説明

マルチキャスト事前配信方法、システム、および装置

【課題】ユーザに対して配信する事前配信コンテンツを効率よく損失補償する。
【解決手段】マルチキャスト事前配信装置10で、事前配信コンテンツを複数のユーザ側装置へ欠損データに対する損失補償制御を行うことなくマルチキャストで配信し、各ユーザ側装置20で、マルチキャスト事前配信装置10から受信して保存しておいた事前配信コンテンツを再生する際に当該事前配信コンテンツの損失有無を検査し、損失検出に応じて欠損データを指定した再送要求をマルチキャスト事前配信装置10へ通知し、マルチキャスト事前配信装置10で、この再送要求に応じて、指定された事前配信コンテンツから欠損データを取得して、要求元のユーザ側装置20へユニキャストで配信し、ユーザ側装置20で、マルチキャスト事前配信装置10から受信した欠損データに基づいて、保存しておいた事前配信コンテンツの損失を補償する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マルチキャスト事前配信技術に関し、特にユーザに対して配信する事前配信コンテンツが損失した際に、その事前配信コンテンツを損失補償するための損失補償技術に関する。
【背景技術】
【0002】
多くのインターネットサービスプロバイダ(ISP:Internet Service Provider)は、自身のネットワークサービスを差別化するキラーサービスとしてビデオ・オン・デマンドサービス(VoDサービス:Video On Demand)を位置付けており、映画やTVドラマなど、コンテンツ制作会社が制作した高品質の動画コンテンツ(リッチコンテンツ:Rich Contents)を配信するVoDサービスの普及に力を入れている。
【0003】
一般に、動画コンテンツの視聴は夜間に集中する傾向があり、1日の周期で大きく変動する。ISPが収益を向上させユーザに対して安価にVoDサービスを提供するためには、ピーク時のサーバ負荷低減が大きな課題である。また、リッチコンテンツは大容量であるため、配信によって生じるトラヒックがネットワーク(NW)に与える影響を抑えることも重要である。
このようなピーク時のサーバ負荷低減法として様々なものが検討され実用化されているが、主に、マルチキャスト(MC:Multicast)配信とピアツーピア(P2P:Peer to Peer)型配信に分類できる。
【0004】
MC配信は、同一のコンテンツを要求した複数のユーザに対して、MC配信ツリーを用いて単一の配信セッションで配信するもので、ユーザ集約度の向上に比例してサーバ負荷の低減が期待できる。しかし、ユーザ集約度を上げるためには、配信要求に対して即時に配信を開始せず、配信を待ち合わせる必要がある。そのため、配信の即時性が損なわれ、ユーザが配信を要求してから実際に配信が開始されるまでの待ち時間が増加し、サービス品質が劣化する。
【0005】
一方、BitTorrent(登録商標)等、ユーザ間で保有するコンテンツを交換することでコンテンツ配信を実現するP2P型配信システムが広く普及している。従来は、UGC(User Generated Contents)の交換を目的に利用されてきたが、近年、リッチコンテンツを配信する手段としてもP2P配信技術が用いられている。しかし、ユーザは配信途中でシステムから退去する可能性があり、他のピアに接続先を切り替える等の配信継続のための方策を用いる必要がある。また、MC配信に対しても言えるが、再生,停止などのVCR(Video Cassette Recorder)操作をサポートするためには、配信セッションを動的に切り替える複雑な処理が必要となる。
【0006】
ところで、アクセス回線のダウンリンク容量の増加は目覚ましく、リッチコンテンツの再生レートと比較しても十分に大きな帯域が利用できる環境が一般的になりつつある。そのため、ユーザの配信要求に対してオンデマンドで配信サーバより配信を行う通常の配信に加え、未使用の伝送容量を活用し、ユーザの配信要求とは無関係にコンテンツを常時配信し、ユーザ宅内に設置されているセットトップボックス(STB:Set Top Box)に蓄積することが有効である。このユーザの配信要求とは無関係に行うコンテンツの配信を事前配信と呼んでいる。
【0007】
すなわち、ユーザの配信要求時、事前配信によって要求コンテンツが既にSTBに蓄積されている場合、配信サーバからの配信を回避でき、配信サーバやNWのピーク時の負荷を低減することが可能となる。さらに、ユーザの配信要求とは無関係にSTBに対して配信を行う場合、ISPが自由に配信コンテンツや配信のタイミングを設定できるため、全ユーザに対して同一のコンテンツをブロードキャスト(BC:Broadcast)配信することで、事前配信が配信サーバやNWに与える負荷を抑えることができる。
【0008】
そこで、発明者らはVoDサービスにおける配信方式として、BC事前配信方式を提案した(例えば、非特許文献1など参照)。このBC事前配信方式は、P2P型配信とは異なり、STBにキャッシュされたコンテンツは各STBを保有するユーザのみが視聴するため、ユーザにコンテンツを他ユーザにアップロードさせるインセンティブを与える必要がなく、また事前配信コンテンツを視聴する際にはNWにトラヒックが発生しないため、ピーク時のサーバ負荷に加えてNW負荷の低減も期待できる。さらに、VCR操作に対しても容易に対応できる。
【0009】
ところで、インターネット上で動画コンテンツを配信する場合、セッション受付制御により伝送帯域が各配信セッションに対して確保されている場合にも、パケット到着のバースト性により経由ルータにおいて一時的に輻輳が生じ、伝送パケットが損失する可能性がある。一般に、大容量のリッチコンテンツの圧縮率は高く、僅かな数のパケット損失が生じた場合にも、視聴品質が大きく劣化する可能性がある。そのため損失パケットを何らかの方法で回復する必要がある。単一のサーバから単一のユーザに対して配信を行うユニキャスト(UC:Unicast)配信の場合、受信側が損失パケットの情報をNACKパケットに含めて送信側に送付し、送信側は損失パケットのみを再送するARQ(Automatic Repeat Request)が広く用いられている。
【0010】
MC事前配信においても、ARQを用いることが考えられる。STB(受信ホスト)はパケットの欠損を検出した場合、やはりNACKパケットにより配信サーバ(送信ホスト)にパケットの再送を要求する。再送パケットは、実際に該当パケットが損失したSTBとは無関係に全てのSTBに対してMC配信される。再送パケットが損失した場合には、全STBが受信に成功するまで、同一のパケットを繰り返しMC配信する。
【0011】
また、転送データを固定長のブロックに分割し、各ブロックに対して、送信側で予め冗長パケットを生成し、データパケットと併せて送信することで、パケット損失が発生した場合にも、再送することなく損失パケットを受信側で回復可能とする前方誤り訂正(FEC:Forward Error Correction)が、MC配信における損失補償方式として検討されている。
FECを用いた方法は、さらにProactive FECとReactive FECに分類される。以下に各々の方法について概要を述べる(例えば、非特許文献2など参照)。
【0012】
[Proactive FEC]
