説明

メラニン前駆体製造における反応終点決定方法

【課題】反応終点を的確に把握しながら、メラニン前駆体を効率よく高い収率で製造する方法を提供する。また、メラニン前駆体の製造において、メラニン前駆体を効率よく高い収率で取得するべく、メラニン前駆体の反応終点を決定する方法を提供する。
【解決手段】DOPA等の基質化合物に、カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素や当該酵素を含有する微生物を反応させてメラニン前駆体を製造する方法であって、(1)反応液にアルカリまたは酸を供給して反応液のpHを5〜6に維持する工程、及び
(2)(a)反応液のpH、(b)反応系におけるO吸収量とCO発生量の差異(「O吸収量−CO発生量」)、および(c)反応液中の溶存酸素量、からなる群から選択されるいずれか少なくとも1つの経時的変化をリアルタイム検出する工程、を有し、
(3)(a)〜(c)のいずれか少なくとも1つの経時的変化の傾向の切り替わりを指標として反応を終了することを特徴とする、メラニン前駆体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メラニン前駆体を効率的に高い収率で製造する方法に関する。より詳細には、本発明は、反応終点を的確に把握して反応を制御することにより、メラニン前駆体を効率的に高い収率で製造する方法に関する。また、本発明は、メラニン前駆体を効率的に高い収率で取得するうえで有用な、メラニン前駆体の製造における反応終点の決定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メラニン前駆体は、空気中の酸素による酸化反応により重合しメラニン色素に変換することが知られており、これを利用して空気酸化型染毛剤等の色素成分として使用されている。
【0003】
かかるメラニン前駆体の製造方法としては、化学合成反応による方法があるが、副反応による収率の低下、目的反応生成物の単離に要する時間的負担、反応溶剤の残留による安全性や環境への悪影響が懸念されるなどといった問題がある。一方、酵素反応によるメラニン前駆体の製造方法としては、例えば特許文献1に、チロシンや3-(3,4-ジヒドロキシフェニル)アラニン(以下、単に「DOPA」ともいう。)等の基質化合物を、カテコールオキシダーゼ活性を示す細胞を用いて酸化してメラニン前駆体に変換する方法が記載されており、かかる方法によれば、上記化学合成反応の場合に生じる問題がなく、比較的効率よくメラニン前駆体を生成することができる。
【0004】
しかしながら、かかる酵素酸化反応は、反応時間が不足すると未反応の基質化合物が残留し、また反応時間が過剰であると生成したメラニン前駆体がさらに酵素的または非酵素的に酸化重合してメラニンとなり、結果としてメラニン前駆体の収率が低下するという問題がある。このため、メラニン前駆体を効率よくかつ高い収率で取得するためには、酵素酸化反応の反応終点を的確に把握し、反応を制御する必要がある。
【0005】
DOPA等の基質化合物の酵素酸化反応の進行度を知る方法としては、反応液をサンプリングしてHPLC分析する方法、また反応液をサンプリングしてメラニン前駆体であるドーパクロムに特異的な極大吸収波長475nmの吸光度を測定する方法等を挙げることができる。しかし、DOPA等の基質化合物の酵素酸化反応は概ね60分以内に完了する短時間反応であるため、オフライン分析では、反応時間内に反応終点を把握し反応を制御することはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−158304号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、DOPA等の基質化合物から酵素酸化反応を利用してメラニン前駆体を製造するにあたり、リアルタイムに的確に反応終点を把握することにより、メラニン前駆体を効率的にかつ高い収率で取得することを可能とする方法を提供することを目的とする。
【0008】
また本発明は、上記酵素反応を利用してメラニン前駆体を効率的にかつ高い収率で取得するために有用な、メラニン前駆体の製造方法における反応終点の決定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討を進めているなかで、DOPA等の基質化合物の酵素酸化反応において、(a)反応液のpH、(b)反応系の「O吸収量−CO発生量」、および(c)反応液の溶存酸素量を経時的に測定し、反応液中の基質化合物の残留量とメラニン前駆体の生成量との関係をみたところ、(a)反応液のpH低下が上昇に転じる時点、(b)反応系の時間当たりの「O吸収量−CO発生量」が一定の割合以下になる点、及び(c)反応液の溶存酸素量が急に上昇する時点と、反応液中の基質化合物の残留量がなくなりメラニン前駆体の生成量が最大になる時点、すなわち反応終点とが、ほぼ一致することを見出し、これら(a)〜(c)のいずれか少なくとも1つの現象を指標とすることで、上記酵素酸化反応の終点が決定できることを確認した。また、これらの現象はいずれもオンラインでリアルタイムに連続的にモニターすることができるため、上記方法によれば、酵素酸化反応の終点をタイムラグなく把握することができ、これにより、DOPA等の基質化合物から、酵素酸化反応により効率よく且つ高い収率でメラニン前駆体を製造することができる。
【0010】
本発明はかかる知見に基づいて完成したものであり、下記の実施態様を包含するものである。
【0011】
(I)メラニン前駆体の製造方法
(I-1)DOPA及びその類縁体からなる群から選択される少なくとも1種の基質化合物に、酸化酵素または当該酵素を含有する微生物を反応させてメラニン前駆体を製造する方法であって、
(1)反応液にアルカリまたは酸を供給して反応液のpHを5〜6に維持する工程、及び
(2)(a)反応液のpH、(b)反応系におけるO吸収量とCO発生量の差異(「O吸収量−CO発生量」)、および(c)反応液中の溶存酸素量、からなる群から選択されるいずれか少なくとも1つを連続的に測定し、測定値の経時的変化をモニターする工程、
を有し、
(3)上記(a)〜(c)のいずれか少なくとも1つの経時的変化の傾向の切り替わりを指標として反応を終了することを特徴とする、
メラニン前駆体の製造方法。
【0012】
(I-2)上記(1)、(2)(a)及び(3)の工程を有する(I-1)記載のメラニン前駆体の製造方法であって、
(1)の工程における反応液へのアルカリまたは酸の供給と、(2)の工程における反応液のpHの経時的変化のモニターが連動制御されており、
反応液のpH低下が上昇に転じ、反応液へのアルカリ供給から酸の供給に切り替わることを指標として、反応を終了することを特徴とする、(I-1)記載のメラニン前駆体の製造方法。
【0013】
(I-3)上記(1)、(2)(b)及び(3)の工程を有する(I-1)記載のメラニン前駆体の製造方法であって、
反応系における1分あたりの「O吸収量−CO発生量」が最大値の20%にまで低下したことを指標として反応を終了することを特徴とする、(I-1)記載のメラニン前駆体の製造方法。
【0014】
(I-4)上記(1)、(2)(c)及び(3)の工程を有する(I-1)記載のメラニン前駆体の製造方法であって、
反応液中の溶存酸素量が減少から上昇に転じ、最大になった時点を反応終点の指標として反応を終了することを特徴とする、(I-1)記載のメラニン前駆体の製造方法。
(I-5)上記酸化酵素がカテコールオキシダーゼ活性を有する酵素である、(I-1)乃至(I-4)記載の製造方法。
(I-6)上記カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素がチロシナーゼである、(I-5)記載の製造方法。
(I-7)上記微生物が酵母である、(I-1)乃至(I-6)記載の製造方法。
【0015】
(II)メラニン前駆体の製造における反応終点の決定方法
(II-1)DOPA及びこれらの類縁体からなる群から選択される少なくとも1種の基質化合物に、酸化酵素または当該酵素を含有する微生物を反応させてメラニン前駆体を製造する方法において反応終点を決定する方法であって、
(1)反応液にアルカリまたは酸を供給して反応液のpHを5〜6に維持する工程、及び
(2)(a)反応液のpH、(b)反応系におけるO吸収量とCO発生量の差異(「O吸収量−CO発生量」)、および(c)反応液中の溶存酸素量、からなる群から選択されるいずれか少なくとも1つを連続的に測定し、測定値の経時的変化をモニターする工程、
を有し、
(3)上記(a)〜(c)のいずれか少なくとも1つの経時的変化の傾向の切り替わりを反応終点の指標とする、上記方法。
【0016】
(II-2)上記(1)、(2)(a)及び(3)の工程を有する(II-1)記載の反応終点の決定方法であって、
(1)の工程における反応液へのアルカリまたは酸の供給と、(2)の工程における反応液のpHの経時的変化のモニターが連動制御されており、
反応液にアルカリを供給したときのpH変化が低下から上昇に転じ、反応液へのアルカリ供給から酸の供給に切り替わることを反応終点の指標とすることを特徴とする、(II-1)記載の反応終点の決定方法。
【0017】
