説明

モリブデン、ビスマス、鉄、シリカ含有複合酸化物触媒の製造方法

【課題】目的生成物の収率が高い複合酸化物触媒を、再現性良く製造できる製造方法の提供。
【解決手段】モリブデン、ビスマス、鉄およびシリカを含む複合酸化物触媒の製造方法であって、少なくともモリブデンを含有する溶液またはスラリーと、少なくともビスマスおよび鉄を含有する溶液またはスラリーとを30〜70℃の温度範囲内で混合して、少なくともモリブデン、ビスマスおよび鉄を含有する混合液を得る混合工程と、前記混合液を、0〜25℃の温度範囲で2時間以上保持する保持工程と、前記保持工程後、前記混合液を乾燥して乾燥物を得る乾燥工程と、前記乾燥物を焼成する焼成工程とを有することを特徴とする複合酸化物触媒の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モリブデン、ビスマス、鉄およびシリカを必須成分として含む複合酸化物触媒の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モリブデン、ビスマス、鉄およびシリカを必須成分として含む複合酸化物触媒は、有機化合物の酸化反応(たとえばアンモ酸化反応)により、目的生成物(前記有機化合物に対応するアルデヒド、カルボン酸、ニトリル化合物等)を製造する際に広く用いられており、これまで種々の組成の触媒が提案されている。
たとえば、プロピレンのアンモ酸化反応によるアクリロニトリル合成に用いられる触媒を例にとると、特許文献1にはモリブデン、ビスマスおよび鉄を含む酸化物触媒が開示され、特許文献2には鉄およびアンチモンを含む酸化物触媒が開示されている。
これらの触媒の改良も精力的に行われている。例えば特許文献3〜8には、モリブデン、ビスマス、鉄に加え、その他成分を添加した改良触媒が開示され、特許文献9には、鉄、アンチモンに加え、その他成分を添加した改良触媒が開示されている。
さらに、触媒の製造方法の改良によって、目的生成物収率を向上させるための努力が続けられている。例えば特許文献10〜18には、触媒成分を含有するスラリーのpHを所定の範囲に調整する方法、さらにpH調整後に特定の元素を混合する方法や加熱処理、濃縮処理を行う方法が開示され、特許文献19には、工程途中においてスラリーを特定の条件下で一定時間保持する方法が開示されている。また、特許文献20には、あらかじめ調製した触媒あるいは触媒前駆体に特定の成分を含浸したのち焼成する方法が開示されている。
【特許文献1】特公昭38−17967号公報
【特許文献2】特公昭38−19111号公報
【特許文献3】特開昭48−49719号公報
【特許文献4】特開昭55−56839号公報
【特許文献5】特開昭54−95513号公報
【特許文献6】特開昭58−67349号公報
【特許文献7】特開平7−47272号公報
【特許文献8】特開平10−43595号公報
【特許文献9】特開平4−118051号公報
【特許文献10】特開平1−265058号公報
【特許文献11】特開平2−59046号公報
【特許文献12】特開平2−214543号公報
【特許文献13】特開平2−251250号公報
【特許文献14】特開2000−37631号公報
【特許文献15】特開2000−42414号公報
【特許文献16】特開平1−265067号公報
【特許文献17】特開2002−306968号公報
【特許文献18】特開2002−306969号公報
【特許文献19】特開2006−55732号公報
【特許文献20】特開平11−309374号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、これら従来技術における触媒は、目的生成物の収率改善において、ある程度の効果は見られるものの、工業的見地からは依然充分と言えるものではない。また、同種の触媒を繰り返し製造した場合に、得られる触媒の触媒活性の変動が大きく、該触媒を用いて目的生成物を製造した際の目的生成物収率にも変動が生じるなど、触媒製造の再現性が低い点も問題となっており、この点でも改善が望まれていた。
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、目的生成物の収率が高い複合酸化物触媒を、再現性良く製造できる製造方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、以下の態様を含む。
[1]モリブデン、ビスマス、鉄およびシリカを含む複合酸化物触媒の製造方法であって、
少なくともモリブデンを含有する溶液またはスラリーと、少なくともビスマスおよび鉄を含有する溶液またはスラリーとを30〜70℃の温度範囲内で混合して、少なくともモリブデン、ビスマスおよび鉄を含有する混合液を得る混合工程と、
