説明

マグ溶接の短絡電流制御方法

【課題】マグ溶接において、スプレー移行形態における溶接状態の安定性を向上させる。
【解決手段】溶接ワイヤ1と母材2との短絡Sdを検出し、この短絡中の短絡電流の上昇速度を制御するマグ溶接の短絡電流制御方法において、短絡Sdの期間長さが基準期間未満であるときは微小短絡であると判別して微小短絡の発生頻度Ndを算出し、この微小短絡の発生頻度Ndに応じてインダクタンス設定値Lrを変化させることによって短絡電流の上昇速度を変化させる。この微小短絡の発生頻度Ndとして、単位時間当たりの微小短絡の回数を使用する。これにより、スプレー移行形態であることを正確に判別して短絡電流の上昇速度を適正化するので、溶接性能が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接ワイヤと母材との短絡を検出し、この短絡中の短絡電流の上昇速度を制御するマグ溶接の短絡電流制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
マグ溶接は、20%炭酸ガスと80%アルゴンガスとの混合ガスをシールドガスとし、主に鉄鋼材料の溶接に使用される。マグ溶接では、溶接電流平均値が臨界値(約250A)未満のときには溶滴移行形態は短絡移行形態となり、臨界値以上のときにはスプレー移行形態となる。シールドガスは、上記の比率を標準比率として、炭酸ガス10〜30%及びアルゴンガス90〜70%の混合比率のものが使用されることもある。上記の臨界値は、短絡移行形態とスプレー移行形態との境界となる電流値である。この臨界値は、溶接ワイヤの種類、直径、シールドガスの混合比率、溶接速度、溶接姿勢等によって±50A程度の範囲で変化する。
【0003】
上記の短絡移行形態では、溶接ワイヤと母材との間にアーク期間と短絡期間とが規則正しく繰り返される。短絡移行形態では、アーク期間中に溶接ワイヤの先端が溶融して溶滴を形成し、短絡期間にこの溶滴が溶融池へと移行する。上記のスプレー移行形態では、短時間の短絡が不規則に発生し、ほとんどの期間はアーク期間となる。これは、スプレー移行形態では、溶滴は基本的には短絡することなく落下によって移行するためである。そして、軟化した溶接ワイヤの先端が延びてときどき溶融池と接触するために、短時間の短絡が生じる。しかし、この短絡によって溶滴は移行しない。
【0004】
図5は、上述した短絡移行形態における典型的な電圧・電流波形図である。同図(A)は溶接電圧vを示し、同図(B)は溶接電流iを示す。同図に示すように、短絡期間Tsとアーク期間Taとを規則正しく繰り返している。時刻t1〜t2の短絡期間Ts中は、溶接ワイヤと母材とが短絡状態にあり、同図(A)に示すように、溶接電圧vは低い値となり、同図(B)に示すように、溶接電流i(以下、短絡電流isと記す)は次第に増加する。時刻t2〜t3のアーク期間Ta中は、溶接ワイヤと母材との間がアーク発生状態にあり、同図(A)に示すように、溶接電圧vは数十Vのアーク電圧に増加し、同図(B)に示すように、溶接電流iは次第に減少する。短絡電流isの上昇速度は、電流通電路のインダクタンス値と溶接負荷とによって決まる。インダクタンス値は、溶接電源の内部に設けられたリアクトルのインダクタンス値と、溶接用ケーブルの引き回しによって生じるインダクタンスとの合算値となる。短絡電流isの上昇速度が適正であることが安定した溶接状態を得るための重要な要素の1つである。溶接法、母材材質、送給速度等の溶接条件によって適正な短絡電流isの上昇速度は異なるために、溶接条件に応じて最適なインダクタンス値を設定する必要がある。
【0005】
リアクトルは鉄芯にケーブルを巻いて作製されるが、その構造上インダクタンス値を変化させることは困難である。このために、リアクトルを電子制御によって形成する技術が開発されている(例えば、特許文献1、2等参照)。この電子リアクトル制御では、溶接条件に応じた最適なインダクタンス値を形成することができる。以下、この従来技術について説明する。
【0006】
