説明

ポンプ用ロータとそれを用いた内接歯車式ポンプ

【課題】インナーロータの歯形をトロコイド曲線を用いて創成した内接歯車式ポンプ用のロータについて、歯丈の設定を自由に行なえるようにしてポンプの吐出量を増加させること課題としている。
【解決手段】インナーロータ2の歯形が、基礎円上を所定径の転円が滑らずに転がり、この転円の中心から両ロータの偏心量相当量離れた点が描くトロコイド曲線TC上に中心を有する直径d2の軌跡円Cの円弧群の包絡線によって形成されており、軌跡円Cのインナーロータの歯先部における直径d2Tよりも歯底部中央における直径d2Bを大きくした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、歯数差が1枚のインナーロータ(外歯歯車)とアウターロータ(内歯歯車)を組み合わせたポンプ用ロータとそれをハウジングに組み込んで構成される内接歯車式ポンプに関する。
【背景技術】
【0002】
内接歯車式ポンプは、車のエンジンや自動変速機(AT)の潤滑用ポンプなどとして利用されている。この内接歯車式ポンプの中に、歯数差が1枚のインナーロータとアウターロータを偏心配置にして組み合わせたものがあり、さらに、その形式のポンプの中に、容積効率が良くて騒音や駆動トルクも小さいことで知られるトロコイド曲線を用いてロータの歯形を創成したものがある。
【0003】
このトロコイド曲線を用いて創成される歯形は、図8に示すように、基礎円Aと、その基礎円A上を滑らずに転がる転円Bを用いて転円Bの中心から距離e(=インナーロータとアウターロータの回転中心の偏心量)離れた半径上の一点の軌跡でトロコイド曲線TCを描き、そのトロコイド曲線TC上を移動するトロコイド曲線TC上に中心の置かれた一定径の軌跡円Cの円弧群の包絡線でインナーロータ2の歯形が創成される(下記特許文献1を同時参照)。
【特許文献1】特開昭61−201892号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
トロコイド曲線を用いた歯形は、基礎円A、転円B、軌跡円C、インナーロータの中心とアウターロータの中心の偏心量eの値が1つの歯形に対してそれぞれ1つ設定される。その歯形を有するポンプは、吐出量を増加させるためには、歯丈を高くすればよいが、目的を達成しようとしてインナーロータの中心とアウターロータの中心の偏心量eを大きくすると、歯幅が狭くなりすぎたり、歯形の設計自体が不可能になったりする。従って、上記の偏心量が規制され、そのために歯丈も規制されて吐出量を増加させる要求に応えるのが難しい。
【0005】
この発明は、上述したタイプのポンプのロータについて歯丈の設定を自由に行なえるようにしてポンプの吐出量を増加させること課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するため、この発明においては、歯数がnのインナーロータと、歯数が(n+1)のアウターロータを組み合わせ、両ロータの歯間に形成されるポンプ室のロータ回転に伴う容積変化によって流体(主として液体)を吸入、吐出する内接歯車式ポンプのロータを以下のように構成した。すなわち、インナーロータの歯形が、直径dの基礎円A上を直径d1の転円Bが滑らずに転がり、この転円Bの中心から距離eだけ離れた点が描くトロコイド曲線TC上に中心を有する直径d2の軌跡円Cの円弧群の包絡線によって形成されており、前記軌跡円Cの直径d2をインナーロータの歯先部よりも歯底側で大きくした。
【0007】
前記軌跡円Cの直径は、インナーロータの歯先部から歯底部の中央に行くにつれて下記の式に従って変化させるのがよい。
2=d2T+{(rmax−r)/(rmax−rmin)}・ΔC
ΔC=d2B−d2T
ここに、d2T:歯先部における軌跡円Cの直径
2B:歯底部における軌跡円Cの直径
r:インナーロータ中心からトロコイド曲線までの距離
【0008】
