説明

マルチチャネルオーディオ再生装置およびマルチチャネルオーディオ再生方法

【課題】音源から受聴者までの距離に拘わらず正しい音源位置の認識を可能とするマルチチャネルオーディオ再生装置を提供する。
【解決手段】入力マルチチャネルオーディオ信号に定位音源が存在する場合に定位音源信号を推定する定位音源推定部1と、入力マルチチャネルオーディオ信号を定位音源信号と定位しない音源信号とに分離する音源信号分離部2と、定位音源を構成する信号成分から音源位置パラメータを算出する音源位置パラメータ算出部3と、音源位置パラメータで示される音源位置が受聴者に近いエリアに存在するか、遠いエリアに存在するかを判定する音源位置判定部101と、遠いエリアの場合に音源位置を制御するための再生信号を生成する第1の再生信号生成部102と、近いエリアの場合に音源位置を制御するための再生信号を生成する第2の再生信号生成部103と、第1と第2の再生信号生成部102、103を切り替えるスイッチ部104を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マルチチャネルオーディオの再生において、高い臨場感を実現するマルチチャネルオーディオ再生装置およびマルチチャネルオーディオ再生方法に関する。
【背景技術】
【0002】
DVD(Digital Versatile Disc)やBD(Blu−ray Disc)などの記録メディアや、ディジタルテレビジョン放送の普及によって、マルチチャネルのオーディオ再生の需要が高まっている。マルチチャネルのオーディオ信号として最も多く用いられるフォーマットは、5.1chサラウンドと呼ばれ、受聴者の前方にレフトチャネル(L)、センターチャネル(C)、ライトチャネル(R)、また、受聴者の後方にサラウンドレフト(Ls)およびサラウンドライト(Rs)の計5チャネルを配置する。また、0.1chの部分は、LFE(Low Frequency Effect)チャネルと呼ばれ、主に数百Hz以下の低域成分のみを記録し、サブウーハ(SW)と呼ばれる専用のスピーカを接続する。各オーディオチャネルに対してそれぞれ個別のスピーカを接続し、受聴者を取り囲む同一円周上にスピーカを配置することによって、マルチチャネルのオーディオ再生が実現される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、一般的なオーディオチャネル数のスピーカを同一円周上に配置するオーディオ再生システムには、最適なスピーカ配置や受聴位置に大きな制限があり、適切でないスピーカ配置を行ったり、最適な視聴位置(スイートスポット)から外れた位置で視聴したりすると、高い臨場感を得ることができない。この問題を解決する一例として、遠方に配置する第1のスピーカ群と、耳元近傍に配置する第2のスピーカ群もしくはヘッドホンの組み合わせによる再生装置が本願発明者らによって開示されている(特願2009−084551号)。この再生装置に用いられる技術によれば、前記第1のスピーカ群と第2のスピーカ群の間で信号成分を適切に分配してそれぞれの信号エネルギを制御することによって、生成される音像位置を高い精度で制御し、高い臨場感を実現するマルチチャネルオーディオ再生が可能となる。図6は、従来の第1のスピーカ群と第2のスピーカ群を用いるマルチチャネルオーディオ再生装置の構成の一例を示す図である。第1のスピーカ群として、受聴者から離れた位置に配置される周辺スピーカを用い、受聴者の前方にレフトチャネル(L)5、センターチャネル(C)6、ライトチャネル(R)7、また、受聴者の後方にサラウンドレフトチャネル(Ls)9およびサラウンドライトチャネル(Rs)8の計5チャネルを配置する。LFEチャネルについては、再生システムの低域再生能力を補強するために用いるものであり、音像位置の制御には係わらないので図示しない。また、第2のスピーカ群としてはヘッドホンを用いる。ヘッドホンは左耳用のレフトヘッドホンチャネル(Lh)10と右耳用のライトヘッドホンチャネル(Rh)11から成る。入力されるマルチチャネルオーディオ信号は、一般的な5chサラウンド信号であり、L、C、R、Ls、Rsの各チャネルに対応する信号から構成される。定位音源推定部1は、入力されたマルチチャネルオーディオ信号を分析して、再生される音像位置を制御すべき定位音源が存在するかどうかを判定する。