説明

ポルフィリン金属錯体とアルブミンとの包接化合物

【課題】ポルフィリン金属錯体を酸素吸脱着部位として含有する酸素運搬体としての新規化合物の提供。
【解決手段】 下記一般式


で示されるテトラフェニルポルフィリン金属錯体をアルブミンで包接して得られる新規包接化合物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療分野において、虚血部位や腫瘍組織への酸素供給用、大量出血患者の輸血用、臓器保存灌流液、体外循環液、細胞培養液として使用され、酸素を可逆的に吸脱着できる酸素運搬体に関する。
さらに詳細には、酸素吸脱着部位としてポルフィリン金属錯体をアルブミンで包接した新規化合物、及びこの新規化合物を有効成分とする酸素運搬体に関する。
【背景技術】
【0002】
患者の出血性ショックを回復させるには、生体の血液とほぼ等しい膠質浸透圧を有する血漿増量剤を補液する手法が採られてきた。しかしながら、循環血液量の30%以上の出血を伴う場合には、末梢組織への酸素供給が不十分となり、血漿増量剤の投与に加えて、さらに酸素運搬体の投与が必要となる。
【0003】
従来、このような酸素運搬体としては、天然赤血球を含有する天然血液あるいは赤血球濃厚液が用いられてきた。しかし、抗原抗体反応による凝血を回避するために、供血者と受血者の血液型を一致させ、使用時には交差適性試験を行う必要があり、また、このような天然血液あるいは赤血球濃厚液は、その有効保存期間が3週間(4℃)と短く、凍結保存によって長期保存可能な凍結血液は、コスト高や使用の際の浸透圧ショックによって溶血しやすいという問題があった。さらに、肝炎やエイズ等の感染症の発生も懸念されていた。
【0004】
このような問題を解決する酸素運搬体として、ヘモグロビンやミオグロビン中に存在するポルフィリン鉄(II)錯体は、酸素分子を可逆的に吸脱着できるため注目されてきた。そして、このような天然のポルフィリン鉄(II)錯体に類似する合成錯体を用いた酸素運搬体の研究は、従来から数多く報告されている(例えば、非特許文献1および2等参照)。
【0005】
ところで、合成の化合物(特に合成のポルフィリン金属錯体等)を用いてその機能を生理条件下(生理塩水溶液(pH7.4)中、室温ないし37℃)で再現させ、医療用途、例えば人工赤血球、臓器保存液、あるいは人工肺等のための酸素供給液に利用しようとする場合には、次の条件が必要である。
(i)酸素結合能を増大させるためには一般に軸塩基配位子の存在が必要であるが、そのような配位子として広く用いられているイミダゾール誘導体には薬理作用を有するものがあり、生体内毒性の高いものがあるので、その濃度を最小限に抑制すること。
(ii)ポルフィリン金属錯体を水に可溶化するだけでなく、これを微視的疎水性環境内に包埋・固定することにより、中心金属のプロトンによる酸化、及びμ−オキソ二量体を経由する酸化を防止して酸素配位錯体を安定に保持すること。
【0006】
上記条件(i)については、既に、イミダゾリル基を共有結合によりポルフィリン環に結合させたポルフィリン化合物、すなわち分子内に軸塩基を持つ置換ポルフィリン化合物(ポルフィリン/イミダゾールのモル比を1:1の最小必要量に抑制したこととなる)を合成し、これが安定な酸素配位錯体を形成することが明らかにされている(特許文献1参照)。
このポルフィリン錯体において、特にエステル結合により軸塩基を結合した場合には、生分解性も高く、生体内投与に際してきわめて有利なものとなり、安全性の高い酸素結合部位(ポルフィリン金属錯体)として有用であることが知られている。
【0007】
上記条件(ii)ついては、界面活性剤からなるミセル又はリン脂質からなる二分子膜小胞体を利用することが知られている。しかしながら、ミセルはその形態が動的であり、二分子膜小胞体に比べ安定性の点で劣るとともに、その形成する疎水環境の疎水性も低い。従って、形状が比較的安定で十分な疎水性領域を提供できる二分子膜小胞体が錯体に疎水環境を提供するためのキャリアーとして利用されることが多く、リン脂質小胞体の二分子膜間にポルフィリン金属錯体を高い配向性をもって分散させることにより、生理条件下でも安定に酸素を輸送できる酸素運搬体の開発が継続して推進されてきた。
【0008】
既に、ポルフィリン環上に末端親水性アルキル置換基を導入し、ポルフィリンに両親媒性構造を付与すれば、リン脂質二分子膜の疎水環境へ高い配向性をもって包埋できるものとの考えから、種々の両親媒性ポルフィリン鉄錯体が合成され、これらのポルフィリン錯体をリン脂質二分子膜中に包埋・配向させることにより、水相系において有効な一連の酸素運搬体が開発されている(例えば、特許文献2参照)。
しかし、これら酸素運搬体では、多量のリン脂質を使用するため、工業的規模での製造の点、また代謝を含む生体適合性の点で問題があった。
【0009】
一方で、リン脂質を使用しない酸素運搬体として、アルブミンとヘムの包接化合物(アルブミン−ヘム)が酸素運搬体として研究されてきた。アルブミン−ヘムの一例としては、テトラフェニルポルフィリン鉄誘導体である2-[8-[N-(2-メチルイミダゾリル)]オクタノイロキシメチル]-5,10,15,20-テトラキス(α,α,α,α-o-ピバラミド)フェニルポルフィナト鉄錯体等を、アルブミンの疎水ポケットに包接させたもの(非特許文献3参照)などが挙げられる。
【0010】
しかし、これら酸素運搬体においても、代謝を含む生体適合性の点や工業的規模での製造面でなお改善の余地はあった。
【0011】
【特許文献1】特開平6−271577号公報
【特許文献2】特開昭58−213777号公報
【非特許文献1】J.P.Collman,Accounts of Chemical Research ,10,265頁(1977)
【非特許文献2】F.Basolo,B.M.Hoffman,J.A.Ibers,Accounts of Chemical Research,8,384頁(1975)
【非特許文献3】E. Tsuchida, et al., Bioconjugate Chemistry, vol.8, 534-538, 1997
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、ポルフィリン金属錯体を酸素吸脱着部位として含有する酸素運搬体として、生体適合性により優れ、工業的規模での製造も比較的容易な新規化合物およびその製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するために、生理条件下で安定に酸素を運搬できる酸素運搬体(ポルフィリン金属錯体)の分子設計と機能発現およびポルフィリン金属錯体に対して疎水環境を提供し得る生体適合性の高いキャリアーについて研究を重ねた。
その結果、下記一般式(1)で示される2位置側鎖を有するテトラフェニルポルフィリン金属錯体と、血漿タンパク質の50〜55%を占め、生体内で種々の化合物の運搬を担っているアルブミンとを包接した化合物を製造し、この化合物が生体適合性に優れた酸素運搬体として有用であることを見出した。
一般式(1)
【0014】
【化1】