(II-3)上記(1)、(2)(b)及び(3)の工程を有する(II-1)記載の反応終点の決定方法であって、
反応系における1分あたりの「O吸収量−CO発生量」が最大値の20%にまで低下したことを指標とすることを特徴とする、(II-1)記載の反応終点の決定方法。
【0018】
(II-4)上記(1)、(2)(c)及び(3)の工程を有する請求項5記載の反応終点の決定方法であって、
反応液中の溶存酸素量が減少から上昇に転じ、最大になった時点を反応終点の指標とすることを特徴とする、(II-1)記載の反応終点の決定方法。
(II-5)上記酸化酵素がカテコールオキシダーゼ活性を有する酵素である、(II-1)乃至(II-4)記載の反応終点の決定方法。
(II-6)上記カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素がチロシナーゼである、(II-5)記載の反応終点の決定方法。
(II-7)上記微生物が酵母である、(II-1)乃至(II-6)記載の反応終点の決定方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明のメラニン前駆体の製造方法によれば、酵素酸化反応に使用する基質化合物がほとんど消費され、且つ反応生成量がほぼ最大になる、いわゆる反応終点をリアルタイムに的確に把握することができるので、酵素酸化反応を利用してメラニン前駆体を効率よく高い収率で製造することが可能になる。
【0020】
また本発明の反応終点の決定方法によれば、酵素酸化反応を利用したメラニン前駆体の製造方法において、基質化合物がほとんど消費され、且つ反応生成量がほぼ最大になる、いわゆる反応終点をリアルタイムに的確に決定することできる。このため、本発明の反応終点の決定方法は、酵素酸化反応を利用して、無駄なく効率的に高い収率でメラニン前駆体を製造するうえで有効に活用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の1つの実施態様に係る反応システムの概略図である。具体的には、反応液のpH変化をモニターして反応終点を決定する反応システムの概略図である(実験例1)。
【図2】(A)反応液へのアルカリ(6N NaOH水溶液)および酸(3N H2SO4水溶液)添加の状況と、反応液のpHの経時的変化を示す図である。(B)反応液へのアルカリ添加量(累積量)および酸添加量(累積量)を、反応開始から40分間にかけて経時的に示した図である。
【図3】反応液中の基質化合物(DOPA)の残存量(―◇―)と反応生成物(ドーパクロム)の生成量(―□―)を経時的に示す図である。
【図4】本発明の1つの実施態様に係る反応システムの概略図である。具体的には、反応系の「O吸収量−CO発生量」をモニターして反応終点を決定する反応システムの概略図である(実験例2)。
【図5】1分あたりの「O吸収量−CO発生量」の経時変化を示す図である。
【図6】反応液中の基質化合物(DOPA)の残存量(―◇―)と反応生成物(ドーパクロム)の生成量(―□―)を経時的に示す図である。
【図7】本発明の1つの実施態様に係る反応システムの概略図である。具体的には、反応液の溶存酸素量(溶存酸素飽和度)をモニターして反応終点を決定する反応システムの概略図である(実験例3)。
【図8】反応液中の溶存酸素飽和度(DO)(%)の経時的変化を示す図である。
【図9】反応液中の基質化合物(DOPA)の残存量(―◇―)と反応生成物(ドーパクロム)の生成量(―□―)を経時的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
(I)メラニン前駆体の製造方法
本発明の製造方法が対象とするメラニン前駆体は、DOPA及びその類縁体からなる群から選択される少なくとも1種の基質化合物から、酵素を用いた酸化反応により製造される化合物またはそれらの化合物群である。これらの化合物または化合物群は、空気中の酸素ですみやかに酸化重合しメラニンを形成するため、メラニン前駆体と総称される。具体的には、メラニンの構成モノマー(例えば、ドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸、5,6-ジヒドロキシインドール、5,6-ジヒドロキシインドリン、5,6-ジヒドロキシインドリン-2-カルボン酸)、並びにこれらのモノマーが2〜5分子程度重合してなる水溶性オリゴマーを挙げることができる。好ましくはドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドール、および5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸である。
【0023】
これらのメラニン前駆体は、以下に説明する基質化合物および酵素または微生物を用いた酸化反応により製造される。
【0024】
(A)基質化合物
本発明のメラニン前駆体の製造において、基質化合物としては、DOPA及びDOPA類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物を使用する。DOPA及びDOPA類縁体は、L体(3-(3,4-ジヒドロキシフェニル)-L-アラニン)(以下、「L-DOPA」とも称する)又はD体(3-(3,4-ジヒドロキシフェニル)-D-アラニン)のいずれであってもよい。DOPA類縁体としては、ドーパミン(Dopamine)や、DOPAの低級(炭素数1〜4)アルキルエステル、およびα−低級(炭素数1〜4)アルキルDOPA等が挙げられ、これらの異性体であってもよい。中でも、天然型メラニン前駆体が得られる点で、L-DOPAを用いることが好ましく、酵素に対する親和性の点でもL-DOPAを用いることが好ましい。
【0025】
基質化合物は1種を単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0026】
なお、かかる基質化合物は、製造するメラニン前駆体の種類に応じて適宜選択することができる。
【0027】
例えば、メラニン前駆体としてドーパクロムを製造する場合は、基質化合物としてDOPAを使用することが好ましい。この場合、後述する酸化反応をアスコルビン酸や亜ジチオン酸等の還元剤を用いて停止させて反応生成物を還元することで、更にメラニン前駆体として5,6-ジヒドロキシインドリン-2-カルボン酸を得ることができる。
【0028】
また生成したドーパクロムを含む反応液をそのまま保持しておくと自発的な脱炭酸により5,6-ジヒドロキシインドールを取得することができる。あるいは酵素反応に使用する微生物の細胞に含まれるドーパクロムトートメラーゼにより、または非酵素的な異性化により、ドーパクロムから5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸が生成する。これにより、ドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドール及び5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸を含むメラニン前駆体を取得することができる。
【0029】
さらに、メラニン前駆体として5,6-ジヒドロキシインドリンを製造する場合は、基質化合物としてドーパミンを使用することが好ましい。この場合、反応を亜ジチオン酸などの還元剤を用いて反応を停止及び還元させることにより、ドーパミンの酸化により生成したドーパミンのキノン体を経て5,6-ジヒドロキシインドリンを取得することができる。また、この反応液を更に保持すればジヒドロキシインドールを取得することができる。また黒色以外のメラニンを生成するメラニン前駆体を製造する場合は、基質化合物として、DOPAのアルキルエステル、具体的にはDOPAエチルエステル等を用いることが好ましい。
【0030】
なお、後述する酸化反応に使用する場合の基質化合物の濃度は、反応開始液中の濃度として通常10〜60mM程度を挙げることができる。好ましくは、15〜40mM程度である。例えば、メラニン前駆体を製造する場合、上記範囲であれば、未反応の基質化合物の残存が少なく、十分量のメラニン前駆体を得ることができるとともに、それが重合してメラニンが生成することによるメラニン前駆体の収率低下を抑えることができる。
【0031】
(B)酵素
本発明のメラニン前駆体の製造に使用する酵素は、前述する基質化合物を酸化する作用を有するものであればよい。具体的には、酸化酵素を挙げることができる。中でも好ましくはカテコールオキシダーゼ活性を有する酵素である。
【0032】
ここでカテコールオキシダーゼ活性とは、カテコールの酸化によるo-キノンの生成を触媒する活性をいい、かかるカテコールオキシダーゼ活性を有する酵素としては、モノフェノールオキシダーゼ、ジフェノールオキシダーゼ、o-ジフェノラーゼ、およびチロシナーゼ等が含まれる。
【0033】
メラニン前駆体、およびメラニンを製造する場合において、カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素として、より好ましくはチロシナーゼを挙げることができる。チロシナーゼは、L-DOPAに対して親和性が高いため、これを基質化合物とすることで、天然型のメラニン前駆体(好ましくは、ドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドールカルボン酸、若しくは5,6-ジヒドロキシインドール、またはこれらを2種以上含む混合物)を効率よく製造することができる。
