽中に配置し、50時間放置した後、市販の部分放電試装置を用いて温度25℃ 、周波数50Hz 、検出感度10pCの測定条件で、部分放電が発生した電圧のピーク値を測定した。
【0054】
(比誘電率の測定方法)
また、乾燥時における比誘電率(εs)は、得られた絶縁電線を温度100℃の恒温槽中に50時間放置した後、その恒温槽内で絶縁電線の表面に金属電極を蒸着し、導体と金属電極との間の静電容量を、市販のインピーダンスアナライザを用いて測定(周波数:1kHz)し、測定して得られた静電容量(C)、金属電極の長さ(L)、絶縁電線の外径(D)、導体の外径(d)、および真空の誘電率(ε0)から下記式(1)により算出した。
εs=(C/2πε0)×ln(D/d)×(1/L) ・・・ (式1)
また、吸湿時における比誘電率(εs)は、温度25℃、湿度50%RHの恒温恒湿槽中に50時間放置した後、その恒温恒湿槽内で乾燥時における比誘電率と同様の測定方法により静電容量を測定し、測定して得られた静電容量(C)、金属電極の長さ(L)、絶縁電線の外径(D)、導体の外径(d)、および真空の誘電率(ε0)から下記式(1)により算出した。
εs=(C/2πε0)×ln(D/d)×(1/L) ・・・ (式1)
【0055】
【表1】

【0056】
絶縁被膜の乾燥時における比誘電率、および吸湿時における比誘電率がともに3.5未満である実施例1〜6の絶縁電線では、表1に示す結果から明らかなように、いずれも従来と同等の絶縁被覆厚さで、980Vp以上の高い部分放電開始電圧を有していることが判る。また、実施例1〜6の絶縁電線では、従来の絶縁電線と同等レベルの一般特性を有していた。一方、絶縁被膜の乾燥時における比誘電率、および吸湿時における比誘電率がともに3.5以上である比較例1、2の絶縁電線では、いずれも従来と同等の絶縁被覆厚さで部分放電開始電圧が低い(980Vp以上の高い部分放電開始電圧が得られない)ことが判る。
【符号の説明】
【0057】
1 導体
2 絶縁被膜
10 絶縁電線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、前記導体を被覆する絶縁被覆とを有する絶縁電線において、前記絶縁被覆は、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を塗布、焼き付けして形成された絶縁被膜を有し、前記絶縁被膜は、乾燥時における比誘電率、および吸湿時における比誘電率がともに3.5未満であることを特徴とする絶縁電線。
【請求項2】
前記絶縁被膜は、3つ以上の芳香環を有する芳香族ジアミンを含むジアミン成分、および芳香族トリカルボン酸無水物を含む酸成分を合成して得られるイミドジカルボン酸と、アルコール成分とからなるポリエステルイミド樹脂絶縁塗料を塗布、焼き付けして形成されている請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項3】
前記3つ以上の芳香環を有する芳香族ジアミンは、ジアミン成分中に30〜100モル%の割合で含まれている請求項2に記載の絶縁電線。
【請求項4】
前記3つ以上の芳香環を有する芳香族ジアミンは、2,2−ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]プロパン、ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]スルホン、ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]エーテル、フルオレンジアミン、4,4’−ビス(4−アミノフェノキシ)ビフェニル、1,4−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼンから選ばれる1種以上からなる請求項2又は3に記載の絶縁電線。
【請求項5】
前記絶縁被覆は、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエステルイミド樹脂、H種ポリエステル樹脂から選ばれる1種以上の樹脂を主体とする樹脂層をさらに有する請求項1〜4のいずれかに記載の絶縁電線。
【請求項6】
導体上に塗布し、焼き付けられて形成された絶縁被膜を有する絶縁電線に使用するポリエステルイミド樹脂絶縁塗料において、塗布、焼き付けにより形成された前記絶縁被膜の乾燥時における比誘電率、および吸湿時における被誘電率がともに3.5未満であることを特徴とするポリエステルイミド樹脂絶縁塗料。
【請求項7】
3つ以上の芳香環を有する芳香族ジアミンを含むジアミン成分、および芳香族トリカルボン酸無水物を含む酸成分を合成して得られるイミドジカルボン酸と、アルコール成分とからなる請求項6に記載のポリエステルイミド樹脂絶縁塗料。
【請求項8】
前記3つ以上の芳香環を有する芳香族ジアミンは、ジアミン成分中に30〜100モル%の割合で含まれている請求項7に記載のポリエステルイミド樹脂絶縁塗料。
【請求項9】
前記3つ以上の芳香環を有する芳香族ジアミンは、2,2−ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]プロパン、ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]スルホン、ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]エーテル、フルオレンジアミン、4,4’−ビス(4−アミノフェノキシ)ビフェニル、1,4−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼンから選ばれる1種以上からなる請求項7又は8に記載のポリエステルイミド樹脂絶縁塗料。
【請求項10】
請求項1〜5のいずれかに記載の絶縁電線を用いて成形されてなることを特徴とするコイル。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−69514(P2012−69514A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−179304(P2011−179304)
【出願日】平成23年8月19日(2011.8.19)
【出願人】(591039997)日立マグネットワイヤ株式会社 (63)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】