メタボリックシンドロームの予知検査方法
【課題】メタボリックシンドロームの発症の可能性を簡便かつ的確に予知するメタボリックシンドロームの予知検査方法を提供すること。
【解決手段】被験者から採取したサンプルに含まれるFABP3蛋白およびFABP3蛋白に対応するmRNAの少なくともいずれか一方を指標としてメタボリックシンドロームの予知検査を行う。FABP3は、脂肪酸の細胞内輸送や取込みに関与しており、本発明者が新たに見出したように、FABP3量はメタボリックシンドロームの兆候である体重および内臓脂肪量の増加、高血糖とインスリン抵抗性、または高血圧症に付随する心肥大などと強い相関性がある。したがって、FABP3を指標にすることにより、メタボリックシンドロームの発症リスクや進行状況を早期に、かつ的確に診断することができる。
【解決手段】被験者から採取したサンプルに含まれるFABP3蛋白およびFABP3蛋白に対応するmRNAの少なくともいずれか一方を指標としてメタボリックシンドロームの予知検査を行う。FABP3は、脂肪酸の細胞内輸送や取込みに関与しており、本発明者が新たに見出したように、FABP3量はメタボリックシンドロームの兆候である体重および内臓脂肪量の増加、高血糖とインスリン抵抗性、または高血圧症に付随する心肥大などと強い相関性がある。したがって、FABP3を指標にすることにより、メタボリックシンドロームの発症リスクや進行状況を早期に、かつ的確に診断することができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メタボリックシンドロームの予知検査方法に関し、詳細には、被験者から採取したサンプルに含まれるFABP3を指標としてメタボリックシンドロームの予知検査を行うメタボリックシンドロームの予知検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、内臓に脂肪が蓄積した内臓脂肪型肥満によって、肥満症や高血圧、高脂血症、糖尿病などの生活習慣病が引き起こされやすくなった状態を「メタボリックシンドローム」といい、治療の対象となる疾患として考えられるようになってきた。現在、メタボリックシンドロームの診断基準としては、ウエスト径をもとに評価する内臓脂肪蓄積(男性≧85cm,女性≧90cm)に加えて、(1)中性脂肪≧150mg/dlかつ/またはHDLコレステロール<40mg/dl,(2)収縮期血圧≧130mmHgかつ/または拡張期血圧≧85mmHg,(3)空腹時血糖≧110mg/dl,の2項目以上に該当する場合に、メタボリックシンドロームと診断される。このメタボリックシンドロームは、直接的な死亡要因とはならないが、内臓脂肪型肥満に基づく代謝系のバランス破綻の結果、いわゆる動脈硬化症が進展し、さらには脳梗塞や心筋梗塞などの重大な心血管病を引き起こすおそれがあり、死亡率の高い疾患を引き起こす疾患と言える。
【0003】
一方で、このメタボリックシンドロームは、生活習慣の改善により、発症を未然に防ぐことが可能な疾患である。このため、メタボリックシンドロームの発症や進行を簡便に予知判定する方法の開発が強く望まれるようになっている。そこでこれまでに、メタボリックシンドロームを発症する可能性を予知判定する方法として、メタボリックシンドロームの発症に関わる遺伝子中の多型を検出する方法が種々提案されている(例えば、特許文献1)。このような、分子生物学的手法を用いれば、メタボリックシンドロームを将来的に発症する可能性(遺伝的素因)を迅速に診断できることが期待できる。
【特許文献1】特開2007−54002号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、メタボリックシンドロームの発症と関連があるとされる遺伝子の多型を用いた診断では、遺伝的素因を調べるだけなので、実際には、メタボリックシンドロームを発症する兆候や進行状況を的確に診断できないという問題があった。また、メタボリックシンドロームの発症可能性を直接的に検査する方法として、MRI(X線画像診断)により、内臓脂肪量を測定する方法が考えられるが、予防診断としては費用が高額であり実用的ではないという問題があった。
【0005】
本発明は、上述の課題を解決するためになされたものであり、メタボリックシンドロームの発症の可能性や進行状況を簡便かつ的確に予知するメタボリックシンドロームの予知検査方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため鋭意研究した結果、本発明者は、FABP3がメタボリックシンドロームの兆候である体重および内臓脂肪量の増加、高血圧症患者でしばしばみられる心肥大、脂肪肝並びに、インスリン抵抗性と強い相関性があり、メタボリックシンドロームの予知検査に用いる指標として特に有用であることを初めて見出した。ここでFABP3は、脂肪酸の細胞内輸送に関与する脂肪酸結合タンパク質(Fatty Acid Binding Protein,FABP)の1つである。FABPは、長鎖脂肪酸に結合する分子量14kDa〜16kDaの細胞質タンパク質であり、最初に単離された場所に従って、肝臓型、小腸型、心臓型など配列類似性を有するいくつかのタイプが存在する。このうち本発明においてメタボリックシンドロームの指標として用いるFABP3は、心臓型脂肪酸結合タンパク質であり、主として心臓と骨格筋とに分布する。そしてこのFABP3は、長鎖脂肪酸の細胞内輸送や取込みに関与することが知られている。FABP3はまた、心筋での発現レベルが高く、心筋梗塞において壊死した心筋から漏出することから、従来、心筋梗塞の確定診断など、心筋障害のマーカーとして利用されている。本発明者は新たに、このFABP3がメタボリックシンドロームの予知検査方法に利用可能であることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
即ち、請求項1に係る発明のメタボリックシンドロームの予知検査方法は、被験者から採取した筋肉組織、脂肪組織、および血液の少なくともいずれか1つをサンプルとし、当該サンプルに含まれるFABP3蛋白およびFABP3蛋白に対応するmRNAの少なくともいずれか一方を指標としてメタボリックシンドロームの予知検査を行うことを特徴とする。ここで、本発明の「予知検査」とは、メタボリックシンドロームの発症前のリスク評価に加えて、メタボリックシンドロームの症状の進行状況の把握、確認を含む。
【0008】
また、請求項2に係る発明のメタボリックシンドロームの予知検査方法は、請求項1に記載の発明の構成に加え、健常者およびメタボリックシンドローム患者から採取した前記サンプルと、被験者から採取した前記サンプルとについて、サンプルに含まれるFABP3蛋白およびFABP3蛋白に対応するmRNAの少なくともいずれか一方を比較して、メタボリックシンドロームの予知検査を行うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
請求項1に係る発明のメタボリックシンドロームの予知検査方法によれば、被験者から採取したサンプルに含まれるFABP3蛋白およびFABP3蛋白に対応するmRNAの少なくともいずれか一方(以下、FABP3蛋白およびFABP3蛋白に対応するmRNAの少なくともいずれか一方を単に「FABP3指標」と言う。)を指標としてメタボリックシンドロームの予知検査を行う。このFABP3は、脂肪酸の細胞内輸送や取込みに関与しており、本発明者が新たに見出したように、FABP3量はメタボリックシンドロームの兆候である体重および内臓脂肪量の増加や心肥大、インスリン抵抗性などと強い相関性がある。したがって、FABP3を指標にすることにより、メタボリックシンドロームの発症の可能性や進行状況を的確に診断することができる。メタボリックシンドロームの予知検査に用いるサンプルは、筋肉組織、脂肪組織(皮下脂肪組織など)、および血液の少なくともいずれか1つであるため、被験者から容易にサンプルを採取することができる。
【0010】
さらに、FABP3指標の解析に際しては、従来のタンパク質解析法、mRNAの解析法を適用できる。このため、メタボリックシンドロームを発症する可能性や進行状況を的確に、かつ簡便に診断することができる。また、本発明のメタボリックシンドロームの予知検査方法は、MRI(X線画像診断)のような大がかりな装置を必要とせず、予知検査に必要な費用もMRIを実施する場合に比べ大きく低減できる。
【0011】
