説明

マルトース−1−リン酸生成酵素

【課題】マルトオリゴ糖、デキストリン及び澱粉等のグルコース重合度5以上のα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖を原料とし、大量のマルトース−1−リン酸の生成を可能とするマルトース−1−リン酸生成酵素を提供する。
【解決手段】コリネバクテリウム属に属する細菌由来のマルトース−1−リン酸生成酵素を用い、グルコース重合度5以上のα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖及びリン酸類又はその塩からマルトース−1−リン酸を生成する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なマルトース−1−リン酸生成能を有する酵素に関する。
【背景技術】
【0002】
マルトース−1−リン酸は、ほうれん草のクロロプラスト(例えば、非特許文献1参照)やMycobacteriumの菌体内(例えば、非特許文献2参照)に存在する。その生理活性として、各種細胞接着阻害に関与することが報告され(例えば、非特許文献3、4及び5参照)、食品や化粧品、pH緩衝剤、研究用試薬、酵素の基質原料等として利用可能である。
【0003】
マルトース−1−リン酸の製造には、マルトース−1−リン酸生成酵素を利用する方法が知られており、斯かるマルトース−1−リン酸生成酵素として、Actinoplanes missouriensisのマルトースキナーゼ(例えば、非特許文献6参照)やほうれん草に含まれるマルトース合成酵素(例えば、非特許文献7参照)が報告されている。しかしながら、前者はマルトースとリン酸を基質に反応する際にATPが必要であり、後者は基質にグルコース−1−リン酸が2分子必要となるため、これらを用いた方法では基質が高価であり、マルトース−1−リン酸の工業的生産に用いることは実用的ではない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】FEBS Letters 1976,61(2):192−3
【非特許文献2】Enzyme Microb.Technol.1995,17,140−146
【非特許文献3】Atherroscleosis 1998,136(2):297−303
【非特許文献4】Acta Histochem.1997,99(4):401−410
【非特許文献5】J.Immunol.1989,143(11):3666−3672
【非特許文献6】Arch Microbiol.2003,180(4):233−239
【非特許文献7】Planta.1982,154:87−93
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、マルトオリゴ糖、デキストリンや澱粉等のα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖を原料とし、大量のマルトース−1−リン酸の生成を可能とするマルトース−1−リン酸生成酵素を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、自然界からマルトース−1−リン酸を培地中に生成し得る微生物及び酵素を探索したところ、グルコース重合度5以上のα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖とリン酸類又はその塩からマルトース−1−リン酸を生成し得る、従来知られていない全く新しいタイプのマルトース−1−リン酸生成酵素を見出した。
【0007】
すなわち本発明は、グルコース重合度5以上のα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖及びリン酸類又はその塩からマルトース−1−リン酸を生成するマルトース−1−リン酸生成酵素を提供するものである。
【0008】
また本発明は、下記の酵素学的性質を有するマルトース−1−リン酸生成酵素を提供するものである。
1)作用 :グルコース重合度5以上のα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖及びリン酸類又はその塩からマルトース−1−リン酸を生成する。
2)基質特異性:リン酸類又はその塩との存在下で、グルコース重合度6以上のα−1,4グルコシド結合を含むオリゴ糖、多糖又はそれらの分解物によく作用してマルトー

ス−1−リン酸を生成する。グルコース重合度5のオリゴ糖に若干作用し、重合度2〜4のオリゴ糖には殆ど作用しない。
3)分子量 :約75kDa(SDS−PAGE)
4)至適pH :6.5〜8.0
5)至適温度 :35〜50℃
【0009】
また本発明は、以下の(a)、(b)、(c)又は(d)のタンパク質又はこれをコードする遺伝子を提供するものである。
(a)配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)(a)のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つマルトース−1−リン酸生成能を有するタンパク質
(c)(a)のアミノ酸配列と60%以上の同一性を有し、且つマルトース−1−リン酸生成能を有するタンパク質
(d)(a)のアミノ酸配列と38%以上の同一性を有し、且つマルトース−1−リン酸生成能を有するタンパク質であって、Ara-Glu-Asn-Pro-Pro-Lys-Lys(又はArg)-Tyr-Gln(又はGlu)-Asp-Ile又はPhe-Arg-Val(又はIle)-Asp-Asn-Pro-His-Thr-Lys-Proで示される
アミノ酸配列を有するタンパク質
【0010】
また本発明は、以下の(a)、(b)又は(c)のDNAからなるマルトース−1−リン酸生成酵素遺伝子を提供するものである。
(a)配列番号1に示す塩基配列で示されるDNA
(b)(a)の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つマルトース−1−リン酸生成能を有するタンパク質をコードするDNA
(c)(a)の塩基配列と60%以上の同一性を有し、且つマルトース−1−リン酸生成能を有するタンパク質をコードするDNA
【0011】
また本発明は、当該遺伝子を含有する組換えベクター、当該組換えベクターを含む形質転換体、及び当該形質転換体を培養し、該培養物から酵素を採取することを特徴とするマルトース−1−リン酸生成酵素の製造法を提供するものである。