定位音源が存在する場合には、音源信号分離部2において定位音源を構成する信号成分とそれ以外の信号成分が分離される。音源位置パラメータ算出部3は、定位音源を構成する信号成分から、再生音響空間において定位音源が定位する位置を求め、音源位置パラメータを算出する。再生信号生成部4は、算出された音源位置パラメータに基づいて、定位音源の信号成分を周辺スピーカとヘッドホンに配分すると共に、先に分離した定位音源以外の信号成分を合成することによって、周辺スピーカおよびヘッドホンそれぞれに対する出力信号を生成する。ここで、前記音源位置パラメータは、受聴者から見た定位音源の方向角γと受聴者から定位音源までの距離rである。
【0004】
図2は、再生信号生成部4において定位音源の信号を周辺スピーカとヘッドホンに配分する処理を説明する図である。図において、201は受聴者の中心位置である受聴点、202は定位音源の位置、203はLチャネルスピーカ、204はCチャネルスピーカ、205はRチャネルスピーカ、206はRsチャネルスピーカ、207はLsチャネルスピーカ、208はLチャネルヘッドホン、209はRチャネルヘッドホン、210は受聴点とLチャネルスピーカおよびRチャネルスピーカによって囲まれる扇形の領域である。また、各周辺スピーカは受聴点取り囲む円周上に配置され、LチャネルスピーカとRチャネルスピーカおよび、LsチャネルスピーカとRsチャネルスピーカは受聴者正面に対して対称に配置され、その円周半径はr0である。また、各周辺スピーカとヘッドホンは、あらかじめ定められたレベルの信号が与えられた時に、それぞれのスピーカおよびヘッドホンから同じ大きさの音が再生されていると受聴者が感じるように出力レベルが調整される。一般的に、マルチチャネルオーディオ信号において、Cチャネル信号はダイアログ(せりふ)を中心とする信号成分によって構成されており、その他効果音など受聴者を取り囲む音響空間内に配置される音源は、L、R、Ls、Rs各チャネルの信号成分によって構成される。よって、定位音源の位置を制御する周辺スピーカとしてCチャネルを除くL、R、Ls、Rsの各スピーカを用いるものとする。受聴点および隣り合う2つの周辺スピーカによって作られる扇形の内部に定位音源が存在すれば、各頂点に配置されたスピーカ(受聴点近傍のヘッドホンと2つの周辺スピーカ)から出力される再生信号の合成によって、定位音源の位置が再現される。図2において、定位音源202は受聴点201とLチャネルスピーカ203およびRチャネルスピーカ205によって囲まれる扇形の領域210の中にある。したがって、定位音源202の位置を制御するのに用いるスピーカは、受聴点近傍のヘッドホンとLチャネルスピーカおよびRチャネルスピーカとなる。定位音源202の信号成分をXとし、受聴者から見た定位音源の方向角γと受聴者から定位音源までの距離rが与えられるとき、各スピーカに対する信号の配分は次のとおりである。
【0005】
まず、定位信号成分Xは、式1に示す左側信号Xlと、式2に示す右側信号Xrとに配分される。
【0006】
【数1】

【0007】
【数2】

【0008】
ここで方向角Aは、受聴者正面に対するLチャネルスピーカの方向を表す角度である。
【0009】
続いて、左側信号Xlは、式3に示すLチャネルスピーカ信号Xl_Lと、式4に示すLhチャネルヘッドホン信号Xl_Lhとに配分される。
【0010】
【数3】

【0011】
【数4】

【0012】
同様に、右側信号Xrは、式5に示すRチャネルスピーカ信号Xr_Rと、式6に示すRhチャネルヘッドホン信号Xr_Rhとに配分される。
【0013】
【数5】

【0014】
【数6】

【0015】
以上によって、定位音源202が受聴点201とLチャネルスピーカ203およびRチャネルスピーカ205によって囲まれる扇形の領域210の中にある場合について、扇形の頂点を成す各チャネルのスピーカおよびヘッドホンに配分される信号が算出された。定位音源202が他の隣り合う2つの周辺スピーカと受聴点によって囲まれる扇形領域にある場合も、以上の説明と同様にして、扇形の頂点を成す各チャネルのスピーカおよびヘッドホンに配分される信号が算出できる。
【0016】
各周辺スピーカおよびヘッドホンに配分された定位音源の信号成分は、先に分離された定位しない音源の信号成分と合成された後、各周辺スピーカおよびヘッドホンへ出力される。