また、請求項2に係る発明のメタボリックシンドロームの予知検査方法によれば、請求項1に記載の発明の効果に加え、健常者およびメタボリックシンドローム患者から採取したサンプルと、被験者から採取したサンプルとについて、サンプルに含まれるFABP3指標を比較することにより、より的確にメタボリックシンドロームの予知検査を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、FABP3蛋白およびFABP3蛋白に対応するmRNAの少なくともいずれか一方の発現レベルを指標とする、メタボリックシンドロームの予知検査方法を提供する。FABP3自体は既に知られているものの、メタボリックシンドロームの原因となる種々の症状と関連性を有し、メタボリックシンドロームの予知検査の用途に利用できることは本発明者によって初めて示された。以下、本発明を具体化した実施形態を、順に説明する。
【0013】
1.サンプルの採取
メタボリックシンドロームの予知検査に用いるサンプルとしては、例えば、筋肉組織、脂肪組織、および血液など、FABP3が発現する部位から採取したサンプルが用いられ、採取部位は特に限定されない。サンプルは、1種類のサンプルを用いてメタボリックシンドロームの予知検査を行ってもよいし、取得部位や取得対象(筋肉組織、脂肪組織、血液など)が異なる複数種類のサンプルを用いてメタボリックシンドロームの予知検査を行ってもよい。サンプルの採取方法は、サンプルに応じた常法を適宜適用することができる。例えば、サンプルとして、被験者から採取した筋肉組織、または脂肪組織(皮下脂肪組織、内臓脂肪組織)を用いる場合には、腓腹部などの骨格筋や被験者の腹部や腋下部などの脂肪組織に生検用注射針を差し込み、被験者から組織小片を採取する(ニードルバイオプシー)。一方、サンプルとして、被験者から採取した血液を用いる場合には、通常の末梢血を利用することができる。例えば、肘内側の尺側正中静脈または橈側静脈から採血する一般的な方法でよい。この場合には、サンプルの採取が容易であり、サンプルの採取に際し被験者に与える負担も少ない点で好ましい。
【0014】
2.FABP3指標の検出
以上のように採取されたサンプルは、後述するFABP3指標を検出する処理に供される。FABP3指標としては、サンプルに含まれるFABP3蛋白およびFABP3蛋白に対応するmRNAの少なくともいずれか一方であればよい。また、複数種類のサンプルを用いる場合には、サンプル毎に、異なるFABP3指標を用いてもよい。FABP3指標として、サンプルに含まれるFABP3蛋白を用いる場合には、実際に採取されたサンプル中に含まれるFABP3蛋白の量に基づき、メタボリックシンドロームの予知検査を行う。脂肪酸の細胞内輸送や取込みに関わるFABP3蛋白の発現レベルは、内臓脂肪の蓄積や脂質代謝の変化ばかりでなく、潜伏する心機能の異常や糖代謝の変化をも反映していると考えられるため、FABP3指標として、サンプルに含まれるFABP3蛋白を用いることにより、メタボリックシンドロームの発症リスクをより的確に診断できる点で好ましい。また、FABP3指標として、サンプルに含まれるFABP3蛋白に対応するmRNAを用いる場合には、分子生物学的手法により、少量のサンプルでも、精度よくFABP3蛋白に対応するmRNAを検出できる点で好ましい。
【0015】
2−1.FABP3 mRNAの検出方法
被験者から採取したサンプルに含まれるFABP3 mRNAの検出方法としては、微量のmRNAを検出する周知の方法に、適宜に公知の変形を加えて用いることができ、特に限定されない。例えば、ノーザンブロット法を用いたFABP3 mRNAの検出方法としては、常法によりサンプルである検体組織(筋肉組織、脂肪組織など)から調製したTotal RNA分画をアガロースゲル電気泳動にかけ、含有するmRNAを展開、分離した後、電気泳動されたmRNAをナイロン膜上に転写する。そして、転写されたmRNAに放射性同位元素32Pで標識したFABP3 cDNAプローブを作用させることにより、FABP3 mRNAを高感度に検出することができる。
【0016】
また例えば、定量PCR法を用いたFABP3 mRNAの検出方法としては、Total RNA分画に含まれる濃度未知のmRNAをオリゴdTプライマーと逆転写酵素を用いて第一鎖cDNAを合成する。その後、濃度既知のFABP3 cDNAプローブを標準サンプルとしてFABP3 mRNAに対する2種類の特異的プライマー、DNA結合性標識色素、DNAポリメラーゼを用いたPCRに供する。このような定量PCR法では、数ピコグラムのレベルから超高感度にFABP3 mRNA量を検出、測定することができる。上記の検出で用いる標識方法としては、放射性同位元素の他に、蛍光色素、発光物質、酵素、またはこれらの組合せを用いることができる。
【0017】
2−2.FABP3蛋白の検出方法
被験者から採取したサンプルに含まれるFABP3蛋白の検出方法としては、微量の蛋白質を検出する周知の方法に適宜に公知の変形を加えて用いることができ、特に限定されない。例えば、常法によりサンプルである検体組織をTris−HClバッファー(pH7.6)中にて電動ホモジナイザーなどを用いてホモジナイズした後、遠心分離により得られた上清を組織抽出液とする。次に、組織抽出液をSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動にかけ、含有する蛋白質を展開、分離した後、電気泳動された蛋白質をニトロセルロース膜上に転写する。そして、転写された蛋白質に抗FABP3抗体を作用させ、標識したプロテインAやIgG抗体などを用いて検出するウエスタンブロット法を好適に使用することができる。
【0018】
FABP3蛋白レベルのより簡便な測定方法としては、例えば、一般的な酵素免疫測定法や抗体チップ法を用いることができる。これらの方法では、基本的には、2種類の抗FABP3抗体を用いて、検体中のFABP3蛋白との抗原抗体反応を利用してFABP3蛋白レベルを測定する。抗FABP3抗体は、常法に従ってウサギなどの実験動物にFABP3蛋白を免疫することにより調製することができる。または、マウスなどの免疫細胞を利用する細胞融合法により作製した抗FABP3抗体産生ハイブリドーマから取得した抗FABP3単一抗体も利用することができる。上記方法では、濃度既知の精製FABP3蛋白を測定系に加えて標準曲線を作成することにより、検体中のFABP3蛋白レベルの絶対量を知ることも可能である。
【0019】
3.予知検査例
被験者から採取したサンプルに含まれるFABP3指標は、後述する検証実験において示すように、メタボリックシンドロームの兆候である内臓脂肪量、心肥大、インスリン抵抗性と強い相関を有すると推測される。そして、FABP3指標が高いほど、メタボリックシンドロームの発症の危険性やメタボリックシンドロームが既に進行している可能性が高いと言える。したがって、被験者から採取したサンプルに含まれるFABP3指標を検出することにより、メタボリックシンドロームの予知検査を実施することができる。以下、FABP3指標を用いた予知検査例を例示するが、これらに限定されず、適宜変更を加えてもよい。
【0020】
3−1.BMIを用いた方法
BMIはヒトにおける肥満の指標として広く知られ、メタボリックシンドロームの評価においても利用されている。BMIは体重(kg)を身長(m)の2剰で除した値であり、22が標準とされ25を超えると肥満とされる。このBMIが22から25へ上昇した時、体重は1.14倍に増加する。このBMIと、FABP3指標との間には、後述する検証実験において示すように高い相関がある。そこでまず、基準値(比較値)として、事前に多数の被験者からサンプルを採取し、サンプルに含まれるFABP3指標を検出する。そして、サンプルに含まれるFABP3指標と被験者のBMIとの関係を求め、これを内部基準とする。メタボリックシンドロームの予知検査においては、被験者から採取したサンプルに含まれるFABP3指標と、内部基準とを比較して、メタボリックシンドロームの発症の危険性を予測する。
【0021】
