説明

ポリリン酸高蓄積細菌の改良およびその利用

【課題】 細菌の菌体内に大量のポリリン酸を蓄積可能な新規な変異株を提供し、当該変異細菌を利用してリン資源のリサイクルを実現する。
【解決手段】 細菌のリン酸輸送に関与するタンパク質をコードするpitA遺伝子の変異はポリリン酸蓄積能を向上させる。また、当該ポリリン酸蓄積能が向上した変異株は水中のリンを効率良く除去できる。さらに、菌体内に蓄積されたポリリン酸は効率良く植物に利用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリリン酸高蓄積細菌の改良およびその利用に関するものであり、特に当該細菌を利用した水中のリン除去およびリン肥料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
リンは人類の食料生産に必須な資源である。農業生産にリンを使うことによって、飛躍的にその収量が伸びる。リンはリン鉱石から作られているが、世界の埋蔵量は1990年代後半の試算で約140億トンと見積もられ、現在、年間1億4000万トン採掘されているので、単純に考えても100年、今後の人口増加率を考えると、数十年で枯渇するのではないかとも言われている。持続的社会形成のため、世界的規模で、リンをリサイクルしたり、効率よく使う技術の開発が重要である。
【0003】
また、肥料として使われたリンの一部は植物へと移行し、人体や、家畜などを経由して、最終的には、下水に含まれるようになる。これが環境に垂れ流されると、富栄養化という現象を引き起こして、赤潮やアオコの発生を引き起こす。
【0004】
現在、排水等に含まれるリンは活性汚泥と称される微生物を用いた生物学的脱リン法により除去が行われている。活性汚泥中に存在する微生物の中には、多くのポリリン酸蓄積細菌が存在し、これらのポリリン酸蓄積細菌がリンの除去に大きく貢献していることがわかってきた。したがって、現在の活性汚泥によるリン除去効率を改善しようと考えた場合、これらポリリン酸蓄積細菌のポリリン酸蓄積能を向上させる必要がある。
【0005】
本発明者らは、大腸菌染色体をNTG(N-methyl-N’-nitro-N- nitrosoguanidine)を用いてランダム変異させることにより、野生株に比べてポリリン酸を1000倍近くも蓄積できる株の取得に成功した。また、この株が細菌のリン酸レギュロンに属するpstSCAB-phoUオペロンのphoU遺伝子変異株であることを見出した(非特許文献1参照)。
【0006】
さらに、本発明者らは、ポリリン酸を多量に蓄積できる変異株の簡便なスクリーニング方法を見出すとともに、土壌細菌より分離したPseudomonas putida MY11株およびAcinetobacter sp. K3株にNTGでランダムな変異を導入した後、上記スクリーニング方法を用いることにより、さらに多量のポリリン酸を蓄積できる変異株であるP. putida MY11-41株およびAcinetobacter sp. K3-6株を構築した。(特許文献1および非特許文献2参照)。また、上記変異株(P. putida MY11-41およびAcinetobacter sp. K3-6)は、人工排水中のリン酸を効率良く除去することを示した(非特許文献2参照)。
【0007】
しかしながら、非特許文献2で報告されている人工排水中のリン除去に関する結果は、実際の排水等にphoU遺伝子変異株を適用したものではなく、細菌が増殖可能な人工排水を用いている。すなわち、人工排水には細菌の栄養源となるペプトンおよび酵母エキストラクトが低濃度ながら含まれており、実際に細菌は当該人工排水中で増殖していることが示されている。したがって、非特許文献2に開示されたデータは、ポリリン酸蓄積能の高い変異株が現実の排水等で生存でき、そこに含まれるリンを効率良く吸収できることを示すものではない。さらに、本発明者らは、当該非特許文献2の最後に「ポリリン酸蓄積変異株を排水からの生物学的リン除去に用いることについては更なる研究が必要である。」と記載していることからも、当該非特許文献2は、ポリリン酸蓄積変異株が現実の排水等に適用可能であることを開示しているものでないことは明らかである。
【0008】
一方、農業生産時に肥料として使用されたリンの約80%は、土壌中に存在している鉄やアルミニウム等の金属と結合して、植物が利用できない不溶性リン金属塩として固定化されている。したがって、土壌中には植物が吸収できる可溶性のリンは非常に少ない。また、微生物に蓄積されたリン(バイオマス中のリン)は土壌に固定化されず、植物によく移行することが知られている(非特許文献3参照)。
【0009】
しかしながら、微生物に蓄積されたリンはポリリン酸に限定されるものではなく、ポリリン酸高蓄積菌の菌体内にポリリン酸として蓄積されたリンが植物に有効に利用可能か否かについては不明である。
【特許文献1】特開2003−304862(公開日:平成15年10月28日)
【非特許文献1】Morohoshi, T., T. Maruo, Y. Shirai, J. Kato, T. Ikeda, N. Takiguchi, H. Ohtake, and A. Kuroda. Accumulation of inorganic polyphosphate in phoU mutants of Escherichia coli and Synechocystis sp. strain PCC6803. Appl. Environ. Microbiol., 68:4107-4110, 2002.
【非特許文献2】Morohoshi, T., T. Yamashita, J. Kato, T. Ikeda, N. Takiguchi, H. Ohtake, and A. Kuroda. A Method for Screening Polyphosphate-Accumulating Mutants Which Remove Phosphate Effciently from Synthetic Wastewater. J. Biosci. Bioeng., 95 637-640, 2003.
