説明

ラクトフェリンを有効成分とするUCP発現促進剤

【課題】新規なUCP発現促進剤及びその応用を提供する。
【解決手段】ラクトフェリンを有効成分とするUCP発現促進剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脱共役タンパク質の発現促進剤、及びそれを含有する医薬及び食品等に関する。
【背景技術】
【0002】
脱共役タンパク質(uncoupling protein;UCP)は、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化を脱共役させる活性を有するタンパク質であり、UCP−1〜5のアイソフォームからなるファミリーを形成している。
【0003】
UCP−1は褐色脂肪細胞に特異的に存在する。UCP−1はエネルギー消費の調節に関連していることがわかっており、UCP−1を過剰発現させると肥満が抑制され、逆にUCP−1が欠失すると肥満になりやすくなることが報告されている。そこで、β3アドレナリン受容体(AR)作動薬を中心にUCP−1亢進作用に基づく抗肥満薬の開発が進められているが、ARへの作用による顔面の発赤などの副作用があること、褐色脂肪組織はげっ歯類には多いがヒトでは少ないことから、開発が進んでいない。
【0004】
UCP−2は白色脂肪細胞、免疫組織(リンパ系、マクロファージ)、骨格筋、脾臓、小腸などに幅広く分布しており、UCP−1と同様、過剰発現させると肥満が抑制されるが、エネルギー消費との関連は明確ではない。UCP−2については、細胞内ATP濃度の低下及びインスリン分泌の抑制、さらには活性酸素種の掃去に関与することも知られている。UCP−3は主に骨格筋に存在する。UCP−3は、UCP−1と同様、過剰発現させると肥満が抑制されるが、絶食により増加するため、熱産生及びエネルギー消費の調節に直接関与する可能性は低いと考えられている。また、UCP−3も、UCP−2と同様に活性酸素種の掃去に関与し、酸化ストレスの抑制、アンチエイジング作用が期待される。UCP−3発現促進剤は、抗肥満剤及び糖尿病の予防・治療剤としても有用であると考えられている(特許文献1)。
【0005】
UCP発現促進作用を有する物質としては、他に、UCP−1〜4のいずれに対しても作用するジアシルグリセロール(特許文献2)が報告されている。
【0006】
ラクトフェリン(以下、「LF」と略すことがある)は、分子量約80,000の糖タンパク質であり、主に哺乳動物の乳汁中に存在し、好中球、涙、唾液、鼻汁、胆汁、精液などにも見出されており、多様な機能を示す多機能生理活性タンパク質である。ラクトフェリンの生理活性としては、抗菌作用、鉄代謝調節作用、細胞増殖活性化作用、造血作用、抗炎症作用、抗酸化作用、食作用亢進作用、抗ウイルス作用、ビフィズス菌生育促進作用、抗がん作用、がん転移阻止作用、トランスロケーション阻止作用、免疫調節作用などが知られている。さらに、最近、ラクトフェリンが脂質代謝改善作用、鎮痛・抗ストレス作用、アンチエイジング作用を有することも明らかにされている。したがって、ラクトフェリンは、生活習慣病(動脈硬化、高コレステロール血症、高脂血症、高血圧、糖尿病、脂肪肝等)、自己免疫疾患及びアレルギー性疾患、精神神経疾患、疼痛緩和、肝炎(各種ウィルス性肝炎、非アルコール性肝炎、肝硬変など)、各種感染症及びそれに基づく炎症等の種々の疾患の改善又は予防における利用が提案されてきた。
【0007】
また、最近、ラクトフェリンが基礎代謝を亢進させ、血液中の脂肪の燃焼を促進することが示唆されており、ラクトフェリンの服用により体重減少を起こすケースがあることもわかってきた(非特許文献2及び3)。しかし、それらの作用メカニズムはよくわかっていない。
【0008】
【特許文献1】特許第3957552号公報
【特許文献2】特開2001−64171号公報
【特許文献3】特開2007−70277号公報
【非特許文献1】「UCPとエネルギー代謝調節」、斉藤昌之、大橋敦子、日本臨床、61巻、増刊号6、271〜276頁(2003年)