前記混合液を、0〜25℃の温度範囲で2時間以上保持する保持工程と、
前記保持工程後、前記混合液を乾燥して乾燥物を得る乾燥工程と、
前記乾燥物を焼成する焼成工程とを有することを特徴とする複合酸化物触媒の製造方法。
[2]前記複合酸化物触媒が、下記一般式(I)で示される組成を有する[1]に記載の複合酸化物触媒の製造方法。
MoBiFe(SiO …(I)
[式中、Mo、Bi、FeおよびOは、それぞれ、モリブデン、ビスマス、鉄および酸素を表し、Aはリチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウムおよびセシウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を表し、Bはコバルト、ニッケル、銅、亜鉛、マグネシウム、ストロンチウム、カルシウム、バリウムおよびマンガンからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を表し、Cはクロム、バナジウム、タングステン、ニオブ、ジルコニウム、ランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジムおよびサマリウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を表し、Dはタリウム、銀、ホウ素、アルミニウム、インジウム、アンチモン、リンおよびテルルからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を表し、SiOはシリカを表す。符合a、b、c、d、e、f、gおよびhは、それぞれ、当該符号が付された元素の原子比を表し、iはシリカの原子比を表し、a=12のとき、0.1≦b≦5、0.1≦c≦10、0.01≦d≦3、2≦e≦12、0.5≦f≦5、0≦g≦5、20≦i≦200であり、hは、Mo、Bi、Fe、A、B、CおよびDの原子価を満足するのに必要な酸素の原子比である。]
[3]前記複合酸化物触媒が、プロピレンのアンモ酸化反応によるアクリロニトリル合成用触媒である[1]または[2]に記載の複合酸化物触媒の製造方法。
【発明の効果】
【0005】
本発明によれば、目的生成物の収率が高い複合酸化物触媒を、再現性良く製造できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の複合酸化物触媒の製造方法(以下、本発明の触媒製造方法ということがある。)は、少なくともモリブデンを含有する溶液またはスラリーと、少なくともビスマスおよび鉄を含有する溶液またはスラリーとを30〜70℃の温度範囲内で混合して、少なくともモリブデン、ビスマスおよび鉄を含有する混合液を得る混合工程と、前記混合液を、0〜25℃の温度範囲で2時間以上保持する保持工程と、前記保持工程後、前記混合液を乾燥して乾燥物を得る乾燥工程と、前記乾燥物を焼成する焼成工程とを有する。
本発明においては、特に、上記混合工程と保持工程とが重要であり、それ以外の工程については、従来の触媒調製法(例えば前述の特許文献等に記載の触媒調製法)に倣って実施すればよい。
【0007】
[混合工程]
混合工程では、少なくともモリブデンを含有する溶液またはスラリー(以下、Mo液ということがある。)と、少なくともビスマスおよび鉄を含有する溶液またはスラリー(以下、BF液ということがある。)とを混合して、少なくともモリブデン、ビスマスおよび鉄を含有する混合液を得る。
該混合の際の温度の下限は30℃であり、好ましくは35℃、さらに好ましくは40℃である。また、上限は70℃であり、好ましくは65℃、さらに好ましくは60℃である。
前記混合の際の温度が上記温度範囲の下限より低い場合、あるいは上限より高い場合には、本発明の効果が充分に発現されず、目的生成物収率が低下する。さらに、Mo液の温度が高すぎる場合には、沈殿が生成し、触媒の製造に支障をきたす場合がある。
Mo液とBF液との混合により液温が上昇することがあるが、その場合は、最高温度が所定の範囲となるように、混合前の各溶液またはスラリーの温度を調整する。
【0008】
前記Mo液は、少なくともモリブデンを含んでいればよく、触媒を構成する各元素成分(以下、触媒成分ということがある。)のうち、モリブデン以外の触媒成分を含有していても差し支えない。ただし、本発明の効果のためには、Mo液は、ビスマスおよび鉄を含有しないことが好ましい。