【非特許文献3】河野憲治、日本土壌肥料科学雑誌、67巻、716-725、1996.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述のように、phoU遺伝子に変異が生じた細菌はポリリン酸を多量に蓄積できることが、本発明者らにより報告されたが、phoU遺伝子以外のリン酸輸送系に関与する遺伝子に変異が生じた場合にポリリン酸の蓄積能にどのような影響を及ぼすかについては報告されていない。
【0011】
また、ポリリン酸蓄積能を高めた変異株が環境中の不要なリンを吸収し、その菌体内にポリリン酸として蓄積されたリンを有効に利用することができれば、貴重なリン資源のリサイクル化を実現することができる。
【0012】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、多量のポリリン酸を蓄積することができる新規な細菌を提供し、当該細菌を用いてリン資源のリサイクルを実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、細菌のリン酸輸送に関与するタンパク質をコードするpitA遺伝子の変異はポリリン酸蓄積能を向上させることを見出した。さらに、pitA遺伝子変異とphoU遺伝子変異とを組み合わせて二重変異とすることで、それぞれ単独の変異よりさらにポリリン酸蓄積能を向上させることを見出した。また、本発明者らはポリリン酸蓄積能が向上した変異株が支持体に固定化された固定化菌体を作製し、当該固定化菌体が水溶液中のリンを除去できることを見出すとともに、菌体内に蓄積されたポリリン酸は効率良く植物に利用されることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0014】
すなわち、本発明に係る細菌は、ポリリン酸蓄積能を向上させる変異を有することを特徴としている。上記変異はpitA遺伝子の変異であることが好ましく、pitA遺伝子およびphoU遺伝子の変異であることがより好ましい。細菌のポリリン酸蓄積能を向上させることにより、活性汚泥等による生物学的リン除去の効率を改善することが可能となる。
【0015】
また、本発明に係る水中のリン除去方法は、上記本発明に係る細菌を用いることを特徴としている。上記本発明に係る細菌はポリリン酸蓄積能が向上しており、リンを菌体内に取り込んでポリリン酸として大量に蓄積することが可能であるため、水中のリン除去に好適に用いることができる。
【0016】
本発明に係る水中のリン除去方法に用いる上記細菌は、支持体に固定化されていることが好ましい。細菌が支持体に固定化されていることにより、水中での細菌の流失を防止することができるとともに、細菌の水中への適用および水中からの細菌回収が非常に容易となる。
【0017】
また、本発明に係る水中のリン除去方法は、上記細菌を、アミノ酸を含有する培地で増殖させる工程を含むことが好ましい。本工程により、菌体内のポリリン酸蓄積量を低下させることができる。したがって、細菌を水中に適用した際に、より多くのリンを除去することが可能となる。
【0018】
本発明に係るリン除去材は、上記本発明に係る細菌を含有することを特徴としている。また、上記細菌は支持体に固定化されていることが好ましい。これにより、水中での細菌の流失を防止することができるとともに、細菌の水中への適用および水中からの細菌回収が非常に容易となる。
【0019】
本発明に係るリン肥料は、上記本発明に係る細菌を含有することを特徴としている。また、上記細菌は支持体に固定化されていることが好ましい。これにより、細菌が土壌中に流失することを防止することができる。
【0020】
上記細菌は、水中のリン除去に使用した後、水中から回収した細菌であることが好ましい。回収した細菌の菌体内には大量のポリリン酸が蓄積しているため、リン肥料として有効に利用することができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係る細菌は、ポリリン酸蓄積能を向上させる変異を有するものである。それゆえ、ポリリン酸高蓄積細菌のみからなる細菌集団を構築することができるという効果を奏する。また、このようなポリリン酸高蓄積細菌のみからなる細菌集団を、排水や閉鎖性水域の水中からの生物学的リン除去に利用すれば、その効率を飛躍的に改善できるという効果を奏する。
【0022】
また、本発明に係る細菌は、水中からのリン除去に利用でき、さらに水中のリンを取り込んでポリリン酸として蓄積した細菌をリン肥料として利用できる。したがって、本発明に係る細菌を利用することにより、効率的なリンのリサイクルを構築することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明の実施の一形態について説明すれば、以下のとおりである。なお、本発明はこれに限定されるものではない。
【0024】
1.本発明に係る細菌
本発明に係る細菌は、ポリリン酸蓄積能を向上させる変異を有するものであればよい。ポリリン酸蓄積能を向上させる変異としては、例えばpitA遺伝子の変異、phoU遺伝子の変異を挙げることができる。
【0025】
pitA遺伝子は、細菌のリン酸輸送に関与するタンパク質をコードする遺伝子として知られている。実際には、大腸菌、Klebsiella菌、Pseudomonas菌等の細菌においてその存在が確認されているが、これら以外の細菌もpitA遺伝子を持つことが予想される。
【0026】