元々、衛星リンク等、伝送路の環境が悪くビット誤り率が高く、かつ伝送距離が長く再送によって生じる遅延時間の増加が問題となるような環境において、送信側でFEC冗長ビットをデータに付加して伝送することで、ビット誤りが生じた場合にも再送することなく誤り補償を可能とするための技術としてFECが検討されてきた。しかし近年、FEC冗長パケットを送信側で生成し、伝送することで、伝送中にパケットが損失した場合にも再送することになる損失パケットの回復を可能とする技術としての応用が見られる。ここではこのようなProactive FECをMC事前配信に適用することを考える。
【0013】
データをk個のパケットから構成されるブロックに分割し、各ブロックに対して、Reed-Solomon符号を用いてn−k個のFEC冗長パケットを生成する。配信サーバは元のデータにFEC冗長パケットを追加したn個のパケットを全STBにMC配信する。STBは、各ブロックにおいてn個のパケットのうち任意のk個以上のパケットを受信できれば、そのブロックを構成するk個のデータパケットを復元することが可能となる。すなわち各ブロックにおいて損失パケット数がn−k個以下である場合、配信サーバからの再送を回避することができる。損失パケットがn−k+1個以上である場合、FECを用いてもブロックを復元することができないため、ブロックを再送する。
【0014】
[Reactive FEC]
前述したProactive FECにおいては、常に各ブロックに対してn個のパケットが全受信ホストにMC配信されるため、特に損失パケット数が少ない場合、多くのFEC冗長パケットが無駄に配信されることになる。このような問題に対して、パケット損失が発生した場合にのみ、必要な数のFEC冗長パケットを配信するReactive FECがMC配信を対象に提案されている。ここではReactive FECをMC事前配信に適用することを考える。
【0015】
Proactive FECと同様、配信サーバはデータをk個のパケットから構成されるブロックに分割し、各ブロックに対してn−k個の冗長パケットを生成する。しかしProactive FECと異なり、初回配信時には、各ブロックに対してオリジナルのデータであるk個のパケットのみをMC配信する。各STBは、受信パケットを調べ、各ブロックにおいて損失したパケットの数をNACKパケットにより配信サーバに通知する。配信サーバは、各ブロックに対して、各STBから通知された損失パケット数の最大値に相当する数だけ、事前に生成しておいたFEC冗長パケットを全STBにMC配信する。
【0016】
その結果、依然として損失パケット数が多くFEC冗長パケットを用いてもブロックを復元できないSTBは、復元に必要な冗長パケット数をやはりNACKパケットにより配信サーバに通知する。このような処理を、全STBがブロックを復元できるまで反復するが、n−k個の冗長パケットを配信しても依然としてブロックを復元できないSTBが存在する場合には、ブロック単位で再度、k個の全データパケットを再送する。
【0017】
FECを用いたブロックの復元では、受信できたパケット数がk個以上あれば、それらパケットがどのパケットであるかには無関係に、ブロックを復元することが可能である。そのためSTB間で損失したパケットが異なる場合にも、最大損失パケット数の同一のFEC冗長パケットを全STBに配信することで、全てのSTBはブロックを復元できる。このようにReactive FECはブロックの復元に求められる最小数の冗長パケットを事後に配信するため、Proactive FECと比較して、配信パケット数を低減することが可能である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0018】
【非特許文献1】“VoDサービスにおけるブロードキャスト事前配信”、信学技報NS2009−1563.
【非特許文献2】D. Li and D. Cheriton, “Evaluating the Utility of FECwith Reliable Multicast,”IEEE ICNP 99.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
しかしながら、このような従来技術では、マルチキャスト事前配信において、ユーザに対して配信する事前配信コンテンツの損失補償する場合、極めて非効率的であるという問題点があった。
【0020】
すなわち、MC配信の場合にARQを用いると、多数の受信ホストから大量のNACKが送信ホストに送信される可能性があり、また一部の受信ホストのみにおいて損失した場合にも、全受信ホストに対して同一のパケットを再送することになり、極めて非効率的である。
一方、FECについては、無線環境等、ビット誤り率が高くパケットが高い確率で損失する場合を対象に検討されているため、パケット損失率の低い有線のネットワーク上で用いた場合、冗長パケットの転送に伴う転送効率の悪化が懸念される。
【0021】
また、MC事前配信法においては、ユーザの視聴要求とは無関係に大量のコンテンツをSTBに事前配信するため、ユーザが実際に視聴するコンテンツは事前配信されたコンテンツのごく一部となり、STBをキャッシュと見なした場合、キャッシュヒット率は0.2%〜0.5%と非常に低い。したがって、損失補償が必要なコンテンツは、実際に視聴されるごく一部のコンテンツであるため、全ての事前配信コンテンツに対して損失補償を行うことは、極めて非効率的となる。
【0022】
本発明はこのような課題を解決するためのものであり、ユーザに対して配信する事前配信コンテンツを効率よく損失補償できるマルチキャスト事前配信技術を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0023】
このような目的を達成するために、本発明にかかるマルチキャスト事前配信方法は、マルチキャスト事前配信装置の事前配信部が、蓄積されている複数のコンテンツから選択した事前配信コンテンツを、予め定めた配信スケジュールに基づいて、通信網を介して複数のユーザ側装置へ、欠損データに対する損失補償制御を行うことなくマルチキャストで配信する事前配信ステップと、各ユーザ側装置の事前配信受信部が、通信網を介してマルチキャスト事前配信装置から配信された事前配信コンテンツを受信して保存する事前配信受信ステップと、各ユーザ側装置の損失検査部が、保存しておいた事前配信コンテンツを再生する際、当該事前配信コンテンツの損失有無を検査する損失検査ステップと、各ユーザ側装置の再送要求部が、損失検査部による事前配信コンテンツの損失検出に応じて、当該損失に対応する欠損データを指定した再送要求をマルチキャスト事前配信装置へ通知する再送要求ステップと、マルチキャスト事前配信装置の欠損データ配信部が、ユーザ側装置のうちのいずれかのユーザ側装置からの再送要求に応じて、再送要求で指定された事前配信コンテンツから欠損データを取得し、通信網を介して再送要求元のユーザ側装置へユニキャストで配信する欠損データ配信ステップと、各ユーザ側装置の損失補償部が、再送要求に応じてマルチキャスト事前配信装置から配信された欠損データを受信し、この欠損データに基づいて、保存しておいた事前配信コンテンツの損失を補償する損失補償ステップとを備えている。
【0024】