(式中、R1 はシクロヘキシル基を含む置換基、R2 は置換基、Mは元素周期表第6〜10族の遷移金属原子または金属イオン、X- はハロゲンイオンを表わし、X- の個数は金属イオンの価数から2を差し引いた数を示す。)
【0015】
すなわち、本発明は、
(1): 上記一般式(1)で示される2位置側鎖を有するテトラフェニルポルフィリン金属錯体をアルブミンで包接して得られる新規包接化合物、
(2): 下記一般式(2)
【0016】
【化2】

(式中、R2 は置換基、Mは元素周期表第6〜10族の遷移金属原子または金属イオン、X- はハロゲンイオンを表わし、X- の個数は金属イオンの価数から2を差し引いた数を示す。)で示される、上記(1)記載の包接化合物、
(3): R2 が一般式(3)
【0017】
【化3】

[式中、R3 はC1 〜C18のアルキル基、または一般式(4)
【0018】
【化4】

(式中、R4 はこれが結合しているイミダゾールの中心金属への配位を阻害しない基、
5 はアルキレン基を示す。)]
で示されるものである、上記(1)記載の包接化合物、
(4): Mが鉄、コバルトまたはクロムである、上記(1)記載の包接化合物、
(5): Mが+2価の鉄、+3価の鉄または+2価のコバルトである、上記(1)記載の包接化合物、
(6): R4 が水素、メチル基、エチル基またはプロピル基である、上記(3)記載の包接化合物、
(7): R5 がC1 〜C10のアルキレン基である、上記(3)記載の包接化合物。
(8): アルブミンがヒト血清アルブミン又は組換えヒト血清アルブミンである、上記(1)記載の包接化合物、
(9): 上記(1)記載の包接化合物を有効成分として含む酸素運搬体、および
(10): 上記(9)記載の酸素運搬体を含む医薬組成物
に関する。
【発明の効果】
【0019】
本発明のポルフィリン金属錯体とアルブミンとの包接化合物(以下、ポルフィリン−アルブミン包接化合物と略す)を含有する酸素運搬体は、生体適合性に優れ、生理的条件下でも優れた酸素吸脱着能を示す。
また、本発明のポルフィリン−アルブミン包接化合物、およびこれを有効成分とする酸素運搬体は、工業的規模での製造も比較的容易に行うことができる。
【0020】
また、本発明のポルフィリン−アルブミン包接化合物においては、酸素吸着席であるポルフィリン金属錯体がアルブミンの内部疎水環境内に固定されているため、中心金属のプロトンによる酸化、及びμ−オキソ二量体を経由する酸化劣化過程が完全に抑止される結果、本発明の包接化合物は水相系においても安定な酸素配位錯体が保持できる。
【0021】
さらに、本発明のポルフィリン−アルブミン包接化合物は、酸素と接触すると速やかに安定な酸素配位錯体を生成する。そして、この酸素配位錯体は、酸素分圧に応じて酸素を吸脱着できる。この酸素吸脱着は酸素分圧差により可逆的に繰り返し安定に行うことができる。また、酸素結合解離は、迅速であり、本発明の包接化合物は生体内血流中でも酸素を効率よく運搬できる半人工系酸素運搬体として、また組換えヒト血清アルブミンを用いた場合には、全合成系酸素運搬体として機能し得る。
【0022】
さらに本発明のポルフィリン−アルブミン包接化合物は、その製造が簡単であり、特に組換えヒト血清アルブミンを用いた場合などは工業的規模での生産に適している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明において用いられるポルフィリン金属錯体は、上記一般式(1)に示すようなポルフィリン環誘導体に中心金属が配位した、2位置側鎖を有するテトラフェニルポルフィリン金属錯体である。ポルフィリン環とは、4つのピロール環がα位置で4つのメチン基と交互に結合した大環状化合物とその誘導体である。
本発明のポルフィリン金属錯体では、上記一般式(1)において、R1がシクロヘキシル基を含む置換基であることを特徴としている。置換基Rとしては、上記一般式(2)に示すような置換基が好ましい。
【0024】
また、上記一般式(1)において、2位置の置換基(R2 )としては、下記一般式(3)で示されるものが挙げられる。
一般式(3)
【0025】
【化5】

(式中、R3 はC1 〜C18のアルキル基、または下記一般式(4)で示されるものである。)
一般式(4)
【0026】
【化6】

(式中、R4 はこれが結合しているイミダゾールの中心金属への配位を阻害しない基、R5 はアルキレン基を示す。)
【0027】
前記一般式(4)において、R4 としては水素、あるいはメチル基、エチル基、またはプロピル基などの低級アルキル基が好ましく、R5 としてはC1 〜C10のアルキレン基が好ましい。
【0028】
本発明の前記一般式(1)で示されるテトラフェニルポルフィリン金属錯体において、具体的に酸素を結合できる錯体は、中心金属(M)が+2価の状態にあり、かつ塩基が1つ配位した錯体であり、これらのものは好ましくは下記一般式(5)、または一般式(6)で示されるものである。
一般式(5)
【0029】
【化7】

