説明

マスタシリンダ

【課題】操作子の無効ストロークの増加を抑えながら所望の制動力を発揮できて,制動フィーリングを良好にし得るマスタシリンダを提供する。
【解決手段】マスタピストン3は,シリンダ孔5に嵌装される第1ピストン3aと,この第1ピストン3aに設けられるガイド孔7に嵌装される第2ピストン3bとを備え,第1ピストン3aの前進を所定位置で規制するストローク規制手段5cをシリンダボディ1に設け,操作子4を第2ピストン3bに連接すると共に,この第2ピストン3bを弾性伝達部材16を介して第1ピストン3aに連接し,操作子4の押圧操作時,第2ピストン3bが第1ピストン3aを伴ないシリンダ孔5内を前進することにより液圧発生室9を昇圧し,第1ピストン3aがストローク規制手段5cにより前進を規制された後は,第2ピストン3bがガイド孔7内を前進することにより液圧発生室9を昇圧するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,車両のブレーキを作動するマスタシリンダ,特に,出力ポート及びシリンダ孔を有するシリンダボディと,前記シリンダ孔に摺動自在に嵌装されて該シリンダ孔内に前記出力ポートに連なる液圧発生室を画成するマスタピストンと,このマスタピストンを後退位置から押圧し得る操作子とを備えるマスタシリンダの改良に関する。
【背景技術】
【0002】
かゝるマスタシリンダは,特許文献1に開示されるように知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−63546号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
マスタシリンダの出力液圧により作動されるディスクブレーキやドラムブレーキにおいて,非制動時,制動子が,ホイールと共に回転する被制動体に接触する,所謂引摺り現象は,車両の燃費に影響を与えるので,その引摺りを防ぐためには,非制動時,制動子及び被制動体間に形成される間隙が大きいことが好ましい。しかしながら,その間隙を大きくすると,マスタシリンダの作動時,制動子が前記間隙を詰めて被制動体に接触するまでの操作子の無効ストロークが大きくなり,制動フィーリングを悪くする不都合が生じる。
【0005】
本発明は,かゝる事情に鑑みてなされたもので,操作子の無効ストロークの増加を抑えながら所望の制動力を発揮することができ,制動フィーリングを良好にし得るマスタシリンダを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために,本発明は,出力ポート及びシリンダ孔を有するシリンダボディと,前記シリンダ孔に摺動自在に嵌装されて該シリンダ孔内に前記出力ポートに連なる液圧発生室を画成するマスタピストンと,このマスタピストンを後退位置から押圧し得る操作子とを備えるマスタシリンダにおいて,前記マスタピストンは,前記シリンダ孔に摺動自在に嵌装される第1ピストンと,この第1ピストンに,それを軸方向に貫通するように設けられるガイド孔に摺動自在に嵌装される第2ピストンとを備え,前記第1ピストンの前進を所定位置で規制するストローク規制手段を前記シリンダボディに設け,前記操作子を前記第2ピストンに連接すると共に,この第2ピストンを弾性伝達部材を介して前記第1ピストンに連接し,前記操作子の押圧操作時,前記第2ピストンが前記第1ピストンを伴ない前記シリンダ孔内を前進することにより前記液圧発生室を昇圧し,前記第1ピストンが前記ストローク規制手段により前進を規制された後は,前記第2ピストンが前記ガイド孔内を前進することにより前記液圧発生室を昇圧するようにしたことを第1の特徴とする。
【0007】
また本発明は,第1の特徴に加えて,前記シリンダ孔は,前記第1ピストンが嵌装される大径孔と,この大径孔より小径でその前端に連なる小径孔と,これら大径孔及び小径孔間の境界をなす段部とを備え,その段部を前記ストローク規制手段としたことを第2の特徴とする。
【0008】
さらに本発明は,第2の特徴に加えて,前記弾性伝達部材は,前記第1ピストンの後端面より突出した前記第2ピストンの後端部を囲繞するようにして第1及び第2ピストン間に縮設されることを第3の特徴とする。