また、Mo液は、必ずしもモリブデンの全量を含有している必要はなく、一部を他の工程で混合しても差し支えない。ただし、本発明の効果を充分に発揮させるには、全モリブデン量の50%以上をこの工程で混合することが好ましい。
【0009】
前記BF液は、少なくともビスマスおよび鉄を含んでいればよく、ビスマスおよび鉄以外の触媒成分を含有していても差し支えない。ただし、本発明の効果のためには、BF液は、モリブデンを含有しないことが好ましい。
また、BF液は、必ずしもビスマスおよび鉄の全量を含有している必要はなく、一部を他の工程で混合しても差し支えない。ただし、本発明の効果を充分に発現させるには、全ビスマス量の50%以上および全鉄量の50%以上をこの工程で混合することが好ましい。
【0010】
シリカ成分の原料としては特にシリカゾル等の水性液が好ましく用いられ、混合工程あるいはそれ以前にMo液またはBF液と混合しても良いし、混合工程以降、乾燥工程までの任意の工程で添加しても良い。
【0011】
本発明の触媒製造方法により製造しようとする複合酸化物触媒が、モリブデン、ビスマス、鉄およびシリカ以外の他の触媒成分を含有する場合、これらの触媒成分は、前記Mo液および/またはBF液に含まれていてもよく、また、別途、当該触媒成分を含有する溶液またはスラリーを用意し、これを、Mo液および/またはBF液の調製時に添加してもよく、Mo液とBF液との混合時または混合後に添加してもよい。
【0012】
前記各溶液またはスラリーは、公知の方法により調製できる。たとえば水性媒体中に、各触媒成分の原料を、固体または溶液の状態で添加し、溶解および/または懸濁することにより調製できる。水性媒体としては、水、硝酸等が挙げられる。また、水性媒体として、一部の触媒成分の原料が予め水性媒体に溶解および/または懸濁したもの、たとえば上述したシリカを含有する水性液を用いてもよい。
前記各溶液またはスラリーには、さらにpH調整、微粒化処理等を施しても良い。pH調製は、混合液(保持工程で保持する混合液)のpHが、0〜5の範囲内となるように行うことが好ましく、0.5〜2.5の範囲内となるように行うことがより好ましい。
なお、Mo液とBF液を混合した後に、さらに加熱処理を施してもよいが、本工程で用いられる溶液またはスラリー、およびそれらの混合液の温度が70℃を超えた場合には、本発明の効果が充分に発現しない場合がある。そのため、本工程で用いられる溶液またはスラリー、およびそれらの混合液の温度は、混合工程全体を通じて70℃以下とすることが好ましい。
【0013】
前記各溶液またはスラリーの調製に用いる各触媒成分の原料は、特に制限はなく、触媒性状や調製法に応じて適宜選択することができる。
たとえば、モリブデン成分の原料としては、三酸化モリブデンのような酸化物、モリブデン酸、パラモリブデン酸アンモニウム、メタモリブデン酸アンモニウムのようなモリブデン酸またはその塩、リンモリブデン酸、ケイモリブデン酸のようなモリブデンを含むヘテロポリ酸またはその塩などを用いることができる。
ビスマス成分の原料としては、硝酸ビスマス、炭酸ビスマス、硫酸ビスマス、酢酸ビスマスなどのビスマス塩、三酸化ビスマス、金属ビスマスなどを用いることができる。これらの原料は固体のままあるいは水溶液や硝酸水溶液、それらの水溶液から生じるビスマス化合物のスラリーとして用いることができるが、硝酸塩、あるいはその溶液、またはその溶液から生じるスラリーを用いることが好ましい。
鉄成分の原料としては、酸化第一鉄、酸化第二鉄、硝酸第一鉄、硝酸第二鉄、硫酸鉄、塩化鉄、鉄有機酸塩および水酸化鉄等を用いることができるほか、金属鉄を加熱した硝酸に溶解して用いてもよい。また、鉄成分を含む溶液は、アンモニア水等でpH調整して用いてもよい。pH調整する際、鉄成分を含む溶液にキレート剤を共存させることで鉄成分が沈殿するのを防ぐことができる。ここで用いることができるキレート剤としてはエチレンジアミン四酢酸、乳酸、クエン酸、酒石酸およびグルコン酸等が挙げられる。鉄イオンとキレート剤とを含む水溶液をつくる場合には、これら原料を酸あるいは水に溶解して用いることが好ましい。
シリカ成分の原料としては特に制限はないが、上述したようにシリカゾルが好ましく、市販のものから適宜選択して用いることができる。
本発明の触媒製造方法により製造しようとする複合酸化物触媒が、モリブデン、ビスマス、鉄およびシリカ以外の他の触媒成分を含有する場合、該他の触媒成分の原料としては、当該触媒成分の酸化物、あるいは強熱することにより酸化物になり得る塩化物、硫酸塩、硝酸塩、アンモニウム塩、炭酸塩、水酸化物、有機酸塩、酸素酸、酸素酸塩、ヘテロポリ酸、ヘテロポリ酸塩またはそれらの混合物等を用いることができる。
【0014】