【0012】
また本発明は、当該形質転換体をグルコース重合度5以上のα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖及びリン酸類またはその塩を含有する培地中で培養し、該培養物からマルトース−1−リン酸を採取することを特徴とするマルトース−1−リン酸の製造法を提供するものである。
【0013】
更に本発明は、上記の酵素又はタンパク質に、グルコース重合度5以上のα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖とリン酸類及びその塩を作用させることを特徴とするマルトース−1−リン酸の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明のマルトース−1−リン酸生成酵素を用いれば、基質として安価なα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖を用い、容易に大量のマルトース−1−リン酸を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明酵素のpH−活性曲線を示す図である。
【図2】本発明酵素の温度−活性曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明酵素は、例えば、その生産微生物をグルコース重合度5以上のα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖を含む培地で培養し、その培養物から採取することにより取得できる。また、本発明の酵素遺伝子を人為的に発現させ、マルトース−1−リン酸生成酵素活性を有するポリペプチドを生成させて、採取することも可能である。

本発明酵素の生産微生物としては、コリネバクテリウム属細菌、例えばCorynebacterium sp. JCM1300や、CorynebacteriumflavescensCorynebacterium glutamicumCorynebacteriumhoagiiCorynebacterium vitaeruminisCorynebacteriumpilosumCorynebacterium amycolatumCorynebacterium matruchotiCorynebacteriumminutissimumCorynebacterium striatumCorynebacteriumcallunae等が挙げられる。特に、Corynebacterium sp. JCM1300、Corynebacterium flavescens JCM1317、Corynebacteriumglutamicum JCM1318、Corynebacterium hoagii JCM1319、Corynebacteriumglutamicum JCM1321、Corynebacterium vitaeruminis JCM1323、Corynebacteriumpilosum JCM3714、Corynebacterium amycolatum JCM7447、Corynebacteriummatruchotii JCM9386、Corynebacterium minutissimum JCM9387、Corynebacteriumstriatum JCM9390、Corynebacterium callunae IFO15359が好ましく、マルトース−1−リン酸生産性の高さの点から、Corynebacteriumsp. JCM1300、Corynebacterium hoagii JCM1319、Corynebacteriumglutamicum JCM1321、Corynebacterium callunae IFO15359が特に好ましい。
【0017】
グルコース重合度5以上のα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖としては、例えばデンプン、アミロース、デキストリン、マルトース、マルトオリゴ糖、アミロペクチン、グリコーゲン、デンプン分解物等が挙げられる。このうち、安価なデンプン、デキストリン、マルトオリゴ糖が特に好ましい。またこれらのうち、2種類以上を混合して用いても良い。培地中の当該オリゴ糖又は多糖の濃度は効果の点から1〜70質量%が好ましく、さらに好ましくは、10〜70質量%、特に20〜50質量%とするのが好ましい。
【0018】
上記培養は、更にリン酸類又はその塩を添加して行うのが好ましく、リン酸類又はその塩の濃度を50mM以上、好ましくは50mM〜1000mMとすれば、培養上清中にマルトース−1−リン酸生成酵素を生産蓄積させることができ、より好ましい。斯かるリン酸類又はその塩としては、例えばリン酸、メタリン酸、トリポリリン酸、ポリリン酸、二リン酸、ポリメタリン酸及びこれらの塩類等が挙げられ、塩としてはナトリウム塩、カリウム塩が挙げられる。
【0019】
本発明において用いられる培地は、マルトース−1−リン酸生成酵素生産菌が生育できるものであればよく、上記のオリゴ糖や多糖の他に、糖質以外の炭素源、窒素源、金属ミネラル類、ビタミン類等を含有する液体培地等が使用できる。糖質以外の炭素源としては、例えば酢酸塩等の有機酸塩が挙げられ、窒素源としては、例えばアンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、リン酸アンモニウム、酢酸アンモニウム等の無機及び有機アンモニウム塩、尿素、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、カゼイン加水分解物等の窒素含有有機物、グリシン、グルタミン酸、アラニン、メチオニン等のアミノ酸等が挙げられ、金属ミネラル類としては、例えば塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マグネシウム、硫酸マンガン、硫酸亜鉛、炭酸カルシウム等が挙げられ、これらを単独で又は必要に応じ混合して用いればよい。
【0020】
培養方法は、微生物が十分に生育できる条件となるようpH及び温度を適宜調整して行われる。また、培養手段は、振とう培養、嫌気培養、静置培養、醗酵槽による培養の他、休止菌体反応及び固定化菌体反応も用いることができる。
【0021】