なお、前記一般式(5)において、Lはイミダール誘導体などの窒素系軸配位子を示す。
一般式(6)
【0030】
【化8】

【0031】
本発明の一般式(1)で示されるテトラフェニルポルフィリン金属錯体において、前記のように有効な酸素吸脱着剤あるいは酸素運搬体となるものは中心金属(M)が+2価錯体の構造のものである。そして、2位の置換基自体が軸塩基として機能するイミダゾール誘導体の場合、分子内イミダゾールがポルフィリン中心金属(M)に配位し得るので、大過剰の軸塩基を外部添加することなく、それ自体で酸素結合能を発揮できることになる。換言すると、軸塩基が分子内結合したポルフィリン化合物においては、軸塩基としてのイミダゾール誘導体の大量添加が不必要であり、生体内投与を考慮した場合、軸塩基濃度が大幅に低減された有用な素材となる。
【0032】
本発明のポルフィリン金属錯体における中心金属(上記一般式(1)におけるM)は、元素周期表第6〜10族の遷移金属原子であり、金属イオンの形態であってもよい。そのうち、鉄、コバルト、クロムなどが好ましく、さらに好ましくは+2価の鉄(鉄(II))、+3価の鉄(鉄(III))または+2価のコバルト(コバルト(II))である。中心金属が鉄である場合、その鉄は+2価の状態にある場合に酸素吸脱着能を有する。
本発明のポルフィリン金属錯体の内、鉄(III )錯体の形を有する場合は、適当な還元剤(亜二チオン酸ナトリウム、アスコルビン酸など)を用い、常法により中心鉄を3価から2価へ還元すれば、酸素結合活性が付与できる。
【0033】
本発明のポルフィリン金属錯体としては、下記一般式(7)に示すようなポルフィリン環に遷移金属原子が配位したテトラフェニルポルフィリン金属錯体が特に好ましい。
式中、Mは元素周期表第6〜10族の遷移金属原子または金属イオンを表す。
一般式(7)
【0034】
【化9】

(式中、Mは元素周期表第6〜10族の遷移金属原子または金属イオン、R4 はこれが結合しているイミダゾールの中心金属への配位を阻害しない基、R5 はアルキレン基を示す。)
【0035】
これらポルフィリン金属錯体の中でも特に、下記一般式(8)で示す、2−[8−(2−メチル−1−イミダゾリル)オクタノイロキシメチル]−5,10,15,20−テトラキス[α,α,α,α−o−(1−メチルシクロヘキサノイルアミノ)フェニルポルフィリン]の中心に鉄が配位した錯体が好ましい。
一般式(8)
【0036】
【化10】