この際、再送要求ステップで、損失検査ステップで検出された異なる複数の損失を1つの再送要求によりマルチキャスト事前配信装置へ通知するようにしてもよい。
【0025】
また、事前配信ステップで、事前配信コンテンツを配信する際、Proactive FECに基づく損失補償制御で配信し、この際、事前配信コンテンツの総パケット数をB、各FEC符号化ブロックを構成するオリジナルパケット数をk、FEC符号化ブロックの数をn、事前配信コンテンツを配信するユーザ側装置の数をU、FEC符号化ブロックが損失補償制御により回復できない確率をEBLとした場合、後述の式(4)で求められる、各FEC符号化ブロックの損失補償のために必要となる転送パケット増加数Fpro(k)が、最小となるkを用いるようにしてもよい。
【0026】
また、事前配信ステップで、事前配信コンテンツを配信する際、Reactive FECに基づく損失補償制御で配信し、この際、事前配信コンテンツの総パケット数をB、各FEC符号化ブロックを構成するオリジナルパケット数をk、FEC符号化ブロックの数をn、事前配信コンテンツを配信するユーザ側装置の数をU、初回配信時の損失パケット数の最大値がjである確率をQ(j)とした場合、後述する式(7)で求められる、各FEC符号化ブロックの損失補償のために必要となる転送パケット増加数Frea(k)が、最小となるkを用いるようにしてもよい。
【0027】
また、本発明にかかるマルチキャスト事前配信システムは、蓄積されている複数のコンテンツから選択した事前配信コンテンツを、予め定めた配信スケジュールに基づいて、通信網を介して複数のユーザ側装置へ、欠損データに対する損失補償制御を行うことなくマルチキャストで配信する事前配信部と、ユーザ側装置のうちのいずれかのユーザ側装置からの再送要求に応じて、再送要求で指定された事前配信コンテンツから欠損データを取得し、通信網を介して再送要求元のユーザ側装置へユニキャストで配信する欠損データ配信部とを備えるマルチキャスト事前配信装置と、通信網を介してマルチキャスト事前配信装置から配信された事前配信コンテンツを受信して保存する事前配信受信部と、保存しておいた事前配信コンテンツを再生する際、当該事前配信コンテンツの損失有無を検査する損失検査部と、損失検査部による事前配信コンテンツの損失検出に応じて、当該損失に対応する欠損データを指定した再送要求をマルチキャスト事前配信装置へ通知する再送要求部と、再送要求に応じてマルチキャスト事前配信装置から配信された欠損データを受信し、この欠損データに基づいて、保存しておいた事前配信コンテンツの損失を補償する損失補償部とを備える複数のユーザ側装置とを含んでいる。
【0028】
この際、再送要求部で、損失検査部で検出された異なる複数の損失を1つの再送要求によりマルチキャスト事前配信装置へ通知するようにしてもよい。
【0029】
また、事前配信部で、事前配信コンテンツを配信する際、Proactive FECに基づく損失補償制御で配信し、この際、事前配信コンテンツの総パケット数をB、各FEC符号化ブロックを構成するオリジナルパケット数をk、FEC符号化ブロックの数をn、事前配信コンテンツを配信するユーザ側装置の数をU、FEC符号化ブロックが損失補償制御により回復できない確率をEBLとした場合、後述する式(4)で求められる、各FEC符号化ブロックの損失補償のために必要となる転送パケット増加数Fpro(k)が、最小となるkを用いるようにしてもよい。
【0030】
また、事前配信部で、事前配信コンテンツを配信する際、Reactive FECに基づく損失補償制御で配信し、この際、事前配信コンテンツの総パケット数をB、各FEC符号化ブロックを構成するオリジナルパケット数をk、FEC符号化ブロックの数をn、事前配信コンテンツを配信するユーザ側装置の数をU、初回配信時の損失パケット数の最大値がjである確率をQ(j)とした場合、後述する式(7)で求められる、各FEC符号化ブロックの損失補償のために必要となる転送パケット増加数Frea(k)が、最小となるkを用いるようにしてもよい。
【0031】
また、本発明にかかるマルチキャスト事前配信装置は、蓄積されている複数のコンテンツから選択した事前配信コンテンツを、予め定めた配信スケジュールに基づいて、通信網を介して複数のユーザ側装置へ、欠損データに対する損失補償制御を行うことなくマルチキャストで配信する事前配信部と、ユーザ側装置のうちのいずれかのユーザ側装置からの再送要求に応じて、再送要求で指定された事前配信コンテンツから欠損データを取得し、通信網を介して再送要求元のユーザ側装置へユニキャストで配信する欠損データ配信部とを備えている。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、マルチキャスト事前配信装置とユーザ側装置との間でやり取りされる欠損データは、実際に再生要求のあった事前配信コンテンツに限定されるため、再生要求のない事前配信コンテンツについて欠損データのやり取りを省くことができ、極めて効率よく事前配信コンテンツに対する損失補償を行うことが可能となる。
また、マルチキャスト事前配信装置とユーザ側装置との間でやり取りされる欠損データは、実際に事前配信コンテンツを再生するユーザ側装置に限定されるため、再生要求のないユーザ側装置との欠損データのやり取りを省くことができ、極めて効率よく事前配信コンテンツに対する損失補償を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本実施の形態にかかるマルチキャスト事前配信システムの構成を示すブロック図である。
【図2】マルチキャスト事前配信システムの動作を示すシーケンス図である。
【図3】Proactive FECにおけるパラメタkに対する転送パケット増加数の変化を示すグラフである。
【図4】Reactive FECにおけるパラメタkに対する転送パケット増加数の変化を示すグラフである。
【図5】パケット損失率に対するFEC冗長パケット数の最適値を示す説明図である。
【図6】パケット損失率に対する転送延べ時間比率の変化を示すグラフである。
【図7】パケット損失率に対するNACKパケット数の変化を示すグラフである。
【図8】パケット損失率に対するNW負荷の変化を示すグラフである。
【図9】パケット損失率に対するNW負荷の変化(NACK考慮)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0034】
次に、本発明の一実施の形態について図面を参照して説明する。
[マルチキャスト事前配信システム]
まず、図1を参照して、本発明の本実施の形態にかかるマルチキャスト事前配信システムについて説明する。図1は、本実施の形態にかかるマルチキャスト事前配信システムの構成を示すブロック図である。
【0035】
このマルチキャスト事前配信システム1は、インターネットなどの通信網30を介して接続された複数のユーザ側装置20に対して、予め蓄積されているコンテンツから選択した、人気の高いコンテンツなどの事前配信コンテンツを、予め定めた配信スケジュールに基づいて、通信網30を介してマルチキャストで配信するシステムである。
【0036】
従来のマルチキャスト事前配信方法においては、ユーザの視聴要求とは無関係に大量のコンテンツをSTBに事前配信するため、ユーザが実際に視聴するコンテンツは事前配信されたコンテンツのごく一部となり、STBをキャッシュと見なした場合、キャッシュヒット率は0.2%〜0.5%と非常に低い。一方、損失補償が必要なコンテンツは実際に視聴されるごく一部のコンテンツであり、全ての事前配信コンテンツに対して損失補償を行う必要はない。
