説明

ラインパイプ用継目無鋼管およびその製造方法

【課題】降伏応力(YS)が551MPa以上の高強度で、かつ母材および溶接熱影響部の全域に渡って良好な耐水素割れ性を有するラインパイプ用継目無鋼管の提供
【課題手段】 質量%で、C:0.03〜0.08%、Si:0.05〜0.5%、Mn:0.2〜1.6%、P:0.05%以下、S:0.01%以下、Mo:0.5〜3.0%、Al:0.005〜0.100%、N:0.01%以下、O:0.01%以下およびCa:0.001〜0.005%、必要に応じて、更に、Cr:1.5%以下、Nb:0.1%以下、Ti:0.1%以下、Zr:0.1%以下、Ni:1.5%以下、Cu:1.0%以下、V:0.2%以下およびB:0.005%以下のうちから選択された1種以上を含有し、残部Feおよび不純物からなるラインパイプ用継目無鋼管。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海底フローライン用鋼管、ライザー用鋼管などに使用するのに適したラインパイプ用継目無鋼管およびその製造方法に係り、より詳しくは、API(米国石油協会)規格に規定されるX80、即ち、降伏強度551〜655MPa(80〜95ksi)またはそれを上回る高強度を有するとともに、良好な母材および溶接熱影響部の耐水素割れ性を有するラインパイプ用継目無鋼管およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
陸上または水深ほぼ500メートルまでのいわゆる浅海に位置する油田の石油、天然ガス資源は近年枯渇しつつあり、例えば、海面下1000〜3000メートルといういわゆる深海の海底油田の開発が活発になっている。深海油田では、海底に設置された油井、天然ガス井の坑口から洋上のプラットホームまでの間、フローラインまたはライザーと呼ばれる鋼管を用いて原油および天然ガスを輸送する必要がある。深海に敷設されたフローラインを構成する鋼管の内部には、深い地層圧が加わった高圧の内部流耐圧がかかり、また、鋼管は波浪による繰り返し歪みと、操業停止時には深海の海水圧の影響を受ける。
【0003】
ここに、フローラインとは、地上または海底面の地勢に沿って敷設された輸送用鋼管であり、また、ライザーとは、海底面から地上のプラットホームまで立ち上がった輸送用鋼管であり、深海油田で用いる場合には、その肉厚は、通常30mm以上必要と言われており、それだけ苛酷な条件で使用される部材である。
【0004】
一方、近年開発される深井やガス井は腐食性を有する硫化水素を含む場合が多く、このような環境では高強度鋼は、水素誘起割れ(Hydrogen Induced Cracking、以下、「HIC」という。)または硫化物応力割れ(Sulfide Stress Cracking、以下、「SSC」という。)と呼ばれる水素脆化を起こし破壊に至る。材料強度が上がるほどHICまたはSSCの感受性が高くなるため、高強度鋼における耐水素割れ性の確保は、大変困難な課題である。また、とりわけ周溶接による熱影響部では、熱が入った後に急冷されるために材料強度が上がりHICおよびSSCの感受性が増大することが多い。
【0005】
HICは、腐食反応により生成した水素が鋼中に侵入し、MnSなどの介在物または硬い第2相組織のまわりに拡散・集積することで発生するといわれている。
【0006】
耐HIC性を向上させる方法として、例えば、特許文献1には、鋼中のS量を低減するとともに、Caを適量添加することにより伸延状のMnSの生成を抑制して、HICの発生を抑える技術が開示されている。また、溶接鋼管については、例えば、特許文献2には、割れの伝播経路となりやすい硬化組織の生成を抑制するために、C、Mn、Pなどの偏析しやすい元素の含有量を低減する技術が、特許文献3には、さらに圧延後の冷却時の変態途中でCの拡散による硬化組織の生成を防ぐために加速冷却を施す技術が開示されている。継目無鋼管においても、MnS等の介在物析出を制限し、偏析元素を低減することでAPI規格のX65グレードあるいはX70グレードまで安定製造されるようになった。
【0007】
従来、ラインパイプ用鋼における耐食性の確保は、全般的に、耐HIC性の改善に重点がおかれている。また、例えば、特許文献4、特許文献5などに開示されているように、X80グレードまたはそれを上回る高強度耐食性鋼管においては、耐HIC性に関する研究が盛んに行われてきたが、耐SSC性に関する検討はほとんどされていない。
【0008】
【特許文献1】特開54−110119号公報