図6は、マグ溶接用の溶接装置の構成図である。溶接電源PSは、定電圧制御されており、溶接に適した溶接電圧v及び溶接電流iを出力すると共に、溶接ワイヤ1の送給速度を制御するための送給制御信号Fcを送給モータWMに出力する。溶接ワイヤ1は、送給モータWMに結合された送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を通って送給されると共に、給電チップ4aを介して給電されて母材2との間でアーク3が発生する。シールドガス(図示は省略)は、溶接トーチ4の先端から噴出されて、アーク発生部を大気からシールドする。
【0007】
[特許文献1の従来技術]
図7(A)は、上述した溶接装置の等価回路図である。Eは定電圧源を示し、Lmは目標インダクタンス値を示し、Rioは内外抵抗値を示す。この内外抵抗値Rioは溶接電源内部の配線抵抗値及び溶接用ケーブルの抵抗値の合算値である。
【0008】
同図の等価回路は下式で表すことができる。
E=Rio・i+Lm・di/dt+v
上式において、内外抵抗値Rioは小さな値であるので、無視することができる。このために、上式は下記のようになる。
E=Lm・di/dt+v ……(1)式
上記(1)式を整理すると、下式となる。
di/dt=(E−v)/Lm
両辺を積分すると、下式となる。
i=∫((E−v)/Lm)・dt
ここで、溶接電流iを溶接電流制御設定値Ircに、出力電圧Eを出力電圧設定値Erに及び目標インダクタンス値Lmをインダクタンス設定値Lrにそれぞれ置換すると、下式となる。
Irc=∫((Er−v)/Lr)・dt ……(2)式
この式に対応する等価回路を図7(B)に示す。同図において、溶接電圧vを検出し、定電流源CCの溶接電流iに相当する溶接電流制御設定値Ircが、上記(2)式の演算値となるように制御する。
【0009】
上述した電子リアクトル制御を行うことによって、所望のインダクタンス値Lrを電子的に形成することができる。
【0010】
[特許文献2の従来技術]
上述した特許文献1に記載する電子リアクトル制御以外にも、所望のインダクタンス値を電子的に形成する別の電子リアクトル制御が特許文献2に記載されている。この電子リアクトル制御では、溶接電流iを微分して電流微分値di/dtを算出し、この電流微分値di/dtに予め定めた増幅率(インダクタンス設定値Lr)を乗じて電流微分増幅値Lr・(di/dt)を算出し、予め定めた出力電圧設定値Erから上記の電流微分増幅値Lr・(di/dt)を減算して電圧制御設定値Erc=Er−Lr・(di/dt)を算出し、溶接電源の出力電圧Eがこの電圧制御設定値Ercと略等しくなるように出力を制御する。
【0011】
また、短絡電流の上昇速度を制御する方法としては、上述した電子リアクトル制御以外にも、短絡期間中を定電流制御し、短絡電流の設定信号を予め定めた上昇速度で上昇させて行う方法もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2003−305571号公報
【特許文献2】特開2004−181526号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
図8は、スプレー移行形態における典型的な電圧・電流波形図である。同図(A)は溶接電圧vを示し、同図(B)は溶接電流iを示す。同図において、時刻t1〜t2の期間が短絡期間Tsとなり、時刻t2〜t3の期間がアーク期間Taとなる。同図の短絡期間Tsは、図5の短絡期間Tsに比べてその期間長さが短い。上述したように、スプレー移行形態においては、短い短絡が不規則に発生する。
【0014】
短絡期間Ts中は、同図(A)に示すように、溶接電圧vは低い値になり、同図(B)に示すように、短絡電流isは短い期間であるために少し上昇する。これに続くアーク期間Ta中は、同図(A)に示すように、溶接電圧vは数十Vのアーク電圧値になり、同図(B)に示すように、溶接電流iは短絡が解除されると減少し、その後はほぼ一定値となる。
【0015】
上述したように、スプレー移行形態における短絡は、スプレー移行によって溶滴が移行する最終段階において、ワイヤ先端が軟化して延びることによって溶融池と接触して発生する。このために、短絡移行形態のように、短絡電流isをそれほど上昇させなくても、短絡は短い期間で解除される。しかし、接触状態によってはときた長い短絡となる場合が生じる。このような場合には、短絡電流isの上昇速度を大きくすることによって、短絡を早期に解除することができる。長い短絡が発生すると、アークからの入熱が中断されることになり、溶接状態がそれを起因として不安定になる場合が生じる。すなわち、スプレー移行形態においては、短絡電流isの上昇速度を短絡移行形態のときよりも大きくする必要がある。
