説明

ポリエステル糸の難燃化改質方法

【課題】 本発明は、電子線照射によって、ポリエステル糸に確実にリン化合物を固着させ、生産性に優れ、耐久性のあるポリエステル糸の難燃化改質方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 本発明者らは、チーズに巻かれたポリエステル糸を乳化剤とリンを含有するラジカル重合性化合物を含む処理液に浸漬し加熱することによって、ポリエステル糸の内部にラジカル重合性化合物を吸尽させ、その後電子線照射することによって、難燃性能に優れたポリエステル糸を効率よく得られることを見出し本発明に到達した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエステル糸に電子線を照射することにより、リン化合物をポリエステルに固着させ、ポリエステル糸の難燃化を行なう技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
繊維の改質をおこなう技術は、古くから多く提案されており、その中の一方法としてグラフト重合反応を起こさせる方法がある。特許文献1では、ポリエステルー綿混紡素材に対して放射線を照射した後、ラジカル重合性リン含有化合物を付与するポリエステル−綿混紡素材を開示している。
【0003】
また、特許文献2では、予め繊維素材に対して放射線を照射した後に、リンを含有するラジカル重合性を有する難燃剤とラジカル重合性を有しないリン含有化合物とを含有する難燃加工剤を付与する難燃加工方法(前照射法)、あるいは、前記難燃加工剤を水溶液形態で付与した後に放射線を照射する難燃加工方法(後照射法)が開示されている。
【特許文献1】特開2006−183166号公報
【特許文献2】特開2009−30188号公報
【0004】
しかしながら、これらの技術を、ポリエステル糸にあてはめた場合、いずれも十分な難燃性を得ることができなかった。特に難燃試験のうちでも難易度の高い垂直燃焼試験に合格することは難しかった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、かかる技術的背景に鑑みてなされたものであって、電子線照射によって、ポリエステル糸に確実にリン化合物を固着させ、生産性に優れ、耐久性のあるポリエステル糸の難燃化改質方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、このような課題を解決するために鋭意検討の結果、チーズに巻かれたポリエステル糸を乳化剤とリンを含有するラジカル重合性化合物を含む処理液に浸漬し加熱することによって、ポリエステル糸の内部にラジカル重合性化合物を吸尽させ、その後電子線照射することによって、難燃性能に優れたポリエステル糸を効率よく得られることを見出し本発明に到達した。前記目的を達成するために、本発明は以下の手段を提供する。
【0007】
[1]ポリエステル糸をチーズボビンにソフト巻きする工程と、前記ソフト巻きされたポリエステル糸を乳化剤とリンを含有するラジカル重合性化合物を含む処理液に浸漬する工程と、前記処理液に浸漬したポリエステル糸を加熱処理する工程と、前記ポリエステル糸に電子線照射を行いポリエステル糸の少なくとも一部にラジカル重合性化合物を固着する工程と、前記ポリエステル糸を洗浄・乾燥する工程とを含むことを特徴とするポリエステル糸の難燃化改質方法。
【0008】
[2]前記電子線照射を行ってから洗浄までの間は、不活性雰囲気で行うことを特徴とする前項1に記載のポリエステル糸の難燃化改質方法。
【発明の効果】
【0009】
[1]の発明では、チーズに巻かれたポリエステル糸を乳化剤とリンを含有するラジカル重合性化合物とを含む処理液に浸漬し加熱処理することによってラジカル重合性化合物をポリエステル糸の内部にまで吸尽させることができる。その状態で電子線照射を行うことによって、ポリエステル糸の表面から内部にかけて活性種を生成させ、ラジカル重合性化合物をしっかりと固着できるため、耐久性のある優れた難燃性能のあるポリエステル糸を効率よく加工することができる。さらにその後、該ポリエステル糸を洗浄・乾燥する工程を含んでいるので、繊維表面に付着している余分なラジカル重合性化合物や生成物が取り除かれて、繊維が本来持っている風合いを維持する難燃性ポリエステル糸を得ることができる。