【特許文献2】特開昭61−60866号公報
【特許文献3】特開昭61−165207号公報
【特許文献4】特開平09−324216号公報
【特許文献5】特開平11−189840号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
X80グレードまたはそれを上回る高強度鋼材になると、HIC感受性が高まり、例えば、特許文献1〜3に開示される技術では、HICの発生を抑制することが困難となる。特に、従来の鋼材では溶接熱影響部において母材よりも強度が上昇するために、更にHIC感受性高まるという問題がある。また、X80グレードまたはそれを上回る高強度鋼材では、これより低強度の鋼材に比べてSSC感受性が高まるため、耐HIC性だけでなく耐SSC性にも優れた鋼材が求められる。
【0010】
本発明は、上記の問題を解決するためになされたものであり、母材および溶接熱影響部の両方において高強度で、かつ耐水素割れ性(耐HIC性および耐SSC性)に優れたラインパイプ用継目無鋼管およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、母材および溶接熱影響部における耐水素割れ性を確保するため、溶接熱影響部での硬さの上昇を防ぎ、かつ母材の耐水素割れ性能を確保することができる化学組成および組織について検討した。耐水素割れ性を改善する方法としては、従来、焼戻し温度を上昇させて強度を低減する方法、焼入れ性を高めて均一組織を形成し、局所的な強度上昇を抑制する方法などが知られているが、これらの方法では、溶接熱影響部における耐水素割れ性を改善することはできない。
【0012】
そこで、本発明者らは、継目無鋼管の組織を焼戻し組織として、母材における強度および耐水素割れ性を高めるとともに、溶接熱影響部における強度上昇を防ぐべく、焼き戻し軟化抵抗を高めて、焼戻し時の強度低下を低減するのが有効であると考え、化学組成の影響を調査した。
【0013】
即ち、本発明者らは、まず、表1に示す化学組成を有する鋼を各々50kg真空溶製し、1250℃に加熱した後、熱間鍛造によりブロックを作製し、これらのブロックを1250℃に加熱した後、熱間圧延により得られた30mm厚さの板材を950℃で10分保持した後、水冷して(冷却速度は30℃/s)焼入れし、その後、650℃で30分保持した後、放冷して焼戻した。このようにして得た鋼材の降伏強度(YS)および耐SSC性について調査した結果を図1に示す。
【0014】
【表1】

【0015】
なお、耐SSC性は、NACE(National Association of Corrosion Engineers)TM0177−2005 method Dに従ってDCB試験を行い、評価した。即ち、鋼材から厚さ10mm、幅25mm、長さ100mmのDCB(Double Cantilever Bent Beam)試験片を採取し、採取した試験片を1atmの硫化水素ガスを飽和させた常温の5%食塩+0.5%酢酸水溶液に336時間浸漬し、亀裂進展長さaおよび楔開放応力P(楔厚さ:3.4mm)から、下記式により応力拡大係数KISSCを導出した。

但し、上記式中の各記号の意味は、下記の通りである。
P:楔開放応力(N)
a:亀裂進展長さ(mm)
h:DCB試験片アーム部高さ(mm)=12.7mm
B:DCB試験片厚み(mm)=9.53mm
Bn:DCB試験片溝部厚み(mm)=5.72mm
【0016】
図1は、得られた焼入れ焼戻し後の鋼材の降伏強度(YS)をMoおよびMnの含有量について整理した図である。図1に示すように、降伏強度は、Mo含有量が多いほど高くなるものの、いずれの例でもほぼ一定となった。
【0017】
図2は、得られた焼入れ焼戻し後の鋼材の応力拡大係数(KISSC)をMoおよびMnの含有量について整理した図である。図2に示すように、KISSCは、Mn含有量の減少、Mo含有量の増加に伴い、向上することが確認された。
【0018】
本発明者らは、次に、表2に示す化学組成を有する鋼を各々50kg真空溶製し、1250℃に加熱した後、熱間鍛造によりブロックを作製し、これらのブロックを1250℃に加熱した後、熱間圧延により得られた20mm厚さの板材を950℃で10分保持した後、水冷して(冷却速度は45℃/s)焼入れし、一部の鋼材については、650℃で30分保持した後、放冷して焼戻した。表3に、これらの焼入れままの鋼材および焼戻し鋼材についての引張強度(TS)、硬さ(Hv)および耐HIC性を示す。
【0019】
【表2】

【0020】
【表3】

【0021】