【0017】
従来の遠方に配置する第1のスピーカ群と、耳元近傍に配置する第2のスピーカ群とを用いるマルチチャネルオーディオの再生システムにおいては、前記第1のスピーカ群と第2のスピーカ群のそれぞれから再生される信号エネルギの比率を変化させることによって、定位音源の位置の制御を行っていた。再生される信号エネルギの比率による制御は、音源位置が受聴者から比較的離れている(たとえば、音源位置が受聴者から半径数十cmより外側にある)場合、それぞれのスピーカから再生される信号成分の合成によって仮想音像が生成され、受聴者は音源位置を正しく認識することができる。しかしながら、音源位置が受聴者に非常に近い(たとえば、音源位置が受聴者から半径数十cmより内側にある)場合、再生される信号エネルギの配分は、耳元近傍に配置される第2のスピーカ群への配分が非常に大きくなる。つまり、前記仮想音像の生成において第2のスピーカ群から再生される信号成分が支配的となり、第1のスピーカ群から再生される信号成分の寄与度は非常に小さくなる。受聴者に非常に近いエリアにおいて音源位置を制御するためには、寄与度の小さい第1のスピーカ群からの信号成分量を正しく与える信号エネルギ配分を行わなければならないが、第1のスピーカ群は受聴者から遠方に配置されるスピーカであり、小さな寄与度に対応する細かい信号エネルギ配分の制御を、遠方のスピーカを用いて正しく行うことは非常に困難である。結果として、受聴者に近いエリアの音源位置の制御は精度が低下し、受聴者は正しい音源位置を認識することが困難となる。
【0018】
本発明は前記課題を解決するものであって、受聴者に近いエリアの音源位置の制御の精度を向上することによって、音源から受聴者までの距離にかかわらず正しい音源位置の認識を可能とし、高い臨場感を実現するマルチチャネルオーディオ再生装置を提供するものである。
【0019】
また、受聴者に近いエリアの音源位置の制御の精度を向上するために、受聴者から遠いエリアと受聴者に近いエリアの境界で音源位置制御を切り替えると、切り替えによる不連続が発生し、受聴者が違和感を受けることがある。本発明は受聴者に近いエリアの音源位置の制御の精度を向上することによって、音源から受聴者までの距離にかかわらず正しい音源位置の認識を可能とすると共に、受聴者から遠いエリアと受聴者に近いエリアの境界における音源位置制御の切り替えを平滑化することにより、高い臨場感を実現するマルチチャネルオーディオ再生装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明のマルチチャネルオーディオ再生装置は、マルチチャネルオーディオ信号を入力とし、入力されたマルチチャネルオーディオ信号に定位音源が存在するか否かを判定し、定位音源が存在する場合に定位音源信号を推定する定位音源推定部と、入力マルチチャネルオーディオ信号を定位音源信号と定位しない音源信号のそれぞれの成分に分離する音源信号分離部と、定位音源を構成する信号成分から音源位置パラメータを算出する音源位置パラメータ部と、算出された音源位置パラメータによって示される音源位置が受聴者に近いエリアに存在するか、もしくは遠いエリアに存在するかを判定する音源位置判定部と、音源位置が受聴者から遠いエリアに存在する場合に、音源位置パラメータによって示される音源位置を制御する再生信号を生成する第1の再生信号生成部と、音源位置が受聴者に近いエリアに存在する場合に、音源位置パラメータによって示される音源位置を制御する再生信号を生成する第2の再生信号生成部と、前記第1の再生信号生成部と第2の再生信号生成部を切り替えるスイッチ部とを備える。
【0021】