pitA遺伝子産物は細菌のリン酸輸送に関与するタンパク質であることは知られているが、その詳細は調べられていない。本発明者らは、pitA遺伝子に変異が生じるとリン酸の取り込みが抑制されることを予想して大腸菌のpitA遺伝子変異株を作製し、その表現型を調べたところ、予想に反してポリリン酸蓄積能が向上することを見出した(実施例3、図1参照)。このことから、pitA遺伝子産物はリン酸を細胞外に排出することにより、ポリリン酸蓄積に負の制御を行っていることが判明した。
【0027】
pitA遺伝子の変異は、pitA遺伝子産物が本来の機能を発現できなくなり、ポリリン酸蓄積量が増加する表現型を表す変異であればよい。したがって、変異の種類は特に限定されるものではなく、実際にどのような変異が塩基レベルまたはアミノ酸レベルで生じているかを特定する必要はない。また、ポリリン酸蓄積量が増加する表現型を表すものであれば、pitA遺伝子以外の遺伝子に変異を有するものであってもよい。
【0028】
pitA遺伝子変異株の作製方法は、特に限定されるものではなく、例えば公知の部位特異的変異導入法や相同組換えによる遺伝子破壊法を用いて作製することができる。また、放射線や既知の変異原物質(例えば、N-methyl-N’-nitro-N- nitrosoguanidine;NTG)等を用いてランダムな変異を導入した後に、スクリーニングによりpitA遺伝子変異株を分離してもよい。本発明者らは、後述の実施例1に記載の方法でpitA遺伝子変異大腸菌株を作製している。
【0029】
一方、phoU遺伝子はpstSCAB-phoUオペロンに属する遺伝子である。pstSCAB-phoUオペロンは、リン酸特異的膜輸送系(PST系)タンパク質をコードする遺伝子であり、細胞外の無機リン酸が欠乏状態(約4μM以下)になると発現が誘導されるリン酸レギュロンに属している。pstSCAB遺伝子は内膜貫通型リン酸トランスポーターをコードし、phoU遺伝子は内膜にわずかに結合するタンパク質をコードし、リン酸取り込みには関与していない。また、phoU遺伝子はほとんどすべての細菌が有している遺伝子であると考えられている。本発明者らは、大腸菌、Pseudomonas putidaおよびAcinetobacter sp.のphoU遺伝子変異株が多量のポリリン酸を蓄積できることを見出し、報告している(特許文献1、非特許文献1および非特許文献2参照)。
【0030】
phoU遺伝子変異株の作製方法は、特に限定されるものではなく、例えば公知の部位特異的変異導入法や相同組換えによる遺伝子破壊法を用いて作製することができる。また、放射線や既知の変異原物質(例えば、N-methyl-N’-nitro-N- nitrosoguanidine;NTG)等を用いてランダムな変異を導入した後に、X−リン酸(5-bromo-4chloro-3indolyl-phosphate)を含むリン酸十分な培地において生じる青色コロニーを選択することにより、容易に見出すことができる(特許文献1および非特許文献2参照)。このスクリーニング方法は、以下の作用機序に基づくものである。すなわち、リン酸レギュロンに属する遺伝子の中にはアルカリホスファターゼをコードしているphoA遺伝子も含まれている。phoU遺伝子に変異が起こり、リン酸レギュロンが構成的になると、phoA遺伝子産物(アルカリホスファターゼ)の発現も構成的になる。このアルカリホスファターゼがX−リン酸を分解して青色の物質を作る。したがって、青色コロニーを選択すればphoU遺伝子変異株を得ることができる。
【0031】
phoU遺伝子の変異は、phoU遺伝子産物が本来の機能を発現できなくなり、ポリリン酸蓄積量が増加する表現型を表す変異であればよい。したがって、変異の種類は特に限定されるものではなく、実際にどのような変異が塩基レベルまたはアミノ酸レベルで生じているかを特定する必要はない。また、ポリリン酸蓄積量が増加する表現型を表すものであれば、phoU遺伝子以外の遺伝子に変異を有するものであってもよい。
【0032】
本発明に係る細菌は、pitA遺伝子およびphoU遺伝子の二重変異を有する細菌であることが好ましい。本発明者らはphoU遺伝子変異大腸菌にpitA遺伝子変異を導入した二重変異大腸菌株を作製し、そのポリリン酸蓄積能を評価したところ、phoU遺伝子の単独変異株と比較して、二重変異株のポリリン酸蓄積能はさらに向上していることを確認している(実施例3、図2参照)。
【0033】
pitA遺伝子およびphoU遺伝子の二重変異株は、上述のphoU遺伝子株に対して、公知の部位特異的変異導入法や相同組換えによる遺伝子破壊法等を用いてpitA遺伝子の変異を導入することにより作製することができる。より具体的には、本発明者らは、後述の実施例2に記載の方法でpitA遺伝子およびphoU遺伝子の二重変異大腸菌株を作製している。
【0034】
2.本発明に係る細菌の利用
〔水中のリン除去方法〕
本発明に係る水中のリン除去方法は、本発明に係る細菌を用いるものであればよい。水中のリンとしては、水に溶解しているリン酸およびリン酸化合物を挙げることができる。また、本発明に係る水中のリン除去方法の適用対象は特に限定されるものではないが、例えば、排水中のリン、湖沼や内湾等の閉鎖性水域のリン等、水域の環境悪化(富栄養化等)の原因となるリンが好ましい。
【0035】
従来、微生物を用いた生物学的脱リン法として用いられている活性汚泥は、多種類の微生物の集合体である。その中にポリリン酸蓄積能の高い細菌が含まれており、これらがリンの除去に大きく貢献していることがわかっている。しかし、極めて高度にポリリン酸を蓄積する細菌を単離することは難しいとされており、現在でもほとんど成功していない。
【0036】
しかしながら、本発明者らは、単離が容易な通常の細菌に特定の変異を導入することにより、ポリリン酸を高度に蓄積できることを見出した。このようなポリリン酸蓄積能を向上させる変異を有する細菌、すなわち本発明に係る細菌を用いれば、容易に単一のポリリン酸高蓄積細菌集団を構築することが可能である。さらに、天然に存在するポリリン酸高蓄積菌にポリリン酸蓄積能を向上させる変異を導入すれば、より一層ポリリン酸蓄積能が向上した細菌を用いることができるため、非常に有利である。