【0037】
上記一般式(8)で表わされるポルフィリン金属錯体は、そのアルキルイミダゾリル基がポルフィリン環の2−位に結合していることが重要である。本発明者らの研究によれば、分子内にそのようなイミダゾリル基を持たないポルフィリン錯体は、外部から小過剰のイミダゾール誘導体(例えば、1−メチルイミダゾール)を添加しても、水相系では安定な酸素錯体を生成することなく直ちに劣化した。
【0038】
本発明のポルフィリン金属錯体とアルブミンとの包接化合物は、アルブミンによって形成される内部疎水領域内にポルフィリン金属錯体が包埋・固定(包接)されたものである。アルブミン(例えば、ヒト血清アルブミン)1モルに対するポルフィリン金属錯体の結合数は、通常約1〜8である。アルブミン1モルに包接・結合されたポルフィリン金属錯体の数は、例えば、スカチャード・プロット(Scatchard plot)(C.J.Halfman ,T.Nishida ,Biochemistry、11,3493頁(1972))等を作成することにより決定できる。
【0039】
本発明に用いるアルブミンは、ヒト血清アルブミン、組換えヒト血清アルブミン、ウシ血清アルブミン等その由来に制限はない。ヒトへの適用を考えた場合、ヒト血清アルブミンまたは遺伝子組換え技術により製造されたヒト血清アルブミン(以下、組換えヒト血清アルブミン)であることが好ましく、特に組換えヒト血清アルブミンであることが好ましい。
【0040】
近年、遺伝子組換え技術の発展により、構造・組成及び物理化学的特徴がヒト血清アルブミンと全く同一である高純度の組換えヒト血清アルブミンが開発されてきており(横山、大村、臨床分子医学、1、939頁(1993)参照)、この組換えヒト血清アルブミンに置換ポルフィリン金属錯体を包接させてなる、ポルフィリン金属錯体−組換えヒト血清アルブミン包接化合物は、全合成系として提供できるので、工業的規模での製造も比較的容易である。
また、アルブミンは、血漿タンパク質であるから、生体への適用、特に赤血球代替物としての利用に関しては、リン脂質小胞体を用いる系に比べて格段に有利である。
【0041】
アルブミンは、血液中ではコロイド浸透圧調整を主な役割とする単純タンパク質であるが、また栄養物質やその代謝産物あるいは薬物等の輸送タンパク質としても機能している。本発明は、このような、他のタンパク質には見られないアルブミンの非特異的結合能に着目して完成されたものである。
【0042】
本発明の酸素運搬体とは、上記ポルフィリン金属錯体をアルブミンに包接させてなる包接化合物を含む化合物あるいは構造物であり、輸血時の赤血球代替物や、虚血部位の組織障害防止剤、心筋梗塞等の虚血性疾患の治療剤、腫瘍の放射線治療における増感剤として使用される。
また、このような酸素運搬体を含有し、安定化剤等の添加された種々の医薬組成物も本願発明の範囲に含まれる。
【0043】
本発明の一般式(1)で示されるテトラフェニルポルフィリン金属錯体は、種々公知の製法で製造することができる。例えば、上記一般式(8)に示す、2−[8−(2−メチル-1-イミダゾリル)オクタノイル オキシメチル]−5,10,15,20−テトラキス[α,α,α,α−o−(1−メチルシクロヘキサノイルアミノ)フェニル]ポルフィナト鉄錯体は、T. komatsu et al. Bioconjugate Chemistry 13, p.397-402, 2002に記載の製法によって製造することができる。
【0044】
次に、本発明のポルフィリン金属錯体とアルブミンとの包接化合物を調製するには、まず、ポルフィリン金属錯体を溶媒(例えば、エタノール、メタノール等)に溶解し、これにアルブミン(例えば、ヒト血清アルブミン)の水溶液(溶媒として、例えば水、リン酸緩衝液(pH5〜9)、生理食塩水、クレーブス−リンガー溶液等)を加えた後、軽く振盪する。得られた水分散液を限外ろ過(例えば、限外分子量20,000〜40,000の限外ろ過膜を使用)により総量の10%程度まで濃縮した後、再び水等を加え、限外ろ過を行う操作を繰り返すと、ポルフィリン金属錯体−アルブミン包接化合物が得られる。この分散液は、4〜35℃で数ヵ月間保存後でも沈殿、凝集等は認められず安定である。
【0045】