各溶液またはスラリーの混合方法は、特に限定されず、公知の方法を利用できる。
混合液中、各触媒成分の合計濃度は、各触媒成分の酸化物に換算して、10〜50質量%とすることが好ましい。
【0015】
本工程で調製される混合液中には、少なくともモリブデン、ビスマス、鉄が含まれている。該混合液中には、必ずしも、触媒を構成する全ての触媒成分を含有している必要はなく、この時点で混合液に含まれていない触媒成分、または一部は含まれているものの全量は含まれていない触媒成分は、保持工程以降の工程で添加しても良い。
たとえば、本発明において、前記混合液は、上述したように、必ずしもシリカを含有していなくてもよい。ただし、本発明の触媒製造方法により製造される複合酸化物触媒はシリカを必須成分として含むものであるため、前記混合液がシリカを含有しない場合は、保持工程以降、乾燥工程までの工程で別途シリカを添加する必要がある。
【0016】
[保持工程]
次に、前記保持工程で得られる混合液を冷却し、所定の保持温度とし、該保持温度を所定の時間保持する。
保持温度の下限は0℃であり、好ましくは5℃である。保持温度の上限は25℃であり、好ましくは20℃である。保持温度が上記範囲の下限より低い場合、あるいは高い場合には、本発明の効果が充分に発現されず、目的生成物収率が低下したり、得られる触媒の性能の変動が大きくなる。
所定の保持温度で保持する時間(保持時間)の下限は2時間であり、好ましくは3時間、さらに好ましくは5時間である。上限は特に限定されないが、保持時間を必要以上に延長しても一定以上の効果は得られないので、通常は100時間以内である。
所定の温度範囲で保持している間はスラリーを攪拌しておくことが好ましい。
なお、ここでいう保持時間とは、該混合液の温度が、前記保持温度範囲内となった時点から、次の乾燥・焼成工程において乾燥されるまでの時間を指す。
乾燥時間が長時間にわたる場合には、得られる触媒は、保持時間が異なる触媒の集合体となるが、その場合には、集合体全体の平均的な保持時間を算出し、これを保持時間であると定義する。
【0017】
[乾燥工程]
次に、上記保持工程後の混合液を乾燥する。これにより、乾燥物(触媒前駆体)を得る。
本発明の触媒製造方法により製造される複合酸化物触媒を、流動層反応用の触媒とする場合、特に該触媒をアクリロニトリル合成に用いる場合には、触媒前駆体は、噴霧乾燥により球状の粒子とすることが好ましい。噴霧乾燥の際には、加圧ノズル式、二流体ノズル式、回転円盤式などの噴霧乾燥機が用いられる。
噴霧乾燥機乾燥室内に流通させる熱風の温度は、乾燥室内への導入口付近における温度の下限は、好ましくは130℃、さらに好ましくは140℃であり、上限は、好ましくは350℃、さらに好ましくは300℃である。また、乾燥室出口付近における温度の下限は、好ましくは100℃、さらに好ましくは110℃であり、上限は、好ましくは200℃、さらに好ましくは180℃である。更には、導入口付近における温度と乾燥室出口付近における温度との差が、20〜120℃に保たれていることが好ましく、30〜110℃に保たれていることがより好ましい。上記の各温度が所定の範囲にない場合には、目的生成物収率や得られる触媒の活性が低下したり、最終的に得られる触媒粒子の嵩密度、粒子強度等が低下する等の問題が生じるおそれがある。
【0018】
[焼成工程]
次に、得られた乾燥物(触媒前駆体)を焼成する。これにより、少なくともモリブデン、ビスマスおよび鉄を含む焼成物(触媒)が得られる。
焼成温度の下限は、好ましくは500℃であり、さらに好ましくは520℃である。上限は、好ましくは700℃であり、さらに好ましくは680℃である。温度が下限より低い場合には充分な触媒性能が発現せず、目的生成物収率が低下するおそれがある。逆に上限より高い場合には、目的生成物収率が低下したり、触媒の活性が過小となるおそれがある。また、アンモ酸化反応おいてはアンモニア燃焼性が高くなる場合もある。
焼成時間の下限は、好ましくは0.1時間であり、さらに好ましくは0.5時間である。焼成時間が下限より短い場合には、充分な触媒性能が発現せず、目的生成物収率が低下するおそれがある。上限は、特に制限はないが、必要以上に時間を延長しても得られる効果は一定以上にはならないため、通常20時間以内である。
焼成には汎用の焼成炉を用いることができ、ロータリーキルン、流動焼成炉等が特に好ましく用いられる。
焼成の際に用いるガス雰囲気は、酸素を含んだ酸化性ガス雰囲気でも、例えば窒素等の不活性ガス雰囲気でも良いが、空気を用いるのが便利である。
【0019】
[仮焼成工程]