【0016】
このときに、短絡移行形態であるにも関わらず、短絡電流isの上昇速度を大きくするとスパッタ発生量が大幅に増加する。したがって、溶滴移行形態がスプレー移行形態であることを正確に判別して、短絡電流isの上昇速度を大きくする必要がある。しかしながら、上述したように、短絡移行形態とスプレー移行形態との境界となる臨界値は、溶接ワイヤの種類、直径、シールドガスの混合比率、溶接速度、溶接姿勢等によって変化する。このために、臨界値を明確に定義することは難しい。この結果、溶接条件によっては、スプレー移行形態であるにも関わらず短絡電流isの上昇速度が小さな値に設定される場合及び短絡移行形態であるにも関わらず短絡電流isの上昇速度が大きな値に設定される場合が生じることになり、どちらの場合も溶接品質が悪くなっていた。
【0017】
そこで、本発明では、スプレー移行形態であることを正確に判別して短絡電流の上昇速度を大きくすることによって溶接状態の安定性を向上させることができるマグ溶接の短絡電流制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上述した課題を解決するために、請求項1の発明は、溶接ワイヤと母材との短絡を検出し、この短絡中の短絡電流の上昇速度を制御するマグ溶接の短絡電流制御方法において、
前記短絡の期間長さが基準期間未満であるときは微小短絡であると判別し、この微小短絡の発生頻度に応じて前記短絡電流の上昇速度を変化させる、
ことを特徴とするマグ溶接の短絡電流制御方法である。
【0019】
請求項2の発明は、前記微小短絡の発生頻度が、単位時間当たりの前記微小短絡の回数である、
ことを特徴とする請求項1記載のマグ溶接の短絡電流制御方法である。
【0020】
請求項3の発明は、前記微小短絡の発生頻度が、前記短絡の回数に占める前記微小短絡の回数の割合である、
ことを特徴とする請求項1記載のマグ溶接の短絡電流制御方法である。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、短絡の期間長さが基準期間未満であるときは微小短絡であると判別し、この微小短絡の発生頻度に応じて短絡電流の上昇速度を変化させている。本発明では、微小短絡の発生頻度によってスプレー移行形態にあることを正確に判別することができるので、スプレー移行形態に最適な短絡電流の上昇速度に制御することができる。このために、マグ溶接において、スプレー移行形態での溶接性能を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の実施の形態1に係るマグ溶接の短絡電流制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。
【図2】図1のインダクタンス設定回路LRに内蔵されている設定関数の一例を示す図である。
【図3】本発明の実施の形態2に係るマグ溶接の短絡電流制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。
【図4】図3の第2インダクタンス設定回路LR2に内蔵されている第2設定関数の一例を示す図である。
【図5】従来技術における短絡移行形態の電圧・電流波形図である。
【図6】従来技術におけるマグ溶接用の溶接装置の構成図である。
【図7】従来技術の電子リアクトル制御を搭載した溶接装置の等価回路図である。
【図8】従来技術におけるスプレー移行形態の電圧・電流波形図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0024】
[実施の形態1]
本発明の実施の形態1では、微小短絡の発生頻度を表す指標として、単位時間当たりの微小短絡回数を使用し、この指標に応じて短絡電流の上昇速度を適正化するものである。以下、この実施の形態について説明する。
【0025】
図1は、本発明の実施の形態1に係るマグ溶接の短絡電流制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0026】
