説明

マイクロカンチレバーのばね定数実測方法

【課題】マイクロカンチレバーのばね定数を、ナノテクノロジーで必要とされるナノニュートンレベルの種々の力学特性を測定する場合と同様のより使用環境に近い状況で、信頼性が高い正確な測定を簡単な操作で可能とする。
【解決手段】マイクロカンチレバー1にピエゾアクチュエーター3で力を付与して変位させ、マイクロカンチレバー1の先端の探針9を電子天秤2の皿7に載置したシリコン基板8を介して当接させて該付与した力を前記電子天秤2により重さとして測定し、該測定により得られた前記変位と前記重さとの関係曲線の傾きからマイクロカンチレバー1のばね定数を求めることを特徴とするマイクロカンチレバー1のばね定数実測方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子間顕微鏡等に使用されるナノニュートンレベルの力を測定可能なマイクロカンチレバーのばね定数実測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ナノレベルの技術開発が盛んに行われているが、このような技術開発において、原子間力顕微鏡が使用されている。原子間力顕微鏡に用いるようなマイクロカンチレバーは、支持部とレバー部とから一体に構成されている。レバー部の先端には探針が突設されており、探針を被計測体の表面にピエゾ素子(圧電素子)を用いて当接して、その際カンチレバーが受ける力をカンチレバーのたわみとして検出する.このたわみは、レーザーをカンチレバー背面に照射し、その反射角の変化を受光素子等で電気的な出力に変換して電気出力とし検出する。
【0003】
ところで、ピエゾ素子及びカンチレバーも含めて原子間力顕微鏡の校正は、ナノレベルの測定を行うに際して精度の高い測定結果を得るために必須のことであり、精度が悪ければ測定そのものの意味を失うことになる。原子間力顕微鏡のようにカンチレバーを利用する機器を使用する研究開発では、校正において必要なカンチレバーのばね定数を簡単且つ正確に測定する方法が求められていた。
【0004】
カンチレバーのばね定数を実測する方法としては、従来は、ピエゾ素子による励振により共振周波数を求めて、非接触でばね定数を計算する方法が知られている。
【0005】
また、原子間力顕微鏡のカンチレバーの探針背面側からピペットを接近させ、ピペットからアルゴンガスを噴射してカンチレバーに流体力を与え、流体力とたわみの計測値の関係からカンチレバーのばね定数を求める計測方法は公知である(特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2004−342850号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記従来の方法(ピエゾ素子による励振により共振周波数を求めて、非接触でばね定数を計算する方法)により求めたばね定数では、その最小公称値と最大公称値は約10倍異なる。よって、カンチレバーでの力学測定、特にナノレベルの測定を厳密に行うことは困難である。
【0007】
また、上記のように非接触でばね定数を計算する方法では、共振振幅まで大きく励振させる。実際、カンチレバー探針と試料表面を接触させ、その吸着力により試料表面の構造を測定したり、或いは微小な構造物の力学特性を測定する場合は、試料に直接カンチレバーを押し付けて測定する。原子間力顕微鏡のようにナノニュートンレベルの小さな吸着力を測定対象とするときには、カンチレバーの変位量は、共振振幅よりも著しく小さく、この点でカンチレバーの使用環境が異なる。
【0008】
よって、ピエゾ素子による励振により共振周波数を求める方法や、流体力とたわみの計測値の関係からカンチレバーのばね定数を求める計測方法等のように、非接触の方法で求めたばね定数は、カンチレバーを利用した通常の測定には適応できない。たとえ、使用しても、有効数字一桁の精度の測定結果が得られる保証はない。
【0009】
本発明は、上記のとおり、従来問題であった、カンチレバーのばね定数を、研究開発の現場で、簡単、且つ正確に測定する方法が実現することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は上記課題を解決するために、マイクロカンチレバーを、ピエゾ素子を用いてナノメートル間隔で変位させ、該付与した力を電子天秤により重さとして測定し、前記変位と前記測定により得られた前記重さとの関係曲線の傾きから、前記カンチレバーのばね定数を求めることを特徴とするマイクロカンチレバーのばね定数実測方法を提供する。
【0011】
前記カンチレバーに、ピエゾアクチュエーターで前記変位をさせ、その変位量がナノメートル、もしくはそれよりも良い精度で把握できることが好ましい。
【0012】