【0037】
本発明に係る水中のリン除去方法においては、支持体に固定化された細菌を用いることが好ましい。細菌を支持体に固定化することにより、細菌の水中への適用および水中からの細菌回収が非常に容易となる。細菌を固定化する支持体としては特に限定されるものではなく、公知の手段を適宜選択して用いればよい。例えば、後述の実施例4に記載のアルギン酸ナトリウムビーズを挙げることができる。これ以外にも、キチンキトサンなどの多糖類、ポリエステルなどの人工ポリマー担体等が利用可能である。
【0038】
本発明者らは、アルギン酸ナトリウムとPseudomonas putidaのphoU遺伝子変異株であるP. putida MY11-41株とを混合して固定化菌体(菌体ビーズ)を作製し、当該固定化菌体が人工廃水中のリン酸を除去できることを確認している。さらに、一度人工排水のリン酸を除去した固定化菌体を回収し、新たな人工排水に移した場合にも、繰り返しリン酸を除去できることを確認している(実施例4参照)。
【0039】
また、本発明に係る水中のリン除去方法においては、アミノ酸を含有する培地で本発明に係る細菌を増殖させる工程を含むことが好ましい。
【0040】
本発明に係るポリリン酸高蓄積細菌を用いて水中のリンを除去する場合、水中に適用する細菌の菌体内にポリリン酸が大量に蓄積されていれば、その後当該細菌を水中に適用しても水中から除去可能なリン、すなわち菌体内にポリリン酸として蓄積可能なリンは少ないものと予想される。したがって、水中に適用する前の細菌は、菌体内にポリリン酸をほとんど蓄積していないことが望ましい。
【0041】
本発明者らは、本発明に係る細菌をアミノ酸を含有する培地で増殖させることにより、菌体内に蓄積されるポリリン酸を低く抑えた状態で細菌が増殖すること、および当該細菌はアミノ酸飢餓状態で菌体内にポリリン酸を大量に蓄積することを見出した。特に、pitA遺伝子変異株は、アミノ酸を含有する培地で増殖させると、菌体内にほとんどポリリン酸を蓄積しない(実施例3、図1参照)。それゆえ、本発明に係る水中のリン除去方法において、アミノ酸を含有する培地で細菌を増殖させる工程を経ることにより、菌体内にポリリン酸を蓄積していない細菌、または菌体内のポリリン酸蓄積量が少ない細菌を提供することが可能となる。
【0042】
アミノ酸を含有する培地としては、例えば10g/L程度のアミノ酸を含む培地であることが好ましい。ただし、培地中のアミノ酸含有量はこれに限定されるものではなく、細菌増殖用培地として公知の培地を適宜選択して用いることができる。具体的には、例えば、YT培地、YG培地、LB培地等を挙げることができる。
【0043】
一方、排水、湖沼、海水等に含まれるアミノ酸の濃度は非常に低いと考えられる。すなわち、本発明に係る水中のリン除去方法を適用する水中のアミノ酸は飢餓状態であるとみなすことができる。したがって、本発明に係る細菌は上記アミノ酸を含有する培地で増殖させた後に、排水、湖沼、海水等に適用すれば、水中のリンを効率良く吸収し、自身の菌体内にポリリン酸として蓄積することが可能となる。
【0044】
〔リン除去材〕
本発明に係るリン除去材は、本発明に係る細菌を含有するものであればよい。本発明に係る細菌以外に含有するものは特に限定されるものではなく、例えば培地成分等が含まれていてもよい。また、細菌は支持体に固定化されていることが好ましい。細菌を支持体に固定化することにより、細菌の水中への適用および水中からの細菌回収が非常に容易となる。支持体としては、例えばアルギン酸ナトリウムビーズ、キチンキトサンなどの多糖類、ポリエステルなどの人工ポリマー担体等を挙げることができる。
【0045】
〔リン肥料〕
本発明に係るリン肥料は、本発明に係る細菌を含有するものであればよい。本発明者らは、ポリリン酸を大量に菌体内に蓄積した細菌をリン肥料として用いた場合、蓄積されたポリリン酸が効率良く植物に利用され、他のリン源をリン肥料として用いた場合より植物の生長がよいことを見出した。それゆえ、本発明に係る細菌はリン肥料として非常に有用性があることが明らかとなった。
【0046】
本発明に係るリン肥料において本発明に係る細菌以外に含有するものは特に限定されるものではなく、例えば、培地を含む菌懸濁液としてもよい。また、細菌は支持体に固定化されていることが好ましい。細菌を支持体に固定化することにより、本リン肥料を土壌に適用した際に、細菌が流失することを抑えることができる。支持体としては、例えばアルギン酸ナトリウムビーズ、キチンキトサンなどの多糖類、ポリエステルなどの人工ポリマー担体等を挙げることができる。
【0047】
また、本発明に係るリン肥料は、水中のリン除去に使用した後、水中から回収した細菌であることが好ましい。水中から回収した細菌は、水中のリンを吸収して大量のポリリン酸を蓄積しており、リン肥料として好適である。
【0048】
これにより環境汚染の原因となる水中のリンを回収して、肥料として利用するというリンのリサイクルが構築でき、リンの枯渇問題や、環境汚染問題にも大いに貢献できる。
【0049】
本発明に係るリン肥料は、土壌表面に播くことにより効率良く植物に利用される。また、支持体に固定化された固定化菌体を水中から回収し、支持体に固定化されたままリン肥料として使用することができる。このように使用すれば、本発明に係るリン除去材がその使用後にリン肥料として利用でき、リン資源のリサイクルとして非常に有用である。
【0050】