【0010】
[2]の発明では、電子線照射を行ってから洗浄までの工程は、不活性雰囲気で行うことで、電子線照射によって生成した活性種の失活が起こりにくくなり、また活性種の揮散も防がれて、ラジカル重合性化合物をしっかりと固着した糸とすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明に係るポリエステル糸の難燃化改質方法は、チーズに巻かれたポリエステル糸を、乳化剤と、リンを含有するラジカル重合性化合物を含む処理液に浸漬し加熱処理することによって、ラジカル重合性化合物をポリエステル糸の内部にまで吸尽させ、その後電子線照射を行うことによって、ポリエステル糸の表面から内部にかけて活性種を生成してリンを含有するラジカル重合性化合物を固着することを特徴とする。
【0012】
チーズへのポリエステル糸の巻き方は、特に限定しないが、電子線照射の透過距離がチーズに巻かれた糸の見かけ比重に関係することから、一般にソフト巻きといわれる柔らかな巻き方が好ましい。チーズ密度としては0.4〜0.6g/cmが好ましく、0.6g/cmを超えると電子線照射の透過距離が少なくなり、チーズに巻く糸量を少なくしなければならず非効率となる。また、0.4g/cmを下回っても、チーズの体積ばかり大きくなって、糸の加工には非効率となる。
【0013】
糸をチーズに巻くとき、チーズボビンに巻きつけてチーズを形成するが、チーズボビンは、チーズ染色を行うときに使用する公知のものでよく、チーズボビンの内側から巻かれた糸層内を、処理液や水、乾燥気体等がチーズの表層の糸まで均一に通過し、あるいはチーズボビンに巻かれた糸層の外側からチーズボビンの内側に処理液や水、乾燥気体等が通過する構造のものであればよい。
【0014】
本発明は、ポリエステル糸に電子線照射を行い、活性種を発現させラジカル重合性化合物を固着させるもので、ラジカル重合性化合物としては、糸に難燃性を付与する場合、リン原子を含有しかつラジカル重合性基を含有する構造を有するものがよく、一般式(化1)で表されるビニルホスフェート化合物が好ましく用いられる。
【0015】
【化1】

【0016】
一般式(化1)中、R、Rは、水素原子またはメチル基を表し、Rはメチル基、Rは水素原子が好ましい。Rは水素原子が好ましい。nは1〜3、mは1〜6の整数を表す。一般式(化1)で表されるビニルホスフェート化合物のうち、水溶液として難燃加工を行うには、nは1または2のものが好ましい。
【0017】
一般式(化1)のビニルホスフェート化合物としては、例えば、モノ(2−アクリロイルオキシエチル)ホスフェート、モノ(2−メタクリロイルオキシエチル)ホスフェート、ビス(2−アクリロイルオキシエチル)ホスフェート、ビス(2−メタクリロイルオキシエチル)ホスフェート、ジエチル−(2−アクリロイルオキシエチル)ホスフェート、ジエチル−(2−メタクリロイルオキシエチル)ホスフェート、ジフェニル−(2−アクリロイルオキシエチル)ホスフェート、ジフェニル−(2−メタクリロイルオキシエチル)ホスフェート、ポリアルキレングリコール−(2−アクリロイルオキシエチル)ホスフェート、ポリアルキレングリコール(2−メタクリロイルオキシエチル)ホスフェート等を挙げることができる。
【0018】
乳化剤としては特に限定されないが、例えばポリオキシアルキレンアルキルエーテル、ポリオキシアルキレンアルキルフェニルエーテル、高級アルコール硫酸エステル塩、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル硫酸塩、アルキルスルホネート、ポリオキシエチレンヒマシ油等を挙げることができる。中でもポリオキシアルキレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンヒマシ油を好適に用いることができる。