参考例として、後述するマウスを用いた検証実験により得られたデータに基づき、内部基準を定める場合について図1を参照して説明する。図1は、後述するマウスを用いた検証実験により得られたデータに基づき定めた内部基準を説明するための説明図である。マウスを用いた検証実験の詳細は、後述する。図1の表1に示すように、標準食群(マウス)の体重25.4gを標準体重(BMI=22に相当すると仮定)とすると、その1.14倍である29.0g以上が肥満と判定される。標準体重のマウスと、肥満と分類される高脂肪食群(以下、「肥満マウス」とも言う。)とから骨格筋を採取し、FABP3 mRNAを検出すると、図1の表1に示すように、肥満マウスのFABP3 mRNAは、標準体重のマウスの1.18倍だけ相対的に多かった。同様に、肥満マウスの皮下脂肪に含まれるFABP3 mRNAは、標準体重のマウスの1.15倍だけ相対的に多く、肥満マウスの骨格筋に含まれるFABP3 蛋白は、標準体重のマウスの1.53倍だけ相対的に多かった。したがって、後述する検証実験で得られた相対的なFABP3のmRNAと蛋白レベルを用いて、体重25.4gのマウスにおけるそれぞれの値を基準(×1)とし、29.0gの値を25.4gの基準値で除した数値を閾値として使用することが可能である。
【0022】
3−2.MRIを用いた方法
まず、比較値として、事前に多数の被験者からサンプルを採取し、それらのサンプルに含まれるFABP3指標を検出する。そして、サンプルに含まれるFABP3指標とMRIを用いて解析した被験者のメタボリックシンドロームの兆候、例えば、内臓脂肪量、心肥大などとの関係を求め、これを内部基準とする。メタボリックシンドロームの予知検査においては、被験者から採取したサンプルに含まれるFABP3指標と、内部基準とを比較して、メタボリックシンドロームの発症の危険性を予測する。この方法では、ヒトに適用した場合のFABP3とメタボリックシンドロームの兆候との関係性に基づき、メタボリックシンドロームの予知検査を行うことができるので、より精度の高い的確な予知検査が可能である。
【0023】
3−3.現行のメタボリックシンドローム診断基準を用いた方法
3−2と同様に、まず、比較値として、事前に多数の被験者からサンプルを採取し、それらのサンプルに含まれるFABP3指標を検出する。そして、サンプルに含まれるFABP3指標と前述した現行の診断基準を用いて解析した被験者のメタボリックシンドロームの兆候、例えば、中性脂肪、HDLコレステロール、血圧、空腹時血糖などとの関係を求め、これを内部基準とする。メタボリックシンドロームの予知検査においては、被験者から採取したサンプルに含まれるFABP3指標と、内部基準とを比較して、メタボリックシンドロームの発症の危険性を予測する。この方法では、複数の検査項目をもって診断している現行法からFABP3指標のみ、または検査項目数を減らして、簡便かつ的確に予知検査することが可能である。
【0024】
4.検証実験
FABP3指標と、メタボリックシンドロームの兆候との関係を、以下の通り確認した。
【0025】
4−1.検証実験1
3ヵ月齢の雌性C57BL/6J系マウスを標準食(CE−2飼料、日本クレア社)、または高脂肪食(20%粉末牛脂添加CE−2飼料、日本クレア社)で11ヵ月齢まで飼育した後、体重と種々の組織重量を測定した。その間、6ヵ月齢において耐糖能試験を行った。耐糖能試験は、体重1g当たり1.5mgのグルコースを一晩絶食したマウスの腹腔に投与し、0,30,60,120分後の血糖値を、ノボアシストペーパー(ノボノルディスク社製)を用いて測定することにより実施した。肥満度は、生殖器周囲、後腹膜、および鼠頚部の脂肪組織総重量の体重に対する割合(%)を示す。また、血液サンプル中の血清インスリン値およびレプチン値を、市販のインスリンおよびレプチン酵素免疫測定キット(メルコディア社およびカイマン社製)を利用して測定した。この測定結果を図2の表2に示す。図2は、検証実験1に用いたマウスの体重、肥満度、肝臓重量、血清インスリン値、レプチン値、絶食時血糖および耐糖能の測定結果の説明図である。
【0026】
図2の表2に示すように、高脂肪食群のマウスは標準食群のマウスと比較して、体重が約1.5倍、肥満度が約2.6倍に増加し、肥満を呈した。また、高脂肪食群では肝臓重量も有意に増加し、組織学的解析から脂肪肝の進行が認められた。血清レプチン値とインスリン値はそれぞれ高脂肪食群において標準食群の約9倍および6倍に上昇しレプチン耐性やインスリン抵抗性の上昇が示唆された。血糖値は6ヵ月齢の時点で、高脂肪食群において標準食群に比べて有意に上昇し、耐糖能の増悪がみられた。
【0027】
次に、上記マウスの腓腹部の骨格筋50〜100mgからRNA分画を調製し、ノーザンブロット法によりFABP3遺伝子のmRNA発現量を測定した。その測定結果を図3および図4に示す。図3は、ノーザンブロット法により検出されたFABP3遺伝子のmRNAに対応するバンドを示す写真であり、図4は、図3に示す写真に基づき、FABP3蛋白に対応するmRNAの相対強度を求めたグラフである。図3および図4に示すように、高脂肪食群では標準食群に比べてFABP3 mRNAレベルが約2.3倍に増加していた(**P<0.01)。
【0028】
同様に、上記マウスの腓腹部の骨格筋50〜100mgから蛋白質抽出液を調製し、ウエスタンブロット法によりFABP3蛋白の発現量を測定した。その測定結果を、図5および図6に示す。図5は、ウエスタンブロット法により検出されたFABP3蛋白を示す写真であり、図6は、図5に示す写真に基づき、FABP3蛋白の相対強度を求めたグラフである。尚、図5において、Pはポジティブコントロールを示す。図5および図6に示すように、高脂肪食群では標準食群に比べてFABP3蛋白レベルが約3倍に上昇していた(***P<0.001)。以上の結果は、骨格筋におけるFABP3 mRNAおよびFABP3蛋白レベルの上昇と、メタボリックシンドロームの進行との関連を示すものであると考えられる。
【0029】
4−2.検証実験2
さまざまな体重のマウスを用いて、体重、肥満度、およびインスリン値の上昇と、骨格筋におけるFABP3 mRNAレベル(上述のノーザンブロット法により検出)との相関を検討した。肥満度は、前述と同様、生殖器周囲、後腹膜、および鼠頚部の脂肪組織総重量の体重に対する割合(%)を示す。また、インスリン値は、市販のインスリン酵素免疫測定キット(メルコディア社製)により測定した。それらの結果を、図7〜図9に示す。図7は、マウスから採取した骨格筋におけるFABP3 mRNAレベルと、マウスの体重との関係を示すグラフであり、図8は、マウスから採取した骨格筋におけるFABP3 mRNAレベルと、マウスの肥満度との関係を示すグラフである。また図9は、マウスから採取した骨格筋におけるFABP3 mRNAレベルと、インスリン値との関係を示すグラフである。図7〜図9に示すように、マウスから採取した骨格筋におけるFABP3 mRNAレベルは、マウスの体重、肥満度、およびインスリン値と強い正の相関を示した。以上の結果は、骨格筋におけるFABP3 mRNAと、メタボリックシンドロームの兆候との関連を示すものである考えられる。
【0030】
次に、さまざまな体重のマウスから採取した皮下脂肪組織をサンプルとして、同様な検討を行った。それらの結果を、図10〜図12に示す。図10は、マウスから採取した皮下脂肪組織におけるFABP3 mRNAレベルと、マウスの体重との関係を示すグラフであり、図11は、マウスから採取した皮下脂肪組織におけるFABP3 mRNAレベルと、マウスの肥満度との関係を示すグラフである。また図12は、マウスから採取した皮下脂肪組織におけるFABP3 mRNAレベルと、インスリン値との関係を示すグラフである。図10〜図12に示すように、マウスから採取した皮下脂肪組織に含まれるFABP3 mRNAレベルは、マウスの体重、肥満度、およびインスリン値の上昇と、それぞれ有意な相関を示した。以上の結果は、本来FABP3がほとんど発現していない皮下脂肪組織における異所性のFABP3 mRNAレベルの増加と、メタボリックシンドロームの兆候との関連を示すものと考えられる。
【0031】
4−3.検証実験3
検証実験2と同様に、マウスの骨格筋からの蛋白質抽出液におけるFABP3蛋白レベルをウエスタンブロット法により測定し、種々のパラメーターとの関連を調べた。それらの結果を図13〜図17に示す。図13は、マウスから採取した骨格筋におけるFABP3蛋白レベルと、マウスの体重との関係を示すグラフであり、図14は、マウスから採取した骨格筋におけるFABP3蛋白レベルと、マウスの肥満度との関係を示すグラフである。また図15は、マウスから採取した骨格筋におけるFABP3蛋白レベルと、マウスの肝臓重量との関係を示すグラフであり、図16は、マウスから採取した骨格筋におけるFABP3蛋白レベルと、マウスの心臓重量との関係を示すグラフである。また図17は、マウスから採取した骨格筋におけるFABP3蛋白レベルと、インスリン値との関係を示すグラフである。図13〜図17に示すように、FABP3蛋白レベルは体重、肥満度、およびインスリン値に加えて、肝臓や心臓の肥大と有意な相関を示した。一方、肥満のバイオマーカーの一つであるレプチンについても同様に検討したが(図示せず)、血清レプチンは体重と有意な相関を示すものの(R2=0.336,P<0.05)、FABP3蛋白レベルの場合と比べるとその関連性は低かった。以上の結果は、骨格筋におけるFABP3蛋白と、メタボリックシンドロームの兆候との関連を示すものと考えられる。
