説明

マイクロ流体デバイス内のTAQポリメラーゼを乾燥保存するための再水和可能なマトリックス

PCR試薬を乾燥保存するための製剤について記載される。これらの製剤は、試薬を検査の時点で復元する、PCRによる臨床検査を行うための、内臓型マイクロ流体カード型デバイスを製造するのに使用される。これらのカードでは、TAQポリメラーゼを、凍結乾燥または凍結させることなく、ガラス化させた乾燥形態中に「オンボードで」保存し、アッセイの間に、試料または試料溶出物により復元する。凍結乾燥状態および凍結保存状態が要求されないことが有利である。それに限定されず、本方法は、診断的核酸アッセイのためのマイクロ流体デバイスおよびキットを製造するのに使用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願への相互参照
本願は、米国特許法第119条(e)項の下、2009年6月12日に出願された米国仮特許出願第61/186,441号の利益を主張し、この米国仮特許出願の全体の内容は、本明細書中に参考として援用される。
【0002】
背景
分野
本発明は一般に、凍結乾燥することなく、脱水により安定化した、オンボードのPCR用TAQポリメラーゼを有する、マイクロ流体カートリッジによる分子診断アッセイの分野に関する。
【背景技術】
【0003】
先行技術の説明
脱水は、凍結温度を超える温度での保存中の酵素の機能を保護することが公知であるが、この技術は結果の予測が極めて困難であり、具体的な成功を期待できないので、研究される各酵素に応じて方法および組成物を変更させなければならない。Thermus aquaticusにおいて最初に発見されたために「TAQポリメラーゼ」と一般的に称される、PCRで使用される好熱性生物のDNAポリメラーゼは、この点において特に困難であることが分かっている。にもかかわらず、マイクロ流体デバイス内において室温で商業的に有用な保管寿命を有するPCR製品の開発では、この問題の解決に依存している。
【0004】
TAQは、5’−3’ポリメラーゼ活性およびエクソヌクレアーゼ活性を有するが、他のポリメラーゼが有する3’−5’プルーフリーディング能は有さない。しかし、その酵素構造物は、他のDNAポリメラーゼに共有されており、DNA鋳型の結合に関連する深い窪み(cleft)により分断された、対向性のサム−パームドメイン(opposable thumb−palm domain)を含有する。熱安定性と関連する特色には、Lysに対するArg、Aspに対するGlu、Glyに対するAla、Serに対するThrの比が大きいこと、ならびにシステインが見られないことが含まれる。疎水性相互作用、水素結合による相互作用、静電相互作用、ならびにファンデルワールス相互作用により、高温でのフォールディングが維持されている。
【0005】
酵素は、それらの触媒機能およびフォールディングと関連する協同的運動および可撓性を有する、複雑に折り畳まれたナノ機械である。特定の構造サブドメインは、構造が比較的固定されているが、他の構造サブドメインは、より流動性であり、かつ動的である。保存中には、脱水により天然状態を保存することが理想的であるが、脱水は、あるレベルでフォールディングの不安定化を結果としてもたらすことが極めてよく観察される。酵素のアンフォールディングからは変性および活性の喪失が結果として生じ、脱水(または凍結)後における構造の変化は、再水和後に、活性な「天然状態」の形態へのリフォールディングが生じないほどに重大でありうる。
【0006】
酵素構造物における水の役割は、堅固に確立されている。タンパク質の水和度は、「Dh」で表わすことができ、Dh≒0.4(g HO/g タンパク質)は、タンパク質を取り巻く水の完全水和殻または単層を示唆する。中間レベルの水和もまた、公知である。Dh≒0.15〜0.2のとき、水は、より極性の表面およびよりイオン性の表面と会合するのに十分であるに過ぎず、酵素活性は失われる。大半の凍結乾燥工程は、Dh≒0.02を結果としてもたらす。水の誘電遮蔽がなければ、静電相互作用の結果として変性が生じうる。水は、水和殻内の水素結合を絶え間なく切断および再形成することにより(疎水性相互作用および親水性相互作用の両方をもたらす)、ならびにペプチド間相互作用および側鎖間相互作用を介して、αヘリックスモチーフおよびβターンモチーフなどの二次構造および三次構造を誘導することにより、タンパク質構造を支配する。溶媒としての水の液晶能および水素結合能により、酵素の構造ドメインの運動が、潤滑化または「可塑化」される。
【0007】
アモルファス固体は、再水和が対応する結晶状態の場合より急速に進行するため、試薬の「乾燥」保存には、アモルファス固体が好ましい。タンパク質は、過剰の水により再水和すると、制御された形で脱ガラス化を経る、固体で非吸湿性のガラス状マトリックス内で安定化させることが理想的である。好ましい状態は、液体を過冷却することにより形成されるガラス状態と共通するところが多い。同様に、タンパク質ドメインは、低分子およびポリマーにおいてガラス状態を形成させるT(ガラス転移温度)に類似する温度T(動的転移温度)以下の、アモルファス「ガラス」状態またはアモルファスゲル様状態で凍結させることもできる。T未満では、タンパク質のアンフォールディングが有効に阻害される。同様に、臨界レベルまで脱水させることは、タンパク質のアンフォールディングの阻害を随伴しうる:Dh<0.2では、水和殻が斑状であり、室温で供給可能な熱エネルギーが、タンパク質を変性させるのに十分であっても、タンパク質ドメインのアンフォールディングに関連する水素結合の再編成を遂行するには水分子が不十分である。
【0008】
乾燥保存中において、タンパク質を変性から保護する分子である、リオプロテクタントからなるガラス内でタンパク質を脱水させることは、特に興味深い。リオプロテクタントの活性は、リオプロテクタントが、水素結合および疎水性結合を介してタンパク質と直接相互作用し、水を除去することの変性効果を何らかの形で補正すると考えられる、「水置換モデル」によりおそらく最もよく説明される。例えば、グリセロールは、タンパク質の水和殻内の水に代えて置き換わり、脱水タンパク質を、水の立体構造の不安定性を伴わないとはいえ、再水和可能な形態へと可塑化するのに有効であると考えられる。
【0009】
したがって、ガラス形成分子との親密な混合物中でタンパク質を冷却することにより形成されるアモルファスガラス状態と、この混合物を脱水させることにより形成されるアモルファスガラス状態とを、共通の枠組みを用いて考えることができる。いずれの場合にも、固体の生成物は、糖などのアモルファスガラス中で「溶媒和した」および分子分散している、多様な程度の天然状態を有するタンパク質のコンフォーマーからなる。例えば、タンパク質と糖との混合物は、その混合物の組成に比例して、糖のTとタンパク質のTとの間の中間的なバルクTを有することが、熱量測定により判明している。同様に、その機構が完全に理解されているわけではないが、タンパク質を、適切なリオプロテクタントと親密に会合させることにより、タンパク質のTを調節することもできる。したがって、脱水タンパク質の立体構造は、ガラスの分子構造と何らかの形で結合すると考えられる。
【0010】