【0009】
さらにまた本発明は,第3の特徴に加えて,前記シリンダボディと前記第2ピストンの後端との間に,前記シリンダ孔の後端開口部及び前記弾性伝達部材を覆うブーツを張設したことを第4の特徴とする。
【0010】
さらにまた本発明は,第3又は第4の特徴に加えて,第1ピストンが後退位置にあるとき,前記弾性伝達部材の付勢力をもってその第1ピストンに当接して前記第2ピストンの後退位置を規定するストッパをその第2ピストンに一体的に設ける一方,前記弾性伝達部材のセット荷重より小さいセット荷重をもって前記第1ピストンを後退方向へ付勢する戻しばねを前記液圧発生室に収容したことを第5の特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明の第1の特徴によれば,操作子の押圧操作初期には,第1及び第2ピストンが同時に前進し,それらの前端面の総和面積で液圧発生室を加圧することになるので,操作子の単位操作ストローク当たりの出力ポートの出力液量は多く,これを入力されるブレーキピストンは,その無効ストローク分,迅速に前進することができ,これにより操作子の無効ストロークを減少させることができる。
【0012】
また,ブレーキピストンが無効ストローク分,前進した頃,第1ピストンの前進がストッパ規制手段により規制され,第2ピストンのみが弾性伝達部材を圧縮しながら前進し,その前端面の面積のみで液圧発生室を加圧するため,操作子の単位ストローク当たりの出力ポートの出力液量は先刻に比して減少するが,液圧発生室の液圧は増加し,これに伴ないブレーキピストンの前進力も増加するので,制動力を所望通りに発生させることができる。こうして操作子の無効ストロークの増加を抑えながら所望の制動力を発揮できて,ユーザに良好な操作フィーリングを与えることができる。
【0013】
しかも,マスタピストンは,第1及び第2ピストンの複数のピストンで構成されるにも拘らず,これら第1及び第2ピストンを内外同心状に配置することで,マスタピストン,延いてはマスタシリンダの大型化を避けることができる。
【0014】
本発明の第2の特徴によれば,シリンダボディのシリンダ孔を段付きに形成すると共に,その段部の位置の選定により,第1ピストンの前進ストロークを簡単に規制することができる。
【0015】
本発明の第3の特徴によれば,第2ピストンと弾性伝達部材との同心配置が可能となり,マスタシリンダのコンパクト化に寄与し得る。
【0016】
本発明の第4の特徴によれば,単一のブーツによって,シリンダ孔の後端開口部への異物の侵入を防ぐと共に,弾性伝達部材への他物の接触を防ぎ,その耐久性の向上に寄与し得る。
【0017】
本発明の第5の特徴によれば,マスタシリンダの非作動状態では,戻しばね及び弾性伝達部材の2個の弾性部材をもって,第1及び第2ピストンを各後退位置に簡単,確実に保持することができる。また第1ピストンが後退位置にあるとき,その第1ピストンに当接して第2ピストンの後退位置を規定するストッパをその第2ピストンに一体的に設けることで,部品点数の増加を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明のマスタシリンダを,自動二輪車の操向ハンドルへの取り付け状態で示す平面図。
【図2】図2は,図1の2−2線拡大断面図。
【図3】マスタシリンダの,図2に対応する作動説明図。
【図4】上記マスタシリンダにより作動されるディスクブレーキの縦断面図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下,本発明の実施の形態を添付図面に基づいて説明する。
【0020】
先ず図1において,自動二輪車の棒状の操向ハンドルSには,その端部に形成されるハンドルグリップSaの内端に隣接してマスタシリンダMが取り付けられる。このマスタシリンダMは,図1及び図2に示すように,操向ハンドルSに固着されるシリンダボディ1と,このシリンダボディ1の上部に一体に連設されて,内部に作動液を一定量貯留するリザーバ2と,シリンダボディ1内に嵌装されるマスタピストン3と,このマスタピストン3を作動すべくシリンダボディ1に枢軸6を介して揺動可能に支持されるブレーキレバー4とを備える。尚,以下のマスタシリンダMの説明において,マスタピストン3が所定の後退位置から動く方向を「前」と言い,後退位置に向かう方向を「後」と言う。