また、本発明のマルチチャネルオーディオ再生装置は、マルチチャネルオーディオ信号を入力とし、入力されたマルチチャネルオーディオ信号に定位音源が存在するか否かを判定し、定位音源が存在する場合に定位音源信号を推定する定位音源推定部と、入力マルチチャネルオーディオ信号を定位音源信号と定位しない音源信号のそれぞれの成分に分離する音源信号分離部と、定位音源を構成する信号成分から音源位置パラメータを算出する音源位置パラメータ部と、算出された音源位置パラメータによって示される音源位置が受聴者に近いエリアに存在するか、もしくは遠いエリアに存在するかを判定する音源位置判定部と、音源位置が受聴者から遠いエリアに存在する場合に、音源位置パラメータによって示される音源位置を制御する再生信号を生成する第1の再生信号生成部と、音源位置が受聴者に近いエリアに存在する場合に、音源位置パラメータによって示される音源位置を制御する再生信号を生成する第2の再生信号生成部と、定位音源および定位しない音源信号を分配する信号分配部と、定位音源および定位しない音源信号を前記第1の再生信号生成部のみに入力するか、もしくは信号分配部を通して第1および第2の再生信号生成部の両方に入力するかを切り替えるスイッチ部とを備え、第1の再生信号生成部の出力と第2の再生信号生成部の出力を加算することによって出力再生信号を生成する。
【発明の効果】
【0022】
本発明を用いることにより、マルチチャネルオーディオ信号に含まれる音源が受聴者から遠いか近いかに係わらず、再生される音源位置を高い精度で制御することができるため、高い臨場感の実現が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の実施の形態1に係るマルチチャネルオーディオ再生装置の構成を示す図である。
【図2】定位音源の信号を周辺スピーカとヘッドホンに配分する処理を説明する図である。
【図3】定位音源の位置の判定法を説明する図である。
【図4】本実施の形態1に係る第2の再生信号生成部における信号処理を説明する図である。
【図5】本発明の実施の形態2に係るマルチチャネルオーディオ再生装置の構成を示す図である。
【図6】従来の再生装置の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
(実施の形態1)
図1は、本発明の実施の形態1に係るマルチチャネルオーディオ再生装置の構成を示す図である。先に説明した従来のマルチチャネルオーディオ再生装置で用いられる処理部と同じ機能を有する部については、図中において同じ番号を付し詳細な説明は省略する。図1において、本発明のマルチチャネルオーディオ再生装置は、図4に示す従来のマルチチャネルオーディオ再生装置に対して、音源位置判定部101を新たに設けると共に、再生信号生成部4を第1の再生信号生成部102と第2の再生信号生成部103をスイッチ部104によって切り替える様に構成したものである。
【0025】
定位音源推定部1は、入力されたマルチチャネルオーディオ信号を分析して、再生される音像位置を制御すべき定位音源が存在するかどうかを判定する。定位音源が存在する場合には、音源信号分離部2において定位音源を構成する信号成分とそれ以外の信号成分が分離される。音源位置パラメータ算出部3は、定位音源を構成する信号成分から、再生音響空間において定位音源が定位する位置を求め、音源位置パラメータを算出する。音源位置判定部101は、算出された音源位置パラメータから、再生音響空間における定位音源の位置が、受聴者から遠いか近いかを判定する。図3は、音源位置判定部101が再生音響空間における定位音源の位置が、受聴者から遠いか近いかを判定する方法を説明する図である。先に説明した様に、音源位置パラメータは受聴者から見た定位音源の方向角γと受聴者から定位音源までの距離rによって与えられる。再生音響空間は、受聴者の中心である受聴点201を中心とする半径r1の円周301を境界として、受聴者に近いエリア302と受聴者から遠いエリア303に分割されている。半径r1として好ましい値の範囲は0.2mから1.0m程度である。与えられた定位音源までの距離rがr1以下であれば、定位音源は受聴者に近いエリアに存在し、逆にrがr1よりも大きければ、定位音源は受聴者から遠いエリアに存在することになる。音源位置判定部は、定位音源が受聴者から遠いエリアにあると判定された場合に第1の再生信号生成部を選択し、定位音源が受聴者から近いエリアにあると判定された場合に第2の再生信号生成部が選択されるように、スイッチ部104を制御する。
【0026】
次に、再生信号生成部の動作について説明する。定位音源が受聴者から遠いエリアにあると判定された場合に選択される第1の再生信号生成部は、従来のマルチチャネルオーディオ再生装置における再生信号生成部と同一の機能を有しており、先に説明した手法に従って入力された定位音源信号を各周辺スピーカおよびヘッドホンに配分した後、定位しない音源信号と合成して出力する。定位音源が受聴者から近いエリアにあると判定された場合に選択される第2の再生信号生成部は、定位音源の信号成分をヘッドホンのみに配分し、人間の聴覚特性に基づく信号処理を適用することによって、定位音源の位置を制御する。
