説明

モデル予測制御装置及びモデル予測制御方法

【課題】 モデル予測制御を直接適用することが困難なシステムに対しても、モデル予測制御を適用すること。
【解決手段】 燃料電池スタックとその補機からなるシステムに対して、まず補機の目標値を大きく設定して(S1)、燃料電池スタックのモデルを用いて目標値を最適化する(S2)。次に、最適化された目標値を満足するように、補機のモデルを用いて補機の操作量を最適化する(S3)。さらに、最適化された補機の操作量から車両燃費を算出し、これを考慮して補機の操作量を再度最適化して、最適化された操作量を実機に与える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の制御対象を含むシステムに適用されるモデル予測制御に関する。
【背景技術】
【0002】
モデル予測制御は、制御対象の特性を記述した動特性モデルを用い、有限時間先までの制御量すなわち制御出力を予測し、制御性能を表わす評価関数の値を最小化もしくは最大化するような最適操作量すなわち最適制御入力を決定するものである。実際の制御対象のモデルを用いるので、未来の制御量の変化を予測でき、制御量を設定値に一致させるための操作量を正確に求めることができる。したがって、各種の制御に応用されてはいるが、多数の操作量を有するシステムや制御入力の特性に大きな相違のあるシステムによっては、最適解を求める演算に時間がかかったり、ときには最適解を求めることができなくなる場合があった。
【0003】
以下、燃料電池車両における燃料電池の出力の制御を例にとって、モデル予測制御をシステムに適用する際の問題点を説明する。例えば、水素と酸素を燃料とする車両用の燃料電池本体は、電解質を挟む水素極と酸素極からなるセルを数多く積層してなる燃料電池スタックとして構成されている。その動作は、例えば燃料である水素と空気中の酸素を電解質である高分子膜の両側に塗布された触媒によりイオン化し、電解質の両側の水素極と酸素極とで電子を受け渡しすることで発電する。すなわち、水素イオンは、高分子膜を透過して空気極で酸素イオンと反応して水になるとともに、電子は、絶縁体である高分子膜を通らず、外部を流れて仕事をするものである。
【0004】
燃料電池スタックに対する制御は主に、水素と空気(酸素)の供給を制御する水素系制御および空気系制御と、電池の内部抵抗による過熱を防ぎ所望の温度に保つ冷却系制御と、所望の出力電力を得るための出口電圧を制御する高電圧制御である。これら水素系制御、空気系制御、冷却系制御、高電圧制御それぞれの制御を関連して行なわなければ、スタック本体から所望の電力を取り出すことができない。通常、水素系制御および空気系制御には、それぞれ水素および空気を流すためのポンプの回転数およびバルブの開度の制御があり、冷却系制御には、冷却水を流すためのポンプ回転数とバルブ開度の制御がある。
【0005】
従来の燃料電池の制御は、システム電力の要求値から適合マップに基いて試行錯誤を行いながら、ポンプ回転数やバルブ開度その他の指令値すなわち目標値を求めて、水素系制御等の各物理系制御が個別に行なわれていた。このような適合マップに基いて指令値を求めるのは工数が多く時間のかかる作業であった。また、適合マップは、実際の燃料電池車両を使用して作成されるが、その作成負担も大きなものであった。このようなマップを用いて燃料電池システムを制御する従来の例は、特許文献1に開示されている。
【0006】
また、燃料電池制御システム全体にモデル予測制御を適用しようとすると、システムに含まれる各物理系により時定数(反応速度)が異なることが問題となる。物理系の時定数は、例えば高電圧系でμ秒、冷却系で数秒の単位である。このように各物理系の時定数の差が大きいと、最適制御を行なうためには、最も短い時定数の物理系に合わせた演算周期で、最も長い時定数で反応が現れる時間まで演算を行なう必要があり、処理時間が膨大なものとなる。さらに、複数の入力が相互に関係している場合、例えば水素系と空気系のように同時に駆動しないと出力がでないような場合、入力ごとに数値微分を行い、最も評価値の降下量が多い方向を検索する通常のモデル予測を行なっても、最適値が求めることができないおそれもあった。
【0007】
