説明

モリブデンまたはモリブデン合金板の製造方法

【課題】機械加工性が良好な上に、高温・高真空下で使用した場合に、寸法変化の極めて少ないモリブデンまたはモリブデン合金板の製造方法を提供する。
【解決手段】モリブデンまたはモリブデン合金を圧延、もしくは鍛造した板材を、不活性雰囲気又は真空下において処理温度800〜1200℃、処理時間10分〜10時間、面圧1〜50MPaとなる荷重を板材にかけつつ熱処理を行なうモリブデンまたはモリブデン合金板の製造方法。また、上記処理条件として、処理温度900〜1100℃、面圧3〜35MPaとなる荷重を板材の平面に均等にかけつつ熱処理を行なうモリブデンまたはモリブデン合金板の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機械加工性が良好な上に、高温・高真空下で使用した場合に、寸法変化の極めて少ないモリブデンまたはモリブデン合金板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
モリブデンは旧来より工業的生産がなされてきた高融点金属の1つであり、これまで高温熱処理炉内壁などの耐熱材料、イオンビーム装置の引き出し電極などの電極材料等として貴重な用途を担ってきた。モリブデンまたはモリブデン合金の、特に熱膨張率の低さ、高温における強度は、実用金属材料中でも群を抜いている。
【0003】
モリブデンは、融点が2600℃を超える高い値であることに加えて、酸化物の蒸気圧が著しく高いという物性を有しているため、通常の金属に適用される大気中での圧延では必要とされる板材等を生産することが困難で、モリブデンまたはモリブデン合金から成る金属部材の製造には真空中で作製したインゴットを始原料として使うなど、特別な工法を必要としていた。
【0004】
すなわち、モリブデンまたはモリブデン合金からなる金属部材の工業的な生産手段としてこれまで採用されてきたのは、「モリブデンまたはモリブデン合金の粉末を加圧成形した後、これを焼結してインゴットとし、このインゴットに鍛造、圧延等の塑性加工を施して所要形状に仕上げる」という粉末冶金の手法である。一般に、モリブデンまたはモリブデン合金板は、圧下率50%以上の圧延板である。
【0005】
しかしながら、このようにして製造されたモリブデンまたはモリブデン合金板を用いて、大型かつ精密な機械加工を要する電極部材等を作製すると、高温・高真空下での使用中に、変形が生じるとの問題が指摘されるようになってきた。これは、鍛造・圧延等を行なったままの板では、材料の内部組織の変形が生じ、かつ残留応力が残った状態になるという現象に起因したものであり、使用中、高温になる事で、再結晶化ならびに歪みの解放に伴って、板材が変形するものと考えられる。
【0006】
この他、鍛造・圧延により長大化した結晶粒や内部応力の残留した組織を安定化させる目的で鍛造・圧延後に熱処理を入れる工程があり、例えば特開平6−220596号公報(特許文献1)に記載されている。しかし、一般的に熱処理を施した板材は、圧延時に生じた歪みの解放により変形しており、精密な機械加工をするためには、熱処理後、変形した部分を機械加工で除去する必要があり、材料の歩留が低下することから、好ましい方法と言えず、矯正せざるを得ない。
【特許文献1】特開平6−220596号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したような従来技術では板材として圧延成形した後、均一な再結晶組織にするために熱処理を行なっていたが、歪み解放時に変形が生じ、精密な寸法が要求される用途、例えばグリッド等の電極材料に使用するためには、適正な平面度を確保するために熱処理後の矯正が必要であった。そのため、矯正作業ならびにコストアップ等の問題があった。また、熱処理および矯正を行っても矯正時に再度残留応力が付加され、製品として使用時に歪む恐れがあった。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、上述のような問題を解消するために、発明者らは鋭意検討した結果、モリブデンまたはモリブデン合金粉末を加圧成形した後、これを焼結した成形体(以下、成形体と呼ぶ)もしくは鋳造インゴットを圧延した板材に対し熱処理後の矯正を必要とすることなく、荷重をかけつつ熱処理を行なうことで、平面度に優れ、かつ機械加工性に優れたモリブデンまたはモリブデン合金板を製造出来ることを見出した。
【0009】
その発明の要旨とするところは、
(1) モリブデンまたはモリブデン合金を圧延した板材を、不活性雰囲気又は真空下において処理温度800〜1200℃、処理時間10分〜10時間、面圧1〜50MPaとなる荷重を板材にかけつつ熱処理を行なうことを特徴とする、モリブデンまたはモリブデン合金板の製造方法。