【非特許文献2】「6−1 ラクトフェリンによるエネルギー代謝調節」、腸溶性ラクトフェリン研究会ホームページ(http://www.ec-lactoferrin.org/lactoferrin/chapter6.html)
【非特許文献3】「ラクトフェリン腸溶錠により血清脂質の改善が認められた症例」、木元博史、Milk Science Vol. 53, No. 4, pp.313-314 (2004)
【非特許文献4】“The biology of mitochondrial uncoulpling proteins”, Rousett et al., Diabetes, Vol. 53, Suppl. 1, pp.S130-S135 (2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、新規なUCP発現促進剤及びその応用を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、ラクトフェリンが、白色脂肪組織のUCP−2の発現を著しく増大し、さらに筋肉組織のUCP−3についても発現誘導作用を有することを見出し、本発明を完成した。
【0011】
本発明は、
〔1〕 ラクトフェリンを有効成分とするUCP発現促進剤;
〔2〕 UCP−2及び/又はUCP−3の発現を促進する、前記〔1〕記載のUCP発現促進剤;
〔3〕 UCP−1の発現を有意に誘導しない、前記〔1〕又は〔2〕記載のUCP発現促進剤;
〔4〕 ラクトフェリンがPEG化されている、前記〔1〕〜〔3〕のいずれか1項記載のUCP発現促進剤;
〔5〕 前記〔1〕〜〔4〕のいずれか1項記載のUCP発現促進剤を含む医薬品組成物;
〔6〕 肥満改善剤、冷え症もしくは低体温状態改善剤、酸化ストレス抑制剤又は動脈硬化改善剤である前記〔5〕記載の医薬品組成物;
〔7〕 前記〔1〕〜〔3〕のいずれか1項記載のUCP発現促進剤を含む食品;
〔8〕 前記〔1〕〜〔3〕のいずれか1項記載のUCP発現促進剤を含む飼料、
を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明のUCP発現促進剤によれば、動物組織においてUCPの発現を増大させることができる。特に、本発明の発現促進剤は、UCP−1の発現を有意に増大することなく、UCP−2及び/又はUCP−3の発現を増大させることができるので、これらのUCPアイソフォームの機能の研究等に特に有利に利用することができる。
【0013】
また、本発明のUCP発現促進剤は、ヒトでは少ない褐色脂肪組織ではなく、ヒトの全身に豊富に存在する白色脂肪組織などのUCP−2及び筋肉組織のUCP−3の発現を増大させるため、全身での作用が期待され、肥満や冷え症、低体温状態、動脈硬化の改善、活性酸素レベルの低下などUCP−2及び3を増大させることにより改善が期待される症状及び疾患に対して高い効果が期待される。
【0014】
また、本発明のUCP発現促進剤は、副作用がなく安全性が確立されているラクトフェリンを有効成分とするものであるため、医薬品及び食品等への応用が容易である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明のUCP発現促進剤において使用される「ラクトフェリン」(LF)は、天然又は天然型のラクトフェリン分子そのもののほか、遺伝子組換え型(一部のアミノ酸が置換された改変型を含む)ラクトフェリン、及びラクトフェリンの活性フラグメントなどのラクトフェリンの機能的等価物であってもよく、鉄イオンの有無又はその含有量、由来する生物種などを問わない。好ましくは、牛乳由来ウシラクトフェリン又は遺伝子組換えヒト型ラクトフェリンである。
【0016】
ラクトフェリンは、生理活性が保たれている限りにおいて修飾されていてもよい。このような修飾としては、ポリエチレングリコール(PEG)鎖との複合体化(PEG化)が挙げられる。ラクトフェリンのPEG化は、公知の方法で行うことができる。好適な方法としては、例えば、特開2007−70277に記載された方法が挙げられる。PEG化に使用するPEGは、直鎖型でも分岐型でもよく、種々の官能基を有する誘導体を用いることができる。また、PEG化に使用するPEGは、ポリエチレングリコールの修飾物(例えばメトキシ化物)であってもよく、最も好ましくは、分岐状もしくは直鎖状のPEGである。