培養物からマルトース−1−リン酸生成酵素を採取する方法は、公知の方法に従って行えば良く、例えば、培養物を遠心分離、濾過、必要に応じて超音波処理や界面活性剤処理して溶菌し、菌体を分離除去した後、限外ろ過、塩析、溶剤沈殿、イオン交換、疎水クロマトグラフィー、ゲルろ過、乾燥などを組み合わせることによって、酵素を濃縮すればよい。尚、既に述べたように、高濃度のリン酸類又はその塩を用いて培養した場合には、酵素は菌体外に生産され、培養物から採取することにより容易に得ることができる。また、

固定化酵素の作製も菌体外へ産生させることにより煩雑な操作をすることなく可能となる。
【0022】
ここで、塩析法としては例えば硫酸アンモニウム、溶剤沈殿としては例えば冷アセトン等が用いられ、酵素を沈殿させた後、遠心分離、脱塩処理を行い凍結乾燥粉末や噴霧乾燥粉末を得ることができる。脱塩方法としては透析、セファデックスG−10(ファルマシア バイオテク社)等を用いるゲル濾過、限外濾過等が用いられる。このようにして得られた酵素液又は乾燥粉末はそのまま用いることもできるがさらに公知の方法により結晶化や造粒化することができる。
【0023】
本発明のマルトース−1−リン酸生成酵素の酵素学的性質について、以下に説明する。尚、酵素活性の測定は、基質に2%デキストリンマックス1000(松谷化学)及び1Mリン酸緩衝液(pH7)を用い、適宜希釈した酵素を加え、37℃にて1時間保温後、生成したマルトース−1−リン酸をHPLCにて定量することにより行った(実施例1参照)。
1)作用
グルコース重合度5以上のα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖及びリン酸類又はその塩からマルトース−1−リン酸を生成する。
すなわち、本発明酵素は、リン酸類又はその塩の存在下において、グルコース重合度5以上のα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖に作用して、マルトース単位を認識して加リン酸分解をするホスホリラーゼ活性を有する。ホスホリラーゼは、これまでグルコース等、単糖を認識してグルコース−1―リン酸等を生成する酵素しか報告されておらず、このように二糖を認識して二糖リン酸を生成するタイプのものはこれまでに全く知られていない。
一方、本発明酵素は、リン酸類の非存在下においては、マルトオリゴ糖に作用して、マルトース単位で転移をする。すなわち、マルトヘキサオース(DP=6)に作用させることにより、マルトオリゴ糖(DP=4、DP=6、DP=8、DP=10等)が、また、マルトヘプタオース(DP=7)に作用させることにより、マルトオリゴ糖(DP=5、DP=7、DP=9、DP=11等)が生成するように、マルトペンタオース以上のオリゴ糖に作用してマルトース単位で転移する活性を有する。従来、マルトシルトランスフェラーゼは、Eur. J. Biochem. (1998) 250, 1050-1058に報告があるが、当該酵素に、マルトース−1−リン酸を生成するという報告は無い。また、従来のマルトシルトランスフェラーゼは、マルトトリオース(DP=3)等の低分子に作用し、DP=3以上のオリゴ糖に作用させたとき、低分子のDP=1〜3の低重合度オリゴ糖を生成するが、本発明の酵素は、マルトオリゴ糖DP=3,4にはほとんど作用せず、マルトオリゴ糖DP=5には作用しにくい。また、DP=5以上のマルトオリゴ糖に作用させてもDP=1〜3の低重合度のオリゴ糖をほとんど生成しない。従って、本発明酵素は従来のマルトシルトランスフェラーゼとは異なる酵素である。
かように、本発明の酵素は、グルコース重合度5以上のα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖に作用して、マルトース単位を認識して加リン酸分解をするホスホリラーゼ活性とマルトース単位で伸長していくマルトース転移活性を有するこれまでに知られていない全く新しいタイプの酵素である。以上より、本発明酵素は、マルトデキストリン・マルトシルホスホリラーゼ、マルトデキストリン:オルトリン酸−α−1−マルトシルトランスフェラーゼ、又はマルトシルトランスフェラーゼのように命名できる。
【0024】
本発明酵素の基質としては、グルコース重合度5以上のα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖のいずれでもよく、例えばデンプン、アミロース、デキストリン、マルトオリゴ糖、アミロペクチン、グリコーゲン、デンプン分解物等が挙げられる。
【0025】
リン酸類又はその塩としては、例えばリン酸、メタリン酸、トリポリリン酸、ポリリン

酸、二リン酸、ポリメタリン酸及びこれらの塩類が挙げられ、塩としてはナトリウム塩、カリウム塩が好ましい。特に好ましいリン酸類の塩としては、例えばリン酸一カリウム、リン酸二カリウム、リン酸一ナトリウム、リン酸二ナトリウム等が挙げられる。
上記基質の濃度は特に規定しないが、リン酸類及びリン酸塩は50mM〜2Mが好ましく、さらに100mM〜1200mM、特に400〜1000mMが好ましい。グルコース重合度5以上α−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖は、1〜70質量%が好ましい。
【0026】
2)基質特異性
リン酸類又はその塩との存在下で、グルコース重合度6以上のα−1,4グルコシド結合を含むオリゴ糖、多糖又はそれらの分解物によく作用してマルトース−1−リン酸を生成する。グルコース重合度5のオリゴ糖に若干作用し、重合度2〜4のオリゴ糖には殆ど作用しない。ここで、多糖としては、例えばアミロース、アミロペクチン、グリコーゲン、デキストリン、澱粉等が挙げられる。
【0027】
3)分子量
ドデシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法(SDS−PAGE)による分子量は約75kDa(但し、SDS−PAGE法では測定条件により5kDa程度上下することがある)である。
【0028】
4)至適pH
基質としてpH5.5〜8.5の各pHの700mMリン酸緩衝液及び2%マルトヘプタオース(G7:生化学工業)を用い、精製酵素を0.28U/mLとなるように加え、37℃、1時間反応させ、酵素活性を測定した場合、至適pHは6.5〜8.0付近であり、pH5.5〜8.5範囲で、pH7.5(最大活性)との相対活性50%を示す。
【0029】
5)至適温度
基質として1Mリン酸カリウム緩衝液(pH7)及び2%マルトヘプタオース(G7:生化学工業)を用い、精製酵素0.168U/mLとなるように加え、30℃〜70℃の各温度にて1時間反応させ、95℃で10分間処理し酵素を失活させ、反応液を101倍希釈して酵素活性を測定した場合、至適温度は35〜50℃であり、30℃〜55℃の広い範囲で活性を有する。