【0034】
本発明で用いる酵素(以下、「酸化酵素」と称する。)は、どのような生物に由来する酵素であってもよいが、特に、発現効率が良く、かつ宿主細胞内で安定であることから、糸状菌に由来する酵素が好ましい。より好ましくは糸状菌に由来するチロシナーゼである。
【0035】
かかる糸状菌としては、アスペルギルス(Aspergillus)属、ニューロスポラ(Neurospora)属、リゾムコール(Rhizomucor)属、トリコデルマ(Trichoderma)属及びペニシリウム(Penicillium)属等が挙げられる。中でも、熱に対して比較的安定であり、かつ安全性が確かめられている点で、アスペルギルス属糸状菌のチロシナーゼが好ましく、具体的には、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)のmelB遺伝子(特開2002-191366号公報)、melD遺伝子(特開2004-201545号公報)又はmelO遺伝子(Molecular cloning and nucleotide sequence of the protyrosinase gene, melO, from Aspergillus oryzae and expression of the gene in yeast cells.Biochim Biophys Acta. 1995 Mar 14;1261(1):151-154)でコードされるチロシナーゼまたはかかるチロシナーゼと実質的に同一である酵素を挙げることができる。なお、上記チロシナーゼと「実質的に同一」とは、これらの遺伝子(melB遺伝子、melD遺伝子又はmelO遺伝子)によってコードされるチロシナーゼのアミノ酸配列と、70%以上、更に好ましくは80%以上、最も好ましくは90%以上が同一のアミノ酸配列を有し、かつカテコールオキシダーゼ活性、好ましくはチロシナーゼ活性を有している酵素をいう。このような酵素は、DOPAからドーパクロムへの反応収率が高く、効率的に酸化反応を行うことができるため、反応液中のDOPA残存量を低くすることができる。
【0036】
なお、上記酵素は、そのままの状態で反応に使用することができるが、酵素の安定性向上、使用後の分離の容易さ、反応系へのタンパク質混入の回避の点から、固定化酵素の形態で使用することもできる。酵素の固定化方法は特に限定されず、例えば、固定化担体により酵素分子間を架橋する方法、アルギン酸ゲルのようなゲルに内包させる方法等の公知の固定化方法が挙げられる。酵素は、生物由来の夾雑物を含む粗標品でもよく、精製酵素でもよいが、固定化する場合は精製されたものであることが望ましい。
【0037】
(C)微生物
本発明の製造方法には、上記酵素に代えて上記酵素を含有する微生物を使用することもできる。
【0038】
本発明で使用される微生物は、少なくとも上記酸化酵素、好ましくはカテコールオキシダーゼ活性を有する酵素、より好ましくはチロシナーゼを含有するものであればよく、この限りにおいて特に制限されない。すなわち、 (a)本来的に「酸化酵素」を産生し得る微生物であってもよいし、また(b) 「酸化酵素」を産生し得る能力が外来的に付与された微生物であってもよい。さらに(c)内在性または外来性の別を問わず、「酸化酵素」活性を高める処理が施された微生物であってもよい。好ましくは(b)または(c)の微生物である。
【0039】
かかる微生物としては、大腸菌、酵母、および糸状菌等を挙げることができる。なかでも、安全で、さらに単細胞であり、かつ細胞の沈降速度が速いため、比較的低速回転の遠心分離で反応後の細胞を分離できる点で、酵母を用いることが好ましい。酵母の中でも、特に、菌体が堅牢であるために菌体由来のタンパク質の反応液中への流出が抑えられ、かつ遺伝子操作が容易である点で、サッカロミセス・セレビシェ(Saccharomyces cerevisiae)が好ましい。
【0040】
(b)の微生物は、例えば、タンパク質の大量発現用に通常用いられているベクターに「酸化酵素」をコードする遺伝子(「酸化酵素」遺伝子)をクローニングし、当該ベクターを宿主細胞に導入することによって調製することができ、斯くして上記遺伝子を宿主染色体に組み込むか、又はこれをプラスミド状態で有する微生物を取得することができる。
【0041】
上記(c)の微生物としては下記の微生物を挙げることができる:
(c-1)「酸化酵素」遺伝子を本来発現させているプロモーターよりも高活性のプロモーターの下でこの遺伝子を発現させている微生物。
(c-2)「酸化酵素」遺伝子を複数コピー有する微生物。
(c-3)「酸化酵素」遺伝子の変異体を有することにより高い酵素活性(好ましくはカテコールオキシダーゼ活性、より好ましくはチロシナーゼ活性)を示す微生物。
【0042】
(c-1)で使用される高活性のプロモーターとしては、制限されないが、例えばSED1プロモーター、ADH1プロモーター、PGKプロモーター、GAPDHプロモーター、TDH1プロモーター、PHO5プロモーター、GAL4プロモーター、GAL10プロモーター、及びCUP1プロモーターなどが挙げられる。中でも、SED1プロモーター、ADH1プロモーター、PGKプロモーター、及びGAPDHプロモーターが好ましく、SED1プロモーターがより好ましい。
【0043】
(c-2)の微生物は、例えば「酸化酵素」遺伝子を複数コピー保持する可能性のある2倍体以上の細胞に「酸化酵素」遺伝子を導入することによって調製することができる。また、例えば醸造用酵母やパン酵母等の実用酵母の中には、3倍体や4倍体の細胞も存在するため、これらも好適に使用できる。このようにして、微生物に導入する「酸化酵素」遺伝子のコピー数を多くすることにより、より高い酵素活性(好ましくはカテコールオキシダーゼ活性、より好ましくはチロシナーゼ活性)を有する微生物とすることができる。
【0044】
(c-3)の微生物としては、「酸化酵素」遺伝子の変異により、酵素活性(好ましくはカテコールオキシダーゼ活性、より好ましくはチロシナーゼ活性)が高くなった微生物、又はこのような変異「酸化酵素」遺伝子を導入した微生物を使用することができる。このようにして、天然型酵素より高い活性を示す変異型酵素とすることにより、高い酵素活性、好ましくは高いカテコールオキシダーゼ活性、より好ましくは高いチロシナーゼ活性を示す微生物とすることができる。
【0045】
なお、本発明では、上記微生物として、液体培養で得られる微生物を水で洗浄して調製した微生物懸濁液を使用することもできる。かかる微生物懸濁液は、例えば次の手順(1)〜(4)により調製することができる。
【0046】
(1)微生物を常法により液体培養した後、培養液を遠心分離して培地を除去する。
(2)この微生物を水に懸濁して遠心分離し、上清を除去する。
(3)(2)の工程を繰り返すことにより、微生物を洗浄する。
(4)(3)で得られた微生物を水に懸濁したものを微生物懸濁液とする。
【0047】
このように微生物を洗浄することにより、微生物懸濁液の電気伝導度を好ましくは0.8mS/cm以下、より好ましくは0.73 mS/cm以下、さらに好ましくは0.2〜0.5 mS/cm になるように調製することで、培養液からの不純物の混入を減少させることができる。なお、微生物懸濁液の電気伝導度の測定は、微生物懸濁液を遠心分離し、得られた上清について市販の電気伝導度計(例えば、電気伝導率計B-173:堀場製作所製など)を用いて測定することで実施することができる。
【0048】
(D)酵素または微生物の活性化処理
なお、酸化酵素活性を示す酵素、特にチロシナーゼが活性を示すためには、触媒活性中心に2価銅イオンが配位することが必要である。このため、メラニン前駆体の製造に、酸化酵素活性を示す酵素、または当該酵素を含有する微生物のいずれを用いる場合でも、これらの酵素又は微生物を、予め2価銅イオンで処理することにより、酸化酵素の触媒活性中心に2価銅イオンを配位させることが好ましい。かかる方法として、具体的には、酵素又は微生物を0.1〜2mM程度の硫酸銅溶液等に懸濁し、30〜40℃程度で0.5〜2時間程度静置する方法を挙げることができる。
【0049】
また、酸化酵素活性を示す酵素の中でもチロシナーゼ、特にアスペルギルス・オリゼ由来のチロシナーゼは、pH2.8〜3.2程度の酸性溶液で処理することにより、成熟化し、活性化する。従って、酸化酵素活性を示すチロシナーゼまたは当該酵素を含有する微生物を用いる場合も、例えば、20〜200mM程度の酢酸ナトリウム緩衝溶液(pH3)に懸濁し、0〜40℃程度で0.5〜1時間程度静置することが好ましい。また、酸化酵素は、トリプシン等の特定のペプチド結合を選択的に切断するエンドペプチダーゼのようなプロテアーゼで処理することによっても活性化することができる。
【0050】