候補リオプロテクタントには、一般にポリヒドロキシ化合物(PHC)が含まれ、特に、各種の糖(単糖、二糖、三糖、およびオリゴ糖)、糖アルコール、ならびに各種のポリヒドロキシ性低分子およびポリヒドロキシ性ポリマーが含まれる。ラクチトール、マンニトール、マルチトール、キシリトール、エリトリトール、ミオイノシトール、トレイトール、ソルビトール(グルシトール)、およびグリセロールが、糖アルコールの例である。非還元糖には、スクロース、トレハロース、ソルボース、スタキオース、ゲンチアノース、メレチトース、およびラフィノースが含まれる。リオプロテクタントである糖誘導体には、中でも、メチルグリコシドおよび2’デオキシグルコースが含まれる。糖酸には、L−グルコン酸およびその金属塩が含まれる。大半の適用にはそれほど好ましくない還元糖には、フルクトース、アピオース、マンノース、マルトース、イソマルツロース、ラクトース、ラクツロース、アラビノース、キシロース、リキソース、ジギトキソース、フコース、クエルシトール、アロース、アルトロース、プリメベロース、リボース、ラムノース、ガラクトース、グリセルアルデヒド、アロース、アピオース、アルトロース、タガトース、ツラノース、ソホロース、マルトトリオース、マンニノトリオース、ルチノース、シラビオース、セロビオース、ゲンチオビオース、およびグルコースなどの還元糖が含まれる。ポリビニルピロリドン、ポリアクリルアミド、ポリエチルイミン、ペクチン、セルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、およびヒドロキシプロピルメチルセルロースなどのセルロース誘導体、ヒドロキシエチルデンプン、可溶性デンプン、デキストラン、Ficoll(登録商標)などの高分岐状、高分子量の親水性多糖もまた有用である。ガラス形成性のアルブミン、ゼラチン、およびアミノ酸もまた使用される。試行錯誤により、各標的タンパク質に応じて異なることが典型的な、上記の有用な混合物もまた発見されている。
【0011】
ガラス形成の成功はまた、冷却速度、濃度、圧力、および種結晶の存在または不在など、他のプロセスパラメータにも感受性であることが公知である。ガラスとは、準安定状態であることを想起しなければならない。これらの複雑系の困難は、WO1996/033744から取った以下の例により例示されるが、この例では、2%の残留水を伴う95%のラクトース中2%のカルシトニンによるアモルファス固体の凍結乾燥組成物の温度を、そのTである40℃を超えて上昇させたところ、ラクトースの侵入結晶化、ならびにこの結晶相から排除された60%の水および40%のタンパク質からなる結晶化水の形成が結果として生じたことが報告された。溶液相のガラス温度は凍結温度未満であったので、結果として、タンパク質は、室温で極めて急速に生物学的活性を喪失した。スクロースの結晶化に伴う酵素の不活化についても同様に言及されている(非特許文献1)。
【0012】
失効した特許文献1で開示される通り、Rosenは、タンパク質を室温で乾燥させ、凍結乾燥および噴霧乾燥の過酷な条件を回避すると、Tがラクトースまたはスクロースより高温であるトレハロースがリオプロテクティブとなることを発見し、この方式で蛍光マーカーもまた脱水しうることを報告した。Rosenは、糖:タンパク質比が、1.4:1〜10:1であることを示唆した。トレハロースは、水が除去されたとき、高分子の構造的完全性を維持する乾燥した足場として作用することが提案された。これらの知見は、他の文献でさらに拡張され(非特許文献2)、および特許文献2では、製剤がまた、メイラードの褐変反応に対する阻害剤も包含する限りにおいて、ラクトースまたはスクロースを含めた各種の炭水化物を用いうることが報告された。ガラス化させた生物学的物質の活性が失われるときの酸素、光、および化学反応の重要性についての見解と共に、関連する結果が、Franks(特許文献3)およびWettlaufer(特許文献4)により報告されている。
【0013】
スクロース、ソルビトール、メレチトース、およびラフィノースもまた、好ましいリオプロテクタントとして示唆されている。しかし、知るところでは、乾燥TAQを、凍結乾燥させることなく、トレハロースまたは他の任意の糖により長い安定保存期間にわたり安定化させることに成功したという報告はなされていない。これに対して、A Madejonの主張(図1=出典:米国特許出願第10/292848号のファイルラッパー)するところでは、トレハロースは、4℃で1週間にわたり保存した乾燥試薬形態において、よくても部分的に保護的であるにとどまり、37℃で1週間後には、リオプロテクタントなしの基準PCR混合物よりも保護的でないことが示された。Madejonは、単独ではメレチトースがまったく保護的でないことをさらに示している。このゲルについて言及すると、レーン1〜9(ラダーの間)は、4℃における反応成分の保存後に実行し(run)、レーン10〜18は、37℃における保存後に実行した(「M」=メレチトース、「L」=リジン、「G」=グリコーゲン、「T」=トレハロース、「S」=リオプロテクタントなしの基準混合物)。
【0014】
少量の水を添加しても、他の糖の場合のようにTが低下しないという点で、トレハロースは、通常と異なると報告されてきた(非特許文献3)。それどころか、トレハロースの二水和物結晶が形成され、これにより、残りのガラス状トレハロースを、添加された水の効果から遮蔽している。しかし、特許文献5において、Franksは、この効果が顕著なものではなく、ラフィノース五水和物もまた、酵素を乾燥状態で保存するのに有用であることを示している。この結晶性の五水和物は、これを取り巻く、無水物のガラス状態と共に共存することが報告されている。これらの糖類は一般に、変性に有利に働く、結晶化水の形成または侵入性の結晶化と関連しない。
【0015】
特許文献6において、Arieliは、凍結温度を超えた温度で乾燥させることにより、典型的には、55℃で1〜3時間にわたり乾燥させることにより、BSAと組み合わせた、スクロース、トレハロース、メレチトース、糖アルコール、および還元糖などの安定化剤によりTAQを安定化させることを陳述している。該出願の図は、一晩または短期間にわたる保存後におけるTAQの活性を実証している。しかし、乾燥工程において達成された水和度(Dh)についてはなにも示唆されていないが、既に公知の通り、TAQは、水溶液中室温で一晩にわたり完全な活性を維持しており(図2=出典:Marenco Aら、2004年、「Fluorescent−based genetic analysis for a microfluidics device」、カナダ防衛研究開発契約第W7702−00−R849/001/EDM号最終報告書)、より長期間にわたる場合でもおそらく活性を維持する。したがって、達成された脱水およびガラス状態が、数カ月間または数年間にわたる長期の保存に十分であったかどうかは不明である。Rosadoは、TAQが、完全に水和した「ゲル化」形態で最も良好に安定化すると論じたが、Rosadoへの特許文献7において提示されたデータは、安定性が達成されたのは限定された期間に過ぎないこと、おそらく、数日間または数週間であることを示唆する。
【0016】