なお、ポルフィリン金属錯体の中心金属が鉄(III)である場合、還元剤(例えば、亜二チオン酸ナトリウム、アスコルビン酸等の水溶液)を添加する等の常法により中心鉄を3価から2価へ還元することにより、酸素結合活性を付与することが望ましい。
この還元は、還元剤の添加によるばかりでなく、パラジウムカーボン/水素ガスによっても行うことができる。例えば、ポルフィリン鉄(III)錯体を乾燥ジクロロメタン、ベンゼン、トルエン等に溶解し、少量のパラジウムカーボンを添加した後、混合液中に水素ガスを室温で十分に吹き込むことにより中心鉄を還元することができる。還元後、パラジウムカーボンをろ別し、ろ液を真空乾燥した後用いることができる。
以上の還元は、包接反応の前に行うことが好ましい。
【0046】
以下に実施例をあげて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0047】
(ポルフィリン金属錯体の製造)
T. komatsu et al. Bioconjugate Chemistry 13, p.397-402, 2002に記載の製法により製造された2−[8−(2−メチル-1-イミダゾリル)オクタノイル オキシメチル]−5,10,15,20−テトラキス[α,α,α,α−o−(1−メチルシクロヘキサノイルアミノ)フェニル]ポルフィナト鉄錯体を得た。
【0048】
(ポルフィリン金属錯体とアルブミンの包接)
一酸化炭素雰囲気下で、2−[8−(2−メチル-1-イミダゾリル)オクタノイル オキシメチル]−5,10,15,20−テトラキス[α,α,α,α−o−(1−メチルシクロヘキサノイルアミノ)フェニル]ポルフィナト鉄錯体(1.07mM)のエタノール溶液(1.5L)に0.6MのL−アスコルビン酸水溶液1.5Lを添加して還元し、この液を遺伝子組換えヒト血清アルブミン(以下rHSA)0.27mMを含有するリン酸緩衝水溶液(pH7.4、1/30mM)6.5Lに加え、撹拌した。その混合液にリン酸緩衝水溶液(pH7.4、1/30mM)60Lを加えながら、限外ろ過装置(ミリポア製限外濾過膜:限外分子量30,000)を用いて定容量限外ろ過透析を行い、混合液中に含まれるエタノールを除去した。この混合液を300mLに濃縮し、所望のポルフィリン金属錯体−アルブミン包接化合物の分散液(以下、rHSA−FecycPと略す)を得た。rHSA−FecycP(CO結合体)は、室温又は4℃で数ヵ月間保存しても沈殿・凝集等が認められず、きわめて安定であった。
【0049】
rHSA−FecycP(CO結合体)を1/50に希釈し、紫外可視吸収スペクトルを測定すると、波長427nmに吸収の極大を示した。
【0050】
rHSA−FecycP(CO結合体)に光照射(500W)しながら酸素ガスを通気すると、直ちにスペクトルが変化し、波長424nmに吸収の極大を示した。これは、アルブミンに包接されたポルフィリン鉄(II)錯体が酸素化錯体となっていることを示すものである。rHSA−FecycP(O2結合体)に窒素を通気すると、直ちにスペクトルが変化し、波長443nmに吸収の極大を示した。これは、アルブミンに包接されたポルフィリン鉄(II)から酸素が除去されたことを示すものである。rHSA−FecycP(Deoxy体)に酸素を通気すると、可視吸収スペクトルは酸素化型スペクトルへ変化し、これにより酸素の吸脱着が可逆的に生起することが確認された。なお、酸素及び窒素の交互の通気を繰り返すことによって、酸素の吸脱着を繰り返し行うことができた。
【0051】
rHSA−FecycPの酸素親和度(P1/2 (O2 ):全体の1/2のポルフィリン金属錯体に酸素が結合している状態を維持するのに必要な酸素分圧)は35Torr(37℃)であった。酸素結合解離平衡曲線より見積もった肺(110Torr)−末梢組織(40Torr)間の酸素運搬効率は約20%(37℃)であり、本包接化合物が赤血球代替用の酸素運搬体として有効に作用することが示された。また、酸素結合のエンタルピー/エントロピー変化から、本包接化合物中の酸素配位錯体の挙動は赤血球中のヘモグロビンとほぼ同じであることが明らかにされた。
【0052】
(実験例1)