【0037】
本発明は、このような観点から、マルチキャスト事前配信時には、欠損データに対する損失補償制御を行わず、ユーザが事前配信されたコンテンツを視聴するタイミングで、該当コンテンツの損失パケットを要求ユーザに対してユニキャストで配信するようにしたものである。
再送パケットは、ユニキャストで配信されるため、マルチキャストで再送パケットやFEC冗長パケットを配信する場合と比較して、NW内を流れるトラヒックやマルチキャスト事前配信装置10の負荷は増加するものの、実際に視聴されるコンテンツのみを対象に損失パケットを再送することで、損失補償のために要するトラヒック量の低減が期待される。
【0038】
すなわち、本実施の形態は、マルチキャスト事前配信装置10において、選択した事前配信コンテンツを配信スケジュールに基づいて複数のユーザ側装置へ、欠損データに対する損失補償制御を行うことなくマルチキャストで配信し、各ユーザ側装置20において、マルチキャスト事前配信装置10から受信して保存しておいた事前配信コンテンツを再生する際に当該事前配信コンテンツの損失有無を検査し、損失検出に応じて当該損失に対応する欠損データを指定した再送要求をマルチキャスト事前配信装置10へ通知し、マルチキャスト事前配信装置10において、いずれかのユーザ側装置20からの再送要求に応じて、指定された事前配信コンテンツから欠損データを取得して、再送要求元のユーザ側装置20へユニキャストで配信し、ユーザ側装置20において、再送要求に応じてマルチキャスト事前配信装置から受信した欠損データに基づいて、保存しておいた事前配信コンテンツの損失を補償するようにしたものである。
【0039】
[マルチキャスト事前配信装置]
次に、図1を参照して、本実施の形態にかかるマルチキャスト事前配信システム1で用いられるマルチキャスト事前配信装置10の構成について説明する。
このマルチキャスト事前配信装置10は、全体としてサーバ装置などの情報処理装置からなり、主な機能部として、コンテンツ蓄積部11、事前配信部12、および欠損データ配信部13が設けられている。
【0040】
コンテンツ蓄積部11は、ハードディスクなどの記憶装置からなり、映画やTVドラマなどの複数のコンテンツを予め蓄積する機能を有している。
事前配信部12は、コンテンツ蓄積部11に蓄積されている各コンテンツから選択した事前配信コンテンツを、予め定めた配信スケジュールに基づいて、通信網30を介して複数のユーザ側装置20へ、欠損データに対する損失補償制御を行うことなくマルチキャストで配信する機能を有している。なお、欠損データに対する損失補償制御を行うことなくマルチキャストで配信するプロトコルについては、前述したコンテンツをリアルタイムで配信する従来のコンテンツ配信システムで用いられているものと同等である。
【0041】
欠損データ配信部13は、通信網30を介し受信した、ユーザ側装置20のうちのいずれかのユーザ側装置20からの再送要求に応じて、当該再送要求で指定されたコンテンツ蓄積部11の事前配信コンテンツから、当該再送要求で指定された欠損データを取得する機能と、取得した欠損データを、通信網30を介して再送要求元のユーザ側装置20へユニキャストで配信する機能とを有している。
【0042】
マルチキャスト事前配信装置10には、一般的な情報処理装置に設けられているデータ通信機能や演算処理機能が設けられている。事前配信部12および欠損データ配信部13については、これらデータ通信機能や演算処理機能で実現すればよい。
【0043】
[ユーザ側装置]
次に、図1を参照して、本実施の形態にかかるマルチキャスト事前配信システム1で用いられるユーザ側装置20の構成について説明する。
このユーザ側装置20は、全体としてセットトップボックス(STB:Set Top Box)、STBとTVやパソコンなどのコンテンツ再生装置の組合せ、あるいはSTPの機能を含むコンテンツ再生装置からなり、主な機能部として、事前配信受信部21、コンテンツ保存部22、コンテンツ再生部23、損失検査部24、再送要求部25、および損失補償部26が設けられている。
【0044】
事前配信受信部21は、通信網30を介してマルチキャスト事前配信装置10からマルチキャストで配信された事前配信コンテンツを受信して、コンテンツ保存部22へ保存する機能を有している。
コンテンツ保存部22は、ハードディスクや半導体メモリなどの記憶装置からなり、事前配信受信部21で受信した事前配信コンテンツを保存する機能を有している。
コンテンツ再生部23は、ユーザの再生要求操作において、コンテンツ保存部22から指定された事前配信コンテンツを読み出して再生する機能を有している。
【0045】
損失検査部24は、コンテンツ保存部22に保存されている事前配信コンテンツを再生する際、コンテンツ保存部22から再生対象となる事前配信コンテンツを読み出して、事前配信コンテンツを構成するデータの損失有無を検査する機能を有している。
【0046】
再送要求部25は、損失検査部24により事前配信コンテンツからデータの損失が検出された場合、当該損失に対応する欠損データを指定した再送要求を、通信網30を介してマルチキャスト事前配信装置10へ通知する機能を有している。
【0047】
損失補償部26は、再送要求部25から通知した再送要求に応じてマルチキャスト事前配信装置10から配信された欠損データを、通信網30を介して受信する機能と、この欠損データに基づいて、コンテンツ保存部22に保存されている事前配信コンテンツのうち、再生対象となる事前配信コンテンツの損失を補償する機能とを有している。
【0048】
ユーザ側装置20には、一般的なSTBやコンテンツ再生装置に設けられているデータ通信機能や演算処理機能が設けられている。事前配信受信部21、コンテンツ再生部23、損失検査部24、再送要求部25,および損失補償部26については、これらデータ通信機能や演算処理機能で実現すればよい。
【0049】
[本実施の形態の動作]
次に、図2を参照して、本実施の形態にかかるマルチキャスト事前配信システム1の動作について説明する。図2は、マルチキャスト事前配信システムの動作を示すシーケンス図である。
【0050】
マルチキャスト事前配信装置10の事前配信部12は、予め定めた配信スケジュールに基づいて配信タイミングが到来した場合、コンテンツ蓄積部11に蓄積されている各コンテンツから、配信スケジュールで指定された事前配信コンテンツを選択し、通信網30を介して配信スケジュールで指定された複数のユーザ側装置20へ、欠損データに対する損失補償制御を行うことなくマルチキャストで配信する(ステップ100)。
【0051】
これに応じて、ユーザ側装置20の事前配信受信部21は、通信網30を介してマルチキャスト事前配信装置10からマルチキャストで配信された事前配信コンテンツを受信して、コンテンツ保存部22へ保存する(ステップ101)。この際、欠損データに対する損失補償制御が行われないことから、受信した事前配信コンテンツに損失を含む可能性がある。
【0052】
この後、ユーザ側装置20において、ユーザが事前配信コンテンツの再生を要求した場合、損失検出部24は、コンテンツ保存部22から再生対象となる事前配信コンテンツを読み出して、事前配信コンテンツを構成するデータの損失有無を検査する(ステップ111)。