なお、酸化酵素を含有する微生物を用いる場合は、上記活性化処理の前に予め微生物に対して細胞障害処理を施し、その生存率を91%以下、好ましくは70%以下に低下しておくことが好ましい。活性化処理前にかかる細胞障害処理を施して生存率を低下しておくことで、より高い酸化酵素活性を有する微生物を調製することができる。かかる細胞障害処理としては、界面活性剤を用いた処理、冷凍処理、および乾燥処理を挙げることができる。好ましくは界面活性剤処理である。ここで界面活性剤としては、陽イオン系界面活性剤、陰イオン系界面活性剤、非イオン系界面活性剤および両性界面活性剤を挙げることができるが、好ましくは陽イオン系界面活性剤、陰イオン系界面活性剤および非イオン系界面活性剤であり、より好ましくは陽イオン系界面活性剤である。陽イオン系界面活性剤の中でも、特に好ましくは第4級アンモニウム塩である。当該第4級アンモニウム塩としては、特に制限をされないが、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、アルキルベンジルジメチルアンモニウムクロライド、アルキルジメチルエチルベンジルアンモニウムクロライド、アルキルジメチルメチルベンジルアンモニウムクロライド、ジデシルジメチルアンモニウムクロライド、デシルイソノニルジメチルアンモニウム塩、ジオクチルジメチルアンモニウムクロライド、ジデシルジメチルアンモニウムカーボネート、ジデシルメチルポリオキシエチレンアンモニウムプロピネートなどを挙げることができる。これらは1種単独で使用してもよいし、また2種以上を任意に組み合わせて使用してもよい。好ましくは、塩化ベンザルコニウム、ジデシルジメチルアンモニウム塩、ジオクチルジメチルアンモニウム塩、アルキルベンジルジメチルアンモニウムクロライドである。なお第4級アンモニウム塩の塩としては、制限をされないが、クロライド塩、炭酸塩、リン酸塩、ブロマイド塩などを挙げることができる。好ましくはクロライド塩である。
【0051】
後述する酸化反応に基質化合物として1molのL-DOPAを用いる場合、酸化酵素活性を示す酵素または当該酵素を産生する微生物は、通常5×105 U/mol以上、好ましくは5×106U/mol以上、より好ましくは5×106 U/mol〜5×107 U/molの割合で使用することが好ましい。また基質化合物として同様にL-DOPAを用いる場合、0.1 U/OD600以上、更には0.5 U/OD600以上、特に1〜5U/OD600となる割合で酸化酵素活性を有する微生物、好ましくは酵母を用いることが好ましい。
【0052】
なお、酵素又は微生物の酸化酵素活性は、酵素又は細胞と0.8μmolのDOPAを含む溶液1mLを30℃で5分間反応させた場合の475nmにおける吸光度を1増加させる活性を1Uとする。また微生物の酸化酵素活性は、これを反応に用いた菌体の密度(600nmにおける吸光度;OD600)で除したもの(U/OD600)とする。
【0053】
(E)酸化反応
本発明の製造方法は、前述する基質化合物に、前述する酵素または当該酵素を含有する微生物を反応させる酸化反応において、下記の(1)及び(2)の工程を有することを特徴とする。
(1)反応液のpHを5〜6に維持する工程、
(2)(a)反応液のpH、(b)反応系におけるO吸収量とCO発生量の差異(「O吸収量−CO発生量」)、および(c)反応液中の溶存酸素量、からなる群から選択されるいずれか少なくとも1つを連続的に測定し、その測定値の経時的変化をモニターする工程。
【0054】
ここで(1)の工程は、反応液のpHを、酵素による酸化反応によって基質化合物を酸化してメラニン前駆体を生成するのに適したpHに調整する工程である。基質化合物を効率よく酸化するとともに、メラニンの生成を抑えて、反応液中に収率良くメラニン前駆体を蓄積させる点から、通常pH5〜6程度、好ましくはpH5.3〜5.9程度に維持することが好ましい。反応液のpHは、緩衝液を用いて調整する方法もあるが、反応液中の塩濃度が高いと、生成したメラニン前駆体が重合してメラニン生成が促進される場合があるため、好ましくは反応液に水酸化カリウムや水酸化ナトリウム等のアルカリの水溶液、又は硫酸や塩酸等の酸の水溶液を添加することにより調整することが好ましい。アルカリとして好ましくは水酸化ナトリウムの水溶液を、酸として好ましくは硫酸の水溶液を挙げることができる。
【0055】
なお、(1)の工程は、具体的には、反応液のpHを、pH電極などのpH測定器を用いて連続的に測定し、反応液のpHが5を下回る場合にはアルカリを添加し、反応液のpHが6を上回る場合には酸を添加することで、実施することができる。より好ましくは、例えば図1、図4および図7に示すように、反応液を収容した反応容器(反応槽)に取り付けられたpH測定部で連続的に反応液のpHが測定できるようになっており、且つその測定値が反応液へのアルカリ供給部および酸供給部に連動しており、反応液のpHが5を下回る場合にはアルカリ供給部からアルカリ水溶液が自動的に添加され、また反応液のpHが6を上回る場合には酸供給部から酸水溶液が自動的に添加されることで、常に反応液のpHがpH5〜6の範囲内になるように制御されていることが好ましい。
【0056】
なお、pHの測定には、例えば水素電極、キンヒドロン電極、アンチモン電極、ガラス電極またはガラス複合電極を使用することができる。また、pH制御には自動制御機能がついているpH制御装置を使用することができる。
【0057】
上記pH条件での酸化反応は連続式で行うことが好ましい。この場合、本発明の酸化反応は、酸化酵素または酸化酵素を産生する微生物を含有する反応液を収容した反応容器に、10〜60mM程度、特に15〜40mM程度になるように基質化合物を供給しつつ、酸素を供給しながら、閉鎖系で反応を進め、反応液を連続的に回収することによって実施することができる。なお、酸化酵素またはそれを産生する微生物として、固定化酵素または固定化微生物を使用することもできる。
【0058】
酸化反応に使用する微生物は、微生物懸濁液の状態で用いることが好ましい。当該微生物懸濁液は、前述するように洗浄処理により電気伝導度が0.8 mS/cm以下、好ましくは0.73 mS/cm以下、更に好ましくは0.20〜0.50 mS/cmになるように調整されることが好ましい。かかる電気伝導度を有するように調整した微生物懸濁液は、前述する酵素活性を充足することを条件として、通常、反応液の10容量%程度、若しくはそれ以下の割合で使用することができる。微生物懸濁液を反応液の10容量%を超えて配合する場合は、10容量%に換算した場合に、その電気伝導度が0.8 mS/cm以下になるように調整することが好ましい。このように洗浄した微生物を用いることで、反応液に培養液からの不純物の混入を減少させることができ、また微生物懸濁液の電気伝導度を0.8 mS/cm以下にすることで、得られるメラニン前駆体に含まれる5,6-ジヒドロキシインドールに対する5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸の量をHPLC分析による面積比において10/100以下、好ましくは9/100以下、より好ましくは6/100〜8/100まで低減させることができる。
【0059】
(2)の工程は、反応終点を把握し決定するうえで重要な工程であり、本発明において下記に掲げる(a)〜(c)のいずれか少なくとも1つの工程を採用することができる。
【0060】
(a)反応液のpHを連続的に測定し、その測定値の経時的変化をモニタリングする工程、
(b)反応系から排出されてくるガス中のO濃度とCO濃度を連続的に測定し、反応系の(「O吸収量−CO発生量」)を算出し、その経時的変化をモニターする工程、
(c)反応液中の溶存酸素量を連続的に測定し、その測定値の経時的変化をモニターする工程。
【0061】
以下、各種の工程毎に、反応終点の決定方法を説明する。
【0062】
(a)反応液のpHをモニターする方法
当該方法は、反応液のpHを連続的に測定し、その測定値を経時的にモニタリングすることによって実施できる。なお、ここで「pHを連続的に測定する」とは、少なくとも反応時間中、継続してpHを測定することを意味し、その限りにおいて絶え間なく測定する場合のみならず、間欠的に複数回測定する場合も含まれる。反応終点を見逃さないためには、絶え間なく測定することが好ましい。
【0063】
この方法の具体的な例を図1に示す反応システムを参照しながら説明する。当該反応システムは、反応液を収容した反応槽、反応液にアルカリを供給するアルカリ供給部、反応液に酸を供給する酸供給部、反応液のpHをモニターするpH検出部を少なくとも備えている。ここで、アルカリ供給部と酸供給部は制御部17を介してpH検出部と連動しており、前述するように、反応液のpHが常に5〜6、好ましくはpH5.3〜5.9付近に維持されるように、制御部17を介してオンラインでコントロールされている。すなわち、反応液のpHが5より低くなる場合はアルカリ供給部からアルカリ水溶液が自動添加されて反応液のpHが5.5付近になるように調整され、逆に反応液のpHが6より高くなる場合は酸供給部から酸水溶液が自動添加されて反応液のpHが5.5付近になるように調整されている。またこの例において、反応槽に設けられたpH検出部により、反応液のpHが連続的に測定されて、経時的に反応液のpHがモニタリングされているとともに、その結果がアルカリ供給部と酸供給部と伝達されて、アルカリ供給部からの反応液へのアルカリ水溶液の供給および酸供給部からの反応液への酸水溶液の供給が制御されている。