例えば、特許文献8では、商業的TAQ凍結製剤の開発について報告されている。しかし、凍結保存は、マイクロ流体カードが使用されるポイントオブケア施設では利用可能でないことが典型的である、特殊な設備を必要とする。また、TAQ調製物の凍結乾燥に成功したことについて、一群の研究者が報告していることも注意される。これらには、Walker(特許文献9)、Treml(特許文献10)、およびParkら(特許文献11および特許文献12)が含まれる。Parkは、グルコース、ソルビトール、スクロース、またはFicoll(登録商標)の存在下におけるTAQの凍結乾燥について記載している。Klatser PRらは、凍結保護物質としてのトレハロースと、Triton X−100とを使用する凍結乾燥PCRミックスについて記載している。Klatserは、調製の最長で1年後において再水和させたときの、それらの凍結乾燥混合物のTAQ活性を見出した。賦形剤と共にTAQを含有する市販の凍結乾燥ビーズまたは凍結マトリックス(Ready−to−Go PCRビーズ、Amersham Bioscinces;Sprint(商標)Advantage(登録商標)、Clontech、Mt View CA)もまた利用可能である。これらの製品は吸湿性であり、かつ、湿度に対して感受性であるため、凍結乾燥させたら即座に密封しなければならない。これらの製品はまた、超純水による再水和過程において、ならびにその後の使用前において冷蔵され、氷上に保持しなければならず、試薬オンボード(reagents−on−board)の次世代型マイクロ流体デバイスにおけるそれらの使用を、不可能ではないにせよ、困難なものとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】米国特許第4891319号明細書
【特許文献2】米国特許第5955448号明細書
【特許文献3】米国特許第5098893号明細書
【特許文献4】米国特許第5200399号明細書
【特許文献5】米国特許第6071428号明細書
【特許文献6】国際公開第2007/137291号
【特許文献7】米国特許出願公開第2003/0119042号明細書
【特許文献8】米国特許第6127155号明細書
【特許文献9】米国特許第5565318号明細書
【特許文献10】米国特許第5763157号明細書
【特許文献11】米国特許第5861251号明細書
【特許文献12】米国特許第6153412号明細書
【非特許文献】
【0018】
【非特許文献1】Schebor Cら、2008年、「Glassy state and thermal inactivation of invertase and lactase in dried amorphous matrices」、Biotech Progress、13巻:857〜863頁
【非特許文献2】Colaco Cら、1992年、「Extraordinary stability of enzymes dried in trehalose: simplified molecular biology」、Bio/Technology、10巻:1007〜11頁
【非特許文献3】Crowe JHら、1998年、「The role of vitrification in anhydrobiosis」、Ann Rev Physiol、60巻:73〜103頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
これに対し、次世代型マイクロ流体デバイスは、試薬が再水和する間に氷または純水の使用が可能でないように構成されている。該デバイス試薬は、試料により、または、例えば、Boom(米国特許第5234809号)の方法により試料から調製される溶出物により再水和することが典型的である。したがって、当技術分野では、PCR試薬ミックスの関連において、凍結乾燥を伴わず、マイクロ流体カードによる高感度診断アッセイを可能にする経時的に十分な信頼性を保持する、DNAポリメラーゼの環境(ambient)安定化を達成する方法が、依然として必要とされている。
【0020】
したがって、最新の開示も、TAQポリメラーゼを、凍結乾燥することなしにまたは凍結させることなく、安定的に乾燥保存するのに適する製剤を可能としてはいないようである。マイクロ流体デバイスを診断適用へと商品化することが成就へと近づくにつれ、この問題に対する実現可能な解決策が、より緊急に必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0021】
TAQポリメラーゼを、マイクロ流体カード上で室温乾燥保存することは、困難であることが分かっている。試薬は、カードのマイクロ流体チャネル内にプリントし、次いで、カード型デバイス製作物を破壊し得る、凍結ステップまたは凍結乾燥ステップなしに、所定位置で乾燥させるのが通常である。約75℃における多くのTAQポリメラーゼのVmaxにより証拠立てられている通り、高温環境に活性を適応させた酵素は、高いTを有する可能性があり、その天然状態を最良の形で保存するためには、ガラス化した状態において、比較的高いTを有するガラスと結合させるべきであると、本発明者らは論証した。試薬材料は、ポリエチレンテレフタレート(PET)など、表面活性の低い表面上にプリントされることが好ましく、乾燥および再水和の間に、界面吸着および変性を受けるため、特に、マイクロ流体デバイス内で乾燥保存する間に、TAQの高度に折り畳まれた構造物を安定化させるには、界面活性剤など、他の賦形剤が必要であり得ることもまた、本発明者らは認識した。試薬が所定位置にプリントされると、マイクロ流体デバイスは、積層化または超音波溶接によりさらに加工され、凍結乾燥が困難または不可能となる。
【0022】
制御された室温における乾燥期間の後、該方法により、密封された防湿性バッグ内で、ゲル乾燥剤の使用に依拠して、酵素のガラス化が完了する。したがって、酵素は、脱水期間の数週間にわたり、部分的な水和状態を経過する。理論により拘束されることなく述べると、糖または他のポリオールが水素結合ドナーとしての水に代えて徐々に置き換わる間、酵素を天然状態で安定化させるには、長期間にわたる漸進的な時間−脱水曲線が不可欠であると、本発明者らは考える。驚くべきことに、この乾燥過程の間、この期間にわたる湿性保存TAQ混合物の初期活性との比較において、TAQ活性が実際に急激に上昇することを、本発明者らは見出している。具体的ないかなる理論にも拘束されることなく述べると、容量オスモル濃度が細胞内の細胞質ゾルにより酷似する、部分的水和状態でのリフォールディング過程を介して、凍結ショック下にあるコンフォーマーの潜伏性活性が回復されることとして、本発明者らはこれを説明する。この過程の間、ゲルから複合体ゲル様ガラスへと物質状態が変化し、好ましいリオプロテクタント糖であるメレチトースのTが高いために、室温を超えるTが生じる。高分子量ポリエチレングリコール(PEG)、ウシ血清アルブミン(BSA)、ならびに、必要に応じて選択されるフッ素系界面活性剤(fluorosurfactant)がこの過程を補助することが判明した。研究の現段階において、この過程では、メレチトースが、トレハロースを上回る効能を示していることは予測外である。
【0023】
TAQポリメラーゼを凍結乾燥させることなく、水の凍結温度を超えるゲル様ガラスとしてプリントおよび安定化させて、マイクロ流体デバイス上に保存する方法は、