【0030】
次に本発明のタンパク質及びこれをコードする遺伝子について説明する。
本発明のタンパク質は、上述したマルトース−1−リン酸生成能を有するタンパク質であり、具体的には、以下の(a)、(b)、(c)又は(d)のタンパク質をいう。
(a)配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)(a)のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つマルトース−1−リン酸生成能を有するタンパク質
(c)(a)のアミノ酸配列と60%以上の同一性を有し、且つマルトース−1−リン酸生成能を有するタンパク質
(d)(a)のアミノ酸配列と38%以上の同一性を有し、且つマルトース−1−リン酸生成能を有するタンパク質であって、Ara-Glu-Asn-Pro-Pro-Lys-Lys(又はArg)-Tyr-Gln(又はGlu)-Asp-Ile又はPhe-Arg-Val(又はIle)-Asp-Asn-Pro-His-Thr-Lys-Proで示される
アミノ酸配列を有するタンパク質
【0031】
ここで、配列番号2に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列とは、配列番号2のアミノ酸配列と等価のアミノ酸配列を意味し、1若しくは数個、好ましくは1〜10個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列であって、依然としてマルトース−1−リン酸生成能を保持する配列を意味し、付加には、両末端への1〜数個のアミノ酸の付加が含まれる。
なお、当該等価のアミノ酸配列をコードする塩基配列は、自然界から得ることも可能ではあるが、更に部位特異的突然変異誘発法等の公知の手法を利用して調製することもできる。例えば、部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット[Mutan-super Express Km キット(タカラ)]等を用いて変異を導入し調製することができる。
【0032】
また、本発明のタンパク質には、配列番号2に示すアミノ酸配列において相当する配列を適切にアライメントした時、60%以上の配列同一性を有し、マルトース−1−リン酸生成能を有するタンパク質が包含され、当該アミノ酸配列における同一性は、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、更に好ましくは90%以上を有するものが望ましい。
【0033】
配列番号2で示される675アミノ酸について、NCBIデーターベースのBLASTPホモロジー検索を行ったところ、Corynebacterium glutamicumATCC13032(99%)、Corynebacterium efficiens YS-314(84%)、Corynebacteriumdiphtheriae(66%)、Mycobacterium smegmatis(60%)等の微生物由来の蛋白が99%〜38%までの一致で検索された(実施例8参照)。これらの蛋白は糖質関連酵素データーベースCAZyのGlycosyl Hydrolaseのファミリー13に分類されており、グリコシダーゼ、アミラーゼ、グルカナーゼ等に推定されているが、いずれもゲノム配列からの推定であり、これらの遺伝子を単離し、または蛋白を発現させた例は無く機能未知のものである。また、これらのアミノ酸配列のアライメントを比較したところ、本発明のマルトース−1−リン酸生成酵素のアミノ酸配列のN末から342番〜352番に相当するアミノ酸配列(Ara-Glu-Asn-Pro-Pro-Lys-Lys(又はArg)-Tyr-Gln(又はGlu)-Asp-Ile)〔配列番号2の342番〜352番参照〕と383番〜392番に相当するアミノ酸配列(Phe-Arg-Val(又はIle)-Asp-Asn-Pro-His-Thr-Lys-Pro)〔配列番号2の383番〜392番参照〕に非常に高く保存されている領域が見出された。従って、配列番号2に示すアミノ酸配列と38%以上の同一性を有し、且つマルトース−1−リン酸生成能を有するタンパク質であって、Ara-Glu-Asn-Pro-Pro-Lys-Lys(又はArg)-Tyr-Gln(又はGlu)-Asp-Ile及び/又はPhe-Arg-Val(又はIle)-Asp-Asn-Pro-His-Thr-Lys-Proで示されるアミノ酸配列を有するものが好適なものとして挙げられる。
【0034】
本発明のマルトース−1−リン酸生成酵素遺伝子は、上記のタンパク質をコードするものであればよいが、配列番号1に示す塩基配列、又は該塩基配列からなるDNAにストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAを含有する遺伝子であるものが好ましい。
【0035】
ここで、「ストリンジェントな条件下」とは、例えばMolecular cloning - a Laboratory manual 2nd edition (Sambrookら、1989)に記載の条件等が挙げられる。例えば、6×SSC(1×SSCの組成:0.15M 塩化ナトリウム、0.015M クエン酸ナトリウム、pH7.0)、0.5% SDS、5×デンハート及び100mg/mLニシン精子DNAを含む溶液にプローブとともに65℃で8〜16時間恒温し、ハイブリダイズさせる条件が挙げられる。
【0036】
また、本発明の遺伝子には、配列番号1に示す塩基配列と60%以上の配列同一性を有し、且つマルトース−1−リン酸生成能を有するタンパク質をコードするDNAが包含され、当該配列同一性は、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、更に好ましくは90%以上を有するものが望ましい。
【0037】
尚、ここで述べるアミノ酸及び塩基配列の同一性は、Lipman-Pearson法 (Science, 227, 1435, (1985))によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx-Win(Ver.5.1.1;ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を1として解析を行うことにより算出される。
【0038】