電源主回路PMは、3相200V等の商用電源(図示は省略)を入力として、後述する誤差増幅信号Eiに従ってインバータ制御等の出力制御を行い、出力電圧E及び溶接電流iを出力する。この電源主回路PMは、図示は省略するが、商用電源を整流する1次整流器、整流された直流を平滑する平滑コンデンサ、平滑された直流を高周波交流に変換するインバータ回路、高周波交流を溶接に適した電圧値に降圧する高周波変圧器、降圧された高周波交流を直流に整流する2次整流器、誤差増幅信号Eiを入力としてパルス幅変調制御を行う変調回路、パルス幅変調制御信を入力としてインバータ回路のスイッチング素子を駆動する駆動回路から構成される。溶接電流iの通電経路には内外抵抗値Rio及びリアクトルDCL等による内外インダクタンス値Lioが存在する。内外抵抗値Rioは、溶接電源の内部及び外部の配線による抵抗値である。上述したようにこの内外抵抗値Rioは小さいので無視することができる。内外インダクタンス値Lioは、溶接電源内部に設けられたリアクトル及び溶接用ケーブルの引き回しによるリアクトルの合算したインダクタンス値である。内外インダクタンス値Lioは20〜50μH程度である。後述するインダクタンス設定信号Lrの値は、この内外インダクタンス値Lioを含めた目標となる値である。すなわち、Lr=100μHとすると、Lioが20〜50μHで変化しても、溶接電源の全体としてのインダクタンス値は100μHになるように制御される。
【0027】
溶接ワイヤ1は、送給モータに結合された送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を送給されて、母材2との間にアーク3が発生する。同図において、送給モータWM及びこの送給モータWMを制御する回路については、図示は省略する。
【0028】
電流検出回路IDは、溶接電流iを検出して、電流検出信号idを出力する。電圧検出回路VDは、溶接電圧vを検出して、電圧検出信号vdを出力する。出力電圧設定回路ERは、予め定めた出力電圧設定信号Erを出力する。
【0029】
短絡判別回路Sdは、上記の電圧検出信号vdを入力として、電圧検出信号vdの値が予め定めたしきい値未満であるときはHighレベルとなる短絡判別信号Sdを出力する。しきい値は、10V程度に設定する。微小短絡回数算出回路NDは、この短絡判別信号Sdを入力として、短絡ごとの期間長さを計測し、この短絡期間長さが予め定めた基準期間未満であるときは微小短絡であると判別し、単位時間当たりの微小短絡の回数を計数して微小短絡回数信号Ndとして出力する。上記の基準期間としては、0.5〜1.5ms程度に設定する。これは、短絡移行形態における短絡期間は3〜6msの範囲にほとんど分布するので、これらの短絡と区別するためである。
【0030】
インダクタンス設定回路LRは、上記の微小短絡回数信号Ndを入力として、予め定めた設定関数に基づいて算出した値のインダクタンス設定信号Lrを出力する。この設定関数については、図2で後述する。溶接電流制御設定回路IRCは、上記の出力電圧設定信号Er、上記の電圧検出信号vd及び上記のインダクタンス設定信号Lrを入力として、上述した(2)式に基づいて溶接電流制御設定信号Irc=∫((Er−vd)/Lr)・dtの演算を行い出力する。積分は、溶接中行う。電流誤差増幅回路EIは、この溶接電流制御設定信号Ircと上記の電流検出信号idとの誤差を増幅して、誤差増幅信号Eiを出力する。
【0031】
図2は、上述した設定関数の一例を示す図である。同図の横軸は微小短絡回数信号Nd(回/秒)を示し、縦軸はインダクタンス設定信号Lr(μH)を示す。同図に示すように、a)Nd≦10のときはLr=200となり、b)10<Nd≦15の範囲ではLrは200から100へと右肩下がりとなり、c)15<NdのときはLr=100となる。溶接電源のインダクタンス値は、このインダクタンス設定信号Lrの値になるように電子リアクトル制御される。溶接電源のインダクタンス値が変化すると、これに対応して短絡電流の上昇速度が変化する。すなわち、インダクタンス値が大きくなると短絡電流の上昇速度は小さくなり、逆に、インダクタンス値が小さくなると短絡電流の上昇速度は大きくなる。したがって、同図の縦軸は、短絡電流の上昇速度を設定していることと等価である。但し、縦軸の値が大きいほど、短絡電流の上昇速度は小さくなる。