【0032】
4−4.検証実験4
標準食で飼育した6ヵ月齢の雄性C57BL/6J系マウスとob/ob肥満モデルマウスから〜0.1mlの血液を採取し、その血清分画中のFABP3蛋白濃度を市販の酵素免疫測定キット(H−FABP ELISA TEST KIT,Life Diagnostics社製)を用いて測定した。その測定結果を図18に示す。図18は、マウスの血清に含まれるFABP3蛋白濃度と、マウスの体重および絶食時血糖を示す説明図である。図18の表3に示すように、血清中のFABP3蛋白濃度は、ob/ob肥満マウスで有意に高くコントロールマウスの約15倍に上昇した。絶食時血糖については有意差はみられなかったが、コントロールマウスに比べてob/ob肥満マウスで高い傾向が認められた。以上の結果は、血液に含まれるFABP3と、メタボリックシンドロームの進行との関連を示唆するものと考えられる。
【0033】
4−5.検証実験5
3ヵ月齢の雄性C57BL/6J系マウスとdb/db糖尿病モデルマウスから血液を採取し、その血清分画中のFABP3蛋白濃度を市販の酵素免疫測定キット(4−4.検証実験4と同様)を用いて測定した。その測定結果を図19に示す。図19は、マウスの血清に含まれるFABP3蛋白濃度と、マウスの体重および絶食時血糖を示す説明図である。図19の表4に示すように、血清中のFABP3蛋白濃度は、db/db糖尿病マウスで有意に高くコントロールマウスの約37倍に上昇した。また、絶食時血糖はコントロールマウスに比べてdb/db糖尿病マウスで有意に高かった。以上の結果は、血液に含まれるFABP3と、メタボリックシンドロームの進行との関連を示唆するものと考えられる。
【0034】
以上の検証実験により、マウスから採取した骨格筋、および皮下脂肪組織に含まれるFABP3 mRNAレベルは、マウスの体重、肥満度、およびインスリン値の上昇と、それぞれ有意な正の相関を示すことが明らかとなった。同様に、マウスから採取した骨格筋に含まれるFABP3蛋白レベルは、マウスの体重、肥満度、およびインスリン値の上昇と、それぞれ有意な正の相関を示すことが明らかとなった。検証実験4および5から、サンプルとして血液を用いた場合にも、FABP3蛋白レベルはメタボリックシンドロームの進行と相関することが示唆された。上記の結果から、FABP3はメタボリックシンドロームから動脈硬化が発症し、その病態が進行した結果生じる心筋梗塞発症後の確定診断に用いられるだけでなく、発症前または初期段階のメタボリックシンドロームの発症や進行に対しても予知検査が可能であることが確認された。
【0035】
以上詳述した、本実施形態のメタボリックシンドロームの予知検査方法によれば、メタボリックシンドロームの予知検査に用いるFABP3は、脂肪酸の細胞内輸送や取込みに関与しており、本発明者が新たに見出したように、FABP3量はメタボリックシンドロームの兆候である体重および内臓脂肪量の増加、高血糖とインスリン抵抗性、または高血圧症に付随する心肥大などと強い相関性がある。したがって、FABP3を指標にすることにより、メタボリックシンドロームの発症リスクや進行状況を早期に、かつ的確に診断することができる。また、FABP3指標を用いる予知検査を行うためのサンプルは被験者の筋肉や脂肪組織、または血液などから採取することができる。サンプルとして、骨格筋、皮下脂肪組織、および血液の少なくともいずれか1つを用いる場合には、被験者から容易にサンプルを採取することができる他、サンプルの採取に際して被験者に与える負担を低減することができる。
【0036】
さらに、FABP3指標の解析に際しては、従来のタンパク質解析法、mRNAの解析法を適用できる。このため、メタボリックシンドロームを発症する可能性を的確に、かつ簡便に診断することができる。また、本発明のメタボリックシンドロームの予知検査方法は、MRI(X線画像診断)のような大がかりな装置を必要とせず、予知検査に必要な費用もMRIを実施する場合に比べ大きく低減できる。また、健常者およびメタボリックシンドローム患者から採取したサンプルと、被験者から採取したサンプルとに含まれるFABP3指標を比較することにより、簡便かつ的確にメタボリックシンドロームの予知検査を行うことができる。これによって、メタボリックシンドロームの発症危険性が早期に発見された被験者は、さらなる精密検査や、生活習慣の改善などを早期に行うことができる。このように、真に必要な検査や治療のみを行うことで診察時間の短縮や医療費の節約にもつながる。
【0037】
また、従来提案されている遺伝子の多型による診断は、発症リスクが高いか低いかの遺伝的素因を検出する。これに対し、実際に被験者が直面するメタボリックシンドロームの発症リスクや進行状況は、遺伝的素因に加えて生活習慣などの後天的な環境要因の影響を大きく受ける。本発明のFABP3を指標としたメタボリックシンドロームの予知検査方法では、単なる遺伝素因の解析では検出できない、被験者の実際の体の中での生理的および病理的変化を的確に捉えることができる。
【0038】
尚、本発明は、以上詳述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加えてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】マウスを用いた検証実験により得られたデータに基づき定めた内部基準の説明図である。
【図2】検証実験1に用いたマウスの体重、肥満度、肝臓重量、血清インスリン値、レプチン値、絶食時血糖および耐糖能の測定結果の説明図である。
【図3】ノーザンブロット法により検出されたFABP3遺伝子のmRNAに対応するバンドを示す写真である。
【図4】図3に示す写真に基づき、FABP3蛋白に対応するmRNAの相対強度を求めたグラフである。
【図5】ウエスタンブロット法により検出されたFABP3蛋白を示す写真である。
【図6】図5に示す写真に基づき、FABP3蛋白の相対強度を求めたグラフである。
【図7】マウスから採取した骨格筋におけるFABP3 mRNAレベルと、マウスの体重との関係を示すグラフである。
【図8】マウスから採取した骨格筋におけるFABP3 mRNAレベルと、マウスの肥満度との関係を示すグラフである。
【図9】マウスから採取した骨格筋におけるFABP3 mRNAレベルと、インスリン値との関係を示すグラフである。
【図10】マウスから採取した皮下脂肪組織におけるFABP3 mRNAレベルと、マウスの体重との関係を示すグラフである。
【図11】マウスから採取した皮下脂肪組織におけるFABP3 mRNAレベルと、マウスの肥満度との関係を示すグラフである。
【図12】マウスから採取した皮下脂肪組織におけるFABP3 mRNAレベルと、インスリン値との関係を示すグラフである。
【図13】マウスから採取した骨格筋におけるFABP3蛋白レベルと、マウスの体重との関係を示すグラフである。
【図14】マウスから採取した骨格筋におけるFABP3蛋白レベルと、マウスの肥満度との関係を示すグラフである。
【図15】マウスから採取した骨格筋におけるFABP3蛋白レベルと、マウスの肝臓重量との関係を示すグラフである。
【図16】マウスから採取した骨格筋におけるFABP3蛋白レベルと、マウスの心臓重量との関係を示すグラフである。
【図17】マウスから採取した骨格筋におけるFABP3蛋白レベルと、インスリン値との関係を示すグラフである。
【図18】マウスから採取した血液に含まれるFABP3蛋白濃度と、マウスの体重および絶食時血糖を示す説明図である。