前記マイクロカンチレバーの先端の探針を電子天秤の皿に載置した基板を介して当接させて前記付与した力を前記電子天秤により重さとして測定することが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
上記構成の本発明によれば、次のような効果が生じる。
(1)直接天秤の測定した重さからばね定数を求めるので、簡単な操作でマイクロカンチレバーのばね定数を正確に測定することができ、種々の力学特性を接触測定する場合と同様の環境でばね定数の測定が可能である。
【0014】
(2)従来の技術で測定して得られるばね定数よりも、より使用環境に近い状況で測定できるため、既存の測定技術よりも汎用性、信頼性が高い。現在、盛んに研究されているナノテクノロジーで必要とされる、ナノニュートンレベルの力学測定が有効数字3桁、誤差数パーセントの範囲で正確に行える。
【0015】
本発明の解決手段の特徴をさらに説明すると次のとおりである。ナノメートル精度の変位と、実際の接触時の荷重を電子天秤を用いてマイクログラム単位で測定し、マイクロメートルサイズのカンチレバーのばね定数を有効数字3桁、誤差数パーセント以下まで求め得る点が従来にない点である。
【0016】
特に、原子間力顕微鏡で通常使用されるカンチレバーのばね定数は1 N/m程度であり、微小変位量がナノメートルのときに付与される力は数ナノニュートンになる。こうした測定に用いるカンチレバーのばね定数とそれを用いて計算される測定値が前記の3桁の有効数字、誤差数パーセント以下の範囲で求められることになる。すなわち、従来のばね定数の有効数字を1桁、もしくはその十分の一とすれば、それらの百倍から千倍の精度が達成されることになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明に係るマイクロカンチレバーのばね定数実測方法の最良の形態を実施例に基づき図面を参照して、以下説明する。
【0018】
ピエゾ素子で操作されたマイクロカンチレバーの変位(変位量:Δx)と、マイクロカンチレバーに付与された力(F)については、フックの法則に基づいて、F=−k・Δxの関係が成立する。ここで、kはばね定数である。
【0019】
本発明では、マイクロカンチレバーを変位させ、マイクロカンチレバーの先端を電子天秤の皿で受けて、付与された力Fを電子天秤で重さとして測定しデジタルデータを取得し、その測定で得られた重さと変位量Δxの関係曲線からマイクロカンチレバーのばね定数を求めることを特徴とするものである。
【実施例】
【0020】
図1は、本発明に係るマイクロカンチレバー1(以下、単に「カンチレバー1」という。)のばね定数実測方法の実施例を説明する図である。図2は、後述するが、本発明者らが、本発明のばね定数実測方法に沿って実験して得られた測定データに基づく、カンチレバー1の変位−重さの関係曲線である。本実施例では、カンチレバー1の全長は100μm、幅は10μm、厚みは1μmである。
【0021】
本発明に係るマイクロカンチレバー1のばね定数実測方法を実施するために必要な機器、手段は、電子天秤2(秤量値をデジタルデータとして出力する市販されている電子天秤、測定精度1〜10μg)、ピエゾアクチュエーター3、カンチレバーホルダー4、望遠鏡5、パソコン6及びばね定数実測用制御ソフトである。
【0022】
ピエゾアクチュエーター3は、パソコン6に搭載されたプログラムに基づき制御装置10に制御されて動作し、カンチレバーホルダー4に変位を与える。そして、電子天秤2は、その秤量デジタルデータをパソコン6にデータ線11を介して出力する。本発明の方法は、これらの機器、手段を利用して、次の(1)〜(5)の手順で行う。
【0023】
(1)電子天秤2の皿7上に、シリコン基板8、あるいはそのシリコン基板8上にさらに任意の材料を堆積させたものを設置する。本実施例では、電子天秤2の皿7にシリコン基板8を載置した場合を示す。シリコン基板は接触面の平滑性を得るために用い、他には研磨されたガラス等も利用できる。
【0024】
(2)次に、ピエゾアクチュエーター3に設置されたカンチレバーホルダー4に、測定すべきカンチレバー1を取り付ける。図1(a)に示すように、カンチレバー1の先端の探針9(高さ10μm)を電子天秤2の皿7内に載置されたシリコン基板8に対向する位置で設置する。
【0025】
(3)次に、ピエゾアクチュエーター3を動作させて、図1(b)に示すように、図2の変位0の位置から点A(変位約17μm)までカンチレバー1を、変位を大まかに確認するため望遠鏡5で観察しながら接近させて、電子天秤2の皿7へ近づけ、探針9がほぼシリコン基板8に当接する状態にする。
【0026】