【特許文献1】2004−235093号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、前記問題点に鑑み、モデル予測制御を直接あるいは全体に適用することが困難なシステムに対しても、モデル予測制御を適用することを可能にすることである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1の態様によると、少なくとも一つの入力と出力とを有する第1の制御対象と、少なくとも一つの入力と出力とを有し、該出力は前記第1の制御対象への入力となる少なくとも一つの第2の制御対象とを備え、前記第2の制御対象は、前記第2の制御対象からの出力の指標となる目標値を有し、前記第2の制御対象の目標値は、前記第1の制御対象のモデルを用いて最適化され、前記第2の制御対象への入力は、前記最適化された目標値を満足するように該第2の制御対象のモデルを用いて最適化されることを特徴とするモデル予測制御装置が提供される。
【0010】
本発明の第2の態様によると、制御対象を、少なくとも一つの入力と出力とを有する第1の制御対象と、少なくとも一つの入力と出力とを有し、該出力は第1の制御対象への入力となる第2の制御対象とに分割するステップと、前記第2の制御対象からの出力の指標となる目標値が、前記第1の制御対象のモデルを用いて最適化されるステップと、前記第2の制御対象への入力は、前記最適化された目標値を満足するように該第2の制御対象のモデルを用いて最適化されるステップとを有することを特徴とするモデル予測制御方法が提供される。
【0011】
本発明の第1及び第2の実施の態様において、目標値は、初期値として目標値の最適値より大きな仮目標値を有するようにすればよく、また、第2の制御対象は、第1の制御対象に物理的な操作量を与える物理系からなってもよい。
【0012】
さらに、前記最適化された前記物理系の入力より、前記物理系の損失を算出するようにしてもよく、算出された損失を、前記物理系のモデルを用いて最適化する際の評価関数の重みに加えて、再度前記物理系への入力を最適化するようにしてもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、全体としてモデル予測制御を適用することが困難なシステムであっても、モデル予測制御を適用することが可能となり、また、目標値を多めに設定しておくと、最適値が求まらないという事態を回避することができる。さらに、物理系の損失を算出することも可能で、物理系の損失を考慮して最適化を行なうと、システムによる損失あるいは燃費をも最適化することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、図面を参照し、水素と酸素を燃料とする燃料電池車両の燃料電池システムを例にして、本発明の実施の形態を説明する。図1に、説明のために単純化した燃料電池システムを示す。本実施形態の燃料電池システム100の出力は、システム電力であり、入力は、水素ポンプ回転数、水素バルブ開度、エアポンプ回転数、エアバルブ開度、冷却ポンプ回転数、冷却バルブ開度、出口電圧である。燃料電池システムは、図示のとおり、燃料電池(FC)スタック10と、燃料電池スタック10の動作に必要とされる物理量を与えるための物理系に分けて考えることができる。物理系は、燃料電池スタック10に水素を供給する水素系1と、空気を供給するエア系2と、冷却水を供給する冷却系3と、スタック本体の出口電圧を与える高電圧系4からなる。各物理系1〜4は、必要な物理量を燃料電池スタック10に供給し、燃料電池スタック10から要求電力を出力できるようにする。
【0015】
また、モデル予測制御のために、燃料電池スタック10及び各物理系1〜4のモデルを有し(図示せず)、さらに、ポンプ回転数などの物理系の最適操作量に基いて物理系の損失を算出する物理系損失算出モデル6を有する。
【0016】
図2は、図1に示す本実施形態の動作フローである。本実施形態の制御がスタートすると、まずステップS1で、燃料電池システムに要求される電力を得るために必要な各物理系1〜4の仮目標値を多めに算出する。例えば、予想される値を適当な一次関数に代入して算出するようにすればよい。目標値は、物理系から出力され、燃料電池スタック10に入力する量の指標を与えるもので、水素系1では水素圧であり、エア系2ではエア圧であり、冷却系3では冷却水温であり、高電圧系4ではシステム電圧である。ステップS1では、仮目標値としてシステム要求出力電圧を得るために必要な値より大きな値を採用する。ここで、仮目標値を大きく設定しているのは、燃料電池は、水素と酸素のいずれかが欠けると出力が出ないので、最適化を開始する初期値を任意のものとすると、場合によっては最適解の検索が不可能な事態になる恐れがある。仮目標値を大きく設定しておくとこのような事態になることを避けることができる。