【図19】マウスから採取した血液に含まれるFABP3蛋白濃度と、マウスの体重および絶食時血糖を示す説明図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、メタボリックシンドロームの予知検査方法に関し、詳細には、被験者から採取したサンプルに含まれるFABP3を指標としてメタボリックシンドロームの予知検査を行うメタボリックシンドロームの予知検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、内臓に脂肪が蓄積した内臓脂肪型肥満によって、肥満症や高血圧、高脂血症、糖尿病などの生活習慣病が引き起こされやすくなった状態を「メタボリックシンドローム」といい、治療の対象となる疾患として考えられるようになってきた。現在、メタボリックシンドロームの診断基準としては、ウエスト径をもとに評価する内臓脂肪蓄積(男性≧85cm,女性≧90cm)に加えて、(1)中性脂肪≧150mg/dlかつ/またはHDLコレステロール<40mg/dl,(2)収縮期血圧≧130mmHgかつ/または拡張期血圧≧85mmHg,(3)空腹時血糖≧110mg/dl,の2項目以上に該当する場合に、メタボリックシンドロームと診断される。このメタボリックシンドロームは、直接的な死亡要因とはならないが、内臓脂肪型肥満に基づく代謝系のバランス破綻の結果、いわゆる動脈硬化症が進展し、さらには脳梗塞や心筋梗塞などの重大な心血管病を引き起こすおそれがあり、死亡率の高い疾患を引き起こす疾患と言える。
【0003】
一方で、このメタボリックシンドロームは、生活習慣の改善により、発症を未然に防ぐことが可能な疾患である。このため、メタボリックシンドロームの発症や進行を簡便に予知判定する方法の開発が強く望まれるようになっている。そこでこれまでに、メタボリックシンドロームを発症する可能性を予知判定する方法として、メタボリックシンドロームの発症に関わる遺伝子中の多型を検出する方法が種々提案されている(例えば、特許文献1)。このような、分子生物学的手法を用いれば、メタボリックシンドロームを将来的に発症する可能性(遺伝的素因)を迅速に診断できることが期待できる。
【特許文献1】特開2007−54002号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、メタボリックシンドロームの発症と関連があるとされる遺伝子の多型を用いた診断では、遺伝的素因を調べるだけなので、実際には、メタボリックシンドロームを発症する兆候や進行状況を的確に診断できないという問題があった。また、メタボリックシンドロームの発症可能性を直接的に検査する方法として、MRI(X線画像診断)により、内臓脂肪量を測定する方法が考えられるが、予防診断としては費用が高額であり実用的ではないという問題があった。
【0005】
本発明は、上述の課題を解決するためになされたものであり、メタボリックシンドロームの発症の可能性や進行状況を簡便かつ的確に予知するメタボリックシンドロームの予知検査方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため鋭意研究した結果、本発明者は、FABP3がメタボリックシンドロームの兆候である体重および内臓脂肪量の増加、高血圧症患者でしばしばみられる心肥大、脂肪肝並びに、インスリン抵抗性と強い相関性があり、メタボリックシンドロームの予知検査に用いる指標として特に有用であることを初めて見出した。ここでFABP3は、脂肪酸の細胞内輸送に関与する脂肪酸結合タンパク質(Fatty Acid Binding Protein,FABP)の1つである。FABPは、長鎖脂肪酸に結合する分子量14kDa〜16kDaの細胞質タンパク質であり、最初に単離された場所に従って、肝臓型、小腸型、心臓型など配列類似性を有するいくつかのタイプが存在する。このうち本発明においてメタボリックシンドロームの指標として用いるFABP3は、心臓型脂肪酸結合タンパク質であり、主として心臓と骨格筋とに分布する。そしてこのFABP3は、長鎖脂肪酸の細胞内輸送や取込みに関与することが知られている。FABP3はまた、心筋での発現レベルが高く、心筋梗塞において壊死した心筋から漏出することから、従来、心筋梗塞の確定診断など、心筋障害のマーカーとして利用されている。本発明者は新たに、このFABP3がメタボリックシンドロームの予知検査方法に利用可能であることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
即ち、請求項1に係る発明のメタボリックシンドロームの予知検査方法は、被験者から採取した筋肉組織、脂肪組織、および血液の少なくともいずれか1つをサンプルとし、当該サンプルに含まれるFABP3蛋白およびFABP3蛋白に対応するmRNAの少なくともいずれか一方を指標としてメタボリックシンドロームの予知検査を行うことを特徴とする。ここで、本発明の「予知検査」とは、メタボリックシンドロームの発症前のリスク評価に加えて、メタボリックシンドロームの症状の進行状況の把握、確認を含む。
【0008】
また、請求項2に係る発明のメタボリックシンドロームの予知検査方法は、請求項1に記載の発明の構成に加え、健常者およびメタボリックシンドローム患者から採取した前記サンプルと、被験者から採取した前記サンプルとについて、サンプルに含まれるFABP3蛋白およびFABP3蛋白に対応するmRNAの少なくともいずれか一方を比較して、メタボリックシンドロームの予知検査を行うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
請求項1に係る発明のメタボリックシンドロームの予知検査方法によれば、被験者から採取したサンプルに含まれるFABP3蛋白およびFABP3蛋白に対応するmRNAの少なくともいずれか一方(以下、FABP3蛋白およびFABP3蛋白に対応するmRNAの少なくともいずれか一方を単に「FABP3指標」と言う。)を指標としてメタボリックシンドロームの予知検査を行う。このFABP3は、脂肪酸の細胞内輸送や取込みに関与しており、本発明者が新たに見出したように、FABP3量はメタボリックシンドロームの兆候である体重および内臓脂肪量の増加や心肥大、インスリン抵抗性などと強い相関性がある。したがって、FABP3を指標にすることにより、メタボリックシンドロームの発症の可能性や進行状況を的確に診断することができる。メタボリックシンドロームの予知検査に用いるサンプルは、筋肉組織、脂肪組織(皮下脂肪組織など)、および血液の少なくともいずれか1つであるため、被験者から容易にサンプルを採取することができる。
【0010】
さらに、FABP3指標の解析に際しては、従来のタンパク質解析法、mRNAの解析法を適用できる。このため、メタボリックシンドロームを発症する可能性や進行状況を的確に、かつ簡便に診断することができる。また、本発明のメタボリックシンドロームの予知検査方法は、MRI(X線画像診断)のような大がかりな装置を必要とせず、予知検査に必要な費用もMRIを実施する場合に比べ大きく低減できる。
【0011】
また、請求項2に係る発明のメタボリックシンドロームの予知検査方法によれば、請求項1に記載の発明の効果に加え、健常者およびメタボリックシンドローム患者から採取したサンプルと、被験者から採取したサンプルとについて、サンプルに含まれるFABP3指標を比較することにより、より的確にメタボリックシンドロームの予知検査を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、FABP3蛋白およびFABP3蛋白に対応するmRNAの少なくともいずれか一方の発現レベルを指標とする、メタボリックシンドロームの予知検査方法を提供する。FABP3自体は既に知られているものの、メタボリックシンドロームの原因となる種々の症状と関連性を有し、メタボリックシンドロームの予知検査の用途に利用できることは本発明者によって初めて示された。以下、本発明を具体化した実施形態を、順に説明する。
【0013】
1.サンプルの採取
メタボリックシンドロームの予知検査に用いるサンプルとしては、例えば、筋肉組織、脂肪組織、および血液など、FABP3が発現する部位から採取したサンプルが用いられ、採取部位は特に限定されない。サンプルは、1種類のサンプルを用いてメタボリックシンドロームの予知検査を行ってもよいし、取得部位や取得対象(筋肉組織、脂肪組織、血液など)が異なる複数種類のサンプルを用いてメタボリックシンドロームの予知検査を行ってもよい。サンプルの採取方法は、サンプルに応じた常法を適宜適用することができる。例えば、サンプルとして、被験者から採取した筋肉組織、または脂肪組織(皮下脂肪組織、内臓脂肪組織)を用いる場合には、腓腹部などの骨格筋や被験者の腹部や腋下部などの脂肪組織に生検用注射針を差し込み、被験者から組織小片を採取する(ニードルバイオプシー)。一方、サンプルとして、被験者から採取した血液を用いる場合には、通常の末梢血を利用することができる。例えば、肘内側の尺側正中静脈または橈側静脈から採血する一般的な方法でよい。この場合には、サンプルの採取が容易であり、サンプルの採取に際し被験者に与える負担も少ない点で好ましい。
【0014】
2.FABP3指標の検出