【0064】
この反応システムにおいて、反応液のpHは常に5〜6になるように調整されているが、実験例1(図2(A))に示すように、反応前半(反応開始から10分程度まで)の反応液のpHは低下傾向にあるため、アルカリ供給部からアルカリ水溶液を供給することにより、上記pHに維持されている。しかし反応開始から10〜12分くらいで、アルカリ水溶液を添加してもpHが低くならず、12〜13分くらいで逆にpHが上昇する傾向を示す(図2(A)参照)。この時点で、アルカリ供給部からのアルカリ供給から、酸供給部からの酸供給に切り替わる。
【0065】
実験例1に示すように、この時点、すなわち反応液のpHの低下傾向が上昇傾向に転じ、反応液へのアルカリ供給から酸供給へ切り替わる時点で、反応液中の基質化合物(DOPA)がほぼ完全に消費され、かつメラニン前駆体の生成量(反応液中のメラニン前駆体(Dopachrome)の蓄積量)が最大になることが確認されている(図3参照)。
【0066】
よって、本発明の方法において、上記時点(反応液のpHの低下傾向が上昇傾向に転じ、反応液へのアルカリ供給から酸供給へ切り替わる時点)を反応終了の指標とすることができる。
【0067】
(b)反応液の「O吸収量−CO発生量」をモニターする方法
当該方法は、反応系のO2吸収量及びCO2発生量を連続的に測定し、その測定値から「O吸収量−CO発生量」を算出することによって実施できる。なお、ここで「『O吸収量−CO発生量』を連続的に測定する」とは、少なくとも反応時間中、継続して当該「O吸収量−CO発生量」を測定することを意味し、その限りにおいて絶え間なく測定する場合のみならず、間欠的に複数回測定する場合も含まれる。反応終点を見逃さないためには、絶え間なく測定することが好ましい。
【0068】
この方法の具体的な例を図4に示す反応システムを参照しながら説明する。当該反応システムは、反応液を収容した反応槽、反応液にアルカリを供給するアルカリ供給部、反応液に酸を供給する酸供給部、反応液のpHをモニターするpH検出部、空気供給部11、及びガス分析計(O/CO測定部)を少なくとも備えている。ここで、アルカリ供給部と酸供給部は、前述するようにpH検出部と連動しており、反応液のpHが常に5〜6、好ましくはpH5.3〜5.9付近に維持されるように、オンラインでコントロールされている。またこの例において、反応槽に設けられたガス分析計(O/CO測定部)により、反応液からの排ガスO及びCO濃度が経時的に測定され、空気供給部11から供給される酸素量との関係で反応系の「O吸収量−CO発生量」が経時的にモニタリングされるようになっている。
【0069】
この反応システムにおいて、実験例2(図5)に示すように、反応開始から20分を超えると、1分あたりの「O吸収量−CO発生量」の値が低くなり、1分あたりの「O吸収量−CO発生量」(mmol/L/min)の最大値の20%以下になる。実験例2(図6)に示すように、この時点、すなわち1分あたりの「O吸収量−CO発生量」(mmol/L/min)が最大値の20%以下になった時点で、反応液中の基質化合物がほぼ完全に消費され、かつメラニン前駆体の生成量(反応液中のメラニン前駆体の蓄積量)がほぼ最大になることが確認されている。
【0070】
よって、本発明の方法において、上記時点(1分あたりの「O吸収量−CO発生量」(mmol/L/min)が最大値の20%以下になった時点)を反応終了の指標とすることができる。
【0071】
(c)反応液の溶存酸素量をモニターする方法
当該方法は、反応液の溶存酸素量を連続的に測定し、その測定値を経時的にモニタリングすることによって実施できる。なお、ここで「溶存酸素量を連続的に測定する」とは、少なくとも反応時間中、継続して当該溶存酸素量を測定することを意味し、その限りにおいて絶え間なく測定する場合のみならず、間欠的に複数回測定する場合も含まれる。反応終点を見逃さないためには、絶え間なく測定することが好ましい。
【0072】
この方法の具体的な例を図7に示す反応システムを参照しながら説明する。当該反応システムは、反応液を収容した反応槽、反応液にアルカリを供給するアルカリ供給部、反応液に酸を供給する酸供給部、反応液のpHをモニターするpH検出部、酸素供給部11、及び溶存酸素量測定部を少なくとも備えている。ここで、アルカリ供給部と酸供給部は、前述するようにpH検出部と連動しており、反応液のpHが常に5〜6、好ましくはpH5.3〜5.9付近に維持されるように、オンラインでコントロールされている。またこの例において、反応槽に設けられた溶存酸素量測定部により、反応液中の溶存酸素量が経時的に測定され、反応液の溶存酸素量または溶存酸素飽和度が経時的にモニタリングされるようになっている。
【0073】
この反応システムにおいて、実験例3(図8)に示すように、反応開始から15分位で溶存酸素飽和度(DO(%))が上昇し出し、20分で最大になる。実験例2(図9)に示すように、この時点、すなわち溶存酸素飽和度(DO(%))が上昇に転じて最大になった時点で、反応液中の基質化合物(DOPA)がほぼ完全に消費され、かつメラニン前駆体の生成量(反応液中のメラニン前駆体(Dopachrome)の蓄積量)がほぼ最大になることが確認されている。
【0074】
よって、本発明の方法において、上記時点(反応液の溶存酸素飽和度が上昇に転じ、最大になった時点)を反応終了の指標とすることができる。
【0075】
前述する酸化反応において、反応液の温度(反応温度)は、酵素が基質物化合物の酸化反応を触媒できる範囲であればよく、その限りにおいて特に制限されない。通常、十分な酸化反応の進行、酵素の失活防止、メラニン化の抑制の点から、5〜40℃に維持することが好ましい。好ましくは15〜35℃、より好ましくは20〜30℃である。
【0076】
かかる酸化反応により、前述するDOPAまたはその類縁体が酸化されて、メラニン前駆体が生成する。ここでメラニン前駆体としては、メラニンの構成モノマー(例えば、ドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸、5,6-ジヒドロキシインドール、5,6-ジヒドロキシインドリン、5,6-ジヒドロキシインドリン-2-カルボン酸など)、並びにこれらのモノマーが2〜5分子程度重合してなる水溶性オリゴマーまたはそれらの化合物を少なくとも2以上含む混合物を挙げることができる。好ましくはドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドール、および5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸である。なお、本発明においてメラニン前駆体とは、上記化合物の少なくとも1種を意味し、1種単独の化合物であっても、2種以上を含む混合物であってもよい。
【0077】
(F)メラニン前駆体の回収
斯くして調製されたメラニン前駆体を含む反応液(メラニン前駆体含有溶液)には、メラニン前駆体のほかに、使用した酵素又は微生物、更には通気及び撹拌により細胞が破損して生じたタンパク質又は細胞から流出したタンパク質や、メラニン前駆体が重合したメラニンも含まれる。従って、必要に応じて、反応液からメラニン前駆体以外の成分を除去してもよい。例えば酵素や微生物細胞の除去は、限外ろ過等のろ過、遠心分離等の手段により行うことができる。また、タンパク質やメラニンの除去は、限外ろ過、ゲルろ過クロマトグラフィー等の手段により行うことができる。
【0078】
なお、調製されたメラニン前駆体は、必要に応じてさらに、(i)pH調整処理、(ii)水溶性有機溶媒の添加、(iii)無機塩の添加、(iv)緩衝液による処理、(v)酸化防止剤の添加等の処理を行ってもよい。かかる処理を行うことで、メラニン前駆体溶液中の5,6-ジヒドロキシインドール及び5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸のいずれかの濃度を高めることができる。これらの処理は、2種以上を組み合わせて用いてもよく、特に上記(i)pH調整時に(ii)〜(v)のいずれか1以上を組み合わせると、より効率的に5,6-ジヒドロキシインドール及び5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸の濃度を高めることができる。
【0079】
また、メラニン前駆体含有溶液は、さらに必要に応じて、逆浸透膜濃縮、減圧濃縮、スプレードライ、凍結乾燥等の公知の方法で水分を除去するか又は乾燥することで、濃縮状態または乾燥状態(乾燥粉末)に調製することもできる。また、メラニン前駆体含有溶液にそのまま、または濃縮後、防腐を目的としてエタノール等の低級アルコールを添加することもできる。
【0080】
なお、この場合、エタノールの濃度が高いほど、高い防腐効果が得られる反面、メラニン前駆体含有溶液中に含まれ得る無機塩類の溶解度が低下し、低温保管時の不溶物析出の可能性が高まる。これを考慮すると、好ましいエタノール濃度は18〜22重量%である。この範囲でエタノールを含むことによって不溶物の析出防止と防腐効果を同時に満たすことができる。より好ましくは19〜21重量%、最も好ましくは20重量%程度である。なお、当該メラニン前駆体含有溶液には、本発明の効果が妨げられない限りにおいて、水およびエタノール以外の極性溶媒が含まれていてよい。かかる極性溶媒としては、例えばメタノール、プロパノール、ブタノール、ヘキサノール等の炭素数1〜6の低級アルコール、およびアセトン等を挙げることができる。