【0021】
シリンダボディ1は,操向ハンドルSと平行に延びるシリンダ孔5を備える。このシリンダ孔5は,小径孔5aと,この小径孔5aの後端に同軸状に連なる,小径孔5aより大径且つ長い大径孔5bと,これら小径孔5a及び大径孔5b間の境界をなす後向きの環状段部5cとよりなっており,その小径孔5aの前端面を閉鎖するシリンダボディ1の前端壁1aに,小径孔5aに開口する出力ポート8が設けられる。
【0022】
マスタピストン3は,互いに同心状に配置される第1及び第2ピストン3a,3bよりなる。即ち,第1ピストン3aは,中心部にそれを貫通するガイド孔7を有して前記大径孔5bに摺動自在に嵌装され,また第2ピストン3bは,前記ガイド孔7に摺動自在に嵌装されると共に,その前端部が小径孔5aに受容され得るようになっており,これら第1及び第2ピストン3a,3bの前端面と前記前端壁1aとによって,前記出力ポート8に連なる液圧発生室9がシリンダ孔5内に画成される。こうして,シリンダ孔5,第1ピストン3a及び第2ピストン3bは,中心軸線Yを共有するように配置され,そして第1及び第2ピストン3a,3bは,それぞれの前進により液圧発生室9を昇圧することができる。
【0023】
シリンダボディ1には,大径孔5bの後端に連なる,それより大径のブーツ収容孔10が設けられ,このブーツ収容孔10の前端部内周面に係止される止環11が,第1ピストン3aの後端を受け止めて第1ピストン3aの後退位置を規定し,また前記環状段部5cが第1ピストン3aの前端を受け止めて第1ピストン3aの前進位置を規定するようになっている。こうして,第1ピストン3aの前進ストロークL1は一定に規制される。
【0024】
一方,第2ピストン3bは,第1ピストン3aの前端面に当接するフランジ12を前端に有し,第1ピストン3aが前記後退位置にあるとき,フランジ12が第1ピストン3aの前端面に当接することにより,第2ピストン3bの後退位置が規定されるようになっており,第2ピストン3bは,その後退位置から前記前端壁1aに当接するまで前進が可能であり,この第2ピストン3bの前進ストロークL2に比して,第1ピストン3aの前進ストロークL1は小さく,且つ後述するディスクブレーキBにおけるブレーキピストン37の無効ストロークに対応して設定される。
【0025】
また第2ピストン3bは,その後端部を第1ピストン3aの後端面より突出させており,その突出端に前記ブレーキレバー4の作動アーム部4aが当接し,ブレーキレバー4を前記ハンドルグリップSa側へ回動することで,作動アーム部4aにより第2ピストン3bを前進方向へ押圧し得るようになっている。
【0026】
第1ピストン3aの後端面より突出した第2ピストン3bの後端部にはサークリップよりなるばね座15が係止され,このばね座15と第1ピストン3aの後端面との間に,第2ピストン3bの後方突出部を囲繞する,コイルばねよりなる弾性伝達部材16が縮設される。この弾性伝達部材16は,第2ピストン3bの前記フランジ12を第1ピストン3aの前端面に当接させるように付勢力を発揮すると共に,ブレーキレバー4から第2ピストン3bに付与される前進力を第2ピストン3bに伝達する機能をも有する。
【0027】
前記ブーツ収容孔10には,シリンダ孔5の後方開口部と弾性伝達部材16を覆う可撓性のブーツ17aが配設され,このブーツ17は,前記止環11の後端面とブーツ収容孔10の内周面とに圧接する大径のシールビード17aを前端に有し,また第2ピストン3bの後端部外周の環状溝18に係止される小径のシールビード17bを後端に有する。
【0028】
小径孔5a内には,第1ピストン3aを後退方向へ付勢する,コイルばねよりなる戻しばね19が縮設される。その際,戻しばね19のセット荷重は,前記弾性伝達部材16のそれより小さく設定される。
【0029】