本発明においては、乾燥工程後、焼成工程を行う前に、好ましくは200〜490℃の範囲、より好ましくは220〜470℃の範囲で、前記乾燥物を仮焼成する仮焼成工程を有することが好ましい。これにより、目的生成物収率が向上する場合がある。
仮焼成には、前記焼成工程と同様、汎用の焼成炉を用いることができる。
仮焼成の際に用いるガス雰囲気は、酸素を含んだ酸化性ガス雰囲気でも、例えば窒素等の不活性ガス雰囲気でも良いが、空気を用いるのが便利である。
【0020】
[添加工程]
本発明においては、保持工程後の混合液、焼成工程前の触媒前駆体(乾燥工程で得られる乾燥物、および仮焼成工程を行う場合にはその仮焼成物を含む。)、または焼成工程で得られる触媒に対し、触媒成分を添加する添加工程を行ってもよい。
このとき添加させる触媒成分の種類と添加量は、製造しようとする触媒組成に応じて適宜設定すればよい。
触媒成分の添加は、従来公知の方法によって実施でき、たとえば、前記混合液に対し、所定の触媒成分の原料を、固体、溶液またはスラリーの状態で混合する方法、前記触媒前駆体または触媒に、所定の触媒成分の原料を含む溶液を所定量添加し、含浸させる方法等により実施できる。
【0021】
上述のようにして得られる複合酸化物触媒の形状および大きさは、特に限定されず、用途に応じて適宜設定すればよい。たとえば流動層反応用の触媒の場合、特に該触媒をアクリロニトリル合成に用いる場合には、該焼成物の粒径は、5〜200μmの範囲であることが好ましく、10〜150μmの範囲がより好ましい。
【0022】
本発明の触媒製造方法により製造される複合酸化物触媒としては、少なくともモリブデン、ビスマス、鉄およびシリカを含むものであれば特に限定されないが、下記一般式(I)で示される組成を有することが好ましい。下記一般式(I)で示される組成の触媒の製造に本発明の触媒製造方法を適用した場合には、得られる触媒の性状が好ましく、反応に使用した際に目的生成物収率が向上するなど、本発明の効果が充分に発現する。
MoBiFe(SiO …(I)
[式中、Mo、Bi、FeおよびOは、それぞれ、モリブデン、ビスマス、鉄および酸素を表し、Aはリチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウムおよびセシウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を表し、Bはコバルト、ニッケル、銅、亜鉛、マグネシウム、ストロンチウム、カルシウム、バリウムおよびマンガンからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を表し、Cはクロム、バナジウム、タングステン、ニオブ、ジルコニウム、ランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジムおよびサマリウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を表し、Dはタリウム、銀、ホウ素、アルミニウム、インジウム、アンチモン、リンおよびテルルからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を表し、SiOはシリカを表す。符合a、b、c、d、e、f、gおよびhは、それぞれ、当該符号が付された元素の原子比を表し、iはシリカの原子比を表し、a=12のとき、0.1≦b≦5、0.1≦c≦10、0.01≦d≦3、2≦e≦12、0.5≦f≦5、0≦g≦5、20≦i≦200であり、hは、Mo、Bi、Fe、A、B、CおよびDの原子価を満足するのに必要な酸素の原子比である。]
【0023】
Aとして2種以上の元素を含む場合、dは、それら2種以上の元素の合計の原子比を表す。Bとして2種以上の元素を含む場合、eは、それら2種以上の元素の合計の原子比を表す。Cとして2種以上の元素を含む場合、fは、それら2種以上の元素の合計の原子比を表す。Dとして2種以上の元素を含む場合、gは、それら2種以上の元素の合計の原子比を表す。
【0024】
触媒の組成を前記組成にするためには、例えば、混合工程における触媒原料の添加量を調節したり、前記添加工程を実施し、その際の各触媒成分の添加量を適宜調節すればよい。
触媒の組成は、ICP(誘導結合高周波プラズマ)発光分析法、蛍光X線分析法、原子吸光分析法等により元素分析を行うことにより確認できる。著しく揮発性の高い元素を用いない場合は、触媒製造時に用いた各原料の仕込み量から算出しても差し支えない。
【0025】
本発明の触媒製造方法により製造される複合酸化物触媒によれば、プロピレンのアンモ酸化反応によるアクリロニトリル合成において、アクリロニトリルを高い収率で製造できる。