なお本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0051】
〔実施例1:pitA遺伝子変異大腸菌の作製〕
大腸菌野生株(MG1655)においてpitA遺伝子変異株を作製した。pitA遺伝子変異株は、Wanner らの方法(One-step inactivation of chromosomal genes in Escherichia coli K-12 using PCR products. Datsenko KA, Wanner BL. Proc Natl Acad Sci U S A. 2000 Jun 6;97(12):6640-6645)により作製した。
【0052】
まず、両側面にFRTを付加した抗生物質耐性遺伝子pKD13::Kmrの増幅を行った。すなわち、鋳型にはpKD13::Kmrを用い、プライマーには大腸菌のpitA遺伝子配列に基づいて設計した以下に示すプライマーを用いてPCRを行った。このPCRにより、pitA遺伝子の配列を外側に持つカナマイシン耐性遺伝子が増幅される。増幅後にエタノール沈殿を行い、70%エタノールで洗浄し、10μLの水に懸濁した。
pitAdel-1:5’-CCGCCATCCTGCGGGCGGCACAGCATTAACGAGGTACACCTGTAGGCTGGAGCTTCG-3’(配列番号1)
pitAdel-2:5’-TCAGGTAATCAAATGACGACATATCTCCCTCCGTATATCTCATATGAATATCCTCCTCAG-3’(配列番号2)
次に、大腸菌BW25113株(ΔaraBADAH33、ΔrhaBADLD78)にRed helper plasmid pKD46を形質転換した株を2×YT(+100μg/mL Ap)培地に接種し、28℃で一夜培養した。この培養液1mLを、最終濃度1mM L-Arabinoseおよび100μg/mL Apを加えた SOB medium 100mLに植菌し、3時間培養した。培養終了後、培養液を50mL遠心管2本に分注し、7,500rpm、4℃、3分間遠心分離した。上清を除去し、遠心管1本あたり10%Glycerol 35mlを加えてvortex後、再度同一条件で遠心分離して同一の洗浄操作を3回繰り返した。
【0053】
洗浄後、2本分の菌体を1mLの10%Glycerolに再懸濁し、菌体液395μLと上記PCR産物5μLとを混和してエレクトロポレーションを行った。条件は2500V、125Ω、50μFとした。2×YT培地1mL加え、37℃で2時間インキュベートし、28℃で放置した後、400μL、200μL、100μL、50μLを2×YTプレート(+50mg/mL Km)にスプレッドし、37℃で一夜インキュベートした。その結果、pitA遺伝子に変異を有するBW25113株のコロニーを得た。
【0054】
さらに、大腸菌野生株MG1655のpitA遺伝子変異株を作成するために、変異したpitA遺伝子をもつP1ファージを作製した。上記BW25113のpitA遺伝子変異株を、カナマイシンを含む2×YT培地に接種し、37℃で一夜前培養した。当該pitA遺伝子変異BW25113株の培養液約100μLを、4mLのLBに1M CaCl2 20μLを加えた培地に接種し、37℃で1時間培養した。
【0055】
続いて、P1ファージの10〜10-6の希釈系列を作製し、上記培養液1mLに対して各濃度のP1ファージを100μL加え、37℃で20分間インキュベートした。この反応液1mLを、約50℃に保温したR-top agar 2.5mL中に加え、R plate上に播き、プレートを上向きにして37℃で一夜インキュベートした。プラーク数が1×107個のプレートを選び、50mLの遠心管にR-top agarを回収した。クロロホルムを4〜5滴加え、激しくvortexした後、エッペンチューブに移し遠心分離した。上清を取り、0.2μmのフィルタ−を用いてろ過滅菌し、変異したpitA遺伝子を持つP1ファージを得た。ファージは−4℃で保存した。なお、2×YT培地の組成を表1に、R plateとR-top agarの組成を表2に示した。
【0056】
【表1】

【0057】
【表2】

【0058】
最後に、上記変異したpitA遺伝子を持つP1ファージを大腸菌野生株MG1655に感染させた。すなわち、2×YT培地を用いてMG1655を前培養し、培養液1mLを分取し、遠心分離した。上清を除去し、MC bufferを1mL加えて再懸濁し、当該懸濁液50μLと上記変異したpitA遺伝子を持つPIファージ液とを混合し、37℃で20分間インキュベートした。Citrate bufferを100mL加え、選択培地として2×YT(+50mg/mL Km)プレートにプレーティングし、37℃で保温した。以上の手順によりpitA遺伝子変異大腸菌株を得た。
【0059】
〔実施例2:pitA遺伝子・phoU遺伝子二重変異大腸菌の作製〕
pitA遺伝子・phoU遺伝子二重変異大腸菌株は、既に得られているphoU遺伝子変異株に、変異したpitA遺伝子にクロラムフェニコール耐性遺伝子を導入したものを持つPIファージを感染させることにより取得した。
【0060】
まず、大腸菌の染色体上のphoU遺伝子をPCRにより増幅した。すなわち、鋳型に大腸菌染色体を用い、プライマーにはデータベースに登録されている大腸菌のpstSCAB-phoUオペロンの配列に基づいて設計した以下に示すプライマーを用いた。
EU1:5’-ATTGGGATTTGTCTGGTGAA-3’(配列番号3)
EU2:5’-AGAAGACTACATCACCGGTC-3’(配列番号4)