以上のように採取されたサンプルは、後述するFABP3指標を検出する処理に供される。FABP3指標としては、サンプルに含まれるFABP3蛋白およびFABP3蛋白に対応するmRNAの少なくともいずれか一方であればよい。また、複数種類のサンプルを用いる場合には、サンプル毎に、異なるFABP3指標を用いてもよい。FABP3指標として、サンプルに含まれるFABP3蛋白を用いる場合には、実際に採取されたサンプル中に含まれるFABP3蛋白の量に基づき、メタボリックシンドロームの予知検査を行う。脂肪酸の細胞内輸送や取込みに関わるFABP3蛋白の発現レベルは、内臓脂肪の蓄積や脂質代謝の変化ばかりでなく、潜伏する心機能の異常や糖代謝の変化をも反映していると考えられるため、FABP3指標として、サンプルに含まれるFABP3蛋白を用いることにより、メタボリックシンドロームの発症リスクをより的確に診断できる点で好ましい。また、FABP3指標として、サンプルに含まれるFABP3蛋白に対応するmRNAを用いる場合には、分子生物学的手法により、少量のサンプルでも、精度よくFABP3蛋白に対応するmRNAを検出できる点で好ましい。
【0015】
2−1.FABP3 mRNAの検出方法
被験者から採取したサンプルに含まれるFABP3 mRNAの検出方法としては、微量のmRNAを検出する周知の方法に、適宜に公知の変形を加えて用いることができ、特に限定されない。例えば、ノーザンブロット法を用いたFABP3 mRNAの検出方法としては、常法によりサンプルである検体組織(筋肉組織、脂肪組織など)から調製したTotal RNA分画をアガロースゲル電気泳動にかけ、含有するmRNAを展開、分離した後、電気泳動されたmRNAをナイロン膜上に転写する。そして、転写されたmRNAに放射性同位元素32Pで標識したFABP3 cDNAプローブを作用させることにより、FABP3 mRNAを高感度に検出することができる。
【0016】
また例えば、定量PCR法を用いたFABP3 mRNAの検出方法としては、Total RNA分画に含まれる濃度未知のmRNAをオリゴdTプライマーと逆転写酵素を用いて第一鎖cDNAを合成する。その後、濃度既知のFABP3 cDNAプローブを標準サンプルとしてFABP3 mRNAに対する2種類の特異的プライマー、DNA結合性標識色素、DNAポリメラーゼを用いたPCRに供する。このような定量PCR法では、数ピコグラムのレベルから超高感度にFABP3 mRNA量を検出、測定することができる。上記の検出で用いる標識方法としては、放射性同位元素の他に、蛍光色素、発光物質、酵素、またはこれらの組合せを用いることができる。
【0017】
2−2.FABP3蛋白の検出方法
被験者から採取したサンプルに含まれるFABP3蛋白の検出方法としては、微量の蛋白質を検出する周知の方法に適宜に公知の変形を加えて用いることができ、特に限定されない。例えば、常法によりサンプルである検体組織をTris−HClバッファー(pH7.6)中にて電動ホモジナイザーなどを用いてホモジナイズした後、遠心分離により得られた上清を組織抽出液とする。次に、組織抽出液をSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動にかけ、含有する蛋白質を展開、分離した後、電気泳動された蛋白質をニトロセルロース膜上に転写する。そして、転写された蛋白質に抗FABP3抗体を作用させ、標識したプロテインAやIgG抗体などを用いて検出するウエスタンブロット法を好適に使用することができる。
【0018】
FABP3蛋白レベルのより簡便な測定方法としては、例えば、一般的な酵素免疫測定法や抗体チップ法を用いることができる。これらの方法では、基本的には、2種類の抗FABP3抗体を用いて、検体中のFABP3蛋白との抗原抗体反応を利用してFABP3蛋白レベルを測定する。抗FABP3抗体は、常法に従ってウサギなどの実験動物にFABP3蛋白を免疫することにより調製することができる。または、マウスなどの免疫細胞を利用する細胞融合法により作製した抗FABP3抗体産生ハイブリドーマから取得した抗FABP3単一抗体も利用することができる。上記方法では、濃度既知の精製FABP3蛋白を測定系に加えて標準曲線を作成することにより、検体中のFABP3蛋白レベルの絶対量を知ることも可能である。
【0019】
3.予知検査例
被験者から採取したサンプルに含まれるFABP3指標は、後述する検証実験において示すように、メタボリックシンドロームの兆候である内臓脂肪量、心肥大、インスリン抵抗性と強い相関を有すると推測される。そして、FABP3指標が高いほど、メタボリックシンドロームの発症の危険性やメタボリックシンドロームが既に進行している可能性が高いと言える。したがって、被験者から採取したサンプルに含まれるFABP3指標を検出することにより、メタボリックシンドロームの予知検査を実施することができる。以下、FABP3指標を用いた予知検査例を例示するが、これらに限定されず、適宜変更を加えてもよい。
【0020】
3−1.BMIを用いた方法
BMIはヒトにおける肥満の指標として広く知られ、メタボリックシンドロームの評価においても利用されている。BMIは体重(kg)を身長(m)の2剰で除した値であり、22が標準とされ25を超えると肥満とされる。このBMIが22から25へ上昇した時、体重は1.14倍に増加する。このBMIと、FABP3指標との間には、後述する検証実験において示すように高い相関がある。そこでまず、基準値(比較値)として、事前に多数の被験者からサンプルを採取し、サンプルに含まれるFABP3指標を検出する。そして、サンプルに含まれるFABP3指標と被験者のBMIとの関係を求め、これを内部基準とする。メタボリックシンドロームの予知検査においては、被験者から採取したサンプルに含まれるFABP3指標と、内部基準とを比較して、メタボリックシンドロームの発症の危険性を予測する。
【0021】
参考例として、後述するマウスを用いた検証実験により得られたデータに基づき、内部基準を定める場合について図1を参照して説明する。図1は、後述するマウスを用いた検証実験により得られたデータに基づき定めた内部基準を説明するための説明図である。マウスを用いた検証実験の詳細は、後述する。図1の表1に示すように、標準食群(マウス)の体重25.4gを標準体重(BMI=22に相当すると仮定)とすると、その1.14倍である29.0g以上が肥満と判定される。標準体重のマウスと、肥満と分類される高脂肪食群(以下、「肥満マウス」とも言う。)とから骨格筋を採取し、FABP3 mRNAを検出すると、図1の表1に示すように、肥満マウスのFABP3 mRNAは、標準体重のマウスの1.18倍だけ相対的に多かった。同様に、肥満マウスの皮下脂肪に含まれるFABP3 mRNAは、標準体重のマウスの1.15倍だけ相対的に多く、肥満マウスの骨格筋に含まれるFABP3 蛋白は、標準体重のマウスの1.53倍だけ相対的に多かった。したがって、後述する検証実験で得られた相対的なFABP3のmRNAと蛋白レベルを用いて、体重25.4gのマウスにおけるそれぞれの値を基準(×1)とし、29.0gの値を25.4gの基準値で除した数値を閾値として使用することが可能である。
【0022】
3−2.MRIを用いた方法
まず、比較値として、事前に多数の被験者からサンプルを採取し、それらのサンプルに含まれるFABP3指標を検出する。そして、サンプルに含まれるFABP3指標とMRIを用いて解析した被験者のメタボリックシンドロームの兆候、例えば、内臓脂肪量、心肥大などとの関係を求め、これを内部基準とする。メタボリックシンドロームの予知検査においては、被験者から採取したサンプルに含まれるFABP3指標と、内部基準とを比較して、メタボリックシンドロームの発症の危険性を予測する。この方法では、ヒトに適用した場合のFABP3とメタボリックシンドロームの兆候との関係性に基づき、メタボリックシンドロームの予知検査を行うことができるので、より精度の高い的確な予知検査が可能である。
【0023】
3−3.現行のメタボリックシンドローム診断基準を用いた方法
3−2と同様に、まず、比較値として、事前に多数の被験者からサンプルを採取し、それらのサンプルに含まれるFABP3指標を検出する。そして、サンプルに含まれるFABP3指標と前述した現行の診断基準を用いて解析した被験者のメタボリックシンドロームの兆候、例えば、中性脂肪、HDLコレステロール、血圧、空腹時血糖などとの関係を求め、これを内部基準とする。メタボリックシンドロームの予知検査においては、被験者から採取したサンプルに含まれるFABP3指標と、内部基準とを比較して、メタボリックシンドロームの発症の危険性を予測する。この方法では、複数の検査項目をもって診断している現行法からFABP3指標のみ、または検査項目数を減らして、簡便かつ的確に予知検査することが可能である。