なお、表3では、耐HIC性として「HIC割れ面積率」を評価している。HIC割れ面積率は、以下の方法によって得られる。即ち、NACE(National Association of Corrosion Engineers)TM00284−2003に従い、鋼材から厚さ20mm、幅20mm、長さ100mmの試験片を採取し、採取した試験片を1atmの硫化水素ガスを飽和させた常温の5%食塩+0.5%酢酸水溶液に96時間浸漬し、その後、超音波探傷試験によって試験片中の割れ面積率を求める。
【0022】
表3に示すように、Mn含有量が高い鋼材4およびC含有量が高い鋼材5では、焼戻しによる強度低下が大きいことから、焼入れまま鋼材では強度が高く、HIC割れ面積率が高い値となった。一方、CおよびMnの含有量が低く、Moの含有量が高い鋼材6では、焼戻しによる強度低下がほとんどないことから、焼入れまま鋼材でも強度を低く抑えられ、HICは発生しなかった。
【0023】
ここで、溶接熱影響部では溶接の入熱後急冷されるため、強度・硬さは焼入れまま材に準ずると考えられる。従って、溶接熱影響部の耐水素割れ性を確保するためには、CおよびMnの含有量を低減し、かつ焼き戻し軟化抵抗の強い鋼となるような合金設計が必要である。
【0024】
本発明は、このような知見に基づきなされたものであり、下記の(1)〜(6)に示すラインパイプ用継目無鋼管および下記の(7)に示すラインパイプ用継目無鋼管の製造方法を要旨としている。
【0025】
(1)質量%で、
C : 0.03〜0.08%、
Si: 0.05〜0.5%、
Mn: 0.2〜1.6%、
P : 0.05%以下、
S : 0.01%以下、
Mo: 0.5〜3.0%、
Al: 0.005〜0.100%、
N : 0.01%以下、
O : 0.01%以下および
Ca: 0.001〜0.005%
を含有し、残部Feおよび不純物からなることを特徴とするラインパイプ用継目無鋼管。
【0026】
(2)更に、質量%で、
Cr : 1.5%以下、
Nb : 0.1%以下、
Ti : 0.1%以下、
Zr : 0.1%以下、
Ni : 1.5%以下、
Cu: 1.0%以下、
V : 0.2%以下および
B : 0.005%以下
のうちから選択された1種以上を含有することを特徴とする上記(1)に記載のラインパイプ用継目無鋼管。
【0027】
(3)降伏強度(YS)が551MPa以上であることを特徴とする上記(1)または(2)に記載のラインパイプ用継目無鋼管。
【0028】
(4)降伏強度(YS)が621MPa以上であることを特徴とする上記(1)または(2)に記載のラインパイプ用継目無鋼管。
【0029】
(5)800〜1100℃の温度域から20℃/s以上の冷却速度で冷却して焼入れた後、600〜700℃の温度に加熱して焼戻して得た継目無鋼管であることを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれかに記載のラインパイプ用継目無鋼管。
【0030】
(6)上記(1)または(2)に記載の化学組成を有する継目無鋼管を800〜1100℃の温度域から20℃/s以上の冷却速度で冷却して焼入れた後、600〜700℃の温度に加熱して焼戻すことを特徴とするラインパイプ用継目無鋼管の製造方法。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、降伏応力(YS)が551MPa(80ksi)またはそれを上回る高強度の継目無鋼管に母材および溶接熱影響部の全域に渡って良好な耐水素割れ性を付与することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下、本発明の継目無鋼管の化学組成の範囲およびその限定理由について説明する。なお、各元素の含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0033】
C:0.03〜0.08%
Cは、焼入れ性を高めて鋼の強度を確保するのに有効な元素であり、0.03%以上含有させる必要がある。しかし、C含有量が0.08%を超えると、溶接熱影響部での強度が上昇し過ぎて、耐水素割れ性が低下する。従って、Cの含有量を0.03〜0.08%とした。
【0034】
Si:0.05〜0.5%
Siは、鋼の脱酸に有効な元素である。脱散剤としての効果を得るためには、0.05%以上含有させる必要がある。しかし、Siが過剰な場合には、溶接熱影響部の靭性を大幅に低下させるとともに、軟化相のフェライト層の析出を促進し、耐水素割れ性を低下させる。従って、Siの含有量を0.05〜0.5%とした。好ましい上限は0.3%である。