第1ピストン3aの外周には,前記大径孔5bの内周面に摺動可能に密接して前後に並ぶ第1及び第2シール部材20,21が装着され,これらシール部材20,21は,内外二重のシールリップを液圧発生室9側に向けたカップ型に構成される。また第2ピストン3bの外周には,第1ピストン3aのガイド孔7の内周面に摺動可能に密接する,同じくカップ型のシール部材22が装着される。
【0030】
シリンダボディ1及びリザーバ2間の隔壁には,第1ピストン3aが後退位置にあるとき,第1シール部材20の直前(液圧発生室9側)で液圧発生室9をリザーバ2内の底部に連通させるリリーフポート24と,第1シール部材20の直後で第1ピストン3aの外周に形成される環状の補給溝26をリザーバ2内の底部に連通させるサプライポート25とが穿設される。
【0031】
次に図4により,上記マスタシリンダMの出力ポート8からの出力液圧を受けて作動して,自動二輪車の前輪もしくは後輪を制動する一般的なディスクブレーキBについて説明する。
【0032】
ディスクブレーキBは,キャリパ30と,車輪と共に回転するディスクロータ31とを主たる構成要素とする。キャリパ30は,自動二輪車のフロントフォーク又はリヤフォークに固着されるブラケット32に,ディスクロータ31の中心軸線と平行に配置される支持ピン33に弾性ブッシュ34を介して摺動自在に支承される。支持ピン33はブラケット32に固着され,弾性ブッシュ34はキャリパ30側に装着されるもので,弾性ブッシュ34の一端側は,支持ピン33の先端面を覆うように閉塞しており,その他端側には,支持ピン33の根元に係止される可撓ブーツ34aが一体に形成され,弾性ブッシュ34の内周面にはグリースが塗布されている。
【0033】
キャリパ30は,ディスクロータ31を跨ぐように配置される左右一対の第1及び第2キャリパアーム30a,30bを有しており,その第1キャリパアーム30aには,支持ピン33と平行な有底シリンダ孔35が第2キャリパアーム30bの内側面に開口するように,また入力ポート36が有底シリンダ孔35の底部に開口するように形成され,この有底シリンダ孔35にはブレーキピストン37が摺動可能に嵌装され,このブレーキピストン37と有底シリンダ孔35の底部との間に,入力ポート36と連通する受圧液室40が画成される。前記マスタシリンダMの出力ポート8は,液圧導管38を介して上記入力ポート36に接続され,出力ポート8からの出力液圧が受圧液室40に伝達し,受圧液室40を昇圧させるようになっている。
【0034】
キャリパ30の図示しない支持部には,ディスクロータ31の一側面と他側面とにそれぞれ対向する第1及び第2摩擦パッド41,42が支持され,第1摩擦パッド41の背面にブレーキピストン37が対置される。
【0035】
而して,受圧液室40の昇圧によりブレーキピストン37が前進して第1摩擦パッド41をディスクロータ31の一側面に圧接させると,その反作用によりキャリパ30がブレーキピストン37の前進方向と反対側へ支持ピン33に沿って移動し,第2キャリパアーム30bが第2摩擦パッド42をディスクロータ31の他側面に圧接させる。その結果,車輪と共に回転するディスクロータ31は両摩擦パッド41,42によって挟圧され,制動される。
【0036】
第1キャリパアーム30aには,互いに隣接して有底シリンダ孔35の内周面に開口する断面角形で環状の第1及び第2シール溝43,44が形成され,第1シール溝43は,有底シリンダ孔35の開口端寄りに配置され,これにブレーキピストン37の外周面に密接する断面角形のシール部材45が装着される。第2シール溝44は,第1シール溝43より大きい断面を有しており,この第2シール溝44の,ブレーキピストン37前進側の開口縁にはチャンファ47(図4(A)参照)が形成される。この第2シール溝44にブレーキピストン37の外周面に密接するロールバックシール部材46が装着される。
【0037】