この発明は、上記の歯形を有するインナーロータと、そのインナーロータの中心をアウターロータの中心周りに直径(2e+t)の円を描いて公転させ、インナーロータ中心がその円を1周公転する間にインナーロータを1/n回自転させ、こうして作られるインナーロータの歯形曲線群の包絡線を歯形にしたアウターロータを組み合わせてポンプ用ロータを構成し、そのポンプ用ロータをハウジングに設けられたロータ室に収納して構成される内接歯車式ポンプも併せて提供する。
なお、上記において、eはインナーロータの中心とアウターロータの中心の偏心量、tはアウターロータとそれに押し付けたインナーロータの歯間最大隙間(チップクリアランス)、nはインナーロータの歯数である。
【発明の効果】
【0009】
この発明のポンプ用ロータは、基礎円と転円を用いて描いたトロコイド曲線上を軌跡円が移動し、その軌跡円の円弧群の包絡線でインナーロータの歯形を形成するロータを改善の対象にし、軌跡円の直径を可変とすることでインナーロータの歯丈の設定に自由度を付与している。前記軌跡円の、歯先部における直径よりも歯底部における直径を大きくしたことによって、一定径の軌跡円の円弧群の包絡線によってインナーロータの歯形が形成されるもの(以下、従来品と言う)に比べてインナーロータの歯丈が大きくなり、そのために、インナーロータとアウターロータの歯間に形成されるポンプ室の容積が大きくなってポンプの理論吐出量が増大する。
【0010】
また、インナーロータの歯先付近の歯形は、上記の従来品とほぼ同じものになるので、チップクリアランス付近での歯間隙間は従来品と同様の狭さになり、ポンプの高い容積効率を維持することができる。また、チップクリアランスが従来品と同様の狭さになるため、ポンプの作動音やロータの耐久性も従来品と同等のものになる。
【0011】
さらに、この発明の内接歯車式ポンプは、インナーロータをアウターロータの中心周りに公転させながら自転させて描いたインナーロータの歯形曲線群の包絡線でアウターロータの歯形を作成したので、ロータの円滑な回転と一定の歯間隙間の維持が図れ、安定した性能が発揮される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、添付図面の図1〜図3に基づいてこの発明のポンプ用ロータ1の実施の形態を説明する。図1に示すポンプ用ロータ1は、歯数がn(図のそれはn=9)のインナーロータ2と、歯数が(n+1)のアウターロータ3を組み合わせて構成されている。2aはインナーロータ2の歯先部、2bはインナーロータ2の歯底部である。インナーロータ2は、中心に軸穴2cを有する。
【0013】
インナーロータ2は、その歯形が、図8で説明した包絡線、すなわち、直径dの基礎円A上を直径d1の転円Bが滑らずに転がり、この転円Bの中心から距離eだけ離れた点が描くトロコイド曲線TC上に中心を有する直径d2の軌跡円Cの円弧群の包絡線によって形成されている。
【0014】
その包絡線を描くのに用いる軌跡円Cは、従来品の場合、直径を一定させているが、発明品のポンプ用ロータでは、その軌跡円Cの直径を、インナーロータ2の歯先部2aと歯底部2bにおいて異ならせている。具体的には、その軌跡円Cの直径を、インナーロータ2の歯先部2aから歯底部2bの中央に行くにつれて徐々に増加させ、図3に示すように、歯先部2aにおける直径d2Tよりも歯底部2bの中央における直径d2Bを大きくしている。そのために、発明品のインナーロータ2の歯丈h1が、従来品の歯丈h(図8参照)に比べて大きくなり、これにより、インナーロータ2とアウターロータ3の歯間に形成されるポンプ室(チャンバ)4の容積が従来品よりも大きくなってポンプの吐出量が増加する。
【0015】
軌跡円Cのインナーロータ歯先部における直径d2Tと歯底部中央における直径d2Bの比(d2B/d2T)は、その値が大き過ぎるとインナーロータ2の歯幅が細くなりすぎて歯の耐久性が低下し、一方、その値が小さ過ぎると歯丈を大きくする効果が薄れるので、耐久性と歯丈増による吐出量増加のバランスを考えて適切な値を選択する。その比は1.1〜1.5位が適当と考えられるが、その範囲に限定されるものではない。軌跡円Cの直径d2は、下式を満足するように変化させるのがよい。