したがって、本発明の触媒製造方法は、特に、プロピレンのアンモ酸化反応によるアクリロニトリル合成用触媒の製造用として好適である。
【0026】
プロピレンのアンモ酸化反応によるアクリロニトリルの合成は、たとえば、前記複合酸化物触媒を流動層触媒として用い、該触媒層に、プロピレン、アンモニアおよび酸素を含有する原料ガスを供給することにより実施できる。
原料ガスとしては、特に限定されないが、プロピレン/アンモニア/酸素が1/1.1〜1.5/1.5〜3(モル比)の範囲の原料ガスが好ましい。
酸素源としては空気を用いるのが便利である。
原料ガスは水蒸気、窒素、二酸化炭素等の不活性ガスや、飽和炭化水素等で希釈して用いても良く、また酸素濃度を高めて用いても良い。
アンモ酸化反応の反応温度は、370〜500℃が好ましい。反応圧力は、常圧から500kPaの範囲内が好ましい。
見掛けの接触時間(見掛け嵩密度基準の触媒容積/供給する原料ガス量)は、0.1〜20秒であることが好ましい。
【実施例】
【0027】
以下、本発明を実施例、比較例により具体的に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
下記の実施例および比較例中の「部」は質量部を意味する。
実施例および比較例で製造した触媒の組成は、触媒の製造に用いた各原料の仕込み量から求めた。
また、下記の実施例および比較例で得られた触媒について、以下の手順で活性試験を実施した。
[触媒の活性試験]
触媒流動部の内径が25mm、高さが40mmである流動層反応器に触媒を充填し、該流動層反応器内に、組成がプロピレン/アンモニア/酸素(空気として供給)/水蒸気=1/1.1/2.2/0.5(モル比)である混合ガスを、ガス線速度4.5cm/秒(sec.)で送入し、反応温度440℃、反応圧力200kPaの反応条件で、プロピレンのアンモ酸化反応によるアクリロニトリル合成を実施した。
この合成反応における、原料ガスと触媒粒子との接触時間、プロピレン転化率およびアクリロニトリル収率は以下の式により定義される。
接触時間(sec.)=見掛け嵩密度基準の触媒容積(mL)/反応条件に換算した供給原料ガス量(mL/sec.)
プロピレン転化率(%)=(供給したプロピレンの炭素質量−未反応プロピレンの炭素質量)/供給されたプロピレンの炭素質量
アクリロニトリル収率(%)=(生成したアクリロニトリルの炭素質量/供給したプロピレンの炭素質量)×100
上記式中の各炭素質量は、ガスクロマトグラフィーにて分析した。
各実施例および比較例で得られた触媒の組成を表1に、スラリー調製条件(混合温度)、スラリー保持条件(保持温度、保持時間)、最終焼成条件(温度、時間)および活性試験の結果を表2に示す。表1中の数値は、各元素の原子比を示す。
【0028】
[実施例1]
組成がMo12Bi0.6Fe1.50.2Co1.5Ni4.5Mg0.5Zn0.5Cr0.60.4La0.2Ce0.50.2(SiO35(酸素の原子比xは他の元素の原子価により自然に決まる値である。以下、同様。)で表される触媒を以下の要領で製造した。
純水900部にパラモリブデン酸アンモニウム433.5部を溶解した(A液)。
別に、17質量%硝酸520部に、硝酸第二鉄124.0部、硝酸コバルト89.3部、硝酸ニッケル267.7部、硝酸マグネシウム26.2部、硝酸亜鉛30.4部、硝酸クロム49.1部、硝酸ランタン17.7部、硝酸セリウム44.4部、硝酸カリウム4.1部および硝酸ビスマス59.6部を順次添加し、溶解した(B液)。
A液、B液、40質量%シリカゾル、50質量%メタタングステン酸アンモニウム水溶液部および85質量%リン酸の温度を40℃に調整した。
攪拌下、40質量%シリカゾル1076部にA液、B液、50質量%メタタングステン酸アンモニウム水溶液38.0および85質量%リン酸4.7部を順次添加し、水性スラリーを得た。
得られたスラリーの温度を20℃に調整し、攪拌しながら12時間保持した。
保持後のスラリーを回転円盤式噴霧乾燥機で、入口温度を270℃、出口温度を180℃として噴霧乾燥した。得られた乾燥粉を、電気炉で、250℃で2時間、450℃で2時間静置焼成した後、最終的に590℃で3時間流動焼成して触媒を得た。
得られた触媒について、活性試験を実施した。
【0029】
[実施例2]
組成がMo12Bi1.2Fe1.80.1Rb0.05CoNiCu0.2Mn0.3Cr0.80.30.1Zr0.2Ce0.40.2(SiO50で表される触媒を以下の要領で製造した。
純水750部にパラモリブデン酸アンモニウム359.3部を溶解した(C液)。