【0017】
本発明のUCP発現促進剤に含まれるPEG化ラクトフェリンにおいて、ラクトフェリン1分子あたりの共有結合されたPEG誘導体の数は、好ましくは1〜5である。
【0018】
本発明のUCP発現促進剤は、ラクトフェリンを唯一の必須成分とする。したがって、上記のようなラクトフェリンのみからなっていてもよく、また、ラクトフェリンのUCP発現促進作用を損なわない限りにおいて他の成分を含有していてもよい。
【0019】
本発明のUCP発現促進剤は、製剤学の分野で当業者に公知の賦形剤、安定剤、崩壊剤、結合剤、甘味料、香料等の各種添加物を加えてもよく、液剤、散剤、錠剤、顆粒剤、カプセル剤、噴霧剤(微粉末又は溶液)など任意の剤型の医薬組成物とすることができる。このような医薬組成物は、添加物の種類及び量等を所望の剤型に応じて適宜選択し、常法にしたがって製造することができる。なお、本発明に関しては、動物に用いる薬剤、即ち獣医薬も、医薬組成物の用語に包含されるものとする。
【0020】
本発明の医薬組成物の投与経路は、注射、点滴、経鼻、経肺、経粘膜又は経口投与などがある。摂取し易さからは、経口投与が有利であるが、その場合は、胃で消化分解されることを防ぐため、腸溶性製剤とすることが好ましい。PEG化ラクトフェリンは、ペプシン消化を受け難く、腸管からの吸収はPEG化されていないラクトフェリンよりも効率が良く、血中の寿命も長いので特に有利である。PEG化ラクトフェリンの別の実用上のメリットは、保存安定性に優れた凍結乾燥製剤が得られることである。
【0021】
投与量は、剤型、治療対象者の状態などによって異なるが、本発明のUCP発現促進剤は母乳や牛乳にも含有されているラクトフェリンを有効成分とするものであって非常に安全性が高いので、副作用の恐れが低く、広い範囲の投与量が可能である。例えば、ラクトフェリン量に換算して、1日あたり0.1mg/kg体重〜1g/kg体重、好ましくは、1mg/kg体重〜100mg/kg体重であることができる。
【0022】
本発明のUCP発現促進剤は、既に食用として長く利用されているが何ら副作用が報告されていないラクトフェリンを有効成分とし、上記のように非常に安全性が高いので、食用、飲用に供することができる。したがって、本発明のUCP発現促進剤をそのまま食品(飲料を含む)として食用にすることができるほか、食品素材又は添加物として各種の食品に添加することもできる。また、家畜やペット用の飼料に本発明のUCP発現促進剤を配合することもできる。
【実施例】
【0023】
試験例
ウシラクトフェリン(bLF)投与によりラット各臓器におけるUCPの発現がどのように変動するかを測定した。
【0024】
ラット(ウィスター系、8週齢、雄)を各6匹の3群に分け、そのうち2群にbLF(和光純薬、127-04122)を100mg/kg、腹腔内投与し、他の1群を対象群(bLF投与なし)とした。投与後、0時間、2時間及び4時間の時点で、各群の動物から白色脂肪(精巣周囲)、褐色脂肪(肩甲骨間)及び筋肉(大腿部)の各臓器(3部位)を採取した。これらの各組織試料10〜20mgからmRNA抽出キット(商品名「MagNA Pure LC mRNA Isolation Kit II」;Roche)を用いてmRNAを抽出した。このmRNAを鋳型としてcDNA合成キット(商品名「Transcriptor Fist Strand cDNA Synthesis Kit」;Roche)を用いてcDNAを合成した。UCP−1、2及び3遺伝子に対する特異的プライマーを設計し、サーマルサイクラー(商品名「LightCycler 2.0」;Roche)を用いてリアルタイムPCRを行い、各cDNAの増幅を行った。この増幅に用いたUCP−1、2及び3に対する特異的プライマー及び内部標準遺伝子として使用したGAPDH遺伝子に対する特異的プライマーの配列を、配列表に示す(配列番号1:UCP−1、フォワード(F)プライマー;配列番号2:UCP−1、リバース(R)プライマー;配列番号3:UCP−2、フォワードプライマー;配列番号4:UCP−2、リバースプライマー;配列番号5:UCP−3、フォワードプライマー;配列番号6:UCP−3、リバースプライマー;配列番号7:GAPDH、フォワードプライマー;配列番号8:GAPDH、リバースプライマー)。