本発明の遺伝子は、通常のDNAクローニング法によって、既に述べたコリネバクテリウム属に属する微生物等、本発明酵素生産微生物の染色体DNAを、本発明において示すDNA塩基配列やアミノ酸配列に基づいて検索し、取得することができる。染色体DNAの検索にはライブラリーのハイブリダイゼーション法や染色体DNAを鋳型としたPCR法やそれらの変法が適用できる。
また、本発明酵素遺伝子を含む組換えベクターを作製するには、宿主菌体内で複製維持が可能であり、該酵素を安定に発現させることができ、該遺伝子を安定に保持できるベクターに当該酵素遺伝子を組込めばよい。かかるベクターとしては大腸菌を宿主とする場合、pUC18、pBR322、pHY300PLK等が挙げられ、枯草菌を宿主にする場合、pUB110、pHSP64(Sumitomoら、Biosci. Biotechnol. Biocem., 59, 2172-2175, 1995)あるいはpHY300PLK(タカラ バイオ)等が挙げられる。
【0039】
本発明遺伝子の発現は、本発明遺伝子で宿主細胞を形質転換してなる形質転換体を、資化性の炭素源、窒素源その他必須栄養素を含む培地に接種し、常法に従い培養することにより行うのが望ましい。形質転換体は、本発明遺伝子を自律複製可能なベクターと連結して組換えDNAとし、この組換えDNAを発現するのに適した宿主微生物に導入することにより得ればよい。宿主菌としては特に制限されないがBacillus属(枯草菌)等のグラム陽性菌、Escherichia coli(大腸菌)等のグラム陰性菌、Streptomyces属(放線菌)、Saccharomyces属(酵母)、Aspergillus属(カビ)等の真菌が挙げられる。培養液からの酵素の採取、精製は、一般的な方法によって行えばよく、必要に応じて、凍結乾燥、噴霧乾燥、結晶化することができる。
【0040】
斯くして得られる本発明の酵素を、基質であるグルコース重合度5以上のα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖リン酸類又はその塩の溶液に添加して作用させたり、あるいは、本発明の酵素を固定化酵素法により担体に固定したカラムに同基質を通過させて反応させることにより、マルトース−1−リン酸を安価で大量に製造することができる。固定化酵素に用いる担体としては一般に使用されているものであれば特に制限はないが、イオン交換樹脂や合成吸着樹脂等を用いることができる。
【0041】
また、本発明遺伝子で宿主細胞を形質転換してなる形質転換体を糖類及びリン酸類またはその塩類を含む培地で培養することにより、培養物中にマルトース−1−リン酸を生産させることもできる。
ここで、培地に添加される糖類としては、好ましくはグルコース重合度5以上のα−1、4グリコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖、例えばデンプン、アミロース、デキストリン、マルトース、マルトオリゴ糖、アミロペクチン、グリコーゲン、デンプン分解物等が挙げられる。また、リン酸類又はその塩としては、例えばリン酸、メタリン酸、トリポリリン酸、ポリリン酸、二リン酸、ポリメタリン酸及びこれらの塩類が挙げられ、塩としてはナトリウム塩、カリウム塩が好ましい。
尚、ここで用いられる培地、培養方法、培養条件等は、既に述べた本発明酵素を微生物から採取する場合と同様のものを用いることができる。
【0042】
培養物からのマルトース−1−リン酸の採取は、公知の方法に従って行えばよい。本培養によれば、マルトース−1−リン酸の他に、グルコース−1−リン酸等のリン酸化糖類も生産され得る。従って、菌体を分離除去した後、必要に応じて限外ろ過、逆浸透膜、電気透析、イオン交換膜、イオン交換樹脂、活性炭、合成吸着剤処理等を行い、晶析、塩析することによりマルトース−1−リン酸を分離することが好ましい。また必要に応じて、イオン交換クロマトグラフィー等の手段を用いて更に精製することができる。
【実施例】
【0043】
実施例1 マルトース−1−リン酸生成酵素の活性測定法
マルトース−1−リン酸生成酵素の活性測定を検討し、次の反応条件を設定した。
基質には2%デキストリンマックス1000(松谷化学)及び1Mリン酸緩衝液(pH7)の条件下、適宜希釈した酵素を加え、37℃にて1時間保温後、生成したマルトース−1−リン酸をHPLCにて定量した。すなわち、マルトース−1−リン酸は、DIONEX社のDX500クロマトグラフィシステムにて定量した。カラム:CarboPac PA1(4×250 mm)、検出器:ED40パルスドアンペロメトリー検出器、溶離液:A液;100mM水酸化ナトリウム溶液B液;1M酢酸ナトリウムを含む100 mM水酸化ナトリウムを用いた。注入から初期濃度A液90%:B液10%、0〜17分A液18.5%:B液81.5%のリニアグラジエントにより分析した。標準として100mM、50mMのSIGMA社マルトース−1−リン酸を用いた。約15.5分にピークが現れた。1分間で1μMのマルトース−1―リン酸を生成する量を1U(ユニット)とした。
【0044】
実施例2 マルトース−1−リン酸生成酵素の生産
使用菌株はCorynebacterium glutamicum JCM1321を使用した。菌をSCD寒天培地(日本製薬)に塗末し、30℃にて一晩生育させた。種培養としては、0.5%酵母エキス、4%アミノ酸調味液K(味の素)、3%液糖マルトリッチ(昭和産業)、100mMリン酸緩衝液(pH7)の培地をヒダ付き三角フラスコに50mL仕込み、生育した菌株を1白金耳接種し、30℃、210rpmで一晩振とう培養を行った。主培養としては、0.5% 酵母エキス、1%アミノ酸調味液K(味の素)、0.5%硫酸アンモニウム、10%デキストリンマックス1000(松谷化学)、10%塩化カルシウム2水和物、200ppm硫酸マグネシウム、25ppm塩化第二鉄、400 mMリン酸緩衝液(pH7)の培地を160本のヒダ付き三角フラスコに50 mL仕込み、種菌を1%植菌し、30℃、210rpmで一晩振とう培養を行った。
培養上清中にマルトース−1−リン酸生成酵素が240U/L生産された。
【0045】
実施例3 マルトース−1−リン酸生成酵素の単離精製
実施例2で得られた本培養液6Lを遠心分離後、上清を限外ろ過モジュールACP-13000(旭化成)により濃縮し、10 mMリン酸緩衝液(pH8)にて透析を行った。濃縮透析液をDEAE−Toyopearl 650Mカラム(東ソー;φ5×15cm)に吸着させ、同緩衝液2Lで洗浄した後、1M塩化ナトリウム1.5Lにて溶出させ、粗酵素液を得た。