【0017】
ステップS2では、燃料電池スタック10のモデルを用いて、モデル予測による仮目標値の最適化を行なう。すなわち、まず仮目標値と燃料電池スタックモデルとを用いて仮システム電力出力を得る。次いで、得られた仮システム電力出力とシステム要求電力出力と一致するように、仮目標値を最適化する。具体的には、仮目標値に基いて得られた仮システム電力出力はシステム要求電力出力より大きくなるので、仮目標値が小さくなる方向に目標値を変位させ、そのときの電力出力がシステム電力出力要求と一致するか否かをみる。仮目標値はいずれも多めに設定しているので、前述のように、例えば検索中に電池出力が零となって最適値が検索できない事態を避けることができる。
【0018】
このようにして、物理系の出力を規定する目標値が最適化されると、最適化された目標値と物理系のモデルにより、物理系に入力すべき操作量を最適化できる。すなわち、次のステップS3は、ステップS2で最適化された物理系の目標値を満足するように、当該物理系のモデルを用いて物理系の操作量を最適化する。例えば水素系1では、最適化された目標水素圧を満足するように水素ポンプ回転数およびバルブ開度が、水素系モデルを用いて最適化される。ステップS2及びS3のモデル予測制御は、公知のモデル予測制御方法を用いることができる。
【0019】
このようにして、各物理系すなわち補機の最適操作量が得られる。場合によっては、ここで予測制御を終了して、得られた最適操作量を実機に入力することもできる。しかし、本実施形態では、さらにステップS4に進み、ステップ3で得られた各物理系の最適操作量を物理系損失算出モデル6に投入して、各物理系の損失すなわち車両の燃費を予測する。本実施形態では、物理系の最適操作量がわかるので、物理系の損失を算出でき、車両全体の燃費を求めることができる。これにより車両の燃費すなわち効率を考慮した制御が可能である。次に、ステップS5では、得られた燃費により物理系の最適化に用いる評価関数を修正して、さらに最適化を行なう。すなわち、燃費により評価関数の重み付けを修正して、各物理量の操作量を物理系モデルにより最適化する。これにより、車両燃費をも最適化することができる。
【0020】
最適操作量(ポンプ回転数、バルブ開度等)が求まると、ステップS6で、実際の物理系であるそれぞれの補機に入力が行なわれ、次回の最適値の算出のためにスタートに戻る。本実施形態では、最適値の算出は例えば10ミリ秒ごとに実行される。
【0021】
ところで、システムの目標値あるいは指令値は燃料電池スタックモデルによる最適化で変化する。目標値が変化した場合に、通常は再度物理系モデルを用いて予測演算を行なって変更された目標値または指令値に応じた評価値を算出する。しかしながら、本実施形態では、目標値が変化した場合の再度の予測演算を省略して評価値を算出することができる。これは、目標値が変化しても短時間の間では各物理系の挙動は変化しないので、前回の予測結果を利用することができるからである。以下、簡単な例で説明する。図3は、温度制御の一例であって、点線で示した温度T1を目標値としてモデル予測制御された結果を示す。曲線Lが予測結果を表わす予測曲線である。この場合、評価値は、温度T1の直線と予測曲線Lとの偏差を積分したもの(図の斜線部の面積)として算出される。次に目標値が温度T1からT2に変化したとすると、通常では変更した目標値T2に対応して再度予測演算を行なう必要がある。しかし、目標値にいたるまでの温度の挙動は前回から変化しないとみなされる場合、前回の予測結果を今回にも使用できる。すなわち、目標値がT1からT2に変化した場合、温度の挙動を示す曲線Lを前回のとおりとして、温度T2の直線と曲線Lとの偏差の積分(直線T2と曲線L間の面積)を算出するのみで評価値を得ることができる。言い換えれば、目標値を微小変位させた場合、評価値演算のみで評価値の数値微分が可能となる。このように、時間のかかるモデル予測演算を実行することなく評価値を得ることができるので、制御時間を大幅に短縮できる。なお、適宜の時間の後には新たに予測演算を実行するようにできるのはいうまでもない。
【0022】