【0024】
4.検証実験
FABP3指標と、メタボリックシンドロームの兆候との関係を、以下の通り確認した。
【0025】
4−1.検証実験1
3ヵ月齢の雌性C57BL/6J系マウスを標準食(CE−2飼料、日本クレア社)、または高脂肪食(20%粉末牛脂添加CE−2飼料、日本クレア社)で11ヵ月齢まで飼育した後、体重と種々の組織重量を測定した。その間、6ヵ月齢において耐糖能試験を行った。耐糖能試験は、体重1g当たり1.5mgのグルコースを一晩絶食したマウスの腹腔に投与し、0,30,60,120分後の血糖値を、ノボアシストペーパー(ノボノルディスク社製)を用いて測定することにより実施した。肥満度は、生殖器周囲、後腹膜、および鼠頚部の脂肪組織総重量の体重に対する割合(%)を示す。また、血液サンプル中の血清インスリン値およびレプチン値を、市販のインスリンおよびレプチン酵素免疫測定キット(メルコディア社およびカイマン社製)を利用して測定した。この測定結果を図2の表2に示す。図2は、検証実験1に用いたマウスの体重、肥満度、肝臓重量、血清インスリン値、レプチン値、絶食時血糖および耐糖能の測定結果の説明図である。
【0026】
図2の表2に示すように、高脂肪食群のマウスは標準食群のマウスと比較して、体重が約1.5倍、肥満度が約2.6倍に増加し、肥満を呈した。また、高脂肪食群では肝臓重量も有意に増加し、組織学的解析から脂肪肝の進行が認められた。血清レプチン値とインスリン値はそれぞれ高脂肪食群において標準食群の約9倍および6倍に上昇しレプチン耐性やインスリン抵抗性の上昇が示唆された。血糖値は6ヵ月齢の時点で、高脂肪食群において標準食群に比べて有意に上昇し、耐糖能の増悪がみられた。
【0027】
次に、上記マウスの腓腹部の骨格筋50〜100mgからRNA分画を調製し、ノーザンブロット法によりFABP3遺伝子のmRNA発現量を測定した。その測定結果を図3および図4に示す。図3は、ノーザンブロット法により検出されたFABP3遺伝子のmRNAに対応するバンドを示す写真であり、図4は、図3に示す写真に基づき、FABP3蛋白に対応するmRNAの相対強度を求めたグラフである。図3および図4に示すように、高脂肪食群では標準食群に比べてFABP3 mRNAレベルが約2.3倍に増加していた(**P<0.01)。
【0028】
同様に、上記マウスの腓腹部の骨格筋50〜100mgから蛋白質抽出液を調製し、ウエスタンブロット法によりFABP3蛋白の発現量を測定した。その測定結果を、図5および図6に示す。図5は、ウエスタンブロット法により検出されたFABP3蛋白を示す写真であり、図6は、図5に示す写真に基づき、FABP3蛋白の相対強度を求めたグラフである。尚、図5において、Pはポジティブコントロールを示す。図5および図6に示すように、高脂肪食群では標準食群に比べてFABP3蛋白レベルが約3倍に上昇していた(***P<0.001)。以上の結果は、骨格筋におけるFABP3 mRNAおよびFABP3蛋白レベルの上昇と、メタボリックシンドロームの進行との関連を示すものであると考えられる。
【0029】
4−2.検証実験2
さまざまな体重のマウスを用いて、体重、肥満度、およびインスリン値の上昇と、骨格筋におけるFABP3 mRNAレベル(上述のノーザンブロット法により検出)との相関を検討した。肥満度は、前述と同様、生殖器周囲、後腹膜、および鼠頚部の脂肪組織総重量の体重に対する割合(%)を示す。また、インスリン値は、市販のインスリン酵素免疫測定キット(メルコディア社製)により測定した。それらの結果を、図7〜図9に示す。図7は、マウスから採取した骨格筋におけるFABP3 mRNAレベルと、マウスの体重との関係を示すグラフであり、図8は、マウスから採取した骨格筋におけるFABP3 mRNAレベルと、マウスの肥満度との関係を示すグラフである。また図9は、マウスから採取した骨格筋におけるFABP3 mRNAレベルと、インスリン値との関係を示すグラフである。図7〜図9に示すように、マウスから採取した骨格筋におけるFABP3 mRNAレベルは、マウスの体重、肥満度、およびインスリン値と強い正の相関を示した。以上の結果は、骨格筋におけるFABP3 mRNAと、メタボリックシンドロームの兆候との関連を示すものである考えられる。
【0030】
次に、さまざまな体重のマウスから採取した皮下脂肪組織をサンプルとして、同様な検討を行った。それらの結果を、図10〜図12に示す。図10は、マウスから採取した皮下脂肪組織におけるFABP3 mRNAレベルと、マウスの体重との関係を示すグラフであり、図11は、マウスから採取した皮下脂肪組織におけるFABP3 mRNAレベルと、マウスの肥満度との関係を示すグラフである。また図12は、マウスから採取した皮下脂肪組織におけるFABP3 mRNAレベルと、インスリン値との関係を示すグラフである。図10〜図12に示すように、マウスから採取した皮下脂肪組織に含まれるFABP3 mRNAレベルは、マウスの体重、肥満度、およびインスリン値の上昇と、それぞれ有意な相関を示した。以上の結果は、本来FABP3がほとんど発現していない皮下脂肪組織における異所性のFABP3 mRNAレベルの増加と、メタボリックシンドロームの兆候との関連を示すものと考えられる。
【0031】
4−3.検証実験3
検証実験2と同様に、マウスの骨格筋からの蛋白質抽出液におけるFABP3蛋白レベルをウエスタンブロット法により測定し、種々のパラメーターとの関連を調べた。それらの結果を図13〜図17に示す。図13は、マウスから採取した骨格筋におけるFABP3蛋白レベルと、マウスの体重との関係を示すグラフであり、図14は、マウスから採取した骨格筋におけるFABP3蛋白レベルと、マウスの肥満度との関係を示すグラフである。また図15は、マウスから採取した骨格筋におけるFABP3蛋白レベルと、マウスの肝臓重量との関係を示すグラフであり、図16は、マウスから採取した骨格筋におけるFABP3蛋白レベルと、マウスの心臓重量との関係を示すグラフである。また図17は、マウスから採取した骨格筋におけるFABP3蛋白レベルと、インスリン値との関係を示すグラフである。図13〜図17に示すように、FABP3蛋白レベルは体重、肥満度、およびインスリン値に加えて、肝臓や心臓の肥大と有意な相関を示した。一方、肥満のバイオマーカーの一つであるレプチンについても同様に検討したが(図示せず)、血清レプチンは体重と有意な相関を示すものの(R2=0.336,P<0.05)、FABP3蛋白レベルの場合と比べるとその関連性は低かった。以上の結果は、骨格筋におけるFABP3蛋白と、メタボリックシンドロームの兆候との関連を示すものと考えられる。
【0032】
4−4.検証実験4
標準食で飼育した6ヵ月齢の雄性C57BL/6J系マウスとob/ob肥満モデルマウスから〜0.1mlの血液を採取し、その血清分画中のFABP3蛋白濃度を市販の酵素免疫測定キット(H−FABP ELISA TEST KIT,Life Diagnostics社製)を用いて測定した。その測定結果を図18に示す。図18は、マウスの血清に含まれるFABP3蛋白濃度と、マウスの体重および絶食時血糖を示す説明図である。図18の表3に示すように、血清中のFABP3蛋白濃度は、ob/ob肥満マウスで有意に高くコントロールマウスの約15倍に上昇した。絶食時血糖については有意差はみられなかったが、コントロールマウスに比べてob/ob肥満マウスで高い傾向が認められた。以上の結果は、血液に含まれるFABP3と、メタボリックシンドロームの進行との関連を示唆するものと考えられる。
【0033】
4−5.検証実験5
3ヵ月齢の雄性C57BL/6J系マウスとdb/db糖尿病モデルマウスから血液を採取し、その血清分画中のFABP3蛋白濃度を市販の酵素免疫測定キット(4−4.検証実験4と同様)を用いて測定した。その測定結果を図19に示す。図19は、マウスの血清に含まれるFABP3蛋白濃度と、マウスの体重および絶食時血糖を示す説明図である。図19の表4に示すように、血清中のFABP3蛋白濃度は、db/db糖尿病マウスで有意に高くコントロールマウスの約37倍に上昇した。また、絶食時血糖はコントロールマウスに比べてdb/db糖尿病マウスで有意に高かった。以上の結果は、血液に含まれるFABP3と、メタボリックシンドロームの進行との関連を示唆するものと考えられる。
【0034】