図4において、
2B:歯底部における軌跡円Cの直径(最大径)
2T:歯先部における軌跡円Cの直径(最小径)
r:インナーロータ中心Oiからトロコイド曲線Tcまでの距離
として、
ΔC=d2B−d2T
2=d2B−ΔC・{([√(x2+y2)]−rmin)/(rmax−rmin)}
=d2T+ΔC−ΔC・{([√(x2+y2)]−rmin)/(rmax−rmin)}
=d2T+{(rmax−[√(x2+y2)])/(rmax−rmin)}・ΔC
=d2T+{(rmax−r)/(rmax−rmin)}・ΔC
【0016】
アウターロータ3は、インナーロータ2よりも歯数を1枚多くしたものが用いられている。このアウターロータ3は、図5に示すように、インナーロータ2の中心Oiをアウターロータ3の中心OO周りに直径(2e+t)の円Sを描いて公転させ、インナーロータ中心Oiがその円Sを1周公転する間にインナーロータを1/n回自転させ、こうして作られるインナーロータ2の歯形曲線群の包絡線で歯形を形成している。
ここに、e:インナーロータの中心とアウターロータの中心の偏心量
t:アウターロータとそれに押し付けたインナーロータ間の最大隙間(=チップクリアランス)
n:インナーロータの歯数
【0017】
このインナーロータ2とアウターロータ3を偏心配置にして組み合わせてポンプ用ロータ1を構成し、そのポンプ用ロータ1を、図6に示すように、吸入ポート7と吐出ポート8を有するポンプハウジング5のロータ室6に収納して内接歯車式ポンプ9を構成する。その内接歯車式ポンプ9は、インナーロータ2の軸穴2cに駆動軸(図示せず)を通して係合させ、その駆動軸から駆動力を伝えてインナーロータ2を回転させる。このとき、アウターロータ3は従動回転し、この回転により両ロータ間に形成されるポンプ室4の容積が増減してオイルなどの液体の吸入、吐出がなされる。
【実施例1】
【0018】
この発明の効果を確認するために、以下の仕様のポンプ用ロータを有する内接歯車式ポンプの吐出性能の違いを調べた。試験の条件は、ポンプ回転数500〜6000/rpm、使用オイル:エンジンオイルSAE30、油温:120℃、吐出圧力:0.5MPa及び2.0MPaである。
【0019】
図1が発明品、図7が従来品である。この図1と図7のロータは同一尺度で表示しており、インナーロータ2の歯丈の違いがこれらの図からわかる。なお、従来品のアウターロータは、歯底の形状が発明品と異なっているが、これは吐出量に影響を与えるものではない。
インナーロータの歯形設計は、直径=φ77.8mmの基礎円と、直径=φ8.6mmの転円と、表1に記載した大きさの軌跡円を用いて行なった。この試験に用いたロータの歯形諸元を表1に示す。
【表1】

【0020】
吐出圧0.5MPaでの上記の試験の結果を表2及び図9にそれぞれ示す。表2は、回転数を変えたときの吐出量と、比較品を100としたときの発明品の吐出量の割合を示している。
【0021】
【表2】

【0022】
また、吐出圧2.0MPaでの上記の試験の結果を表3及び図10にそれぞれ示す。表3も、上記同様、回転数を変えたときの吐出量と、比較品を100としたときの発明品の吐出量の割合を示している。
【0023】
【表3】

【0024】
上記の試験の結果から、発明品のポンプの吐出量が、例えば、油温:120℃.吐出圧力:0.5MPa、回転数:1000rpmの条件下において従来品に比べて、11%強増加し、また、油温:120℃.吐出圧力:2.0MPa、回転数:1000rpmの条件下においては約45%強増加することを確認した。
【0025】
図1及び図7のθはインナーロータ2とアウターロータ3の歯の噛み合い圧力角を表している。この噛み合い圧力角θは、図7の従来品では21°である。これに対し発明品の噛み合い圧力角θは13°であり、従来品に比べて極めて小さい。従って、インナーロータからアウターロータへの回転トルクの伝達効率も、発明品が従来品に勝るものになる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】この発明のポンプ用ロータの一例を示す端面図