ロールバックシール部材46は,シール部材45と同様にブレーキピストン37の周囲をシールを行う通常のシール機能を持つ他,ブレーキピストン37の前進作動後,それに戻り動作を付与する機能をも有する。即ち,ブレーキピストン37は,受圧液室40の昇圧による前進時には,ロールバックシール部材46の内周面を滑りながら,その一部をチャンファ47内に押し込む(図4の(B)参照)ので,受圧液室40の減圧時には,ロールバックシール部材46の,チャンファ47に押し込まれた部分が,原形に復帰しようとするロールバック作用によりブレーキピストン37に戻り動作が与えられる。このロールバック量が多ければ,非ブレーキ状態におけてディスクロータ31と各摩擦パッド41,42との間の間隙が大きくなり,各摩擦パッド41,42のディスクロータ31に対する引摺りを回避し得る。しかしながら,上記ロールバック量を多く設定すると,受圧液室40の昇圧に伴なうブレーキピストン37の前進ストローク中,前記間隙を詰めるまでのブレーキピストン37の無効ストロークが大きくなる。前記マスタシリンダMは,上記無効ストロークが大きくなっても,ブレーキレバー4の比較的小さい初期ストロークをもってブレーキピストン37を素早く前進させて,前記間隙を早期に詰め,しかも前記間隙を詰めた後は,ブレーキピストン37の前進作動力を増強させ,ディスクロータ31に対して強力な制動力を発揮させ得るもので,その作用を以下に詳細に説明する。
【0038】
マスタシリンダMの非作動状態,即ちブレーキレバー4の非操作状態では,図1に示すように,第1ピストン3aは,戻しばね19の付勢力により,後端が止環11に当接した後退位置に保持され,また第2ピストン3bは,弾性伝達部材16の付勢力により,フランジ12が第1ピストン3aの前端面に当接して後退位置に保持される。このとき,リリーフポート24は,第1ピストン3aの第1シール部材20の直前で液圧発生室9に開口する位置を占めるので,液圧発生室9は,リザーバ2内部と同様に略大気圧に保持される。
【0039】
いま,ディスクブレーキBを作動すべく,ブレーキレバー4をハンドルグリップSa側へ回動すると,作動アーム部4aが第2ピストン3bを前方へ押圧し,その押圧力は,弾性伝達部材16を介して第1ピストン3aを前方へ押圧する。このとき,弾性伝達部材16のセット荷重は,戻しばね19のそれより大きく設定されているため,弾性伝達部材16は圧縮変形することなく,第1ピストン3aを戻しばね19の付勢力に抗して前方へ押圧することができる。結局,第1及び第2ピストン3a,3bは同時に前進し,第1ピストン3aがリリーフポート24を横切ってから液圧発生室9の昇圧が開始し,その液圧が出力ポート8からディスクブレーキBの受圧液室40へと入力される。このように,ブレーキレバー4の初期操作時には,両ピストン3a,3bの同時前進することから,それらの前端面の総和面積で液圧発生室9を加圧するので,ブレーキレバー4の単位ストローク当たりの出力ポート8の出力液量は多い。したがって受圧液室40への入力液量も多くなるから,ブレーキピストン37が無効ストロークを迅速に前進して,ディスクロータ31と各摩擦パッド41,42との間の間隙を素早く詰めることができ,その分,ブレーキレバー4の無効ストロークが減少することになる。
【0040】
ブレーキピストン37が無効ストローク分,前進した頃,第1ピストン3aは,シリンダ孔5を構成する小径孔5a及び大径孔5b間の環状段部5cに前端面を受け止められて,前進を停止する。
【0041】
その後は,図3に示すように,ブレーキレバー4の引き続く前進操作により,第2ピストン3bが弾性伝達部材16を圧縮しながら第1ピストン3aのガイド孔7内を前進し,前端部を小径孔5a内に受容されながら液圧発生室9を昇圧する。即ち,第2ピストン3bの前端面の面積のみで液圧発生室9を加圧するため,ブレーキレバー4の単位ストローク当たりの出力ポート8の出力液量は先刻に比して減少するが,液圧発生室9の液圧は増加する。したがって受圧液室40に入力される液圧も増加し,その液圧によりブレーキピストン37を前進させるので,各摩擦パッド41,42のディスクロータ31に対する制動力を所望通りに発生させることができる。
【0042】