【0027】
図4は、第2の再生信号生成部における信号処理を説明する図である。定位音源202は、受聴点201に対して方向角γと距離rで示される位置に存在する。定位音源から受聴者の左耳に相当するレフトヘッドホンLhへの信号伝達経路は矢印401で示され、また定位音源から受聴者の右耳に相当するライトヘッドホンRhへの信号伝達経路は矢印402で示される。つまり、受聴者は定位音源202から発せられた信号に対して、矢印401で示される信号伝達経路および矢印402で示される伝達経路の両方の伝達特性を付加した信号を受聴していることになる。これらの伝達特性は、頭部伝達関数HRTF(Head Related Transfer Function)として知られており、元の音源信号に対して信号処理によってHRTFの特性を付加することにより、あたかも音源がHRTFによって示される伝達経路の先にあるように感じさせることができる。一般的にHRTFは、インパルス応答あるいはFIRフィルタ係数として与えられ、元の音源信号に対してHRTFの特性を付加する処理は畳み込み演算によって実現される。すなわち、定位音源の信号成分をX、矢印401で示される伝達経路のHRTFをHLh、矢印402で示される伝達経路のHRTFをHRh、畳み込み演算を表す記号を*として、レフトチャネルヘッドホンLhへの出力信号X_LhおよびライトチャネルヘッドホンRhへの出力信号X_Rhは、それぞれ次の式7および式8のように求められる。
【0028】
【数7】

【0029】
【数8】

【0030】
信号処理において使用するHRTFは、あらかじめ測定した伝達特性をROMなどの記憶媒体に保持しておく。ただし、定位音源202の位置によってHRTFの特性は変化するため、必要なすべてのHRTFを保持しておくことは困難である。しかしながら、一般にHRTFは方向角γに依存する周波数特性と、受聴点から音源までの距離に依存するゲイン特性に分離することができるため、代表的な方向角γに対する周波数特性のみを保持しておき、受聴点から音源までの距離rに応じてゲインを調整することにより、HRTFの保持に必要な記憶容量を削減することができる。
【0031】
さらに、第2の再生信号生成部103は、音源信号分離部2において分離された定位しない音源信号の成分を周辺スピーカの各チャネルに配分する。以上の処理によって、受聴者に近いエリアに存在する定位音源はヘッドホンから再生され、それ以外の定位しない音源の信号成分は周辺スピーカから再生される。
【0032】
以上で説明した構成により、定位音源が受聴者に近いエリアに存在するのか遠いエリアに存在するのかの違いによって、最適な再生信号生成部を用いて再生される音源位置を制御することができる。これにより、音源と受聴者との間の距離に係わらず、精度の高い音源位置の制御が可能となり、高い臨場感が実現される。
【0033】
なお、本実施の形態においては、受聴者に近いエリア302と受聴者から遠いエリア303の境界は半径r1の円としているが、方向角γによって半径r1が異なるような境界(例えば楕円)を用いてもよい。なぜならば、人間の聴覚特性は方向角γによって感度や距離感覚が異なるためである。その場合、音源位置判定部は方向角γと距離rの両方の音源位置パラメータを参照して、定位音源がどちらのエリアに存在するかを判定する様に構成される。
【0034】
(実施の形態2)
図5は、本発明の実施の形態2に係るマルチチャネルオーディオ再生装置の構成を示す図である。先に説明した本発明の実施の形態1のマルチチャネルオーディオ再生装置で用いられる処理部と同じ機能を有する部については、図中において同じ番号を付し詳細な説明は省略する。本実施の形態2の構成では、図1に示すマルチメディアオーディオ再生装置の再生信号生成部4に信号分配部105を追加し、音源信号分離部2から入力される音源信号を、スイッチ104を介して、第1の再生信号生成部102のみに入力するか、もしくは、信号分配部105を通して第1の再生信号生成部102と第2の再生信号生成部103のそれぞれに分配して入力するかを切り替える。