(4)次に、制御用プログラムを起動し、ピエゾアクチュエーター3によって、カンチレバー1を電子天秤2の皿7方向へ数nm〜十nmごとに動作させて、電子天秤2の皿7上のシリコン基板8に対してカンチレバー1を押しつけ、そのたびに電子天秤2により重さを秤量する。カンチレバー1のばね定数は、数ナノメートル、もしくはそれ以下の変位に対する力測定のためのものであるが、後述するように当該ばね定数は、カンチレバー1の変位−重さの関係の傾きより求めるので、この操作での変位間隔は前記数nm〜十nmごとで十分となる。
【0027】
そして、電子天秤2により重さはデジタルデータとしてコンピュータに得る。これにより、カンチレバー1の各変位と該各変位位置での重さ(秤量デジタルデータ)を、ともにパソコン6の中に取得することができる。
【0028】
ところで、制御用プログラムはパソコン6に搭載されるものであり、 ピエゾアクチュエーター3がカンチレバー1を電子天秤2の皿7方向へ数nm〜十nmごとに押しつけるように動作するプログラムである。このプログラムに基づきパソコン6は、制御信号を生成し、この制御信号をピエゾアクチュエーター3の駆動制御装置10に送る。この制御信号によって、駆動制御装置10は、 ピエゾアクチュエーター3がカンチレバー1を上記のように動作させる。
【0029】
(5)以上の測定によって、図2に示すような、カンチレバーの変位−重さの関係曲線Sが得られる。このカンチレバーの変位−重さの関係曲線Sのほぼ線形部分A−Bの傾きがばね定数に相当するため、この関係よりばね定数を求めることができる。
【0030】
(実験例)
本発明者らは、本発明の方法に従って、カンチレバー1のばね定数の実測実験を行った。この実験で被測定物として使用したカンチレバー1のばね定数の公称平均値は1.75N/mであり、公称値の最小は0.45N/m、最大は5N/mである。
【0031】
このカンチレバー1を本発明の方法に従って得た図2に示す変位−重さの関係曲線Sの線形部分A−Bの傾きを割り出しにより得られたカンチレバー1のばね定数は、3.95N±0.04/mである。この測定結果によると、実測データは公称平均値の約2.26倍であり、公称平均値と大きく違うことが判明し、本発明に係るマイクロカンチレバー1のばね定数実測方法の重要性が明らかである。
【0032】
以上、本発明に係るマイクロカンチレバーのばね定数実測方法を実施するための最良の形態を実施例に基づいて説明したが、本発明はこのような実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された技術的事項の範囲内でいろいろな実施例があることは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0033】
上記構成から成る本発明に係るマイクロカンチレバーのばね定数実測方法は、特に、原子間顕微鏡等に使用されるナノニュートンレベルが測定が可能なマイクロカンチレバーのばね定数を実測する方法としてきわめて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の実施例を説明する図である。
【図2】カンチレバーの変位−重さの関係曲線を示すグラフである。
【符号の説明】
【0035】
1 マイクロカンチレバー
2 電子天秤
3 ピエゾアクチュエーター
4 カンチレバーホルダー
5 望遠鏡
6 パソコン
7 電子天秤の皿
8 シリコン基板
9 探針
10 駆動制御装置
11 データ線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピエゾアクチュエーターを用いて、マイクロカンチレバーを基板に接触させながら変位させてたわませ、基板に付与された力を電子天秤により重さとして測定し、前記変位と前記測定により得られた前記重さとの関係曲線の傾きから、前記カンチレバーのばね定数を求めることを特徴とするマイクロカンチレバーのばね定数実測方法。
【請求項2】
前記カンチレバーにピエゾアクチュエーターでナノメートル単位で変位させ、前記力を付与させることを特徴とする請求項1記載のマイクロカンチレバーのばね定数実測方法。
【請求項3】
前記マイクロカンチレバーの先端の探針を電子天秤の皿に載置した基板を介して当接させて前記付与した力を前記電子天秤により重さとして測定することを特徴とする請求項1又は2記載のマイクロカンチレバーのばね定数実測方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−232544(P2007−232544A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−54035(P2006−54035)
【出願日】平成18年2月28日(2006.2.28)
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【Fターム(参考)】