【0035】
Mn:0.2〜1.6%
Mnは、焼入れ性を高めて強度向上させるのに有効であり、また、靭性を確保するためにもある程度の含有させる必要がある。これらの効果を得るためには0.2%以上含有させる必要がある。しかし、Mn含有量が過剰な場合、焼入れ性が上昇し、溶接熱影響部の強度を高めすぎて、耐水素割れ性を低下させる。従って、Mnの含有量を0.2〜1.6%とした。好ましい下限は、0.4%である。
【0036】
P:0.05%以下
Pは、粒界に偏析し、耐水素割れ性を低下させる元素である。その含有量が0.05%を超えるとその影響が顕著となる。従って、Pの含有量を0.05%以下に制限することとした。但し、Pの含有量は極力低いのがよく、上限は0.025%とするのが好ましい。
【0037】
S:0.01%以下
SもPと同様に粒界に偏析し、耐水素割れ性を低下させる元素である。その含有量が0.01%を超えるとその影響が顕著になる。従って、Sの含有量を0.01%以下とした。なお、Sの含有量は極力低い方が望ましい。
【0038】
Mo:0.5〜3.0%
Moは、焼入れ性を高めて鋼の強度を向上させるとともに、焼戻し軟化抵抗を高めることで焼き戻し組織に比べ、溶接熱影響部における強度上昇を抑えるのに有効な元素である。これらの効果を得るには、0.5%以上含有させる必要がある。しかし、Moは高価な元素であり、あまりに多量に含有させても上記の効果が飽和する。従って、Moの含有量を0.5〜3.0%とした。耐水素割れ性を更に向上させるには0.7%以上含有させるのが望ましい。
【0039】
Al:0.005〜0.100%
Alは、鋼の脱酸に有効な元素であり、0.005%以上含有させる必要がある。しかし、0.100%を越えて含有させてもその効果は飽和する。従って、Alの含有量を0.005〜0.100%とした。Al含有量の好ましい下限は0.01%であり、好ましい上限は0.05%である。本発明のAl含有量とは、酸可溶Al(所謂「sol.Al」)を指す。
【0040】
N:0.01%以下
N(窒素)は、不純物として鋼中に存在し、その含有量が0.01%を超えると粗大な窒化物を形成して、靭性および耐SSC性を低下させる。従って、Nを0.01%以下に制限することとした。Nの含有量は、極力低減することが望ましい。
【0041】
O:0.01%以下
O(酸素)は、不純物として鋼中に存在し、その含有量が0.01%を超えると粗大な酸化物を形成して、靭性および耐SSC性を低下させる。従って、Oの含有量を0.01%以下に制限することとした。Oの含有量は、極力低減することが望ましい。
【0042】
Ca:0.001〜0.005%
Caは、介在物の形態制御により靭性および耐食性を向上させるのに有効であり、かつ、鋳込み時のノズル詰まりを抑制して鋳込み特性を改善するのにも有効な元素である。これらの効果を得るためには、Caを0.001%以上含有させる必要がある。一方、過剰に含有させると介在物がクラスター化しやすくなり、逆に靭性および耐食性を低下させる。従って、Caの含有量を0.001〜0.005%とした。
【0043】
本発明に係るラインパイプ用継目無鋼管は、上記の化学組成を有し、その残部は、例えば、Feおよび不純物からなるものであるが、強度を高める目的で、以下に示す元素の1種以上を含有させてもよい。
【0044】
Cr:1.5%以下
Crは、添加すれば、焼入れ性を高めて、鋼の強度を向上させるのに有効な元素である。しかし、その含有量が過剰となると、耐水素割れ性が低下するおそれがあるため、Crを含有させる場合には、その含有量を1.5%以下とするのが望ましい。Cr含有量の下限には制限はないが、焼入れ性を向上させるためには、0.02%以上含有させるのが好ましい。より好ましい下限は0.1%である。
【0045】
Nb:0.1%以下
Ti:0.1%以下
Zr:0.1%以下
Nb、TiおよびZrは、添加すれば、いずれもCおよびNと結びつき炭窒化物を形成し、ピニング効果により細粒化に有効に働き、靭性等の機械的特性を改善する元素である。いずれの元素も0.1%を越えて含有させても効果が飽和する。従って、これらの元素を含有させる場合には、その含有量をそれぞれ0.1%以下とするのが望ましい。上記の効果が顕著となるのは、それぞれ0.002%以上含有させた場合である。これらの元素の含有量の好ましい下限はいずれも0.01%であり、好ましい上限はいずれも0.05%である。
【0046】
Ni:1.5%以下