こうして操作子の無効ストロークの増加を抑えながら所望の制動力を発揮できて,ユーザに良好な操作フィーリングを与えることができる。しかも,マスタピストンMは,第1及び第2ピストン3a,3bの複数のピストンで構成されるにも拘らず,これら第1及び第2ピストン3a,3bを内外同心状に配置することで,マスタピストン3,延いてはマスタシリンダMの大型化を避けることができる。
【0043】
またシリンダ孔5を構成する小径孔5a及び大径孔5b間の後向きの段部5cが第1ピストン3aの前端を受け止めてその前進限を規定するようにしたので,上記段部5cの位置の選定により,第1ピストン3aの前進ストロークを簡単に規制することができる。
【0044】
さらに弾性伝達部材16は,第1ピストン3aの後端面より突出した第2ピストン3bの後端部を囲繞するようにして第1及び第2ピストン3a,3b間に縮設されるので,第2ピストン3bと弾性伝達部材16との同心配置が可能となり,マスタシリンダMのコンパクト化に寄与し得る。
【0045】
さらにまたシリンダボディ1と第2ピストン3bの後端との間には,シリンダ孔5の後方開口部及び弾性伝達部材16を覆う可撓性のブーツ17が張設されるので,単一のブーツ17によって,シリンダ孔5の後方開口部への異物の侵入を防ぐと共に,弾性伝達部材16への他物の接触を防ぎ,その耐久性の向上に寄与し得る。
【0046】
さらにまた第1ピストン3aが後退位置にあるとき,この第1ピストン3aに弾性伝達部材16の付勢力をもって当接して第2ピストン3bの後退位置を規定するストッパ(フランジ12)が第2ピストン3bに設けられ,一方,シリンダボディ1及び第1ピストン3a間には,弾性伝達部材16のセット荷重より小さいセット荷重をもって第1ピストン3aを後退方向へ付勢する戻しばね19が縮設されるので,マスタシリンダMの非作動状態では,戻しばね19及び弾性伝達部材16の2個の弾性部材をもって,第1及び第2ピストン3a,3bを各後退位置に簡単,確実に保持することができる。
【0047】
しかも前記ストッパを,第2ピストン3bの前端に一体に形成されて第1ピストン3aの前端面に当接するフランジ12で構成したことで,第2ピストン3bの前端に,第1ピストン3aの前端面に当接するフランジ12を一体に形成するという,簡単な構造で第2ピストン3bの後退位置を容易に規制することができ,部品点数増加を抑えることができる。
【0048】
ブレーキレバー4から操作力を解除すると,第1及び第2ピストン3a,3bは,戻しばね19及び弾性伝達部材16の付勢力により図1に示す各後退位置まで後退する。その間に液圧発生室9を減圧し,ディスクブレーキBが非作動状態に戻る。
【0049】
一方,第1ピストン3aの第1シール部材20のシールリップは,液圧発生室9の減圧により大径孔5bの内周面から離れるので,リザーバ2内の作動液がサプライポート25から第1ピストン3aの補給溝26を経て液圧発生室9側に補給され,これに伴ない摩擦パッド41,42の摩耗に対応した作動液量が受圧液室40に補給される。その際,過剰補給があれば,第1及び第2ピストン3a,3bが各後退位置に戻ったとき,過剰補給分の作動液が液圧発生室9からリリーフポート24を通してリザーバ2に戻る。
【0050】
このように,第2ピストン3bに比して前進ストロークが小さい第1ピストン3aに,リリーフポート24の液圧発生室9への連通,遮断を制御する第1シール部材20と,補給溝26を挟んで第1シール部材20の後方に配置される第2シール部材21とが装着されるので,これらシール部材20,21のシリンダ孔5内周面との摺動量が減少し,その耐久性の向上を図ることができる。
【0051】
以上,本発明の実施例を説明したが,本発明は上記実施例に限定されるものではなく,本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の設計変更を行うことができる。例えば,弾性伝達部材16を構成するコイルばねをゴム製の中空円筒体に置き換えることもできる。またディスクブレーキBを液圧式のドラムブレーキに置き換えることもできる。またマスタシリンダMを自動車用ブレーキに適用することもできる。
【符号の説明】
【0052】
M・・・・・・マスタシリンダ
1・・・・・・シリンダボディ