以上、燃料電池システムの実施形態を説明したが、当業者であれば理解できるように、制御対象のシステムがメインシステムと、それに入力を与えるサブシステムとに分割可能なシステムならどのようなシステムにも適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の一実施形態が適用される燃料電池システムを示す図である。
【図2】本発明の一実施形態の動作を示すフロー図である。
【図3】本発明による評価値の演算を説明する温度制御結果を示す図である。
【符号の説明】
【0024】
100 燃料電池制御システム
10 燃料電池スタック
1 水素系
2 エア系
3 冷却系
4 高電圧系

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一つの入力と出力とを有する第1の制御対象と、
少なくとも一つの入力と出力とを有し、該出力は前記第1の制御対象への入力となる少なくとも一つの第2の制御対象とを備え、
前記第2の制御対象は、前記第2の制御対象からの出力の指標となる目標値を有し、
前記第2の制御対象の目標値は、前記第1の制御対象のモデルを用いて最適化され、前記第2の制御対象への入力は、前記最適化された目標値を満足するように該第2の制御対象のモデルを用いて最適化されることを特徴とするモデル予測制御装置。
【請求項2】
前記目標値は、初期値として前記目標値の最適値より大きな仮目標値を有することを特徴とする請求項1に記載のモデル予測制御装置。
【請求項3】
前記第2の制御対象への入力を該第2の制御対象のモデルを用いて最適化する場合、前回の予測結果を用いて新たな目標値との偏差を求めて評価値とすることを特徴とする請求項1又は2に記載のモデル予測制御装置。
【請求項4】
前記第2の制御対象は、前記第1の制御対象に物理的な操作量を与える物理系からなることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のモデル予測制御装置。
【請求項5】
さらに、前記最適化された前記物理系への入力より、前記物理系の損失を算出することを特徴とする請求項4に記載のモデル予測制御装置。
【請求項6】
さらに、前記最適化された前記物理系の入力より、前記物理系の損失を算出し、該算出された損失を、前記物理系への入力を前記物理系のモデルにより予測最適化する際の評価関数の重みとして、再度予測最適化を行なうことを特徴とする請求項5に記載のモデル予測制御装置。
【請求項7】
制御対象を、少なくとも一つの入力と出力とを有する第1の制御対象と、少なくとも一つの入力と出力とを有し、該出力は第1の制御対象への入力となる第2の制御対象とに分割するステップと、
前記第2の制御対象からの出力の指標となる目標値を、前記第1の制御対象のモデルを用いて最適化するステップと、
前記第2の制御対象への入力は、前記最適化された目標値を満足するように該第2の制御対象のモデルを用いて最適化するステップと
を有することを特徴とするモデル予測制御方法。
【請求項8】
前記目標値は、初期値として前記目標値の最適値より大きな仮目標値を有することを特徴とする請求項7に記載のモデル予測制御方法。
【請求項9】
前記第2の制御対象への入力を該第2の制御対象のモデルを用いて最適化するステップにおいて、前回の予測結果を用いて新たな目標値との偏差を求めて評価値とすることを特徴とする請求項7又は8に記載のモデル予測制御装置。
【請求項10】
前記第2の制御対象は、前記第1の制御対象に物理的な操作量を与える物理系からなることを特徴とする請求項7〜9のいずれか1項に記載のモデル予測制御方法。
【請求項11】
さらに、前記最適化された前記物理系の入力より、前記物理系の損失を算出するステップを有することを特徴とする請求項10に記載のモデル予測制御方法。
【請求項12】
前記算出された損失を、前記物理系のモデルを用いて最適化する際の評価関数の重みに加えて、再度前記物理系への入力を最適化するステップを有することを特徴とする請求項11に記載のモデル予測制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−99392(P2006−99392A)
【公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−284312(P2004−284312)
【出願日】平成16年9月29日(2004.9.29)
【出願人】(000237592)富士通テン株式会社 (3,383)
【Fターム(参考)】