Niは、添加すれば、焼入れ性を向上させて、鋼の強度を向上させるとともに、靭性を向上させるのに有効な元素である。しかし、Niは、高価な元素であり、過剰に含有させてもその効果が飽和し、材料コストを上昇させるだけである。従って、Niを含有させる場合には、その含有量を1.5%以下とするのが望ましい。下限には特に制限はないが、0.02%以上含有させるのが好ましい。
【0047】
Cu:1.0%以下
Cuは、添加すれば、焼入れ性を向上させて、鋼の強度を向上させるのに有効な元素である。しかし、過剰に含有させてもその効果が飽和する。従って、Cuを含有させる場合には、その含有量を1.0%以下とするのが望ましい。下限には特に制限はないが、0.02%以上含有させるのが好ましい。
【0048】
V:0.2%以下
VもMoと同様に焼入れ性を高めて鋼の強度を向上させるのに有効であり、しかも、焼戻し軟化抵抗を高めることで焼き戻し組織に比べ、溶接熱影響部での強度上昇を抑えることができる元素である。また、Vを含有させると、Moと共に微細炭化物であるMC(MはVおよびMo)を生成し、Mo含有量が1%を超えたときに生成する針状Mo2C(SSCの起点となる)の生成を抑制する。これらの観点からは、Vの含有量を、0.05%以上の含有させるのが好ましい。しかし、Vの含有量が過剰な場合、焼入れ時に固溶するVは飽和し、焼戻し温度を高める効果が飽和する。従って、Vを含有させる場合には、その含有量を0.2%以下とするのが望ましい。
【0049】
B:0.005%以下
Bは、高強度鋼材においては粒界粗大炭化物M236(MはFe、Cr、Mo)の生成を促進し、耐SSC性を低下させるが、同時に焼入れ性を向上させる効果を有する。従って、Bを含有させる場合には、耐SSC性に影響が少なく、焼入れ性の向上が見込める適度な範囲で含有させるのがよく、その含有量を0.005%以下とするのが望ましい。Bの望ましい下限は、0.0001%である。
【0050】
次に、本発明に係る継目無鋼管の製造方法について説明する。
継目無鋼管の製造方法としては、マンネスマン・ピルガミル・プロセス、マンネスマン・プラグミル・プロセス、マンネスマン・マンドレルミル・プロセスなどの通常知られている方法を採用することができる。例えば、マンネスマン・マンドレルミル・プロセスにおいては、加熱したビレットをピアサによって穿孔して中空素管を得たのち、この中空素管にマンドレルバーを挿入し、中空素管をマンドレルバーと共にマンドレルミルに通して圧延して継目無鋼管が製造される。
【0051】
本発明に係る継目無鋼管の製造に当たっては、上記の通常の方法によって得た継目無鋼管に、焼入れ焼戻し処理を実施するのが有効である。
【0052】
焼入れ処理としては、800〜1100℃の温度域から20℃/s以上の冷却速度で冷却するのがよい。ここで、焼入れ温度が800℃未満では、フェライト組織となり、強度、耐食性といった性能が劣化するおそれがある。一方、焼入れ温度が1100℃を超えると、粒径が大きくなり、強度、耐食性といった性能が劣化するおそれがある。なお、焼入れ時の冷却速度は、遅すぎると十分な強度を確保できなくなるおそれがあるため、20℃/s以上とするのが望ましい。ただし、冷却速度の上限には、特に制限はない。
【0053】
焼戻し処理としては、600〜700℃の温度に加熱した後、放冷するのがよい。ここで、焼戻し温度が600℃未満では十分な耐食性を確保するのが困難となる場合がある。一方、700℃を超えると、材料表面で脱炭が起こり、強度が低下するおそれがある。放冷時の冷却速度は、3℃/sとするのが望ましい。
【実施例】
【0054】
表4に示す化学組成を有する鋼を各々50kg真空溶製し、1250℃に加熱した後、熱間鍛造によりブロックを作製し、これらのブロックを1250℃に加熱した後、熱間圧延により得られた20〜40mm厚さの板材を950℃で10〜15分保持した後、水冷して(冷却速度は20〜45℃/s)焼入れし、一部の鋼材については、650℃で30分保持した後、放冷して焼戻した。表5には、製造条件、材料強度および耐SSC性を示す。
【0055】
【表4】

【0056】
【表5】

【0057】
耐SSC性は、NACE(National Association of Corrosion Engineers)TM0177−2005 method Dに従ってDCB試験を行い、評価した。即ち。鋼材から厚さ10mm、幅25mm、長さ100mmのDCB(Double Cantilever Bent Beam)試験片を採取し、採取した試験片を1atmの硫化水素ガスを飽和させた常温の5%食塩+0.5%酢酸水溶液に336時間浸漬し、亀裂進展長さaおよび楔開放応力P(楔厚さ:3.4mm)から、下記式により応力拡大係数KISSCを導出した。