(2)前記(1)の荷重負荷方法として、荷重を板材の平面に均等にかけつつ熱処理を行なうことを特徴とする、モリブデンまたはモリブデン合金板の製造方法。
【0010】
(3)前記(1)または(2)に記載の処理条件として、処理温度900〜1100℃、面圧3〜35MPaとなる荷重をかけつつ熱処理を行なうことを特徴とするモリブデンまたはモリブデン合金板の製造方法にある。
【発明の効果】
【0011】
以上、本発明による熱処理後の矯正工程の省略により、精密な形状の加工に適した機械加工性を有するとともに平面度に優れ、高温・高真空下で使用する場合にも、形状変化が極めて少ないモリブデンまたはモリブデン合金板を、歩留良く安定的に生産できる製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明に係る面圧を、1〜50MPaにした限定した理由は、1MPa未満では応力解放による変形を抑制できない。また、50MPaで十分に変形を抑制できるため、50MPaを超える圧力では、工業的に非効率であるため、その範囲を1〜50MPaとした。好ましくは3〜35MPaとする。
【0013】
次に、処理温度を10分〜10時間に限定した理由は、10分未満では残留応力が十分解放されるとは言い難い。10時間を超えると、残留応力解放の効果が飽和するためである。処理温度を800〜1200℃に限定した理由は、800℃未満では、残留応力が解放されず、使用中に変形の恐れがある。また、1200℃を超えると、内部組織の急激な粗大化により強度の低下が起こり、例えばドリル等による機械加工性が低下するため、その範囲を800〜1200℃とした。好ましくは900〜1100℃とする。
【0014】
荷重を板材の平面に均等にかけた理由は、荷重を平面に部分的にかけた場合、熱処理中に板材が塑性変形をしてしまい、所定形状から大きく変形してしまい、使用出来なくなるからである。本発明の対象となるモリブデンまたはモリブデン合金の板材の圧延もしくは鍛造は熱間に限定したものではなく、寸法精度改善等のために必要に応じて冷間圧延もしくは鍛造を行うこともある。冷間圧延もしくは鍛造がなされた場合、一般に熱間での圧延もしくは鍛造以上に残留応力が付与されるため、本発明の適用がより求められる。
【実施例】
【0015】
モリブデンまたはモリブデン合金の粉末をSC製の缶に脱気封入した充填ビレットを、HIP法により固化成形した成形体およびモリブデンまたはモリブデン合金の粉末を真空アーク溶解法により溶解し、直径100mm、高さ100mmの耐火物へ鋳造したインゴット(鋳造インゴット)を、1100℃にて5%以上の圧下率にて圧延を繰り返し、厚み3mmの板材を得た。続いてこれを切断し、評価用に縦150mm、横150mm、厚み3mmの板材を作製した。上記の板材を、縦460mm、横460mmのカーボンパンチに挟み、約1.0×10-2Paの真空雰囲気下にて、表1に示す温度、時間および面圧になる荷重を負荷し、熱処理を行なった。
【0016】
上述の熱処理を行なった板材の評価項目および方法として、板材の平面度は、三次元測定器にて、板材の端より10mmの位置から32.5mm間隔に5点、計25点の位置座標を測定し、その結果、平面度(JIS B0621)が0.1mm未満:○、0.1〜0.5mm未満:△、0.5mm以上:×で示した。以降の評価では、○および△が使用出来るレベルであり、×が使用できないレベルとした。また、機械加工性については、上述の熱処理後の板材の抗折強度を指標として使用し、100MPa未満:×、100〜200MPa未満:△、200MPa以上:○とした。
【0017】
さらに、上述の熱処理後の板材の断面をシュウ酸電解腐食後光学顕微鏡にて結晶粒径を観察し、画像解析により相当面積円の径を結晶粒径とし、板材組織の評価とした。なお、表1中の結晶粒径はNo.1の結晶粒径を100とした相対値で表しており、数値の小さい方が、結晶粒径が微細である。次に、高温・高真空下での使用下での形状変化は、上述の熱処理を行なった板材を、約1.0×10-2Paの真空下において、室温と700℃でそれぞれ1時間保持することを20回繰り返した後の平面度を、上述の方法と同様に測定し評価した。
【0018】
モリブデン合金としては、Moを50at%以上含む、Mo−B、Mo−C、Mo−Co、Mo−Cr、Mo−Fe、Mo−Hf、Mo−Mn、Mo−Nb、Mo−Ni、Mo−Ta、Mo−Ti、Mo−V、Mo−W、Mo−Zr、TZM合金(Ti:0.48wt%、Zr:0.08wt%、Mo:bal.)などを挙げることが出来る。
【0019】
【表1】