粗酵素液は、BIO-CAD60システム(パーセプティブ)により精製を進めた。まず、粗酵素液1580mLに1M硫酸アンモニウムを加え、1M硫酸アンモニウムと50mMリン酸緩衝液にて平衡化した疎水クロマトカラムPOROS PE/M(φ10×100mm)に添着させ、50mMリン酸緩衝液(pH8)中で1000 mMから360mMの硫安の濃度勾配で150mLを、次いで360 mM〜0 mMまでの硫安濃度勾配で375mLを流速12mL/分にて流した。その結果、約360mM硫安で溶出されたフラクションにマルトース−1−リン酸生成酵素のピークが認められた。活性フラクションは10mMリン酸緩衝液(pH8)中で透析し、酵素液74mLを得た。
透析酵素溶液はさらに、20mMリン酸緩衝液(pH8)で平衡化された陰イオン交換カラムPOROS HQ/M(φ10×100mm)に添着させ20mMリン酸緩衝液(pH8)中で0から50mMまでの塩化ナトリウムの濃度勾配で450mLを流速12mL/分で流した。その結果、非吸着画分から濃度勾配が始まった直後に活性画分が現れ、その画分を10mMリン酸緩衝液(pH8)中で透析を行い、9.3mLの酵素液を得た。
再度本酵素液を同様な条件で陰イオン交換カラムPOROS HQ/M(φ10×100mm)処理を行った結果、塩化ナトリウムの濃度勾配が始まった直後にマルトース−1−リン酸生成酵素と思われるピークを検出した。
ピークトップのフラクションをCentriprep YM-3(MILLIPORE)により0.6mLまで10倍濃縮し、SDS-PAGEを行った結果、ほぼ単一のバンドを検出し、分子量約75kDaと推定された。さらに、本サンプルのアミノ末端のアミノ酸配列を決定したところ、
Gly-Arg-Leu-Gly-Ile-Asp-Asp-Val-Arg-Pro-Arg-Ile-Leu-Asp-Gly-Asn-Pro-Ala-Lys-Ala-Val-Val-Gly-Glu-Ile-Val-Pro-Val-Ser-Ala-Ile-Val-Trp-Arg-Gluであった(配列番号2の3番〜37番)。
【0046】
実施例4 菌体内外のマルトース−1−リン酸生成酵素活性
菌株としては、Corynebacteriumglutamicum JCM1318、Corynebacterium hoagii JCM1319、Corynebacteriumglutamicum JCM1321、Corynebacterium vitaeruminis JCM1323、Corynebacteriumcallunae IFO15359を用いた。菌株をSCD寒天プレート(日本製薬)に塗末し、30℃にて一晩培養した。種培養には大試験管10mL仕込みの0.67%Yeast Nitrogen Base(Difco)に菌株を一白金耳植菌し、30℃で一晩、250rpmで振とう培養を行った。
主培養は0.67%Yeast Nitrogen Base(Difco)、10%デキストリンマックス1000(松谷化学)を含む培地にて400mM リン酸カリウム緩衝液(pH7.0)を添加した培地あるいは添加しない培地にて35℃で6日間、250rpm振とう培養を行った。
1mLの培養液は遠心分離を行い、菌体と培養上清に分離した。菌体外のM1P生成酵素活性は培養上清をそのまま用いた。一方、菌体内の酵素活性は集められた菌体を培養液と等量の50mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)に懸濁させ、遠心分離にて菌体を分離し洗浄した。さらに、培養液と等量の50mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)に懸濁させ、50μlのトルエンを加え強く攪拌することで、菌体を破壊し、活性測定用酵素液とした。活性測定は実施例1に従って行った。活性測定の結果を表1に示す。
【0047】
【表1】

【0048】
以上の結果より、リン酸無添加条件では、菌体内にのみ活性が認められたが、リン酸高濃度条件化で培養することによって、マルトース−1−リン酸生成酵素活性が向上し、菌体内から培養上清にマルトース−1−リン酸生成酵素が遊離することが示唆された。
【0049】
実施例5 至適pH
基質としてpH5.5〜8.5の各pHの700 mMリン酸緩衝液及び2%マルトヘプタオース(G7:生化学工業)を用い、精製酵素を0.28U/mLとなるように加え、37℃、1時間反応させた。95℃で10分間処理することにより反応を停止させ、反応液を101倍希釈して実施例1のHPLC手法によりマルトース−1−リン酸を定量した。
その結果、図1に示すように、至適pHは6.5〜8.0付近であり、pH5.5〜8.5の範囲でpH7.5との相対活性50%を示し、広く反応することが判った。
【0050】
実施例6 至適温度
基質として1Mリン酸カリウム緩衝液(pH7)及び2%マルトヘプタオース(G7:生化学工業)を用い、精製酵素0.168U/mLとなるように加え、30℃〜70℃の各温度にて1時間反応させ、95℃で10分間処理し酵素を失活させ、反応液を101倍希釈して実施例1のHPLC手法によりマルトース−1−リン酸を定量した。その結果、図2に示すように、至適温度は35℃〜50℃であり、30℃〜55℃の広い範囲で活性を有していた。
【0051】
実施例7 基質特異性
(1)デキストリンとリン酸からマルトース−1−リン酸を生成する反応
0.16U/mLのマルトース−1−リン酸生成酵素と2.5%デキストリンマックス1000(松谷化学)及び250mMのリン酸緩衝液(pH7)を37℃にて15時間反応させ、実施例1に示す手法にてマルトース−1−リン酸を定量した。その結果、145μMのマルトース−1−リン酸を生成した。(2)各種マルトオリゴ糖とリン酸からのマルトース−1−リン酸を生成する反応 0.16U/mLのマルトース−1−リン酸生成酵素と2.5%の各鎖長の異なった基質(グルコース、マルトース、マルトトリオース、マルトテトラオース、マルトペンタオース、マルトヘキサオース(生化学工業))及び250mMのリン酸緩衝液(pH7)を37℃にて15時間反応させ、実施例1に示す手法にてマルトース−1−リン酸を定量した。その結果を表2に示す。
【0052】
【表2】

【0053】
(3)マルト−ス転移反応
0.16U/mLのマルトース−1−リン酸生成酵素と2.0%の各鎖長の異なった基質(グルコース、マルトース、マルトトリオース、マルトテトラオース、マルトペンタオース、マルトヘキサオース(生化学工業))を37℃にて1時間反応させ、実施例1に示す手法にてHPLC分析を行った(結果はピーク面積で示す)。マルトオリゴ糖(DP=1〜11)の保持時間はデキストリン(松谷化学)分析から推定した。その結果を表3に示す。