a)該TAQポリメラーゼを、約1.0%〜10% w/vの三糖または三糖水和物と;必要に応じて、約0.001%〜0.1% w/vの高分子量ポリエチレングリコールと;必要に応じて、約0.001%〜0.3%のフッ素系界面活性剤と;約0.1%〜10%のキャリアタンパク質と;適合バッファーとの組合せを含む水溶液と混合して、これによりプリント可能なTAQ溶液を形成するステップと;
b)核酸を重合化するのに有効な量の該TAQポリメラーゼを含有する、該プリント可能なTAQ溶液の液滴を、前記マイクロ流体カードのプラスチック表面上に沈着させるステップと;
c)該液滴を、制御された室温、または約20℃で手早く乾燥させて、該表面上にゲル状スポットを形成するステップと;
d)次いで、該表面上の該ゲル状スポットを、乾燥剤と共に乾燥雰囲気下で気密パウチ内に密閉および密封するステップであって、該乾燥剤が、保存期間中に、該ゲル状スポットをさらにガラス化させるステップと
を包含する。
【0024】
凍結乾燥状態および凍結保存状態が要求されないことが有利である。それに限定されず、本方法は、診断的核酸アッセイのためのマイクロ流体デバイスおよびキットを製造するのに使用される。
【0025】
本発明の教示は、付属の図面および特許請求の範囲と共に、以下の詳細な記載を考え合わせることにより、よりよく理解することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】図1は、脱水された各種の反応混合物中にPCR増幅産物が存在することを実証するゲルを再現する図である。図は、米国特許出願第10/292848号のファイルラッパーに記録されるA Madejon(図1、上パネル)による陳述物から複製されている。
【図2】図2は、一晩にわたりTAQ試薬溶液を保存した後においてPCR増幅産物が存在することを実証するゲルを再現する図である。
【図3】図3は、2カ月間にわたる乾燥保存後におけるTAQ製剤を比較する棒グラフである。
【図4】図4は、新たに調製した湿潤反応混合物(未乾燥)のTAQ活性に対して、再水和後における乾燥混合物のTAQ活性を示すrtPCR曲線である。
【図5】図5は、室温のメレチトースガラスにおける漸進的なガラス化の間に、TAQ効力が、商業的に供給された原液を上回って上昇することを示す棒グラフである。
【図6】図6は、選択された賦形剤を伴うメレチトース対トレハロース中における、ガラス状保存後のTAQ効力を示す棒グラフである。
【図7】図7は、賦形剤であるフッ素系界面活性剤FC−4430(3M Corp)を伴うガラス状保存後におけるTAQ効力を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
詳細な説明
本明細書で定義される意味のうちのあるものは、本発明者らが意図する通りに定義される、すなわち、それらは内在的な意味を持つ。本明細書で使用される他の語および語句は、当業者に明らかな用法と符合する意味を持つ。引用される業績を参照により組み込む場合、本明細書で使用される意味と齟齬を来すか、またはその意味を狭める、参考文献中の語の任意の意味または定義は、前記参考文献に特異であると考えるものとし、本明細書の開示で使用される語の意味を超えないものとする。
【0028】
定義
リオプロテクタント:タンパク質、プローブ、またはプライマリー、例えば、TAQポリメラーゼを、乾燥保存中における変性ならびに生物学的活性の喪失から保護する分子である。多くのリオプロテクタントはポリオールであるが、このクラスにはまた、アミノ酸、ペプチド、タンパク質のほか、PHC、糖、ポリビニルピロリドン、PEGなども含み得る。定義にはまた、第1の物質、ならびにこの第1の物質と共に協同的な保護効果を有する第2の物質を混合物中で用いる、共リオプロテクタントも含まれることを理解すべきである。
【0029】
「T」とは、それを超えるとアモルファスガラス物質の粘稠度が急速に低下し、ゲルから可変性のプラスチックを経て液体へと進行する温度であり、逆にそれを下回るとアモルファス非晶質の固体が形成される温度でもある、ガラス転移温度である。Tが40℃以上であると、室温における試薬の安定性が確保されるが、TAQポリメラーゼについてはこれが未知であると考えられている。一般に、Tは、示差走査熱量測定(DSC)を使用して決定され、転移の始点、中点、または終点として定義されうる。技術的詳細は、「Differential Scanning Calorimetry Analysis of Glass Transitions」、Jan P. Wolanczyk、1989年、Cryo−Letters、10巻、73〜76頁(1989年)ならびにGibbs JH およびEA DiMarzio、1958年、「Nature of the Glass Transition and the Glassy State」、J Chemical Physics、28巻:373〜393頁において記載されている。本方法で有用なガラスは一般に、純粋のガラス前駆体からは形成されず、かわりにリオプロテクタント、ならびに共リオプロテクタント、共溶媒、共界面活性剤、または混合物として添加された賦形剤から形成され、したがって、「複合体ガラス」と称する。これらの複合体ガラスは、中間体ガラスの特性および「ゲル様」の特性を有する場合があり、水和値が、約0.01≦Dh≦0.4、より好ましくは0.022≦Dh≦0.2の範囲にある。複合材料のTは一般に、個々の構成要素のT値に依存する(Franks, F、1994年、「Long term stabilization of biologicals」、Bio/Technology、12巻:253〜56頁)。保存について意図される温度を20℃上回るTが好ましい。
【0030】
「安定保存期間」とは、乾燥試薬混合物が、生物学的活性を保持しながら、制御された条件下でマイクロ流体カード内に保存される期間、例えば、「保管寿命」を指す。生物学的活性物質の生物学的活性がPCR増幅を実施する任意の所与の時間において有効であれば、TAQポリメラーゼは、試薬組成物中の「その生物学的活性を保持する」。保管寿命が6カ月間を超える組成物が好ましい。
【0031】
プローブ:「プローブ」とは、室温で安定的な二本鎖(double 5 helix)を形成するのに十分な相補性を有する相補的塩基対合により標的の核酸に結合することが可能な核酸である。プローブは標識することができる。プローブに結合しうる適切な標識には、放射性同位体、フルオロフォア、発色団、質量標識(mass label)、高電子密度粒子、磁性粒子、スピン標識、化学発光を発生させる分子、電気化学的な活性分子、酵素、補因子、および酵素基質が含まれるがこれらに限定されない。蛍光プローブには、Cyber Green(登録商標)(Molecular Probes)、臭化エチジウム、またはチアゾールオレンジ、FRETプローブ、TaqMan(登録商標)プローブ(Roche Molecular Systems)、分子ビーコンプローブ、Black Hole Quencher(商標)(Biosearch Technologies)、MGB−Eclipse(登録商標)プローブ(Nanogen)、Scorpions(商標)(DxS Ltd)プローブ、LUX(商標)プライマープローブ(Invitrogen)、Sunrise(商標)プローブ(Oncor)、MGB−Pleiades(Nanogen)などの挿入プローブなどが含まれる。プローブ技術については、Lukhtanov EAら、2007年、「Novel DNA probes with low background and high hybridization−triggered fluorescence」、Nucl Acids Res、35巻:e30頁により総説されている。