また、第1の再生信号生成部の出力と第2の再生信号生成部の出力は加算されてから出力される。スイッチ104の切り替えの制御は本発明の実施の形態1の構成と同様であり、音源位置判定部101によって、音源位置が受聴者から遠いエリアに存在すると判断された場合には、第1の再生信号生成部側に切り替えられ、逆に音源位置が受聴者に近いエリアに存在すると判定された場合には、信号分配部側に切り替えられる。信号分配部105は、定位音源の信号成分をあらかじめ定められた比率もしくは、定位音源から受聴者までの距離に基づく比率にしたがって2つの信号に分配し、それぞれを第1の再生信号生成部と第2の再生信号生成部とに入力する。一例として、前記定位音源から受聴者までの距離に基づく比率は、第1の再生信号生成部に対する分配割合をa、第2の再生信号生成部に対する分配割合をb、受聴者から定位音源までの距離をr、受聴者から受聴者に近いエリアと受聴者から遠いエリアの境界までの距離をr1として、次式で与えられる。
【0035】
【数9】

【0036】
また、定位しない音源信号の成分については、分配することなく第1の再生信号生成部に入力する。(第2の再生信号生成部に入力される定位しない音源信号の成分は0となる。)第1の再生信号生成部と第2の再生信号生成部は、それぞれ、先に説明した手順に従って各周辺スピーカおよびヘッドホンへの出力信号を算出する。第1の再生信号生成部からヘッドホンへの出力信号と第2の再生信号生成部からヘッドホンへの出力信号は加算され、最終的なヘッドホンへの出力信号が生成される。同様に、第1の再生信号生成部から各周辺スピーカへの出力信号と第2の再生信号生成部から各周辺スピーカへの出力信号は加算され、最終的な周辺スピーカへの出力信号となる。なお、第1の再生信号生成部と第2の再生信号生成部は共に、入力信号が与えられない、もしくは入力信号が0ならば、出力信号が0となることは自明である。
【0037】
以上で説明した構成により、定位音源が受聴者に近いエリアに存在するのか遠いエリアに存在するのかの違いによって、最適な再生信号生成部を用いて再生される音源位置を制御すると共に、受聴者から遠いエリアと受聴者に近いエリアの境界における音源位置制御の切り替えを平滑化することが出来る。これにより、音源と受聴者との間の距離に係わらず、精度の高い音源位置の制御が可能となり、高い臨場感が実現される。
【0038】
なお、(1)上記の各装置は、具体的には、マイクロプロセッサ、ROM、RAM、ハードディスクユニット、ディスプレイユニット、キーボード、マウスなどから構成されるコンピュータシステムである。前記RAMまたはハードディスクユニットには、コンピュータプログラムが記憶されている。前記マイクロプロセッサが、前記コンピュータプログラムにしたがって動作することにより、各装置は、その機能を達成する。ここでコンピュータプログラムは、所定の機能を達成するために、コンピュータに対する指令を示す命令コードが複数個組み合わされて構成されたものである。
【0039】
(2)上記の各装置を構成する構成要素の一部または全部は、1個のシステムLSI(Large Scale Integration:大規模集積回路)から構成されているとしてもよい。システムLSIは、複数の構成部を1個のチップ上に集積して製造された超多機能LSIであり、具体的には、マイクロプロセッサ、ROM、RAMなどを含んで構成されるコンピュータシステムである。前記RAMには、コンピュータプログラムが記憶されている。前記マイクロプロセッサが、前記コンピュータプログラムにしたがって動作することにより、システムLSIは、その機能を達成する。
【0040】
(3)上記の各装置を構成する構成要素の一部または全部は、各装置に脱着可能なICカードまたは単体のモジュールから構成されているとしてもよい。前記ICカードまたは前記モジュールは、マイクロプロセッサ、ROM、RAMなどから構成されるコンピュータシステムである。前記ICカードまたは前記モジュールは、上記の超多機能LSIを含むとしてもよい。マイクロプロセッサが、コンピュータプログラムにしたがって動作することにより、前記ICカードまたは前記モジュールは、その機能を達成する。このICカードまたはこのモジュールは、耐タンパ性を有するとしてもよい。
【0041】