ここで、データの損失が見つからなかった場合(ステップ112:NO)、コンテンツ再生部23は、コンテンツ保存部22から再生対象となる事前配信コンテンツを読み出して、画面表示装置により再生する(ステップ117)。
【0053】
一方、データの損失が見つかった場合(ステップ112:YES)、再送要求部25は、見つかった損失に対応する欠損データを指定した再送要求を、通信網30を介してマルチキャスト事前配信装置10へ通知する(ステップ113)。
【0054】
マルチキャスト事前配信装置10の欠損データ配信部13は、通信網30を介し受信した、ユーザ側装置20のうちのいずれかのユーザ側装置20からの再送要求に応じて、当該再送要求で指定されたコンテンツ蓄積部11の事前配信コンテンツから、当該再送要求で指定された欠損データを取得し(ステップ114)、取得した欠損データを、通信網30を介して再送要求元のユーザ側装置20へユニキャストで配信する(ステップ115)。
【0055】
ユーザ側装置20の損失補償部26は、再送要求部25から通知した再送要求に応じてマルチキャスト事前配信装置10から配信された欠損データを、通信網30を介して受信し、この欠損データに基づいて、コンテンツ保存部22に保存されている事前配信コンテンツのうち、再生対象となる事前配信コンテンツの損失を補償する(ステップ116)。
この後、コンテンツ再生部23は、コンテンツ保存部22から損失補償された再生対象となる事前配信コンテンツを読み出して、画面表示装置により再生する(ステップ117)。
【0056】
[本実施の形態の効果]
このように、本実施の形態は、マルチキャスト事前配信装置10において、選択した事前配信コンテンツを配信スケジュールに基づいて複数のユーザ側装置へ、欠損データに対する損失補償制御を行うことなくマルチキャストで配信し、各ユーザ側装置20において、マルチキャスト事前配信装置10から受信して保存しておいた事前配信コンテンツを再生する際に当該事前配信コンテンツの損失有無を検査し、損失検出に応じて当該損失に対応する欠損データを指定した再送要求をマルチキャスト事前配信装置10へ通知し、マルチキャスト事前配信装置10において、いずれかのユーザ側装置20からの再送要求に応じて、指定された事前配信コンテンツから欠損データを取得して、再送要求元のユーザ側装置20へユニキャストで配信し、ユーザ側装置20において、再送要求に応じてマルチキャスト事前配信装置から受信した欠損データに基づいて、保存しておいた事前配信コンテンツの損失を補償するようにしたものである。
【0057】
これにより、マルチキャスト事前配信装置10とユーザ側装置20との間でやり取りされる欠損データは、実際に再生要求のあった事前配信コンテンツに限定されるため、再生要求のない事前配信コンテンツについて欠損データのやり取りを省くことができ、極めて効率よく事前配信コンテンツに対する損失補償を行うことが可能となる。
また、マルチキャスト事前配信装置10とユーザ側装置20との間でやり取りされる欠損データは、実際に事前配信コンテンツを再生するユーザ側装置20に限定されるため、再生要求のないユーザ側装置20との欠損データのやり取りを省くことができ、極めて効率よく事前配信コンテンツに対する損失補償を行うことが可能となる。
【0058】
[マルチキャスト事前配信装置に対する負荷量]
本実施の形態において、マルチキャスト事前配信装置10からユーザ側装置20へ配信される再送パケットの配信に要するログ期間中の総時間TRCを、MC事前配信のログ期間中の総配信時間TPで除した値をφSと定義する。本実施の形態がマルチキャスト事前配信装置10に与える負荷を評価する尺度としてφSを用いる。ηを事前配信コンテンツの利用率と定義すると、ηはログ期間中に全てのユーザの事前配信コンテンツの総延べ視聴時間TPVを、ログ期間中のMC事前配信の総延べ配信時間TPで除した値で与えられる。各ユーザは各々独立にコンテンツを視聴すると仮定すると、ユーザ数がUのときTRC=UηqPとなるため、φSは次の式(1)で得られる。
【数1】

【0059】
[NWに対する負荷量]
本実施の形態において、マルチキャスト事前配信装置10からユーザ側装置20へ配信される再送パケットのトラヒックが各リンクを流れる量の平均値VRCを、MC事前配信によって配信されるトラヒックが各リンクを流れる量の平均値VPで除した値をφLと定義する。本実施の形態がNW、すなわち各リンクに与える負荷を評価する尺度としてφLを用いる。1つのパケットをMCで全ユーザに配信する場合に経由する総ホップ長をHMCとすると、N−1本のリンクがMSTを構成することからHMC=N−1となる。またUN配信時の配信フローの平均ホップ長をHUCとすると、HUCはマルチキャスト事前配信装置10から他の各ノードに至る最短ホップ経路の平均ホップ長となり、各NWにおいて固有の値となる。
【0060】
また、マルチキャスト事前配信装置10からUCで任意の1つのノードにパケットを転送した場合に各リンクに加わる平均負荷は、MCで全ノードに配信した場合の平均負荷のHUC/HMC倍となることから、VRC=φS・HUC/HMCとなる。よって、φLは、次の式(2)で与えられる。
【数2】

この際、HUC<HMCであることから、φL<φSとなる。したがって、本実施の形態がNWに与える影響は、マルチキャスト事前配信装置10に与える影響と比較して小さいことが分かる。
【0061】
[NACKへの損失パケット情報の集約]
また、本実施の形態では、ユーザ側装置20の再送要求部25において、損失検査部24で検出された、同一事前配信コンテンツ内の異なる複数の損失を1つの再送要求によりマルチキャスト事前配信装置10へ通知するようにしてもよい。
前述した従来の損失補償法は、各パケットもしくは各ブロックがユーザ側装置20に配信された時点でそのパケットやブロックに対する損失補償が行われるため、損失パケットの情報をマルチキャスト事前配信装置10に伝えるために、各パケットや各ブロックに対してNACKが各ユーザ側装置20からマルチキャスト事前配信装置10に送信される。
【0062】
一方、本実施の形態では、既にデータの全体がユーザ側装置20に保存された事前配信コンテンツを対象にデータの損失を確認し、その損失をマルチキャスト事前配信装置10へ通知するため、事前配信コンテンツ全体を構成する全パケットを対象に損失したパケットの情報を、少数のNACKパケットに集約することが可能となる。各NACKパケットにはヘッダ情報が付加されるため、NACKパケット数を抑えることで損失補償のための制御トラヒック量の低減が期待される。
【0063】
本実施の形態において、各コンテンツのパケット損失補償のために必要となるNACKパケットのデータ量について考察する。一つのコンテンツを構成するパケット数がZであるとき、log2Zビットのペイロード領域を用いて各構成パケットの位置を表現することができる。例えばChina Telecomが提供する商用VoDサービスPowerInfo VoDシステムにおける最大コンテンツのサイズは2.5Gバイトであり、最大パケットサイズを1,500バイトとすると約1.7×106個のパケットに相当する。この場合、21ビットで各コンテンツを構成する各パケットの位置を表現可能である。より大きなコンテンツに対しても提案方式でパケット損失補償を行うことを想定し、ここでは4バイトのペイロード領域で各損失パケットの位置を表現することを考える。