【0032】
「プライマー」とは、適切なポリメラーゼおよび補因子の存在下における鋳型指向性DNA合成の開始点として作用することが可能な一本鎖ポリヌクレオチドまたは一本鎖ポリヌクレオチドコンジュゲートである。プライマーは一般に、少なくとも7ヌクレオチドの長さであり、10〜30ヌクレオチド以上の範囲の長さであることがより典型的である。「プライマー対」という用語は、増幅されるDNA鋳型の5’端の相補体とハイブリダイズする、5’側の「順方向」プライマーまたは「上流」プライマーと、増幅される配列の3’端とハイブリダイズする、3’側の「逆方向」プライマーまたは「下流」プライマーとを含めたプライマーセットを指す。
【0033】
PCR用のマイクロ流体デバイスの工学的作製および操作
マイクロ流体デバイスの表面積対体積比が高いことが典型的であるために、該デバイス内でのPCRは難題である。試料の反応体積が数マイクロリットルであることが典型的であり、チャネルおよびチャンバーの寸法は、幅が500マイクロメートル未満であり、深さはおそらくその10〜20%であることが典型的である。好ましいマイクロ流体デバイスは、好ましくはプラスチックから大量生産される小型の化学反応槽であり、あらかじめプリントされたアッセイ試薬を含有する微細なチャネルおよびチャンバーを有する。
【0034】
好ましい実施形態では、デバイスが、核酸診断アッセイを実施するための、使い捨ての内蔵型器械であるように、診断アッセイを実施するのに要求されるすべての試薬が、その内部にあらかじめ配置されている。必要に応じて、デバイスはまた、オンボードの希釈剤、洗浄液、およびアッセイにおいて生成されるすべての廃液を含有するのに十分な体積の廃液トラップも含有する。
【0035】
本発明を実施するのに適するマイクロ流体カードのデザインおよび特色の詳細は、例えば、それらのすべてが本出願者に共譲渡された米国特許出願第12/207627号、「Integrated Nucleic Acid Assays」;同第11/562611号、「Microfluidic Mixing and Analytical Apparatus」;同第12/203715号、「System and Method for Diagnosis of Infectious Diseases」;および同第10/862826号、「System and Method for Heating, Cooling and Heat Cycling on Microfluidic Device」において開示されている。この技術は、Zhangによる近年の総説(2007年、「Miniaturized PCR chips for nucleic acid amplification and analysis: latest advances and future trends」、Nucl Acids Res、35巻:4223〜37頁)の主題である。
【0036】
当技術分野において公知である通り、マイクロ流体PCRは、の4つの構成のPCR用熱サイクル反応槽:a)蛇行式反応槽、b)循環式反応槽、c)往復式反応槽、ならびにd)加熱および冷却を局在化させた単一のチャンバー反応槽において実施することができる。蛇行式反応槽は、2つまたは3つの温度帯間を行き来しながらループする拡張チャネルを含有し、循環式反応槽は、2つまたは3つの温度帯を横断する単一のループであり、往復式反応槽は、各チャンバーが相互連結されて反応混合物を交換する、温度の異なる2つまたは3つのチャンバーを含有し、単一チャンバーベースの反応槽は、ペルチエ型サーモエレクトロニクスなどにより局在化された加熱および冷却が施される反応混合物を含有する。蛇行式反応槽、循環式反応槽、および往復式反応槽はすべて、温度帯を通してまたは温度帯間で反応混合物を循環させるポンプ(複数可)を必要とする。これらの構成を反映するように、マイクロ流体デバイスの構築様式を変化させる。
【0037】
アッセイには、終点検出または動態(また、「リアルタイム」とも呼ばれる)検出が包含されうる。プローブなどの指示試薬を用いる場合は、増幅中または増幅後においてこれを添加することができる。当技術分野で公知の通り、蛍光プローブ、蛍光消光プローブ、および「アップコンバーティング」蛍光プローブが好ましい。
【0038】
好ましい実施形態では、核酸を含有する生物学的試料を、マイクロ流体カードのポートへとピペッティングし、次いで、アッセイの残り時間にわたってこれを密封する。空気式制御装置を使用して、アッセイを完了するのに必要とされる通りに、試料および液体試薬を方向づける。第1段階では、試料核酸を、必要に応じて、固相マトリックス上に抽出し、PCRバッファー中で再水和させてから、プライマーを含有する乾燥PCR試薬と接触させる。TAQポリメラーゼを含有する乾燥試薬を別個に供給する。次いで、カード上で熱サイクリングを実施し、マイクロ流体デバイスに装備されている蛍光プローブの使用を含めた各種の方法により、アンプリコンの陽性検出を実施する。
【0039】
水とプラスチックとの界面張力のために、時には界面活性剤およびPEGまたはアルブミンなどの共界面活性剤を使用して、生物学的物質が、マイクロ流体デバイスのプラスチック表面へと吸着することを抑制する。吸着による喪失を抑制するのに有用な公知の界面活性剤には、Tween20、Triton X−100、Nonidet P40、PEG−8000、およびウシ血清アルブミンが含まれる。これらの物質はまた、TAQポリメラーゼの凝集を抑制するとも考えられ、ポリメラーゼ活性を増大させるのにも使用されることが多い。一般に、dNTP、マグネシウム塩、塩化カリウム、塩化ナトリウム、バッファー、プローブ分子種、必要に応じてプライマー、ならびに非特異的湿潤剤または界面活性剤を、必要に応じて、マイクロ流体デバイスのオンボードに等分されそして乾燥させる「マスターミックス」中で混合する。
【0040】
オンボードの試薬を伴うマイクロ流体デバイスを製造する間、各種の自動式液滴分注器具を用いて、ガラス、賦形剤、および生物学的試薬を含有する溶液を、マイクロ流体デバイスのチャネルまたはチャンバー内にプリントすることが典型的である。次いで、カバー層または蓋をデバイスに適用し、デバイスを密封する。組立ておよび検査の後、完成したマイクロ流体デバイスを、ホイルバッグ内に挿入する。各デバイスが入ったバッグ内に乾燥剤を入れる。有用でありうる乾燥剤の例には、指示薬を伴う場合であれ伴わない場合であれ、シリカゲル、ベントナイト、ホウ砂、Anhydrone(登録商標)、過塩素酸マグネシウム、酸化バリウム、活性化アルミナ、無水塩化カルシウム、無水硫酸カルシウム、ケイ酸チタン、無水酸化カルシウム、無水酸化マグネシウム、硫酸マグネシウム、およびDryrite(登録商標)が含まれる。次いで、熱加圧式密封装置を使用してバッグを密封し、指定の保管寿命にわたり保存する。
【0041】
詳細な説明