(4)本発明は、上記に示す方法であるとしてもよい。また、これらの方法をコンピュータにより実現するコンピュータプログラムであるとしてもよいし、前記コンピュータプログラムからなるディジタル信号であるとしてもよい。
【0042】
また、本発明は、前記コンピュータプログラムまたは前記ディジタル信号をコンピュータ読み取り可能な記録媒体、例えば、フレキシブルディスク、ハードディスク、CD−ROM、MO、DVD、DVD−ROM、DVD−RAM、BD(Blu−ray Disc)、半導体メモリなどに記録したものとしてもよい。また、これらの記録媒体に記録されている前記ディジタル信号であるとしてもよい。
【0043】
また、本発明は、前記コンピュータプログラムまたは前記ディジタル信号を、電気通信回線、無線または有線通信回線、インターネットを代表とするネットワーク、データ放送等を経由して伝送するものとしてもよい。
【0044】
また、本発明は、マイクロプロセッサとメモリを備えたコンピュータシステムであって、前記メモリは、上記コンピュータプログラムを記憶しており、前記マイクロプロセッサは、前記コンピュータプログラムにしたがって動作するとしてもよい。
【0045】
また、前記プログラムまたは前記ディジタル信号を前記記録媒体に記録して移送することにより、または前記プログラムまたは前記ディジタル信号を前記ネットワーク等を経由して移送することにより、独立した他のコンピュータシステムにより実施するとしてもよい。
【0046】
(5)上記実施の形態及び上記変形例をそれぞれ組み合わせるとしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明は、音源から受聴者までの距離にかかわらず正しい音源位置の認識を可能とし、高い臨場感を実現するマルチチャネルオーディオ再生装置等に適用できる。
【符号の説明】
【0048】
1 定位音源推定部
2 音源信号分離部
3 音源位置パラメータ算出部
4 再生信号生成部
5 レフトチャネルスピーカ(L)
6 センターチャネルスピーカ(C)
7 ライトチャネルスピーカ(R)
8 サラウンドライトチャネルスピーカ(Rs)
9 サラウンドレフトチャネルスピーカ(Ls)
10 レフトチャネルヘッドホン(Lh)
11 ライトチャネルヘッドホン(Rh)
101 音源位置判定部
102 第1の再生信号生成部
103 第2の再生信号生成部
104 スイッチ部
105 信号分配部
201 受聴点
202 定位音源
203 レフトチャネルスピーカ(L)
204 センターチャネルスピーカ(C)
205 ライトチャネルスピーカ(R)
206 サラウンドライトチャネルスピーカ(Rs)
207 サラウンドレフトチャネルスピーカ(Ls)
208 レフトチャネルヘッドホン(Lh)
209 ライトチャネルヘッドホン(Rh)
301 円周(再生音響空間を分割する境界)
302 受聴者に近いエリア
303 受聴者から遠いエリア
401、402 矢印

【特許請求の範囲】
【請求項1】
受聴者の周辺に配置する第1のスピーカ群と、耳元近傍に配置する第2のスピーカ群を用いてマルチチャネルオーディオ信号を再生するマルチチャネルオーディオ再生装置であって、
入力マルチチャネル信号に含まれる定位音源を推定する定位音源推定部と、
定位音源が存在する場合に、入力マルチチャネル信号を定位音源の信号成分とそれ以外の定位しない音源信号の成分に分離する音源信号分離部と、
定位音源の位置を算出してパラメータ化する音源位置パラメータ算出部と、
音源位置パラメータに基づいて、定位音源が受聴者に近いエリアに存在するか、もしくは遠いエリアに存在するかを判定する音源位置判定部と、
定位音源が受聴者から遠いエリアに存在する場合に音源位置を制御する再生信号を生成する第1の再生信号生成部と、
定位音源が受聴者に近いエリアに存在する場合に音源位置を制御する再生信号を生成する第2の再生信号生成部と、
音源位置判定部の判定結果に従って、第1の再生信号生成部と第2の再生信号生成部を切り替えるスイッチ部と
を備えるマルチチャネルオーディオ再生装置。
【請求項2】
前記音源位置パラメータは受聴者に対する定位音源の方向角γと距離rであり、前記受聴者に近いエリアと受聴者から遠いエリアの境界は、方向角γに対してあらかじめ定められた距離r1によって規定され、前記音源位置判定部は、方向角γにおける距離rと距離r1の大きさを比較することにより、音源位置を判定する