PCR反応にはTakara Ex Taq DNA polymerase(タカラバイオ)を使用した。反応条件は98℃ 5 min(1サイクル)、 95℃ 30 s/55℃ 30 s/72℃ 3 min(27サイクル)とし、サーマルサイクラーはGeneAmp9600(アプライドバイオシステムズ)を用いた。
【0061】
得られた約0.8 kbのPCR産物を、pGEM-T Easy Vector System I(プロメガ)を使用してクローニングし、これをpEU01とした。pEU01をphoU内部にあるClaIサイトで消化し、Klenow Fragment(タカラバイオ)で切断面を平滑化した。別途、pUC4KをHincIIで消化し、約1.3 kbのカナマイシン耐性遺伝子カセットを取り出し、pEU01のClaI切断部位に連結した。以上により、phoUの内部にカナマイシン耐性遺伝子が挿入されたプラスミドpEU01Kを構築した。
【0062】
pEU01Kの変異phoU遺伝子部分をEcoRI消化により切り出し、pGP704Sac38のEcoRIサイトに挿入した。これをpGP704UKとした。このプラスミドを大腸菌 S17-1に形質転換し、接合伝達によりMG1655に導入した。導入した株は5%ショ糖を含む2×YT寒天プレートに塗布し、生じたコロニーをphoU遺伝子変異株として選択した。選択した株については、サザン解析によりphoU遺伝子の変異を確認した。
【0063】
次に変異pitA遺伝子断片を持つPIファージを作製した。方法は上記実施例1と同様であるが、phoU遺伝子変異株がカナマイシン耐性であるため、最初のPCR時に、鋳型としてpDK3::Cmrを使用し、クロラムフェニコール耐性のP1ファージを作製した。
【0064】
上記phoU遺伝子変異株にPIファージを感染させた。すなわち、2×YT培地でphoU遺伝子変異株を前培養し、培養液1mLを分取し、遠心分離した。上清を除去し、MC bufferを1mL加えて再懸濁し、当該懸濁液50μLと上記変異pitA遺伝子断片を持つPIファージ液とを混合し、37℃で20分間インキュベートした。Citrate bufferを100mL加え、選択培地としてクロラムフェニコールを含むMOPS-glucose+Yeast Extract(0.1g/L)+カザミノ酸(5g/L)プレートにプレーティングし、37℃で保温した。以上の手順によりpitA遺伝子・phoU遺伝子二重変異大腸菌株を得た。なお、MOPS-glucose培地の組成を表3に示した。
【0065】
【表3】

【0066】
〔実施例3:pitA遺伝子変異株およびpitA遺伝子・phoU遺伝子二重変異株のポリリン酸蓄積量〕
3−1 菌体内ポリリン酸の抽出方法
菌懸濁液1mLを分取し、遠心分離後上清を除去し、集菌した。350μLのGITC溶液(4 M guanidine isothiocyanate, 50 mM Tris-HCl, pH 7.4)を加えて菌体を溶解し、90℃で2分間保温した。この菌体溶解液に超音波処理を3分間行って完全に菌体を破砕した後、50μLをタンパク質濃度測定用に分取した。残りの菌体溶解液については、90℃で2分間保温し、10μLの10% SDSと300μLの99.5%エタノールを加え、vortexにてよく混合した後、90℃で2分間保温した。
【0067】
続いて、3μLのグラスミルク(Gene Clean KIT II, BIO101)を加え、良く混合した後、氷中に5分間置いた。遠心分離(12,000 rpm×10 s)してグラスミルクを沈殿させた後、300μLのNEW WASH液(Gene Clean KIT II, BIO101)で2回洗浄を行い、50μLのnuclease溶液(50 mM Tris-HCl, 10 mM MgCl2, 20μg/mL DNase, 20μg/mL RNase, pH 7.4)を加えて混合し、37℃で15分間保温して核酸を完全に分解した。
【0068】
さらに、150μLのGITC溶液と150μLの99.5%エタノールを加えて混合し、遠心分離してグラスミルクを沈殿させた後、200μLのNEW WASH液で2回洗浄を行った。沈殿に100μLの蒸留水を加えて混合し、90℃で2分間保温した後に遠心分離(15,000 rpm×3 min)を行い、上清をポリリン酸溶液として回収した。
【0069】
3−2 ポリリン酸の定量方法
ポリリン酸キナーゼ(polyphosphate kinase:PPK)はATPからポリリン酸とADPを合成するが、その反応は可逆的である。抽出したポリリン酸に過剰のADPとPPKを加えるとポリリン酸はすべてATPに変換される。このATP濃度を測定することでポリリン酸の定量を行った。
【0070】
すなわち、上記3−1により抽出したポリリン酸溶液4μLに、2μLの0.5 mM ADP、3μLの3.3×PPK 緩衝液(50 mM HEPES-KOH, 40 mM (NH4)2SO4, 4 mM MgCl2, pH 7.2)を混合し、精製PPKを1μL加え、37℃で30分間保温した後、ATPバイオルミネッセンスキットCLS II(ベーリンガーマンハイム)を使用してATP量を測定し、ポリリン酸量として換算した。
【0071】
また、上記3−1でタンパク質濃度測定用に分取したサンプルと、プロテインアッセイ(バイオラッド)原液を5倍に希釈した溶液1mLとを混合し、波長595nmの吸光度を測定した。この測定値を標準タンパク質(1g/L BSA)系列より換算して、タンパク質濃度とした。
【0072】
3−3 pitA遺伝子変異株におけるポリリン酸蓄積量の測定
上記実施例1により作製したpitA遺伝子変異大腸菌株および大腸菌野生株MG1655のポリリン酸蓄積量を測定した。
【0073】