表1に示すNo.1〜14は本発明例であり、No.15〜21は比較例である。
【0020】
表1に示すように、比較例No.15は、面圧が低いために、応力解放に伴う変形を抑制出来ていない。比較例No.16は、面圧が高いために、材料が変形する。比較例No.17は面圧が高く、かつ温度が高いために、平面度は矯正されたものの材料が変形するとともに、約5mm程度まで結晶粒の成長が進み、機械加工性が悪くなる。比較例No.18は、面圧が低く、かつ温度が高いために、平面度の矯正が出来ず、かつ結晶粒の成長が進み機械加工性が悪い。
【0021】
No.19は温度が低いため、平面度の矯正が出来ず、かつ材料の組織が長大な形状のままであるために、機械加工性が悪い。No.20は処理時間が短いため、平面度の矯正が出来ず、かつ材料の組織が長大な形状のままであるために、機械加工性が悪い。No.21は処理時間が長いため、約5mmまで結晶粒の成長が進み強度の低下が起こるため、機械加工性が悪くなる。
【0022】
以上述べたように、モリブデンまたはモリブデン合金の成形体もしくは鋳造インゴットの圧延材に、面圧1MPa以上,50MPa以下となる荷重を、不活性雰囲気中又は真空下にて、処理時間10分〜10時間、800℃以上,1200℃以下の温度において付加することで、平面度に優れ、かつ機械加工性に優れたモリブデンまたはモリブデン合金板が得られる。


特許出願人 山陽特殊製鋼株式会社
代理人 弁理士 椎 名 彊

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モリブデンまたはモリブデン合金を圧延、もしくは鍛造した板材を、不活性雰囲気又は真空下において処理温度800〜1200℃、処理時間10分〜10時間、面圧1〜50MPaとなる荷重を板材にかけつつ熱処理を行なうことを特徴とする、モリブデンまたはモリブデン合金板の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の荷重負荷方法として、荷重を板材の平面に均等にかけつつ熱処理を行なうことを特徴とする、モリブデンまたはモリブデン合金板の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の処理条件として、処理温度900〜1100℃、面圧3〜35MPaとなる荷重をかけつつ熱処理を行なうことを特徴とするモリブデンまたはモリブデン合金板の製造方法。

【公開番号】特開2010−196111(P2010−196111A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−41819(P2009−41819)
【出願日】平成21年2月25日(2009.2.25)
【出願人】(000180070)山陽特殊製鋼株式会社 (601)
【Fターム(参考)】