【0081】
メラニン前駆体含有溶液は、制限されないが、それに含まれるメラニン前駆体(好ましくは、5,6-ジヒドロキシインドール)の濃度が、好ましくは0.8〜1.2重量%、より好ましくは0.9〜1.1重量%、さらに好ましくは1重量%程度になるように調整されることが好ましい。かかる5,6-ジヒドロキシインドールの含有量は、HPLC分析法で、5,6-ジヒドロキシインドール標準品を用いて、絶対検量線法により測定(定量)することができる。
【0082】
またメラニン前駆体含有溶液は、塩化物イオン濃度が300ppm以下になるように調整することが好ましい。塩化物イオン濃度を300ppm以下にすることで、これを金属製の容器に収納した場合でも金属を腐食させる危険性を低下させることができる。好ましくは100ppm以下、より好ましくは20〜60ppmである。当該塩化物イオン濃度は、HPLC分析法により測定することができる。
【0083】
(II)メラニン前駆体の製造における反応終点の決定方法
本発明はまたメラニン前駆体の製造において反応終点を決定する方法を提供する。
【0084】
当該方法は、前述する基質化合物に、前述する酵素または当該酵素を産生し得る微生物を反応させてメラニン前駆体を製造する方法において、
(1)反応液のpHを5〜6に維持する工程、及び
(2)(a)反応液のpH、(b)反応系におけるO吸収量とCO発生量の差異(「O吸収量−CO発生量」)、および(c)反応液中の溶存酸素量、からなる群から選択されるいずれか少なくとも1つを連続的に測定して、その測定値の経時的変化をモニターする工程、
を有し、
(3)(a)〜(c)のいずれか少なくとも1つの経時的変化の傾向の切り替わりを反応終点の指標とすることによって実施することができる。
【0085】
ここで(1)の工程、並びに(2)で採用する(a)〜(c)の工程、ならびに(3)の工程はいずれも、(I)で説明した通りである。
【0086】
斯くして、上記(a)〜(c)のいずれか少なくとも1つの経時的変化の傾向の切り替わりを反応終点の指標とすることで、反応液中に基質化合物が殆どなくなり、目的とするメラニン前駆体の生成量がほぼ最大になる時点、すなわち反応終点を容易にかつリアルタイムに把握することができる。その結果、それを指標として反応を終了することで、基質化合物を効率よく最大限利用して、しかも、メラニンへの重合を抑制することができ、高い収率でメラニン前駆体を製造することが可能になる。
【実施例】
【0087】
以下、本発明を更に詳しく説明するため実験例を挙げる。しかし、本発明はこれらの実験例になんら限定されるものではない。
【0088】
なお、下記の実験例1〜3に使用した微生物懸濁液の調製方法、反応液中のL-DOPA(3-(3,4-ジヒドロキシフェニル)アラニン)およびドーパクロムの定量方法を下記に示す。
【0089】
参考例1 微生物懸濁液の調製
(1)カテコールオキシダーゼ産生微生物(melB産生酵母)の調製
カテコールオキシダーゼとしてチロシナーゼ(melB)、微生物として酵母(Saccharomyces cerevisiae)を用いて、カテコールオキシダーゼ産生微生物を調製した。なお、チロシナーゼ(melB)は麹菌Aspergillus oryzaeから単離された酵素である(特許第3903125号公報)。そのアミノ酸配列、並びにそれをコードするmelB遺伝子のクローニング方法およびその塩基配列も、上記特許第3903125号公報に記載されている。
【0090】
(a)チロシナーゼ遺伝子(melB遺伝子)のクローニング
特許第3903125号公報の記載に従って、麹菌Aspergillus oryzaeからmelB遺伝子をクローニングした。具体的には、麹菌「Aspergillus oryzae OSI-1013」株(受託番号FERM P-16528、平成9年11月20日に日本国茨城県つくば市東1-1-1 つくばセンター 中央第6に住所を有する独立行政法人産業技術総合研究所・特許生物寄託センター(旧:工業技術院生命工学工業技術研究所・特許微生物寄託センター)に寄託)を蒸米に接種し、製麹した麹を1.5g秤量し、液体窒素中で完全に破砕した。日本ジーン社製ISOGENを用いて、これから240μgの全RNAを抽出した。120μgの全RNAからタカラバイオ株式会社製Oligotex-dT30<Super>を用いて、1μgのmRNAを精製した。このmRNAを、Clontech社製SMART cDNA Library Construction KitによりcDNAライブラリーを作成し、PCRによりmelB cDNAのみを増幅した。得られたPCR産物はアガロースゲル電気泳動で、目的の約1.8Kbpのバンドのみが増幅されていることを確認した。また、塩基配列解析の結果、正常にイントロン配列が取り除かれていることも確認した。なお、特許第3903125号公報の配列番号2に記載されているmelB遺伝子の塩基配列のうち、1〜1436番目の塩基配列はプロモーター領域、3636〜4174番目の塩基配列はターミネーター領域に相当し、1437〜3635番目の塩基配列は、melB cDNAに相当するコーティング領域に相当する。
【0091】
(b)酵母への組み込み
上記(a)で得られたmelB cDNAを、酵母Saccharomyces cerevisiae用発現ベクター(特開2003-265177号公報)に発現可能な状態で接続した。具体的には、特開2003-265177号公報の記載に準じて、SED1プロモーターとADH1ターミネーターを持つ上記発現ベクターのプロモーター直下のSmaI部位に、上記(a)で取得したmelB cDNAを挿入した。URA3マーカー内部に存在するStuI部位で切断することにより得られるmelB cDNAを含む断片を導入用カセットとして精製した。
【0092】
これを定法に従って、酵母(Saccharomyces cerevisiae)に導入し、melB産生酵母を調製した。なお、酵母は、清酒の醸造に用いられる実用酵母・協会9号由来のウラシル要求性株については、日本醸造教会から入手できる清酒の醸造に用いられる実用酵母・協会9号の5−フルオロオロチジン酸耐性を利用した公知の陽性選択方法により取得することができる。
【0093】
(2)微生物懸濁液の調製
上記で得られたmelB産生酵母(組換え酵母)を常法に従って培養し、遠心分離によって菌体を回収し、蒸留水で洗浄した。次いで、菌体(湿重量約100mg)に0.1mMの硫酸銅を含む水溶液1mLを加え、40℃で20分間保持した。その後、遠心分離により菌体を回収し、これを50mMの酢酸緩衝液(NaOAc-HCl)(pH3.0)1mLに懸濁し、室温で10分間静置した。その後、遠心分離により菌体を回収し、過剰な銅イオンを除去するため、20mMのEDTA溶液(KOHを使用してpH5に調整)で洗浄し、遠心分離して菌体を回収した。斯くして活性化処理された菌体を水1mLに懸濁して、これを微生物懸濁液とした。
【0094】
参考例2 L-DOPAおよびドーパクロムの定量方法
(1)試験液の処理
測定する試験液の遠心上清0.5mlと3%(w/v)アスコルビン酸ナトリウム水溶液0.5mlを混和する。本溶液を65℃で15分間加熱後、0.1%(w/v)リン酸水溶液9.0mlを添加してよく混ぜる。かかる処理により、試験液中に含まれているドーパクロムは全量5,6-ジヒドロキシインドールに変換され定量することができる。
【0095】
(2)HPLC分析
斯くして調製した試験液の遠心上清を下記条件のHPLCに供し、標準化合物(L-DOPA:和光純薬社製、5,6-ジヒドロキシインドール:BIO SYNTH社製)で作成した検量線から、反応液中のL-DOPAおよびドーパクロムの濃度を測定する。
【0096】
<HPLC条件>
HPLC装置:Waters社製HPLC Alliance2695-2996
カラム: Waters社製SunfireC18(4.6×150mm)
移動相:A液−1.5%(w/v)リン酸溶液、B液−99.9%メタノール(B液が初発0%、5分後に50%となるようにグラジエントを設定)
試験液注入量:10μl
流速:1.0ml/min
検出:極大吸収波長である280nmにおける吸光度でモニター。
【0097】
参考例3 1分あたりの「O吸収量−CO発生量」の測定法
(1)反応液を通って出てくるガス中のO濃度およびCO濃度の測定方法
反応系における反応液を通って出てくるガス中のO濃度およびCO濃度は、株式会社堀場製作所製のマルチガス分析ユニットVA-3015及びマルチガスサンプリングユニットVS-3001を使用することで測定することができる(図4中の「ガス分析計(O2/CO2測定部)」に相当)。反応液を通って出てくるガス中のO濃度(排ガス中のO濃度)はVA-3015内蔵のジルコニア式O分析計にて測定できる。また反応液を通って出てくるガス中のCO濃度(排ガス中のCO濃度)はVA-3015内蔵の赤外分析計にて測定できる。