オンボードの試薬を伴うマイクロ流体デバイスを製造した数カ月後に、標的核酸配列を増幅するためには、保存期間中に、有効レベルのTAQ活性が保存されていなければならない。乾燥剤を伴い、ホイルで裏打ちした、密封式バッグ内にデバイスを包装することにより、室温で保存するための条件を、湿度の変動を防止するように改変することができる。ガラス状リオプロテクタントの前駆体および賦形剤を伴う緩衝混合物中のTAQ試薬をデバイス上にスポットした後、デバイスをバッグ内に密封してから、完全な乾燥を達成する。この段階において、スポットは、ゲル様の粘稠度である。バッグ内に密封した後、結合水を試薬スポットから乾燥剤へと移動させることにより、ガラス化を継続させる。適合するガラス/賦形剤組成を選択することにより、この方法は、試料を添加してアッセイを行うこと以外は要求しない、内臓型マイクロ流体デバイス内に組み込まれた保存安定性のTAQをもたらす。
【0042】
糖、賦形剤、界面活性剤、およびキャリアタンパク質の数百の組合せを調べた後、トレハロースおよびメレチトースをさらなる研究用に選択した。約75℃における多くのTAQポリメラーゼのVmaxにより証拠立てられている通り、高温環境に活性を適応させた酵素は、高いTを有する可能性があり、その天然状態を最良の形で保存するためには、ガラス化した状態において、比較的高いTを有するガラスと結合させるべきであると、本発明者らは論証した。乾燥保存の間にTAQの高度に折り畳まれた構造を安定化させ、界面の変性に起因する活性の喪失を防止するには、界面活性剤など、他の賦形剤が必要でありうることもまた、本発明者らは認識した。
【0043】
トレハロースは、α,α−1,1結合により結合する2つのグルコース分子からなる二糖である。グルコシル残基の還元末端は互いと連結されているので、トレハロースは、還元力を有さない。トレハロースは、自然界に広く分布し、乾燥、凍結、および浸透圧など、各種のストレスから生物を保護する。乾燥に抵抗する、ブラインシュリンプおよびある種の線虫などの無水性生物は、それらの高トレハロース含量のために、水の喪失を忍容することが可能であり、トレハロースは、極限的な環境条件下で、膜ならびに他の高分子アセンブリーを安定化させるのに重要な役割を果たしている。トレハロースはまた、他の二糖と比較してガラス転移温度が高く、乾燥処理製品における安定剤としての長い歴史を有し(例えば、Crowe JHら、1984年、「Preservation of membranes in anhydrobiotic organisms the role of trehalose」、Science、223巻:701〜703頁;米国特許第4457916号、同第4206200号、および同第4762857号;ならびに英国特許第GB2009198号を参照されたい)、このために、スクロールより優れていると考えられている。トレハロースは、他のすべてのリオプロテクタントより優れていると広く考えられている(Colaco Cら、1992年、「Extraordinary stability of enzymes dried in trehalose: simplified molecular biology」、Bio/Technology、10巻:1007〜11頁)。
【0044】
メレチトース(α−D−グルコピラノシル−[1→3]−β−D−フルクトフラノシル−[2→1]−α−D−グルコピラノシド)水和物は、2つのグルコース分子と1つのフルクトース分子とからなる三糖であり、乾燥状態の分子量が504.44Daである。メレチトースは、アブラムシおよびコナジラミを含め、植物樹液を摂取する多くの昆虫により生成される。メレチトースは、保存炭水化物として、細胞内の水ポテンシャルを低減することにより浸透圧ストレスを軽減するので、これらの昆虫にとって有益である。メレチトースはまた、凍結保護剤としても機能することが広く公知であり、その容量オスモル濃度が低いために、多種多様の哺乳動物細胞を凍結保存するのに使用されている。加水分解すると、グルコースおよびツラノースが放出されるが、この三糖自体は非還元性であり、メイラードの褐変反応に対して比較的抵抗性である。メレチトースのガラス転移温度は、二糖のそれより高温である。
【0045】
の比較値を、以下の表Iに示す。
【0046】
【表1】

メレチトースのT値は、Mollmann, SHら、2006年、「The stability of insulin in solid formulations containing melezitose and starch」、Drug Dev Indust Pharmacy、32巻:765〜778頁から得た。他の値は、Green JLおよびCA Angell、1989年、「Phase relations and vitrification in saccharide−water solutions and the trehalose anomaly」、J Phys Chem、93巻:2880〜82頁; Kajiwara KおよびF Franks、1997年、「Crystalline and amorphous phases in the binary system water−raffinose」、J Chem Soc Faraday Trans、93巻:1779〜1783頁; Slade LおよびH Levine、1988年、「Non−equilibrium behavior of small carbohydrate−water systems」、Pure & Appl Chem、60巻:1841〜64頁;ならびにHeldman DRおよびDB Lund、2006年、「Handbook of Food Engineering」(第2版)、CRC Press、Boca Raton FLから得た。すべての出典が完全に一致するわけではないが、Tが分子量と共に増大し、水和水と共に減少することは一般に認められる。
【0047】
水和した糖で開始することにより、初期にはTが低値であり、製剤が液体であることが確実となるが、乾燥すると、Tが上昇し、室温保存がアモルファスガラス形態でなされる場合の値に近づく。この過程の間、無水糖の結晶化が生じないことが望ましい。試行錯誤の過程により決定される通り、望ましくない結晶化を防止し、TAQポリメラーゼとより選択的に会合させるには、共溶媒賦形剤が有用である。
【0048】
製剤1は、水溶液中(水中の最終濃度として)1.5%のメレチトース水和物、0.005%のPolyoxTM WSR−301(Amerchol Corp、Piscataway NY)、0.1mg/mLのBSA、および10単位のTAQポリメラーゼからなる。安定化剤を伴うTAQ原液を調製した後、透明なゲル前駆体溶液を、3μLのスポットにより、プラスチック製のマイクロ流体デバイスまたはマイクロ流体カードの内部表面へと適用した。プライマーとプローブとは個別に保存した。制御された室温で約10分間以内にわたりスポットを乾燥させ、次いで、これらのプラスチック製デバイスを、乾燥剤の小袋と共に気密パウチ内に密封し、制御された室温で保存した。Polyox WSR−301は、長鎖のポリオキシエチレングリコールである(分子量4MDaであり、「PEG−90M」とも称する)。すべての製剤には、分子生物学グレードの水を用いた。ウシ血清アルブミンが好ましいタンパク質キャリアであるが、本方法では、魚類ゼラチンもまた使用することができる。ベタインまたはリジンもまた使用することができる。
【0049】