【0054】
【表3】

【0055】
実施例8 マルトース−1−リン酸生成酵素遺伝子のクローニング
Corynebacterium glutamicum JCM1321をTrypticase Soy Broth培地(BBL)にて30℃で一晩培養した。培養液10mLを遠心分離し菌体を集め、Manual of Industrial Microbiology and Biotechnolory 379-391(1999) ASM press Washington DCに記されている手法にて染色体DNAを調製した。
実施例3にて明らかとなったN末アミノ酸領域のAsp-Gly-Asn-Pro-Ala-Lys-Ala-Valよりプライマー1(5’-GAYGGNAAYCCNGCNAARGCNGT(配列番号3))を、また、Ala-Val-Val-Gly-Glu-Ile-Val-Proよりプライマー2(5’-GCNGTNGTNGGNGARATHGTNCC(配列番号4))をデザインした。遺伝子の取得にはタカラバイオ社製のLA PCR in vitro cloning kitを用いた。すなわち、上記のように取得した染色体DNAを制限酵素HindIIIにて消化し、キットに付属のHindIIIカセットを連結した。プライマー1とカセットプライマーC1にてPCRを行った(94℃ 30sec→60℃ 30sec→72℃ 4minを30サイクル)。得られた反応溶液を100倍希釈したものを鋳型として、プライマー2及びカセットプライマーC2にてPCRを行った(94℃ 30sec→60℃ 30sec→72℃ 4minを30サイクル)。その結果、約2kbの断片が増幅されることがわかった。本断片中には実施例3のN末アミノ酸配列をコードする塩基配列が存在していた。さらに、2kb断片の上流を取得するために、染色体DNAをEcoRIにて消化し、EcoRIカセットを連結した。上流はプライマー3(5’-TGAATAGGCTCAGCCGCCACTGAAGAATCC(配列番号5))及びカセットプライマーC1を、一方、下流はプライマー4(5’-TCAGATCATCGCCTACTCCAAGGTTGAT(配列番号6))及びカセットプライマーC1を使用し、1回目のPCRを行った。
得られた反応液を100倍希釈し鋳型として、上流はプライマー5(5’-ACGCCACACAATAGCCGAGACAGG(配列番号7))を、下流はプライマー6(5’-CTGTGGTCAGAGACGAACTTTGTCCGCCTC(配列番号8))及びカセットプライマーC2にて2回目のPCRを行った(94℃ 30sec→60℃ 30sec→72℃ 4minを30サイクル)。その結果、上流は約0.4kbの断片、また、下流は約1kbの断片が増幅されることがわかった。これらの得られた断片の配列を確認し、染色体DNAを鋳型として上流のセンス鎖からのプライマー7(5’-GGAGAGATTCGTCATTGAGTTCACTCG(配列番号9))及びアンチセンス鎖からのプライマー8(5’-TCAGCCCGCTCGCGGTGACCTAAGTC(配列番号10))を用いPyrobestポリメラーゼ(タカラバイオ)(94℃ 30sec→55℃ 30sec→72℃ 3minを25サイクル)により約2.6kbの断片を増幅した。本断片の全塩基配列の結果を配列番号1に示した。配列中には推定される675アミノ酸をコードする2025bpのオープンリーディングフレームが存在していた。
【0056】
本遺伝子配列から推定される675アミノ酸について、NCBIデーターベースのBLASTPホモロジー検索を行ったところ、Corynebacterium glutamicumATCC13032;99%、Corynebacterium efficiens YS-314;84%、Corynebacteriumdiphtheriae;66%、Mycobacterium smegmatis;60%、Mycobacteriumtuberculosis CDC1551;58%、Mycobacterium bovis subsp. Bovis AF2122/97;58%、Mycobacterium avium subsp. Paratuberculosisstr.K10;58%、Streptomyces avermitilis MA-4680;53%、Thermobifidafusca;53%、Streptomyces coelicolor A3(2);52%、Pseudomonasaeruginosa PA01;43%、Pseudomonas aeruginosa UCBPP-PA14;43%、Pseudomonassyringae pv. tomato str. DC3000;42%、Chloroflexus aurantiacus;42%、Chlorobiumtepidum TLS;41%、Bifidobacterium Longum NCC2705;39%、Rhodospirillumrubrum;42%、Ralstonia solanacearum;41%、BifidobacteriumLongum DJ010A;39%、Pseudomonas putida KT2440;44%、Rhodopseudomonaspalustris;41%、Azotobacter vinelandii;43%、Burkholderiafungorum;42%、Rhodobacter sphaeroides;41%、Pseudomonasfluorescens Pf0-1;42%、Xanthomonas campestris str. ATCC33913;42%、Xanthomonas axonopodis pv. ctri str. 306;41%、Bordetella bronchiseptica RB50;40%、Bradyrhizobium japonicumUSDA110;38%、由来の蛋白が99%〜38%までの一致で検索された。これらの蛋白は糖質関連酵素データーベースCAZyのGlycosyl Hydrolaseのファミリー13に分類されており、グリコシダーゼ、アミラーゼ、グルカナーゼ等に推定されているが、いずれもゲノム配列からの推定であり、これらの遺伝子を単離し、または蛋白を発現させた例は無く機能未知のものである。またこれらのアミノ酸配列のアライメントを比較したところ、本発明のマルトース−1−リン酸生成酵素のアミノ酸配列のN末から342番〜352番に相当するアミノ酸配列(Ara-Glu-Asn-Pro-Pro-Lys-Lys(又はArg)-Tyr-Gln(又はGlu)-Asp-Ile)〔配列番号2の342番〜352番参照〕と383番〜392番に相当するアミノ酸配列(Phe-Arg-Val(又はIle)-Asp-Asn-Pro-His-Thr-Lys-Pro)〔配列番号2の383番〜392番参照〕に非常に高く保存されている領域を見出した。