【0025】
内部標準遺伝子GAPDHの発現量に対するUCP−1、2、3の各遺伝子の発現量の割合(%)を算出し、定量化した。
【0026】
結果を、各臓器別にUCP−1、UCP−2及びUCP−3 mRNAの定量値として表1〜3及び図1(パネルA〜G)に示す。
【0027】
【表1】

【0028】
【表2】

【0029】
【表3】

【0030】
表1〜3において「ND」は検出限界以下であったことを表す。検出限界以下であったものは、これらの組織ではその遺伝子が発現していないことを示唆する従来の報告と一致している。
【0031】
UCP−1の発現は褐色脂肪細胞のみで検出された。UCP−1の発現量については、ラクトフェリン投与群と対照群との間で、どの時点においても有意差はなく、ラクトフェリンは褐色脂肪細胞におけるUCP−1発現を有意に促進しないことがわかった。
【0032】
一方、ラクトフェリン(LF)投与群においては、対照群と比較して、白色脂肪細胞内UCP−2のmRNA量(投与2時間後)が有意に増加しており、ラクトフェリンはこの遺伝子の発現を有意に促進した。また、個体によるばらつきがやや大きかったものの、筋肉内UCP−3のmRNA量(投与4時間後)もLF投与群において増大していた。
【0033】
なお、白色脂肪細胞におけるUCP−3の発現は、0時間と比較して2時間後及び4時間後で有意に低減した結果となっているが、対照群とLF投与群との間での有意差はなく、生理的範囲内での変動と考えられた。
【0034】
したがって、bLFの投与によって、体全体の体温調節等に重要な全身に分布する白色脂肪細胞内UCP−2のmRNA及び筋肉(骨格筋)内UCP−3のmRNAの発現量が増加することが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】対照群(□)及びLF投与群(■)の各々について、白色脂肪、褐色脂肪及び筋肉におけるUCP−1、2及び3のmRNAの発現量を表す図である。パネルA=褐色脂肪組織におけるUCP−1の発現;パネルB=白色脂肪組織におけるUCP−2の発現;パネルC=褐色脂肪組織におけるUCP−2の発現;パネルD=筋肉におけるUCP−2の発現;パネルE=白色脂肪組織におけるUCP−3の発現;パネルF=褐色脂肪組織におけるUCP−3の発現;パネルG=筋肉におけるUCP−3の発現、をそれぞれ表す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトフェリンを有効成分とするUCP発現促進剤。
【請求項2】
UCP−2及び/又はUCP−3の発現を促進する、請求項1記載のUCP発現促進剤。
【請求項3】
UCP−1の発現を有意に誘導しない、請求項1又は2記載のUCP発現促進剤。
【請求項4】
ラクトフェリンがPEG化されている、請求項1〜3のいずれか1項記載のUCP発現促進剤。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項記載のUCP発現促進剤を含む医薬品組成物。
【請求項6】
肥満改善剤、冷え症もしくは低体温状態改善剤、酸化ストレス抑制剤又は動脈硬化改善剤である、請求項5記載の医薬品組成物。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれか1項記載のUCP発現促進剤を含む食品。
【請求項8】
請求項1〜3のいずれか1項記載のUCP発現促進剤を含む飼料。

【図1】
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【公開番号】特開2009−221162(P2009−221162A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−68132(P2008−68132)
【出願日】平成20年3月17日(2008.3.17)
【出願人】(801000038)よこはまティーエルオー株式会社 (31)
【Fターム(参考)】