2・・・・・・リザーバ
3・・・・・・マスタピストン
3a・・・・・第1ピストン
3b・・・・・第2ピストン
4・・・・・・操作子(ブレーキレバー)
5・・・・・・シリンダ孔
5a・・・・・小径孔
5b・・・・・大径孔
5c・・・・・ストローク規制手段(環状段部)
7・・・・・・ガイド孔
8・・・・・・出力ポート
9・・・・・・液圧発生室
12・・・・・ストッパ(フランジ)
16・・・・・弾性伝達部材
17・・・・・ブーツ
19・・・・・戻しばね
20・・・・・シール部材(第1シール)
24・・・・・リリーフポート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
出力ポート(8)及びシリンダ孔(5)を有するシリンダボディ(1)と,前記シリンダ孔(5)に摺動自在に嵌装されて該シリンダ孔(5)内に前記出力ポート(8)に連なる液圧発生室(9)を画成するマスタピストン(3)と,このマスタピストン(3)を後退位置から押圧し得る操作子(4)とを備えるマスタシリンダにおいて,
前記マスタピストン(3)は,前記シリンダ孔(5)に摺動自在に嵌装される第1ピストン(3a)と,この第1ピストン(3a)に,それを軸方向に貫通するように設けられるガイド孔(7)に摺動自在に嵌装される第2ピストン(3b)とを備え,
前記第1ピストン(3a)の前進を所定位置で規制するストローク規制手段(5c)を前記シリンダボディ(1)に設け,
前記操作子(4)を前記第2ピストン(3b)に連接すると共に,この第2ピストン(3b)を弾性伝達部材(16)を介して前記第1ピストン(3a)に連接し,
前記操作子(4)の押圧操作時,前記第2ピストン(3b)が前記第1ピストン(3a)を伴ない前記シリンダ孔(5)内を前進することにより前記液圧発生室(9)を昇圧し,前記第1ピストン(3a)が前記ストローク規制手段(5c)により前進を規制された後は,前記第2ピストン(3b)が前記ガイド孔(7)内を前進することにより前記液圧発生室(9)を昇圧するようにしたことを特徴とするマスタシリンダ。
【請求項2】
請求項1記載のマスタシリンダにおいて,
前記シリンダ孔(5)は,前記第1ピストン(3a)が嵌装される大径孔(5b)と,この大径孔(5b)より小径でその前端に連なる小径孔(5a)と,これら大径孔(5b)及び小径孔(5a)間の境界をなす段部(5c)とを備え,その段部(5c)を前記ストローク規制手段としたことを特徴とするマスタシリンダ。
【請求項3】
請求項2記載のマスタシリンダにおいて,
前記弾性伝達部材(16)は,前記第1ピストン(3a)の後端面より突出した前記第2ピストン(3b)の後端部を囲繞するようにして前記第1及び第2ピストン(3a,3b)間に縮設されることを特徴とするマスタシリンダ。
【請求項4】
請求項3記載のマスタシリンダにおいて,
前記シリンダボディ(1)と前記第2ピストン(3b)の後端との間に,前記シリンダ孔(5)の後端開口部及び前記弾性伝達部材(16)を覆うブーツ(17)を張設したことを特徴とするマスタシリンダ。
【請求項5】
請求項3又は4記載のマスタシリンダにおいて,
前記第1ピストン(3a)が後退位置にあるとき,前記弾性伝達部材(16)の付勢力をもってその第1ピストン(3a)に当接して前記第2ピストン(3b)の後退位置を規定するストッパ(12)をその第2ピストン(3b)に一体的に設ける一方,前記弾性伝達部材(16)のセット荷重より小さいセット荷重をもって前記第1ピストン(3a)を後退方向へ付勢する戻しばね(19)を前記液圧発生室(9)に収容したことを特徴とするマスタシリンダ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−166692(P2012−166692A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−29450(P2011−29450)
【出願日】平成23年2月15日(2011.2.15)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】