各菌株を2×YT培地に接種して一夜前培養し、当該前培養液を各菌あたり3本の2×YT培地(4mL)に1%植菌して2時間本培養した。本培養終了後、リン酸を2mM含んだMOPS-gulcose培地(表3参照)で2回洗浄(3500rpm、5min、常温)し、あらかじめ37℃保温した12mLのMOPS-gulcose培地(100ml三角フラスコ)に植菌した。0、0.5、1、1.5、2、2.5および3時間後にサンプリングし、ポリリン酸蓄積量を測定した。
【0074】
結果を図1に示した。図1から明らかなように、pitA遺伝子変異株は、野生株に比べてポリリン酸を大量に蓄積していた。さらに、図1から、2×YT培地での前培養終了時(0時間)におけるpitA遺伝子変異株のポリリン酸蓄積量は、ほぼ0に近く、その後MOPS-gulcose培地に移した後にポリリン酸蓄積量が時間の経過とともに増加してくることがわかる。これは、培地中のアミノ酸含量に起因するものと考えられた。すなわち、pitA遺伝子変異株は、アミノ酸を含有する培地(例えば、2×YT培地)で増殖させた場合には、菌体内にほとんどポリリン酸を蓄積せず、アミノ酸飢餓状態(例えば、MOPS-gulcose培地)に移すことにより、ポリリン酸を大量に蓄積することが明らかとなった。
【0075】
3−4 pitA遺伝子・phoU遺伝子二重変異株におけるポリリン酸蓄積量の測定
上記実施例2により作製したpitA遺伝子・phoU遺伝子二重変異大腸菌株のポリリン酸蓄積量を測定し、既に得られているphoU遺伝子変異大腸菌株および大腸菌野生株MG1655のポリリン酸蓄積量と比較した。
【0076】
上記各菌株を、リン酸を含んでいないMOPS-gulcose+Yeast Extract(0.1g/L)+カザミノ酸(5g/L)培地で培養し、上記3−1および3−2に記載の方法でポリリン酸を抽出・定量した。
【0077】
結果を図2に示した。図2から明らかなように、pitA遺伝子・phoU遺伝子二重変異株は、phoU遺伝子変異株と比較して約2倍のポリリン酸を蓄積できることがわかった。
【0078】
〔実施例4:ポリリン酸高蓄積株の水中のリン除去への応用〕
4−1 固定化菌体の作製
緑色蛍光タンパク質(green fluorescent protein、以下GFPと略記する)遺伝子を有するプラスミドをエレクトロポレーションによりPseudomonas putida MY11-41株に導入した。このGFP導入MY11-41を用いて、固定化菌体を作成した。なお、上記P. putida MY11-41株は、本発明者らが土壌から分離したP. putida MY11株のphoU遺伝子に変異を導入したポリリン酸高蓄積株である。MY11株およびMY11-41株の取得方法は、特許文献1および非特許文献2に記載されている。
【0079】
2×YT培地が4mL入った試験管10本分の前培養を行った後、集菌(8000rpm、7min)し、上記人工排水に懸濁した。この菌懸濁液を200mLの人工排水が入った三角フラスコに植菌し、本培養(4h)を行った。その間に、アルギン酸ナトリウム1gを約40mLのイオン交換水に懸濁し、121℃、3分間オートクレーブ処理し、室温にまで冷却した後、50mLにメスアップした。
【0080】
本培養終了後、集菌(8000rpm、7min)し、3mLの人工排水に懸濁した。続いて、上記のアルギン酸ナトリウム溶液と混合し、スターラーで攪拌しながらペリスタポンプにより約200mLのCaCl2(5g/L)溶液に滴下し、菌体ビーズを作成した。滴下後さらに20分間攪拌し、完全にゲル化させた後、200mLのCaCl2(0.1%)溶液で10分間洗浄した。洗浄操作を2回繰り返し、CaCl2(0.1%)溶液50mLに懸濁した。
【0081】
なお、菌を混合せずにアルギン酸ナトリウムのみからなるビーズも作製した。
【0082】
4−2 固定化菌体による人工排水からのリン除去
上記のように作製した固定化菌体またはアルギン酸ナトリウムビーズを試験管に入れ、人工排水で2回洗浄した後、6mLの人工排水を加えた。3時間まで30分ごとにサンプリングを行い、培地中のリン酸濃度を測定した。リン酸の測定には、下水試験法に記載のリン・モリブデン法を用いた。なお、人工排水の組成を表4に示した。この組成により最終リン酸濃度は170μMになる。
【0083】
【表4】

【0084】
結果を図3に示した。図3から明らかなように、固定化菌体を加えた人工排水のリン酸濃度は減少したが、アルギン酸ナトリウムビーズのみでは人工排水のリン酸濃度は減少しなかった。すなわち、アルギン酸ナトリウムを用いて作製した固定化菌体も排水中のリン酸除去に利用可能であることが明らかとなった。
【0085】
4−3 固定化菌体による人工排水からの繰り返しリン除去
人工排水中のリン酸濃度を減少させた固定化菌体を新たな人工排水に移した場合においても、リン除去機能があるか否かについて検討した。すなわち、上記4−2と同様の方法で固定化菌体に人工排水中を加え、人工排水中のリン酸濃度が減少しきった時点で固定化菌体を新たな人工排水に移す操作を8回繰り返した。
【0086】
結果を図4に示した。図4から明らかなように、固定化菌体は新たな人工排水中のリン酸濃度を減少させることができた。一方、アルギン酸ナトリウムビーズのみでは人工排水のリン酸濃度は減少しなかった。
【0087】
〔実施例5:ポリリン酸高蓄積株のリン肥料としての応用〕
微生物に蓄積されたリン(バイオマス中のリン)は土壌に固定化されず、植物によく移行することが知られている(非特許文献3参照)が、微生物中にどのような形態で蓄積されているリンが植物に利用されやすいかについては研究されていない。そこで、菌体内にポリリン酸として蓄積されたリンが植物の有効に利用可能か否かを調べる目的で、以下の実験を行った。なお、本発明者らは、ポリリン酸を大量に蓄積したP. putida MY11-41株における全リン酸中のポリリン酸の割合は50%以上であるとのデータを得ている。