実施例1で得られたrHSA−FecycPについて、ラット血液交換モデルを用い、そのin vivoにおける安全性を体重変化及び血液生化学値を指標に評価した。
【0053】
(被験物質及び対照物質)
被験物質として実施例1で得られたrHSA−FecycPを、対照物質として遺伝子組替えヒト血清アルブミン(25%製剤、以下rHSA、株式会社バイファ製)を用いた。被験物質は酸素化した後、4℃にて保存し、8時間以内に使用した。また、25%rHSAは生理食塩液(大塚製薬工場製、大塚生食注)で5倍希釈し、5%の濃度になるように用時調製し、投与液とした。
【0054】
(使用薬物及び試薬)
被検物質及び対照物質以外に使用した薬物及び試薬は、以下の通りである。ジエチルエーテル(和光純薬工業製)、セボフルラン(丸石製薬製、商品名:セボフレン)、ヘパリン(アベンティスファーマ製、商品名:ノボ・ヘパリン注1000)及び生理食塩液(大塚製薬工場製、商品名:大塚生食注)。
【0055】
(使用動物)
Crj:Wistar系雄性ラット(7週齢)を日本チャールス・リバーより購入し、発育の良好な動物36匹を試験に供した。動物は、対照群(血液交換は行わない)、rHSA群(rHSAを用いて血液交換を行う)及びcyc群(rHSA−FecycPを用いて血液交換を行う)の計3群を設定し、各群へ12匹ずつ割り付けた。ただし、各群とも12匹のうち6匹は血液交換終了1日後、また、残り6匹は血液交換終了7日後に、生存していたラットについて採血を行った。
【0056】
(施術)
エーテルで導入麻酔した後、ラットをセボフルラン(丸石製薬製、商品名:セボフレン、2.0%吸入)麻酔下、背位に固定し、動物用バリカンを用いて術部を剃毛した。右大腿部を切開し、右大腿静脈内にヘパリン50U/mLを満たしたカテーテルの先端を挿入し、脱血ルートとした。動物は、rHSA群及びcyc群について、20%の血液交換を行った。すなわち、右大腿静脈より1mLの採決後、右大腿静脈より1mLの被検物質及び対照物質の投与を行い、これらの操作を1回として、計4回繰り返し行った。血液交換終了1及び7日後に腹大静脈より採血を行った。
【0057】
(一般症状観察)
血液交換前及び血液交換終了1、3及び7日後に一般症状の観察を行った。3群とも一般症状に変化は認められなかった。
【0058】
(体重変化量)
血液交換前及び血液交換終了1、3及び7日後に体重を測定した。なお、1、3及び7日後の体重から血液交換前の体重を差し引く事により、体重変化量(g)を算出した。各群の血液交換7日後までの体重の推移を図1に示す。血液交換終了7日後まで観察を行ったが、対照群、rHSA群及びcyc群の間に有意な差は認められなかった。
【0059】
(血液生化学的検査)
血漿中のAST、ALT、LDH、LAP、CRN、BUNについて定量した。各群の血液交換終了1及び7日後の結果を図2に示した。採取した静脈血は、遠心分離後、血漿を採取し、速やかに冷凍保存(設定温度:−20℃)した。
【0060】
(血液交換終了1日後)
3群とも血漿中のAST、ALT、LDH、LAP、CRN及びBUN量に顕著な差は認められなかった。
【0061】
(血液交換終了7日後)
3群とも血漿中のAST、ALT、LDH、LAP、CRN及びBUN量に顕著な差は認められなかった。
【0062】
以上の実験例1及び2から明らかなように、実施例1で得られたrHSA−FecycPは、生理的条件下でも優れた酸素吸脱着能を示し、生体適合性も高いことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本願発明の包接化合物は、酸素運搬体として種々の医療用用途に使用することができ、例えば輸血時の赤血球代替物や、虚血部位の組織障害防止剤、心筋梗塞等の虚血性疾患の治療剤、腫瘍の放射線治療における増感剤といった用途に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】実験例1における血液交換後の体重の推移を示す図である。
【図2】実験例1における血液交換後の血液生化学的検査値を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)
【化1】