【0019】
ポリエステル糸を乳化剤とリンを含有するラジカル重合性化合物を含む処理液で処理する工程では、前記リンを含有するラジカル重合性化合物と乳化剤とを水等の溶媒に希釈した溶液に糸を浸漬し、100℃で30分間加熱してラジカル重合性化合物をポリエステル糸の内部にまで吸尽させる。希釈溶液のリンを含有するラジカル重合性化合物の濃度は、設定する固着量により変わるが、1〜70容量%でよい。また、リンを含有するラジカル重合性化合物の塗布量としては、糸の0.5〜50重量%で内部にまでしっかりと吸尽させることが大切である。
【0020】
次に、電子線照射を行なうが、電子線照射装置の加速電圧によっても電子線照射の透過距離は変わり、透過物の厚みに応じて加速電圧を適宜決めることになる。また、電子線の照射量は、目的とする糸の性能や照射による糸物性の低下を考慮して適宜決めればよいが、本発明では、10〜300kGyの範囲が好ましい。照射量が10kGy未満では固着に必要な量の活性種が得られなく、300kGyを超えると繊維主鎖の切断が起こり、ポリエステル糸の物性の低下を来たし好ましくない。電子線照射を行うときには、不活性雰囲気で行うことが好ましい。不活性雰囲気とは、電子線照射によって発現した活性種が失活したり、揮散しないような状況下をいい、フィルムで密閉したり容器に入れ可能な限り空気を抜いて酸素濃度を低くして行ったり、窒素雰囲気で行なえばよい。
【0021】
本発明において、ポリエステル糸をチーズボビンに巻きつけたチーズ状の糸を処理する場合は、反応室1(容器)に入れて行うことが好ましい。(図1参照)チーズ形状のまま乳化剤とリンを含有するラジカル重合性化合物溶液に浸漬し、加熱処理したり、電子線照射をおこなった後のチーズ状の糸を洗浄・乾燥する工程に反応室1(容器)を使う。反応室1は、機密状態を保てるようになっており、例えば、図1のように、反応室1(容器)と、チーズ台4と、真空ポンプ5と、乳化剤とリンを含有するラジカル重合性化合物溶液の加熱循環装置6とバルブ7、8とからなる装置が挙げられる。チーズ状の糸3をチーズ台4にセットし、乳化剤とリンを含有するラジカル重合性化合物の溶液のタンク6から、図に示す矢印のように、ラジカル重合性化合物溶液を外側から内側(または内側から外側)に抜けるように流して浸漬させる。その後過熱して糸の表面や内部領域にラジカル重合性化合物を吸尽させ、乾燥して一旦反応室1(容器)からチーズ状の糸を取り出し電子線照射を行う。再び反応室1(容器)に電子線照射した糸を入れ水洗して、残存する余分なラジカル重合性化合物や生成物を取り除く。さらに乾燥処理することによって、チーズ形状のままで、ラジカル重合性化合物の固着した糸を効率的に製造することができる。
【実施例】
【0022】
次に、この発明の具体的な実施例について説明するが、本発明はこれら実施例のものに特に限定されるものではない。
【0023】
燃焼試験は、耐空性審査要領第三部4−10−2−2付録F垂直燃焼試験で行なった。3回の平均値で表し、燃焼時間15秒以下、燃焼長さ15cm以下を合格とした。
【0024】
酸素指数(LOI値)は、燃焼を維持できる最低の酸素濃度の時の酸素濃度の数値であって、ポリエステル糸としては、酸素指数(LOI値)が26以上であれば、通常状態で燃焼が広がることなく自己消化することから好ましい。本発明では酸素指数(LOI値)を酸素指数燃焼性試験機(スガ試験機株式会社製)で測定した。
【0025】
<実施例1>