【0032】
マグ溶接において、短絡移行形態における短絡は、回数が30〜100回/秒、期間長さが3〜6msの範囲にほぼ分布する。これらの短絡の中で微小短絡である割合は5%程度であるので、微小短絡回数は1〜5回/秒程度となる。これに対して、スプレー移行形態における短絡は、20〜40回/秒程度となる。微小短絡の割合は90%程度であるので、微小短絡回数は18〜36回/秒程度となる。これらのことから、微小短絡回数信号Ndの値が10回/秒未満であるときは短絡移行形態にあると判別することができるので、インダクタンス設定信号Lrの値を大きくして、短絡電流の上昇速度が小さくなるようにしている。他方、微小短絡回数信号Ndの値が15回/秒以上のときはスプレー移行形態にあると判別することができるので、インダクタンス設定信号Lrの値を小さくして、短絡電流の上昇速度が大きくなるようにしている。微小短絡回数信号Ndの値が10〜15回/秒の範囲では、インダクタンス設定値Lrの値の切り換えを円滑にするために傾斜を持たせることで連続的に変化するようにしている。この切り換えを階段状に行うようにしても良い。すなわち、Nd≦10のときはLr=200とし、10<NdのときはLr=100としても良い。同図に示す設定関数は、一例であり、溶接条件に応じて実験によって適正化を図ることになる。
【0033】
上述した実施の形態1によれば、短絡の期間長さが基準期間未満であるときは微小短絡であると判別し、この微小短絡の発生頻度に応じて短絡電流の上昇速度を変化させている。本実施の形態では、この微小短絡の発生頻度を表す指標として、単位時間当たりの微小短絡の回数を使用している。この指標を使用することによって、スプレー移行形態にあることを正確に判別することができるので、スプレー移行形態に最適な短絡電流の上昇速度に制御することができる。このために、マグ溶接において、スプレー移行形態での溶接性能を向上させることができる。
【0034】
[実施の形態2]
本発明の実施の形態2では、微小短絡の発生頻度を表す指標として、短絡の回数に占める微小短絡の回数の割合を使用し、この指標に応じて短絡電流の上昇速度を適正化するものである。以下、この実施の形態について説明する。
【0035】
図3は、本発明の実施の形態2に係るマグ溶接の短絡電流制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図は上述した図1と対応しており、同一のブロックには同一符号を付して、それらの説明は省略する。同図は、図1の微小短絡回数算出回路NDを破線で示す微小短絡割合算出回路MDに置換し、インダクタンス設定回路LRを破線で示す第2インダクタンス設定回路LR2に置換したものである。以下、同図を参照してこれらのブロックについて説明する。
【0036】
微小短絡割合算出回路MDは、短絡判別信号Sdを入力として、短絡ごとの期間長さを計測し、この短絡期間長さが上記の基準期間未満であるときは微小短絡であると判別し、単位時間ごとに短絡の全回数に占める微小短絡の回数の割合を算出して微小短絡割合信号Mdとして出力する。第2インダクタンス設定回路LR2は、上記の微小短絡割合信号Mdを入力として、予め定めた第2設定関数に基づいて算出した値のインダクタンス設定信号Lrを出力する。この第2設定関数については、図4で後述する。
【0037】
図4は、上述した第2設定関数の一例を示す図である。同図の横軸は微小短絡割合信号Md(%)を示し、縦軸はインダクタンス設定信号Lr(μH)を示す。同図に示すように、a)Md≦20のときはLr=200となり、b)20<Nd≦30の範囲ではLrは200から100へと右肩下がりとなり、c)30<NdのときはLr=100となる。溶接電源のインダクタンス値は、このインダクタンス設定信号Lrの値になるように電子リアクトル制御される。
【0038】