【0098】
(2)1分あたりの「O吸収量−CO発生量」の算出法
1分あたりの「O吸収量−CO発生量」は、上記方法で測定した排ガス中のO濃度およびCO濃度から、下式に従って算出することができる。
【0099】
【数1】

【0100】
参考例4 反応液の溶存酸素量の測定方法
図7に示す反応システムにおいて、溶存酸素測定部として溶存酸素計を付帯している10L容量の反応槽(丸菱バイオエンジ社製(MDL-8C))を使用した。また電極として、東亜DKK社製ガルバニ型溶存酸素電極(OX-3200またはOE-8PT2)を使用した。電極は、予め、無酸素液(飽和亜硫酸ナトリウム溶液)に浸して0に合わせ、次いで十分に酸素を通気した純水中に浸して指示値が安定したら飽和DO値(100%)に設定したものを使用した。これにより、反応液中の溶存酸素飽和度(%)を測定することができる。
【0101】
実験例1 反応液のpHをモニターする方法
図1に示す反応システムの概略図を参考にして説明する。
【0102】
(1)反応システムの説明
当該反応システムは、反応液を収容した反応槽、反応液にアルカリを供給するアルカリ供給部、反応液に酸を供給する酸供給部、反応液のpHをモニターするpH検出部を少なくとも備えており、アルカリ供給部と酸供給部はpH検出部と連動しており、反応液のpHが常に5〜6、好ましくはpH5.3付近に維持されるように、制御部17によりオンラインでコントロールされている。すなわち、反応液のpHが5より低くなる場合はアルカリ供給部からアルカリ水溶液が自動添加されて反応液のpHが5.3付近になるように調整され、逆に反応液のpHが6より高くなる場合は酸供給部から酸水溶液が自動添加されて反応液のpHが5.3付近になるように調整されている。なお、ここでは、アルカリ水溶液として6Nの水酸化ナトリウム水溶液を、酸水溶液として3Nの硫酸水溶液を使用した。
【0103】
この例においては、前述するように、反応槽に設けられたpH検出部により、反応液のpHが連続的に測定されて、経時的に反応液のpHがモニタリングされているとともに、その結果がアルカリ供給部と酸供給部と伝達されて、アルカリ供給部からの反応液へのアルカリ水溶液の供給および酸供給部からの反応液への酸水溶液の供給が制御されている。
【0104】
(2)上記反応システムを使用したメラニン前駆体の製造
pH測定部を備えた30L容量の反応槽に、イオン交換水23.4L、L-DOPA(3-(3,4-ジヒドロキシフェニル)アラニン)324gを仕込み、アルカリ供給部から6NのNaOH水溶液を添加して、反応液のpHを5.3付近になるように調整した。これに参考例1に記載する方法で調製した微生物懸濁液4.05L(酵素活性14,580kU)を添加して、反応を開始した(反応液の総量27L)。反応は、反応液の温度を25℃前後に調整し、酸素供給部11から酸素を10L/minの割合で供給しながら、撹拌下(800rpm)で行った。また排気バルブ14は全閉し、閉鎖系で反応を行った。なお、前述するように、反応は、反応液のpHが5.3付近になるように、アルカリ供給部から6NのNaOH水溶液の添加が、また酸供給部から3NのH2SO4水溶液の添加が、自動制御されている。
【0105】
なお、図1において、圧力調整部12は、酸素供給部11から供給される酸素の圧力を段階的に減圧するための調整部である。なおここでは、酸素供給部11の圧力(数十MPa)をまず0.5MPa程度に大まかに減圧し、装置に入る前に、さらに0.2MPa程度まで減圧した。反応槽への酸素供給は、反応液中の圧力計16および流量計15をみながら、ニードルバルブ13の開閉を調節して行った。圧力計16を確認することで、反応槽への酸素過剰供給が防止される。また反応終了時に内圧を確認することで、安全に作業を行うことができる。
【0106】
図2(A)に、反応液のpHをpH測定部で経時的に測定した結果(pHの経時的変化)と、反応液へのNaOH水溶液とH2SO4水溶液の添加状況を示す。これからわかるように、反応開始から10分までは、反応液のpHが低下傾向にあるためNaOH水溶液が自動添加されている。このとき、NaOH水溶液を添加すると一時的に反応液のpHは上昇するが直ちにpH5.3より低くなることがわかる。これを繰り返していくと反応開始から10〜12分くらいで、NaOH水溶液を添加してもpHが低くならず、12〜13分くらいで逆にpHが上昇する傾向を示し出す(図2(A)参照)。この時点で、アルカリ供給部からのアルカリ供給から酸供給に切り替わり、酸供給部から3NのH2SO4水溶液が添加される。
【0107】
図2(B)に反応開始から40分間の反応において、反応時間と6NのNaOH水溶液および3NのH2SO4水溶液の添加量(累積量)の関係を示す。この結果から、反応の前半(本実施例では反応開始から10〜12分位まで)は反応液のpHが下降する傾向があるためpH5.3付近に維持するにはアルカリ水溶液の添加が必要であるのに対して、反応の後半(本実施例では反応12〜13分以後)は反応液のpHが上昇する傾向にあるためpH5.3付近に維持するには酸水溶液の添加が必要であることがわかる。
【0108】
図3に、反応開始から40分間の反応における反応液中のL-DOPAおよびメラニン前駆体であるドーパキノンの濃度変化(mM)を示す。なお、反応液中のL-DOPAおよびドーパキノンの定量は参考例2に記載する方法で行った。図3の結果から、反応開始から10〜20分くらいで反応液中のL-DOPAがほぼ完全に消費され、かつドーパキノンの生成量(反応液中のドーパキノンの蓄積量)がほぼ最大になることが分かる。
【0109】
すなわち、この結果から、反応液にアルカリまたは酸を供給して反応液のpHを5.3付近に維持するように制御した反応システムにおいて、反応液のpHの経時的変化をモニターすることで反応終点が判断できること、具体的には反応液のpH低下が上昇に転じ、反応液へのアルカリ供給が酸供給に切り替わることを反応終点の指標とすることができることが分かる。
【0110】
実験例2 反応系の「O吸収量−CO発生量」をモニターする方法
図4に示す反応システムの概略図を参考にして説明する。
【0111】
(1)反応システムの説明
当該反応システムは、反応液を収容した反応槽、反応液にアルカリを供給するアルカリ供給部、反応液に酸を供給する酸供給部、反応液のpHをモニターするpH検出部、反応液に酸素供給する酸素供給部11、およびO/CO測定部を少なくとも備えており、アルカリ供給部と酸供給部はpH検出部と連動しており、反応液のpHが常に5〜6、好ましくはpH5.3付近に維持されるように、制御部17によりオンラインでコントロールされている。すなわち、反応液のpHが5より低くなる場合はアルカリ供給部からアルカリ水溶液が自動添加されて反応液3のpHが5.3付近になるように調整され、逆に反応液のpHが6より高くなる場合は酸供給部から酸水溶液が自動添加されて反応液のpHが5.3付近になるように調整されている。なお、ここでは、アルカリ水溶液として6Nの水酸化ナトリウム水溶液を、酸水溶液として3Nの硫酸水溶液を使用した。
【0112】
また、ガス分析計(O/CO測定部)において、反応液を通じて出てくる排ガス中のO濃度およびCO濃度が経時的に測定されるようになっている。通気する空気のO濃度およびCO濃度は分かっているので、前述する式により反応系のO吸収量とCO発生量を求めることができる。
【0113】
(2)上記反応システムを使用したメラニン前駆体の製造
pH測定部並びにガス分析計(O/CO測定部)を備えた5L容量の反応槽に、イオン交換水2.6L、L-DOPA48gを仕込み、アルカリ供給部から6NのNaOH水溶液を添加して、反応液のpHが5.3付近になるように調整した。これに参考例1に記載する方法で調製した微生物懸濁液0.4L(酵素活性720kU)を添加して、反応を開始した(反応液の総量5L)。反応は、反応液の温度を25℃前後に調整し、酸素供給部11から酸素を10L/minの割合で供給しながら、撹拌下(800rpm)で行った。また排気バルブ14は全閉し、閉鎖系で反応を行った。なお、前述するように、反応は、反応液のpHが5.3付近になるように、アルカリ供給部から6NのNaOH水溶液の添加が、また酸供給部から3NのH2SO4水溶液の添加が、自動制御されている。
【0114】
かかる反応系において、1分あたりの「O吸収量−CO発生量」を上記の方法(参考例3参照)により測定し、経時的にモニターした。
【0115】
図5に、反応液1Lあたり1分あたりの「O吸収量−CO発生量」を求めた結果を示す。これからわかるように、反応開始から20分を超えると1分あたりの「O吸収量−CO発生量」が低くなることがわかる。また反応開始から20分を超えると、1分当たりの「O吸収量−CO発生量」が最大値の20%以下になることがわかる。
【0116】
図6に、反応開始から30分間の反応における反応液中のL-DOPAおよびメラニン前駆体(Dopachrome)の濃度変化(mM)を示す。なお、反応液中のL-DOPAおよびメラニン前駆体(Dopachrome)の定量は参考例2に記載する方法に従って行った。図6の結果から、反応開始から20分くらいで反応液中のL-DOPAがほぼ完全に消費されることがわかる。またメラニン前駆体の生成量(反応液中のメラニン前駆体の蓄積量)も15〜20分にかけて最大になることが分かる。