【0064】
NACKパケットのヘッダ領域の大きさを28バイトとすると、コンテンツ全体でz個のパケットが損失した場合、z/368を下回らない最小の整数(切り上げ)で求められるc個のNACKパケットを用いてマルチキャスト事前配信装置10に損失パケットを伝えることが可能であり、そのためのNACKパケット転送によって生じるトラヒック量は28c+4zバイトとなる。
【0065】
[性能評価]
次に、本発明にかかるマルチキャスト事前配信システムの性能評価について説明する。
【0066】
[評価に用いたVoDアクセスログデータ]
評価にはChina Telecomが提供する商用VoDサービスPowerInfo VoDシステムにおいて収集されたアクセスログデータを用いた。本ログデータには2004年6月から12月の7ヶ月間に発生した20,921,657の全配信要求が含まれており、総コンテンツ数は6,735、総ユーザ数は37,360である。45分と90分の長さを有するコンテンツが各々、全体の約4割ずつを占めており、平均コンテンツ長Sは3,510秒である。アクセス回線のダウンリンク容量をAd=10Mbps、コンテンツの再生レートをR=2Mbpsに設定する。γ=4、MC事前配信レートはRb=8Mbps、1日あたりの平均MC事前配信コンテンツ数はX=98.46となる。MC事前配信のために常時、Rb/R=4本のUC配信に相当する負荷がマルチキャスト事前配信装置10に加わる。
【0067】
[FECにおける設計値]
Proactive FECにおいては、FECのパラメタ、すなわちFEC符号化ブロック数を示すnと各FEC符号化ブロックを構成するオリジナルパケット数を示すkの値をどのように設計するかが課題である。nに関しては、大きなほどFECの効率が向上するが、一方で冗長パケット生成のためのコーディング計算量が増加する。本評価ではn=255に設定する。kの設計法については、新たに以下に示す設定法を用いる。
【0068】
各パケットは独立に確率qで損失すると仮定する。各ブロックにおいてn−k+1個以上のパケットが損失した場合にブロックをFECで回復できなくなるため、各ブロックがFECによって回復できない確率EBLは、次の式(3)で求められる。
【数3】

【0069】
ユーザ数がUであるとき、U人のユーザの中で1人以上、回復できないユーザが存在する場合に、そのブロックを再送することになるため、各ブロックを再送する確率をEとすると、E=1−(1−EBLUとなる。qが低い場合、同じブロックが2回以上、繰り返し再送となる確率は小さいため、再送は各ブロックにおいて高々一度だけ発生すると見なすと、各ブロックの損失補償のために必要となる転送パケットの増加数Fpro(k)は、次の式(4)で求められる。ただし、式(4)において、Bはコンテンツを構成する総パケット数である。ここでは、kの値として、Fpro(k)を最小化する値を設定するものとする。
【数4】

【0070】
一方、Reactive FECにおいても、やはりFECのパラメタnとkの値をどのように設計するかが課題である。nに関しては、やはりn=255に設定する。またkに関しては、以下に示す設定法を用いる。
【0071】
前述と同様に、各パケットは独立に確率qで損失すると仮定すると、初回配信時に各ブロックを構成するk個のパケットの中でi個のパケットを損失する確率P(i)は、次の式(5)で求められる。
【数5】

【0072】
また、ユーザ数がUであるとき、初回配信時の損失パケット数の最大値がjである確率をQ(j)とすると、j≧1の場合には、次の式(6)となり、j=0の場合にはQ(0)={P(o)}Uとなる。
【数6】

【0073】
qが低い場合、同じブロックが2回以上、繰り返し再送となる確率は小さいため、再送は各ブロックにおいて高々一度だけ発生すると見なすと、各ブロックの損失補償のために必要となる転送パケットの増加数Frea(k)は、次の式(7)となる。ここでは、kの値として、Frea(k)を最小化する値を設定するものとする。
【数7】

【0074】
図3は、Proactive FECにおけるパラメタkに対する転送パケット増加数の変化を示すグラフである。ここでは、前述した式(4)より算出される、各ブロックの損失補償のために必要となる転送パケットの増加数Fpro(k)をkのいくつかの値に対してプロットしている。また、図4は、Reactive FECにおけるパラメタkに対する転送パケット増加数の変化を示すグラフである。ここでは、Reactive FECに対しても同様に、前述した式(7)より算出されるFrea(k)をkに対してプロットしている。
【0075】
これら図3および図4では、n=255に設定し、ユーザ数UをPowerInfo VoDのログデータにおけるユーザ数37,360に設定した。またパケット損失率qの4つの場合を対象に各々プロットしている。kが増加してnに近づくにつれて、FEC冗長パケット数が減少しゼロに近づく。
【0076】
図3に示されているように、Proactive FECの場合、FEC冗長パケット数が多い領域では冗長パケット数の減少に伴うブロック再送確率の増加は小さいため、冗長パケット数の減少に伴いFpro(k)は減少するが、冗長パケット数の少ない領域ではブロック再送確率が増加し再送パケット数が増加するためFpro(k)が急増する。そのためFpro(k)は下に凸な曲線となり、Fpro(k)が最小となるkの最適値が存在する。
【0077】
図5は、パケット損失率に対するFEC冗長パケット数の最適値を示す説明図である。ここでは、Proactive FECおよびReactive FECについて、kを最適値に設定したときの各ブロックに付加するFEC冗長パケット数n−kが示されている。Proactive FECの場合、パケット損失率qの減少に伴いkの最適値は増加し、FEC冗長パケット数の最適数は減少する。
【0078】
一方、図4に示されているように、Reactive FECの場合、FEC冗長パケットが転送されるのは実際にパケット損失が発生した場合に限定されるため、kが小さく冗長パケット数が多い領域ではFrea(k)はkの値とはほぼ無関係となり、ほぼ一定となる。冗長パケット数が少ない領域では、kの増加に伴い冗長パケットの転送数や、FECでは回復できずにブロック全体が再送される確率が増加するため、Frea(k)はkの増加に伴い急増する。そのためFrea(k)が最小となるkの設定値以下にkを設定した場合、kの値に無関係にFrea(k)はほぼ一定となる。前述した図5に示すように、Reactive FECの場合も同様に、パケット損失率qの減少に伴いkの最適値は増加し、FEC冗長パケット数の最適数は減少する。なお、同一のqにおける冗長パケット数の最適値は、Proactive FECにおいて、Reactive FECより1個大きい値となっている。
【0079】
[シミュレーション条件]
CAIDA(Cooperative Association for Internet Data Analysis)のWebページで、トポロジとリンク容量が公開されている商用ISPのバックボーンNWのうち、ノード数Nが22、リンク数Mが25のabove.netのNWを評価に用いる。VoDサービスに対する需要に地域的な偏りがなく、ノードnから発生する配信要求数比rnはノードnが収容する人口のNW全体が収容する人口に対する比率pnに一致することを想定する。