別に、17質量%硝酸360部に、硝酸第二鉄123.3部、硝酸コバルト49.4部、硝酸ニッケル246.6部、硝酸銅8.2部、硝酸マンガン14.6部、硝酸クロム54.3部、オキシ硝酸ジルコニウム9.1部、硝酸セリウム29.5部、硝酸カリウム1.7部、硝酸ルビジウム1.3部および硝酸ビスマス98.7部を順次添加し、溶解した(D液)。
別に、純水500部にメタバナジン酸アンモニウム2.0部およびホウ酸2.1部を順次添加し、溶解した(E液)。
C液、D液、E液、40質量%シリカゾルおよび50質量%メタタングステン酸アンモニウム水溶液の温度を50℃に調整した。
攪拌下、C液にD液、40質量%シリカゾル1273部、E液および50質量%メタタングステン酸アンモニウム水溶液23.6部を順次添加し、水性スラリーを得た。
得られたスラリーの温度を10℃に調整し、攪拌しながら20時間保持した。
保持後のスラリーを回転円盤式噴霧乾燥機で、入口温度を270℃、出口温度を180℃として噴霧乾燥した。得られた乾燥粉を、電気炉で、250℃で2時間、450℃で2時間静置焼成した後、最終的に620℃で3時間流動焼成して触媒を得た。
得られた触媒について、活性試験を実施した。
【0030】
[実施例3]
組成がMo12Bi0.8Fe1.10.08Cs0.07CoNiMn0.2Cr0.5Ce0.4Pr0.1Nd0.1In0.1Te0.1(SiO40で表される触媒を以下の要領で製造した。
純水1000部にパラモリブデン酸アンモニウム400.7部を溶解した(F液)。
別に、17質量%硝酸450部に硝酸第二鉄84.0部、硝酸コバルト110.1部、硝酸ニッケル275.0部、硝酸マンガン10.9部、硝酸クロム75.7部、硝酸セリウム32.9部、硝酸プラセオジム8.2部、硝酸ネオジム8.3部、硝酸インジウム2.2部、硝酸カリウム1.5部、硝酸セシウム2.6部および硝酸ビスマス73.4部を順次添加し、溶解した(G液)。
別に、純水100部にテルル酸4.3部を溶解した(H液)。
F液、G液、H液、40質量%シリカゾルおよび50質量%メタタングステン酸アンモニウム水溶液の温度を60℃に調整した。
攪拌下、40質量%シリカゾル1136部にF液、G液、H液および50質量%メタタングステン酸水溶液43.8部を順次添加し、水性スラリーを得た。
得られたスラリーの温度を15℃に調整し、攪拌しながら18時間保持した。
保持後のスラリーを回転円盤式噴霧乾燥機で、入口温度を270℃、出口温度を180℃として噴霧乾燥した。得られた乾燥粉を、電気炉で、250℃で2時間、450℃で2時間静置焼成した後、最終的に560℃で3時間流動焼成して触媒を得た。
得られた触媒について、活性試験を実施した。
【0031】
[実施例3−2]
再現性を確認するため、実施例3と同じ要領で、実施例3と同一組成の触媒を製造し、活性試験を実施した。
【0032】
[実施例4]
組成がMo12Bi0.4Fe1.50.1Rb0.06CoNiBa0.2Mn0.5Cr0.70.3Ce0.7Sm0.1Sb0.2(SiO60で表される触媒を以下の要領で製造した。
純水650部にパラモリブデン酸アンモニウム332.6部を溶解した(I液)。
別に、17質量%硝酸350部に硝酸第二鉄95.1部、硝酸コバルト45.7部、硝酸ニッケル228.2部、硝酸バリウム8.2部、硝酸マンガン22.5部、硝酸クロム44.0部、硝酸セリウム47.7部、硝酸サマリウム7.0部、硝酸カリウム1.6部、硝酸ルビジウム1.4部および硝酸ビスマス30.5部を順次添加し、溶解した(J液)。
I液、J液、40質量%シリカゾル、50質量%メタタングステン酸アンモニウム水溶液の温度を40℃に調整した。
攪拌下、40質量%シリカゾル1415部にI液、J液、50質量%メタタングステン酸アンモニウム水溶液12.3部および三酸化アンチモン粉末4.6部を順次添加し、水性スラリーを得た。
得られたスラリーの温度を20℃に調整し、攪拌しながら6時間保持した。
保持後のスラリーを回転円盤式噴霧乾燥機で、入口温度を270℃、出口温度を180℃として噴霧乾燥した。得られた乾燥粉を、電気炉で、250℃で2時間、450℃で2時間静置焼成した後、最終的に600℃で3時間流動焼成して触媒を得た。
得られた触媒について、活性試験を実施した。
【0033】
[比較例1]
スラリーの保持温度を50℃とした以外は実施例2と同じ要領で、実施例2と同一組成の触媒を製造し、活性試験を実施した。
【0034】
[比較例2]
C液およびD液の温度を10℃として水性スラリーを得た以外は実施例2と同じ要領で、実施例2と同一組成の触媒を製造し、活性試験を実施した。
【0035】
[比較例3]