【0057】
実施例9 大腸菌での発現
実施例8で得られた2.6kbの断片を大腸菌用発現ベクターpUC19のSmaI部位へ挿入した。すなわち、PCR断片(2.5μg)は、T4-ポリヌクレオチドキナーゼ(タカラバイオ)処理により末端をリン酸化し、pUC19(1μg)は、SmaIにて切断後、アルカリホスファターゼ(ロシュ)処理を行った。両断片を65℃で30分処理し酵素を失活させ、混合しエタノール沈殿を行った。減圧乾燥後、ライゲーションキットVer2(タカラバイオ)にて連結させた。形質転換は、Escherichiacoli JM109コンピテントセル(タカラバイオ)を用いて行い、LB寒天培地(1% 酵母エキス(Difco)、0.5% トリプトン(Difco)、1% 塩化ナトリウム、1% 寒天、25μg/mL アンピシリン)にて生育させた。得られたコロニーをLB培地(1% 酵母エキス(Difco)、0.5% トリプトン(Difco)、1% 塩化ナトリウム、25μg/mL アンピシリン)にて37℃で一晩振とう培養し、菌体を集め、プラスミドアイソレーションキット(ロシュ)にてプラスミドを調製した。その結果、pUC19のLacZプロモーターと同じ向きに挿入されたpUMP2及びLacZプロモーターと逆向きに挿入されたpUMP3を得た。
得られた両プラスミドの形質転換体を25μg/mLアンピシリンを含む2mLのLB培地にてまた、培養は1 mMのIPTG(isopropyl 1-thio-β-D-galactoside)の有り無しの2種類で37℃、一晩培養を行った。培養菌体を集め、0.5mLの50 mMリン酸緩衝液(pH7)に懸濁し、超音波破砕機にて細胞を破砕した。破砕液のマルトース−1−リン酸生成活性は実施例1の手法にて測定した。結果を表4に示す。
【0058】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の酵素学的性質を有するコリネバクテリウム属に属する細菌由来のマルトース−1−リン酸生成酵素。
1)作用 :グルコース重合度5以上のα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖及びリン酸類又はその塩からマルトース−1−リン酸を生成する。
2)基質特異性:リン酸類又はその塩との存在下で、グルコース重合度6以上のα−1,4グルコシド結合を含むオリゴ糖、多糖又はそれらの分解物によく作用してマルトース−1−リン酸を生成する。グルコース重合度5のオリゴ糖に若干作用し、重合度2〜4のオリゴ糖には殆ど作用しない。
3)分子量 :約75kDa(SDS−PAGE)
4)至適pH :6.5〜8.0
5)至適温度 :35〜50℃
【請求項2】
以下の(a)又は(b)のタンパク質。
(a)配列番号2に示すアミノ酸配列からなり、且つグルコース重合度5以上のα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖及びリン酸類又はその塩からマルトース−1−リン酸を生成する活性を有するタンパク質
(b)(a)のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つグルコース重合度5以上のα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖及びリン酸類又はその塩からマルトース−1−リン酸を生成する活性を有するタンパク質
【請求項3】
請求項2記載のタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項4】
以下の(a)又は(b)のDNAからなるマルトース−1−リン酸生成酵素遺伝子。
(a)配列番号1に示す塩基配列で示され、且つグルコース重合度5以上のα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖及びリン酸類又はその塩からマルトース−1−リン酸を生成する活性を有するタンパク質をコードするDNA
(b)(a)の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つグルコース重合度5以上のα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖及びリン酸類又はその塩からマルトース−1−リン酸を生成する活性を有するタンパク質をコードするDNA
【請求項5】
請求項3又は4記載の遺伝子を含有する組換えベクター。
【請求項6】
請求項5記載の組換えベクターを含む形質転換体。
【請求項7】
宿主が微生物である請求項6記載の形質転換体。
【請求項8】
請求項7記載の形質転換体を培養し、該培養物から酵素を採取することを特徴とするマルトース−1−リン酸生成酵素の製造法。
【請求項9】
請求項7記載の形質転換体をグルコース重合度5以上のα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖及びリン酸類またはその塩を含有する培地中で培養し、該培養物からマルトース−1−リン酸を採取することを特徴とするマルトース−1−リン酸の製造法。
【請求項10】
請求項1又は2記載の酵素又はタンパク質に、グルコース重合度5以上のα−1,4グルコシル結合を含むオリゴ糖又は多糖とリン酸類及びその塩を作用させることを特徴とするマルトース−1−リン酸の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−246561(P2010−246561A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−151816(P2010−151816)
【出願日】平成22年7月2日(2010.7.2)
【分割の表示】特願2004−148142(P2004−148142)の分割
【原出願日】平成16年5月18日(2004.5.18)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】