【図2】図1のポンプ用ロータのチップクリアランスを示す図
【図3】インナーロータの発明品の歯形の創成方法を示す図
【図4】図3を補足する図
【図5】アウターロータの歯形の形成方法を示す図
【図6】図1のポンプ用ロータを採用した内接歯車式ポンプをハウジングのカバーを外した状態にして示す端面図
【図7】改善対象のポンプ用ロータ(従来品)の一例を示す端面図
【図8】トロコイド曲線を用いた歯形の創成方法の解説図
【図9】吐出圧力0.5MPaでの吐出量の試験結果を比較した図
【図10】吐出圧力2.0MPaでの吐出量の試験結果を比較した図
【符号の説明】
【0027】
1 ポンプ用ロータ
2 インナーロータ
2a 歯先部
2b 歯底部
2c 軸穴
3 アウターロータ
4 ポンプ室
5 ポンプハウジング
6 ロータ室
7 吸入ポート
8 吐出ポート
9 内接歯車式ポンプ
A 基礎円
B 転円
C 軌跡円
TC トロコイド曲線
S 直径が(2e+t)の円
d 基礎円Aの直径
1 転円Bの直径
2 軌跡円Cの直径
2T 軌跡円Cのインナーロータの歯先部における直径
2B 軌跡円Cのインナーロータの歯底部中央における直径
h,h1 インナーロータの歯丈
i インナーロータの中心
O アウターロータの中心
e インナーロータの中心とアウターロータの中心の偏心量
t アウターロータとそれに押し付けたインナーロータの歯間最大隙間=チップクリアランス
n インナーロータの歯数
θ 歯の噛み合い圧力角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯数がnのインナーロータ(2)と、歯数が(n+1)のアウターロータ(3)を組み合わせ、両ロータの歯間に形成されるポンプ室(4)のロータ回転に伴う容積変化によって流体を吸入、吐出する内接歯車式ポンプのロータであって、
インナーロータ(2)の歯形が、
直径dの基礎円(A)上を直径d1の転円(B)が滑らずに転がり、この転円(B)の中心から距離eだけ離れた点が描くトロコイド曲線上に中心を有する直径d2の軌跡円(C)の円弧群の包絡線によって形成されており、前記軌跡円(C)の直径d2が、インナーロータ(2)の歯先部(2a)よりも歯底側で大きいことを特徴とするポンプ用ロータ。
【請求項2】
前記軌跡円(C)の直径d2が、インナーロータ(2)の歯先部(2a)から歯底部(2b)の中央に行くにつれて以下の式に従って変化することを特徴とする請求項1に記載のポンプ用ロータ。
2=d2T+{(rmax−r)/(rmax−rmin)}・ΔC
ΔC=d2B−d2T
ここに、d2T:歯先部における軌跡円Cの直径
2B:歯底部における軌跡円Cの直径
r:インナーロータ中心からトロコイド曲線までの距離
【請求項3】
請求項1又は2に記載のインナーロータ(2)と、そのインナーロータ(2)の中心(Oi)をアウターロータ(3)の中心周りに直径(2e+t)の円(S)を描いて公転させ、インナーロータ中心(Oi)がその円(S)を1周公転する間にインナーロータ(2)を1/n回自転させ、こうして作られるインナーロータの歯形曲線群の包絡線を歯形にしたアウターロータ(3)を組み合わせてポンプ用ロータ(1)を構成し、そのポンプ用ロータ(1)をハウジング(5)に設けられたロータ室(6)に収納して構成される内接歯車式ポンプ。
ここに、e:インナーロータの中心とアウターロータの中心の偏心量
t:アウターロータとそれに押し付けたインナーロータの歯間最大隙間
n:インナーロータの歯数

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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