165デシテックス/48fポリエステルマルチフィラメント糸(原着)をチーズボビンに巻き、厚さ5cmに巻き上げて、図1の反応室1(容器)に入れ、水性のリンを含有するラジカル重合性化合物の処理液(ビニルホスフェート化合物(PAM−4000ローディア日華株式会社製)10:乳化剤(ブラウノンBK−450 青木油脂株式会社製)1を水に10容量%で希釈)に浸漬させ、100℃に加熱し、30分間反応室内に循環させてラジカル重合性化合物をポリエステル糸に吸尽させた。次に、乾燥させてから、ボビンに巻かれたポリエステル糸を反応室1(容器)から取り出し、電子線照射装置により窒素ガス雰囲気下で、チーズの上面側から電子線照射(40KGy)し、さらに反転して下面側からも照射しチーズ全体に照射量が均一になるように照射した。次に再びポリエステル糸を反応室1(容器)に入れ、水洗し余分なラジカル重合性化合物や生成物を取り除き、そのまま乾燥処理することによって、チーズ形状のままで、難燃処理された糸を得ることができた。
【0026】
次に、このチーズから糸を引き出して、チーズの巻径が5mm減少するごとに、糸を採取し、筒編み機を使って生地を作成し、チーズの表層、中層、内層の各生地の垂直燃焼試験を実施し三点の平均値を表1に記載した。表1に示すように燃焼時間1.8秒、燃焼長さ7.1cmと良好で、酸素指数は、30であった。また、同じ試料をドライクリニング10回実施しその燃焼試験結果も、表1に示した。初回よりはやや性能低下がみられるものの、自己消火性の糸と判定され耐久性のある難燃性能に優れたものであった。
【0027】
<比較例1>
実施例1において、乳化剤(ブラウノンBK−450 青木油脂株式会社製)を添加しないで水性のリンを含有するラジカル重合性化合物の処理液(ビニルホスフェート化合物(PAM−4000ローディア日華株式会社製)で処理した以外は実施例1と同様にして難燃処理されたポリエステル糸を得た。燃焼試験を実施ししたところ、酸素指数は、25で、燃焼時間19.2秒、燃焼長さ16.5cmで不合格であった。
【0028】
<比較例2>
実施例1において、処理液(ビニルホスフェート化合物(PAM−4000ローディア日華株式会社製)10:乳化剤(ブラウノンBK−450 青木油脂株式会社製)1を水に10容量%で希釈)を加熱しないで処理した以外は実施例1と同様にした。加熱処理していないので、ラジカル重合性化合物がポリエステル糸に吸尽されるまでに到らず、難燃性能に優れた糸とはならなかった。
【0029】
<比較例3>
実施例1において、電子線照射装置を行わなかった以外は実施例1と同様にした。表1に示すように燃焼時間2.0秒、燃焼長さ7.5cmと良好で、酸素指数は、30であったが、ドライクリニング10回実施した後の燃焼試験では、表1に示したように燃焼性能の低下が著しかった。
【0030】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明に係るチーズボビンに巻きつけた糸に、加熱、洗浄、乾燥等を行う反応室(反応容器)の一実施形態を示す概略図である。
【符号の説明】
【0032】
1・・・反応室(反応容器)
2・・・チーズボビン
3・・・チーズ(糸層)
4・・・チーズ台
5・・・真空ポンプ
6・・・加熱循環装置
7・・・バルブ
8・・・バルブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエステル糸をチーズボビンにソフト巻きする工程と、前記ソフト巻きされたポリエステル糸を乳化剤とリンを含有するラジカル重合性化合物を含む処理液に浸漬する工程と、前記処理液に浸漬したポリエステル糸を加熱処理する工程と、前記ポリエステル糸に電子線照射を行いポリエステル糸の少なくとも一部にラジカル重合性化合物を固着する工程と、前記ポリエステル糸を洗浄・乾燥する工程とを含むことを特徴とするポリエステル糸の難燃化改質方法。
【請求項2】
前記電子線照射を行ってから洗浄までの間は、不活性雰囲気で行うことを特徴とする請求項1に記載のポリエステル糸の難燃化改質方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−208310(P2011−208310A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−76762(P2010−76762)
【出願日】平成22年3月30日(2010.3.30)
【出願人】(390014487)住江織物株式会社 (294)
【Fターム(参考)】