【0088】
5−1 ポリリン酸蓄積菌体の調製
P. putida MY11株およびMY11-41株をYG培地で前培養した。200mLの坂口フラスコ3本に前培養液をそれぞれ1%植菌し、10時間後にOD600を測定した菌体を50mL容量のチューブに移し、イオン交換水で2回洗浄した。最終的に20mLの菌懸濁液とし、これを1鉢あたりのリン肥料として用いた。
【0089】
また、ポリリン酸を蓄積したMY11-41の菌体の全リン酸量を定量するために、上記菌懸濁液の200μLを分取した。これを下水試験法記載の全リン測定法して定量を行ったところ、菌懸濁液20mL中に含まれるMY11-41の全リン酸濃度は約34mMであった。
【0090】
5−2 小松菜の栽培
1鉢あたり黒ボク土を350g入れ、カリウム源としてKClを、窒素源として (NH4)2SO4をそれぞれ0.097g加え、まんべんなく混ざるようによく攪拌した。
【0091】
リン肥料(リン源)として上記ポリリン酸を菌体内に蓄積したP. putida MY11-41株の懸濁液20mL、ポリリン酸を菌体内に蓄積したP. putida MY11株の懸濁液20mL、K2HPO4およびトリメタリン酸を用いた。K2HPO4およびトリメタリン酸については、MY11-41の全リン酸量と等量の約34mMのリン酸を含むように調製した。また、対象としてリン肥料を用いない鉢を設けた。
【0092】
各リン肥料を各鉢の土の表面にまんべんなく塗布し、小松菜の種子を1鉢あたり3粒播き、その生長を観察した。結果を図5に示した。図5から明らかなように、P. putida MY11-41をリン肥料として用いた鉢の小松菜の生長が最もよかった。また、図6には乾燥後の各小松菜の写真と乾燥前後の小松菜の重量を示した。図6から明らかなように、重量の面からも、P. putida MY11-41をリン肥料として用いた小松菜の生長が最もよいことが明らかとなった。
【0093】
これらの結果から、菌体内に蓄積されたポリリン酸は効率良く植物に利用されることが明らかとなり、ポリリン酸高蓄積細菌をリン肥料として利用することは非常に有用であると考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明は、公共事業、環境産業、農業、園芸産業、家庭用品産業等に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0095】
【図1】大腸菌野生株およびpitA変異大腸菌株のポリリン酸蓄積能を比較したグラフである。
【図2】大腸菌野生株、phoU変異大腸菌株およびphoU・pitA二重変異大腸菌株のポリリン酸蓄積能を比較したグラフである。
【図3】アルギン酸ナトリウムを用いて作製したPseudomonas putida MY11-41株の固定化菌体およびアルギン酸ナトリウムのみのビーズについて、人工排水からのリン酸除去能を比較したグラフである。
【図4】アルギン酸ナトリウムを用いて作製したPseudomonas putida MY11-41株の固定化菌体およびアルギン酸ナトリウムのみのビーズについて、人工排水からの繰り返しリン酸除去能を比較したグラフである。
【図5】ポリリン酸高蓄積株をリン肥料として栽培した小松菜と、他のリン肥料を用いて栽培した小松菜とを比較した写真である。
【図6】ポリリン酸高蓄積株をリン肥料として栽培した小松菜と、他のリン肥料を用いて栽培した小松菜との乾燥体の写真、および各小松菜の乾燥前後の重量を示す表である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリリン酸蓄積能を向上させる変異を有することを特徴とする細菌。
【請求項2】
上記変異はpitA遺伝子の変異であることを特徴とする請求項1に記載の細菌。
【請求項3】
上記変異はpitA遺伝子およびphoU遺伝子の変異であることを特徴とする請求項1に記載の細菌。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の細菌を用いることを特徴とする水中のリン除去方法。
【請求項5】
支持体に固定化された細菌を用いることを特徴とする請求項4に記載の水中のリン除去方法。
【請求項6】
上記細菌を、アミノ酸を含有する培地で増殖させる工程を含むことを特徴とする請求項4または5に記載の水中のリン除去方法。
【請求項7】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の細菌を含有することを特徴とするリン除去材。
【請求項8】
上記細菌は、支持体に固定化されたものであることを特徴とする請求項7に記載のリン除去材。
【請求項9】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の細菌を含有することを特徴とするリン肥料。
【請求項10】
上記細菌は、支持体に固定化されたものであることを特徴とする請求項9に記載のリン肥料。
【請求項11】
上記細菌は、水中のリン除去に使用した後、水中から回収した細菌であることを特徴とする請求項9または10に記載のリン肥料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−34141(P2006−34141A)
【公開日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−216463(P2004−216463)
【出願日】平成16年7月23日(2004.7.23)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】