C液およびD液の温度を80℃として水性スラリーを得た以外は実施例2と同じ要領で、実施例2と同一組成の触媒を製造し、活性試験を実施した。なお、C液を80℃とした際、C液中に白色の沈殿が生成しているのが確認できた。
【0036】
[比較例4]
スラリーの保持時間を0.5時間とした以外は実施例3と同じ要領で、実施例3と同一組成の触媒を製造し、活性試験を実施した。
【0037】
[比較例5]
スラリーの保持温度を60℃、保持時間を0.5時間とした以外は実施例3と同じ要領で、実施例3と同一組成の触媒を製造し、活性試験を実施した。
【0038】
[比較例5−2]
再現性を確認するため、比較例5と同じ要領で、比較例5と同一組成の触媒を製造し、活性試験を実施した。
【0039】
【表1】

【0040】
【表2】

【0041】
以上のように、実施例1〜4で得られた触媒は、いずれも、アクリロニトリルの収率が高かった。また、実施例3で得られた触媒と実施例3−2で得られた触媒とは、アクリロニトリルの収率がほぼ同じであり、同じ触媒を再現性良く製造できたことが確認できた。
一方、比較例1〜3で得られた触媒は、実施例2で得られた触媒と同じ組成であるにもかかわらず、実施例2に比べ、アクリロニトリルの収率が低かった。
また、比較例4、5、5−2で得られた触媒は、実施例3で得られた触媒と同じ組成であるにもかかわらず、実施例3に比べ、アクリロニトリルの収率が低かった。また、比較例5で得られた触媒と比較例5−2で得られた触媒とを比較すると、同じ組成の触媒を同じ製造方法で製造したにもかかわらず、アクリロニトリルの収率に差が見られた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モリブデン、ビスマス、鉄およびシリカを含む複合酸化物触媒の製造方法であって、
少なくともモリブデンを含有する溶液またはスラリーと、少なくともビスマスおよび鉄を含有する溶液またはスラリーとを30〜70℃の温度範囲内で混合して、少なくともモリブデン、ビスマスおよび鉄を含有する混合液を得る混合工程と、
前記混合液を、0〜25℃の温度範囲で2時間以上保持する保持工程と、
前記保持工程後、前記混合液を乾燥して乾燥物を得る乾燥工程と、
前記乾燥物を焼成する焼成工程とを有することを特徴とする複合酸化物触媒の製造方法。
【請求項2】
前記複合酸化物触媒が、下記一般式(I)で示される組成を有する請求項1に記載の複合酸化物触媒の製造方法。
MoBiFe(SiO …(I)
[式中、Mo、Bi、FeおよびOは、それぞれ、モリブデン、ビスマス、鉄および酸素を表し、Aはリチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウムおよびセシウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を表し、Bはコバルト、ニッケル、銅、亜鉛、マグネシウム、ストロンチウム、カルシウム、バリウムおよびマンガンからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を表し、Cはクロム、バナジウム、タングステン、ニオブ、ジルコニウム、ランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジムおよびサマリウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を表し、Dはタリウム、銀、ホウ素、アルミニウム、インジウム、アンチモン、リンおよびテルルからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を表し、SiOはシリカを表す。符合a、b、c、d、e、f、gおよびhは、それぞれ、当該符号が付された元素の原子比を表し、iはシリカの原子比を表し、a=12のとき、0.1≦b≦5、0.1≦c≦10、0.01≦d≦3、2≦e≦12、0.5≦f≦5、0≦g≦5、20≦i≦200であり、hは、Mo、Bi、Fe、A、B、CおよびDの原子価を満足するのに必要な酸素の原子比である。]
【請求項3】
前記複合酸化物触媒が、プロピレンのアンモ酸化反応によるアクリロニトリル合成用触媒である請求項1または2に記載の複合酸化物触媒の製造方法。

【公開番号】特開2008−212779(P2008−212779A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−50181(P2007−50181)
【出願日】平成19年2月28日(2007.2.28)
【出願人】(301057923)ダイヤニトリックス株式会社 (127)
【Fターム(参考)】