【0117】
すなわち、この結果から、DOPA等を基質化合物として酵素酸化反応によりメラニン前駆体を製造する反応において「O吸収量−CO発生量」の経時的変化をモニターすることで反応終点が判断できること、具体的には1分あたりの「O吸収量−CO発生量」が低くなり、1分当たりの「O吸収量−CO発生量」が最大値の20%以下に低下することを反応終点の指標とすることができることが分かる。
【0118】
実験例3 反応液の溶存酸素量をモニターする方法
図7に示す反応システムの概略図を参考にして説明する。
【0119】
(1)反応システムの説明
当該反応システムは、反応液を収容した反応槽、反応液にアルカリを供給するアルカリ供給部、反応液に酸を供給する酸供給部、反応液のpHをモニターするpH検出部、反応液に酸素供給する酸素供給部11、反応液の溶存酸素量を測定するDO測定部を少なくとも備えており、アルカリ供給部と酸供給部はpH検出部と連動しており、反応液のpHが常に5〜6、好ましくはpH5.3付近に維持されるように、制御部17によりオンラインでコントロールされている。すなわち、反応液のpHが5より低くなる場合はアルカリ供給部からアルカリ水溶液が自動添加されて反応液のpHが5.3付近になるように調整され、逆に反応液のpHが6より高くなる場合は酸供給部から酸水溶液が自動添加されて反応液のpHが5.3付近になるように調整されている。なお、ここでは、アルカリ水溶液として6Nの水酸化ナトリウム水溶液を、酸水溶液として3Nの硫酸水溶液を使用した。
【0120】
また、DO測定部において、反応液中の溶存酸素量が連続して測定され、溶存酸素飽和度(%)とともに経時的にモニタリングできるようになっている。
【0121】
(2)上記反応システムを使用したメラニン前駆体の製造
pH測定部およびDO測定部を備えた5L容量の培養槽に、イオン交換水2.6L、L-DOPA(3-(3,4-ジヒドロキシフェニル)アラニン)48gを仕込み、アルカリ供給部から6NのNaOH水溶液を添加して、反応液のpHを5.3付近になるように調整した。これに参考例1に記載する方法で調製した微生物懸濁液0.4L(酵素活性720kU)を添加して、反応を開始した(反応液の総量5L)。反応は、反応液の温度を25℃前後に調整し、酸素供給部11から酸素を10L/minの割合で供給しながら、撹拌下(800rpm)で行った。また排気バルブ14は全閉し、閉鎖系で反応を行った。なお、前述するように、反応は、反応液のpHが5.3付近になるように、アルカリ供給部から6NのNaOH水溶液の添加が、また酸供給部から3NのH2SO4水溶液の添加が自動制御されている。
【0122】
かかる反応系において、反応液中の溶存酸素量は参考例4に記載する方法により測定し、溶存酸素飽和度(%)を経時的にモニターした。
【0123】
図8に反応開始から30分間において、反応液中の溶存酸素飽和度(%)を経時的に測定した結果を示す。その結果、反応開始から15分位で溶存酸素飽和度(%)が上昇し出し、20分の時点を最大値として、その後低下することがわかる。図9に、反応開始から30分間の反応における反応液中のL-DOPAおよびメラニン前駆体(Dopachrome)の濃度変化(mM)を示す。なお、反応液中のL-DOPAおよびメラニン前駆体(Dopachrome)の定量は参考例2に記載する方法に従って測定した。
【0124】
図9の結果から、反応開始から15〜20分くらいで反応液中のL-DOPAがほぼ完全に消費されることがわかる。またメラニン前駆体の生成量(反応液中のメラニン前駆体の蓄積量)も15〜20分にかけてほぼ最大になることが分かる。
【0125】
すなわち、この結果から、DOPA等を基質化合物として酵素酸化反応によりメラニン前駆体を製造する方法において、反応液中の溶存酸素量、又は溶存酸素飽和度%の経時的変化をモニターすることで反応終点が判断できること、具体的には反応液中の溶存酸素量(溶存酸素飽和度%)が急激に上昇し出す開始点を反応終点の指標とすることができることが分かる。
【符号の説明】
【0126】
1.反応システム
2.反応槽
3.反応液
4.アルカリ供給部
5.酸供給部
6.pH検出部
7.ガス分析計(O/CO測定部)
9.酸素溶存量測定部(DO測定部)
11.O/空気供給部
12.圧力調整部
13.ニードルバルブ
14.排気バルブ
15.流量計
16.圧力計
17. 制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
3-(3,4-ジヒドロキシフェニル)アラニン(DOPA)及びこれらの類縁体からなる群から選択される少なくとも1種の基質化合物に、カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素または当該酵素を含有する微生物を反応させてメラニン前駆体を製造する方法であって、
(1)反応液にアルカリまたは酸を供給して反応液のpHを5〜6に維持する工程、及び
(2)(a)反応液のpH、(b)反応系におけるO吸収量とCO発生量の差異(「O吸収量−CO発生量」)、および(c)反応液中の溶存酸素量、からなる群から選択されるいずれか少なくとも1つを連続して測定し、測定値の経時的変化をモニターする工程、
を有し、
(3)(a)〜(c)のいずれか少なくとも1つの経時的変化の傾向の切り替わりを指標として反応を終了することを特徴とする、
メラニン前駆体の製造方法。
【請求項2】
上記(1)、(2)(a)及び(3)の工程を有する請求項1記載のメラニン前駆体の製造方法であって、
(1)の工程における反応液へのアルカリまたは酸の供給と、(2)の工程における反応液のpHの経時的変化のモニターが連動制御されており、
反応液のpH低下が上昇に転じ、反応液へのアルカリ供給から酸の供給に切り替わることを指標として、反応を終了することを特徴とする、請求項1記載のメラニン前駆体の製造方法。
【請求項3】
上記(1)、(2)(b)及び(3)の工程を有する請求項1記載のメラニン前駆体の製造方法であって、
反応系における1分あたりの「O吸収量−CO発生量」が低くなり、1分当たりの「O吸収量−CO発生量」が最大値の20%以下に低下することを指標として反応を終了することを特徴とする、請求項1記載のメラニン前駆体の製造方法。
【請求項4】
上記(1)、(2)(c)及び(3)の工程を有する請求項1記載のメラニン前駆体の製造方法であって、
反応液中の溶存酸素量が減少から上昇に転じ、最大になった時点を反応終点の指標として反応を終了することを特徴とする、請求項1記載のメラニン前駆体の製造方法。
【請求項5】
3-(3,4-ジヒドロキシフェニル)アラニン(DOPA)及びこれらの類縁体からなる群から選択される少なくとも1種の基質化合物に、カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素または当該酵素を含有する微生物を反応させてメラニン前駆体を製造する方法において反応終点を決定する方法であって、
(1)反応液にアルカリまたは酸を供給して反応液のpHを5〜6に維持する工程、及び
(2)(a)反応液のpH、(b)反応系におけるO吸収量とCO発生量の差異(「O吸収量−CO発生量」)、および(c)反応液中の溶存酸素量、からなる群から選択されるいずれか少なくとも1つを連続的に測定し、測定値の経時的変化をモニターする工程、
を有し、
(3)(a)〜(c)のいずれか少なくとも1つの経時的変化の傾向の切り替わりを反応終点の指標とする、上記方法。
【請求項6】
上記(1)、(2)(a)及び(3)の工程を有する請求項5記載の反応終点の決定方法であって、
(1)の工程における反応液へのアルカリまたは酸の供給と、(2)の工程における反応液のpHの経時的変化のモニターが連動制御されており、
反応液にアルカリを供給したときのpH変化が低下から上昇に転じ、反応液へのアルカリ供給から酸の供給に切り替わることを反応終点の指標とすることを特徴とする、
請求項5記載の反応終点の決定方法。
【請求項7】
上記(1)、(2)(b)及び(3)の工程を有する請求項5記載の反応終点の決定方法であって、
反応系における1分あたりの「O吸収量−CO発生量」が低くなり、1分当たりの「O吸収量−CO発生量」が最大値の20%以下に低下することを反応終点の指標とすることを特徴とする、請求項5記載の反応終点の決定方法。
【請求項8】
上記(1)、(2)(c)及び(3)の工程を有する請求項5記載の反応終点の決定方法であって、
反応液中の溶存酸素量が減少から上昇に転じ、最大になった時点を反応終点の指標とすることを特徴とする、請求項5記載の反応終点の決定方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−45306(P2011−45306A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−197398(P2009−197398)
【出願日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【出願人】(000165251)月桂冠株式会社 (88)
【Fターム(参考)】