(式中、R1 はシクロヘキシル基を含む置換基、R2 は置換基、Mは元素周期表第6〜10族の遷移金属原子または金属イオン、X- はハロゲンイオンを表わし、X- の個数は金属イオンの価数から2を差し引いた数を示す。)
で示される2位置側鎖を有するテトラフェニルポルフィリン金属錯体をアルブミンで包接して得られる新規包接化合物。
【請求項2】
下記一般式(2)
【化2】

(式中、R2 は置換基、Mは元素周期表第6〜10族の遷移金属原子または金属イオン、X- はハロゲンイオンを表わし、X- の個数は金属イオンの価数から2を差し引いた数を示す。)で示される、請求項1記載の包接化合物。
【請求項3】
2 が一般式(3)
【化3】

[式中、R3 はC1 〜C18のアルキル基、または一般式(4)
【化4】

(式中、R4 はこれが結合しているイミダゾールの中心金属への配位を阻害しない基、
5 はアルキレン基を示す。)]
で示されるものである、請求項1記載の包接化合物。
【請求項4】
Mが鉄、コバルトまたはクロムである、請求項1記載の包接化合物。
【請求項5】
Mが+2価の鉄、+3価の鉄または+2価のコバルトである、請求項1記載の包接化合物。
【請求項6】
4 が水素、メチル基、エチル基またはプロピル基である、請求項3記載の包接化合物。
【請求項7】
5 がC1 〜C10のアルキレン基である、請求項3記載の包接化合物。
【請求項8】
アルブミンがヒト血清アルブミン又は組換えヒト血清アルブミンである、請求項1記載の包接化合物。
【請求項9】
請求項1記載の包接化合物を有効成分として含む酸素運搬体。
【請求項10】
請求項9記載の酸素運搬体を含む医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−232818(P2006−232818A)
【公開日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−15448(P2006−15448)
【出願日】平成18年1月24日(2006.1.24)
【出願人】(000135036)ニプロ株式会社 (583)
【Fターム(参考)】