上述したように、マグ溶接において、微小短絡割合は、短絡移行形態時には約5%未満となり、スプレー移行形態時には約90%以上となる。したがって、この微小短絡割合によって移行形態を判別することができる。同図においては、微小短絡割合信号Mdの値が20%未満であるときは短絡移行形態にあると判別することができるので、インダクタンス設定信号Lrの値を大きくして、短絡電流の上昇速度が小さくなるようにしている。他方、微小短絡割合信号Mdの値が30%以上のときはスプレー移行形態にあると判別することができるので、インダクタンス設定信号Lrの値を小さくして、短絡電流の上昇速度が大きくなるようにしている。微小短絡割合信号Mdの値が20〜30%の範囲では、インダクタンス設定値Lrの値の切り換えを円滑にするために傾斜を持たせることで連続的に変化するようにしている。この切り換えを階段状に行うようにしても良い。すなわち、Md≦20のときはLr=200とし、20<NdのときはLr=100としても良い。同図に示す設定関数は、一例であり、溶接条件に応じて実験によって適正化を図ることになる。
【0039】
上述した実施の形態2によれば、短絡の期間長さが基準期間未満であるときは微小短絡であると判別し、この微小短絡の発生頻度に応じて短絡電流の上昇速度を変化させている。本実施の形態では、この微小短絡の発生頻度を表す指標として、短絡の回数に占める微小短絡の回数の割合を使用している。この指標を使用することによってスプレー移行形態にあることを正確に判別することができるので、スプレー移行形態に最適な短絡電流の上昇速度に制御することができる。このために、マグ溶接において、スプレー移行形態での溶接性能を向上させることができる。
【0040】
上述した実施の形態1〜2では、電子リアクトル制御として特許文献1に記載する方法を使用して説明した。この電子リアクトル制御として特許文献2に記載する方法を使用しても良い。さらには、短絡電流の上昇速度の制御に電子リアクトル制御を使用する代わりに、従来技術として説明した短絡期間を定電流制御する方法を使用しても良い。本発明は、ミグ溶接に対しても適用することができる。
【符号の説明】
【0041】
1 溶接ワイヤ
2 母材
3 アーク
4 溶接トーチ
4a 給電チップ
5 送給ロール
CC 定電流源
DCL リアクトル
di/dt 電流微分値
E 出力電圧
EI 電流誤差増幅回路
Ei 誤差増幅信号
ER 出力電圧設定回路
Er 出力電圧設定(値/信号)
Erc 電圧制御設定値
Fc 送給制御信号
i 溶接電流
ID 電流検出回路
id 電流検出信号
IRC 溶接電流制御設定回路
Irc 溶接電流制御設定(値/信号)
is 短絡電流
Lio 内外インダクタンス値
Lm 目標インダクタンス値
LR インダクタンス設定回路
Lr インダクタンス設定(値/信号)
LR2 第2インダクタンス設定回路
MD 微小短絡割合算出回路
Md 微小短絡割合信号
ND 微小短絡回数算出回路
Nd 微小短絡回数信号
PM 電源主回路
PS 溶接電源
Rio 内外抵抗値
Sd 短絡判別回路
Sd 短絡判別信号
Ta アーク期間
Ts 短絡期間
v 溶接電圧
VD 電圧検出回路
vd 電圧検出信号
WM 送給モータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接ワイヤと母材との短絡を検出し、この短絡中の短絡電流の上昇速度を制御するマグ溶接の短絡電流制御方法において、
前記短絡の期間長さが基準期間未満であるときは微小短絡であると判別し、この微小短絡の発生頻度に応じて前記短絡電流の上昇速度を変化させる、
ことを特徴とするマグ溶接の短絡電流制御方法。
【請求項2】
前記微小短絡の発生頻度が、単位時間当たりの前記微小短絡の回数である、
ことを特徴とする請求項1記載のマグ溶接の短絡電流制御方法。
【請求項3】
前記微小短絡の発生頻度が、前記短絡の回数に占める前記微小短絡の回数の割合である、
ことを特徴とする請求項1記載のマグ溶接の短絡電流制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−235348(P2011−235348A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−111217(P2010−111217)
【出願日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【Fターム(参考)】