以下の製剤を調製して、2カ月間の安定性試験において、並列に比較した:製剤2は、1.5%のトレハロース、0.005%のPolyox WSR−301、0.1mg/mLのBSA、および10単位のTAQポリメラーゼとして混合した。製剤3は、1.5%のメレチトース水和物、0.1%のFicoll(登録商標)400、0.1mg/mLのBSAを含有した。製剤4は、1.5%のトレハロース、0.1%のフッ素系界面活性剤FC4430(3M Corp)、および0.1mg/mLのBSAを含有した。製剤5は、1.5%のトレハロース、0.1%のPEG8000、および0.1mg/mLのBSAを含有した。製剤6は、1.5%のトレハロース、0.1%のCellulose Gum 7LF、および0.1mg/mLのBSAを含有した。製剤7は、1.5%のラクチトール、0.005%のPolyox WSR−301、および0.1mg/mLのBSAを含有した。これらの実験で使用されたTAQは、10U/uLで調合されたEconoTaq(登録商標)Plus(Lucigen Corp、Middleton WI)であった。
【0050】
すべての製剤を、基準量のTAQポリメラーゼと共に混合し、試験用のプラスチック表面上にスポットした。スポットした後、ゲル複合体前駆体スポットを、約10分間で手早く配置し、次いで、過剰量の乾燥剤と共に防水性の気密性パウチ内に密閉および密封した。指示薬とともにシリカゲルまたはベントナイトを使用することが典型的である。パウチは、乾燥した不活性ガス雰囲気下で、熱処理により密封した。
【0051】
製剤はまた、ベタイン、n−ホルミルモルホリン、δ−バレロラクタム(2−ピペリドン)、ε−カプロラクタム、1,2−シクロペンタンジオール、PVP−10、PVP−40、またはこれらの混合物から選択されるガラス適合PCR増強剤;ならびにイヌリン、セルロース、セルロース誘導体、ポリビニルピロリドン、リジン、アルギニン、またはメイラード反応阻害剤から選択される賦形剤も包含し得る。増強剤は、鋳型としてのGCに富むDNA基質の性能を改善すること、ならびに特異性および収量を増大させることを含め、複数の機能に資する。各種のアミド、スルホキシド、スルホン、およびジオールは、しばしば劇的にベタインを上回って、PCRの収量および特異性を改善することが公知である。DMSO、テトラメチレンスルホキシド、ホルムアミド、2−ピロリドンが例である。n,n−ジメチルホルムアミドおよびDMSOなど、一部の増強剤は、食塩水中で溶液を沸点近くまで加熱することを要求して、圧力およびガス放出の問題を付随させ得る、熱サイクリングで要求される温度を低下させるのに使用されている。しかし、ここでは、ゲルまたはガラスなどの複合体としての乾燥形態で保存され得る増強剤が要求されている。
【0052】
増強剤には、共リオプロテクタントとして有用なガラス形成剤が含まれる。これらの増強剤には、n−ホルミルモルホリン(融点:23℃)、δ−バレロラクタム(2−ピペリドン;融点:38〜40℃)、ε−カプロラクタム(融点:69〜70℃)、ならびに1,2−シクロペンタンジオール(融点:54〜56℃)が含まれる。PVP−10のガラス転移温度は66℃であり、PVP−40のTは99℃であることが報告されている。PCRを改善する機能を有する他のガラス形成剤には、リジンなどのアミノ酸、低分子量のアミド、グリコーゲンおよびイヌリンなどの炭水化物、アルブミン(HSAおよびBSAの両方)、ならびに前出で論じた範囲の糖が含まれる。
【0053】
2カ月間にわたる保存安定性試験のデータを、図3で報告する。結果は、新たに混合した「湿潤物」につき乾燥させることなく実施した増幅についての活性に対して標準化した蛍光比として示す。認めることができる通り、大半の製剤は、完全な効力を維持できなかった。しかし、メレチトース/Polyox WSR−301/BSAベースの製剤である製剤1は、室温で2カ月間にわたる保存後において、基準湿潤増幅混合物を1.3倍上回る効能を示すことが観察される。これに対し、Ficoll 400と共に調製したメレチトース水和物は、2カ月後において十分に安定的ではなく、Polyox WSR−301または各種の代替的賦形剤と共に調合したトレハロースも同様に、適切な安定保存期間をもたらすことができなかった。
【0054】
これらの研究では、反応1回当たり5000コピーのSalmonella paratyphiによるプライマー対を使用して増幅した。再水和させた完全な増幅混合物を熱サイクリングし、分子ビーコンまたはFRETプローブを使用して検出を完了させた。各反応について、Ctおよび蛍光による収量比を測定した。長期乾燥保存後におけるメレチトース製剤1と、新鮮な湿潤反応物とを比較する、試料のリアルタイムPCR増幅曲線を、図4に示す。実線の曲線(41)は、乾燥TAQ試薬の活性であり、点線の曲線(42)は、基準の湿潤TAQ反応混合物の活性である。
【0055】
図5では、安定保存期間の関数としての、製剤1のメレチトース挙動をさらに検討する。処理の初期期間では、TAQポリメラーゼ活性が、4週間にわたり着実に上昇することを観察できる。蛍光比とは、ここでもまた、リアルタイムPCRで達成される蛍光の比である。本発明者らは、この結果をアーチファクトではないと解釈する;この結果は、製造工程および保存工程中に損傷したTAQ分子の原液から、天然状態のコンフォーマーが動員されることを表し得る。理論により拘束されることなく述べると、天然状態の立体構造の場合もあるが、そうでない場合もあり、一部の変異体は他の変異体より活性が低い、コンフォーマーの混合物である凍結変性したTAQ分子を、市販の凍結調製物はある割合で含有し、安定化手順は、これらのうちの少なくとも一部について、立体構造状態を修復する効果を有していると考えられる。
【0056】
図6は、異なるプライマーシステムでの増幅において、3つの製剤を比較する。製剤6A、6B、および6Cを比較するが、6Aは上記の製剤3と同等であり、6Bは上記の製剤1と同等であり、6Cは上記の製剤5と同等である。認めることができる通り、1.5%のメレチトース/0.005%のPolyox WSR−301/0.1%のBSAを含有する製剤は、乾燥剤を伴う気密性パウチ内にゲル状スポットを密封する方法による乾燥保存後においてもまたすぐれており、段階的で漸進的な酵素の脱水が達成される。
【0057】
図7は、0.1%のPEG8000と共にトレハロースを含有する製剤7Aを、0.1%のフッ素系界面活性剤FC4430と共にトレハロースを含有する製剤7Bと比較する。驚くべきことに、フッ素系界面活性剤は、この2週間にわたる乾燥保存データにおいて、蛍光収量に対して顕著な効果を及ぼした。
【0058】
図6および7は、順方向プライマーおよび逆方向プライマーを10:1の比で存在させ、反応1回当たり5000コピーの順方向プライマーを使用する、マラリア原虫プライマーシステムの非対称増幅に関係する。すべての場合において、反応は、新鮮な凍結試薬を使用して並行的に実施した。
【実施例】
【0059】
(実施例1)
PCR基準反応
湿潤基準反応として、凍結TAQポリメラーゼ原液を、以下の表IIに従って新たに調製したPCR試薬原液ミックスへ添加した。
【0060】
【表2】