【0080】
本シミュレーションでは、アクセスログにおける各配信セッションの配信先ノードを、pnに比例する確率で各々ランダムに選択した。UC配信における配信経路は最短ホップ経路とし、同一ノード間に複数の最短ホップ経路が存在する場合には、その中の1つをランダムに選択した。また配信サーバが設置されたノードを根とする最小木(MST:Minimum Spanning Tree)をPrimのアルゴリズムを用いて構成し、MC事前配信における配信経路とした。
【0081】
配信サーバをどのノードに配置するかが問題であるが、ここでは、配信サーバからUCで配信する場合の配信フローの平均ホップ長が最小となるノードに配置した。すなわち、hijをノードiからノードjへの最短ホップ長とするとき、人口比で重み付けた平均ホップ長H(i)が次の式(8)で与えられるもとのとし、このH(i)が最小となるノードiに配信サーバを設置した。
【数8】

また、全ての評価においてMC事前配信されたコンテンツに対する損失補償のみを考えるものとし、非事前配信コンテンツに対するオンデマンドのUC配信に対する損失補償は考えない。
【0082】
[性能比較]
ここでは、本発明を適用した場合にパケット損失補償制御のために増加する配信サーバとNWの負荷を、前述した3つの各方式を用いた場合と比較する。最初に、パケット損失補償制御が配信サーバ(マルチキャスト事前配信装置10)に与える負荷をφSで評価する。この際、提案方式とARQにおいては、再送パケットの転送に要する配信サーバの延べ時間の、MC事前配信に要する延べ時間に対する比率がφSとなる。また、Proactive FECとReactive FECにおいては、FEC冗長パケットと再送パケットの転送に要する配信サーバの延べ時間の、MC事前配信に要する延べ時間に対する比率がφSとなる。
【0083】
図6は、パケット損失率に対する転送延べ時間比率の変化を示すグラフである。ここでは、4つの各方式におけるφSをパケット損失率qに対してプロットされている。φSはアクセスログデータのみに依存し、NWトポロジとは無関係となる。特に、ARQを用いた場合、少なくとも1つのSTB(ユーザ側装置20)においてパケット損失が生じた場合に再送が発生するため、qが10−4程度より大きな場合、ほぼ全てのパケットが再送されることになり効率が非常に悪くなる。
【0084】
一方、2つのFEC方式では、必要な個数の冗長パケットのみを配信するReactive FECがProactive FECと比較して良好な結果を示している。qが大きい領域では、冗長パケットを用いて損失パケットを復元する効果が高く、2つのFEC方式が提案方式やARQと比較して配信サーバに与える影響が小さい。しかし、qが小さい領域では、実際に視聴されるコンテンツに対してのみ損失補償を行う提案方式が、2つのFEC方式と比較して配信サーバに与える影響が小さい。
【0085】
また、図7は、パケット損失率に対するNACKパケット数の変化を示すグラフである。ここでは、パケットの損失をSTBが配信サーバに対して通知するのに必要となるNACKパケットが、1秒あたりに配信サーバに到着する平均数をqに対してプロットされている。Reactive FECでは、転送される冗長パケットの数が抑えられる反面、初回配信時には冗長パケットが送付されずARQと同様、ブロックをSTBで回復することができないため、転送NACKパケット数はARQと同等となる。
【0086】
一方、Proactive FECは転送される冗長パケット数が多い反面、転送NACKパケット数を抑えることができる。本発明によれば、ARQやReactive FECと比較して、NACK数を2桁以上、低減できる。また、本発明によれば、複数の損失パケットの情報を1つのNACKパケットに集約して配信サーバに伝えることができるため、qに対して生成NACK数はほぼ一定となる。
【0087】
次に、パケット損失補償制御がNWに与える負荷をφLで評価する。φLは、アクセスログデータに加えてNWトポロジに依存する。図8は、パケット損失率に対するNW負荷の変化を示すグラフである。ここでは、NW1(above.net)に各方式を適用したときのφLがqに対してプロットされている。前述した図6と比較すると明らかなように、ARQと2つのFECを用いた場合のφLは、φSにほぼ等しい。これはMC事前配信における初回配信におけるデータパケットと冗長パケット、そして再送パケットは、全て同一のMC配信ツリー上を配信されるためである。
【0088】
一方、本発明を用いた場合のφLは、φSと比較して一桁程度も小さい。提案方式においては、初回配信時にはMCでパケットが配信されるのに対して、再送パケットは該当ユーザのみに対してUCで再送されるが、UC配信はMC配信と比較して使用されるリンク数が少ないためである。そのためリンク負荷の観点から見た場合、提案方式の他の方式に対する優位性はより大きい。
【0089】
次に、FEC冗長パケットと再送パケットに加えて、STBから配信サーバに対して送付されるNACKパケットも考慮することで、パケット損失の補償制御によって生成される全トラヒックを比較する。ΦLを、これら損失補償制御のために各リンクにおいて生成されるトラヒック量の各NWの全リンクにわたる平均値の、MC事前配信よって各リンクに生成されるトラヒック量の平均値に対する比率と定義する。
図9は、パケット損失率に対するNW負荷の変化(NACK考慮)を示すグラフである。ここでは、各方式を用いたときのNACKパケットを考慮したΦLがqに対してプロットされている。
【0090】
前述した図7で示したように、Reactive FECを用いた場合に生成されるNACKパケットは多く、ΦLはφLと比較して増加するが、他の3つの方式においてNACKパケットのトラヒック量の影響は、冗長パケットや再送パケットのトラヒック量と比較して小さく、ΦLはφLとほぼ同等となる。よってqが大きな場合、ReactiveFECは、Proactive FECと比較して損失補償制御によって生成されるトラヒック量が大きくなる。評価したqの全範囲において、提案方式の他の3方式に対する優位性が確認される。
【0091】
[実施の形態の拡張]
以上、実施形態を参照して本発明を説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。本発明の構成や詳細には、本発明のスコープ内で当業者が理解しうる様々な変更をすることができる。
【符号の説明】
【0092】
1…マルチキャスト事前配信システム、10…マルチキャスト事前配信装置、11…コンテンツ蓄積部、12…事前配信部、13…欠損データ配信部、20…ユーザ側装置、21…事前配信受信部、22…コンテンツ保存部、23…コンテンツ再生部、24…損失検査部、25…再送要求部、26…損失補償部、30…通信網。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マルチキャスト事前配信装置の事前配信部が、蓄積されている複数のコンテンツから選択した事前配信コンテンツを、予め定めた配信スケジュールに基づいて、通信網を介して複数のユーザ側装置へ、欠損データに対する損失補償制御を行うことなくマルチキャストで配信する事前配信ステップと、