請求項1に記載のマルチチャネルオーディオ再生装置。
【請求項3】
前記第1の再生信号生成部は、前記第1のスピーカ群と前記第2のスピーカ群との間で、定位音源の信号エネルギを受聴者に対する方向角γと距離rにしたがって配分することによって再生される音源位置を制御し、
前記第2の再生信号生成部は、音源から受聴者までの伝達特性を付加した音源信号を、前記第2のスピーカ群へ出力することによって再生される音源位置を制御する
請求項1に記載のマルチチャネルオーディオ再生装置。
【請求項4】
前記距離r1は、人間の聴覚特性に合わせて方向角γに対応して定められる値である
請求項2に記載のマルチチャネルオーディオ再生装置。
【請求項5】
前記距離r1は、0.2mから1.0m程度の範囲で定められる
請求項2に記載のマルチチャネルオーディオ再生装置。
【請求項6】
受聴者の周辺に配置する第1のスピーカ群と、耳元近傍に配置する第2のスピーカ群を用いてマルチチャネルオーディオ信号を再生するマルチチャネルオーディオ再生装置であって、
入力マルチチャネル信号に含まれる定位音源を推定する定位音源推定部と、
定位音源が存在する場合に、入力マルチチャネル信号を定位音源の信号成分とそれ以外の定位しない音源信号の成分に分離する音源信号分離部と、
定位音源の位置を算出してパラメータ化する音源位置パラメータ算出部と、
音源位置パラメータに基づいて、定位音源が受聴者に近いエリアに存在するか、もしくは遠いエリアに存在するかを判定する音源位置判定部と、
定位音源が受聴者から遠いエリアに存在する場合に音源位置を制御する再生信号を生成する第1の再生信号生成部と、
定位音源が受聴者に近いエリアに存在する場合に音源位置を制御する再生信号を生成する第2の再生信号生成部と、
定位音源の信号成分とそれ以外の定位しない音源信号の成分を分配する信号分配部と、
音源位置判定部の判定結果に従って、定位音源の信号成分とそれ以外の定位しない音源信号の成分を、第1の再生信号生成部にのみ入力するか、もしくは、信号分配部を通して第1の再生信号生成部と第2の再生信号生成部の両方に入力するかを切り替えるスイッチ部と
を備え、
第1の再生信号生成部の出力と第2の再生信号生成部の出力を加算することによって出力再生信号を生成する
マルチチャネルオーディオ再生装置。
【請求項7】
前記信号分配部は、前記定位音源の信号成分を、あらかじめ定められた比率に従って2つの信号に分配し、それぞれを第1の再生信号生成部と第2の再生信号生成部に入力する
請求項6に記載のマルチチャネルオーディオ再生装置。
【請求項8】
前記信号分配部は、前記定位音源の信号成分を、定位音源から受聴者までの距離に基づく比率に従って2つの信号に分配し、それぞれを第1の再生信号生成部と第2の再生信号生成部に入力する
請求項6に記載のマルチチャネルオーディオ再生装置。
【請求項9】
受聴者の周辺に配置する第1のスピーカ群と、耳元近傍に配置する第2のスピーカ群を用いてマルチチャネルオーディオ信号を再生するマルチチャネルオーディオ再生方法であって、
入力マルチチャネル信号に含まれる定位音源を推定するステップと、
定位音源が存在する場合に、入力マルチチャネル信号を定位音源の信号成分とそれ以外の信号の成分に分離するステップと、
定位音源の位置を算出して音源位置パラメータ化するステップと、
音源位置パラメータに基づいて、定位音源が受聴者に近いエリアに存在するか、もしくは遠いエリアに存在するかの音源位置判定を行うステップと、
定位音源が受聴者から遠いエリアに存在する場合に音源位置を制御する再生信号を生成する第1の再生信号生成のステップと、
定位音源が受聴者に近いエリアに存在する場合に音源位置を制御する再生信号を生成する第2の再生信号生成のステップと、
音源位置判定のステップの判定結果に従って、第1の再生信号生成のステップと第2の再生信号生成のステップを切り替えるステップから構成される
マルチチャネルオーディオ再生方法。
【請求項10】
請求項9に記載のマルチチャネルオーディオ再生方法に含まれる各ステップを、コンピュータに実行させるためのプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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