rtPCRモニタリングを伴うRotor Gene(登録商標)Q(Qiagen、Carlsbad CA)サーモサイクラーを使用して、反応混合物を熱サイクリングした。リアルタイムPCRをモニタリングして、交点閾値(Ct);すなわち、蛍光(ならびに、したがって、DNA)の増大が指数関数的となるときのサイクル数の測定値と、蛍光収量(FSTD)とを得た。増幅が成功したときのすべてにおいて融解曲線を描き、標的アンプリコンの増幅が適正であることを検証した。終点検出もまた、使用することができる。必要に応じて、FRET融解曲線も含めて、アンプリコンの同定を検証することもできる。
【0061】
(実施例2)
乾燥試薬アッセイ
TAQポリメラーゼ、リオプロテクタント、共リオプロテクタント、およびタンパク質キャリアまたは賦形剤、ならびにKCl、Mg2+、およびdNTPを含有する反応ミックスを、約5倍濃度の原液として調製し、マイクロ流体カード内、またはプラスチック製表面上に、3uLのスポットとしてスポットした。約10分間以内にわたり室温でスポットをゲル化させ、次いで、Vaporflex Preservation Packaging(LPS Industries、Moonachie、NJ)により供給されるホイルバッグ内に入れた。復元には、標的DNAおよびプライマーを含有する容量15uLを使用した。
【0062】
次いで、復元した容量を、Rotor Gene(登録商標)内のプライマーおよび鋳型の存在下で増幅した。Ctおよび蛍光収量(F)を測定し、基準である湿潤ミックス(上記)と比較した。蛍光比(F/FSTD)を計算した。
【0063】
メレチトース、トレハロース、ラクツロース、および他の糖は、Sigma Chemicals(St Louis MO)から入手した。Polyox WRS301(また、「PEG 90M」としても公知である、1%、粘度1650〜550cps、分子量4MDa)は、Amerchol Corp、Piscataway NYから供給を受けた。フッ素系界面活性剤FC−4430は、3M Corpから入手した。可能な場合、試薬は分子生物学グレードであった。
【0064】
(実施例3)
製剤1
表IIIに従い、マイクロ流体デバイス内でTAQポリメラーゼを環境乾燥保存するための製剤を調製した。糖は、メレチトース水和物の25%水溶液により添加した。本実施例では、賦形剤として0.01%のPolyol WRS301を含有する原液を使用した。
【0065】
【表3】

結果として得られる透明のゲル複合体前駆体溶液を、ピペットにより、マイクロ流体デバイスの不動態化プラスチック製表面(PET)上にスポットした。約10分間にわたりスポットを静置し、次いで、乾燥剤を伴うホイルバッグ内に密封した。発色性の指示薬を使用して、保存中の密封バッグの完全性を検証した。パウチを乾燥ガス雰囲気下で熱処理により密封してから保存した。
【0066】
上記が、本発明の現時点で好ましい実施形態についての完全な説明であるが、各種の代替法、改変、および同等物を使用することが可能である。本明細書で言及され、優先度の高い文書として主張され、かつ/または任意の情報データシート中で列挙される、米国特許、米国特許出願公開、米国特許出願、外国特許、外国特許出願、ならびに非特許刊行物のすべては、参照によりそれらの全体において本明細書に組み込まれる。一般に、以下の特許請求の範囲において使用される用語は、該特許請求の範囲を、本明細書および該特許請求の範囲において開示される特定の実施形態に限定するものと解釈すべきではなく、このような主張がその権利を与えられる同等物の全範囲と共に可能なすべての実施形態を包含するものと解釈すべきである。したがって、本特許請求の範囲は、本開示により限定されるものではない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
TAQポリメラーゼを、凍結乾燥させることなく、水の凍結温度を超えるゲル様ガラスとして安定化させて、マイクロ流体デバイス上にプリントおよび保存する方法であって、
a)前記TAQポリメラーゼを、
i)約1.0%〜10% w/vの三糖と;
ii)必要に応じて、約0.001%〜0.1% w/vの高分子量ポリエチレングリコールと;
iii)必要に応じて、約0.001%〜0.3%のフッ素系界面活性剤と;
iv)約0.1%〜10%のキャリアタンパク質と;
v)適合バッファーと
からなる水溶液と混合して、これによりプリント可能なTAQ溶液を形成するステップと;
b)核酸を重合化するのに有効な量の前記TAQポリメラーゼを含有する、前記プリント可能なTAQ溶液の液滴を表面上に沈着させるステップと;
c)前記液滴を、制御された室温、または約20℃で乾燥させて、前記表面上にゲル状スポットを形成するステップと;
d)次いで、前記表面上の前記ゲル状スポットを、乾燥剤と共に乾燥雰囲気下で気密パウチ内に密閉および密封するステップであって、前記乾燥剤が、保存期間中に、前記ゲル状スポットをさらにガラス化させるステップと
を含む方法。
【請求項2】
前記三糖がメレチトースまたはラフィノースである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記高分子量ポリエチレングリコールが、PEG90Mである、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記高分子量ポリエチレングリコールの分子量が1〜5MDaである、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記キャリアタンパク質が、ウシ血清アルブミンまたは魚類ゼラチンである、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記フッ素系界面活性剤が、非イオン性フルオロアルキル系界面活性剤である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記フッ素系界面活性剤が、フッ素系界面活性剤FC−4430である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記水溶液が、ベタイン、n−ホルミルモルホリン、δ−バレロラクタム(2−ピペリドン)、ε−カプロラクタム、1,2−シクロペンタンジオール、PVP−10、PVP−40、またはこれらの混合物から選択されるPCR増強剤をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記水溶液が、イヌリン、セルロース、セルロース誘導体、ポリビニルピロリドン、リジン、アルギニン、またはメイラード反応阻害剤をさらに含む、請求項1に記載の方法。

【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2012−529887(P2012−529887A)
【公表日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−515131(P2012−515131)
【出願日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際出願番号】PCT/US2010/038140
【国際公開番号】WO2010/144682
【国際公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【出願人】(503466853)マイクロニクス, インコーポレイテッド (12)
【Fターム(参考)】