以上の検証実験により、マウスから採取した骨格筋、および皮下脂肪組織に含まれるFABP3 mRNAレベルは、マウスの体重、肥満度、およびインスリン値の上昇と、それぞれ有意な正の相関を示すことが明らかとなった。同様に、マウスから採取した骨格筋に含まれるFABP3蛋白レベルは、マウスの体重、肥満度、およびインスリン値の上昇と、それぞれ有意な正の相関を示すことが明らかとなった。検証実験4および5から、サンプルとして血液を用いた場合にも、FABP3蛋白レベルはメタボリックシンドロームの進行と相関することが示唆された。上記の結果から、FABP3はメタボリックシンドロームから動脈硬化が発症し、その病態が進行した結果生じる心筋梗塞発症後の確定診断に用いられるだけでなく、発症前または初期段階のメタボリックシンドロームの発症や進行に対しても予知検査が可能であることが確認された。
【0035】
以上詳述した、本実施形態のメタボリックシンドロームの予知検査方法によれば、メタボリックシンドロームの予知検査に用いるFABP3は、脂肪酸の細胞内輸送や取込みに関与しており、本発明者が新たに見出したように、FABP3量はメタボリックシンドロームの兆候である体重および内臓脂肪量の増加、高血糖とインスリン抵抗性、または高血圧症に付随する心肥大などと強い相関性がある。したがって、FABP3を指標にすることにより、メタボリックシンドロームの発症リスクや進行状況を早期に、かつ的確に診断することができる。また、FABP3指標を用いる予知検査を行うためのサンプルは被験者の筋肉や脂肪組織、または血液などから採取することができる。サンプルとして、骨格筋、皮下脂肪組織、および血液の少なくともいずれか1つを用いる場合には、被験者から容易にサンプルを採取することができる他、サンプルの採取に際して被験者に与える負担を低減することができる。
【0036】
さらに、FABP3指標の解析に際しては、従来のタンパク質解析法、mRNAの解析法を適用できる。このため、メタボリックシンドロームを発症する可能性を的確に、かつ簡便に診断することができる。また、本発明のメタボリックシンドロームの予知検査方法は、MRI(X線画像診断)のような大がかりな装置を必要とせず、予知検査に必要な費用もMRIを実施する場合に比べ大きく低減できる。また、健常者およびメタボリックシンドローム患者から採取したサンプルと、被験者から採取したサンプルとに含まれるFABP3指標を比較することにより、簡便かつ的確にメタボリックシンドロームの予知検査を行うことができる。これによって、メタボリックシンドロームの発症危険性が早期に発見された被験者は、さらなる精密検査や、生活習慣の改善などを早期に行うことができる。このように、真に必要な検査や治療のみを行うことで診察時間の短縮や医療費の節約にもつながる。
【0037】
また、従来提案されている遺伝子の多型による診断は、発症リスクが高いか低いかの遺伝的素因を検出する。これに対し、実際に被験者が直面するメタボリックシンドロームの発症リスクや進行状況は、遺伝的素因に加えて生活習慣などの後天的な環境要因の影響を大きく受ける。本発明のFABP3を指標としたメタボリックシンドロームの予知検査方法では、単なる遺伝素因の解析では検出できない、被験者の実際の体の中での生理的および病理的変化を的確に捉えることができる。
【0038】
尚、本発明は、以上詳述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加えてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】マウスを用いた検証実験により得られたデータに基づき定めた内部基準の説明図である。
【図2】検証実験1に用いたマウスの体重、肥満度、肝臓重量、血清インスリン値、レプチン値、絶食時血糖および耐糖能の測定結果の説明図である。
【図3】ノーザンブロット法により検出されたFABP3遺伝子のmRNAに対応するバンドを示す写真である。
【図4】図3に示す写真に基づき、FABP3蛋白に対応するmRNAの相対強度を求めたグラフである。
【図5】ウエスタンブロット法により検出されたFABP3蛋白を示す写真である。
【図6】図5に示す写真に基づき、FABP3蛋白の相対強度を求めたグラフである。
【図7】マウスから採取した骨格筋におけるFABP3 mRNAレベルと、マウスの体重との関係を示すグラフである。
【図8】マウスから採取した骨格筋におけるFABP3 mRNAレベルと、マウスの肥満度との関係を示すグラフである。
【図9】マウスから採取した骨格筋におけるFABP3 mRNAレベルと、インスリン値との関係を示すグラフである。
【図10】マウスから採取した皮下脂肪組織におけるFABP3 mRNAレベルと、マウスの体重との関係を示すグラフである。
【図11】マウスから採取した皮下脂肪組織におけるFABP3 mRNAレベルと、マウスの肥満度との関係を示すグラフである。
【図12】マウスから採取した皮下脂肪組織におけるFABP3 mRNAレベルと、インスリン値との関係を示すグラフである。
【図13】マウスから採取した骨格筋におけるFABP3蛋白レベルと、マウスの体重との関係を示すグラフである。
【図14】マウスから採取した骨格筋におけるFABP3蛋白レベルと、マウスの肥満度との関係を示すグラフである。
【図15】マウスから採取した骨格筋におけるFABP3蛋白レベルと、マウスの肝臓重量との関係を示すグラフである。
【図16】マウスから採取した骨格筋におけるFABP3蛋白レベルと、マウスの心臓重量との関係を示すグラフである。
【図17】マウスから採取した骨格筋におけるFABP3蛋白レベルと、インスリン値との関係を示すグラフである。
【図18】マウスから採取した血液に含まれるFABP3蛋白濃度と、マウスの体重および絶食時血糖を示す説明図である。
【図19】マウスから採取した血液に含まれるFABP3蛋白濃度と、マウスの体重および絶食時血糖を示す説明図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者から採取した筋肉組織、脂肪組織、および血液の少なくともいずれか1つをサンプルとし、当該サンプルに含まれるFABP3蛋白およびFABP3蛋白に対応するmRNAの少なくともいずれか一方を指標としてメタボリックシンドロームの予知検査を行うことを特徴とするメタボリックシンドロームの予知検査方法。
【請求項2】
健常者およびメタボリックシンドローム患者から採取した前記サンプルと、被験者から採取した前記サンプルとについて、サンプルに含まれるFABP3蛋白およびFABP3蛋白に対応するmRNAの少なくともいずれか一方を比較して、メタボリックシンドロームの予知検査を行うことを特徴とする請求項1に記載のメタボリックシンドロームの予知検査方法。
【請求項1】
被験者から採取した筋肉組織、脂肪組織、および血液の少なくともいずれか1つをサンプルとし、当該サンプルに含まれるFABP3蛋白およびFABP3蛋白に対応するmRNAの少なくともいずれか一方を指標としてメタボリックシンドロームの予知検査を行うことを特徴とするメタボリックシンドロームの予知検査方法。
【請求項2】
健常者およびメタボリックシンドローム患者から採取した前記サンプルと、被験者から採取した前記サンプルとについて、サンプルに含まれるFABP3蛋白およびFABP3蛋白に対応するmRNAの少なくともいずれか一方を比較して、メタボリックシンドロームの予知検査を行うことを特徴とする請求項1に記載のメタボリックシンドロームの予知検査方法。
【図1】
【図2】
【図4】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図3】
【図5】
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【図18】
【図19】
【図3】
【図5】
【公開番号】特開2008−241387(P2008−241387A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−80718(P2007−80718)
【出願日】平成19年3月27日(2007.3.27)
【出願人】(500433225)学校法人中部大学 (105)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年3月27日(2007.3.27)
【出願人】(500433225)学校法人中部大学 (105)
【Fターム(参考)】
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