但し、上記式中の各記号の意味は、下記の通りである。
P:楔開放応力(N)
a:亀裂進展長さ(mm)
h:DCB試験片アーム部高さ(mm)=12.7mm
B:DCB試験片厚み(mm)=9.53mm
Bn:DCB試験片溝部厚み(mm)=5.72mm
【0058】
なお、一般にKISSC値は、材料強度の上昇に伴い低下し、材料に関わらず引張強度が1ksi(≒6.89MPa)上がるのに対して0.9±0.2ksi√in.程度の低下が見込まれる。よって材料間の耐SSC性比較のためにTSが100ksiの値に規格化をして評価を行い、そのKISSC値の換算値で36 ksi√in.以上となる試材を耐SSC性が良好と判断した。
【0059】
表5に示すように、Mn含有量が高く、しかもMo含有量が低いO鋼、P鋼およびQ鋼を用いた比較例1〜6では、KISSC値は低かった。また、Mn含有量が高いR鋼を用いた比較例7でもKISSC値が低い結果となった。一方、Mn含有量が1.6%以下であり、かつMo含有量が0.5%以上のA鋼〜N鋼を用いた本発明例1〜17では、いずれも良好なKISSC値を示した。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明によれば、降伏応力(YS)が551MPa(80ksi)またはそれを上回る高強度の継目無鋼管に母材および溶接熱影響部の全域に渡って良好な耐水素割れ性を付与することができる。従って、深海油田で用いられる海底フローライン用鋼管、ライザー用鋼管などに使用するのに適した継目無鋼管を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】焼入れ焼戻し後の鋼材の降伏強度(YS)をMoおよびMnの含有量について整理した図
【図2】焼入れ焼戻し後の鋼材の応力拡大係数(KISSC)をMoおよびMnの含有量について整理した図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.03〜0.08%、
Si:0.05〜0.5%、
Mn:0.2〜1.6%、
P :0.05%以下、
S :0.01%以下、
Mo:0.5〜3.0%、
Al:0.005〜0.100%、
N :0.01%以下、
O :0.01%以下および
Ca:0.001〜0.005%
を含有し、残部Feおよび不純物からなることを特徴とするラインパイプ用継目無鋼管。
【請求項2】
更に、質量%で、
Cr:1.5%以下、
Nb:0.1%以下、
Ti:0.1%以下、
Zr:0.1%以下、
Ni:1.5%以下、
Cu:1.0%以下、
V :0.2%以下および
B :0.005%以下
のうちから選択された1種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載のラインパイプ用継目無鋼管。
【請求項3】
降伏強度(YS)が551MPa以上であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のラインパイプ用継目無鋼管。
【請求項4】
降伏強度(YS)が621MPa以上であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のラインパイプ用継目無鋼管。
【請求項5】
800〜1100℃の温度域から20℃/s以上の冷却速度で冷却して焼入れた後、600〜700℃の温度に加熱して焼戻して得た継目無鋼管であることを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれかに記載のラインパイプ用継目無鋼管。
【請求項6】
請求項1または請求項2に記載の化学組成を有する継目無鋼管を800〜1100℃の温度域から20℃/s以上の冷却速度で冷却して焼入れた後、600〜700℃の温度に加熱して焼戻すことを特徴とするラインパイプ用継目無鋼管の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−24504(P2010−24504A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−188399(P2008−188399)
【出願日】平成20年7月22日(2008.7.22)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】