前記各ユーザ側装置の事前配信受信部が、前記通信網を介して前記マルチキャスト事前配信装置から配信された事前配信コンテンツを受信して保存する事前配信受信ステップと、
前記各ユーザ側装置の損失検査部が、保存しておいた前記事前配信コンテンツを再生する際、当該事前配信コンテンツの損失有無を検査する損失検査ステップと、
前記各ユーザ側装置の再送要求部が、前記損失検査部による前記事前配信コンテンツの損失検出に応じて、当該損失に対応する欠損データを指定した再送要求を前記マルチキャスト事前配信装置へ通知する再送要求ステップと、
前記マルチキャスト事前配信装置の欠損データ配信部が、前記ユーザ側装置のうちのいずれかのユーザ側装置からの前記再送要求に応じて、前記再送要求で指定された前記事前配信コンテンツから前記欠損データを取得し、前記通信網を介して再送要求元の前記ユーザ側装置へユニキャストで配信する欠損データ配信ステップと、
前記各ユーザ側装置の損失補償部が、前記再送要求に応じて前記マルチキャスト事前配信装置から配信された欠損データを受信し、この欠損データに基づいて、保存しておいた前記事前配信コンテンツの損失を補償する損失補償ステップと
を備えることを特徴とするマルチキャスト事前配信方法。
【請求項2】
請求項1に記載のマルチキャスト事前配信方法において、
前記再送要求ステップは、前記損失検査ステップで検出された異なる複数の損失を1つの再送要求により前記マルチキャスト事前配信装置へ通知することを特徴とするマルチキャスト事前配信方法。
【請求項3】
請求項1に記載のマルチキャスト事前配信方法において、
前記事前配信ステップは、前記事前配信コンテンツを配信する際、Proactive FECに基づく損失補償制御で配信し、この際、前記事前配信コンテンツの総パケット数をB、各FEC符号化ブロックを構成するオリジナルパケット数をk、FEC符号化ブロックの数をn、前記事前配信コンテンツを配信する前記ユーザ側装置の数をU、前記FEC符号化ブロックが前記損失補償制御により回復できない確率をEBLとした場合、次の式
【数1】

で求められる、前記各FEC符号化ブロックの損失補償のために必要となる転送パケット増加数Fpro(k)が、最小となるkを用いることを特徴とするマルチキャスト事前配信方法。
【請求項4】
請求項1に記載のマルチキャスト事前配信方法において、
前記事前配信ステップは、前記事前配信コンテンツを配信する際、Reactive FECに基づく損失補償制御で配信し、この際、前記事前配信コンテンツの総パケット数をB、各FEC符号化ブロックを構成するオリジナルパケット数をk、前記FEC符号化ブロックの数をn、前記事前配信コンテンツを配信する前記ユーザ側装置の数をU、初回配信時の損失パケット数の最大値がjである確率をQ(j)とした場合、次の式
【数2】

で求められる、前記各FEC符号化ブロックの損失補償のために必要となる転送パケット増加数Frea(k)が、最小となるkを用いることを特徴とするマルチキャスト事前配信方法。
【請求項5】
蓄積されている複数のコンテンツから選択した事前配信コンテンツを、予め定めた配信スケジュールに基づいて、通信網を介して複数のユーザ側装置へ、欠損データに対する損失補償制御を行うことなくマルチキャストで配信する事前配信部と、
前記ユーザ側装置のうちのいずれかのユーザ側装置からの前記再送要求に応じて、前記再送要求で指定された前記事前配信コンテンツから前記欠損データを取得し、前記通信網を介して再送要求元の前記ユーザ側装置へユニキャストで配信する欠損データ配信部と
を備えるマルチキャスト事前配信装置と、
前記通信網を介して前記マルチキャスト事前配信装置から配信された事前配信コンテンツを受信して保存する事前配信受信部と、
保存しておいた前記事前配信コンテンツを再生する際、当該事前配信コンテンツの損失有無を検査する損失検査部と、
前記損失検査部による前記事前配信コンテンツの損失検出に応じて、当該損失に対応する欠損データを指定した再送要求を前記マルチキャスト事前配信装置へ通知する再送要求部と、
前記再送要求に応じて前記マルチキャスト事前配信装置から配信された欠損データを受信し、この欠損データに基づいて、保存しておいた前記事前配信コンテンツの損失を補償する損失補償部と
を備える複数の前記ユーザ側装置と
を含むことを特徴とするマルチキャスト事前配信システム。
【請求項6】
請求項5に記載のマルチキャスト事前配信システムにおいて、
前記再送要求部は、前記損失検査部で検出された異なる複数の損失を1つの再送要求により前記マルチキャスト事前配信装置へ通知することを特徴とするマルチキャスト事前配信システム。
【請求項7】
請求項5に記載のマルチキャスト事前配信システムにおいて、
前記事前配信部は、前記事前配信コンテンツを配信する際、Proactive FECに基づく損失補償制御で配信し、この際、前記事前配信コンテンツの総パケット数をB、各FEC符号化ブロックを構成するオリジナルパケット数をk、FEC符号化ブロックの数をn、前記事前配信コンテンツを配信する前記ユーザ側装置の数をU、前記FEC符号化ブロックが前記損失補償制御により回復できない確率をEBLとした場合、次の式
【数3】

で求められる、前記各FEC符号化ブロックの損失補償のために必要となる転送パケット増加数Fpro(k)が、最小となるkを用いることを特徴とするマルチキャスト事前配信システム。
【請求項8】
請求項5に記載のマルチキャスト事前配信システムにおいて、
前記事前配信部は、前記事前配信コンテンツを配信する際、Reactive FECに基づく損失補償制御で配信し、この際、前記事前配信コンテンツの総パケット数をB、各FEC符号化ブロックを構成するオリジナルパケット数をk、前記FEC符号化ブロックの数をn、前記事前配信コンテンツを配信する前記ユーザ側装置の数をU、初回配信時の損失パケット数の最大値がjである確率をQ(j)とした場合、次の式
【数4】

で求められる、前記各FEC符号化ブロックの損失補償のために必要となる転送パケット増加数Frea(k)が、最小となるkを用いることを特徴とするマルチキャスト事前配信システム。
【請求項9】
蓄積されている複数のコンテンツから選択した事前配信コンテンツを、予め定めた配信スケジュールに基づいて、通信網を介して複数のユーザ側装置へ、欠損データに対する損失補償制御を行うことなくマルチキャストで配信する事前配信部と、
前記ユーザ側装置のうちのいずれかのユーザ側装置からの前記再送要求に応じて、前記再送要求で指定された前記事前配信コンテンツから前記欠損データを取得し、前記通信網を介して再送要求元の前記ユーザ側装置へユニキャストで配信する欠損データ配信部と
を備えることを特徴とするマルチキャスト事前配信装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−99895(P2012−99895A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−243460(P2010−243460)
【出願日】平成22年10月29日(2010.10.29)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】